最期に与えられた1秒間達のようです
- 1 名前: ◆ClQdFJYDPw 投稿日:2017/08/21(月) 22:27:50 ID:nKiD0gBk0
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世界の終末。
古今東西、様々な人間が予言と予測を繰り返し、
ハズレ続けたそれは、いつしかゴシップのような娯楽に成り果てた。
いずれ来るだろう。
しかし、遠い未来のことだろう。
漠然とそう考える者。
明日にでも滅べばいい。
一人きりで死ぬのは寂しいが、
皆で終われるのならば最高だ。
薄暗く笑いながら願う者。
たった七日間で作られたこの世界に、
十人十色、様々な人間が、
傷つけ、傷つけられ、愚かな行いを繰り返しながら、
それでも愛と情を持って生きている。
しかし、神様とやらは、ようやく気づいたようだった。
厨二病患者が嬉々として語っていそうな、
馬鹿げているような事実に。
――この世界は失敗作であった、と。
だが神は慈悲深く、思慮深い。
自身の失敗を受け入れ、
被害者である世界中の生き物達へ最期の奇跡を与えてくれるほどには。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:29:51 ID:nKiD0gBk0
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7月14日11:10:01 素直ヒート
いつもと同じ朝。
同じ空気。
変わらぬ人々。
とある研究所に所属し、
営業部として日々活動しているヒートの生活は、
昨日、一昨日と同じ行動の繰り返しだった。
ノパ⊿゚)「あっついなぁ」
さんさんと降り注ぐ太陽光は強烈で、
日焼け止めをたっぷり塗っているはずの彼女の身体ですら、
じりじりと皮膚が焼けていっているような気がした。
ノパ⊿゚)「アタシもなー。
もう少し頭が良けりゃ、
クーラーのあるところで働いてる連中と一緒に……って、
ちょっとやそこらじゃ足りないか」
誰に聞かせるでもなく、
ぶつぶつと呟きながら足を進めていく。
何処かに苛立ちをぶつけなければやってられない気温だ。
周囲の人間も女の独り言を気にかける余裕すらないらしく、
早足で目的地へ向かう者ばかり。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:30:56 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「うちのヤツラってみーんな頭おかしいくらい賢いからな……」
彼女が所属している研究所は、
新エネルギーの開発及び、
地震等自然災害対策を研究している。
胡散臭いといわれてしまうかもしれないが、
皆、知識に対する欲求が大きすぎるだけで、
それを除けば生真面目で気の良い連中だ。
ヒートは彼らの研究成果を企業に売り込み、
次の研究費を得るためのスポンサー探しに従事している。
ノパー゚)「でも、アタシがいないと始まんないしな!
今日の営業が終わったら研究所に顔出して、
あまーいアイスでも奢らせよっと」
欲求と情熱だけで研究はできない。
世の中、金だけではないというが、
金が無ければどうにもならないことの方が多いのが現実。
研究所の面々もそれを良く理解しているため、
彼女のことを下に見ることなく扱ってくれている。
近頃では、婚期が遅れている、人口維持のためにも結婚を、と、
余計なお節介を焼いてくる者もいるほどだ。
ノパ⊿゚)「――ん?」
仕事終わりを思い、
汗を拭ったところで、彼女は首を傾げることとなった。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:31:57 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「止まって、る?」
しん、とした世界。
聞こえてくるのは、自身の鼓動と身じろぎの音だけ。
車の音も、人々の声も、風の音も。
全て消えていた。
否、全てが止まっている。
ノハ;゚⊿゚)「何だ、これ」
数歩先を行くサラリーマンは
片足をわずかに浮かせた体勢のまま硬直しており、
その隣を駆け抜けようとしていたであろう少女は、
あろうことか地面からほんの少しではあるが、浮遊した状態で静止していた。
ヒートの知る物理法則が全て無視されている状態だ。
夢か、暑さによる幻覚か。
どちらかでなければ説明がつかない。
ノハ;゚⊿゚)「あれか? ふ、フラッシュモブ!」
ドッキリ番組等で見かけるようになった行為。
今、自分はカメラに撮られており、
反応を確認されているのではないか。
その願いを込めて声を張り上げる。
だが、わかっていた。
それは、ありえないことだと。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:32:42 ID:nKiD0gBk0
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ひとしきり声を上げ、
周囲で硬直している人々に触れて回る。
体感としては数分。
それだけの時間をかけ、
ようやく彼女は納得のいく答えを得ることができた。
ノパ⊿゚)「……神の慈悲、か」
天を見上げる。
太陽の輝きは変わらず眩しいというのに、
感じられる熱量は先ほどよりも少ない。
冬に比べればいささか色が薄い青空も、
動きの止まった雲に彩られ、何処か寂しげだ。
ノパワ゚)「ふふ、世界の終末か」
ヒートは両腕を広げ、
胸いっぱいに空気を吸い込む。
落ち着いてみれば、何と簡単なことだったのだろうか。
全ては本能か、古来から受け継がれてきた遺伝子かがちゃんと教えてくれていた。
ノパワ゚)「何をしようかな!」
これは世界が終わる前、生きとし生けるもの全てに与えられた、
長い長い1秒間だ。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:33:21 ID:nKiD0gBk0
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自分以外、動くモノが見えない世界は、
神様から与えられた最後のプレゼントだ。
ノパ⊿゚)「とりあえず、歩くか」
研究所に戻る、という選択肢はなかった。
そこまで社畜根性に溢れていたわけではないし、
自身が戻ったところで何もできない、とわかっていたからだ。
ならば、せっかく与えられた長い時間。
好き勝手に使わなければ勿体無いというもの。
ノパ⊿゚)「もう日焼けも気にしなくていいんだなぁ」
太陽の光を思う存分に浴びながら、
ヒートはパンプスの踵を鳴らし、歩く。
今まではシミ予防だ、アンチエイジングだと、
日光に多大なる気を使っていたのだが、
世界の終わりとなればそんなことを心配する必要はない。
小学生のように何も考えず、
刺すような日差しの下で転げまわることができるというものだ。
ノパ⊿゚)「静かだなぁ」
目的地は特に無い。
ただただ、真っ直ぐに歩く。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:35:04 ID:nKiD0gBk0
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かつて、ヒートは陸上部に所属していた。
自身の足のみを使い、何処までも駆けてゆく。
その感覚がたまらなく好きだった。
ノパ⊿゚)「あー、あのクレープ屋、いつか行こうと思ってたのにな」
笑顔の店員と、照れくさそうな男子高校生。
どちらも時が止まっている。
ノハ;゚⊿゚)「前から狙ってたワンピースのセールしてる!
うっそー、もうちょっと早く教えてほしかった……」
ワインレッドのワンピースが展示されたショーケースは、
営業でこの辺りを通るたびにチェックしていた。
普段はスカートの類をはかない彼女なのだが、
値引きの文字が書かれたそのワンピースだけは、
いつかゲットしようと目論んでいたものだ。
ノパ⊿゚)「新しい店?
あ、ジュエリーショップか」
結婚、婚約指輪も取り扱っています、と書かれた看板に、
ヒートは小さくため息をつく。
学生時代、モテなかったわけではないけれど、
結婚を考えるほどのお付き合いをした男は今のところいない。
まだまだ先があると考えていたのだが、
世界が終わってしまうのなら、もう少し真剣に婚活をしておくべきだったか、と思ってしまう。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:36:25 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「まだ知ってる風景か」
見知った大通りを抜けたが、
広がっている風景はまだ見覚えのあるものばかり。
もう少し行けばスーパーがあるということだってわかってしまう。
ノパ⊿゚)「何処まで行けるのかわからんが、
行けるところまでは行こうか」
幸い、体力には自信がある。
問題なのは長い1秒がいつまで続いてくれるのか、という点だが、
そこに関しては悩んだところでしかたがないと割り切ることにした。
ノパ⊿゚)「鳥や犬も止まってるのか。
よし、ちょっと撫でてやろう」
散歩中のゴールデンレトリバーに近づき、
ふわふわの毛を軽く撫でてやる。
時が止まっている中でも、
生き物の体温や柔らかさというのはしっかりと残っており、
アニマルセラピーというものの存在を再認識させてくれた。
ノハ*゚⊿゚)「マンションだったからなー!
飼えなかったものなー!」
他人様の犬を撫で回す女、というのは、
傍から見れば通報案件だろう。
しかし、今のヒートに怖いものはない。
時が止まっている中、
自分以外の目など存在していないのだから。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:37:56 ID:nKiD0gBk0
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ノハ*゚⊿゚)「ふう、満足した。
ありがとうね、ワンちゃん」
満足のゆくまで撫で回したヒートは、
最後に優しく頭を叩いてから立ち上がる。
ノハ*゚⊿゚)「人目がないってサイッコー!」
改めて自分以外に動いている人間が見えない、という利点に気づき、
ヒートは両腕を高々と上げた。
いい歳だから、社会人だから、ルールだから、と、
知らず知らずのうちに押し殺していた欲望が今、
自分だけの世界、という状況下で爆発してゆく。
ノハ*゚⊿゚)「こんなもの、いーらないっ!」
上がったテンションのまま叫ぶと同時に、
彼女は肩から提げていたショルダーバックを放り投げる。
ノハ*゚⊿゚)「あんなもの持ってたら、
遠くまで行けないもんねー!」
軽くなった肩をまわしながら、
再び彼女は足を前へ踏み出す。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:39:20 ID:nKiD0gBk0
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やや後方にて、鞄の落ちる音が聞こえた。
中には手帳やスマートフォンといった仕事道具から、
化粧ポーチや財布といった私物まで、様々な物が入っている。
地面に落ちたそれらは、大切なものであったはずだ。
しかし、その「大切」というのは、
明日があるからこそのものでしかなかった。
ノパ⊿゚)「さて、見知らぬ場所へレッツ、ゴー!」
身軽になったのは体だけではない。
未だ、かすかに縛られていた心が自由になったのだ。
ノハ*゚⊿゚)「あのくっもはなっぜ~わったしをまってるの~」
外聞を気にしなくてもいいというのは気楽なもので、
ヒートは勢いよく腕を振り、懐かしの歌を口ずさむほど上機嫌だった。
ノパ⊿゚)「世界はひろぉい!」
唐突に叫び、彼女は走り出す。
昔とった杵柄と言わんばかりにフォームは美しいが、
速度は過去を大きく下回る。
ノパ⊿゚)「まだまだ先がある!」
息を弾ませ、駆け足から早足に。
そして徒歩に変わっていってもなお、彼女の足が完全に止まることはない。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:41:00 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「こんな広い世界を歩いて回った人間がいるなんて、
今、改めてその凄さを認識するな!」
衛星もネットも車もない。
現代科学の無い時代に、
歩みによって正確な地図が作られたなど、
到底信じられない気持ちで一杯だ。
長い1秒が始まってからそれなりに時間が経っているが、
ヒートはようやく、ここは何処だろう、と思える場所までやってきたところだ。
先は長く、果てしない。
自分の住んでいる土地ですら、
あまりに広大で、地図を作るのに難儀するころseou。
ノパ⊿゚)「先人に負けないよう、
アタシも頑張るとするか!」
残された時間が如何ほどかはわからないが、
今の彼女にとって、
歩みを進めることよりも大切なことは存在していない。
目的はない。
強いていうのであれば、
手段こそが目的だ。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:42:21 ID:nKiD0gBk0
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歩く。
駆ける。
また歩く。
時々は空を見て、
周囲の様子に悪戯気な笑みを浮かべ、
流れを止めた水に感動を覚える。
ノパ⊿゚)「普段はあまり行かない方向に来たのは正解だったな」
コツコツとアスファルトを叩いていたパンプスも、
今ではさくさくと土を削る音を作り出すのに尽力していた。
大勢の人々に溢れていた場所から、
どれだけ離れてきたのだろうか。
周囲には木々があり、花があり、水がある。
暑苦しいアスファルトはすっかり消え、
地面と石畳が混在した道になっていた。
ノパ⊿゚)「綺麗な水……」
自然が多いとはいえ、
括りとしては都会に入るだろう場所だというのに、
時間が進んでいる間であれば流れていたであろう水は透明に澄んでいた。
魚の姿は見えないが、
川の底にある石ころはよく見える。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:44:13 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「そうだ!」
思いつくと同時にヒートは足を止め、
柔らかな足を包み込んでくれていたパンプスを脱ぎ捨てる。
ノパ⊿ )「……ちょっとだけ、誰もいないし」
一瞬だけためらったが、
周囲にいる生物が全て静止していることを確認し、
スラックスに手をかけた。
ノハ>⊿ )「えいっ!」
掛け声と共に彼女はスラックスを下ろす。
通常時であれば痴女として通報されてしかるべき行為だが、
この場にそれを行う者はいない。
下半身の肌色と桃色を見せ付ける形となった彼女は、
すぐさまストッキングを脱ぎ捨て、
再びスラックスに足を通す。
ノパ⊿゚)「よし、後は裾を折って……」
膝下あたりまで折れば、
短パンスタイルの出来上がりだ。
脱ぎたてのストッキングは景観を壊すゴミとなってもらう。
鞄を捨ててしまったため、
持ち歩くことができないのだから仕方のないことだ、とヒートは心中で言い訳をする。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:45:32 ID:nKiD0gBk0
-
ノパ⊿゚)「おぉ、冷たい……」
流れの止まった川に足を浸せば、
ひんやりとした感覚がじんわりと足に付きまとう。
流れはすっかり止まっているというのに、
水桶やプールに溜められた水とは明らかに違う感覚がした。
ノハ*゚⊿゚)「このまま上流まで行くのもいいな」
ヒートが足を動かせば、
水はざぶざぶと音をたてる。
殆どの音が消えてしまった中で聞く水の音は、
とても心地が良く、いつまでも聞いていられそうだ。
ノハ;゚⊿゚)「水の中って結構、滑るんだな。
気をつけないと……。
浅い川でも死ぬときは死ぬらしいし」
どのみち長くない命。
つまらない死に方をするよりかは、
世界の終わりとやらを向かえて死ぬほうが有意義だろう。
ノパ⊿゚)「それにしても気持ち良いな。
この感覚を知らないまま死ぬところだったと思うと、
短くも長いこの時間を与えてくれた神に感謝せねば」
もしも、時間が止まることなく世界の終末を知ったならば。
こんな風にのんびりと歩くことはできなかっただろう。
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:46:38 ID:nKiD0gBk0
-
周囲に流され、感情は連鎖し、
暴動と混乱の渦に巻き込まれ、
恐怖と絶望に満ちて終わりを迎えたに違いない。
一人っきりであるからこそ、
気持ちを整理することができ、
自身の正直な欲と向き合うことができた。
ノパ⊿゚)「もしかすると、この辺りは夏になれば蛍が見れたりしたのだろうか」
綺麗な水がなければ生きていけないと言われているあの虫も、
この場所でならばきっとのびのびと生を謳歌することができただろう。
求愛のために光り輝く彼らの姿を一度しっかりと見ておけばよかった。
小さな後悔がヒートの中に生まれる。
都会で生まれ、育った彼女は、
その光景を見ることを初めから諦めてしまっていたのだ。
ノハ;-⊿-)「灯台下暗し……!」
しっかりと情報収集をしていれば、
すぐにだって気づけたはずだというのに。
せっかくの情報社会も、
求める側の人間が下手ではどうにもならない。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:47:31 ID:nKiD0gBk0
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ノパ⊿゚)「しかぁし! アタシは後悔を引きずらない!」
気合を入れるかのような雄たけびと共に、
彼女は水の中をひた走る。
足元に気をつけて、と思った矢先ではあったが、
それをつっこむ者もいないのでどうでもいいことだった。
ノハ*゚⊿゚)「ない未来にも! 戻れぬ過去にも!
アタシは縛られたりしないんだ!」
スライディングをする要領で浅い川に滑り込む。
柔らかくなったとはいえ、強い熱量をもっている日差しによって
焼かれていた頭皮に冷ややかな水が染みこんでゆく。
顔も水で濡れ、今朝も早くから起きて施した化粧が中途半端に落ちてしまっていた。
薄めの化粧をしている彼女なので、
化け物のような風貌になることこそ避けられたものの、
決して良い見栄えとは言いがたい姿だ。
ノハ*^⊿^)「化粧なんていらない!
大体からして、何でしなきゃマナー違反とか言われるんだ。
毎朝毎朝、そんなのに時間かけるなら寝てたかったんだよなー!」
水の中に座り込み、
ヒートは声を上げて笑う。
静かな世界の中、彼女の声だけが響き、広がってゆく。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:48:05 ID:nKiD0gBk0
-
ノパ⊿゚)「さあ、また歩かないと」
濡れた身体を持ち上げて、
彼女は名残惜しそうに川を出る。
上流まではまだ遠いが、
少しずつ水が深まっているので、
これ以上、徒歩で進み続けるのは危険だろう、と判断したのだ。
ノパ⊿゚)「あ、パンプス置いてきちゃった」
水辺で服の裾を絞りながらぽつりと呟く。
遥か後方にパンプスを放り出したまま、ここまできてしまった。
ノパ⊿゚)「んー、でもいっか」
どのみち、頭のてっぺんからつま先まで水浸しなのだ。
靴を履いたとしても不快感を得るだけの結果になるのは目に見えている。
ノパ⊿゚)「この辺りの地面なら裸足でも大丈夫だろ」
アスファルトと違い、
砂利はそれほど熱を溜め込まない。
小石が足の裏に食い込むことはあるだろうけれど、
進む意思を妨害することはないはずだ。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:49:05 ID:nKiD0gBk0
-
軽く服から水気を搾り取り、
さして自慢する質ではない長い髪を振り、水滴を飛ばす。
多少は水の重さから逃れられたような気もするが、
髪から頬を伝い、顎から滴っていく雫は止まらないし、
肌にぺたりと張り付く服はわずらわしい。
ノパ⊿゚)「着衣水泳の後を思い出すなぁ」
止まった世界では風も存在しておらず、
水分が蒸発していくこともない。
なのに太陽の熱だけは的確にヒートを刺すのだから、
理不尽としか言いようがないだろう。
ノパ⊿゚)「プールの後の授業は眠くて眠くて、
窓から入ってくる風の生暖かさだって、
濡れたばかりのアタシ達には丁度良い具合で」
遠い過去、というには彼女はまだ若いけれど、
それでも戻れぬ、愛おしい過去であることには違いない。
ノハ-⊿-)「風とまざる塩素の匂いのせいで、
まだ水の中にいるような不思議な感覚にさせてくれてたっけ。
それで、先生の声を子守唄にしたんだ」
セミの鳴き声。誰かが持ち込んだ風鈴の音。
黒板を叩くチョークの音とかすかに香る汗の匂い。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:49:52 ID:nKiD0gBk0
-
何気ない日常を惜しむ気持ちは確かにあって、
けれども、忙しい日々の中で忘却されていってしまう些細な思い出。
世界が終わる前に、それをもう一度蘇らせることができた。
それだけで、ここまで歩き続けてきた価値がある。
ノパ⊿゚)「アタシはどこまで行けるんだろう」
何処までも行ける気がしていた。
何にだってなれると思っていた。
あの、少年少女時代。
いつの頃からか、自分の限界を知り、
無茶をやめ、夢を捨ててしまった。
開けすぎた未来はあまりにも恐ろしくて、
自分の力では太刀打ちできない化け物のように思えてならなかったのだ。
皮肉なことだが、
世界が終わると知り、
未来が極端に狭まってしまったことで、
ヒートは無限にも似たあの、根拠のない自信と夢を取り戻しつつあった。
ノパ⊿゚)「この、小さな一歩が」
進むための足は、歩幅を大きくとる。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:50:33 ID:nKiD0gBk0
-
ノハ*゚⊿゚)「何処まで続くのかな」
鋭い石が彼女の足をわずかに傷つけた。
ノハ*^⊿^)「きっと、何処までも、続くんだろうなぁ」
自然とヒートの歩みは速くなる。
心臓の高鳴りと、進みたいという意志が足に伝わり、
痛みも疲れも吹き飛ばしてくれた。
ノパ⊿゚)「小学生の頃は、タイムを縮めるために裸足で走ったっけ」
また一つ、過去が浮かび上がる。
思い出は連鎖的に再生され、
彼女の気持ちを昂ぶらせていく。
ノパ⊿゚)「男子にだって負けたことがなかった」
自慢の足は、今も同年代の子と比べて細く、
温泉や海水浴に行くたび、羨ましがられている。
ノハ*゚⊿゚)「真っ直ぐ! 真っ直ぐ走ることに関しては、
アタシは誰よりも得意で、自信があった!」
足は止まらない。
民家の脇を通り、無人販売所を過ぎ、
しばらく進めばまた都会然とした風景が見えてくる。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:51:15 ID:nKiD0gBk0
-
真っ直ぐ進んできたつもりではあったのだが、
行き止まり等があれば曲がらざるを得ず、
浸かっていた川からはずいぶんと離れてしまっていた。
ノパ⊿゚)「またアスファルトか。
裸足で歩けるかな」
不安げな言葉ではあるが、
彼女の足取りだけは迷いがない。
小石やガラス片によって傷だらけになってしまった足だが、
今更、痛み程度で座り込むわけにはいかないのだ。
ノパ⊿゚)「この辺りは知らない場所だな。
名前くらいは聞いたことがあるけど」
歩いて、歩いて。
ようやくたどり着いた場所だというのに、
雑談の中で名前くらいは聞いたことのある場所に来てしまった。
先ほどまでの道のりは見ず知らず、といった所だったので、
世界というのは狭いのか広いのか判断に悩んでしまう。
ノパ⊿゚)「美味しいコロッケ屋があるんだっけ? 確か」
ぺたり、ぺたり、とアスファルトを行く。
ヒートが通った後には水滴と、わずかな血が染み付いていた。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:51:47 ID:nKiD0gBk0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
世界は思い出したかのようにざわめきだす。
人々の声、セミの鳴き声、車の音、足音、風の音。
正面から吹き込んできた風にヒートの髪がなびく。
水滴がぱらぱらと勢いよく地面に落ちてく。
ノパ⊿゚)「まだまだアタシは進める」
1秒が過ぎるごとに周囲の様子が変化していく。
視界の端に映っていた女性が消え、
誰もいなかったはずの場所に見知らぬ男がいる。
混乱した様子の人間が徐々に増えてゆき、
嗚咽が零れるように聞こえ、
愛を叫ぶ声が熱く空気を揺らす。
それでも、ヒートは止まらない。
嘆きも悲しみもなく、美しい希望だけを目に抱いて。
彼女は満足のゆく1秒間と、
世界が終わるまでの幾ばくかを得ることができたのだ。
足を止める理由は何処にもない。
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:53:40 ID:nKiD0gBk0
-
7月14日11:10:05 壊面アヒャ
現代日本において、
生きるための金がなくなる、というのは、
本人の性質が善にせよ、悪にせよ、当然のようにあるものだ。
特に、後者の人間であればあるほど、堕ちるのは早い。
ギャンブル、薬、風俗、その他諸々。
金と身を破滅させるため道具はそこらへんにゴロゴロ転がっている。
賢い人間がそれらに手を染めることもあるが、
やはり頭の悪い者程、用意に手を伸ばしがちだ。
元が善人であろうが、悪人であろうが、
馬鹿は滅びる。
それが自然の摂理とでも言うように。
(; ゚∀゚ )「あー、やっぱ、悪いことってのは上手くいかねぇもんだなぁ」
草むらの中、
大きな鞄を手にアヒャは外の様子を覗き見る。
( ゚∀゚ )「ケチケチするもんじゃねぇだろうにな。
金のあるヤツは施しやがれっての」
そう言って彼は鞄を強く抱きしめる。
腕から伝わってくる感触は、
かさついた紙幣がしわになってゆくものだ。
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:54:23 ID:nKiD0gBk0
-
鞄が膨れ上がるほどに詰められた紙幣は、
言うまでもなく、綺麗な金ではない。
それを得るために使用された拳銃は、
アヒャのポケットに無理やり突っ込まれ、太陽光を浴びて鈍く光っていた。
彼は目下、警察に捜索されている立場であり、
その理由はわざわざ語る必要すらないだろう。
( -∀- )「まあ、豚小屋の中までヤクザも追いかけてこねぇだろ……」
臭い飯を進んで食いたいとは思わないが、
こうなってしまっては仕方がない。
希望を一つ思い浮かべ、覚悟を決める。
下る一方の人生ではあるが、
残念なことに、まだ死のうとは思えないのだ。
( ゚∀゚ )「降参。降参だ」
両手を挙げ、草むらから顔を出す。
凶悪な銀行強盗が相手だとしても、
日本の警察はそうそう発砲してこない。
こちらに敵意がないことさえ示すことができれば、
多少押さえ込まれる程度の負傷で済むはずだ。
( ゚∀゚ )「――あ?」
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:54:58 ID:nKiD0gBk0
-
誰も動かない。
アヒャが声をあげて出てきたというのに、
周囲にいる警官達は皆、明後日の方向を向いている。
数名はこちらを見ているのだが、
怒声を上げるわけでもなく、
逮捕のために駆け寄ってくることもない。
( ゚∀゚ )「んだ、これ?」
草を掻き分け、警官の前に立つ。
右手を軽く振ってみるが反応はない。
よく見てみれば、彼らは瞬き一つしていなかった。
( ゚∀゚ )「おーい?」
数人の顔を軽くはたいてみるが、
やはり眉一つ動かすことなく固まっている。
( ゚∀゚ )「こりゃあ……」
顎に手をやり、アヒャはゆっくりとその場から後退していく。
静止している警官達を全て視界にいれ、
そのまま視線を右へ、左へ、上へと移動させた。
(; ゚∀゚ )「信じられねぇことだが、
時間が止まってやがるのか」
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:55:32 ID:nKiD0gBk0
-
生活音もサイレンの音も消え、
羽ばたく鳥や吹き抜ける風までもが動きを止めている。
昔見た、アニメのビデオテープで停止ボタンを押したときのような光景に、
アヒャは訝しげな顔をしながらも現状を整理していく。
中卒で、多くの物事に無知である彼だが、
流石に現状が普通のことではないことくらいは理解していた。
(; ゚∀゚ )「夢か? それとも、オレを捕まえる罠か何かか?」
どちらも否であろう。
夢であるという選択肢は、諸手を挙げて歓迎できるものであるが、
彼はそこまで往生際の悪い人間ではない。
自身の犯した罪を認識し、逮捕もやむなし、と考えている。
罠である可能性もない。
降伏を示している相手にわざわざ手のこんだ罠を仕掛ける馬鹿はいない。
幾通りかの選択しを浮かべ、消す作業をしていくと、
不意に答えが舞い降りてきた。
それは突拍子も無さ過ぎて笑えてしまうような答えだったが、
一寸のズレもない正解であることを彼は知ってしまっている。
( ゚∀゚ )「これが神様の慈悲ってやつかぁ?」
片方の眉を上げ、嘲笑するように言う。
まさか、犯罪の真っ只中である自身にまで慈悲をくれるとは、
神という存在は何と情け深いことなのだろうか。
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:56:23 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「どうせ慈悲をくれるってんなら、
もうちっと早くよこしやがれってんだ」
天を仰ぎ、雲の向こうにでも鎮座しているのであろう神へ抗議を送る。
返答は期待していないが、
文句の一つもつけなければやってられないというものだ。
( ゚∀゚ )「世界が滅ぶってんなら、
こんなもん、あったってしょうがねぇや」
アヒャは手にしていた鞄のチャックを開けると、
勢いよくそれを振り回した。
福沢諭吉が印刷された小さな紙が空を舞う。
何もかもが止まっているはずの世界で、
彼が触れていたものだけは時を取り戻したかのように動き、
汚い紙吹雪を作り出す。
( ゚∀゚ )「アヒャヒャヒャ!
ほれほれほれ! こーんな紙に、オレは引っ掻き回されたんだ!
最後くらい鬱憤を晴らしてやるぜ!」
地面に舞い落ちた札を踏みつけ、蹴り上げる。
価値がある、と万人が信じたからこそ、その紙は値となった。
世界が滅ぶというときに、小さな紙一枚に重きを置く者はいない。
すなわち、紙はただの紙に戻ったのだ。
どれだけ粗末に扱おうと、文句を言う人間はいないだろう。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:56:54 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「まったく! 神様! お前はサイッコーだぜ!」
空に届けと高く嗤う。
精々醜い己を見て、
創世に失敗したことを嘆き、悲しめばいい。
悲しくも強い、怒りの感情がアヒャの胸から、口から、垂れ流される。
( ゚∀゚ )「クソみてぇな人生だったオレが、
お綺麗な人生を歩んでいったヤロウと一緒に、
はい、せーの、で死ねるってんだからなぁ!」
札を踏みにじり、空になった鞄を叩きつけた。
( ゚∀゚ )「だがよぉ! この1秒はいらなかったぜ!
