作品投下スレ

179 名前:すでうよ のみかが のみぞの 投稿日:2011/10/29(土) 01:44:37 ID:QbU46s3M0
 七時三十分。いつもどおりの時間に、いつも通りいってきますを言って、ドアを開ける。
いつの間にかすっかり冷たくなった空気が顔にぶつかった。
 吐く息が白くなるのを見て、少し感動する。ああ、また冬が来たんだなあ。 
冬を迎えるのももう18回目になるが、今年の冬はいつもと少し違う。
 大学受験、だ。出来れば見てみぬふりをしたいけれど、担任は執拗なまでに受験というワードを口にするし、
夏休みを終えた辺りからクラスも受験モードになってきて、こんな俺でも意識せざるを得ない。
とはいえ、俺は外見には恵まれなかったが、頭の中身には幸いにも恵まれていて、
世間一般に「高学歴」と呼ばれる大学に「普通に」入ることが出来るだろうと、学校の先生にも言われていたし、俺もそう思っていた。

('A`)「……さむ。」

 歩きながら、とりあえず単語帳をめくる。
良妻賢母を地で行く母親に渡された、合格祈願のお守りをカバンにつけている以上は、
受験生らしく振舞わねばならない。これは一種の義務みたいなものだ。

( ^ω^)「おはおっ!」

('A`)「うわっ、びっくりした」

( ^ω^)「今日もドクオは真面目だおね!その真面目さ分けてほしいお!」

('A`)「俺はお前のその元気さ分けて欲しい……お前それでよく一日持つよな…」

( ^ω^)「おっおっ、朝ごはんが元気の秘訣だお!今日もおかわり三杯食べてきたお!」

('A`)「お前の家のエンゲル係数すげーだろうな」

( ^ω^)「エンゲル……それはチョコボールと何か関係があるのかお?」

('A`)「ああ、無いな。」

180 名前:すでうよ のみかが のみぞの 投稿日:2011/10/29(土) 01:45:40 ID:QbU46s3M0
 他愛のないことを話しながら歩いた。正に高校生という感じの内容。
昨日のテレビの話だとか、あのゲームを買っただとか、彼が調理師専門学校へ行くことを反対されていることについてだとか。

( ´ω`)「コックさんになりたいって、昔からの夢だったんだお……昔はカーチャンだって賛成してくれてたのに…」

('A`)「そりゃまあ、親からしたら無難に大学出て無難に就職して欲しいわな」

( ´ω`)「だおね……トーチャンやカーチャンには感謝してるし、諦めて大学へ行ったほうがいいのかもわからんね…」

('A`)「ま、調理師学校は大学卒業した後だって行けるじゃん?」

( ^ω^)「むむ……確かにそうだおね…。でも、僕は早く現場に立ちたいんだお。
       本当だったら調理師学校すら出ずに、どっかの店に住み込みで働きに行きたいくらいなんだお…」

('A`)「すげえなあ。羨ましいよ。俺、夢とかないし」

( ^ω^)「なーんも無いことは無いお?」

('A`)「なーんも無いって。マジで。」

 昔は、あった気がする。でもそれも思い出せない。
高校は近いから選んだ。大学もきっと近くてレベルが合ってるところへ行くんだと思う。

( ^ω^)「普通のサラリーマンになって、かわいいお嫁さんをもらってーとかも?」

('A`)「想像できないな。全然。」

 就職先は、どうやって選ぶんだろう。想像出来ない。でも多分、「普通」のところへ行くんだろう。
将来を悲観しているわけじゃないけれど、幸せな未来も浮かばない。
実際、どうでもいいんだと思う。今の自分に特に不満はないけど、無いだけで、何処にも満足していない。

181 名前:すでうよ のみかが のみぞの 投稿日:2011/10/29(土) 01:47:27 ID:QbU46s3M0
 この時期になると、授業中に授業と関係の無い科目を勉強する――いわゆる「内職」も黙認されるようになってくる。
厳しい先生も居ることにはいる。真面目なのか空気が読めないのかはわからない。うちの担任に限っては、間違いなく後者だが。
 しかしうちの担任は舐められきっているので、怒ろうが喚こうが、誰も内職を辞めない。
なので、担当である生物の授業がある日のHRは、担任の機嫌がすこぶる悪い、というのが常だった。
 だが、今日は違った。やけに機嫌が良さそうだった。今日も今日とて誰も板書する素振りすら見せなかったというのに。

从'ー'从「ほら〜、みんな〜、進路とかで悩んでるかと思って〜。先生頑張っちゃった〜。褒めてね〜。あ、来てくださ〜い。」

 担任が声をかけると、初老の男が入ってきた。

( ´∀`)「はじめまして。このたびは、皆様がよりよい未来を建設するためのお手伝いに参りました。」

 うさんくせえ。クラスの誰もがそう思ったことだろう。
今時の高校生とは思えないくらいピュアな内藤ですら眉を潜めていたのだから間違いない。

( ´∀`)「えー、我々はドイツにあるあの著名なクーゲルシュライバー大学と提携しており、この研究を…」

 ますますうさんくせえ。うちの担任はついにねずみ講かなんかにでも引っかかってしまったのだろうか。
クラスの何人かは、彼が話をしているにも関わらず帰ってしまった。俺も一番前の席でなければそうしたかった。

