(,,゚Д゚) 狐地蔵のようです
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 15:41:59 ID:b7L6u47g0
セミの声がうるさくて、空は眩むほどに高い。
視線の先で化物みたいな入道雲が、絵の具を塗りたくったみたいにふくらんでいた。
齧ったスイカのしゃくしゃくとした食感、舌先を駆け抜ける爽やかにあまい味を思い出す。
夏休み。
ガキの頃は、それがいつまでも続くような錯覚を覚えていた。
確かに「永遠」の別称だったのだ。
期間の長さでいえばむしろ〝人生の夏休み〟もとい大学生となった現在の方が
ずっと長いはずであるのに、今となっては到底、永遠とは思えなくなっていた。
宝石のようにきらめいて見えた水飛沫。
胸が高鳴った知らない道。
終わりを告げられるようで怖かった夕方の鐘。
世界の全てに掛かっていた魔法はすっかり解けてしまったようで、
満ちていたはずの不可思議はもはや日常と成り果てていた。
- 2 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:42:52 ID:b7L6u47g0
(,,゚Д゚)(つまんねえ人間になったなあ)
そんなふうに俺は──俺たちは、柄にもなくノスタルジックな気分に浸りつつ、
祖母の家までの道を辿っていた。
(*゚ー゚)ノ「なーにをぼうっとしてるのかなっ」
(,,-Д-)「してねぇー」
(*゚ o゚)「ウソだあ。口半開きだったもん」
(;,,゚Д゚)「……マジで?」
(*-ー-)v゛「ウソでーす」
(,,゚Д゚)「ぶっ殺す」
(*^ー^)「ギコくんったら野蛮ー!」
- 3 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:44:14 ID:b7L6u47g0
そう言って隣できゃらきゃらと笑うのは同い年の従姉だ。
相も変わらずあどけない顔立ちで、俺と並んでいると下手すれば妹にも見えかねない。
実に5年ぶりの再会だったけれど、まるでそんな気はしなかった。
互いに、背が伸びたな、とそれぐらい。
……身長差は前よりもずっと、開いていたけれど。
幼いころは八月も終わりのこの時期、毎年二人で祖父母のもとを訪れるのが習慣だった。
それが中学に上がったころから互いに部活動を始め、予定が合いづらくなり、
高校に上がるころにはどちらともなく連絡を取り合うのをやめてしまった。
今年になって久々に会うこととなったのは、去年の暮れに亡くなった祖父のことが大きい。
……数年顔を見ないでいた祖父が突然に亡くなってしまったのは、相当堪えた。
- 4 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:45:34 ID:b7L6u47g0
心筋梗塞だったらしい。
朝、祖母が起こしに行った時には既に布団の中で冷たくなっていたそうだ。
棺の中のすっかり整えられた白い顔は、未だ記憶に新しい。
もっと顔を出してやればよかった。
元気な顔を見せたかったし、見ていたかった──葬儀の間中、そんなことを考えていた。
同時に、せめて祖母には同じ後悔を抱きたくない、とも。
罪悪感、自責の念、自己満足。
そういう自分勝手な思いから従姉に連絡を取ってみたのが事の始まりである。
かくして、互いに八月の終わりが空いていた俺たちは
図らずも遠い昔の習慣をなぞるようにして、祖母のもとを訪れることとなったのだ。
- 5 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:46:23 ID:b7L6u47g0
じゃわじゃわとセミが鳴く。
通っているのは各停しか止まらないローカル線、二時間に1本のバス、
コンビニはおろか民家すら珍しい田舎も田舎。
久々に踏みしめる土の地面はやわらかく、独特の匂いがした。
まあ、辺鄙でこそあれ電波だけはきっちり届くのが現代らしい。
(,,゚Д゚)「なんつーか、やっぱり歩いていくのは無謀だったか……?」
(*-ー-)「私それ、最初に言ったんだけどなー」
(,,゚Д゚)「言ってたなー」
(*゚ー゚)「それでも大丈夫だって、歩けるって、そう言ったの誰ですかー」
(,,-Д-)ノ「俺でーす」
