ξ゚⊿゚)ξ銃声が響いたようです
- 1 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:06:41 ID:SUwvt9Yg0
- ・紅白
・百合
- 2 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:08:13 ID:SUwvt9Yg0
地球は回る。
君を乗せてはくれないけれど。
.
- 3 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:08:52 ID:SUwvt9Yg0
- (1)
話が違うじゃないか、と言われてもしょうがないとは思う。
確かに数分前の発言とは食い違いが生じる。私はひとの世話が苦手と言った。
だから部活のマネージャーもしないでこのコンビニでバイトをしているのだと。
けれども仕方がないとも思う。
今行く歩道の脇からは、エコーの掛かった歌声らしきものが響いている。
正面に見えるスーツ姿の男性は千鳥足で、すれ違い様に私と接触してしまいかねない。
日が落ちてとうに数時間は経っているこの夜に、誰かさんを放置することは出来なかった。
近づくにつれ光源が増える目的地……駅前という場所に。
私が夜の世界に少し慣れ始めたのは、空を狭くするビル群に囲われる頃だった。
ここまで来るともう近い。ゴールを意識すると、歩行速度が上がった。
駅前にたどり着くと、私の目は早々にそれを捉えた。
- 4 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:09:19 ID:SUwvt9Yg0
- 大木の下で、私を呼び出した人物はドーナツ状の座り場に腰を掛けていた。
制服のまま頬杖をつき、色彩豊かに照らされる金髪の少女は中々絵になっている。
妙な男が寄っていないのは案外そのお陰なのかもしれない。
ハードルが高いというやつだろうか。知ったこっちゃないけど。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、待ってたよー」
私の姿を確認すると、デレはふらふらと手を振り、
ふらふらとした足取りで立ち上がった。アルコールが入っているらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「まずは言うことがあるんじゃない?」
ζ(゚ー゚*ζ「えーっと……ありがとう?」
ξ゚⊿゚)ξ「まあいいやそれで……。ほら、行くわよ」
デレの肩を支え、私は自宅への道筋を辿り始めた。
- 5 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:10:04 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「やっと自分の時間になったのに」
ζ(゚ー゚*ζ「世界を救うよりもかわいい妹を介抱した方が有意義じゃない?」
ξ゚⊿゚)ξ「未成年なのに酒臭い妹はかわいくない」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ今度はフローラルにしておくね」
ξ゚⊿゚)ξ「そういう問題でもない」
ζ(^ー^*ζ「あはは、冗談冗談。ありがと、お姉ちゃん」
ξ;゚⊿゚)ξ「……何年前の呼び方をしてるのよ」
確かに妹ではあるけど、双子な上に私よりも背丈の高いデレに言われると違和感があった。
- 6 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:10:34 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「幼児退行ってやつかなぁ」
ξ゚⊿゚)ξ「だったらもう少し大人しくなって欲しいわね」
ζ(゚ー゚*ζ「それで泣きつくと」
ξ゚⊿゚)ξ「そんな時代もあったわね」
一瞬だけ過去に思いを馳せた。
現在に意識が戻すと、かつての面影が見えないこともなかった。
とはいえ、中学辺りからは私の体型とは重ならなくなり、
高校に入ってからは髪も下ろし、そこから一年経った今となっては双子らしさに欠けていた。
- 7 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:10:58 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「ツン、老けた?」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたと同じ歳だけど」
ζ(゚ー゚*ζ「苦労が顔に出てたりして」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたは気楽そうね」
ζ(゚ー^*ζ「まあね」
さぞかし高校生活を満喫しているのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「羨ましい?」
私だってそれなりにはらしいことをしているとは思うけど。
ξ゚⊿゚)ξ「どうかな」
満たされているとも言い切れなかった。
- 8 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:11:44 ID:SUwvt9Yg0
- (2)
ファストフード店は学生にとっては都合の良い場所だ。
リーズナブルで、多少羽目を外しても一つの背景に解釈される。
だから俗っぽさに染まった私たち四人は、今日もここでテーブルを囲んでいる。
進路という話題の重量を無視して、今日もここで日常を送っている。
( ^ω^)「やっぱりみんなは進学するのかお?」
向かいの席に座る、間食とは思えない量のハンバーガーを平らげたブーンが言った。
('A`)「そりゃな、順当な線だとそうなるよな」
ブーンと並ぶと少し線が細く見えるドクオがストローに口をつけた。
( ;^ω^)「順当な線って、同じ運動部なのにこの違いはなんなんだお」
('A`)「気質だよなぁ。高校でもサッカーやってるとは思わなかったし」
川 ゚ -゚)「誰かさんのお蔭だな」
私の隣から落ち着きがあるクーの声が響いた。
( *^ω^)「誰かさんって誰だお誰かさんって」
ブーンがドクオとの間隔を少し詰めた。
- 9 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:12:31 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「言わせんな恥ずかしい」
ξ゚⊿゚)ξ「絵面がきつい」
川 ゚ -゚)「同感だな」
( ;^ω^)「ひどくね!?」
大げさな声でブーンは抗議した。
('A`)「いや我ながらきもいわ。しっしっ」
( #^ω^)「そう思うなら乗るんじゃねーお!」
ドクオに手で追い払われると、ブーンはわざとらしく鼻を鳴らした。
- 10 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:13:47 ID:SUwvt9Yg0
- 収まりの良い空間だった。RPG脳で言えば配役が用意されている。
それはそれは心地が良くて、自分の席があることは喜ばしいことだった。
けれど、結局は大きい流れに組み込まれているだけで。
私の存在なんて代わりの利くものでしかなくて。
そんなことをたまに考えてしまう。
我ながら、中学生で卒業しておくべき悩みだと思う。
ξ゚⊿゚)ξ「……結局あれでしょ?」
場の空気が落ち着いたところで、私は口を挟んだ。
- 11 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:14:25 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「中学の時と変わらない話じゃない」
( ^ω^)「……まあ、そうだお。馬鹿な僕でもみんなと一緒のところがいいんだお」
ブーンは俯き、発した声と比例するかのように身体を萎ませた。
ξ゚⊿゚)ξ「はいじゃあおしまい。私が多少は手伝ってあげるから。
だから大丈夫、なんて軽々しく言えないけどね。あとは自分で頑張りなさい」
ブーンが顔を上げるのと同時に、二人分の生温い視線が私に浴びせられた。
ξ#゚⊿゚)ξ「どいつもこいつもニヤついてんじゃないわよ」
私は三人からそっぽを向き、ため息をついた。
- 12 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:16:06 ID:SUwvt9Yg0
- (3)
放課後にクーと二人で会うのは珍しいなと思った。
バイトとの兼ね合いなのか、単にタイミングを逃していたのか。
そして向かった先がゲームセンターというのも珍しいなと思った。
四人なら良いけれども、女だけなら別の選択肢もあるだろうに。
川 ゚ -゚)「不満か?」
その趣旨をクーに伝えると、そんな一言が返ってきた。
- 13 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:16:41 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「色気がない」
川 ゚ -゚)「デートでもしたかったのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「人の彼女を盗ったりしません。その前の話よ。準備とかあるでしょうに。夏服を見に行くとか」
川 ゚ -゚)「そういうものには無頓着でな。清潔感があれば問題がないと思っている」
ξ゚⊿゚)ξ「はぁ……」
言い分が通る容姿をしているから性質が悪かった。
スラっと伸びた背。くっきりとした目鼻立ち。絹のような黒い長髪。
客観的に見てクーは美人という分類に入るのだろう。
ξ゚⊿゚)ξ「……あと、もう一つ言うと落ち着きがない」
だから、ここでは浮いた存在でもあった。
点滅の激しいけばけばしい光。
敷地に詰められた機体と、そこから発せられる轟音。
猥雑を体現したような空間だった。ゲームセンターという場所は。
- 14 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:17:18 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「そもそもあんたって図書室に籠ってなかったっけ?」
中学時代にドクオがその姿に惹かれたのが私たちの交流の始まりだった。
ブーンが仲立ちをして、女性の私も混じって遊びやすいグループが生まれて、と。
川 ゚ -゚)「機械的な騒がしさは嫌いではない。ただあれはいただけないな」
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっとどこ行くのよ」
急に早足になったクーが向かったのは、格闘ゲームの設置点だった。
