三日月転じて君を成す
- 3 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:00:03 ID:BS0GLIuI0
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開幕
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- 4 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:01:03 ID:BS0GLIuI0
- 鳴り響く音は俺のスマートフォンからのものだった。
一瞬理解が追いつかなかった。
待ち合わせの連絡を確実に受け取るべく
マナーモードを外していた、と
思い出すやいなや、それを鷲掴みにした。
メロディが立ち消え、静けさが耳をつく。
視線の集まるのが嫌でもわかる。
(;,,^Д^)「ごめん、ジョルジュからだ」
向かいの人に頭を下げ、慌てがちに椅子を引く。
鈍い音が立ったのを、誰かが鼻で笑っていた。
店内の廊下は細く、それでいて薄暗い。
スズラン型の間接照明は自身を灯すのにご執心だ。
足下に気を遣いながら歩かざるをえない。
- 5 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:02:15 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,^Д^)「もしもし」
出口の扉を押してから訊けば、
_
( ゚∀゚)『おう、タカラ。今どんな状況よ』
いつだって余裕のありそうな友人の、含み笑いが目に浮かんだ。
( ,,^Д^)「レストランまで漕ぎ着けたよ」
扉の脇に佇んでいる立て看板を睨み付ける。
黒板にチョークで記されたディナーメニューを
斜の方から小さなランタンが照らしていた。
_
( ゚∀゚)『上手くいってるじゃないか』
言ってくれる。
( ,,^Д^)「そりゃどうも。あとはお前が来るまで持たせれば」
- 6 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:03:04 ID:BS0GLIuI0
- _
( ゚∀゚)『や、それなんだけどな』
_,
( -∀-)『実はそのー、急用でさ』
なんだと、と言いたいところだが、
電話を受けたときから嫌な予感はしていた。
( ,,^Д^)「うん? もうちょい詳しく頼む」
_
( ゚∀゚)『打ち上げに招待されててさ、抜け出すのも悪いじゃん?』
_
(.*゚∀゚)『というか絶対いた方が良いやつなんだよこれ!
業界人いっぱいいるし、次に繋がるし』
_,
( -∀-)『というわけで、やー悪いな。あとは頑張って』
)└
(⌒,,^Д)「待てや、コラ」
力を込めた手の中でスマートフォンがみしりと鳴った。
- 7 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:04:03 ID:BS0GLIuI0
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¢第一幕¢
下の弓張り未だ昇らず
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- 8 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:05:03 ID:BS0GLIuI0
- )└
(⌒,,^Д)「俺はどうすりゃいいんだよ! 初対面なんだぞ」
_,
( ^∀^)『もう二時間もデート出来たんだろ?
大丈夫、頭はあたふたしていても、きっと身体では慣れたはず』
)└
(⌒,,^Д)「慣れねえよバカ! 全力で会話振って半分以上苦笑いで流されてんだぞ!」
(;,,^Д^)「なあ、これでも本気で頼んでるんだぜ。お手上げなんだ。せめてなにか知恵をくれよ」
_,
( -∀-)『うーん……』
、 /
(m)´
_.Ψ `
( ゚∀゚)『ダメならダメでいいんじゃね?』
(;,,^Д^)「うおい!」
_
( ゚∀゚)『あ、ごめん。ちょっと呼ばれてるっぽい』
- 9 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:06:03 ID:BS0GLIuI0
- _
( ゚∀゚)ゞ『じゃ、健闘を祈る』
コール音が空しく響く。
店の扉が開き、客が出てきた。
擦れ違いざまに怪訝な一瞥を寄越してくれた。
(;,,^Д^)「……どないしよ」
頭を空っぽにして、再び店内に戻る。
テーブルにはすでに料理が届いていた。
向かいに座る人の前には、平らげられたお皿もいくつかある。
ナプキンで口元を拭きながら
(#゚;;-゚)「ごめん、お腹空いていまして」
小さな声で、その人は答えた。
( ,,^Д^)「いえいえ、お気になさらず」
音を立てないよう注意して椅子を引き、なるべく素早く腰を据える。
豊かで温かな香りを前に、食欲はほとんど湧かなかった。
- 10 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:08:04 ID:BS0GLIuI0
- 今日の昼前に、駅で彼女は待っていた。
(#゚;;-゚)『胡居(えびすい) でぃ』
名前はそのとき初めて聞いた。
(^Д^,, )『鐘山(かねやま)タカラです。よろしく』
⊂
(゚-;;゚#) スルー
それからしばらく、一緒に歩いた。
- 11 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:09:04 ID:BS0GLIuI0
- 彼女を紹介してくれたのはジョルジュだ。
奴の知り合いだという以外に、彼女にまつわる情報はなかった。
何を話すか今日まで散々悩んできたが、
ひねり出した話題のほぼ全ては、でぃさんに聞流されていた。
どの店に寄るか、何を見て何を語らうべきか。
大まかな道筋はジョルジュが決めてくれていた。
やや詰まり気味なスケジュールは、休む時間も少なかったが
気まずい沈黙を縮められるという意味ではありがたかった。
粘りに粘って日が暮れて
ようやく着いたレストラン。
(#゚;;-゚)「美味しかった」
- 12 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:10:04 ID:BS0GLIuI0
- からん、と音を立ててスプーンが横たわる。
でぃさんは完食した皿を脇に押し、
ナプキンを口に充てると、上目遣いで俺を見た。
._,
(#゚;;-゚)「食べないんですか?」
(;,,^Д^)「あ、はい」
促されてスプーンを手に取った。
肉類からは目を逸らし、サラダへ焦点をあてる。
油の照らされているのがよく見えた。
眩暈がする。
どうしてここにいるんだろう。
口にするわけにはいかないが、そんな愚痴さえこぼしそうだった。
- 13 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:11:03 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「体調悪いんですか?」
でぃさんが前屈みになって尋ねてくる。
目を逸らしたくても、距離が近い。
なかなか視界から離れてくれない。
o川*゚ー゚)o「リラックス、リラックス」
途方に暮れていた俺の耳に、
アドバイスは降りかかってきた。
( ,,^Д^)「平気です」
俺は唇を少し噛む。
- 14 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:12:04 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,^Д^)「でぃさん、あの、ご趣味は」
(#゚;;-゚)「ないですね」
( ,,^Д^)「興味のあることとか、なんとなく好きなものとか」
(#゚;;-゚)「たこ」
(;,,^Д^)「……」
(#゚;;-゚)「今食べて、美味しかったから」
言われてみたら食べた気もする。
味わうほどの余裕はなかった。
- 15 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:13:03 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「もうお腹いっぱい」
(;,,^Д^)「そうですか」
意気込んでいた心根が萎んでいく。
天井を仰ぎ見た。
お洒落な内装にもかかわらず
かなりのシミがついている。
薄暗さの理由はそれか。
さて、ジョルジュ。お前はどうしてこの人を俺に勧めたんだ。
今すぐにでも電話をかけて問いただしてやりたい。
o川*゚ー゚)o「とりあえず目につくところ全部褒めよっか」
ありがたいお言葉だ。
( ,,^Д^)「良い服ですね」
(#゚;;-゚)「そう?」
- 16 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:14:04 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,^Д^)「いつもどこで買ってます?」
(#゚;;-゚)「買わないですよ。お姉ちゃんのお古を着てます」
( ,,^Д^)「質がいいんですかね」
(#゚;;-゚)「あちこち縫ってますよ」
( ,,^Д^)+「お上手ですね!」
(#。 。)「ここほら、糸出ちゃったの。引っ張ると大変」
(;,,^Д^) 「……そうですか」
(#゚;;-゚)「あちこち傷んでるし、私は良い服だとは思いませんけど」
(;,,^Д^) 「……」
._, ,
(#゚;;-゚)「どこを見て良いと思ったんですか?」
- 17 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:15:04 ID:BS0GLIuI0
- o川;゚ー゚)o「服はやめ! 髪とかどう」
( ,,^Д^)「あの、髪ですかね」
._, ,
(#゚;;-゚)「……服じゃない」
( ,,^Д^)「良い香りがする」
(#゚;;-゚)「リンスでしょうね」
( ,,^Д^)「艶やか」
(#゚;;-゚)「つけすぎたかな」
( ,,^Д^)「大人びてる」
でぃさんが口を半開きにして固まった。
これは当たりだろうか。
微動だにしない様を見て、一瞬勝利を信じたくなる。
- 18 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:16:03 ID:BS0GLIuI0
- やや俯いて、でぃさんは厳かに息を吐いた。
::(#゚;; ゚)::「……私、まだ10代でいけると思ってたんですけど」
( ,,^Д^)「あ、そういうのは気にするんですね」
うっかり先に声が出ていた。
ザクン、と大きな音が鳴る。
でぃさんが逆手に握ったフォークが、
メインディッシュのステーキを突き刺していた。
o川*゚~゚)o「あ~、ダメだこれ」
言われなくても見ての通りだ。
- 19 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:17:05 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚д゚)o「緊急避難!」
(;,,^Д^)「すいません! ちょっと腹痛いんで」
弾けるように席を立つと、一目散にトイレへと駆け込んだ。
他の客は誰もいない。
好都合だ。
薄汚れた洗面台の前に立ち、鏡に映る自分を見つめた。
そこには俺しか映っていない。
( ,,^Д^)「……おい」
o川;゚ー゚)o「いや、いやいやいやいや」
エコーがかった彼女の声が幾重にもこだまする。
- 20 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:18:04 ID:BS0GLIuI0
- o川;゚ー゚)o「あたしのせいにする気!?」
( ,,^Д^)「だってどんどん悪くなっていったし」
o川;゚ー゚)o「そりゃ確かにそうだったけど、考え巡らせたんだよこれでも」
o川#゚д゚)o「ていうかそっちも考えてよ! 何あたしが言ったことそのまま使ってんの」
( ,,^Д^)「俺にそんな才能ないし」
o川#*゚ー゚)o「あたしだって凡だよ、凡!」
彼女の叫ぶ声が響いて、また少し眩暈に見舞われる。
- 21 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:19:04 ID:BS0GLIuI0
- 両手をついて、溜息をつく。
前を見ると、鏡の中で、
俺が独り、窶れた顔して立っている。
彼女、キュートはここには映っていない。
鏡から目を離しても、彼女は見えない。
誰にも彼女の声を聞くことはできない。
俺より少し背の低かった、彼女の姿が失われてから、
その声はいつも、俺の頭の中だけに響いていた。
(;,,^Д^)「はあ、もう帰りたい」
o川*゚ー゚)o「もったいない。ジョルジュくんに悪いでしょ」
(#,,^Д^)「そのジョルジュが来ないからこんな羽目になってんだぞ」
- 22 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:20:04 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「でもでも、今日一日のスケジュール全部ジョルジュくんが調整したんだよ?」
( ,,^Д^)「そりゃまあ、そうだけど」
o川*゚ー゚)o「そもそも忙しい中無理をして時間作ってくれようとしていたんだし
それがダメになったからって責めることなくない?」
(;,,^Д^)「……そう、ですね」
o川*゚д゚)o「ていうかこちらから恋人探しのお願いをしておいて
本番になってまでジョルジュくんを頼るのっておかしいよね?」
(;,,^Д^)「……」
- 23 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:21:04 ID:BS0GLIuI0
- o川*-' -)o「……はあ、先が思いやられる」
実体の無い彼女には、身体的表現は伴っていないわけだけど
大きく落差のあるその声は、がっくりと肩を落とす様が思い浮かばれた。
o川*-' -)o「……あたし、ずっと真剣なんだけど」
低めの声で彼女が言う。
o川*-' -)o「わかってる?」
( ,,^Д^)「……うん」
o川*゚ -゚)o「じゃ、本気でやって」
- 24 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:22:05 ID:BS0GLIuI0
- 彼女が言い切るのと同時に、シンクの蛇口が開かれた。
俺は触っていない。きっと彼女が動かしたのだ。
o川*゚ー゚)o「手、拭いて。乾いたままだと怪しまれるよ」
言われるがままに、冷たい水で掌を濡らした。
しばらく固まって、それから手を一気に引き上げ、頬を叩いた。
o川*゚ -゚)o「え?」
彼女の息をのむ音が聞こえた。
( ,,^Д^)「……悪かったな、キュート」
短く息を吐き、背筋を伸ばした。
( ,,^Д^)「帰りたいとか、今は無し、な」
o川*゚ー゚)o「……うん」
- 25 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:23:04 ID:BS0GLIuI0
- キュートが話すとき、俺の頭には彼女の像が浮かんでいる。
声から推測する、俺の都合の良い想像でしかないけれど
今は安堵しているようで、
俺はようやくホッとする。
( ,,^Д^)「じゃ、いっちょ行ってくるか」
o川*゚ー゚)o「私もアドバイス頑張る」
弾むような調子でキュートが続けた。
( ,,^Д^)「あの人、お前とも相性悪そうだけど」
- 26 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:24:04 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「いいよ、気にしないで」
o川*^ヮ^)o「今の私にできることなんて、これくらいしかないんだから」
楽しい意味では決してないのに
俺が思い描くキュートは、こんなときでも笑顔だった。
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- 27 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:27:05 ID:BS0GLIuI0
- 猛烈な熱気と蔓延る黒煙。
それらが肌を包み込む感触が未だに残っている。
全身が傷だらけだった。
熱が傷痕を焼き続けるので、身体が切り刻まれているような気がした。
痛みに麻痺した身体で必死に這いつくばり
芋虫のように身を捩って、ひしゃげたドアの隙間から外へと出た。
横転したタンクローリーの巨体が夜闇に聳えていた。
後続の車両が何台も激突していて、小高い山を形作っていた。
動けなくなった。
現実離れした光景に目を奪われていた。
少しでもタンクが転がれば、間違いなく死ぬ。
頼みの車は逆さになっているし、走って逃げ切るような体力もなかった。
- 28 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:28:04 ID:BS0GLIuI0
- 辺り一面は文字通りの火の海だ。
踊り狂う火炎が網膜を焼きつけてくる。
目を閉じれば、その端から涙が零れた。
それらもすぐに蒸発して消えていった。
喉にも灰が入り込んでいて、呼吸が切れ切れになった。
口を開けているのも辛い。
それでも無理矢理に息を吸い、叫んだ。
爆ぜる炎の音に掻き消されながら、何度も繰り返した。
ほんの数分前まで、助手席に座って笑っていた人の名前を。
呼びかけに応える声は、憶えている限りでは一度も聞こえてこなかった。
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- 29 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:31:05 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「身体、無くなったんだよね」
と、キュートは突然言い出した。
何言ってんだか、と笑いたくなったが
皮膚焼けた俺の顔が痛んだので、
身動ぎすらできず、言葉を聞き流していた。
俺には全身包帯が巻かれていた。
目のところは開放されていたけれど、
光の刺激すら耐えがたく、
のんきに周りを眺める気にはなれなかった。
瞼の裏側ばかりを見つめていた。
差込む光の強弱を見て、
今は朝なんだろうなとか、想像して過ごしていた。
すさまじく暇だった。
だから彼女の声が聞こえたときは、
わけがわからないと思いつつも、率直に嬉しかった。
- 30 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:32:04 ID:BS0GLIuI0
- 包帯を解く許可が下りたのは入院してからひと月後のことだ。
外気に触れる俺の顔を、
看護師さんが覗き込んで微笑みかけてくれていた。
心配なしと諭した後に
鏡を見るかと尋てきて、
「はい」と短く答えたら、見せてくれた。
それが俺の顔だと、すぐには認識できなかった。
輪郭には見慣れない凹凸が見受けられ、
髪の毛はすっかりそぎ落とされていた。
血の気がない、真っ白な顔だ。
それでも目や鼻、口周りは比較的形を残していた。
鼻の下あたりを見つめていたらだんだん実感が湧いてきた。
凹んだ俺の顔から皮膚を一旦引き剥がして、また張り付け
トンカチでゴンゴン叩いて元に戻そうとすればこんな顔になると思った。
- 31 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:33:05 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,メД )「ありがとうございました」
頷くと首の皮膚が引きのばされる。
思いも寄らない痛みに悲鳴を上げた。
困ったことがあったら何でも言ってね、と
看護師さんはまた俺に顔を近づけて言った。
ブラウン気味の瞳の潤みさえ見えるほどだった。
痛みを恐れつつ首を回せば病室の全景は見渡せた。
カーテンで仕切られたスペースがいくつかあり、
開けているところでは包帯を巻かれた人たちが寝転んでいた。
身体の一部だけの人もいればほとんど全身という人もいる。
彼らは俺と同じ、事故の被災者らしかった。
- 32 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:34:14 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,メД )「聞きたいこと、あるんですけど」
再び看護師さんと向き合って、質問した。
キュートのことを、だ。
事故の当日、俺の隣に座っていたはずの、
そしてつい先頃までその声が聞こえてきていた、彼女のことを。
看護師さんは困り顔になっていた。
彼女の声は包帯を解く直前まで聞こえていたので
てっきりキュートは、俺のすぐそばにいるものだと思っていた。
だから軽い気持ちで返事を待っていた。
看護師さんは身を強張らせて口元を手で覆い、
潤んだ瞳を泳がせると、
俺と目を合わせないまま教えてくれた。
- 33 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:35:04 ID:BS0GLIuI0
- 曰く、俺がこの一般病棟に運ばれてきたのは今朝のことだということ。
それまで俺は集中治療室に閉じ込められていたということ。
集中治療室には親族以外誰も面会できないうえに、
その親族でさえガラス越しでしかまみえることができないということ。
担当医以外の誰かが俺に声を掛けるということはほぼあり得ないということ。
ついでに担当医は中年の男性だということ。
( ,,メД )「……空耳、でしかありえない?」
俺が小さく呟くと、看護師は目を滲ませ、
またくるからねと俺に手を握ってくれた。
憐れみに満ちた声色が気になって、
遠ざかっていくその人の脚を
俺はしばらくまじまじと見つめ続けていた。
o川*゚ー゚)o「ちょっと! おしり見つめすぎだよ」
- 34 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:36:05 ID:BS0GLIuI0
- 今度こそ本気で悲鳴を上げた。
看護師さんはすっとんで戻ってきた。
飛び交ってくる質問攻めに、
いえ、別に、何も、と防戦したのち
疲れを訴え横になったら、ようやくそっとしておいてくれた。
ベッドの周りが静かになったのを確認して、俺はこっそり声を出した。
( ,,メД )「キュート?」
o川*^ヮ^)o「はいはーい」
まったく調子に変わりがない。
( ,,メД )「どこにいるんだお前」
o川*゚ー゚)o「んー、だいたいタカラくんのそば?」
(;,,メД )「なんで疑問っぽいんだよ」
o川*゚ー゚)o「しかたないじゃん、見えないんだもん」
- 35 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:37:06 ID:BS0GLIuI0
- 昔どこかで聞いた話だが、透明人間は目が見えないらしい。
光を受容する網膜が透明なため、像を紡ぐことができないのだという。
身体を失った彼女が何を以て見えていると言い張るのか
科学の力ではきっと解明出来ないと思う。
若干エコーのかかった彼女の声が
俺以外の誰にも聞こえていない理由もきっとわからないまま、
聞こえている俺がおかしいという話で落ち着いてしまうに違いない。
はてなが頭に山ほど浮かび、のしかかられて思考が止まった。
ぼんやりシーツを見つめていると、その端っこがふわりとめくれた。
o川*゚ー゚)o「ほら、これくらいならできるよ」
シーツの端が角のようにつきだして、指と指の間に挟まった。
手の甲どうしを合わせた、と言うには、シーツの指が反りすぎていた。
- 36 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:38:05 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「ね?」
頭の中では彼女の姿を思い浮かべることが出来た。
つい一ヶ月前まで、俺の傍にいた顔だ。
まだ忘れるには早すぎるし、
毎日声を聞いていたのだから、失ったという実感もない。
( ,,メД )「本当なんだな」
何で信じたか、具体的に述べるのは難しい。
あえていえば、それが彼女の声であったから
信頼できたんだと思う。
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- 37 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:41:06 ID:BS0GLIuI0
- _
( ゚∀゚)『あ、もしもし? 今終わったんけど』
( ,,^Д^)「……今更すぎるわ」
レストランからはとっくに離れていた。
宵の口の道を半ば放心して歩いているうちに、
携帯電話の震えに気づいた。
折り返しの電話をすると、
ジョルジュはすぐに出てくれた。
_
( ゚∀゚)『今から駆けつけることもできるけど。どうする』
少し考えてから、答える。
( ,,^Д^)「こっちももう終わりにするよ。でぃさんと駅についたし」
_
( ゚∀゚)『……でぃさん?』
( ,,^Д^)「ん?」
_
( ゚∀゚)『……あれ? あれれ?』
ジョルジュの声が遠くなり、しばらくしてまた元の音量に戻った。
- 38 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:42:05 ID:BS0GLIuI0
- _
( ゚∀゚)『やー、驚いた』
( ,,^Д^)「なんだよ」
_
( ゚∀゚)『あの人、こういうときに来るんだな』
( ,,^Д^)「何言ってるんだよ。お前が薦めてきたんだろ」
_
( ゚∀゚)『いや』
( ,,^Д^)「お?」
_
( ゚∀゚)『なんだろ、忙しかったからかな。指が滑ったみたいだ。うん』
(;,,^Д^)「…………」
_,
( ゚∀゚)ゞ『間違えたわ。ごめんな。はは』
(;,,^Д^)「嘘だろおい!?」
- 39 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:43:07 ID:BS0GLIuI0
- 疲れ切っていたはずなのに、腹の底から声が出た。
無理をしたせいか、若干攣った。
(;,,^Д^)「確かに、なんか、思ってたノリとかなり違ってたけど」
_
( ゚∀゚)『マイペースな人だからな』
(;,,^Д^)「いやでもおかしい。嫌ならそもそもこないだろ普通」
_
( ゚∀゚)『それじゃあ、嫌じゃないんだろうよ』
