- 3 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/07(日) 23:48:53.25 ID:nWEkIvHo0
( ^ω^)セブンティーン・ダンスのようです
局プロのモナーとの電話で、ブーンの心はたちまち黒ずんだ。
ドラマ作家としてのプライドを、毎度々々ズタズタに引き裂いてくる。
その日のモナーからの注文も、ちょうどそんな調子だった。
( ^ω^)「倒叙……ですかお」
コンピュータのモニタに目を落としたまま、ブーンはオウム返しにいった。
モニタにはいま創作中の新作のプロットが半分ほど出来上がっていた。
だが、もう、これを手がけることが出来なくなりそうな気がする。
( ´∀`)「そう、倒叙モノ。意味って分かるモナ? 先生」
モナーは小馬鹿にした声で語りかけてくる。
- 5 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/07(日) 23:52:15.17 ID:nWEkIvHo0
- それくらいは知っている。犯人視点からの推理モノのことである。
推理小説家を志してた頃のあるブーンにとって、その言葉は許せるものではなかった。
しかし、ブーンはモナーに従順でなくてはならない。
立場的にも、娘のテレビ出演のためにも、牙の輝きを隠す必要があった。
文句をグっと堪えて、ブーンは無機質な声で、
( ^ω^)「……分かりまs( ´∀`)「最近ウチの局の鬱畑毒三郎って連作ドラマ知ってるモナ?
それが20を超える人気作なんだモナ。テレビラウンジの刑事ドロンボも再放送のクセして
むっちゃ数字がいいモナ。 あッ先生に数字のことはご法度でしたっけ?」
話を遮られ、侮辱された。ブーンは思わず受話器を握っていない方で握り拳を作る。
ご法度と自分でいったにも関わらず、モナーは一頻りドラマの視聴率について語っていたのだが、
ふいに本題へと入った。
( ♯^ω^)「
………」
( ´∀`)「と、いうわけでね、先生の娘さんの名前と、倒叙ものの新作ドラマ。
これを先生に書いてもらいたいモナ。人気絶頂中のアイドルグループの
お父上の書く、流行に乗ったサスペンスのドラマ……これなら
どんな駄作でも数字は15は堅いモナ」
モナーに限った話ではない。業界の人間は皆、ブーンの実力よりも娘のネームバリューの方を重視する。
それはしょうがないことかも知れない。だが、決まってブーンの心には暗い翳りが生まれるのだった。
モナーは期限と大体の要望を伝えると、早々に電話を切ろうとした。
無心で話を聞いていたブーンは、別れの言葉を聞いた瞬間にあわてた。
(;^ω^)「あっあのッ……」
- 7 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/07(日) 23:55:01.88 ID:nWEkIvHo0
- ( ´∀`)「なんだモナ」
明らかに不満気なモナーに謝罪してから、ブーンは恐る恐る、
(;^ω^)「あの……TKガールズは、クーは……アイドルじゃないですお。アーティストです」
( ´∀`)「…はあ?」
(;^ω^)「……間違えないでほしいですお……あの子h( #´∀`)「はいはいはいはい!!」
次の仕事も溜まっているので、モナーは聞く耳など持たずに、
( #´∀`)「あのなァ! こっちはアンタと違って仕事溜まってんだモナ!
そんなことでイチイチ呼び立てんな!」
受話器を通して唾が飛びそうな勢いで、モナーは一頻り怒鳴ってみせると、不意に電話を切った。
ツー。ツー。ツー……。
ブーンはしばらく立ち尽くしていたが、やがて電話を戻した。
そうして先刻まで執筆していた原稿を保存して閉じると、
局プロの望みどおりの作品、倒叙のサスペンスの設定を考えだした。
- 9 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/07(日) 23:57:29.85 ID:nWEkIvHo0
- 倒叙。ブーンは煙草を吸いながらそのことを思った。
大まかなストーリーなら簡単に思いつく。むしろパターン化している。
要は、犯人が殺人なりの犯罪をし、その後で探偵役に暴かれればよいのだ。
犯行動機も後付け臭さというのがないし、犯人に悲哀さがあれば視聴者の心に響くものを作れる。
しかし。伸びた灰を灰皿に落としながら、ブーンは苦い顔をした。
連作ドラマということなので、パターンが決まる以上マンネリを引き起こしやすい。
過去に倒叙の名作ドラマが複数生まれていることも極めて問題だ。
( ^ω^)「別のパターンも入れる必要があるお……」
合間々々には、倒叙ではないサスペンスも入れるべきであろう。
もしくは、前編は本格ミステリ風にし、後半は動機も含めた倒叙という、
時間軸をズラした手法だってありうる。そこら辺は腕の見せ所だ。
あとは探偵役、その他のキャラの味付けだ。
連作ともなるとキャラクターの占める重要さも半端ではない。
親しみやすさを感じさせなければいけないし、探偵役としての風格というか、
画面に現れるたびに視聴者の心を踊らせることも肝心だ。
ブーンはメモ帳を開くと、思いつく限りの設定、トリックなどをひたすらに打ち込んだ。
探偵役の口癖、犯行動機の云々、箇条書きで何十行も生んでいった。
- 11 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:01:04.32 ID:r8hF8/iB0
- 粗方の方向性は決まった、久々に充実感に満たされていく。
局プロには見下されているが、しかしこれは大きな仕事なのだ。
これさえヒットさせれば……きっと、プライドさえ取り戻せるに違いない。
はじめてどれほど経ったことだろう。身体も汗ばんできたことだし、
ブーンはシャワーを浴びることにした。
・・
( ^ω^)「ふぅ〜……」
シャンプーで丹念に頭皮を洗いながら、ひたすら犯人のパターンを考えた。
まず大部分を占めるのは殺人犯に違いない。
やはり犯罪の王道だし、たとえば刑事が主人公の場合はこれでなくてはならない。
課が違えば登場させる意味もない。
ブーンは罪人をすべて殺人犯にすることに抵抗があった。
やはりバリュエーションは富んでいたい。しかし、探偵役を刑事に持ってくる場合は
少々むずかしくなってしまう。かといって刑事以外に任せてしまうと、
犯罪に出会うこと自体が不自然になるのだ。
それに、モナーの要望の中にも刑事が主役というのがあった。
どうやら、まだまだ課題は残されているようだった。
- 12 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:03:17.20 ID:r8hF8/iB0
- 浴室から出て、仕事場へと戻った。湯ざめしないうちにコンピュータを開くと、
さっそく煙草を取り出して火をつけた。
( ^ω^)y━・~~~「アイデアを煮詰めないといけないお……」
ブーンの吸っているアメリカンスピリットという煙草は、
化学薬品が含まれていない代わりに、着火がしにくい。
味も薄めなので、それなりに強く吸わないといけないが、その分のクオリティは楽しめる。
先立たれた妻、ツンに選んでもらった代物で、はじめは本数を減らすのにも苦心したが、
今ではこれがないと生きていけないほどに依存している。
灰皿を手元に寄せながら、それでもブーンの目はディスプレイに向かっていった。
無数の短文がバラ撒かれたように表示されている。その中で、
気になる文章をブーンは発見した。自分で書いておきながら、そういう発見には純粋だった。
『とどのつまり、罪人である』
怨恨の動機や凶器の単語集の中に、それだけが異彩を放っていた。
そうだ。ブーンは心の中でうなづいた。要するに、トリックだ凶器だなんてのは、
しょせんはデコレーションの一部にすぎない。
肝心なのは、犯人……つまり、罪人についての描写、ストーリーなのだ。
( ^ω^)「犯人が生きていなきゃ、探偵どころか、作品自体が輝かないお……」
- 14 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:06:33.49 ID:r8hF8/iB0
