作品投下スレ

140 名前:レプリカとアンティークのようです 投稿日:2011/10/29(土) 00:11:05 ID:PBuevo2c0

( ФωФ) 「デレー! デーレー! どこにいるである!」


午後の学習作業中、流れが中断された事を非効率的に思いながら
我が輩はミス・デレを呼んだ。

無論、何が一番非効率的かと言えば
一日に何度もこうして声を張り上げ、ミス・デレの手を煩わせている我が輩そのものだ。
まったく、内線ひとつついていないこの家と、この身体の不便な事といったら。

( ФωФ) 「デーレー!」

「はいはい、ちょっと待ってくださいねー」


前時代的なこの家は見かけ通りに古く、そして広い。
だから人を呼ぶには大きな声を出さなければいけないし、
ただでさえ部屋から部屋へ移動するのに時間がかかるのに
ミス・デレは決して走らないので余計に遅くなる。

待つ事しばし、ようやく黒いスカートにエプロン姿のミス・デレが部屋に入ってきた。
モニタの前に座っている我が輩の元へ近づいてくる。

ζ(゚ー゚*ζ 「はい、どうしました?」

( ФωФ) 「入力端末が落ちたのである。拾って欲しいのである」

ζ(゚ー゚*ζ 「あらあら」

141 名前:レプリカとアンティークのようです 投稿日:2011/10/29(土) 00:12:23 ID:PBuevo2c0

ミス・デレはふんわり長いスカートをさばき、何の苦もなく端末を拾い上げた。

ζ(゚ー゚*ζ 「はい、どうぞ」

我が輩は慎重にそれを受け取る。
出力を絞って角度に気をつけ、うっかり握りつぶしてしまわないように。

我が輩は自分の身体を上手く動かせない。
だからこんな些事でもいちいちデレの手を借りるしかないし、
システムエラーやトラブルが起こった場合、ほとんど全てデレに解決してもらわねばならない。

彼女のように――『人間』のように自然に振舞うためには、まだまだ調整が必要だろう。
二足歩行はバランスを取るのが鬼のように難しいのだ。


( ФωФ) 「すまないである」

ζ(゚ー゚*ζ 「いいえ。これがわたしの仕事ですから」

( ФωФ) 「だったらもっと早く来て欲しかったである」

ζ(゚ー゚*ζ 「あら、だって、お夕食を作るのもわたしの仕事ですもの」

悪戯っぽくそう言って、小首を傾げて笑ってみせる。

こんなに安定した自立構造と
複雑怪奇な動作を制御できる洗練された回路を持っているのだから
その気になればもっと素早く行動できるはずなのだが、
いわく、「レディは廊下を走ったりしないもの」らしい。理解しがたい。

142 名前:レプリカとアンティークのようです 投稿日:2011/10/29(土) 00:13:21 ID:PBuevo2c0

学習はあらかた終わっている、と彼女に告げると、
息抜きに庭に行かないかと誘われた。
興味はなかったが断る理由もないので、オートチェアに座ったまま、ミス・デレと共に庭に出る。

ζ(゚ー゚*ζ 「ほら、見て。紅葉がすごく綺麗でしょう」

確かに、屋敷の庭の木々はどれも赤や黄色に染まり、
溢れんばかりの色彩がこぼれ落ちて風景を鮮やかに染め上げていた。

涼やかな空気。鳥の声。リスが数匹、木の実をかじったり駆け回ったりしている。

ζ(゚ー゚*ζ 「これを見せたかったんです」

デレはうっとりと庭を眺めながらそう言ったが、
正直、どうということもない。
ただ植物が寒暖差に反応して色を変えているというだけだ。

( ФωФ) 「……よく判らないである」

ζ(゚ー゚*ζ 「いいんですよ。ただ見せたかっただけですから」

( ФωФ) 「デレは、我が輩にもっと『人間』らしくなって欲しいのであるか?」

だから庭に連れ出したり、紅葉を見せて“感性”を育てようとしているのだろうか。

オートチェアの隣にいたミス・デレは
正面に移動して軽くしゃがみ込み、我が輩の顔をまっすぐに見て、いいえ、と答えた。

143 名前:レプリカとアンティークのようです 投稿日:2011/10/29(土) 00:14:42 ID:PBuevo2c0

ζ(゚ー゚*ζ 「わたしはあなたに『人間』になって欲しいとは思いません」

( ФωФ) 「? そうなのであるか」

ζ(゚ー゚*ζ 「近づきたい、と思うのは、とてもいい事だと思います。
        でも、そのために全く同じものになる必要はないでしょう?」

( ФωФ) 「……??」

ζ(゚ー゚*ζ 「あなたはあなたのままでいい、という事ですよ」

きょとんとしてしまった我が輩にデレはそっと手を伸ばし、
人工皮膚の頬に触れた。

ζ(゚ー゚*ζ 「わたしはただあなたに、人の気持ちが判る、優しい人になってもらいたいんです」

( ФωФ) 「人の気持ち」

そんな不確定で数値にも表せないもの、どうやって理解しろというのだろう。

( ФωФ) 「なぜである?」

ζ(゚ー゚*ζ 「あら、なぜって」

するとそれまで穏やかながら真剣なまなざしをしていたミス・デレは
途端に顔をほころばせ、言った。


ζ(゚ー゚*ζ 「だってわたしはあなたのお母さんですもの、ロマネスク」

144 名前:レプリカとアンティークのようです 投稿日:2011/10/29(土) 00:16:17 ID:PBuevo2c0

ζ(゚ー゚*ζ 「母親は息子に心根の優しい子になって欲しいと願うものなのですよ」

そうなのだろうか。
ミス・デレの言う事は、やっぱりよく判らなかった。

ζ(゚ー゚*ζ 「大丈夫。あなたはまだ生まれたばかりですもの。
        身体の動かし方も、心の事も、これから少しずつ覚えていけばいいんです。
        その手助けをするのがわたしの、母親の仕事なんですから」

そうだわ、少し歩く練習をしましょう、とミス・デレは立ち上がって、我が輩の両手を握った。

我が輩はうなずき、それを支えにゆっくりとオートチェアから腰を浮かせる。
あしのうらで落ち葉がぱりぱりと音を立てる。時間をかけてまっすぐ立つと、視界がぐんと高く感じられた。


( ФωФ) 「デレ。我が輩は、あなたの良き息子になれるだろうか?」

まだしっかりと手を握ってくれているデレを見下ろして、我が輩は問うた。

いつでも我が輩を助け、導いてくれるふたつの手。
これが創造主の――我が子に対する母親の意思ならば、出来得る限りそれに答えたい、と思った。

ζ(^ー^*ζ 「素質は充分。保証します」


その笑顔に促されるように
我が輩は秋の音で彩られた道を一歩、踏み出した。

145 名前: ◆sFkCivpAtQ 投稿日:2011/10/29(土) 00:17:14 ID:PBuevo2c0
おしまーい

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