- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 16:59:06.01 ID:l4hMLrcs0
そこには「死」というものが存在しなかった。
逆に言えば「生」だけが存在した――否、「生」が存在するのではなく、ただひたすら「死」というものが存在しなかったのだ。
もうひとつ言えることは、私が生まれたときには雨が降っていたということだけ。
わけても言えることは、あとはもう、――。
「死」というものが存在したとき、私はただ、雨の降る中、ただもうくるくる笑う他なかった。
- 8 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:05:11.34 ID:l4hMLrcs0
('A`)「おはよう、パンドラ」
( ><)「……おはよう、なんです?」
パンドラ、と呼ばれたものは、呼んだものに返事をした。
しかし巧く状況が理解できていないらしく、疑問符ばかりを浮かべている。
('A`)「ああ、またかい。まあとりわけ支障はないが多少面倒に思うな」
( ><)「……ご、ごめんなさいなんです」
パンドラと呼ばれたものは、虚ろな眼で謝った。
理由は誰にもわからない。
('A`)「なに、謝ることはない」
呼んだものは感情をこめずに言った。
('A`)「君はパンドラ。これはいいね」
パンドラはこくりと頷いた。
('A`)「よろしい。君に頼みたいことがあるんだが、いいかな」
再びパンドラはこくりと頷いた。
承諾する理由をパンドラは持たなかったが、拒否する理由もまた持たなかった。
呼んだものは、パンドラのその様子を見て何とも感じなかった。
- 11 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:09:01.92 ID:l4hMLrcs0
('A`)「この匣を持って『世界』に会いに行ってくれ」
( ><)「……世界」
('A`)「そうだ」
呼んだものは、反復するパンドラに涙ほど小さな小匣を手渡した。
その小匣には小さいながら蓋がついていた。
開くのかどうかも怪しい蓋だ。
パンドラは、その手の中にすっかり収まる小匣を慎重に見つめた。
('A`)「もうひとつ」
呼んだものは無機質な音を出しているだけのように思える声で言った。
そもそも呼んだものは、はじめから無機質だった。
パンドラ、と呼ぶときからずっと。
もっと以前から無機質だったかも知らない。
('A`)「その小匣の蓋はどんなことがあっても開くな」
- 13 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:13:48.34 ID:l4hMLrcs0
禁止することまでもが無機質なのはどうも不可ない、と呼ばれたものも呼んだものも思った。
しかしながらパンドラは、この小匣の蓋の開け方を知らないので、開けようにも開けられない。
開け方を教えてもらおうかとパンドラは思ったが、やめておいた。
呼んだものは、その様子を見て何とも感じなかった。
('A`)「いいね、世界に逢いに行くんだよ」
パンドラの断片はそこで終りだった。
呼んだものの断片はまだ続いたかも知らない。
- 16 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:17:02.07 ID:l4hMLrcs0
私はじっとそこにいた。
何かを待っていたのかも知らない。
ただし、「何か」を。
ただそこに在る存在で在り続ける必要がどこかにあって、それを待っていたのかも知らない。
ただそこに在り続ける必要がどこかにあるから。
私はじっとそこにいなければならなかった。
私がそこからいなくなればたちまち、何かが困る。
ただ私は困らない。
しかし困るというものがいなくなってしまえばそれは「困る」というのだろうか。
わからない。
それでも私はそこに在り続けた。
在り続けたことで得たものはそこまで多くはないが、どれも私の宝物になった。
- 17 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:20:43.90 ID:l4hMLrcs0
( ><)「……『世界』って名前なんです?」
パンドラは一人呟いた。
答えてくれるものは何もない。
暗澹としてぬめりとした夜空に栄える月を見上げた。
(*><)「逢ったら真ッ先に呼んであげるんです。きっとこんな空を見ていて、いつも寂しい筈なんです」
それはパンドラ自身のことであり、『世界』のことではなかった。
探し始めてもう随分が経った。
無機質な声をしたものに呼んでもらって以来、当然ながら、名前を誰にも呼んでもらってない。
そもそもパンドラの名前が「パンドラ」なのかどうかがはっきりしなかった。
所詮はただの記号でしかないのだが、ときに迷ってしまう。
自分が何を故に存在するのか迷ってしまう。
記号があれば故が知れるのなら「パンドラ」でもいい気がしてくるが、そういうわけにもいかない。
その故さえも、わからない。
- 19 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:24:01.90 ID:l4hMLrcs0
( ><)「この匣……持っている理由はあるんです?」
持っていると失くしそうなので首から提げておいた。
何かがおこるわけでもなく、小匣は在った。
この小匣もまた、パンドラと同じように理由を探しているのかも知らない。
蓋を開くと見つかるかも知らない。
パンドラはそんなことを思惟しながら小匣を弄った。
( ><)「あれは穴かもしれないんです」
( <●><●>)「そうですね」
空の月を指して一人呟いた。
ないとばかり信じていた返事が、あった。
