深海の○。ジェミニのようです
- 1 名前: ◆rFcffLSJw2 投稿日:2017/08/23(水) 23:29:16 ID:0Pk4ZnUk0
【log #00】
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:32:07 ID:0Pk4ZnUk0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ここに……我々は過ちを認め、謝罪します。
そこで起こったことは、確かに我々の想像の全く埒外ではありました。
しかし、それは、弁解の余地もない事実です』
『都市は20余年間、300気圧超の深海に耐え、バイオスフィア・ライフサイクルは回り、市民は深海と
いう新天地の生を謳歌しました。しかしそれでも……あらゆる想定、8年半に及ぶシミュレーションで
すら予測不可能な悲劇が……人間だけに起こり得る悲劇が……この結末を招いたことは、慚愧の
念に耐えません……間接的にとは言え、我々が1,683人の命を奪うことは、紛れもない事実です』
『……しかし、それでも……我々は、挑まなければならないのです』
『人類にとって……この地上の総ての生命にとって第一の故郷である海から、我々は地上に住処を
移しました。そしてこの、第二の故郷である地上から再び、海へ、第三の故郷へ、海へ……
我々はそこに回帰し、なお進むための黄金の門の鍵を、ついに手にしたのです』
『その実現こそが我々の使命であり、悲願であり、扉の先には……輝かしい未来が広がっていると、
確信しています。その確信は、今なお揺らぐことはありません』
(記者からの質問。声はマイクには届いていない)
『……はい。その通りです』
『都市は、その全機能を停止しました。
酸素と電力の供給は平常時の0.5パーセント未満にまで低下していることを確認しました』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:34:21 ID:0Pk4ZnUk0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『……ええ……そうです。
二つの都市、1,683名のうち何名が今もなお生き残っているかは不明です。
しかし、生き残った人々も……全員が、二日以内に全員……死亡します。
救助は、不可能です』
(沈黙)
(間)
(ざわめき)
(悲鳴、怒号。徐々に大きくなる)
(何かの割れる音)
『……以上です。
以上で、会見を終了します』
(大きくなり続ける声。複数のすすり泣きの声)
(叫び声)
(何かの割れる音)
(罵声)
――2172/9/22未明
連邦政府および地球都市計画機構 共同会見
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:37:36 ID:0Pk4ZnUk0
- 水深3,600メートルの闇を、年代物の探査艇の耐圧殻に設置された二基のライトの光芒が頼りなく導く。
俺たちはそれを狭苦しいコントロールパネルに設置された低解像度のモニタに見ていた。
メンテナンスオイルとエアクリーナーの吐き出す埃臭い空気の臭気。
いいものではないが、不快とも思わない。
西洋人向けに作られたヘッドセットはバンドを調節しても俺の頭には緩く、イヤーパッドを片手で押さえ
マイクに語り掛ける。
('A`)「こちらオフューカスII、探索班アルファ。
シンカー01、応答せよ」
"Communication"のLEDが灯る。
高く澄んだ――ローファイな上に老朽化した通信用のヘッドセット越しでなければだが――女の声。
『シンカー01。補足しているわ。
予定帰着時刻に13分の遅れ。どこで油を売っていたのかしら?』
刺々しい苛立ちは、残念ながらこの音声環境でも十分に伝わって来る。
('A`)「うまいタコを食わせるレストランを見つけてね。
予約、取っといたぜ。明日連れて行ってやるよ」
『くだらない軽口をたたく暇があったら30秒以内に戻りなさい。
エアロックは1番が使用可能。以上』
ヘッドセットを首に下ろし肩を竦める。
隣で頬杖を付いていたジョルジュは鼻で笑い、安っぽく窮屈なシートを、ぎしぎし、と鳴らした。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:39:10 ID:0Pk4ZnUk0
- _
( ゚∀゚)「まあまあ、お姫様はいっつもご機嫌ナナメですこと。
着任以来ずっと生理か? 重い女は大変だよな」
今度はスピーカーから、大音量で返答が来る。
『会話は全て録音されているわ。
セクシャルハラスメントで訴えられたいなら続けなさい』
_
( ゚∀゚)「あーあ、陸(おか)の人間は心が狭いねぇ。
どうせ訴えるんなら、いっそ堅っ苦しい制服脱いでおっぱいでも晒してくんねぇかな。
こう、ぽーんと、さ」
胸をはだけるジェスチャーと共に軽口を叩く。
拾われないようにマイクを手で覆っておいて、首を振った。
('A`)「あのサイズじゃ、ぽーんとはいかないだろうよ」
_
( ゚∀゚)「はは! 違いねぇ」
深海を静かに降下する懸濁物が形成するマリンスノーの中、ライトの先に、塗装された壁面が浮かぶ。
少し歪な球体の側面には太い白いライン、そして同じく白抜きで大書された「GUPF-Sinker01」の文字。
GUPF――"Global Urban Planning Foundation"。
"地球都市計画機構"シンカー01。
海底に前哨基地として設置された、文字通りの巨大な球状錘だ。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:45:47 ID:0Pk4ZnUk0
- ('A`)「こちらも確認した。開けてくれ」
上部がケーブルに繋がれたシンカー01の発着所は、球の下底部に位置している。
まずエアロックから、探査艇を固定・格納するための架台が下ろされる。
それを待ち、架台の上に探査艇を下す。
あとは架台がエアロック内に引き揚げられ、外扉が閉じて排水の完了を待てば帰艦完了となる。
ゲーム機のように小さくちゃちな操縦桿を小刻みに操作し、船体を下していく。
船体を下げすぎず、海底の砂を巻き上げないよう、慎重に操作する。
可動式カメラを積んではいるが、モニタの視野は酷く狭い。
リチウムイオンバッテリーの残量計、酸素残量、深度と方角を示すコントロールパネル。
そして船体外部の状況を示すモニタに目を走らせる。
アクティブソナーは切ったままだ。
エコーロケーションで測位を行うアクティブソナーはピンガー……発振音でこちらの位置を特定
されてしまう。今、ここではその事のリスクはないが、ヤバい仕事をしていた頃に付いた癖だ。
――異常、なし。
オンボロだが手入れのいい探査艇は素直に反応し、滑らかにシンカー01の下部に潜る。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:48:12 ID:0Pk4ZnUk0
- _
( ゚∀゚)「いよいよ、だな」
不意に。
天井を仰いだジョルジュが、ぽつりと呟いた。
('A`)「ああ……」
首を巡らせる。
狭苦しい船内で背後に見えるのは、厚い金属製の出入り口のドアだけだ。
そのドアの先、海の中、約1キロメートル先に目標はある。
荒削りな水晶玉のようなその外観が、強く焼き付いている。
('A`)「……本番は、明日からだ」
呟き返して。
垂直スラスターのバランスを保って駆動させる。
前方上で口を開きはじめるエアロックのゲートにカメラとライトを向け、俺はヘッドセットを外した。
明日。
今日までは船で眺めるだけだったそこに、俺達は向かう。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:54:12 ID:0Pk4ZnUk0
――500気圧の水圧に耐える重金属合金のフレームと積層樹脂を使用した複合耐深圧殻。
222本の橋脚で2キロメートル平方の土台に留置された、一対の「都市」。
ジェミニ。
卵から生まれたという神話の世界の住人、双子の海の守護神。
海底に沈む、球形をした一対の海底都市。
それは、その双子に名前を取ったという。
弟は不死だったが、兄はそうではなかった。
弟は兄に自らの不死性を分け与え、双子は1年の半分を神として、残りの半分を人間として生きた。
――だが、今や双子は死に絶えた。
それは、宇宙に拒絶された人類が次に求めた入植地の残骸になった。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:55:46 ID:0Pk4ZnUk0
『排水が完了し気圧が安定するまで約10分間が必要です。
乗組員は、気圧調整完了のアナウンスがあるまでハッチを開けずに待機してください。
排水が完了し気圧が安定するまで約10分間が必要です……』
ごぼごぼと流れる水音を押しのけるように、飽きるほど聞いた女の合成音声がスピーカーから響く。
小窓の外ではオレンジ色の回転灯が、透明な海水の中、光と影のストライプを形作って光っている。
退屈極まりないが、今ではこれを聞くと一日の仕事を終えた気分になれた。
深海で複数の探査艇の離発着を行うため、シンカー01は二基のエアロックを備えている。
海水で満たされたそこに探査艇が戻るとゲートが閉じ、探査艇は丸ごと小部屋に閉じ込められた形になる。
その後に小部屋に空気を送り込み、同時にポンプで排水を行う。
排水が完了し、室内がシンカー01内部と同等の約1気圧に保たれて初めて船外に出ることが可能になる。
_
( ゚∀゚)「さって、と。戻りゃあ直ぐにミーティングだ。
あのお坊ちゃん、首を長くして待ってるだろうよ……やれやれだぜ」
エアロック内部の気圧が安定するまでの圧力変動に、船体はみしみしと軋み声を上げる。
それにも構わず、洗車の仕上がりを待つようにくつろいで、ジョルジュはぼやく。
俺は答えない。
確かに彼らは気に食わないが、雇い主だ。
いつも通り仕事をこなして、金を貰って陸に戻る。
金がなくなれば、また海に戻るだけだ。
それだけだ。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/23(水) 23:59:12 ID:0Pk4ZnUk0
――深海は、宇宙より遠い。
人類が384,400キロメートルの上空に浮かぶ月に到達してから250年が経とうとしている。
なのに俺達はまだ、深度3,000メートルの海底に辿り着けない。
そこで生きることすらできない。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:00:37 ID:4mGKmFH60
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深海の○。ジェミニのようです
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:01:21 ID:4mGKmFH60
【log #01】
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:03:56 ID:4mGKmFH60
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『世界的な人口増加に伴う都市部の拡大は労働力の飽和を招いた。
緩やかに続き、止まらない海面の上昇がそれに拍車を掛けた。
我々は、新天地を必要としていた。
まず栄えたのは、宇宙航空技術だった。
火星テラフォーミング計画を目指し、特に材料技術の分野では幾つかの大きな発展があった。
より軽く、強靱な素材が新たな世界への道を開いたのだ。
しかしその道程が「火星調査船の地球への墜落」という悲劇的な隘路を迎えた後、新たな展開が模索さ
れることとなる。
皮肉にも、と言うべきか、幸運にも、と言うべきか。
宇宙開発を見据えた技術の進歩は天空よりも足下……高深度での有人活動に貢献し、より低い練度で
より深い海での作業を可能としていた。
母なる海――
最初に誰がそこに着眼したのかは、明らかになっていない。
しかし。
資源、設備、労働力の需要――そして、肥沃で広大な、無尽の処女地。
気付けば、海にはその全てがあったのだ』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:04:54 ID:4mGKmFH60
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ここに考えが及ぶに至り、大胆な――そして類稀なパラダイムシフトは為された。
"上から下へ(from above to below)"。
22世紀、人類の関心と目標到達地点が宇宙から海洋へ移り変わったことを示すこのスローガンは瞬く間に
世界を席巻することとなる』
『数世紀の昔、我々は新大陸に到達した。
原住民と交わり、神から賜った新たな故郷の誕生に涙した。
"土地とは、人間がそのために戦う価値を持つ最たるものだ"。
あの輝かしい開拓時代を描いた、かの有名な小説の一文だ』
『盟友たる極東の建築会社、シミズ・コーポレーションが2014年に提唱した"オーシャンスパイラル"構想。
これに端を発した本格的な海中への移住計画は、今まさに円熟を迎えようとしている』
『近い将来、この海が全人類にとって戦う価値を持つに足る存在となることを、筆者は切に願う』
――2107/02/07、国際紙「グローバルパラグラフ」寄稿、同紙記者
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:07:24 ID:4mGKmFH60
- 帰還から約75分後。
シンカー01、ミーティングルーム。
( -∀-)「まず、言っておく」
( ・∀・)「この仕事は将来の地球都市計画を占う、極めて重要なものだ。
キミらには分かるまいが……海水浴や泥んこ遊びとは違う。引き続き、心して臨むように」
クリーム色の内装は清潔だ。
だが天井の低さと縦横に走る配線と配管、そして大仰な水密扉の存在が、ここが海底の前哨基地なのだと
思い出させる。
席に着いた俺たちの目の前で、細身の男がスクリーンを背にしていた。
映し出されているのは、球形をした海底都市の3Dモデルだ。
それを手の甲で叩き、男は続けた。
( ・∀・)「君たち潜水工夫にはこれまで、"キャスタ"および"パラクス"外殻部の調査を指示してきた。
幸い外部には大きな損傷がなく、内部も健全な状態に保たれていると想定されている」
潜水工夫(マイナーダイバー)というその単語を口に出す際、男は殊更に唇を捻じ曲げ粘つく発音でもって
それが汚物か何かを指す語でもあるかのように言外の修飾を行った。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:09:27 ID:4mGKmFH60
- 男の横に控える澄まし顔の女も、したり顔で頷く。
ξ゚⊿゚)ξ
男と同じ濃紺の上下で、背筋を伸ばした小柄の女。
ジャケットから覗く白いシャツも糊が効いている。
襟元にある金糸の飾り刺繍に、同じ金色の巻き髪が掛かり、揺れた。
都市計画機構の男――モララーの話は、いつも同じようなものだ。
事あるごとに組織の重要さを訴え、俺達の仕事を賤職とこき下ろす。
良く思えようはずもない。
もっとも、それは向こうも同じ事だろうが。
('A`)「……」
――潜水工夫。
近年の海洋事業への依存度の増加を受けて生まれた職だ。
やることは簡単だ。
あらゆる危険が伴う海中での作業を雇い主に代わり、行う。
それだけだ。
それが、この場に集まった俺たち七人の共通の職業だった。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:10:46 ID:4mGKmFH60
- _
( ゚∀゚)「はいはい、っと。
ったく、何度繰り返せば気が済むのかね。
俺らが憎いんならてめえで行けっての」
俺の隣でジョルジュが軽口を叩く。
電波が入らないPDAをいじって何をしているのかと思えば、水着姿の女の写真を眺めている。
(,,-Д-)「……」
その脇で、一人椅子には座らず、壁にもたれるギコ。
機械油まみれのオーバーオールの袖から覗く腕は浅黒く、太い。
その目の前には、小柄な眼鏡の女。
(*^ー^)「♪」
しぃ、という名前だった。
一見、機嫌良く座っているように見えるが、それはドイツ製の無骨なヘッドホンで大音量の音楽を
聴いているからだ。
工夫、とは言っても男ばかりではない。
特に彼女は、重機の操作と情報技術が専門分野だったはずだ。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:16:21 ID:4mGKmFH60
- 実力主義のこの世界では無論、男顔負けの「女工夫」も多い。
例えば。
从 ゚∀从「……」
しぃの隣で、机に脚を投げ出し組んでいるのがハインリヒだ。
彼女だけはオーバーオールの袖を腰に結び、ライトグレイのタンクトップを晒して腕を組んでいる。
肌こそ白いが、上腕二頭筋の盛り上がりは残念ながら俺以上だ。
从 -∀从
無造作に束ねた赤髪を掻き毟り、腕を組んで目を閉じた。
と思うと、間もなく寝息を立て始める。
もっとも……体格、という点では、クックルに敵う者はいない。
( ゚∋゚)
通路を挟んだハインの隣の机に、なぜか妙に行儀よく、膝に手を揃えて窮屈そうに座る男。
上体の筋肉はオーバーオールの硬い生地をすら幾つもの瘤状に押し上げている。
ここに来てから向こう、俺はこいつが喋るのを一度も見たことがない。
広げた胸元に残る傷跡を見るに、まともな仕事をして過ごしてきたわけではなさそうだ。
俺も肉体派ではないが、他人のことは言えないが。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:17:01 ID:4mGKmFH60
- そして、最後の一人。
後ろのテーブルに腰掛けた、黒髪の女。
川 ゚ -゚)「……」
他の工夫達とは違い、静かに前を向いてモララーの話を聞いている。
彼女は、この中で唯一の俺の知り合いだ。
同じ現場で働いたことも一度や二度ではない。
貴重な同僚で、そして、友人だ。
('A`)「……」
最後に組んだ仕事は三か月前、メキシコ湾岸の油田プラットフォーム改修工事だった。
あの作業場から眺めた夕暮れの海、視界一杯に広がるオレンジゼリーのような海面は、今でも覚えている。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:18:10 ID:4mGKmFH60
- 物思いに耽る間に、聞き飽きた前口上は終わる。
( ・∀・)「――さて。
明日からの作業についてだが、少し状況が変わった。その説明をさせてもらう。
ツンデレ」
話の本題に入ると、工夫達も心持ち姿勢を正しスクリーンに目を向ける。
ただし、しぃだけは軽く目を瞑ったまま頭を小刻みに揺らしているが。
ξ゚⊿゚)ξ「はい」
呼ばれてその女、ツンデレは前に進み出、タブレット型の端末に目を落とす。
その小柄な肩を、俺達の目が追う――と、彼女はやおらつかつかと歩き出す。
(*^ー^)「~~~♪」
しぃの隣に立つが、彼女は気付かない。
ツンデレはそのヘッドホンに手を掛け――外すと机に叩き付けた。
かつんっ、と狭い室内に高音が響く。
(;*゚ー゚)「あ、あれっ?」
そのまま、無言で。
何事もなかったかのようにスクリーンの前に戻り、刺々しい口調で始めた。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:20:43 ID:4mGKmFH60
- ξ゚⊿゚)ξ「――改めて説明するわ。
貴方達の作業は、海底都市検証モデル"キャスタ"、"パラクス"制御区画に存在する閉域ネット
ワーク上のデータウェアハウスからのログ回収です」
スクリーンに映る二つの球体が拡大された。
それぞれにキャプションが付されている。
一方は、"Castor : 2157~2172"。
そして他方は、"Pollux : 2149~2172"。
片方の球体が大きくクローズアップされる。
その外部から内部に伸びる一本の曲がりくねった線が光の筋になり、明滅した。
ξ゚⊿゚)ξ「都市は機能を停止している。
電力低下のため、エントランスゲートのエアロックは動作していない。
内部への侵入経路は、"工業区画"のメンテナンスハッチだけ」
球体のモデルが拡大し、光る線はアニメーションしてその外部から内部へと侵入する。
ξ゚⊿゚)ξ「また、都市内全域に降りた防犯隔壁を開く手段もない。
従って、経路は、そこから農業、居住、行政・厚生の各区画を横断し、緊急避難路を逆行する
ルート、ひとつだけになるわ」
本当に理解しているのか、と言わんばかりの仕草で、俺達一人一人の顔を見回す。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:22:22 ID:4mGKmFH60
- 一応は耳を傾けている様子に満足したのか、続けた。
ξ゚⊿゚)ξ「ここからが本題。
当初、貴方達七名には明日から四日間、交代制でまず"キャスタ"。
次いで"パラクス"に入って貰う予定だった――」
画像が切り替わる。
海上、周辺海域の航空写真に、気圧配置図を重ね合わせたものだ。
ξ゚⊿゚)ξ「――けれど、悠長に調査を進めている余裕はなくなってきたわ」
前線が、画像隅に表示された時間の進行に沿って東へと動く。
それは海上……洋上ベース"MFSO ころな"が設置された海域が、37時間以内に暴風域に入ることを示し
ていた。
ξ゚⊿゚)ξ「現在、周辺海域の天候は悪化傾向よ。
明日正午を予定していた物資の搬入は困難。
ベースがこの水域に留まることができる時間は、見積であと27時間」
シンカー01は、MFSOころなから3,000m超の超硬度ワイヤで深海に真っ直ぐ垂らされた、文字通り海中の
シンカー、すなわち錘だ。
自律的に航行する機能はなく、ワイヤの揺れに影響されず座標を保つための補助的な推進機構のみを
備えている。その上部から伸びるケーブルは海上のベースに繋がれており、物資や人員の搬入出は
ケーブル伝いに上昇、降下するワイヤーエレベータを使用する。
海上の天候は確かにここまでは影響しない。
だがベースが不安定な状態になれば安定は失われ、探索艇の離発着にもまた悪影響を及ぼす。
彼女の言葉を裏付けるように。
部屋全体が、ぎしり、と緩やかに横に揺れた。
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:22:57 ID:4mGKmFH60
ξ-⊿-)ξ「そこで、予定を変更する決定が下されたわ。
回収作業は明日一日。メンバーを二班に分け、同時に実施します」
――平板だが棘のある声で告げられたその内容を聞き。
堅い沈黙と重い緊張が、一瞬で室内を満たした。
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:23:53 ID:4mGKmFH60
- ('A`)「……」
_
( ゚∀゚)「……おいおい。マジかよ」
ξ゚⊿゚)ξ「作業期間及び内容の変更については契約書に記載の通り。
貴方達に指示への拒否権はない。
また携行品は一部、当初から変更します。チーム編成も、こちらからの指示に従いなさい」
まるで、雨だから遠足の行き先は近所の水族館になった、とでもいうような軽い口調で女は一方的に告げ、
スクリーンの映像を切った。画面は一瞬暗転し、その後、地球都市計画機構の文字とともにロゴマークを
でかでかと誇示する。
ξ゚⊿゚)ξ「説明は以上よ。
何か質問は?」
一瞬の、沈黙ののち。
从 -∀从「テメーらの脳ミソは正気か?」
目を閉じ腕を組んだまま、ハインリヒが低い声を発した。
いつになく静かな口調なのは、怒りを抑えているからに違いない。
言い、二人を睨み付ける。
从 ゚-从「装備は変わる、時間はない、そのうえ急造のチームでやれと来た。
テメー、オレらに死ねっつってんのか?」
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:25:23 ID:4mGKmFH60
- ξ゚⊿゚)ξ「まず、脳が正気、という表現は些か正確性を欠くわね。
次に、死んで欲しければ『死ね』と指示しているわ」
モララーが後を継ぐ。
( ・∀・)「これまでの目視調査で、都市の外殻部に異常はないことは証明されている。
内部が安全なら、後は行って戻るだけだ。危険などあるまい」
从 ゚∀从「はッ。お話になんねーな」
後半は、周囲の工夫にだけ聞こえる小声で。
从#-∀从「……トーシロ共が」
それだけを言い、また目を閉じて押し黙った。
その肩は大きく上下している。
ここは3,300メートルの海底だ。
安全な場所など、どこにもない。どんなに準備してもしすぎることなどない。
だがその意識が、彼らには欠如している。
_
( ゚∀゚)「だけどよ。何事も、それなりの準備ってモンがあんだ。
道具が足りねえせいで失敗したらどうすんだよ?