返品だ! 返品!」
暗く、淀んだ人生だった。
後悔も悲しみも多く、
長い1秒間で振り返るのも嫌になるような、
泥沼の生き方をしてきた。
無為に時間を与えられるくらいならば、
心臓が一度鼓動する間に殺してもらったほうが余程楽だったことだろう。
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:57:59 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「あー……」
足元の一万円札はいくつかの破片になっており、
遠くに落ちたそれらは茶色い絨毯となって周囲を覆っている。
飛び込んで全て自分のものにしたい。
そんな欲求があったのは時が止まる前までの話で、
今となっては汚いゴミクズにしか見えなかった。
( ゚∀゚ )「こんな紙切れが色んなもんに化けてたんだもんなぁ」
上手い飯でも、家でも、女でも。
足元のちり紙があれば得ることができた。
ほんの少し前まではそれが当たり前だったというのに、
懐かしみすら感じられる価値観と化してしまっている。
( ゚∀゚ )「ツマンネェ世の中だったぜ!」
胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
肺に煙を吸い込み、吐き出せば、
遠くの方で気持ちが落ち着いてくのが感じられる。
( ゚∀゚ )y-~「せっかくだから逃げるとすっか」
頭を乱雑に掻き回し、アヒャはその場を後にした。
死にまでのわずかな時間、
むさくるしい警官共に囲まれて終わるのもいかがなものか。
いらぬ慈悲で間ができたのだから、
彼らのいない場所まで逃亡するのもいいだろう。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:59:08 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「すっげ、みんな固まってら」
犯罪者であるにもかかわらず、
お天道様の下、アヒャは堂々と道を行く。
笑顔の女も、驚きの表情を浮かべている男も、
誰も彼もが固まっている。
おそらく、後者の人間は既に長い1秒を経験した者なのだろう。
心なしか顔色が悪く、
周囲の人間へ何か伝えようとしているように見えた。
( ゚∀゚ )「オレは何番目だったのかねぇ」
何処かへ向かって走りだそうとしているサラリーマンの頬を軽く叩く。
アヒャよりも先に世界の終わりを知った彼は、
誰に会うつもりだったのだろうか。
( ゚∀゚ )「……羨ましいこって」
男を叩いていた手をだらりと下げ、
彼はとぼとぼとその場を去る。
目的を持って行動しようとしている男の姿は、
アヒャの目を潰す毒にしかならなかった。
愛する者がいる。
もしかすると、可愛い娘がいるのかもしれない。
きっと、男は良い父親であったことだろうし、
世界が終わるその瞬間まで、そうで在り続けるのだろう。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 22:59:45 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「世界ってやつは不平等なもんだよな」
アヒャはアル中の父親と、
意志薄弱な母親のもとに生まれた一人息子だ。
絵に描いたような底辺家庭に生まれた彼は、
義務教育をギリギリ卒業し、すぐに近所の工場で働き始めた。
( ゚∀゚ )「努力しねぇと幸せになれないヤツ。
したってどうにもなんねぇヤツ。
なーんにもしなくても幸せなヤツ」
吐き捨てるように呟く彼の目に光はない。
淀んだ色だけがどろどろと蠢いている。
彼の母親は息子が一人で生きていけると見るや否や、
別の男と共に家から逃げ出してしまい、
怒り狂った父親はことさらアヒャに強く当たるようになった。
( ゚∀゚ )「クソがクソを産んで、
成れの果てがオレ」
高くもない給料の半分以上が父親に盗られ、
浴びるようなアルコールへと変換される日々。
家を出るほどの金もなく、彼はずるずると暗い毎日を過ごすばかり。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:00:22 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「どうしたら良かったのか教えてよカミサマーってか」
乾いた嗤いを空へ送る。
唾の一つも吐きかけてやりたいが、
自分の戻ってくると知ってなお、実行に移そうとは思えなかった。
( ゚∀゚ )「もっと人助けをせよ。他者を愛せ。清く正しく生きろ。
そんな言葉を与えてくれるわけじゃねぇだろうな?」
芝居がかった動きで述べていく。
見たことのない聖書にでも書かれていそうな文句だが、
アヒャからしてみれば、粧品の広告につけられているキャッチコピーのほうが、
余程ためになることが書いてある、というレベルのものだ。
辛い生活を漫然と続けていくうちに職場の悪い先輩にギャンブルの愉しさを教え込まれ、
借金を作り、ヤクザの世話になり、首が回らなくなった。
ちまちまと空き巣や振り込め詐欺もやっていたのだが、
利息利息で膨らみ続ける借金に嫌気が差しての銀行強盗。
他者を思いやる余裕などなく、
清く生きる土台さえ存在していない。
そのような人間に、神はどのような啓示を与えてくださるのだというのか。
( ゚∀゚ )「世界を終わらせるほどの力をあんたが持ってるってんなら、
オレの一人くらい、救ってくれたってよかったじゃねぇか」
思い出したくもない過去が背後から迫り来る。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:01:00 ID:nKiD0gBk0
-
( -∀- )「なぁんてな」
アヒャは目を伏せた。
目蓋の内側に浮かぶのは己が行った悪行の数々。
自分を満たすためだけに誰かを傷つけ、騙し続けてきた。
そんな人間がクソのような生活を送るというのは、
ある種も何もなく当然の結末なのだ。
むしろ、迎える終わりが世界の終末だというのだから、
逆転さよならホームランもかくや、という最期に感謝しなくてはならないだろう。
( ゚∀゚ )「ヒャヒャ、精々、残った時間を楽しませてもらおうかな」
公園を通り抜けようとすれば、
冷たいアイスクリーム屋があった。
暑い夏、遊びにきた子供を狙った出店だろう。
彼は変わりない足取りで近づいてゆき、
躊躇することなくアイスの入った箱を開ける。
( ゚∀゚ )「ソーダ、ソーダっと」
好きな味を選び、勝手にコーンを取って盛り付ける。
一段では足りないとばかりに、二つ、三つと違う味を載せれば、
冗談のような段々アイスの出来上がりだ。
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:01:31 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「どれどれ……。
あー、うっめぇなぁ」
やってきた悪行に後悔はない。
それしかなかったから、あるいはそれが最善であると判断したから、
選び取ってきたものばかりだ。
結果として良心が欠如してしまい、
時が止まっているのを良いことに盗み放題、好き放題をしているが、
どの道、世界が終わるというのだから、誰かの不利益になることもないだろう。
( ゚∀゚ )「つーぎーは、何しようかな」
軽い足取りで様々な店を覗いて回る。
楽しい気持ちで売り物を見るのは初めてだった。
盗みやすいものではなく、
換金しやすいものでもなく、
生きるための食料でもなく。
好きなものを好きなように選び、
手に取ることが出来る幸せをアヒャは実感する。
当たり前のように誰かは享受している幸せを
自分は何故、ここまで来なければ得ることができなかったのか。
多少の憎らしさはあれども、自分の怠慢を今更誰かのせいにするつもりもないし、
神に賠償を要求するつもりもない。
ただ少し、愚痴を言うくらいは許してくれてもいいだろう。
大人になってしまった今、
甘えられるのは世界を作った偉大なる父しかいないのだから。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:02:06 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「んだよ、ゲームできねぇのか」
とあるゲームショップにて、
新作の携帯ゲーム機とソフトを盗ったアヒャは唇を尖らせてぼやく。
箱を開け、近場のネットカフェにコンセントを繋ぎ、
充電をしながらプレイしようとしていたところまでは良かったのだが、
悲しいかな、画面は黒いまま動く様子がない。
どうやら、機械の時間は止まったままのようで、
動ける人間がいくら触れたところで起動してくれないようだった。
生まれてから数度しか触れたことのない
ゲームという玩具に高揚していた気持ちは無残にも萎んでしまう。
( ゚∀゚ )「こんなもんいらね」
遊ぶことができないのであれば、
こんなものはただのゴミだ。
アヒャはピカピカのゲーム機を放り投げ、
また目ぼしい物を探すため、町を歩き出す。
( ゚∀゚ )「なんつーか、
もう世界が滅んでるっつわれても納得って感じだよな」
自らの心臓が動いていることこそ、
世界が存続している証明であることはわかっているのだが、
静まり返った町を見ていると、最早そこに生命の息吹は感じられず、
この場所こそが死んだ世界に思えてなかなかった。
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:02:35 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「オレだけが、生きてる世界……」
たった一人、世界に取り残された気分だ。
胸にぽっかりと穴が空いてしまったような、
奇妙な感覚に、アヒャは首を傾げる。
遠い遠い昔に味わったことのある感覚のような気もするが、
腐った生活の中で消え去ってしまったものだ。
思い出すことは難しそうだったので、
彼はあっさりと記憶を浚うことを諦める。
( ゚∀゚ )「王様ってなぁ、こんな風景を見てたのかねぇ」
広い世界を統べる王様になれば、
不幸せなど見えなくなるのだろう、と夢想したことがあった。
全ての人間が自らの足元に傅き、望むものが手に入るだろう、と。
何もかもが静止している世界で、
どのような行為に走ったとしても咎められることはない。
彼を裁く法も時期に消える。
( ゚∀゚ )「……ツッマンネェ風景だなぁ」
幼い頃、夢見た風景とはあまりにも違っていたし、
思ったほど望んだものは手に入らない。
権力を持ち、王になったわけではない、というのが一番の理由ではあるが、
それ以上に、彼は、欲するものが少なすぎた。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:03:06 ID:nKiD0gBk0
-
腹が膨れるだけの食事と、
汚れていない服。
古くてもいいから遊べるゲーム機。
その程度だ。
大金がなくとも手に入るような、
ほんの少しの欲望。
( ゚∀゚ )「オレって、何だったんだろうな」
遠くに見える山を見つめる。
思えば、隣の県にさえ一人で行ったことのない身だった。
根性と時間さえあれば徒歩でも行ける距離だというのに、
それを望み、実行することさえなかったのだ。
追い詰められていたのだ、
環境が悪かったのだ、と告げれば、
何人かは同情してくれるだろう。
だが、そんなものでアヒャは満たされない。
( ゚∀゚ )「あんな大金を必要としてたってのに、
オレ自身が欲しかったのは、
ひと掴み分の札でどうにかなる程度のものだったってか」
乾いた笑いが生まれる。
こんな惨めな気持ちになるくらいなら、
さっさと1秒を終わらせて殺してほしい。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:03:30 ID:nKiD0gBk0
-
落ち込んだ気持ちを携え、
どうにか少しでも楽しいものを、とアヒャは町を歩く。
何人かの慌てた顔をしている人間を笑い、
楽しげに町を歩く親子の顔を見て表情を歪める。
それの繰り返しだ。
いつの間にか、アヒャは店を覗くことなく、
町に生きる人々を見て回るようになっていた。
( ゚∀゚ )「馬鹿そうなツラしてらぁ」
友人と楽しげに笑いあっている男子高校生を見て、
からかうように言う。
他人の顔なんぞ殆ど興味なく生きてきた彼にとって、
普通に生きる人々の表情というのはどこか新鮮なものがあった。
笑みも怒りも、焦りも悲しみも。
全てがキラキラと光って見えるのだ。
( ゚∀゚ )「いいなぁ」
無意識に出た言葉に、アヒャは驚愕する。
すぐさま手で口を押さえるが、
彼自身の脳と鼓膜が先ほどの発言を何度も繰り返してきた。
( ゚∀゚ )「……何、だってんだよ」
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:04:08 ID:nKiD0gBk0
-
無いものねだりは子供の頃で卒業したはずだ。
欲する気持ちがあったとしても、
自身の行いや現状を鑑みて諦める癖がついていたはずなのに。
( -∀- )「しかたねぇし、どうしようもねぇ」
ゆっくりと搾り出すように息を吐き出し、首を横に振る。
地獄の底よりも少し上、
崖から突き出している枝にかろうじて掴まっているような人生だ。
上へ這い上がる努力をしたところで、
実を結ぶのは何年後になることやら。
少なくとも、世界の終わりには間に合わないだろう。
( ゚∀゚ )「さてさて、まーだ1秒は終わんねぇのかぁ?」
両ポケットに手を突っ込もうとして、
拳銃の存在を思い出す。
( ゚∀゚ )「あーらら、持ったままだったか」
黒光りしている銃身を取り出し、手の中で弄ぶ。
大金を用意する決意表明をしたところ、
餞別代りに、とヤクザから都合してもらった物だ。
扱い方も一通り教わったが、
正直なところ、引き金をひいたことはなく、
的に当てる自信はわずかもない。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:04:41 ID:nKiD0gBk0
-
格好だけでも、と銀行員に向けはしたが、
発砲はしていないので死傷者はゼロ。
ただし、銀行員及び、利用客のトラウマに関しては考慮しないことにする。
( ゚∀゚ )「最期までこんなもん持ってんのもなぁ……」
お綺麗な手をしているわけではないが、
最後の最期くらい、汚いところを隠して逝きたい。
残されたわずかな時間の中でまで、
周囲から忌諱されるのは勘弁願いたいところだ。
( ゚∀゚ )「どっかに隠すか」
ゴミ箱に突っ込んでもいいのだが、
世界の終わりに加えて、
日常生活ではまずお目にかかることのない銃火器なんぞが出てきた日には、
周辺の人間が盛大なパニックを起こすことが目に見えている。
アヒャの中に残されたひと欠片の良心が、
それは良くない未来である、と判断した。
( ゚∀゚ )「お誂え向きに公園があんじゃん」
視線を左右にやれば、
緑化目的なのか、大量に植樹されている公園が目に入った。
青々とした草木の中に隠してしまえば、
そうそう見つかることはないだろう。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:05:14 ID:nKiD0gBk0
-
嬉々として公園に足を踏み入れたアヒャは、
手ごろな茂みの中に銃を隠す。
奥の奥。わざわざ顔を突っ込まなければわからないような場所へ。
( ゚∀゚ )「これで、よし、と」
一仕事終えたとばかりに上を見上げれば、
太陽の光が木の葉で遮断され、
美しい木漏れ日を作り出していた。
葉の隙間から覗く青空は美しく、
白い雲とのコントラストにアヒャはため息をついてしまう。
長らく、空を見上げることもしてこなかったな、と。
しばしの間、ぼんやりと空を眺めていたアヒャだが、
首が痛くなってきたのを機会にして、その場を離れることにした。
せっかく銃を手放したのだから、
物理的に距離をとっておきたかったのだ。
( ゚∀゚ )「どっこまで行こうかねぇ」
足取り軽く、アヒャは進む。
具体的にどれ程の距離をとりたい、ということはなかったのだが、
別段、目的があるわけでもないので真っ直ぐ進むことにする。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:06:00 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「――あ?」
唐突に、アヒャは足を止めた。
ξ゚⊿゚)ξ
女が一人、道に立っている。
いや、時が止まるその瞬間まで、
彼女はどこかへ向かって歩いていたのだろう。
片足がわずかに浮いていた。
右手にはスマートフォンを持ち、
もう片方の手は胸の高さまで持ち上げられ、
何かを表現しようとしていたのか、薄く開かれている。
( ゚∀゚ )「ツン」
小さく彼女の名を呼ぶ。
昔、まだアヒャが中学生だったとき、
同じクラスになったことのある女子の名前だ。
あれから十数年という時が流れており、
背丈や顔つきはずいぶんと変わってしまっている。
特に、化粧を知らなかったあの頃とは違い、
今の彼女は薄くチークやアイシャドーが塗られており、
昔よりもずっと綺麗に見えた。
だというのに、アヒャはひと目で彼女であるということがわかった。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:06:31 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「元気、だったかよ?
何て、聞こえてねぇよな」
急速に乾き始めた喉を唾で潤し、
恐る恐るといった具合でツンに近づいていく。
( ゚∀゚ )「風の噂でな、聞いたぜ、
幼馴染のヤツと、付き合って、
婚約まで持っていった、って」
心臓が激しく脈打っているのは恐怖のせいではない。
在りし日の、そう、まだ幼く、現実というものに夢を抱いていた時代の、
淡い初恋が呼び起こす胸の高鳴りだ。
( ゚∀゚ )「それ聞いたとき、オレァ、すっげぇショックだったんだ。
お前には言ってなかったけどよぉ、
オレの初恋、だったからさ」
気が強くて真面目で明るくて。
ツンはいつでもクラスの中心人物だった。
少々暴力的な部分が目立っていたアヒャを嗜め、
無実の罪を着せられたときには助けてくれるような、
天使か聖母か。そうでなければ、女神だと、
アヒャは本気で信じていた。
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:07:14 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「本当に、すっげぇ、べっぴんさんになってよぉ……」
じりじりと近づいていた距離は、
後数歩の距離まで縮められており、
手を伸ばせば柔らかな頬にだって触れることができそうだった。
アヒャは目を細め、
愛おしげにツンの顔を眺める。
( ゚∀゚ )「もう、会えねぇと思ってた。
これも、神様のご慈悲ってやつかよ」
泥に身体を漬けている自分が、
輝かしい世界に生きるツンに、
どの面を下げて会えばいいのかわからなかった。
第一、大人になった彼女が自分を蔑む顔は見たくなかったし、
たとえ、そんな目を向けられることがなかったとしても、
面と向かい合えばツンの輝かしい光に身を焼かれ、殺されてしまうだろうと怯えていたのだ。
寂しいことではあるが、時が止まった中、
一方的な形での対面というのは、
彼にとって理想的なシチュエーションだった。
( ゚∀゚ )「大人になってよ、女を抱いたこともあるけど、
こんな風に好きになったのは、
お前だけだったよ」
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:08:14 ID:nKiD0gBk0
-
白く細い手にそっと触れる。
自身のそれが汚れていることは承知していたが、
愛おしい初恋を前に、衝動が抑えられない。
( ゚∀゚ )「好きだ、ツン」
かろうじて純粋な部分を残していた中学時代。
唯一、まともに人を愛せた時代の、初恋。
胸の片隅に残っていたそれを言葉にする。
ξ゚⊿゚)ξ
返事はない。
当然だ。
彼女の時間は止まっている。
また、そうでなければ、
アヒャは気持ちを声に出したりなどしなかった。
( ゚∀゚ )「んだよ、お前、指輪してねぇの?」
触れた手を見て、小さく噴出す。
スマートフォンを持つ手にも、
薄く開かれた手にも指輪どころか、
それをつけていた跡すらない。
どうやら、相手の男は甲斐性なしのようだ。
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:09:32 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「お前よー、婚約指輪くれぇ、さっさと贈ってくれる野郎じゃねぇと、
オレとしてはちょーっと許せねぇぞ?」
情けなく眉を下げ、
愛する人の恋人へと苦言を呈する。
アヒャにそのような権利はないのだが、言わずにはいられなかった。
大切な初恋の人なのだ。
世界中の誰よりも幸せになってもらわなければ困る。
( ゚∀゚ )「あ、そーだ。
ツン、ちょっとだけ待ってろよな」
言われずとも、彼女は動けない。
1秒が過ぎるその時まで、
その場で微動だにせず立ち続けていることだろう。
( ゚∀゚ )「1秒って後どんくれぇだ?」
パタパタと出来の悪いフォームで走りながら、
考えてみるものの、神の采配による1秒がいつ間で続くのかなどわかるはずもない。
結局、アヒャに出来ることといえば、
1秒が終わる前にツンのもとへ戻れるよう、
精一杯走り抜けることだけなのだ。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:10:28 ID:nKiD0gBk0
-
何件かの店を通り過ぎ、
アヒャは目的の場所へたどりつく。
( ゚∀゚ )「おー、まだやってたか」
それは、古くからやっているジュエリーショップで、
確かな質だとこの辺りでは有名な店だ。
近隣に住む者ならば皆、結婚、婚約指輪はここで調達する、らしい。
( ゚∀゚ )「ちょいとお邪魔しますよー、っと」
自動ドアを無理やりこじ開けて中に入ってみると、
こじんまりとした店の中は宝石と金属でキラキラと輝いていた。
彼はジュエリーショップという場所に来ること事態が始めてだったため、
店に指輪以外のアクセサリー類が売っていることすら驚いてしまう。
ショーケースに飾られた美しい宝石達と、
カウンターの端にかけられたネックレス類。
( ゚∀゚ )「婚約、指輪、指輪……?」
勢いに任せてここまできたものの、
高価なアクセサリーとは縁のなかった男だ。
指輪の種類どころか、何号の指輪を買えばいいのかすら、
さっぱり検討がつかなかった。
( ゚∀゚ )「たっしか、昔、工場のおっさんがつけてた、のは、
ありゃ、結婚指輪だったっけか。
まあ、あんな感じのでいいだろ」
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:10:51 ID:nKiD0gBk0
-
記憶をどうにか手繰りよせながら、ショーケースを見て回る。
大きな宝石がついているものや、こったデザインのもの。
シンプルながらも、素材にこだわっているらしいもの。
素人目でもわかるものから、違いがさっぱりわからないものまで、
多種多様な取り揃えだ。
店の評判が良いのも頷けるというもの。
これで店員に話が聞ければ最高だったのだろうけれど、
肝心の彼、彼女は笑顔で接客をした状態で固まっている。
( ゚∀゚ )「んー、とりあえず、二、三個、
良さ気なのを盗ってくとするか」
良心は痛まない。
そうしようと思った段階で、
彼の心はどこか欠けてしまっているのだ。
パリン、と高い音が凍った世界に響く。
ショーケースは強化ガラスになっていなかったようで、
アヒャが拳を振り下ろせば簡単に割れた。
( ゚∀゚ )「これと、これーと、これっと」
自分の感性にあった指輪を三つ手に取り、
服についたガラス片を軽く払う。
( ゚∀゚ )「すまねぇな。
貰ってくぜ」
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:11:25 ID:nKiD0gBk0
-
手にしたのは小粒のダイヤがついた指輪と、
シンプルなリング状の指輪。
そして、ハート型のアクセントとトパーズがついた可愛らしい指輪だ。
ダイヤは宝石の代表だろうと、
シンプルなものは昔、工場の先輩がつけていた指輪を思い出して。
最後のトパーズは、ツンの蜂蜜のような髪色を連想しての選択だった。
(; ゚∀゚ )「まだ経ってくれるなよ、1秒」
ジュエリーショップを後にしたアヒャは、
駆け足でツンのもとへと戻る。
世界が終わる間際に、
窃盗でしょっ引かれることはないだろうけれど、
せめてツンにはこれらが盗品であることを知られたくない。
ξ゚⊿゚)ξ
(; ゚∀゚ )「ま、待たせたな」
違うとわかっていても言いたくなるのは、
恋人ごっこを望む幼心のせいだろうか。
アヒャはしっかりと握ってきた指輪をそっと抓む。
まずは、ダイヤの指輪。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:11:51 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「あ、ちっとでけぇか」
ツンの左手、薬指に指輪を通すと、
するりと指の又まで入る。
しかし、見るからにサイズが合っておらず、
指とリングの間に隙間が見えた。
( ゚∀゚ )「んじゃこっち」
指輪を抜き、用済みとばかりに放り投げる。
代わりに取り出したのはシンプルな指輪だ。
( ゚∀゚ )「……ちっせ」
今度は逆に、指輪が小さすぎた。
第二間接までは入ったのだが、
その先まで通そうと思えば、かなりの力技になりそうだった。
いっそ、抜けないくらいの指輪をしてやりたいのはやまやまなのだが、
指先にまで血が行き届かなくなったら大変だ。
何も、アヒャはツンを虐めたいわけではないのだから。
( ゚∀゚ )「じゃあ、これが最後、な」
これが駄目なら諦めよう。
そう心に近い、アヒャは最後に残った指輪を取る。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:12:15 ID:nKiD0gBk0
-
( ゚∀゚ )「――お」
大きくもなく、小さくもなく。
最後に通した指輪は、ツンの指にぴったりと納まった。
( ゚∀゚ )「ピッタリじゃねぇか!
オレの目も捨てたもんじゃねぇな」
ヒャヒャ、と笑い、
二歩程後ろに下がる。
丁度、彼女の全身を視界に入れることが出来る距離だ。
( ゚∀゚ )「お似合いだぜ。
世界で一番、お前に似合う指輪だ」
仕事をしているのであろうツンの左手、薬指に光る指輪。
髪の色とよく似ていて、とても綺麗だった。
可愛らしいハート型というのも、
愛おしいツンによく似合っている。
どんな高級な絵画も、
この光景には敵わないだろう、という自信がアヒャにはあった。
少なくとも、彼にとっての最高はここにある。
( ゚∀゚ )「ざまあみろ。
もたもたしてるから、ツンのここに、初めてやったのは、
お前じゃなくて、オレだ。この、オレなんだ」
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:12:43 ID:nKiD0gBk0
-
再びツンに近づき、
指輪を軽く撫でる。
そこが重要な意味を持つことくらいは、
アヒャでも知っていた。
知っていて、そこに指輪をはめてやった。
( ゚∀゚ )「……ツン、さよならだ。
お前に、一方的だけど、
告白ってやつができてよかったよ」
最後にキスでもしてやろうかと、
頬に手を沿え、そっと降ろす。
( -∀- )「じゃあな」
気づかれぬ交わりだとしても、いや、気づかれぬからこそ、
一線を越えてしまうことをアヒャのプライドは許さなかった。
自身の思いを残すのは、指輪一つで充分だ。
愛おしい人の、重要な指へ、最初を贈ることができた。
これ以上は贅沢が過ぎるというもの。
( ゚∀゚ )「幸せにな」
静かに終わるばかりの世界で幸せも何もないかもしれないが、
彼女の最期が幸せであることを願うのはおかしなことではないはずだ。
優しく、寂しい表情を浮かべたアヒャは、
名残惜しげにツンを瞳に写し、振り切るようにしてその場から離れて行った。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/21(月) 23:13:05 ID:nKiD0gBk0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
ツンからどれだけ離れただろうか。
世界に時間が戻った。
( -∀- )「……さっさと終われ」
ガードレールに腰かけ、
アヒャは目蓋を閉じる。
最後に綺麗な思い出を得た。
他には何もいらないし、
何も見たくない。
悲しいことや苦しいことを思い出すよりも先に、
何かの気の迷いでツンのもとへ戻ろうと思ってしまうよりも先に、
世界の終わりを望む。
今、この瞬間に終わることができたならば、
きっと何よりもの幸福に違いないのだ。
遮断することのできない聴覚から悲鳴が聞こえたような気もするが、
心の奥底から満たされ、まどろむアヒャには関係のないことだった。
- 59 名前: ◆ClQdFJYDPw 投稿日:2017/08/22(火) 19:17:36 ID:YMTol5tc0
-
7月14日11:10:15 聞屋アサピー
いくら科学技術が発達しようとも、
世の中のことわりを全て理解することは叶わない。
解明できぬ謎と、防ぐことのできない自然災害により、
命を落とす人間は少なくない数存在しており、
人類は常に漠然とした危機と隣り合わせになりながら生きている。
大いなる自然、とは言うが、
人間には到達できない場所、とは言うが、
端から諦めるというのは愚者のすることだろう。
(-@∀@)「理論上、地震のエネルギーを別のエネルギーに変えてしまえれば、
揺れを消し、建物の倒壊を防ぐことができる……。
問題は膨大なエネルギーの変換方法と受け皿、貯蔵と……」
とある小さな研究所に所属しているアサピーは、
人類の知恵を持って自然、
あるいは神と呼ばれる存在に対抗しようとしている人間だ。
科学こそが全て、などという極端な思考ではなく、
かといって、人類の発展と栄光のため、などの英雄的思考による行動ではない。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:18:36 ID:YMTol5tc0
-
思春期の頃こそ、そういった考えも持っていたのだが、
大人になり、恋人ができ、結婚まで至れば思想も変わる。
彼は、自身の周囲にいる人間、愛する人間を不安から解き放つため、
この道を突き進むと決意したのだ。
(;-@∀@)「うーん、この辺りのことは専門の奴にも聞いてみるか」
アサピーが所属している研究所は、
大きくエネルギー部と災害対策部に分けられている。
その中で地震、バイオ、貯蔵等々と、
専門分野に応じて細かく別れており、
各チームの人数は多くない。
人数が少ない分、横の繋がりが強く、
情報交換やデーター提供が盛んに行われているのが、
この研究所の特徴の一つとなっている。
(´;・_ゝ・`)「アサピー! 大変だ!」
(-@∀@)「ん? どうしたんだ」
正面から駆けてきたのは災害対策部、落雷チームのデミタスだ。
普段は冷静沈着を絵に描いたような男である彼が廊下を走るのは珍しい。
尋常ではない様子にアサピーも思考と足を止める。
(-@∀@)「……おい?」
しかし、デミタスから続く言葉はなかった。
それどころか、彼は口を開けた状態のまま、その場に静止している。
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:19:33 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「なん……だ、ドッキリ、か?」
真っ先に思いついたのはそれだ。
人が話をする直前で動きを止めたというのなら、
外的な要因よりも、本人の意思によるものが大きいと考えるのが普通。
科学者ではあるが、天才というわけでも、
稀代の発想力を持っているわけでもないアサピーは、
当たり前のように普通の現象を選択する。
(-@∀@)「ビックリしたよ。ビックリしました。
で、それだけかい?
だったらボクはここでお暇させてもらうよ」
研究所の職員といえば、
真面目くさった頭の固い連中だと思われがちだが、
実際はそうではない。
新たな発見、発展には斬新なアイディアが必要不可欠であり、
何よりも、あるのかどうかさえわからぬ世界の真理、
未来への希望とやらを求め続ける好奇心が求められる。
冒険が大好きであった少年にぴったりの職業だったりするのだ。
だからこそ、アサピーは硬直を解こうとしない男が、
好奇心や悪戯心でドッキリをしてきたことを疑わない。
(-@∀@)「返事、しろよ……」
疑わなかった、のだ。
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:20:03 ID:YMTol5tc0
-
長い沈黙にアサピーは眉を寄せる。
人をからかうな、とは言わないが、
無駄に時間をかけるというのは宜しくない。
軽く額でも小突いてやるか。
そんな風に思ったときだ。
彼は違和感に気づいてしまった。
(-@д@)「……お前、瞬きはどうした」
男は口を開けたまま、目を開けたまま、
その場で硬直している。
多少ならば我慢も利くだろうけれど、
十数秒、一分と時間が経てば目が潤みだすのが人体だ。
(-@д@)「なぁ」
軽く肩に触れる。
安物の白衣の質感の向こう側にあるのは、
紛うことなき人の肉。
柔らかで、弾力があり、暖かい。
生きた人間である証がそこにあるというのに、
微動だにしない姿は彫刻のようだった。
(;-@д@)「止まって、いる……?」
自身の脳がはじき出した答えに、
アサピーは息を呑んだ。
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:20:55 ID:YMTol5tc0
-
理屈ではない場所から、
現実離れした解答が導き出されてゆく。
止まった時間。
滅ぶ世界。
(;-@∀@)「まさか、そんな」
思わず表情に浮かぶのは笑みだ。
人間、到底受け入れがたい事象を前にすると、
気持ちを安定させるために笑いがこみ上げてくるものだという。
例に漏れず、人体の反射に従ったアサピーは、
現実を否定する鍵を探すべく、研究所内を歩くことにした。
(-@д@)「おーい! 誰か、返事をしてくれー」
予算の都合上、彼が所属する研究所の面積は狭い。
細分化されたチームと、各々の専門を研究していくために必要な設備を導入した結果、
部屋数だけは多い分、それぞれの部屋は極小規模なものだった。
アサピーはそんな部屋達を覗いては通り過ぎていく。
誰もいない部屋もあった。
使用されていないだけか、あるいは、少しでも研究に使える予算を入手するため、
担当研究員がどこぞの研究所や科学者のヘルプに出ているのか。
どちらにせよ、部屋の中が空っぽである、ということに不自然はない。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:28:26 ID:YMTol5tc0
-
問題は、中に誰かしらがいた部屋だ。
(-@∀@)「……おーい」
アサピーが声をかけてみても返事はない。
室内にいる連中はそれぞれ違った形で硬直しており、
言葉を返すどころか、動こうという様子さえない者ばかりだ。
談笑の途中、叫ぼうとしている最中、データのチェックを始めようとしている中、
彼らは一時停止ボタンを押されたように、その姿のまま、そこに在った。
(-@д@)「お前達もか」
頬をつついてみるが、反応は返ってこない。
触れた肉だけが、アサピーの指に合わせてぷにぷにと動く。
(-@д@)「時間が突如として止まった場合、
人はどのような行動をとるのか、ってデータでも集めてるのか?」
何の役に立つのかわからないような実験が、
最終的に何らかの役割を持つ、ということも少なくはない。
現状がそういった類であるならば、
実験終了後にどのような意図があったのか、是非教えてほしいものだ。
(-@∀@)「老若男女、職業別のデータなんかを集めてみるのも面白そうだ。
作家と学者、コンビニバイトの差異を図るなんてどうだろうか」
笑い混じりに話してみる。
相手が思わず、それいいな、と返してくれれば重畳。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:28:55 ID:YMTol5tc0
-
だが、返事はない。
やはり、瞬き一つなく、
静まりきった部屋の中、アサピーは独りきりだ。
(;-@∀@)「何だよ……。
これが、現実だって、認めろっていうのか?」
近くの椅子に腰掛け、頭を抱える。
超常現象を否定するつもりはないけれど、
容易く納得できるものでもない。
人間の手で動きを制御することなどできないと考えられていた時間という概念が、
たった一人を置いて、あっさりと静止してしまう。
ありえない、の一言に尽きる事象だ。
科学者として、一人の探求者として、
勉学に励み、実験を繰り返してきた身だからこそ、
理性や頭脳からかけ離れた場所から降ってきた解答に首を振ってしまう。
(-@д@)「ありえない、だろ」
時間が止まるなど、
世界が突如として終わりを迎えるなど、
どうして頷くことができようか。
アサピーは顔を俯け、静かに目を閉じる。
少しの間でいいから、現実から目を逸らしたかった。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:29:40 ID:YMTol5tc0
-
閉じた空間は暗く、穏やかだ。
混乱に荒れたアサピーの心を優しく包み込む。
呼吸の音と心臓の音。
他には何も聞こえない無音の世界。
(-@∀ )「現実問題、ボク以外に動いている人間はいない」
ぽつり、と呟く。
自覚はなく、ただ、脳に詰め込まれた情報を整理するため、
口の動きと音、そして記憶を使うべく紡がれてゆく言葉達だ。
(-@∀ )「時が止まっていることを否定するのであれば、
この状況に対する説明をどうつける」
目をそらすために目蓋を閉じたというのに、
アサピーの頭は現状を見つめ直し始める。
もとより、考えることを止める、ということが壊滅的に向いていないのだ。
過去の記憶を浚い、分析と照合、推測を織り交ぜ、
自身が納得できる答えを探してゆく。
緩慢であった思考は徐々に速さを増し、
否定するための思考を放棄する。
必要なのは否定ではない。
これからの行動を考えること。
凝り固まっていた脳が静かに働き始める。
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:30:19 ID:YMTol5tc0
-
長くはなく、短くもない時間が経過した。
霧がかかっていたかのような脳はすっかりと冷静さを取り戻し、
研究者としてのアサピーを目覚めさせる。
(-@∀@)「……科学は、不可能を覆す」
顔を上げたアサピーの表情は、
硬く、歪な笑みではなく、
挑戦と希望に満ちた笑みだった。
(-@∀@)「まず、時間は止まっている。
これは確実だ。
神様とやらが、ご丁寧に教えてくれただか、
我々の身体に情報を詰め込んだかをしてくれていたらしいからな」
ただの直感、と言われればばそれまでであるが、
時間の停止という事態が起きている以上、
神という存在を信じるところから始めなければならない。
(-@∀@)「そして、世界が終わる。
これも、確実」
口に出し、生唾を飲み込む。
受け止める覚悟はできているが、
改めて言葉にすれば、何と恐ろしいことなのか。
昨日まで、いや、つい先ほどまで、
当たり前のように明日を信じていたというのに。
突然、それが消え去る。
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:31:18 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「……恐れていてもしかたがない」
頭を振り、恐怖を思考の端に追いやる。
気まぐれだか慈悲だかで与えられた時間だ。
怯え、恐れるだけで消費するのは勿体無い。
どうせならば、神の思惑を裏切ってやる形で使わなければ。
人間にも意地というものがある。
地球が歩んできた年月に比べれば、
ちっぽけ過ぎて目にも入らないような時間だったとしても、
前に進み続け、ここまできたのだ。
(-@∀@)「ボクは、守りたい」
椅子から立ち上がり、部屋を飛び出す。
時間が止まっているというのにおかしな話ではあるが、
ほんのわずかな時間でさえ惜しくてしかたがなかった。
(;-@∀@)「世界を、守りたい!」
悲鳴のような声をあげ、
アサピーは近場の蛇口に近づいた。
光を反射し、銀色に輝くそれを握り、
軽く力を入れれば、大した抵抗もなく捻ることができる。
しかし、通常時であれば、その行為によって得られたはずの結果が、
今回ばかりは与えられないようだ。
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:32:06 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「時間が須らく止まっているのだとすれば、
この蛇口一つ開けることは叶わないはず」
物を動かすということは、
少なくともその物体に時間の影響を与えることが可能である、ということだ。
真に静止した世界では分子、量子さえも動かず、
アサピーは息をすることすらできなかっただろう。
(-@∀@)「扉を開けることもできた。
人に触れれば、皮膚がへこみ、もとに戻る……。
ボクが触れている物に関しては、
ある程度、常識的な動きをしてくれるらしい」
しかし、とアサピーは手元の蛇口を見る。
何処まで捻っていっても水は一滴も出てこない。
(-@∀@)「直接、触れているわけではない水は静止したまま、ということか」
常に白衣の胸ポケットに入れているメモ帳を取り出し、
実験の成果を書き記す。
メモをせずとも記憶に留めておけるだろう、と思われるようなことだが、
挑戦を重ねていくうち、初期に行ったことというのは忘れられてしまいがちだ。
どのような些細な実験と結果であれ、