- そうなると、やはり殺人犯以外の罪人も登場させておきたいところだ。
かといって、便利な主人公の刑事役は外すつもりもない。
非番の日にアドバイスするなんて形も考えられるし、主人公の私怨というのもオツだろう。
別のメモ帳を開き、キャラの設定をひたすらに殴り書きすると、たちまち眠気が襲ってきた。
モナーのいう期限もまだまだ遠いし、今日はこの辺にしよう。ブーンは立ちあがると、
ベッドへと滑りこんで、すぐさまに荒いイビキをかきだした。……
・・
・・・
・・・・
夢の中で、ブーンは娘のクーと観覧車に乗っていた。
風景から場所は特定できないが、山の中に開かれたのどかな遊園地らしい。
川 ゚ -゚)「ねェ、とーさん!」
( ^ω^)「ん? どうしたんだお、クー」
川 ゚ -゚)「ごめんね、とーさん……」
クーの俯く姿を見て、ブーンは狼狽したが、
川 ゚ -゚)「お金も苦しいのに、アクターズスクールなんか通って……」
(;^ω^)「えっああ、なんだ、そんなことかお」
- 15 名前: ◆eJdjsCq8WM 投稿日:2009/06/08(月) 00:08:56.87 ID:r8hF8/iB0
- ブーンは安堵しながら、これはいつ頃の話だろうと思った。
娘が寮で暮らしだしてから、明晰夢はとくに顕著だった。
( ^ω^)「ぜんぜん気にしなくっていいお。クーが芸能人になれるんだったら」
川 ゚ -゚)「、、、そう?」
今でこそ巷ではクールビューティーと持て囃されるクーなのだが、
ブーンの知る限りでは、天然ボケの抜けないあどけない少女のはずだった。
( ^ω^)「それに、レッスン料だってそんな高くないし……」
嘘だった。芸能人養成スクールのレッスン料が、安いわけなんてない。
ブーンはクーの願いを叶えさせるため、ライターとしての仕事を飛躍的に増やしていた。
川 ゚ -゚)「だったら張り切ってダンスできるね」
( ^ω^)「クーのダンスは……すごく上手だお」
客観的に見てもそう思う。美少女の華麗な踊りは、間違いなく世間が注目する。
スクールの社長には太鼓判も押された。
- 16 名前: ◆tOPTGOuTpU[酉が違った] 投稿日:2009/06/08(月) 00:10:14.89 ID:r8hF8/iB0
- しかし、なにもブーンはそこまで娘が芸能界入りすることを望んでいるわけではない。
それが娘の望みならば、自分の望みというまでだ。
トラックに撥ねられて旅立ってしまった妻の、唯一の生き写し……。
その娘が望むことは、何でも叶えていきたいだけであった。
観覧車のかごの中で、ブーンはクーの話をただじっくり聞いていた。
スクールで出来た友人の話、先にデビューした先輩の逸話、
ティーンの会話は父親相手にひたすら弾んだ。
初めてのデートの話なんかも、笑いながら話していた。
同級生の男子と近所のスーパーに行ったという、不安も起こさないような内容だった。
川 ゚ -゚)「ねぇ、夕ごはんはくるくる寿司いこうよくるくる寿司」
( ^ω^)「えー……お寿司かおー」
川 ゚ -゚)「いいじゃないくるくる寿司。メロンとか食べたいし、ちょっと乾燥した」
・・
・・・
- 20 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:15:36.43 ID:r8hF8/iB0
- そこでブーンは目が覚めた……というより、のちの記憶を失っていた。
夢といっても、過去の体験の再現にすぎなかった。
ただ、クーが当時よりも成長していた。ちょうど、昨日見たテレビでのルックスにそっくりだった。
ブーンは起床すると、顔を簡単に洗ってから朝食もとらずに執筆を開始した。
まずは第一話に登場する犯人のキャラクター制作に入った。
第一話ということもあるし、それなりのインパクト、探偵役との絡みも演出させたい。
罪状は普通に殺人でいいと思うが、ここはあえて変化球を投げてみるのも面白いだろう。
しかし倒叙を局がプッシュしている以上、露骨なカーブはつけられない。
さんざん悩んだ末に、計画殺人の犯人ということに決めた。
職業は作家で、リアリティを出すために知人の女性を殺害した極悪犯である。
( ^ω^)「この設定なら生々しく描写できるお」
場所はとあるホテルで、死体を遺棄しようと部屋を出た矢先に探偵と遭遇する。
その不思議な男に、探偵は興味を持っていろいろ話しかけ、そうして捕まえるという筋書きにしよう。
さて、そこまで決まったなら、殺害を実行するまでの過程を考えなければならない。
ただのメガロマニアが罪人に堕ちるシーンを、プロットとはいえ、丹念に描かなくては。
・・
・・・
- 21 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:19:28.68 ID:r8hF8/iB0
- (;^ω^)y━・~~~「う〜ん……」
しかし、それがどうにもうまくいかなかった。
殺害直前の犯人の心情、それに呼応した動作というのが描き切れない。
そもそも、作品のために人を殺すという考え自体、ブーンにとってはナンセンスなものだった。
こんな状態では、きっと何年経っても探偵すら登場させることが出来ないのではないか。
いっそ設定を破棄することも考えたが、それではブーンの敗北に終わってしまう。
なんとか描ききりたいと悶々しているうちに、煙草はフィルター以外が灰に落ちた。
回転イスから立ち上がると、ブーンはさっそうと部屋を出た。
その顔はなぜか、不安と愉快に滲んでいた。
・・・
(;^ω^)「典子……ぼくにはお前が必要なんだお」
(・(エ)・)
ブーンは冷や汗を垂らしながら、真剣にクマのヌイグルミに向かってしゃべっていた。
なおも、
(;^ω^)「典子……君はとても美しいお。とくに、そう、寝顔なんか特に」
- 22 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:23:07.50 ID:r8hF8/iB0
(・(エ)・)
(;^ω^)「典子……君のうなじを見てみたいんだお。ちょっと後ろ向いてごらん?」
そういうと、ブーンは「典子」のぬいぐるみの向きを変えてやった。
その右手には包丁を持ちながら。
(;^ω^)「ああ……とても綺麗だお典子。うなじがとっても綺麗だお」
( )
クマの背にブーンは熱弁をふるう。
(;^ω^)「でもね……典子……」
そのとき、ブーンはサっと包丁を振り上げ、
( ゚ω゚)「こうなった方が! とっても綺麗だォォおお!!」
ブーンの叫びが頂点に達したとき、包丁はぬいぐるみの背中にめがけて勢いよく下ろされた。
だが、切っ先が生地を切り裂くその寸前で、ブーンは包丁を止めた。
- 24 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:27:30.78 ID:r8hF8/iB0
- ( ^ω^)「………」
感情を掴みとるだけの演技に、なにもそんな犠牲を払う必要はない。
それに、このぬいぐるみはクーのものなのだ。むしろ自分はこのぬいぐるみを守らねばいけない立場だ。
ブーンはのそっと立ち上がると、台所に包丁を返し、ふたたびぬいぐるみの前に座った。
安物のソファは軋んだ音をたてたが、お構いなしにブーンは長考した。
セリフもなにも考えずにしゃべり通したが、どうも無理を感じ取ったような気がする。
あれではただの変態だ。それも、とびっきりに俗的な。
( ^ω^)「はぁ……」
けっきょく罪人になりきるという実験は失敗に終わったようだった。
ブーンはため息を何度ももらしながら、ぬいぐるみをクーの部屋に返してあげた。
・・
・・・
ブーンはテレビを見ていた。昼前のニュースで、TKガールズの特集がやっていた。
……TKガールズとはいま、もっともティーンに熱い支持を受けているダンスユニットである。
アクターズスクール出身の年端もいかぬ少女たちだが(デビュー時は小学生も存在した)、歌と踊りは本物で、初出演した
番組では、演奏が終わった直後も観客がそのクオリティに驚き、しばらく茫然としたというエピソードは有名である。