アンタらの段取りのせいで無報酬なんてよ、やってらんねえや」
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:26:19 ID:4mGKmFH60
- ξ゚⊿゚)ξ「その点はご心配なく。
失敗の責任が都市計画機構にあると判断できた場合、契約の履行いかんに関わらず報酬は
全額支払うわ。その"責任"には、工具、その他物的要因の不足による作業の頓挫も含まれる」
_
( ゚∀゚)「あ、そーかい。なら、俺は構わねえや。
もっと酷えところで仕事したことも、あるしな」
金の話さえできればジョルジュは問題ないらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「では、いいかしら。チーム編成を――」
俺は、黙って手を挙げた。
腰を折られたツンデレが片眉を上げる。
背中に幾つかの視線を感じながら、俺は言葉を選んだ。
('A`)「行く前に聞いておきたい。
40年前、あそこで何が起こった?」
ξ゚⊿゚)ξ「それこそ愚問ね。
何故こうなったか判っていれば、貴方達のようなゴロツキを雇ったりしないわ」
違う。
('A`)「何故、じゃない。
何が、起こったかだ」
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:27:05 ID:4mGKmFH60
- 川 ゚ -゚)「――"キャスタ""パラクス"への酸素と電力の供給が停止した。
都市計画機構と政府は『不幸な事故が起こった』と共同声明を出した。
私達一般人が知っているのは、その程度だ」
クーが後を続ける。
川 ゚ -゚)「内部は、酸素と電力を喪失している。把握できているのはそこまでだ。
それ以外にも内部状況が推測できるような情報があれば、貰いたいものだな」
だが。
ツンデレは巻き毛を揺らして冷笑した。
ξ゚⊿゚)ξ「答える義務はないわね。
現状の把握は貴方達の職務の範疇にない。
ただ指示に従ってデータを回収すればいい。それだけよ」
('A`)「……しごとの成功にも、俺達の身の安全にも関わる話だ。
準備不足なら、せめて情報が欲しい」
彼女は、動かない。
ξ -⊿-)ξ「……」
唇を引き結び、隣の男を振り返ろうとしてそれも止め、ただ険しい目線だけをこちらに送る。
そのまま腰に手を当て、十数秒、沈黙した。
そこに、低い声で。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:28:18 ID:4mGKmFH60
- (,,-Д-)「話にならんな」
目を伏せ、腕組みをしたギコ。
低いがよく通る声で、首を振る。
(,,-Д-)「信頼関係がないビジネスの末路は、破滅だ。
カネだけの問題じゃない。
俺は降りる。その条件でやりたいなら……もう少し程度の低い奴らを選ぶといい」
ξ゚⊿゚)ξ「何……ですって?」
从 ゚∀リ凸「だな。やってられっか、バーロー」
_
(; ゚∀゚)「あっおい、何だよお前ら。
俺の立場はどーなんだよ? やるって言っちったじゃねーか」
从 ゚∀从「知らねーよ。一人で行って来い」
_
(; ゚∀゚)「えー……」
ξ#゚⊿゚)ξ「だから……貴方達ッ!」
苛立ちと憤り、それに焦りを露にするツンデレ。
それを制し、モララーが首を振った。
( -∀-)「いい。話してやれ」
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:31:18 ID:4mGKmFH60
- 男の言葉に、僅かに肩を震わせ。
俯きがちに、溜息を吐く。
ξ#-⊿-)ξ「……分かりました。
……こちらで把握している状況は説明するわよ。
貴方達の役に立つとは思えないけれど――」
上司の指示に従いながらも、俺達に悪態を吐くことは忘れない。
事務的な口調で、俺の質問に答えた。
ξ゚⊿゚)ξ「――2172年9月。"キャスタ"および"パラクス"で、相次いで暴動が発生した。
原因は、分かっていない。当時の都市計画機構の予測では、蓄積した閉所恐怖から来るパニック
症状が住民間に伝播し、通信を介して両都市に連鎖的な恐慌状態を引き起こしたとされているわ」
ξ -⊿-)ξ「治安維持部隊が出動するも収拾は付かず、全住民はコントロール不能な暴動状態に陥った。
最終的に……破壊活動や外部からの救援に危害を加える可能性、その他のリスクを考慮し、
"キャスタ"の主任監督官は都市機能の停止を決断。結果、都市の全住民は……」
流石に己の組織が下した決断に重圧を感じているのか、語尾を濁した。
(,,゚Д゚)「全滅、か」
ξ -⊿-)ξ「……ええ。そうよ」
(*゚ー゚)「あ、でも、監視カメラの映像や音声ログだって、ちょっとはあるんじゃないの?
あたしたちの仕事はログ回収だけど、そう、そもそも地上と通信してるんだよね。
いちいち中に入らなくても分かりそうなものだけど……」
しぃが割り込み質問を重ねる。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:33:08 ID:4mGKmFH60
- ξ゚⊿゚)ξ「記録は、ないわ」
(*゚ー゚)「えー……だって、検証モデルなんでしょ? 記録も取らないで検証してたの?
リアルタイムでデータ取っててもおかしくないと思うんだけどなあ」
ξ゚⊿゚)ξ「正確に言えば、記録は取っている。
ただ、その情報は地上には送られていない。何故なら――」
ツンデレは、こう説明した。
検証都市モデルにおいては、住民の心身を可能な限り実生活に近い状態に保っておく必要があった。
実現にあたっては、「監視されていること」そのもののストレスが検証に与える影響を考慮し、監視カメラ類の
設置は必要最低限にされた。
海底での長期間の生活が住民のメンタルにどのような影響を及ぼすかは測り切れていない。
そのリスクを最大限低減するための措置だという。
情報の秘匿とプライバシー保護の観点から、住民の生活を記録したデータは運用・管理ネットワークとは別の
経路を使用して専用のサーバに集約されることとなった。
そして当然のことながら、映像・音声はファイルサイズが膨大になる。
ただでさえ地上とのやり取り……主に都市の生産効率やライフラインの供給状況など、住民の生存に関わる
情報の通信量は多い。大量データの連続送信は限られた帯域を圧迫する恐れがあった。
それらの都合から、検証データと都市の運営データのリアルタイムな連携は必要最低限に留められ、約150日
に一度、人間の手で監視ログが地上に回収される手筈になっていた。
そして直近のデータの搬出は、12月初旬に行われるようスケジュールされていた。
事故が起こったのは、2172年の9月だ。
つまり最後の年、2172年8月以降のデータは地上に送られないまま、サーバに死蔵されている。
そのデータのサルベージが、俺達の仕事、ということだ。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:34:49 ID:4mGKmFH60
- (,,゚Д゚)「……ふむ」
_
( ゚∀゚)「えっと、よくわかんね。
まあいいや。お前らも来てくれんだよな? なあハインリヒ」
从 ゚∀从「あー……お前さ」
_
( ゚∀゚)「おう」
从#-∀从「てめーの理解なんざ知るか死ねカス。
オレの足手まといにだけはなるなよ。ブッ殺すぞ」
_
(; ゚∀゚)「えー……何でそういうこと言うかな。
つーか……」
_
( ゚∀゚)+「ワキ毛剃れよお前。
良おっぱいなのに勿体ねーな。その分だとシモのおヘアーも大草原だろ?」
ハインリヒの顔色は一瞬真っ赤に、次の一瞬で怒りに蒼ざめる。
_
( ゚∀゚)+「お、その反応は剃ってねーな?
だいじょーぶだいじょーぶ、俺は大草原も太平洋も大歓迎だ。任せとけって!」
从#゚∀从「……オーケー。
どのみち陸に上がったら殺す気でいたがよ、今ブッ殺してやらあ」
ばきばきと指を鳴らして立ち上がるハインリヒ。
いくら何でも太平洋という形容詞は古すぎではないだろうか、と俺は思った。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:35:34 ID:4mGKmFH60
- 从# ∀从「おら、歯ぁ食いしばれド変態ッ!」
ジョルジュの胸倉を掴み上げるハインリヒから視線を逸らす。
クーとしぃが、揃って冷ややかな目で肩を竦めた。
横っ面を張られたジョルジュが、水平方向に綺麗に二回転して床に崩れ落ちた。
('A`)「……何かもう」
('A`)「色々ダメだこいつら……」
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:37:50 ID:4mGKmFH60
- ξ#-⊿-)ξ「もう、質問はいいわね。
他には、何か」
誰も答えない。
何も分からないことが分かった。それだけだ。
それでも一通りの回答が得られたことに満足したか、ギコもハインリヒも、再び降りるとは言わなかった。
ジョルジュの返答もない。
殴られた顔面を押さえて床にうずくまっているせいかも知れないが。
ξ゚⊿゚)ξ「では、最後に。
明日の編成を伝えます」
締め括りにツンデレは髪をかき上げ、右手の端末を見る。
ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュ、クックル、しぃ、クー。貴方達はC班。
"キャスタ"へ向かい、ログを回収して」
_
( ゚∀゚)「……なんだよ……つっ。
ハインリヒの奴と一緒じゃねえのか? つまんねーな」
从#-∀从「……」
(*゚ー゚)「はい」
川 ゚ -゚)「……承知した」
( ゚∋゚)
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:38:36 ID:4mGKmFH60
- 四人……クックルを除く三人が、頷く。
不満の声は、少なくとも表面上は、ない。
ξ゚⊿゚)ξ「"パラクス"へは、ギコ、ハイン、ドクオ。
……それと、私が同行するわ。こちらがP班」
俺達は、押し黙る。
(,,゚Д゚)「……」
从 ゚∀从「……お前が? オレ達と?」
ξ゚⊿゚)ξ「高深度潜水、閉所作業の訓練は一通り受けているから、ご心配なく。
貴方達は、私の指示に従っていればそれで良いわ」
从 ゚∀从「ほー……訓練、ね。
こりゃあ楽しい遠足になりそうだぜ。なあ、ギコ?」
あからさまに気分を害した様子でハインリヒは吐き捨てる。
ギコはそれに答えず、静かに首を振るだけだった。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 00:41:10 ID:4mGKmFH60
- ハインリヒの言わんとすることも理解できる。
どんな現場でも同じだ。経験のない人間の存在はそれだけでチームワークを乱し、作業の効率を落とす。
そればかりか、周囲の人間に危険を及ぼす可能性もある。
それにハインリヒは、露骨にツンデレに反発している。
この二人が同じチームであること自体、既に頭が痛い。
ξ゚⊿゚)ξ「帰還時の分を残して、嗜好品と食料を分配します。
ただし、出発は明朝六時。遅れないよう注意しなさい。
――以上よ」
( ・∀・)「キミ達の働きには期待しているよ。
曲がりなりにもプロだからな。
それでは、せいぜい健闘を祈る」
形ばかりの挨拶を残し、二人はミーティングルームを後にする。
後には、俺達七人が残された。
【続】
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:25:30 ID:4mGKmFH60
【log #02】
.
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:27:36 ID:4mGKmFH60
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『人口増加による労働人口の相対的増大と海面上昇に伴う経済圏の相対的な縮小。
化石燃料の消費量増加、半導体産業の発展に伴う、海底油田・レアメタル等の海洋資源の重要性の向上。
また近年の海洋回帰思想に伴う各種調査の広範囲化、高頻度化。
これらの事情により世界経済において比重を増してきたのが潜水工夫"Minerdiver"と俗称される職種への
就業者の増加である。
彼らは場所を問わず、大きな危険を伴う深度数百メートル以深の作業に従事する。
ここで、問題はその職務内容ではなく、職務形態その他にある』
『陸上よりも遥かに広い海上の国境の警備は困難を極め、また多くは数日~数週間という比較的短期間での
職務が大部分を占める。加えて作業内容の高度さから、雇用者は高額の報酬を喧伝して違法な手段で労働
力を確保するケースが非常に多い。
多くの場合、その就業規定は法で定める範囲を逸脱するものである。
例を取れば、太平洋上にレアメタル採掘用ベースを設営する某アジア半導体企業のプロジェクトでは従事者
の高深度作業への従事時間は平均して国際基準の3~4.5倍であり、逆に住環境が国際連合の定める最低
基準を満たしているサイトは全体の20パーセント未満であった。
最も過酷なプロジェクトでは、作業員は日に合計11時間超の高深度飽和潜水を行い、平均睡眠時間は一日
あたり4時間を切っていた。さらに栄養基準はWHO基準の1/3未満であり、精神衛生の保全を口実として海中
作業に支障を来すアルコールまたは導眠剤、もしくはその両方が配布され、その摂取が奨励される場合すら
あった』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:38:56 ID:4mGKmFH60
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『課題は、労働環境に留まらない。
経験・技術重視で身元保証を軽んじる慣習が根付いており、労働者は十分な審査が行われないまま国境
を跨って海上を移動し、派遣先での作業を終えそのまま現地で解放されるケースが大多数である。
これは潜水工夫を装った犯罪者、危険思想保持者を初めとする反社会勢力の構成員等が、正規の入国
審査を回避した越境の手段として潜水工夫の職を装うこと助長するリスクを孕んでおり、治安維持の観点
からも到底許容し難いものである』
『海洋事業は重要度を増しているだけに、西欧を中心に連携し、明確かつ厳密な法制度化の迅速な実現が
急務である。それを軽んじれば、近い将来、人類は"三つの危機"の解消よりも大きく、そして根深いリスク
を全地球的に負う憂き目に遭うであろうことは想像に難くない』
『我々は、無国籍者、犯罪者、無神論者が富む経済を望まない。
それは同業者組合が支配する中世の薄汚れた、野放図な経済構図の再来に他ならない。
求められているのは真に統制された発展と繁栄であり、破落戸の楽園ではないのだ。
法、信仰、道徳および信念に依る"真に善なる経済"が最善であることは、これまでにも繰り返し述べた。
我々の不肖の子、かの国で巻き起こった"ゴールドラッシュ"の如き低俗、短絡的かつ即物的な経済活動
は否定され、富の産出が然るべき国家群に主導され統制されるべきであることは自明であり、そしてまた、
その富が相応しい場所に帰すべきであることについては議論を待たない』
――2082年12月、西ヨーロッパ経済圏連合 内部文書
「海洋事業の動向に関する調査報告書」抜粋
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:39:36 ID:4mGKmFH60
- _
( ゚∀゚)「あーあ。
ちょろい仕事だと思ったんだがよ、なーんか、面倒なことになっちまったな」
加熱式の無煙煙草を咥えたまま、ジョルジュは溜息を吐いた。
言葉に合わせ、口元から淡い湯気が立ち上る。
俺達は食堂で落ち合い、配られた食料でささやかな宴を開いていた。
ミーティングルームと同じクリーム色に統一された食堂は狭く、設備も最低限だ。
火が使えないため、調理器具と名の付くものは電子レンジしかない。
テーブルは四人掛けが二つで、俺達が全員席に着けばカウンター前の通路を通るのも窮屈なほどだ。
とはいえ、それでも普段の現場からすれば天国のようなものだ。
調理場などなく、座る間も惜しんで冷え切った栄養食をかき込み次の作業に向かう……というのが、よく
ある食事風景だからだ。
ただ、酒だけはない。
海中作業では酒は御法度だ。
潜水の方法と潜る深さにもよるが、海中で生身の作業を行うと体内のガスが水圧で圧縮され気泡になり
血管内に放出される。血管を拡張し体内の水分を排出させるアルコールは、この悪影響を助長する。
酸素欠乏や、気泡になったガスが血管を塞ぎ発生する全身症状、いわゆる減圧症のリスクが高まる。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:41:20 ID:4mGKmFH60
- 从#-∀从「っとによ。
都市計画機構だか何だか知らねーが、やっぱ役人相手の仕事はクソだぜ。
あいつら、ふざけやがって」
(*゚ー゚)「ま、私たちもおカネに釣られて来てる訳だしね。
……でも、やっぱりちょっと酷いかな」
吐き捨てるハインリヒに、同調するしぃ。
プレッツェルを齧りながら忙しなくノートパソコンを操作している。
覗き込むと、はにかんで眼鏡を上げた。
ここでは俺達に広域ネットワークの利用権はないはずだが、ウェブブラウザはインターネットに接続して
いる。
(*゚ー゚)「ちょっとね。あの人たちが言ってたこと、本当かな、って思ったから調べてたんだけど。
やっぱり、情報はないみたい」
('A`)「いや……ネット、使えるのか」
(*^ー^)「まあ、ちょっとね。セキュリティが貧弱すぎたから、ちょっと間借りさせて貰ってる。
だってさ。使えるってことは、使っていいってことだよね?」
('A`)「……」
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:44:41 ID:4mGKmFH60
- (*^ー^)「ま、気にしない、気にしない。
あたし、元々こういうの専門だから」
_
( ゚∀゚)「マジかよ? ハッカーすげえ!
じゃあ俺の赤裸々な私生活も……」
(*^ー^)「うん、その前にね。
ああいうコトするときは、部屋のドア閉めた方がいいと思うよ」
_
( ゚∀゚)「……」
(*^ー^)
('A`)「……」
_
(;゚∀゚)「くっ。カワイイ顔して、意外と手強いじゃねえか……!」
('A`)「何がだよ」
プレッツェルを食べ終えると指に着いた粉を舐め舐め、またキーボードを操作する。
時折首を傾げてこめかみに指を当てると、宙を差してくるくると回す。
思い出したように身体を起こすとパソコンを膝に置いてテーブルからロリポップを取り上げた。
この中ではただ一人身に付けている眼鏡の、淡いグリーンのフレームに指を当てる。
癖なのか、こめかみに当たる部分を何度も前後にさすった。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:47:02 ID:4mGKmFH60
- (*゚ー゚)「うーん……むー……」
何かを調べようとしているようだが、操作が早すぎて俺には分からない。
(,,-Д-)「準備のしようもない。
だが……解る範囲で、できることをするしかない」
ギコが静かに、深い声で言う。
年嵩の落ち着いた声に、俺達は自然とギコを注目する。
他のメンバーが恐らくそうであるように、俺もギコとは初対面だ。
だが、この中では一番経験が長く、他人を従える事にも慣れているのだと察しは付く。
何ということのない言葉、挙動にも、自然と引き付けられるものがあるからだ。
経験がある奴の振る舞いは、皆そうだ。
些細なことでも、根拠がなくとも、不思議と頷かされてしまうような引力めいた説得力がある。
皆が自然と見守る中、ギコは手を挙げ、しぃが食べ終えたカップケーキの容器を取り上げた。
アルミホイルでできたそれを、ピザの空き箱に伏せて置く。
まず、ひとつ。そして、点対称の位置にもうひとつ。
次いで、リンゴをそのカップの上に置いた。
これも、二つ。
磨かれた赤と緑の果実が、白褐色のボール紙の箱、銀色の土台の上に並んだ。
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:49:05 ID:4mGKmFH60
- ピザの空き箱は都市の土台。二つのリンゴは二つの都市。
そして二色のリンゴを支えるカップが、都市を支える鉄骨で組まれた橋脚。
ただ、橋脚、とはいうものの、その役割は地上の橋とは逆だ。
海中に空気を内包する大きな球体を沈めているため、実際には非常に大きな浮力が発生しているからだ。
都市全体が浮かび上がることを防ぐため、橋脚は都市のフレームと一体構造となり、都市部を土台に結び
付ける錨の役割を果たしている。
(,,゚Д゚)「"キャスタ"、"パラクス"。構造は同じだ。
エントランスゲートは使えない。進入路は――」
後を受け。
ジョルジュが赤いリンゴの側面を指で、こん、と叩く。
_
( ゚∀゚)「――都市側面の工業区画にあるメンテナンスハッチ。
まずはおんぼろ探査艇で"接岸"してメイティングだな。
船の操作に自信がある奴は?」
顔をテーブルに乗り出し、ぐるりとテーブルの周囲を見回し訊く。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:50:05 ID:4mGKmFH60
- メンテナンスゲートはエアロックではなく、ハッチになっている。
進入には探査艇からのメイティング――互いのハッチを接合し、気圧を保ったまま通路を確保する――
が必要になる。
探査艇のコンピュータのサポートを受けても、メイティングには慣れと勘が必要だ。
人間一人がようやく通れる径のハッチを、数センチの誤差もなく合わせる必要がある。
それは潜水工夫の中でも一部の人間だけが持つ技能だ。未経験者に可能な作業ではない。
都市計画機構の奴らは、そんなことすら考えていないだろうが。
ややあって、クーが。そして、クックルが手を挙げた。
俺も、少し遅れて挙手する。
( ゚∋゚)「……」
川 ゚ -゚)「この海流なら、行けるだろう。
オフューカスと同系の日本製DSRVで救助経験がある」
どちらの班にも経験者がいる。
ひとまずは問題ないだろう。
(,,゚Д゚)「そして――」
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:52:28 ID:4mGKmFH60
- 腰のポケットからダイバーナイフを取り出す。
赤いリンゴを箱に置き、押さえ、半分に切った。
それをさらに半分に……四分の一に切り分ける。
白い断面が数滴の果実を垂らして滴り、ボール紙の空き箱を濡らした。
(,,゚Д゚)「――居住区は、都市の中心部だ。柱状に住宅が連なっている。
各区画を通過し、そこから制御区画の下部へ降りる」
リンゴを海底都市とするなら、その種が居住区画。
そして中心部を縦に走る芯、その底部が制御区画になる。
中心に制御区画、その周囲に居住区画。
四つに切り分けられた白い果肉が、それぞれ工業区画、農業区画、商業区画、行政・厚生区画だ。
ただし、工業区画から制御区画に直接入ることはできない。
緊急事態となり隔壁が下りれば、危険分子の破壊活動を防止するため……端的に言えばテロ対策の
ため、都市のライフラインを支配する制御区画への経路はたった一つのルートを除いて閉鎖される。
それがそのまま、今回俺達が取るルートになる。
すなわち、ツンデレの、そしてギコの説明通りだ。
メンテナンスハッチから螺旋状に四つの区画を通過して下り、中心部の居住区画から制御区画に入る。
目的地となるサーバルームは、都市の中心下部にある。
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/24(木) 23:55:35 ID:4mGKmFH60
- 身を乗り出し、クーがそのリンゴの一切れを手に取った。
川 ゚ -゚)「酸素濃度はエベレストの頂上以下、空調も止まって"気温"も氷点下付近。
毛布が支給されるかどうか、確認すべきだったな」
从 ゚∀从「都市計画機構のクソだせえロゴ入りをか? 冗談じゃねーな」
もう一切れをハインが摘み上げ、さく、と齧る。
从 -∀从「入りさえすりゃ、あとはピクニックみてえなモンだ。
悩む必要もねーだろうよ」
彼女の言動には他人を揶揄するような調子が多い。
だがそれは慢心に繋がっていはない。態度にも視線にも、気の抜けた様子はないからだ。
時折目を伏せて視線を彷徨わせるのは、今後起こりうる事態に考えを巡らせているからだと予想する。
('A`)「……だろうな」
その言葉ではなく、素振りに同意する。
生身では呼吸すら覚つかず、凍えて窒息死するのは確実。
ろくな明かりもなく逃げ場すらない、巨大な深海の密室。
確かに過酷な環境だ。
だが。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:03:04 ID:009HG9sU0
- 俺たちは恐らく、皆同じことを考えている。
外……3,000メートル超の海中に比べれば余程ましだ、ということをだ。
少なくとも、たった一つのミスで瞬時に圧死することはない。
大気圧潜水服がひび割れる音を聞きながら海溝を30時間かけて沈み続けることも、海流に翻弄され永久に
海底を漂い続けることも、発破の衝撃で作業ブロック内にいながらにしてホールトマトになることもない。
たった今まで一緒に作業していた同僚がそうやって死んでいく様を何度も見てきた。
潜水工夫は親友が隣で死ぬのを見捨ててこそ一人前、と良く冗談半分に言われる。
だが言葉通り、冗談なのは半分だけだ。
この場の誰もが、同じ経験をしているはずだ。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:05:02 ID:009HG9sU0
- (*^ー^)「頑張ろうね。
終われば、四ヶ月は遊んで暮らせるし」
しぃが明るく言い、残った二切れの片方に、持っていたロリポップの柄を器用に突き刺す。
都市機構の姿勢はいけ好かない。だが報酬は、まさに破格だった。
最後の一切れを取り上げ、ジョルジュも笑う。
_
( ゚∀゚)「ああ。明日が待ち遠しいぜ。
パパッと終わらせて陸に戻りゃあ、暫くはおっぱい三昧だ」
川 ゚ -゚)「……」
(*゚ー゚)「……」
从 ゚-从「死ねよ」
( ゚∋゚)
女たちの冷たい目と、控えめかつ端的なハインリヒの罵倒。
それを余所にクックルは、黙って緑のリンゴを掴み上げるとかぶり付いた。
こいつだけは、何を考えているのか良く分からない。
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:06:35 ID:009HG9sU0
- ともあれ、当初の予定とは掛け離れているものの、やるべきことは決まった。
後は、明日だ。
ふたつのアルミカップだけを残す、ピザの空き箱を見る。
脂と果汁は混ざらず、斑になり、ボール紙に濃灰色の染みを作って浸透している。
その酸い液体の中で融けたチーズの細長い切れ端が浮き上がり、震えた。
それは液面に沿って浮かび上がり、揺れ、箱の端からテーブルに、ぬるり、と滑り落ちた。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:09:44 ID:009HG9sU0
- 作戦会議が終わると、後は流れ解散になった。
しぃ、ギコ、ジョルジュは残り、残りのメンバーは食堂を後にする。
川 ゚ -゚)「――ドクオ」
頭が天井を擦りそうなほどの低く狭い廊下で。
部屋に向かう道すがら、背後からクーに声を掛けられた。
部屋は男女別に分かれているが、通路を挟んで向かい合っている。
向かう方向は同じだ。
並んで歩くことはできず、彼女を背後に、連れ立って歩く。
川 ゚ -゚)「君とは、別の班だな。残念だが」
('A`)「……そうだな」
確かに、残念だ。
彼女の残念と俺の残念は、少し意味が違うだろうが。
それこそ、残念なことに。
川 ゚ -゚)「心配はしていないが、用心しろよ。
つまらん仕事で貴重な顔見知りを失いたくない」
('A`)「ああ。俺もだよ」
居室に辿り着くまでの一分足らずの時間。
ただそれだけの会話を交わして、後は無言で歩く。
低い空調の作動音に、かつん、と足音が響き廊下を通り抜けていく。
顔見知り。
彼女にとっては、それだけだろう。
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:11:52 ID:009HG9sU0
――示し合わせたわけでもないのに、彼女とは不思議と同じ仕事に就くことが多かった。
彼女と知り合ったのは四年半前、石油プラントの建設現場だ。
潜水工夫にアジア系の女は特に少なく、彼女の姿は嫌でも気を引いた。
川 ゚ -゚)
油と埃、それと生傷だらけの顔。
初めて会った時の彼女の顔は、今でも覚えている。
最後に会ったのは、あのメキシコ湾の油田。
錆びたパイプの手摺に身体を預けて、海面を眺めながらぬるいコロナビールで乾杯を交わした。
気まぐれな海流と汚泥の撒き上がる海底で、重量300キロを超える大気圧潜水服での作業。
決して楽ではなかったが、それだけに仕事を終えた時の解放感は、格別だった。
仕事のきつさが理由では、勿論なかったが。
『また、どこかの海で会えるといいな』
たったのビール一本で微かに紅潮させた頬をして屈託なく笑う彼女。
海風に髪を遊ばせる彼女に、俺は酒の力を借りてさえ何一つ、用意していた台詞を吐けなかった。
.