(;,,^Д^)「???」
_, 、
( -∀-)『マイペースな人なんだよ』
それがまるで免罪符かのように連呼する。
- 40 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:44:05 ID:BS0GLIuI0
- _
( ゚∀゚)『一応彼女もうちの団員だし、共通の話題もあっただろ』
( ,,^Д^)「え、そうなの?」
_
( ゚∀゚)『聞かなかったのかよ』
(;,,^Д^)「趣味はないって言ってたぞ」
_, 、
( -∀-)『あー、それはたぶん、仕事熱心だからだな』
感慨深げに語るジョルジュの言葉にノイズが走って、息をのむ音が聞こえてきた。
_
(;.゚∀゚)『げ、わりい、なんかまた呼ばれてるから切るわ』
( ,,^Д^)「落ち着かねえな」
_
( ゚∀゚)『悪いな。脚本の方も頼むぜ、じゃあな』
またな、と俺が答えた時にはもう切られていた。
ため息をついて、ベンチにもたれかかる。
夏の夜の温もりが重苦しく降りてきていた。
- 41 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:45:05 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「ジョルジュくんは相変わらずだね」
愉快そうにキュートが言った。
元々ジョルジュは大学の演劇部に所属していた。
中心になって立ち回っていたのだが、
面倒な目にあったらしく、二年にあがるころに退部をした。
とはいえジョルジュ自身は、演劇を離れる気がさらさらなかったらしく、
学校内のあちこちや他の大学、社会人サークルなどにも足を運び、
協力してくれる人たちを募って劇団を立ち上げた。
名を「テマエミ荘」という。
これが大学二年の冬、つまり今年の初めのことだ。
- 42 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:47:06 ID:BS0GLIuI0
- 俺も通う、吹成大学の学生課と折り合いをつけ
校内の劇場の使用許可も手に入れて
今年の秋には初公演を控えていた。
内容として、まず古典作品を一本。
それから間に合ばオリジナルの作品を一つ。
その話をジョルジュは俺に持ちかけてきていた。
悩んだ末に、返事を決めかねた翌々日に、
俺は旅行先で事故に遭遇することとなった。
o川*゚ー゚)o「懐かしいな、演劇部」
耽るように呟いていたのは、吹成大学の演劇部のことだろう。
キュートはそこに所属して、皆に評価もされていた。
- 43 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:48:08 ID:BS0GLIuI0
- ( ,,^Д^)「そんなに昔でもないだろ」
o川*゚ー゚)o「昔だよ。最後の公演、雪が降っていたもの」
寒空の下を、真夏の今、想像するのはちょっと難しい。
俺は開始に間に合わなくて、受付係が撤収しようとしている間になんとか滑り込んだ。
音を立てすぎないようにと散々に釘をさされ、大扉をそっと開くと
暗闇の向こうに輝く舞台が見えていた。
降り注ぐライトは細く、上方には月、下方には一人の女性。それがキュートだった。
舞台の上に立つ彼女の姿は、もう何年も見ているというのに、鮮やかに目に映った。
o川*゚ー゚)o「あのときの口上、言える?」
- 44 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:49:06 ID:BS0GLIuI0
- (;,,^Д^)「え? やだよ、恥ずかしい」
o川*゚Д゚)o「えー、人に言わせておいて!」
(;,,^Д^)「そりゃそうだけど」
キュートが登場するときの脚本は全て俺が担当していた。
試みにと手を出したことが、いつのまにやら習慣となっていた。
o川*゚ー゚)o「ほらほら、最初だけでいいから。ほら」
催促が耳を何度もつつく。
ため息をつきながら、緩みそうになる頬をどうにか堪えた。
- 45 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:50:06 ID:BS0GLIuI0
- (;,,^Д^)「……た、『たとえ輝く太陽が、私達を見捨てても』……えっと」
o川*- -)o『夜の月さえあればいい』
( ,,^Д^)『夜の月さえ、あればいい』
o川*゚ー゚)o「そうそう、続き、どうぞ」
( ,,^Д^)「……『あれは』」
あれは私の心の理想。
姿形が変わっても
いつかは元へと戻るもの。
- 46 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:51:06 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「言えたじゃん! おめでとう!」
(;,,^Д^)「え? 俺まだ何も言ってないけど?」
o川*゚ー゚)o「へ?」
口上を続けた声は、
俺より、もっとずっと、か細い声で、
俺の後ろから聞こえてきた。
(#゚;;-゚)「良かったら」
振り向いたら、ペットボトルが胸もとにあたった。
描かれている富士山の頂上がまっすぐ俺を指していた。
- 47 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:52:06 ID:BS0GLIuI0
- (;,,^Д^)「え、あ。買ってくれたんですか?」
(#゚;;-゚)「要らないなら捨てて良いですよ」
(;,,^Д^)「いやいやいや、飲みます! ありがとうございます」
でぃさんはすたすたと俺の腰掛けて
自分のペットボトルを口につけた。
顔は上を向いたけど、目はずっと開いている。
食事中も、談笑中も、
夜道を一緒に歩いてからも、俺から敬語は全く抜けなかった。
でぃさんがどんな人か、俺には未だによくわからない。
- 48 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:53:05 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「……夜だけど、月、ないんですね」
今度はちゃんと聞き取れた。
でぃさんはペットボトルを降ろして、
駅舎の天蓋に嵌まった窓から、覗く空を観ていた。
星が輝くばかりの空だ。
(#゚;;-゚)「今日は新月なんでしょうか?」
質問をされたのは、今日初めてかもしれない。
- 49 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:54:06 ID:BS0GLIuI0
- 俺は時計を見た。
( ,,^Д^)「あと三……いや、二時間半くらいしたら昇りますよ」
反射的に答えた俺に、でぃさんは目を見開いた。
あまりにまっすぐ見つめてこられ、思わず身が竦む。
(;,,^Д^)「な、なんでしょう」
(#゚;;-゚)「詳しいんですね、やっぱり」
( ,,^Д^)「やっぱり? えっと、昔調べたことがあったんですよ」
話を広げようと身を乗り出したそのときに、強い風が吹いてきた。
ホームドアの向こう側で、特急電車がやってきたのだ。
この駅は通過駅。スピードを緩めることはない。
- 50 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:55:06 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「……さっき、誰かと話していましたよね」
行き過ぎる電車の音が消えると、でぃさんの問い掛けが耳に入った。
か細いのに、タイミング悪く、聞き逃すことができなかった。
(;,,^Д^)「ジョルジュからの電話、ですよ」
何気ないように答えたが、首を横に振られてしまった。
(#゚;;-゚)「電話のことじゃないですよ。そのあと」
空気が少し、冷えた気がした。
(#゚;;-゚)「独り言のようなのに、独りじゃない感じでした」
- 51 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:56:10 ID:BS0GLIuI0
- (;,,^Д^)「ずっと聞いてたんですか? そばで?」
(#゚;;-゚)「邪魔しちゃいけないと思いまして」
何もないところへ向って喋っている俺を見て
でぃさんが何を思ったのか、考えると背筋が寒くなる。
否定する言い訳を考えているうちに、でぃさんの手が
俺と彼女の間を漂った。
( ,,^Д^)「何してるんです?」
(#゚;;-゚)「このへんに、誰かいました?」
- 52 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:57:06 ID:BS0GLIuI0
- (;,,^Д^)「……」
o川*゚ー゚)o「すご、だいたいあってる」
(;,,^Д^)「マジで!?」
._,
(#゚;;-゚)「……なに突然」
でぃさんは眉を顰めて俺の顔を覗き込んできた。
(;,,^Д^)「…………」
_,,
(#゚;;-゚)「…………」
( ,,^Д^)「……あの」
- 53 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:58:07 ID:BS0GLIuI0
- 考えを巡らせているうちに、悩むことが面倒になった。
言っても良いかと思ってしまった。
( ,,^Д^)「笑わないで聞いてもらえますか」
でぃさんの乗る電車が来るまで、時間は五分もなかった。
なるべく簡潔に、必要なことだけ伝えようとした。
( ,,^Д^)「キュートって人を知ってます?」
でぃさんが微かに息を飲むのがわかった。
- 54 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 21:59:09 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「ジョルジュくんやタカラくんと同じ
吹成大学の、演劇部だった人、ですね。
テマエミ荘にも入る予定だったって聞いています」
(#゚;;-゚)「同じ舞台に立つことは結局なかったけど、
演技自体はDVDで観たよ」
( ,,^Д^)「……どう思いました?」
(#゚;;-゚)「見惚れました」
o川*゚ー゚)o「……うへへ」
その彼女が、俺とは大学一年生の頃からの付き合いで
事故に遭った後、今でも声だけが聞こえていると、
俺は素直に伝えて聞かせた。
- 55 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:00:06 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「なるほど、そういうことですか」
でぃさんは頷いていた。
あまりにもあっさりしていて、却って不安になった。
( ,,^Д^)「信じるんですか? 俺のこと」
o川;゚ー゚)o「ちょっと、ストレートに訊きすぎじゃない?」
と、キュートに心配されながらも、俺はでぃさんの答えを待った。
(#゚;;-゚)「興味が湧きましたから」
ほんの数分前まで、
でぃさんがこんなことを言うとは思いも寄らなかった。
何が起こるかわからないものだ。
- 56 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:01:06 ID:BS0GLIuI0
- (#゚;;-゚)「あの、もしよければ、お願いしたいことがあるんですけど」
電車の警笛が聞こえてきたとき、
でぃは声を張って、俺に向き合った。
(#゚;;-゚)「私も、キュートさんとお話できないでしょうか」
電車が到着する。
ホームドアが左右に開き、帰宅時間の大人達がだらだらと降りてくる。
早くいかないと、スペースが埋まってしまうだろう。
それなのにでぃさんはじっと、俺の答えを待っていた。
(;,,^Д^)「えっと……」
- 57 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:02:07 ID:BS0GLIuI0
- 言葉の真意がつかめなかった。
金縛りにあったように立ちつくしていた俺に代わって
o川*゚ー゚)o「私はいいよ」
キュートが答えた。
俺がそのことを伝えると、
深々と頭を下げて、でぃさんが車内に入っていった。
遠ざかる窓の向こう側で振り返ることは一度もなかった。
( ,,^Д^)「変わった人だ」
正直、肩の荷が下りた気になった。
- 58 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:03:07 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o「くせは強いけど、良い人だよ」
キュートはフォローするように言う。
声は明るい。楽しんでいるようですらある。
恋人をつくってほしい。
そんな不思議なお願いを
キュートが最初に言い出したのは、
夏になって間もなくのことだった。
- 59 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:04:07 ID:BS0GLIuI0
- o川*゚ー゚)o『いつまでも独りきりだと淋しいでしょ?』
というのがキュートの言い分だった。
俺はとても頷けなかった。
)└
(⌒,, Д )『なんでそんなこと言うんだよ』
相手の姿が見えないものだから
アパートの自室の天井を睨んで、歯を噛みしめた。
キュートはまるで自分のことを
存在していないもののように扱っていた。
それが俺は気にくわなかった。
- 60 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:05:07 ID:BS0GLIuI0
- 淋しくなどない。
孤独など怖くはない。
そんな弱い心は端から持ち合わせていない。
俺なりに切に、何度も伝えた。
熱が上がって、頭が痛くなって、
すり切れていく声の向こう側で
キュートも次第に荒っぽく、感情的になっていった。
見えない相手との言い合いに、区切りはなかなか見つけられなかった。
- 61 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:06:06 ID:BS0GLIuI0
- o川* д)o『お願いだよ』
最終的にはキュートの啜り泣く声に、
俺は自分の声を無くした。
o川* д)o『幸せになってほしいだけなんだよ』
俺の名を呼び、キュートは何度もそう言った。
必死な様子で崩れた顔が自然と思い起こされて、
反論する意欲は崩れてしまった。
事実上の降伏だ。
それからすぐに、知り合いの中で唯一、顔の広いジョルジュに連絡を取り、
脚本のことを話しがてら、そういった人を探していると伝えた。
- 62 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:07:03 ID:BS0GLIuI0
- 最初のうち、ジョルジュは難色を示した。
救われた思いだった。
そのまま批判してくれと、こっそり願ってもいた。
でも、結局そんなに都合良くいかなかった。
_
( ゚∀゚)b『できる限り、後押しするぜ』
こうして俺は今日一日、
乗り気でないという心根を
隠さなければいけなくなった。
ジョルジュが用意してくれた場所で、
来てくれたでぃさんと仲良くなったかと言えば、
それは微妙なところだろう。
でも、キュートの話をすることができた。
何が起こるかわからないものだ。
勝手かもしれないが、今は、前より気分が良い。
- 63 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:08:06 ID:BS0GLIuI0
- 夏の夜は過ぎていく。
( ,,^Д^)「帰ろっか」
o川*゚ー゚)o「うん」
言葉少なに、家路についた。
月は夜更けに出たことだろう。
確認するつもりでいたのだが、
あいにく、すっかり忘れてしまい
長いこと眠りこけていた。
- 64 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/19(土) 22:09:06 ID:BS0GLIuI0
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Please wait for the next act....
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- 68 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:00:02 ID:/PzBB3R60
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開幕
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- 69 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:01:03 ID:/PzBB3R60
- 高校一年生の文化祭で、生まれて初めて演劇というものを観た。
現代に生きる少年がエルフの力を借り、時を超え
百年戦争に殴り込むという、なかなか奇抜なシナリオだった。
後に世界史の授業でその戦争の名前が出たときには感慨深く思ったものだ。
あけすけに言えばとっちらかり、
ついていくというよりも、引きずられながら観賞した。
憶えているのは、ジャンヌダルクが出てきたということ。
どこからどう見ても普通の体育館のステージで、
ハリボテのお城に見下ろされて、
時折声を上ずらせる演劇部員に囲まれながら、その人だけが、
何百年も前の戦場を駆け抜けた英傑を彷彿とさせた。
- 70 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:02:03 ID:/PzBB3R60
- 物語を見ること、聞くことは、昔から好きだった。
アニメや漫画も比較的制限なく集めることが出来たし、
中学生になった頃からは小説や映画にも耽るようになっていた。
醒めた眼で観るようになっていたのは、
果たしていつ頃からだっただろうか。
受験のことや将来のこと、
周りの人間関係等を頭にたたき込んでいるうちに、
気がついたら、虚構の人物たちについて考えることはなくなっていた。
高校生ともなればそれが普通だと自分に言い聞かせていた。
- 71 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:03:03 ID:/PzBB3R60
- 俺はその人のことが羨ましかったのだと思う。
別の催しまでの時間潰しとして観覧していた俺は、
飽きたらさっさと抜け出す心持ちでいたのだが、
その人のことが気になって、結局最後まで見届けてしまった。
後に、友人たちと演劇部について話題になった折、
ジャンヌを演じていたのが自分と同じ一年生だと聞かされて、かなり驚いた。
さらに後になって、その人が俺と同じ大学に入ったと知ったときには、なおさら。
授業の合間や放課後に構内を歩き回り、ようやく見つけた彼女に近づいて、
同郷であることを皮切りに話をするようになった。
同じ高校であることを明かして、俺を憶えていないことを彼女が詫びて、
そりゃ話したことないもんなと思いながら黙って朗らかに接し続けた。
- 72 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:04:03 ID:/PzBB3R60
- ある程度の話を交わし、
一緒に横になって歩くことに違和感がなくなった頃に、
俺はずっと抱え込んでいた疑問をぶつけた。
( ,,^Д^)「キュートさん。
. どうして演劇部を途中で辞めたんですか」
二年生の文化祭。
心待ちにしていた演劇部の舞台の上に、
彼女の姿がなかったことが、ずっと気がかりだったのだ。
- 73 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:05:03 ID:/PzBB3R60
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¢第二幕¢
有明はいつも満たされず
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- 74 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:06:02 ID:/PzBB3R60
- 四月の初めにごった返していた大学の構内も、
五月の連休が明けた頃には歩く人の数が減り、
七月の試験が終わってしまえば、
暇な若者が点在するだだっぴろい公園と化す。
高校時代の、夏休みの皮を被った補習三昧とのあまりの違いに、
最初のうちは意表を突かれたものだけど、三年目ともなれば慣れてくる。
急ぎ気味に図書館へと入る。冷房の利きがありがたい。
図書館の二階には広々としたパソコン室があった。
レポートの作成や課題の調べ物、休み時間の暇潰しなどに使われる場所だ。
基本的には学校関係者のみが立ち入り可能なのだけど、
長期休暇の期間だけは他校の人も入ることができ、
他の大学と関わる、いわゆるインカレサークルにも活動しやすいようになっている。
だから、待ち合わせ場所には適していた。
(#゚;;-゚)「こんにちは」
- 75 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:07:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「早いっすね」
(#゚;;-゚)「午後練の日の朝は暇ですから」
でぃさんは相変わらず言葉少なに、俺の後をついてきた。
パソコン室は閑散としていた。
和やかな雰囲気で集まっている学生がちらほら見受けられる程度だ。
予約しておいたノートパソコンを借り、窓際のテーブル席に腰掛ける。
なるべくでぃさんの身体の方へパソコンを寄せ、電源を入れた。
( ,,^Д^)「これでよしっと」
_ミつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
テキストエディタを画面いっぱいに広げる。
- 76 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:08:03 ID:/PzBB3R60
- (#゚;;-゚)「もう大丈夫?」
( ,,^Д^)「いや、待ってください」
_ミつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
制して、それから「キュート」と続けた。
o川*゚ー゚)o「ほいきた」
音がなくなる。
俺もでぃさんも黙る中、
エディタの白画面に、一点混ざる。
- 77 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:09:04 ID:/PzBB3R60
- ┌─────────────────────┐
│ ..│
│ │
│ │
│は┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
(#゚;;-゚)「あ」
たどたどしい語り口のように、
一文字ずつ打ち込まれていく。
- 78 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:10:03 ID:/PzBB3R60
- ┌─────────────────────┐
│ ..│
│ │
│ │
│はじめまして┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
o川*^ー^)o『はじめまして』
書き終わると同時にキュートは声を出した。
(#゚;;-゚)「こちらこそ」
- 79 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:11:03 ID:/PzBB3R60
- でぃさんは手を伸ばし、テキストエディタに文字を刻んでいく。
┌─────────────────────┐
│ │
│ │
│ │
│こちらこそ┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
( ,,^Д^)「打つ必要あります?」
(#゚;;-゚)「キュートさんもこうしてますし」
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
言いながら、でぃさんは素早く指を動かす。
俺なんかよりずっと熟れているようだ。
- 80 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:12:03 ID:/PzBB3R60
- (#゚;;-゚)『この前吹成大学演劇部の去年の冬公演を拝見しました』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
o川*゚ー゚)o『ありがとう! まだまだ未熟だったと思うけど』
(#゚;;-゚)『そんなことはないです。のびのびとしていて、観ていて気持ちが良かったです』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
(#゚;;-゚)『……ファンになりました』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
でぃさんの表情は相変わらず変化に乏しかったが
書かれる文字には淀みがなかった。
- 81 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:13:03 ID:/PzBB3R60
- o川*゚ー゚)o『去年の夏の公演は見た? あのときの演出ってちょっといつもと違ってて』
(#゚;;-゚)『噂で聞いたことがあります。影の具合で浮遊感を表現したとか』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
打ち込みが段々速くなってくる。
一心に画面と向かい合うでぃさんを見ていたら
わずかばかり残っていた不安が、いつの間にか消えていた。
( ,,^Д^)「すいません、俺、ちょっと用済ませて来ますんで」
(#゚;;-゚)「ええ、わかりました」
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
o川*゚ー゚)o「気をつけてね」
( ,,^Д^)「なるべく早めに戻るよ」
- 82 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:14:06 ID:/PzBB3R60
- (#゚;;-゚)「……うん」
(;,,^Д^)「あっ」
キュートに答えたつもりだったのだけど、
(#゚;;-゚) ?
