ハハ ロ -ロ)ハ いのち紡ぎし歌姫のようです

3 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:11:11 ID:RO8dX16k

――知識は力だ。

この世界のコトワリを表した台詞でもある。
私の住んでいる都市、パーソクは激しい税の取立てや、それを拒んだ者への厳しい仕打ちが行われている。
軍事大国の名を世界に轟かせるここは、内外共に威圧的だ。

特に、私みたいな孤児がここで生きるのはとても大変だ。
街には城の兵士が巡回し、もし孤児であるとばれればすぐに城に引きずられていき、労働に一生を捧げることになる。
私の知り合いも、数人帰ってこなくなった。

だから、この都市の孤児は群れる事を選択する。
だけれど、その頂点に君臨するのは所謂餓鬼大将であってはならない。
所謂、力にだけ物を言わせ、他人をそれで従わせるような君主は、信用と仲間をすぐに失う事になる。
何故だろう。私から言わせれば、答えは簡単だ。私達には『魔術』があるから。

今は『魔術』が何なのかを丁寧に説明するつもりはない。
ただ、『思い通りの事・奇跡』をある程度自由に起こす方法であると言う事を知っていれば、いいと思う。
実際、私は本で魔術を理論から学んではいるが、その程度のものとしか認識はない。

この魔術があるから、単純な力は意味を成さない。
頂点に君臨する者に必要なのは、魔術の知識と、如何に仲間を使い困難を除けるか、と言う知恵。
尤も、カリスマ性が必要なのはどの時代でも変わらないと思う。

この都市は最近までは魔術に無関心で、三強国の一つであったけれど他の二つに比べて魔術が一般ではなかった。
この都市に魔術が普及したのは実のところ私達が原因である事の占める割合が多いのではないだろうか。
魔術で対抗する私達を捕まえるのに魔術が必要だし、その魔術も他の都市に高い金を支払って学者を雇うよりは、
その知識を持っている私達をとっ捕まえて吐かせた方が安上がりだ。
誇張かも知れないが、私達の魔術に関する知識は、魔術都市あるラウンジの一般レベル程度には高いだろう。

4 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:16:20 ID:RO8dX16k
そういうわけで、今まで鈍重な装備で身を固めていた兵士たちはその鉄の鎧を魔術防護の施された軽い服に換え、
見るからに重たそうな鉄の剣は手に宿る魔力の具現に換わっていった。

そうなると、私達は困った。最も困ったのは私だが。
今までは目くらまし程度で済んでいたのに、逃げる為に相手の兵士と一戦交えなければいけない事が増えたからだ。
尤も、まだ魔術の習熟度は私達の方が上だったので、相手に顔を見られないように気絶させるのはまだ、当てさえすれば楽だ。
それでも、今まで重い鎧をがちゃつかせて剣を頭上で振り回して追いかけて来ていただけのうすのろが、
魔術の弾を飛ばしてきて、おまけにこちらの攻撃も利きにくくなったんだからそれは脅威に違いない。

敵兵士との交戦は私の担当だった。しんがり、とも言う。
言うまでもなく、一番危険なポジションだ。
このポジションに立っていたからこそ、私には魔術を身につけた兵士の脅威が解る。
尤も、それは前までこのポジションについていた私達を率いる『ボス』にも同じように当てはまるわけなのだが。

そのボス―名前をホライゾンと言う―は今、私の前で椅子に座っている。
その言葉を聴く為に私はここ、ボスの部屋に呼ばれたのだ。

( ^ω^)「ご苦労様だお、ハロー。君の魔術のお陰で僕達は助かっているお」

文面だけ取ってみれば何と部下想いな上司だろう。
つい今朝死線を潜り抜けてきた私に対する労いなのだが、事実を知っている者には嫌味にしか聞こえないわけだ。
と言うのも彼は、孤児グループの界隈でも有数の強力な魔術師である。
それでいて頭も切れるわけだから、私達のボスをやっている。
強力な魔術師であったから、勿論前までは『しんがり』を自ら務めていた。
それも、前まで。兵士が魔術を導入するまでの事だ。
それが起こった事により、彼は一線を退いた。しんがりに残されたのは私だけだ。
言い換えれば、面倒を全て私に押し付けて自分は安全な場所に胡坐をかいている、と言ったところだろう。

ハハ ロ -ロ)ハ「……ありがとう、ホライゾン」

5 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:22:28 ID:RO8dX16k
それでも彼がまだ頂点に君臨していられる事には勿論理由がある。
強力な魔術師であることもそうなのだが、彼は魔術の優れた者を一人優遇している。
手段としては生活の必需品、嗜好品を優先して与え、仕事には参加させないと言ったところだろうか。
周り、特に私からしてみれば強力な魔術師を何もさせずに飼っているのは無駄だと思うのだが、意図している事はわかる。
即ち、番犬である。もし私がホライゾンに刃向かう事があれば、すぐに番犬たる彼に処分されるだろう。
私を例に出したのは私も一応強力な魔術師で、今のところホライゾンに対する反抗心が一番強いからだ。
ホライゾンのこの姿勢に反抗心を燃やす者は私以外にも多く居るが、彼らには力、即ち魔術の知識が足りていない。

つまる所は、ホライゾンに刃向かっても何も良い事は無いということだ。
下手に手を出しさえしなければ自分には部屋も食事も与えられる。
尤も、自分たちが死線を潜り抜けて手に入れてきた物を勝手に扱われるのは腹立たしいが。
他の者も私と同じように、何よりも生活を大切にすべきだと言う事は判っている。
故に、ここまで意図したかどうかはわからないがホライゾンの策は成功を収めている。
私が待つ言葉はただ一つ。脂ぎった美辞麗句でなく、『帰れ』の一言のみである。

( ^ω^)「帰っていいお。また二週間後、よろしく頼むお」

出た。最も待っていた言葉が『帰れ』だと言う時点で、私がどれだけこの男を嫌っているかは解ってもらえるだろう。
一応形だけ一礼はして、できるだけ彼を見ないように部屋を出る。

廊下を歩きながら、この屋敷も随分と住みやすくなったななどと思った。
私達が始めてここに来た時はとても住める場所とは言えなかった。
窓硝子の破片がそこらに散らばっていて、靴を持っていない者は歩くのにも苦労した。
歩ける者は歩ける者で軋みながら獲物を待ち構える床に怯えなければならなかった。
事実、床を抜いて脚を怪我した者はそこそこ多い。
この屋敷は森の中にあるものだから、緑の蔦がそこらにアートを描くように絡んでいたり、
太い枝が窓を突き破って部屋を侵犯していたりもしていた。
埃も凄かった。指でなぞればくっきりと跡が残るような厚さで、どこにも均等に積もっていた。
人が歩く事で撒きあがるものだから、動くたびに煙たくて仕方がなかった。

6 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:25:18 ID:RO8dX16k
なので私達がここに来てまず始めに行ったのは大清掃である。
そこらに散らばるきれいな凶器は全て取っ払い、蔦は千切ったり燃やしたりして、枝は切った。
埃も払ってようやくまともに生活できる環境が整うまでに、四日はかかった。
床だけはどうにもならなかったが、皆が危なそうな場所を把握する事で対処とした。

枝を燃やそうとして小火騒ぎを起こしたのをしみじみと振り返っているうちに、自分たちの部屋の前で足が止まる。
街に食料を盗みに行く時以外は、比較的自由な生活を貰っている。例えの一つとして、部屋は二人で使うには広い。
こういう配慮を見ると、ホライゾンの力の強さが良く解る。人の使い方を理解しているな、と。
尤も、前線から尻尾を巻いて逃げた事が思い出されてしまえばそれまでであるわけだ。

扉を押す。硝子の無い窓から採られた陽光が眩しい。
その明かりの中には一人の少女が床に座っていた。
仕立ての良い、ドレスにも見える黒のワンピース。
薄手のそれに覆われた膝には、少々大きすぎるかなと思う本を開いている。
少女は、扉の軋む音を聴くなり視線をこちらに上げた。

(*゚ー゚)「おかえり、お姉ちゃん」

ハハ ロ -ロ)ハ「ただいま、しぃ」

お姉ちゃんとは言われているが、血縁関係は無い。
彼女との出会いは、雨の降る商店街の裏路地だった。
しぃの横に座って、ふとそれを思い出す。

・ ・ ・
二年前だ。兵士をまいて、裏路地経由で帰ろうとしていた時、ふと一人の少女が目に映った。
びっしょり濡れた長い銀髪の張り付いた顔。その銀の瞳はただひたすら空虚に空を見上げていた。
仲間とはぐれたのだろうか、それとも親に捨てられて間もなく、仲間そのものが居ないのだろうか。
どちらにしてもほうっておく気にはなれなかった。声を掛けると、ついてきた。

7 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:30:24 ID:RO8dX16k
屋敷に入ると、ちょうど入り口の所にホライゾンが居たので説明の手間は省けた。
この時はまだホライゾンも前線に居たので、少女の事を説明するのは精神的に軽かった。あの時はまだ、友人みたいに話せた。
彼女が仲間の居ない孤児であって、そしてそれを望むなら彼女を仲間に入れてやる事をホライゾンは自分から提案した。