- 6 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:47:07 ID:b7L6u47g0
(*^ー^)「私より先に根を上げたら、向こう3ヶ月はネタにするっ」
(,,゚Д゚)「ほーお、言ってろバーカ」
(*゚ヮ゚)ノ゛「はい野蛮! 野蛮ポイント2になります!!」
(,,゚Д゚)「貯まるとどーなんの」
(*-ー゚)゛「体毛が濃くなる?」
(,,゚Д゚)「地味にいやだな……」
従姉はつばの広い麦わら帽子をかぶり直して、スキップする。
半刻ほど前、祖母宅の最寄駅にて現地集合した俺たちは、その後の向かい方で少々揉めた。
即ち、バスに乗るか、否かである。
- 7 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:48:06 ID:b7L6u47g0
バスで20分ほどの距離。
途中に重たい坂もないのだから、
ここで一時間以上も待つなら歩いて行ったほうが効率的だ、というのが俺の主張。
対して、暑いから歩きたくない、という至極単純にして真っ当であるのが従姉の主張だった。
……結果として歩いていくことになったのは俺がごねたからである。
(,,゚Д゚)『ぶっちゃけ、歩き始めたらすぐだろ』
それが楽観にすぎる言葉であったと、今更ながらに悔やまれた。
……夏の日差しは存外に堪えたのだ。
(*^ー^)「♪」
白いワンピースをくるくると揺らして軽やかに歩く従姉は、
歩くことを提案した俺よりもずっと、この道程を楽しんでいるように見えた。
- 8 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:49:12 ID:b7L6u47g0
そろそろ折り返し地点だろうか、というところで見覚えのある案山子を見つけた。
遠い記憶の中のそれと、同じ案山子が立てられているのに驚く。
さすがに服は薄汚れていたが近くに鳥の姿が見えないあたり、まだまだ現役らしい。
ここから先は隣に山、向かい手に水田がひたすらに続く。
鬱蒼とした濃緑の匂いの横で、健やかに青々とした稲穂が目に涼しい。
(,,゚Д゚)「そういやこのあたりだよな、狐地蔵があったのは」
不意に、記憶の底がちり、と焼かれるような感覚があった。
何か、思い出したくないことを思い返してしまう予感が、口を動かしたような気がした。
(*゚ワ゚)「狐地蔵! 懐かしいなぁ。
たしか、もうちょっと先だよ、あったね、そんなのね」
懐かしがる従姉を横目に、複雑な心境になる。
……俺は昔から、あれが苦手だったのだ。
- 9 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:50:46 ID:b7L6u47g0
(,,゚Д゚)(そう、苦手で、はっきりとそうなるきっかけがあった──)
そもそも狐地蔵とはこの土地特有の文化なのだろう、
各所に点在するそれは、その名の通り狐の姿を模した地蔵のことだった。
伏見稲荷にあるようなシュッとした姿ではなく、
自然の狐が木の根元でくつろぐような丸まった姿をしており、
狐地蔵の前には必ず30センチほどの小さな鳥居が置かれているのが特徴だ。
お供え物をするのにもルールがあって、必ず自然のものをお贈りすること、
即ち煎餅やお料理などといった「ヒトのモノ」をお供えしてはいけないということや、
鳥居の中には決して手を入れないこと(もちろん狐地蔵に触れるのもタブーである)など、
単純ながらも幾つかの禁忌があった。
そのため子供ながらになんとなく畏れるべきもの、
あるいは敬うべきもの、という印象を抱いていたのを覚えている。
- 10 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:52:30 ID:b7L6u47g0
そもそも、この土地では「狐」それ自体が特別な存在なのだ。
水田横の山を治めているのが、ココノオ様という大狐なのだと祖母から何度も話を聞いていた。
ココノオというのも「九つの尾を持つお狐様」という意味からきた名前らしい。
ひとつ引き出しが開くと記憶というのは際限なくあふれ出してくるものらしい。
あの頃はへぇ、と流せていたものまでもがなんとなく、気味悪く感じられる。
俺のしかめた顔は暑さによるそれだと判断されたのか、気にも留めずに従姉は声を弾ませた。
(*゚ー゚)「なんだかわくわくしない?