( ´∀`)「……というわけで、我々はついにみなさんの脳波から、
       みなさんが本っ当に望んでいることを読取り、それを具現化する機械の製作に成功したのです!
       進路にお悩みの皆さんはこう思っているでしょう?つまり、”自分は本当は何をしたいんだろう?”ってね。
       この機械があればそのお悩みを解決出来るのです!あ、もちろん無料なので安心してください!」

从'ー'从「先生もやったんだけど〜、目からウロコだよ〜。みんなものぞみ、知りたいでしょ〜?だってのぞみが叶えられたら、絶対幸せでしょ〜」

 話が終わったようだった。こんな深夜の通販番組みたいな話を信じられるはずもない。
この担任が試したからと言って安心できるはずもない。むしろ不安だ。
残ったクラスメートは半分ほどだったが、間違いなく俺と同じ思いの筈だ。――内藤を除いては。

182 名前:すでうよ のみかが のみぞの 投稿日:2011/10/29(土) 01:48:12 ID:QbU46s3M0
('A`)「絶対、スピリチュアル商品売りつけられるか、宗教勧誘だって」

( ^ω^)「いいじゃないかおー、無料だし。ドクオもほら、将来の夢、見つかるかもしれないお?」

 志願したのは俺と内藤だけだった。当然だろう。無料より怖いものはないって言うじゃねえか。
そう思いつつも付いてきたのは、どうせやりたいことなど何ひとつ無いのだから、
たとえ見えた望みが悪徳商法によって作られた物だとしても、それを目標にして生きてみようかな、なんて考えたからだった。

( ´∀`)「こちらです。あ、お二人で入ってくださってかまいませんよ」

 連れてこられた先には、かなり大きめなワゴン車があった。カーテンで中は見えない。いよいよ怪しいが、とりあえず足を踏みいれる。

('A`)「鏡……?」

 ランプに照らされた先にあるのは、鏡だった。

( ´∀`)「ええ。さあ、これで脳波を測るので、かぶってください。そちらの方も」

 いかにも近未来といった感じの機械を、言われるがままにかぶった。こうなると、ちょっとしたアトラクション気分だ。
気分が高揚する。内藤も同じ気持ちらしく、ワクワクするお、と小さい声で言った。

( ´∀`)「目をつぶってください。リラックスして。合図で目を開けてください。
       目を開けたとき、目の前にそ写っている姿が、貴方たちの”のぞみ”です。――3、2、1…」

 0。静電気のような感覚が走る。電気が点けられたのを感じた。少し緊張しながら、目を開ける―――。――。

(*^ω^)「わっ、すごいお!コックさんをしている僕が見えるお!ああ、なんて幸せそうなんだお!フレンチレストランなんて洒落てるお!
      やっぱり、やっぱり……この夢は諦められないお!ドクオ?ドクオは何がみえたんだお?教えてくれお!
      ねえ、ドクオ――」

183 名前:すでうよ のみかが のみぞの 投稿日:2011/10/29(土) 01:49:31 ID:QbU46s3M0
七時三十分。いつもどおりの時間に、いつも通りいってきますを言って、ドアを開ける。
すっかり冷たくなった空気が顔にぶつかった。
吐く息が白くなるのを見て、もう一度感動する。ああ、やっぱり、冬が来ているんだなあ。 
 冬を迎えるのももう18回目になるが、今年の冬はいつもと少し違う。
 最後の冬だ。自転車に乗って、遠出することにした。

 1時間ほど走れば、もう暑いくらいになる。上がった息を整えながら、自転車をとめた。
何しろ辺鄙な所に住んでいるもので、この辺で「のぞみ」が通るのはこの駅だけなのだ。一番安い切符を買った。

 今までの人生、俺は大きな失敗をしたことがない。もちろん、大きな成功もしたことがない。
そんなもんだから、普通に生きてきて、普通に死んでいくのだろうと思っていた。
 これは一種の賭けだった。その賭けに「のぞみ」を使ったのは、ダジャレじゃなくて験を担いだつもりである。
効くかわからないけれど、合格祈願のお守りだって持ってきた。

 何も、映らなかった。正しく言うと――俺が映らなかった。
内藤も、胡散臭いおっさんも、車の内部もはっきりと映っていたのに、俺だけが其処に居なかった。
つまりは、そういうことなんだろうと思った。驚きはなく、素直に受け止めた。ただ、理由はわからないが、少しさみしかった。

 のぞみを叶えれば、幸せになれる。そう言ったのは担任だったか。あの担任が言ったにしては、ずいぶんと正論である。
さて、150円の片道切符で幸せまで辿りつけるのか?人生で一度くらい冒険してみたっていいだろう。

アナウンスがのぞみの通過を告げる。

『新幹線が通過いたします。危険ですので、黄色い線の内側へお下がりください』

合格祈願のお守りと、切符を握りしめて、黄色い線の外側へ向かった。

こんにちは、のぞみどおりの世界。

184 名前: ◆YvBzVfOoZQ 投稿日:2011/10/29(土) 01:50:14 ID:QbU46s3M0
おわったよ!次の人どうぞ!

戻る

inserted by FC2 system