そこでは後ろの子供たちを無視して、大声を上げる男子高校生らしき数人が席を占領していた。
クーは臆せず彼らを注意し、子供たちに順番を回した。
まあ、立派な行為なのだと思う。ただ、あまり心臓に良くなかった。
冷や汗と過剰な空調で私は少しの間寒々しさを覚えた。
- 15 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:17:43 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「そういえば、今更なんだが」
クーが今更、という話題を出したのは帰り道のことだった。
暖気に包まれながら腕を伸ばしていた私は、言葉になっていない声を返した。
川 ゚ -゚)「お前は準備をしたかったのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「準備?」
川 ゚ -゚)「ブーンとするデートの」
ξ゚⊿゚)ξ「はいはい」
私は適当に受け流した。どうもクーは思い込みが強い。
今日はクーの好かない部分が目についてしまう。
何故だろうと考えてみると、欠員の存在に行き着いた。
今思えば、中学時代はデレを含めた三人の場合が多かった。
- 16 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:19:12 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「相変わらず素直じゃないな」
ξ゚⊿゚)ξ「ほら、あれでしょ? 美人は清潔感があれば問題ないって教わったから」
川 ゚ -゚)「まあ、その通りだな」
ξ;゚⊿゚)ξ「そこは突っ込みなさいよ」
美徳ではあるけど、素直すぎるのも考え物だった。
妙に気疲れしてしまい、家に帰る頃にはベッドへ身を放りたくなっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「あー、おかえりー」
そんな私をリビングで出迎えたのはデレだった。
珍しく早く帰っていたらしい。ソファに座り、文庫本らしきものを手に取っていた。
デレは膝上あたりまで覆うTシャツを身に纏っていた。
洒落っ気のない格好だった。安心感を覚えるぐらいに。
- 17 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:20:05 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「どっか行って来たの?」
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっとクーとね」
ζ(゚ー゚*ζ「どうりで他の女の匂いがすると思った」
ξ゚⊿゚)ξ「距離を考えろ」
リビングのドア付近で立っている私と、そこから対角線上にあるソファ。
位置関係で言えばそれなりにデレとは離れていた。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そっか」
ξ;゚⊿゚)ξ「……なにがそっかよ」
デレは手ぶらになり、立ち上がり、私の近くまで寄って来た。
ζ(゚ー゚*ζ「言われた通りに距離を考えた」
ξ゚⊿゚)ξ「……あんた馬鹿でしょ」
ζ(゚、゚*ζ「ツンより良い高校行ってるもーんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「はいはい」
事実ではあったけど発言を撤回する気にもならない。
- 18 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:20:51 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「で、わかったの」
ζ(゚ー゚*ζ「もうちょっと待ってー」
デレは私の周りを右往左往し続けていた。なにやってんだか。
ξ゚⊿゚)ξ「めんどくさいなぁ」
ζ(゚ー゚;ζ「うっ!?」
両腕でデレを拘束し、私の胸に押し付けた。
ξ゚ー゚)ξ「これでわかるでしょ」
ζ(゚ー゚;ζ「……胸がないのはわかった」
ξ#゚⊿゚)ξ「殺すぞ」
- 19 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:21:31 ID:SUwvt9Yg0
- (4)
グラウンドへ続く階段は熱せされていた。
当たり前のことなのだけど、中腹あたりに腰を掛けている私はそう実感した。
隣に座るクーは顔色一つ変えていない。風に委ねている髪も相まって、実に涼やかなものだった。
対照的だったのがここから見下ろせる彼らだった。
梅雨時の合間を縫って現れた太陽が、砂を白に染め上げ、
浴びせられる人間の水分を奪っていく中、声を枯らさず、足も止めず、
紅白に別れてサッカーボールを追い続けている。実に暑苦しいものだった。
そんな光景の中、私の目を引いたのはドクオだった。
相変わらず細身と言えば細身なのかもしれないけど、締まっているという表現の方が正しかった。
数年前のシルエットとは重なりにくい。それこそ根暗を体現したような体型とは。
- 20 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:21:55 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「ドクオも見違えたものね」
国立に行くとかそういうチームではないにしろ、
レギュラーを獲得し、ブーンと同じフィールドに立っている。
ξ゚⊿゚)ξ「それにこんな彼女まで出来て」
川 ゚ -゚)「努力は報われるものらしいな」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたが報わせたんでしょうが」
川 ゚ -゚)「そうだったな」
クーの口調は他人事のようだった。
- 21 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:23:35 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……変なことを聞いていい」
川 ゚ -゚)「なんだ?」
ξ゚⊿゚)ξ「人を好きになるってどんな感じ?」
川 ゚ -゚)「言われなくても分かっているはずだが」
ξ゚⊿゚)ξ「いいから答えて」
私は少し食い気味に言った。
川 ゚ -゚)「そうだな、息が苦しくなることじゃないのか」
ξ゚⊿゚)ξ「息が苦しく、ね」
心当たりがないこともなかった。
- 22 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:24:32 ID:SUwvt9Yg0
- 私たちを見つけたのか、しばらく経つとブーンとドクオが時間を見つけて寄って来た。
彼女がどうこうと他の部員が冷かす声が聞こえた。半分は不正解だ。
ブーンは照れていたけど、私は少しうんざりした。
ブーンとドクオは同じ段まで上がり、私とクーを挟むように座った。
('A`)「来てくれたのか」
クーの隣でドクオが言った。
川 ゚ -゚)「会いたくなったからな」
(*'A`)「おう」
いつものことながら他人がいちゃつく姿を見るのは腹が立つものだった。
我慢が出来る人には心の底から尊敬の念を送りたい。
- 23 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:25:38 ID:SUwvt9Yg0
- ( ;^ω^)「完全に完全に二人の世界に入ってるお」
ξ#゚⊿゚)ξ「ぶっ壊してやりたくなるわね」
( #^ω^)「同意だお!」
ξ゚⊿゚)ξ「あ、それはそれとして、はいこれ」
私は持参したペットボトルをブーンに手渡した。
( ^ω^)「おっ! サンキューだお!」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、帰るわね」
( ^ω^)「えっ。……いやちょっと待てお! ここに置き去りにする気かお!」
虚をつかれたブーンは一瞬固まった後、焦りの声を上げた。
その頃には私は立ち上がり、踵を返していた。
ξ゚⊿゚)ξ「御明察で。練習頑張ってね」
悲鳴を背に私はバイト先へ向かった。
- 24 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:26:09 ID:SUwvt9Yg0
- (5)
改札を行き交う人々の群れに加わらず、
売店付近の空いたスペースに私を呼び出した人物は立っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、待ってたよー」
私が近づくと、デレは顔を綻ばせた。
あまり正しくない反応に思えた。
ξ゚⊿゚)ξ「……まずは言うことがあるんじゃない?」
ζ(゚ー゚;ζ「えっと、ごめんなさい」
ξ゚ー゚)ξ「流石にそうなるのね」
ζ(゚ー゚;ζ「流石にって私をなんだと思ってるの」
ξ゚ー゚)ξ「バイトのない休日を過ごす姉をタクシー代わりに使う駄目な妹」
ζ(゚ー゚;ζ「うわー、言い返せない」
ξ;゚⊿゚)ξ「大体傘を忘れたってその辺にビニールのやつが売ってるでしょうに」
気づいたのはここへ向かう途中だった。我ながら遅すぎた。
昔からの習性のせいだろうか。面倒だなと思いつつも、身支度を始めるまでの時間はほとんどなかった。
- 25 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:26:32 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「……それは、なんか違うかなって」
ξ゚⊿゚)ξ「そんな理由で引っ張り出される私の気持ちも考えて欲しいわね」
ζ(゚ー゚;ζ「いや、埋め合わせはしますから。ほら、一緒に寝てあげる!」
ξ#゚⊿゚)ξ「帰る」
一瞬でデレに背を向けた。
ζ(゚ー゚;ζ「冗談だって! ごめんごめん!」
追いかけて来たデレは私に寄りかかり、自らの身体を重石にした。
- 26 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:26:55 ID:SUwvt9Yg0
- ξ;゚⊿゚)ξ「ベタベタして気持ち悪いなぁ」
ζ(゚ー゚*ζ「昔はこんなもんだったでしょ」
ξ゚⊿゚)ξ「……わざわざお姉ちゃんを引っ張り出して、傷口を抉り続けるとか良い趣味をしてるわね」
ζ(゚ー゚;ζ「……抉り合いは止しましょうよ、ね?」
ξ゚⊿゚)ξ「なるほど、あんたが一方的に抉るのは良いと」
ζ(゚ー゚;ζ「いやー私も結構恥ずかしいんだけどな」
ξ;゚⊿゚)ξ「不毛すぎる」
ζ(゚ー゚*ζ「でもノスタルジーを感じられるよね」
ξ゚⊿゚)ξ「老けてるのはどっちなんだか」
その時は軽い調子で返したけど、駅を出て、
デレと雨の道を歩いていると、一つ思い出すことがあった。