訂正するのも野暮ったい。
(;,,^Д^)ゞ「……はい」
気まずさに顔を歪めながらも、足早にパソコン室を後にした。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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- 83 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:16:03 ID:/PzBB3R60
- 大学内でも一等古びた木造校舎の地下階に、昔ながらの劇場があった。
カビの匂いがうっすら残るその劇場の使用権は今、
吹成大学演劇部とテマエミ荘とで折半されている。
_
( ゚∀゚)「よう、タカラ」
その劇場の薄暗い控室が待ち合わせ場所だった。
折り畳みテーブルを挟み、パイプ椅子にて一息つく。
( ,,^Д^)「なんか久しぶりにお前の顔を見た気がする」
- 84 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:17:03 ID:/PzBB3R60
- 退院してから四か月。
電話を聞いたりメールを読んだり、連絡こそ取りあっていたものの、
こうして顔を合わせたのはおそらく初めてだ。
_,
( ゚∀゚)「少し見ない間に、お前……縮んだ?」
(;,,^Д^)「んなわけあるかっ」
_
( ゚∀゚)「やつれただけか。顔色も悪いな。本当に大丈夫かよ」
( ,,^Д^)「疲れは抜けねえけど、なんとかやってるよ」
まだ午後を少し回ったところだが、寝ようと思えば寝られるだろう。
退院してからずっとこんな調子だ。
予想より早い回復だと医者には言われたが、
やはりどこかで無理をしているのだろうか。
入院中に筋肉は削ぎ落ちてしまったし、
頭痛や吐き気も時々襲ってくる。
本調子はまだ遠い。
- 85 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:18:03 ID:/PzBB3R60
- _,
( ゚∀゚)「ここでぶっ倒れたら、うちに変な噂がたつから、気をつけてくれよな」
にやけた顔でジョルジュは言った。
俺たちが話している間にも、テマエミ荘の団員は控え室に入ってくる。
ロッカーに荷物を降ろすと、さっと着替えて舞台に向かう。
これから舞台装置の準備をするのだという。
全ての準備が終わるまではまだ時間がある。
それまでが空いている時間だと、ジョルジュ自身が指定してきた。
_
( ゚∀゚)「さてじゃあ、長引かせても悪いから、読ませてもらうぞ」
( ,,^Д^)「よろしくお願いする」
- 86 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:19:03 ID:/PzBB3R60
- 俺が差し出した冊子――脚本を、ジョルジュは読み始めた。
眼鏡もコンタクトもしておらず、さりとて視力も悪くないのに、
ジョルジュはいつでも鼻先にくっつけるようにしてそれを読む。
隈なく読んでいるのだろう。
何度も見ているのに、こちらも毎度緊張する。
脚本の話が来てすぐに、俺は事故で入院する羽目になった。
入院中もジョルジュとの約束を思い出さないわけではなかったが、
連絡を取るほどの気力はさっぱり残っておらず
退院してから「さすがに無理だ」とメールを送った。
返事がなかったので、この話は立ち消えたものだとばかり思っていた。
- 87 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:20:03 ID:/PzBB3R60
- ところが後日の夜更けに、ジョルジュから電話がかかってきた。
いわく、脚本のことはジョルジュも焦り、書けそうな他の人も当たったが、
どうにも上手くいかなかったり、逃げられたりしたらしい。
話を聞いているうちに俺にも情が移ってきた。
懇切丁寧に相槌を打ち、そのうち眠くなってきて、
次の日に目覚めると、
文字数、ページ数、シーン数の指定がスマートフォンのメモに残っていた。
若干引いた、が、
いざ目の前にすると不思議とやる気もわいてきた。
練習の開始は夏からだと聞いていた。
それに合わせ、勢いに任せて毎日ストーリーを捏ね繰り回した。
その結果を今、こうしてこいつに見せている。
- 88 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:21:03 ID:/PzBB3R60
- _
( ゚∀゚)「よく間に合わせたな」
ダメなときはダメだと最初に言う。
それがジョルジュの信条だった。
( ,,^Д^)「関係者各位に袋叩きに遭う友人を見捨てるのは忍びないからな」
_
( ゚∀゚)「いやあ、全く。恩に着る。企画会議に出してみるよ」
30分ほどの内容が収められたその脚本を
ジョルジュは今一度顔の前に掲げ、
自分のリュックサックにしまおうとしたところで、はたと止まった。
_
( ゚∀゚)「そういえばさ、ちょっとだけ気になったんだけど」
脚本の初め、登場人物紹介のページを広げ、指を差した。
- 89 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:22:04 ID:/PzBB3R60
- 主人公になる男がいて、ヒロインにがその横に並ぶ。
そのあとは空白になり、
次のページからは別の登場人物の名前が三人並んでいる。
_
( ゚∀゚)ρ「ここ、スペース開いているよな?」
ジョルジュの言う意味はわかった。
答えあぐねている俺に、
ジョルジュは言葉を重ねてきた。
_
( ゚∀゚)「もしかして、ニトロさんを充てようとしたのか?」
さらりと問われ、むしろ言葉に詰まる。
- 90 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:23:03 ID:/PzBB3R60
- (;,,^Д^)「……なんでわかるんだよ」
_
( ゚∀゚)「そりゃ、お前、ニトロさん専属だったし」
ニトロさんというのは、吹成大学演劇部の
オリジナル脚本で度々登場していた人物名だ。
名前のとおり破天荒で、既存秩序を破ってくれるキャラクター。
元々は俺の脚本にだけ登場していたのだが、
使い勝手の良さから他の脚本担当者の目に留り、
俺に許可を取って使用するようになった。
いってみればスターシステムのようなものだ。
特に誰が決めたわけでもないのに、
その人物のことをみながニトロさんと名付けた。
演じるのはただ一人、キュートと決まっていた。
- 91 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:24:03 ID:/PzBB3R60
- _
( ゚∀゚)「全体を読んでみても、ニトロさんが混ざるとより面白くなりそうな気がしたぜ」
ニトロさんを中心に配置して、
彼女がどうやって既存の枠組みを破壊してくれるかを考える。
それが俺の、演劇部にいるうちに習熟した、たった一つのやり方だった。
今回も、整合性が取れるようにしてからニトロさんを削除した。
人物紹介の空白から見抜かれるとは思いもよらなかった。
_,
( ゚∀゚)「どうして消したんだ」
ジョルジュは強い眼で俺を見つめていた。
笑っているのでも怒っているのでもなく、じっと俺の答えを待っていた。
- 92 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:25:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「……キュートはもういないから」
人物を演じるには、どうしたって身体がいる。
脚本として、セリフの頭に指し示す記号として存在していても
演劇として、舞台の上に立つその人物を、演じる人はもういなくなってしまった。
いくら声が聞こえ、頭の中で思い描けても、その姿が顕現できるわけじゃない。
悩んだ末に、キュートにも相談してはいた。
o川*゚ー゚)o『私のいない脚本も書けるようにならなきゃね』
この先の俺のことをキュートは考えてくれている。
そう感じたからこそ、最後にはニトロさんの名前を消した。
- 93 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:26:03 ID:/PzBB3R60
- 一瞬ジョルジュに、キュートことを話そうか迷った。
彼女が頷いてくれているといえば、ジョルジュはあっさり退いたかもしれない。
口を開きかけた途端、ジョルジュの方から声を発した。
_
( ゚∀゚)「俺は、キュートの話はしていない」
ジョルジュの顔から表情が薄れた。
墨を塗ったような瞳が俺を貫いていた。
_
( ゚∀゚)「ニトロさんは、お前の中で死んだのか?」
返答にまた窮す。
( ,,^Д^)「演じていたのはキュートだっただろ」
- 94 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:27:03 ID:/PzBB3R60
- _
( ゚∀゚)「だから、彼女が死んだらニトロさんも消えるのか? そうじゃないだろ」
ジョルジュは脚本を机に置いて、身を乗り出した。
声を荒げることもないのに、熱気が瞳に宿っていた。
_
( ゚∀゚)「キュートが重要じゃなかったとは言わないよ。
でも、あくまでもあの人は責務として演じていたに過ぎない。
ニトロさんはお前が生み出した人物だろ。
だったらお前、退場するそのときまで、ちゃんと向き合ってやれよ」
言い終わると、ジョルジュは椅子に凭れ掛かり、溜息をついた。
_, 、
( -∀-)「ま、俺のただの持論だし、聞き流してくれても構わないけど」
- 95 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:28:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「……いや」
俺が想像する以上に、ニトロさんは大きな存在になっていたらしい。
ジョルジュ一人にとって、だけでもないだろう。
ニトロさんはすでに、大勢の人の記憶に残っている。
この世に存在しないその人物に、姿かたちはないけれど、
演じる人さえいればまた登場することができる。
そのような考え方を俺は今までしてこなかった。
キュートの存在が大きすぎて、ニトロさんのことまで考える余裕がなかった。
- 96 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:29:03 ID:/PzBB3R60
- 脚本のページをめくり、
ρ(^Д^,, )「……登場するにしても、後半だ」
シーンを選びながら俺は言った。
ρ(^Д^,, )「前半の練習をしているうちに、時間をくれれば書き直せるかもしれない」
_
( ゚∀゚)「2週間だ」
ジョルジュはようやく表情を崩してくれた。
歯を見せてにやっと笑う。
そのしぐさを俺は何度も見てきた。
彼が一等面白いことを考えるときの顔だ。
- 97 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:30:04 ID:/PzBB3R60
- _
( ゚∀゚)「形にならないようだったら元のとおりにいく。
でも、いつでも逃げられるなんて思うなよ」
( ,,^Д^)「もちろんだ。やるからにはまじめに書くさ」
答えながら、頭の中で脚本を思い出していた。
話の全貌が明らかになったところで、ニトロさんが介入してくる。
秩序を壊し、新しい舞台を作り上げる。
胸の内が沸いた。
キュートは嫌がるかもしれないが、説得する。
それくらいの努力はしよう。
なによりも今、俺がニトロさんを書きたくて仕方がない。
- 98 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:31:03 ID:/PzBB3R60
- _
( ゚∀゚)「よし」
再び手にした脚本をリュックにしまうと、ジョルジュは立ち上がった。
控え室の窓の外では舞台装置があらかた出来上がっていた。
森や洋館のセットが整い、ハリボテの半月を団員が引き揚げているところだった。
_
( ゚∀゚)「だいたい終わったみたいだ。俺も仕事に戻るよ。
まだ役者が揃いきってはいないようだけど」
控室のロッカーの中に、まだ鍵のかかったままのものがあった。
ネームプレートには「胡居でぃ」と書かれている。
- 99 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:32:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「あれ、もしかしてでぃさん?」
_
( ゚∀゚)「そうそう。ルーズじゃないはずだけど、珍しいな」
( ,,^Д^)「……」
でぃさんはキュートと話している。
練習という、織り込み済みのスケジュールに、遅れるとは考えにくい。
話に熱中しすぎているのか、それとも。
_,
( ゚∀゚)「電話も出ねえな」
スマートフォンの画面を見ながらジョルジュはぼやいた。
_,
(;,,^Д^)
俺は立ち上がった。
- 100 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:33:03 ID:/PzBB3R60
- _,
(;,,^Д^)「ここにくる前に図書館で見かけたんだ。ちょっと見てくるよ」
_
( ゚∀゚)「そっか、悪いな。しばらくは彼女抜きで頑張るけど、
. 遅くなりすぎると支障がでるから」
頼むわ、と一声残して、ジョルジュは控室を出た。
俺も後をついて出て、ジョルジュとは反対に出口への階段を上った。
だんだん聞こえてくるセミの声が、外に出ると一気に音量を増す。
暑い陽射しも照り付けて、地下に慣れていた目がくらんだ。
試みに自分でもでぃさんに電話してみたが、
やはり応答は得られなかった。
胸騒ぎはいよいよ大きくなってきた。
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- 101 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:36:06 ID:/PzBB3R60
- コンピュータ室に戻っても、でぃさんの姿は見つけられなかった。
俺が貸し出したパソコンが、机の上にぽつんと閉じられていた。
( ,,^Д^)「キュート?」
パソコンに向かってひっそりと声を掛ける。
返事はなかった。
もしやいないのか。
焦り気味に今一度呼びかける。
o川*゚-゚)o「うん」
ようやく力のない一言が返ってきた。
- 102 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:37:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「でぃさん、どこいったかわかるか? テマエミ荘の方すっぽかしているようなんだけど」
o川*゚-゚)o「……ごめん」
_,
( .,,^Д^)「知らないか」
何も言わずに席を立つ。
でぃさんに限ってそんなことがあるだろうか。
たった一度しか会ったことはないが、不義理な人には見えなかった。
( ,,^Д^)「なにか急用が入った様子だったか?」
問いかけに、キュートはまた黙った。
- 103 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:38:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「キュート?」
自然、独り言が多くなる。
コンピュータ室に人は少ないが、それでも同じことばかりしていると目立つ。
視線をいくつか感じる中、こっそり席についた。
先ほどまででぃさんが座っていた席だろう。
まだ温もりが残っている。
席を立ったのは、そう前のことではないらしい。
( ,,^Д^)「あれ? これ」
閉じているパソコンの電源は、点いていた。
- 104 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:39:03 ID:/PzBB3R60
- o川*゚ ゚)o「あ」
o川* )o待って」
制止するキュートの声を聞かず、手を伸ばして開く。
テキストエディタがすぐに目に入ってきた。
┌─────────────────────┐
│ ..│
│ ..│
│ ..│
│諦めた方がいいと思います。 ....│
│お姉さんはもうこの世のどこにもいません。 ......│
│いつまでも後ろを見ているのはもったいない。 ....│
│生きているのなら、前を向いた方がいい。 │
│私はそう思います。┃ .....│
│ ..│
│ ..│
└─────────────────────┘
- 105 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:40:03 ID:/PzBB3R60
- それは、目に入ってきた数行のテキストの、最後の文章だった。
(;,,^Д^)「……これ、お前が書いたのか」
o川*゚-゚)o「そうだよ」
キュートは次第に、少しずつ教えてくれた。
o川*゚-゚)o「でぃさんが私と話したかった理由、わかったよ。
死んだお姉さんと話したかったから、私にその方法を教えてくれって頼んできたの」
o川*゚-゚)o「あたしはわからないって正直に答えたよ。そしたら、必死になって頼んできて」
o川*゚-゚)o「中途半端に受け答えしちゃいけない気がしたの。だから……」
o川*゚-゚)o「思っていること、正直に伝えたんだよ」
- 106 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:41:09 ID:/PzBB3R60
- 消え入るようだったキュートの言葉は、
終わりの方でわずかに力が籠められた。
開き直ったようにも聞こえた。
( ,,^Д^)「思っていることって、なんだよ」
目のやり場がないものだから、仕方なくパソコンを見つめながら言う。
テキストエディタではカーソルが相変わらず明滅を繰り返している。
どれだけ睨んでも、文字が書かれることはなかった。
o川*゚-゚)o「たとえばさ」
キュートの言葉が突然降りかかってくる。
これほどまでに唐突に感じたことがこれまであっただろうか。
- 107 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:42:03 ID:/PzBB3R60
- o川*゚-゚)o「このパソコンに文字を打つときはこうするけれど」
キーボードが動く。
o川*゚-゚)o『どうやって打っているのかはわからない』
と、文字が書かれた。
o川*゚-゚)o『指を動かしているのとは違うんだよ。
本当に、念じているだけで文字が打たれるの。
自分の身体が空気の中に溶け込んでいるみたいなの』
o川*゚ー゚)o『こんなのもう、人間じゃないよ』
- 108 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:43:03 ID:/PzBB3R60
- o川*゚ー゚)o『私がここにいるのは何かの間違いなんだよ。
だから、タカラくんにも私ばかりを見てほしくないの。
もっと前を見て、今を生きている自分を大事にして。
せっかく生きているんだから』
( ,,^Д^)「……無理言うなよ」
軽妙に打ち込まれていく文字を見ていたら
どうしても口を挟みたくなった。
( ,,^Д^)「お前はちゃんとここにいるだろ。
どっからどう……聞いたって。だから、無視できねえよ」
o川*゚ー゚)o「……それは」
- 109 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:44:03 ID:/PzBB3R60
- o川*゚ー゚)o「声が聞こえているからだよ」
o川* ー )o「ただそれだけのことなんだよ」
不意に、肩が軽くなった気がした。
目の前の景色が明るんで、
耳に入る音が微かに音程を上げて、
本当に僅かな差が、俺の周りを取り囲んだ。
( ,,^Д^)「キュート?」
- 110 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:45:03 ID:/PzBB3R60
- 返事はない。
パソコンの画面にも変化はない。
どこにも、いない。
(;,,^Д^)「どこいったんだよ」
どこかへいくというのも、都合の良い解釈だ。
その「どこ」というのも無いのかもしれない。
たとえキュートが消えたとして、俺に察知することはできない。
俺がキュートを実感していたのは、声と、微かな触感だけ。
- 111 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:46:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「……納得できるかよ」
パソコンの電源を落とし、強引に閉じた。
先ほどから独り言を続けていた俺を
ちらちら見つめていた奴らを睨み付けて、
返却棚にパソコンを押し込めた。
痛い静寂が耳を突く。
踏みにじるようにパソコン室を出た。
図書館の中は静かだ。誰も何も喋っていない。
寝息さえも聞こえない。
何も聞こえないということが、
鬱陶しくてしかたなかった。
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- 112 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:50:03 ID:/PzBB3R60
- 二年半も通っていれば、大学の立地等についてもそれなりに詳しくなる。
やや都心の狭い敷地の中に、複雑に建ち並ぶ学部棟や講堂、渡り廊下。
隙間に敷き詰められた生け垣やイチョウ、ケヤキの木々。
構内の西側には雑木林がある。
生物学科の実験室を取り囲んだそこは、
本来観察のためにある場所だけれども、
遊歩道やベンチが設置されており、塀の外の通りにも面している。
学生の連中も、
あるいは近隣を歩く余所の人も、
自由に立ち入ることができた。
ちょっとした公園のような場所だ。
蝉の声が鳴り響く。
あまりにも鳴くものだから、もはや五月蠅いとも感じない。
- 113 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:52:03 ID:/PzBB3R60
- 濃い緑の中に繊細な百日紅の花が見える。
根元には池が広がっていた。
ビオトープだ。
名前も知らない魚が泳いでいる。
( #)
畔に立つでぃさんの小さな背中を見て、言葉に詰まった。
足下にあった枝を踏んでしまって、
( .#゚;;)
結局それがでぃさんを振り向かせた。
黒々とした眼の下で、口が綻ぶ。
それが初めて見たでぃさんの笑顔だった。
- 114 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:54:03 ID:/PzBB3R60
- (#゚;;ー゚)「キュートさんに怒られちゃいました」
微笑んだ口元がひっそりと色を濃くしていく。
笑顔になるには歯を噛みしめる必要がある。
昔、そんな話を誰かから聞いた。
(#゚;;ー゚)「良い人ですね、あの人。
今の私のどこがダメか、とってもはっきり言ってくれたもの」
( ,,^Д^)「気にすることはないですよ」
咄嗟に俺は口を出した。
- 115 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:56:03 ID:/PzBB3R60
- ( ,,^Д^)「あいつもちょっと弱っていたんだと思うんです。
自分の存在が不安定なものだから
その不安をぶつけるようなこと、してしまったんです。
でぃさんを傷つけるつもりは全くなくて」
(#゚;;-゚)「傷ついていません」
でぃさんは脚を広げ、俺にはっきりと向き合った。
声の質が違う。
張りのある、よく通る声になっていた。
- 116 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 21:58:03 ID:/PzBB3R60
- (#゚;;-゚)「それに、タカラくんがどう思うかは関係ありません。
キュートさんが言ってくれたことを、私がどう受け止めるかが肝心なんです」
(# ;;- )「そして、私はその言葉に納得したんです。だからもういいんです」
俯いたでぃさんの口はもう綻んでいなかった。
真一文字に結んだ唇がくるまって、皺が見えるくらい噛みしめられている。
(# ;;- )「お姉ちゃんは、もういないんです」
両の掌がその顔を覆い尽くし、前髪を掻きむしって、
震えた両脚がくずおれた。
- 117 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 22:00:04 ID:/PzBB3R60
- スローモーション映像ように、
一つ一つの所作が目に飛び込んでくる。
泣いている声が聞こえてくる。
弱々しいのに、耳にはっきりと届く。
痛いほどに伝わってくる。
慰めの言葉も、励ましの言葉も、
今この瞬間には、とても口に出せなかった。
- 118 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/21(月) 22:01:03 ID:/PzBB3R60
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Please wait for the next act....