自身の記憶とは違う媒体に記しておくことが必要とされる。
(-@∀@)「では、次」
蛇口を閉めなおし、彼は白衣を翻す。
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:32:43 ID:YMTol5tc0
-
駆け足で廊下を抜けたアサピーは、
研究所の外へと飛び出す。
いつもならば車の音や人の声、虫の音が聞こえてくるはずだというのに、
世界は実に静かなものだ。
(-@∀@)「太陽の光、熱はある」
目の上に手をかざし、空を見る。
白い太陽はさんさんと輝いており、
普段、室内にこもっていると気づくことすらできない夏を体に叩き込んでくれた。
(;-@∀@)「わかりきっていたことだが、
ボクが触れていなくても光は動いている」
垂れてくる汗を軽く拭いながら、
アサピーは再びメモに事実を一つ書き記す。
(;-@∀@)「でも、風はない」
手を挙げ、しばし待ってみるが、
夏特有の生ぬるい風は一向にやってこない。
無風というのは普段からも起こりうる現象ではあるが、
彼が外に出てから一陣の風も感じられない、というのは異常だ。
つまり、風は止まっている、ということだろう。
(;-@∀@)「光と温度はある。
風はない。この違いは何だ?」
メモ帳から顔をあげ、アサピーはふらついた足取りで研究所の横にある池へと近づく。
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:33:14 ID:YMTol5tc0
-
動くことなく、静かな水面を見せている池は、
水を利用した研究を行う者達のために設置された設備の一つで、
今の時期にも藻が生えぬよう、しっかりと清掃がなされている。
(;-@∀@)「触れれば通常の水と同じような動きをする」
アサピーが水に手を差し込めば、
当たり前のように飛沫があがり、
小さな波紋が生まれた。
温度も管理された通り、
ややひんやりとした心地の良い冷たさを持っている。
(;-@∀@)「ちょっと拝借」
片手をお椀形にした彼は、
そっと腕を引き上げ、アスファルトの上に水をまく。
池から追い出された水は不自然な動き一つ見せることなく、
じわり、と広がりながら黒い地面に吸い込まれていった。
(;-@∀@)「ボクが手を離したからといって、
すぐに時間が止まるわけではない、ということか」
一定時間のみ動きを見せるのか、
その物体に与えられた動きが通常時、静止するであろう時までか、
現時点で答えを見つけることは困難といえる。
その旨をもメモ帳に書き記すと、
次の実験に向かうべく、アサピーは足を進めていく。
- 74 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:33:46 ID:YMTol5tc0
-
再び研究所内に入ったアサピーは、
颯爽と廊下を駆け、目的の部屋へと入る。
(-@∀@)「駄目で元々、試すくらいはしておかないとな」
彼の眼前には巨大なコンピューター。
日本の気象情報がリアルタイムで表示される大画面と、
得たデータを素にシミュレーションを行える小さな画面が幾つか。
気象系統は専門ではないため、
数度、担当者の指導のもと使用したことがある程度の機械だが、
使えるのであれば有用な道具となる。
(-@∀@)「確か、ここを、こうして」
リアルタイムで計測されているはずの画面は静止している。
機械の問題か、実際にそれらの元となる気圧や温度等々が動いていないのか。
おそらくはどちらも、というのが正解なのだろうけれど、
確実でない答えは保留しておくにかぎる。
(;-@∀@)「やはり駄目か」
記憶を辿り、操作を行うが、
コンピューターはうんともすんとも言わない。
画面の色一つ変わることなく、
初めの状態のままそこに鎮座していた。
- 75 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:34:40 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「ボクが触れたボタンは動くけれど、
もっと内部の機械は全く反応しないな。
そもそも、電気信号が動いていないのか……」
顎に手をやり、しばし思案した後、
アサピーはメモ帳に機械、と書き、上にバツをつける。
念のため、と他にも地殻や地震を計測するコンピューター、
海面の様子を表示してくれるモニターと、様々な部屋の様々な機械に触れてみたが、
普段と同じように使用できるものは一つとして存在していなかった。
(;-@∀@)「うーん、やっぱり全滅か」
最後のコンピューターを前に、
がっくりとうな垂れる。
(;-@∀@)「情報源を絶たれれば、
ボクらの力は半減どころではない」
ただでさえ、時が止まる、世界が終わる、という、
巨大過ぎるスケールの話。
独りぼっちになった人間に太刀打ちできるのか、と問われれば、
十人中九人は否、と答えるだろう。
残りの一人は立ち向かわなければならない科学者だ。
(-@∀@)「でも、ここで諦めてちゃいられないよね」
眉を寄せ、正面の機械を睨む。
お前がいなかった時代から人類はここまできたのだ。
力を借りずとも何とかしてみせる。
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:35:17 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「ボクみたいなちっぽけな存在が、
世界を救えるだなんて、正直思ってないけどさ」
再度、アサピーは外へ向かう。
(-@∀@)「努力しないわけにはいかないでしょ」
彼が属している研究所は、
人類を、世界を終わらせないための研究を続けている。
規模は小さく、認められることも少ない。
さらに言えば薄給で拘束時間も長い、
驚くほどブラック企業然とした場所だ。
それでも、アサピーを初め、
独身、妻子持ち、様々な研究員達はどうにかここまでやってきたのだ。
人類の恒久的な平和と発展のためと、耳障りの良い言葉を紡ぐつもりはない。
アサピーは世界と家族を天秤にかけろといわれれば、
迷うことなく愛する妻と娘を引っ掴む。
周りの者達もそうだった。
誰もが愛する者を、近しい者を守りたいと願い、
だからこそ、世界と未来を望んだ。
_,
(-@д@)「ここで世界の終わりを止められないなら、
ボク達は何のために努力してきたんだ!」
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:35:57 ID:YMTol5tc0
-
外に出たアサピーは、
アスファルトにまいた水を見る。
探すのは簡単だった。
周囲の色よりも一段階濃い色をしている場所。
未だ、多量の水分を有していることが一目瞭然だ。
(;-@∀@)「水は蒸発しない」
太陽の暑さにやられ、
すぐに垂れてくる汗を拭う。
(;-@∀@)「だとすれば、熱はこもる一方か。
長い1秒の間に溜められる熱によって、
世界は滅ぶとでも?」
あくまで一つの仮説だ。
アサピーの体感としては、
一度目に外を訪れた時と今とで気温に差があるようには思えないけれど、
実際に計測したわけではないので確証はない。
(;-@∀@)「しかし、熱による終末だとすれば、
地域や個体差によって多少の差が生まれる」
それに、と続けようとして、アサピーは口ごもる。
彼の仮説が正しいとするならば、
後に1秒を与えられる者ほど、長い苦しみに晒されてしまうということだ。
- 78 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:36:46 ID:YMTol5tc0
-
お優しい神様とやらが、
生ける全ての者へ平等に、長い1秒を贈ってくれているというのであれば、
時間経過によって苦楽が大きく変わるようなことをしないだろう。
アサピーはそう思ってしまった。
これから世界を滅ぼそうとしている相手の慈悲を信頼し、
それを前提とした仮説をたてようとしてしまったのだ。
(;-@∀@)「……とにかく、もっと、ちゃんと考えよう」
人の心や思考を前提とすることが悪ではない。
未知を想定の中に組み込むこともまた然り。
時には不確定を要素として組み込む必要があり、
「在る」と仮定したうえで、仮説を立てていく必要があるものだ。
だというのに、彼が神の心を前提をするまいとしたのは、
敵対する相手だから、という感情的な理由ではない。
(;-@∀@)「今は否定の要素を入れず、
一つでも多くのアイディアを出すべきときだ」
恐ろしかったのだ。
自身の視野が狭まってしまうことが。
神がそのようなことをなさるはずがない。
そうやって盲目になり、守れたかもしれない世界の崩壊を見ることが。
(-@∀@)「時間が動き出してから、
どれだけの時間が残されているかはわからんが、
一分一秒を無駄にしないためにも」
- 79 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:38:10 ID:YMTol5tc0
-
デミタスは先にこの世界を体験していたのだろう。
そして、終わりを回避するため、仲間に声をかけてきた。
(-@∀@)「糸口さえ掴めていれば、
時間が動き出してからコンピューターを使うことも可能かもしれない」
長い1秒さえ終わってしまえば、
いつも通り、機械を使用し、計算やデータ収集、
他の研究機関への連絡と協力要請。
多くのことができるようになる。
(-@∀@)「まずは情報の整理だな」
研究所に入ったアサピーは、
談話室のテーブルに今までのメモと、
まだ白紙の紙を並べる。
(-@∀@)「熱による人類滅亡。
巨大地震、噴火、突発的なハリケーン」
終末の予想を紙に記し、
何を調べればそれらが発生するか否を判別できるか矢印で繋いでいく。
地殻、マグマの動き、気象、野生動物の様子、温度。
一つ一つを丁寧に調べ上げるには時間がかかるが、
そこは人海戦術を用いてどうにかするしかない。
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:38:48 ID:YMTol5tc0
-
(-@∀@)「他の研究所の人達はどうしてるのかな」
アサピーなどより、ずっと優秀な科学者がこの国、世界には多数存在している。
彼らが協力し合い、世界の終わりを防ごうとしているのであれば、
自分がしている一つ一つは無駄に終わってしまうかもしれない。
後ろ向きな考えが脳裏をよぎった。
(-@∀@)「……でも、やらないと」
顔をやや俯かせ、
唇を噛みながらアサピーは声を絞り出す。
喝を入れなければ。
自身が何番目に1秒を与えられているのかはわからない。
だが、優秀な者達がアサピーよりも前に1秒を得、
世界のために動いている、という保障はどこにもないのだ。
(-@∀@)「ん?」
思考した中で、何かが引っかかった。
ペンで机を何度か叩きながら、
直前まで考えていたことを反芻していく。
(-@∀@)「そういえば」
勢いよく立ち上がったアサピーは、
すぐさま談話室を出て、そのまま研究所を飛び出す。
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:39:38 ID:YMTol5tc0
-
(;-@∀@)「地球の人口はおおよそ七十五億人」
閑散とした道を抜け、大通りへ出る。
連日大勢の人間がひしめき合っているその道のど真ん中に立ったアサピーは、
ゆっくりと周囲を見渡した。
(;-@∀@)「1秒が与えられる人間が、
自我を持って一人で行動できる者に限る、と仮定。
赤ん坊、植物人間、重篤患者を除いたとし、
五十億人だとしよう」
平日の昼過ぎとはいえ、
いつもならば営業へ向かうサラリーマンや、
買い物を楽しむ学生、主婦等々で溢れかえっているはずの場所。
(;-@∀@)「五十億秒、八千分越え、五万日でも足らず、
年に換算すること、約百五十年!」
世界が滅ぶまで気が長すぎる。
残された百五十年を持ってして惨劇を回避してみせろ、とでもいうのか。
数年が経過した辺りで、世間が大騒ぎしだすだろう。
さらに数十年が経ったところで、一度終末の恐ろしさが忘れさられ、
回避のための研究がおざなりになり、
最終的には、潜在している不安が爆発して治安が悪化していく、という未来が見えるようだ。
創世の神にとって、百五十年程度の時間は何てことのない年月かもしれない。
緩やかに、絶望的な終焉が迫りくるのだ、ということも否定できなかった。
だが、アサピーの直感は告げている。
明日を迎えるよりも先に、
終わりはやってくるのだ、と。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:40:09 ID:YMTol5tc0
-
(;-@∀@)「明日はやってこないというのなら、
一人につき1秒では足りない」
道に、店にいる大勢の人々を眺め、
アサピーは確信を得る。
(;-@∀@)「この1秒の中で動いているのは、ボクだけじゃないんだ」
楽しげに談笑していたのであろう女性。
その傍らに、いるはずの誰かは存在していない。
よく見てみれば、不自然なのはその女性だけでなく、
試着した服を誰かに見せようとしている少女、
路上販売しているアイスを受け取ろうとしている男の子、
名刺を差し出しているスーツの男。
彼らには相手がいたはずだ。
家族であったり、店員であったり、取引先であったり。
しかし、誰もいない。
前の1秒で誰かが動いたのだとしても、
これだけの人数が消えているのだ。
一人につき1秒だとすれば、
驚きに表情を犯されていないのは一人だけのはず。
(;-@∀@)「動いている人間はいる。
もしかすると、生物も」
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:40:39 ID:YMTol5tc0
-
鳥、虫、その他小動物。
命のある者へ1秒が与えられるのであれば、
彼らにもその時間はあるはずだ。
(;-@∀@)「感知できないだけか、
ずれた世界線にいるのか」
確かめなければ。
アサピーは視線を彷徨わせ、
とある店を見つける。
(;-@∀@)「非常時です。
すみません。ご協力をお願いします」
研究所に戻る時間が惜しい。
誰にも聞こえることのない謝罪と共に、
彼は文具屋の扉を開く。
(;-@∀@)「世界が守れたら、絶対にお代を払いにきますので。
どうか、どうかお許しを」
何度も謝罪を繰り返しながら手に取ったのは、
一本のペンだった。
極太のそれは、使用すれば大そう目立つ字が書けることだろう。
(-@∀@)「よし、これで」
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:42:13 ID:YMTol5tc0
-
文具屋を出たアサピーは、
ペンの蓋を開けるや否や、
向かいのブティックのショーウインドーに手をついた。
アサピーの動きに合わせ、真っ黒なインクがガラスに色をつけ、
意味のある文字を象っていく。
【世界の終末。
長い1秒。
誰かいるのなら、ここへ文字を】
(-@∀@)「誰か、見てくれ」
願いをこめ、手にしていたペンを足元へ転がす。
起死回生のアイディアになるとは思っていないが、
もし、この1秒の中に誰かがいるのだとすれば、
意志の疎通ができるのだとすれば。
何かが変わるかもしれない。
(-@∀@)「――それにしても」
改めてアサピーは周囲を見る。
何人かは世界の終わりに気づいたのか、
顔を歪めていたり、驚愕していたりしていたが、
大半の人間は日常の風景のままの姿だ。
(-@∀@)「どうやら、幸いにもボクは手前の方の順番だったらしい」
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:43:17 ID:YMTol5tc0
-
1秒が終えた後、
多少なりとも時間は残っていると見ていいだろう。
何せ適当に見積もって五十億人だ。
1秒に八百万人動いたとして、六十秒。
倍の時間がかかるとすれば、二分近くもの時間がアサピーには与えられる。
数分でどうこうできるのか、という疑問に関しては、
ノー、の一声を返すことしかできないが、
最後の1秒まで足掻くのだから、もらえるものは数秒だってもらっておこうというもの。
(-@∀@)「あっ!」
時間が戻ってからの身の振り方に脳の容量を割いている間に、
眼前のショーウインドーには返信の文字が書かれていた。
【います。ぼく、ここに、います】
右下がりの、下手な字だ。
小学生が書いたのかもしれない。
(;-@∀@)「も、もう一度」
【ボクは、アサピー】
足元にあったペンを手に、
アサピーは自身の名前を書く。
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:44:10 ID:YMTol5tc0
-
再びペンを転がし、
じっと見つめていると、
唐突に在ったはずのペンが姿を消した。
まさか、と顔を上げ、
数秒も経てば、ガラスに新たな文字が浮かび上がる。
【ぼく、ぎこ】
(;-@∀@)「これで確定だ」
流れる汗が暑さによるものか、
興奮によるものかアサピーには判断ができない。
だが、他のことであれば、いくつかわかったことがある。
(;-@∀@)「長い1秒は複数人に与えられるが、
自分以外の動ける人間に対する、
視覚、聴覚、あるいは嗅覚情報でさえ、
遮断されている、というわけか」
そこまで呟き、
ふと、アサピーは前方に腕を出し、
ゆっくりと左右上下に動かしながら周辺を歩く。
(-@∀@)「訂正。触れ合うこともできない可能性が高い。
感覚の遮断ではなく、
個々人だけが少し次元のずれた空間にいるのかもしれない」
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:45:06 ID:YMTol5tc0
-
見えない、感じない、というだけであれば、
筆談相手の少年に手がぶつかったはず。
上手くすり抜けただけ、ということも考えられないわけではないが、
この大通りだけでも数人が1秒を与えられ、
好き勝手に動いているのだということを考慮すれば、
歩行時に肩や手をぶつけずにい続けることは難しいだろう。
(-@∀@)「少なくとも場所、対生物以外に関しては次元がずれていないらしい。
原理はわからないけど、
ひとまず、この仮定で話を進めていこう」
自身のメモ帳に新たな発見を記し、
アサピーは足元に転がっていたペンを拾い上げる。
【ギコくん、ボクは世界のために、もうすこしがんばります。
へんじをくれて、ありがとう】
少年への返信を書き、
次の誰かのためにペンだけは置いていく。
(-@∀@)「自分以外の人間が触れているもの、
たぶん、持ち上げられるサイズ、は見えなくなる。
それを用いて時が止まっているものに干渉するなら、
人間が手を離し、再びそのものの時間が止まるまで、
その結果は反映されない」
文字が唐突に浮かび上がるのは、
誰かが書き終え、手を離すまでの仮定が目に映らないからだ。
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:46:17 ID:YMTol5tc0
-
検証を終えたアサピーは急いで研究所へ戻り、
談話室のホワイトボードの前に立つ。
(-@∀@)「ここの研究所にいる人間は少ない」
所属は数十人。
休みやヘルプ分の人数を引けば、
十人は減ることが確実である、というような研究所だ。
(-@∀@)「でも、もしかすると、
同じ1秒を得る人間がいるかもしれない」
可能性は、低いだろう。
世界中の人間から、おそらくはランダムに選ばれ、
順々に1秒を与えられる。
たった二桁の人数しかいない空間で、
同時に選ばれる確率は如何ほどだろうか。
だが、万が一にでも、そうなった場合、
長い1秒を用いて、様々なアイディアや可能性を話し合うことができる。
そのためにも、アサピーは得た事実を次の研究者へ伝えなければならない。
(-@∀@)「世界のため、頑張ろうではないか。
同胞諸君よ」
真っ白なボードに、
アサピーの文字が載る。
ついでに、今までの時間で書き記してきたメモをマグネットで貼り付けていけば、
議論をするに相応しい空間の出来上がりだ。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:47:07 ID:YMTol5tc0
-
【我々は一人ではない。
目には見えぬけれど、同じ1秒を有した者がいる。
文字は文明の証。
筆談による会話ならば可能だ。 聞屋アサピー】
出来ることはした。
胸を張って言える、とアサピーはホワイトボードを前に息をつく。
まだ時間は残っているらしい。
ならば、次の行動に移らなければならないだろう。
頭ではそう考えているはずなのに、
どうしてだか彼の身体は動こうとしてくれない。
(-@∀@)「……ミセリ、デレ」
愛しい妻と娘の名を呟く。
世界が終わるというのに、
自分はこんなところで何をしているのだろうか。
彼女達を守りたいからこそ、
世界の終わりを防ごうとしているのだけれど、
相手は神だ。
人間の力がどの程度まで及ぶのか。
あまり想像したくはない。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:48:00 ID:YMTol5tc0
-
集めた成果物を眺め、
アサピーは再びペンを手に取る。
【だが、愛する者と最後の時間を過ごすことを、
私は責めない】
言葉を付け加え、
自嘲の表情を浮かべた。
(-@∀@)「ここまできて、ちょっと、後悔してるなんて、
ボクも馬鹿だよなぁ……」
長い1秒を与えられ、
何か勘違いをしていたのかもしれない。
今、世界を救えるのは自分だけだ、という英雄思考と、
1秒がいつ終わるのかがわからなかったため、
終末に対するある種の楽観視と、非現実感。
努力をすれば報われるという幻想。
(-@∀@)「最期くらい、一緒にいればよかった」
大した稼ぎもない自分と結婚し、支えてくれた妻と、
帰れば笑顔で出迎えてくれ、
仕事の疲れを癒してくれた娘。
その温もりを抱いて、
終わりを迎えたかった。
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:48:40 ID:YMTol5tc0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
与えられた時間に終わりがきたことを悟ったアサピーは、
すぐさま思考を切り替えた。
残された時間は残りわずか。
家族を思うだけで消費するわけにはいかない。
心が苦痛に喚いたとしても、
目の端から数滴の涙が零れたとしても、
最早、退くには遅すぎるのだ。
(-@∀@)「デミタス!」
(;´・_ゝ・`)「もしかして、お前も」
(-@∀@)「あぁ、体験した。
ついでに、色々とわかったことがある」
(´・_ゝ・`)「話を聞こうか」
(-@∀@)「談話室へきてくれ。
メモを置いてある」
瞬きごとに研究所内が騒がしくなってゆく。
一人、また一人と恐るべき未来を知り、
回避のために動き始めたのだ。
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:49:24 ID:YMTol5tc0
-
中にはここを去った者もいるだろう。
彼らをアサピーは責めない。
代わりに、自分と同じく、
愚かにも残ってしまった者達を歓迎する。
(-@∀@)「終焉とやらを止めるぞ!」
(´・_ゝ・`)「おう!」
進む時間の中で、データを収集、議論を重ねなければならない。
秒針が一つ進むごとに、談話室に人が増えてゆく。
他所の部屋からは、
電話の音や情報を叫ぶ声が響いてきた。
(-@∀@)「はは、馬鹿ばかりだ」
(´・_ゝ・`)「多少、頭のネジが緩んでいないと、
世界を救おうだなんて思わないさ」
(-@∀@)「まったくだ」
何人かがアサピー達の言葉に賛同し、
笑い声を上げた。
その最中、可愛らしい、鈴のような声が彼の耳に届けられる。
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:51:00 ID:YMTol5tc0
-
7月14日11:10:17 渡辺珊瑚
布藍高校は自主性と自由を謳う、
ありふれた公立高校の一つだ。
別段、偏差値が高いわけでもなく、
部活動が盛んなわけでもない。
極普通の子供達が、
何となく学び、遊び、卒業していく。
从'ー'从「来週からはテストかぁ」
友人達と食事をしていた渡辺は、
悲しげな顔をしてため息をついた。
(゚、゚トソン「早く帰れるからいいじゃないですか」
(*゚ー゚)「そりゃ、頭の良いトソちゃんからしたらそうかもだけどねぇ」
多くの学生にとって、テストというのは憂鬱なものだ。
ある者はお小遣いの額が左右され、
またある者は親からのお説教を受けるはめになる。
常に平均値辺りをウロウロしている渡辺もそれは同様で、
一応はテスト勉強もしているのだけれど、
結果が奮ったことは数えるほどしかない。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:51:37 ID:YMTol5tc0
-
从'д'从「あー、せめて、テストの点が悪くても慰めてくれる彼氏がほしいー」
(*゚ー゚)「アタシが慰めてあげようか?」
从'ー'从「カッコイー、イケメン彼氏がいいー」
(゚、-トソン「そんなことを言っているうちは、
彼氏なんてできませんよ」
(*゚ー゚)「あー、彼氏持ちの余裕ってやつですかぁ?」
からかうようにして尋ねれば、
仄かに顔を赤めた表情が返ってくる。
そんなつもりではなかったようだが、
彼氏の存在を揶揄されると照れくさいようだ。
定期的に繰り返されるお決まりの流れに、
渡辺も未来の憂鬱を少しだけ忘れ、笑みを浮かべていた。
そんな時だ。
突如として、周囲が騒然としだしたのは。
人が消え、誰かが声をあげ、見知らぬ者が現れる。
瞬きのうちにそれらが繰り返されていく。
从;'ー'从「な、何が起こってるの?」
(゚、゚;トソン「そんなの、私にだって――」
从;'ー'从「……トソちゃん?」
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:52:51 ID:YMTol5tc0
-
言葉が途切れる。
トソンの言葉だけではない。
周囲の、全ての人間、生き物、人工物の音が消えた。
从;'ー'从「え……っと、なに、これ?」
渡辺は席を立ち、ゆっくりと後ずさる。
何が起こっているのか、
全くもって理解できない。
不明、ということほど恐ろしいものはなく、
彼女は本能的にそれから逃れるため、
距離を置こうとした。
从;'ー'从「しぃちゃん! トソちゃん!
ねえ! 返事、してよ!」
悲鳴のような声をあげるが、
それに対する応えはない。
二人とも、驚愕の色を顔に貼り付けたまま、
ぴたりと静止している。
从;'д'从「説明してよ、トソちゃん。
私、馬鹿だからさぁ、わかんないよぉ」
友人の方を掴み、優しく揺さぶってみるが、
やはり反応はなく、彼女は口を開いたまま、
瞳一つ動かない。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:53:29 ID:YMTol5tc0
-
どうして、何で、と、
涙目で訴えかけるが、
世界は止まってしまっている。
彼女の声を聞く者もいない。
从;'д'从「誰かぁ!」
食べかけのお弁当を置いて、
教室を飛び出した。
廊下には休み時間を楽しんでいる生徒達の姿があるが、
その中の誰一人として、声を出すことも、指先一つ動かすこともしない。
从;д;从「う、そ、だよねぇ?」
手を伸ばし、
がむしゃらに縋りついて回る。
誰でも良かった。
男でも、女でも、
この不安を分かち合ってくれる人間がいれば、
それでよかったのだ。
けれども、現実は残酷なもので、
渡辺を優しく抱きとめてくれるものは誰一人としていない。
从;д;从「死んじゃうなんて、
嘘だって言ってよぉ!」
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:54:04 ID:YMTol5tc0
-
現状に対する問いかけに対し、
空気を伝い、鼓膜を奮わせる形での返答はなかった。
しかしながら、答えは確かに渡辺へ贈られていたのだ。
体が、直感が、空気が、
長い1秒と終わる世界について教えてくれている。
从;д;从「やだよぉ……」
渡辺は廊下にうずくまり、
小さな嗚咽を漏らす。
从;д;从「ま、まだ生きていたい」
些細過ぎて、現代の日本では当たり前のように叶えられていた想い。
それが、今になって、とても重大で、難しいものになってしまった。
明日がやってこない、など、
何処か遠くの紛争地帯か、
何百万人に一人の病気をわずらった人間にだけ与えられた、
悲しいハズレくじのようなものだと渡辺は心のどこかで考えていた。
从;д;从「だって、わたし、まだ、やりたいこと、たくさん」
続きが気になる本。
録画していたテレビ番組。
海へ行く予定。
楽しいことが未来にはあるはずだった。
- 98 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:55:03 ID:YMTol5tc0
-
从;д;从「どうして、せかいがおわっちゃうの?」
理不尽な現実に対する答えはない。
あるのは、無常な終わりという結末だけ。
从;д;从「たすけて、よ、だれか」
これがフィクションであったなら、
正義のヒーローの登場だとか、
人々の団結だとかによって世界の終わりは防がれたことだろう。
渡辺は硬く目を閉じ、
夢のような終わりを思い浮かべる。
人の気持ちが世界を救うのだ、と、
どこぞのキャラクターが言っていた。
想いによってこの現実を覆すことができるというのならば、
いくらでも願い、祈りを捧げよう。
从;д;从「神様……」
高校生にもなれば、
人間という存在が罪深いことくらい、理解しているものだ。
争い、汚染し、破壊する。
歴史を学び、とんでもないと顔をしかめることもあれば、
仕方のないことだ、と受け入れてしまうこともあった。
そこに、強い罪の意識というものは存在していない。
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:55:43 ID:YMTol5tc0
-
過去のことだから。
発展のためには必要なのだから。
いずれは変わるだろう。
そんな言葉を重ね、
人は今も昔も罪と言い訳を続けてきた。
从;д;从「反省します。
私も、きっと、みんなも」
神がお怒りになるのももっともな話だ。
渡辺は罪を認め、神に懺悔の言葉を送る。
願わくば、世界の終わりを先延ばしにしてくれはしないか、と。
从;д;从「お願いします、お願いします。
わたしにできることでしたら、なん、なんでも、しますから」
天上へ祈りが届くよう、
少しでも早く、自分の声が神の元へ送られるよう、
彼女は両腕を伸ばし、天に近づこうとする。
从;д;从「ころさないで」
慈悲があるのならば。
猶予をくれてもいいではないか。
零れる涙を拭うことなく、
賢明に、全身全霊をもって懇願する。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:56:33 ID:YMTol5tc0
-
从;д;从「――返事、してよぉ」
十分はそうしていただろう。
伸ばした手が震えても、
涙で目の端がひりひりと痛みを訴え始めても、
渡辺は祈ることをやめなかった。
止めてしまえば、絶望と対峙しなければならない。
平和な国に生まれた十六、七の少女に、
その恐怖を真正面から受け止めろ、というのは、
あまりにも過酷な要求といえる。
だが、神とやらは答えを返してはくれない。
是とも否ともとれる沈黙のみが渡辺に与えられた。
希望的観測を抱き、沈黙は肯定である、とするべきか。
とるに足らぬ訴えなど、そもそも神は聞いていないととるべきか。
从;д;从「聞いてよ! 私の! 話を!」
喉がすり切れてしまうような叫び。
彼女は神の意志を、脳とも心とも違う部分で理解していた。
つまるところ、救いの手など、ありはしないのだ。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:57:22 ID:YMTol5tc0
-
从;д;从「どうしてなのよぉ!」
問いかけ。
理由など、わかったところで、どうにもならないというのに。
祈りも懺悔も届かないというのであれば、
せめて、理不尽な終わりではなく、
納得のいく最期が欲しい。
从;д;从「返事! してよぉ!
もう、もう何でも、いいから!」
床を叩き、窓ガラス越しに空を見る。
輝く太陽がこれほど恨めしく思えたのは初めてだった。
从;д;从「嫌よ! わた、し、絶対、いや。
助けてよぉ。だれでも、良いから。
大丈夫、って、言ってよぉ!」
何度も何度も床を叩き、
柔らかな彼女の手は真っ赤に色づく。
傍から見れば痛々しいことこの上ないのだが、
幸か不幸か、目撃者はいない。
从;д;从「いやぁあ! し、死ぬなんて!
私、彼氏も、誰かと、キスしたことも、ないのに!」
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:58:12 ID:YMTol5tc0
-
渡辺は涙を床に零しながらヒステリックに喚き散らす。
胸の中にある不安と恐怖、わずかな虚無が彼女を突き動かしていた。
誰かのせいにして、何かにあたって、
そうして自分を傷つけて、
痛みと空しさで心を満たすことでしか、
平静を取り戻せない。
从;д;从「かえして! わたしの! 明日を!
だれかを好きになって、け、けっこん、とか、して、
奥さんに、なって、こどもと、いっしょに、おでかっけ、し、って」
どれだけ醜かろうと、みっともなかろうと、
自身のため、彼女は散々に泣き、床と壁を叩く。
窓ガラスを割ろうとしなかったのは、
心の片隅に残った理性がそうさせたのだろう。
从;д;从「うぅ……と、らないでよぉ。
わた、しの、未来を……」
冷たい廊下に四肢をつけ、
弱い獣のように丸くなる。
心と身体をナニカから守るかのように。
从 д 从「なんでぇ、こん、な」
何度目かの問いかけを口にするが、
やはり答えは帰ってこなかった。
- 103 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 19:59:12 ID:YMTol5tc0
-
从;д;从「ひどい、ひどいよ……」
赤く腫れた手をさする彼女の声は、
一時に比べれば落ち着いたものとなっている。
未だに涙は零れているが、
気持ちは幾分かすっきりしたらしく、
嗚咽の激しさはなりを潜めていた。
从うд;从「だれかぁ」
渡辺は緩慢と立ち上がり、
体力が尽き果てそうになっている足でどうにか前へ進む。
求めるのは助けてくれる誰かであり、
自らの横で支えてくれる誰かだ。
从うд;从「ほんとに、私しか、いないの?」
教室の扉を開け、
誰も動いていないことを確認しては、
次の部屋へと向かう。
静まり返った部屋の中、
人の声どころか、物音一つしない。
何て孤独な世界なのだろうか。
たった一人、取り残されてしまったような気持ちになり、
彼女は再び喚き散らしたい気分になった。
- 104 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:00:24 ID:YMTol5tc0
-
从うд'从「……あ」
一つ一つ、しらみ潰しに覗いてまわっていた渡辺は、
普段は使われていない教室で足を止めた。
様々な資料や道具が雑多に詰め込まれたそこは、
すっかり倉庫然としており、
かつては普通の教室として使用されていたとは思えない有様だった。
少子化さえなければ、
今もここで授業を受けている人間がいただろうに。
从'ー'从「誰か、いるの?」
だが、渡辺の興味関心を惹いたのは、
見慣れない教室の風景ではない。
机と椅子、姿見に雑品、資料の向こう側、
黒板に描かれた文字に彼女は目を奪われていた。
【世界が滅ぶらしいので、
最期に何かどうぞ】
白いチョークで書かれた文字は、
おそらく女子生徒が書いたのだろう。
丸くて可愛いだけではなく、
周囲に花や蝶といったイラストまで付け足されている。
- 105 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:01:07 ID:YMTol5tc0
-
从'ー'从「中学の卒業式のとき、
こういうの見たなぁ」
クラスの中心にいる女子生徒が黒板を使い、
寄せ書きのようなものを作る。
女子も男子もなく、皆が思い思いの文字と絵を使い、
中学校生活最後の日を楽しく彩ったあの時。
幸せだった思い出に胸が癒され、
小さな微笑を浮かべた渡辺は、
引き寄せられるようにして黒板へ近づいていく。
【テストがなくなって良かった! 長岡】
【↑バーカ。死ぬんだぞ】
【田中先生は大嫌い。マジでクソ】
【みんなだーいすきだよっ! 素直キュート】
【杉浦先輩、好きでした。 莉々】
从'ー'从「みんな、私と同じような状況にあったんだね」
何も書かれていない場所をそっと指でなぞる。
良くも悪くも、ここに書かれている言葉は、
嘘偽りないものなのだろう。
もう世界が終わるというのに、
いちいち取り繕うことに意味はない。
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:02:02 ID:YMTol5tc0
-
从'ー'从「ふふ、キュートさんって、
ぶりっ子であんなこと言ってるんだと思ってたけど、
あれが素だったんだ~」
仮にこれが嘘だとしても、
最後の1秒だというこの場面でぶりっ子を演じれるというのであれば、
それはそれで大したものだ。
本物である、と認めていいだろう。
从'ー'从「ジョルジュ君はお馬鹿だし」
知っている名前、知らない名前。
全て、終わる名前。
从'ー'从「……せっかくだし、私も何か書こうかな」
白と黄色、赤、青、緑。
五色のチョークが置かれており、
先人達も各々、好みの色で思いを綴っている。
渡辺は少し指を彷徨わせ、
最終的に赤い色を選んだ。
从'ー'从「そうだなぁ」
間接的にではあるが、
自分以外の誰かも同じ思いをしている、
あるいはしていたのだと知り、
彼女の心はわずかに穏やかさを取り戻していた。
- 107 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:02:53 ID:YMTol5tc0
-
【素敵な彼氏が欲しかったよぉ~ 渡辺珊瑚】
从*'ー'从「……ちょ、ちょっと本音過ぎたかな?」
死を間際にして書くことではないか、と思いつつも、
先立って書かれているものも、
大差ないようなことばかりが書かれている。
何だかんだ言い、思ったとしても、
世界の終わりというのをどこか非現実的にとらえているのだろう。
第一、まだ子供である彼ら、彼女らは、
純粋な部分を多く残しているものだ。
すれているだとか、悟っているだとか世間に言われていたとしても、
追い詰められて出てくる本性というのも大したものではなく、
ちょっとした愚痴や好意が目立つ結果となっていた。
从*'ー'从「や、ややややっぱり、恥ずかしいし、違うことを」
自身の言葉を訂正すべく、
黒板消しを手に取った彼女は、
そこに文字が足されていることに気づいた。
从'ー'从「あれれぇ~?」
- 108 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:03:53 ID:YMTol5tc0
-
【←渡辺さんのこと、ずっとずっと好きでした。】
赤いチョークで足されたそれは、
確かに先ほどまでは存在していなかった言葉。
从'ー'从「……んっとぉ」
数度、文字を読み返す。
黒板に触れ、なぞるようにして、
書かれた意味を咀嚼する。
从*'ー'从「ふ、えぇ~?」
渡辺は黒板消しを落とし、
両手で顔を押さえた。
体中の血液が顔に集まってくるようだ。
从*'ー'从「好き? 私のことが?
えっと、誰?」
突如として浮かび上がってきた文字に、
普通ならば怯えるところだろう。
しかし、世界の終わりを前に、
幽霊や超常現象に恐れ戦く彼女ではなかった。
黄色い声をあげ、くるくるとその場で回り、
どうにか興奮を落ち着けてから再び赤いチョークを手に取る。
- 109 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:04:44 ID:YMTol5tc0
-
【あなたはどなたですか? 渡辺】
高鳴る鼓動を抑えることができず、
期待に目を潤ませて返事をじっと待つ。
今の彼女の頭の中に、
世界の終わりだとか、神への怒りだとかいうものは、
一切存在しえない。
【ないしょ】
一分も待たなかっただろう。
返事が書き足される。
从*'ー'从「どーして!」
【どうしてですか?
私は、あなたのことを知りたいです 渡辺】
思いの丈を、できる限り丁寧な言葉遣いを心がけて記す。
せっかく自分を好きだと言ってくれている人がいるのだ。
悪い印象を与えたくはない。
【本当のワタシをキミは好きになってくれないでしょうから】
今までのやり取りが一度全て消され、
新しい文字が浮かび上がる。
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:05:25 ID:YMTol5tc0
-
【そんなことありません。
私、あなたのことを何も知りませんけど、
きっと、私も好きになると思います 渡辺】
姿も名前も知らぬ相手ではあるが、
余程のことがなければ、
好きと言われて悪い気はしない。
長い1秒間の中で、
唯一やり取りができるというのならばなおさらに運命を感じてしまう。
【ワタシのことはいいんです。
でも、良ければ、少しお話がしたいのです。
最期の思い出を、キミと作ることができたら、
これ以上の幸せはありませんから。】
現れた文字を何度も読み返し、
渡辺はうっとりとした表情をする。
最期の思い出。悲しい言葉ではあるが、
何とロマンチックなのだろう。
从*'ー'从「私もあなたと話したい」
【喜んで! 渡辺】
チョークが何度も黒板を撫で、
カツカツと音をたてながら文字を記してゆく。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:05:57 ID:YMTol5tc0
-
【よくお友達とケーキの話をしていましたが、
甘いものがお好きなんですか?】
【とても! 特に、イチゴのショートケーキが。
あなたは何が好きですか? 渡辺】
【ワタシは甘いものが苦手なのですが、
創咲堂のチーズケーキは甘さがひかえめで、
とても美味しく思いました。】
他愛もない話だ。
まだ距離感のつかめていない友人同士のような。
从*'ー'从「あー、あのケーキ屋さん知ってるんだ!
