作品投下スレ

316 名前:神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:36:46 ID:wb8UlUy.0
同級生のだれそれが夜になると街へと繰り出し、男の人からお金を受け取り、からだを好きにさせている。
そういう噂を友人から聞いたことがあった。友人も友人から聞いたという、本人に確認もとっていないただの噂。
聞かされたしぃも、そんなにも簡単に自分を売れるものなのか、だとか、他人に裸を見せることは恥ずかしくないのかな、だとか。
そんな程度のことしか感じなかった。大した面識のない相手の噂ほど興味の沸かないものもない。

しぃは駅のシンボルとして置かれている両手を広げた像の前に立って、鞄を抱えて歩く人と点滅する明かりを見ていた。
白い息を手に吹きかけてから、本当に自分が今、その状況に置かれているのか疑問を持ってしまった。
もしかしたら自分だけが何か勘違いをしているのではないか。そう思うことを世界が肯定しているように、街の景色はいつもと同じだ。

(*゚ー゚)(これからわたしは、自分のからだを売ろうとしているのに。それも、家出も兼ねて)

大した心の揺れ動きがあるわけでもなく、大きな変化を見せる日常でもない。
法律を犯すということが、こんなにも簡単なことなのだということが少女には信じられなかった。


しぃの担任や両親が口を酸っぱくして注意する事柄のほとんどは、インターネットと本人の意思の二つが揃えば簡単に飛び越えられた。
いくつかの援助を募るサイトを覗いていき住民のやり取りを見ていき、穏やかな言葉が交わされる掲示板を発見した。
そこにしぃは本名以外の情報を書き込んで、メールアドレスを一緒に貼り付けた。すると、瞬く間に携帯電話が震え始めた。
携帯の画面には信じられないような値段が書かれており、これが自分自身につけられたのかと少し浮ついてしまった。
しぃは送られてきた文面の全てに目を通してから、自分なりに条件をつけて絞り込んでいった。

彼女が選んだサイトは、どちら側からも相手の陥穽にはまったという報告がなく、
円滑な取引が行えるという優良な――少女たちはお金をもらえて、男性たちはトラブルなく行為を行える――サイトだった。
相手側に希望する欄に『出来れば数日間の宿泊をさせていただける方』と書くことも、特に珍しい希望ではなかった。

(*゚ー゚)(自宅から近くもなく遠くもない場所がいいわ。きっと、まじめなわたしが数日間家に帰らないのだから、
     捜索届けが出されるのは間違いないでしょう。だから、すぐに見つからないところがいい)

自分の意思が決まるまでは帰りたくない。だから、出来るだけ外出をしない場所がいい。
だとすると、相手側の家で退屈しないようなものが揃っているといいだろう。

317 名前::神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:37:52 ID:wb8UlUy.0
(*゚ー゚)(一番高い値段をつけてくれた方は怖いわ。嬉しいのだけれど、なにをされるかわからないし。
     これくらいなら、また次回も買える。それくらいの値段を提示しているような方がいいな)

こちら側からの要望を沿えて、値段を上げてみたり下げてみたりして、相手の懐事情を探っていった。
どの程度の値段ならわたしを諦めることをせず、社会の地位を失う覚悟を持ったままで良心的な行為をわたしに向けてくれるのか。

しぃは考える。
決済にあまり長くの時間をかけると良心的な人物――買春をするものの中で――が候補から減っていくのは間違いない。
長く付き合うということはそれだけ執心されてしまっているということだ。執心は面倒に繋がることは明白だ。
少女の思考のふるいにかけられたお客さんのもとにはお断りのメールが送信されていった。

数人の残った人物と幾度かメールのやり取りをして、文面から抱いた印象で一人を選ぼうとしぃは決めた。
予想はしていたが、やはり、それは容易なことではなかった。
所詮は金銭と性欲だけの繋がりなので誰も深い事情を聞くわけがなく、テンプレート通りの文章を受信するだけだった。

仕方がない。そうやってしぃが諦観して適当に選ぼうかとしたとき、一通のメールが届いた。
目星をつけていた人物の一人であったが、彼女を買いたいというメール以来しぃが返信しても一切の反応がなかったものだった。