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- 121 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:00:03 ID:NXe5lRwo0
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開幕
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- 122 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:01:04 ID:NXe5lRwo0
- 胡井しぃ。
それが姉の名前だと、でぃさんは教えてくれた。
(#゚;;-゚)「姉さんは本気で女優を目指していました」
(#゚;;-゚)「小さなときから、私なんかとはくらべものにならないくらい可愛くて、
成長するにつれてどんどん大人びて、スタイルも良くなっていって」
(# ;;- )「あの人と姉妹でいられたことは、私の一番の誇りです」
そう言うとでぃさんは、頬を撫でて、赤らめた。
今日会おうと、提案したのはでぃさんからだった。
先日のことを謝りたいとメールにて伝えたところ、
「会おう」という端的な、折り返しの電話がかかってきた。
- 123 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:02:06 ID:NXe5lRwo0
- 喫茶店を待ち合わせに選んだのもでぃさんだ。
( ,,^Д^)『この前は嫌な思いをさせてすいませんでした』
テーブル席に案内されるとすぐに、俺は頭を下げた。
(#゚;;-゚)『それはもういいから』
それっきりで、この話は終わった。
でぃさんは謝罪を聞くつもりなど毛頭無くて
お互いのコーヒーが届いてからも、
さしてカップに手をつけることもなく
ひたすらしぃの話を続けていた。
- 124 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:03:04 ID:NXe5lRwo0
- 太陽が高く昇り始めたのでブラインドを閉めた。
強い光が途絶えても、うっすら赤みが漏れてくる
暑さにもいい加減飽きたのに、太陽は気を緩めてくれない。
(#゚;;-゚)「秘蔵の画像もあるんですよ。
劇場の控え室で着替えているところの写真。見ます?」
(;,,^Д^)「……いや、遠慮します」
(#゚;;-゚)「遠慮なんていいんですよ」
(;,,^Д^)「……」
でぃさんは顔色を変えなかったが、声は妙に止めどなかった。
- 125 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:04:04 ID:NXe5lRwo0
- ┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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¢第三幕¢
朔夜に君を笑顔で送れば
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- 126 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:05:04 ID:NXe5lRwo0
- やがて、話は途切れた。
区切りのいいところというわけではなく、
風にあおられてろうそくの火が消えるように、
何も残さず、その声は聞こえなくなった。
テーブルを遠い目で見つめたまま
(#゚;;-゚)「姉さんは、自殺したんです」
やや力んだ調子ででぃさんは言った。
- 127 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:06:03 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「私にも、お母さんにもお父さんにも、理由はわかりませんでした。
書き置きらしきものも見つからなくて、家族みんなで呆然として」
(#゚;;-゚)「テレビでは姉さんの話題が取り沙汰されていました。
勝手に姉さんの心情を察して、同情や追悼を繰り返していましたけど
そんなものを見せられても、何を感じればいいのか私にはわかりませんでした」
(#゚;;-゚)「今までずっと、それを知りたいと思ってきました。
でも、いないものはもういないんです。
何も残さなかったということは、
それが姉さんの意志なんです」
でぃさんは言葉を切って、唇の端を噛んでから、続けた。
(#゚;;-゚)「写真のデータもそのうち消そうと思うんです」
( ,,^Д^)「何もそこまでしなくても」
(#゚;;-゚)「いいえ、けじめですから」
- 128 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:07:03 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「何度も言いますけど、私、キュートさんのこと悪いと思っていませんよ。
私が夢を見すぎていたんです。いつまでも、覚めなきゃいいと思って」
でぃさんは初めてコーヒーに口をつけた。
言葉を流し込むように、喉を鳴らしてそれを飲むと、勢いよくため息をついた。
(#゚;;-゚)「ところでタカラさん」
( ,,^Д^)「はい、なんでしょ」
(#゚;;-゚)「午後のご予定は」
( ,,^Д^)「俺のですか? 今日は空けてますけど」
(;,,^Д^)「ていうか空けておいてってあなたが言ったんですよね?」
(#゚;;-゚)「そこまでは聞いてないです」
(;,,^Д^)「あ、はい」
- 129 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:08:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「で、空いてるんですね? へえそう。なるほどなるほど」
なるほど、と何度も頷くと、でぃさんは机に手をつき俺に詰寄ってきた。
オーバーすぎるその所作にも、今は突っ込んではいけないらしい。
(#゚;;ヮ゚)「じゃ、ちょっと付き合ってください」
でぃさんは、今までにないほど口を開いてにやけてみせた。
びっくりするくらい似合っていなくて、笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。
つまりはデートのお誘いだった。
キュートがいたらどんな反応をしただろう。
そんなことを考えるのは不誠実だろうか。
今日中にやりたいことをお互いに列挙すると
話し合って、優先順位をつけていった。
- 130 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:09:04 ID:NXe5lRwo0
- 外はやはり暑く、青空は嫌になるほど清々しかった。
俺の肩の高さででぃさんの頭が揺れている。
手の甲が触れそうになるたびに俺が勝手に強張っていた。
待ち合わせた街にも遊べる場所はあったのだが
せっかく外に出たのだし、というでぃさんの提案で地下鉄を乗り継ぎ
今年開店したばかりの複合型商業施設を目指した。
電車の座席は親子連れに占拠されていて、賑やかに会話が飛び交っている。
まだ10歳に満たないくらいの女の子が
俺とでぃさんを眺めて、母親に何か言伝していた。
母親が唇の前でそっと人差し指を立てると
それきり女の子は俺たちの方を見なかった。
目的地に近づくにつれて乗車率は高くなった。
会話のボリュームが次第にふくれあがる。
- 131 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:10:04 ID:NXe5lRwo0
- 地下鉄の窓には俺とでぃさんが映っている。
俺の身体は相変わらず血色が悪い。
その横のでぃさんは真っすぐ窓を見つめている。
でぃさんの唇が動いているように見えたが、声は聞き取れない。
そもそも声に出していないらしかった。
中途の駅でドアが開き、乗客が雪崩れ込み、圧がかかる。
でぃさんの細い腕が、俺の腕とくっついた。すると
汗ばんだその手の甲が翻り、俺の掌を包もうとした。
一度目は人差し指と中指が反発し、二度目は小指が絡まった。
三度目にようやく彼女の指は、俺の指の股に収まる。
- 132 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:11:04 ID:NXe5lRwo0
- 窓に映るでぃさんはまだ硬い顔をしている。
力の入りすぎたでぃさんの掌を宥めたくて
俺の方からも、その甲の節に指を沿わせる。
小さな悲鳴が聞こえた。
驚いて、つい、俺も動きを止める。
(#゚;;-゚)「続けて」
と、囁かれた。
- 133 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:12:03 ID:NXe5lRwo0
- 彼女の手はとても冷たかった。
指先がようやく強張ることをやめてくれた。
( ,,^Д^)「初めてタメ口きいてくれましたね」
俺も囁き声で返した。
(#゚;;-゚)「うん。だから、そっちもやめて」
ごもっともだ。
- 134 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:13:04 ID:NXe5lRwo0
- アナウンスが流れ、電車が止まり、人が流れ出ていく。
目的地だった。人混みはまだまだ抜け出せない。
俺とでぃさんの組んだ手の下を
小さな男の子がにやけ面で通り抜けようとして
母親に首根っこを掴まれ、思い切り頭を叩かれていた。
駅内からの通路が、複合施設の地下階に直接通じていた。
途中からは冷房も強く利き、風圧を感じるほどだった。
人混みばかり気になっていたが、
店の中に入ってしまえば通路も広く、
客はみな散り散りになった。
涼しくて、広くて、快適だ。
煌びやかな装飾で『祝』の文字が踊っている。
- 135 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:14:03 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「どこいこう」
( ,,^Д^)「何か興味ある?」
(#゚;;-゚)「この前訊いたよね?」
( ,,^Д^)「……ああ、趣味は無いってやつね。はいはい」
たとえ無目的であろうとも、
ただ歩いているだけで気分がよくなるのは
華やかな場所のいいところだ。
俺とでぃさんの共通点は、毎度お馴染み、演劇だ。
最新の複合施設にそれを求めるのはなかなか厳しい。
趣味が多様化された今の世の中、
演劇抜きで人生を楽しんでいる奴は大勢いる。
それでもせめて、と関係性を模索して、俺たちは映画を見ることにした。
- 136 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:15:04 ID:NXe5lRwo0
- 大味な映画にはお互い興味がなかったので選択肢からは除外して
CGを使っていなさそうだから、という理由だけでセピア調の邦画を選んだ。
現代が舞台であり、主人公に何の能力もなく、
誰も死にそうにない、今どき珍しいタイプの恋愛映画だった。
シアターの中は空いていた。
柔らかい椅子は座り心地が良かった。
時間にして二時間弱。
俺とでぃさんは静かだった。
組んでいた手はいつの間にか離されていて、
でぃさんは親指の爪をずっと、柔な唇に押し当てていた。
映画が終わり、飾り立てられたロビーを抜けると
でぃさんが一際大きなため息をついた。
- 137 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:16:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「ちょっと拍子抜けだったなあ」
おそらく苛ついているであろうでぃさんに向けて、
考えていたフォローを俺はなるべく早めに口にした。
( ,,^Д^)「端々に努力はみられたけどね。
とりあえず疲れたよね? 休憩がてらどこかに
(#゚;;。゚)「天然物のクソ映画だったわ」
息が詰まるかと思った。
ロビーを出たとはいえ、同じシアターにいた人もまだ周りに大勢いた。
多くの人の動きが止まった。何人かは露骨に顔を顰めて俺たちを振り向きもした。
- 138 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:17:04 ID:NXe5lRwo0
- (;,,^Д^)「ちょっ、どっか入ってから! な!」
無理矢理手招きして、二つ階下のレストランに雪崩れ込んだ。
時間帯は遅めのランチタイムだ。なんとか並ばず避難できた。
席につくなりでぃさんが口火を切った。
. _,
(#゚;;-゚)「演出過多はこの際目を閉じるよ。エンタメ性を保つには刺激を欠かしちゃいけないし。
でもわかりやすければいいってものでもないよ。ぺらっぺらだよ。人間をなんだと思っているんだよ。
人は驚くときいつでも息を飲んで目を見開くの? 怒ればいつでも眉間に皺が寄るの?
笑うときは歯を見せて泣くときは噎ぶ? 本当に? 全員? 必ずそうだと言い切れる?」
(;,,^Д^)「そ、そうだな、演技は下手だったよ。顔や仕草は格好いいし画は決まっていたと思うけども」
. _,
(#゚;;。゚)「決めてる画だけ作りたいなら写真集でも撮ってろよ」
(;,,^Д^)「す、すいません……出過ぎた真似を」
- 139 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:18:05 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「タカラさんならどうする?」
(;,,^Д^)「え? 俺!?」
(#゚;;-゚)「脚本にはト書きで指示も出すでしょ?」
(;,,^Д^)「そりゃまあそうだけど、演技云々まで踏み込めるわけじゃないし」
(#゚;;-゚)「なんでもいいよ。あの映画、どうやってもっと良くする?」
(;,,^Д^)「うーん、そこまでいうなら。自分なりに思ったことだけど、
まず告白シーンはあのままだと台詞過剰だし、逆に黙らせて」
記憶に残っている限りの気になったシーンを羅列し、差し替えていく。
自分の脚本に朱書きをするような感覚だ。作業そのものは慣れている。
- 140 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:19:08 ID:NXe5lRwo0
- とはいえ所詮は即興だ。
話している間に矛盾も起こる。
それでもでぃさんは黙って聞いていて
時折深く頷いてくれていた。
(#゚;;-゚)b「いい映画になる」
(;,,^Д^)「んな! 大袈裟だ」
(#゚;;-゚)b「いや、なるよ。私には思い浮かぶよ」
( ,,^Д^)「そう言ってもらえると……うん、うれしいな。ありがと。
実際劇としてやるとしたら、役者への指示で苦労しそうだけど」
(#゚;;-゚)「姉さんなら、絶対汲み取れたはず」
俺が言葉をつまらせ、間が開いたところで
きびきびと歩くウェイターが料理を手早く置いていった。
でぃさんの前に置かれたステーキでは、景気よく脂が跳ねている。
その肉汁迸る真っ只中に、でぃさんは勢いよくフォークを突き刺した。
- 141 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:20:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「……でぃさん」
(#゚;;-゚)「うん?」
( ,,^Д^)「もしかしていつもその食べ方なんですか?」
(#゚;;-゚)「あー、うん。癖になってる。感触がいいんだよ」
(;,,^Д^)「ナイフ使いましょうよ」
(#゚;;-゚)「これから使う」
でぃさんの握ったナイフが肉をするする切り分けていく。
- 142 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:21:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「……お酒とか、飲む?」
(;,,^Д^)「いやいや、まだ昼過ぎだし」
(#゚;;-゚)「あたしはよく引っ掛けるよ」
(;,,^Д^)「へ、へえ。意外な、あ、どうぞお好きに」
. _ カランッ
〝ェ'
ファミレスのワインというものを俺は初めて見た。
でぃさんはひとくち含んで、喉を鳴らし、呆けたような溜息をひとつ。
_,,
( #゚;;)「姉さんは私に呪いを掛けたの」
づェ'
- 143 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:22:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「……」
_,,
( #-;;)「この世のほとんどの役者が大根に見える呪い」
づェ'
(;,,^Д^)「地味にキツい」
(#゚;;-゚)「本当に」
づェ'
( ,,^Д^)「映画、やっぱり嫌だった?」
_,
(#゚;;-゚)「それは嫌って言えないよ」
づェ'
(;,,^Д^)「それもそうか」
- 144 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:23:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「タカラくんは気にすることない。姉さんのせいなんだから」
づェ'
グラスに注がれたワインがもう半分になっている。
(#゚;;-゚)「もういないんだって、何度も自分に言い聞かせているのに」
づェ'
何も言えなかった。
何を言っても慰めにしかならない。
何の救いにもならない慰めは言うべきじゃない。
二人黙々、食事を進めた。
早々に食べ終えて、ドリンクバーでコーヒーを注ぎ、席に戻ると
でぃさんは細切れにした肉をひとつずつじっくり口に運んでいた。
- 145 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:24:06 ID:NXe5lRwo0
- 店の中では慌ただしく人が入れ替わる。
笑い声も、
疲れのため息も、
どこかで転んだ子の泣き声なども
一緒くたに渦巻いている。
人がたくさんいる。
このお店を出ても、同じことだ。
今を生きている人々が、目に映るものを信じて、
前を向いて生きている。
- 146 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:25:04 ID:NXe5lRwo0
- それなのに、
でぃさんが探している人も、俺が信じている人も
もう二度と、俺たちの近くには決して姿を見せない。
当たり前だとわかっているが
それは、見つめ続けるには大きすぎる壁だ。
(#+;;-+)~゚「……むにゃ」
- 147 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:26:03 ID:NXe5lRwo0
- (;,,^Д^)「あれ!? でぃさん?」
(#+;;-+)「にゃ」
( ,,^Д^)「もしかしてお酒弱いんですか?」
(#+;;-+)「んにゃことないで、げっふ」
(;,,^Д^)「すいませーん! お冷やください!」
いくら小柄だといったって、力の抜けた身体はそれ相応に重たい。
俺だけでは支えきれず、店員さんたちに手伝ってもらい、奥のテーブルへ運んだ。
散々お礼の頭を下げて、
でぃさんの顔色が青ざめないか観察し続けた。
やがて、頬に赤い痕を残したまま
ぼやっと起きたでぃさんの腕を引っ張り足早に外へ出た。
ほとんど背負っているようなものだった。
- 148 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:27:04 ID:NXe5lRwo0
- 空には鬱々とした雲が西から広がり始めていた。
嫌だなと思っている間には頬に水を感じ、急いで駅を探した。
構内通路から入ってきたことを
ようやく思い出したときにはもう遅く、
雨は大粒になって降り注いできた。
でぃさんはまだ眠たそうだった。
(#+;;-+)「……ごめん」
( ,,^Д^)「いいですよ。でぃさん軽いですから」
(#+;;-+)「そういう問題じゃない」
( ,,^Д^)「まあそうっすね」
(#+;;-+)「……てか敬語」
(;,,^Д^)「え、あ、ごめん」
(#+;;-+)「……」
- 149 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:28:05 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「ま、これでおあいこってことで」
お洒落なお店の軒下で、全身を煌びやかに着飾った人たちと擦れ違った。
多分俺には一生無縁であろう気品に塗れたその人たちにも、雨は等しく降り注ぐ。
濡れるがいいさとほくそ笑んでいたら
幅の広い高級車が通り過ぎて、少し離れたところで止まり、
気品の御方々が嬌声を上げて車内に入っていった。
苛立ちそのまま舌打ちをする。
でぃさんは鼻で笑ってくれた。
( ,,^Д^)「そういえば、一つ思い出したんですけれど」
( ,,^Д^)「お姉さん、もしかして高校で演劇部でした?」
(#+;;-+)「……一応入っていたよ。仕事もあったから、
あまり身を入れてはできなかったみたいだけど」
( ,,^Д^)「やっぱりそうか」
- 150 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:29:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「多分俺、お姉さんの演劇を見たことありますよ」
高校一年生のときのことだ。
文化祭の一件で演劇に興味を抱いた俺は、観賞できる場所を探した。
東京まで脚を伸ばせば有名な劇場がいくつもあったけれど、
交通費諸々の費用面で、遠出をするのは断念した。
文化祭のような、学生主体の活動ならば出費を抑えられると思い
検索して、ヒットしたのが斜向かいの県にある私立高校の定期公演だった。
胡居しぃさんは、思い返すと主役級の扱いを受けていたと思う。
そちらの方面に詳しければ、もっと、忘れられない思い出になっていたのかもしれない。
(#+;;-+)「なっつかしいなあ」
俺に寄りかかって久しいでぃさんが、心持ち顔を上げて感慨深げにため息をついた。
- 151 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:30:07 ID:NXe5lRwo0
- (#+;;-+)「タカラくんともどこかで会っていたのかもしれないね」
( ,,^Д^)「俺、恥ずかしかったからなるべく人目を避けていたけれど」
(#+;;-+)「あたしも避けてたよ。姉さん意外興味なかったし」
あの頃の俺にでぃさんとの接点はなかったし、
でぃさんが俺を見つける理由もなかった。
それでも俺たちは確かに同じ場所にいたのだ。
意識すると、なんだかこそばゆい。
意味などあるはずもないのに、それを求めてみたくなる。
- 152 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:31:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「あのときの公演、俺のパソコンに映像がありますよ」
俺の口が勝手に動いた、
と言えればどれだけ楽だろうか。
俺の意志が通じていないと、
都合良く思い込むには、熱が入りすぎていた。
( ,,^Д^)「うち、来ます?」
鼓動が痛いほど胸を打っている。
耳の奥で血潮が鳴り続く。
(#゚;;-゚)「うん」
相変わらず顔が赤かったけれど、でぃさんはもう目を開けていた。
濁りのない黒の瞳に、曇り空の隙間から覗く夕焼けが映りこんでいた。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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- 153 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:32:04 ID:NXe5lRwo0