美味しいよね!」
【私もあのケーキ屋さん大好きです。
もしかしたらすれ違ってるかもしれませんね! ワタナベ】
日常風景のような会話が、
今の渡辺には何よりも染み込んでくる。
黒板越しにやりとりをしている間は、
世界の終わりだとか、無くなってしまった未来だとかを忘れることができた。
【実は何度かお見かけしています。】
【うっそ! 教えて欲しかった~ ワタナベ】
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:06:52 ID:YMTol5tc0
-
相手の正体を知りたい、という気持ちも、
依然として残ってはいるのだけれど、
問いかけて答えが返ってくるとは思えない。
ならば、この短いようで長い1秒をより楽しむのが正解というものだろう。
踏み込み過ぎた結果、さようならを告げられてしまえば、
渡辺に相手を見つける術はないのだから。
【いつも楽しそうにケーキを見てましたね。】
【ちょっと恥ずかしいです…… ワタナベ】
【美味しくご飯を食べられる人は、
良いと思いますよ。】
【でも、太っちゃうので ワタナベ】
【渡辺さんは細いので、
少しくらいふっくらするのがちょうど良いですよ。】
【あなたはその方が好みなんですか? ワタナベ】
ここで少し間が空いた。
軽快に進んでいた会話に、
謎の沈黙が降りたときと似た焦りが渡辺の中に生まれる。
从;'ー'从「面倒な子って思われちゃったかな」
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:07:30 ID:YMTol5tc0
-
慌てて言い訳を書こうとチョークを握るが、
彼女が文字を書くよりもわずか数拍前に相手からの返信が浮かぶ。
【どちらでも。
キミがキミであれば。】
从*'ー'从「も、もう! この、王子様じゃないんだからさぁ!」
王道少女マンガにでも出てきそうな台詞に、
渡辺のテンションは最高値を容易に振り切ってゆく。
生まれてこのかた、こんな台詞は言われたことも、聞いたこともなかった。
てっきり、お話の中だけに出てくるのだと思っていたが、
どうやら現実でも聞きうる可能性があるものだったらしい。
【恥ずかしいよぉ! ワタナベ】
【真実ですから。】
【話変えよ! えっと、
お休みの日は何をしてますか! ワタナベ】
【ワタシは家で音楽をきいたり、
動画を見たり、後は、ちょっと買い物に出かけたり、ですかね。】
【インドア派なんですね。
私もそうなので、ちょっと嬉しいです ワタナベ】
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:08:15 ID:YMTol5tc0
-
それからも、二人は日常風景のような会話を続けた。
昨日見たテレビの話。
好きな科目、嫌いな科目。
最近、気に入っている音楽。
チョークが短くなっていくごとに相手への理解が深まっていくというのに、
どれだけ時間があったとしても、
相手を知るためにはまだまだ足りないのだ、と思う。
【最近、いざか屋でバイトを始めました。
小さな店で、接客だけではなく、
調理をすることもあります。】
【一度だけでいいから食べてみたいです! ワタナベ】
【それはできませんので、
どうかこの辺り一帯のいざか屋をせいはしてください。】
ありもしない未来の話までするようになった。
夢幻と成りつつあるそれらの話に胸を痛めることはない。
もっと知りたい。
まだ知りたい。
その気持ちでいっぱいだった。
从'ー'从「これが、もしかすると」
恋、というやつなのだろうか。
【あなたは、どうして私のことを好きになってくれたんですか? ワタナベ】
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:09:20 ID:YMTol5tc0
-
やや控えめな大きさで書かれたそれは、
押さえきれなくなり、零れた渡辺の気持ちだ。
聞くまいと、幸せな夢だけを見ていたいと。
確かに思っていたはずなのに、
文字を通して相手を知れば知るほど、
もっと近づきたくなってしまった。
胸の奥から渡辺を突き動かす強い想いは、
最早、彼女本人でさえ止めることはできない。
【だって、私、心あたりないです。
あなたみたいな、すてきな人に好かれる、理由 ワタナベ】
返ってこない解答に焦れた渡辺は追加で文字を書く。
いつ、何処で出会ったのかさえわからない相手ではあるが、
文字の端々から優しさと心配りが感じられる素敵な人に、
好意を寄せてもらえる気が全くしなかったのだ。
人違いか、とも思ったが、
幸いにして布藍高校にいる「渡辺」は彼女一人。
苗字を名乗っているのだから、間違いということはないはず。
从'-'从「大切なこの1秒の中で、
こんなに一緒に時間を浪費して。
それを、嬉しいと思ってくれるような人が、
私にいるなんて、信じられないよ」
- 116 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:09:56 ID:YMTol5tc0
-
そこまで愛してくれているというのならば、
今日に至るまでに告白の一つでもしてくれればいいものを。
この時間とて、偶然手に入っただけで、
本来ならば、たった一人で悲しく過ごさねばならない時間だったはずだ。
从'-'从「疑いたいわけじゃないの」
黒板に額をつけ、
渡辺はそっと目を閉じる。
相手が嘘をついていると考えているわけではない。
神から与えられた大切な1秒だ。
誰かをからかうために使う馬鹿はいないだろう。
きっと、文字の向こう側にいる誰かは、
本心から渡辺を愛してくれている。
無限のようであり、有限であるこの1秒を幸せに思ってくれているのだろう。
わかっている。
だが、渡辺の自信だけが、どうしても足りない。
从-д-从「お願い。
ほんの少し、教えて」
胸を張って、最期の時を迎えられるように。
何もないと思っていた自分でも、
両親以外にも愛してくれた者がいるんだぞ、と。
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:10:51 ID:YMTol5tc0
-
从'ー'从「――あ」
息を数回、吸って吐いてを繰り替えし、目を開ける。
【きっと、キミは覚えていないだろうけど。】
小さく書かれた文字。
迷いながらもチョークを動かしてくれたのか、
わずかに歪な形をしていた。
【キミはワタシを助けてくれたんだ。】
渡辺の返事を待つことなく、
誰かの言葉が次々黒板に浮かび上がってゆく。
【前はのんびり屋のキミを、あまり好きになれなかった。】
どのような顔をして、
この、ラブレターのような言葉を紡いでくれるのだろう。
体育館裏で、あるいは屋上で、こんな風に愛を告げられることを夢見ていた。
【でも、気づけたんだ。
キミはとても優しくて、おだやかで、すてきな人なんだって。】
从'ー'从「あなたはだぁれ?」
人を助けた覚えなんてない。
あったとして、落し物を拾ってあげたり、
ノートを貸してあげたりといった程度のことだ。
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:11:25 ID:YMTol5tc0
-
【キミに恋をしてしまったと、気づくのに、
受け入れるのに、少し時間がかかってしまったけど。】
言葉が消えてはまた新しく変わっていく。
渡辺はその様子をただじっと見ていることしかできない。
从'ー'从「ねぇ、もっと早く、教えてほしかったよ」
そうしたら、一緒に映画を見て、ランチを食べて、
ショッピングに付き合ったりしてもらって、
ゆっくり愛を育むこともできたのに。
愛の言葉を、飽きるほどねだることだってしたかった。
自分も、その気持ちを返してみたかった。
【目は、どうしたってキミを追いかけたし、
キミの周りはやけにキラキラしていた。
胸がドキドキして、どうしようもない毎日だった。】
気が急いているのか、
感情が昂ぶってきたのか、
文字はどんどん乱雑になり始めている。
【かわいい、丸っこい声を聞くたび、
もっと聞きたいと思ったよ。
笑う顔を見るたび、もっと笑ってほしいと思った。】
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:12:03 ID:YMTol5tc0
-
泣いているのかもしれない。
何故だか、渡辺はそんなことを思った。
【泣かないで ワタナベ】
黒板の端、相手の言葉の邪魔にならぬよう、
小さく文字を書く。
同じだけの愛をそのまま返すことはできないかもしれないけれど、
今、確かに渡辺は黒板越しの相手を愛し始めていた。
愛おしい者が悲しみや苦痛で涙を流すというのならば、
傍に寄り添い、落ちる雫を拭ってやりたい。
【かわいい口にキスできたら、なんてことも思ってた。
サイテイだ。ワタシは、サイテイなんだ。】
从;'ー'从「そんなことないよ。
人を好きになるって、綺麗なことばかりじゃないもの」
【ぎゅっと抱きしめて、やわらかい身体を包みたかった。
ほほを合わせ、じっとしていたいと思った。】
从//ー/从「そ、それも、仕方ない、ことだよ!」
自己嫌悪に陥っているらしい相手へ、
否定の言葉を向けるべく、渡辺はチョークを黒板につけた。
しかし、彼女が文字を書く、その一歩手前。
【キミとおしゃべりができた日は、
とても嬉しくて幸せだった。】
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:12:42 ID:YMTol5tc0
-
从'ー'从「……え?」
渡辺はチョークを持ったまま硬直する。
その間も、黒板には絶え間なく文字が浮かび上がり、消えてゆく。
【ワタシの言葉に笑ってくれたから、
もっともっと好きになってしまった。】
相手の姿が見えないうえに、自身に心当たりもなかったため、
彼女は無意識のうちに、黒板越しの誰かを見知らぬ男だと思っていた。
【去年、同じクラスだったんだ。
文化祭の出し物の相談をみんなでして、
成功したときは全員でハイタッチをしたよね。
あたたかなキミの温もりをずっと覚えていたかったよ。】
だが、おそらく、違うのだ。
【打ち上げだ、ってみんなでファミレスに行って、
夜遅くになっちゃって、先生に怒られた。
あれも、大切な思い出だよ。】
相手はすれ違っただとか、同じクラスだった、というだけではなく、
もっと渡辺と親密な仲になっていた誰かだ。
【ごめんね。】
そして、彼女の知る限り、
打ち上げに参加していた男子で、先生に怒られるまで残っていたのは、
全員が彼女持ちだったはず。
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:13:14 ID:YMTol5tc0
-
【さよなら。
良い思い出を、ありがとう。】
从;'ー'从「待って!」
思わず振り返る。
見えぬ誰かは、きっと黒板を離れてしまっただろう、と思ったから。
从;'ー'从「――あ」
渡辺は目を見開く。
そして、わずかに逡巡する。
知ることは、必ずしも善ではない。
彼女にとってだけの話しではなく、
洗いざらいを打ち明けてしまったであろう相手にとっても。
迷った末、彼女は今一度、
黒板を振り返り、残された文字に触れる。
从- -从「私のこと、そんなに好きになってくれてたんだね」
気づかなかったなぁ、と呟く。
驚きはした。
しかし、嫌な気持ちにはなれない。
震えた文字は、
書き記されていた言葉が何一つ嘘でなかったことの証明だ。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:13:43 ID:YMTol5tc0
-
从'ー'从「決めたっ!」
顔を上げた渡辺は、
すぐさま振り返り、教室を出る。
相変わらず時が止まったままの廊下は、
人影はあれども走るのには不便はない。
从;'ー'从「急げっ、急げっ」
呼吸を乱しながら、彼女はひた走る。
のんびりとした性格の渡辺は、
普段、遅刻をしそうになっていたとしても歩いて登校してくるタイプの人間で、
こんな風に走る、というのは、体育の時間を除けば殆どないも同然だった。
从;'ー'从「時間が、きちゃう」
慣れぬ行為に足がもつれそうになるが、
賢明に自分の身体を律し、前へ進む。
残された時間はわずかなのだ。
1秒が終わる前に。
世界が終わる前に。
たどり着かなければならない場所がある。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:14:20 ID:YMTol5tc0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
从;'ー'从「み、みーつけ、た」
肩で息をしながら、彼女は言う。
校門の隅、花壇のレンガに腰掛けている相手は、
驚きに目を見開いていた。
その顔を見れただけでも、
走ってきたかいがあるというものだろう。
从;'ー'从「じ、かんないから、
話し、聞いて」
呼吸を整える時間ですら惜しい。
こうしている間も、周囲の様子は変化を続け、
着実に世界の終わりが近づいてきている。
从;'ー'从「私、ふ、つうに、告白、されてたら、
困ったと、思う、の」
相手は顔を俯けた。
きっと、泣きそうな顔をしているはずだ。
从;'ー'从「でも! 嫌じゃ、なかったよ!
ハインちゃん!」
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:15:30 ID:YMTol5tc0
-
从 ;∀从「……な、んで」
从'ー'从「びっくりしたし、付き合うとは言えなかっただろうけど、
好きになってもらえたのは、嬉しかったの」
从 ;∀从「気持ち、悪く」
从'ー'从「ないよ。だって、人が人を好きになるのに、
理由はないんだから」
高校一年生のとき、ここで渡辺はハインと出会った。
遅刻寸前、という中でものんびりと歩いていた渡辺の前で、
彼女は盛大に足をつまずき、地面とお友達になっていた。
从'ー'从「ここ、思い出の場所だよね」
ハインのスカートから伸びる足には真っ赤な血が流れており、
痛々しいそれに、渡辺は持っていたハンカチを手渡したのだ。
从 ;∀从「うん……」
从'ー'从「私ね、ハインちゃんの思うような良い子じゃないからさ」
从 ;∀从「そんなこと」
从'ー'从「あるよ。だって、私、同じ思いを返せないってわかってるのに、
最期は寂しいから、愛してくれる人と一緒にいたいな、って思ってるもん」
- 125 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 20:16:03 ID:YMTol5tc0
-
从 ;∀从「う、ぇ?」
从'ー'从「このまま未来が続いたとして、
私、ハインちゃんのことは恋人とは思えない」
从 ;∀从「……だよ、な」
从'ー'从「でも、私、彼氏ができたこともないし、
このまま寂しく死ぬのは嫌なの」
握っていたハインの手をそっと持ち上げ、
胸の高さでより強く握る。
从'ー'从「だから、ハインちゃんの気持ちを利用しようとしてるの」
从 ゚∀从「それは」
从;'ー'从「嫌いになっちゃった?」
从 ゚∀从「ううん」
ハインは首を横に振る。
从*゚∀从「そんな、夢見たいな、特権、いいのか?」
愛する人が最期に見る人になれる。
最期に触れた人になれる。
特権といわずして、何とするのだ。
从^ー^从「ハインちゃんが良ければ!」
二人は両手を強く握り、
幸せそうに笑いあった。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:32:32 ID:YMTol5tc0
-
7月14日11:10:20 津出ツン
社会人として生活を始め、早数年。
二十代後半を越え、三十路を目前にし、
焦る気持ちがないと言えば嘘になる。
大学時代の友人達は次々に結婚し、
その度に三万円と交通費、美容院代といった出費がかさむ日々。
懐が寒くなるもの悲しみの一つではあるが、
やはり、幸せな結婚、というものに憧れとわずかな嫉妬があった。
中には既に子供を二人もうけた者もおり、
SNSの近況報告を見るたび、ツンのない胸は痛みを訴える。
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅ、今日もあっついわねぇ」
ミンミンとうるさいセミの鳴き声は、
夏が始まったことを嫌という程思い知らせてくるというのに、
太陽の暑さまで付け加えられた日には、
クーラーの効いた会社から一歩足りとも出たくなくなってしまう。
しかし、これも仕事。
炎天下の中、取引先へ向かうのが嫌だとは、
口が裂けても言えないのだ。
- 128 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:33:07 ID:YMTol5tc0
-
駅へ向かって歩いていると、
鞄の中に入れていた携帯電話が震えだす。
ξ゚⊿゚)ξ「はい、こちら津出です」
ツンが所属している会社からの電話だ。
明日の会議について、急を要する案件があったらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「えぇ、はい。
でしたら、私の机の上にある、
もちろん、構いません。適当に探ってもらって、はい」
要求されたデータが何処にあるのかを一瞬だけ考え、
彼女はすぐさま返事を出す。
携帯電話を持っていない方の手は、
書類の在りかを示すべく大振りに動いているが、
誠に残念ながら、相手には伝わらない。
ξ;゚⊿゚)ξ「は……。
え? ちょっ、待っ――」
電話の向こう側で何やら騒ぎが起きているようだった。
だが、ツンはすぐに気づく。
異常事態が起こっているのは、
会社の方だけではない。
自身の周囲も、だ。
めまぐるしく変わる人の姿と声。
まるでぶつ切りの映像を見ているような。
ξ;゚⊿゚)ξ「な、に……?」
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:34:15 ID:YMTol5tc0
-
唐突に、周囲が静かになった。
頭を割ろうとしているかのようなセミの声も、
人のざわめき、足音、車の音。
全てが消え去っている。
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょ、ちょっと、何、何よ」
手にしていた携帯電話を落とし、
ツンは右を、左を、何度も何度も見た。
その間、動いたり、音を発したりする存在は何一つとしてない。
誰も彼もが、何もかもが、
フリーズしてしまったゲーム画面のように静止している。
ξ;゚⊿゚)ξ「あなた、何をしてるの?」
近場の男性に声をかけてみるが、
彼は絶望を顔に浮かべ、口を開けたまま動かない。
肩を叩いても、顔の前で手を振っても、だ。
ξ;゚⊿゚)ξ「やだ、怖い」
両手を胸の前で握り、
一歩後ずさる。
理解できぬ光景は、
下手なホラーよりも恐ろしくツンの目に映った。
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:34:46 ID:YMTol5tc0
-
ξ;゚⊿゚)ξ「止まって、る?
時間、が?」
知らず知らずのうちに、
彼女の息が荒れ始める。
受け止めきれない現実を前に、
心が限界を向かえそうだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「しかも、世界が終わるですって?
そんな、まさか」
楽しいばかりの人生ではなかったけれど、
死を望むほどの不幸を体感したことはない。
まして、世界の滅亡を望んだことなど、
ツンには一度とてなかったのだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「嘘よ。嘘と、言って」
誰に言うでもなく、
懇願にも似た悲鳴を上げる。
すっかり大人になってしまった彼女にも、
まだ未来はあったはずなのだ。
笑顔でウエディングドレスを着ていた友人達のような。
幸福に満ちた未来が。
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:35:15 ID:YMTol5tc0
-
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン」
ツンは震える足を動かす。
ξ;゚⊿゚)ξ「助けて、ブーン!」
硬いアスファルトを蹴り上げ、
彼女は走りだした。
数センチのヒールがバランスを不安定にさせるものの、
慣れたものだと言わんばかりにツンは道を駆ける。
カツカツと音が静かな世界に響いていく。
ξ;゚⊿゚)ξ「私、怖い」
気楽な学生時代が終わり、
全速力で走ることなど、
たまの寝坊時にしかなくなっていた。
体力は衰え、
今も十数メートルの距離を行くだけで足が震え始めている。
それでも、彼女は足を止めない。
救いを求め、
愛する者のもとへ向かうため。
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:35:52 ID:YMTol5tc0
-
結婚の流れから取り残されつつあるツンではあるが、
世間一般の、所謂、行き遅れとは違い、
焦る気持ちは少なかった。
それというのも、彼女には将来を約束したパートナーがいたのだ。
幼稚園の頃から家が隣近所で、思春期前も最中も後も、
常に一定以上離れることのない距離にいた幼馴染。
それが、内藤ブーンだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「私、まだ、死にたく、ない」
付き合って欲しい、と告白されたのは大学に入学する前のことで、
それから今まで、喧嘩をしたことは数知れず。
しかし、別れるという言葉だけはお互い出したことがない、
仲睦まじい二人であった。
ξ:⊿;)ξ「だって、まだ」
ツンが傷つき、涙に暮れた時、
いつだってブーンは傍にいてくれた。
怒りに満ち、歯を鳴らしているときでさえ、
彼は優しい笑みをツンに向けてくれていたのだ。
心の安寧を、最期の願いを求め、
彼女はブーンがいるであろう場所を目指す。
ξ;⊿;)ξ「プロポーズ、聞いてない、よ!」
- 133 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:36:28 ID:YMTol5tc0
-
照れくさいのか、
まだ家庭を持つタイミングではないと思っているのか。
ブーンは未だ、ツンにプロポーズというものをしていなかった。
月に数度のデートの度、密かな期待を瞳に乗せているのだが、
いつも甘い触れあいをするだけに終わっている。
本当のところは愛されていなのではないか、という、
つまらない憶測をする時期はとうに過ぎた。
目を見つめ、身体に触れ合えば、
彼が自身んを愛してくれていることは明白で、
疑うことすら馬鹿馬鹿しくなってしまうのだ。
だからこそ、ツンはいつまでも待つつもりでいた。
追い立てるようにして告げられるプロポーズに魅力はない。
ξ;⊿;)ξ「もう、間に合わなく、なっちゃう、よ」
どうせ死ぬというのならば、
最期くらい、言葉を求めても罰はあたらないだろう。
たった一言でもいい。
愛してるでも、結婚して欲しい、でも。
もしもあるというのなら、来世を約束しよう、でも。
ξ;⊿;)ξ「私も、言うから」
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:36:59 ID:YMTol5tc0
-
恥ずかしくて、言い出せなかった大好きを、
あると信じていた未来の分も吐き出したい。
両手から零れ落ちるほどのハートを渡したい。
ξ;う⊿゚)ξ「えっと、電車……」
視界を歪ませる涙を拭い、
足を震わせながらもツンは第一の目的地へと到着する。
そこはいつも利用している駅で、
平日の昼間でも少なくない本数が出ているはずだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「あ……」
電光掲示板で次の電車を確認しようとし、
ツンは愕然とした表情を見せた。
ξ;゚⊿゚)ξ「そっか、時間」
時が止まっている中、
どうして電車が動けるというのだ。
先発の時刻は数分後であるけれど、
その時間が来るまで世界が残っているとは限らない。
ξ;゚⊿゚)ξ「……ブーン、待っててね」
彼が勤務している会社は、
ここから二つ向こうの駅にある。
歩いても充分たどり着ける距離だ。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:37:36 ID:YMTol5tc0
-
ツンは深呼吸をし、
激しく脈打っている心臓を少しでも押さえようとする。
これから再び負担をかけるのだ。
多少、労をねぎらってやらねばなるまい。
ξ゚⊿゚)ξ「靴も脱いでいこうっと」
駅を出た彼女は、線路を見据え、
先月おろしたばかりのパンプスをその場に脱ぎ捨てた。
足を守ってくれる大切なものではあるけれど、
道を駆けてゆくにはどうも向いていない。
心残りはあるけれど、それより大切なものがツンにはあるのだ。
ξ-⊿-)ξ「……まだ、大丈夫」
疲労から足が震えているが、
だからといって休憩してはいられない。
彼女は一度目を閉じ、愛しい人の笑顔を思い浮かべる。
ちっぽけなことのように思われるかもしれないが、
これが一番、ツンに元気を与えてくれるのだ。
ξ゚⊿゚)ξ「よしっ!」
声と同時に彼女は走り出す。
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:38:13 ID:YMTol5tc0
-
細かな道はわからないので、
ひたすら線路をたどって行くことにした。
障害物等々のことを考えれば、
線路の上を行くのが正解なのだろうけれど、
いつ何時、時間が動き始めるのかわからない以上、
リスクが高すぎる、という判断だった。
ξ;゚⊿゚)ξ「あっつい……」
時間は止まっているというのに、
暑さだけは何一つ変わっていない。
激しく身体を動かすことにより上昇する体温も相まって、
ツンの体からはとめどなく汗が流れ続けている。
化粧は流れ落ちてしまっただろうか。
最期に見せる顔くらい、綺麗でありたいのだけれど。
そんなことを考えながらツンは走る。
世界の終わりだとか、今の現実だとかを真正面から見つめる勇気はない。
多少、馬鹿だと思われようと、
瑣末なことで頭を満たしているほうが精神衛生上宜しい結果になるのだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「こ、れで、かいしゃに、いな、かったら、
た、ただじゃ、おかない、んだからねっ」
息を弾ませ、悪態をつく。
外回りの少ない業種であるブーンなので、
会社にいるとは思うけれど、例外というのはどこにでもある。
- 137 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:38:58 ID:YMTol5tc0
-
胸中に湧きあがった不安を押し込め、
ツンは前だけを見て走る。
一つ目の駅は越えた。
各駅の間隔はそう広くなかったはずなので、
ブーンが勤めている会社への最寄り駅も近いうちに視界に入ってくるはずだ。
スピードは徐々に減少しているけれど、
まだ早足よりは速く走れている。
いざとなれば這ってでも行く気概はあるけれど、
好きな人の目の前でしたいと思える格好ではないので、
どうにか足がもてばいいと思わずにはいられない。
ξ;゚⊿゚)ξ「あし、いたい……」
アスファルトを踏みしめるたび、
小石がツンの柔い肌を刺す。
走るために力がかかっている分、
それらはより深く彼女の内側へと食い込んでいく。
そのうえ、黒々とした地面は太陽により熱せられており、
肌へのダメージはより深刻なものとなっていた。
泣き言を口にしてしまうのも納得できるというものだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「きゃっ」
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:39:29 ID:YMTol5tc0
-
小さな悲鳴。
重量のあるものが叩きつけられる音。
ξメ:゚⊿゚)ξ「うぅ……」
とうとう体力が尽きたらしいツンは、
派手な音をたてて地面に倒れこむ。
熱さと疲れから朦朧とし始めていた体では受身を取るどころか、
倒れるより前に手をつくこともできなかったようで、
彼女は身体のあちらこちらに小さな傷を負うこととなってしまった。
ξメ:゚⊿-)ξ「い、たい……」
顔に膝、手のひらと足の裏。
大小様々な傷からは赤い血が滲み出ている。
ξメ:;⊿;)ξ「いたいよぉ」
いい歳をして、とツン自身、思わないわけではないのだが、
涙が勝手に溢れては零れていく。
痛みと疲れ、先へ進みたいという焦りがそうさせるのだろう。
ξメ:う⊿;)ξ「ブーン」
震える手で身体を起こし、
一度止まってしまったためか、力の入らぬ足を叱咤する。
- 139 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:40:34 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿゚)ξ「あれ、何、これ」
どうにか立ち上がることに成功したツンが怪我の具合を確認すると、
左手の薬指に見慣れぬ指輪をがあった。
ハート型をモチーフとしているらしいデザインに、
美しいトパーズがはめ込まれた、
おそらくはそれなりに値のはるだろうもの。
_,
ξメ:゚⊿゚)ξ「……気味が悪い」
ブーンが贈ってくれたものではない。
そんな記憶はないし、
眠っている間にプレゼントされていたのだとしても、
彼と最後に会ってから数日は経っている。
今の今まで気づかなかった、というのはおかしな話だろう。
_,
ξメ:゚⊿゚)ξ「誰かの悪戯かしら」
彼氏がいる未婚女性の左薬指に指輪など、
冗談だとしても性質が悪すぎる。
ツンは見知らぬ指輪を抜き取り、
わずかに迷いを見せながらもそれを道の端に置く。
ξメ:゚ー゚)ξ「あなたに恨みはないんだけどね。
ここは予約済みだから」
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:41:04 ID:YMTol5tc0
-
穏やかな微笑みを浮かべたツンは、
指輪をひと撫でしてから足を踏み出した。
最早、走る体力は残されていない。
身体全体が痛みに嘆きを訴えているし、
足と心臓は限界を叫んでいる。
ξメ:゚⊿゚)ξ「待ってなさいよ」
それでもツンは止まれない。
諦めればそこで全てが終わってしまう。
世界が終わるよりも先に、
自身の希望を終わらせてはいけない。
彼女は歯を食いしばり、
痛みに耐えながら前へ前へと足を運ぶ。
ξメ:゚⊿゚)ξ「本当、文明って素晴らしいものだったのね」
車や電車があれば、
今頃、ブーンのもとへたどり着いていたことだろう。
携帯電話さえ使えれば、
タクシーを呼ぶこともできたし、
ブーンに連絡を取ることだってできた。
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:42:09 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿゚)ξ「無くなって、初めてわかる、
科学のありがたさ、ってわけね」
自嘲めいた声で呟く。
生まれた時には既に便利な物が溢れかえった世の中であったし、
彼女が成長するにつれ、科学は更なる進歩を遂げた。
これから先、SF映画のような世界がやってくるのだ、と、
信じて疑わなかったというのに。
ξメ:-⊿-)ξ「脆いものよねぇ」
慣れ親しんだ物が使用不可になっただけで、
ツンの体はボロボロになるまで酷使されてしまった。
生態系の頂点に立っている、などというのは、
傲慢な考えでしかなかったのだと思い知る。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ねぇ、神様」
空を見上げることはしない。
そんなことをしている暇があれば、
一歩でも前へ行かねばならないのだ。
ξメ:゚⊿゚)ξ「あなたの望む進化ってやつを
私達はできなかった、ってことなの?」
だから、終わってしまうのか。
- 142 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:42:49 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚ー゚)ξ「無視?
良い度胸してるじゃない」
遠くに目的の駅が見えてきた。
あの場所まで行けば、
ブーンの会社まで後一息だ。
ξメ:゚ワ゚)ξ「死んで、あなたに会ったなら、
私、すっごく文句言ってやるんだから」
疲れが振り切れ、気分が高揚し始めたのか、
ツンは高らかに笑い、叫ぶ。
ξメ:゚ワ゚)ξ「勝手なことしないでよっ! ってね。
ビンタもしちゃうかもしれない」
仏の顔も三度まで、というので、
二度くらいは許してもらわねば。
勝手な考えを巡らせる。
ξメ:゚ワ゚)ξ「いいでしょ?
あなたの都合で、突然、死ぬことになったんだから」
諦めるつもりは毛頭ないけれど、
もしも、ブーンに会えぬまま終わったしまったら。
相手が誰であろうとも、ツンは許せる気がしない。
- 143 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:43:38 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿-)ξ「やっとここまでこれた……」
神への恨み言と、黙って進むことに集中を繰り返した結果、
ようやくツンは元いた場所から二つ先の駅にたどり着くことができた。
真の目的地まではまだ少しあるが、
ここから先は何度か通ったことのある道。
距離感もある程度はわかっているので、
どれ程の時間がかかるかわからぬ駅を目指すよりも、
気持ちとしては楽なほうだ。
ξメ:゚⊿゚)ξ「よしっ」
気合を入れなおし、
ツンは身体を引きずるようにして足を進める。
駅前の大きな道は、
彼女が働いている会社周辺と同様に栄えており、
多くの人影が目に映る。
ξメ:゚⊿゚)ξ「……この人達もきっと、
私と同じ目にあったんだろうなぁ」
悲しみに暮れている顔や、絶望を抱いた顔を見るたび、
今の自分と重ねて見てしまう。
誰かを求めて手を伸ばす者の気持ちは、ことさらよくわかる。
- 144 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:44:21 ID:YMTol5tc0
-
彼女はまだ幸いな方で、
足を使えば愛する者に会いに行ける距離にいた。
これが出張中だとか、友人達と旅行中、であれば、
ツンも絶望と悲壮に満ちた顔をしていたに違いない。
ξメ:-⊿-)ξ「……酷い、話よね」
広大な世界の中で、
何人が幸せに満ちたまま終わりを迎えることができるのだろうか。
愛を、感謝を伝えられる人間が、どれだけいる。
ξメ:゚⊿゚)ξ「でも、きっと、変わらないんだ」
本当は、とツンは呟く。
不治の病にかかるかもしれないし、
事故で死ぬ可能性だってある。
人はいつだって、死と隣り合わせで生きている。
それをうっかり忘れていただけなのだ。
ただ一つ、神の意思とやらで終わりを迎えるのであれば、
何も告げずに終わってくれたほうが、どれだけ幸せだったことか、とは思う。
少なくとも、この通りにいる何人かは穏やかな気持ちで逝けたはずだ。
無様に喚き、苦悶の表情を浮かべる彼らは哀れとしか言いようがない。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:44:46 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿゚)ξ「あと、少し……」
騒々しさの欠片もないこの場所は、
まるで見知らぬ土地のようにも見えるけれど、
確かにブーンと通ったことのある道だ。
ツンは一人、道を行く。
痛みが寂しさを誘発するが、
それもあと少しの辛抱。
出血を抑えるためにできたかさぶたが、
足を動かすたび、わずかに引きつった感覚をツンに与えてくる。
膝の大きな傷は未だじわじわと出血しているらしく、
すねの辺りまで血が垂れていた。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ここまで来たんだから、
何処かに出かけてたりしないでよね」
お願い、神様。
日常の一幕であれば、そんな言葉が出てきたことだろう。
だが、この状況で神に祈りを捧げる馬鹿はいない。
彼の人がそこに救いを与えてくださるのであれば、
生ける全人類に、幸せな最期を贈ってくれたはずだ。
ξメ:゚ー゚)ξ「正真正銘、私の運試しよ」
眉を上げ、ツンは不敵に笑う。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:45:32 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿゚)ξ「すみませーん、ってね」
自動ドアを力任せに開け、
ツンはブーンが勤めている会社のビルへ侵入する。
いつもならば警備のおじさんが受付をしてくれているのだが、
どうやら今日は不在のようだった。
一足先に長い1秒を贈りつけられ、
何処かへ去って行ってしまったのかもしれない。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ブーンは確か、三階だっけ」
いつもの癖でエレベーターに向かい、
途中でツンは足を止める。
ξメ:゚⊿゚)ξ「……使えないんだった」
電車同様、エレベーターもすっかり止まってしまっている。
試しにボタンを押してみるのもいいけれど、
足がすこぶる痛い今、無駄足を踏むことは避けたい。
ξメ:゚⊿゚)ξ「このビルの階段ってどこだっけ」
使用した覚えがとんとないものを探すため、
彼女は受付の前まで再び戻り、案内図に目を通す。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ここね」
外に設置されている非常階段とは別に、
室内を通る階段がちゃんと用意されているようだ。
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:46:03 ID:YMTol5tc0
-
痛む足で階段を登るのは辛いことだが、
ここで座り込んでしまっては、
何のために怪我を負ったのかさえわからなくなってしまう。
ツンは一段一段を着実に踏み、
三階との距離を縮めていく。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ふぅ……」
大きく息をつく。
ようやくたどり着いた三階。
後はブーンを探すだけだ。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ブーン?」
声をかけるが、やはり返事はない。
内部をぐるりと見渡せば、
いつもより人間の数が少ないことがわかる。
すでにここを立ち去った人間がいるのだろう。
残っている者の殆どは困惑顔をしており、
ほんの一部の人間だけが、異変に気づかぬ鈍感なのか、
未だ日常の中、という顔をしていた。
ξメ:゚⊿゚)ξ「どーこー?」
バラバラと点在している人を掻き分け、
お目当ての人物を探す。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:46:39 ID:YMTol5tc0
-
一つ目の部屋を抜け、二つ目。
人間の数はやはり少ない。
ξメ:゚⊿゚)ξ「もー、階段の近くにいなさいよね」
無茶を言っている自覚はある。
だが、足は怪我で痛いだけでなく、
ここまでの道のりで疲労しきっていた。
他の階層まで探しに行くことを考えると、
ぞっとしない気持ちになる。
ξメ:゚⊿゚)ξ「……探す、けどさぁ」
唇を尖らせ、ツンは奥へと進む。
階段の上り下りに比べれば、
平坦な廊下を歩いているほうがいくらかましだ。
ξメ:゚⊿゚)ξ「どこ? ブーン」
扉を開け、覗き、声をかける。
どこか弱々しい呼びかけは、
彼女の不安を現しているようだった。
明確な目的地があったからこそ、
ここまでこれたというのに。
下がりそうになる眉をどうにか平常通りに保ちながら、
ツンは三階の一番奥にあった扉を開ける。
ξメ:゚ワ゚)ξ「あっ」
- 149 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:47:11 ID:YMTol5tc0
-
(;^ω^)
そこには捜し求めていた男の姿があった。
ξメ:;⊿;)ξ「ブーン!」
両腕を広げ、勢いよく彼のもとへ飛び込む。
周囲には慌てふためく人間の姿があり、
ブーン自身も移り変わる風景に混乱しているようだったが、
今のツンにそんなことは関係ない。
ξメ:;⊿;)ξ「良かった! 会えて、良かった!」
背中に腕を回し、強く抱きしめる。
もう、二度と離れない、と言わんばかりだ。
ξメ:;⊿;)ξ「このまま、最期まで会えなかったら、
私、死んでも死にきれないところだった」
今まで押さえ込んでいた不安や恐怖が一斉に溢れ出し、
零れ落ちた涙でブーンのシャツが濡れてゆく。
どれだけ話しかけたところで1秒が過ぎるまで返事はない。
わかっていながらも、ツンは言葉を止めることができなかった。
ξメ:;⊿;)ξ「ずっと、ずっとずっと好きだったの。
死ぬなら、ブーンの隣がいいの。
ねぇ、ブーンも、そう思ってくれてるよね」
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:47:48 ID:YMTol5tc0
-
ブーンの温もりを感じていると、
身体中にできた傷の痛みなど忘れられた。
世界で唯一つ、ツンが欲するものが目の前に在るのだ。
他のことは何もかもがどうでもよくなってしまう。
ξメ:;⊿;)ξ「もしね、ブーンにも1秒がきたら、私の傍にいてほしい。
私、頑張ってここまできたから。
ブーンは傍にいてくれるだけでいいよ」
病めるときも、健やかなるときも。
如何な困難も二人で支えあって生きてゆく。
神の前で誓いをたてることはもう出来そうにもないけれど、
誰に告げずとも、そう在ることはできるはずだ。
ξメ:;ー;)ξ「だから、褒めて」
ここまで来てくれてありがとうと言ってくれれば、
よく頑張ったね、と言ってもらえれば。
それだけでツンは満足できた。
ξメ:゚⊿゚)ξ「……好き。
あなたが、世界で一番」
ツンは顔を上げ、
踵をわずかに浮かせる。
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:48:16 ID:YMTol5tc0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
(;^ω^)「ツ、ツン?」
ξメ:゚ー゚)ξ「ブーン」
瞬きの間に現れた恋人の姿に、
ブーンは顔に浮かべていた驚愕をより色濃くさせる。
ξメ:゚ー゚)ξ「私、あなたのことを愛してるわ」
(*^ω^)「どうしたんだお、急――」
言い終わるよりも先に、
ツンの世界が変化する。
ξメ:゚⊿゚)ξ「ブーン?」
先ほどまで目の前にいたはずの恋人が姿を消している。
周囲にいた人間も殆どが消え、
残されているのはツンと、片手で数えられる程度の人間だけだ。
ξメ:゚д゚)ξ「ど、どこに、行ったの?