部屋に連れて行ってまず、水に沈めたように濡れた粗末な衣服を脱がせ、彼女の体を拭いてあげた。
体つきなどから察するに、八歳くらいだろうと思った。
ついで生い立ちを聞いてみると、記憶が無いようだ。
私も親の記憶は持っていないが、そう言う訳ではなかった。何であそこに立っていたのかすら、解らないようだった。
そうなれば帰る場所にも困るだろう。それがあるとするならば、だが。
ここに住むかどうかを聞いてみると、ぽつりと肯定の返事を返された。

それならばまず困ったのは代えの衣服だ。とりあえずは自分の持ってるのを着せたが。
孤児であり、金が無い事も原因になるが、私はあまり多く衣服を持っていなかった。
洗濯なんかを考慮して、三着。それだけだ。
身なりを気にする仲間には十着くらい持っている者もいた。彼女らに相談すると、数着譲ってくれた。

しぃを見せた時、彼女らはなにやら喜んでいた。譲ってくれた衣服も、私の素人目で見ても良い物だった。
素材が良い、と言っていた。確かにそうだ。
最初は布切れを縫い合わせたような衣服を纏ってはいたが、拭いて湿気を切った銀髪はさらさらと流れるように長く、
銀の瞳も宝石と見間違えるほど澄んでいた。加えて細くしなやか、白磁のような四肢。
『お人形さんみたい』とは彼女らの台詞だが、成程頷ける。
良い意味で言うならば、腕の良い人形師が良い所だけをあわせて作ったような、美しさと可愛さの共存する見た目。
悪い意味で言うならば、感情の乏しい表情や、受動的な性格。ちょうど"自身"の為に創られたのではない人形、と言う訳だ。
・ ・ ・

(*゚ー゚)「どうしたの、お姉ちゃん」

問いかけに、意識を引きずり戻される。
私の慌てた様子に、しぃも何だかびっくりしているようだ。

8 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:36:20 ID:RO8dX16k
ハハ;ロ -ロ)ハ「ああいや……悪い。驚かせちゃったな」

(*゚ー゚)「ううん、気にしてない。
     ……眠いの?お姉ちゃん」

ハハ ロ -ロ)ハ「どうして、そう思うの?」

(*゚ー゚)「だって朝も早かったし、さっきだって何だかぼーっとしてたから……。
     私の勘違いだったら、ごめんね」

そういうと彼女はぷつりと意識が途切れたように私の肩にとすんと頭を落とした。
それを見て驚くと、彼女は眠そうな目を開け、此方の瞳をぼうっと覗き込む。
眠いのは、しぃの方じゃないか。

ハハ ロ -ロ)ハ「膝、使う?」

正座をした膝から埃を払うように両手を動かし、示す。
しぃは一つ頷くと、私の膝に頭を預けた。

(*゚ー゚)「ありがと、お姉ちゃん」

そう呟くと、しぃはゆっくり瞼を下ろす。
その息が深く、遅くなるのに時間はかからなかった。
寝息の持つリズムにつられ、私も眠くなってくる。
一つ、頭を撫でる。銀の髪を指に絡めると、流動体のようにさらさらとその間を流れていく。
顔を覗き込むように頭を下げる。
拾って来た―と言うのは言葉が悪いだろうか―時に比べると、随分と感情を見せてくれるようになったその顔。
安らかなその寝顔は、安心と信用の象徴だろうか。
そんな事を考えていると、意識にしぃの寝息が響き渡り、私も夢の心地に引きずり込まれていった。

9 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:40:52 ID:RO8dX16k
幸せだな、と思う。
ここまで近しくなれた人は今まで居ない。強いて言うならばホライゾンがそうだったかも知れない。
孤児の上、人付き合いが下手な性格だ。しぃと喋る時でさえ、少し言葉が硬くなってしまう。
彼女と出会えた事は、良い変化なのだろう。
近しい人―例えば親のような―に恵まれなかった私達にとって、その絆は――――。

意識は、轟音によって醒まされた。
木を砕く音だ。爆ぜる音も含まれている。
膝を使って寝ていたしぃは、今は私の腰にしがみつき、腹に顔を埋めて怯えている。

「ハロー!ハロー!ごめん、入るお!」

ドアを蹴り開けて、入って来たのはホライゾンだ。
その表情には、珍しく余裕が無いように見える。

ハハ ロ -ロ)ハ「……何があった?落ち着きが無いぞ」

( ゚ω゚)「ごめん……ちょっと落ち着いても居られないんだお!
      ああ、何があったか、ね。この屋敷が城の兵士にバレたお。
      奴らとんでもなく強い魔術師を連れてて、今ドクオが抑えてるお。
      僕もすぐに向わなければいけないから、ハローはしぃと一緒に裏口から逃げてくれお!」

彼は一気にまくし立て、ぜいぜいと呼吸を整えている。整ったらまた、言葉が雨のように出てくるのではないか。
ただ、私はその最後の指示に違和感を覚えた。

ハハ ロ -ロ)ハ「……ん?」

強い魔術師が居て、それに対抗しなければいけなくて、私は逃げろ?
私を参戦させて自分が逃げるのではないのか?

10 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:45:38 ID:RO8dX16k
( ゚ω゚)「ゆっくり話したいけど、ハローも皆も誤解しすぎだお」

そう言ってホライゾンは語り始めた。呼吸の整った口調は、私の想像に反してゆっくりしている。

( ゚ω゚)「まず君は僕が、死ぬのが怖くて前に出るのを止めたと思ってるお。
      まあそれは間違いではないお。僕が死んではいけないと思ってたんだから、大差ないおね」

ハハ ロ -ロ)ハ「どういう事だ?手短にお願い」

( ゚ω゚)「僕が死ぬか、居なくなれば、このグループは統一を失うお。
      ああ、ハローがリーダーに値しないって言ってる訳じゃないんだお。
      僕が一番恐れていたのは、ドクオだお」

ドクオとは、ホライゾンが優遇していた力の強い魔術師だ。

( ゚ω゚)「彼は強いお。ハローは勿論、僕でも勝てないかも知れないお。そして、性格が悪いお。
      もし僕が消えれば、その力を持ってドクオがグループの長になるお。
      そうなってしまえば、彼の為だけにグループのメンバーは生かされることになるお
      それを防ぐ為に、僕は前線を退いたんだお」

ハハ ロ -ロ)ハ「ホライゾンが死ねば、彼が独裁者になる、と言いたいの?」

( ゚ω゚)「そうだお。十中八九皆は最初リーダーの跡継ぎにはハローを選ぶだろうけど、そうなればドクオは君を殺すお。
      僕が彼を優遇してきたのも、彼が機嫌を損ねて下克上を起こさない為だったんだお」

ゆっくりではあったが、一気に話したホライゾンはここで大きく息を吸った。
私はと言うと、突然告げられた真実に困惑していた。

( ^ω^)「ハロー」

12 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:50:16 ID:RO8dX16k
ホライゾンが、優しい口調で言った。
盗みから帰ってきたときはいつも聞かされていた声だったのに、何故優しさをそこから感じるのだろう。
その無理矢理に落ち着かせた表情も、いつも見せられていたのに何故いつもとは違って見えるのだろう。

( ^ω^)「僕はグループの皆に、せめて僕の限界まで幸せで居て欲しいお。
      皆十分に辛い目を見てきた筈なんだお。それがもっと辛い目を見るのを、僕は考えたくないお。
      だから、ハロー、しぃ。逃げてくれお。少なくとも、ここで捕まるよりは……幸せな筈だお」

(*゚ー゚)「……お姉ちゃん」

俯いて、しぃの顔を見る。
怯えていた。
彼女も路地裏に一人で投げ捨てられた身だ。
話を聞いていたかは判らない。ただその瞳から、行動を起こす力を私は貰った。
だけど、最後に一つ。一つだけ聞いておきたかった。

ハハ ロ -ロ)ハ「……ホライゾン」

( ^ω^)「何だお」

ハハ ロ -ロ)ハ「ずっと……そう思ってたの?皆を幸せにしたいって。
       ホライゾンがボスになってから、前線を退いてからも、ずっと」

ホライゾンは、一瞬の沈黙も作らずに答えた。

( ^ω^)「当たり前だお」

ハハ ロ -ロ)ハ「そう……。じゃあ、私達は逃げる。
       お互い、生きていたらまた合おう」

13 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:54:30 ID:RO8dX16k
( ^ω^)「元気で。ハローなら、きっと僕が居なくても大丈夫だお」

私は立ち上がり、しぃの手をとって彼女が立ち上がるのを手伝った。
立ち上がってもなお、しぃは私の手をぎゅっと掴んでいた。
ホライゾンは部屋を出ると、踊り場の方へ走っていった。
私達とは逆の方向だ。
階段を下りる時、聞きなれた声色の叫びが聴こえた。
だけど、それを考えている暇は無かった。彼の望みに答える為にも。
彼の望み。
それを反芻して、私はぽつりと言葉を漏らした。

ハハ ロ -ロ)ハ「……ばかやろう」

目に熱いものがこみ上げ、頬を伝い流れていく。
眼鏡の所為でそれは拭えない。せめてしぃに見られないように顔をやや上に向けた。

裏門は既に開いていた。
きっと逃げたのは私達が最後なんだろう。
そう思っていた。

( 0w0)「ハハハ、大漁だな今日は」

ハハ;ロ -ロ)ハ(兵士―――!?)

