- 259 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:41:50 ID:vfw3l0cQ0
かくして私は拾う旅に出た。これまで得てきた全てを投げ捨て、地に転がる不要な物を拾う旅へと。
探す、見つけるといった事は既に先人がやり遂げている。私がこれからやるのはそれらと一線を画す『拾う』という旅である。
なぜそうするに至ったかを説明するには時間が掛かるので割愛させて頂く。
それに私の持つ闇鍋が如き半生を数十時間に渡って説明した場合、聞き手は逃げ出し私が不貞寝するのは明白だからである。
そして至極真っ当な読者諸君の為に明かそう。
私自身が社会に捨てられたので、そんな現代社会への当て付けとして旅に出るのだ。
私怨丸出しで何が悪い。七つの大罪を受け入れてこそ真の聖人なのだ。私が童貞なのも聖人だからである。
決して容姿性格が悪い訳ではない。むしろ容姿端麗眉目秀麗、いくら重複表現しても表現し切れぬ存在が私なのだ。
性格も温和で優しく懐が広い。奈良公園に行けば無数の鹿に囲まれる事間違い無しだ。最早現代のキリストと言っても過言ではなかろう。
ただ、世間が私をそう見ているのかと聞かれたら、私は温かな布団の奥深くへと身を隠すだろう。
だが今の私は孤独な旅人。既に温かな布団も戻る場所も無いのだ。
( `ー´)
旅に出て三日。これまで市内のファミレスを転々としているだけの様な気がするが、気のせいでは無かった。
一日三食ハンバーグセットを貪り、一日の大半を市立図書館に籠って過ごす。得てしてこれは旅なのかという自問自答は不毛というものだろう。
どうであれ安住の地である下宿の一室を抜けた私に帰る場所は無い。帰る場所が無い事それ即ち旅人ではないだろうか。きっとそうに違いない。
ここまでの語りでは私がマイナス方面への掘削作業しかしてない様に思えるだろうが、実は違う。
私とて間抜けではない。この旅の主題が“拾う”という事を忘れる様な事は決して無い。
見るがいい。現にこうして謎のキーホルダーを拾って手にしているではないか。
そろそろ夕食時である。
私は早速ファミレスへ向かい、晩飯がてらこの謎のキーホルダーを物色しようと考えた。
- 260 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:42:25 ID:vfw3l0cQ0
- (;`ー´)「作り手の感性を疑うぞ。何だこの素っ頓狂なフォルムのキーホルダーは」
取り合えずハンバーグセットを平らげた私はキーホルダーを眼前で揺らし、その独創的フォルムについて脳内論争を開始した。
私Aが言う。
(A`ー´)「魚に熊の四肢を取って付けた様なキーホルダーだな。可愛いと思うか?」
私Bが答える。
(B`ー´)「可愛らしくデフォルメされてるだけで可愛くは無い。こういうのを好むのは女だと相場が決まっているな」
ちなみに私Cは引き籠り気質なので脳内論争には出て来ない。
さて、ここに来て私は重大な事に気付いてしまった。
この拾ったキーホルダーの行方をどうするか一切考えていないのだ。これは忌々しき問題である。早急に対策が必要であろう。
無難に交番へ届けようかと思うが、そんな偽善紛いの気持ち悪い所業を私がやるなど言語道断。
そもそも考えてもみろ。昼間から交番へ謎のキーホルダーを持った幸薄そうな男が現れ、警官にキーホルダーを渡すとい行為を。
どう捉えればいいか分からなくなった警官が私の自殺を食い止めようと懸命に講釈垂れる姿が目に浮かぶ。まさに時間の無駄ではないか。
(B`ー´)「ではどうする。拾った物をまた捨てるつもりか?
(A`ー´)「いいや、それだけは出来ない。この旅の主題が根底から崩れ去ってしまうぞ」
(B`ー´)「もういっそ旅の主題を変えてみるのはどうだろうか?」
(A`ー´)「ほう、では捨てる旅か。来月には猥褻物陳列罪で逮捕されるな」
(B`ー´)「まぁそれでも良いではないか。人生は伊達酔狂無しで生き残れまい」
- 261 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:43:16 ID:vfw3l0cQ0
( `ー´)「あ、ハンバーグセットお願いします」
かくして私の不毛なる脳内論争は終結した。こういう事は深く考えず適当に切り捨てるのが最適なのだ。
さらば私A、私B。
( `ー´)(……しかしなぁ、やはりこのキーホルダー、どうにかせねば……)
本日の偽善自慢がしたいなら交番へ。
あるいは捨てずに旅のお供とするか、釣り人よろしくキャッチ&リリースの精神に則りリリースするか。
ハンバーグセットを貪りながら導き出した選択肢としては十分だろう。
私はふと腕時計を見る。時刻は午後七時半といった所だ。
秒針が奇数だったのでこのキーホルダーは旅のお供として常備する事が決定した。
こういう事は適当な理由を付けて決めるのが一番なのである。
(A`ー´)「それなら名前を付けるべきではなかろうか?
