作品投下スレ

324 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:20:09 ID:9QWO1A820
視点( ^ω^)
素直空、という先輩を一言で表現するならば、変人という言葉が一番しっくり来るだろう。
外見だけならば、容姿端麗、明眸皓歯という言葉がぴたりと当てはまるのに、いざその行動を抜き出してみれば、変わり者、風狂といった言葉しか当てはまらなくなる。

最初に僕、内藤ホライゾン、が彼女を見たのは、中学校の入学式での部活紹介の時だ。
部活紹介が中盤にさしかかり、その長さに船を漕ぐものも多く出て来る中、数学部の部長である彼女は現れた。

あの時の部活紹介は今でも伝説になっている。
何と、持ち時間の10分間をまるまる円周率の暗唱にあてたのだ。
そして、その後に、親指をぐっとたて

 川 ゚ -゚)「数学は楽しいぞ」

と無表情に言い残し、背筋をピンと伸ばして、すたすたとステージの袖に消えて行ってしまったのだ。

皆が、なんだったんだ今のは、とざわめく中、僕はひっそりと数学部に入る事を決意した。

要するに、彼女に惹かれてしまったのだ。
そして、その彼女を虜にする数学という物について、興味を持ったのだ。

そんな彼女の尊敬する人間は「単眼の巨人」の名を冠するレオンハルト・オイラーである。
彼の数学者としての姿勢や、その二つ名に親近感を覚える所があるのだろう。

325 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:22:51 ID:9QWO1A820
数学部に入ってからは、幸せな日々の連続だった。
彼女は、使い古された言葉を用いてしまうなら、天才であった。
質問をして、答えが返って来ない試しがなかった。
彼女は、僕の問に対し、全て答を有していた。

僕らは数学書を読み耽っては、喧々諤々と議論しあい、二人だけの知識を共有して増やしていった。
それはまるで、二人だけの秘密を共有しているようで、僕を甘酸っぱい気持ちにさせた。

僕は、彼女が難問を考えている時の顔が、とても好きだった。
目は限界まで見開かれ、歯はギシギシという音が聞こえそうな位噛み合わされ、シャーペンを持たない左の掌に顔はギリギリと締め付けられている。
一般的には、醜いと評されるかもしれないが、僕は、それは深く思索する者にしか得られない印の様なものだと思っている。

高校生になって、僕らは一緒に数学オリンピックに挑戦した。
クー先輩ならば、一年生の段階で出場出来る位の力はあったのだが、それをしていなかった。
僕が高校生に上がるまで待っててくれたのだ。
僕ら二人は、予選である日本数学オリンピックを経て、無事出場資格を勝ち取った。

この年の国際数学オリンピックは、偶然にもオイラーの生誕地でもあるスイスだった。
彼女の興奮振りといったらなかった。
バーゼル空港に着き、飛行機を降りた瞬間、彼女はその笑みを隠そうともせず僕に叫んだ。

 川 ゚ -゚)「見ろ!ブーン!この国でオイラーは生まれたんだ!私は今、彼と同じ国の地を踏んでいる!幸せ過ぎて、身体がはちきれそうだ!」

興奮しすぎて、何でもない所でこけてしまったり、柱に頭をぶつけたりしていた。
最近はこういった事は少なかったのだがな、と彼女はそれでも楽しそうに笑っていた。

そのハイテンションのまま臨んだのが良かったのか、彼女は満点を取り、金メダル(上位1/12に与えられる)を獲得した。
結果が分かった時、彼女は僕を激しく抱きしめた。嬉しさのあまり、彼女は感極まって泣いてしまっていた。
僕はというと、残念ながら銅メダルだった(上位3/12〜6/12に与えられる)のだが。

326 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:25:23 ID:9QWO1A820
そんな僕らの関係に転機が訪れたのは、桜が咲き始めた頃、僕が高校二年、彼女が三年の春の事だった。
その日、いつもの様に僕達は部室で数学に勤しんでいた。
ふと、考える顔を上げて、クールに眼をやると、彼女はこちらを微笑んで見守っていた。
その笑顔に、僕は胸が締め付けられ、次の瞬間には言葉が勝手に口をついて出てしまっていた。

( ^ω^)「クールさん」

川 ゚ -゚)「何だ?」

( ^ω^)「好きです、付き合って下さいお」

僕は、この科白を吐いた時、冬の冷たさが残るひいやりとした冷たい風が僕らの間を吹き抜けたのを感じた。
僕の言葉が、僕達の過去を断絶し、関係性を断絶し、そして、未来を変質せしめたのだ。
幾許かの後、彼女は呻く様に、絞り出すように、言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「……私達は220と284だったんだ。48と75になる事は、まだ出来ない」

