作品投下スレ

8 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:01:55 ID:7pBLc7k20
ランドセルを捨ててはやく大人になりたい。
そう願うオレにとって、兄貴はヒーローだった。

兄貴は高校生だけれど、そこらへんにうじゃうじゃしている
くたびれた親父なんかより、よっぽど大人だった。
カワサキのメタリックで巨大なバイクを乗り回す兄貴は、いつだって堂々としていた。
兄貴には怖れるものなんて何もないんだと、容易に信じられた。
  _
( ゚∀゚)「おう、それじゃいつもの頼むな」

兄貴から渡された二二○円を握り締めて、オレは自販機に向かった。
缶ジュースがちょうど二本だけ買える金額。選ぶのはいつだってコカ・コーラ。

兄貴は夜になると、仲間と並んでバイクを走らせる。
出発の合図は、兄貴がコカ・コーラを飲み終わった瞬間。
まだバイクに乗れないオレにとってこのおつかいは、
兄貴に関与できる数少ない手段で、大切な仕事だった。

空になった缶が夜闇に投げられ、一拍後に落下した。
オレはまだ飲み終わらないコカ・コーラに口を付けながら、
無数のバイクによって溶かされた空間にたたずんでいた。
生ぬるい重たさと遠ざかる破裂音。静けさに転がる空き缶。

大人の匂いがした。

9 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:02:33 ID:7pBLc7k20
オレは学校帰りなんかに時々、兄貴の真似をして空き缶を放り投げた。
行動するときはいつも、周りにだれもいないことを確認した。
見つかったときのことを考えると怖かった。

挙動不審になるくらい、自分では細心の注意を払っているつもりだった。
けれど小学生の注意力なんて、実際穴だらけなんだろう。すぐにバレた。

ξ#゚听)ξ「こらドクオ、ポイ捨てするな! ちゃんとゴミバコに捨てなさい!」

面倒くさいやつに捕まってしまった。
ツンはかわいい顔とそれに見合わない態度で有名な、同級生の女子だ。

やたらと正義感が強い。そのくせ口を開けばパパの自慢ばかり。陰でうざがられていた。
表立って嫌われなかったのは、おしゃれで、金持ちで、物をたくさん持っていて、
それで気前がよかったからなんだと思う。

止むことなく捲くし立てるツンにいい加減うんざりして、
オレは「チクんなよ!」といって逃げ出した。
逃げるオレの背中に「悪いことは巡り巡って自分に返ってくるんだからね!」と、
ツンはパパから教えられたのであろう言葉を浴びせてきた。

一度だけ、ツンの親父を見たことがある。
あんぱんみたいに膨らんだ両頬の間にスマイルマークを貼り付けた、人のよさそうな親父だった。

その親父が蒸発した。借金があったんだ。アイジンのところに逃げ込んだんだ。
ずいぶん勝手な憶測が飛び交ったけれど、結局のところ、はっきりした理由はわからなかった。
所詮は馴染みの薄い、遠い人の話だったから。面白半分で、真剣じゃなかった。

それよりも、クラスの興味は違う方向に向かっていた。
ツンがいじめられるようになるまで、時間はかからなかった。

10 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:03:05 ID:7pBLc7k20
始めのうちはツンも、強気に反論したりして、気丈に振舞っていた。
それがある日から一変した。表情に乏しくなって、何をされても反応しなくなった。
友人から聞いた話では、女子のだれかが

「パパとの夜が懐かしいよう」

とツンのノートに似顔絵つきで書いてから、変化が起こったらしい。よくわからなかった。
この言葉にどんな意味があるのかもわからなかったし、友人がにやにやしている理由もわからなかった。

オレもいじめには加わったけれど、他のやつほどたのしめなかった。
罪悪感からではない。ガキっぽいように思えたからだ。

無表情で平気そうにしているツンを構うより、
兄貴や兄貴の仲間と一緒にいるほうが有意義で、大人っぽい感じがしたのだ。
その日もオレは、兄貴からもらった二二○円を手の中に、自販機へと走った。

「あっ」という声が思わず漏れた。振り向いたツンも目を丸くしていた。
自販機の前でツンが座っていた。つり銭口に手がつっこまれている。
ジュースを買った様子はないのに。見てはいけないものを見てしまった。そんな感じがした。

引き返そうかと思った。
けれど全身が麻痺して、オレはその場につったったまま動かなかった。

「こんな時間に……」といいかけて、ツンは口を閉じた。
そして次に口を開いたときには「ごめん」という簡素な言葉を、独り言のようにつぶやいた。

光の関係かもしれない。ツンは相変わらず無表情だった。
なのにどういうわけか、教室にいるときとは違っていた。疲れか、何かが、浮いていた。
オレはコカ・コーラを二本買って、そのうちの一本をツンに差し出した。

11 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:03:41 ID:7pBLc7k20
('A`)「別に、ツンは何も悪くないと、思うけど」

いって、後悔した。うつむいたツンの肩が、細かにふるえているのが見えたからだ。
泣くんじゃないかと思った。けれどオレの予想は外れた。勢い立ち上がったツンは、
オレの手からコカ・コーラをひったくると、走り出して、止まって、くるっとその場で回転した。

ξ゚ー゚)ξ「夜遊びはほどほどにしなさいよ!」

わらっているように見えたのは錯覚だったかもしれない。
確かめる間もなく、ツンの姿は消えた。お礼くらいいえよと、叫んでやりたかった。
明日学校であったら意地でもいわせてやろう。そう心に決めた。決心は実らなかった。

ツンは死んだ。

オレと別れたそのすぐあと、バイクに跳ね飛ばされた。
跳ねたのは、メタリックで巨大なカワサキ。
警察に連れて行かれるとき、犯人は暴れて、泣き喚いていた。

翌日から、いじめの標的がオレに変わった。数は多くないが、オレにも友達はいた。
一方的な思い込みだったらしい。味方はひとりもいなかった。
ツンの変わった切欠を教えてくれたあいつなど、だれよりも率先していやがらせをしてきた。

積極的にツンをいじめていたやつほど、オレを放ってくれないようだった。
机には「ヒトゴロシ」と彫られた。

12 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:04:14 ID:7pBLc7k20
夜になるとひとりで出歩いた。
どこといって行くところもないのだけれど、家にいるよりはよかった。
家にはいたくなかった。帰りたくないから、長々と徘徊した。
自分がいまどこにいるのかも知らなかった。

塀を背に、座った。もう二度と、元の場所へは戻れない気がした。
それでもよかった。首を曲げて、後頭部を塀に押し付けた。

そのとき、視界の端に赤い何かが映った。
ひしゃげたコカ・コーラの缶が、電柱の陰に忘れられていた。
拾ったら、冷たかった。

あのとき見せたツンの表情が、急に気になった。わらっていたと、思う。
なぜだろう。能面のようにして、感情なんてずっとなくしていたのに。
裏切られたのに。

オレは、あいつのことが好きだったわけではない、と思う。
独善的な言葉は鼻についたし、なにかというとパパを引き合いに出す神経も受け付けなかった。
かわいい顔には近寄りがたかった。だからそばに来られると息が詰まりそうになった。
端的にいえば嫌いだった、はずだ。

なのに。
それなのに。



缶の口から、底だまりのしずくがこぼれた。

13 名前:底だまりのしずく、ぽとり ◆8mbg3X9/3Q 投稿日:2011/10/28(金) 21:05:32 ID:7pBLc7k20
タイトル『底だまりのしずく、ぽとり』
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