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:15:27 ID:009HG9sU0
――どれだけ目を凝らしても。
ただ、果てしなく続く海。
太陽と番った海は水面にその色姿を呑み込み、空もまた同色に染め上げていく。
あの時、そこは、海原の果ての楽園だった。
――『良い、気分だ。
こうしていると……まるで私たち、この世にたった二人残された、最後の人類だな』
一際強い風に黒髪を広げ、彼女はそう言って、また笑んだ。
そして手摺りから身を起こそうとして……脚をもつれさせ、よろめいた。
その彼女を俺は反射的に支えようと手を挙げ。
そして、結局、差し伸べることはできなかった。
阿呆なガキみたいに手を伸ばしかけて口を開けた俺を、彼女は、膝を突いたまま静かに見た。
そして、静かに笑った。
『――ふふっ』
何が可笑しかったのかは今でも聞けていない。
聞く必要もない。
――海は、嫌いだ。
だがあの瞬間、俺は少しだけ海が好きだった。
.
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:15:54 ID:009HG9sU0
【log #03】
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- 57 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:17:40 ID:009HG9sU0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『きのう、ポイント1の大陸棚バラックが倒壊した。
当然だが工期は延びねえ。一応支社に掛け合いはしたが、てめえらのミスに余計なカネは出せんとよ。
ま、お決まりの回答だが、そもそも通信用ケーブルの埋設・改修なんざ普段は人手を使わずにやるもんだ。
それをごちゃごちゃいじくりまわした挙句、海底でねじって破断させた上に岩場にハメたのはお前らだろうが。
くそったれの石頭の、ソロバン弾きのケツの穴野郎共が』
『……まあ、いい。
そんなわけで、きょうは徹夜で再組み立てを行うことになった。
その後は流れちまった工具と資材の再調達、運び込みと点検。
単純計算で三日の足踏みになるから、これが終わってももう三日はどこかで取り返さなくちゃいけねえ。
この分だと残りのケーブル補修は24時間体制になりそうだ。くそったれ。
どうせ、原因は単純なもんだ。海流が荒れたんじゃなきゃ、仮組みの時点でフレームに歪みが残ってたか、
さもなけりゃ水密分圧パッキンのウラオモテを二、三個ばかり逆にして組みやがったか、その程度のもんだろう。
いつも通りのやつだ。
やらかした奴が分かれば八つ裂きにしてやるところだが、まあ、無理だろうな』
『正直、飽和潜水で規定時間超えを繰り返すのは嫌なんだ。
長い減圧室暮らしの間、ちょうどいいズリネタになるような美女――いや、美人じゃなくてもヤらせてくれるなら
誰でもいいが――と一緒に過ごせるとも限らねえしな。
そういやサスガの兄弟が、ちょっとぽやっとしちゃいるが、えれえいいおっぱいの女と三人で丸一週間楽しんだ
なんて吹聴してたが、ありゃあマジか? 幻覚じゃねえなら名前聞いとかねえとよ。
たしか、シ……シューなんとかって言ったっけ』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:19:06 ID:009HG9sU0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『……』
『……いや……アレだ。
ここだけの話……最近、全身あちこち調子が悪いんだよ』
『そりゃあ、身体中の血管に窒素、酸素、それにヘリウムをしこたま溜め込んで潜るんだ。
健康にいいはずもねえのは分かってる――だが、最近は特にだ。
だるくて夜もロクに眠れねえ。動悸と耳鳴りもするし、酷い時は鼻と耳から血が出て止まらなくなりやがる。
医者に――いや、医者は嫌えだ。
船医は、ロクに診察もしねえでそれは心因性のどうこうだと言いやがる。
だが、陸の医者にかかるにゃカネが掛かる。それで静養しろなんて言われたら、俺はもう仕事ができねぇ。
そうなったら、干乾びるだけだ。
ああ、どうも関節がギシギシいっていけねえや。
……そうだな……今日。今日が終わったら、スケコマシのサスガの奴らに任せて丸一日、休もう。
よし、決めたぞ』
――2209/02/15、ケーブルシップ「ヘリオス」 随伴作業船 ヒスパニック系潜水工夫の音声ログ
(該当の潜水工夫は同日の作業中、機材の操作を誤り事故死した)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:21:56 ID:009HG9sU0
- 明朝、五時五十五分。
配管が林立する殺風景な艦内に、八つのオレンジ色の防護服が並んだ。
ξ゚⊿゚)ξ「点呼は要らないわね。
計八名、集合」
二つのエアロックに通じる二つの水密扉の間に立ち、ツンデレ。
彼女も無論、俺達と同じ防護服を着ている。
一点、その左胸に地球都市計画機構のワッペンが縫いつけられていることだけが違う。
そのフォルムは俺達が普段の仕事で船外活動に使用するエグゾスーツ――外骨格型大気圧潜水服――
それよりはむしろ宇宙服、さもなければ対爆服であるサラトガスーツに近い。
使う装備の説明は、事前に受けている。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:24:10 ID:009HG9sU0
――連邦政府にも採用される、対汎環境装具の系列品。
制式名称"ナファルC mod.B"……シビリアンモデル、B型装備。
対環境……つまり、衝撃、爆風、毒ガス、細菌、放射性降下物といった、あらゆる有害な外的環境
要因からの保護を第一目的とする装具だ。
胴部はプロテクターに守られ、頭部は180度の視界を確保した樹脂製のバイザーと一体の密閉型
マスク。関節の可動域と作業の精密さを両立するため上腕部と脚部の巾は広く余裕を持たせてあり、
腕と脚の関節部は蛇腹状に生地が折り込まれている一方、肘から先は細く絞られ肌に密着する。
行動時はバイザーを閉じ、酸素ボンベを使用して呼吸を行う。
ボンベは背中のコントロールボックス内に配置されている。
コントロールボックスの制御装置は内部の温度調整から戦術データリンクを利用した統合型通信まで
全てのコントロールを担っている。
これら制御系機能へのアクセスと通信その他機能の使用は、左腕前腕部に埋設された静電式タッチ
パッドのコントロールパネルで行える仕組みだ。
また、少量だが、飲料水のタンクも付属している。
潜水服もそうだが、このように全身を密閉する装具で気を付けなければいけないのは低温よりもむしろ
高温と、それにより引き起こされる脱水症状だ。
体温を外界に逃がすことができないため、時間が経つと熱が溜まり内部は耐え難い高温になってしまう。
.
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:25:24 ID:009HG9sU0
- ξ゚⊿゚)ξ「まずC班。オフューカスIIで"キャスタ"に向け出発。
45分後、P班がオフューカスIVで"パラクス"へ。良いわね」
事務的な口調の中に、幾分の棘と投げやりさを潜ませることも忘れない。
_
( ゚∀゚)「へいっ、上官どの。了解であります!」
ξ゚⊿゚)ξ「下らない冗談は沢山よ。さっさと行きなさい」
おどけて敬礼をするジョルジュをあしらい、彼女は壁に背を預けた。
_
( ゚∀゚)「ちぇ、つまんねえの。
んじゃ、行ってくるわ」
こちらを向き直り、軽く手を振る。
从 ゚∀从「勝手に行けよ、お前は死んでいいぞ。
むしろ積極的に死ね」
_
(; ゚∀゚)「…あー……お、おう……」
こいつに味方はいないようだ。
肩を落として去るジョルジュ。
その後に、クックル、クー、しぃの三人が後に続く。
(*゚ー゚)「じゃ。みんなも、気を付けて」
川 ゚ -゚)「また後でな。ドクオ」
('A`)「……ああ」
引っ詰めにした髪を無骨な防護服に収めたクーに軽く手を挙げ、俺達も気密扉を潜った。
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:26:11 ID:009HG9sU0
- エアロック上部から梯子で下り、そこに固定された探査艇、オフューカスIVを見下ろす。
白い塗装が所々剥がれ、鈍色の下地に汚れと貝を貼り付けた不格好な楕円球は海中での俺達の命を
握る揺りかご兼棺桶だ。
全長9.8メートル、全幅3.1メートル、全高3.05メートル。
主推進スラスター、水平スラスターおよび垂直スラスター各2基、計6基。
前部に二基、後部に一基の高輝度メタルハライドライトに、一対二本の作業用マニュピレータ。
そして発着架台に隠れた船体下部にはメイティング用のスカートを備える。
オフューカスIVは30年、IIは55年の型落ちだ。
外装は劣化し電子機器も設備も今でこそ時代遅れのロートル。
だが、短い付き合いだが、挙動の安定感は気に入っている。
エアロックの床に降り、その開かれた上部ハッチから艇内に入る。
ハッチは直径約90センチほどで、防護服を着て入るには手狭だ。
普段の作業なら、潜水服は乗り込んでから着る必要があるほどだ。
深海探査艇の内部は、同じように狭い。
外側を覆う耐圧殻の内部にさらに水圧に耐える球状のブロックを三つ埋設し、その内部のみが利用可能
な空間になっているからだ。
最前部の耐圧球が操縦室、最後部が機械室。
居住空間は中央の耐圧球内部で、詰めてもせいぜいどうにか四人が座れるだけの広さしかない。
とはいえ、前世紀の同容積の探査艇が操縦手も含め定員四名だったことを考えると十分広いとは言える。
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:27:01 ID:009HG9sU0
- ξ゚⊿゚)ξ「操舵は誰が?」
('A`)「俺がやる。ハインリヒとギコは後ろへ」
(,,゚Д゚)「了解した」
从 ゚∀从「あいよ」
ツンデレと二人で低い扉をくぐり、最前部の操縦席に向かう。
オフューカスIIとその後継であるIVの最大の差異は、電子危機の充実度だ。
コントロールパネルの面積自体が大きく、情報量も充実している。
最も嬉しいのは、エアクリーナーが振動でびびったりゲロのような臭いをまき散らさないことだが。
ξ゚⊿゚)ξ「アナウンスに従って離艦して。
"パラクス"への到着後、シンカーから追って指示するわ」
('A`)「……了解」
こちらも余計な会話をする気はない。
短く答えて、スツールにもたれた。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:27:48 ID:009HG9sU0
- ややあって、昨日の帰艦時と同じあの合成音声のアナウンスが流れ始めた。
『注水を開始します。
乗組員は注水完了まで待機し、発着架台の降下が停止したのちに発進操作を行ってください。
注水を開始します……』
発着架台は言わば伸縮式のアームで吊るされた工事用のエレベータだ。
シンカー01の内部から約30メートル降下し、そこで再び固定される。
後は後進をかけるだけで発艦することができる。
低い唸りが船体を通して感じられる。
エアロックが開かれ、注水が開始したのだ。
音は完全に遮断されているが、その振動から察することができる。
('A`)「……」
ちらりと横を見る。
防護服の中で、やや硬い表情で唇を噛むツンデレの横顔が見えた。
ξ -⊿-)ξ
ツンデレは「訓練の経験はある」とハインリヒに答えた。
裏を返せば、実戦経験はゼロ、ということだ。
俺達にそれを表すことはないだろうが、少なからず不安と緊張を感じているに違いない。
互いに無言のまま、注水による船体の震えに身を任せる。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:28:37 ID:009HG9sU0
- 『注水を完了しました。発着架台を降下します。
乗組員は計器を確認し、ガイドに従って後進発進を行ってください。
注水を完了しました。発着架台を降下します……』
後部カメラが捉える外界は、白いシンカー01のエアロックからひたすらの闇へと降下する。
そこはもう、地球上でたった一握りの選ばれた生物だけが生存できる、300気圧超の水圧が支配する
世界だ。
無論、その「一握り」に人間は含まれない。
注水による振動が止まる。
次いで船体が、がくん、と大きく一度揺れ、そして船体が徐々に下降し始めた。
それに合わせて俺はコンソールを操作する。コントロールパネルの各所に照明が灯り、船体の角度、
深度、周囲の地形と共に目的地である"パラクス"との位置関係を示した。
――深度3,372メートル。
11,062.1フィート。
.
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:30:08 ID:009HG9sU0
- 『発着架台、降下完了。
乗務員は速やかに発艦フェーズを開始して下さい。
発着架台、降下完了……』
それを確かめて、船体後部の主推進器に。
そして前部、後部各二基が搭載された垂直スラスターに、徐々に動力を掛けていく。
モーター音が徐々にトーンを上げて船体を震わせる。
('A`)「オフューカスIV、離艦――」
母艦への短い報告だけを呟く。
発着架台からの発進は船体を一旦浮上させ、後退で発進する。
深度計のデジタル表示だけを頼りに船体を引き上げ、そして主推進器に逆回転を掛けた。
セミオートでの操縦が可能とはいえ、離発着とメイティングは繊細な操作を要求される。
ここだけは、必ず人力で行う必要がある。これをいかに不快感なく、スムーズに行えるかに腕の差が出る。
陸の人間には理解できないであろう「花形」だ。
ごとん、と鈍く重い衝撃が内臓を揺さぶる。
そして、プールの底についた足を持ち上げる瞬間に似た遊離感。
船体は、架台を離れた。
それが船体を包む微かな浮遊感で分かる。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:36:49 ID:009HG9sU0
- ('A`)「――オフューカスIV。フェーズ・ワン完了。
"パラクス"メンテナンスハッチに向け半自動操縦を入れる。
シンカー01、経路誘導頼む」
『――シンカー01、了解した。
回収作業終了後、帰艦時に再度連絡するよう要請する。以上』
('A`)「オフューカスIV、了解した』
隣にいるツンデレに代わり、見知らぬ若い男の声が応答する。
それを聞き届け、俺は"パラクス"の方角へと船首を転回させた。
目的地までは約1.8キロメートル。
平均5ノットの速度が出せるオフューカスIVなら、海流を考慮しても30分もあれば到着できる。
航路が規定の軌道に乗ると、後部から通信が入った。
ハインリヒの声がスピーカーから流れる。
从 ゚∀从「キャビンアテンダント?
キャビアとシャンパン頼むわ。あと仮眠用のだせぇ毛布な」
('A`)「あー……お客様。本機は特別エコノミー便です。
機内食も毛布も、映画上映サービスもございません。
なお、シートは倒れません。お休みになる際は、お手元の吸入式全身麻酔を」
从 -∀从「はッ。ほざきゃあがれ」
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:38:26 ID:009HG9sU0
- 隣の防護服がこちらを向き直る。
あえて見返しはしなかったがその表情は容易に想像が付いた。
ξ゚⊿゚)ξ「呆れた。貴方達って本当、いい加減なのね」
それは正しい。
同時に、間違っている。
俺達は、仕事に対しては真摯だ。
彼女にとって問題で、そして不幸なのは、俺達は公務員でも会社員でも、ましてや聖職者でもないということだ。
思わず、反論が口を衝いて出る。
('A`)「いい加減ってのは――仕事の内容を直前になって変えたり、ろくに経験も積んでないメンバーを
リーダーに据えたりするような事だろ」
ξ#-⊿-)ξ「……それは。
都市計画機構に対する批判と取っていいのかしら?」
('A`)「どうとでも」
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:40:47 ID:009HG9sU0
- ツンデレもモララーも、都市計画機構の職員としては優秀なのだろう。
だが俺達は、その優秀さの根拠にも背景にも全く興味がない。
いつもやっていることを、いつもやる通りにこなすだけだ。
深海は、今もなお未知の世界であり続けている。
この深度での作業は俺にも数えるほどの経験しかない。
闇と、冷気と、高圧が支配する世界。
透過力の強いメタルハライドライトの光さえ激しく減衰させる重く、濃い闇。
モニタには時折、白い雪に似た堆積物――マリンスノー ――が舞い降り、あるいは舞い上がる様を
狭い視野に映し出すだけだ。
魚影すら稀だった。
俺達の船は、ただ静かに進んだ。
- 70 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:41:14 ID:009HG9sU0
- 26分後。
前部カメラが、巨大な建造物の影を捉える。
球状の極多面体を構成する黒い金属のフレーム、そして、フレームの間を埋める樹脂のパネル。
パネルは透明な素材でできているらしいが、灯りのない深海では内部を見通すことはできない。
ただ黒々として、平板で、船体前部のライトを向けると真っ白い反射光を折り返すだけだった。
無論、建造物の存在は出発時点から明らかになっている。
しかしモニタで確認可能な距離まで近づくと、その幾何学的な構造と巨大さには改めて驚かされた。
('A`)「オフューカスIV。
検証都市"パラクス"外殻を目視」
『シンカー01、了解した。
メンテナンスハッチへの遠隔誘導を継続する。メイティングは手動で行うよう要請する』
('A`)「オフューカスIV、了解」
巨大な"パラクス"の外殻。
そこに船体を纏わりつかせるように、側面のメンテナンスハッチへと浮上する。
海流は、構造物の周辺ではそれに沿って流れるように微妙な変化が生じる。
「向かい風」に流されないよう、全てのスラスターを総動員して微調整する必要があった。
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:42:15 ID:009HG9sU0
- 船というものは、構造上、言うまでもなく捻りを加えるような圧の掛かり方に弱い。
「上流」に慎重に船首を向け、前部スラスターの出力を上げる。
圧力の変化に船体が負けないよう、流れに逆らわず船体全体をスライドさせながら回頭させていく。
ぎしり、ぎしり、と後方から歪曲音が響く。
へし折れるほどの力ではないものの、相反する流れに逆らう船体側部にストレスがかかっているのだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ」
不安げに、ツンデレが腰を浮かせて振り返る。
('A`)「お客様、お手洗いは着陸後にどうぞ。
我慢できないなら、今のうちに垂れ流しで」
ξ#゚⊿゚)ξ「ふざけるのは、止めて!」
('A`)「ふざけてちゃ、悪いか?」
ξ#゚⊿゚)ξ「当たり前でしょう。何よ、その――」
言い募る女に、少し意地悪をしてやりたい気分が首をもたげる。
だから今回ばかりは堪えず、頭に浮かんだ言葉をそのまま引き出した。
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:43:08 ID:009HG9sU0
- ('A`)「――それで、この先、保つのか?」
虚を突かれたような表情になる。
ξ;゚⊿゚)ξ「……何よ。
どういうこと?」
存外に素直な反応。
不安なのだろう。
経験のない深海での作業が。
だが、早速ここで潰れられたら困るのは俺達の方だ。
目の端で見て、操縦に専念することにする。
('A`)「リーダーがそれじゃ、下は付いてこないぜ」
返事は、ない。
ξ ⊿ )ξ「……」
元より、反応は求めてない。
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:45:08 ID:009HG9sU0
- 球体の赤道部分からやや上昇したところに、目当ての場所は見つかった。
球――"パラクス"側面やや上。
概ね均整の取れた球状をしている外殻のフレームに囲われた一区画が海中に向けて突出し、水平に張り出している。
カメラをズームすると、その突端、上部にハッチが存在するのを発見できた。
この探索艇は、船体下部にスカートを備えている。
椀を逆さにしたような形状のスカートの周囲には、分厚いゴムパッキンが設置されている。
これをメンテナンスハッチ密着させ、通路を確保するのだ。
ゴムパッキンは水圧により密着し、取りついた対象への移動が可能になる。
元々は沈没した船舶の救助のため海難救助艇に搭載された機構だが、海中施設へのアクセスが一般化した現在、
小型船への搭載は半ば標準化している。
('A`)「"パラクス"メンテナンスハッチを視認。
騎乗位でロデオタイムだ。
オフューカスはデカ尻熟女だしな……短小野郎はしっかり手を握って、離すなよ」
後部に控えているギコとハインリヒへの指示だ。
男と女、二つの笑い声が返された。
(,,゚Д゚)「……はっ」
从 ゚∀从「しっかりやれよ? 上っ側がリードすんだぞ、こういう時ゃあよ」
隣は、あえて見ない。
- 74 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:45:40 ID:009HG9sU0
- 前部カメラは、すぐ傍に迫る鏡面の外殻を捉えている。
後部のカメラを反転させ船体中央下部を映す。
オフューカスIVの下部スカートとハッチの位置を合わせるよう、慎重にスティックを倒す。
"パラクス"外殻壁面との距離は予想以上に近く、接触しないよう細心の注意を図った。
どうにか位置取りを決めると――船体を安定させ、下へ――メンテナンスハッチの開口部へ密着させた。
――ず、ん。
ソフトランディングだが、接触の衝撃は伝わる。
地響きに似た低い振動が船体から湧き上がって一瞬カメラを揺らし、ソナーの映す海図をちらつかせる。
('A`)「……よし」
"接岸"は無事完了。
自己評価は合格点だ。
これで、海中に出ることなく"パラクス"への侵入が可能になる。
('A`)「オフューカスIV。
メイティング、完了した。気圧調整後、進入する」
- 75 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:46:17 ID:009HG9sU0
- 船を別の船に接続し、進入する。
その際に問題になるのは、気圧だ。
この船の気圧は、シンカー01を出発時と同等の約1.02気圧。
まずはメイティングした"キャスタ"の気圧を確認し、調整する必要がある。
密閉された二つの容器を接続すると、気圧の交換が行われる。
それは、例えるなら二つの風船をストローで繋ぐような行為だ。
気圧は高い側から低い側に移動し、それは二つの容器の気圧が等しくなるまで続く。
繋がれた二つの風船は最終的に同じ大きさになり、それ以降は変わらない。
もしも"パラクス"メンテナンスハッチ内の気圧が低くなっていれば、この船の空気は吸い出される。
逆ならば、その逆だ。程度にもよるが、その差があまりにも大きければ俺達もただでは済まない。
仮にもしも外気が真空ならば、その瞬間に俺たちはこの船から吸い出され、両耳の鼓膜を漏れなく破裂
させて血ヘドと共に胃袋を吐き出しながら仲良く床に転がることになる。
計器とコンピュータ、そしてシンカー01から送信された"キャスタ"の環境情報。
それらを確認する限り、今回は問題ないことはあらかじめ分かっていた。
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/25(金) 00:48:54 ID:009HG9sU0
- ('A`)「……気圧確認、調整」
船内の気圧センサ、接続したハッチ内の気圧モニタリング結果。
コンソールを見て状況を確認しながら船内のエアコンプレッサーを動作させる。
"パラクス"の状況は良好。
予想していたことだが、さほどの時間もかけずハッチに降りることが可能だ。
('A`)「準備完了だ。
10分以内にはハッチを開放し、"パラクス"に降りられる」
誰からも、特に反応はない。
気にはせず、隣のツンデレに声を掛ける。
('A`)「――リーダー。
到着だ。指示を」
ξ-⊿-)ξ「……。
各自、防護服を閉じて酸素供給を再確認しなさい。確認後、順次入ります。
それと――」
深く溜め息を、吐く。
ξ#-⊿-)ξ「――今、この瞬間から、下らない性的ジョークは厳に慎むこと。
守れないのなら、今すぐ帰って。以上」
【続】
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:50:25 ID:6NlzY./w0
【log #04】
.