クーはそこではコーラス&バックダンス担当だ。
メインボーカル二人の人気におされ気味だが、その美貌や性格でファンも多い。
- 27 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:29:10.11 ID:r8hF8/iB0
- デビューの頃からTKガールズは注目の的で、いまやオリコン一位の常連である。
ラジオに雑誌、全国ツアーにテレビ出演と多忙を極め、メンバーたちは実家に帰ることもままならない。
最後にクーが帰ってきたのも、半年前だった。
( ^ω^)「………」
テレビ画面をブーンは食い入るように見つめていた。ときおりクーのアップが映し出されれば
ブーンの表情は笑顔に満ちた。新情報は頭にかきとめ、コメンテーターの意見もしっかり覚えていく。
最後にTKガールズ主演の映画の予告編を流すと、音楽のトピックは軽やかに終了した。
次の話題にうつったところでテレビを消し、ブーンは再びコンピュータに向かった。
さきほどの独り言を軽くアレンジし、それを打ち込んでいく。
しかしそれでもうまく設定とフィットしなかったため、もう一度ぬいぐるみ相手に話しかけ、
( ^ω^)「ぼくの作品を認めないというのかお!?」
(・(エ)・)
(;^ω^)「くそっ何とか言えお!!」
(・(エ)・)
(;^ω^)「何とか言えぉおおッ!!」
- 28 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:32:34.51 ID:r8hF8/iB0
- ・・
・・・
( ^ω^)「これでヨシだお」
一通り叫んで、その感情のままにタイプすると、なかなかの話に出来上がった。
やはり、感情を表すのは素晴らしいことだ。ブーンは出来栄えに満足した。
犯人の発言から推察されるトリック、その糸口など、伏線などもシッカリと張る。
推敲をしたいが、するにはしばし時間を置かねばならない。
ブーンはソファにゴロンと寝転がると、天井を見つめながら娘のことを思った。
TKガールズはもともとメンバーのソロ活動を見据えたグループのため、いずれ解散するのだが、
クーは、解散後もちゃんと活躍することができるだろうか。
メンバーの中ではビジュアル担当といわれることも多く、その通りかも知れない。
いずれにしろ、評価されているボーカル二人は問題ないだろうし、もう一人のコーラス担当の
メンバーも異色な雰囲気を出しつつも、ダンスはうまく、独自の世界を切り開けるであろう。
クーはどうなのか。モデルとして活躍するには申し分ないルックスだが、ブーンは、
どちらかといえばクー自身を世間に見てもらいたいという気持ちが強かった。
女優なんかも道の一つだろうが、クーはあまり演技が巧くない。
歌にしても、エコーのかかったような特徴的な声をもっているが、声域は広くなく、棒読み気味でどうにも拙い。
どういう活躍をするのだろうか。それはもはや自分の手に負える分野ではない。
彼女自身に切り開いてもらうしかないのだが、それでも心配してしまうのはやはり父親だからか。
さいきん手紙をくれなくなったと、愚痴をこぼしながらブーンは、静かに眠りに落ちて行った。……
- 29 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:37:33.39 ID:r8hF8/iB0
- 目が覚めた。すでに黄昏時になってい、窓から橙いろの光が漏れている。
のそりと起き上がって、カーテンの飾り紐を引いた。代わりにダウンライトを灯し、
より作業がしやすいように光を調整してみる。
ディスプレイにむかって自分の文を見つめていると、脳が次第々々に活性化していくのがわかる。
推敲といっても、小説ほど注意深くやる必要はない。セリフの再チェック、ト書きが
キチンとできているか。それらをなるだけ第三者の目で確認していく。
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、タバコも吸いながら訂正、修正を施す。
いい作品が出来た。これならあのモナーでも絶賛するのではないか。
設定のまとめと第一話のホンをさっそくFAXで送信し、大きく伸びをした。
( *^ω^)「祝杯でもあげるかお」
ウイスキーの瓶と氷の入ったグラスをもってくると、満足げにつぶやいた。
ボウモアというピーティなモルトで、ブーンの好みだった。
それを整えられたグラスに満たし、眼の高さに透かしながら味わっていった。
ほどよい酩酊感を楽しみながら、ブーンはメールをチェックしていく。
宣伝、仕事内容のメールを流していくと、その中に、友人からのが紛れていることに気がついた。
ドクオというライター時代の同僚で、いまはゲーム雑誌でコラムを担当している。
そんな友人だが、仕事で近くに寄るので今度よろしく、という内容だった。
( *^ω^)「電話で言えお、そんなこと、、、」
- 30 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:41:38.03 ID:r8hF8/iB0
- 了解と返信し、ブーンは立ちあがった。外食をしに行こう。
なにを食べるかは街を彷徨いながら決めるつもりだった。
TKガールズのヒット曲を鼻で歌いながら、陽気に鍵を手に取った。……
・・
・・・
口元にソースをまとわせながら、ブーンは帰宅した。
結局何を食べるか迷ったあげく、ジャンルが豊富という理由でファミレスに出向いた後のことだった。
( ^ω^)「喰ったお、喰ったお〜♪」
FAXの返信があることに気がついた。おそらく局からのものだろう。
どれどれ。ブーンは気分よく紙を取り上げた。モナーからのFAXだった。
短い文面だったが、目を通していく。しかし、その内容は酔いを覚ますには充分すぎるほどの内容だった。
(;^ω^)「っ……えっ……?」
なんどもなんども読み返す。しかし、そのたびにブーンはショックを覚えていった。
(;^ω^)「ボツ……かお……」
感情のない文章で、淡々と駄目な理由を挙げられていた。
- 31 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:44:46.04 ID:r8hF8/iB0
- インパクトがない。
キャラに魅力がない。
既存のものに沿っている。
そのくせ変な自己主張をしている。
とても俳優に見せられる内容ではない。
局を恥をかかせる内容だと。
(;^ω^)「………」
読むのが辛くなってきた。改善点を挙げられているのだが、それにすら拒否反応が出ている。
もう一度はじめから作り直せという。
ゲンナリというよりも、ただただ虚無感だけが心の中で去来していた。
これまでにボツをもらったことは度々あったが、今度のそれは、なぜだかいつもよりショックだった、
しばらく立ち尽くしていたが、無表情、無感情でブーンはディスプレイに向かった。
向かったはいいが、しかし、何も書き出せない。
頭の中から何もあふれ出てこない。どうすることも出来なかった。
それでもブーンは必死にキャラの設定を打ち込んでいった。
箇条書きから浮かび上がってくるキャラは、どれも俗っぽくて、感情移入も出来ない。
タイピングしているうち、涙がとめどなく零れていった。
自分ではどうしようもなかった。キーボードにこぼれないように注意しながら、無感情に打ち込んだ。
- 32 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:47:42.37 ID:r8hF8/iB0
- カタカタ……カタカタ……。
なんの旨味も持たない文章に、脈絡なく罪人という単語だけが埋め込まれていく。
何十行にも達していったが、ブーンはそれを見返すつもりもなかった。
こんな精神状態でつくった設定が通るとは思えない。それでも執筆をやめないのは、
物書きとしての意地のようなものだった。
いまごろクーは何をしているんだろう。ブーンは時計も見ずに空想にふけった。
深夜のことだから、健全に少女らしく眠ってくれているだろうか。
眠っているとしたらどこで? 寮? ロケバス? ホテル?