- 27 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:27:30 ID:SUwvt9Yg0
- あれは十年も前のことではないけど、十年も生きていない頃のことだった。
一言で済ませてしまえば、通り雨に降られた。本当に、それだけの話。
子供の移動範囲だ。急いで帰ればそれで良かった。なのに私が取った行動と言えば、
大泣きしたデレの手を引き、近くにあったバスの停留所まで運び、
申し訳程度に設置された屋根の下へ避難させるというなんとも理にかなっていないものだった。
けれど、私はあの頃の自分を擁護したかった。
確かに無理やり家へ向かうことも出来たのだろう。
……単純に、嫌だった。
雨に降られているのはどうでも良かったけど、
デレが泣いているのはどうでも良くなかった。
- 28 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:27:59 ID:SUwvt9Yg0
- 「雨がふったぐらいで大げさだよ」と言う私に、
「でも」「だって」と口ごもるデレ。
「でももだっても禁止」なんてお決まりの言葉を使いながら、
軽くデレを抱き留め、頭を撫でていた私は、これは埒が明かないなと判断した。
「ごめんね。すぐもどってくるから」そう言うと、
私は雨の中へ全力疾走した。そして一番近くにあったコンビニで、
ほんの少し持っていた小銭でビニール傘を一本買い、息も絶え絶えになりながらデレの下へ帰った。
- 29 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:28:34 ID:SUwvt9Yg0
- デレにはひどく情けない顔をさせてしまったと思う。
その場に留まって気長に待っている方がまだ良かった。
焦りがあった。自分だって一杯一杯になっていた。駄目な姉だった。
なのに、私が戻って来たことを確認すると、デレの表情は一瞬で晴れた。
今でも鮮明に思い出せるぐらいに曇りのない笑顔を浮かべた。
あまりに極端な変化に私まで笑ってしまって。それで……。
ζ(゚ー゚*ζ「……どうしたの? ツン」
いつの間にか前を行っていたデレが振り返り、足を止めた。
呼びかけられた私は追憶から戻った。白昼夢を見ていたかのようだった。
ここ数分の記憶が欠けている。よく事故を起こさなかったものだ。
- 30 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:29:45 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……はぁ」
ζ(゚ー゚;ζ「……頭打った?」
ξ゚⊿゚)ξ「冷やしてるのよ」
傘を閉じ、地面を数秒見つめた。
……ほんと、なにやってんだろ。
私は無言のまま足を進め、デレが差している傘の中へ入った。
ζ(゚ー゚*ζ「ベタベタして気持ち悪いなぁ」
ξ゚⊿゚)ξ「もっと嫌そうに言いなさいよ」
ζ(゚ー゚*ζ「難しいことを要求しないで欲しい」
ξ゚⊿゚)ξ「はいはい」
年月が流れても同じように笑うデレを見て私は思ってしまった。
このノスタルジーを受け止めてくれる人と、いつまで一緒に過ごせるのだろう。
- 31 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:30:28 ID:SUwvt9Yg0
- (6)
二年前の夏休み。私たち五人は海水浴場へ続く道を歩いていた。
足場にはアスファルトがコーティングされているけど、周りには建造物があまり見当たらなかった。
視界に映るのは両脇に生い茂る緑。肌に触れるのは湿気の多い生温い風。
(;'A`)「おいちょっと待ってくれ……!」
そして耳に入るのは最後列にいる男の声だった。
クーの分まで荷物を背負うと意気込んだまではいいものの、
いささかドクオのキャパシティーをオーバーしていたらしい。
それなりに体力がついていた時期だと思うけど、ブーンと比べると雲泥の差だった。
( ;^ω^)「おー……。頑張れおー……」
そのブーンも配慮と寝不足でドクオを手伝うことも出来ず、
炎天下でくたばりそうになっている男を眺めることしか出来なかった。
- 32 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:31:08 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「あっ! 駐車場が見えましたよ! もう少しです!」
まだ二つに結った髪を垂らしていたデレが言った。
普段は、というよりは複数人でいると大人しいものだったけど、
こういう時には声を張り上げる辺り、周りを見る余裕すら感じさせた。
ふと疑問に思い、私は二人になったタイミングでそれをぶつけた。
ξ゚⊿゚)ξ「デレってなんで猫被ってるの?」
私は砂場に差されたパラソルの下で座りながら訊いた。
ζ(゚ー゚;ζ「直球すぎません?」
隣で腰を下ろし、同様に日射しから逃れているデレが言った。
- 33 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:31:45 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「自覚はあるのね」
ζ(゚ー゚*ζ「まー……そりゃね」
デレは言葉を濁し、口をつぐんだ。
私も追及をやめ、しばらく沈黙が続いた。
その間、私は外に意識を移していた。
目が焼かれそうになる光景だった。
眩く光る水面へ自ら足を進める彼らはさながら自殺志願者に見えた。
人口密度の高さも相まって、インドア派の私には水が合わなかった。
ドクオとクーの間で膨らませたボールが飛び交っていた。
表情の動きがそのまま温度差を表しているようで、少し不憫に感じた。
- 34 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:32:16 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「別に責めたいとかじゃないけどさ、私の目から見ると違和感があるというか」
ζ(゚ー゚*ζ「あはは。そうなっちゃうよね。でもなぁ、そんな難しい話でもないと思うけどな。
大なり小なり人からこう見られたいみたいなものがあるわけで。私はそれが大きいと。それだけの話だよ」
ξ゚⊿゚)ξ「そんなものかなぁ」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなものだよ」
どうも腑に落ちなかったけど、私は丸め込まれたふりをした。
( ^ω^)「外に出ないのかお?」
しばらく経つと、ブーンが付近までやって来た。
- 35 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:33:18 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「あんたを起こすのに疲れたから動きたくない」
( ;^ω^)「それは悪かったって何度も言ってるお! でも折角来たんだし……」
ξ゚⊿゚)ξ「しょうがないわね……」
ブーンから差し出された手を取り、私は立ち上がって日の下へ出た。
ξ゚⊿゚)ξ「デレも付き合いなさいよ」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、うん」
振り返ると私は既視感を覚えた。
その起因を探し当てるまでにほとんど時間は要さなかった。
デレの揺らぐ瞳が、今でも脳裏を過ることがある。
- 36 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:34:02 ID:SUwvt9Yg0
- (7)
すっかり夏めいて来た。中庭に設置された自販機辺りから、
外に浴びせられる煌々しい光を眺めている休み時間に、私はそう感じた。
入り口付近を覆っている屋根の下にいる私の肌には触れなくとも、
充満した熱気で貧弱な身体は簡単に揺らぎそうになる。飲み物を欲するのは当然だった。
とはいえ、ここに集まるのは恒例行事のようなもので、大してすることは変わらなかった。
(;'A`)「まだ七月にもなってねぇのになんだよもう」
移動する気力を失ったのか、ドクオは廊下と中庭を隔てている壁の隅に腰を下ろした。
( ^ω^)「おっおっ。夏が近いのは喜ばしいことだお」
ドクオの隣に立つブーンはエネルギーを持て余していた。
- 37 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:34:39 ID:SUwvt9Yg0
- (;'A`)「近いというかそのものだろこれ。恵みの雨が降る季節じゃねぇのかよ」
川 ゚ -゚)「まあ、当たり前だがこんな日もある。残念なことにな」
男二人の向かいに立つクーは相変わらず涼やかなものだった。
その横でへばりかけている私とは対照的だ。不公平さを感じながらパックから水分を取った。
( ^ω^)「そういや今年は夏祭りどうするんだお?」
('A`)「どうするって?」
( ^ω^)「ほら、また四人で行くのかなって」
ξ゚⊿゚)ξ「途中で二人になったけどね」
私はドクオとクーを交互に見た。
- 38 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:35:23 ID:SUwvt9Yg0
- (*'A`)「すぐ戻って来ただろうが!」
ξ゚⊿゚)ξ「まあ深くは突っ込まないけど」
進展の一つや二つぐらいはありそうだった。
( ^ω^)「今年もデレちゃんは来ないのかお?」
デレ、という名前を聞いた途端だった。
茹だっていた頭が一瞬にして温度を落とした。
私が今居る場所は、輪の中ではなくなっていた。
- 39 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:35:55 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……他の人と遊んでるんじゃない?」
( ^ω^)「分かってるけど寂しいお」
ξ#゚⊿゚)ξ「あいつにはあいつの世界があるんでしょ。無理に引っ張り出して綻びが生じたら責任取れんの?」
( ;^ω^)「おっ……」
川 ゚ -゚)「おい」
ブーンの顔と、クーのストップを掛けるような声で、
私はようやく振る舞い方を間違えたことに気づいた。
- 40 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:37:06 ID:SUwvt9Yg0
- (;'A`)「おいどこに行くんだよ」
これ以上この場所にいてもしょうがないと思い、
私は三人から離れ、校舎の中へ入っていった。
それなのに追いかけて来る無神経な奴はいるもので。
後ろから階段を上る足音が聞こえた時には舌打ちをしてしまった。
私はやむなく踊り場で端の壁へ歩き背を預けた。
向かって来るクーを迎え撃つような格好だった。