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:51:40 ID:6NlzY./w0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『なんと素晴らしい成果だろう!
まさに母なるは海、といったところだろうか』
『皆、使命と希望に燃えている。
もちろん、私も同じだ』
『一刻も早く戻りたい。そして同僚や家族に伝えたい。
これを成し遂げたのは、他ならぬ私たちなのだと』
『すべてが変わるはずだ。これは、間違いなく人類史に残る偉業になることだろう。
そして私たちは、歴史に名を刻んだ英雄、プロメテウスとして名を残すことだろう』
『今はただ、故郷に戻る日が待ち遠しい。
この部屋には窓もない。
カレンダーに印をつけて、寝る前に家族の写真にキスをすることだけが毎日の、就寝前の楽しみだ』
『私は――』
『私は満足だ。これほどの成果はないと断言できる』
『私たちは、ついに成し遂げた――』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_0100037
ファイルシステム破損のため録音日時は損失
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:52:07 ID:6NlzY./w0
- マンホールから下水道に降りる感覚に似ていた。
ハッチから長い梯子を下り、辿り着いた先は、金属の廃材と段ボール箱がそこここに積まれた小部屋だった。
照明は、暗い。
今もなお辛うじて非常用電源は稼働しているようだが、それは豆電球のように頼りない非常灯をたった一つ
点灯させるだけの余力しかないようだ。
俺達が着ている防護服は、頭部左側面にライトが取り付けられている。
四つの灯りが四人の首の動きに合わせて、闇の室内を彷徨っている。
从 ゚∀从「はー……予想はしてたが、こりゃ暗えな」
(,,゚Д゚)「情報通り室温も低い。生身では耐えられん」
閉じたバイザーの内側に投射されるヘッドアップディスプレイの表示は、室温が氷点前後であることを示して
いた。
深度3,000メートルを超える深海では水温はおおむね-1度から1.5度前後となる。分厚い外層に守られた
"パラクス"であっても、空調の効かない状況下での"気温"は限りなく水温に近い温度で安定することになる。
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:52:51 ID:6NlzY./w0
- 集音マイクには、機械の作動音を始めとするいかなる物音も入らない。
ξ゚⊿゚)ξ「各自、携行品を確認して」
ツンデレが指示を飛ばす。
その声は、室温と同程度には冷え切っている。
从 ゚∀从「プラズマトーチ、問題ないぜ」
ハインリヒが太腿に下げているのはプラズマトーチのノズルだ。
伸びるケーブルとチューブは、ハーネスで腰に固定したバッテリーとエアコンプレッサーに繋がっている。
L字に曲がったノズルを腰のホルダーから取り外すと一瞬点火し、動作することを確認した。
可燃性のガスがこの部屋に充満していないことは、ヘッドアップディスプレイが予め知らせてくれている。
俺も幅広のベルトで留められた両腰の工具袋を漁った。
中はインナーポケットで仕切られており、ツールセット、緊急用の簡易酸素マスク、携行型AED、ダクトテープ
と瞬間接着剤――防護服の補修材。そして肩紐のホルダーには、大型のフラッシュライトを通している。
最後に、2.5インチのストレージデバイス。
制御区画でデータをダウンロードするために使用する、デコーダー内蔵の記憶装置だ。
('A`)「こっちも大丈夫だ」
最後にギコが、自身のチェストハーネスを指し示す。
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:53:51 ID:6NlzY./w0
- 背中のコントロールボックスを避けてたすき掛けにしたハーネスには、電動ドリル、ハンマー、手斧、ロープ。
こちらも主に障害物を撤去するために使用するものだ。
内部の人間がドアやシャッターをロックしたり、破損した内装が障害物となる可能性が考えられていた。
そのため、それを撤去するための装備が第一に選ばれている。
(,,゚Д゚)「全て揃ってる」
当初は、これらの装備品を全員が1セットずつ持ち込むはずだった。
ξ゚⊿゚)ξ「いいわ。ここから先は私が先導します。ついて来て」
言い、振り返らずに身を翻す。
そうしながら、右手首にバンドで固定された、長さ20センチメートルほどの長方形の金属板を引き抜いた。
彼女の唯一の携行品は、"マスターキー"だ。
取っ手付きの小さな鋸にも見えるそれは都市内で使用される全てのカード認証装置に対応した開錠装置で、
必要とされる権限に関わらず全てのドアを開錠可能だと聞いている。
ツンデレの向かう先は、工業区画本体に繋がるドア。
その脇のカード挿入口に、がしゃり、と差し入れる。
認証装置のランプが二度緑に点滅すると、片開きのドアはゆっくりと、滑らかに開いた。
从 ゚∀从「ちっ。メスガキが」
足並みを揃える気すらなくさっさと出て行ったリーダーに、悪態を吐く。
俺達も、その後を追った。
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:55:29 ID:6NlzY./w0
――狭い。
工業区画の本体に出た俺の最初の感想は、その一言だった。
停止した工業区画の通路は幅2メートルにも満たない、低い手摺りが続くキャットウォーク様の通路だ。
吹き抜けのようで上下はどこまでも広く、遠くまで点々と続く青緑の非常灯は規則正しく縦に数百メートル程も
並んでいるように見える。
照明はか細い非常灯と、俺達のライトだけ。
天井も床もないだけに、暗闇はより一層濃くのしかかって来るようだ。
並んで歩くことは難しく、隊列を組む。
大荷物のハインリヒ、ギコを先に通し、最後尾に付く。
('A`)「これは……凄いな」
歩きながら片側に寄り、通路の下を見る。
通路の外に床はなく、ライトの光も暗闇に吸われて床を照らすことなく拡散する。
そして先の方では上方同様、非常灯が等間隔で並んでいた。
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:55:55 ID:6NlzY./w0
――かつん。
――かつん。
床を踏む俺達の足音が、残響する。
ツンデレは、最初の曲がり角のすぐ先にいた。
ξ ⊿ )ξ「……」
彼女は俺たちの足音にもライトの光にも振り返らず立ち尽くしている。
胸に手を当て、ただ黙って、眼前に迫る壁状の構造物を見ていた。
从 ゚∀从「おい、歩調合せろよ。それでもリーダーか?」
ハインリヒの文句にも、反応を示さない。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:56:32 ID:6NlzY./w0
- ややあって。
肩をぴく、と震わせ。
ξ゚⊿゚)ξ「――あ」
小さな声を上げる。
初めて俺たちに気付いたように振り返った。
从 ゚∀从「なんだ、お前。ハラでも痛てーのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……違うわ。
行きましょう」
口早に答え、同時にまたさっさと歩き出す。
从#゚∀从「クッソ、何だってんだよ!」
罵声と共に追う。
その後ろ姿を、ギコと俺は見送った。
('A`)「……」
俺には見えていた。ギコも当然気付いただろう。
暗闇の中に一人立っていた彼女。
その肩は、俺の距離からでも分かるほど震えていた。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:57:19 ID:6NlzY./w0
- 行けども行けども、視界に入るのは壁だけだった。
見回し、呆れたようにハインリヒが漏らす。
从 ゚∀从「ここが工業区画? 倉庫の間違いじゃねーのか?」
それもそのはずだ。
「工業」という言葉から、俺もいわゆる地上の工場のような設備を連想していた。
だがここは、それとはあまりにも違う。
(,,゚Д゚)「確かにな。並んでいるのは……コンテナか、壁か」
上下の空間とは対照的に狭い左右。
その壁面は平らで、配線もパイプも、ロボットアームもない。代わりに等間隔に切れ込みが入っているようだ。
ギコの言う通り、垂直方向に並んだとてつもなく大きなタイルか、コンテナか何かにしか見えなかった。
ツンデレが足を止める。
防護服のヘルメットを僅かにこちらに向けた。
ξ゚⊿゚)ξ「ここは工業区画。間違いないわ。
生産設備がモジュール化されて積み重ねられているから、箱のように見えるだけ」
从 ゚∀从「ってーと、こいつの中身が全部、丸ごと工場になってるってのか?」
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:58:15 ID:6NlzY./w0
- ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。このモジュールを物資搬入口から運び込んで――」
頭を上に向ける。
そのライトの光で、クレーンのチェーンが頭上十数メートルに垂れ下がっているのが見えた。
ξ゚⊿゚)ξ「――組み立てる。ひと繋がりのモジュールが、一つの生産ラインを構成する。
こんな事故さえなければ、他の施設でも応用できたでしょうに。惜しいことをしたわ」
再び歩き出しながら、続ける。
いつになく饒舌で、そして少し早口だ。
('A`)「ここで、都市の生活に必要な物資を生産していたのか」
ξ-⊿-)ξ「最低限のものだけ。生活必需品、衣服、疑似貨幣……それと、合成蛋白質。
畜産を行う計画もあったけれど、スペースの確保と飼料、空気浄化のコストが解決できなかった」
从 ゚∀从「人工肉は食ったことねーな。美味いのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「さあ、知らないわ。
ブラインドテストの結果では、68パーセントの人が本物の食肉と区別できなかったそうだけど」
俺はこの海底で牛と豚が草を食む様子を想像する。
外は、深海魚が闊歩する海中。
それはどことなく滑稽な風景だった。
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:58:57 ID:6NlzY./w0
- 通路は、俺達がいる階とは接続を変えて何層も張り巡らされているようだ。
幾つ目かの十字路を通り抜けた所で頭上に似たような通路が走り、また唐突に行き止まりになっているのが
見えた。下を見てみたが、やはり非常灯の灯りが続く限り同じ構造が続いている。
十分ほども歩いただろうか。
今度は、継ぎ目のない壁に突き当たる。
先頭のツンデレは左右を見、少し俯いた後に右前方を指さした。
ξ゚⊿゚)ξ「壁面に着いたわ。
ここから先が、農業区画」
"GUPF-ABS-POLLUX-01A20 Farming Sec."
そう書かれたプレートが鉄色の壁面に掲示されている。
すぐ脇にはまた、階下に続く梯子の昇降口が見えた。
――と。
耳の後ろに貼り付けた骨電動イヤーパッドが、僅かな電子音のノイズを拾う。
訝しむ間もなく、明るい女の声が耳に飛び込んだ。
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 03:59:48 ID:6NlzY./w0
- 『ハロー、こちらチーム・チャーリー。
チーム・パーパ、聞こえますか?』
しぃの声だ。
ツンデレがマスクの耳辺りを押さえ、答える。
ξ#-⊿-)ξ「私的な用件でチーム間の通信を行うのは止めなさい。
何か問題でも?」
『"キャスタ"と"パラクス"の構造は同一だ。情報を共有しても損はあるまい』
しぃよりも低くハスキーなのは、クーの声だ。
そして、無遠慮な男の声。
『俺は止めたぜ? でもしぃの奴が、P班の班長さんが寂しがるから声聞かせてやれって言うし』
『よく言ったものだ。
今なら吊り橋効果でカタブツ女も落とせるかもしれんと言ったのはお前だろう。ジョルジュ』
『言ってねーよ。オレ、あんなちっこいおっぱい興味ねーし。
おっぱい的にはクーかな……いや待てよ。実はしぃ、お前の方が……』
『あ――ダメだよ、接続切って接続!』
『え? あ、やべっ――』
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:00:42 ID:6NlzY./w0
- 通信は、唐突に途切れる。
誰かの荒い鼻息だけが、数十秒の間響いていた。
再び。
『……あー。
C班、農業区画入口に到着。工業区画、通路上の障害物のため迂回。他は、問題ありません。
以上です。……失礼しました』
堅い声で、形式的な報告。
控えめに謝罪し、またすぐに切れる。
ξ#-⊿-)ξ「……」
ξ# ゚-゚)ξ「ハインリヒ、ギコ。先に降りて。
障害物があれば、撤去」
防護服の上からでもそれと分かるほど肩を震わせて。
それでも彼女はどうにか、次の指示を絞り出した。
肩を竦め、ハインリヒ。
その後にギコが、梯子に手を掛ける。
('A`)「……」
まあ、怒っている方がいくらかましと言うものだろう。
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:01:57 ID:6NlzY./w0
- 降りる間際、何の気なく背後を見る。
機械のコンテナが整然と、鬱蒼と並ぶ闇の縦穴を。
ここは、遺跡だ。
かつてここにいた人間は、もう誰もいない。
ここから産み出されるものは、もう何もない。
――都市は、死に絶えている。
頭上に、足元に、目前に迫る闇こそが今や、正規の住民だ。
唐突に、そう実感した。
.
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:02:21 ID:6NlzY./w0
- また長い梯子を下り、廃棄物で溢れる小部屋のドアを開く。
次に俺達の目の前に現れたのは――低い天井と緩やかにカーブする壁だった。
工業区画とは対照的に水平に広がる空間。内壁の所々には透明の覗き窓が設えられている。
ツンデレを先に通し、俺達も区画へと入る。
その踏み込んだ前足に、ざくり、とした感触が感じられて俺は思わず足下を見た。
('A`)「っ……?」
足下、この部屋の床一面に、土の地肌が広がっていた。
ライトを足下に向けると濃い褐色の乾いた土が幾筋かの畝を形成し、部屋の曲がりに合わせて奥の
闇まで続いている。畝の頂点には、枯れて干からびた、もう何の植物だったのかも判別できない「何か」
の葉と枝とが傾いた支柱にしがみ付き、恨ましげに項垂れている。
天井には網のカバーを掛けられた太陽灯が設置されているが、そこに勿論光はない。
工業区画にはあった非常灯さえも見られず、ここ農業区画は完全な闇に埋没していた。
壁も天井も、足下の土も1メートルほども見通せず区画の構造も把握できない。
先は、ただ黒い横穴だ。
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:03:02 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「海底に、畑か」
屈み込んで土をすくい上げ、ギコ。
細かい粒子の土は、その防護服の指の間からさらさらとこぼれ落ちた。
40年水と光の供給を受けられなかった農作物はとっくに枯れている。
土にはこれっぽっちの水分も残っておらず、氷点下の室温でも霜さえ降りない。
足下から順に視線を上げていくと、至る所で掘り返され、畝が崩されているのが目に入った。
その脇には枯れ痩せ細った植物の茎、葉。
从 ゚∀从「こいつは、畑ドロボウってトコか。
ここに閉じこもったヤツでもいたのかね?」
ξ゚⊿゚)ξ「暴動で秩序が失われたら、真っ先に食料のある場所に籠城した人たちもいたでしょうね。
それでも何日持ったかは分からないけれど」
首を巡らせ、ツンデレが答える。
掘り返されている畝は奥――居住区画からの入り口からすれば、逆に近く――に行くに従って多くなり、
次の部屋へのドアが見える頃には畑のほとんど全面が掘り返されていた。
从 ゚∀从「ふむ。まあ、どこも似たようなモンだな」
ハインリヒは壁の覗き窓を覗き込む。
その先にも同じような畑だったものが、この部屋と似た構造を形成して続いている。
- 98 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:14:43 ID:6NlzY./w0
- ξ゚⊿゚)ξ「畑の面積を最大限に確保するために天井を下げて、作物毎に区画を分けているの。
工場と違って、野菜や穀物は壁や天井には植えられないから――」
言葉を切る。
足を止め、扉の脇に落ちているものに目を留めたようだった。
俺の視界の端にも、土色の何か大きな盛り上がりが映った。
目の前、彼女の視線の先、壁際にひとつ。
そして、その周囲に幾つも、瘤状になって。
ξ゚⊿゚)ξ「――何、かしら?」
下を向き、土の盛り上がりを避けて、それに近づく。
ギコとハインリヒがその視線の先を追い掛け――バイザー越しにもはっきりと見取れる程、血相を変えた。
その瞬間には、俺にもそれが何か理解できていた。
从;゚∀从「あ、おいっ、止めろバカっ!」
(,,゚Д゚)「お嬢ちゃん、待てッ」
比較的近くにいたギコが駆け寄り、ツンデレの肩に手を伸ばす。
だが、それは一瞬遅かった。彼女は屈み込み、地面にうずくまる「それ」を覗き込んでいた。
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:15:43 ID:6NlzY./w0
- ξ゚⊿゚)ξ「え――」
肩にギコの手を乗せたまま、屈む彼女。
――その左頭部のライトに映し出され、彼女を虚ろな目で見たのは。
土色に干乾び、ミイラ化した人間の顔だった。
( ,.,:;;;゚)
着衣のない上半身の皮膚はあちこちが破れ、黄褐色の劣化した皮下脂肪がその下から覗く。
土に触れた下半身は腐敗したか、虫に食われたか、半分以上が白骨化し陶器のように奇妙に白く、
闇の中に浮かび上がる。
委縮した皮膚の頭にまばらに残る髪。
縮んで裂けた頭皮の隙間には白い頭蓋骨が、そしてひび割れ裂けたその内側には萎縮した脳組織が
頭蓋に薄黒くこびりつき、残っている。
鼻と唇は欠損し、半開きの口に並ぶ歯がすべて見えた。
壁に背をもたれ座り込んだ姿勢で、その目玉のない眼窩が無表情にツンデレを見返していた。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:16:18 ID:6NlzY./w0
- ξ;゚⊿゚)ξ「ひ、っ……!」
その正体を認識し、引き攣れるような悲鳴を発する。
ぺたりと地面に尻を付き、両手で後ずさった。
己が見たものを否定するように。
バイザーの口の辺りに両こぶしを押し当て、いやいやをするように首を振る。
だが、それが一層、良くなかった。
彼女の首の動きに連動し、スーツのライトがその視線を左右に照らす。
そこに複数の――無数の――同様の死体が照らし出されたからだ。
(;'A`)「ッ……」
どれも同じ。
干乾び軟組織を全て喪失した死骸が何体も何体も折り重なり、掴み合い、力なく、伸ばした腕を地に
這わせ。そしてそのどれもが部屋の正規の出入り口とは逆、俺達の進入口を……つまり、
ツンデレを向いていた。
落ち窪んだ、黒々として、表情の喪われた両眼で、歯を剥き出して。
闇に沈む壁面になお黒い影を刻みながら。
一斉に、40年間という時を堆積させた凝視を、こちらに――自分達に死を命じた組織の女に、向けていた。
それは、呪詛に似ていた。
そして、復讐のようにも見えた。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:17:29 ID:6NlzY./w0
- ξ ;⊿;)ξ「あ、ああっ」
防護服のバイザーを両手で叩き顔を押さえようとするが、当然密閉型の防護服のマスクは外せない。
膝立ちになって口の辺りを押さえ、肩を激しく上下させた。
ξ ;⊿;)ξ「うぁっ……げほっ、ぶっ……!」
その両脇に、ハインリヒとギコが素早く屈み込む。
俺も駆け寄り、彼女の視界に死体が映らないよう身体で遮った。
从 ゚∀从「たく、これだからトーシロは困んだよ。
落ち着けって。ただの死体だろうが」
ギコが、ツンデレの身体を抱く。
一回り小さい防護服に両腕を回し、互いのヘルメットを密着させるようにして呼び掛ける。
(,,゚Д゚)「おいっ! ――聞こえるか。
眼を閉じるなッ! こっちを見ろ。目の前にいる。
見えるだろう。ほらっ」
手をかざし、彼女のバイザーの前で振る。
いないいないばあをするように、その手を退けて彼女の顔を覗き込む。
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:18:07 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「深呼吸をしろ。ゆっくりだ。絶対に吐くなよ。
落ち着いて、息を吸え――」
ξ ;⊿;)ξ「い、嫌あっ!! あ、やッ……!」
完全にパニック状態のツンデレは、反射的にその手を振り払い逃れようとする。
だが体格でも腕力でも勝るギコは動かない。動かないまま、繰り返す。
(,,゚Д゚)「――大丈夫だ。もう大丈夫だから、しっかりしろ。
息をするんだ。止めるな。そうだ、そう」
(,,-Д-)「吸って……吐いて……吸って……吐いて。
そうだ、偉いぞ……ゆっくり。そうだ」
不定期にばたばたと暴れていた両脚の動きが、徐々に緩慢になる。
ξ ;⊿;)ξ「は……ふ、っ。
はあぁ――っ、ふうう、はッ、は――ッ」
ほとんど喘息に近い、耳が痛くなるほどの呼吸音が響く。
- 103 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:18:34 ID:6NlzY./w0
- (,,-Д-)「大丈夫だ。もう大丈夫だから、しっかりしろ。
落ち着いて、聞こえたら落ち着いて頷け。
息は止めずに。喋らなくていい。いいか? ほら――」
涙目で、歯を食いしばりながらも何度もえずく。
ツンデレはギコの両手に縋り、何度も何度も深呼吸をした。
そして、何度も何度も、がくがくと頭を上下に振った。
ξ ;⊿;)ξ「は……っ。
……う、ううっ、あああッ……!!」
(,,-Д-)「――そうだ……よし、いい子だ。
もう、安心していい。俺達がいる。心配するな、もう大丈夫だ」
今はもう動揺ではなく、恐怖と安堵による、嗚咽混じりの女の荒い息。
その涙で濡れた音がイヤーパッドを通して響いている。
それが、数分の間続いた。
俺とハインリヒは、黙ってそれを聞いていた。
- 104 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:19:22 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「もう、いいか。
立てるか?」
少し間を置き、ギコ。
ツンデレが両手で握りしめたままの己の手を、軽く振る。
ξ ⊿ )ξ「……」
ξ*゚⊿゚)ξ「あ――」
我に返るや否や。
彼女は先刻まで防護服に皺が寄るほどに握り締めていたその両手を振り払い、押しのけた。
(,,゚Д゚)「おっ、と」
素早く身体の砂を払って立ち上がると、まだ屈んだままのギコを見下ろす。
そのバイザーの下の顔が羞恥と屈辱、そして憤怒に歪んでいることは想像に難くない。
賤職と見下していた人間に救われたのだ。
プライドはいたく傷付いたことだろう。
- 105 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:20:00 ID:6NlzY./w0
- ξ# ⊿ )ξ「な、何よっ。私を篭絡するつもり?