映画撮影が混んでいるとのことだし、おそらく日本にいるだろう。
いまは離れているだけだが、あの寝息は心の中でいつでも響いている。
- 33 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:50:39.13 ID:r8hF8/iB0
- ブーンはふと思い出した。自分のアイデアがTKガールズのナンバーのタイトルに
採用されたことを。
「Seventeen Dance」というタイトルだ。意味は17のダンス、17歳のダンスとかいう
感じになるだろうが、そんなことはブーンも知る由はない。
ただ、ふと思いついた単語を電話脇のメモ帳に殴り書きしただけだった。
久々に帰ってきたクーが、そのメモを見るなり、
川 ゚ -゚)「ね、これどういう意味?」
と尋ねてきたので、「とくに意味はない」とそっけなく返答したものだった。
しかしクーは、セブンティーン・ダンスと何度か口にすると、
川 ゚ -゚)「励まされるね、なんていうか、この言葉」と、よく分らない感想を漏らした。
そうしてすぐにまた華やかな芸能の世界に戻っていったのだが、その半年後、
とあるTKガールズのシングルのカップリングのタイトルが、ブーンを驚かせた。
「Seventeen dance」
自分の言葉が、あのトップアーティストの曲名で扱われているとは。
そのときからだった。ただの父親でなく、一個人としてTKガールズのファンとなったのは。
- 35 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:55:05.88 ID:r8hF8/iB0
- 涙も枯れ果てたころ、ようやくまともな草案が出来上がった。
前作に比べると、ずいぶん陳腐な作風だったが、むしろテレビとしては
これくらいの方がいいかも知れない。
時刻はすでに午前三時を回っていた。この仕事をしはじめてから、生活サイクルは確実に崩れている。
クマはなかなか取れないし、肩こりも絶えない。おまけに飲酒、喫煙の庇護を受けているものだから、
老後の心配は重く重くのしかかっている。
( ´ω`)「寝るかお……」
それでも睡眠は必要だ。ブーンは千鳥足でベッドに向かうと、布団もかぶらずに眠りこけた。
夢も覚えていないほどの熟睡ぶりだった。
ただそれでも、起床時には、TKガールズという言葉にデジャヴを覚える。
おそらくまた彼女らの夢を見ていたのだろう。
「スカートは履かない」と公言している彼女らが女に見えていたような気がする。
- 36 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 00:57:27.60 ID:r8hF8/iB0
- ・・
・・・
その日はドクオがやってくる日だ。
仕事も地道ながらもはかどり、それなりに機嫌もよかったので、来客のためにお酒を購入するほどだった。
モナーにホンを送信したところで、呼び鈴が鳴った。マンションにしては豪勢なその音とともに、
ブーンは来客を迎え入れた。
('A`)「よっ」
( ^ω^)「おっす」
('A`)「また一段と太ったな」
( ^ω^)「うっせwwwww」
('A`)「なぜ太ったし」
( ^ω^)「しつこいお」
('A`)「な ぜ 太 っ た し」
('A`)「大事なことなので二回いいました」
( ^ω^)「うるせぇ。飲もう」
ブーンはそう促して、ドクオをリビングへと招き寄せた。
- 39 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:01:58.13 ID:r8hF8/iB0
- 毒づきながらも、ブーンは心が洗われていく感覚を覚えていた。
日常のストレスが、表皮からこそげ落ちていくようで心地よい。
旧友と会うこと自体、ほんとうに久々だった。
('A`)「にしてもクーちゃんは美人だな」
ソファに腰かけると、改まったようにドクオは切り出した。
( ^ω^)「ン、どうもだお」
誰にも言われる台詞なので、条件反射のように社交辞令が飛び出る。
仕事関係の人間にとにかく言われることが多く、最近は喜びすら湧いてこない。
('A`)「それに性格もかわいいよな。天然ボケっていうかさ」
その言葉も比較的つかわれることが多い。
( ^ω^)「ま、会うなりそんなこと言われたってしょうがないお。
ほら、飲むお」
ドクオの発言をさえぎって缶ビールを手渡すと、自分のビールのプルタブを開けた。
「おう」と頷いて、ドクオもそれに続いた。
- 40 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:04:04.39 ID:r8hF8/iB0
- おつまみの封も開けられ、机の上はたちまち男くさく散らかっていった。
二人もそれなりにほろ酔いになって、互いに仕事の愚痴を言い合うようになった。
とくにブーンは顕著で、テレビ局はバカしかいないだの、担当のモナーというやつは
人間性が腐っているだの、散々に吐露したのだった。
昨日、ダメ出しをくらって涙ながらに新作を書きあげたという話は伏せていたが、
それでも具体的に、酒の力を借りて不満をぶちまけていた。
そんなこんなで、話の種もあらかた尽きてきたころ、
(*'A`)「どうよ、久し振りに雀荘でも行くか? お前の全ツッパを久々に見たいぜw」
( *^ω^)「バカいうなおドクオ。最近はオリがマイブームなんだお」
(*'A`)「ウソつけwノミ手イーシャンテンでも親リーに立ち向かっていたじゃないかw」
( *^ω^)「あったなぁwww」
(*'A`)「”リー棒取れるかもって、おれは必死に頑張ってるんだお!”って叫びながらなw」
( *^ω^)「攻めこそ最強だおwww」
(*'A`)「わははははwwww」
発泡酒に飽き、焼酎に手が伸びていたそのときだった。
ドクオは、思い立ったようにまた、
(*'A`)「にしても……クーちゃんってホントかわいいよなぁ」
- 41 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:07:11.19 ID:r8hF8/iB0
- ( *^ω^)「………」
ブーンは笑顔だったが、黙って煙草とライターとを取り出した。
なおも構わず、
(*'A`)「お嫁さんにしたいよなぁ……なんでバックダンサーなんだろ? ほんと勿体ねぇや」
( *^ω^)「……まぁ……」
(*'A`)「にしてもテレビ局だっけ、そいつらが羨ましいなぁ。クーちゃんをやたら生で見れるんだぜ?」
目の前にその実父がいることなど完璧に忘れたかのように、ドクオは続けた。
(*'A`)「ほんっとイイよなぁ、クーちゃんって。でもアレかな、やっぱ枕営業とかあったりすんのかな?」
ピクリ、とブーンの眉が動いた。
( *^ω^)「……ないんじゃないかお?」
(*'A`)「いやぁオレが局の人間だったら、絶対タマらずにやっちゃいそうだけどなぁ」
( *^ω^)「……中学生だお? そこのところくらいは局だって……」
(*'A`)「お前さんざん言ってたじゃねえかw局の人間はクズしかいないってwww」
( ^ω^)「………」
またブーンは黙りこくる。煙草はいつの間にか半分近くが灰に消えていた。
絨毯の上に、その長細い灰が落ちて行った。
- 42 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:09:14.67 ID:r8hF8/iB0
- (*'A`)「きっとさぁ……そのモナーってやつが、きっとクーちゃんを……」
( #゚ω゚)「そんなことあるわけないおッ!!!」
とつじょ激昂したブーンは、いきなり立ち上がると金切り声で叫んだ。
( #゚ω゚)「あるわけないおッ……そんなこと、、、絶対あるわけッ……」
(;'A`)「お、おい……落ちつけよ。悪かった、冗談だって」
過呼吸を起こしているブーンを、ドクオは必死になだめたが、
( #;ω;)「だって……そんなこと、、、クズすぎるお……クズすぎる……許せないお……」
(;'A`)「ごめん、ほんとにごめん……とりあえずさ、ほんと……」
( #;ω;)「あってたまるかお……そんなことになってたら、ぼくはッ……ぼくはッ……」
(;'A`)「ブーン……」
場は一瞬にして歪んだ。ふざけた空気などどこにもありはしない。
張りつめた緊張感と、むせび泣くブーンの啜り声だけが場を満たしていた。
- 45 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:13:03.12 ID:r8hF8/iB0
- ( ;ω;)「帰れお……」
(;'A`)「あ……」
( ;ω;)「ドクオッ! さっさと帰れってんだお!!」
・・
・・・
・・・・
朝が来た。
( ^ω^)「ドクオ……」
ひっそりと孤独の部屋でつぶやいた。もう彼は居ない。
あんな行為をしてしまった以上、彼とは、
大切な友人を失った……。
深夜の記憶がノイズまじりに再生されていく。
苦悩しながらも、ここ最近、苦悩してばかりいるとブーンは気がついた。
リフレッシュのつもりにやった行いが、すべて裏目になる。
半身を起したままで、ずっとそのままの状態で頭を抱えていると、
いきなり、電話が鳴りだした。
モナーだった。受話器を取ったことを後悔しかけたが、仕事の話だということを思い出す。
彼の話はこうだった。
その内容に、ブーンは相槌を打つこともできなかった。
- 47 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:15:11.02 ID:r8hF8/iB0
- ――あ、先生モナか?
いやぁー、今度送られてきたこれも、結局ボツに決定したモナ
――どうも先生、連作ドラマとか向いてない気がするモナ
上とも話したんだけど、先生、聞いてるモナ? この話ね、ナシにしようかと
――先生、だって中々やる気を出してくれないんだモナ……
やる気の見えない作品じゃ、こっちもGO出せるわけがないし……
――そうでしょ先生? わかってるモナ?