- 片手で数えられるほどしか乗ったことのなかった電車に座り
ターミナル駅に降り、見たことも聞いたこともない路線に乗り換えた。
ビル群はすぐに遠のいて、田んぼと畑の入り交じる畦道の合間を抜けていった。
ただでさえ寒々しい冬枯れの景色に人気はなくて
学校をサボっているわけではないのに、
鬱々としたものが胸のうちを抜けなかった。
演劇の何に引かれたのか、誰に引かれたのか、
後になって理由をつけたして遊んだりもしたけれど
結局本当のことは当時の俺にしかわからないし、その頃の俺はもういない。
寒さに震える掌を一人吐息で温めながら、駅舎の外へ通ずる階段を降りた。
- 154 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:33:03 ID:NXe5lRwo0
- 高校一年生の冬。
市営文化会館には、主に高校生を中心に近隣住民が集まっていた。
見知ったものは当然いない。そのことがむしろ心地よかった。
受付の器量の良い女子にパンフレットを渡されて
自由席の一番後ろの隅でそれを読み、飽きるとスマートフォンで時間を潰した。
始まりが近づき、灯りが薄暗くなる。
見づらくなった画面を閉じると、両隣の席が埋まっていた。
人の入りは多かった。文化祭の比じゃない。
期待値の高い学校なのだとそのときになってようやく気づいた。
開場の灯りはますます暗くなり、
ついには何も見えなくなって
アナウンスが粛々と流れる。
簡単な挨拶とご足労への謝辞が終わり、音が途絶える。
開始の合図が鳴り響き、幕があがった。
- 155 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:34:04 ID:NXe5lRwo0
(:;:;:;:;:;)
照明。
(*゚ー゚)
襤褸切れのマントを羽織った女性が立ちつくしている。
後ろに昇る満月を見上げ、両腕を大きく広げた。
翻るマントの内側でホルスターが光っている。
荒廃した世界。周りの人たちのほとんどは人形だ。
誰が本物の人間なのか、知る術は失われてしまった。
ナレーションが淡々と、舞台設定を述べ、また静かになった。
舞台背景にまつわるそれ以上の説明は何もなかった。
- 156 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:35:03 ID:NXe5lRwo0
- あたりが、光に照らされる。
崩れた家の中で、人々が細やかな酒宴を開いていた。
脇役の一人が女性に絡んだ。
『旅人さんよ、あなたはいったいどこまで歩くんだ。何にもありゃしないのに』
それに対して、しぃが答える。
(*゚ー゚)『この偽物だらけの世界がどこまで続いているとしても、私は決して歩みを止めない。
仕方ないでしょう? 生きる意味はないけれど、死にたくもないのだもの』
流れるようにそう言って、女性は席を立ち、マントを翻した。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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- 157 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:36:04 ID:NXe5lRwo0
- 観たのは随分昔だ。
こんな内容だったかなと首を傾げたくもなった。
それでも異色の劇だったことはうっすら記憶に残っている。
( #-;;)「ああ、綺麗」
パソコンの画面を凝視していたでぃさんが嘆息をついた。
俺も深々と頷いていた。
画面の中のしぃさんは、傷だらけの顔を汗みずくにしながら走っている。
歪んだ顔に刻まれる皺の一筋一筋が目に焼きつく。
セットを動かす黒子が意味深な手を振り抜いて、舞台の上を踊り回る。
はたと動きを止めた隙に、しぃさんが舞台袖へと身を隠し、
身なりを変えてまた登場する。見た目も、性格も、切り替わっている。
あるはずの無い世界がそこには確かに広がっていた。
それなのに実感が籠もっている。
そこで巻き起こる哄笑も、慟哭も、耳を劈き痺れさせる。
- 158 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:37:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「……すっげ」
演劇について、あの頃の俺よりもそれなりに学んだはずなのに
結局高校一年生のときとまったく同じ言葉をこぼしてしまっていた。
プレイヤーのシークバーが自動で終わりに向かっていく。
一時間の上演も佳境に入り
目に映るあらゆる障害を薙ぎ倒したあとで、
しぃさんは観客席の遠くを見つめ、不敵に微笑んだ。
(*゚ー゚)『本物の人間なんて、どうでもいいのかも。
私が見ているこの世界が、私には一番大事なんだから』
幕が降りる。
拍手の音。ざわめき混じりの感嘆の声が広がる。
今一度幕が上がり、一列に並んだ登場人物たちが笑顔を振りまいて
一際拍手の音が大きくなり、唐突に、再生が止まった。
- 159 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:38:03 ID:NXe5lRwo0
- 真っ暗になった画面を閉じながら
(#゚;;-゚)「ありがとね」
柔らかいものを所望して、
とりあえず俺の枕を抱いていたでぃさんは
横座りの身体を捻って俺に礼を述べた。
(#゚;;-゚)「久しぶりで、楽しかった」
( ,,^Д^)「俺も」
そのビデオは、文化会館のスタッフが撮影し、参加者に配布したものだ。
本来ならふらっと寄っただけの俺には手に入れられないはずのものを
吹成大学の演劇部員がたまたま持っていて、懐かしさに駆られてもらいうけた。
思い返せば、キュートのいないところでも、俺は演劇に引きつけられていた。
(#゚;;-゚)「他にも映像、いっぱいあるんだね」
再生アプリを閉じるとフォルダの中が垣間見えた。
日付順に整理しておいたそれらを指して、でぃは俺を見た。
- 160 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:39:05 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「もしかしてキュートさんの?」
( ,,^Д^)「察しがよろしいことで」
(#゚;;-゚)「夜な夜な見惚れるの?」
(;,,^Д^)「否定できないけど」
( ,,^Д^)「脚本を練るときに過去の映像を流していたんだよ」
(#゚;;-゚)「ははあ、そりゃなかなか」
呆れながら、でぃさんは笑う。
(#゚;;-゚)「離れないね」
全く以て。
(#゚;;-゚)「あたしと同じだ」
- 161 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:40:04 ID:NXe5lRwo0
- でぃさんにマウスを託す。
フォルダが開かれる。
動画の再生を待つ間に、
でぃさんが俺に身を寄せてくる。
髪の束が俺の喉元を擦っていった。
心配になるくらい、身体は細くみえていたけれど
こうして触れてみると、意外な膨らみを感じた。
体温は低いけれど、それは決してゼロじゃない。
皮膚の下では温かい血潮が流れている。
でぃさんはここにいる。
(#゚;;ヮ゚)「呪われているんだよ、君も」
- 162 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:41:04 ID:NXe5lRwo0
- 俺の前髪を書き上げて、でぃさんが顔を歪めた。
八重歯のそばで舌先がちろちろと揺れていた。
腕の端から絡まっていく。
でぃさんの顔は正面から逸れた。
浮いた肩甲骨に手を這わせると、震えが一層伝わってくる。
早鐘のような鼓動は、俺のものなのか、彼女のものなのか。
もはやよくわからない。
幾ばくかの時間をそのままで過ごした。
実際のところは数秒だったのだろうけど
今日一日のどの時間よりも長く、深く
でぃさんに近づけた気がした。
(#゚;;ー゚)「他のも見ていい?」
( ,,^Д^)「……どうぞ」
- 163 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:42:04 ID:NXe5lRwo0
- マウスポインタがフォルダの上をくるくる回る。
一番古いものは、しぃさんの出ていたあの公演だ。
その隣にある夏の日付のものに、でぃさんの目が留まる。
(#゚;;-゚)「これがキュートさんの一番最初の演劇?」
( ,,^Д^)「日付的にはね。俺が撮ったものじゃないけど」
今から高校二年生の夏、演劇部の県大会が行われた。
一校三十分を上限として各校の上演をし、ポイントをつけて優劣を競う。
上位陣には全国大会への出場が約束されていた。
( ,,^Д^)「俺はその日、自分の部活の大会が重なっていたから行けなかった。
あとになって欲しくなって、昔の演劇部の知人を当たって、このデータを見つけたんだ」
(#゚;;-゚)「……キュートさん、いつ出る?」
( ,,^Д^)「最初の方」
- 164 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:43:05 ID:NXe5lRwo0
- 再生ボタンがでぃさんの手によりクリックされる。
ざわめきから入るのは先ほどの映像と同じだ。ただその規模が違う。
ステレオで深々とした人々の息遣いや会話、物音が流れ、ブザー音で遮られる。
アナウンス、
開始の合図。
そして幕開け。
俺はこのシーンを何度も見た。
紙でできたお城と森の木々。
その下にて、一人の女子が走ってくる。
澄んだ青のドレスを羽織った、高校二年生のキュートだった。
- 165 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:44:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「主役?」
そう見えてくれていたなら、うれしい。
( ,,^Д^)「いいや」
舞台袖から、黒装束の集団が躍り出る。
逃げていたキュートは足を縺れさせ、転ぶ。
追っ手たちが到着すると、煌めく白刃が彼女を襲った。
鋭い悲鳴。
暗転。
- 166 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:45:04 ID:NXe5lRwo0
- 再び光が灯ると、深緑の地味な出で立ちをした少女が現れた。
川の音が流れる中、汚れた布をこすり合わせている。
彼女は郊外の村娘だ。王族などとは縁もなく、
あと半年もしたら付き合いのある農家に嫁ぐこととなっていた。
決められていた将来像と、
終わらない洗濯が相まって、
深いため息。愚痴を一つ。
ふと、彼女は目をすがめる。
川の中に何かがある。
ズボンのすそを捲り上げて川に入り込む。
- 167 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:46:03 ID:NXe5lRwo0
- 青いドレスに輝かしいティアラ。
王族の紋章が刻まれているそれに息をのみ、それからあたりを確認する。
好奇心に駆られ、木陰にてそれらを纏う。
水辺に映る自分の姿を見て、満足していると、突然馬がやってくる。
王族の使者である彼は、彼女の手を引き、有無を言わさず城へと連れていった。
(#゚;;-゚)「『王子と乞食』か」
( ,,^Д^)「お姫様はもう出てこないけどね」
- 168 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:47:04 ID:NXe5lRwo0
- 貧民である少女が、王女とよく似た背格好だと気づいた王は、
暗殺の失敗を誇示するために彼女を利用する。
一方の少女はいままでとはまるでちがう生活に、
戸惑いながらも、徐々に慣れていく。
( ,,^Д^)「この主役の子、学年がキュートの一つ上だったんだ」
(#゚;;-゚)「つまりこれが最後の公演だった、ってこと?」
( ,,^Д^)「そういうこと」
素っ気なく言いすぎたせいか、でぃさんは横目で俺を見つめた。
注がれる視線は合わせずに、俺はなるべく口を動かすことに専念した。
- 169 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:48:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「慣例通り三年生のその人を主役にするか、
それとも二年生ながら実力のあるキュートを推すか。
大会の前に、部内ではかなり深い対立が出来上がっていたらしい」
( ,,^Д^)「二年、一年の間では後者の意見が優勢だった。
三年生の中でも、実力重視派が多数派だったらしい。
実際練習が本格化するときまで、キュートが主役になるものだと思われていた」
( ,,^Д^)「でも、キュートは自分から降りた」
これらのことは、大学に入ってからキュートに直接訊いたことだ。
なかなか話してくれなくて、時間は掛ったけれど
長らく俺の中で謎のままだったことは、それで解けた。
( ,,^Д^)「来年もあるから、とキュートは言っていたらしい」
- 170 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:49:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「でも、実際は途中で辞めた」
( ,,^Д^)「そう。秋の文化祭のときにはもう、彼女は部に在籍していなかった」
( ,,^Д^)「ちょうど、ここのシーン、見てくれ」
劇中にて、元村娘の少女が、月を見つめながら物思いに耽っている。
唯一彼女の真実を知る従者の男に、彼女は自分の思いを吐露する。
村に残してきた家族や許嫁のこと、正体を名乗れない窮屈さ。
そのあと、前のお姫様への同情を口にする、はずだった。
- 171 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:50:03 ID:NXe5lRwo0
- 間があった。
従者を演じている男の子が、不審そうに顔を顰めた。
少女は息を吸い込んで、微笑み、それから低い声で言葉を添えた。
「せいせいしたわ」
この台詞は、脚本には載っていなかったらしい。
部内での評判は良くなかった。
劇中の人物の意図から全く外れた、
演者自身の台詞だということが誰の目にも明らかだった。
だが、県大会の品評者は異なる判断を下してしまった。
( ,,^Д^)「『決して善心一辺倒でない、貧民の少女の屈折した心情が凝縮されている』
顧問が受け取った講評シートには誉め言葉とともにそう書かれていたらしい」
- 172 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:51:05 ID:NXe5lRwo0
- 結局、演劇部が全国大会に行くことはなかったけれど
講評の内容を見た部員たちは一転、先輩を一目置くことになった。
キュートただ一人を除いて。
この話をしてくれたとき、キュートは深い笑窪をつくってみせた。
o川*゚ー゚)o『目に見えるものが正しく見えたら、人はそれを信じちゃうんだよ。
人間なんて、こんなものかって。怒る気も失せたよね』
頬杖をついていた彼女の手は指先まで震えていて
それに気づいていながらも、俺はそのことに触れられなかった。
彼女と初めて、面と向かって話せた日の思い出だ。
- 173 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:52:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;。゚)「私は評価しないよ」
画面を見つめていたでぃさんが、突然強い口調で言った。
(#゚;;o゚)「暗がりをチラ見した程度で深みと思い込むなんて、
黒いものが好きな中学生と変わらないよ。
どこの誰だかしらないけれど、品評者が浅いだけ。
だから気にすること、全然ない」
クッションを叩きながら、でぃさんは俺を睨んだ。
(#゚;;-゚)「って、キュートさんに伝えて、絶対」
( ,,^Д^)「……ああ」
でぃさんは全身を滾らせていた。
本気で怒ってくれていた。
- 174 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:53:04 ID:NXe5lRwo0
- ( #-;;)「飽きた」
劇の再生が止められる。
でぃさんは欠伸をして、窓の外を眺めた。
ベランダの向こう側に広がる夜は更けていく。
星だけの空だ。いつかのように、月はまだ見えていない。
(#゚;;-゚)「今日は新月?」
( ,,^Д^)「まだだよ」
_,
(#゚;;-゚)「しぶとい」
- 175 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:54:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「前に会ったときからまだ三日しか経ってないし」
(#゚;;-゚)「え、そうなの」
(;,,^Д^)「まあ、長く感じるのは同意だけど」
( ,,^Д^)「そうだ、月といえば」
思い出したものが、俺の背中を押した。
( ,,^Д^)「でぃさん。三日月ってどんな形?」
_,
(#゚;;-゚)「ん? はい」
でぃさんはカーペットに指でなぞった。
__
'''‐-、 `ヽ
ヽ `、
;. .;
j .i
i .゙
/ ,´
,,, -‐'":/
 ̄ ̄
- 176 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:55:05 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「向きが合ってる。さすが」
(#゚;;-゚)「へへ、どうも」
( ,,^Д^)「三日目の月だから、三日月。だよね」
(#゚;;-゚)「名前のとおり」
( ,,^Д^)「月齢一日目は新月。おおよそ七日目には半月。十五日で満月。
この前会ったときは、二十三日目の月だ。
午前零時に昇る月は、下弦の、おおよそ半月だったんだ」
そして、三日後の今日。
- 177 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:56:06 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「二十六日目の月は、どんな形?」
(#゚;;-゚)「……三日月?」
( ,,^Д^)「を、ひっくり返した形です」
あと三日で見えなくなる月。
月齢が経ると、月の出は遅くなる。
二十六夜の月が出るのは早くても深夜一時過ぎだ。
普通の生活を送る人の眼にはあまり映らないけれど
かつては夏の夜更けに、その月を眺める風習もあったという。
- 178 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:57:04 ID:NXe5lRwo0
- σ( ,,^Д^)「キュートの首のこのあたりにさ」
背中に手を回す。
首の付け根、俺からは見えない位置だ。
( ,,^Д^)「二十六夜の月によく似た痣があるんだよ。
普段は髪に隠れて見えないんだけど、かきあげると、しっかり見えてさ」
演劇部での顛末を聞いたとき。
赤らんだ眼を拭いながら、キュートは机に突っ伏した。
何を言うこともできないまま、
目のやり場に困っていたものだから、
俺はずっとその痣だけを見つめていた。
- 179 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:58:08 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「キュートに教えてやると、やたらと喜んだんだ。
自分の秘密のトレードマークだとか言って」
演劇を続けるべきだと彼女に言い寄ると、最初は渋い顔をされた。
彼女にとってみればもう懲り懲りだったのだろう。
その気持ちもよくわかっていた。
だけど、高校一年生のときに彼女の演技を見た衝撃が、
まだ俺の中で根強く生き残っていた。
演劇部の知り合いを探して、最初に出会ったのがジョルジュだった。
当初から風変わりな男だったけれど、
事情を聞かせると、心強い味方になってくれた。
あっけらかんとしたあの男のハレの気に、
キュートも俺もかなり引っ張り上げられたと思っている。
- 180 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 21:59:04 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「大学の演劇部では芸名をつけることができたんだ。
キュートと一緒になって考えたときに、二十六夜の月の案が出て
語呂が悪いからどうにかしようと、さらに悩んで」
二と十と六とで、
( ,,^Д^)「ニトロ」
かなり強引だと思ったけれど、キュートは気に入ってくれた。
パッと聞いただけではわからないところが秘密っぽくてよかったらしい。
この名前を、彼女はとても大切にしていたと思う。
( ,,^Д^)「今度、また彼女を書こうと思うんだ」
- 181 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:00:04 ID:NXe5lRwo0
- ニトロさんは俺の生み出した人物だ。
そう、ジョルジュに言われた。
キュートには関係のない人物だとも。
( ,,^Д^)「でぃさん」
思いついたことなのか、
それとも無意識のうちに考えたことだったのか。
今となってはわからない。
わかるかわからないのかなんて、
本当は重要ではないのかもしれない。
- 182 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:01:04 ID:NXe5lRwo0
- 改めて、でぃさんと相見える。
( ,,^Д^)「ニトロさんを演じてみませんか」
キュートと似ているとか、ちょっとしたしぐさが気に入ったとか
結論に矢印で結び付けられるような
立派な理由は思いつかないし、言いたくもない。
俺は今日、でぃさんに近づけた気がした。
そのうえで、彼女ならできる気がした。
でぃさんのことを信じていいと思い、だから頭を下げた。
- 183 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:02:04 ID:NXe5lRwo0
- でぃさんは手元に引き寄せていたクッションを
脇に置いて、俺を見下ろした。
( #-;;)「敬語」
( ,,^Д^)「あ」
ごめん、と言葉を続ける前に
でぃさんは音もなく立ち上がった。
でぃさんは色白の顔で俺を見下ろした。
表情はなかった、と思った。
焦点が俺に合っている。
今日一日、その視線をずっと
待ち望んでいたはずなのに
なぜだか背筋に冷や汗が流れた。
- 184 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:03:04 ID:NXe5lRwo0
- (#゚;;-゚)「本当に、本気で言ってる?」
答える前に、でぃさんが首を横に振った。
(#゚;;-゚)「焦っちゃだめ。そういうのはやめて。
私が言うのも変かもしれないけど」
畳の上をすたすたと玄関まで歩いていき
ドアノブに手をかけて、俺を振り向いた。
(#゚;;-゚)「今日はどうも、ありがとう。また誘って」
- 185 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:04:04 ID:NXe5lRwo0
- 言葉が途切れる。
でぃさんは心持ち目線を下げて
その口元をゆがめた。
笑っている、ように見えた。
ほんの一瞬だけ。
(# ;;ー )「最後に」
(#゚;;ヮ゚)「最後にキュートさんの話を君に振って、本当によかったよ。
君の笑っている顔を、今日、ようやく見ることができたもの」
- 186 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:05:04 ID:NXe5lRwo0
- 玄関は音を立てて閉じた。
聞こえてきた街の喧騒もすぐに聞こえなくなった。
古ぼけた空調のノイズが頼りなく耳に届いてくる。
でぃさんのことがわかった。
親しくなれた。
俺はそう思っていた。
……どうしてそう思えたんだ?
