作品投下スレ

362 名前:パパはここにいる ◆dCGDS5SBr6:2011/10/29(土) 17:40:35 ID:O6.UU3QQ0
この子の父になると決めた。

弟夫婦が死んだ。私のせいで。
トランペット吹きのプロになることが、私の夢だった。両親には反対されたが、私は諦めなかった。
努力すれば夢は叶うと自分自身に言い聞かせ、がむしゃらに取り組んできた。

その結果、夢の実現まで後一歩というところまで迫ることができた。
とある権威ある演奏会に抜擢されたのだ。これを成功させられれば、
プロへの大きな足がかりになることは間違いなかった。

しかし私は緊張のせいか、演奏会当日に著しく体調を悪化させてしまった。
しばらく身体を休めることで手足を動かせるほどには快復したが、そのときにはもう、
演奏会が始まる時刻になっていた。いまから向かっても、間に合わないことは明白だった。
すでにチャンスは失ったのだ。それでも私は諦めきれなかった。
私は弟に電話をかけた。事情を話し、会場まで連れていってくれないかと頼んだ。

弟は家族で出かける予定だったらしい。迎えに来た車の中には、弟の妻と、三歳になったばかりの娘が乗っていた。
家族の時間を削ってまでして、私の頼みを聞き入れてくれたのだ。ありがたい話だ。
だというのに、私は感謝もせず弟を急かし、そして、事故が起こった。弟夫婦は即死だった。
弟の娘はお気に入りのスケッチブックを抱きしめ、「パパ、ママ」とうめいていた。胸に痛みを覚えた。

私と弟は一卵性双生児で、外見だけでは親ですら見分けることができない。
だから私は私を殺し、この子の父、弟者になると決めた。
「パパはここにいる」といって、ふるえる我が娘、クーの小さな手をにぎった。
弱々しい圧力を感じた。

363 名前:パパはここにいる ◆dCGDS5SBr6:2011/10/29(土) 17:41:32 ID:O6.UU3QQ0
弟に成り代わるのは至難の業だった。元来朗らかで人懐こい弟とは違い、私は陰気で、口下手だった。
弟の会社では事故の影響だろうとお目こぼししてもらえたが、それも一月と保たなかった。
言外に、あるいはもっと直接的に、お荷物扱いされた。それでも私は私でないのだから、
辞めるわけにはいかなかった。クビにされないだけ幸運だと考えた。

とはいえそう簡単に割り切れる物でもない。衝動的に叫びたくなる夜もあった。
なによりトランペットにふれたかった。トランペットは私が死んだ日以来、封印した。
私は兄者ではなく弟者なのである。クーの父なのである。欲求を持つこと自体が誤りだった。

ただどうしようもないときだけ、路上で演奏している者を眺めた。
ギター、アコーディオン、そしてトランペットの輝きが、私の耳をかすめた。

その日は最悪だった。同僚の犯した大きなミスを、私に擦り付けられた。
上司は真偽を確かめることもせず「昔のきみなら」と吐き捨てた。私は路上へ向かった。
しかし事故か何かがあったのか、辺りは騒然として、とても演奏など行われそうにない雰囲気だった。
黒い何かを抱えたまま、家へ戻った。

川 ゚ -゚)「展覧会に来て欲しいんだ」

クーはもう高校生になっていた。絵ばかり描いていた少女はいつの間にやら
大人の女性へ片一歩足を踏み入れていたが、絵を描くことだけは変わりなかった。
他人の目を気にしだしたのか最近はマシになったが、中学生の頃までは
絵の具の臭いを撒き散らして平気そうにしていた。「女の子なのだから、もう少し身だしなみに
気を払ってもよさそうなものだけれどなあ」と、余計な心配をすることも多かった。

クーの絵は県内でも有数の評価を受けているらしい。私も一度見たことがある。
二度と見る勇気は湧かなかった。だから今回の誘いも、忙しさを言い訳に断った。
いつもならこれで終わりだった。しかし今日は珍しく、熱心に追いすがってきた。
クーがいうには、今回の展覧会は見識豊かな専門家も訪れる全国規模の展覧会で、
これを契機にプロになる者も少なくないのだという。クーは他にもなにかいいたそうにしていた。が、私はそれを遮り、いった。

364 名前:パパはここにいる ◆dCGDS5SBr6:2011/10/29(土) 17:42:23 ID:O6.UU3QQ0
( ´_ゝ`)「遊びに裂く暇は、ない」

みっともない話だが、私はこのときクーに嫉妬していた。トランペット奏者として
桧舞台に立てなかったのはだれがためか。それは紛れもなく私自身のせいである。しかし理性が理解していようとも、
頭の隅によぎる感情的思考を完全に追い払うことはできなかった。クーは何もいわず、部屋へ帰った。
その翌日、私は倒れて病院に運ばれた。余命は数週間と診断された。

元々私の心臓には爆弾が潜んでいた。だからこそ父と母は心臓に負担のかかる
トランペット奏者になることを反対したのであり、私自身も細心の注意を払って生きてきたのである。