- 21 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:28:55.86 ID:l4hMLrcs0
(;><)「だ、誰ですか! いつからいたんです!?」
飛び跳ねるように声の主を確認して、パンドラは小匣を握った。
隠そうとしたのかも知らない。
( <●><●>)「ずっといました」
その声は、無機質ではなかった。
もっとずっとあらゆるものが混ざっていた。
しかし、雑音ではなかった。
( <●><●>)「誰かと訊かれたら、わからないとしか言えません」
( ><)「……あ」
( <●><●>)「わからないことはわかってます」
パンドラは自分と同じ思いを持ったものと出会ったからか、何かしら反応した。
( <●><●>)「あなたのことはあらかたわかってます」
( ><)「え?」
名前くらいは告げておこうとしたが、その矢先、奇言が聞えた。
同じ思いを持ったものからだ。
- 24 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:32:45.41 ID:l4hMLrcs0
( <●><●>)「あなたがどう判断するかは好きにしてください。ただ言えることは、You are everything.ということだけです」
( ><)「ゆ……あー……?」
( <●><●>)「for me、まで言えばよりわからなくなるのはわかってます」
音は無機質でないのに、表情だけは無機質だった。
その点で、存在すべくして存在しているのだろうと思うと、パンドラは羨ましく思った。
パンドラには何もなかった。
あるのは小匣だけだった。
( ><)「あの……名前……」
パンドラは名前を呼んでほしかったが、言うタイミングを逃してしまったのでせめて呼ぼうと訊いた。
が、
( <●><●>)「さあ」
同じ思いを持ったものはあまりに素ッ気のない返しをした。
興味が一切ないのだ。
「名前が、何?」と訊いているように見える。
- 26 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:36:48.84 ID:l4hMLrcs0
(;><)「え、あ、あの、名前……ど、え?」
( <●><●>)「?」
(;><)「………」
同じ思いを持っていると思ったのは間違いだったかも知らない。
「名前」という概念がそもそもにあるのかもわからない。
同じ思いを持ったものは、美しいほど丸く、妖艶な濡羽色を湛えた眼をパンドラに向けて、疑問符を並べた。
(;><)「あ、あの、僕は『パンドラ』っていうんです。僕の名前なんです」
意を決して、名前を告げた。
あわよくば呼んでくれるかと期待しながら。
( <●><●>)「へえ」
( ><)「………」
期待は音も立てずに崩壊した。
- 28 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:39:35.35 ID:l4hMLrcs0
( <●><●>)「私は違うと思いますけどね」
( ><)「……え?」
しかし、パンドラの中に期待とは別の何かが生まれた。
同じ思いを持ったものは、きっと訊き返しても答えないだろうが、『あなたのことはあらかたわかってます』と言った意味がわずかだけわかった気がした。
( <●><●>)「名前名前、って、名前がそんなに大事ですか」
( ><)「それは、だって……」
パンドラは、同じ思いを持ったものの口振りに気圧されてしどろもどろになった。
ただ、呼んでほしいだけだった。
( <●><●>)「そんなものあったら、それがそれでしか見られなくなると思いませんか」
パンドラは、それがそれで見てほしくて名前を呼んでほしいのだ。
ただただ存在を確認したいだけだ。
それの何が不可ないというのか、と思った。
- 31 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:43:43.75 ID:l4hMLrcs0
( <●><●>)「強制しているだけでしょう。ただの主観で、周りを。どうなると思いますか」
( ><)「……そんな、言い方、よくないと思うんです」
( <●><●>)「へえ。それではよりいい表現をしてもらえますか」
パンドラは黙るしかなかった。
パンドラに、この同じような思いを持ったものは大きすぎる。
パンドラは、あまりに小さな存在だった。
( <●><●>)「どうなると思いますか」
再度訊ねた。
パンドラは首を横に力なく振った。
( <●><●>)「思考、発想、判断、創造、想像、あらゆるものの欠如です。わかりますか」
無機質なのに種々の表情がこもっている色で言う。
- 33 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:46:44.81 ID:l4hMLrcs0
同じような思いを持ったものを端的に言うと、渾沌だった。
対して声の無機質なものは、端的に言うと、秩序だった。
パンドラは、そのどちらにも属さない上に、中間でもなかった。
( <●><●>)「それだけのものを失って、『秩序』というものはそれほど大切なものなのでしょうか。――ええ、それほど大切なものなのでしょうね」
夕立前のような匂いがする口調だった。
( <●><●>)「それでも私は、あなたをあなたと呼ぶことにも、それをそれと呼ぶことにも、絶大な意味を持つと思うのです」
少し喋りすぎましたね、と言って、パンドラにはない思いを持ったものは、太陽が沈むように目を閉じた。
暫くして、やはり黒々とした眼を見せた。
( <●><●>)「その匣」
( ><)「え」
( <●><●>)「それ自体はあなたにとってたいして重要でも何でもないと思うのですが」