一人残された部屋の中は、やたらと広く感じられた。
- 187 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:06:05 ID:NXe5lRwo0
- ( ,,^Д^)「……キュート」
なるべく自制していたその名前を口にした。
返事はなかった。
まだ、どこかにいるのだろうか。
その保証はどこにもない。
視界が滲んだ。
( ,, Д )「どこにいるんだよ……お前は」
- 188 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:07:04 ID:NXe5lRwo0
- 窓の外から見える夜は
遠くぼやける街の光があるほかは
すっかり闇に包まれていた。
俺は身をちぢこませた。
膝と膝の間に顔を挟んだ。
畳の節目が数えられるくらい、低く頭を垂れた。
喉の奥が燃えているようだった。
息をするのも苦しくて、目を開けるのも厭わしい。
- 189 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:08:05 ID:NXe5lRwo0
- 何もかもがわかっていたつもりでいた。
なぜかといえば、声が聞こえていたからだ。
でも、キュートの言っていたことは正しかった。
一人の夜に、ごまかしは利かない。
この世界にキュートはいない。
どこにもいない。
途絶された部屋の中で、必死で喉を震わせた。
聴きたくもないその呻きは
いつまでも耳を離れてくれなかった。
- 190 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/23(水) 22:09:04 ID:NXe5lRwo0
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Please wait for the next act....
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- 193 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:00:04 ID:5wZQzcCE0
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開幕
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- 194 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:01:04 ID:5wZQzcCE0
- でぃさんが俺の部屋に来てから、数日が経った。
お盆休みを挟んでいる間、実家に帰省するか迷ったが
いざ連絡してみると、俺抜きでの家族旅行が敢行されていた。
俺のいなくなった実家では俺抜きでの日々が続いている。
部屋には埃が積み重なっているのだろう。
高校生までの自分がどんな生活を送っていたか、今では記憶も曖昧だ。
ヒグラシの鳴き声が早めに聞こえてくるようになってきた。
夏ももうじき終わる。
秋になり、やがて冬がやってくる。
過ぎ去る時間の流れに圧倒されて
布団から起き上がれなくなっていた、
ある日の朝、
「ただいま」
と、声が聞こえてきた。
- 195 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:02:04 ID:5wZQzcCE0
- エコーのかかったその声は、懐かしくて
「おかえり」に力が入ってしまった。
前の日常に戻れる。
安堵したのもつかの間だった。
違和感が耳に残っていた。
聞流してしまえたらよかったのに
意識に上ったらもう、
無視することができなかった。
- 196 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:03:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「キュート?」
返事を待つ時間が異様に長く感じられた。
存在の不確かな彼女の声は、
やはりどこか、小さくて
そして
川*゚ー゚)「どうしたの?」
何かが足りなくなっていた。
- 197 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:04:04 ID:5wZQzcCE0
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¢第四幕¢
三日月転じて君を成す
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- 198 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:05:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「……今までどうしていたんだ」
川*゚ー゚)「んー、わからない。なんか、溶けてた感じ」
軽妙に笑った声は俺の耳を幾度も撫でた。
川*゚ー゚)「空の上とか、地面の中とか、
適当な場所にいてずっとみんなを見ていたの。
神様にでもなったみたいだったよ」
( ,,^Д^)「何もできない神様か」
川*^ヮ^)「うん。すっごい、暇。
だからたぶん、私には向かないな」
消費期限ぎりぎりの食パンとジャムを摺り合わせ
卓袱台にお盆を敷いて手早く食べ終え、服を着替えた。
今日は割と忙しい日だ。
まず午前中にはジョルジュと会う。
午後には長々とバイトを入れていた。
- 199 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:06:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「なあ、キュート」
川*゚ー゚)「うん?」
( ,,^Д^)「雰囲気変わった?」
川*゚ ヮ゚)「わかるー?」
軽やかに彼女は応えてくれた。
くるくるその場で回ってでもいるようだ。
ただ、俺の思い描く像はぼやけている。
いくら目を瞑っても、
こめかみや眉間を抓っても、
はっきりとはしてくれない。
- 200 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:07:04 ID:5wZQzcCE0
- 体力とか、そんな感じの何かが失われているのか。
それとも俺が忘れかけているのだろうか。
いずれにしろ考えると背筋が寒くなって、
一度羽織ったTシャツの裾を何度も無闇に振るった。
川*゚ー゚)「今日は一日おともするよ」
( ,,^Д^)「そりゃ頼もしい。よろしく頼む」
二人して外に出る。
陽射しはあまりにも強く、目に痛い。
絵画みたいな入道雲が青空を埋めようとしていた。
- 201 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:08:05 ID:5wZQzcCE0
- 大学では企業主催の説明会が開かれていたらしく、
俺と同じ年だった連中が、スーツを着て足早に歩いていた。
就活は三月からだと、公的には言い渡されていたけれど
気の早い奴らは夏のうちから行動しなければならない。
噂として耳にしたことはあったけれど、実際に目にするのは初めてだ。
まだ折り目の新しいスーツを着こなす彼らを見て
去年の俺なら笑っていたかもしれないが
今は気ばかり焦ってしまう。
学生という身分が剥ぎ取られようとしている。
笑う余裕もなくなってくる。
- 202 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:09:04 ID:5wZQzcCE0
- 将来のことを考えているか。
堪らなくなって、待ち合わせ場所のテラスに着くなり質問をした。
_
( ゚∀゚)「もちろん、演劇を続けるよ。決まってるだろ」
何のてらいもなくジョルジュは答えた。
( ,,^Д^)「……就活は?」
_
( ゚∀゚)「しねえよそんなの」
(;,,^Д^)「マジか……」
_
( ゚∀゚)「お前、俺が遊びでやっているとでも思っていたのか」
- 203 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:10:04 ID:5wZQzcCE0
- もちろん、ジョルジュのしていることは、
規模で言えばとっくに趣味の域を超えている。
秋以降の公演の準備も着々と進められている。
もしも収入が安定し、知名度を上げれば、軌道に乗るだろう。
簡単じゃないとわかっていても、ジョルジュなら
なんとかなりそうな気もしてくる。
_
( ゚∀゚)「お前も脚本で生計立てるんじゃないの?」
(;,,^Д^)「無茶言うなよ!」
- 204 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:11:04 ID:5wZQzcCE0
- 文章を書くことは、好きだ。
それを活かせる仕事を調べなかったわけじゃない。
誰もが文章を発信できるこの世の中で、
文字を綴ることを主とした職は溢れ返ってはいたが
軽く調べてみるだけでも、薄給や激務の噂が飛び交っていた。
それでも、本当に書くことの好きな人ならば
真っ直ぐ飛び込んでいくことができるのだろうか。
少なくとも、俺にはそれほどの覚悟はない。
_,
( ;゚∀゚)「え? じゃあ、テマエミ荘の脚本どうするんだよ」
( ,,^Д^)「……現実問題として時間は取れなくなるだろうな。
俺もいつまでお前らの手伝いができるかわからん」
_,
( ;゚∀゚)「うおお……盲点だった……どうしよ」
ジョルジュは大まじめに頭を抱えて呻いていた。
- 205 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:12:04 ID:5wZQzcCE0
- 溜息交じりに視線を泳がせていたら、
学部棟から人が出てくるところが見えた。
よくよく見ればでぃさんだ。
(#゚;;-゚) (^Д^,, )
目と目がかち合い、
)) ((
(゚-;;゚#) ( ,,^Д^)
ほとんど同時に逸らした。
でぃさんの首から下が視界の端に少しずつ動いていくのを見送った。
- 206 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:13:04 ID:5wZQzcCE0
- _
( ゚∀゚)「お前も心労が絶えないな」
指を折り畳んだ手で、両耳を押さえながら、
ジョルジュがこそりと言ってくれた。
( ,,^Д^)「知ってるのか」
_
( ゚∀゚)「俺の情報網を舐めてもらっちゃ困る」
別に舐めているつもりはない。
先日訪れたあそこは、
できたばかりのショッピングモールだ。
ジョルジュの知り合いの誰かしらが
遊びに行っていてもおかしくないだろう。
- 207 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:14:04 ID:5wZQzcCE0
- _
( ゚∀゚)「で、どんな感じでうまくいかなかったんだよ」
(;,,^Д^)「どうったって……それはやめてくれよ」
_
( ゚∀゚)「じゃどこまでうまくいったかをだな」
)└
(⌒,,^Д)「てめえそりゃ同じだろうが!」
_
( ゚∀゚)「とりあえず手をつないでいたって情報は上がってきてるけど」
(;,,^Д^)「ひっ……まあ、うん」
_
( ゚∀゚)「まさか手をつないで終わりってわけじゃないだろ?」
(;,,^Д^)「…………終わったけど」
_
( ;゚∀゚)「……ひっ」
- 208 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:15:04 ID:5wZQzcCE0
- ジョルジュは心持ち目線をあげて
中空を見つめながら、
口を「い」や「え」の形にころころ変えたあとで
ふっと目を閉じ息を吐いた。
_
( -∀-)「こんな話を聞いたことがある。
大事故に巻き込まれるなどの強いショックを受けた人間は
機能不全を起こしやすいという」
)└
(⌒,,^Д)「しねーよバカやろ――ん?」
(;,,^Д^)「あれ、そういえば最近」
_
( ;゚∀゚)「え、本気で?」
- 209 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:16:04 ID:5wZQzcCE0
- (;,,^Д^)「なんか……やり方を忘れたような」
_
( ;-∀-)「うわ茶化してすまねえ!」
(;,,^Д^)「謝るな! やめろ! そんなことあってたまるか。
ちょっと待て今から記憶遡るから」
川*゚ー゚)「何のこと?」
(;,,^Д^)「あっ……」
- 210 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:17:04 ID:5wZQzcCE0
- いつでもそばにいるということが、原因だと
わかったところで口に出すわけにもいかず
怪訝な顔をするジョルジュには苦笑いで押し通した。
でぃさんとは何も起きなかった。
それが事実で、変わりはない。
ジョルジュも興が冷めたのか、
カップに入った麦茶を一気に煽った。
飲み切っても、なかなか手から離さなかった。
_
( ゚∀゚)「用を忘れるところだった」
ジョルジュは掌を俺に差し出した。
俺もうなずいてその上に冊子を置く。
校正した脚本だ。
- 211 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:18:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「ニトロさんが登場した分、増えたよ」
_
( ゚∀゚)「確かに、ちょっと厚いな。削らないといけないかもしれないな」
( ,,^Д^)「ああ、削っていいところは備考に書いておいたよ。
整合性が取れるようにも配慮している」
_
( ゚∀゚)「さすが」
いうなりジョルジュは、脚本を自分のリュックにしまう。
( ,,^Д^)「読まないのか?」
_
( ゚∀゚)「ちょっと別件もあってね。大丈夫、集中できるときに読むから」
- 212 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:19:04 ID:5wZQzcCE0
- ならわざわざ俺を呼び出す必要はないんじゃないだろうか。
言いたくなったが、やめておいた。
部屋に籠もりきりだった俺を
外に出す口実だったのかもしれない。
そこまで考えるのはちょっと、
優しさに期待しすぎかもしれないが。
_
( ゚∀゚)「じゃ、将来とかそんなことは今はおいといて
この脚本が上手くいっても、いかなくても
いずれまた何かしら、近いうちにお願いすると思う。
そのときはよろしく頼むぜ」
ジョルジュが席を立とうとする。
( ,,^Д^)「……あのさ」
口を挟むならここしかなかった。
- 213 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:20:03 ID:5wZQzcCE0
- _
( ゚∀゚)「ん?」
小首を傾げるジョルジュに向って
練っていた質問をぶつけてみる。
( ,,^Д^)「むかし俺がキュートを連れてきたとき、すぐに受け入れてくれたよな?
あれっていったい、なんでだったんだ」
さぞや唐突な質問に聞こえたことだろう。
もしもその点を突っ込まれたとしたら
キュートのことを忘れられないからとか、
いろいろな言い訳を駆使しようと考えていた。
_
( ゚∀゚)「……」
_
( -∀)「やれやれ」
ジョルジュは大袈裟に肩を竦めてみせた。
- 214 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:21:04 ID:5wZQzcCE0
- _
( ゚∀゚)「そんなもの、理由はたった一つだ」
俺やキュートの何を信じたのか。
ジョルジュの答えを俺は、固唾をのんで見守っていた。
_
( ゚∀゚)「勘!」
_
( ゚∀゚)b「以上だ」
- 215 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:22:04 ID:5wZQzcCE0
- 「じゃあな」と残して、ジョルジュの背中はどんどん遠ざかっていく。
頼りがいがないんだか、あるんだかよくわからない。
川*゚ー゚)「安定してるね」
俺の後ろで、キュートは楽しげに言った。
( ,,^Д^)「あんな答えでよかったのか?」
川*゚ー゚)「十分だよ。知りたかったことだったし」
川*^ヮ^)「いい思い出になったよ」
もうじきキュートは消える。
キュートはその予想を口に出して、朝、俺に伝えてきた。
- 216 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:23:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)『あたしはたぶん、この前本当に消えるはずだったんだよ。
だけどきっと、ここに引っかかって、たまたま戻ってきちゃっただけ』
川*゚ー゚)『だから、いつ消えてもおかしくないように
せめて今のうちにできることをしておきたいの』
( ,,^Д^)『できることって……何がしたいんだ』
川*゚ー゚)『それは』
川*^ー^)『一緒に考えて』
- 217 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:24:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「ほら、次どこへいくか考えようよ」
相変わらずキュートの声は弾んでいる。
目を閉じていれば、
声のかすれを気にしなければ、
すぐそばにいてくれているようだった。
だからこそ、目を開くのが怖い。
周りに誰もいないとわかると
キュートが一気に遠くなったように感じてしまう。
( ,,^Д^)「……とりあえず、街に出てみようか」
川*゚ー゚)「いいね。新しいところ?」
( ,,^Д^)「いや、行ったとのある場所にいこう」
- 218 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:25:04 ID:5wZQzcCE0
- 彼女と歩いた記憶がある場所ならば
まだ、イメージしやすいから。
とてもじゃないけど、そんなことは口に出せない。
言えないことが、ひそやかに積み重なっていく。
川*゚ー゚)「それもいいな。うん、とっても」
紙コップをゴミ箱に放り投げる。
バイト先に一度連絡を入れた。
急用だと押し切って、休みとする。
苛立ち混じりの文句も聞こえてきたから
今度行くときは大目玉を食らうかもしれない。
俺はテラスを後にした。
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- 219 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:26:04 ID:5wZQzcCE0
- 吹成大学の物々しい正門は、ビル街に面している。
しかつめらしい顔をした大人たちが行き過ぎる中で、
異分子のように出てきた学生たちは概ね真っ直ぐ最寄の駅へ向い、
十分もあれば到着できる、遊びや休憩に適した場所へと引き寄せられていく。
電車が走っているのは、大昔のお濠の跡だ。
お濠の両脇には整備された歩道があり、先の先の駅まで続いている。
遊歩道には花壇や街路樹が並び立つ。
広いところには運動場も敷設されていた。
スポーツ系の部活動やサークルが練習するのもこのあたりだ。
この道を歩こうと提案すると、
キュートは大袈裟なくらいの「ありがとう」をよこしてくれた。
木漏れ日が遊歩道を照らす。
枝が揺らいで、光の粒を絶え間なく泳がせている。
- 220 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:27:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「風が気持ちよさそう」
キュートは深呼吸をしたようだった。
( ,,^Д^)「どう?」
川*゚ー゚)「ん、なんかちょっと甘い香りがする」
強めの風が枝を撓らせ、
先に群がる紅い花弁をちらつかせる。
( ,,^Д^)「百日紅だな」
川*゚ー゚)「あらよくご存じで」
( ,,^Д^)「昔、人から聞きまして」
- 221 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:28:04 ID:5wZQzcCE0
- キュートの実家の庭に百日紅の木があるのだと言う。
その話を聞いたときから、意識するようになった。
元より花には疎いのに、
その見た目に明るい花だけは
今でもしっかり見分けられる。
蝉の声は言わずもがな、
運動公園を走る陸上部の掛け声や、
テニスコートから聞こえてくる打球音などの
音が、歩道に溢れていた。
自分に関係のない音が延々と響くのは
無心になるのにちょうどいい。
時間をかけて、ゆっくり歩き続けた。
- 222 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:29:04 ID:5wZQzcCE0
- 一つ目の駅のそばには、壕を横切る鉄橋が架かっていた。
遠くには吹成とはまた別の私立大学が背を伸ばしていた。
遊歩道は細くなったが、カーブを描きながら延びている。
喋ることも少なくなってきたので、
スマートフォンで一昔前の曲を選び
イヤホンには差さず、耳元に近づけた。
いくつかの曲をそのまま流す。
歩くには変わった姿勢だったが
幸い邪魔は入らなかった。
川*゚ー゚)「あ、ここ」
- 223 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:30:04 ID:5wZQzcCE0
- キュートの声の意図するところはすぐに俺にも伝わった。
木漏れ日の途切れた瀟洒なベンチが目の前にあった。
( ,,^Д^)「……よく憶えているな」
川*゚ー゚)「当たり前だよ」
三年前、
俺はここでキュートの手を掴んだ。
振り返ったキュートは
川*゚ -゚)『タカラ君?』
と小首を傾げた。
( ,,^Д^)「ん? なに?」
川#゚ー゚)「ちっがーう、思い出してるの! 二年前を」
- 224 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:31:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「ああ、そういうことか」
川*゚ー゚)「ほら、タカラ君も」
(;,,^Д^)「……俺も?」
口を挟んだのが気にくわなかったようで、
キュートは俺をひたすら急いた。
ひとつ咳をして、前を向く。
(;,,^Д^)『待ってください』
川*゚ -゚)『放してよ。痛いんだけど』
- 225 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:32:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)『……嫌です』
俺は、空を掴んだ掌に、力を込めた。
あのとき、彼女の服の裾に少し皺ができてしまっていた。
( ,,^Д^)『話、最後まで聞いてください。
演劇部の友達が部員を探しているんです。
それで俺、キュートさんを紹介したいんですよ。
俺、高校のときに、あなたの演技を見たことがあって』
川*゚ー゚)「ほんと、唐突すぎ」
(;,,^Д^)「し、しかたねえだろ。気持ち先行型だったんだよ」
川*゚ー゚)「はいはい、次、いくね」
川*゚ -゚)『何言ってるの? あたし、演劇部やめたんだけど?』
- 226 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:33:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ -゚)『ていうか、あたしの友達とかそういうのじゃないよね?