- 41 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:37:35 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「なにをそんなに怒っている?」
ξ゚⊿゚)ξ「さあ? そう見える?」
川 ゚ -゚)「見えるな」
間違ってはいないけど、クーの断定的な声に腹が立ってしまう。
川 ゚ -゚)「……内藤がデレを気に掛けたからか?」
これも間違ってはいない。
川 ゚ -゚)「妬いてるのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……は? なに言ってんの」
けど、そこから先は大間違いだった。
- 42 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:38:08 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「この際だから言うがお前はあいつに甘え過ぎだ。まあそうだろうな。
あんな態度を取っても、次に顔を合わせた時には笑顔を作るような奴だからな。さぞかし都合の良い存在だろうな」
クーの言っていることがあまり理解出来なかった。
甘える? ふざけるのもいい加減にして欲しい。
お前のその考えは、私の想いを前提にしている。
それなのに何一つ理解していない。そもそもする気もないのだろう。
自己満足で鉄槌を振りかざし、気持ち良くなっているだけ。
これだから相手の気持ちも考えられない人間は嫌いなんだ。
……嫌い? ああ、そっか。
私って、クーのことが嫌いなんだ。
- 43 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:39:15 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「……なにを笑っているんだ」
ξ ー )ξ「あんただって、一緒じゃない?」
川 ゚ -゚)「……どういう意味だ?」
話のすり替えを指摘しないクーの固い頭が今は有り難かった。
ξ゚ー゚)ξ「最初から格付けが終わってる関係じゃない? ドクオとクーって。
だからドクオは変化に乏しいあんたの顔色一つに気を配って動いてるのに、あんたは自分が好きなように行動してるだけ。傲慢よね」
少し、クーの鉄仮面にひびが入った気がした。
- 44 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:41:04 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「……私は傲慢か? 例えそうだとしても、いつまでも煮え切らない態度を取っているお前よりはまともだと思うぞ」
ξ゚ー゚)ξ「あはは! いいわね。素直に、そう、素直なままに動いていれば、
勝手に好意的に受け取ってもらえる人間は。……ねぇ、女王様気取りって楽しい?」
川 ゚ -゚)「……少し頭を冷やしたらどうだ」
ここまで言っても怒らないクーに一瞬感心を覚えたけど、
結局のところ私の言葉はそこまで届いていないのだろう。
気が立っている友人を宥める自分に酔っている。大方そんなところか。
ξ゚⊿゚)ξ「そうね、今日は帰ることにするわ」
川 ゚ -゚)「……最後に一つだけいいか?」
ξ゚⊿゚)ξ「なに?」
既に背を向けていた私は振り返ることも億劫になり、言葉だけを返した。
- 45 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:41:56 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「その、悪かった」
心の中でため息をついた。
あんな恣意的な予測が当たってしまうなんて。
ごめんなさいを言い合って仲直り、なんてことが出来る年は通り過ぎていた。
だから、そういうことはやめて欲しかった。
攻撃対象を失った心が彷徨う羽目になるから。
ξ゚⊿゚)ξ「……いいよ、私も悪かったから」
なんて、心にもないことを言い残して、私は学校を去った。
- 46 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:42:34 ID:SUwvt9Yg0
- 鞄を置き去りにして、制服のまま帰路を辿る。
見晴らしが良い片道一車線の脇を縁石を挟んで渡り、
この時間に隊列も作らずに一人で歩く私の姿は異様だった。
けれども、気に留める人間はいなかった。
すれ違い様にトラックが熱風を切り裂いた。
本質的にはあの鉄塊と大して変わらないのだろう。
当たらないようにはする。余程目を引くものではないと視線は集めない。
世界は案外狭いものだ。
自分の周り以外に関心を向ける人間は多々存在しても、
向け続け、介入する人間となると数は限られて来る。
私はいつのまにか取り出していたスマートフォンを眺め続けた。
- 47 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:44:58 ID:SUwvt9Yg0
- (8)
私が早退した日、父親は酔いどれでリビングに帰って来た。
日焼けした肌をアルコールで更に色濃くしている。
大方夏祭りの集会という名目で飲み会でも開催したのだろう。
別に暴れるわけでもないからいいのだけど、直進を図る覚束ない足取りは見ていて不安になる。
キッチンを挟むカウンター前に設置されたテーブルに父親は到着した。
あまり埋まることがなくなった席が、一つ埋まった。
_
( ゚∀゚)「デレの方が帰りが遅かったか?」
ノパ⊿゚)「そうね……全く、どうしてああなったんだか」
流し台で洗い物をしている母が言った。
- 48 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:46:28 ID:SUwvt9Yg0
- _
( ゚∀゚)「まあいいじゃねーか。反抗期でもないんだし。二人とも真っ直ぐ育ってくれて嬉しいよ俺は」
聞くタイミングの悪い言葉が左耳から入って来た。
テーブルから数歩離れたソファで、テレビを流し見していた私の意識が一瞬逸れた。
_
( ゚∀゚)「まあ親としては寂しいけどなぁ。ツンの後をとてとてと着いて行ってた頃が懐かしいわ」
ξ゚⊿゚)ξ「……いつの話をしてんのよ」
私は流石に首を動かし、父の方を向いた。
_
( ゚∀゚)「何処へ行くのにも一緒でなぁ。微笑ましいような心配になるような」
ξ゚⊿゚)ξ「反抗期に入ろうかしら」
_
(;゚∀゚)「やめろ、俺が悪かった」
アルコールの力を借りたのか、父は大げさな素振りをしながら謝った。
- 49 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:47:32 ID:SUwvt9Yg0
- _
( ゚∀゚)「……まあ、だから、デレが離れた高校に行きたいって言ったのは驚いたなぁ」
父はコップを取りに行き、水を注ぎ、引き返し、
再び同じ場所に座ると、静かに本題を切り出した。
_
( ゚∀゚)「これも今更な話だけどな、お前ら喧嘩とかしたのか?」
当時は触れられなかったことだった。
恐らくはなにかを察したのだろう。
今になって訊いて来たのは、時期を重ねたからなのか、
それともやはりアルコールの力を借りたのか。
どちらにせよ配慮に欠いているとは思わなかった。
曖昧なまま放置する段階から少し進めようとしている、そういうことだ。
恐らく私が反抗期を迎えていない理由は、
大雑把なようで線引きを持っている父の気質にあった。
- 50 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:48:18 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「別にしてないわよ。今も仲が悪いようには見えないでしょ」
_
( ゚∀゚)「そうだよなぁ、寧ろ逆だよな」
ξ゚⊿゚)ξ「だからじゃないの。近すぎて距離を取りたくなったのかも。
それに双子が揃ってるとどうしてもセットで見られがちだから、経験上」
それらしい理由をぺらぺらと話した。
_
( ゚∀゚)「なるほどな、そうかもしれない」
ξ゚⊿゚)ξ「まあ本人に訊くのが一番良いんだろうけど」
_
( ゚∀゚)「違いねぇな」
父は笑うと、コップの水を喉に通した。
- 51 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:48:43 ID:SUwvt9Yg0
- _
( ゚∀゚)「そういえば話を聞いてて思ったんだけどよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ん?」
_
( ゚∀゚)「お前はどうなんだ?」
言われてから気づいた。
私の理屈は、自分自身にも当て嵌まる。
ξ゚⊿゚)ξ「……そうね、私はちょっと寂しいかな」
感傷的な気分のせいか、私の口から弱々しい言葉が零れた。
- 52 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:49:18 ID:SUwvt9Yg0
- ξ#゚⊿゚)ξ「なに笑ってんのよ」
_
( ゚∀゚)「悪い悪い。昔とは逆だなと思ってな」
ξ゚⊿゚)ξ「……そうかもね」
デレが進んだのか。私が下がったのか。或いは両方なのか。
そんなことを考えていると、リビングのドアが開いた。
ζ(゚ー゚*ζ「ただいまーってどうしたの、ツン?」
私は帰って来たデレの近くまで歩いた。
ξ゚ー゚)ξ「ねぇ、今日は一緒に寝てあげようか?」
ζ(゚ー゚;ζ「……この前の仕返しですか?」
- 53 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:50:25 ID:SUwvt9Yg0
- (9)
病は気からだなと思った。
雨が打ち付けているのが窓か頭か分からない。
身支度の時間はとうに過ぎているのに、
私は自室からも出られず、ベッドの上からも動けなかった。
発熱がテスト明けだったのは不幸中の幸いだったけど、
そもそも知恵熱というものではないのだろうか。
まあ結果があるのみで、原因を考えても仕方がなかった。
寝返りを打ち、身体を仰向けから横に倒した。
- 54 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:51:11 ID:SUwvt9Yg0
- 部屋の右手側にある窓際からは、私の生活空間が見渡せる。
良く言えば落ち着いた場所。悪く言えば地味な場所だった。
物が少ないというわけではないけど、整理が行き届き、
表に見える分には少し質素に感じる。彩りにも欠けている。
そのせいだろうか。物寂しさを覚えるのは。
雨雲を経由し、降り注ぐ灰色が尚更そう感じさせた。