ブーン!」
悲しみの色に染まった声が響く。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:48:47 ID:YMTol5tc0
-
(;^ω^)「あっぶねぇぇ! 間に合わないところだったお!」
ξメ:゚⊿゚)ξ「えっ!」
まさか相思相愛ではなかったのか。
そんな絶望にツンが押しつぶされる直前、
勢いよく扉が開き、愛おしい恋人の姿が現れる。
(;^ω^)「ツン! ボクにも色々わかったお。
だから、終わりが来る前に言わせてほしいんだお」
どうやら、彼も長い1秒を体験してきたらしい。
時間が進むよりも先に戻ってくるつもりだったようだが、
ほんのわずか、数秒だけ足りなかったようだ。
つかつかと早足でツンのもとまでやってきたブーンの息は荒く、
全速力でここまでやってきてくれたのだとわかる。
( ^ω^)「ツン」
ξメ:゚⊿゚)ξ「はい」
( ^ω^)「ボクは、ツンを、世界中の誰よりも愛しているお」
そう言って差し出されたのはアクアマリンが付いた指輪だ。
シンプルなリングの上に、一粒だけ乗っているそれは、
きっと高価なものではない。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:49:30 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚⊿゚)ξ「これ……」
( ^ω^)「高いものじゃなくて、ごめんだお。
でも、このアクアマリン、ツンの瞳と同じ色なんだお」
透き通った南国の海。
高く遠い空の色をそのまま閉じ込めた、
雄大さと慈愛を詰め込んだ色。
( ^ω^)「この指輪を見たとき、すぐに決めちゃったんだお。
だって、ボクの大好きな、ボクをじっと見てるツンを思い出したから」
ξメ:゚⊿゚)ξ「……はめてくれる?」
( ^ω^)「もちろん」
恭しくツンの右手を取り、
その薬指にリングを通す。
ぴったりとはまったそれは、
あるべき場所に納まったかのようにキラキラと輝いていた。
( ^ω^)「本当は三ヶ月前に買ってたんだけど……」
ξメ:゚⊿゚)ξ「えっ! 何ですぐくれなかったの?」
(;^ω^)「タイミングがわからなくて。
デートの度に持って行ってたんだお」
ξメ:゚ー゚)ξ「馬鹿ね」
いつ、どんなタイミングであったとしても、
愛する人からの告白を嬉しいと思わぬはずがないというのに。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:50:02 ID:YMTol5tc0
-
7月14日11:10:22 眉下ショボン
芸術家という職業を選択した場合、
多くの者には多大なる困難が降りかかる。
中でも、金銭に関する問題は重要だ。
専業で営むのであれば、
自身の生活費に加え、
作品を完成させるための資金も必要となる。
どのような作品に仕上がるかにもよるが、
制作費はけして安いものではない。
昼は社員、夜は芸術家という二束のわらじを履いていたとしても、
日々の生活は困窮するばかり、という人間の方が圧倒的に多いのが現実だ。
(´・ω・`)「……うーん、
まだまだボクが求めているモノとは違うなぁ」
太陽の光が差し込む自室で、
額に浮かんだ汗を拭いながらショボンは呟く。
彼の目の前にあるのは一点の彫刻だ。
歪な球体と円錐が組み合わさったそれは、
凡人には理解しえぬ風貌であり、
不気味、という言葉が一般的には適切かと思われるものだった。
- 155 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:50:37 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「もっとこう……。
ボクの熱い気持ちを、天にぶつけるような」
今年で五十路を迎える彼は、
高校を卒業して以来、ずっと芸術家として生きてきた。
理解のある両親のもと、自由に創造の翼を広げてきたのだが、
それは自らを大きく見せるためだけにあるのか、
世間を威嚇するためにあるのか。
ただの一度も羽ばたいたためしがなかった。
(*´・ω・`)「そう! 凡人にも、ボクの作品の素晴らしさが、
心で理解できてしまうような!」
オークションに出品した際の累計入札数はゼロ。
イベントへの持込、SNSによる作品の発信もしてきたのだが、
彼の感性に共感し、作品に値段をつけた人間は一人もないない。
(´・ω・`)「何だか外がうるさいし、
これじゃあ良い作品は生み出せないな」
ショボンはため息をつき、ノミをテーブルに置く。
彼を肯定し続けてくれていた両親は既に亡くなっており、
残された遺産を少しずつ食いつぶしていく毎日だ。
(´・ω・`)「――あれ?
外、静かになった?」
- 156 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:51:08 ID:YMTol5tc0
-
コトン、とノミが机と接する音がしたと同時に、
ざわざわと聞こえていた雑音が消えた。
響くセミの音や人々の声だけではない。
ショボンの自宅にある家電類から聞こえてくるはずの鈍く低い音ですら、
この場所、この瞬間では無音と化している。
(´・ω・`)「何だっていうんだ」
部屋の中からでも感じられる程に強い熱量を持った光は数秒前と変わっていないが、
外の世界で何かしらの変化があったのだろう。
彼は訝しげな顔をしながら窓際に寄り、外の様子を窺う。
(´・ω・`)「……別段、変わったところはない、か?」
毒ガスで人が倒れているわけでもなければ、
異世界に飛ばされ、見知らぬ風景が広がっているわけでもない。
ビルがあり、家があり、公園がある。
毎日見ているままの世界だ。
(´・ω・`)「でも、なら、何でこんなに静かなんだ」
首を傾げ、じっと外を観察する。
集中力がものをいう芸術家にとって、
無音の世界というのは歓迎すべきものだ。
しかしながら、疑問を抱えたままでは良い作品を作ることはできない。
少なくとも、ショボンはそう思っている。
- 157 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:51:48 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「うーん?」
いくら外を眺めても、
頭をこねくりまわしてみても理由がわからない。
無音以外にも違和感はあるのだけれど、
決定的な何かが足りない状態だ。
(´・ω・`)「……ちょっと外に出てみようかな」
近頃は、日々の食事すらデリバリーを利用しており、
碌に外へ出ていなかったため、
炎天下の中に身を晒すことへの不安は大きい。
しかし、わからぬことをわからぬままにしておくというのも、
腰のすわりが悪く、作品に影響が出てしまうのは明らか。
次に出来るものは史上最高の傑作となる可能性がある限り、
最良の環境を整えるのは芸術家としての責務だ。
(´・ω・`)「やっぱり周囲に左右されないためにも、
山奥に引っ越すべきかな。
いや、でも、作品の発送や展覧会開催を考えれば、
田舎は不便極まりない」
ぶつぶつと言葉を零しながら、
ショボンは自室を出る。
残されたのは売れもしない彫刻や絵画、写真に簡単な工芸品。
多種多様、一貫性のないそれらは、
太陽に煌々と照らされながらショボンを見送った。
- 158 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:52:32 ID:YMTol5tc0
-
作品作りに必要な絵の具やペンキ、木材に粘土等々。
両親の部屋や居間を利用し収納されているそれらの匂いを身にまとわせつつ、
ショボンは玄関扉を開く。
(;´・ω・`)「あっつ……」
久々に外へ足を踏み出した後の第一声がこれだ。
食事や材料の配達が来たとき以外、
外へ続く扉を開けることのない彼にとって、
体温と同等の熱を持つ湿気というものは馴染みがない。
少年の頃こそ、外で駆け回りもしたが、
学生を終えて以来のことなので、
殆ど数十年を室内で過ごしていると言っても相違ない生活だ。
(;´・ω・`)「あぁ、早く原因を確認して帰ろう」
肩を落としながらも、
彼はゆっくり一歩を踏み出していく。
(;´・ω・`)「しっかし、本当に何なんだろう」
セミの声すらない、静まり返った世界。
夢か幻か。いずれかである、と告げられれば、
なるほど、と納得してしまうような雰囲気がここにはある。
(´・ω・`)「――あれ?」
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:53:10 ID:YMTol5tc0
-
珍しくもない街路樹。
道路と車。
人の影。
それらを横目に歩いていたショボンだったが、
不意に、本当に、突然、すっかり近場を見ようとしなくなってしまった目が、
違和感の根源のようなものを映し出してきた。
(;´・ω・`)「ん? んん?」
暑さも一瞬忘れ、
彼は小走りでソレに近づく。
(;´・ω・`)「キ、キミ……」
ソレは愕然とした表情で立ち尽くしている青年だった。
取り残されてしまった困惑と恐怖、悲しみ。
ごちゃ混ぜになった感情を内包したまま、
青年は指先一つ動かそうとしない。
(;´・ω・`)「これは、もし、や」
反応のない青年をしばし見つめた後、
ショボンは周囲へと目を向けた。
先ほどまで当たり前のように受け止めていた人の影。
街路樹と車。
それらのどれ一つとして、動いていない。
- 160 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:53:47 ID:YMTol5tc0
-
(;´・ω・`)「時が、止まっている?」
口にし、自覚した途端、
じわじわと腹の底から直感がわきあがってきた。
これは最期に与えられた長い1秒。
世界に明日はなく、誰も彼もが平等に終わりを迎える。
(;´・ω・`)「は、はは、それって、馬鹿げてる」
震える声でショボンは呟く。
誰かが言っていた終末論。
どれがこんな終わりを予言してくれていたというのだ。
(;´・ω・`)「人が死ぬって、世界が終わるって、
もっと大きくて、凄まじいことのはずでしょ」
人類の力が終結し、
巨悪を打ち倒す。
やりすぎなくらいに大げさで、ドラマティック。
それがショボンの考える終わり、だった。
(;´・ω・`)「こんな、あっけない」
零れた呟きは誰の耳にも届くことなく、
熱せられた空気に溶けて消える。
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:54:53 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「……いや、馬鹿はボクか」
首を横に振り、考えを改める。
この現状ほど、壮大な終わりなんてあるはずがない。
普遍だと、いつでもそこにあり、
動き続けると信じていた時間が止まっているのだ。
たった一人だけを置いて。
まさに神の御技としか言いようがない。
(´・ω・`)「人間が到達し得なかった場所。
そこにおられる神が終わりを決めた、か」
ショボンは顔を俯け、
黒いコンクリートを見つめる。
視界の端に映る彼の手は、
いつの間にやらしわだらけになっていた。
彼は自身の存在を確かめるかのように、拳を作る。
芸術に目覚めてからの時間は長く、されども一瞬だった。
夢中になって走ってきた日々が、
後、わずかな時間で幕を閉じるという。
(´-ω-`)「酷い話だなぁ」
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:55:33 ID:YMTol5tc0
-
無意味な時間を過ごしてきたとは思わないけれど、
何かを成せたとも思えない。
作り上げてきたものは何一つとして世間に認められず、
家の中に溜まっていくばかり。
相当に良い言い方をして、売れない芸術家。
悪く言えば、親の遺産を食い潰すだけのゴミ。
ショボンは自身の才能を疑わなかったけれど、
世間一般から見れば、自分が後者として扱われるであろうことを知っている。
(´・ω・`)「こんな世の中は間違ってると常々思っていたけどね。
終わりを望んだわけじゃなかったんだ」
むしろ、と続けようとして、やめる。
文句を言うよりも大切なことに気づいたショボンは顔を上げた。
(´・ω・`)「……最期なら」
何かを作らねば。
芸術家として生きてきた数十年が叫ぶ。
ここで何一つ残さず死んでは名折れである、と。
遺作だ。遺作を作り上げねばなるまい。
そのための1秒だ。
(´・ω・`)「こうしちゃいられない」
身体を反転させ、ショボンは自宅へと向かう。
頭の中は何を作るべきか、という自問自答でいっぱいだった。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:56:13 ID:YMTol5tc0
-
世界の終わりとはどのようなものなのか。
全ての生命が終わるだけ、あるいは、人間が滅ぶだけであるならば、
彫刻を創り、いつか生まれるであろう知的生命体に残したい。
地球も宇宙も終わるのであれば、
絵画か、写真がいいだろう。
脆く、崩れやすいそれらは、
終わりに相応しいような気がした。
(*´・ω・`)「そうだな、やはり、絵がいい」
幼少期、ショボンは美術館で見た絵に心を奪われた。
繊細な絵。奇抜な絵。写実的な絵。
いつか自分も、この場所に飾ってもらえるようなものを、と願い続けてきた。
玄関を抜け、各部屋を開けては材料を手にする。
筆と刷毛、ローラーに絵の具、ペンキ、スプレー。
描くための道具を全て集め、
複数の鞄に詰め込んでいく。
(´・ω・`)「もう、ここには戻らない」
鞄を背負い、手に抱え、ショボンは家を出る。
涼しく、住み慣れた家から離れることいに心残りがないわけではないが、
それ以上に強い想いが彼の背中を押す。
(´・ω・`)「最期の、最高の、作品を作り上げてやるんだ」
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:56:43 ID:YMTol5tc0
-
最期の作品になるのだから、
生み出す場所も重要だ。
人の目に映ることを受動的に待っていては、
誰かに評価されるよりも先に世界が終わってしまう。
(´・ω・`)「やっぱり人の多いところだよね」
この周辺は住宅地で、
日中は少々人の出入りが少ない。
時間が動き出すと同時に人の目に作品を飛び込ませるのであれば、
企業が建ち並ぶような大通りが良いだろう。
ショボンは鞄を抱えなおし、
大通りへ向かって進むことにする。
その間も頭の中では世紀の芸術を作り上げるため、
入念な想像と計画が脳を駆け巡っていた。
この世界で最期の芸術作品になるかもしれないのだから、
妥協は許されない。
(;´・ω・`)「しかし暑い。
これじゃあ、体力がなくなっちゃうよ」
汗を拭い、ため息をつく。
大掛かりな芸術を仕上げるためには、
体力が必要不可欠。
(´・ω・`)「そうだ、公園を抜けていこう」
- 165 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:57:35 ID:YMTol5tc0
-
公園には木々が植えられており、
良い具合に太陽を遮ってくれている。
さらに、ツツジの木を掻き分けてゆけば、
大通りへの近道にもなっているのだ。
(´・ω・`)「普段ならできないけど、
今なら誰に見咎められるわけでもないし」
木陰をを通れば、
わずかながら涼しさがある。
風が吹いていればよかったのだが、
時間が止まっている今、それに期待することはできない。
最期だというのであれば、
この1秒間だけは、人間が活動しやすい温度にしてくれれば良かったのに。
ショボンはそんなことを考える。
(´・ω・`)「さて、ツツジさん、ちょっとごめんよ」
彼の腰辺りまでの背をしているツツジに断りをいれ、
細く伸びた枝に手をかける。
足を踏み入れれば、数本から十数本は折れた音がしたが、
咎められることもないのでそのまま突き進んでゆく。
(;´・ω・`)「っとぉ、危ないな……」
途中、彼は何かに足をとられ、
転んでしまいそうになったが、どうにか体勢を立て直した。
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:58:03 ID:YMTol5tc0
-
(;´・ω・`)「ゴミ? 枝?
何か結構、大きなものを踏んだ気がするなぁ」
足を適当に動かせば、
大きなナニカにコツリ、と当たる。
(;´・ω・`)「んー?」
枝ではない感触だ。
誰かがゴミでも捨てたのだろうか。
ショボンは軽く体を屈め、手を地面につける。
(´・ω・`)「おっ、あった」
視界は枝に阻まれていたが、
手探りで足元を探れば、硬いものに触れることができた。
(´・ω・`)「――え?」
自身を転ばそうとしてきた物体を確かめるべく、
輪郭を確認するかのようになぞる。
指先から感じるのは硬い感触。
特徴的な形状をしたそれを理解することは容易いことだったが、
信じられない、という気持ちが先にくる。
恐る恐る拾い上げたショボンは、
しばし思案し、ソレを鞄の中に放り込む。
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:58:36 ID:YMTol5tc0
-
公園を抜けたショボンは、
大通りの様子に息を呑んだ。
自宅の前とは比べ物にならない程の人間が、
各々違った表情を見せて固まっている。
(´・ω・`)「芸術的だなぁ……」
神が創った芸術作品だと言われれば、
すんなりと受け入れることができそうな光景だ。
タイトルは「世界の終わり」とでもつけられるのだろうか。
(´・ω・`)「でも、ボクだって負けていられない」
ショボンは鞄を下ろし、
いそいそと道具を取り出す。
まずは大きな刷毛とローラーで、
大まかに着色する予定だ。
(´・ω・`)「まずはそうだなぁ」
最期に相応しい、大きな芸術作品。
構想はもう決まっている。
誰の目にも映りこみ、
世界の終わりまで輝かせるために、
巨大なキャンパスは必須だ。
- 168 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:59:20 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「よし、ここから」
赤いペンキがたっぷり入ったバケツに刷毛とローラーをいれ、
ショボンはビルの前に立つ。
(´・ω・`)「こうだ!」
勢いよく刷毛をビルの壁、ショボンの膝下辺りに叩きつければ、
周囲にも赤が飛び散る。
だが、ショボンはそれを瑣末なことだと、
それどころか、素晴らしい味わいになる、と喜んで肯定した。
刷毛とローラーにより地上から三十センチほどの高さまで、
壁は深い赤で彩られてゆく。
範囲は徐々に広がり、隣のビル、そのまた隣へと赤が伸びる。
(´・ω・`)「次は、これ」
結局、四棟のビルに赤を塗った彼は、
次の色、黄色に手を伸ばす。
幅広い作品の全貌をショボンは目に入れていないが、
芸術家として生きてきた数十年間の経験が彼を導いてくれる。
何の不安も心配もない。
(´・ω・`)「おっと、高さがたりない、かな」
ビルの真ん中に立ったショボンは、一度だけ見上げると、
すぐさま周囲へと目をやる。
何か、足場になるものが必要だ。
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 21:59:53 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「あぁ、これでいい」
少し遠くではあったが、
ショボンの視界に映る範囲に、放置されていた脚立があった。
平凡に日常生活を送っていた誰かが、
仕事のために使っていたものだろう。
見上げれば、窓ガラスの一部分だけが汚れを払いのけ、
美しく光を反射している。
(;´・ω・`)「よいっしょっと……。
意外と重いんだな」
本来ならば二人がかりで運ぶような大きさの脚立だ。
室内で細々と生きていた五十路が楽に運べるはずもなく、
彼は重たい塊を引きずるようにして作品の場所まで戻る。
(´・ω・`)「うんうん。これで完璧だ」
理想通りともいえる高さであることを確認し、
一段一段を着実に登ってゆく。
風がないため、体や足場が揺れることなく進めたのは、
時間停止における利点の一つだろう。
(´・ω・`)「それじゃあ、ここに」
黄色のペンキをつける。
ぬるりと下へ垂れていくそれは、
美しい線であるとは言い難いけれど、ショボンは鼻歌交じりに作業を進めていく。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:00:31 ID:YMTol5tc0
-
(*´・ω・`)「あぁ、素晴らしい。
これが完成すれば、
誰もが声をあげずにはいられないものになるだろう!」
高所から降り、塗りたくった黄色を見上げて満足げに笑う。
二棟をまたいで描かれたのは、単色の十字架。
比率こそ美しくはあるけれど、
人目を惹くかと問われれば疑問を返すしかない。
(´・ω・`)「では、ここでもう一度赤を使用します」
興が乗ってきたのか、
ショボンは解説するかのような口調で赤いペンキが入ったバケツを持つ。
(´・ω・`)「そしてこれを――」
彼は真っ二つに裂かれた十字架の間、
ビルとビルの隙間に入りこむ。
丁度人が一人通れる程度の広さだ。
(*´・ω・`)「こう!」
声と共にショボンは赤いペンキがついた刷毛を壁に向かって振る。
どろりとしたペンキが眼前にある壁だけではなく、
背面にまでわずかに飛び散り、派手な模様を作り出した。
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:01:03 ID:YMTol5tc0
-
(*´・ω・`)「これだよ、これ!
流石はボクだ。
飛沫一つ、理想通りだなんて!」
笑みを浮かべ、声を弾ませ、
ショボンは何度も何度も刷毛を振り回す。
片方の壁に思い描いた通りのものができれば、
次は逆方向へと身体を向け、再び赤の飛沫模様を作る。
ペンキはショボンの顔や服にも付着していたが、
芸術には犠牲と汚れがつきものだ。
彼は上機嫌な表情を崩すことなく、作業を続けていく。
赤を思う存分に飛ばした後は、
大通りに面した部分へと戻り、
深い緑を用いて羽と翼を丁寧に描いた。
刷毛やローラーは使わず、
筆を使い、繊維の一本まで神経を注ぐ。
途中、油、水性等々、種類豊かな絵の具を使い、
細かな部分の調節をしていけば、
鮮やかなグラデーションにより、
あたかもそこに存在しているような羽と翼が四棟に舞い散った。
しかし、それらの基調は緑。
腐敗したか、長い年月により、苔に覆われたか。
いずれにしても見ていて気持ちの良い有様ではない。
- 172 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:01:35 ID:YMTol5tc0
-
(*´・ω・`)「お次は~む~らさき~」
自身が描き上げたものを理解していながら、
彼は声を低く揺らし、心底楽しげに歌う。
鼻歌では納まらぬほど、ショボンの気分は高揚していた。
(*´・ω・`)「きれ~いな~色で~」
細い筆が一線を描く。
片方には小さな羽根。
もう片方には鋭い牙。
浮かび上がってくるのは一本の矢だ。
風を受け止める矢羽根は勇ましく、
全てを切り裂かんとする矢尻は光沢を得ている。
使用されている色のためか、
それは毒々しく、歪に輝いて見えた。
(*´・ω・`)「こうして、完成に近づいていくのがわかる感じ。
芸術家をやってて良かった、って瞬間だよ」
一本書き上げれば次の一本。
ショボンは次々に矢を完成させていく。
時に密集させ、時には離れたところに一本のみ。
緩急をつけるようにして足されていくそれらは、
全てが同じ方向へ向かって飛ばされている。
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:02:18 ID:YMTol5tc0
-
(*´・ω・`)「もちろん、キミもちゃんと完成させてあげるからね」
うっとりとした瞳に映るのは、
質素な黄色い十字架。
紫の矢が射抜こうとしているもの、だ。
(*´・ω・`)「豪勢でありながら純潔を思わせるような美しさを。
神聖なものには他者を地面に這い蹲らせるような重圧も必要だ」
赤い海にそびえ立つ十字架。
周囲には腐り落ちたかのような緑の羽根と、
神をも射ぬかんとするような紫色の矢。
大した反神主義者だ、と他人は笑うだろうか。
神に抵抗する芸術作品である、と絶賛するだろうか。
(*´・ω・`)「この町にいる人達は幸せものだなぁ。
ボクの最期の作品を目にすることができるんだから」
矢がまた一本、ビルの壁に浮かび上がる。
ぺたり、ぺた。
後少し、もう少し、とショボンは心血を注ぎ、矢を描く。
(*´・ω・`)「作品タイトルはどうしようか。
サインも入れないと。
このビル達に書くのは嫌だし、
地面にでも書いておこうかな」
- 174 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:03:29 ID:YMTol5tc0
-
『最期の反乱/眉下ショボン』
(´・ω・`)「……うん、これで良い」
四棟の中心部分にあたる場所の地面に、
タイトルと自身の名前を書く。
見上げた先にある青と同じ色で書かれた文字は、
実に無垢なものだった。
言葉に意味はない。
ただの記号だ。
絵も、彫刻も、写真も工芸も、同じ。
意味を付与するのは人間であり、
神や自然現象ではないのだ。
(*´・ω・`)「最高のものができた」
ショボンは数歩後ろに下がり、
自身の作り上げた作品を網膜に焼き付ける。
赤い海には単色ではなく、
グラデーションになるように赤黒い色が足されていた。
近づいてよく見れば、上から重ねられた色というものが、
細かく書かれた呪詛であることに気づくことができるだろう。
そこへ浮かぶ十字架も、明暗と挿し色が追加され、
荘厳な印象を受ける細やかなものへと変化している。
周囲に浮かぶ矢と翼は禍々しく、
世界の終わりと歪さを平凡に表現していた。
- 175 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:04:24 ID:YMTol5tc0
-
ありきたりで、目新しさもない終焉の絵画。
安っぽいイラストのような傑作だ。
技術がない、というわけではない。
長い年月を費やしただけあって、
ショボンの描くものはどれも美しい。
しかし、それだけだ。
凡人が時間をかければ到達できる域を出ていない。
センスがあるわけでもなく、
絶妙な調和を成しているわけでもない。
思いをぶつけ、わかりやすく悲壮さと反骨精神を描いただけ。
一時は人目を惹くかもしれないが、
数日も経てば忘れられてしまうようなもの。
(*´・ω・`)「これぞ世界の終わりに相応しい作品だ!
そうだろう?」
誰に問うでもなくショボンは叫ぶ。
先人達が鼻で笑ってしまうような作品であったとしても、
彼にとっては紛うことなき傑作が目の前に広がっているのだ。
心の奥底が熱く奮い立たぬはずがない。
(´-ω-`)「――さて、仕上げをしないと」
ショボンは目を伏せ、気持ちを落ち着かせる。
仕上げの一筆が、作品の出来を大きく左右するのだ。
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:04:58 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「神様」
両手を大きく広げ、
ショボンは天高くにおわす神へ語りかける。
(´・ω・`)「ボクはあなたのことを恨みます」
淡々とした声に乗っているとは思えぬ言葉。
小さくはないけれど、大きいとも到底言えぬ音量は、
果たして天にまで届いているのだろうか。
(´・ω・`)「これほどの才能をあなたはお認めにならなかった。
故に、ボクは今日に至るまで、名前の一つも認知されず、
静かに、一人で生きていくより他に道がなかった」
語られていく恨み言は、
空へ投げかけるにあたり、省略している部分もあるけれど、
赤い海に沈めたものと殆ど同じだ。
才能を世間に認められなかった悲しみ。
年下の芸術家が世に出る憎しみ。
一人という孤独。
じわりじわりとショボンを苛み続けてきた感情達だ。
最期を肌で感じながら、
彼は押し込め続けていたものを全て吐き出していく。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:05:55 ID:YMTol5tc0
-
(´・ω・`)「全てはあなたのせいだ」
拳を握る。
骨と皮だけになってしまった手は酷く頼りないというのに、
支えてくれる力も、包み込んでくれる温もりもショボンにはない。
(#´・ω・`)「憎い。あなたが、心底、憎い!」
燃え上がる感情が口から零れ落ちてゆく。
こんなものが地面に吸収されてしまえば、
その土地は不毛の大地になってしまうだろう。
(#´・ω・`)「認めなかったうえ、
ボクに試練という名のせめぐを浴びせ続けた末が、
世界の終わりだって?
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
辛かろうと、悲しかろうと、
ショボンは賢明に生きてきたつもりだ。
評価されず、心が折れそうになりながらも、
作品を作る手だけは一日だって休めなかった。
死した後に作品が評価される、というのは、
珍しくもないことだったから。
いずれ、真の価値がわかる人間が、
残した作品を取り上げてくれるかもしれない。
そんな希望があったからこそ、
ショボンは人生を芸術に捧げてこれたのだ。
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:06:33 ID:YMTol5tc0
-
(#´・ω・`)「これは、ボクなりの反抗だ」
ショボンは降ろしていた鞄を探り、
黒光りするものを取り出した。
(#´・ω・`)「あんたの思うような終わりは迎えてやらない。
世界の終わりが来るよりも先に」
公園で見つけた一丁の拳銃。
どこぞの誰かが捨てたのか、隠したのかしたものを見つけることができたのは、
ショボンにとって、これ以上ない幸いだった。
(#´・ω・`)「ボクは死んでやる」
神に定められた終わりを迎えるわけにはいかない。
その気持ちをビルの壁画へ叩き込んだ。
ならば、仕上げは一つしかないだろう。
(#´・ω・`)「画竜点睛。
ボクは、ボクの命を持って、
この作品に目を入れてやる」
作品の中心部分。
真っ二つにされた十字架の間に入り、
ショボンは腰を下ろす。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:07:10 ID:YMTol5tc0
-
口を大きく開け、
銃口をずるりと飲み込んだ。
(´-ω-`)「……」
息を大きく吸い込む。
最後の酸素だと思えば、
空気すら愛おしい。
恐怖はある。
受動的な死ではなく、
自発的に行われる死であるならばなおさらだ。
それでも、ショボンは成さねばならない。
芸術家として、作品を未完成のまま、
放っておくわけにはいかないのだ。
絶対に。
ショボンは震える手でトリガーを引く。
セフティのない銃など、いくらでも存在している。
彼が拾ったものもその一つだった。
高い銃声。
火薬の音。
静まり返る世界。
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:07:49 ID:YMTol5tc0
-
脳幹を貫通し、頭蓋骨を粉砕。
ビルの間に血と脳みそ、その他体液や骨を飛び散らせ、
ショボンは静かに倒れた。
痛みを感じる暇さえない。即死だ。
硬い路地に上半身を倒れさせた彼は、
瞬く間に血溜まりを作り上げてゆく。
周囲の壁に飛び散った血は、
赤いペンキの色と混ざり合い、
奇妙なコントラストを作り上げた。
数時間も経てば、酸化により判別がつくようになるのだろうけれど、
その頃には世界は終わりを迎えているはずだ。
長い1秒はなおも続いている。
介入するものがいないその光景は、
終わった後の世界そのもののようだった。
生命の息吹など感じられず、漫然とした空間があるだの世界。
与えられた1秒は、神が平等に、公平に与えたものだ。
瑣末な事象によって没収されるなどということはなく、
他の人間達と同じだけが降り注ぎ続ける。
彼一人が死んだところで、
神の予定は何一つとして変わらないのだ。
- 181 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:09:20 ID:YMTol5tc0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
誰かの悲鳴が響く。
瞬きの間に生まれた醜い絵と、
その中心で鉄臭い臭いをばら撒いて倒れる男。
世界の終わりに気をとられながらも、
恐る恐る近づけば、頭のない死体がそこにある。
叫ばずにいられるような者が、
この日本にそう何人もいるはずがなく、
恐怖と悲鳴は伝染するかのように広がっていった。
人々は逃げ惑い、世界の終わりが来る前に、
自身の終わりが来る前に、と足を動かす。
警察を呼ぶ者も、救急車を呼ぶ者もいない。
そもそも、既にそれらの機関はまともに動いていないだろう。
数秒もすれば、その場から人はいなくなる。
残されたのは死体とそれが作り上げた作品のみ。
皮肉なことに、人々の目は彼の死体を見るばかりで、
作品は碌に見られることすらなかった。
- 182 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:10:17 ID:YMTol5tc0
-
7月14日11:10:30 流石兄者
昨今、屋上への扉というのは閉ざされたままになっているのが普通だ。
飛び降り自殺や事故を防止すると同時に、
外部からの侵入者を防ぐ有効な手段である、というのが理由にあたる。
しかしながら、いつの時代も、
生徒と教師の争い、知恵の絞りあいというものが存在し、
悪い方向で大人の上をゆく子供というのがいるものだ。
(;´_ゝ`)「あっついなぁ……」
(´<_`;)「夏場に屋上で弁当なんて、
正気の沙汰じゃないぞ」
(;´_ゝ`)「しかし、これは伝統だ」
(´<_`;)「何のだよ」
彼らは布藍高校三年の名物双子。
悪戯好きの兄とブレーキ役の弟。
友人にするには良いが、彼氏となると微妙だ、というのが、
女子生徒からの総評だ。
二人の昼食は、雨天時を除き、
三年間、いつもこの屋上だった。
- 183 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:11:09 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「自然を感じながらの食事!