だがそれも、私が私であったときの話だ。医者はなぜこんなになるまで放置していたのかと詰問してきた。
答えは簡単だ。私が弟者だからである。三歳のクーも、叔父の心臓が弱いことは知っていただろう。
痛がる素振りも見せるわけにはいかなかった。見舞いに来たクーを、私はただの過労だといって追い払った。

病院内では妙な出会いがあった。入院患者の中に、路上でトランペットを吹いている青年がいたのだ。
彼も私を覚えていた。私と彼は意気投合し、退院した後でも何度か会って話をした。
彼は大怪我をしていまはトランペットを吹けないそうだが、もうしばらくすれば完治するそうだった。
私は残された時間を無機質な病棟で消費するより、日々の生活に使うことを選んでいた。

('A`)「本当に、娘さんのことを愛しているのですね」

トランペットを吹いていた過去は隠していたから、必然的に話題は限られた。
にしても、私はクーのことばかり話していた。自分でも不思議なくらいに、口を開けば開いただけ、
クーに関するエピソードは沸いてでた。他人の娘の自慢話など聞かされても退屈だろうに、
青年は嫌な顔ひとつせずに耳を傾けてくれた。そのおかげで、私は私自身の気持ちを今一度見つめなおすことができた。

すべてを告白しようと思った。裏切られたと咎められるかもしれない。騙されたと嫌われるかもしれない。
クーの悲しむ姿は見たくない。それでも、偽り続ける方が不誠実だと感じた。
すべてを告白し、そして目を背けず、彼女の絵を真正面から捉えようと思う。展覧会に、行こう。
心から生きたいと願った。その望みは叶わなかった。私の身体は思った以上に脆弱だった。

365 名前:パパはここにいる ◆dCGDS5SBr6:2011/10/29(土) 17:43:16 ID:O6.UU3QQ0
展覧会当日、私は再び倒れた。もう二度と起き上がれないと、すぐにわかった。
クーに再び会うことも、クーの絵を見ることも。病院へと搬送されていく中で私は、
彼女の妨げにならないことだけは助かったと、胸を撫で下ろした。クーはすでに会場にいる。
私が倒れたことは知らない。願わくば、展覧会が終わるまでの間私のことなど忘れ去っていてほしい。
そして才能を認められ、プロになってくれればいい。私の望みはまたも覆された。

病室にクーが現れた。布を被せたキャンバスを持って。
隠れきらずにはみ出した額の豪奢さが、その絵が今日の展覧会で
用いられるはずの物だったことを示していた。

どうして。私の疑問は、クーのそばに立つ人物を見つけたことで氷解した。
そこには、あのトランペット吹きの青年が立っていた。いろいろと、得心いった。
クーが、キャンバスに被せた布を取り払った。

川  - )「おとうさん」

(  _ゝ )「うん」

川  - )「ありがとう」

(  _ゝ )「……うん」

感謝するのは私のほうだ。私の手に、彼女の手が重ねられた。
年月だけの圧力が増していた。

366 名前:パパはここにいる ◆dCGDS5SBr6:2011/10/29(土) 17:44:07 ID:O6.UU3QQ0
父が死に、私は結婚して、娘を産んだ。
トランペットを吹いていた夫も、いまでは会社勤めの社会人をやっている。
五歳になる娘が女の子にしてはやんちゃすぎて不安になるが、おそらくはきっと、
そういう不安も幸福のひとつなのだろう。

幸せだと思う。陽を浴びて生きる毎日の暮らしが、とても愛おしい。

その日夫は酔っ払って帰ってきた。気分よさそうに娘に絡んだ夫は、
冷たくあしらわれると、今度は標的を私に変えた。
聞くに堪えない褒め言葉と甘い言葉の羅列にむずむずしていると、娘が夫の言葉に食いついた。

ノパ听)「おかーさん、絵ー上手だったの?」

夫が得意になって語るものだから、娘はすっかり興味を持って、
見たい見たいとせがみだしてしまった。私は押入れに隠していた作品を引っ張り出し、娘の前に披露した。
娘はしばらくぼーっと眺めてから「もう描かないの?」と視線はそのままにつぶやいた。

川 ゚ー゚)「描きたいことはみんな描いてしまったからね、もういいと思ったんだ。
     でもそうだな、久しぶりに筆を握るのもいいかもしれない。よし、ひとつヒートを描いてやろう」

私は指を立てて、むずがる娘を抱きしめた。
私は家族の絵しか描かない。だから父が死んだとき、もう絵を描くことはないと思った。

けれど、いまは新しい家族がいる。家族は増える。
私はヒートと一緒に、私の描いた最後の絵を見つめた。

トランペットを構えた男性の絵。タイトルは『パパ』。

367 名前:秋だ!5レスだ!名無しさん:2011/10/29(土) 17:44:44 ID:O6.UU3QQ0
以上。ぎっちぎちでごめぬ
次の方どぞー

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