- 55 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:52:04 ID:SUwvt9Yg0
- 最近はブーン達とは疎遠気味になっていたとはいえ、
ここまで孤独というものを意識することはなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「人は一人では生きていけないもん」
なんて、馬鹿らしい台詞を掘り起こすぐらいに。
あほらし。こんな朦朧とした意識なんてさっさと沈めばいいのに。
視界にはデレらしきシルエットまで映り始める始末だ。
ここに居るわけがないのに。なにを期待しているのか。
- 56 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:53:00 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「ついに幻覚まで見えるようになったのかしら」
ζ(゚ー゚*ζ「幻覚じゃないですよー。生きてますか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……今何時よ?」
ζ(゚ー゚*ζ「十時を回ったところ。あっ、昼だからね」
ξ゚⊿゚)ξ「流石にそれは分かるわよ……あんたがここにいる理由は分からないけど」
ζ(゚、゚*ζ「心配だったからに決まっているでしょうに」
ξ゚⊿゚)ξ「学校は?」
ζ(゚ー゚*ζ「抜けて来た」
ξ゚⊿゚)ξ「……碌な大人になれないわね」
ζ(^ー^*ζ「自虐ですか」
ξ゚⊿゚)ξ「知ってたの?」
ζ(゚ー゚*ζ「連絡網的なあれで」
ξ゚⊿゚)ξ「ああ……」
何処からかは予測はついた。
- 57 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:53:55 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとごめんね」
デレは持っていたビニール袋をフローリングに下ろし、
私の肩を掴んで上体を起こした。なにをされるのかと思えば、
額と額を重ね熱を計るという、まあ、その、幼い行為だった。
ξ*゚⊿゚)ξ「……手じゃ駄目なの」
普段なら軽くあしらえそうなものなのだけど、
今の状態だと年齢不相応の扱われ方に戸惑ってしまった。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、なんかこういうものだと植え付けられてたので」
顔を離したデレは、床で膝を崩した。
- 58 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:54:19 ID:SUwvt9Yg0
- ξ*゚⊿゚)ξ「まーた傷を抉るのね」
ζ(゚ー゚*ζ「あんまり痛そうじゃないけど」
ξ*゚⊿゚)ξ「うっさいなぁ」
ζ(゚ー゚;ζ「子供ですか、プリン食べます?」
デレはビニール袋の中からそれを取り出した。
ξ#゚⊿゚)ξ「馬鹿にしてんのか」
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとだけ」
ξ゚⊿゚)ξ「素直でよろしい……」
悪びれもなく言うデレに、毒気を抜かれてしまった。
- 59 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:55:31 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……なんか変な気分」
ζ(゚ー゚*ζ「なにが?」
ξ゚⊿゚)ξ「デレに世話されてるのが」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだねー、私もそうかも。
なんだかんだで最近も世話になりっぱなしだったもんね。
……あっ、そうだ。これが埋め合わせってことにしてくれる?」
ξ゚⊿゚)ξ「私はそんなもの求めてないわよ」
ζ(゚、゚*ζ「えっ?」
私は再び横になり、窓の方へ身体を返した。
- 60 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:56:18 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……でも、そうね。デレが来てくれて嬉しかった。だから、ありがと」
ζ(゚ー゚*ζ「う、うん。……大丈夫?」
ξ゚⊿゚)ξ「あんまり」
私の脳はさながら伸び切ったゴム紐のようだ。
緩み切り、留めるべきものが零れてしまう。
ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、今更な話をしてもいい?」
ζ(゚ー゚*ζ「いいけど……なに?」
ξ゚⊿゚)ξ「デレがあっちの高校に行った理由」
ζ(゚ー゚*ζ「……あー、それなんだ」
あからさまにデレの言葉は淀んだ。
- 61 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:57:07 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「もし私の考えが当たってたら……そうね、大体のことは一回なら許してあげる」
私は起き上がり、ベッドに腰を掛けた。
デレの目を見据える。
ζ(^ー^*ζ「あはは、なにそれ」
デレは笑った。
下手な誤魔化しだった。
ξ゚⊿゚)ξ「あんたさ、ブーンのこと、好きだった?」
デレの表情筋が緩やかに死んでいく。
伝染をするかように空気まで硬直した気がして、
私の呼吸は規則性を失いつつあった。正解なんて欲しくなかったな。
- 62 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:57:47 ID:SUwvt9Yg0
- 重苦しい静寂が続いた。
そういえば、今日は雨が降っていたな。
どうでもいいことを思い出した。
そういえば、私は風邪を引いていたな。
どうでもいいことを思い出した。
目の前の光景が少し揺らいだ。
- 63 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:58:22 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、ごめんね」
デレは私の肩を掴んだ。
リピート再生をするかのようだった。
しかし、デレは身体を近づけることはせず、
私たちは見つめ合うような格好のまま固まった。
デレの瞳が揺らいでいた。
私にとっての原風景が目の前にあった。
綺麗だなと思った。
デレが頬に涙を伝わせてから、私に唇を重ねるまでの間はほとんどなかった。
また意識が朦朧とした。けれど、今度は沈んでほしくなかった。
ほんの少しの時間で接触を終えたデレは、ひどい顔で笑っていた。
- 64 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:59:04 ID:SUwvt9Yg0
- ζ( ー *ζ「そんな言葉は、聞きたくなかったな」
デレに背を向けられた私は息が苦しくなった。
ああ、そっか。恋ってこういうものなんだ。
流れるまま、流されるままに形成されつつあった認識が一瞬で塗り替えられた。
そして常識が抗議の声を上げていた。なにもかもがおかしいと。
でもね、分かってるよ、そんなこと。
だけど、私の正解はこれなんだ。
ずっと前から、そうだった。
ξ ー )ξ「……死んでしまいたいなぁ」
一人の部屋に気が抜けた笑い声が響いた。
- 65 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 05:59:47 ID:SUwvt9Yg0
- (10)
ξ゚⊿゚)ξ「来ると思った」
私はベッドに座り、自室にいる三人を見渡した。
善良な生き物だった。だからなんだという話だけど。
彼らの姿は、白黒写真のように褪せていた。
その理由は切られた照明のせいではないと思った。
ξ゚⊿゚)ξ「来てくれてありがとう」
心にもない言葉を吐くと、困惑する様子が見えた。
ξ゚⊿゚)ξ「でもね、病原菌からは離れた方がいいと思う」
( ^ω^)「……なんでそんなこと言うんだお」
('A`)「どうしたんだよ一体……」
恐らくドクオは便乗しか出来ないのだろう。
仕方がないことだった。結局、ブーンの後を辿る人間だから。
- 66 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:00:24 ID:SUwvt9Yg0
- ( ^ω^)「ツンは病原菌なんかじゃないお」
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、言い方が悪かったわね。移るから帰った方が良いってだけよ」
( ^ω^)「このままツンと気まずいままになるより、風邪になった方がマシだお」
ξ゚ー゚)ξ「あはは、かっこいいわね」
('A`)「おい」
( ^ω^)「いいお。
……正直なにを言ったらいいのか分からないんだお。
だから、言葉より行動を起こすべきだと思うんだお」
ξ゚ー゚)ξ「弱ってる私を看病して点数稼ぎとか?」
川 ゚ -゚)「お前いい加減に」
(#'A`)「ふざけるなよ!」
ドクオの怒声が響いた。
この場にいる全員が驚きを隠せていなかった。
私も例外ではなかった。少し、別のことに気を取られていたけど。
- 67 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:00:59 ID:SUwvt9Yg0
- (;'A`)「なあ、俺はお前がなにを考えてるのかは分からないし、
あれこれ詮索する気もねーよ。だがなんか理由はあるんだなとは思う。
けどな、ブーンがどういう気持ちでここに来たのかってことだけは分かってくれよ。頼むからさ……」
正直なところ、私はドクオに素直に感心を覚えてしまった。
荒んだ現在の思考を持ってしても認識を改めてしまう。
私たちの中で一番まともな人間は間違いなくドクオだった。
謝らないといけないな、とふと思ったけど、そんな権利もなかった。
( ^ω^)「別にここに来ることが目的ではないお。まあ、そういう期待もあったかもしれないけど」
そもそもブーンだって全然まともな人間だ。
素直過ぎてむかつくぐらいだった。
……ほんと、理不尽だなぁ。
- 68 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:01:38 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、どういう目的で来たの?」
( ^ω^)「やっぱり僕は、今年も夏祭りを楽しみたいんだお。……ツンと一緒に」
クーあたりの入れ知恵かなと推測した。
的外れが過ぎるところを思うに恐らく正解だ。
ξ゚⊿゚)ξ「そう。ああ、今更なんだけどさ、女の子の部屋に男二人が押しかけてくるのってどうなのかしら?