天下のVIP局が、そんなドラマを放送できないって……
――でも、一応先生には……娘さんのコネがあるから、それくらいあるなら使ってやろうってことで……
二時間枠のドラマを開けておきましたんで、明日の四時までにホンを出してくださいモナ
――先生、聞いてるモナ?
先生がやる気出さないから、こうなったんだモナ
――娘さんの気持ちも考えてやらないと……いい大人なんだから
名前だけ使われる身なんて、悲しいだけでしょうに、大変だモナ
――この二時間枠、二時間枠ですけどね、これもやる気がないようなら……
ウチとしても、先生とは手を切るしかないっていうか……
――娘さんの気持ちを考えたら、当然やれるでしょうけどね
ウチの局がTKガールズを拒否ったら、娘さんどんな気持ちでしょうね?
――わかってるモナ? おい、聞いてるモナ?
明日の四時までに、傑作をもってくること! できなきゃお宅がどうなっても知らないからな!
- 48 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:17:41.44 ID:r8hF8/iB0
( ^ω^) ツー。ツー。ツー。ツー。
( ω ) ツー。ツー。ツー。ツー。
ツー。ツー。ツー。ツー。
( ゚ω゚) ツー ツー ツー ツー
- 49 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:19:43.62 ID:r8hF8/iB0
ブーンは、気がついたらVIPテレビ局の前に立っていた。
- 51 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:22:07.38 ID:r8hF8/iB0
- とくに明確な目的があったわけでもない。抗議したいとか、殴りたいとか、
そういう気持ちくらいなら根底に流れているかもしれないが、そんな勇気もないだろう。
煙草が切れたのでコンビニに向かった。感覚的にはそれが近い。
本社はさすがのガラス張りで、圧倒するような高層ビルだった。
ガードマンに自分の身分を証明し中に入ると、その内装にまた圧倒される。
目は虚ろで、身なりも整っているとはいえない、そんなブーンを周りの人間は
訝しげに目をやったが、すぐにヒソヒソと
「ホラ、プロットライターの……」だの、
「ああ、TKガールズのアレね……」などとささやき合っていくのであった。
( ^ω^)「(言うなら言えお)」
そんな言葉を無視しつつ、ブーンはエレベーターに乗り込んだ。
さいわい一人だけのエレベーターだったので、密室ながらも一息つける感じだった。
いつまで経ってもテレビ局には慣れない。床を見下げながらそう愚痴る。
構造が複雑すぎるし、往来する人間の胡散臭さが好きになれない。
こんなところにクーはいつも出入りしているのかと思うと、なんだか
愛娘が俗世に汚されていくようで、ブーンの心はすさんでいく。
- 53 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:25:58.46 ID:r8hF8/iB0
- 五階に到着した。ゆっくり開くエレベーターの扉から顔を覗かせると、
ちょうど首を振っている監視カメラと目を合わせてしまった。
なんとなく気まずい。別に何かをしでかすつもりもないのだが、
そそくさとエレベーターを出るにいたった。
この階はおもにミーティング用や作業用の部屋が並んでいる。
その廊下に立ち尽すと、ブーンはとあることにようやく気がついた。
(;^ω^)「(アポとってないお……)」
いや、それどころか、モナーがどこに居るのかすら分らない。
もしかしたら別のドラマのロケ班と合流しているのかも知れないし、
午前出勤だけで今は家で寛いでいるかもしれない。
- 54 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:28:07.73 ID:r8hF8/iB0
途方もない脱力感に襲われた。このまま帰ろうかなと思う。
大体、話すこともとくに定まっていないし、あのプロデューサーに
面と向かって抗議だなんて根性からいって出来るはずがない。
委縮するに決まっているだろう。
( ^ω^)「(……帰るかお)」
局まで来るのに使ったタクシー代、それに執筆の時間、すべてが無駄に終わった。
帰りの交通費を払うと考えるだけで、なんだかもう、役満に振り込んだような気分になってしまう。
エレベーターに身体を向けたそのときだった。
ブーンはふと、気まぐれで扉の並ぶ廊下の方を振り返ったのだが、
とある角部屋に入ろうとする人間を見て、たちまち表情が凍りついた。
見知った人間だった。それは、探し求めていたモナーその本人だったのだ。
そして、うつむき加減のクーを引連れて……。
- 56 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:31:50.72 ID:r8hF8/iB0
- (;^ω^)「………はぁ?」
頭が真っ白になった。エレベーターのドアが再び開いたが、やがてそのうち閉じた。
モナーの薄目、タレ目が脳裏に浮かんでくる。あのいやらしい目つきが、浮かんでは消えていった。
クーの後姿もそれに合わせて明滅していく。あの艶やかな黒髪が、闇に溶け込んでいくようだった。
ふたたび頭が真っ白になった。
( ω )「いやいやいや……」
ブーンはしばらく茫然としていたが、やがてすぐに動き出した。
頬がひきつり、涙袋が浮き彫りになっていく。表情が痙攣するたびに、刻まれた皺の彫りが深くなる。
角部屋のほうへ接近し、右耳を扉に押し当てた。
しかし聞き取れるのはノイズくらいなもので、内容などはサッパリだった。
とりあえず、行為には至っていないらしく、それだけのことで、とりあえずブーンの心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
しかし、これからどうしよう。
ブーンはすっかりここに来た理由など忘れてしまっていた。
たったいま目の前で起こった、不可解な現場のことしか考えられない。
少考すると、向いの「小道具部屋」にするりと入り込んだ。
埃っぽい臭いが鼻につく。文句は言っていられないので、そこで息を潜めて成り行きを伺おうとした。
・・
・・・・
- 58 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:34:17.29 ID:r8hF8/iB0
向いの部屋の扉の開く音がした。ブーンは息をのんで、見えもしない廊下の方を凝視した。
か弱い足音がゆるくエレベーターの方へ向かっていく。おそらくクーだろう。
虚ろな歩き方が気になった。
しかしモナーの気配はなかなか聞こえない。ミーティングルームにまだ居るのだろうか。
ブーンは準備をし、そっと部屋を出た。そして、周りを確認してから向いの、
モナーのいる部屋へと忍び込もうと考えた。
だがしかし、隅の方から「ヒッ……」という小さな悲鳴が漏れたのを感じ取った。
とっさにエレベーターの方を向くと、そこには、怯えた愛娘が立ちすくんでいた。
クー……!
愛しいという感情よりも、叫ばれてはまずいという危機感が先立った。
ひきつった顔をしているクーをとっさの才覚で口を塞ぐと、監視カメラに見つからないよう
エレベーターの近くから離れた。
川;゚ -゚)「――ッ!? ――ッ!?」
(;゚ ゚)「………」
小道具部屋に隠れていたとき、ふとした思いつきから被った覆面が、
こんな事態を生みだすとは思ってもみなかった。
これがどんな事態を生みだすのか、想像する余裕すらない。
- 59 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:38:10.13 ID:r8hF8/iB0
- 必死にもがくクーを引きずり、ブーンは別の空き部屋に入り込んだ。
扉をしめ、壁にもたれかかる。左腕と胸板とでクーの華奢な首を挟み込むと、申し訳なさでいっぱいになった。
自分は愛娘に何をしているんだろうか。情けなくて涙が出そうになる。
後にひけないこの状況に涙が出そうになった。
しばらく抵抗を見せていたクーだったが、そのうち大人しくなった。
諦めたのか、あるいはブーンの右手に握られた紛い物のナイフに怯えたからなのか。
そんな状況の中、ブーンは言葉を切りだせないでいた。
( ゚ ゚)「
………」
何を言えばいいのだろう。最近頑張っているか、映画のクランクアップはいつだ?
痩せたようにみえるけど、ちゃんとご飯は食べているのか……?
モナーはなぜ君を連れたのか? その部屋ではどんな会話が繰り広げられたのか?