それも高所! 美味くないはずがないだろ!」
(´<_`;)「夏は暑く、冬は寒い。
付き合わされているこっちの身にもなってくれ」
弟者は深くため息をつく。
付き合っている自分も自分だ、とは思うのだが、
双子の情か、
何だかんだと面白おかしい日々を提供してくれていることに感謝をしているのか、
どうにも兄者を放っておくことはできない。
こっそり用務員室から拝借した鍵から合鍵をつくり、
屋上へ侵入しているのだが、三年間よくバレなかったものだと思う。
もしかすると、本当は気づかれていて、
目を瞑ってくれているだけかもしれないが、そこに触れるのは野暮というものだ。
( ´_ゝ`)「……ところで、下がやけに騒がしくないか?」
(´<_` )「校庭でもバラバラと走ってる奴らがいるが」
フェンスに近づき、下をみれば、
何人かの生徒が走っている様子が見える。
昼休みに校庭で遊ぶ年頃はとうに過ぎたはずだが。
( ´_ゝ`)「んー?」
悲鳴のような声や、雄たけびは聞こえるものの、
何を喚いているかまではわからない。
兄者は首を傾げる。
- 184 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:11:59 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「一度、下に行ってみる、か……?」
提案しようとして、兄者の言葉尻が減速する。
隣にいたはずの弟がいない。
(;´_ゝ`)「弟者?」
先ほどまで確かにいたはずの場所へ手を伸ばすが、
兄者の手が何かにぶつかることはなく、
生ぬるい空を掻くばかりに終わる。
いち早く状況を判断すべく、屋上を出て行ったのかとも思うが、
ここへ繋がる扉は長い年月を経て錆びついており、
気づかれぬように開閉することは困難だ。
少なくとも、扉と兄者が今いる場所程度の距離ならば、
間違いなく軋んだ音が聞こえるはず。
(;´_ゝ`)「かくれんぼか?」
暑さからではない汗を流しながら、
彼はキョロキョロと周囲を見る。
そして、気づいた。
( ´_ゝ`)「何か、静かだ」
- 185 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:12:32 ID:YMTol5tc0
-
騒がしいと思っていた声が消えている。
空に近い分、よく聞こえていた飛行機の音も、
風やセミといった自然の音も。
何もかもが消え去り、真夜中よりも静かな、
無音の世界が広がっているではないか。
(;´_ゝ`)「これはどうなっているんだ?」
改めて周囲を観察してみると、
弟の不在よりも気になる点がいくつか見えてくる。
眼下に広がる校庭にある小さな人の影。
それらは騒ぐことも、走ることもやめ、
ぴたりとその場で静止しているではないか。
屋上からはよく見えないが、
走っている途中のポーズのまま固まっている者も少なくない。
(;´_ゝ`)「時間が止まっている?
そんなことが、ありえるのか」
浮かんだ仮定をすぐさま打ち消すが、
それが真実である、と身体全体が訴えてくる。
この止まった時間は、最期のプレゼントなのだと。
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:13:09 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「……神様からのプレゼント?」
空を見上げ、小さく笑う。
こんな贈り物よりも、
可愛い彼女を与えてくれる方が何十倍もありがたい。
( ´_ゝ`)「需要と供給がわかっていないな。
お前もそう思うだろ?」
隣にある虚空へと語りかける。
――そうだな、兄者。
だが、兄者にはしっかりと弟の声が聞こえていた。
何もなく、触れることすら叶わないその場所に、
弟者の気配を確かに感じることができる。
( ´_ゝ`)「オレとしたことが、少々混乱してしまったが、
さて、これからどうしようか」
唐突に消えた弟に驚き、取り乱してしまっていたが、
これが超常的な力によって引き起こされた事象だというのであれば、
少しは頭も冷える。
常識でものを見るから現実が見えなくなるのだ。
相手が常を越えてくるというのであれば、
こちらもそれなりの心構えというものがある。
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:14:08 ID:YMTol5tc0
-
気持ちの整理さえついてしまえば後はどうにだってなる。
所在不明の片割れに関しても、
神とやらが関係しているのだと思えば、消えたのではなく、
単純に見えなくなっただけだ、という考えに至ることは容易い。
理屈はわからないが、そんなもの、
時間が止まったこの世界に求めるほうがおかしいのだ。
よって、兄者は傍にいるはずの弟者の気配を探す。
そうすれば、彼を見つけ出すことは難しいことではなく、
空気を介さぬ声さえ兄者は聞くことができた。
( ´_ゝ`)「どうやら世界が終わるらしいぞ」
――軽く言ってくれるな。
双子の神秘、家族の絆か、
これすらも神の御業か。
どちらでも構わない。
大切なのは、与えられた1秒をどう使うか、という点だ。
( ´_ゝ`)「将来における面倒は全てなくなったようだが、
冬に発売予定だったゲームや、
最終回を楽しみにしていた漫画の続きが読めないというのは、
何とも困ったことだな」
――それどころじゃないだろ。
世界が終わるというのなら。
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:14:51 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「正直、彼女は欲しかった」
――オッケー、兄者。そうじゃない。
目に見えぬ弟と聞こえぬ声。
幻聴や勘違いの類でないことは否定できないが、
双子の兄である自身が間違いない、と思っている限り、
これは弟者のものなのだろう。
兄者は情けないような、困ったような小さな笑いを浮かべ、
屋上の扉に手をかけ、力を入れる。
時が止まっている中でも扉は己の使命を全うするつもりがあるらしく、
ぎぎぎと錆びの音を響かせながらも学校内への道を提示してくれた。
( ´_ゝ`)「明日、世界が終わるとしたら」
――確実に終わるようだが?
( ´_ゝ`)「うるさい。そうじゃない。
終わるとしたら、と話したことが何度かあっただろ」
――まあ、究極の選択的な感じで、
定番の議論内容だよな。
修学旅行の夜、眠れないと言いながら、
適当な話題の一つとして、
暇な時の雑談として、こういった話の種を投げたことがあった。
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:16:00 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「お前は何て答えてたっけか」
――さあな。たぶん、美味いもんを食いたいとかじゃないか?
兄者はクラスのマドンナに告白する、だったか?
( ´_ゝ`)「そう言ったときもあったな。
クールさんに告白するんだーって」
今となっては懐かしい話だ。
流石兄弟よりも一つ上の学年であったクールは、
既に布藍高校を卒業し、どこぞの大学に編入しているらしい。
( ´_ゝ`)「こうして、実際に世界が終わることになってしまったが、
思っていた以上に猶予というのはないらしい」
階段を降りてゆけば、
廊下に生徒の影が見えるようになってきた。
――明日、とかいってたのに、
実際はもうすぐ、って感じだもんな。
四階、三階、と階を降りていくが、
目に映る人の姿は常と比べれば非常に少なく、
放課後を過ぎた時、朝早くつきすぎた時の校内を思わせる。
兄者達の時間が止まるより前に世界の真実とやらを知ってしまった者達は、
学校に残ることを拒否し、思い思いの場所へ駆け出して行ったのだろう。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:17:13 ID:YMTol5tc0
-
屋上から見えていた、
また、今、廊下で走っている様子の者達は、
周囲の異変からこの場にいてはいけない、と判断できた者だろう。
細かなことはわかっておらずとも、
本能が何かを叫んでいるのかもしれない。
この1秒間において、兄者が世界の終わりを理解してしまったように。
( ´_ゝ`)「神様はせっかちだな」
残りの時間が一日、一週間あるのであれば、
出来ることの幅も広がっただろう。
遠方にいる恋人のもとへ、足を使って駆けつけることができたかもしれない。
積んでいたゲームを消化することもできたかもしれない。
自分以外に誰もいない1秒間と、
世界が動き出したわずかな時間で何を成せというのか。
――無駄に永らえていれば、
混乱と略奪を生む、という心遣いかもしれん。
( ´_ゝ`)「時間が止まる、目の前から人が消える、という事態だけで、
充分すぎる混乱が生まれているだろう。
――オレに言われても。
呆れた顔をしている弟者が目に浮かぶようだが、
彼もこの会話を楽しんでいることくらいはわかる。
いつものことだから、わかるのだ。
- 191 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:17:48 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「今の気持ちはどうだ?」
穏やかな顔をして問いかける。
世界が終わると知らされた人間、
それも高校生のする表情ではない。
兄者が浮かべている表情は、
満たされ、達観している者のそれだ。
――どう、とは?
( ´_ゝ`)「何がしたい」
美味いものが食べたいというのならば、
近場のスーパーを荒らしてしまえばいい。
何も知らぬまま作られた惣菜が溢れていることだろう。
彼女が欲しいと心底望むのであれば、
キスの一つや二つくらいなら、
まだ校内に残っている女子生徒で済ますことができる。
――……兄者は。
( ´_ゝ`)「多分、お前と一緒」
とうとう一階へたどりついた兄者は、
下足室で靴を履き替え、外へ出る。
( ´_ゝ`)「やっぱり、家族は揃っていないとな」
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:18:46 ID:YMTol5tc0
-
世界の終わりを目前に、
自分にはどのような望みがあるのかを考えた。
やりたいこと、見たいもの、味わいたいもの、成したいこと。
数多く浮かぶ欲望の中で、
唯一つ、どうしても捨てることのできないものがあった。
選ばずに終わりを迎えれば、
後悔することが目に見えていた。
それが、家族という存在。
――流石だな、兄者。
オレと同じ答えだ。
( ´_ゝ`)「きっと姉者や妹者も同じように考えてる。
早く家に帰ろうではないか!」
――早退して怒る教師もいないしな。
( ´_ゝ`)「いたとして、誰が学校にいないのかを把握するより先に、
世界が終わっているだろうから問題ない」
――それは問題ないと言ってしまっていいのだろうか。
( ´_ゝ`)「細かいことはいいだろ」
生真面目な弟に笑みを見せてやり、
兄者は校門へと向かう。
- 193 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:23:38 ID:YMTol5tc0
-
――兄者。
( ´_ゝ`)「ん?」
声をかけられたような気がして立ち止まれば、
顔を向けた方向に二人の女子生徒が座っていた。
一つ下の学年である彼女達とは、
委員会活動や学校行事を通し、顔見知り程度の仲だ。
( ´_ゝ`)「渡辺と高岡じゃないか」
二人は花壇に腰掛け、
楽しそうに微笑みながら向き合っている。
周囲の騒然とした状況など、
自分達には一切関係がない、と言わんばかりの様子だ。
――あの二人って仲良かったっけか。
( ´_ゝ`)「普通の友達、って感じだったが……」
兄者が記憶している限り、二人は特別に仲が良いということはなく、
学校で会えば言葉を交わし、都合が合えば複数人で遊ぶ、という間柄だったはず。
顔を仄かに赤らめるだとか、幸せそうな笑みを向けるだとか。
そういった雰囲気は今までの学校生活の中では一切感じられなかった。
( ´_ゝ`)「秘密の百合園、か?」
――下世話だぞ、兄者。
( ´_ゝ`)「何を言う。お前こそ気になっているのだろ?
でなければわざわざ声をかけてきやしなかっただろうに」
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:24:33 ID:YMTol5tc0
-
からかうようにして言ってやれば、
言い訳をするような、誤魔化すような言葉を弟者は並べ立ててくる。
姿は見えないが、顔を赤らめ、必死になって言い募っているに違いない。
( ´_ゝ`)「まあ、良いんじゃないか?」
――何がだ。
( ´_ゝ`)「秘密であろうと、オレ達の勘違いであろうと、
二人が幸せに終わりを迎えられるというのなら、
オレ達がどうこう言う問題じゃない」
同性愛を否定するつもりはないし、
親よりも友、あるいは恋人を選ぶことに不満があるわけでもない。
ネットの世界や同人誌くらいでしか見ることのなかった光景が、
目の前に展開されていることへの興奮はあれども、
思うところといえばそれだけだ。
――そうだな。
二人が幸せそうなら、それでいいよな。
( ´_ゝ`)「何だ。お前、本当にどちらかが好きだったのか?」
――はあ? そんなんじゃない。
( ´_ゝ`)「怪しいなー」
――馬鹿なこと言ってると置いていくからな!
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:25:28 ID:YMTol5tc0
-
大股で帰路へついているであろう弟の後を追いかける。
笑いをどうにか噛み殺しながら足を進めているのだが、
おそらく、向こうには伝わってしまっていることだろう。
――笑うな! 違うと言ってるだろ!
( ´_ゝ`)「すまんすまん。だが、面白いことがあれば、
笑うのが人間というものだ」
恋人ができた、というのならば嫉妬の心が生まれただろうけれど、
密やかな片思いだった、そして、告白の前に振られた、となれば、
からかうのにこれ以上ない良質なネタだ。
ついに我慢の限界に達したのか、
兄者は道路の真ん中で腹を抱えて笑い出す。
――兄者!
( う_ゝ`)「わ、笑うな、というほうが、む、無茶だとは、
おも、わないか?」
――むしろ何故笑う!
( ´_ゝ`)「まさか弟が片思いをして、何も言う前に、
振ら、振られるとは、思わなかったも、のでな」
そこまで言い切ってから再び笑い声を上げる。
他人の不幸は蜜の味、というのだから、仕方がない。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:26:24 ID:YMTol5tc0
-
――違うと言ってるだろうが!
( ´_ゝ`)「こういう事態になってしまったんだ。
照れくさいなどという概念は捨ててしまったほうが良いぞ」
誰を愛していたとしても、咎められる理由はなく、
恥ずかしいという思いさえも一瞬のうちに消えてしまえる。
何かを隠そうという労力は不必要な世の中になってしまったのだ。
――本当に違うんだ。
( ´_ゝ`)「ほう」
――ただ、少し、
高岡の方が、心配だったんだ。
他者の機微をよく見て、
気にかけることのできる弟者は、
同じ委員会に属しただけの相手にも心を砕く。
兄としてはその長所を褒めてやりたい気持ちでもあったし、
将来、良いように使われてしまうのではないか、という悩みの種でもあった。
( ´_ゝ`)「どうして」
――アイツ、時々だけど、
凄く申し訳なさそうな顔をする時があったから。
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:27:32 ID:YMTol5tc0
-
快活で、真っ直ぐで、少し騒がしい。
高岡のイメージといえば大体こんなもので、
時折、眉をわずかに下げ、申し訳なさそうな顔をすることがとても気になっていた。
いつだってその表情はこっそりと作られており、
彼女の友人達は世界が終わったとしても知ることのないままだろう。
――たまたま目に入ったことがあって。
それから、意識してみると時々、そういう顔してるな、って。
( ´_ゝ`)「ふーん。あまり想像できないな」
――だよな。オレも初めは白昼夢でも見たのかと思った。
(;´_ゝ`)「お前、それは流石に失礼だと思うぞ」
気持ちはわからないでもないが、と小さく付け足す。
事実、弟者の言うような顔を見たことがない兄者にとって、
高岡の申し訳なさそうな顔、というのは想像上ですら上手く作り上げることができない。
( ´_ゝ`)「ともかく、お前はあの二人のどちらかに、
片思いをしていたわけではない、と」
――その通り。
( ´_ゝ`)「何だ、つまらんな」
――勝手に勘違いしたくせに、
その言い草はなんだ。
- 198 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:28:02 ID:YMTol5tc0
-
通いなれた道を歩く二人は、
片方の姿が見えずとも常と変わりのない雰囲気だった。
馬鹿なことを言い、からかい、ツッコミを入れる。
何処にでもいる普通の男子高校生そのもの。
だからこそ、異常だ。
世界が終わろうとする中で、
突然に与えられた1秒間の中で、
彼らは大きく取り乱すこともなく、日常を歩んでいる。
( ´_ゝ`)「しっかし暑いなぁ」
――今日は三十度を越すらしい。
( ´_ゝ`)「マジか。
ひえー、溶けるー」
カラカラと笑い、日陰を上手く使いながら二人は家へ向かう。
これがテスト週間であったならば、
今日のご褒美とでも銘打ってアイスの一つや二つ、コンビニで購入していたに違いない。
( ´_ゝ`)「あー、海行きたかったな」
――夏休みに入ったら、
皆で行こうって約束してたんだが、
それも、もう駄目になってしまった。
- 199 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:28:47 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「歩いていける距離だったら、
今からパーッと行ったんだけどさ」
――電車で一時間だから無理だろうな。
(;´_ゝ`)「夏といえば海。
海といえば兄者様、だったんだが」
――そんな話、生まれてこの方、聞いたことないぞ。
彼らの言葉に悲観の色はない。
あったはずの未来を話題にするだけで、
それが消えてしまったことに対する恨み言は冗談交じりに発せられるだけだ。
( ´_ゝ`)「後は花火」
――お祭りにも行きたかった。
( ´_ゝ`)「妹者を連れてな」
――それが終わったら二学期の始まりだ。
(;´_ゝ`)「嫌なこと言うなよなー」
――学校は嫌いじゃないだろ?
( ´_ゝ`)「……まあ、楽しいけど」
授業と宿題が嫌いなだけで、
学校自体は非常に楽しく通っている。
- 200 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:30:02 ID:YMTol5tc0
-
――姉者達はもう家にいるのかな。
( ´_ゝ`)「さて、どうだろう。
オレ達が最初だったら笑うんだが」
十字路を通り、駄菓子屋の前を行く。
家まではもうあと少しだ。
( ´_ゝ`)「一番心配なのは父者かな」
――仕事だもんな。
父者の職場は、家から徒歩三十分程度の場所にある。
問題なく抜け出していれば、
1秒を使って帰宅することは可能だろう。
( ´_ゝ`)「お前とよく似て、真面目だからな」
――兄者の不真面目は誰に似たんだ?
( ´_ゝ`)「そりゃ、父者じゃなかったら……」
――おっと、それ以上は不味い。
( ´_ゝ`)「時間が止まっているとはいえ、
母者ならそれすら破ってきそうな感はある」
――というか、母者も厳格な人だろ。
- 201 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:30:41 ID:YMTol5tc0
-
悪さをすれば目にも止まらぬスピードで鉄拳制裁をかましてくる母だ。
不真面目や適当とは全くもって縁のない人間だろう。
――本当、兄者はどこの血を持ってきたんだ。
冗談交じりに笑っている弟者であるが、
彼とて真面目なだけの人間ではない。
幼少期は兄者と一緒になって悪戯三昧であったし、
高校卒業が見え始めたこの歳になっても、
友人達と馬鹿なことをして回る瞬間がある。
( ´_ゝ`)「……実はな、オレ」
だが、兄者はその点について言及することなく、
沈痛な面持ちを見せてきた。
最期だからこそ、告げることができる真実がある、とでも言いたげに。
( ´_ゝ`)「弟者」
目には見えないが、きっとそこにいるのであろう弟者へ顔を向ける。
悲しみに彩られた目を彼が見ることは叶わないだろうけれど、
震える声を聞くだけでも表情というのは伝わってくるものだ。
――兄者?
静かに問う。
何か、それ以上の言葉を紡いでしまえば、
途端に何もかもが壊れてしまいそうな気がして。
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:31:26 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「オレ、養子なんだ」
――だとすればオレも姉者も養子になるわ、馬鹿。
真剣な声で発せられた答えに、
すぐさま弟者はツッコミを入れる。
兄者と弟者はどこからどう見ても一卵性の双子であるし、
すぐ上の姉も血の繋がりを色濃く感じられる程に似ていた。
彼がどこからか拾われてきた子であるとするならば、
もれなく弟者や姉者も同じ場所からやってきたことになってしまう。
( ´_ゝ`)「妹者は」
――いや、だって、可愛すぎるだろ。
常識的に考えて。
もごもごと弟者は答えた。
愛おしい妹のことを養子だの何だのとは嘘でも言いたくない。
しかしながら、彼らの妹はあまりに可愛らしい。
細目、垂れ目の家系だというのに、
まん丸な目を持ち、仏頂面ではなくいつも笑顔。
家族の中で誰かが一人、血が繋がっていません、と言われたのであれば、
誰もが妹者のことを見てしまうくらいには、彼女の容姿は特殊だった。
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:32:11 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「馬鹿なことを言っているうちについてしまったな」
あと何年かのローンを残しているらしい一軒家は、
小まめな手入れをしているおかげで壁も庭もそれなりに美しく整えられている。
家族六人で住むには少々手狭な感が否めないが、
それを不満に思うのは年に数回程度のことだ。
――何事もなく帰宅することができたんだ。
喜ぶべきだろう。
( ´_ゝ`)「正論だな」
成す術のない終わりを目前に、
大きなトラブルなどあってたまるものか。
家族と共にいたい、などという、
些細過ぎる望みくらいはまともに叶えてもらわなければ困る。
トラブルが美味しいのは、
連載を長引かせようとしている漫画だけで充分だろう。
( ´_ゝ`)「この1秒がいつ終わるのかもわからんからな」
――どうせなら、直感であとどのくらい
この時間が続くのかわかるようにして欲しかったよな。
( ´_ゝ`)「神様ってのはケチみたいだからな」
兄者はため息をつきながら玄関扉を開く。
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:32:40 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「ただいまー」
――ただいま。
見慣れた玄関には、
家族から兄者達の分を抜いた全ての靴が揃っていた。
( ´_ゝ`)「オレ達が最下位のようだな」
――運がなかったようだ。
既に集まっているらしい家族のもとへ向かうべく、
二人はクスクスと笑いながら靴を脱いでゆく。
( ´_ゝ`)「――あ」
ふと、兄者が顔を上げると、そこには姿見があった。
流石家の女性陣が出かける際に服装をチェックするためのものだ。
彼が物心ついた時には既にそこにあり、
風景の一部として馴染んでいたもの。
( ´_ゝ`)「弟者」
――ん? どうした?
( ´_ゝ`)「見ろよ」
そう言って兄者は、姿見を指差す。
- 205 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:33:30 ID:YMTol5tc0
-
(´<_` )「……鏡は、真実を映し出す。
物語の中のお決まりだな」
鏡の中で、弟者が笑った。
( ´_ゝ`)「お前、ちゃんと隣にいたんだな」
気配のようなものを感じ、
会話までこなしていたというのに、
兄者は驚きの色を滲ませて呟く。
(´<_` )「正直、兄者と話しながら、
これはヤバイ幻聴かもしれん、と思っていた」
( ´_ゝ`)「奇遇だな。オレもだ」
目に見えるもの、科学で証明できるものにすっかり慣れてしまっていた二人にとって、
互いの存在というものを真に確信することは難しいことだった。
学校からここに至るまでの間、
彼らの胸には常に不安と恐怖が寄り添っていたのだ。
わずかな揺らぎを見逃さず、心を蝕むために。
(´<_` )「姿が見えるというのは、
思っていたよりも大切なことらしい」
声は相変わらず鼓膜を揺らさないけれど、
鏡の中にいる弟者の口は、兄者が感じている言葉の通りに動いている。
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:34:04 ID:YMTol5tc0
-
( ´_ゝ`)「視認できるというのが、
こうも心強いものだとはな」
反射を隔てた会話は味気ないけれど、
何も見えない、現実が幻聴かわからない、という状況と比べれば、
これ以上ない程に喜ばしいものだった。
( ´_ゝ`)「……お前がいて良かったよ」
(´<_`;)「何だ、急に。
気持ち悪いぞ」
(;´_ゝ`)「失礼な」
兄者は一呼吸置いて、
鏡の中の弟をじっと見る。
生まれた時から傍にいる、一番の家族。
( ´_ゝ`)「たぶん、お前まで他の皆みたいに固まってたら、
オレは長い間、混乱したままだっただろうし、
ここまで冷静にたどり着けていたかもわからん」
最終的に、この家へ帰ってくることは間違いないだろう。
しかし、過程は、今とはずいぶん違っていたはずだ。
世界の終わりも、止まった時も、
終わる命さえ、認めることができなかったかもしれない。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:34:56 ID:YMTol5tc0
-
分身ともいえる者が、
見えないながらにも感じることができていたからこそ、
兄者は冷静な心を抱いたままにいれた。
(-<_- )「それはオレだって同じだよ」
何せ、双子だ。
一卵性で、遺伝子までそっくりそのままの。
成長し、性格や好みに差が出来たとはいえ、
根本のところは結局、大きく変わりようがない。
(´<_` )「兄者がいたから安心できた。
世界が終わるにしたって、
家族と一緒にいられるなら、と思えた」
広い世界の中で、
独りぼっちにならずにすんだ。
小さななことのように思えるが、
人間が社会性を持つ動物である以上、
誰と共に在れる、というのは、非常に大きな意味を持つ。
(´<_` )「――まあ、彼女がいたら、そっちを選ぶけどな」
( ´_ゝ`)「この野郎」
二人は笑う。
見え透いた嘘をついた弟へ、
兄は軽くパンチを食らわせるような動きをしてみせた。
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:35:42 ID:YMTol5tc0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
(´<_`;)「痛っ」
( ´_ゝ`)「おぉ、ナイスタイミングだ」
(´<_`;)「バッドなタイミングだよ。馬鹿」
時間が進み始めたことにより、
二人は互いの姿を己の目で確認できるようになった。
当然、腕を振れば当たる。
極当たり前の、弟者も兄者もよく知っている世界の法則がそこにはあった。
( ´_ゝ`)「そんなことより、
早くリビングに行くぞ」
(´<_`;)「謝罪の言葉はないのか」
( ´_ゝ`)「お前が家族よりも彼女ちゃんを取ろうとするからだろ」
軽口を叩きあいながら、二人はパタパタと廊下を走る。
残された時間は、きっとそう長くない。
( ´_ゝ`)「ただいまー」
(´<_` )「皆いるよな?」
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:36:17 ID:YMTol5tc0
-
∬´_ゝ`)「おかえり」
l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者と、ちっちゃい兄者がビリッケツなのじゃー」
@@@
@#_、_@
( ノ`) 「ずいぶんと遅かったじゃないか」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「間に合ってよかったよ」
リビングに置かれた大きなソファに、
四人は座っていた。
母者の膝の上にちょこんと座っている妹者。
その傍ら、ソファの端に腰掛けているのは姉者だ。
一家の大黒柱たる父者は、愛する妻の隣。
大きいとはいえ、四人もの人間が座るには無理のあるソファだ。
押し込まれるようにして座っているその光景に、
兄者と弟者の入るスペースがあるようには見えない。
l从・∀・ノ!リ人「兄者達はこっちなのじゃー」
可愛い妹者が母の膝から飛び降り、
二人の手を優しく引いてくれる。
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/22(火) 22:37:01 ID:YMTol5tc0
-
兄者は父者の隣、ソファの縁へ。
弟者はソファの背、両親の間に足を入れるように。
(;´_ゝ`)「おぉ……。
乗れるもんだな」
(´<_`;)「せっま! あぶなっ!」
∬´_ゝ`)「ワガママ言わないの」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「さて、今日は仕事も休みになったことだし、
夕飯は豪勢なものが食べたいね」
@@@
@#_、_@
( ノ`) 「焼肉でもするかい?」
(´<_` )「オレはすき焼きのほうがいい」
( ´_ゝ`)「はーい! オレはやっぱり寿司!」
l从・∀・ノ!リ人「妹者、フランス料理がいいのじゃ」
∬´_ゝ`)「えー? フランスよりイタリアンでしょ」
来ることのない夜について語るのは、
悲壮な終わりよりも日常の延長戦の果てを望むからだ。
暖かな温もりと、隣り合う愛おしい家族。
流石家にとって、これ以上の終わり方は存在していない。
- 216 名前: ◆ClQdFJYDPw 投稿日:2017/08/23(水) 19:50:14 ID:pIqRYV1Y0
-
7月14日11:10:40 欝田ドクオ
少なくとも、彼にとって、この世界というのは優しいものではなかった。
('A`)「……」
高校を卒業後、大学への受験に失敗。
一年間の浪人期間を経て、
無職の引きこもりへと化した。
('A`)「ざっこ」
遮光カーテンによって太陽から隔離された室内は、
常に一定の温度を保っており、
四季の移り変わりどころか、朝と夜の変化さえ存在していない。
薄暗い部屋を照らすのは、パソコンのモニターのみ。
画面の中は、多人数で殺し合いをするオンラインゲームが表示されている。
('A`)「初心者プレイ乙ーっと」
稼働時間の殆どをゲームに充てている彼の勝率は非常に高く、
慣れていないのだろうことが容易に推察されるプレイヤー程度ならば、
食事をしながら倒すこととて苦はない。
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:51:50 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「ゲームの世界でならオレだって……」
呟いてみるが、現実は現実だ。
軽快に戦場を駆け抜けようにも、
ここ数年、碌に外出もしていないドクオでは、
蝿が止まるような速さしか出ないことは必然。
銃を手に入れたとしても、
反動ですっ転ぶのがオチだろうし、
ナイフ一つ持たせてみたところで、
相手の皮膚をわずかに切り裂く程度にしかならないだろう。
('A`)「どっかの小説みたいに、
異世界転生とかして可愛い女の子とイチャイチャしてぇよ」
パソコンの画面を落とし、
漫画やラノベで溢れたベッドへと突っ伏す。
耳を済ませれば外の声が薄っすらと聞こえてくるが、
様子を見よう、という気は全く起きない。
このまま昼寝でもしようか。
ドクオが考えたときだ。
ゲームアプリを起動させる時以外、
殆ど使われることのないスマートフォンがラインの通知音を半分程度響かせ、止まった。
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:53:31 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「んだよ」
中途半端な音に気づくことのなかったドクオは、
のそり、と腕を伸ばし、冷えたスマートフォンに触れる。
('A`)「あ?」
だが、画面は暗いままで、
どこを押そうが、何をしようがロック画面さえ見せてはくれない。
充電がなくなったのか、と考え、
ケーブルを挿してみるが反応はなし。
(;'A`)「壊れたか?
うっそだろー」
引きこもりであるドクオの財源は両親の給与だ。
修理一つにしても、彼らの顔色を窺い、タイミングを見計らい、
精々申し訳なさそうな顔をしてみせる必要がある。
たったそれだけ、と思われるかもしれないが、
意外とこういった演技というのは難しいうえに、神経を使う。
('A`)「せめて新型が出るまではもってくれよー」
そう言いながら、再度ボタンを押してみるが、
やはり反応はない。
('A`)「チッ。しゃーねぇなぁ」
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:54:22 ID:pIqRYV1Y0
-
乱暴に頭を掻くと、
白いフケがふわふわと室内を舞う。
思えば、ここ一週間ほど風呂に入っていない。
('A`)「……ついでにシャワーでも浴びるか」
記憶に間違いがなければ、今の季節は夏のはず。
もしも、万が一、自身で携帯ショップへ行く必要が出た場合、
店員に白い目で見られることは避けたかった。
('A`)「かーさん、いる?」
部屋を出て、真っ先にリビングへと向かう。
母のパートがいつ休みであるかを把握していないため、
所在の確認から始めなければならないのだ。
('A`)「……いない、っと」
母の返事も姿もない。
どうやら、今日は出勤日であったらしい。
食事は彼女が働きに出ていようがいまいが、
朝の段階で三食分、部屋の前に置かれているため、
こういった用事でもなければ母の仕事を意識することさえなかった。
('A`)「夕方には帰ってくる、よな」
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:55:49 ID:pIqRYV1Y0
-
ならば先にシャワーでも浴びようか、と考え、
風呂場へと向かい、服を脱ぐ。
見れば、肩の辺りにもフケが付着しており、
清潔感とはかけ離れた場所にいることが一目瞭然だった。
('A`)「あったけぇお湯で肩のこりもちっとは治るかねぇ」
一日中、前傾体勢でパソコンと睨めっこをしているため、
ドクオの体はあちらこちらが硬くなっており、
軽く腕を回しただけでもバキバキと骨が嫌な音をたてる。
本当ならば湯船に浸かったほうが疲れは取れるのだろうけれど、
久々の入浴とあって、風呂をため、湯に入る、という行為が面倒に思えてならなかった。
シャワーのみでも充分に汚れがとれるのだから、と、ドクオは蛇口を捻る。
('A`)「……おい」
一度、二度と回すが、
お湯も水も、ほんの一滴すら出てくる様子がない。
(#'A`)「んだよ! 断水してんのか?」
日頃は風呂に入れぬことを気にしないどころか、
その時間をゲームに充てずしてどうする、という思考のドクオであるが、
入ろうと思ったときに入れぬ、というのは多大なストレスになるようだ。
苛立ちに任せ、散々暴言を吐くが、
それで水が出るはずもなく、
結局、彼は下着と服を洗濯されていたものへ変えただけに終わる。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:56:35 ID:pIqRYV1Y0
-
(#'A`)「断水するならするって伝えとけよな。
役にたたねぇクソババアめ」
予定が狂ってしまったことに対する憤りは収まらない。
たとえ、母親が親切に断水を伝えにきてくれていたとしても、
彼は暴言の一つ、二つを吐いて追い出していたであろうことには目を瞑る。
('A`)「あー、久々にテレビでも見るか。
マスゴミ様のお仕事もたまには拝見してやらんとな」
嘲るような口調は、少しでも他者を見下しておきたいという願望の現われだ。
無職であっても、視聴者を騙しているような連中よりはマシなのだ、と。
狂った思考を抱くことでしか自分を保つことができない。
('A`)「……あ?」
リモコンのボタンを押すが、反応はない。
電池でも切れたのかと思い、
本体についているボタンを押してみるが、
やはり電源が入ることはなかった。
(#'A`)「壊れてんのか?」
荒い口調で吐き捨ててからふと思う。
両親にとって、テレビは貴重な情報収集源であり、
他者とのコミュニケーションを図るために必要なものだ。
それが壊れたのならば、ドクオの部屋にまで聞こえるほど騒ぐだろうし、
すぐさま修理の人間を呼ぶか、新品購入の検討が始まるはず。
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:57:08 ID:pIqRYV1Y0
-
(;'A`)「……何か、変じゃね?」
じわり、とドクオの身体を嫌な予感が侵食する。
断水など、ここ数年であっただろうか。
スマートフォンが壊れるような予兆はあっただろうか。
テレビの買い替えのためにお金が必要になる、というような会話はあっただろうか。
(;'A`)「いや、気のせいだろ。
久々に部屋から出たからそう思うだけだ」
頭を振り、フケを落としてからドクオはリビングを出る。
つまらないワイドショーの一つも見れないのならば、
その場に留まる理由はない。
自身の王国たる部屋に戻り、
再びゲームにでも興じるほうが精神衛生上、健全だ。
('A`)「たまにはフリゲーでもしよう。
シングルプレイも乙なもんだし」
散らかり放題の部屋はドクオを暖かく受け止めてくれる。
彼を責めるモノも、追い詰めるモノもない。
あるがままに在れる、そんな空間だ。
不信と不安を煽るばかりであった外の世界と違い、
この場所でならゆっくりと息を吸い、心を落ち着けることもできる。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:57:35 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「……」
パソコンの前に座り、電源ボタンを押す。
嫌な予感がした。
(;'A`)「……?」
ゆっくりと押し込み、指を離すが反応はない。
カチリ、という音が聞こえるだけで、
他はファンが回る音すら聞こえてこなかった。
(;'A`)「おいおい、嘘だろ?」
水道はいい。
テレビもいい。
スマートフォンもいい。
だが、パソコンは駄目だ。
これまで奪われたとなれば、
先の人生をどう歩めばいいのかすらわからない。
(;'A`)「働かないことに痺れを切らせたクソジジイが回線を切ったか?
いや、そうだとしてもパソコンの電源はつくはず」
焦りで手が震えた。
何か、説明のつかない事態が起こっている。
そんな気がしてならない。
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:58:48 ID:pIqRYV1Y0
-
(;'A`)「あ、停電か?