『返信が遅れてごめんなさい。身の回りが慌しく気がつくまでに時間がかかりました。
 君がこのようなことをすることになった経緯を是非、僕にお伝えください。僕が力になれるかもしれません』

不躾な質問と、安易で軽率な言葉。どれもこれも非行少女の神経を逆撫でする文章であったが、
しぃはこれに心を揺さぶられた。“わたし”を見てくれていると感じたのだ。さらに、それから続いていた言葉が気になったこともあった。

(*゚ー゚)(何か危険なにおいを感じますけれど、きっと、相手方の冗談ですよね)
         ・ ・
『それに、僕は神様なのできっと君のなかのものについての問題を解決できると思います』
しぃは送信相手に身を捧げることを決心して、締めくくりの文面をもう一度眺めた。

318 名前::神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:39:19 ID:wb8UlUy.0
その相手と日時・場所・値段の最終確認をすると、三日間かけたしぃの選考は終了した。
これにて、手続きは完了した。しぃはこの相手に一週間後、からだを売ることになった。学校の終業式が行われる日だった。


それからしぃは、家出と売春の理由を考えてはみたが、特にそれといったものは存在していなかった。

手早く体験することができて、お金も手に入るのだから一石二鳥だ。それにいまどき経験のない娘は笑われてしまう。
体験談を聞く限りでは気持ちのいい行為だとみなが口を揃えて言う。だから、それはきっと素晴らしいことなのだ。
お互いの体温を感じるということがどういうことか、少女はまだ知らない。思春期を迎えてから異性と手を繋いだこともなかった。

いくつかの積み重ねはあれど、それらは今まで変わらずしぃの周りにあったものだ。
けれども、理由は現在と変わらずに揃っていたにも関わらず、不意に売春しようと決意し、なおかつ翌日から登校する義務がなくなる日を指定した。

(*゚ー゚)(親。ともだち。学校の成績。将来。……べつに不満があるってことはないわ。ないわけでもないけれど。
     ……からだを売っていると噂されていた子は、どんな気分でからだを触らせていたんだろう。
     楽しいのかな。寂しいのかな。痛くはないのかしら。本当はからだなんて、売りたくないと思っていたのかも)

約束の時間になったが、まだ相手が現れない。しぃは自分の服装を見下ろし、メールに記載したものと間違いないことを確認する。
白いコート。赤い手袋。黄と黒のチェック柄のマフラー。背負ったリュックサック(しぃの数日分の着替えが入っている)と問題はない。


(,,゚Д゚)「ええと、きみが“C”さん?」

それから十分ほどしてからしぃは声をかけられた。混乱するといけないので本名と同じ発音のネームでサイトに書き込んだのだ。
少女が想像していたよりもずっと若い男性だった。まだ二十代前半であろう彼は灰色の毛糸帽子を被っている。

(,,゚Д゚)「遅れてごめん。怒ったりしてる?」

いえ、大丈夫です。そう答えた彼女の声は少し震えていた。買い取り相手が遅れた十分間の間に
しぃは売春行為の理由を見つけることができていたので相手に対する遅刻の憤りはまったくなく、むしろ感謝すらしているところもあった。

319 名前::神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:40:04 ID:wb8UlUy.0
『禁止してるのは禁止しないと自然と皆がするから。自然と皆がするってことは楽しいからなんだなって。
 と言うことはさ、法律の本って実はすごい娯楽の指南書ってことになるなぁって。』

昔、読んだ小説の登場人物の一人がそんな台詞を主人公へと向けて言っていた。
破ってはいけないものだと定められている法律を反対に解釈することによって、自らの楽しみにしてしまうのだ。
過去のしぃはなんて有害な図書なんだろう。誰が共感するのだろうと小首を傾げた。しかし、今はそれがわかる気がしていた。

『大人が咎めるいやらしい事は、きっと楽しいことだよ。』その言葉が、しぃの胸にそっと埋まっていた。


男は“ギコ”と名乗ると足早に歩き始めた。しぃも横に並び足を動かしたが、会話は一切無かった。
この街にあるラブホテルへとは向かっておらず、不安に思っていると大型バイクの前でギコが立ち止まった。