ほぼ今日初めて会ったんじゃないっけ。
いきなりすぎてどう反応していいんだか……わかんないんだけど』
冷たい視線が俺を刺していた。
彼女の言っていることは至極もっともだった。
当時の俺は彼女と親しくはなかった。
ただ、
( ,,^Д^)『ずっと憧れだったんです。一年生のときに、
ステージにいたキュートさんが、すごく真剣で、かっこよくて』
当時、演劇についての知識はほとんどなかった。
技術的なことは何も言えず、見たままを彼女に伝えた。
勢い込んでいる俺にキュートは顔を引きつらせていたけれど
身体を引いたりはせずに、立ちつくしていた。
川*゚ -゚)『……本気で言ってるの?』
( ,,^Д^)『もちろんです』
- 227 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:34:04 ID:5wZQzcCE0
- 大きく頷くと、彼女はしばらく、口元に指をあてて思案していた。
川*゚ -゚)『台詞、何か憶えている?』
(;,,^Д^)『え? あのときの、ですか?』
川*゚ -゚)『そう。感動したんならひとつくらい憶えているでしょ』
キュートの双眸は俺を掴んで離さなかった。
俺はキュートから手を離して、頭を抱えた。
いきなり思い出せと言われても、思い出せるものではなくて
たっぷり三分は唸っていたと思う。
頭の中で記憶が錯綜し、浮かんでは消えていく。
- 228 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:35:04 ID:5wZQzcCE0
- (;,,^Д^)『……月』
一言だけ、ひねり出せた。
川*゚ -゚)『……』
彼女はまだ俺を見据えていた。
(;,,^Д^)『月が、ええと』
月、月と、何度も繰り返しても、言葉はまとまらなくて
藻掻いているうちに、仁王立ちだったキュートの脚が肩幅に広がった。
- 229 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:36:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ -゚)『たとえ輝く太陽が、私達を見捨てても』
川* - )『夜の月さえあればいい』
川* ー )『あれは私の心の理想』
川*゚ヮ゚)『姿形が変わっても、いつかは元へと戻るもの』
( ,,^Д^)『あ、それです』
川#゚ー゚)『遅いよ!』
- 230 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:37:04 ID:5wZQzcCE0
- (;,,^Д^)『すいません! 今思い出して』
川*゚ー゚)『ったく』
風が強い日だった。
枝葉とともに髪が靡いて、
ふわりと膨らむそれらを右手の指に絡めながら、
キュートは頬を綻ばせた。
川*゚ー゚)『でも、ありがとう。あたしもそこ、お気に入りなんだ』
壕の底を電車が次の駅へと走って行った。
逆巻く風も落ち着いて、百日紅がまた佇む。
( ,,^Д^)「そういって、お前は俺を信用してくれたんだ」
- 231 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:38:04 ID:5wZQzcCE0
- 自転車に乗った異国の人が俺を一瞥し、通り過ぎていった。
気怠そうな、薄着の後ろ姿を見つめていると、少し眩んだ。
陽射しを遮るものはない。
ベンチに腰掛けて、買っておいたペットボトルのお茶をひとくち。
すでにぬるくなっていたけれど、喉を通るとそれなりに清涼感がある。
( ,,^Д^)「なあ、キュート」
川*゚ー゚)「なに?」
( ,,^Д^)「俺を信じて、良かったって思うか?」
- 232 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:39:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「もちろん」
弾むように返事をしてくれた。
( ,,^Д^)「……俺と、会ったことも?」
川*゚ー゚)「そのあと、付き合うようになったこともだよ」
俺が小刻みに問い掛けているうちに先手を打たれた。
見透かされているようで、ちょっと申し訳なくなる。
でもおかげで、次を訊く後押しをされた気がした。
( ,, Д )「俺がいなかったら、事故に遭うこともなかった」
もう演技をする必要はない。
それでも声は自然、力が籠もった。
- 233 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:40:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )「俺がいなかったら、まだキュートはこの世界のどこかにいて」
( ,, Д )「自分の身体で演技でも、何でも、
好きなことができて、自由にどこへでも行くことができて」
( ,, Д )「歩き回ることができた」
震え始めた俺の声を、
川*゚ー゚)「でも、その世界のあたしは、独り」
キュートの声が遮ってくれた。
俺が彼女に手をさしのべたのは、結局最初のときだけだ。
あとはいつでも、彼女の方から俺に手を伸ばしてくれた。
川*^ー^)「そんなのあたしは嫌だもの。だからこれでいいんだよ」
- 234 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:41:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)
( ,, Д )
( ,, Д)
「そっか」
今、はっきりとわかった。
- 235 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:42:04 ID:5wZQzcCE0
- キュートは
嘘をついていない。
そして、たったひとつのことを
ずっと俺に隠している。
( ,, Д )「キュート」
- 236 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:43:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「うん?」
( ,, Д )「体調はどう?」
川*゚ー゚)「うーん、たぶんね、よくない」
声がやはり歪んでいる。
チューナーのずれかけたラジオのようだ。
川*^ー^)「でもね、今日一日タカラくんとすごせたら
あたしはそれで十分だよ」
朗らかに言う彼女を前に、
酷だとは思いながら、言う。
( ,, Д )「あと一カ所だけにしたいんだ」
- 237 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:44:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「……そこだけでも行くべきだと、タカラくんは思うんでしょ?」
( ,,^Д^)「ああ」
川*^ー^)「それなら、何も、心配ない」
ほころぶ彼女の口元には笑窪があった、はずだ。
微かな光のような安堵に縋って、意を決する。
( ,,^Д^)「じゃ、行こう」
- 238 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:45:04 ID:5wZQzcCE0
- 立ち上がって伸びをする。
それなりに歩いた。
乳酸が若干溜っている。
とはいえまだ、俺は動ける。
動ける俺が止まるわけにはいかない。
川*゚ー゚)「で、どこにいくの?」
隠すほどのことじゃない。
俺は素直に口を開いた。
( ,,^Д^)「俺の部屋だよ」
太陽は傾き始めている。
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- 239 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:46:04 ID:5wZQzcCE0
- 帰路の途中、ファーストフード店に立ち寄り、早めの夕食に取りかかった。
食べ終わった頃にちょうど夕立が降り始めた。
朝空に見た積乱雲がこちらまで勢力を伸ばしてきたらしい。
予想外の出来事に気持ちは焦ったが、
外に出ようと腰を浮かす俺をキュートが制した。
濡れちゃうから、と彼女はしきりに説いてくれた。
店の中は、雨から逃げ込んできた人が増えるばかりで、一向に減らず
雨具から気化する水気が湿度を上げた。
不安そうに空を見つめる人々に囲まれて、
俺はコーヒーを少しずつ啜り、苦みの種を一つずつ噛みしめていた。
ようやく雲間から覗いた夕陽はすでに色濃く空を焼いていた。
- 240 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:47:04 ID:5wZQzcCE0
- 電車に乗ってビル街を離れ、見慣れた住宅街へと降りる。
大安売りの旗を掲げたスーパーを尻目に、坂道を登る。
国道沿いを折れれば錆のついたアパートは目の前だ。
ガンガンと音を立てて階段を上る頃には、
太陽は都会のビルの際に沈んでいた。
オレンジ色の残光も瞬く間に紺色へと染まっていく。
部屋に入り、蛍光灯をつけた。
電源コードの繋がったパソコンが、
卓袱台の上で蓋を開けて待っていた。
昨晩、使用したときのままだ。
川*゚ー゚)「ずっと書いてたの?」
( ,,^Д^)「ああ。頑張らないと」
- 241 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:48:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「進捗どう?」
( ,,^Д^)「順調」
川*゚ ヮ゚)「ほんと!? すごいじゃん。早く続き書こ」
( ,,^Д^)「待てよ、その前に」
鞄を降ろす。
襟のボタンを外して、シャツの裾に手を伸ばす。
川*゚ー゚)「部屋着、出そうか」
着替えだと思ったのだろう。
( ,,^Д^)「いや」
首を軽く横に振った。
- 242 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:49:04 ID:5wZQzcCE0
- 上半身を裸にして、窓の前に立った。
カーテンを開けば、すでに夜の闇が外に降りていた。
川*゚ー゚)「外に見えちゃうよ~」
甲高い声でキュートが言う。
笑いそうになりながら、「すぐ終わるから」と、
俺はその場で振り返った。
スマートフォンを操作する。
川*゚ー゚)「……待ってるね」
キュートはやっぱり察しがいい。
ずっと前からそう思っている。
何が起こるかわかっていても、最後まで、見届けてくれる。
少なくともその性格は、この場ではありがたかった。
- 243 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:50:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「三日前に、でぃさんをこの部屋に呼んだんだ」
川;゚ー゚)「え、そうだったの?」
( ,,^Д^)「うん。そのときは、彼女の方から帰ったんだけど」
川;゚ー゚)「え、え、なんで? 怒らせたの? どうなの?」
( ,,^Д^)「まあまあ、話はここから」
スマートフォンの画面には俺の顔が映っている。
いわゆる自撮りモードだ。
それを少し、斜め上にずらしていく。
- 244 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:51:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「昨日、でぃさんからメールが来たんだ」
朝の、早い時間だった。
(#゚;;-゚)『先日はとても楽しいひとときをありがとう。
それから、急に帰ってしまってごめんなさい』
今になってしまったことを、続けてでぃさんは謝っていた。
何も謝ることはないと返事をしたかったが、その前に文章の続きが目に入った。
(#゚;;-゚)『これから先に書くことは、私のエゴ。
もしかしたらキュートさんは、これを望まないかもしれない。
いえ、きっと意図的に隠している。
でも私は、君が知っているべきだと思う。
それがキュートさんのためだとも思う』
(#゚;;-゚)『もしも君が、全てを知る覚悟があるのなら、
この続きを読んで』
メールはそのあと、数行続いていた。
- 245 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:52:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「でぃさんは俺と初めて会ったとき」
あのレストランは薄暗くて、足下に気をつけなければいけなかった。
( ,,^Д^)「――俯く俺の後ろ姿を見て、あることに気づいたんだ」
今日俺は、一日メールを開かなかった。
キュートにメールを見られたくなかったからだ。
ずらしたスマホの画面には、窓ガラスが見えている。
外はすっかり真っ暗で、部屋の中が反射して映っていた。
つまり俺の背中が見えた。
うなじに、痣。
その形はまるで、
- 246 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:53:04 ID:5wZQzcCE0
-ニ三=ー
-ニ三ニ=
ニ三ニ―
-ニ三ニ-
-ニ三三ニ-
-ニ三三ニ-
-ニ三三ニ-
-ニ三三ニ-
-ニ三三ニ-
-ニ三ニ-
-ニ三ニ--
.
- 247 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:54:05 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「逆さまの三日月」
しかと見届けたのち、スマートフォンを降ろす。
振り返ってカーテンを引く。
これでもう、外からは見えない。
川*゚ー゚)「バレちゃったか」
ノイズ混じりの、刻むような声でキュートは言った。
( ,,^Д^)「もともと俺にもこの痣があったとか、そういうことはない?」
川*゚ー゚)「ないよ。何にもなかった」
自信たっぷりにキュートが言った。
- 248 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:55:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「そっか」
冷や汗が俺の背中を伝っていた。
わかっていても、ショックはある。
脚から力が抜けて、畳の上にくずおれた。
のけぞって蛍光灯を見上げたら
、どこからか入ってきた蛾が笠に体当たりを繰り返していた。
事実は、じわりと身体を巡る。
( ,,^Д^)「身体を失ったのは、俺の方だったんだな」
最初に顔がまるで別人に見えたことも、
縮んだと言われたことも、
部屋がいやに広く感じたことも、
決して勘違いではなかった。
- 249 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:56:04 ID:5wZQzcCE0
- 編み出した結論はあまりにも理解を超えていて
それでも身体の内側から、肯定が躙り寄っていた。
川*゚ー゚)「そうだよ」
キュートは笑っているはずだ。
笑わないまま笑うのが、彼女は何より得意だった。
そんな彼女の姿が、俺はずっと怖かったんだ。
- 250 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:57:06 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ -゚)「熱気と煙があたりいっぱいに広がっていたの。まだ憶えているよ」
川*゚ -゚)「あたしは傷だらけで、その傷も焼かれて、切り刻まれているみたいだった」
川*゚ -゚)「身体中痺れて、でも必死に這って、芋虫みたいに身を捩って、ひしゃげたドアから出たの」
川*゚ -゚)「大きなタンクが転がってるのとか、見てたら、身体が動かなくなっちゃった」
川*゚ -゚)「あのタンクが少しでも転がれば死んじゃうんだろうなって。車もないし、逃げるような体力もないし」
川*゚ -゚)「もうね、そのままずばり、火の海だったよ。炎の光が目をつついてきてね」
川*゚ -゚)「目を閉じたら、涙が零れて、それもすぐ蒸発して消えちゃった」
川*゚ -゚)「喉にも灰がきて、息が苦しくて」
川*゚ -゚)「無理矢理叫んだの。爆発でかき消えちゃうけど、何度も何度も」
――タカラくん。
川*゚ -゚)「結局返事は、一度も聞こえてこなかったな」
- 251 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:58:04 ID:5wZQzcCE0
- キュートはなるべく淡々と喋るように努力してくれていた。
言葉の端々が震えたり、早まったり、揺らぎはいくつもあったけれど
途切れることなく言い終えると、深呼吸をした。
川*゚ -゚)「何も見えなくなって、時間が経った」
川*゚ -゚)「私は生きていたけれど、何も感じなかった。肌も、目もみんなやられて」
川*゚ -゚)「耳だけが残っていたの。声だけ聞くことが出来て、それで」
川* - )「お医者さんたちの会話から、たまたま、タカラくんが死んだってわかっちゃったの」
川* - )「あたし、叫ぶことも泣くこともできなかった。顔の筋ひとつ動かせないで、植物みたいに横たわって」
川* - )「ずっと、タカラくんの無事を祈ってた。お医者さんの言っていたことも全部嘘であってほしかった」
川* - )「私が憶えているのはここまで」
- 252 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 21:59:07 ID:5wZQzcCE0
- 具体的なことは何もない。
キュートは自嘲気味に笑った。
川*゚ ー゚)「だから、もしも理由をつけるとするなら、
神様に祈りが通じたってことになるのかな」
( ,,^Д^)「……人智を超えてるな」
川*゚ー゚)「うん。あたしもそう思う」
随分と遠くなった声で、キュートは言った。
( ,, Д )「……なんでだよ」
俺は頭を抱えた。
膝と膝の間に顔が入りこむ。
( ,, Д )「お前さあ」
- 253 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:00:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )「高校の演劇部のときも、自分から役降りたよな。
争わないのが一番いいって、そうして選んだ先で、
嫌な目に遭ったんじゃないのかよ」
川*゚ー゚)「うん。あった。ショックだった」
目をきつく閉じた。
瞼の裏を絞って、声が途切れる前に怒鳴った。
)└
(⌒,, Д )「じゃあなんで、また自分を犠牲にするんだよ!」
窓の外で雨音がする。
天気がまた崩れたらしい。
どこか遠くで、雷の疼く音が聞こえた。
川* ー )「あたし、不器用だから、バランス取るの難しいんだよ」
- 254 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:01:04 ID:5wZQzcCE0
- キュートは掠れた声で続けた。
川* ー )「それでも、タカラくんには生きていてほしかった」
「だって」
・
川* ー )「君は、あたしをまた舞台に立たせてくれたんだもの。
あたしを救ってくれたんだよ。
そんな人、死なせたくないじゃない」
降り始めた雨はまだまだ絶えそうにない。
啜り泣く声。
それが彼女のか、俺のだったのか、判然とはしない。
同じことをしていると考える方が、いくらか良かった。
- 255 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:02:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )
( つД )
( ,, Д )「……よし」
俺は顔を上げた。
目を拭うと、クローゼットから寝間着を取り出し、羽織る。
そのままパソコンの前に座る。
- 256 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:03:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「寝るんじゃないの?」
( ,, Д )「そんな暇はないな。今日は徹夜する」
川;゚ー゚)「ええ……無理しちゃダメだよ」
( ,, Д )「大丈夫」
( ,,^Д^)b「倒れる前に寝るから」
パソコンの電源を入れる。
テキストエディタで真新しいファイルを開く。
- 257 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:04:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「さっきメールを開いたら、ジョルジュから指示が来ていた。
忙しくなる前に、もう一本ってさ」
川*゚ー゚)「働かせるねえ」
( ,,^Д^)「大丈夫、アイデアはある」
書き始める。
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シーン1
深夜・お城の外れ・崩れかけた塀の傍
お姫様、悪漢(二人)から逃げている。石に転んでつまずく。
悪漢、前後に立ち、ナイフを構える。
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- 258 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:05:04 ID:5wZQzcCE0
- 川;゚ー゚)「……これ」
( ,,^Д^)「うん」
川;゚ー゚)「怒られない?」
( ,,^Д^)「大丈夫、この物語の主人公は村娘じゃない。このお姫様だ」
川*゚ー゚)「え、それじゃこの人、生き残るの? どうやって」
( ,,^Д^)「それを今から考える」
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お姫様、石を手にとり身構える。
( 姫 )『こんなことをしても無駄よ。お父様があなたたちを許さない』
( 悪漢)『構うもんか。国を変えようとしないあの男にお灸を据えるのが俺たちの目的よ。
慌てふためけば思惑通り。そのためには、聡明なあんたには消えてもらう』
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- 259 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:06:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「地味にお姫様の株を上げてる!」
( ,,^Д^)「何か文句ついたらそのとき消すよ」
ここまで書いて、指を止める。
( ,,^Д^)「さて、次はどうしよう」
川*゚ー゚)「考えてないの?」
( ,,^Д^)「うーん、何が一番いいか悩む」
俺が顎をさすっている合間に、
テキストファイルに一文字「あ」とだけ打ち込まれる。
俺は押していない。
- 260 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:07:04 ID:5wZQzcCE0
- 川*゚ー゚)「お、まだ押せる」
( ,,^Д^)「キュート?」
川*゚ー゚)「まかせて」
カタカタと音を立てて、キーボードが打ち込まれていく。
書かれていく文章に不安を抱きつつも、突っ込むのは最後に回しておいた。
川*゚ー゚)「ふいー」
満足げな声がする。
- 261 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:08:03 ID:5wZQzcCE0
- ┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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ステージ上より、照明が落下。
悪漢達、下敷きになる。
お姫様、塀から逃げる。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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(;,,^Д^)「まさかのメタ演劇」
川*゚ー゚)「わかりやすく驚かせられるよ」
(;,,^Д^)「しくじったときの反応が怖いぞ」
続きはまた、俺が考える。
度々キュートに手伝ってもらって、
そのたびに想定外の展開が待ち受ける。
それらを一つ一つ、均していくのが俺の仕事になっていった。
- 262 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:09:04 ID:5wZQzcCE0
- 夜が次第に更けていく。
外で降り続く雨は止みそうにない。
天気予報を確認すると、前線が停滞し、
明日の朝まで降り続くとのことだった。
途切れない雨音が、却って俺を集中させた。
時間が経つ。
買ってきておいた缶コーヒーを二本消費した。
甘ったるい味が舌に残る。
- 263 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:10:04 ID:5wZQzcCE0
- 目がさえた気がして、
また原稿に向き合った。
続きは思い浮かぶ。
ただ、振り返るだけの余裕がない。
何を書いているのか、読み返す時間が多くなって
疲れで頭が白んでくると、それすらも億劫になった。
率直に言えば眠くなってきた。
徹夜すると豪語しておきながら、体力が続いてくれない。
- 264 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:11:04 ID:5wZQzcCE0
- キーボードにしたたかに額を打ち付けると、
;゚ー゚)「タカラくん!」
と、声が聞こえた。
霞のような声だ。
それがキュートのものであると、気づくまでに時間を要した。
( ,,-Д+)「ん……や、大丈夫大丈夫」
額を擦りながら、俺はにやりとしてみせた。
( ,,^Д^)「気にするこたない、ぬはは」
- 265 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:13:04 ID:5wZQzcCE0
- *゚ー゚)「……頑張ろうね」
いつ頃からか、キュートはキーボードを押さなくなった。
力が失われた、とは考えたくなかった。
後ろ向きな考えを紛らわすように、俺は打ち込む力を強めた。
物語は進んでいる。
きっと後で、かなりの量を書き直すことになるけれど
骨組みさえ出来ていれば、
そしてそれが終わりまで続いていれば、
八割方、完成だ。俺はそう思っている。
*゚ー゚)「ねえ」
- 266 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:14:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )「……おう」
*゚ー゚)「この前、あたし、幸せになってほしいって、いったよね」
( ,, Д )「ああ」
*゚ー゚)「あたしのことに早く、踏ん切りをつけて、って意味で」
( ,, Д )「……」
*゚ー゚)「……ごめんね」
( ,, Д ) ?