お生憎様ね。助けてくれなんて言った覚えは、ありませんッ」
いきり立つ。
从#-∀从「……けっ。
アホが」
話にならないとばかりに背を向けるハインリヒ、無言で立ち上がるギコ。
膝を払い、ハーネスの位置を正す。
(,,゚Д゚)「ご期待に沿えなくて悪いが、その気はない。
恩を売るつもりもな。気にするな」
ξ#゚⊿゚)ξ「じゃあ――」
それを遮り。
静かに、一段低い声で返した。
(,,-Д-)「俺達は、チームだ。
仲間を助けて、何が悪い」
ξ;゚⊿゚)ξ「っ!」
真っ向から肯定されることは予想していなかったに違いない。
彼女は虚を突かれ、用意していた言葉を詰まらせた。
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:20:45 ID:6NlzY./w0
- (,,-Д-)「プライドが高いのは悪いことじゃない。
だが自分の尻も拭えないなら、無闇に噛み付くのは止めておけ。生命に関わるぞ」
言って、立ち上がる。
ξ;-⊿-)ξ「……」
俯いたツンデレの脇を通り抜け、ドアに向かったその背中を追ったのは。
しかし、ツンデレではなくハインリヒの声だった。
从 -∀从「はッ。お優しいこった。
何のポーズだ?
放っときゃ良かったんだよ、そんなクソガキゃあよ」
下を向いたままのツンデレに、つかつかと歩み寄る。
(;'A`)「おい、ハインリヒ」
从#゚∀从「黙ってろ!
ムカつくんだよ。口先ばっかで何もできねー奴が偉そうに」
- 107 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:22:20 ID:6NlzY./w0
- 胸元を、人差し指で強く突いた。
よろけたツンデレのバイザーを、屈んで下から睨め上げる。
ξ; ⊿ )ξ「……」
从#゚∀从「死体のひとつやふたつ見付けたぐらいでキャー怖いアタシもう耐えらんなーい、ってか?
てめえ、オレらの仕事ナメてんのか?
死体見てゲロる程度の軟弱モンなら、ゲロで窒息して死んじまえ」
言い捨てて、足元の畝を荒々しく蹴り崩す。
不満と憤りは、相当溜まっていたのだろう。
ハインリヒはここぞとばかりにツンデレを責める。
だが、それもある意味では正しい。
海での仕事は、いつも死と隣り合わせだ。
ちょっとしたミスや動揺ですら、仲間と自分の危機になって降りかかる。
密閉された潜水服の中で嘔吐し、窒息とパニックで正常な判断力を失う。
そして浮上することを忘れたり、酷い時には深海で潜水服を脱ごうとして、結果、命を落とす。
半端に手を差し伸べれば、引きずり込まれて共倒れだ。
まるで笑い話のようにも聞こえるが、そうやって死ぬ奴は実際珍しくない。
- 108 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:23:35 ID:6NlzY./w0
- 从#-∀从「それに、てめーもだ。
ギコさんよ。オレは、お仲間になんぞなった覚えはねぇ。
何があっても助けねーからな。あのクソガキも、お前もだ」
(,,゚Д゚)「……勝手にしろ。
俺も、したいようにするだけだ」
从#-∀从「あー、そうかよ。
その言葉、忘れんなよ。クソッタレが」
('A`)「……」
ただ。
それでも、ハインリヒの口調は厳しすぎる。
そして、その苛立ちの矛先はツンデレだけでもなさそうだ。
彼女は、ツンデレだけでなくギコにも反感を覚えている。
その直接的なきっかけは、恐らくギコがツンデレを助けたことだ。
それが何故なのかまでは、流石に分からない。
確実なのは。
この先の道のりが、より一層面倒になったということだけだ。
- 109 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:24:24 ID:6NlzY./w0
【log #05】
.
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:26:13 ID:6NlzY./w0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ハロー、ハロー……こちら"キャスタ"、21A-33街区。
地上のだれか、聞こえますか?
わたし、ヘリカル……お願い……聞こえたら、返事を下さい』
『いま……ノートパソコンのバッテリーを気にしながら、通信してます。
あと30分しか持たないけど……それまでは、話し続けます。だから……』
『だから……誰か、助けに来て。
おねがい……ここは……暗くて、寒い……怖いの……怖い……』
『おとといからエアコンが動かなくって、電気もつかなくなった。水道も止まっちゃった……。
寒い……毛布を3枚かぶってるけど、それでも指先がかじかんで、それに……息切れがひどいの。
まるで外の、海の中にいるみたい……どんなに深呼吸しても肺が苦しくて、つぶれそうで、とても息苦しい。
わたし……病気になっちゃったのかな……』
『お腹がすいた……お父さんも、お母さんも、もう出て行ったきり帰ってこない。
何日前だったかな。もう、ずっと……頭がぼうっとして……思い出せない……』
『冷蔵庫に残ってたベーコンを食べて……その次は、残った牛乳……最後に、最後まで取っておいた、お母
さんが焼いてくれたパウンドケーキ……思い出せない。きのう、だっけ……?』
『……お母、さんっ。
早く、帰ってきてよ……お願い……』
『お父さん、言ってた。
怖い人がたくさんいるから、絶対に外に出るなって。絶対帰ってくるから、いい子にしてろって……』
『でも、帰ってこない。
なんで? わたし、悪い子になっちゃったのかな? 病気になっちゃった、から……?』
(沈黙)
『……何か、外で何かが……』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:27:48 ID:6NlzY./w0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『部屋の外からたくさんの足音がする。たくさんの……人が……追いかけっこをしているみたい。
ゆうべも、その前も……続いてる。大声も、ずっと……怖い。外に出たくない……』
『窓がないから、外の様子も分からないの……。
……(嗚咽)怖い、よぉ……!』
『いやだ。やだ……怖いのはイヤ……。
暗いのも、寒いのも、寂しいのも、お腹がすいて喉が渇くのも……』
『……ねえ……』
『ねえ……聞いてよ! 誰か! 返事してよ! いるんでしょう?
助けてよ! もう、やだよ!! ……誰か! お願い、誰かっ!!』
『やだ……こんなところに閉じ込められて、水も食べるものもなくて、っ、お父さんも、お母さんも……!
やだよ、こんなの……』
(激しい音)
『っ!!
出して! 出してよ、もう、いやあっ! こんなところ、もういたくない!!
ここからっ、誰でもいいからっ!! 出してっ! 助けてっ!! お願いだからあっ!!』
『(嗚咽)お願いだから……もう……。
イヤ……怖い……苦しい……、助けて』
『……神様……』
(破壊音)
『――あ』
(録音終了)
――2172/9/23、居住区画のPCに残された音声データ
(音声は当該PCの教育用人工知能アシスタントに記録。
居住区画内のPCはWAN接続を許可されていない)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:28:28 ID:6NlzY./w0
- あれから、俺たちの間に会話らしい会話はない。
そして、農業区画のドアをくぐり。
互いに無言で辿り着いたそこは、今までに通り抜けた区画とは全く異なる佇まいを俺たちに見せていた。
”パラクス”商業区画。
居住区画、行政・厚生区画内に併設された教育機関群と並び住民の生活の中心を形成する区画とされている。
だからこそ、というべきだろうか。
俺はもちろん、ギコもハインリヒも、そして都市の内部構造に明るいはずのツンデレさえも。
各々が立ち止まり、興味深げに周囲を見る。
――四つの光芒が照らす地面は、アスファルト風の街路。
空間は上方向に開け、道の両側にショッピングモール風に立ち並ぶ商業施設も地上のそれを模している。
これまでと同じ暗闇の中、海の底。
しかしここは、地上の都市を模して瓜二つに作られていた。
('A`)「……」
上空に目を向ける。
近距離を広範に照らすことを目的とした頭部ライトの光は数階の高さで暗闇に負け拡散して消える。
だがそのせいで却って――吹き抜けの最上部に位置する天蓋を隠して――まるでここは地上で、俺は自分が
どこか別の世界から一瞬にして海上へ、都市へ放り出されたかのような、既視感に似た妙な現実感と非現実感
を同時に味わっていた。
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:28:56 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「凄いな。大したものだ」
ギコが、率直な感想を述べる。
ξ゚⊿゚)ξ「勿論よ。
将来的には、地上の人口の過半数を海に移住させようとしているのだもの。
移住の円滑化のため、住環境は限りなく地上に近づけようとしていたのよ」
己のことのように誇らしげに答え、マスクの上から髪を撫でるような仕草をした。
ギコに向けるツンデレの声からは、先ほど農業区画に入る前に比べ、数本ほど棘が抜け落ちたように
感じられる。
从 -∀从「下らねーお遊びだな。
人間が海になんて住めるワケがねぇ」
ハインリヒの声は対照的だ。
トゲどころか、尖った杭が数本は埋まっていそうな悪感情を含んでいる。
从 -∀从「海がどんだけ危ねぇ場所か知りもしねえでよ。
学者連中のおままごとなんざ、オレに言わせりゃクソだよ。クソ」
ξ゚⊿゚)ξ「でも、地表にはもう十分な土地がないのよ。
誰かが、どこかに移住先を探さなければ、人類の生活圏は破綻してしまう」
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:29:31 ID:6NlzY./w0
- 人口増加のもたらす「危機」は近年再びクローズアップされ、加熱しつつあった。
このままのペースで人口が増え続けた場合、そう遠くないどこかの時点で住居と農地、各種産業のバランスが
崩壊し、地球は一気に人間が住むことのできない環境に荒廃してしまうのだと専門家は警鐘を鳴らしている。
(,,゚Д゚)「『三つの危機』問題、だな」
家があり、インフラが充足していても農業と畜産のための土地が足りなければ食糧危機が起こる。
食糧確保を優先すると、今度は生活基盤が弱体化し、文明危機を引き起こす。
どちらを諦めても、人間としての今の暮らしは立ち行かない。
では食糧とインフラの両方を取り、今の生活を維持しようとすると何が起こるか。
その場合……人間を間引きし、生活水準を維持できるだけの数に収める必要が出てくる。
人間が、自分たちの暮らしを守るために残るべき人間を選別し、残りを殺す……モラル危機は避けられない。
近い未来、その三つの危機のうちどれかを受け入れざるを得なくなる。
そのどれでもない選択肢としてしてまず検討されたのが、他の太陽系惑星への移住。
そしてその失敗後に考え出されたのが、海底への移住だった。
从 ゚∀从「ま、立派な志だよ。ご大層なこった。
で、その結果が――これかよ?」
進み出て、闇を背景にに俺たちの方を振り返り、ハインリヒ。
ライトの逆光の中で言い捨て肩を大げさに竦める。
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ。
それは……」
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:30:27 ID:6NlzY./w0
――その結果が、これだ。
ハインリヒのその足元には、数体のやはりミイラ化した死体が、重なって地に伏している。
その周囲には、武器として用いたのだろう、いずれも黒っぽく乾いた痕跡の残るキッチンナイフや角材、分解
した家具の足と思しき樹脂製の棒切れ。
通りのそこかしこには家具や事務机、家電が積まれ、通路を狭めている。
住民同士の争いでバリケードとして用いたものであるだろうことは想像に難くない。
どこも――ずっと同じだ。
('A`)「……そう、だな」
務めて見ないようにしていた、通り沿いに目を向ける。
通りの至る所、何か所にも。
そのバリケードと死体の山が、低温と乾燥で薄い板のように凝固した濃褐色の血液の痕跡、衣服の切れ端が、
そしてその先には黒々とした盛り上がりのシルエットになり、どこまでも、どこまでも……続いていた。
- 116 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:31:15 ID:6NlzY./w0
- 街路灯に寄り掛かり事切れた、二体のの死体。
片方はカッターシャツとスラックス、もう片方は明るい色のワンピースだったものを纏っている。
崩れかけたバリケードの壊れた事務机に埋もれ、あらぬ方に手足を伸ばした幾つもの死体。
中には明らかに小柄で、原色の衣服の残骸を纏わり付かせたものが、投げ捨てられたように無造作に
建築物の壁に叩き付けられ朽ちている。
それらが俺たちのバイザーの頭部の灯火に照らし出され、長く伸びた影を光の揺れに沿って微かに揺らめかせ
沈黙していた。
混乱と闘争、そして死の痕跡。
それが視界の続く限り、至る所に、ありありと刻まれていた。
ξ;-⊿-)ξ「――」
それらを伏し目がちに見、ツンデレは首を振る。
大きく何度か、肩で息をし、そしてハインから、死体の群れから視線を逸らしてどうにか口を開いた。
ξ -⊿-)ξ「――それでも。
それでも、私たちは……やらなければいけないのよ。それが、私たちの職務だから」
从 ゚∀从「都市計画機構の使命は地球平和ですーってか。
あーすげえすげえ。見上げたモンだ」
今度は、言い返しはしない。
ハインリヒの揶揄に耐えるように、ツンデレは、ただ少し口惜しげな表情でまた俯いた。
マイクの音声が届いているはずのギコも、今は喋らない。一歩引いた位置から俺たちを見ているだけだ。
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:31:59 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「もういいだろ。ハインリヒ。
その辺で――」
だが。
从#-∀从「っせーよ。
口挟むんじゃねえ、ヒョロガリ」
ハインリヒの奴はこちらを一瞥もせず、俺の手を力任せにはたいた。
(;'A`)「つっ、ととっ……!」
バランスを崩し、地面に手を突く。
すぐ目の前に、仰向けに倒れ絶命した、干からびた死体の顔が迫る。
(;'A`)「っ……」
死体には慣れている。
それも、何十年も前に死んだ赤の他人のものじゃない。ついさっきまで生きて、喋っていた同僚が原形を
留めない肉の塊に変わる様だって何度となく見てきている。
当然、俺だけの話ではない。
ギコも、ハインリヒも、それ以外の五人、全員もだ。
一定以上のキャリアがある潜水工夫なら、その場面に遭遇した経験がない方が少数派だ。
だから俺は、少しだけ冷静にその死体を見下ろすことができた。
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:32:28 ID:6NlzY./w0
- ( :::゚)
少し首を上げ、周辺に折り重なり散らばっている「彼ら」を見る。
ここでは、激しい争いがあったのだろうか。
よく見ると、死体の様子は農業区画にあったそれらとはまた違っていた。
('A`)「……」
損壊が激しい。頭蓋骨を陥没させているものや、おそらくは生存中に負ったと思われる傷で、手足を普通
には曲げられないような角度に捻ったまま硬直させているものも見受けられた。
衣服も経年劣化によるものだけではなく、所々が破けたり、ほつれてその下の「地肌」を覗かせている。
そして。
('A`)「……?」
目をやった何体目かの死体に、俺は、奇妙な痕跡が残っているのを見付けた。
それは……俯せに倒れ伏す、名も知れない成人男性の上半身、その上腕部にあった。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:33:12 ID:6NlzY./w0
- 萎びて血流もとうに枯れ果てた死体。
流れた血液は衣服に吸われて赤黒い染みを残すに留まり、そのせいで傷痕は素人の俺でもどうにか検分
が可能な状態になっていた。
特徴的な外傷だ。
衣服が裂け剥き出しの皮膚が、その下の筋肉までもが、歪んだ楕円形に毟り取られている。
円周に沿っておおむね等間隔に不揃いな刺し傷が並び、その幾つかは骨にまで食い込んでいる。
黒褐色に変色する露出した筋繊維に、ぷつぷつと菱形の釘を打ち込んだような孔がはっきりと見えた。
从 ゚∀从「おい、カンベンしてくれよ。
まさか、お前まで死体怖いとか言い出す気かよ?」
マイクに響く、背後のハインリヒの嘲るような声も今は無視して、這いつくばったまま周囲を見る。
腰からフラッシュライトを引き抜く。頭の部分を捻って点灯させ、周囲の幾つかの死体を照らした。
同じだ。
ざっと見た範囲内でも、幾つかの死体には同じような傷が残っている。
腕に、脚に……あるものは、首や頭部。生きている間に受けたのなら、致命傷となるであろう部位に。
('A`)「……」
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:33:44 ID:6NlzY./w0
――咬傷だ。
肉食鮫に脇腹を食い千切られた奴の傷を見たことがある。
それはちょうど、これと同じような傷痕を残していた。
ただ、大きさが記憶にあるものと一致しない。
これは鮫の噛み傷よりももっと小さく、浅く、顎の幅も狭い。
なら、これは?
(,,゚Д゚)「どうした、ドクオ」
気付かない内に。
俺の隣に並んで屈み込んでいたギコが、俺の肩を叩いた。
後ろめたいことをしていたわけではないが、慌ててライトを逸らしスイッチを切る。
(;'A`)「……」
一瞬、迷った。
話すべきか、それとも放っておくべきか。
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:34:14 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「……。
あー……」
口を開いた瞬間。
イヤーパッドが再び、遠隔地からの通信のシグナルを発した。
『……、……った……か』
定型の前置きはない。
不意に、男の呟き声が耳に飛び込む。
ξ゚⊿゚)ξ「C班? 通信がオンになっているわよ。用件は」
すかさずツンデレが返事を飛ばす。
だが返事はない。こちらを無視し、断片的な会話だけが続いている。
『……っちだ。……の……』
『でもっ……、……い……しょ?』
『……が知るかよ。……うせ…………が……』
ξ#゚⊿゚)ξ「C班。C班、返事をしなさいっ。
この通信は意図したものなの? また下らないジョークやいたずらなら――」
言い募る彼女に、言葉を返す者はいない。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:34:45 ID:6NlzY./w0
- 声はなく、断続的に、ごとごと、と重いものがぶつかるような音が数度続く。
それきり、通信はまた、始まったときのようにいきなり切れた。
バイザーに投射されるヘッドアップディスプレイの隅に"OFFLINE"の単語が控えめに明滅する。
(,,゚Д゚)「……」
ξ#-⊿-)ξ「……もうっ。なんなのよ、毎回……!」
从 ゚∀从「毎度毎度ふざけてんだろ。あいつら」
控え目ながらも、ハインリヒもツンデレに同意する。
流石にジョルジュの奴に比べれば、こちらの班での諍いはまだマシなレベルということだろう。
(,,-Д-)「そうそう、構ってもいられん。
行こう。次の区画の入り口までは10分ほどだそうだ」
現在の方角と共に目的地を指し示すマーカーが、俺たち全員の眼前で瞬いている。
それが指す方向を示し、ギコはいつも通りの冷静な声で言った。
('A`)「……ああ」
気にならないと言えば嘘になる。
だが俺たちのやるべきことは、一刻も早くデータを回収して立ち去ることだ。
検死官や考古学者の真似事じゃない。
そう結論する。
疑問は、頭の奥に押し込めておくことにした。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:35:13 ID:6NlzY./w0
- 暗闇のゴーストタウン。
その大通りを真っ直ぐ進む。
障害は、かつて障害であったもの――バリケードの残骸――を除いて他にはない。
程なくして、円形の広場に辿り着く。
左右にそびえる商業施設はこの一角にはない。
人工植物の植生と人工芝で形成された、大きな広場になっている。
その中心には何かのモニュメントと、今は作動していない噴水、乾いた小さな池が設置されている。
(,,゚Д゚)「良い所だ。
こんな時でなければ一休みしていきたいところだな」
ギコの低い声は、本気なのか冗談なのか判断が付きづらい。
从 ゚∀从「いいなそれ。んじゃ、サッカーでもやっか?」
投げ遣りに返し、足下の瓦礫を蹴り飛ばすハインリヒ。
石畳に影を残して、てんてん、と転がったそれが、人工芝を握り締める痩せ細った手首に当たり。
闇に黒々とした陰影を彫る植え込みに紛れ、音だけを残して消えた。
从 -∀从「って、バカ言うなよ。この有り様でかよ?」
地面には……かつての住民。
商業施設の中心に位置するここは、暴動の際の最後の防衛拠点にでもなっていたのだろうか。
積まれた廃棄物のバリケードも、倒れ伏す死体も、これまで見た中でもっとも密度が高い。
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:35:50 ID:6NlzY./w0
- ξ゚⊿゚)ξ「ここから、下に降りられるわ。
行政・厚生区画の端を抜けて居住区内の通路に出る。その先が――」
(,,゚Д゚)「――制御区画。
目的地だな」
ξ-⊿-)ξ「ええ」
噴水の脇にある、倉庫に似た建物。
それを指し示し、こちらを向き直る。
ξ゚⊿゚)ξ「管理施設の奥。非常用の通路から、下に降りられる。
ここまで来れば、もう少しよ。行きましょう」
从 ゚∀从「また下りかよ……どんだけ降りりゃいいんだよ。
脚がパンパンになっちまわ」
ξ゚⊿゚)ξ「話したと思うけれど、制御区画は都市の底部に位置するわ――」
左腕のコンソールを操作し、ツンデレ。
ξ-⊿-)ξ「――垂直方向の距離は、およそ80メートルほどね。
エレベータは動かないから、期待しないで」
从;゚∀从「……マジかよ……」
- 125 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:36:37 ID:6NlzY./w0
- ……こうして見ると、分厚い防護服を纏っていても、男女の体型の差は僅かに出るものだ。
目の前で左右に揺れる「それ」を、何とはなしに首を振って追った。
从#-∀从「おい。何してんだ?」
('A`)「ああ、いや。別に。というか、触っちゃいないだろ。
まあ、突っ込んでもいいなら最悪殺されても……」
从#-∀从「……」
('A`)「だめだよね、うん」
「ちょっと、貴方達。
こんなところでまでいい加減に破廉恥な――ひやあっ!?」
先の方で、どたどたと音がする。
姿は見えないが、音声は拾えている。
「ちょ、ちょっと! 貴方までどこ触ってるのよッ!」
「……すまん、悪気はない。だが、急に立ち止まるからだ」
「じゃ、じゃあっ、さっさと手、離しなさいよ! このっ――」
「待て、痛い。蹴るのは止めろ」
がんがんと重い金属質の音が響く。
ちなみに防護服の靴底は、電磁石を内蔵した金属に硬化ゴムを薄く被せたものだ。
('A`)「やれやれ。いつの間にか、仲が良くなったもんだ」
从#-∀从「テメーもだよ。
いい加減、顔近づけんの止めろ。はらわたエグり出すぞ」
- 126 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:37:15 ID:6NlzY./w0
- 行政・厚生区画の洞窟のような通路を抜け、緩やかに下へ。
配電室脇から、居住区画の閑散としたホールへ出る。
今さら、言うまでもない。
エントランスの調度品は破壊しつくされ、ホールはバリケードで出入り口を塞がれている。
ここの死体を検分して歩く気は、もう起こらなかった。
その後はまた裏道に入り、下りの階段。
途中、幾つかのドアにツンデレがマスターキーを差し込み、開錠した。
最後のドアを開く。
そこが、俺達の目標地点だ。
壁面のプレートには、現在地……目的地である制御区画を示す表示。
"GUPF-ABS-POLLUX-05X19 Control Sec."。
続く階段、通路。
色こそ明るいグリーンに塗られているものの、殺風景な壁、床は変わらない。
だがその壁面には束ねられた何色ものケーブルが留められ、電子回路のように所々曲がり、
整然と色分けされて走っている。それに併走する太く黒いケーブルは電源ケーブルだろうか。
丁寧に揃えられ、あるところでは直角に曲がり、何箇所かで通信機器と接続されている。
床に近い所には冷却水を通すためと思しき樹脂製のパイプが通されている。
その表面は、僅かに白く結露しているのが見える。
ここには、水が供給されている。
そして、温度も氷点より高い。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:38:07 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「この区画は、まだ生きているのか」
先ほどまでよりは幾分広い通路。
ここも平常時はメンテナンス用の通路なのだろう、途中、片側に大きな金属製のカートが止め
てあるのを見た。中身は、工具と交換用の何かの電子部品だ。
ξ゚⊿゚)ξ「ええ、もちろんよ――」
所々で壁から外れ床に落ちているケーブルをまたぎ、答える。
ξ゚⊿゚)ξ「――電源を喪失した訳ではないもの。
都市の土台の下に埋設した地熱発電設備は、最低限の出力を確保しているわ。
施設の維持と各サーバのデータ保持のため、制御区画は完全停止を免れている」
从 ゚∀从「皮肉なモンだな。
人は殺しても、データは守るってか」
ξ-⊿-)ξ「……そう言われても、仕方がないわね。
事実だもの」
やや低く、少し暗い声。
そこに畳み掛けるように。
- 128 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:38:38 ID:6NlzY./w0
- 从 ゚∀从「なんかよ、妙に殊勝だなお前。
ギコの野郎に骨抜きにでもされたかよ?」
ξ#゚⊿゚)ξ「それは……そんなっ」
揶揄しているのか、ただからかっているのか。
ハインリヒの言葉にツンデレは過剰に反応する。
(,,-Д-)「ハインリヒ。
あまり、虐めてやるな」
ツンデレの代わりに答えたのは、ギコだ。
だが何と言うこともないその返答に、ハインリヒはなおも言い募る。
从 ゚∀从「何だよ、オッサン。
キレイごとばっか抜かしといて目当ては女か?