それだったらテレビやパソコンがつかねぇのもしかたない」
よく耳を済ませてみれば、
二十四時間稼動体勢に入っているクーラーも沈黙している。
未だ室内が冷えているため、気づくのが遅れてしまった。
(;'A`)「何だ。それだったら仕方ねーや。
いや、教えとけよって話しだけどさ」
乾いた笑い声を上げる。
本当は気づいているのだ。
停電などではない、ということに。
(;'A`)「しっかしまいったな。
停電ってことはゲームもできないし」
外の様子は見ていないが、
近くで落雷があったのならば振動や音でわかる。
何らかの要因で電線が切れたというのならば外からざわめきが聞こえるだろう。
状況によっては、業者が家々を回ってくることだって考えられる。
そのどれもが、現状に当てはまっていない。
耳をすませてみれば、外は異様なほどに静かで、
いつもは耳障りに思えてならない声の一つすら聞こえてこないのだ。
異常、としか言いようがない。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 19:59:28 ID:pIqRYV1Y0
-
(;'A`)「水も電気もないなんて、原始時代かっつーの」
迫り来る嫌な気持ちをどうにか振り切ろうと、
ドクオはカーテンに手をかける。
何気ない、いつか見た日常がそこにあれば、
安心して漫画やラノベを読むことができる、と。
(;'A`)「夏場ってのがクソだよな。
数時間もしたら茹で蛸になって死んじまうんじゃね?」
数センチ、カーテンを開く。
途端に差し込んでくる強烈な光は、
ずいぶんと拝んでこなかった太陽のものだ。
思わず目を細めるが、
瞳を突き刺してくる光の強さは電球なんぞとは比べ物にならず、
彼の瞳はあまりのダメージに、
外の景色をぼんやりと写すことしかできなかった。
それでも、少し時間が経てば慣れるのが人間というもの。
弱ったドクオの瞳も徐々に視界をクリアにさせていく。
(;'A`)「外、変わってないな」
微々たるところに変化はあるものの、
大まかに見れば、引きこもる前に見た風景と同じものがそこには広がっていた。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:03:15 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「あぁ、昔はここからブーン達を見下ろしてたんだっけ」
高校時代の友人はとても気の良い奴で、
受験に失敗したドクオのことをよく心配してくれていた。
遊びに、あるいは勉強をしに家を訪ねてきてくれた時、
ドクオはいつも自室から彼を見下ろし、
笑みを向けていたはずだ。
('A`)「……今は社会人だっけか」
二度目の受験に失敗した際、
ブーンは我がことのように悔しがってくれていた。
心優しい彼を素直に受け入れることが出来ず、
酷い暴言を吐き散らかしてしまったのは苦い思い出の一つだ。
一方的な喧嘩の後も彼は度々、家を訪れてくれたのだが、
気力も希望も失ってしまっていたドクオは門前払いをし続けている。
そう、今もまだ、彼は時折ここを訪ねてきてくれているのだ。
何となく入れてみたラインには、
アドレス帳に登録されていた数少ない友人達の名前が連なっている。
ブーンもその一人で、今も彼からは数ヶ月に一度はメッセージが送られてきており、
引きこもりながらもドクオは旧友の近況を大よそ把握していた。
('A`)「ツンにプロポーズしたのかねぇ」
幼馴染であるツンと付き合い始めたのは、
まだドクオが一度目の受験勉強をしていた頃のはずだ。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:04:39 ID:pIqRYV1Y0
-
違う大学に進学した二人は、
喧嘩をしてドクオを巻き込むこともあったが、
上手くやっているように見えた。
実際、そうだったのだろう。
ドクオのトーク画面には、
婚約指輪を買ったが、
どのタイミングで渡せばいいのかがわからない、という内容のメッセージが入っているのだ。
外にさえ出れていない身に喧嘩を売っているのか、と問いかけたいところだが、
ブーンはそういう人間ではないことをドクオは良く知っていた。
本当にアドバイスが欲しいだけなのだろう。
('A`)「アイツならいつでも良いだろ、って久々に返信してやったら、
もっと真剣に考えて欲しいお! つってたっけか」
顔を合わせて会話しようとは思えないけれど、
声が聞きたい、と思ってしまった。
('A`)「オレも人恋しいのかねぇ」
無為に時間が浪費されていくたび、
世界の終わりを願う。
一人で死ぬよりも、誰かと逝きたいと思ってきた。
('A`)「……でも、オレはやっぱ駄目な人間だわ」
- 228 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:05:15 ID:pIqRYV1Y0
-
(-A-)「愛よりも、憎しみの方がどうしたって強くなる」
そっとカーテンを閉める。
('A`)「この世界はクソだ」
部屋を出て、台所へ。
('A`)「あんなに頑張って頑張って、
二度目なんて、殆ど勉強勉強の毎日だったのに、
第一志望どころか、第二志望にも滑ってさ」
一本、包丁を抜き取った。
('A`)「そりゃ、もう何もできねーだろ。
就職つってもさ、受験に失敗した高卒のガキ、って目で見られるんだろ?
耐えらんねぇよ」
鈍い銀色をした刃は、
ドクオの母がよく磨いでくれているらしく、
柔らかな肉ならば大した抵抗もなく切れそうに思える。
('A`)「ボロクソな毎日で、誰かを恨まなきゃやってらんなかった」
大学を恨み、親を恨み、神を恨んだ。
同時に、いつかの救済を待っていた。
('A`)「そんな人生のオチが世界の終わりか」
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:05:49 ID:pIqRYV1Y0
-
外の世界を見たドクオは、気づいてしまった。
駆ける人間が、飛ぶ鳥が、動きを止めていることに。
気づいてしまえばあとはあっという間で、
嫌な予感は全身を駆け巡り、
時間の停止と世界の終わりをうるさいくらいに伝えてきた。
心と脳がどう否定しようとも、
もっと高位の存在が、直接、ドクオに叩き込んでくるのだ。
これが、真実なのだ、と。
(゚A゚)「ふっざけんな!
オレの人生は何だ!
玩具じゃねーんだぞ!」
手にした包丁を握り締め、
激しい足音を立てながらドクオは外へ出る。
数年ぶりの外は、生ぬるく、眩しい。
(゚A゚)「こうなりゃ復讐だ。
オレ以外の人間全てへ、復讐だ!」
どうせ、世界は終わるのだ。
罪深い行為に走ったとしても、
咎めるような人間はすぐ消えてなくなる。
(゚A゚)「先に逝かせてやるよ!
どうせ、お前も! お前も! お前も!
オレを嗤っていやがったんだろ!」
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:06:39 ID:pIqRYV1Y0
-
暑さにひるむことなく、
ドクオは包丁の切っ先を通行人へ向けて回る。
世界の終わり、という、大きな絶望を前に、
長年抱いていた被害妄想が爆発していた。
世界中の人間が自分を嘲笑い、
ゴミのように扱おうとしている、と。
(゚A゚)「殺してやる!
死ね! 世界の終わりよりも先に!」
最初のターゲットは女性だ。
この辺りに住んでいる主婦で、
高校に登校する時間、いつも家の前を掃除していた彼女は、
いつも笑顔でいってらっしゃい、と言ってくれていた。
(゚A゚)「どうせ、外に出てこなくなったオレを蔑んでるんだろ!
さっさと死ねばいいと思ってるんだろ!」
歯を食いしばり、鈍い音を出す。
優しい彼女を疑う自己嫌悪と、
現実と錯覚する程の強さを持った被害妄想の狭間で、
彼の心が悲鳴を上げた音だ。
(゚A゚)「うわああああ!」
包丁を振り上げ、勢いのままに首を狙う。
- 231 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:08:21 ID:pIqRYV1Y0
-
(゚A゚)「――あ」
肩で呼吸をするドクオが見たのは、
吹き出る血でも、倒れる女性の姿でもない。
(;゚A゚)「は、マジ、かよ」
時間を止めた人間の身体というのは不思議なもので、
触れれば柔らかく、弾力があるというのに、
悪意を持って振り下ろされる刃物の侵入は阻むようだった。
ドクオが向けた切っ先は皮膚を数ミリも傷つけることなく、
肌の直前で静止してしまっていた。
まるで薄いバリアでも張られているような感覚だ。
(;゚A゚)「じゃあ、お前!」
次は見知らぬ子供。
傷つけやすそうである、という部分によって選ばれたターゲットであったが、
結果は先ほどと同じ。
包丁はわずかの傷も作ることなく、
アスファルトで固められた地面に落ちた。
(;'A`)「人は殺せません、か」
俯き、その場に座り込む。。
言い表せぬほどの脱力感がそこにあった。
- 232 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:09:07 ID:pIqRYV1Y0
-
(;'A`)「そりゃ、そうか」
この時間は、あくまでも慈悲深い神による贈り物だ。
お優しい神様は、自身の預かり知らぬところで散らされる命を見捨てやしないだろう。
('A`)「じゃあ、時間停止セックスもできないんだろうなー」
子孫繁栄は生物の常とはいえ、
世界の終わりが目前まで迫っているのだ。
生まれる命どころか、着床にすら至れない。
世界で最も信者を抱え込んでいる宗教の神は、
快楽のための性行為を禁じていたはずだ。
終わりをもたらす神がどこの誰かは知らないが、
創世を司っているらしいことがぼんやりとわかってしまっていたので、
慣れ親しんだよろずの神の一柱でないことは確かだろう。
('A`)「童貞くらい捨てときゃ良かった」
ドクオは地面に仰向けになる。
時間が止まった世界でも、
空は青く、高く、何処までも澄んでいた。
太陽に熱せられたアスファルトは、
密着しているドクオの身体をあぶるように暖め、
凝り固まった筋肉を柔らかくしてくれる。
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:10:00 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「オレみたいな存在に、こんな1秒はいりませんでしたよー」
空へ向かって声を投げてみる。
やりたいことも、やりのこしたことも特にない。
後悔と恨み妬み嫉みがあるだけの人間だ。
長い1秒を頂いたところで、碌な考えを持たないのは、
先ほどの蛮行を見てもらえば神にもわかってもらえるだろう。
(うA-)「……何で、オレってこんな奴なんだろうな」
眩しい光を片手で遮り、小さく呟く。
彼の声には、強い自己嫌悪の色が滲み出ていた。
(つA-)「要領が悪くて、失敗して、嫌になって、
自棄になって、こんな風になっちまった」
第一志望のレベルを下げていれば、
今頃は一年遅れで社会人になっていたかもしれない。
二度の失敗くらい、と割り切れるような人間であれば、
少しはマシな人生とやらが歩めていたのかもしれない。
全て仮定であり、数多くあった未来の一つだ。
そして、今はもう消えてしまった未来でもある。
(つA-)「努力できる人間であれたなら、
一歩を恐れない人間であれたなら」
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:10:50 ID:pIqRYV1Y0
-
臆病で、ちっぽけな人間でなど、在りたくなかった。
抜け出すための術も、力もないのだと内側へ引きこもった自分が憎い。
こちらへ差し伸べてくれている手があったというのに、
それをとる勇気すらなかった自分に反吐が出る。
('A`)「……変わりたい」
もう、遅いけれど。
決心を新たにしたところで、
世界の終わりは緩やかに近づいてきている。
('A`)「死ぬ前、多くの人間が、
挑戦をしてこなかったことを後悔するらしいけど」
視界に入る青い空。
青々とした木々の葉。
世界が美しいことをドクオは思い出す。
('A`)「オレだって、こんな状況じゃなかったら、
変わりたいなんて思わなかった」
薄暗い部屋とパソコンの画面。
それだけで完結してしまえるような世界のままだったならば、
彼は悪感情だけをこじらせて時間を潰していっていた。
('A`)「終わってしまうから、
先がもうないから、そんな気分になれるだけだ」
- 235 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:11:27 ID:pIqRYV1Y0
上半身を持ち上げ、
懐かしの住宅街を見る。
('A`)「世界の終わりが嘘っぱちで、
また長い未来が与えられたなら、
オレは先に怯えてまた閉じこもるに違いない」
何処かへ駆ける男がいれば、
視界の端に映る公園には最期の遊具を楽しむ子供と、
それを愛おしげに眺める母親の姿もあった。
皆、それぞれが先が失われてしまったことに背を押されている。
明日に響くから、と走ることを止めず、
家事をしなければならないのだから早く家に帰ろうとも言わない。
('∀`)「人間ってやつはどうしようもねぇな!」
自嘲気味に、しかし、吹っ切れたような爽やかさを伴って笑う。
過去は変えられず、未来はもう既にないも同然。
在るのは今だけだ。
('∀`)「最期なら、終わるその時まで、
せめて変わったオレでいよう」
立ち上がり、息を大きく吸い込む。
動きを止めた空気は生ぬるく、
心地良さの欠片もないのだが、
ドクオには新鮮なものに感じられた。
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:12:09 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「日の光ってのはいいもんだな」
太陽の光を体にめいっぱい浴び、
家の周囲をぐるりと回る。
('A`)「この辺りも、ちょっとずつ変わってるもんだなぁ」
昔は綺麗だった隣の家の壁はすっかりと薄汚れており、
窓からちらりと見えた室内には、
奇妙なオブジェクトが並んでいた。
優しい老夫婦とその息子が住んでいたはずだが、
引きこもっている間に新興宗教にでも魅入られてしまったのかもしれない。
('A`)「あ、いつのまにか鉄棒がなくなってら」
公園へと足を向ければ、
かつて遊んでいた遊具の欠落に気づく。
昨今は子供の安全を守るため、
様々な遊び場が消えているのだとネットで騒がれていたが、
こんな身近でそれを感じられるとは思っていなかった。
彼がいかに外との関わりを遮断していたのかがよくわかる。
('A`)「スズメをこんなに近くで見たのは初めてだ」
公園の隅で雑草を啄ばんでいるスズメは、
思っていたよりも細く、可愛げが半減されているように見えた。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:12:52 ID:pIqRYV1Y0
-
ドクオは近所をぐるりと回り、
自然の息吹、営み、人の姿を見て回る。
途中、意味なくゴミを拾い上げ、あるべき場所へ捨ててみたりもした。
(*'A`)「ちょっと楽しくなってきた」
身体を動かすということは、
こうも心地良いことだっただろうか。
生き物の姿は心を癒してくれるものだったか。
彼は緩んだ顔で足を進めていく。
一歩、また一歩と進み、
周囲の風景に心を穏やかにさせる。
静まり返った世界は彼を拒絶せず、
外とドクオが馴染んでいくのを見守ってくれているようにさえ思えた。
('A`)「綺麗だな」
世界は、画面越しにみる絶景何ぞよりも、ずっと綺麗だった。
ただの家や木々、空の青さがこれほどまでに美しいのだと、
古今東西の芸術家達はいつ気づいたのだろう。
それを伝えるための作品をドクオはほんの数点しか知らず、
今になってとても惜しいことをした、と悔やむ気持ちが生まれてきた。
('A`)「もうちょい時間があったら、
海とかも見に行きたかったな」
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:14:25 ID:pIqRYV1Y0
-
友人と海へ行って、もう何年も経つ。
あの頃は気づくことの出来なかった美しさが、
そこにもきっとあるのだろう。
('A`)「森とか山とか」
もっと自然を堪能してみたい。
山頂で食べるラーメンに舌鼓を打ってみたり、
森林浴をしてみたり。
('A`)「流氷とかも良いな」
動画では見たことがあるけれど、
実物を目にしたことは一度もない。
('A`)「そうそう、オーロラとかも」
あれは見れるかどうか、一種のギャンブルで、
下手をすれば見ることなく帰宅するはめになると聞いている。
レアリティが高いほどありがたみが増すのは、
自然でもガチャでも同じだ。
('A`)「でも、人工物もいいよな」
今はなき九龍城。
美しい廃墟に今も人の住む都会の絶景。
ドクオの一生をかけても世界の全てを見ることは叶わない。
わかっているからこそ、あれもこれもと夢見心地で口にしていく。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:15:02 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「――だけど、やっぱり最期は」
立ち止まりながらも進み続けていたドクオは、
ぴたりと足を動かすことをやめる。
('A`)「家が一番、ってな」
そう言って見上げた先にあるのは、
愛おしいとすら言えなかった我が家だ。
汚れた壁に、年に数度しか手入れが行われていない庭。
二階の窓には分厚いカーテンがかかっており、
中の様子を想像すらさせない。
何処へ行き、何を感じたとしても、
ドクオにとって最期に在るべき場所は自室しかなかった。
('A`)「ただいま」
久々の運動に足はすっかり震えており、
靴を脱ぐことにすら苦労する。
念のために家の中も回ってみるが人の姿はない。
母も父も戻ってこようと思っていないのか、
己が足では帰ってこれぬ場所にいるのか。
('A`)「そういや、オレ、母さんがどこで働いてるのか知らねぇや」
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:15:55 ID:pIqRYV1Y0
-
見捨てられたのだ、と言われれば、
それも致し方なし、と思える程度にはドクオも自身の有様を自覚している。
むしろ、最期に抱きしめられでもしたら罪悪感で爆発してしまいそうなので、
どうかこのままゴミのように捨てて欲しいと願うばかりだ。
('A`)「は、オレの部屋、きったねぇ」
自室の扉を開ければ、
ごちゃごちゃと物が散乱している狭っ苦しい空間があった。
日光の差し込まぬ部屋の空気は重く、
ドクオが抱き続けてきた汚い感情が沈殿しているようだ。
ほんの数メートル向こうにある外の世界とは大違いで、
穢れた部屋に足を入れることさえ躊躇してしまう。
('A`)「こんなとこにいたら、
暗い気持ちにもなるよな」
それでもドクオは腹に気合を込め、部屋へ入る。
パソコンもゲームも漫画も全て無視し、
彼は窓へと一直線に向かう。
('A`)「おりゃ!」
掛け声と共に、カーテンが勢いよく開かれた。
長年動かされていなかったそれからは埃が舞い散り、
日の光を浴びてきらきらと輝きながら落ちていく。
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:16:35 ID:pIqRYV1Y0
-
('A`)「空気も入れ替えじゃー!」
続いて窓を開ける。
残念なことに、心地良い風は入ってこないけれど、
心なしか部屋の空気が軽くなったような気がする。
('A`)「こっから見える景色も綺麗じゃん」
窓枠に手をかけ、
前のめりになって外を見る。
少し高い位置から見た公園の緑も中々良いものだ。
視界が広がり、
遠くの景色まで薄っすらと見える。
('A`)「良いな」
ドクオは目を細めた。
太陽の光のせいではない眩しさに、
世界を直視できない。
('A`)「世界は、綺麗だ」
蝋燭の炎は、消える寸前が最も大きい。
桜は散る姿が美しい。
世界もまた、終わる少し前に自身を美しく、壮大に見せているのだろう。
('A`)「オレ、生まれてきてよかったよ」
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:18:04 ID:pIqRYV1Y0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
生ぬるい風が緩やかに舞い込んでくる。
世界に時間が戻ったらしい。
同時に、中途半端に終わっていたスマートフォンの音がかすかに鳴った。
('A`)「そういや、何だったんだ」
触れてみれば、スマートフォンはあっさりとロック画面を表示してくれる。
充電も殆ど減っていない。
('A`)「……そっか」
ロックを解除し、メッセージを読む。
ドクオは小さく笑い、
返信のため指を動かす。
世界が終わるよりも前に、
友人へ祝いのメールを送らなければならない。
ブーン
【聞いてほしいお!
とうとう! プロポーズしたんだお!】
ご丁寧に指輪を嵌めた自撮り写真つき。
('∀`)「おめでとさん! お前らの終わりに幸あれ!」
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:19:36 ID:pIqRYV1Y0
-
7月14日11:10:48 聞屋デレ
その日は、とても不思議なことが起きた。
美譜小学校に通っているデレは、
クラスの友達と一緒に遊んだり、勉強をしたり。
いつもと同じことをしていたはずだった。
日常が崩れたのは、給食前の時間のこと。
一人、二人と騒ぎ始め、
いつしか教室は大騒ぎの大混乱の渦中にあった。
ζ(゚ー゚;ζ「みんな、どーしたの?」
デレの声は誰にも届かない。
泣く子、怒る子、消えてしまった子。
めまぐるしく変わる光景に、彼女の目もぐるぐる回る。
ζ(゚д゚;ζ「なに、なにが、おこってるの?」
いつもだったらすぐに飛んできてくれる先生もやってこない。
1秒ごとに変わる世界に、デレの目には涙がたまり始める。
誰かに助けを求めようと、
彼女がとっさに取り出したのは母親が持たせてくれた緊急用の携帯電話。
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:20:42 ID:pIqRYV1Y0
-
数度しか使用したことのないものだが、
現代っ子の嗜みとして、使い方はしっかりと把握している。
デレは短縮ダイアルで母の電話番号を呼び出すと、
縋るような気持ちで耳を押し当てた。
ζ(>、<;ζ「おかあさん……!」
コールが鳴る。
騒がしい教室の声と音にかき消されそうになりながらも、
一度、二度と携帯から音が鳴り、通話が繋がった。
「デレ! あなた、大丈夫?」
ζ(゚ー゚;ζ「お、おかあさん!
へんなの! みんな、おかしくて……!」
焦ったような母の声。
電子に変換された音の背後には、
教室と似たような騒ぎ声がある。
どうやら、母の方も大変な騒ぎになっているらしい。
「落ち着いて、とにかく、お父さんのところに行くの。
お母さんもすぐに向かうから。
場所はわか――」
ζ(゚ー゚;ζ「……おかあさん?」
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:21:20 ID:pIqRYV1Y0
-
騒がしい音が、一瞬で静まり返る。
叫び声や泣き声だけではなく、
大好きな母の声すら、世界から消えてしまった。
ζ(゚ー゚;ζ「ねぇ、おかあ、さん」
しん、とした携帯電話に何度も声をかけるが、
たった一音の返事すらない。
ζ(゚ー゚;ζ「みんな……?」
そろり、と顔をあげ、周囲を見る。
数人のクラスメイト。
見知らぬ大人の姿。
混乱に混乱を重ねたような泥沼の光景は確かにそこにある。
だが、先ほどまでのような苛烈さはない。
ζ(゚ー゚;ζ「どうして、じっとしてるの?」
誰も動かず、話さない。
古い床一つ軋ませず、彼らはただそこに居るだけだ。
暴力的な恐ろしさこそないけれど、
中途半端な体勢で静止している姿には不気味な恐ろしさがある。
ζ(゚ー゚;ζ「お、おへんじ、してよ」
- 246 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:22:22 ID:pIqRYV1Y0
-
弱々しい声に返ってくるのは沈黙ばかりで、
デレが望むようなものは何もない。
状況説明どころか、共に混乱してくれる者すらいないのだ。
ζ(゚ー゚;ζ「どうしたら、いいの?」
彼女は震える手で携帯電話を強く握り締める。
職務を放棄して沈黙を守るそれは役に立たぬゴミに等しいが、
母と最後まで繋がっていた、という点がある限り、
幼いデレの心を支える役割を持つ。
ζ(゚ー゚;ζ「ヘリちゃん」
悲鳴のような声を上げて泣いていた友人に声をかける。
頬に流れた涙さえ動きを止めており、
大粒のそれが太陽の光を受けて柔らかく光っていた。
ζ(゚ー゚;ζ「フォックスせんせ?」
何をしても反応のない友人を諦め、
いつの間にやら消えてしまった担任を探す。
緊急時には信頼の置ける大人を頼りにする、という意識が、
日々の学校生活や両親からの言葉によって形成されていたのだ。
ζ(゚ー゚;ζ「せんせ、どこ?」
廊下を覗くがそこに探し人の姿はない。
そもそも、いるのは生徒ばかりで、
教師を含め、大人の姿というものが見当たらなかった。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:23:06 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚д゚;ζ「せんせー」
こうなれば、担任以外でもいい。
そう判断したデレは、恐る恐る廊下へと足を踏み出す。
彼女の教室に先生はいない。
ならば、隣のクラス、上級生、下級生の教室を見て回らなければならない。
ζ(>、<;ζ「だれか、たすけて」
ものをよく知らぬ子供でも、
現状が異常であることはわかる。
動かぬ人々と、夏場の昼とは思えぬ静けさ。
これらをもって、異常と判断できないのは、
赤子か痴呆老人か、眠ったままになっている人間か。
少なくとも、自我とまともな思考回路を持った者でないことは確かだろう。
ζ(´、`;ζ「おばけさん、でてこないでください」
デレは胸元で携帯電話を握り締めながら、
そろりそろりと足を進めて行く。
大昔の人間が、理解の及ばぬ現象を妖怪や精霊、神の仕業にしたように、
幼い子供はお化けのせいにしたがるものだ。
クラスの中でも臆病な方に分類される彼女は、
この異常事態を「お化け」の仕業である、と判断したらしい。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:23:36 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚ー゚;ζ「せんせー」
極力、音をたてないように注意して扉を開ける。
そっと覗き込んだ隣の教室は、
見事にデレのクラスと同じ状況だった。
何度か遊んだことのある子の姿を見つけ、
声をかけてみるけれど、やはり返事はない。
ならば次、と、恐怖心を抱きながらも彼女は気丈に行動していく。
一つずつ教室を開けては覗き、
知った顔を見つけては言葉を投げ、肩を叩くが、
結果はどれも同じものばかり。
教師の姿を見つけることができた時もあったのだが、
子供達と同じく彼らからの返答もない。
ζ(>、<;ζ「どうしよぉ」
デレは同級生の子供達と比べれば、賢く、しっかりしている。
しかし、緊急時に自己判断が出来る年齢ではない。
まだまだ親や教師の庇護が必要な彼女に、
現状の分析と行動を求めるのはいささか無理が過ぎること。
神もそれを察したのだろう。
- 249 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:24:41 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚ー゚*ζ「……じかん、とまってる、の?」
かつて、ジャンヌ・ダルクへ与えたように、
神はデレへ天啓を授けた。
本来ならば、自身がその可能性にわずかでも、
無意識であったとしても、気づくことで初めて得られる本能からの回答。
過程を飛ばして降り注がれた答えは、
長くも短い1秒を有意義に使いなさい、というお達しだ。
ζ(゚ー゚*ζ「せかいが、おわ、る?」
デレはその場に座り込む。
突如として与えられた知識は、
彼女の小さな頭で処理するには時間がかかるようだ。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、いま、ひとり」
緩慢に首を動かし、右を左を見る。
静かな世界に動くものはなく、
正しく彼女が一人きりであることを証明してくれた。
ζ(゚ー゚*ζ「……おわったら、どう、なるの?」
真実は残酷だ。
必ずしも人を救済するものではない。
ζ(゚ー゚*ζ「しんじゃう、の?」
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:25:16 ID:pIqRYV1Y0
-
ぱちり、ぱちり、と目を瞬かせ、
少しずつ情報を噛み砕き、理解していく。
まだ人の死と直面したことのない彼女ではあるが、
学校で飼っている動物や、道徳の授業を通し、
命の尊さと絶対的な死という概念に対する認識は持っていた。
そこから導き出される答えは、
小学生に突きつけるべきではない程に、
恐ろしく、残酷なものだ。
ζ(゚д゚;ζ「し、んじゃうの?
わたし、しんじゃうの?」
勢いよく立ち上がった彼女は、
混乱を如実に表現するがごとく、
その場で右往左往し始める。
ζ(;д; ζ「うそ、うそ。
だって、しんじゃうって、こわいよ。
そんなの、おかしいよ」
目から涙がポロポロと零れだす。
止めることなどできやしない。
ζ(;д; ζ「どうして、なんで。
せかいがおわっちゃうってなに?」
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:26:52 ID:pIqRYV1Y0
-
とめどない涙は彼女の頬を伝い、
廊下へと落ち、小さな水溜りを作っていく。
ζ(;д; ζ「ヘリちゃんも、でーちゃんも、
みんな、これをしってたの?
だから、ないちゃったの?」
思い出されるのは、教室で見た友達の表情。
恐怖であったり、混乱であったあり、
細部は違えども、誰もが涙を零し、
助けを呼んでいたようだった。
ζ(;д; ζ「わたし、すききらい、しないよ?
おとうさんとおかあさんのいうことだって、
ちゃんときくから」
助けてほしい。
殺さないでほしい。
幼い子供が命の対価として支払えるのは、
日々の生活で「良い子」であることだけ。
純粋無垢な願いにはひと欠片の邪念だってない。
心優しき人間であれば、
彼女の涙と思いに心動かされることもあっただろう。
だが、神は違う。
既に下された決定を変えることは決してない。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:27:44 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(;д; ζ「おねがい、します」
嗚咽を漏らし、
零れる涙を何度も何度も拭う。
残酷な回答を得たときのように、
神からの返事を待ち、
彼女はお願いを続けた。
ζ(;д; ζ「わがまま、いいません。
クリスマスも、たんじょうびも、
プレゼントほしがったり、しません」
友達と遊ぶ明日を疑ったことなどない。
帰ればおかえり、と言ってくれる母の声が消える時のことなど、
大好きな男の子と会えなくなってしまうことなど、
デレは考えることなく、今日までを生きてきた。
ζ(;д; ζ「だから、たすけてぇ」
とうとう、彼女は身体を丸め、
地面にうずくまってしまった。
外敵から身を守ろうという本能だろう。
ζ(;д; ζ「お、かぁ、さん」
厳しくも優しい母だ。
デレが困ったときにはいつだって助けてくれる。
今回も、母がいればきっと、どうにかなるはずだ。
- 253 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:28:21 ID:pIqRYV1Y0
-
親への絶対的信頼を持ってデレは携帯電話を握る。
自分はまだ子供だから、
わからないことも、できないこともたくさんある。
けれども、母ならば、大人ならば、
この絶望しかないような終わりから助けてくれるはずだ。
ζ(;д; ζ「……あ」
携帯電話を抱きしめ、思い出す。
母は言っていたではないか。
ζ(;д; ζ「お、とうさんのとこ、いかなきゃ」
小さな体に力をたくさんこめ、
彼女は上半身を持ち上げる。
ζ(う、;*ζ「おかあさんも、いくって、いってた」
詳しいことは知らないけれど、
デレの父親は研究者、というものをやっているらしい。
賢いところはお父さん似ね、とデレは親戚からよく言われていた。
ζ(゚ー゚*ζ「きっと、おとうさんなら」
抱えきれぬほどの期待と羨望を胸に、
ボロボロになってしまった心はどうにか気持ちを持ち直す。
- 254 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:29:09 ID:pIqRYV1Y0
-
立ち上がったデレは、
すぐさま駆け足で下足室へと向かう。
上履きで外へ出ては駄目だと教師達はいつも言っていた。
ζ(゚、゚*ζ「おとうさんのおしごとばって、
たしかあそこだったよね」
父の働く研究所には何度か行ったことがある。
理由として一番多いのは、忘れられた弁当を届けに行くことだったが、
彼が早く帰れる、と言った日がたまたま小学校の短縮授業と被っていれば、
母と共に歩いて迎えにいったりもした。
道順は忘れていないし、
子供の足でもそれほど問題なくたどりつくことの出来る距離だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし!」
お気に入りの靴へ履き替えて外へ出る。
強い太陽光がデレの腕と顔、足を焼く。
美譜小学校には制服がないため、
彼女は半袖半ズボンという装いだ。
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさん、まっててね!」
彼女は地面を蹴り上げ、校庭を駆ける。
一刻も早く、父に、母に会いたかった。
涙こそ止まっていたけれど、
彼女の心はまだまだ不安と恐怖で一杯なのだ。
- 255 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:29:41 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚ー゚;ζ「ひー」
学校を飛び出してしばらく進んだところで、
デレは息をきらせて立ち止まっていた。
正真正銘の全速力だ。
長時間、維持し続けられるようなスピードではない。
ζ(>ー<;ζ「おっかしいなぁ」
彼女の想像としては、
風のように町を駆け抜け、
父のいる研究所まで一直線のはずだった。
しかし、そこは子供の考えること。
自身の体力やトップスピードを無視した夢物語的な想像であって、
現実的であるとは到底言えやしない。
結果、彼女は無茶な予定から脱落し、
壁に寄りかかって息を整えることになっている。
ζ(゚ー゚;ζ「ちょ、ちょっとゆっくり、いこう、かな」
涙で乾いた目元に汗が流れ落ちると、
少しひりひりと痛んだ。
ζ(゚ー゚;ζ「あ、すいとう、もってくればよかったなぁ」
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:30:19 ID:pIqRYV1Y0
-
夏の暑さにデレは呟く。
学校に置いてきてしまったピンク色の水筒には、
冷たい氷と麦茶が入っている。
炎天下の中で飲む冷えた麦茶は美味しい。
喉から胃へ、そして全身まで冷気が伝わってくるようなあの感覚は、
今の季節だからこそ楽しめるものだ。
寒い冬になってしまえば、
楽しむどころではなくなってしまうし、
何よりも飲料は冷えたものから暖かなものへと変化してしまう。
ζ(゚ー゚;ζ「しっぱいしたなー」
目の上に手をかざし、
デレは進行方向を見る。
道中もそうであったが、
先の道にも人影がちらほらとあり、
全員がこの1秒の中に存在していない。
ζ(゚、゚*ζ「……へんなかんじ」
目の前の光景がお化けによるものではないこと、
父に会えば胸の中から湧き上がってくる恐怖を払拭できると確信していること。
二つの要素が組み合わさることで、
彼女は少し冷静に周囲を見ることができるようになっていた。
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:30:50 ID:pIqRYV1Y0
大きい人も小さい人も、
男も女も、誰も彼もが固まり、
素の表情を見せている。
ζ(゚ー゚*ζ「きゅうけい、おーわりっ!」
ぴょん、と跳ねるようにして第一歩目を踏み出す。
息を整えたデレは、走ることを止め、
ゆっくりと、しかし着実に研究所へ向かうことを選んだ。
すれ違う人々の顔を覗きながら行けば、
彼らの殆どが恐怖や焦りの表情を浮かべている。
ζ(゚、゚*ζおとなのひとでも、こわいっておもうんだ」
いつも見ている大人の表情とあまりにも違う。
デレの目に映る彼らは、動揺することなど殆どなく、
冷静で真面目で、優しい。
人としてこうあるべき、という模範解答のような存在だった。
それが今ではどうだ。
涙を流し、喚き散らし、悲壮に暮れる大人の多いこと。
ζ(゚、゚;ζ「……おとうさん、だいじょうぶ、だよね」
こういう大人もいるだけだ。
父は違う。
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:31:21 ID:pIqRYV1Y0
-
信じなければ、足が動かなくなってしまう。
そう直感したデレは頭を振りかぶり、
可哀想な大人達から目をそらした。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ネコさん」
花壇の中でネコが心地良さ気に丸くなって眠っていた。
首輪はなく、野良猫であるようだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「かわいいねぇ」
軽く頭を撫でてやれば、
ごわごわとした毛の質感が伝わってくる。
どうやら、この猫は美意識が低いらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんとけづくろいしないとダメなんだよー」
時間が止まっていて良かった、と思う初めての瞬間だった。
警戒心の強い野良猫は見知らぬ人間に身体を触らせなどしない。
平常時であれば、ここまで近づくよりも先に、
猫が花壇から立ち去ってしまっていたことだろう。
ζ(゚、゚*ζ「ネコさんはせかいがおわるってしってるの?」
眠る猫からの返事はない。
ζ(゚ー゚*ζ「しってて、おひるねしてるのかな」
- 259 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:34:19 ID:pIqRYV1Y0
-
猫が何処まで知っているのか、
あるいは、知ることになるのか。
答えを教えてくれる者はいない。
しかし、神の子から外れて間もないデレにはわかってしまう。
太陽のもとで眠る猫は、世界が終わるその瞬間まで、
いつもと同じように生きているのだろう、と。
ζ(゚ー゚*ζ「すごいねぇ」
日々を精一杯に歩む彼らは、
世界が明日終わろうと、一年後に終わろうと、
後悔も一大決心もしない。
在るがままに生き、死ぬのだ。
生物として、これほどまでに潔く、
美しい在りかたはないだろう。
デレはうっとりとした表情を見せる。
思いを言葉にする力を出れは未だ持たないけれど、
胸の内側に生まれた気持ちだけは大人のそれと遜色ないものだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「またね」
未来が来ると信じている気持ちと共に、
彼女はその言葉を動かぬ猫へ向けた。
そうして名残惜しげに最後にひと撫でし、
ゆっくりとその場を離れて父のもとへ足を進めていく。
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:35:02 ID:pIqRYV1Y0
-
緑のある小道を抜け、
大きな道路のある場所へと抜ける。
周囲には大きなビルが建ち並び、
申し訳程度の街路樹が道を彩っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「くるまにちゅうい、だよね」
道を渡る前には律儀に左右を確認し、
手を上げて小走りに行く。
動く車がないから、という事実を理由に、
安全確認を怠る発想はないらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「あとちょっと、もうちょっと」
軽いリズムに乗せて楽しげに歌う。
ここまでくれば、研究所は目と鼻の先だ。
気持ちが喜びの色に染まるのも無理はない。
ζ(゚ワ゚*ζ「おっとうさん、おっとうさん!」
長い1秒が与えられていなければ、
彼女は父と再会することなく、その命を終えていただろう。
デレが神に感謝を抱くことはないけれど、
一時の幸福を感じられたというのならば、
慈悲には意味があったのかもしれない。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:35:45 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚ー゚*ζ「あっ! おとうさんのじだ!」
道行く人の視線を射止めるために設置されているショーウインドウ。
幼い子供とはいえ、女性であるデレは、
飾られている服や鞄、靴に玩具。
それらに目を惹かれながら歩いていた。
ぼんやりと流れてゆく風景の中、
ひどく見覚えのあるものを見つけ、
彼女は足を止める。
【世界の終末。
長い1秒。
誰かいるのなら、ここへ文字を】
汚れ一つなかったであろうガラスに、
黒いインクが付着していた。
それが描く文字は、デレの父親の筆跡によく似ている。
ζ(゚、゚*ζ「……の、い。
か、いるのなら、ここへ、もじ? を?」
漢字が多く使われた文章だ。
ほんの少しであれば漢字も読めるデレだが、
書かれた言葉の意味を解する程の知識はない。
疑問符をつけながら読んでみるけれど、
父が書いたのであろう、ということがわかっただけだ。
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:36:27 ID:pIqRYV1Y0
-
ζ(゚ワ゚*ζ「あ、こっちはよめる!」
【います。ぼく、ここに、います】
【ボクは、アサピー】
幼さの残る誰かの文字は、
全てひらがなで書かれており、
容易く読むことができる。
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさん、このことおはなし、してたのかな?」
小さな手が父と幼い誰かの文字に触れ、
順々にたどるようにしてなぞってゆく。
【ぼく、ぎこ】
どうやら、幼い誰かはぎこ、という名前らしい。
文字が書かれている高さから考えるに、
デレと同年代であろうことが予測された。
ζ(゚ー゚*ζ「ぎこくん、か」
この辺りの子だろうか。
実は同じ小学校に通っていたり、
もしかすると、次の春に入学してくる子だったりするのかもしれない。
浮かんでは消える想像に、
彼女の頬は緩む。
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:37:10 ID:pIqRYV1Y0
-
見たことも、会ったこともない子。
自身の父と文字を通して言葉を交わしている、
字の雰囲気からみて、おそらく男の子。
彼に会ってみたい、とデレは思った。
ζ(゚ー゚*ζ「これが、うんめい?」
夢見がちな乙女は、
黒いインクにだって胸をときめかせる。
きっと、父に言えば大事になるに違いないから、
母にだけこっそりと教えてあげるのだ。
そうして、いつかどこかで出会い、
文字を見たときから運命に気づいていたよ、と言う。
ζ(´ワ`*ζ「へへへ……」
そこから始まるハートフルな恋愛模様を想像し、
デレの表情はますます緩む。
運命、という単語には、それだけの力があるのだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「まっすぐで、つよいじ。
わたしは、すっごくふあんなのに」
この1秒間の中で、何度、心が折れそうになったことか。
両親という心の支えを持ったところで、
不意に襲いくる恐怖の全てを消し去ることはできない。
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:38:14 ID:pIqRYV1Y0
-
けれど、ガラスに書かれた文字は違う。
へたくそで、歪な文字ではあるけれど、
強い意志と力を感じさせてくれる。
【ギコくん、ボクは世界のために、もうすこしがんばります。
へんじをくれて、ありがとう】
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさんもがんばってるんだよね」
ぎこにあわせ、殆どがひらがなで書かれた文章を読み、
デレは小さく息を漏らす。
彼女の父は、彼女が思った通りの人であった。
その安心感から出た吐息だ。
ζ(^ー^*ζ「せかいはおわらない!