ばれていた。
しぃは私の後ろに隠れ、腰に腕を回してしがみついている。
その手も、押し付けられた体も、震えている。

ハハ;ロ -ロ)ハ「大丈夫……大丈夫だよ、しぃ」

14 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/05(金) 23:59:58 ID:RO8dX16k
( 0w0)「今まで手こずらせてくれてよォ、コラァ!」

兵士は、私の鳩尾に拳を打ち込んできた。
鋭い痛みに伴い吐き気がこみ上げる。
痛みは次第に鈍い痛みになり、それがさらに不快感をあおった。
喉の奥から咳き込む。

兵士の拳は引かれていた。
肩と水平に引かれたそれの軌道は、恐らくは横面を打ち抜くもの。
放たれる。
砕ける音がしなかったのは幸いだが、痛みと脳に与えられた振動が手放しかけた意識を蹂躙。
その衝撃に意識が眩む。迫る暗い何かを外に追いやるように、私は集中する。
ぼやけたヴィジョンを映し出す意識に、式が組み立てられていく。
頭の中に描いたそれに、体の底から温かい何かを送り込む。
これで勝った。
私の眼前の空間に貼り付けるように、光の文字列が生まれる。
魔術式の具現だ。
魔術師以外には読めないそれは、こう示していた。

――無形光収束 爆発――

対象は目の前の兵士の顔。相手が一人で助かった。
式の示すとおりに光が兵士の顔を覆うように集い、爆ぜた。

( 0w0)「うわっ」

短い叫びと共に、兵士は倒れた。
頭はちゃんとついている。そこまで威力は出していない。
気を失っただけだ。暫くは目覚めないだろうが、早く逃げなければならない。
腰に抱きつくしぃを意識すると、不思議と意識が鮮明になった。

17 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:04:33 ID:RO8dX16k
急がなきゃ、でも何処に?
意識は鮮明さをある程度持っているものの、体の挙動がおぼつかない。
走る事もできない。
一歩一歩を、間違って倒れないように踏み出すのがやっとだ。
小さな両手で掴まれた右手を意識するたび、

ハハ;ロ -ロ)ハ「大丈夫、しぃ。大丈夫だから」

とうわ言のように呟く。
歩くたびに、頭の中で大鐘を鳴らしたかのように、痛みが響く。
それは一度鳴る度に着実に私の意識を剥離させていき……

ハハ;ロ -ロ)ハ「あ……」

前に出した左足を挫いて倒れ、そのままとなった。
混濁した意識では、私の四肢は動かせない。
お姉ちゃん、と耳元で呼ぶ声と肩を叩く感触を最後に、私の意識は闇に沈み込んだ。

・ ・ ・

背中に壁を感じる。
温度をまったく感じないそれは、木でできているのだろう。
がたん、と音を立てて地面が揺れる。見てみると、それは床だった。

一瞬考えたのは、自分が城の兵士に捕まった事だ。
だけど、現実はそうではなかった。

( ・∀・)「や。気づいたかな」

18 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:09:14 ID:RO8dX16k
男の声に顔を上げる。
目の前に座っていた男は、見知らぬ顔だった。
城の兵士ではない、と感じたのは彼が戦争とはかけ離れた出で立ちをしていたからだ。
長い髪はきちんと手入れされていて、見た目で既にさらさらとしている。
そして、白い肌に細い腕。
魔術ならともかく、彼が剣を振って人を殺している姿は、とても想像できない。

ハハ ロ -ロ)ハ「貴方は、一体?」

( ・∀・)「僕?名前かな?名前なら、モララーと言うんだ。
      他に何か聞きたいことはあるかな? と、その前に君を信用させなきゃいけないね。
      この状況、僕がパーソク城の手の者だと思われても仕方が無い。
      まず、君の左足だ。簡単ではあるけど、手当てをして置いた。
      ひどくなる前に本格的な手当てをしないといけないけど、町に着いたら僕が医者を手配するよ」

ハハ ロ -ロ)ハ「はあ。ありがとうございます」

言われて、左足首にひんやりした感触があるのに気づく。
見てみると、挫いた左足首には包帯が巻かれていた。
この下には湿布を貼ってあると、感触が告げている。

( ・∀・)「次に、君の傍にいた女の子。
      ちょっと外れるけど、君は彼女に感謝しないといけないね。彼女の声が無ければ、僕も君達を拾う事はできなかった。
      失礼。君の隣に毛布があるだろう。その中で寝ているよ。疲れたんだろう。起こさないであげてくれ。
      ……大丈夫。薬も魔術も使ってないから」

彼はこの馬車でパーソク非公式の道を走行中、しぃの声を聞いて私達を拾ったのだと言う。
そして、向っている先はシベリアだと言った。

19 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:13:15 ID:RO8dX16k
ハハ ロ -ロ)ハ「それで……なんで私達を助けたんですか?」

( ・∀・)「何で……?言われて見れば、特に強い理由は無いね。
      パーソクの子供、特に孤児に対する仕打ちは知っていたから、放って置いたら君もそうなるんじゃないかなと思ったんだ。
      心配しなくても、僕は君達をこき使ったりはしないよ。安心してくれていい」

ハハ ロ -ロ)ハ「そうですか……」

どうも目の前の、モララーと名乗る男は根っからの善人らしい。
確かに奴隷商人や城の兵士に捕まるよりは良いかも知れないが、自分がこれからどうなるか判らないのは逆に不安だ。
本人は『こき使うつもりは無い』と言ってはいるが。

モララーさんは彼の後ろに置いてあった木箱を膝に置いて、蓋を開けて中身を取り出した。
鉄の弦を持つ楽器だ。指でかき鳴らして使う物だと認識している。

( ・∀・)「僕の仕事だよ」

構えるとニ、三かき鳴らし、きゅ、とノイズを伴わせて音を止めた。

( ・∀・)「酒場の店長に演奏料貰って、客からチップを貰ってる。
      不安定な稼ぎだけど、悪くは無いよ。副業みたいなものだしね……。
      何か気分がノッてきた。一曲弾こう」

鉄弦の音は角が取れていて、狩りに赴く狩人のような勇敢な旋律を奏でる。
何よりも驚いたのは、これは自分が知っている曲である事だ。
思わず歌いたくなったのは、そういう理由もあるのだろう。

気づけば、呼吸が変わっていた。
腹に溜めるように吸い、額に響かせるような声で、歌った。

20 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:17:10 ID:RO8dX16k
( ・∀・)「お?やるね、君。だけどその声は優しすぎるな。
      もうちょっと、こういう曲なんてどうだろう」

音が止んだ。それに数音遅れて、私も歌を止める。
続けて演奏されたのは、夜のさざ波を思わせるようなゆっくりとした曲。
きゅ、と時々混じるノイズが狙ったように雰囲気を演出している。
この曲も、私は知っていた。だから、歌う。
雰囲気に合わせて、しっとりと囁くように。

( ・∀・)「良いね良いね。酒場の歌い手よりずっと良いよ。
      こう、魂が語りかけてくるね?」

ハハ;ロ -ロ)ハ「は、はあ」

そんな事を意識はしていないが、褒められているのだろうか。
確かに自分は歌が好きで、仲間内ではよく上手だと言われていた。
しぃと共に住むようになって間もない時は子守唄も歌ったりしたものだ。
最近になってあまり歌わなくなったのは、皆から歌ってくれと頼まれなくなったからだろう。
久々に歌ったら、楽しかった。
その旨を告げると、モララーさんはうんうんと頷く。

( ・∀・)「だろう。楽しいだろう。もし良かったら、足を治してからで良い。酒場に歌いに行かないか?
      君となら最高の演奏ができそうだ。どうかな?」

言われて、思い出した。
私達はこれから何処に住む事になるのだろう、と。
不安げな表情からそれを悟ったのか、モララーさんはその答えを自分から言った。

( ・∀・)「僕の家に部屋がある。君達は自由に使って良いよ。食事も用意する」

21 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:20:05 ID:RO8dX16k
破格の条件だ。
しかし、そんなに都合が良くていいものだろうか。

( ・∀・)「気にしない。僕の善意だよ。
      自慢するつもりではないが、君達を養う事で生活が揺らぐ事はないから、ね」

それでも私がまだ不満げな表情をしていたからだろう。
モララーさんが思いついたように付け加えた。

( ・∀・)「そうだな。それじゃあ働いてもらおうか。
      さっきの歌の話。あれを強制する形で行こうか」

ハハ;ロ -ロ)ハ「は……?」

決して悪い条件ではない。むしろ、良い条件の度が過ぎている。
それがかえって不安にさせるのだが、どの道私達は他に暮らす場所も無い。
話した所、悪い人にも思えないし、彼についていかなければ恐らく野宿だ。
何故なら、パーソクと違って、私達が向っているシベリアは住居の法的管理が徹底しており、私達が住んでいた廃屋敷のような物は恐らく無い。
断る理由は、どこにも無い。

ハハ ロ -ロ)ハ「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

( ・∀・)「ああ。よろしく頼むよ」

馬車の揺れが弱くなる。
車輪の立てる音も、ざらざらした物から滑らかな物に変わっている。
舗装された道に入った事が解った。

( ・∀・)「ようこそ、シベリアへ」

22 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:24:27 ID:RO8dX16k
その町はまず、空気がひんやりしていた。
否、気温の低下は馬車の中で既に感じてはいたものの、外に出て寒さをより感じさせる物に出会った。
空からひらひらと舞い落ち、地に積もる結晶の花びら。雪だ。
シベリアは、この浮遊世界『ニチャンネル』の中央の高山部を開拓して作られた町だ。
その高度により、気温が他の三都市―ラウンジ・パーソク・ヴィップ―と比べて非常に低い。
その気温により、シベリアは世界で唯一雪が降り、積もる場所である。