正直嫌なのよね、折角来てくれたから少しは我慢しようと思ったけど、そろそろ限界よ。
あんたの言いたいことは分かったから、そうね、ちょっとクーと話をさせてくれる? それなら大丈夫だから」
我ながらすらすらと言葉が出て来るものだ。
明らかに脳が麻痺していた。もしくは前借りをしていた。
( ^ω^)「……分かったお。去年と同じ公園で待ってるから」
そう言うと、ブーンとドクオは部屋を出て行った。
階段を下りた先に引き留める人間がいないのは幸いだった。
- 69 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:02:34 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「なんのつもりだ?」
一人残ったクーは、立ったまま腕を組んでいた。
ξ゚⊿゚)ξ「あんたブーンのこと好きでしょ」
川 ゚ -゚)「……は?」
ξ゚⊿゚)ξ「知ってるわよ。とっくの昔から」
デレの場合はどうしてもフィルターが掛かったけど、こっちは外しようもなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「そして私は別にあいつが好きではない。どう思う?」
川 ゚ -゚)「どう、思う?」
相変わらずクーの声は平坦なものの、明らかな淀みがあった。
- 70 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:05:19 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「障害がなくなった気分は」
私は大きく呼吸をした。
ξ゚⊿゚)ξ「執拗にあいつとくっつけようとしたのはさ、あんたが諦める理由が欲しかっただけなんじゃない?
ああ、その後ろめたさでツンはブーンが好きだと思い込もうとしたのかしら。いつのまにか本気になっていたみたいだけど」
川 ゚ -゚)「……諦めるもなにも、私はドクオと付き合っているじゃないか」
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオに心を動かされたのも本当だろうけど、
それも理由作りよね。私にはドクオがいる、それでいい。そうでしょう?」
川;゚ -゚)「……探偵気取りもいい加減にしてくれないか。私は本当にあいつが好きなんだ」
どうなんだろう。そこは分からなかった。
でも、この取り乱しようを見るに、天秤を揺れ動かすことは可能だと思った。
- 71 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:05:46 ID:SUwvt9Yg0
- 川 ゚ -゚)「それに、私はお前たちに幸せになって欲しかったんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「余りものをくっつけて心の平穏を手にしたかったのね。まあ、もう大丈夫よ。内藤は誰のものでもないんだから」
川 ゚ -゚)「……なにが言いたいんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「妥協していいの? って話」
それは、自分に問いかけるようでもあった。
川 ゚ -゚)「妥協……?」
ξ゚⊿゚)ξ「別になにも恐れることなんてないのよ、
駄目でもドクオはキープ出来るから。あいつはあんたにベタ惚れだしね」
川 ゚ -゚)「……お前、おかしいよ」
ξ゚ー゚)ξ「私はクーに幸せになって欲しいだけよ」
川#゚ -゚)「ふざけるな!」
一歩足を踏み出したクーは、私に飛び掛からんばかりの勢いだった。
- 72 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:06:23 ID:SUwvt9Yg0
- ふざけてなんかないのに。
割と真面目に言っていた。今ならクーの気持ちが分かる。
だって、他人(ひと)の痛みではなくなったから。
……はぁ、そろそろきつくなってきたな。
ξ゚⊿゚)ξ「クーには言っておくわ、私はあんたたちに付き合う気はない。
だから適当にあいつを諦めさせといて。まあ説得してもいいけどね、
それは自由よ。でも今日は勘弁してくれると助かるわね、もう頭が限界なの」
クーはしばらく立ち尽くしていた。
膠着状態は一分前後続いた。その間、私は途切れそうになる意識を留めていた。
渋々といった様子でクーは部屋の外へ向かった。
- 73 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:06:49 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……ああ、見舞いの品は持っていって」
川 ゚ -゚)「……なあ、一つだけいいか」
ξ゚⊿゚)ξ「またそれ?」
聞きたくないけど、聞かないといけないんだろうな。
川 ゚ -゚)「どうして、そうなってしまったんだ。私は悲しい」
ああ、思ったよりも心が痛いな。
被害者面なんてしちゃいけないのに。
私は抜け切らない憂鬱を息という形で吐いた。
ξ゚⊿゚)ξ「最初から私はこんなものよ。馬鹿には分からなかったか」
川 ゚ -゚)「……そうか」
クーは静かに言葉を返し、帰っていった。
- 74 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:07:36 ID:SUwvt9Yg0
- 私はしばらく仰向けになり、天井を見上げた。
そう、最初から私はこんなものだ。
だるい身体を起こして、たどたどしい足取りで部屋から出た。
閉めたドアに身を預け、一つ息を吐く。
喋りすぎた。神経も使いすぎた。大きい咳が出た。もう寝てしまいたい。だけど駄目だ。
壁に手を添えながら、目と鼻の先にある目的地へ進んだ。
- 75 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:08:13 ID:SUwvt9Yg0
- 上がり切らない腕でノックをした。ちゃんと聞こえているのかな。
荒い息で呼吸を繰り返している内に、鍵が開く音がした。
私はドアノブを回し、重い扉を手前に引いた。
ひどい顔が見えた。カーテンから漏れる薄明かりだけでも分かった。
不安げにこちらを見ているデレに私は倒れ込んだ。
電源が切れたような崩れ方だった。だから勢いはなかったと思うけど、
デレは衝撃で腰を床につけ、上半身だけで私を受け止めた。
- 76 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:08:39 ID:SUwvt9Yg0
- 「……お姉ちゃん?」
懐かしい呼び方だった。
「もう、大丈夫だから」
だから私もそれに答えることにした。
軽はずみに言っているつもりはなかった。
最初から、昔から私はこんなものだ。
心の中心にいるのは、いつだってデレだった。
- 77 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:09:27 ID:SUwvt9Yg0
- 「……大好き」
「……うん」
「……私ね、お姉ちゃんのことがずっと好きだった」
「……うん」
「……おかしいよね」
「……おかしいよ」
「……でもね、好き」
「……そっか」
「……大好き」
「……くるしいよ」
甘ったるい匂いに包まれながら、私の意識は溶けた。
- 78 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:10:24 ID:SUwvt9Yg0
- (11)
母が私に浴衣の着付をするのは恒例行事だった。
幼子でもあるまいし、この年まで続ける必要もないだろうにと、
本人に訊くと、「手の掛からない娘だからこれぐらいはさせて欲しい」
「デレもどっかに行っちゃうしね」なんて返って来るものだから、
断るにも断れず、私は行きもしない夏祭りの準備に付き合っていた。
頃合いが来ると、母は父の手伝いへ外に出て行った。
取り残された私はテレビもつけず、
音楽も流さず、リビングのソファに座っていた。
- 79 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:11:03 ID:SUwvt9Yg0
- 無音の空間に落ち着きよりも圧迫感を覚えた。
鮮明に聞こえる秒針の音が重苦しい。
けれど、同時に待ち合わせをした相手への感情で、
高揚感も覚えていた。少し気が触れそうになる。
ζ(゚ー゚*ζ「待った?」
ξ゚⊿゚)ξ「結構」
ζ(゚、゚*ζ「そこは今来たところとか言うべきでしょうに」
ξ゚⊿゚)ξ「来るもなにもね……」
住んでいる家が逢瀬の場所とは滑稽なものだった。
- 80 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:12:31 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚、゚*ζ「というかどうしたのその格好」
ξ゚⊿゚)ξ「さあ? 然るべき相手の前なんだから然るべき格好をしてるんじゃない?」
ζ(゚ー゚*ζ「……えへへ」
ξ゚⊿゚)ξ「気色悪い」
ζ(゚ー^*ζ「かわいいの間違いでしょ」
ξ゚⊿゚)ξ「……ばーか」
ζ(゚ー゚*ζ「……上行こっか」
ξ゚⊿゚)ξ「……そうね」
私たちは急かされるようにして階段を上がった。
- 81 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:16:24 ID:SUwvt9Yg0
- デレの部屋に入ったのは久々な気がした。
この前は倒れ込んだという表現の方が近かった。
改めて室内を見渡してみると、
あまり変わっていないような印象を受けた。
点在する暖色系の彩りは女性的ではあったけど、
そこから夜の駅でふらついている人種を結び付けられなかった。
ついでに、キャミソールに肩を出したトップスを重ねている、
現在のデレの姿にも結び付けられなかった。
- 82 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:17:28 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「今更なんだけどさ、あんたあっちでなにやってんの」
ベッドに腰を下ろしている私は、同様に左で座っているデレに言った。
ζ(゚ー゚*ζ「遊んでる」
ξ゚⊿゚)ξ「知ってるわよそんなの」
ζ(゚、゚*ζ「まーねー。でもそうとしか言いようがないというか。
実りのあることもしてないし。まあ、お姉ちゃんがいないと楽だったなぁ」
デレは肩に掛かった巻き毛を人差し指で絡めた。