こりゃあ隅に置けねーよな? おい」
からかうような声音。
それはやはり、どこか敵意めいた感情を孕んでいる。
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:39:10 ID:6NlzY./w0
- (,,-Д-)「……」
ギコは、押し黙り。それから、立ち止まる。
通路脇のキャビネットに、身体を預けた。
そして、ハインリヒに対抗するでもなく。
この場にいない誰かに語りかけるように、口を開いた。
(,,-Д-)「初めてできた後輩が、生意気な小娘だった」
自分の言葉を咀嚼し、頷く。
(,,゚Д゚)「自分ひとりじゃ何もできない癖に正論ばかり吐いて、周りに食ってかかってな。
元気なのは良いが、傲慢は敵を作る。そう何度も諫めたものだった」
静かに言い、息を吐いた。
从 ゚∀从「で、なんだよ。このガキがそいつの代わりってか?
くっだらねえ。男なんざ、どーせ……」
('A`)「ハインリヒ」
突っ込んだ話は聞きたくない。
面倒だからだ。
だがギコは首を振った。
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:40:20 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「死んだよ。
最初の仕事で」
从;゚∀从「……っ」
何を考えて楯突くのかは分からないが、馬鹿ではない。
他人の琴線に触れる領域に踏み込んだことを、その瞬間察したに違いない。
ハインリヒは息を飲み、黙りこくった。
(,,-Д-)「建材を引っかけて足場を踏み外し、海底で機材の下敷きになった。
別に、大した事故じゃない。救助されるのを大人しく待てばいい。だが――」
少し、上を向く。
(,,゚Д゚)「パニックを起こして、200メートルの海中で大気圧潜水服のロックを強制解除した。
止める暇もなかった」
微かな溜め息の息遣いが、イヤホンに聞こえた。
(,,-Д-)「――救助班は間に合わなかった。俺は、ずっと、そこにいた。
彼女が死んでいくのを見ていた。バカみたいに、手を握っているだけだった。
最期まで、何もできなかった」
それ以降、同僚が苦しむことが耐えられなくなった。
だから。
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:41:11 ID:6NlzY./w0
- (,,-Д-)「良くあることだと言えば、それまでだ。
だが、少なくとも、俺の周りでは死人を出したくない。それだけだ」
静かな独白を締めくくり、ギコはまた黙る。
俺たちは、何も言えない。
ξ;゚⊿゚)ξ「……」
从 -从「……」
やがて、小さな声で、ハインリヒ。
从 ゚-从「……何だよ」
ぽつり、と。
从 -从「オレが、悪者かよ」
静かに、無表情に、吐き出した。
(,,゚Д゚)「いや。お前だって、間違ってない。
俺が拘っているだけだ」
さっぱりとした普段通りの声で答え、ギコは立ち上がる。
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:42:00 ID:6NlzY./w0
- (,,゚Д゚)「時間を無駄にしたな。行こう」
歩き出す彼を慌てて追い越し先頭に立とうと、ツンデレが足を速める。
それを追って、俺も歩き出す。
ハインリヒは、動かなかった。
('A`)「おい。行くぞ」
だが彼女は、俯いて動かない。
下を向いたバイザーの中に赤髪が流れ落ちて、その表情は窺えない。
从 -从「オレは……」
か細い、どこか拗ねたような声。
その呟きには普段の力も、勢いも、これっぽっちも籠められていない。
从 -从「……畜生。
オレだって……こんな」
その言葉の意味は俺には分からなかった。
ただ、その瞬間、粗野で快活なハインリヒは、どこにもいなかった。
('A`)「ハインリヒ?」
- 133 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:42:25 ID:6NlzY./w0
- 从 -从「……」
数瞬後。
やおら、がば、と顔を上げる。
从 ゚∀从「……かあっ。ったく、しゃあねえな。
やってらんねーや」
どの彼女の表情も、声も。
また、いつもの調子を取り戻していた。
首を二、三度振って荒れた前髪を退けると、ヘルメットの側頭部をがしがしと擦り、大股に歩き出す。
ついでとばかりに。
すれ違いざま、脛を蹴飛ばされた。
('A`)「痛っ!」
从 ゚∀从「おら、ちゃっちゃとクソデータ回収して終わらすぞ。
ぼさっとしてんじゃねーや、ヒョロガリ」
('A`)「……何なんだよ……おい」
肩を怒らせて歩き去っていくハインリヒ。
俺は些かの理不尽を感じながらその背中を追う。
そして、遅れて幾つかの曲がり角を曲がった先。
動かないエレベータの正面にはこれまでになく分厚い、大きなドアがそびえていた。
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:43:08 ID:6NlzY./w0
- ヘッドアップディスプレイの簡略化された線画の見取り図には、同心円のマーカーが収縮する。
それは現在地を示す矢印のすぐ脇で目標地点を示していた。
――"キャスタ"の心臓部であり、都市の終焉の記録が収められたサーバルーム。
ここが、目的地だ。
幅も高さもこれまでに通り抜けてきたスライド式ドアとは異なり、目線の高さにはアクリルの覗き窓。
スカート部は警戒色、黄色と黒の斜めのストライプで塗装されている。
その脇には、生体認証式のパネルが備え付けられている。
ツンデレがマスターキーを抜き、その根元近くを認証装置にかざす。
一瞬後、認証装置は軽快な電子音を鳴らし、青いLEDを灯らせた。
ドアは滑らかに滑り、開く。
その内側は通路様の小部屋になっており、正面奥にはまた同じドアと認証装置が設置されていた。
ごう……と低く鳴り響く風音をスピーカーが拾う。
エアカーテンが作動している。通路の天井幅一杯に広がった噴出口から、埃を遮断するために
鋭い風が床に向けて垂直に吹き付けている。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:43:47 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「流石に、厳重だな」
めいめいが、狭い部屋のあちこちを見回す。
ξ゚⊿゚)ξ「当り前よ。ここは、都市の心臓部なんだから」
从 ゚∀从「何でもいいからよ、さっさと済ませて帰ろうぜ。
いい加減、窒息しちまいそうだ」
壁に手を突き、ハインリヒはぼやく。
その言葉には賛成だ。
酸素の残量にはまだ余裕があるが、いかんせん運動量が多い。
誰もが言葉にはしないが、厚く重い防護服を着て歩き詰めだ。
俺自身少し息が切れているし、下半身に疲労が溜まり始めている。
それに、防護服の冷却は長時間の運動を想定していない。額から頬を伝って、首筋まで汗が流れ
落ちているだろうことが見なくても肌の感触で分かる。
今防護服を脱ぎ捨てたら、ジョッキ一杯分くらいの汗が流れそうだ。
ツンデレが、最初の扉と同じように認証を行う。
これも同じように電子音を響かせ、ドアは開いた。
その認証装置の脇には、赤いラインで囲われた警報装置、消火装置のパネルが設置されていた。
それらの装置に、使用された形跡はなかった。
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:44:24 ID:6NlzY./w0
- サーバルームに照明は点いていない。
だが所々の床、ラック内、そして机上に放置されたディスプレイは白い光を撒き散らしていて、それら
がサーバラックの碁盤目状に林立する室内を、ぼう、と照らし出している。
ラックの中では各サーバのストレージの状態を示すアクセスランプが、そして背面のLANボードに
接続されたケーブルの通信状況を示すLEDが、無数に忙しなく明滅している。
それらのお陰で、サーバルーム内はほんの少しだけ、明るかった。
逆に、それだけに影も深い。
サーバラックの影は光があるせいでより深い暗闇になっており、数メートル先も見通せない。
天井は高いが、俺たちの頭上近くまでせり出したケーブルラックが天井に真黒い影を刻んで死角を
広げている。
だから、この一室がどれほどの広さで、何台の機器を収容しているのか。
全く想像が付かない。
ぶうう――ん、と、低い唸り越えのようなサーバの作動音が止まらずに響いている。
それにしても、しかし。
(;'A`)「……暑い……」
- 137 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:44:51 ID:6NlzY./w0
- 室温は、高い。
サーバの排熱が、室温を地上並み、いや、それ以上に上げている。
高温は防護服越しにも影響し、湿度の高い夏のようなべたつく感覚を肌に与える。
サーバの冷却装置は稼働しているようだが、流石に余所の外気並みとは行かないらしい。
何台かのサーバの先、壁の天井に近い所に通気口が設置されているのが見える。
数十センチ四方の通気口では、この高温を逃がすのには至らないようだ。
(,,゚Д゚)「それで、どれが目当てだ?」
興味深げに周囲を見渡し、ギコが聞く。
(,,゚Д゚)「機械には疎くてな。
どれが何なのか、違いが判らん」
ξ゚⊿゚)ξ「機器の構成と配置は把握している。
私たちの入口からは一番遠い――こちらね」
ラックに張られたラベルを確かめながら、ツンデレが進む。
床は太さも色も様々なケーブルでごった返しており、躓かないように慎重に踏み越えなければ
いけなかった。
ツンデレについて、進む。
――にわかに。
したり、と、肩に小石か何かが当たるような感触を覚えた。
.
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:45:29 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「っ、?」
咄嗟に手を遣り、払う。
その掌を見ると、透明な液体で濡れていた。
('A`)「何だ? これ」
気付くと、足元にもひたひたとした感覚が僅かに伝わる。
下を向き、ライトで足元を、次いで天井を照らす。
……足元には、浅い水溜まりができていた。
それは波打つケーブルの一部を浸しており、脇にある網目状の排水溝から流れ落ちている。
見上げた天井からは、一定間隔で透明な雫が、ひたり、ひたりと落ちてきていた。
冷却水か何かが、どこかで漏れているのか。
从;゚∀从「うおっ?」
近くを歩いていたハインリヒも素っ頓狂な声を挙げ、身体をのけぞらせた。
頭と肩を撫で、俺と同じように天井に目を向ける。
从 ゚∀从「何だよ、驚かせやがる。
大丈夫なのか? コレ」
屈んで、濡れたケーブルを摘み上げる。
ライトの灯りに照らし出された赤いケーブルの被膜は、心なしかぬめり、てらてらと光っていた。
- 139 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:46:07 ID:6NlzY./w0
- 从;゚∀从「うぇっ、なんだコリャ。腐ってんのか?」
冷却水は腐るのだろうか。
それとも、水ではなく別の液体を使っているのか。
そうこうしていると、少し先から、ツンデレがマイクに声を張り上げた。
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ。こっちよ。ストレージの準備を」
頭部ライトを向ける。
壁際に近い一角。
机に設置された一台の端末の前で、彼女は手を振っていた。
('A`)「ああ、すまん。今、行く」
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:47:00 ID:6NlzY./w0
- 他のサーバ群とは少し離れ、密集している背の低いサーバラック。
そこから何本ものケーブルで繋がれたデスクトップPCの前に、ツンデレとギコは立っていた。
そのPCの周辺のサーバラックは、塗装の色も他のサーバとは違う。グレイではなくライトブルーに
塗られており、それに繋がれているケーブルの色や種類も他とは区別されているようだった。
スチール製のデスクに置かれた端末のシスプレイは、サーバと同じブルー一色の殺風景な背景に
白い文字で"Hercules"の文字と、認証用のプロンプトを表示していた。
"Hercules"……"ハーキュリーズ"。
ξ゚⊿゚)ξ「ストレージを接続して。
操作は必要ないわ。必要なデータを、全て自動的に取得してくれる」
('A`)「ああ」
促すツンデレに従い、ポーチからストレージを取り出す。
PCの背面を探り、垂らされたケーブルを取り上げる。
それを、ストレージの背面の同形のポートに差し込んだ。
瞬間、ディスプレイの表示が変わる。
一旦暗転し、黒字に白文字のシンプルなキャラクタベースの画面に切り替わる。
何かの一連の手続きを示すような表示が流れたのち、一拍置いて再び暗くなった。
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:47:42 ID:6NlzY./w0
- "GUPF Hercules OS : now under superuser control
starting decode and exprot data.........."
その二行だけを表示し、再び停止する。
代わりに、ストレージデバイスの前面にあるLEDが断続的に瞬き始めた。
しぃなら、流れる表示の意味も分かったのだろうか。
眼鏡を押し上げる彼女の顔を、ふと思い出す。
ストレージを端末の前、キーボードの脇にそっと置く。
それを見届けて、ツンデレは大きく、息をひとつ吐いた。
ξ゚⊿゚)ξ「これで、作業完了ね。
あとは終わるのを待って、戻るだけよ」
画面の表示に変化は現れない。
ただストレージのLEDが光るだけだ。
('A`)「どれくらい、かかるんだ?」
ξ゚⊿゚)ξ「見積り通りのデータ量なら、約15分。
2、3分程度の差は出るかもしれないけれど――」
答えて、ツンデレは心持ち姿勢を正す。
- 142 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:48:48 ID:6NlzY./w0
- 端末から俺たちに向き直って、少し笑った。
ξ^⊿^)ξ「――これで、貴方達の仕事も半分は終わりね。
ご苦労様」
傲慢さも衒いもない、笑顔。
――思えば。
この仕事を受けて以来、彼女が屈託なく笑う見るのは、初めてのことだった。
(,,゚Д゚)「……」
从 ゚∀从「……。
はッ」
誰も、はっきりと言葉には表さない。
だが微かな達成感が、緩やかに空気を解す。
分厚い防護服越しにも、それが感じられた。
- 143 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:49:51 ID:6NlzY./w0
- ('A`)「……」
('A`)「ああ、そうだな。
これで――」
――これで、後は――
帰るだけだ。
そう、口に出そうとした時。
――がりがり、と。
俺達全員のイヤーパッドが、歪む不快なノイズを拾った。
.
- 144 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:50:49 ID:6NlzY./w0
- ξ゚⊿゚)ξ「……?」
『……、っ、こ……』
途切れ途切れの声。
特定された発信元はC班――しぃのマイク。
『こち……こえますか? P班、聞こえたら……答えて……!』
ノイズが酷い。
それに荒い幾つもの呼吸音が被り、しぃの声はまともに聞こえない。
ξ#-⊿-)ξ「……C班。
いい加減、下らない冗談はやめなさい。何なの?」
どうせ、またいたずらか何かだろう。
ハインもギコも、やれやれ、といった様子で首を振り、あるいは肩を竦める。
回答はなかった。
その代わりに、耳障りな荒い擦過音。
音声は、それを境に急に大音量になる。
『……こえない、マイクが……!
ああっ、もう――お願い! P班ッ!!』
これは。
……違う。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:52:43 ID:6NlzY./w0
- 『P班! どこにいますかっ?
現在地は分からない、けれど、この通信が聞こえたら――』
冗談なんかじゃない。
これは。
この、切迫した声は。
ξ;゚⊿゚)ξ「何よ、C班……しぃ!
聞こえないわ。"キャスタ"で何が――」
それを遮るように。
ほとんど、悲鳴に近い声で。
『サーバルームに――入っちゃダメ!!
いるなら、逃げて! 今、すぐに!』
『でないと――』
ぶつり、と。
通信はまた、途切れた。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:53:27 ID:6NlzY./w0
- 通信が切れた後。
俺達は、無言でいた。
しぃが残した言葉を、どう捉えたらいいのか分からなかった。
沈黙した室内、ストレージのアクセスランプだけが、静かに規則的に、点滅している。
サーバの低い唸り越えが、耳の痛くなるような沈黙の底を流れている。
周囲は、何も変わらない。
そのはずなのに、何故か急に、より暗くなったように感じた。
室内の暗さが、やにわに全身にのしかかって来るような悪寒があった。
ξ;゚⊿゚)ξ「……何よ。今のは」
狼狽え、首を振るツンデレ。
ハインリヒは余裕を崩さず、掌を振る。
从 -∀从「くっだらねえな。どうせまた、あいつらのつまんねーお芝居だろ?
だって、見ろよ。ここのどこに問題があるよ?」
室内をぐるりと指し、言う。
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:54:28 ID:6NlzY./w0
- (,,-Д-)「……」
ギコは、しばし瞑目し、首を振る。
(,,゚Д゚)「俺には、そうも思えん。
冗談なら、もっと笑えるものにすると思うがな」
もたれていたサーバラックから背を離す。
ゆっくりと周囲を見渡す。
俺も、それにつられて周りを見る。
サーバラックの影、天井、床の配線。俺たちがやってきた、入口の扉の方向。
それらを、順に。
(,,゚Д゚)「用心に越したことはない。出口を見てくる」
从 ゚∀从「勝手しろよ。ただ、こいつを――」
デスクのストレージを、こんこん、と小突く。
从#-∀从「諦めて帰るなんざ、死んでも言うなよ。折角の手間賃がフイだ。
オレは、手ぶらで帰る気はねーぜ」
ギコと、ハインリヒ。
二人の視線が交錯する。
ツンデレは、狼狽した様子でただ、その二人を交互に見る。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:54:56 ID:6NlzY./w0
- ξ;゚⊿゚)ξ「え、あ……」
俺は。
黙って、ギコの側に立った。
('A`)「俺も、行くよ」
深い理由はない。
明確な理由があったわけでも、ない。
ただ、取り越し苦労に終わるならそれでいい。
そう思っただけだった。
- 149 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:55:34 ID:6NlzY./w0
- 端末の前にツンデレとハインリヒを残し、俺達はサーバルームの出口に向かった。
途中の水たまりも避け、二人、無言で林立するサーバの間を歩き、抜ける。
距離は、そう遠くない。ドアまではたかだか1、2分だ。
道のりもほぼ一直線で、迷いようがない。
程なく、壁の突き当りにまで辿り着く。
正面には俺達の潜ってきた大仰なドアがある。
はずだった。
(,,゚Д゚)「っ?」
(;'A`)「……え……?」
――そこにあったドアは、なくなっていた。
濃い灰色の壁面が、ただ周囲同様、扁平に伸びているだけだった。
.
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:56:24 ID:6NlzY./w0
- (;'A`)「なんだよ……これ。
俺達、道、間違えたか?」
(,,゚Д゚)「いや。そのはずはない」
そう。道は単純だ。
来た道をそのまま戻っただけなのは、この暗がりの中でもはっきりと分かる。
だが、これは何だ?
何をすることもできず、二人で周囲を見る。
入ってきたときの記憶にかすかに残る場所、そのままだ。
やはり、間違いない。
(;,゚Д゚)「馬鹿な――」
言いながら、ギコは壁に歩み寄る。
確かに、間違いなくドアがあったはずの壁に手を伸ばした。
その防護服の指が、壁に触れた瞬間。
――壁に、亀裂が入った。
.
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/26(土) 04:59:11 ID:6NlzY./w0
- 錯覚のように見えたが、そうではなかった。
ぴしり、と一本の線が走り、それが黒い影を伴い左右に揺れながら広がっていく。
生じた割れ目を波打たせながら、その「壁」は壁から身をもぎ離し、めりめりと剥離して、そしてギコの眼前に
肉厚で不定形なゴム状の組織を、べろり、と垂れ下がらせた。
壁からぶら下がる表面は、サーバルームの壁と全く同じ色、同じ模様だった。
その剥がれた裏側は、奇妙に光る乳白色をしていた。
扁平だったその形状は、壁に張り付いた箇所はそのままに、剥がれた部分は収縮し、窄まり、びらん状の
組織を伴った歪んだ円筒状に形を変えていく。それに伴い、壁に「擬態」していたその組織を鮮やかな青紫
に変色させ、伸びた頭部の頂点から幾つかの瘤状の突起を放射状に隆起させた。
(;,゚Д゚)「――何だ、こいつは」
眼も口もない、のっぺりとしたナメクジのような頭部。
それをゆらゆらと大きく、上下左右に振りながらギコに近づける。
動けずにいた彼の、バイザーの正面で、その動きを止め。
頭部の中心が左右に裂け、壁から伸びたその半ばほどの位置まで一気に拡がる。
にちゃり――と、異様に大きな粘着音が耳元で響いた。
淡いピンク色をした内蔵組織がその裂け目の中心部からせり上がる。
肉の襞で畳まれた袋状のそれが、空気に触れて解け、弾けるように開く。
そこから、膿汁に似た黄色がかった懸濁物の混じった粘液を噴出させ、壁に、床に――ギコのマスクに、
浴びせかけた。
【続】
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:11:24 ID:Cq.sPBbI0
【log #06】
.