小学生の頃はさ、狐地蔵なんて特に不思議にも思わなかったけど、
今思えばほかのどこにもないでしょ、こんなの」
(,,゚Д゚)「まあなあ。つーかいまだに、写真でもなんでも、狐を見るとギクッとする。
ばあちゃんと、じいちゃんの刷り込みのたまものだよな」
- 11 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:53:35 ID:b7L6u47g0
(*゚ o゚)゛「わかる! ギクッとね、ほんとにね。
何気なく入ったコンビニのレジがあんまり話したことない、
中学の同級生だったとき、みたいな感じ」
(,,-"Д-)「いやに具体的なたとえだな……」
(*-ー゚)「わかりやすいでしょ?」
(,,゚Д゚)「まあ、わからんでもない。別に嫌いなわけじゃないんだが、
不意に見つけると息が詰まる、あの感じがな」
(*-ー-)「ねー」
(,,゚Д゚)「……一度さ、俺が泣きながら帰ってきたことあったの、覚えてるか?」
(*゚、゚)「んーギコくんが?」
(,,゚Д゚)「おう」
(*゚ヮ゚)゛「──あっわかた、覚えてる、覚えてる!」
(*-ー゚)σ「鐘が鳴って、日が沈んで、なのにビビリのギコくんが全然帰ってこなかった日だ!」
(,,゚Д゚)「ガキのときはな。今はもう違ぇぞ、もうビビリじゃねーぞ」
(*^ー^)ノジ「どうかな~~~~~~!」
(,,-Д-)゛「ばしばし背中を叩くんじゃない」
- 12 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:54:52 ID:b7L6u47g0
(*゚ー゚)ノシ゛「まーーーそね、そだね。覚えてるよ。
全然ギコくんが帰ってこなかった日」
(,,゚Д゚)ノ「いい加減にしろ」
(*>ー<)゛「きゃー」
(*-ー゚)「もう、話が進まないっ!
探しに行ったお父さんが狐地蔵の前でうずくまってるのを見つけてさ、
ちょっとした事件だったやつでしょっ」
_,
(,,-Д-)「いやお前誰のせいだと……あーそう、それだ」
(*-ー-)ノ「迷子になっちゃったんだっけ?」
(,,゚Д゚)「……そういうことに、なってる」
変わらず背を弄っていた従姉が足を止めた。
(*゚ー゚)「違うの?」
- 13 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:55:43 ID:b7L6u47g0
(,,゚Д゚)「……あー」
(,,゚Д゚)「そう、だな。……違う。迷子にはなってない」
言葉を選ぶ。
なんとなく、慎重になっていた。
狐。森。案山子。水田──それから、
(*^ー^)「なんだか、クイズみたいだね?」
従姉が笑う。
当てにいっちゃおうかな、と言うとわざとらしく指を口に添え、
探偵のようなそぶりを始めた。
- 14 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 15:58:09 ID:b7L6u47g0
(*-ー゚)「ええとね……そうです、あの日は晴れていたのです!
おばあちゃんがギコくんにお使いを頼んでいましたね?」
(*゚ ,゚)「えっと、そう、かごに桃を入れてさ、
向こうの家の人んとこ持ってけって言って……じゃないや、言っていましたね!」
(,,゚Д゚)「キャラぶれぶれじゃねーか」
(*゚ー゚)σ゛「なにおう。今の私は名探偵ホームズ、だよっ」
(,,-Д゚)「そりゃワトソンくんもドン引きなこった。っつーか、桃?」
(*゚、゚)「あれ、違ったっけ。
ダンボールいっぱいの桃をもらってさ、そのおすそ分けに行ったんだよ?」
(,,゚Д゚)「桃……そうか、そうだ。違ってない、桃だ」
ごろん、と。
かごから転がり出た桃を、見た、覚えがある。
- 15 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:00:13 ID:b7L6u47g0
(*゚ぺ)「あーんと、私が直接見たのはそのぐらいかなぁ。
あとは日暮れになってもギコくんが帰ってこなくって、大騒ぎになって」
(,,゚Д゚)「次に見たのは帰ってきたときってことか」
(*゚ー゚)ノ「そうそう。あとは、そうねー」
(*-ー-)「おばあちゃんが向こうの家の人に電話をかけてて、
『うちの坊、桃持ってきたか? 』って、そしたら、ギコくん、届けてなかったのね」
(*゚ー゚)「向こうさん、持って来てないって答えたみたい。
そしたらおばあちゃん、『んだら、だいじょぶだ。お前ら安心しろい』なんて言って」
(,,゚Д゚)「俺が帰ってこないとわかって、そんときのことか?」
(*-、-)「うん。こんなこと言うと怒るかな?