( ・∀・)「詩人は美化するけどね、毎日降られたら寒くてしょうがないよ?これ。
      金剛石だろうが白金だろうが埋もれるほどあったら――ってのと同じだね」

まったく同感だ。
私の後に馬車を降りたモララーさんは、予備の外套を渡してきた。
私には大きすぎるそれを受け取り羽織ると、少なくとも風は防げた。
被服内気候が利いて来るのは着用後暫くして内部の温度が体温で温まってからだ。
それまでは、冷たい空気に凍えなければならない。
その中でも、挫いた左足首は温かかった。と言うより、ぬるかった。
歩くたびに痛みが走るが、歩けないほどでもない。

(*;゚ー゚)「寒い……」

しぃもまた、モララーさんの予備の外套を体に巻きつけるように着込んで震えていた。
サイズが大きすぎて、前をたくし上げて胸元で抱えて保温する余裕があるほどだ。

( ・∀・)「さて、まずは医者だね。行こうか」

運賃を払ったモララーさんが歩き始める。
私達は、それについていった。
足元できゅ、と鳴る雪が、何か面白かった。

23 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:26:47 ID:RO8dX16k
モララーさんについていって入ったのは、一軒の家だった。
暖炉の火を消したら真っ暗になりそうなほど密な、石造りの家。
風通しも良く(皮肉でもある)窓により明るかったあの古い屋敷とは真逆だ。

/ ,' 3「どうしたいモララーよ?腹でも壊したか」

暖炉の前、簡素な椅子に座り火の灯りで読書をしていた老人が、来客に気づく。
手招きすると、モララーさんは老人に近づいた。
私達も、それに従った。

( ・∀・)「いや、怪我人は僕じゃないんだ。こっちの娘だ」

モララーさんが手で私を示す。
その先を見た老人はほぉと頷き、向かいの空席に座るように私を促した。
従い、座った。

( ・∀・)「僕が見た感じ捻挫なんだけど、荒巻老なら関係ないかな」

足を荒巻老に差し出した。
荒巻老は枯れ枝のような手に足首を乗せ、空いた手で包帯を解き、湿布をはがす。
患部は、周りの白と対照的に赤黒く、腫れていた。

/ ,' 3「まーこの程度の怪我くらいならな」

カカカと笑い、荒巻老はその節くれ立った手を患部にかざす。
赤くなった足首に巻きつくように現れた光の文字列を、私は読むことが出来た。

――正常化――

24 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:29:23 ID:RO8dX16k
痛みもぬるみも腫れも一瞬で治まった。
目をぱちくりさせている私に、荒巻老は言った。

/ ,' 3「ほれ、治ったぞい」

ぽん、と足首を叩かれる。
捻ってみても、痛みはない。

ハハ ロ -ロ)ハ「……ありがとうございます」

何大した事はないと豪快に笑う荒巻老人に話題を振ったのは、モララーさんだ。

( ・∀・)「ところで荒巻老、最近、旧派が暴力的になっているようですが」

/ ,' 3「ワシ個人としては商売でやってるわけじゃねーし構わんと思うんだがなあ」

( ・∀・)「でも連中、頭固いですし一応気をつけてくださいよ。真っ先に狙われるのは荒巻老でしょうし」

/ ,' 3「神に従えかあ。ンな事言ってちゃいつまでも生活は不便だろーにのう。
    大体その神様ってのの意思は一体誰が告げられてんだか」

まったく解らない、と言う顔をしていた私達に、モララーさんは説明してくれた。

( ・∀・)「宗教って奴だよ。神の意思って何なんだって言う命題の相違だね。
      主に魔術のあり方についての意見の相違で成り立ってる。
      今イニシアチブを握ってるのは旧派って言う、神が使っていた魔術だけを使おうって奴。これは魔術の開発は御法度。
      逆に改派ってのもあって……簡単に言うと魔術改良バッチコイって感じかな。
      旧派は神を重んじてる。改派から見れば、それはただ進歩を放棄しているだけだそうだ。
      改派は魔術を重んじてる。旧派から見れば、それは力だけ見て神を見ない、いわば冒涜のようなもんらしい」

25 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:32:14 ID:RO8dX16k
ハハ;ロ -ロ)ハ(なげーよ……)

旧派は神を冒してはならないものとして見ていて、改派は神を近く、若しくは超えるべきものとして見ていると言う事だろうか。

( ・∀・)「まあ教都シベリアとは言え、全市民が宗教やってるわけじゃないよ。
      やんなくても生きていけるしね。興味を持たないなら、持たないでいいんじゃないかな」

まあそれに関しては、否定も肯定もできない。
そこで、ふと疑問が口から出た。

ハハ ロ -ロ)ハ「ちょっと待って。じゃあ旧派って魔術開発は?」

( ・∀・)「しないよ。まあ神が使ってた魔術そのものってまだ解読が進んでないのもあって、それを解読するのがある意味開発かな。
      連中からしたら開発マンセーなラウンジの学者はちょー異端らしいよ。目のかたきにしてるって。
      それじゃ荒巻老、また今度」

/ ,' 3「おうよ。腹壊した時にゃワシを頼るがえーぞ」

外界を断絶するような家屋の作りは、この気候では仕方がないと身にしみて感じる。
扉を開けるなり、ショートケーキのように白をたっぷり乗せられた景色が、寒風と共に私達を迎えた。

( ・∀・)「いやあ、今日はいつにも増して寒い。仕事までは時間があるし、僕の家に行こうか」

モララーさんの家に住まわせてもらう事に関してはしぃにも説明済みだ。
先導するモララーさんに、彼女は急ぎ気味でついて行く。
彼の歩幅は広い。背が高く、足が長いからだ。
彼の一歩はしぃの二歩で、彼の二歩は私の三歩だ。
おまけに、歩きなれない雪の絨毯。
そのことに、後ろを振り向く事で気づいた彼は困ったように笑って歩幅を狭めた。

26 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:35:13 ID:RO8dX16k
やがて一軒の家の前で歩を止める。
荒巻老人や他の家と同じく、石造りの頑丈そうな家だ。
モララーさんは手に光を纏わせ、扉に触れた。
単純に光に見えたそれは細かい魔術式で、―開錠―と示していた。
光を収めると、押し開く。
ごう、と吹く寒風から逃れるように、私としぃはモララーさんに続いて家に入った。
モララーさんが明かりをつけると、思わず叫びそうになった。私の手に、しぃの小さく暖かな手が絡んでくる。
私達を迎えたのは、棚に並べられた大量の人形。
少女の姿を取ったそれの硝子の瞳が何対も、私達を見下ろしているように錯覚する。

( ・∀・)「驚かせたかな」

ハハ;ロ -ロ)ハ「驚いた、で済みませんよこれは……」

絡んだ手からは震えを感じられる。
体をしぃに向けて、親が子をあやす様に抱きしめた。
大丈夫、怖くないよと声かけると、しぃは私の手を離した。

( ・∀・)「商売なんだ。本業のね」

そういえば、この部屋には生活感がまったく無い。
奥のほうにはカウンターと、その奥に続く扉が見える。
その扉を開けたモララーさんに続いて、私達もそこへ歩む。

ハハ ロ -ロ)ハ(……ん?)

カウンターをちらと見ると、違和感を得た。
まったくの生活感―所謂私的な物―の無いこの部屋に、一つだけそれを感じさせる物があったのだ。
小さな写真立てに収められた写真。それがカウンターには置かれていた。

27 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:38:37 ID:RO8dX16k
中年の男を挟むように、少年と少女がが映っている。
遊んで育ったような元気そうな少年と、読書をして育ったような大人しそうな少女。
背丈で判断するならば、年齢は私と同じくらいだろうか。
挟まれた若い男は豪快に笑っている。こちらは二人の親と言った風貌だ。

(*゚ー゚)「どうしたの?お姉ちゃん」

扉の隙間から、しぃが顔を覗かす。
彼女は先にそちらへ行っていたようだ。

ハハ ロ -ロ)ハ「ああ、いや。何でもないよ」

私もそちらへ行く事にした。
その部屋は、居間といった感じだった。
暖炉とソファ。中央には灯りが吊るされている。
ソファに囲まれるようにしておかれたテーブルは、ぬくもりを感じる木でできている。
両端には本棚。そしてまた他の部屋へ続く扉が幾つか。
モララーさんはソファに腰掛けて本を読んでいたが、入ってきた私に気づくと、

( ・∀・)「まあ適当にゆっくりしてよ。仕事までは時間があるからさ」

そんな事を言われても、いきなり連れて来られた他人の家でくつろげと言うのも酷であろう。
とりあえず本を読ませてもらおうと許可を問うと、降りた。
本棚の背表紙を辿る。
仕事柄、人形や楽曲に関係した物が多いと思っていたが、意外にもその殆どは魔道書だった。