- 160 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:13:29 ID:Cq.sPBbI0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『我々は、間違っていた』
『帰れない』
『助けは望むべくもない。いや、望んではならない』
『ナターシャ。すまない。
再び君の顔を見ることは……もう――』
『―― 一つだけ、もしもこの声が届くのなら』
『……決して、ここには近づくな』
『この海は――私たちの新しい故郷になどなりえない。
永遠に』
『恐ろしい……ああ……』
『恐怖。恐怖そのものだ。
古来、我々が恐れてきた暗闇の海、未知、悪夢……"恐怖"という言葉に籠められた、形のない実態が、
我々に最も強い原初の感情を喚起させるような凡そ総て……信じがたい……それが……ここには……』
『……』
『……神よ』
『我々の愚行を、身の程知らずな蛮行を、お許しください……どうか……慈悲を……』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_0102671
ファイルシステム破損:録音日時は損失
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:14:49 ID:Cq.sPBbI0
- 浴びせ掛けられた液体から、ギコは腕を掲げて身を庇おうとする。
だが、間に合わない。オレンジの防護服の頭部に、その正体不明な液体を正面から浴びた。
暗闇の中、丸く照らし出された「それ」は擬態を解き、体色を変え扁平だった身体を壁からもぎ離し、膨張させ
ギコの目前にまで二股に裂けた頭――そう呼ぶことが適当なのかどうかすら定かではないが――を伸ばした。
(;,-Д-)「くッ!」
視界を塞がれた液体にギコはバイザーを押さえ、よろめき下がる。
その指の間、マスク頭部から白い煙が立ち上り始めているのが見えた。
(;'A`)「っ……」
溶けている。
腐食に対しても高い耐性を持つはずの対環境服が濡れた紙切れのように、見る間にぐずぐずと崩れ形を失う。
俺が声を上げるよりも早く防護服の頭部はその半分以上を損失し、ギコの頭を露出させた。
密閉を失った防護服の首から酸素が抜ける。
しゅう、という風切り音が鋭く響くのが聞こえる。
「気密損失」の警告表示が、ギコの防護服の識別番号と共にHUD上に忙しなく点滅を始める。
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:17:36 ID:Cq.sPBbI0
- 首元を押さえ、苦しげにこちらを振り向く。
(;,iД )「か、はっっ」
その頬に粥のように溶けた防護服混じりの粘液が流れ落ち、そしてその頬の皮膚までもを溶かし、ずるり、
と垂れ下がらせた。表皮を失った頬の真皮組織に血が滲み、粘液と混ざって流れ落ちる。
その顔を、ぶるぶると震える左手で庇う。
庇い、咳込みもながら残る右手でチェストハーネスを探り、手斧を引き抜いた。
(,;iД゚)「ぬうッ――」
振りかぶり。
(,#;iД゚)「――う、おおっ!」
目前で震えるその奇怪な生物に叩き付ける。
ライトの光を白く照り返す軌道が鋭利な弧を描きその軟体質の伸びた頭部に深々と、半ばまで食い込む。
声はない。
代わりにそれは床に落ち、千切れ掛けた頭部を狂ったように振り回す。胴体に近い部分の裂け目から
白く細長い内臓ががどす黒い体液と共に流出し床に広がった。
それを見届け、ギコも崩れ落ち、床に膝を突き喘ぐ。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:19:28 ID:Cq.sPBbI0
- (,;iД )「――――!」
マイクが故障したか、その呼吸音は聞こえてこない。
だが首を押さえ咳込みながら何度も深呼吸を試みるその腫れ上がった顔は、間違いなく深刻な酸素欠乏
を訴えている。
早く酸素補給を行わなければ命に関わる。
理解が追いつかない出来事の連続。
頭はパニックを起こしかけ、身体は動きを止めることを求めている。
それでも自分自身に喝を入れ、どうにかポーチの酸素マスクを探り当て取り出す。
(;'A`)「っ、くそっ!」
酸素マスク自体には酸素の供給機能はない。
これは、コントロースボックス内の酸素ボンベに接続して呼吸を確保するためのものだ。
誰かのボンベが壊れてしまっても、他人と酸素を分け合うこともできる。
コントロールボックスには緊急用の酸素缶も内蔵されているが、それはあくまでもその場凌ぎだ。
せいぜい二、三分程度しか呼吸は続かない。
(;'A`)「待ってろ、今っ」
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:19:54 ID:Cq.sPBbI0
- だが。
(,,゚Д゚)「――、……っ」
だが手を伸ばし、ギコは俺を制止する。天井に、塞がりかけた視線を向ける。
その俺とギコの間に、天井からまた透明な液体が滴った。
液体は糸を引き、量を増して細い筋を形成し、流れ落ち、そして。
――ずるり。
濡れた大きな塊が、俺たちの間の床に落ちた。
咄嗟に天井を見上げる。
天井の通風口のカバーが取り去られていた。
そこから液体と共に、巨大な粘膜の塊――それに包まれた滑つく巨大な何かが床に落ち、とぐろを巻いた。
- 165 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:21:12 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「……何だよ」
一見すると、それはタコやイカの足に似ている。
だがその太さは俺の胴回りと同等かそれ以上で、通風口に繋がるその全長は想像も付かない。
先端にかけて細くなっていくその周囲には半球状に盛り上がる、やはり頭足類のものと思しき楕円形の瞳
を備えた眼球が無数に並び、半透明の薄膜を緩慢に開閉して瞬きをする。眼球はバラバラの方向を向き
周囲を見回していたが、その内のひとつが俺を捉えた瞬間……一度瞬くと、一斉にこちらを向いた。
(;'A`)「何だよ、これ……!」
一歩、後ずさる。
その「腕」は俺に視線を据えたままうねり、床から離れて持ち上がり蛇の胴体のようにくねりながら先端を
こちらに向ける。先端に近い部位には目だけでなく、それと互い違いに出鱈目な大きさの歯を巻き込んだ
棘皮動物――ヒトデのような口が開閉し、粘つく透き通った液体を幾つもの筋にして垂れ流していた。
腕も足も音を立てそうなほどに震え、それでも自分の意志に反して一ミリも動かない。
目の前の現実の光景を、すぐそこにいる「何か」の存在を理解することを全身の神経細胞が拒否している。
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:22:31 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「……は」
(; A )「は、はっ」
口元が勝手にほころぶ。
視野が暗く狭く窄まっていく。
目に映るものの全てが遠く感じる。
俺はもう、自分でも気付かない内に発狂してしまっているのか。
そうだ。
こんなものが。
こんな事が――
『……オ』
遠くから、声が聞こえる。
『クオ……ドクオッ!!
返事を、しなさいッ!!』
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:24:50 ID:Cq.sPBbI0
- 甲高く。
切迫した、女の高く澄んだ鋭い声が。
耳元で大音量で響く。
その声に、切れかけた線が繋がるような感覚を覚えた。
漂った海の底で地に足が付いたように、床に接した足から順に、現実感が戻っていく。
(;'A`)「あ――」
首を振る。
荒い二つの呼吸音、それと響く足音をイヤーパッドが拾い耳に伝えていた。
咄嗟に二歩、下がり、背後を見る。
闇の通路を二つのオレンジ色の防護服が駆け寄ってくるのが見えた。
ξ;゚⊿゚)ξ「ギコの防護服にアラートが出てるわ。
一体、何が……っ!?」
息を切らせ、ツンデレが俺に問う。
そのキンキン声に、今は抱き付いて感謝したい気分だった。
だが、答えようにも声がうまく出てこない。
俺の視線を追い、彼女は言いかけた詰問を中断させた。
のたうつ巨大な触手。不規則に左右に揺れ、伸び、縮む。出方を伺うように左右に揺れ、その無数の目は俺と
ツンデレ、そしてその背後に追い付いたついたハインリヒの間を迷うようにぎょろぎょろと往復し、数度繰り返し
瞬く。
ハインリヒは。
たじろぎながらもその目を睨み付け、それでもそいつに一歩前進してみせた。
- 168 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:25:23 ID:Cq.sPBbI0
- 从;゚∀从「おいヒョロガリ、説明しろよッ。
何だ、コイツはっ。何がどうなってやがる!」
('A`)「……俺にも、分からねえよ。
それより、ギコがヤバい」
揺れる「それ」の向こうに顔を庇い立つギコ。
その姿を認め、二人は息を呑む。
左右には迫るサーバラック、そして暗闇。
正面、ドアの前には膝を突くギコ。その前に、この得体の知れない触手。
誰も、動けない。
ギコが危ない。酸素がなければ、もう数分ですらもたない。だが目の前には、この奇怪な生物。
なら、サーバラックを迂回して回り込むか。しかし、他にもこんな化け物がいたらどうすればいい?
しかし、もう悩んでいる時間は――
――がん!
.
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:26:41 ID:Cq.sPBbI0
- 壁から、天井から。
金属の棒を打ち合わせるような打撃音が同時に幾つも、何度も響く。
――がん!
がん! がん! がんっ!
ξ; ⊿ )ξ「ひっ……!」
身を竦ませるツンデレの目の前に、金属製の柵のようなものが転がる。
それは、がらん、と雑音を立ててサーバラックの側面に当たり、LANケーブルの束の上に倒れ込んだ。
俺は天井を、この化物の出入り口を見る。次に下、サーバ周りの床の、金網になった部分を。
そうだ。
当然だ。
こいつが何かの脚、あるいは腕だとしたら、それは。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:27:39 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「違うっ。こいつだけじゃ――」
突如。
床の金網を突き破り、目の前のそれと同種の触手が天井の近くにまで一気に突き出た。
从;゚∀从「うおおっ?」
衝撃でそれ自身も傷付いている。自らが破った金網で皮膚は何箇所かが裂け、先端部の眼球も数個が潰れて
はいるものの全く頓着する気配はない。金網の断面に組織片を残したまま、こちらに向かってその腕を伸ばす。
さらに、その奥から。
壁に擬態していたものに似た軟体生物が、伸縮し床に身体を伸ばしながら蠢き、這い寄って来ようとしている。
体表の体色はちらちらと瞬き、床やサーバラックの色を写し取る。カラフルなLANケーブルを跨ぐ時、その箇所
の色は鮮やかな赤、黄色、緑の細かくグロテスクなマーブル模様に代わり、吐き気を催させる。
素早く室内を見渡しライトの光を飛ばす。
光はサーバラックに、天井のパイプ棚に容易に遮られる。
だがそれでも、見えた。
暗闇の先に、あるいは光の中に、幾つもの歪な腕が、不定な形状のシルエットが浮かび、蠢くのを。
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:28:03 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「こいつら、っ」
今だから分かる。
多数の通風口と、機材やケーブルの取り回しのための広い上下空間。
こいつらが何なのかは、知らない。
だが、身を潜めるのには最適な場所だ。
しぃは、これを警告していたのか。
なら。
それなら、C班も同じ状況だということか。
――クー。
だとすれば、彼女も、危ない?
.
- 172 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:29:41 ID:Cq.sPBbI0
- 正面の一際大きな触手が、動く。
ツンデレに狙いを付け、先端を向けてしなり、反動を付ける。
彼女は、動けない。
ξ ;⊿;)ξ「嫌あぁ――ッ!!」
その先で。
立ち上がったギコが、斧を振り上げた。
がりがり、というノイズに続き、途切れ途切れの怒鳴り声が入る。
(,#;iД゚)「伏せ、ろッ!!」
どん、と。
奇怪な腕はしなったまま、大きく揺れる。
側面の眼球を打ち込まれた斧の重量が潰す。しかし表面の粘膜は鋭利な先端を逸らして切断を免れさせる。
刃は表面を滑りもう一つの眼球を縦に削ぎ落とし、さらに開きかけた口の一つの脇に斜めに食い込んだ。
眼球の断面からゼリー状の物質が飛び散り、椀状に窪んだ奥で乳白色の筋肉組織の蠕動するのが見えた。
そいつは悶絶するように腕をねじり、うねり、縮こまらせる。
その勢いで斧を巻き込み、片手でどうにかそれを保持していたギコの手から弾き飛ばした。
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:30:32 ID:Cq.sPBbI0
- 斧は回転し、俺のすぐ後ろのサーバラックに衝突して床に落ちる。
ハインリヒが転がるようにしてそれを拾い上げる。
(,#;iД゚)「ここは、無理だッ。
出口を探せ! 今はとにかく、ここからッ!」
咳込んで、叫び。
暴れる触手の向こうでギコは太腿からダイバーナイフを抜く。
その側面に、またあの軟体生物が這い寄っている。
(,#;iД゚)「俺は何とかする。
が、はっ、早く、行けッ!」
斧を短く持って構え、ハインリヒは油断なく四方を頭部ライトで照らす。
从#゚∀从「言われるまでもねえ。こんなワケ分からねえところで死んでたまるかよ!
おい、ガキ――ツンデレ! 道案内しろよっ。出口はどっちだよ!」
ξ;-⊿)ξ「でもっ、ギコがっ、あの人はっ!」
- 174 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:31:55 ID:Cq.sPBbI0
- 気にならないはずがない。
心配でない訳がない。
(;'A`)「……行こう……」
だが今は、俺達が生き延びる方が先だ。
周囲で、複数の気配が動く。
(#'A`)「行くぞ!
とにかく、逃げるんだ!!」
動かないツンデレの方を、ハインリヒが叩く。
床から足をもぎ離すようにして――俺達は駆けだした。
- 175 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:33:37 ID:Cq.sPBbI0
- ラックを盾に、身を屈めて走り抜ける。
途中で壁に向けて折れ、壁を右手に壁際を。
ξ;゚⊿゚)ξ「こっちよ。確か、この辺りに――きゃあっ!?」
指さした腕に、壁から平たく伸びたゴム紐のような物体が絡み付く。
腕を振り回し、どうにかもぎ離すことに成功する。
俺達の正面。
そこに緑のライトが灯る、警戒色で囲まれたドアが見えていた。
そこを目指して走る俺の視界が、不意に真っ黒い物体で塞がれる。
(;'A`)「うお、っ!」
从;゚∀从「おわっ!?」
横殴りに、何か大きく黒い影が凄まじいスピードで斜めに振るわれる。
床に倒れ込む俺の頭上を通り過ぎ、後ろのハインリヒの鼻先を掠めすぐ横のサーバラックを直撃した。
ビスで固定されたラックが容易く薙ぎ倒されて、甲高く歪んだ破断音を立てながら繋がれた何本ものケーブルを
跳ね上げ巻き込み、埃を巻き上げて横倒しになる。その音に注意を惹かれたように、周囲に伸びる、あるいは
垂れ下がる化物たちは動きを止め、肉食動物が首を巡らせるような動作でもって警戒態勢を取った。
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:34:26 ID:Cq.sPBbI0
- 今だ。
俺たち三人は団子になってドア前に殺到する。
ドア脇の認証装置にツンデレはしがみつくようにして、マスターキーを引き抜いた。
震える腕で装置にかざし、認証する。
ξ; ⊿ )ξ「お願い、早くして、早く、早く……早くっ!」
――ぽん。
殺意が湧いてくるほど能天気な認証音。
どのように音を認識しているのか、ラックを押しのけて伸びる、無数の眼球を生やした太く長い触腕が床を這い
こちらに向かって伸びる。先端の口を開き、粘液を撒き散らしながら躍り上がった。
从#゚∀从「おい、来たぞッ!
早く開きやがれ、このクソドアッ!!」
ξ;⊿;)ξ「嫌っ……もういや……! 早く開いてよっ!」
ドアが静かにスライドし、開き始める。
今の俺たちに、その速度は絶望的に遅い。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:35:59 ID:Cq.sPBbI0
- 踏み出そうとした瞬間。
ドアの周りの警戒色の模様が盛り上がり、せり上がりながら広がった。
ちらちらと体色を変えながら膨張しドアを塞ごうとする。
(;'A`)「なんだよ、クソッ」
俺を押しのけて。
从#゚∀从「どきゃあがれバカ!
お呼びじゃねえんだよっ――このクソッタレ包茎野郎ッ!!」
ハインリヒが大股で踏み込み、その塊を力任せに蹴り付けた。
ゴム質の化物は仰け反るように伸び、壁から剥がれて警戒色の擬態を消しながら落ちた。
从#゚∀从「チンタラしてんじゃねえ! 行くぞっ!!」
開いたドアに、俺たちは文字通り転がり込む。
背後、ドア前で再び身体を伸ばしていた軟体生物の胴部を横薙ぎに飛んできた触手がドア枠諸共に直撃する。
そいつは触手の質量とスピードに内臓を撒き散らして破裂し臓物と体液、あの消化液を周囲に飛ばして粉々に
吹き飛んだ。
俺たちは文字通り、室内に転がり込む。
その背後でドアは、静かに閉じ――
――ほとんど閉じ切った状態で。
止まった。
.
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:36:53 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「なっ……!」
ドアは、閉まり切っていなかった。
あの軟体生物の身体の断片が挟まり、僅かに隙間が残っていた。周囲には淡く白煙が立っている。
その隙間に……細い触腕の先端が潜り込み、ドアが閉じるのを妨げている。
ドアの異常を示す赤いLEDが、部屋内側の認証装置に灯る。
点滅し、耳障りなブザーを断続的に鳴らし始める。
それは、ぎしぎしと音を立てドアに逆らう。
粘液に覆われた触手は少しずつ滑り、潜り込み、室内に侵入する体積を増していく。それに伴ってより大きな
力を得、ドアをこじ開け始めた。
数ミリ、数センチ……ドアは、徐々に、開いていく。
从#゚∀从「ふざけやがって!」
斧を手にドアに向かうハインリヒ。
だが、踏みとどまる。
ずるずると、また別の何本かの「腕」が、ドアの隙間から顔を出したからだ。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:37:36 ID:Cq.sPBbI0
- こいつらはさっき、サーバラックが倒れる音に反応した。
それと同じだ。
どうやってかは知らないが、こいつらは音を聞ける。このドアが発するブザー音に、集まってきているのだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「駄目ッ。何か、何とか――!」
室内を見回す。
――この部屋の構造は、サーバルームに入って来た時と同じだ。
通路とサーバルームを隔てる小部屋で、正面には同じ型のドア。
そして、他には――
それだ。
ドア脇に駆け寄る。
赤いラインに囲われたパネルが、それがこの部屋にも同じように設置されていた。
警報装置。
そして、それと並んで設置された、消火装置が。
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:39:00 ID:Cq.sPBbI0
- これだ。
これなら、あいつらを一時的にでも撃退できるかもしれない。
('A`)「ハインリヒッ。
こいつだ。消火装置を」
从 ゚∀从「おうよっ!」
斧の柄でアクリルのパネルを割り、その奥に収められたハンドルに手を掛ける。
その、ハインリヒの腕を。
ξ; ⊿ )ξ「駄目ッ!」
ツンデレが、抱き留めるように抱え込んで制した。
从#゚∀从「何してんだ、どけよッ。
死にてーのか?」
ξ;゚⊿゚)ξ「でも、それを動かしたらギコが……あの人が!」
- 181 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:39:59 ID:Cq.sPBbI0
- 激しく首を振る。
ξ;゚⊿゚)ξ「この都市の消火装置は、危険性が高い二酸化炭素消火装置を使ってる。
これを作動させたら、彼は……!」
ギコのマスクは破損している。
酸素缶もごく短時間しか使えない。窒息死の可能性は、限りなく高い。
ξ; ⊿ )ξ「彼を犠牲にするなんて、そんなの――」
振りほどこうとするハインリヒの腕にしがみつき、離さずに。
ξ ;⊿;)ξ「――私は、そんなこと、っ!」
『――構わん。やってくれ』
その答えは、ギコ本人から来た。
ややくぐもった声は、酸素缶の吸入器を着けているせいだろう。
- 182 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:41:42 ID:Cq.sPBbI0
- ξ ;⊿;)ξ「でもっ!」
『全部、聞こえてた。
俺のことは……気に、するな。何とかなる。だから』
从# ∀从「テキトーこいてんじゃねえ!
死ぬかもしれないんだぜ?」
微かに。
ふふ、と微笑む声をマイクが拾う。
『言っただろ。何があっても助けない、と。
自分で言ったことは、守ったらどうだ』
雑音混じりで途切れ途切れになった、ギコの声。
それは先程まで、別れる前の様子とは打って変わって静かだ。
言葉を切り、沈黙し、そして何度か咳をする。
从; ∀从「あれは、違うッ。
あれは、オレは……オレはッ」
- 183 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:42:41 ID:Cq.sPBbI0
- ハンドルを握りしめ狼狽する彼女の横で、ドアにもう一本の触手が、開きつつある隙間から更に潜り込んだ。
のたうち、無数の目でハインリヒを見る。滑る腕を左右に振ってドアに捻じ込み他の触手と絡み合い、また
更にドアを押し広げる。その腕はあと10秒もあれば脇の消火装置に届き、ハインリヒの腕を絡め取る事が
できる位置にある。
(;'A`)「くそっ……」
ポーチを漁るが、彼女の助けになりそうなものはない。
それでも何とかしようと駆けだした俺のイヤーパッドに、鋭い声が飛び込む。
『早くしろ。
俺のことは……構うな。だから――』
『グズグズするな!
早く、やれッ!!!』
――怒号。
.
- 184 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:44:15 ID:Cq.sPBbI0
- 从# ∀从「う、あッ――」
呻く彼女の、ハンドルを掴む手に。
暴れる触手の先端が、届く。
从#;∀从「――あああああああぁぁッ!!」
ハインリヒは、吠えた。
吠えながら、力任せにレバーを、力一杯、引いた。
喧しいサイレンが鳴り響く。
オレンジの警告灯が小部屋に灯り、サーバルーム内では白いガスが激しい噴射音を立て猛烈な勢いで吹き
出し室内を満たすのが覗き窓越しに見えた。室内に侵入していた触手は引き付けを起こしでもしたかのように
数度身震いをすると、するするとドアの隙間から退き、消えた。
それに引き摺られドアにこびりついていた肉片が剥がれ落ちる。
お陰で、ドアは今度こそ完全に閉じる。
閉まり切るのと同時に認証装置に赤い光が灯り、緊急ロックを通知した。
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ……!」
ツンデレは口元を押さえ、床にへたり込み。
ハインは大きく息を突き、壁に背を預けたまま腰を落とし、座り込んだ。
- 185 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:47:02 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「はあ、っ」
俺も、同じだ。
立っていることができなくて、その場に腰を下ろした。
あの、ドアの前で化け物に最初に遭遇してから何分が経っただろうか。
それが数時間も前のことのように感じられて、気が遠くなりそうだった。
从;゚∀从「何なんだよ、あいつら……っ。
ツンデレ。お前らの仕業か?
都市計画機構ってのはバケモノの動物園か何かなのかよっ」
力ない声で、詰問する。
その問いにツンデレは、おろおろと首を振るばかりだ。
ξ; ⊿ )ξ「知らない、っ。
私、こんなの、何もっ、聞いてない――!」
焦りと恐怖、苛立ち。
俺を含めて、全員が様々な感情を覚えている。
ハインリヒはそれを怒りの形にして、素直に都市計画機構の女にぶつけた。
从#゚∀从「ふざけんなよ……。
このクソッタレな海底都市も、お前らが作ったもんだろうが!
知らねー間にあんなのが住み着いてたとでも言う気か? 答えろっ!」
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:49:08 ID:Cq.sPBbI0
- 膝に手を突き。
立ち上がって、ハインリヒはツンデレに歩み寄る。
力任せに胸倉を掴み上げ、壁に押し付けた。
从# ∀从「ふざけやがって、やっぱりオレらを殺す気だったんだろうが!