私どちらかっていうとギコくんがいなくなっちゃったことより、
そのときのおばあちゃんの様子の方が印象深くってさ」
(,,-Д-)「ばあちゃんの?」
(*-ー゚)ノ「そうよー。あの日はね、ギコくんが出掛けていく背中を窓から見てたのね。
その後もなんとはなしに外を眺めてて──あっ」
(,,゚Д゚)゛「どうしたどうした」
(*゚ー゚)「天気雨が降ったの、あの日」
(,,゚Д゚)「……天気雨?」
頭の奥で、一瞬、火花が散った。
(,,゚Д゚)「……………………は」
- 16 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:01:42 ID:b7L6u47g0
鼻先の地面
狐
無数の影
場面、場面、場面、場面。 ──遠い記憶
なんだよあれ
針金
かご ころ 桃
ん
.
- 17 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:03:31 ID:b7L6u47g0
情景が古い映画のようにキリキリと、入れ代わり立ち代わり頭の中で巡る。
セピア色をした情報の洪水にこめかみが痛んだ。
堪えきれずに、しゃがみ込む。
そ(゚д゚*;)「うええええ!!? ギコくんちょっと、どうしたのっ」
(;,,-Д-)「いや……暑さで、少し、くらっと。そんだけ、大丈夫」
でまかせだ。
暑さがキツいのも確かではあったけれど、こればかりはそうではなかった。
すっかり、思い出して、しまったのだ。
ずっと忘れていたこと……あるいは、見ないふりをしていたことを、嘘のように鮮明に。
あの、悪い冗談のような出来事を。
〝天気雨〟
あの日は確かに嫁入り日和だった──アイツらの、そう、狐の、〝狐の嫁入り〟で。
- 18 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:05:02 ID:b7L6u47g0
足元が覚束無い。
頭の中をスライドし続ける情景のせいで視界のピントがあわず、くらくらした。
従姉が心配げに俺の顔をのぞき込む。
(;*゚ー゚)「ギコくんのおばか。だからバスに乗ろうって言ったのに。
ほら、ね、とりあえず木陰いこ?」
(,,-Д-)「……ん。大丈夫、大丈夫。ただの立ちくらみっぽいし、歩けるからさ」
(*>Д<)「じゃーわかった。私が休みたいの、もう歩けなーい!
休憩、きゅうけーい!!」
(;,,-Д゚)「おま、ほんと……ああもう。ありがとうな、そうしよう」
従妹の言葉をさえぎるように首を振る。汗ばんだ髪が左右に揺れた。
ついと見下ろした水田の畦にイノシシ避けの針金が張ってある。
……そうだ、あの日は、食い入るようにそれを見ていた。
本当に冗談のような出来事だった。
忘れてしまうほどに、封じ込めてしまうほどに、不可解な出来事だったのだ。
- 19 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:05:49 ID:b7L6u47g0
◆
小学生の時分だった。
昼頃、祖母に持たされた桃のかごを抱えて水田横を歩いていた。
あの頃はぼうっと立っている案山子が怖くて、一人で通るときは視界に入れないよう、
必死に畦の電線を見つめていたのを覚えている。
そんな風にして歩いていると、不意に頬が濡れた。
あれっと思って見上げるが空は晴れている。今度はまぶたが濡れた。
ぱちぱちとまばたきをする。天気雨だ、と思った──その直後のこと。
最初に聞こえたのはざわめきだった。
人の声とも動物の声とも付かないそれは、例えるならさざなみのようで、
異様さだけが引き立っていた。
- 20 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:06:40 ID:b7L6u47g0
見回そうと首をひねろうとした途端に体が重たくなり、思わず、地面に突っ伏す。
始めこそ突然のことに驚くばかりで呆然としていたが、
体の自由がきかないことに気が付くと急に怖くなった。
バクバクとうるさい自分の心臓の音ですら怖くて、震えが止まらず、
ガチガチと奥歯が鳴っていた。
そうこうしているうちに始めは遠かったさざ波のようなざわめきは、
がやがやとすぐ近くまで迫っていた。
……恐る恐る視線だけを前に動かす。
確かに、何かの一行が、目の前を歩いている。影が見えたのだ。
たくさんの、うごめくものの、影が。
人ではない、動物でもない、ひらひらと舞う布らしきものの影だけが
やたらとはっきり目に付いた。
- 21 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:07:38 ID:b7L6u47g0
何故だか、「祝いごと」だと直感した。
布の舞うさまは神社の祭事を連想させたし、聞こえていたさざなみのような音(声?)も、
なんというのか「いやな感じ」はしなかったのだ。
(これはきっと、山車をひいているような、ものなんだ。
お祭りだから、〝ごいっこう〟なんだ、きっと)
なかば信じ込むようにそう考えると、通り過ぎるのを待てば大丈夫なのだろうとも思え、
少しばかり安心したのも覚えている。
そうして息をついた、その瞬間だった。
『───?』
影の一部が、目の前で動きを止めた。
- 22 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:09:19 ID:b7L6u47g0
あたり一帯を満たしていたざわめきが一度静まり、自分の頭上を中心にして改めて広がる。
聞き取れはしなかったが、不思議と理解は出来た。……理解できてしまった。
影は言っているのだ。
〝──捧げものはないのか〟と。
再び心臓が早鐘を打つ。
「捧げもの」なんて、そんな言葉は身に馴染みがなく、
たまたま通りかかっただけの自分が当然、用意しているはずも無い。
体は依然として自由がきかず、逃げることも喚くことも叶わなかった。
あまりの恐怖に気が狂いそうになった、その矢先。
- 23 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:10:23 ID:b7L6u47g0
ごろん、と何かが転がった。
.