その部屋では……その部屋では、どんなことが、どんなことをしたっていうんだ!
頭痛が弾けた。脳から質問が溢れ出そうになる。かろうじて堪えると、ブーンは
深呼吸をし、声色を変えながら実の娘を問い詰めた。
「……あの男とは何をしていた」
「あの男って、モナーさん……?」
絶望の混じった声が返ってきた。身体に似てか細い言い方だった。
ワンテンポ置くと、ブーンは、
「そうだ。……俺はあんたのファンだ。だから聞いている」
- 61 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:40:13.59 ID:r8hF8/iB0
- 「……喋ってた。いろいろ」
「色々? それを言え、内容は何だったん……だ」
「仕事のこととか、あと家族について」
落胆に満ちたその響き。
ブーンは”家族”という単語に興味を持った。
「全て話せ」
「私、あんま人気ないんだって。ここの番組の投票で。
……で、ダンスもよくないし、取り柄は顔だけだとか、ソロじゃどうしようもないとか」
ブーンは項垂れた。眉がひくひくと痙攣する。あの男に何が分かるというのだ。
いっちょ前にクーのプロデューサー気取りなんて、害悪にしかならないだろうに。
「……そんなこと、ない」
「これからどうするんだ?……て。あと、父さんのことで」
「……続けろ」
ブーンの鼓動は高鳴る。それに共鳴するように、クーの息も荒くなり、艶かしさが増していった。
「父さんのために、ドラマの枠を用意した。お前たちも使うはずだった。
でも、お前の人気を考えると、それすら没にしなければ、ならな……かった」
- 62 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:43:35.59 ID:r8hF8/iB0
- クーはせき込んだ。慌ててブーンは左腕の力を弱めたが、首が圧迫されたわけではないらしい。
涙を流していたからだった。
肩を小さく震わせて、鼻をすすっていた。ブーンからは見えないが、きっと頬には熱く滴っているのだろう。
まるで昔のクーを見ているようだ。時々、驚くほどの色気を見せていたクーなのに、
今ではベソをかいていた幼稚園児の頃の姿にすらうつった。
やはり、まだまだクーは少女なのだ。世間が何と言おうと、まだ雛鳥なんだ。……
川 ; -;)「親子揃って、実力不足なんだって……」
「……そんなこと、ない……」
胸が締め付けられた。自分はともかく、娘はそんなことない。
この左腕をほどいて、抱きしめてやりたくなる。しかし、それを遮るように、クーは続ける。
「どうするんだ。……て、ずっと責められた」
「あの男……」
そんな雛鳥を意味もなく叱りつけ、何がしたいというのだろう。
「アテがないのなら、おれが用意してやる。……次の収録後に会いに来い。・・・・・・て」
モナーの意図は嫌悪感の出るくらいに理解できた。
つまり、枕営業をとうとう迫ってきているのだ。番組をダシに、ブーンをダシに使って……。
ブーンは何もいえなかった。心の中で、殺意を洩らすだけであった。
- 63 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:46:51.08 ID:r8hF8/iB0
- 仕方のない作り笑いで、ブーンは精神を落ち着かせた。
マスクが窮屈で仕方なかった、この状況では外そうが外さまいが変わりないような気もする。
輝くだけのナイフを握る力も今では弱弱しい。もともと脅すつもりもなかった。
その右手も今では、ダラリと下がっている。
「まだ……何もやっていないんだな」
「うん。……うん」
クーもモナーの下卑た欲望を理解しているようだ。こんな調子では、甘んじてモナーの要求を
受け入れてしまうのではないだろうか。
「モナーの要求なんて……」
「………」
「受けちゃダメだお」
「……わかってる。ぜったい」
- 64 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:50:31.54 ID:r8hF8/iB0
- このとき、娘との悲しみを共有できた気がする。
父親を引きあいに罵倒されるだけでなく、権力者からの露骨な欲情には
これから耐えなくてはならないという絶望的な未来。
そんな状態で、どうしてスターとして笑顔を振りまけよう。
業界の汚さをこれから肌に染み込ませ、安直なアイドルと化していく。
許されるべきではない。ブーンがかたく決意すると、クーは、するりと父親の拘束から抜け出した。
唖然としているブーンをよそに、クーはブーンと向かい合った。
その顔には微笑が浮かんでいた。これからの未来を受け入れたような諦めさが漂っていた。
川 ゚ -゚)「がんばってくるよ」
(;゚ ゚)「そ、そうか……」
つたない返事をすると、娘はまどろんだように目を細めた。ぷくりと浮かんだ涙袋が芸術的だった。
川 ゚ -゚)「そんなマスク、外しちゃえばいいのに」
(;゚ ゚)「………」
言葉すら出てこなかった。頷こうにも、全身が土で固められたように動かない。
「収録があるから」 そう言って、クーは扉へ向かった。
- 66 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:54:35.55 ID:r8hF8/iB0
- 「あー、くるくる寿司食べたいな。また行きたいね」
明るい口調で語りかけると、扉を閉めるその直前に、消え入りそうな声で、
「……父さんは何が望みなの」
そう呟いて、ブーンの目の前から消えていった。ブーンはまだ動かない。
身体が自由になったのを確認すると、涙でぬれたマスクを乱暴に脱ぎ捨てた。
尻ポケットの携帯電話がやかましく鳴り響いたが、そんなものは無視した。
( ;ω;)「くそっ……! くそっ!!」
無力感と、激情とが同時にブーンの身体を駆け巡った。
おれの望み? そんなもの決まっている。お前の幸せだ。そうに決まっているじゃないか。
どうしてそんなこともわかってくれない。作品なんかどうだっていいんだ。
( ;ω;)「幸せは……ぼくの幸せは、お前なのに……」
視界が紅くゆらめいた。ぎこちなく色が飛び散ってから、また元に戻って行った。
涙はすでに枯れ果てた。
自分のやるべきことを、今からしてやらねばならないのだ。
- 67 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 01:59:02.51 ID:r8hF8/iB0
- 足元に転がっているマスクを丁寧に拾い上げると、ブーンは廊下に立った。
今からしてやること。ついさっき浮かんだ方程式を反芻して……
( ^ω^)「……ぼくはクズだお。どう堕ちようがかまわないんだお。
でも、クーは違う。清く生きなければならない。スターでなければならないんだ。
また、僕と同様にモナーもクズだ。生きている価値はない。
僕はモナーを殺したくって、クーには幸せになってほしい。
そして、モナーの死はクーにとっての幸せにもなる。
ぼくの不幸+モナーの不幸=クーの幸福
これは揺ぎ無い。
ぼくの罪=モナーの死と決定づけ、さらにクーの幸せも織り交ぜてみる。
ぼくの罪+モナーの死=クーの幸福……いや、クーの何か。
- 70 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:01:21.26 ID:r8hF8/iB0
- 何かとは、クーがスターであるということを踏まえると、簡単に導き出せる。・・・・・・
ブーンはモナーのいる部屋へ向かいながら、考察の刃を研ぎ澄ましていった。
クーのスター性=美貌+所属ユニット+エックス
エックスはブーンの罪、モナーの死を踏まえると容易に想像がつく。
探偵にしてやればいい。世間のさらなる注目が集まるぞ。みんなクーを一目置くはずだ。
扉の前に立って、ブーンは考えを整理した。
クーの幸せ=ぼくの罪+モナーの死
クー=探偵
ぼく=罪人
モナー=被害者
このシナリオが編み出される。素晴らしいシナリオだとブーンは自画自賛する。
まったく無駄のない、完璧な未来展開図だ。
- 72 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:04:07.68 ID:r8hF8/iB0
- ブーンは勢いよく例の角部屋に入室した。モナーはそこにいた。パイプ椅子を何個もつかい、
ベッド代わりにして居眠りをしている。都合がよかった。
天も自分を応援してくれている。ブーンは核心した。
見ると、机の上に携帯電話が置いてあった。モナーが起きないよう、そっと近寄りながら
ブーンはそれを開いた。ありがたいことに、ロック機能などは使っていないらしい。
犯行に使えそうな情報は無いかと、ボタンをガムシャラに動かした。
やがてブーンの指が硬直した。そのとき、ディスプレイはメールの送信フォルダを表示している。
( ^ω^)「これだお」
メールの内容は、「収録が終わるまで仮眠を取っているから、起こすな」という内容だった。
ブーンはしばらく顎をさすり、同じ送信相手に、別のメールを送った。
「あと、収録が終わる前に起こしに来い。ミーティングルームだ」
その後で丁寧に指紋を拭い去ると、携帯電話をモナーの背広の裏ポケットに落とし込んだ。
準備は整った。息を整え、ブーンはモナーの身体を揺り動かした。
三秒もたたぬうち、不機嫌そうな呟きをしてその男は半身を起した。
(#´∀`)「なんだモナ……!」
( ^ω^)「やぁ」
ナイフ片手にブーンは爽やかな返事をした。
その刃物はクーのときと同様の紛い物だったが、寝起きの人間を脅しつけるには充分な代物だった。
- 73 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:08:35.03 ID:r8hF8/iB0