- 267 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:15:04 ID:5wZQzcCE0
- *゚ー゚)
*^ー^)
「あたし」
「嘘、ついちゃってたみたい」
- 268 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:16:05 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )「……」
( ,, Д )
……
また、キーボードが頭に当たった。
起き上がる気力はわかなかった。
俺は、真っ暗な中にいた。
今までいた世界と、
これからの世界とを
分断するかのように
深くて暗い、何もない世界だった。
- 269 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:17:04 ID:5wZQzcCE0
- 窓の外から鳥の声が聞こえてきて、
そのせいで、目が覚めた。
指先で髪を鷲掴みにする。
カーテンの隙間から漏れてくる陽射しが筋となり、俺の目を焼いていた。
目の前にパソコンが開かれている。
スリープ状態だったそれが、マウスを動かしたことで起動する。
画面にはテキストエディタがあり、
カーソルが明滅していた。
- 270 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:18:04 ID:5wZQzcCE0
- ┌─────────────────────────┐
│ │
│ │
│ │
│知ってたよ┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────────┘
- 271 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:19:04 ID:5wZQzcCE0
- 俺の書いた文だと、すぐにわかった。
なぜだろうか。
それ以外にどんな可能性があるのだろうか。
まだ寝惚けているみたいだ。
俺は脚本を書いていたはずだ。
この部屋で、ずっと独りで。
眠い目を擦りながら、読み返す。
- 272 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:20:04 ID:5wZQzcCE0
- (;,,^Д^)「……なんだこの、すげえ展開」
はっきり言って、よくない。
何を目指して書いていたのかわからない。
今まで書いたどの作品よりも破天荒で、順序も盛り上げ方も可笑しい。
普通なら、覚めた頭で要らないところを消したくなる。
( ,,^Д^)「……」
でも、今回は何故か違う。
- 273 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:21:12 ID:5wZQzcCE0
- なるべくなら削りたくもない。
どの描写も、どの台詞も、
たとえどんなに不自然でも、
できる限り、このまま残したい。
何故か強く、そう思った。
- 274 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 22:22:04 ID:5wZQzcCE0
- ┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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Please wait for the epilogue....
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- 275 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:00:04 ID:5wZQzcCE0
- ┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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開幕
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- 276 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:01:04 ID:5wZQzcCE0
- ┌─────────────────────
│Goldfisch
│ Ch.Meckel
│
│Seit ich den Mond und das Wasser liebe,
│Lebt ein Goldfisch in meinem Haar,
│Das verbluefft mich und ich bemerke,
│Dass das Bei keinem anderen Menschen
│Der Fall ist.
│
│Seither bin ich durch viele Fluesse geschwommen,
│Aber das Wasser sagte ihm nicht zu.
│Ich bot ihn dem Mann im Mond als Geschenk,
│Doch er weigerte sich, im Licht der Sterne
│Zwischen den Wolken und Voegeln zu schwimmem;
│Ich fuehrte ihn an das Rote Meer,
│Aber er besteht darauf
│In der Daemmerung meines Haars zu altern.
│
│Ich werde ihn weitertragen,
│Bis seine Schuppen broecheln,
│Bis er schwarz wird
│und tot in eine graue Pfuetze faellt.
└─────────────────────
- 277 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:02:04 ID:5wZQzcCE0
- ─────────────────────┐
金魚 .│
メッケル ....│
....│
月と水が好きになってから .│
髪に金魚が棲んでいる。 .│
あきれた話で、気がつくと、 .│
ほかのだれひとり .....│
こんなことはおこっていない。 ..│
....│
あれからたくさん川を泳ぎ抜けたが、 │
水は金魚の気に入らなかった。 ....│
月の男に贈ろうとしたが、 ......│
金魚は、星のひかりをあびて ......│
雲と鳥のあいだを泳ぐのはいやだ、という。 ....│
紅海へ連れていった、 ......│
だが金魚は、この髪の薄くらがりで ....│
年をとりたい、と言い張る。 ...│
....│
こいつをぼくはずっと載せてゆくのだろう、 │
こいつの鱗がぼろぼろ剥がれ、 │
身体が黒くなって .│
灰いろの水溜りに死んで落ちるまで。 ..│
─────────────────────┘
(『ドイツ名詩選』/生野幸吉・檜山哲彦編)
- 278 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:03:04 ID:5wZQzcCE0
( ,,^Д^)
ヽ_っ⌒/⌒c
'_
( ,,^Д^) 、
ヽ_っ⌒/⌒c bbb...
....pi
( ,,^Д^)∩「もしもし」
ヾ_ヽ
⌒’⌒
_
( ゚∀゚)『やあやあタカラ、元気しとっとー?』
( ,,^Д^)「早く用件を言え」
- 279 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:04:04 ID:5wZQzcCE0
- 、_,
( ;゚∀゚)『ちょ、いきなりすぎない? もうちょっとじゃれようぜ』
( ,,^Д^)「嫌な予感がしたからな」
_
( -∀)『ふふ……その予感ってのはそんなに信頼できるものなのかい?』
( ,,^Д^)「わりと当たるぜ」
_,
(. ;-∀)『……そう』
( ,,^Д^)「さ、早くしてくれ」
_,
(. ;-∀)『うーーーーー』
- 280 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:05:04 ID:5wZQzcCE0
- . _,
(;-∀-)『すまねえ! 今日も用事が立て込んじまって!
ちょっとこれは抜け出せそうにないんだ。悪いけど』
( ,,^Д^)「了解した」
_ '_
( ゚∀゚)、『え、いいの?』
( ,,^Д^)「予想はしてたよ。毎度のことだし」
. _
( *゚∀゚)『うおお! さすがタカラ! 話がわかる』
( ,,^Д^)「向こう一週間の昼飯、な」
. _
( ;゚∀゚)「……うー」
- 281 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:06:04 ID:5wZQzcCE0
- ┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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¢エピローグ¢
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- 282 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:07:04 ID:5wZQzcCE0
- 居酒屋の奥座敷で受信したジョルジュからの電話は
彼の唸り声と渋々の承諾の後に切られた。
ビールの香りが鼻をつく。
この席にお酒は置かれていないので
どうやら周りからただよってくるらしい。
スマートフォンで時刻を見ると、宵の口に入っていた。
店に入ってから一時間しか経っていないのだが、
窓から見える景色はもう夜そのものだ。
日の沈むのが早くなったのに、まだ身体が慣れていない。
(#゚;;-゚)「ジョルジュくん?」
っ⌒/⌒c
向かいにいるでぃさんが、顔を上げて小首を傾げた。
- 283 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:08:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「ああ、今日来られないって」
(#゚;;-゚)「なるほど、それで『毎度のこと』か」
っ
⌒’⌒
読んでいた本――脚本を置いて
でぃさんは深々と頷いた。
( ,,^Д^)「訊きたいところとか、ある?」
(#゚;;-゚)「ん、いろいろあるけど
やってみたらわかるかもしれない」
(#゚;;-゚)「だから、これで、あたしはいいよ」
- 284 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:09:04 ID:5wZQzcCE0
- ニトロさんの登場は、テマエミ荘の公演には間に合わなかった。
秋公演は無難に始まり、無難に終わった。
オリジナルの脚本についての評判はぼちぼちだった。
ニトロさんがいれば、と最初は思っていたが
演じてくれたテマエミ荘の面々を見ているうちに、
不満を口にするのは失礼な気がして、何も言えなくなった。
あの脚本はもうテマエミ荘のものだ。
俺にできることはもうない――はずだった。
- 285 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:10:04 ID:5wZQzcCE0
- (#゚;;-゚)「ニトロさんって不思議な人だね」
でぃさんの声に、俺は回想するのをやめた。
( ,,^Д^)「不思議?」
(#゚;;-゚)「何でも壊そうとするのに、元に戻りたいなんて、矛盾していない?」
秩序を壊すニトロさん。
彼女は月に憧れる。
月は必ず、元に戻るから。
( ,,^Д^)「確かになあ」
(#゚;;-゚)「気づいてなかった?」
( ,,^Д^)「言われて初めて」
- 286 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:11:04 ID:5wZQzcCE0
- 執筆していた脚本は、ほとんど完成していた。
九月に入る直前に、ジョルジュには渡すことができたが
練習時間のなさ等の理由で、テマエミ荘の団員からの反発が強く
結局は元の脚本を使用することとなった。
それから俺は、脚本をブラッシュアップし続けている。
( ,,^Д^)「でぃさんは気になる?」
(#゚;;-゚)「ちょっとね。ニトロさんの気持ちがわからないし」
ニトロさんには、でぃさんを想定している。
何度も、何度も考えて、もう一度お願いすることにした。
(#゚;;-゚)『やるよ』
と、言わせてしまったみたいで、少し気が引けたけど
とにもかくにも、でぃさんは頷いてくれた。
だからこうして、脚本を読んで、一緒に悩んでくれている。
- 287 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:12:04 ID:5wZQzcCE0
- 今日は俺とジョルジュとでぃさんの三人で集まる予定だった。
秋公演の私的な打ち上げ、というのが名目だ。
そんな場所に俺は自分の脚本を持ってきて、
でぃさんは当たり前のようにそれを読んでくれている。
(#゚;;ー゚)「でも、派手なところは好きだよ」
でぃさんはそう言って、脚本を閉じた。
( ,,^Д^)「出ようか」
待ち人は来ないとわかってしまった。
(#゚;;-゚)「あとで半額、ジョルジュくんに請求しよう」
カランと出口のベルが鳴れば、
飲食店から漏れる橙の光が細長く延びていた。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸
- 288 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:13:06 ID:5wZQzcCE0
- ここは吹成大学からほど近い場所だ。
ビルの合間に蔓延るように
安い飲み屋が建ち並んでいる。
歩いていれば、自然、賑やかな声が聞こえてくる。
暇を持てあまして屯する大学生の連中に、
仕事上がりの大人たちが脱力気味に混ざり始めていた。
駅へと向う、短い道の途中で
(#゚;;-゚)「なんか聞こえるね」
と、でぃさんは立ち止まった。
耳を澄ませば、太鼓や笛の音がした。
- 289 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:14:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「これかな」
飲み屋の壁にある、秋祭りのポスターを差した。
身の丈の倍はある万灯を、振りかざして歩く画だ。
由来も何も知らないが、地域の祭りであるらしい。
太鼓の音はほど近い。
(#゚;;-゚)「見てみたい」
断る理由は特になく
耳に響く音を頼りに、夜道を歩いた。
- 290 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:15:04 ID:5wZQzcCE0
- 万灯はすぐに見つけることができた。
旧街道というのだろうか、細めの道は車を通行止めにしてある。
法被を着た人たちが片手で持てる太鼓を打ち鳴らしながら
ゆっくりと歩みを進めていた。
思ったよりもずっと質素に並ぶ出店から
ソースの焼ける匂いが漏れていた。
( ,,^Д^)「なんか買う?」
(#゚;;-゚)「いいよ。お腹いっぱい」
それもそうだとわかっていつつも
手持ち無沙汰はちょっと気になった。
- 291 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:16:04 ID:5wZQzcCE0
- 万灯の行き先も気になったが
敢えて人の流れに逆らい、
法被の彼らの来た方向を目指した。
疎らになりつつも、人は途切れることがなく
やがて長い階段が現われた。
頂上では、色づき始めたイチョウが街灯に照らされている。
幟があり、神社の文字が見えた。
( ,,^Д^)「は~、こんなところに神社」
(#゚;;-゚)「知らなかったの?」
( ,,^Д^)ゝ「まったく」
都会の中は都会でしかないと
勝手に思い込んでいたようだ。
- 292 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:17:06 ID:5wZQzcCE0
- 階段を登ってみると、賑わいの音が一気に膨らんだ。
イチョウで囲まれた参道には、人が大勢溢れていた。
浴衣姿が目の前を横切っていく。
遠ざかりつつあった夏に、ふと引き戻された思いがした。
街灯が照らす道の先に神社はあった。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい立派な社だ。
小高い丘の、森に隠れていなければ
もっと早くに気づいていたことだろう。
_,
(#゚;;-゚)「……ふう」
( ,,^Д^)「休もうか」
歩き進めるのは諦めて
イチョウの下にあったベンチに腰掛けた。
- 293 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:18:04 ID:5wZQzcCE0
- 柔らかい秋の風は心地よかったが
ぼうっとしていると時折、棘のような冷えを感じた。
脚の短いベンチだったけど
でぃさんはパンプスに足の指を引っ掛けて
ぶらぶらと揺すっていた。
その揺れる影を眼で追いながら
( ,,^Д^)「さっきの質問なんだけど」
と、声に出した。
(#゚;;-゚)「ニトロさんのこと?」
( ,,^Д^)「そうそう」
- 294 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:19:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「壊すのは、変わりたいからだと思う」
自分で生み出したキャラクターだけど
心の内まで読み解くのには時間が要る。
そもそも一言で説明がつくならば
それはとても、人とは呼べない。
(#゚;;-゚)「でも、変わっちゃったら元には戻れないよ?」
( ,,^Д^)「いやいや、変わった末に、戻るんだよ」
_,
(#゚;;A゚)
(;,,^Д^)「そんな顔されても困る」
- 295 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:20:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)「とりあえず、ぶっ壊せばいいってわけじゃない。いい?」
(#゚;;-゚)「まあ、それはわかる」
( ,,^Д^)「うん……」
何かを言おうとしているうちに、時間が経ち、
何も思いつかなかったので、肩を竦めた。
( ,,^Д^)「あとは好きに演っていいよ」
(#゚;;ー゚)「その言葉を待っていたよ」
- 296 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:21:04 ID:5wZQzcCE0
- 言うと同時に、でぃさんは立ち上がった。
(#゚;;-゚)「降りよっか」
( ,,^Д^)「ああ」
でぃさんが先に行き、階段へ向う。
すぐに姿が見えなくなった。
後を追っていくと、
でぃさんは振り向いて、俺を待ち構えていた。
(#゚;;-゚)「タカラくん」
- 297 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:22:04 ID:5wZQzcCE0
- (#゚;;-゚)「改めて言わせて」
黒い双眸が強く、俺を捉えていた。
(#゚;;-゚)「あたし、ニトロさんを演じるよ」
真っ直ぐな宣言に俺は、言葉を詰まらせ、
(;,,^Д^)
言葉を、選んだ。
( ,,^Д^)「ありがとう」
- 298 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:23:04 ID:5wZQzcCE0
- (# ;;д)「――ちっがう!!」
でぃさんが、叫んだ。
あまりにも突然で、
始めのうちそれが彼女の声だとは気づかなかった。
(;,,^Д^)「……」
(#゚;; )「全然……わかってないんだよ。
タカラ君は、いっつも」
- 299 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:24:04 ID:5wZQzcCE0
- (#゚;; )「これからは……」
(#-;; )
(# ;;д)「これからは!」
(# ;;ο)「――あたしが、演じるんだよ」
人目を引いていた。
それでもでぃさんは、一息に言い終えた。
- 300 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:25:04 ID:5wZQzcCE0
- (# ;; )
でぃさんは俺の下で、立ちつくしたままでいた。
前髪に顔が隠れている。
表情は読み取れない。
それでも、目は逸らせない。
逸らしちゃいけないことなんだと
考えるよりも先に楔打たれていた。
- 301 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:26:04 ID:5wZQzcCE0
- (# ;;ο)「だから」
(# ;; )「……」
(# ;; )
(#゚;; )
(#゚;;ヮ゚)「見ててよね」
- 302 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:27:04 ID:5wZQzcCE0
- 折り曲げた裾の先で、細い腕を揺らしながら
でぃさんは階段を駆け下りていった。
強い風が吹いて
固まっていた俺を我に返らせた。
石段を降りていく途中、
すれ違う人の感嘆らしき声を聞いた。
つられ、振り向いた。
- 303 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:28:04 ID:5wZQzcCE0
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- 304 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:29:04 ID:5wZQzcCE0
- 神社の屋根の上縁から、
それはちょうど全形を露わにしたところだった。
満月。
欠けたところはどこにもない。
深夜に向けて正中すべく、
それは刻々と南天を目指していた。
青白い光が、
鎮守の森も、神社も、人々も、
等しく照らしてくれている。
それはもちろん、俺も同じ。
下にいるでぃさんも、同じだ。
- 305 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:30:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,,^Д^)
(Д^,, )
( ,,^Д^)
ふと、腕を
前に伸ばした。
斥)
( ,,^/.:/)
- 306 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:31:04 ID:5wZQzcCE0
- 斥)
( ,, /.:/)
( ,, Д )
「呪い、か……」
- 307 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:32:04 ID:5wZQzcCE0
- ( ,, Д )
( ,, д )
( ,, )
そのとき、
- 308 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:33:04 ID:5wZQzcCE0
次に書きたい物語が、
( ,, ー )
俺の裡を疼かせた。
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- 309 名前: ◆3XA49WdHCM 投稿日:2017/08/25(金) 23:34:05 ID:5wZQzcCE0
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終幕
¢三日月転じて君を成す¢
ブーン系紅白2017 ―夏の陣― 参加作品
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