( ・∀・)「パーソクではそういうのはなかなか無いだろう?」

28 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:41:23 ID:RO8dX16k
言葉通り、その魔道書群は私が見たことのないものばかりだった。
単純に作者を知らない物、作者を知っていてもタイトルを知らない物、タイトルだけ知っていた貴重な物。
それらが当たり前のように鎮座している。

( ・∀・)「大変だったよ、集めるの。ラウンジまでいって買ってきたりとかさ」

モララーさんはしぃと一緒に本を読んでいる。
私も適当な一冊を引っ張り出し、しぃの隣に腰掛けた。
暫く読んでいると、モララーさんが突然私にも聞こえる声で言った。

( ・∀・)「こころって言うのは引かれあうらしいよ」

ハハ ロ -ロ)ハ「惹かれあう?」

( ・∀・)「違う。引かれあう、だよ」

どういう意味だろうか。疑問の言葉を返す。

( ・∀・)「そのまんま、じゃないかな。自分しか知らなければ、こころは生まれない。
      おっ、僕今詩人っぽい事言ったね。そんな事を言った所で時間かな」

(*゚ー゚)「時間?」

そう言えば、仕事の件についてはしぃには説明していなかった。
説明して、同行するかを聞くと、

(*゚ー゚)「いい。人の多い所は、苦手だから」

29 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:45:16 ID:RO8dX16k
ハハ ロ -ロ)ハ「一人で大丈夫?」

(*゚ー゚)「うん。帰ってきたら、私にもお歌、聴かせてね」

( ・∀・)「はは、彼女の歌を僕の演奏つきでただで聴けるとは、君は幸せ者だね。
      行こう。しぃちゃんも待たなきゃいけないからね」

二つ扉をくぐる。暖かい所に居たからか、雪は勢いを増しているように見えた。

( ・∀・)「僕は無雪期が待ち遠しいよ。雪が降り始めてこぞって雪の詩を書く詩人とか、僕からしてみたらとんだ酔狂だ」

詩人としてその言動はどうなんだろうか。
そうして踏み固められた雪の道を歩いていくと、一軒の酒場にたどり着いた。
外からでも中の賑やかさが窺える。
扉を押すと、つけられたベルがからん、と鳴る。
最奥にあるカウンター席まで歩むと、店長と思われる男のほうから挨拶してきた。

(´・ω・`)「やあ、モララー君。ところで、君は幼女趣味にでも目覚めたのかな?」

店長は私の方を目だけで見ながら言った。

( ・∀・)「いやいやいや。彼女、そこらの歌い手よりずっといい仕事するよ?」

(´・ω・`)「そうなの?じゃあお手並み拝見だね。いつも通り、鍵盤は自由に使って良いから」

店長は部屋の隅を指差す。
そこには四本足で支えられた長方形の箱と椅子がある。
その箱を開くと、鍵盤が現れた。
黒を並べ、所々にそれの五分の三程の長さの白を挿入された鍵盤だ。

30 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:48:37 ID:RO8dX16k
( ・∀・)「はい」

そう言ってモララーさんは私に紙を手渡した。
開く。それには詞が書き連ねられていた。

( ・∀・)「僕が弾く曲を皆君が知ってる保障はないからね」

彼は一つ鍵盤を叩いた。騒々しかった酒場が、急にしんとなった。

確かめるように一つ一つ音が鳴った。
それらはやがて一つの旋律となり、奏でられる。
夜の湖に落ちた雫が産み出す波紋を思わせるような、繊細なメロディ。
紙を見る。前奏の終わりを聴いて、私は歌った。
曲の持つ繊細さに合わせる。
他人の描いた未完の絵に、塗料を重ねるように。

歌が終わった。酒場は拍手の音に包まれる。
「かわいいー!」とか、「結婚してー!」とか聞こえるが、扱いが良く判らないので一礼だけしておいた。

( ・∀・)「ほら、君の歌の持つ力って奴さ」

訳がわからずきょとんとしている私に構わず、モララーさんは次の曲を弾き始めた。
先程とは変わり、祭りの夜を思わせるような軽快な旋律が流れる。
私に向いてるのは先程のような繊細な歌らしいが、歌うのはこういう楽しげな物の方が楽しい。

――歌っている間は、嫌なことは忘れられた。

31 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:51:20 ID:RO8dX16k
だが、歌い終えてしまえばそれは円環を描くように、記憶に舞い戻る。
優しかったホライゾン。
彼に疑いを向け、理解しようともしなかった自分。
与えられたベッドで、頭まで布団を被って硬く目を瞑っても、彼の言葉は耳に焼き付いて離れない。

――ハローなら、きっと僕が居なくても大丈夫――

あるいは、最後まで冷徹な振りをしていてくれれば良かった。
今となっては詫びる事もできない。私にできるのは、ただ縮こまって記憶が続く限りの苦しみを受ける事だけだ。
それが、私に対する罰なのであろうか。或いは、彼を忘れない事で成される贖罪か。
ふと、硝子窓から外を見る。雪景色である事も重なり、薄明るかった。
街を生き埋めにせんと勢い良く降っていた雪も今ではそれを失い、風に舞う桜の花びらのようにはらはらと落ちるのみだ。

気づけば、私は外に足を運んでいた。
すうと息を吸う。冷ややかな空気が私を満たす。
静寂の夜、私の歌声だけが街に響き渡る。
それが背徳である事を脳裏から振り払い、瞼の裏に焼きついた少年の笑い顔を塗り潰すように、私はただ歌った。

乾いた拍手で私の歌は終わった。
その方向を向くと、立っていたのは荒巻老。

/ ,' 3「こころと言うのは引かれあうもの、と言うな……」

夕方、モララーさんが言っていたのと同じ事だ。

/ ,' 3「ま、単純に類は友を呼ぶとでも言うんじゃろーか。
    自分の趣味に熱心、であるだけを願いたいのう」

ハハ ロ -ロ)ハ「どういう事……でしょうか?」

32 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:54:16 ID:RO8dX16k
/ ,' 3「さあのう。それより何時までもこんな所に居ると風邪を引くぞい。
    ちょっとばかしは自分の心配もするんじゃな。こいつぁ人生の先輩からのアドバイス」

荒巻老はそう言うと、私の手を引いてモララーさんの家まで送ってくれた。
玄関でさよならをすると、私は部屋に戻る。
ベッドは一つ、住人は二人。
しぃの寝ている隣に体を横たえる。
目の前には少女の寝顔。寄りかかれるものを知っている、安らぎの表情。

ハハ ロ -ロ)ハ(類は友を呼ぶ、自分の心配、か……)

少女の体を優しく抱く。
目の前の顔は僅かに表情を歪めたが、すぐにそれを緩める。

――せめて僕の限界まで幸せで居て欲しい――

は、と力なく笑う。

ハハ ロ -ロ)ハ(友、だな。ホライゾン……)

目を閉じる。穏やかな眠気の波に飲まれるのに時間は掛からなかった。

・ ・ ・

それからは、穏やかな毎日が続いた。
ベッドのぬくもりに甘えている所をしぃやモララーさんに引きずり出され、家で本を読みたまに町に出て遊ぶ。
砂糖細工のような公園で子供達に歌を歌ったり、酒場のマスターのショボンさんが暇な時にはクラヴィコードを教わったり。
夜になれば酒場に出てモララーさんのクラヴィコードに合わせて歌う。
日に日に増えていく観客。こうして私は皆に『歌姫』と呼ばれるようになった。

33 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 00:57:11 ID:RO8dX16k
(*゚ー゚)「お姉ちゃんの歌は、私だけのものじゃなくなっちゃったね……」

台所に立ちシチューを煮ている私に、広いソファの端っこに身を置いているしぃが言った。
彼女の声は、少しだけ悲しそうだった。
驕るわけではないが、しぃにとっては私は一番大切な存在なのだろう。
解っているよ。解っているから、私はこう言った。彼女の目だけを見て。

ハハ ロ -ロ)ハ「私がしぃを思わなかった事なんて、一回も無いよ?」

彼女の為に歌を作ろう、と私は思った。
私が歌ってきた歌は民謡であったりモララーさんが作った物であったりで、私は曲を作る事はしていなかった。
なので、一つ曲を作ろうと少し前から作曲を勉強していたのだが、これで具体的な目標が定まったわけだ。ちょうど、彼女の誕生日も控えている。

(*゚ー゚)「モララーさん、遅いね……」

照れ隠しだろうか、しぃはモララーさんの部屋の扉に視線を向ける。

数ヶ月モララーさんと生活したが、彼には解らない事がまだ多い。
人形屋が本業なのは本当らしい。毎日朝から昼までカウンターに立ち、そこから昼食時まで部屋に篭り、晩の公演までまた部屋に篭っている。
数日に一回部屋から人形を持ち出している事から、人形を作っているのだろう。
たまに彼も外に出るのだが、そこで何をやっているかは解らない。荒巻老が訪問してモララーさんを連れて行くことも多い。
いつもならこの時間には既に部屋から出てきて昼食が出来上がるのを待っている筈なのだが、今日は違った。

ハハ ロ -ロ)ハ「モララーさーん?ご飯できましたよー?」

呼んでも返事は無い。
シチューを火から降ろし、扉をノックする。反応は無い。
これはまずいのではないかと思い、ドアノブに手を掛けた。
私は初めて、モララーさんの部屋をその目で見た。