(,,゚Д゚)「はい、ヘルメット。念のため、フルフェイスのほうがいいよね。
     本当は電車で行きたいんだけどさ、駅構内で目撃されたら面倒だから。“C”さん、数日間帰らないんでしょ?」
(*゚ー゚)「あ、その、はい。その通りです」
(,,゚Д゚)「それじゃあ、数日間は好きにさせてもらおうかな。           ・ ・ ・
     大丈夫だよ。退屈しないように、色んな事をおしえてあげるからさ。色んなことをね。
     自己紹介の項目に書いてたけど、小説とか漫画とか読んだりするんでしょ? じゃあ絶対退屈しないよ」

ギコがヘルメットを被りバイクに跨ると、しぃにからだを密着させるよう言った。
腕を回す。「もっと強く」とギコが言ったので、思い切り抱きついた。自分の胸や腰を背中に押し付けると、体温を感じる。

(*゚ー゚)(気持ちいい。なんだかどきどきするわ。ああ、きっと、楽しいことが私を待っている。
     ああ、そうか。誰かに必要とされたことがないわたしは、自分がいてもいなくても同じものだと思っているから、
     依存してもらえるようなことに手を出したんだ。相手の体温を、わたしは知りたかったのかな)

320 名前::神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:43:56 ID:wb8UlUy.0
それから、二週間が経過した。“数日間”と約束していたのだが、しぃがギコの家から出ることを拒んだのだ。
一週間程度ならばギコは困ったように笑い「仕方ないな」と言っていたが、とうとう十四日目に懇願されてしまい、追い出される形となった。
その際に少女は連絡先のメモを受け取った。自分の中の熱が抑えられなくなったときはここに連絡しろとギコが手渡したものだった。

(*゚ー゚)(なんて素晴らしいことを教わったんだろう。わたしの中のやり場の無い全てを昇華する方法があるなんて)

朝方にギコの家を出て電車を乗り継ぎ、自宅へと戻ったのは昼過ぎだった。
扉を開けて帰宅の挨拶をすると、両親が騒がしい音をたてながら玄関へと登場すると、憔悴しきった表情をくしゃくしゃにして彼女を抱きしめた。
腕に籠められた力は強く、しぃはここでも“わたし”を見つけることができた。
そして、リビングで説教されている間にしぃは色々なことを考えた。不明瞭だった未来が薄く輪郭を持った気がした。

両親の安堵と激憤の入り混じった説教が終わった。最後に娘の心中を探るような媚びた声が付け足されたが、しぃの耳には何も入っていなかった。
すぐに自室へと戻り、パソコンをつけるとギコから貰ったメモを眺めた。長い英数字が並んでいるそれを、アドレスバーへと打ち込んでいく。
一文字ずつ、間違えたりしないようにゆっくりと。打ち終えてからエンターキーを押すと、ページが切り替わった。

(*゚ー゚)(すごい)

ギコは本当に人々から神と呼ばれる存在だった。
美麗な絵をインターネット上にアップロードしたり、一部の人々にとてつもなく評価されている自身の小説をアニメーションにして動画サイトに投稿したり、
お気に入りの小説の一部を漫画化してみたり、大型掲示板で雑談しているものの想像を絵に描き起こしたりするのだ。
たった一人でそれを行っているというのだから、作業量は想像もつかなかった。本当に彼を知るもの以外は、複数人で活動していると思われていた。
その貴重な時間を割き、二週間をしぃのために使っていたのだ。            カラダ
神の慧眼でしぃの才能を見出したのか、興味本位で援助交際をしようとする彼女に“自分”の使い方を伝えてやりたかったのか、
それともただの気まぐれか――……。何にせよ、しぃはギコへと感謝していた。

家についてからも、しぃがギコに性的な行為をされることは一切なかった。ただ、自分の妄想をかたちにする方法を教わっただけだった。
当然、技量はまだまだ素人の域を抜け出してはいなく、未熟だらけであったが、しぃは完全に創作の虜となっていた。
しかし、一番大切な欲求だけが今は尽きる様子を微塵も見せず、彼女の中で轟々と唸りを上げていた。彼女の中にも、幼い神が宿り始めていた。

彼女の捜索は、彼女の創作の中で完結したのだ。

321 名前::神様の住んでいるところ。 ◆VNmiYt.NVg:2011/10/29(土) 15:44:48 ID:wb8UlUy.0
神様の住んでいるところ。終わり
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