彼女は、彼女らしい独特な言い回しで僕の想いを退けた。

220と284。異なる2つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなる数。通称、友愛数。
48と75。異なる二つの自然数の組で、1と自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなる数。通称、婚約数。
畢竟、5年の年月を共に過ごしても、僕らは友人だったのだ。

その日から僕達は少しずつ疎遠になり、彼女が部活を引退してからは、もう殆ど話す機会もなくなってしまっていた。

そして、その後から二度と僕達があいまみえる事は無くなってしまった。
僕らは別々の道を進み、そして一度交わった直線は二度と交点を持つ事は無い。

僕が高校三年生になった春、彼女は遠い世界へ旅立ってしまい、そして、そのまま、僕らの世界は断絶されてしまったからだ。

327 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:27:32 ID:9QWO1A820
視点 川 ゚ -゚)
 川 ゚ -゚)「へっくち!へっくち!」

从 ;゚∀从「無表情で可愛いクシャミすんなよ……風邪か?」

 川 ゚ -゚)「いや、誰かが私の噂でもしているのだろう。何者かが、私が死んだようにミスリードさせようとしていたのかもしれん」

ハインリッヒは何を言ってんだコイツ、と怪訝そうな顔でこちらを覗きこんできた。
彼女は、私が所属するマサチューセッツ工科大学の同級生である。
私は彼女にお願いしたい事があり、彼女を呼び出しているのだ。

川 ゚ -゚)「ところでハイン、私は明日から2、3日研究室を休もうかと思っている」

从 ゚∀从「はあ?」

川 ゚ -゚)「行きたい所があるのでな、済まないが教授の方には上手く誤魔化して貰えないか?」

从 ゚∀从「……珍しいな、ま、真面目なお前さんの事だ。何かしら理由があるんだろ?」

彼女は、最初は怪訝そうな顔を浮かべたが、特に理由を聞く訳でも無く、任せとけといった表情で、手をひらひらと振って私を送り出してくれた。
持つべきものは良き友だ。

私は、彼に告白しに帰るのだ。
あの時は、己が人間として成熟してなかったが故に、彼の告白を断ってしまった。
ただ、今なら彼の想いを受け止められる自信がある。
そして、あの時、私の方から断ってしまったのだから、私の方から告白する義務がある。
日本とアメリカ、遠く隔たってしまった世界の距離を埋める為に、私は帰るのだ。
本当ならば、次の帰省の際にでも告白しようと思ったのだが、日に日に募る想いを抑える事は最早出来なかった。

328 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:30:07 ID:9QWO1A820
視点( ^ω^)
そして、彼女は今、墓の前に立っている。

彼女は、僕の死を知ったのだ。

最早、言葉を吐く術を、彼女に触れる術を失った僕の前で、彼女は独白する。
川 ゚ -゚)「私は怖かったのだ。未熟な私と付き合って、その未熟さが後に別れを引き起こさないかが。
それ故に、永久に君との関係性が崩れてしまう事が」

ネズミ色をした雲が、墓地の上を緩やかに覆っていく。
ふと、彼女の頬に雨滴が落ちた。それが、彼女の涙を誘発する。
機能を有さない彼女の右眼からは涙は零れず、左目のみから滴が落ちる。
彼女は生来、尊敬するオイラーと同じ側の眼を盲いでいる。
片目では、距離感が分からない。

川 ゚ -;)「きっと、私は君との距離感を掴めなかったんだ。この眼が君を捉えなかったから」

彼女は僕の墓の前で独白を続ける。
僕の声は、もう届かない。
彼女がアメリカでMITに入学した丁度その日、日本で、交通事故に巻き込まれて死んだ、僕の声は。

川 ゚ -;)「数学はこんな時に無力だ。客観を幾ら積み重ねて、論理を組もうとも、主観を解釈する事が出来ない。最適な行動を選択させてくれない」

川 ゚ -;)「あの時、君の告白に是と答えていれば、過去をこんなに悔いる事は無かったのか?」

彼女の言葉は雨の中に溶け、消えていく。

虚数の様な存在である僕は、その問いに解を与える事は出来なかった。
解は、何処までも何処までも不定だった。

329 名前: ◆AUxJcvIlYA:2011/10/29(土) 16:32:34 ID:9QWO1A820
以上で終わりです!
タイトルは「( ^ω^)川 ゚ -゚)二人の数式のようです」です。
お目汚し失礼いたしました。

戻る

inserted by FC2 system