- (;´∀`)「……ブーン」
( ^ω^)「立てお」
(;´∀`)「おっ落ち着いてくれモナ……」
(#^ω^)「立てっつってんだおッ!!」
脅しつけると、モナーは従順に立ちあがった。その目はオドオドしている。
信じられないという感情が、ブーンにも伝わってくるようだった。
自分が周りから憎まれていることに、ようやく気がついたらしい。
(;´∀`)「とっとにかく、そのナイフを仕舞ってくれモナ」
( ^ω^)「これかお?」
ブーンはこれ見よがしにモナーの目前で振り回した。たちまち表情がひきつる。
(;´∀`)「やめてくれモナ!」
( ^ω^)「立場は理解したようだお」
この瞬間から、モナーはブーンの傀儡となり変った。
醜い言い訳もしないだろう。ドラマの件については謝る、クーのこともよく面倒みるから、
そんな、聞きたくもない戯言が封じられた瞬間であった。
- 75 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:12:18.16 ID:r8hF8/iB0
- ブーンはモナーと向き合いつつ、チラチラと机の方を見やった。
強度は充分だろう。あとはどう「ぶつかっていく」かだった。
( ^ω^)「こっちにこい」
何も言わずにモナーはブーンに歩み寄った。そんなモナーの肩をがっしりと両手で攫むと、
(;´∀`)「な、なにを……」
( ^ω^)「ショータイムだお」
狙いを丁寧に見定めて、
( ゚ω゚)「長いプロローグは終わったお!!」
いきなり、木製のカドにめがけてモナーの後頭部を叩きつけた。
*
(;´∀゚)「がっ……あっ……あっ……」
反応を見てから、ゆっくりとブーンは手を離した。モナーの身体がコンクリートの床に
くずれ落ちていった。一拍置いてから、鮮血が滴ってゆく。
モナーは尋常でない表情をしながら、それでもしばらく痙攣を起こしていた。
だが、やがてこと切れた。小悪党らしい、あっけない最期だった。
- 77 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:15:47.88 ID:r8hF8/iB0
- やりおおした。これで終わりではないのだが、煙草でも吸いたいような気分になった。
ブーンは満足しながら部屋を出ると、カメラのない、階段を利用するルートでテレビ局を抜け出した。
その道中、ブーンは自身の携帯電話を確認した。不在着信が2件残されていた。
両方ともドクオからだった。
ブーンは嫌な予感を胸に秘めらせながら、それでも足を動かした。……
・・
・・・
これからが見物だ。鼻歌まじりに大都会の交差点を闊歩した。
証拠はたくさん残っていることだろう。
警察とかいう国家権力が介入するのは不快だが、あの娘ならきっとやれる、
真犯人が誰かという推理はしてくれるはずだ。
ブーンは気分から裏道を歩くことにした。自分のような日陰者が信号など使っていいはずがない。
ひとけの無い道で、どう自宅に帰ろうか迷っていたそのとき、ブーンの携帯電話は再び着信音を鳴らした。
「SEVENTEEN DANCE」のキャッチーなサビがコンクリートジャングルに反響した。
相手は予想するまでもなく、ドクオだった。
( ^ω^)「またかお……」
苦々しく呟くと、携帯電話の電源を切ろうとした。
左親指がパワーボタンに触れたそのとき、背後から見知った声が飛んできた。
('A`)「その電話を取る必要はないんだよな」
- 79 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:17:24.86 ID:r8hF8/iB0
- よっしここからは半分ながら投下になる
だから、ちょっと投下が遅れるかもしれぬでござる
- 81 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:21:47.37 ID:r8hF8/iB0
- ( ^ω^)「ドクオ……」
振り返ると、友人だった小男がこちらを睨んでいた。
よく観察してみると、右腕に包帯が巻かれている。怪我でもしたのだろうか。
( ^ω^)「さっきから何の用なんだお」
('A`)「お前がテレビ局に入るところを目撃した」
質問には答えず、ドクオはスラスラと言葉を並べていった。
('A`)「普段だったら、”ああ仕事なんだな”って思うところだ。
だが状況が違う。昨日のお前の姿を見たおれは、お前の顔を見てヤバいって思ったんだ。
こいつはまた、しでかすに違いない。きっとターゲットは愚痴っていたあのモナーってやつだ……てな」
( ^ω^)「……その傷は何だお? それに、しでかしたってのは?」
ドクオを遮ってブーンが思ったことを口にすると、ドクオは唖然とした顔を見せた。
だが、それもすぐに納得の表情に変化した。口調に、寂しさを乗せて、
('A`)「……ブーン、お前、本当に何も覚えていないのか」
( ^ω^)「覚えている? 何をだお?」
('A`)「おれを刺し殺そうとしたことだよ」
( ^ω^)「えっ……?」
- 84 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:26:27.90 ID:r8hF8/iB0
- 今度はブーンが唖然とする番だった。
('A`)「お前の家から帰ろうとしたおれを、お前はナイフ持って追いかけてきたんだ。
尋常じゃねえ。その目つきが半端なかった。おれは腕にそいつを食らっちまったよ。
そんで逃げるように飛び出していったんだ。……本当に、覚えてないのか?」
(;^ω^)「………」
本当に覚えてない。深い酩酊感と、途方もない怒りに支配されていたことしか、頭にはない。
('A`)「……だとしたら、筋金入りだな……」
(;^ω^)「そんなことが……」
一時の感情で友人の命すら奪おうとしていたとは。まったくドクオの言うとおり、
ブーンは自分が筋金入りの犯罪者だと思った。
今まで前科がないのが、信じられないほどだった。
( ^ω^)「で、僕がまた何かやらかしたのではないかと。そう言いたいんかお?」
('A`)「そうだ」
きっぱりと断言すると、ドクオは一歩近寄った。
('A`)「その顔を見ればわかるさ。今度こそ、殺しちまったんだろ?」
( ^ω^)「御理解が深いようで」
- 87 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:31:47.08 ID:r8hF8/iB0
- ( ^ω^)「さすがは元親友だお」
('A`)「へっ。元……ねぇ」
( ^ω^)「だから話してやるお。そうだお、ぼくは先ほどモナーを殺してきたところだお。
だが……それがどうしたお? クーの幸せを妨害しようとするアイツに、生きる権利はない」
('A`)「………」
( ^ω^)「ドクオもクーのファンならきっとわかってくれるお。
あいつはね、クーに枕を迫ったんだお。うん、それでクーは泣いていたお。
さんざん怒鳴られた挙句のことだったらしい。じゃあ、だったら僕が何とかするしかないお」
('A`)「それ俺に喋って、どうする気だ?」
( ^ω^)「ぼくはいずれ逮捕されるお。名探偵クーの華麗な推理によって」
('A`)「はぁ?」
( ^ω^)「ドクオには、それを彩ってもらおうと」
('A`)「何言ってるんだお前? 名探偵? 推理……?」
当惑するドクオに、ブーンは説明をふるった。
( ^ω^)「ドクオ、ぼくはいくつも証拠を残してきたお。そしてアリバイ工作もした。
死亡推定時刻が一致しないような証拠を。でも、それは脆いトリックで、
天然なクーでも簡単に解けるようなものなんだお。ぼくの文章のクセを……」
(;'A`)「待て待て待て待て」
- 89 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:34:40.53 ID:r8hF8/iB0
- 慌ててドクオが遮る。
(;'A`)「つまりこういうことか? お前はクーちゃんに、自分を追いつめてもらいたい、と」
( ^ω^)「そうだお」
('A`)「なぜだ?」
( ^ω^)「それがクーの幸せなんだお」
('A`)「幸せ? 実の父親の愚行を暴いて、それが幸せにどう繋がる」
( ^ω^)「だって僕はクズだから」
さすがのドクオも呆れ顔だった。
持論を信じ切っているブーンの狂気性をひしひしと感じているらしい。
( ^ω^)「ドクオ、君には視聴者でいてほしかったな」
('A`)「………」
( ^ω^)「倒叙は視聴者が居ないと成り立たないお」
('A`)「ふぅん。お前の筋書きねぇ。これがお前の作品ってワケか」
( ^ω^)「………」
( ゚ω゚)「そうだお」
- 92 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:46:15.73 ID:r8hF8/iB0
- ('A`)「なるほど。よく分かったよ」
( ゚ω゚)「理解してくれたかお。さすが……」
('A`)「お前は娘を愛してないな」
( ゚ω゚)「……は?」
ブーンは落雷に打たれたようにショックを受けた。
何を言っている。娘を愛していたからこその凶行だろうが。
反論してやりたかったが、ブーンの口は動こうともしない。
('A`)「本当に愛しているんだったら、悲劇の作品に組み込もうとは思わないだろ。
主役に立ててやりたいとか言いながら、結局は自分の制作欲のためなんじゃないのか?」
(;゚ω゚)「なにを……なにを……!」
('A`)「さっきも言ったろ。父親を逮捕させるとか、どれだけショックを与えると思ってんだ?」
(;゚ω゚)「だってぼくは……クz」
(♯'A`)「クズじゃねえ! お前がお前をどう思ってるかとか知らねえがな!