35 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:00:59 ID:RO8dX16k
木端、白い腕、硝子の目玉、布の切れ端。
無造作にそれらが散乱した部屋はまさに人形師のアトリエだ。
しかし、それらは二の次だった。
その部屋の奥には、大きなビーカーのような円柱の水槽があった。
澄んだ青の液体に満たされたそれには、少女が入っていた。
天に帰る天使の様に四肢を垂らすでなくやわらかく伸ばして、その長髪は液体に揉まれてゆったりとなびいている。
歳は私よりも少し上、十五か六辺りだろうか。その肌の雪のような白さは青の液体と言うフィルタを通してもまだ明らかだ。
その水槽の前に、モララーさんは私に背を向ける形で――少女を見上げる形で――立っている。
私に気づいた彼は、振り返って語る。

( ・∀・)「……カウンターにさ、写真があったろ?少年と少女と男のさ」

彼はベッドに腰掛ける。手で私にもそれを促したので、私も隣に座った。

( ・∀・)「あの少年が昔の僕。で、男が荒巻老だ。
      少女と少年は幼馴染、荒巻老が少女の親。これだけじゃ説明になんないよね?だから僕は続けて言うんだ」

彼は天井を仰ぎ見るようにし、すうと鼻から息を吸った。

( ・∀・)「少女は死んだ。病気だったかな?怪我だったかな?僕は思い出せないんだ。記憶がそれを締め出したかのように。
      まあ病気にしろ怪我にしろ彼女は助からなかったんだ。その現実は変わらない。
      ちょうど、僕が十四か五……あの写真を撮ってから、九年は経ってたかな。それくらいの時だ」

懐かしむように水槽を見る。
少女は目を瞑ってただ浮かんでいた。

( ・∀・)「当時は改派って言う考え方が興ってきた時代でね。今まででは考えられなかった事を色々知る事が出来たんだよ。
      そう。例えば――彼女を生き返らせるとかね」

36 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:03:23 ID:RO8dX16k
言葉を挟む事は出来ない。
させてはくれるだろうけど、私は挟むべき言葉を持っては居ない。

( ・∀・)「荒巻老の魔術、あるだろ?身体機能の正常化って奴。あれも改派の考え方だね。
      まあ、ここまで言えば説明は付いたよね。そして今日、ついに彼女は生き返るんだ」

立ち上がる。

( ・∀・)「荒巻老と僕で何年かかったっけな。まあ関係ないか。
      ハロー、君に紹介したい人が居る。僕の幼馴染の、クーだ」

水槽に歩み寄り、彼はそれに触れた。
その五指から伸びた光の糸は、水槽の表面に走り亀裂のように描く。
割れる音と共に水槽が消えると、中の液体はジェル状に留まった。
それがモララーさんの手に吸い込まれると、残った少女が支えを失い倒れこむ。
その首と膝をそれぞれ腕で抱えるように受け止めた彼は、彼女をベッドに寝かした。

川 - -) 「ん……」

彼女が一度の緊張を伴い、瞼を弛緩させ、開いた。
身を起こした彼女にモララーさんは一着の服を渡す。
その意思を汲んだのか、彼女はそれを着用した。ドレスにも似た、フリルの付いた黒のワンピース。
彼女は立ち上がり、モララーさんの目をじっと見つめた。

川 ゚ -゚) 「あなたは……」

一瞬、躊躇ったかのように目を閉じたが、それでもモララーさんは口を開いた。

( -∀-)「モララー……と呼んでくれ」

37 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:06:03 ID:RO8dX16k
見れば、それは誰にでもわかることだ。
だがしかし、疑問は口をついて表現されることとなった。

ハハ ロ -ロ)ハ「モララーさん……彼女は……」

その疑問は全てが口に出される事は無く、彼はいつもとは違う調子で語る。

( -∀-)「ああ。体だけ。記憶は無い。
      旧派からは最高の異端とされる外法でも、こころまでは生み出せない。
      だけど、それは僕が育むべきだろ?彼女と言う存在を産み出した僕が……」

ぶんぶんと頭を振り、モララーさんは調子を戻した口調で、

( ・∀・)「ご飯の時間、だったかな。ごめんよ、待たせて。
      行こうクー。しぃちゃんにも君を紹介しなくちゃな」

川 ゚ -゚) 「はい……モララー……さん」

( ・∀・)「さん は不要だよ」

クーさんの手を取り、扉を開くモララーさんの表情は、楽しそうだった。
否、その瞳にうっすらと透ける何かを、私は見逃せなかった。

・ ・ ・

彼女が"産まれて"から、モララーさんはカウンターに立つ時と酒場の公演以外ではいつも彼女を傍に置いた。
話したり、本を読んだり、ご飯を食べたり。彼の表情はいつも楽しそうだったが、瞳に透ける何かも相変わらずだった。
そして、公演の時にも前より楽しげな曲を演奏する事が増えた。
ただ、合間合間に演奏される不の感情を謳ったさびしげな曲の演奏は、以前よりずっと心に響いた。

38 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:08:46 ID:RO8dX16k
作曲は難航ながらも少しずつ進んでいた。
ある朝、たまたま、隣で作業を見ていたクーさんが口を開いた。

川 ゚ -゚) 「貴女は……モララーに似ていますね」

ハハ ロ -ロ)ハ「どうして、そう思うのですか?」

彼女は上品に笑んだ。

川 ゚ -゚) 「愛する人に対して、一生懸命な所とかが」

途端、彼女は表情を曇らせた。

川 ゚ -゚) 「でも、モララーの私に向けてくださっている愛情は……違うのです。
      私であり、私ではない何かを見て、それに愛情を注いでいると言うか……。贅沢でしょうか?」

最後に、困ったように笑んで彼女は問うてきた。
つまり、モララーさんはクーさんに幼馴染の事を知らせては居ないのだろう。
確かに、それを告げるのは"彼女"に対する冒涜でもある。
自分のこころを持ってしまった"彼女"に、自分を押し付ける事は酷だと彼は解っているのだろう。
それで居ても、表面上は笑っていてあげている。
唯一つ彼に誤算があったとすれば、彼女の洞察力の高さだろう。
この疑問が、確信に変わったならば。

ハハ ロ -ロ)ハ「クーさんは、もっと自分に自信を持つべきです」

だから、言った。
願わくば、彼女の洞察力に私の嘘が敵う事を信じて。
言葉を聞いた彼女は、きょとんとしていた。

39 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:11:19 ID:RO8dX16k
ハハ ロ -ロ)ハ「愛されるって、幸せな事じゃないですか。
       私はクーさん程の愛を受けたことが無いので、良くは解らないのですけど……。
       きっとクーさんは自分がそれを享受しても良いものかと疑問に思っている。それは間違いじゃないと思うんです。
       モララーさん、良い人だし人気もあるし。
       でも、モララーさんが愛してるのはクーさんだけなんです。だから、それに答えられるのはクーさんだけじゃないかって、思うんです」

笑みを向ける。
嘘をついたのは初めてだ。強張っては居ないだろうか。
クーさんは手に口を当てて、驚いている様子だった。
頬にわずかに紅がさしている気もする。

川 ゚ -゚) 「そう……だったんですか。私は、失礼だったかもしれませんね……。ありがとう、ハローさん」

どう致しまして、と返事して壁の時計を確認。
ちょうど本屋の開く時間だ。
手持ちの本じゃ解らなくなってきた所があって、探そうとしていた。
近づいてきているしぃの誕生日に、それを歌ってあげようと思っているのだ。
出来るだけ早く疑問を解決して、曲を書き上げなければならない。

ハハ ロ -ロ)ハ「それじゃあ私は、買い物に行ってきます」

川 ゚ -゚) 「はい。行ってらっしゃい」

部屋を出る。人形店のカウンターでは、モララーさんが客らしき人と交渉をしていた。
が、私が出て来たのを見ると彼もいってらっしゃい、と言ってくれた。

ハハ ロ -ロ)ハ「行ってきます。お昼までには戻りますので……」

シベリアは、今日も雪景色だ。

40 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:14:14 ID:RO8dX16k
ここで過ごして一年が過ぎようとしているが、雪がなくなる気配は無い。
ふと、ここに連れられてきた時のモララーさんの言葉を思い出す。

――金剛石だろうが白金だろうが埋もれるほどあったら、ってのと同じだね――

全くだ。年を通して街が白雪に包まれていれば、そう思うのが普通だろう。
無雪期というらしい、雪が降っていない日が続いていたので、雪の絨毯は踏み固められていて少し危ない。
滑らないように気をつけて歩きながら、目的の書店にたどり着いた。
  _
( ゚∀゚)「ハローちゃんが曲を書いているのかい」

カウンターの店主に目的の本を渡すと、聞いてくる。
彼は良く酒場に来ていて、私の歌を気に入ってくれている。

ハハ ロ -ロ)ハ「はい。大切な人に聴かせてあげたいんです……」

まずい、失言だったかな。
頬を一筋の冷や汗が流れると、店主は笑いながらまた尋ねてくる。
  _
( ゚∀゚)「モララーかい?」

ハハ;ロ -ロ)ハ「ち、違いますよ……。妹……です。私の。
       元々、私が歌っていたのは妹の為だったわけで……」
  _
( ゚∀゚)「成程。そりゃあいい話を聞いた。その本、持っていきな。ただでいい」