私Aがしゃしゃり出る。
(B`ー´)「サバ熊でよかろう」
我ながら何と安直なネーミングセンスであろうか。これでは先のサッパリとした語りが台無しではないか。
しかもこれはサバで無くサンマだ。サンマに熊の四肢を足しているのだから、おおよそクマンマと言った所だろう。
(゚、゚トソン「や、もしやそれは幻のクマンマキーホルダーでは?」
大当たりである。景品はどこか。
- 262 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:43:49 ID:vfw3l0cQ0
- 前代未聞の出来事である。これまで私が女性から話しかけられた回数など十回と無い。
罵倒の言葉は浴び慣れているが、こうして見ず知らずの女性に普通に話し掛けられると、私は不甲斐無く動揺してしまう。
私A! 私Bよ! 出番だぞ!
( `ー´)「貴方はこのキーホルダーを知っているのですか?」
(゚、゚トソン「ええ。私はそのシリーズの後二つを除いて持っているのですが、その内の一つがそのクマンマなのです」
( `ー´)「ほう、こんな可笑しなキーホルダーを集めているのか。随分と希有な女性だ」
(゚、゚トソン「可笑しくないキーホルダーを集めても意味が無いでしょう」
それもそうである。私は彼女の舌鋒鋭い返答に好感を抱いた。
さり気無く私と相席する彼女。何故だか目の前に座られ、私Aと私Bの最強コンビもギブアップである。
(゚、゚トソン「突然で申し訳ないのですがそれを譲って貰えないでしょうか。さっきの言い方からすると、貴方には必要の無い物なのでは?」
(;`ー´)「ん……ああ、そうだね……でも、そうは言っても大切な物だからなぁ」
時間稼ぎの嘘はお手の物である。これは親の脛をかじり倒す為に私が身に付けた不純なる処世術の一つなのだ。
そして、この時私の中では一つの考えが浮かんでいた。しかし、それは私には過ぎた事の様な気がしてならない。
それこそホモサピエンスから村八分を食らう痛ましい結末さえ予想出来る。一体全体私はどうすればいいのだ。ええい、私は旅人だぞ!
(゚、゚トソン「では何かと交換、というのは駄目でしょうか。駄目なら構わないのですが……」
何故だ。どうしてこうなった。私は謎のキーホルダーを拾い、ここでハンバーグセットを食っていただけだぞ。
それがどうして色恋沙汰特有の桃色に染まったカモがネギ持って私の目の前に来ているのだ。
私に食らい付けとでも言うのか? これが俗に言う据え膳とやらなのか?
- 263 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:44:22 ID:vfw3l0cQ0
- ( `ー´)「……いや、やはりこのクマンマキーホルダーは貴方に差し上げよう。私には必要の無い物だ」
否、据え膳食わねば何だと言うのだ。確かに彼女は容姿性格共に私の好む所である。
だからと言ってどこぞのエロ同人誌よろしく「ついでに私の童貞を差し上げよう」などと言える程私は落ちぶれていない。私は聖人なのだ。
(゚、゚トソン「……いえ、やはりそのクマンマは貴方が持っていて下さい。ですが今度クマンマ探しの旅について来て貰います。
雑貨屋通りで一通り探して見つからなかった場合、改めてそのキーホルダーを頂く事にします」
(‐、‐トソン「これが私の連絡先です。必要な時以外は掛けて来ないで下さい。それでは失礼します」
断言してやろう。古今東西どこから湧いた美少女であろうと私が尾を振る事は無い。
そもそも私はコートの襟を潮風で靡かせ船上の美女を見送る様な、ダンディズム溢れる気障野郎なのだ。
そんな私が俗物的交渉を持ちかけ彼女の一糸纏わぬ姿を目にしようなどとは微塵にも思わない。
いや、少しだけ思った。
( `ー´)「……むっ」
気付けば彼女の姿は無く、電話番号の書かれた紙切れだけが残っていた。
( `ー´)「……まぁ、友達から始めれば問題無かろう」
ともかく一旦下宿に戻って布団に入ろう。誤解を招かぬよう言っておくが旅を止める訳では無い。ちょっと目的を変更しただけだ。
彼女も言っていた様に今度はクマンマを探す旅に出るのだ。刮目して見よ。どう見ても旅に変わり無いではないか。
さて読者諸君。これから始まる私のワンダフル・ライフを見て苦汁を飲むがいい。私も遂に青春謳歌組の一人である。
どうだ羨ましかろう。私もそう思う。こういう事が本当に起きても良かろうに、現実とは何故こうも私には無情なのだ。
嗚呼無情。私は喧しい目覚まし時計を止め、再度布団の奥へと身を沈めた。是非とも夢の続きが見たいものである。
- 264 名前: ◆V3wcK4EsJw[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 10:45:39 ID:vfw3l0cQ0
- 終わりです^p^
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