断言してやるッ! クーちゃんはあんたをクズとは思ってねぇよ!」
(;゚ω゚)「………」
(♯'A`)「どうしてそういう結論に至ったんだよ! 意味わからねえよ! どうしてだよ、どうして……」
- 93 名前: ◆tOPTGOuTpU[さるってた] 投稿日:2009/06/08(月) 02:48:45.95 ID:r8hF8/iB0
- 最後の方は涙交じりの詰問だった。ドクオは俯くと、それっきり喋るのを止めた。
(;゚ω゚)「っ……」
ブーンは興奮でどうにかなりそうだった。今日ほど、本音をぶちまけた日はない。
(#゚ω゚)「わかったような口きくんじゃねえお!!
ぼくはな、実の娘を脅迫したんだ! 軽蔑されたんだお!!
ぼくはどうしようもないんだ! 罪人なんだおッ!!
その罪人が……その罪人が、罪滅ぼしして何が悪いんだおッ!」
それだけ叫ぶと、ブーンはドクオなど見向きもせずに駈け出した。
逃げ出してしまいたかった。切り捨てたとはいえ、ドクオの言葉は、心が痛むものばかりだった。
- 94 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:51:07.39 ID:r8hF8/iB0
- 路地裏をブーンは駆け抜けた。所々のゴミ箱に躓きそうになりながらも、必死にドクオから遠ざかった。
どうして理解してくれないんだ。これこそがクーへの愛の形だというのに。
あいつは、ことの顛末を理解しているようで、まるで違う。
ぼくのことなんか、これっぽっちも分かってやしない。
あいつはクーのファン失格だ。
照りつける太陽がまぶしい。ずっと走っているので、発汗も尋常ではない。
(;゚ω゚)「はぁっはぁっはぁ……!」
ブーンは裏道から抜け、ふたたび表通りに立った。
コンクリートジャングルと形容されるほどに立ち並ぶビル、目の前のオーロラビジョン。
そしてその大画面では、ちょうどTKガールズ主演の映画の予告が流れていた。
人通りが激しい。息遣いの荒いブーンを人々は不審そうな眼で見てくるが、そこまで気にしている風でもない。
(;゚ω゚)「くっ……!」
ブーンは急に腹が立ってきた。あのオーロラビジョンには、素晴らしい少女たちが映し出されているというのに、
ビジネスマンたちはだれも見向きもしない。そんなことが許されてたまるか。
クーをもっと見ろ、お前たちが称賛してこそのスターなのだ。
(;゚ω゚)「あの画面を見ろおっ……見てみろ……おれの娘が映っているぞ」
そう声に出しても、やはり人々の反応は変わりない。自分自身の目的のために動いている。
この倒叙ドラマの視聴者はお前なんだ。お前たちが興味を持たないことには、意味がない。
主役を見てみろ、あの麗しい探偵を。あの娘を見るのがお前たちの役目だ。
- 97 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:55:26.47 ID:r8hF8/iB0
スクランブル交差点は自動車のターンで、歩行者は誰一人いない。
いまだ、このチャンスだ。ここに立てば、みんなぼくの話を聞いてくれる。
(;゚ω゚)「よし……!」
ブーンは正常な判断などもう持っていなかった。どうして歩行者が居ないのかも考えられない。
さっそうと道路の真ん中に躍り出ると、ブーンは両腕をあげて演説しだした。
大衆が「わっ」と声を挙げる。付近の自動車はこぞってトランペット代わりにクラクションを鳴らす。
(;゚ω゚)「あのオーロラビジョンを見ろ! あの娘こそが今回の主役だ!
ぼくは罪人で、これから捕まえられるお! さあ、このドラマをじっくり……」
そう言い終わらないうち、クラクションを強く鳴らすトラックがブーンの背後から突進してきた。
ほんの目の前になるまで、ブーンの存在に気がつかなかったらしい。
大衆が、その事故に悲鳴をあげた。中には歓声すらあった。
鈍い音と共にブーンは道路わきに弾き飛ばされた。昼下がりのビジネス街はたちまち混沌と化した。
(メω゚)「あ……れ……?」
- 101 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 02:59:32.82 ID:r8hF8/iB0
- 脱ぎ捨てられた洗濯物のようなブーンを、大衆はこぞって取り囲んだ。
「大丈夫ですか!?」
「こりゃひでぇ……」
「息はしているのか?」
「誰か救急車を!」
「こいつ、何がしたかったんだ」
「息はまだしているぞ」
(メω゚)「………」
視界がぼやける。仰向けのブーンには、もう高大な青空以外に見えるものがない。
オーロラビジョンを見ようと首を動かそうとしたが、信じがたい激痛が走った。
そのペインをきっかけに、視界は薄暗くフェードアウトしていった。……
(メω゚)「クー……。クー……!」
ぼくはここで死んでしまうのか? クーに裁かれるべきぼくが、なぜここで死んでしまうというのか。
このままではドラマが成立しなくなってしまう。
ああ。。。ドラマ。。。ぼくの愛しい倒叙ドラマが・・・!
- 104 名前: ◆tOPTGOuTpU 投稿日:2009/06/08(月) 03:03:59.26 ID:r8hF8/iB0
- いや、倒叙なんて良くなかったのかもしれない。クーはおっとりした性格だから、
そんな血なまぐさいものなんて合わないのに……。
ごめん。ぼくが作れるドラマなんて、それくらいしかなかったんだお。
できれば、クーを幸せに映させる、喜劇の中で活躍させたかった。
頭の中でラブロマンスのシナリオが浮かんでくる。
でも、それを書き留める脳髄は、ゆるやかに死へと進んでいく。
悔しさでいっぱいになるうち、また視界が青空を映し出した。
同時に、観客たちの心配そうな声まで聞き取れてしまう。
(メω゚)「……誰も、わかってくれない……」
握手を求めるようにのばした腕は、やがてコンクリートの上に横たわった。
セブンティーン・ダンスのようです 完
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