ハハ ロ -ロ)ハ「え?」

思わず、耳を疑った。

41 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:18:10 ID:RO8dX16k
  _
( ゚∀゚)「早く聴かせてやりたいだろ?妹に曲をよ。持っていきなよ。構やしねえ。
     そん代わり、いつも変わらず歌ってくれよな?」

断ってお金を出そうかとも思ったが、自分のついた嘘を思い出す。
そうすると、彼の好意を無視する事はできなかった。
尤も、断った所で笑いながら本を押し付けて背中を押されて店から出されるのだろうが。

ハハ ロ -ロ)ハ「ありがとう……ございます」
  _
( ゚∀゚)「いーっていーって。妹さんを喜ばせてやれよな」

その言葉を受けて、私は店を出た。
しぃの誕生日――十一月の三日――は待ってはくれない。この本さえあれば、すぐに曲は完成するのだ。
自然と急ぎ足になる。恐らく顔は笑んで居るだろう。
しぃの喜ぶ顔が見られる。頭の中は既にその事でいっぱいだ。

――もし、彼女が生きていてくれたのならば。

異変に気づき、足を止める。
モララーさんの人形店兼家であった建物は、瓦礫の山になっていた。
燻る構造物、昇る煙。
私の顔から笑顔が消し飛び、頭の中にはしぃの笑顔が狂ったようにループする。

ハハ;ロ -ロ)ハ「しぃ…?モララーさん、クーさん……?」

焦りとは裏腹に、駆ける事は出来なかった。
瓦礫にゆっくり歩み寄り、へたれ込む。
硝子の目玉と、黒い煤のついた白い腕と、赤い何かにまみれた白い指が。

42 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:20:53 ID:RO8dX16k
こみ上げる吐き気を無理矢理抑え、立ち上がって駆け出した。
当ては……ある。荒巻老の家だ。
その道中で、幸運にも荒巻老に会うことができた。
彼は心底驚き、心配していた様子で、

/ ,' 3「ハロー……!無事じゃったか!」

良かった。安心で膝が抜ける。
歩けなくなった私を、荒巻老はおぶって運んでくれた。
彼の家は無事らしい。と言うより、襲撃の目標はモララーさんの家だけだったそうだ。

曰く、それは異教弾圧。
神の業を崇拝し、それを不可侵とする旧派にとって、モララーさんの行った生命の創造は外法中の外法。
魔術開発も当てはまりはするのだが、この場合はその中でも特に外法。
万物を生み出したのは神であり、神がものに与えなさった生殖を除き、神のみが万物を生み出す権利を持つと彼らは説いている。
結果が、これだ。
家ごと。研究成果、過程すら残さぬ殺害。破壊。

ハハ ロ -ロ)ハ「なら……しぃは……」

彼女に何の罪があろうか。
降り始めた雪の中、荒巻老は一言だけすまないと言い、黙したまま家まで歩いた。
彼は家の肘掛け椅子に私を下ろす所までやってくれた。

ハハ ロ -ロ)ハ「神は……」

俯いたまま、ぽつりと呟いた。
向かいの肘掛け椅子に座る荒巻老が反応する。

ハハ ロ -ロ)ハ「どうして……世界から去ったの?」

43 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:23:04 ID:RO8dX16k
/ ,' 3「わからない……」

いつもの荒巻老とは違う、勢いの無い声だった。
だが、と彼は前置き。

/ ,' 3「神さえ居れば、旧派だの改派だのの争いで失われる命は無い筈じゃ……」

重そうな腰を、ゆっくりと持ち上げる。
玄関へと歩む一歩一歩は、遅かったが確実に刻まれている。

ハハ ロ -ロ)ハ「待って!どうするつもりなの?」

ぴた、と荒巻老は停止する。
此方は向かない。だけど、言葉は発してくれた。

/   「のう、ハロー。あの夜、ワシが言った言葉を覚えているかの」

あの夜。
荒巻老と会った夜など、その一回しかない。

ハハ ロ -ロ)ハ「こころは……引かれ合う?」

/   「そうじゃ。偶然ではない。予定的にな。
    そうなるべくしてワシとモララーは出会い、モララーとハロー、しぃちゃんは出会った。
    何故なら、互いを呼んで、引き合わせていたから。
    とすれば、ワシのハラの内も判るじゃろう。賢いからな、ハローは」

何を言いたいのかは見えてこない。
だけど、前の言葉、行動と合わせて考えてみれば荒巻老のやろうとしていることは、明白だ。

44 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:25:51 ID:RO8dX16k
/   「ハロー」

優しい声だった。
鼻に何かがつっかえたような声。

/   「会うべくして会って、成すべくして成すのが神の子、人たちの定めならば……、
    ワシはここを去ろう。ワシの成すべくは、会うべくして会った最後の……ハローすら失ってしまう。
    だがもし、もし。もし、ワシが成すべくを成せたならその時は……」

ずず。鼻を啜る。
か、と咳にも似た息を吐き、その調子を整えて、

/   「クーやモララー、しぃちゃんと一緒に……また逢おう」

老人は扉を押した。
最近はあまり降っていなかった雪が、待ち構えたかのように吹雪いている。
灰と白のコントラストも曖昧な、寒く孤独な世界。
荒巻老は、そこに生きる事を決断し、もう戻ってくる事は無かった。

勿論私に何も遺さなかった訳ではない。
三ヶ月は外に出なくても済みそうな食料と水が、地下には保管されていた。
暖炉の薪やその他、生活必需品も揃っている。
違う、でも、違うのだ。
体の飢えや体の渇きや体の震えから逃れる事を、私は望んだわけじゃない。
愛の飢え、愛の渇き、愛の震え。
仲間としてのホライゾン、家族としてのしぃやモララーさん。
空虚だった私を満たしてくれていた物は失われ、私は空虚に耐えられない体になってしまった。
たとえ私が死ぬ事になろうと、その空虚を満たしてくれる最後の荒巻老、貴方が居てくれれば良かったのだ。

―――背もたれが無くなれば、後は倒れるだけなのだから。

45 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:29:30 ID:RO8dX16k
私は空っぽになった。部屋の隅、毛布にくるまりうずくまって、飢えればパンを、菜を食し、渇けば水を飲む毎日。
世界がモノクロームに染まると言うのは、この状態のことを言うのだろう。
生を捨てられないのは何故だろう。希望を捨てていないから?否、神が人をそういう風に作っただけだ。
自分の知らない意識。神が人に与えた延命措置。全く、神と言う奴はどこまでも残酷だ。

( ・∀・)「良いね良いね。酒場の歌い手よりずっと良いよ。
      こう、魂が語りかけてくるね?」

彼はそう言ってくれていた。
引かれ合い作られるのがこころ。即ち魂。
それを失った私はもう歌えないのだ。
歌ではなく、いのちを。

転機が訪れた、と言うか、悲しむべきと言うか。
ある日、手紙が投げ入れられる音を聴いた。
普通なら聞き逃し、偶然見たところで初めて気づきそうな物だが、そのコツンと言う音に私は敏感に反応した。
便箋に添えられた名前は荒巻。
私の空虚を満たしてくれるかもしれない手紙の封を、私は夢中で切った。

単純な内容だった。少なくとも、私にとっては。
その中身は彼が言っていた事。彼が成すべき事。
それを私に送ってきたという事は。何が起こったかは想像に容易い。だけど、私はそんな事は大事には思っていなかった。
私に愛が還って来る。そうすれば、その想像も杞憂に終わる。久方ぶりに、私の瞳には光が宿っていただろう。
思いもよらない活力に半ば驚きながら、その中身を目で、脳で拾って行った。

未完成だ。私の成すべき事、と言う点に関しては。
魔術と言う物は魔術式に魔力を通す事で発動する。
魔力とは大気中に存在するのだが、その純度を高める事で初めて魔術式を起動できる。
純度を高める役目を行うのが人間だ。故に、その人が精製出来る許容を超える量の魔力を要求する術は、発動できない。
それどころか、魔術式は動力として生命力を求め、最悪行使者は命を落とす。

46 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:33:10 ID:RO8dX16k
これを発動させるのが、私の仕事。
私にこれを発動させられるあてなど無かったが、荒巻老はうまくやってくれた。

ハハ ロ -ロ)ハ「魔術式間接起動試作……魔術式詠唱」

二枚目の紙の見出しを読み上げる。
その後にはびっしりと続く細かく長い文字列。
最後に付け加えたかのように「発案者:モララー・荒巻」と記されている。

概要はこうだ。
魔術式の起動・発動の是非は先程記したとおり、人が耐え切れるか耐え切れないかに起因する。
この問題、即ち体が耐えられない魔術を発動するにはどうすれば良いか。それの解決策がこの魔術式詠唱である。
簡単に言えば空間内の魔力を精製し、そこに魔術式を詠唱と言う形で流す事で起動する方法。
こうする事で、身体で精製できない膨大な魔力を用いる魔術を身体に負荷をかける事無く発動できる。
負荷をかけるとすれば時間と、後は喉が痛くなるくらいだろうか。

ハハ ロ -ロ)ハ(詠唱か)

ふと、あの日を思い出す。
彼女に歌を歌ってあげることが叶わなくなったあの日。
そして、過ぎ去ってしまった十一月三日、それが彼女の誕生日。
もう一ヶ月は過ぎただろうか。未完の曲は、いまだ私の頭の中にある。
それを、完成させる事が出来たら。