がんばってたら、ぜったいにむくわれるんだ、って、
おかあさんいってたもん!」
努力を続ける人間がいるのであれば、
世界が終わる道理はない。
ζ(゚ー゚*ζ「よーし! じゃあ、はやくおとうさんに会いにいって、
おてつだいをしないと!」
荷物運びでも、実験でも、お買い物でも。
出来る範囲のことをやろう。
そう決心したデレは、勢いよく駆け出した。
- 265 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:38:55 ID:pIqRYV1Y0
-
故に、彼女は気づかない。
父の残した言葉の下に、
戸惑うような、縋るような文字が残されていることに。
【まって】
【どこにいくの】
【ひとりはいやだよ】
【おかあさんはどこ?】
【ねえ】
【もういないの?】
【また、ひとりなの?】
問い掛けに応えるように書かれていた文字とは違い、
これらはとても小さなものだった。
不安に揺れる気持ちがそうさせたのだろう。
一文が増えるたび、
書き手の力が失われていったらしく、
文字は下がる一方で、
最後には地面とそう離れていない高さに書かれていた。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:39:41 ID:pIqRYV1Y0
-
悲しい結末を知らぬデレは軽快なリズムで地面を蹴り、
父親のもとへ向かって行く。
ζ(゚ワ゚*ζ「おとうさん」
人も、物も、展示も全て無視して走り続け、
狭くはないけれど、人通りは少ない道へと入る。
後は真っ直ぐ進むだけ。
もう、研究所の概観が見え始めていた。
ζ(゚ワ゚;ζ「おとうさん……!」
足が地面につく。
その振動を体全体で感じるたび、
彼女の胸が軋みだす。
ζ(;ワ; ζ「おと、うさん……!」
ゴールを目前に、
頑強であれ、と勤めていた胸に緩みが生じたのだ。
運命のときめきも、
強い安堵と湧きあがる不安に挟まれ、
すっかり見る影もない。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:40:17 ID:pIqRYV1Y0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
ζ(;д; ζ「おとうさん!」
勢いのまま、研究所の扉を開ける。
本来ならば部外者の侵入を防ぐため、
警備員がいるはずなのだが、この状況下だ。
既に姿はなく、正面玄関は無防備に晒されていた。
( "ゞ)「おや、デレさん」
ζ(;д; ζ「デ、ルタ、さん……?
あれ、なん、で」
えぐえぐと涙を零している少女は、
時の流れが戻ったことに頭がついていっていないらしい。
白衣を着た男を前にして、不思議そうに首を傾げる。
ミセ;゚ー゚)リ「あぁ、間に合って、良かったわ」
ζ(;д; ζ「……お、かあさん」
ミセ;゚ー゚)リ「ごめんね。遅くなっちゃって」
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:40:47 ID:pIqRYV1Y0
-
続いて現れたのは、
息を切らしている母、ミセリだった。
瞬きをしている間に姿を見せたということは、
彼女も少し遅れて1秒間を体験していたらしい。
( "ゞ)「ミセリさんまで……。
ここへは――」
ミセ*゚ー゚)リ「夫に会いにきました。
お役には立てませんが、
傍にいるくらいは許してもらってもいいでしょ」
( "ゞ)「……えぇ。もちろんですとも」
さ、早く、と白衣の男は二人を誘導する。
ミセ*゚ー゚)リ「状況がよくわからないなりに、
あなたをここへ誘導できて良かったわ」
廊下を早足で行きながら、ミセリはしみじみと呟く。
一歩間違えれば、我が子だけを放っていくところだったのだから、
安堵の気持ちも大きいのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんとひとりでこれたよ」
ミセ*゚ー゚)リ「えらいわね」
先頭を歩いていた男が一声かけて扉を開ける。
その先にいたのは、待ち望んだ父の背中だ。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:41:47 ID:pIqRYV1Y0
-
7月14日11:10:59 徳間モララー
明日も明後日も、当たり前のような日常が続くと信じていた。
欠片の疑いも持つことのなかったその思考は、
いとも簡単に突き落とされ、世界は地獄へと姿を変えてゆく。
(;・∀・)「な、何だっていうんだ」
たった一コマのために大学へ赴き、
早々と帰路についていたモララーは、震える声で呟いた。
眼前にある風景は、到底、まともとは言い難いもので、
成人男性が恐怖に支配されるのも、
致し方のないことだといえた。
瞬き一つ、呼吸一つする度、
隣にいたはずの人間は消え、
そこにいなかったはずの人間が駆ける。
通常では考えられないような光景だ。
合わさるようにして嗚咽や悲鳴、喚き声が徐々に大きさと数を増していく。
ありとあらゆる声は反発しては混ざり合い、
薄気味悪い音を作り出していた。
(;・∀・)「みんなどうしちゃったんだよ」
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:42:40 ID:pIqRYV1Y0
-
ドッキリの類か、と思わないでもなかったけれど、
人が突然現れては消える、などという、
超常的な現象が目の前で繰り広げられているのだ。
質の良いマジックだと言うには、
種も仕掛けも見当たらず、あまりに無作為だった。
(;・∀・)「待ってよ。
何、何が起こってるんだ」
小さく零された声に返事はない。
誰も彼も、自分のことで精一杯らしく、
周囲に気を配っている人間など誰一人として存在していなかった。
(;・∀・)「ボクが、何をしたって、いうんだ」
恐怖にすくむ足では逃げることさえできやしない。
そもそも、何処へ行けばいいのかさえわからない。
遠くの方からもざわめきや嗚咽、叫び声が聞こえてくるのだ。
(;-∀-)「誰か説明してくれよ」
町の真ん中で、これほどまでの孤独を味わったのは始めてだ。
人はいるというのに、自分だけがナニカを理解していない。
共通の意識から追い出されたような、寂しい感覚。
- 271 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:44:04 ID:pIqRYV1Y0
-
人生で最大級の孤独を味わった、と思っていたモララーは、
すぐにそのランキングを更新することとなる。
(;・∀・)「――あれ?」
静まり返った世界。
おそるおそる目を開けてみれば、
相変わらずの地獄絵図。
しかし、音はなく、
動きも一切消えていた。
(;・∀・)「何?」
ここ数十秒、モララーは混乱していなかった時間がない。
定点カメラの映像をぶつ切りにしたような光景から一転、
一時停止ボタンを押したかのように様変わりしていた。
(;・∀・)「どういう、ことだよ」
視線の先にいる男を見つめてみるが、
動く気配はなく、消えてしまう様子もない。
(;・∀・)「わけ、わかんない。
どうしてボクが、こんな意味のわらかないことに巻き込まれるんだ?」
運が良いほうではない、とモララーは自負しているが、
それでも、これはあまりにも酷くないか、と言葉を零す。
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:45:15 ID:pIqRYV1Y0
-
(;・∀・)「マジで、意味わかんないし。
ねぇ、返事してよ」
未だに震える足をどうにか動かし、
もつれさせながらも近場の男へと近づく。
けれど、彼からの返事はない。
天に向かって何か叫ぶような体勢のまま、
瞬き一つせず硬直していた。
(;・∀・)「こんな、漫画みたいなこと、いいからさ。
平凡なボクの日常を返してくださいよ」
男の服を引っ張るが、やはり反応はない。
(;・∀・)「何かのイベントですか?
それとも、ボク、新たな能力に目覚めちゃった系男子なんですか?
運が悪すぎて次元の狭間に落ちたとか言うんですか?」
ドッキリだったと言って笑ってもらえるのなら、
どれ程ありがたいことだろうか。
周囲から全ての音を消しさってしまえるような技術が、
この世に存在しているのだとすれば、その可能性もあったかもしれない。
(;・∀・)「まるで、時間が止まって、しまった、みたい……?」
どのような人間にも、慈悲と時間は平等にある。
長い1秒。世界の終わり。
モララーはそれらを悟った。
- 273 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:45:43 ID:pIqRYV1Y0
-
(;・∀・)「は、はは。
何かの、冗談でしょう?」
人に求め、ついぞ返って来ることのなかった答え。
それが自身の内側からやってくるなど、
想像もしていなかったし、まさか、このようなものだとも思っていなかった。
モララーはゆっくりと後ずさりし、
壁に背をぶつける。
(;・∀・)「世界が終わるなんて、そんなこと」
世紀末、恐怖の大王がやってくるのだと世間は多いに騒ぎ立てたが、
結局は何も起こらず、それまで通りの日々が続いてきたではないか。
今になってやはり世界を滅ぼす、などということがあって良いのか。
(;・∀・)「い、やだ」
現実から目をそらそうと、首を横に振る。
しかし、世界の在りかたは変わらない。
(;・∀・)「終わりたくない。
ボクは未来が欲しい」
涙が滲み出てくる。
抑えることのできない雫は、
ぽたり、と地面に落ちた。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:46:29 ID:pIqRYV1Y0
-
( ;∀;)「――そういうことか」
周囲の誰もが共通して持っていた認識。
それが、この長い1秒間と世界の終わりだったのだ。
誰かは1秒間の間にその場を去り、
別の誰かは同じ時間を使ってモララーの傍らを駆けた。
世界の終わりを迎えるために。
( ;∀;)「でも、こんなのってあんまりだ」
肩を揺らし、モララーはその場に座り込む。
( ;∀;)「ボクは一人なんだ。
独りぼっちで終わりを迎えるんだ」
両親は田舎の実家に住んでおり、
今からそこまで向かうのはとてもではないが現実的とは言えない。
かといって、モララーには将来を誓い合った恋人がいるわけでもなく、
むしろ、つい先日、彼女から別れを切り出されたばかりだった。
( ;∀;)「何て、ボクは運がないんだ」
幸せな時間を知らないわけではない。
優しい両親に恵まれ、第一志望の大学にも合格した。
幸いにして彼女も過去に何人かおり、童貞も卒業している。
ただ、ほんの少しだけ、運がない。
くじ引きで一人だけハズレを引くだとか、
遠足でお弁当を落としてしまうだとか。
そういった運の無さだ。
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:47:03 ID:pIqRYV1Y0
-
些細な、けれども、本人としては積もりゆく不運。
それがこんなところで爆発した。
( ;∀;)「一人なんて、嫌だ……」
世界中の人間が一斉に死ぬのだとしても、
その瞬間くらいは選びたい。
大多数の人間が同じことを考えたはずだ。
だからこそ、モララーの世界は刻一刻と変化していった。
諦念に取り付かれ、祈ることしか出来ない人間ばかりであれば、
人が消えたり現れたりなどしない。
( ;∀;)「終わりを一緒に過ごしてくれるような友達を作っておけばよかった」
恋人も両親も駄目だというのなら、
残るは友人、という選択肢だ。
だが、モララーにとっての彼らといえば、
適当に遊んで適当にノートを見せ合うような間柄でしかなく、
世界の終わりに肩を並べあうような関係ではない。
( ;∀;)「っていうかさぁ」
のろり、と彼は顔を挙げ、
涙で滲んだ風景を見つめる。
( ;∀;)「平等じゃ、ないよね」
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:47:38 ID:pIqRYV1Y0
-
視界に映る全ての人々が、
嘆きや焦りに顔を彩られており、
1秒を得る前のモララーのようにな表情をしている者はいない。
( ;∀;)「これ、絶対ボク、最後でしょ」
順々に1秒が与えられていくのだとすれば、
必ず最初と最後が存在している。
最初に1秒を得た者は、
世界の終わりを知った後も少しは動くことができるはずだ。
愛する者に言葉を捧げる猶予もあるだろう。
逆に、最後に1秒を得た者はどうなる。
誰かの傍らにたどり着くことができたとしても、
1秒の終わりと共に世界が終わるのだとすれば、
たった一言すら向けることすらできないではないか。
( ;∀;)「そりゃさ、いませんよ?
やりたいことも、ないですよ?
でも、それとこれとは別じゃないですか?」
言葉を手向ける人がおらずとも、
残すモノが何もなくとも、
猶予の欠片もない時間を受け入れるというのは難しい。
数十秒。短いようで長い時間だ。
その時間をモララーは混乱だけで消費してしまった。
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:48:24 ID:pIqRYV1Y0
-
モララーは見えぬ神に文句を言い続ける。
返事がないことはわかっていたが、
心の整理には必要な時間と行動だった。
公衆の面前で泣き喚くなど、
小学生以来のことではあるが、
不幸中の幸いとして、今は時間が止まっている。
誰に見られるでも、咎められるでもない。
体感時間として数分。
吐き出し続ければ思いにも終わりがやってくる。
いい加減、泣き続けるのにも疲れてしまった。
( う∀・)「……最後だっていうなら、
見てやろうじゃないか」
涙を拭い、彼は立ち上がる。
暑い中、座り込んでいたせいで、
汗ばんだ尻に下着がくっついて気持ちが悪い。
( ・∀・)「みんなが、そんな風に終わりを迎えるのか、さ」
最後に回された者の特権など、
このくらいしかない。
終わりを前にして、人はどのような本性を晒したのか。
それを見て嗤ってやるなり、同情してやるなりしてやろう。
手始めに、目の前で地獄絵図を作ってくれていた人達だ、と、
彼は足を進めていく。
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:49:06 ID:pIqRYV1Y0
-
少し冷静になった頭で周囲を見渡してみれば、
一定数の人間が天を見上げていたり、
指を組んで祈りのポーズをしている。
彼らは最期の足掻きとして祈りを選んだのだろう。
最期を共にしたいと思う者がいないのか、
距離が離れているため、会うことが叶わないのか。
いずれにしても、彼らはモララーとよく似た立場の人間なのだろう。
見れば、スーツをバッチリ着込んだ初老の男性もいる。
妻と子供に恵まれていそうな歳の頃だが、
彼の薬指に指輪はなく、天を見る目も何処か空ろだ。
( ・∀・)「お金があっても最期がこれじゃあな」
身に着けている装飾品も、
安いものではないように見える。
実際の所得まで知ることはできないが、
上流階級に近い人間なのだろう、とモララーは判断した。
必死になって金を稼ぎ、
人生を豊かなものにしようとしていたのかもしれない。
女なんぞおらずとも、充実した人生を、と。
しかし、終わりを前に、
一人きりになってしまった気分というのは、
如何ほどのものか。
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:50:10 ID:pIqRYV1Y0
-
( ・∀・)「世界の終わりなんてこなけりゃ、
もうちょっとマシだったんだろうな」
精一杯に生きて、歳をとって、
それから死ねたのならば、
一人身でも胸に残るものがあったのかもしれない。
モララーは男の肩を優しく叩く。
この同情が伝わることはないだろうけれど、
放っておくのも心が痛む。
( ・∀・)「人生、ままならないよな」
真面目に生きようと、
悪人として生きようと、
終わりは皆、死である。
故に、そこまでの過程が大切だ。
何処かの誰かの言葉ではあるが、
その誰かさんですら、
ここまで平等に与えられる死までは想定していなかっただろう。
( ・∀・)「どーしたら良かったんだろう」
男にならって空を見上げてみる。
神の姿はなく、
惨劇の回避の術も降りてはこない。
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:50:46 ID:pIqRYV1Y0
-
( ・∀・)「彼女作るとか、田舎で親と暮らすとか、
そういうのも悪くはないんだけど、
まだまだ未来があるってなら、それを選ぶことはないじゃん」
社会人の一員になったときのため、
勉学やバイトに励むことは間違いか。
モララーは少しばかり不運であったけれど、
怠惰な生き方をしてきたつもりはない。
流されて選択することがゼロであったとは言わないが、
親元を離れる決心をし、受験勉強に励み、
精一杯、その時を謳歌してきた。
その上で、生を望むのだ。
まだやり残したことがあり、
たった一人で終わる世界は嫌だ、と。
( -∀-)「間違ってなかったと思うよ。
ボクも、きっと、おじさんも」
もう一度、同じ人生を歩めるとして、
世界の終わりを知っていたならば、
倫理を投げ捨てた生き方をしたかもしれない。
未来というのは、希望であり、
人の行動に道徳と倫理を付与してくれる。
- 281 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:51:21 ID:pIqRYV1Y0
-
( ・∀・)「……じゃあね」
軽く頭を下げる。
この男性の隣でいつまでもぼんやりしていては、
他の最期を見ることができなくなってしまう。
モララーは多少の名残惜しさを感じつつ、
その場を後にする。
次に向かう場所の予定も特には決めず、
知っている道、知らぬ道へ足を進めていった。
( ・∀・)「静かだねぇ」
足音は一つ分。
人の声も虫の声も、風の音すらない世界だ。
( ・∀・)「キミもそう思うでしょ?」
見かけたのは短い髪を振り乱しながら走る少女。
泣きそうな顔をして、必死に足を動かしていたのだろう。
両足が地面につかない状態で硬直していた。
( ・∀・)「お母さんに会いたかったのかな」
可哀想に、彼女は母親に会うことなく死ぬのだろう。
この1秒が終わってすぐ、
そうでなかったとしてもたった数秒だ。
この場にいない母親に会うことはできまい。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:52:02 ID:pIqRYV1Y0
-
( ・∀・)「努力が報われないって空しいね」
かけた時間の分だけ対価が欲しい。
努力したのだから同等の結果が欲しい。
そう願ってやまないというのに、
現実は無常だ。
中学生くらいの少女の努力一つ、報われやしない。
彼女もそれを理解しているのだろう。
瞳の奥に絶望の色が見え隠れしていた。
( ・∀・)「ボクがキミのお母さんを知っていたなら、
どうにか連れて行ってあげることもできたかもしれないけど……」
少女とは何の面識もない。
こんな事態でもなければ、
一生、知ることのなかったであろう存在だ。
( ・∀・)「ごめんね」
せめて、と思い、
モララーは近場に生えていた可愛らしい花を抜く。
花壇に植わっていたので、誰かの所有物なのだろうけれど、
世界が終わる間際のことだ。
許してほしい。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:52:46 ID:pIqRYV1Y0
-
( ・∀・)「……可愛いよ」
髪の毛に花を刺してやれば、
可愛らしい少女の出来上がりだ。
終わるその瞬間が、
ほんの少しでも美しく彩られますように、と願う。
( -∀-)「それにしても、皮肉なことだよね」
少女から少し離れた場所。
けれど、確実に彼女も目に入っているであろうそこには、
身を寄せ合う家族の姿があった。
若い両親と幼い息子。
涙を零しながらも、まだ分別のついていない子供を不安がらせないよう、
賢明に笑みを浮かべようとしている母の姿は美しい。
父はそんな母を抱きしめ、
自身の唇を噛み締めていた。
無力な自分が許せないのかもしれない。
子供には長く果てしない未来があったはずで、
妻もそれを時に笑い、時に怒り、時には嘆いたりしながら、
それらを見守っているはずだった。
( ・∀・)「あんた達は幸せものだよ」
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:55:03 ID:pIqRYV1Y0
-
終わりを前に、
幸せも何もない、と怒られてしまいそうだけれど。
母に会うことなく終わる少女や、
会いたい人に会えず、愛した人もいないモララーよりはマシだろう。。
( -∀-)「羨ましいくらいさ」
近しい距離の中にある、
絶望的なまでの溝。
片や家族と寄り添い、
片や必死に駆けるも努力は報われない。
( ・∀・)「神様ってのは酷いね」
各々の行動の結果がこれなのだとしても、
この光景はあまりに切ない。
( ・∀・)「奇跡はこの1秒間で最後らしい」
祈りが届き、母と再会する、という奇跡は起こらない。
世界の人口に対し、神はたった一人のようなので、
個々人の面倒を見てくれることはないし、
終わり方に干渉することもできないようだ。
仮に、それが可能だとするのならば、
この道に作られた光景は怠惰の結果か、
神の性格が如何にクソであるか、という証明だろう。
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:55:51 ID:pIqRYV1Y0
-
悲しい場所を後にしたモララーは、
目を奪われるような美しさを目にする。
( ・∀・)「綺麗、だ」
思わず息を呑む。
ノパ⊿゚)
水滴を零してキラキラと光る髪を風になびかせ、
真っ直ぐ前だけを見ている女性。
名も知らぬ彼女は、今まで見てきたどの人間よりも凛としていた。
嘆くでもなく、悲しむでもなく、
意志の強さの中に楽しさを混ぜ込んだ瞳だった。
( ・∀・)「あなたは何処へ?」
答えがなくともわかっていた。
前だけを見据える彼女に、目的地などありはしない。
もしも会いたい人間がいるのだというなら、
先ほどの少女のように焦った顔をしているだろうし、
硬直する姿も躍動感に溢れるものになっていただろう。
( ・∀・)「最期にあなたはこの風景を見るんですね」
広がる光景は、美しい草花や海ではない。
鉄筋コンクリートと電線で作られた町並みだ。
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:56:52 ID:pIqRYV1Y0
-
特別なものなど何一つない。
少し路地裏を歩けば雑多に汚れた町だ。
けれど、きっと彼女の目には輝いて見えている。
( ・∀・)「ボクもあなたと同じ目が欲しかった」
キラキラと星が舞い散るような瞳を覗けば、
うっかり落ちてしまいそうだった。
( ・∀・)「そうすれば、一人でだって終わりを迎えることができたはずなんだ」
あてもなく歩き続ける彼女のように。
( ・∀・)「でも……」
モララーは視線を少し下げる。
映るのは滑らかな素足だ。
手入れを怠ったことはないのだろう。
(;・∀・)「最期まで自分の身体は大事にした方がいいと思いますよ」
何処から素足で歩いてきたのかは知らないが、
女の足は泥だらけになっていた。
さらに、落ちていたガラス片で足の裏を切っているらしく、
コンクリートの地面には点々と赤い跡がついている。
万が一、世界が終わらないのだとすれば、
傷口から細菌が入りこみ、破傷風等に感染してしまう可能性が大いにある行動だ。
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:57:27 ID:pIqRYV1Y0
-
(;・∀・)「あと、夏場だとしても濡れた服はどうかと」
水浴びでもしてきたのか、
彼女は髪だけでなく体全体が濡れていた。
濡れたシャツがぺたりと肌に張り付いている様は、
非常に性的刺激をもたらしてくれるものの、
足元の状況と合わされば性欲よりも心配が先にくる。
( ・∀・)「タオルでも持っていればよかったんですけど」
残念なことに、モララーはタオルを常備しているタイプではない。
適当な店に入り、適当に一枚盗んでくる、ということも可能であるが、
女がそれを望むとは思えなかった。
最期に選択した行動が、
ただただ歩くことであった彼女ならば、
あるがままを望むだろう。
濡れた服も、髪も、
不快感ごと喜びに変えてしまうような気がした。
( ・∀・)「この姿を後世に残せないなんて、
凄い損失だと思うんですよ。ボクは」
絵画に描かれていてもおかしくない。
モララーは本気でそう思う。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:59:02 ID:pIqRYV1Y0
-
足掻き、苦しむ人々を見てきたからこそ、
女の姿はこれ以上ない程の美に見えた。
何も恐れず、悲しまず、
凛と背筋を伸ばして歩く様は、
神話に描かれるに相応しい。
( ・∀・)「世界が終わるからこそ、
あなたはそれほどまでに美しいのでしょうか」
凡庸な日常の中で、
彼女の美しさは真価を発揮できないだろう。
全てに打たれる終止符を前にして、
未だ前を向いているからこそ、彼女は美しいのだ。
( ・∀・)「あぁ、だとしても、
ボクは終わる世界を受け入れたりなんてできない」
許してほしい。
最高の美を前に、彼は言う。
( ・∀・)「美が損なわれるとしても、
ボクは未来を望まずにはいられないんです」
懺悔のようなそれは、
彼の自己満足に過ぎない。
歩き続ける彼女は、モララーが自身を賞賛していることでさえ知らないのだから。
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 20:59:38 ID:pIqRYV1Y0
-
終わりを許容できない彼は、
しばしの間、黙って女を見つめ続けた。
言葉すら発することなく、
静かな呼吸音だけが世界にあるような、
そんな時間だった。
最期に見たものが、美しい彼女であるならば、
それは一種の本望というやつではないだろうか、と考えていたのだ。
目の前にある美は、最期だからこそ見れたものなのだから、
満足して終わりを迎えられるのでは、と。
しかし、彼はゆるく首を振った。
( ・∀・)「さようなら。
美しい人」
モララーは思いを振り払うようにして駆け出す。
勢いをつけなければ、
いつ間で経ってもその場にいてしまいそうだった。
美の傍らで終わるというのは、
良いか悪いかで問えば、圧倒的前者だ。
けれど、未来を望む彼は、
世界の終わりによって作られた美を見続けることができない。
尊ぶ感性と、未来を求める思考がぶつかりあい、
息ができなくなってしまいそうだった。
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:00:26 ID:pIqRYV1Y0
-
道をでたらめに走り回ったモララーは、
周囲に人の姿がないことに気がついた。
都会の町並みの中、
今までは多かれ少なかれ人がいたはずなのに。
(;・∀・)「え、何。怖い」
終末を前に静まりかえる世界。
ただでさえ不気味なステージだというのに、
不可思議に人の姿が排除されているとなれば、
ボス戦もかくや、という雰囲気だ。
(;・∀・)「ボク、魔法とか使えませんし。
主人公って柄でもないんで」
モララーの年代であれば、
多くの人間がRPGやライトノベルに触れて成長してきている。
咄嗟のときにそれらが頭に浮かんでしまうのも仕方のないことだろう。
だが、当然のことではあるが、
この世界は剣と魔法の世界ではない。
無論、ホラーゲームの世界でもない。
故に、違和感があるのだとすれば
殆どの場合、現実的な原因があるのだ。
( ・∀・)「――ん?」
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:01:16 ID:pIqRYV1Y0
-
逃げるか逃げまいか、と考えていたモララーは、
視界の端に奇妙な色を見つける。
( ・∀・)「何だ、アレ」
灰色で出来た町並みの中に、
色濃い赤、黄、紫、緑。
この場がテーマパークであるならばいざしらず、
極普通の町並みの中に存在するとあっては、
それらの色は強く目立ちすぎだった。
興味を惹かれたモララーは、
誘われるようにして目に痛い色へと近づいていく。
( ・∀・)「……これって、芸術って言っていいのかな」
彼の視界には四棟のビル。
殆どは他のビルと同じく、灰色をしているのだが、
一階部分から二階部分にかけては少し違っていた。
赤い海に浮かぶのは真っ二つにされた十字架。
それを狙うのは紫色の矢で、
周りには緑色の羽が散らされている。
( ・∀・)「中学生のとき、こんなの描いてたっけか」
あまり思い出したくない過去であるが、
ビルに描かれたものを見れば、否応なしに記憶が呼び起こされてしまう。
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:01:56 ID:pIqRYV1Y0
-
誰かの悪戯だろうか、と、
モララーが少しビルへ近づく。
( ・∀・)「……え」
数歩、近づけばわかった。
ビルの間。
丁度、十字架の間に、
誰かの足がある。
(;・∀・)「だ、だいじょ――」
反射的に地面を蹴り、
倒れている人物に駆け寄り、
モララーは上半身を反らす。
(; ∀ )「お、ぇ……」
近づいた分、後ろへ下がり、地面に膝をつく。
びちゃびちゃと零したのは今朝の残りと胃液だ。
(; ∀ )「なに、あれ」
嘔吐きながら、答えのない問いかけをする。
心の中で済ませられる程、
軽くないモノがそこにはあった。
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:02:20 ID:pIqRYV1Y0
-
死体だ。
それも、普通の死体ではない。
頭のない、
脳みそをぶちまけた死体。
(; ∀ )「なん、で、あんな」
胃が動く。
見るな、忘れろ、考えるな、と言わんばかりに。
(; ∀ )「きもち、わる、い。
いみ、わかんな、いし」
身体を引きずるようにして、
モララーは少しでもこの場所から離れようとする。
平和な国に生まれた彼にとって、
病死や老衰でない死体というのはけっして身近なものではない。
まして、生の脳みそを見るような機会など、
映画の中ですらないのだ。
(; ∀ )「あの辺りに人が、いなかった、のって」
例のビルが見えくなる場所までやってきて、
ようやく吐き気がマシになってきた。
気分はまだ悪いけれど、歩く分には問題ない。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:03:23 ID:pIqRYV1Y0
-
(;・∀・)「あー、最悪なもの見たわ」
美しいものを見た後に遭遇したくないモノグランプリで、
ナンバーワンを取れること間違いなしだった。
満たされていた心が急速に萎えていくのが感じられる。
肩を落としたモララーは、
近場の公園に入り、ベンチに腰をかけた。
(;-∀-)「色んな人がいるもんだ」
わかっていたことだが、
この世界に同じ人間はいない。
終わりを恐れる者がいれば、
未来がなくなったことに解放を得る者もいる。
美しく在る者もいれば、その逆もしかり。
( ・∀・)「全員を見ることはできないけど、
もっと色々な最期があるんだろうな」
人生も遺伝子も不平等だ。
だからこそ、人間は一つに留まらない。
( ・∀・)「……あんたは幸せそうだね」
公園から見える家の二階には、
幸せそうな顔をしている男がいた。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:03:57 ID:pIqRYV1Y0
-
彼の人生は幸せに満ちていたのだろうか。
あるいは、不幸のどん底だったからこそ、
終わる世界に喜びを見出したのだろうか。
( -∀-)「わかんないけどさ」
想像するだけならば誰の迷惑にもなるまい。
( ・∀・)「もう、世界は終わる」
直感だ。
長い1秒は終わりを迎え、
世界はあっけなく終わる。
( ・∀・)「ボクには何が出来たんだろう」
祈る男は何も出来ず、ただそこに在った。
駆ける少女は最期の瞬間まで諦めることをせず、
同じ場所にいた家族は寄り添い、心を支えあうことを選んだ。
美しい女は真っ直ぐ歩き、
思い出したくもないあの死体の主は、
最期に衝撃を残した。
公園から見えている男も、
何かを成したのだろう。
そんな笑みだった。
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:05:02 ID:pIqRYV1Y0
-
モララーは見届けただけだ。
最期の瞬間、その1秒前を。
( ・∀・)「――まあ、悪くはなかったかもね」
人間の本性が見えた。
それは、物語の中にあるような、
血で血を洗う、醜いものではなかった。
美しいもの、悲しいもの、暖かなもの。
人間という生き物も、悪いばかりではなかった、と思わせてくれるような、
愛おしい本性をたくさん見ることができた。
モララーはベンチの上に立つ。
少しだけ高くなった視界は、
まだ子供だった頃の記憶を強く刺激した。
( ・∀・)「世界よ!」
時を美しいと書いたのはゲーテだったか。
ならば、モララーは言わねばなるまい。
先人達が何度も言ってきた言葉を、
最期の瞬間まで残し、それが真実であったと証明するために。
( ・∀・)「続け! 永久に!」
終焉を前にいささか滑稽かもしれないが、
彼の口は止まらない。
( ・∀・)「お前は素晴らしい!」
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 21:05:23 ID:pIqRYV1Y0
-
――そして、秒針が1つ進み――
――短針もまた、1つ、進んだ――
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