- 83 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:17:58 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……そんなに私ってお節介かしら」
ζ(゚、゚*ζ「そんなことないよー。でもね、
お姉ちゃんの傍にいるのは良いけど、周りに居ると、なんか嫌だった」
ξ゚⊿゚)ξ「……どうして?」
ζ(゚ー゚*ζ「自分の本性が飛び出てしまいそうだから」
私の瞳を見るデレの眼は熱を帯びていた。
ζ( ー *ζ「それ、脱がしにくいよね」
デレは俯き、私の左手を握った。
掌から伝わる体温が鼓動を少し速めた。
- 84 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:18:20 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「文句を言うなら母さんに言って欲しいわね」
ζ(゚ー゚*ζ「……とてもじゃないけど言えないね」
ξ゚ー゚)ξ「ほんとね」
私たちが笑い合った理由は、多分どうしようもないものだった。
ξ ⊿ )ξ「……大丈夫だから」
ζ( ー *ζ「あはは、ごめん。……こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」
ξ ー )ξ「大丈夫よ。……私が一緒に寝てあげるから」
言葉は歪んでいくものだなぁ、と私の俯瞰的な部分が主張した。
- 85 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:20:06 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「おかしいね」
ξ゚⊿゚)ξ「なにが?」
ζ(゚ー゚*ζ「昔はね、それを聞くと安心したのに、今聞くと凄いドキドキする」
デレは掴んでいる私の左手を胸に当てた。
自分より幾分かふくよかな感触があった。
ζ(゚ー゚*ζ「……わかるかなぁ」
ξ゚⊿゚)ξ「……わかるよ」
痛々しいぐらいに。
ζ(゚ー゚*ζ「……ねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「……なに?」
ζ(゚ー゚*ζ「……キスして、お姉ちゃん」
- 86 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:21:04 ID:SUwvt9Yg0
- 一線を越える行為だった。
きっと、私がそれをしてしまえば、
なにもかもが崩れ去っていくはず……なのだけど。
ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」
あまり恐れはなかった。
ξ;゚⊿゚)ξ「意外と難しい」
あるのは、単純な気恥ずかしさだった。
ξ*゚⊿゚)ξ「……笑うな」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんごめん。かわいいなと思って」
ξ゚⊿゚)ξ「……今更だけど、私たちって救いようのないナルシストよね」
ζ(^ー^*ζ「私たち、なんだね」
ξ゚⊿゚)ξ「……いつからそんな言葉を使うようになったのかしらね」
- 87 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:21:26 ID:SUwvt9Yg0
- 目の前の余裕ぶったにやけ面がむかついた私は、
デレの肩を掴み、唇で生意気な口を塞いでやった。
不意をつかれたデレは戸惑っていた。
けれど、すぐに私の方が圧される形になった。
唇の中にデレの舌が挿し込まれると、
平衡感覚があやふやになり、境界線は瞬く間にふやけた。
徐々に傾かされていた背中がベッドにふわりと着地する頃には、
私の脳内はざらつきと水音に支配されていた。意識がぼんやりとする。
唇が離れてからどのぐらい後だろうか。明瞭な視界が戻ったのは。
- 88 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:22:11 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……息が上がり過ぎよ」
デレは私を両腕で挟んだ体勢で荒い呼吸をしていた。
ζ(゚ー゚;ζ「な、なんでそんな慣れてるのかな」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたがやり過ぎなだけ」
ζ(゚ー゚;ζ「返す言葉もございません……」
デレは右腕だけを上げ、人差し指で首を掻いた。
ξ゚⊿゚)ξ「そんな急停止されても困るんだけど」
ζ(゚ー゚;ζ「でもさ」
デレはだらんと右腕を再びベッドに付けた。
私の頬を甘い匂いのする金髪がなぞった。
- 89 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:22:47 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「でももだっても禁止」
人差し指をデレの唇につけ、私はそれを言った。
「いいよ、デレの好きにして」
私は精一杯の笑顔を作った。
ピタリと、デレの動きが止まった気がした。
「……脱がすね」
少し間を置いて、デレは私の服を掴んだ。
興奮を帯びた手つきはやがて荒々しくなり、
フローリングの上に投げ捨てられた浴衣はしわくちゃになっていた。
それからは、あまり覚えていない。
一つ、記憶に残っているものを挙げるとするなら、
心臓の音と呼応するように弾ける打ち上げ花火の音だった。
あれは、きっと銃声に似ていた。
- 90 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:25:56 ID:SUwvt9Yg0
- (12)
校舎裏は避暑地にするには優れた場所だった。
月の値が九に変わっても、気候的には然して変わらないもので、
日射しを遮断しているコンクリートに身を預けるのは心地が良かった。
校舎裏は告白をするには優れた場所だった。
視界の端から端に植えられた木々の葉が揺れ動く様や、
聴覚をすり抜ける生徒達の喧騒が、少し遠くに感じられる。
校舎裏は秘め事を語るにはお誂え向きの場所だった。
まあ、それが、甘酸っぱい内容ではないにしろ。
- 91 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:26:30 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「説明、してくれないか」
私が足を止め、壁に寄りかかったせいか、
少し右斜め前方に立っているドクオが言った。
ドクオの肌はすっかり焼けていた。
夏の間も部活に明け暮れていたのだろう。
それは健全さの象徴にも見え、私はおかしいなと思った。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンとクーがどうって話?」
対して、私の棒切れを彷彿とされる腕は、
季節と不釣り合いな白さを保っていた。
例年と比べても異質な色を纏い、髪も下ろしている私の姿は、
ドクオの目から見ると奇妙なものに映っているかもしれない。
- 92 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:26:53 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「そうだな。悪い物言いだとは分かっているが、
この際訊かせてもらう。……お前なんかしたか?」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたってほんといい奴ね。そんなに気を遣わなくていいわよ」
私はドクオから視線を逸らし、肩に垂らした髪を人差し指で巻いた。
('A`)「……俺は、お前だって悪い奴には見えないが」
ξ゚⊿゚)ξ「どうかしらね。でも正しいか間違っているかで考えるなら明らかに後者なのよ」
自分の物差しというもので計れば別だけど、
倫理や常識というもので計れば明らかに後者だった。
そして、ドクオという人間は明らかに前者だった。
私は本当におかしいなと思った。
- 93 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:27:43 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「実際、クーを焚き付けたのは私だしね」
('A`)「……そうか」
ξ゚⊿゚)ξ「もうさ、ブーンに未練たらたらなのはいいけど、
私を使って晴らそうとするのはやめて欲しかったのよね。
それでいて自分の正しさをあまり疑わない娘だったでしょ、クーって。
だから私も苛立ってきてさ、今言ったようなことをぶつけたの」
半分ぐらいに切り取った言葉だった。
本当に欲しいものへ手を伸ばせずにいるクーに同情したとか、
その後の顛末がどのようなものか気になったとか、
三人で固まっていたら付き纏われそうだからとか、
そういう部分は伏せた言葉だった。汚い言葉だった。
目も合わさずにいたから、ドクオの表情は分からなかったけど、
多分、苦虫を噛み潰したような顔をさせてしまっている。
- 94 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:28:32 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「……なあ、お前にとってブーンってなんだったんだ?」
ξ゚⊿゚)ξ「友達以上恋人未満ってやつじゃない? 周りが想像してたものとは違うでしょうけど」
響きと違い、甘酸っぱさはなかった。
友達から恋人への距離はどうしようもなく遠くて、進む速度も牛歩で、
縁が腐れ切ってくるころにやっと変化が見られるような、そんな関係。
もっと言えば、代替品でしかなかったのかもしれない。
教科書かなにかを忘れたブーンに私が声を掛けたのは、
少しずつ独立するデレに、無意識の不安を覚えた時期だったのかな。
隙間を埋めたかった。簡潔に言えばそれだけで説明出来た。
結局は満たされず、こんなことにしてしまったのだけど。
- 95 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:29:21 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「……どこで間違えたんだろうな、俺は」
物音に反応し首を動かすと、俯き、座り込んでいるドクオが見えた。
心なしか、昔のような薄い身体に錯覚させた。