あまりにも突飛に言うのでパンドラは思考が追い付かなかった。
首に提げた小匣を自然と凝視した。
- 35 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:50:25.46 ID:l4hMLrcs0
- ( <●><●>)「持っていてどうするのですか」
そのとおり、この小匣そのものはパンドラにとって意味を為さないものだ。
ところが、声の無機質なものに「開けるな」と言われたために持っているのだ。
( ><)「でも……」
( <●><●>)「その中、ここに存在しないものが存在していますよ。――しかも沢山」
パンドラは周章てて小匣を手から離した。
途端に恐ろしく感じた。
(;><)「存在しないもの、って……?」
( <●><●>)「だから、沢山。質が悪いのは、一方向のみでの善悪の判断基準。最悪ですね、私にとって。ただ、あなたにとってはいいかも知れませんよ。実に気が楽だ」
パンドラにはない思いを持ったものが言っていることは理解できなかったが、よくわからないことはわかった。
何にせよ開け方がわからないのだから言っても仕方がない。
( <●><●>)「その匣、開けてみたいですか」
(;><)「――そ、そんなこと駄目なんです!」
明らかな図星だった。
どうせ知られているだろうのに、パンドラは取り繕った。
( <●><●>)「寂しいのでしょう」
雨が降った。
- 37 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:52:56.34 ID:l4hMLrcs0
極限まで黒くなった黒は、やがて透明になり、頬を潤す。
留まることを知らない透明は、朽ちることなくどこまでも流れた。
私はただひたすらそれを眺めていた。
眺める他なかった。
掬おうとしても、留まることを知らない透明は、朽ちることなくどこまでも流れた。
- 38 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:55:43.01 ID:l4hMLrcs0
('A`)「何故かなあ」
さあ、知りません。
無機質にそう言うので、私はありったけの渾沌を籠めて言った。
雨は降っていなかった。
('A`)「きみが、おれなのか」
さあ、知りません。
湿気のないところでは、自然と声が擦れた。
私は目線を外していた。
('A`)「きみは、必然かい」
ええ、きっと。
('A`)「どんなに願っても、きみがいなくなることはないのかい」
ええ、きっと。
('A`)「どうしても?」
ええ、きっと。
- 40 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 17:57:34.45 ID:l4hMLrcs0
- ('A`)「おれがいなかったら?」
あなたにとっての私が在ることはありませんでしょうね。それが必然でしょうから。
('A`)「それでもきみは在る、と?」
ええ、きっと。
('A`)「おれはまちがっているかい」
ええ、きっと。
('A`)「おれはさみしいのかい」
さあ、知りません。
('A`)「おれは――何だ?」
浅薄です。
('A`)「あさはかかい」
ええ、きっと。
('A`)「きみは、どう思う?」
きらいです。
('A`)「何故?」
浅薄なものが玩具を創るといい出来ではないですね。
- 42 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 18:00:14.03 ID:l4hMLrcs0
('A`)「きみはどうなんだ」
私はあなたの玩具でも、あなたに創られたのでも、浅薄でもありません。
('A`)「おれがいて在るなら、創られたんじゃないのか」
認識しないとわからないだけで、あなたに創られたわけではありません。
('A`)「永遠は永いかい」
あなたがいれば永く感じます。
('A`)「いなければ短いかい」
いなければほんの束の間です。
('A`)「何故?」
愚問ですよ。
- 44 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 18:03:17.27 ID:l4hMLrcs0
('A`)「言わずもがな、と言われてもわからない」
嘘とかでたらめとか、平気ですね。別段かまいませんし、意味もありませんが。
('A`)「おれはきみに何を求めろというのか」
何も求めなくてかまいませんよ。消滅以外は。
('A`)「それじゃあ、消えてくれ」
それじゃあ、あなたが消えてくれないと。
('A`)「困る」
私もです。
('A`)「どうしても?」
ええ、そうです。あなたは下手クソな玩具しか創らない。
しかも困ったことには、いつか必ずすべてを固定してしまうものを創る。
('A`)「どうせ、暇潰しだ」
暇潰しに私を殺すのですか。暇潰しに玩具を留めてしまうのですか。
私が思うことには、あなたの原罪は、今あなたが存在して、今日は月が綺麗だと、思ったことであるのでしょう。
- 45 名前: ◆JPdo7n0BZ2[sage] 投稿日:2009/06/07(日) 18:04:12.18 ID:l4hMLrcs0
雨が降っていて、私は存在しないものの目の前にいた。
それは絶対だったと思う。
私は、彼が創ったうちの、唯一多大なるものに、「これ」があり、それを確認し、それに感動することができるものがあることを挙げる。
そう思えば、彼はあながちつまらないものばかりを創ったわけではなかったのかも知らない。
私はただ、雨の止むのを待っていた。
何故か。
簡単なことだ。
('A`)「おはよう、世界」
――また会いましたね。
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