ハハ ロ -ロ)ハ(……ふ)

荒巻老も中々粋な事をしてくれた。
良いだろう。ここまでしてくれたんだ。その意思を汲まぬわけには行かない。
一ヶ月遅れの誕生日プレゼントを、しぃ、貴女に贈ろう。

47 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:36:10 ID:RO8dX16k
( ´_ゝ`)「ちょっと怖い話をしてやろう」

(´<_` )「なんだ兄者、お前でも怖い物があるのか」

( ´_ゝ`)「いやね。最近、夜に荒巻の家の前を通るとな」

(´<_` )「この前俺達がぶち殺したヘテリックのクソジジイか」

( ´_ゝ`)「ああ。で、通ると何か知らんが音がするんだよ」

(´<_` )「どんな音がするんだ」

( ´_ゝ`)「不思議なもんなんだよ。何でってクラヴィコードなんだよな。
      しかも唯の音じゃねーんだよ。なんと言うか、曲っぽい感じなんだ」

(´<_` )「へぇ。そんだけならまあクソヘテリックの異端魔術でも使えば余裕じゃないか?」

( ´_ゝ`)「その線が消えたわけではないが、魔術じゃあんな音は出せんと言う事は断言できる。
      何でかって?その曲、パートがばらばらなんだよ。後、同じ小節を一音変えて繰り返したりとかな」

(´<_` )「ほぉ。まるで作曲みたいじゃないか。ヘテリックはそんな魔術も作れるのか」

( ´_ゝ`)「お前が異端魔術説を曲げるつもりがないならないで別にそれでも良いんだが……
      多分聴いたらお前もその説を曲げる」

(´<_` )「何故?」

( ´_ゝ`)「その曲な、完成すらしてないけど伝わって来るんだよ。何と言うか、人間っぽさって言うの?甘ったるい優しさとかぬくもりとか。
      命令を忠実に遂行する魔術制御じゃあんな真似はできんよ。そうなると、何が言いたいかは判るよな?」

48 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:38:51 ID:RO8dX16k
・第一次シベリア宗教戦争(去神暦108〜109)
都市シベリア内で対立していた二つの宗派は、治癒術師荒巻とその弟子モララーの魔術開発をきっかけに武力闘争へと突入。
支配層として君臨していた旧派は一時期改派を圧倒するが、改派のシベリア聖教騎士団の活躍により、この内紛は改派の勝利に終わった。
結果として、創世戦争までの十年間、シベリアの治世は改派が担当する事となった。

――魔術史簡略 〜有神時代から創世戦争まで〜 より

"いのち紡ぎし歌姫"ハローが生きた時代を歴史書で見るならば、たった三行。
そこに彼女は登場しない。故に、一般魔術界での知名度は極めて低い。
ただ、彼女の存在が後の歴史を揺るがす事は全ての魔術歴史家が同意する事実。
創世から、シベリア奪還戦に至るまで。彼女が居なかったならば全ては成されて居なかった。
今まで誰も触れなかった歴史のキーパーソン"ハロー"。
魔術界に、この本を通してその名が知られたならば、独自に彼女を調べた作者の私としても喜ぶべき事だ。

―― ツン・シャルベーシャ著『いのち紡ぎし歌姫』(大海暦383年発行) 後書きより抜粋 ――

49 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:40:05 ID:RO8dX16k
語られざる歴史の縁の下:二回目の重罪 - いのち紡ぎし歌姫

ごうごうと吹雪の音。
その中に確かに聴こえるクラヴィコードの柔らかな音色。
音色は連続し、旋律を紡ぐ。
俺に人の心があったとしたら、感動でもするんじゃないだろうか。
音源、扉の向こうを透視するように睨み付け、隣の弟に言う。

( ´_ゝ`)「これだ」

弟は一つ大きく頷くと、右足を積もる雪から引き抜き、扉を押すように当てる。
首をこちらに向けて、一つだけ問うた。

(´<_` )「良いな」

首肯。それを合図に、弟は扉を蹴り開けた。
右脚に纏わりついた光を鬱陶しそうに振り払う。

その家の中は暗かった。クラヴィコードの奏でる旋律のみが響く、無音。
無音に、床板を踏みしめる音が二人分混じる。
隙間から光が漏れる扉を見つけた。クラヴィコードの音も、そこから来ている。
ドアノブに手をかけ、押した。

( ´_ゝ`)「―――ッ!?」

光に、目が焼かれた感触を覚える。
旋律に、今まで聴こえなかった詩が混じる。まるで聖者に捧ぐかのような、穢れ無き歌声。
詩歌に抱かれながら無限の光に飲まれる様は、天に昇ったかのような錯覚を産み出す。
だが目はしだいに明るさに適応し、部屋の全貌が見えてきた。

50 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:42:43 ID:RO8dX16k
音源であるクラヴィコードと、こちらに背を向ける形でそれと向かい合い、旋律と詩を紡ぐ少女。
部屋自体が狭いので、その指使いまでもが見て取れる。
撫でるかのように鍵盤を滑る手は、時にその指を弾くように叩きつける。
愛撫を重ね、音を紡ぐ。

そして詩だ。音源は紛れも無く少女。
少女が言の葉を奏でるたび、その足元からは光の文字列が螺旋を描き、生まれる。
螺旋は少女の胸の辺りで解れ、彼女の頭上に絡み合う。それは、人の形を取っている。

( ´_ゝ`)「……美しい」

思わず言葉が漏れたのを聴いたのか、弟が肩を掴んでぐいぐいと揺さぶった。

(´<_` )「落ち着け、あれは恐らく荒巻や、モララーの……」

弟は右手に闇を溜める。それは少女に向けられていた。
そんな事もかまわず、否、気づかずに少女は音と言の葉を紡ぎ続ける。
その度に足元からは文字列の糸が生まれ、解れ、集っていく。
左手の打ち付けによる音の伸びが、詩の終わりを告げた。
人型の光の頭の部分が晴れ、肩が晴れ、胸が晴れ、腰が晴れ、足が晴れる。
それは少女だった。銀色の長い髪を慣性に靡かせ、抱きとめんと腕を伸ばした奏者の少女の胸元に落ちる。

ハハ ロ -ロ)ハ「……おかえり」

奏者は少女に唇を重ねる。三秒ほどか、ゆっくりとそれを離した。
少女達を、弟の右手から放たれた闇が飲み込まんとする。
完全に飲み込んでしまうその瞬間、少女の唇が動いたのを見た。

(*゚ー゚)「………、……?」

51 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:44:12 ID:RO8dX16k
暗闇を泳いでいた。見えず、聴こえず、感じず。
眼下に付きまとうようにいつまでも存在する、鎖に縛られた少女のみがぼうっと光って見える。

――私は、誰?

暗闇を泳いで何度も問答した命題だ。
永遠とも思える暗闇を永遠とも思える時をかけて泳ぎ、未だ何にも至っていない。

『聞け、咎人よ』

響く。頭に。
地を揺るがすような声が、聴覚に訴える。
押さえようとするが、押さえる頭も腕も、私には無かった。

『汝、神の定めし禁忌を犯した重罪人』

重罪人。
声の主は、私が誰なのか、何なのかを知っているのか。
出ない声で必死に訴えかける。

――私は誰?
――私は何?
――あなたは何か知っているの?
――教えて!私に!

『罪人に与えられるは、罰のみと知れ』

締め付けられる。無いはずの頭、喉、指、腕、胴、腰、足。破裂しそうなほど。無い声が自分の頭に響き渡る。助けて、助けて。
痛みが全てを支配する。視覚聴覚触覚嗅覚味覚。全神経は痛みの信号を送る。無限に体が千切れる感覚。
千切れて千切れて千切れても尚、私はまだ私で居続けていた。

52 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:46:48 ID:RO8dX16k
( ´_ゝ`)「……旧派に逆らうと、つくづく碌な目にあわん……な」

大聖堂とでも言うべき建物。壁に取り付けられた巨大な十字架の根元、円柱状の水槽に満ちた液体に浮く少女を、男は見上げる。
それを見た背の低い男はくくっと笑い、

(´<_` )「当事者が言う台詞じゃあないだろうが」

習って見上げる。
うす青い液体にたゆたう少女は、歳は十三かそこいらだろうか。
『死に顔』と形容できるかは危ういが、それは無表情だった。何も語らない。

(´<_` )「……何を思っていたのか、判断もつきやしねぇ」

( ´_ゝ`)「そうかな」

背の高い男の言葉に、低い方は首を傾げる。

(´<_` )「何か知ってるのか?」

( ´_ゝ`)「さぁ?まあともあれ、コイツがあれば改派の連中も一掃出来るだろうよ。
      何と言っても『神の意思』の振るう暴力だ。誰も文句は言うまいよ」

笑う。つられて背の低い男も笑った。
聖堂に二人分の笑い声が木霊する。
水槽の少女は、尚無表情のままで居た。

( ´_ゝ`)(……本当、気の毒)

笑いながら、男は思い出す。消えてしまった銀髪の少女の、最後の言葉を。

53 名前: ◆qMJ2ypUsFE 投稿日:2009/06/06(土) 01:51:01 ID:RO8dX16k
『貴女は……誰ですか?』

――ハハ ロ -ロ)ハ いのち紡ぎし歌姫のようです 完


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