ξ゚⊿゚)ξ「なにも間違えてないわよ。周りがおかしいだけ」
一念発起し、運動部に入り、血反吐を吐くような努力をして、
必死にクーにアプローチしたドクオに落ち度はないはずだった。
けれど、それを主導したのはブーンだった。それだけの話。
別に、選択は間違っていなかった。問題は、元々のランクだった。
ξ゚⊿゚)ξ「……でもね」
私は身勝手な感情で口を動かした。
- 96 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:30:31 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「クーは周りのことなんて見えないから肩身が狭くなっていくし、部活内では自ずとブーンの肩身も狭くなっていくわ」
('A`)「……別に、報いなんて求めてねぇよ」
ξ゚⊿゚)ξ「したことに対する結果があるってだけよ。
だからね、あなたは生きていたらきっと幸せになれると思う。
こんな風にした私が言うのはおかしいけどさ」
予期せぬ言葉にドクオは顔を上げたけど、
表情は晴れていなかった。当たり前のことだった。
- 97 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:30:57 ID:SUwvt9Yg0
- ('A`)「……お前は?」
ドクオはか細い声で言った。
('A`)「お前は、どうなるんだ?」
そう、私も他人事ではない。当たり前のことだった。
ξ゚⊿゚)ξ「生きていても、幸せにはなれないんじゃない?」
だから、率直な思いを伝えた。
私は壁から身体を離しその場を去った。
早まるなよ、なんて声が後ろから聞こえた気がした。
都合の良い声だった。
- 98 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:31:38 ID:SUwvt9Yg0
- (13)
残暑の厳しい九月の始め。私たち二人はバス停へ登っていた。
右手側の高く積み上げられた擁壁と、左手側のガードレールに挟まれ、
舗装はされているけど、歩行者用の仕切りもない坂道で足を進める。
辺りは閑散としていた。
流れて来るのは横目に見える海から漂う潮風の匂いぐらいだった。
平日の昼間とはいえ、人っ子一人、車一台見当たらない。
そのせいか、脳が色彩をとても単純なものとして捉えていた。
水色。白。黒。青。
空と海で板挟みにされ、アスファルトを踏み締めていると、
溺れるような錯覚がした。日射しと高低差の合わせ技で呼吸が苦しくなる。
- 99 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:32:13 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫?」
膝に手をついていた私に、先を行っていたデレが振り向いた。
デレは普段は着ないような、如何にもな白いワンピースを身に纏っていた。
双子が言うのも変だけど様になっていた。とてもじゃないけど、
夜な夜な遊び回っている人間には見えなかった。まあ、私からすれば違和感がないどころか、
こっちが本来の姿だとすら思う。……でも。
- 100 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:32:45 ID:SUwvt9Yg0
- 一瞬、眩暈がして掌で目を覆った。
手を離すと、視界が開けた。
見上げた先では、デレを巻き込みながら陽炎が揺れていた。
風が吹けば霧散してしまいそうなシルエットは白かった。
……儚いなと思った。
多分あの服は、死装束に近い色をしているから。
- 101 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:33:31 ID:SUwvt9Yg0
- なんとかバスに乗り込み、私たちは小さな堤防に到着した。
打ちっぱなしのコンクリートで、高さも幅もない長方形のそこを、
二人でゆっくりと歩いてから真ん中あたりに腰を下ろした。
熱した地面に荷物とサンダルを置き、素足を水面に浸した。
漁船も目立たないひたすらに水平線が見えるロケーションだった。
ただただ膨大な藍が風に揺られる様は、獰猛さを感じさせた。
自然のスケールに呑まれ、自分はなんて小さな存在なんだ、と、
思う人間は多いけど、結局私もその分類なのかもしれない。
- 102 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:34:04 ID:SUwvt9Yg0
- 世界は広いようで狭い。それでも、二人だと広すぎる。
親。友達。知り合い。他人。数多の顔が脳裏を過っていく。
この景色を眺め続けていると、頭にピストルを突きつけられているような気分になった。
ζ(゚ー゚*ζ「そろそろいこっか」
デレの声で現実に引き戻された。
既に隣で伸ばされた脚が消えていた。
私も立ち上がり、後に続いた。
- 103 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:34:31 ID:SUwvt9Yg0
- 太陽の光が吸収された足場に少し気を取られながらも、
なんとか地面を踏み締め、身体を反転させたその時だった。
なにかがぶつかって、なにかと接触をした。
キスを、されていた。
頭がぐらつく。身体が揺らぐ。背中が水面に傾く。
- 104 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:35:00 ID:SUwvt9Yg0
- (0)
走馬燈というやつだろうか。
それにしては鮮明さに欠けていて、歯抜けが過ぎるなぁと思った。
大体、こんな顔も覚えていないような連中なんてどうでもいいのに。
どこかの公園に気弱そうな私が居て、
その前にもう一人私が居た。というか、デレと自分だった。
やいややいやと言われてるなぁ、ぐらいにしか把握出来ない。
確か、いつも私に引っ付いているデレがからかわれて、
それを自分が庇っているとか、そんな図だったかな。
- 105 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:35:27 ID:SUwvt9Yg0
- あーあ。またデレが泣いてる。
しょうがないなぁ、なんて想いで私は前に出ているんだろうな。
言い合いの内容は下らないものだった。
まあ、幼児の喧嘩なんてそんなものだけど。
でも、私が大声を出して主張している言葉は上出来かな。
「ひとはひとりではいきていけないもん!」
銃声が響いた気がした。
- 106 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:36:02 ID:SUwvt9Yg0
- (14)
ξ゚⊿゚)ξ「あんたね、急に沈められる私の身にもなりなさいよ」
私たちは再び堤防に腰を掛けていた。
水面に接触した際の衝撃音が未だに耳にこびりついている。
隣を見ると、デレは水浸しになったワンピースの裾を絞っていた。
汚れたその服は、死装束からは随分遠のいてしまったようで。
ζ(゚ー゚;ζ「あはは、ごめん。なんか衝動的に」
ξ゚⊿゚)ξ「ごめんで済むと思ってるの?」
ζ(゚ー゚*ζ「……うん、駄目だよね」
手を止め、俯いたデレを私は抱き寄せた。
- 107 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:36:39 ID:SUwvt9Yg0
- ξ゚⊿゚)ξ「……ベタベタして気持ち悪いなぁ」
濡れた服同士が引っ付き合い、生温い体温を伝達していた。
どうしようもないぐらいに私たちは生きている。
ζ( ー *ζ「ほんとだね」
耳元で、デレの柔らかい声がした。
銃声が何処かへ去っていく。
ζ(゚ー゚*ζ「でもね、お姉ちゃん。私は幸せだよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……私も」
- 108 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:37:06 ID:SUwvt9Yg0
- (15)
旅館に着くと、出迎えの人は面喰っていた。
それはそうだろうなと思った。びしょ濡れの上に、
同じ顔をした人間が二人という光景は明らかに異常だった。
つい足を滑らせて落ちたとだけ言い、予約を確認してもらうと、
スタッフさんは気圧されたのかなにも追及して来なかった。
自然と私たちは同じ浴室に入ることになったけど、
不思議とそういう気持ちは湧いて来なかった。
いや、こっちが姉妹としては正常なのだけど。
もっと言えば女性としてはなのだけど。
- 109 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:37:43 ID:SUwvt9Yg0
- 元から自分が同性愛者だとも思っていなかった。
有り体に言えば行き過ぎたシスコンとかそっちではないだろうか。
もしくはナルシズムの延長線か。要は私はデレが良い。それだけの話だった。
入浴を終えた私は、簀子が敷かれている客室の窓際でチェアに身を委ねていた。
左手側に見える外の景色は、まあ、その、綺麗としか言いようがなかった。
けれど、私の眼は曇っていくんだろうなぁ。
外と内を見比べた。
畳の上でだらしなく浴衣をはだけさせ、寝転んでいるデレが居た。
- 110 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:39:04 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚、゚*ζ「……ん? どうしたの」
私の視線に気づいて起き上がったデレは、
足を崩したまま座り、眠そうな目を擦っている。
まあ、その、綺麗としか言いようがなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「あのさ、デレ」
そして、目の前にいる人だけは色褪せないと分かっているから。
ξ゚⊿゚)ξ「多分ね、私は世界よりあなたが好きなんだと思う」
私は率直な言葉で愛を語ることにした。
- 111 名前: ◆agMbGaIYPQ 投稿日:2017/08/22(火) 06:39:47 ID:SUwvt9Yg0
- ζ(゚ー゚*ζ「中々大きく出たね」
ξ゚ー゚)ξ「馬鹿みたいよね」
自然と私たちは笑い始めていた。
そこに今と過去の違いは寸分もなくて。
だから地球の自転にはついていけなくなって。
取り残されてしまった二人はそれでも笑うのだ。
人は一人では生きていけないのだから。
<了>
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