- 24 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:12:20 ID:b7L6u47g0
はっとして視線を横に動かすと、かごが倒れている。こぼれ出ているのは桃だ。
祖母に頼まれた、お使いの桃。──咄嗟に祈った。
(あげます、あげます、捧げます。その桃を、おれ、俺はっ捧げます)
震えからか言葉は声にならず、けれどもそのまま何度も何度も頭の中で繰り返した。
喉からひゅうひゅうと息が漏れるのが、どうしようもなく恐ろしかった。
お願いだからこれを持って去って欲しい。
はやく、はやく、解放してほしい。
一秒でも早く立ち去って欲しい。ただ、そう願った。
……そのうちにくらりと視界が暗転し、気が付いたときには既に、祖母の家の中だった。
◆
- 25 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:13:48 ID:b7L6u47g0
(,,゚Д゚)「さっきの話なんだけどさ」
(*゚ー゚)「さっきのというと」
(,,-Д-)「俺が帰ってこなかった日の話」
(*-ー゚)「天気雨の日の話?」
(,,゚Д゚)ノ「そうそう。〝狐の嫁入り〟の話」
(*>ー<)「きゃー」
結局、従姉の優しさに甘え(休憩したいのも本音ではあったのだろうが)、
二人して木陰で涼んでいた。
さわさわと風に木の葉が鳴る。
日差しこそ強烈なものの空気はさらりとしていて、
こうして木陰にさえ入っていれば、うんざりするほどの暑さはかなり軽減されていた。
- 26 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:14:20 ID:b7L6u47g0
(*゚ー゚)ノ「狐の、ね。たしかにそうとも言うねーお天気雨!」
(,,゚Д゚)「しぃお前さっき、クイズみたいだと言ったろ。……多分、それが答えだな」
(*-ー゚)「へぇ? 狐の嫁入りに顔出しましたって、ことかなー」
(,,-Д-)「ああ。今思えばっつー話だけど」
(*^ー^)「あははっ歯切れ悪い!
その調子だと、あながち冗談でもなさそう」
(,,゚Д゚)「冗談みたいな体験ではあったがな」
(*゚ー゚)「ふうん」
そろそろ行くか、と俺が言うと、従妹は名残惜しそうに立ち上がった。
相変わらず土の匂いが鼻につく。生乾きのような、独特の匂い。
しばらくも歩かないうちに狐地蔵が見えてきた。供え物がしてある。
野菜に果物とお馴染みのレパートリーで、
習慣は続けられているのだなあとしみじみ思い、はっとした。
- 27 名前: ◆KKzKbW5AGM[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 16:15:55 ID:b7L6u47g0
供えられている幾つもの果物。
その中の「桃」に、それだけに、噛り付いたような跡がくっきりと残っていた。
……ふと、先ほどから香っている土の匂いが、雨が上がったときのそれに
よく似ていることに気が付いた。
空は晴れている、けれど、この土の匂いは。
(*゚ー゚)「どうしたの、顔を青くして」
(,,゚Д゚)「……今日って、雨、降ってたっけか」
従妹はさあ、と首をひねった。
あるいは今日も、「狐の嫁入り」が執り行われたのだろうか。
終わり
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