クソッタレの人殺し野郎共がぁっ!」
ツンデレは俯き、視線を返さない。
ξ; ⊿ )ξ「……こんなの、違う。
嫌……私、こんなの……」
意味の通らない言葉を、ぶつぶつと呟き。
ハインリヒを見上げる両目から、ぼろぼろと涙を零した。
ξ ;⊿;)ξ「知らないっ。私、知らなかった……知ってたら、こんなの、こんな所。
私だって……みんなだって、連れて来なかった! こんなっ!」
彼女の腕からずり落ち、ツンデレは床に座り込む。
泣きじゃくる彼女の湿った嗚咽が、黙りこくる俺たちの間に響いていた。
彼女は、嘘を吐いていない。
そう感じる。
だが――では、これは、いったい何だ?
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:50:12 ID:Cq.sPBbI0
- やがて。
『消火装置、作動終了』
無機質なアナウンスが、天井のスピーカーから響く。
『作業員は酸素マスクを用意すること。
排気が完了してから5分待ち、入室してください。ロック、解除します』
アナウンスの終了と同時に、認証装置の光が赤から緑に変わる。
警告灯も消え――再び室内は沈黙と、闇の中に取り残される。
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ!」
ツンデレが立ち上がり、ドアに――化物の肉片がこびりついた側の、サーバルームへ繋がるドアに駆け寄る。
止める間もなく、マスターキーで認証を行うとドアを開いた。
从;゚∀从「待てよっ。まだあいつらがいたらどうすんだ?」
ξ;゚⊿゚)ξ「でも、ギコを早く助けないとっ。
ドクオ、酸素マスクを出して!」
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:52:07 ID:Cq.sPBbI0
- (;'A`)「あ、ああ」
その勢いに気圧されて、俺も思わず頷く。
危険だとは思ったが、反論はできなかった。
ゆっくりと開くドア。
前も確かめずに部屋に踏み込もうとするツンデレの、その目の前に。
オレンジ色の防護服が、静かに直立していた。
(,;iД゚)
ξ゚⊿゚)ξ「あ――」
安堵の声を上げ、顔を見上げる。
――ギコは、すぐそこにいた。
消化液に爛れた、酸欠の青黒い顔を俺たちに向けて。
.
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:52:44 ID:Cq.sPBbI0
- (,;iД )
ギコの顔は、上半身は、俺たちを見ている。
だがその胴体は上半身の半ばから力任せに捻じ折られ、巻き付く白い眼球の腕に握り締められていた。
下半身は反対方向を向いていた。脱力し、触手に支えられる格好で、両足を宙に浮かせていた。
ξ;゚⊿゚)ξ「ひッ――!!」
尻餅を突き、手だけで後退る。
俺たちの前にギコの死体を掲げたまま、そいつは、ゆるり、と、俺たちの小部屋に侵入した。
その背後……ドアの向こうの暗闇から、同種の、無数の仲間を従えて。
ξ; ⊿ )ξ「嘘……そんな……ギコ」
魂を抜かれたように力なく、ツンデレ。
从#゚∀从「ざけやがって、コイツ……!」
斧を構え、握り締め、ハインリヒ。
(;'A`)「クソ、っ」
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:54:47 ID:Cq.sPBbI0
- 退路は、ない。
仮に背後のドア――俺たちが背にしたドアを潜っても、その先に道はない。
『同時に、都市内全域に降りた防犯隔壁を開く手段もない。
従って、経路は、そこから農業、居住、行政・厚生の各区画を横断し、緊急避難路を逆行する
ルート、ひとつだけになるわ』
ツンデレの言葉だ。
元より、都市から出るための経路は、俺たちが通って来た道以外にないのだ。
それ以外をどう進んでも、どこにも行くことはできない。
なら、シンカー01に救助要請を送るか。
よしんばそれを受信したところで、シンカー01にはもう探査艇は残っていない。
仮に通信が通じ救助を求めることができたとしても、助けが来るまで俺たちが生き延びることはないだろう。
全滅覚悟で正面突破を試みるか。
酸素が底を突き窒息死するまで、この都市の奥部を彷徨い続けるか。
選択肢は、その二つしか、ない。
どちらを選んでも、待っているのは。
確実な、死。
それだけだ。
俺たちは、死ぬ。
ここで。
海底の密室で、一人残らず。
- 191 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:55:55 ID:Cq.sPBbI0
- 今さらながらに、冷や汗が背中を伝うのを実感する。
首筋の毛がぴりぴりと震え、防護服の中に着込んだツナギの内側で鳥肌が立つ。
(; A )「――っ」
どちらを選ぶか。
つまり、どう死ぬか、だ。
隣のハインリヒに声を掛けようとした、その時。
見慣れないコールサインが、HUDの隅で瞬いた。
――秘匿回線を使用した緊急通信。
発信元は……"キャスタ"管制室。
.
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 03:58:50 ID:Cq.sPBbI0
- 『P班っ。
生存者、聞こえますかっ。
聞こえたら、返事してっ』
切迫した、若い女のやや高い声。
今まで、通信が断絶する前までの通信とは段違いにクリアな音声。
しぃの声だ。それがはっきりと分かる。
ξ;゚⊿゚)ξ「え、っ?」
从;゚∀从「とりあえず、生きてるぜッ。
良くて五分以内に死にそうだけどよ!」
ツンデレが疑問の声を上げ、ハインリヒが応える。
('A`)「聞こえてるっ。ドクオだ。
だが――」
『状況は……たぶん、分かってる。
だから落ち着いて。慌てないで、よく聞いて』
- 193 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 04:02:45 ID:Cq.sPBbI0
- 掠れ、疲労を滲ませた声。
それでも俺たちを鼓舞しようと、張り上げているのが伝わってくる。
『ここから脱出するルートは、もうひとつだけあるの。
一部の高セキュリティ区域の情報が、配られた地図データから意図的に削除されてる。
その奥に、脱出経路に繋がってる道がある』
『だから、動けるなら……まだ、間に合うなら、来てっ!
あたしが、ここから先導するから――』
微かに、涙が滲む鼻声になって。
『――だから、負けないで!
あたしたち、っ、みんな……みんなで、生きてっ、ここから出ようよ!』
――まだだ。
まだ、生き延びられる。
.
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/29(火) 04:04:14 ID:Cq.sPBbI0
- 俺たちは一斉に身を起こし、翻す。
数を増し部屋を埋めようとするそいつらに背を向け。
しぃの、彼女の指示した通りサーバルームとは逆へ――制御区画のさらに奥に続くドアへと走った。
从 ゚∀从「へッ、あばよ、イカ野郎!」
認証装置を操作する前に、ツンデレは一度振り返り。
ゆらゆらと揺れる、ギコの屍を見た。
ξ; ⊿ )ξ「許して頂戴。
助けて貰ったのに……言えなかったわね」
小さく、それでもはっきりとした、声。
囁くような小声をマイクはしっかりと拾っていた。
ξ;⊿;)ξ「ありがとう、ギコ。
ごめんなさい……っ」
ハインリヒも、俺も、答えない。
ただ、その声が聞こえない風に。
並んで、その通路の奥へと。
しぃに先導され、未知の空間へと踏み込んだ。
【続】
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:39:30 ID:06vVp8eI0
【log #07】
.
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:40:12 ID:06vVp8eI0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『こうするしかなかった』
『……』
『私には、こうするしか』
『他に、手段はなかった』
『……』
『ナターシャ』
『愛している。君を、永遠に愛している。
この長い、長い旅路の果てに至るまで、片時も君のことを忘れたことはなかった』
『暖かいベッドで、君の胸に顔を埋めて眠る安息を、何度、夢見たことだろう。
君と家族の肩を抱いて英雄譚を語り聞かせる興奮に、何度、胸をときめかせたことだろう』
『だが、すまない。
それは、できない』
『……』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:41:06 ID:06vVp8eI0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『私は、同胞の命を、この手で奪いました。そして今、自らの命までも――』
『――どうか、私を罰してください。
そして、私に与えた罰の分だけ、皆に慈悲と赦しを、祝福を、お与えください』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_2000031
ファイルシステム破損:録音日時は損失
――音声ファイル、ヘッダ復元 開始
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 205 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:41:51 ID:06vVp8eI0
- 『いい? よく聞いて。
"キャスタ"と"パラクス"の構造は、完全に同一。
管制室は、制御区画の一番下にある』
小部屋を抜け、その先へ。
殺風景で代り映えのしない通路を走り抜け、二つ目の曲がり角を右に折れる。
その脇にあるドアを潜り、階段を下へ。
地図は既に現在地を示す用をなしていない。
防護服の制御システムに保存されている地図には現在地は存在しない事になっている。
現在地のマーカーはサーバルームの壁を突き抜け、何もない空間を移動していた。
『とにかく、下へ降りて。
最下層までたどり着けたら、もう少し細かく指示できると思う。
……そう。次の角を右に曲がって、もう一階降りて。次は……』
乏しい照明、灰色の壁。
あの化物たちは、今のところ俺たちを追ってきてはいない。
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:42:36 ID:06vVp8eI0
- (;'A`)「はあっ、はあ……っ」
息を切らして。
よろめく足取りで、それでも俺たちは止まらずに進む。
从;゚∀从「おい……まだかよっ。
いい加減、足が痛えぜっ」
重いドアノブを回し、ドアを開く。
その先には――今までと同じ、闇だ。
無尽の暗闇が、いつまでも、どこまでも続いている。
何のことはないはずの、通路の闇の黒。
だがそれは、今までに通り抜けてきたどんな場所よりも、これまでの仕事で体験してきたどんな深海よりも
濃く、深かった。まるでこの闇が意思をもって蠢き、俺たちの足元に、周囲に、全身に這い寄り、圧し掛かり、
呑み込み、ここではないどこか、もっと恐ろしい場所へ、掴み上げ運び去ろうとする悪意がその底にあった。
天井に、通路の足元に一定間隔で並ぶ通風孔。
今にもそこから、あの白い、眼球を貼り付けた触手が飛び出すのではないか。
そう思うだけで心拍数が上がるように感じた。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:42:59 ID:06vVp8eI0
――恐ろしい。
改めて、そう思う。
暗闇への恐怖。
海で仕事をするようになってから、馴染み、慣れていたと思っていた。
ぱきん。
足の裏で、固い果物を踏み潰すような感覚。
ξ;゚⊿゚)ξ「きゃっ――?」
ハインリヒとツンデレも同じものを感じたようで、足を止め床を見る。
('A`)「……?」
ライトを床に向ける。
何か小さな塊が幾つか、床にばらまかれていて、俺たちはそれを踏んだようだった。
だが屈み込んで調べるような余裕は、時間的にも精神的にも、ない。
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:43:26 ID:06vVp8eI0
- 『……そう。そのドアの先を下りれば、管制室がある最下層だよ。
気を付けて。何が起こるか、分からないから』
狭い階段室。
スチール製の簡素な階段を、かん、かん、と足音を立て急ぎ足に降りる。
非常灯は淡い緑色に光り、踊り場で瞬いている。
階段を下り、突き当たったそのドアに認証装置はない。
自動ドアですらない。
从 ゚∀从「行くぜ。準備は、いいか?」
俺たちを先導しているのはハインリヒだ。
少しだけ落ち着いたその声に、一度息を吐き――そして、ゆっくりと吸う。
ξ;-⊿-)ξ「まだ、先なのね。
……怖い、わ」
从 -∀从「……ああ。オレもだよ」
素直に心情を吐いたツンデレに、静かに同意するハインリヒ。
そのハインリヒを、彼女は驚いた様子で見る。
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:44:02 ID:06vVp8eI0
- 从 -∀从「意外かよ? オレだって、怖いさ。
海で仕事するときゃあな、誰だって、遺書でも書いとくか、って思うモンだ」
从 ゚∀从「流石に、イカに食い殺される心配をするヤツぁいないけどな。ははっ……」
笑いかけて。
また潤み始めたツンデレの眼に気付き、慌てて手を振る。
从;゚∀从「……ああ、いや。
今のナシな」
ξ ⊿ )ξ「……」
ツンデレは黙って首を振る。
从 ゚∀从「よし――いいな。
行くぜ」
手斧を提げ、やや前屈みで周囲の警戒を怠らず。
ノブを掴み、慎重に押し下げ、そして引き開いた。
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:44:35 ID:06vVp8eI0
- 最初に感じたのは、淀み、滞った空気の重い熱だった。
防護服を着てすら、湿度の高さに体が重くなったように感じた。
何かがそこにいるかもしれない。
あの頭足類の足の化物が、待ち構えているかもしれない。
その創造と警戒は怠っていない。
(;'A`)「……っ……」
だが、違った。
――俺たちは、洞窟の中にいた。
見慣れた単調な灰色の壁も、金網の床も天井のパイプも、そこにはなかった。
床にも、壁にも天井にも、一面に、白く濁った乳色の殻をした牡蠣のような不揃いな貝がびっしりと張り付いて
いた。それが重なり合い密集し、あるところではこんもりと盛り上がり、天井から連なって下がり、通路の形状を
全く別のものに変えていた。
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:45:46 ID:06vVp8eI0
- 『……どうしたの。
P班、大丈夫? 何かあったの?』
しぃの声にも答えられない。
誰も、一言も言葉を発しない。
ただ眼前に広がるその光景に、言葉を失っていた。
暑い。
室温は、防護服が環境の異常性を訴えるほどに高い。
それに、この湿度。
周囲には水蒸気の濃い靄がかかっている。
それがライトの光を乱反射して散らし、周囲の輪郭をぼやけさせ視界を遮っている。
バイザーにもライトの前に差し上げた防護服の指先にも、細かな水滴が張り付く。
ξ゚⊿゚)ξ「こんなところに……貝? 一体、なんなの」
壁際に歩み寄り、その「貝」を見る。
その形状は、まさしく貝だった。
形状だけは。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:47:04 ID:06vVp8eI0
- 大きく分厚い、やや黄色がかった白の、半透明をした角質。表面には蝶番になった殻頂の部分から先端に向け
微かに放射状の線と凹凸が走っている。壁に面した部分では錆色の縮れた繊維が糸状に伸び、それが壁面や
他の貝に巻き付き固定している。その幾つかは開き、濃い肉色の舌のような器官を隙間からはみ出していた。
爪だ。
その殻は、異様に変形した人間の爪で形成されていた。そして、髪の毛で壁に取り付いていた。
半透明の角質の殻の中では妙に鮮やかに赤い、ミニチュアの人間の循環器と消化器が緩やかに脈動していた。
中心部には、胃が。端に近い部分には、ぐるりと腸のような臓物が沿っている。
それが、通路を埋め尽くしていた。
ハインリヒは、何も言わない。
ただ一歩下がり、首を振った。
从;-∀从「もう、いい。
沢山だ。……行こうぜ」
『ハインリヒっ。どうしたの? 何か、見つかった?』
从;-∀从「ああ……いや、いい。これを表現できる自信がねえ。
とにかく、身の危険はねーよ。心配すんな』
沈んだ声で答え、俺たちを促し歩き出した。
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:48:02 ID:06vVp8eI0
- 床は濡れ、滑る。
防護服の破損を避け、俺たちは手を貸し合いながら、靄で視界の効かない通路を進む。
「貝」がしがみ付く天井の合間を縫って、びらびらとした紐状の、あるいは筒状の何かがそこかしこに垂れ下がっ
ている。それも同じように、肉の色をしている。黒ずんで渇き、涸れているように見えるものもあったが、大半は
どのようにしてか知らないが生きているようだった。
それは腸を裏返したように、細かい絨毛で覆われている。根元から先端にかけてホース上の筒になっている様
で、よく見ると微かに蠕動し、そして呼吸をするように先端から薄白い水蒸気の靄を吐き出しているのが見えた。
どこからか水分と、熱を運んできているようにも見える。
この通路の「気候」は、こいつらが作り出しているようだ。
それを避け、どうしようものないものは手で押し退けて進む。
幸いにも、サーバルームにいた奴らのように襲い掛かってくることはないようだった。
ツンデレがそれに触れると、緩やかに持ち上がり、掌に巻き付くように縮む。
ξ;-⊿)ξ「う、っ……」
えずきながら、それを難儀して解く。
彼女の手から離れると、また弛緩し元の位置に戻る。
爪の牡蠣の隙間を、小さな見たこともない昆虫か何かが這い回る様子が見えた。
- 214 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:48:36 ID:06vVp8eI0
- 外骨格を引き剥がし内臓を露出させたフナムシのような生物の群れが、ざざ、と壁を走る。
指のような節のある外器官を生やしたオレンジ色の嚢状の塊が床に落ちて震えていたが、これが成長すると
どうなるのかは知る気にも試す気にもなれない。
ぼりっ、ぼりっ、と、時折靴裏に振動が走る。
床に群生する「貝」の中でも小さなものは爪が薄く、小さい。踏み潰すとそれは割れて潰れ、人間のような赤い
体液と膿に似た青味がかった黄褐色の粘液を吐き出し内臓を潰して動かなくなった。そこに四つの関節を持つ
脚を生やした、寸胴なゴカイに似た節足動物が群がり、我先にと内臓に頭を突っ込む。
壁からウミユリに似た生物が突き出し、羊歯の葉に似た羽状の腕を広げて揺らしている。
棘皮動物のそれとは異なり、その腕は肉食動物の足に似た骨格に癒着した白い腱の伸縮で動かしていた。
从 -∀从「なあ。――あー、ドクオ。
オレたち、本当に生きてここにいるのか?」
呼び掛ける風でもなく、ハインリヒが呟く。
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:50:00 ID:06vVp8eI0
- 从 -∀从「もしかしたらさ。あのオンボロ船のシートでみんな仲良く居眠りでもしてんじゃねーのか。
それで、こんな夢でも見てるんじゃねーのかな?」
('A`)「……ああ」
从 ∀从「もしそうなら、オッサン……ギコの奴もさ……」
('A`)「もしそうなら、幸せだろうな」
俺だって、そう願っている。
海底の檻。
その底に、密室の熱帯海域。
この狭い空間で、得体の知れない生物たちは独自の異様な生態系を作り上げている。
『速度が落ちたみたいだけど、大丈夫?
あ、っていっても、位置情報の精度が低いから、あまり走り回らないでね。
施設内の無線LAN通信機器のアクセスポイントから位置を割り出してるから、どうしても――』
('A`)「大丈夫だ。
だが、酷い有様だな。そちらもこんなだったのか?」
- 216 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:50:41 ID:06vVp8eI0
- 『ごめん、見えないんだけど。
でも、こっちは、サーバルームから先は特に何も……あいつ以外は』
思い出したのか、言葉を濁し、止める。
また声を切り替え、続けた。
『そろそろだよ。
次の十字路を右に曲がって、左側の手前から三つ目のドア。
"中央管制室"って表示があるから、すぐわかるはず』
ξ;゚⊿゚)ξ「中央管制室、ね。
分かったわ」
私には、その場所は知らされていなかったけれど。
ツンデレはそう続け、恐らくはバイザーに映る役立たずの地図を睨み付けた。
"out of the route"の警告を表示したままマーカーは既に案内を諦めている。
見上げた通路の先。
見通しは、酷く悪い。
その先から、ざわざわと、何かの集団が這う音が響く。
ξ゚⊿゚)ξ「何か……今のは?」
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:51:29 ID:06vVp8eI0
- ツンデレにも聞こえたのだろう。
何かの気配を探ることができれば、とマイクの感度を上げる。
だが、その必要はなかった。
白く霞んだ通路の先、十字路から、音の主が。
殻のないフナムシの集団が、押し寄せてきたからだ。
ざざ、と床を黒灰色に染める虫――のような何か――を避け、俺たちは通路の端に寄る。
蠕動する内臓を収めた角質の貝殻に背中を密着させ、コントロールボックスが破損しないよう注意を払いなが
ら隣り合い壁に背を預けた。
時間にして20秒ほどだろうか。
そいつらが去って行った後、また元通りの静寂が戻る。
从 ゚∀从「何だよ。
ビビらせやがって」
その静寂の、中に。
――ひたり、
ひたり。
俺たちの進路。
十字路の曲がり角の靄の先から、濡れた足音を鳴らし、何かが姿を現した。
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:52:30 ID:06vVp8eI0
- 犬。
それが最初の率直な感想だった。
靄の中、灰色に浮かび上がるその姿はまさしく大型犬のそれだったからだ。
だが、全身を俺たちの目の前に晒したそれを、果たして、犬と呼ぶことはできるのだろうか。
ぶよぶよに浮腫み、皮膚が垂れ下がるその体表に毛はまばらにしか残っていない。
所々の皮膚が破れ皮下脂肪が覗いているが、そこに生命反応はない。皮膚に開いた口からは血液も流れず、
筋肉が剥き出しになっている。どう見ても腐敗しているようにしか見えない筋肉でそれは直立し、歩いてくる。
体格からして、恐らくは犬なのだろう。
だが、正確にどんな種類なのかは分からなかった。
何故なら、その首は半ばほど切断されかけ、断面から頸椎と筋肉を垂らした頭は半ば白骨化し、胸の間に上下
逆さまにぶら下がっていたからだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「何、これ――」
ぎざぎざになり広がった切断面を押し広げ、盛り上げて、そこに別の生き物が潜り込んでいる。
オウムガイに似た、太い触手を持つ大小二つの頭。
それが犬の首に巣食い、首の胴体側の切断面を楕円形に歪ませて揺れていた。
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:53:09 ID:06vVp8eI0
- 『ちょっと、大丈夫?
何かあった? ねえっ』
残念ながら、反応する暇はない。
無表情な頭足類の顔が、目が、俺たちの方を向く。
同時に足を上げ、こちらに向かって駆けだした。
早い。
四足獣の駆ける速度は、あの緩慢なウミウシもどきなどとは比べ物にならない。
見る間に俺たちに肉薄する。
从;゚∀从「くそッ、またかよおッ!」
体勢も整わないまま、ハインリヒはその首目掛け手斧を横薙ぎに振るう。
だがその下を潜り抜け、ハインリヒの後ろ――俺に向かって、前足を上げ跳躍した。
(;'A`)「うおおっ!?」
バイザーの視界一杯に醜悪な頭足類の頭部が広がる。
重力の係数を掛けた大型犬の重量に耐えられるはずもなく俺は床に仰向けに転がった。
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:53:51 ID:06vVp8eI0
- 垂れ下がった犬の頭部がバイザーに衝突し、褐色に変色した膿汁と何かの塊のような粉末がぱらぱらと振り
掛かる。抵抗しようにも両肩を前足に押さえつけられ自由の利かない手足をばたつかせることしかできない。
視界一杯に広がる大きなオウムガイの頭部の触腕が解けるように広がる。その付け根、輪状の肉の皺に埋も
れた烏鳶――頭足類に特有の、鳥の嘴に似た歯――がその奥からせり上がり、開いたまま飛び出す。その先
端は刃物のように鋭い。突き立てられたら、樹脂製のバイザーも俺の顔面もいとも簡単に切り裂かれるだろう。
从;゚∀从「ドクオッ!!」
(;'A`)「ちくしょう、ッ――」
諦めずに、もがく。僅かに右肩にかかる重量が緩んだ瞬間に、貝で埋め尽くされた床を探る。
手に触れたものを拾い上げ、迫るその口に押し込んだ。それは、壁から外れて落ちた貝だ。
勢いよく閉じるその犬の頭に寄生した頭の口は、その貝をすらあっさりと噛み砕いた。破片が飛び散り、内容
物が仰向けになったままの俺の顔に飛び散った。バイザーに赤黒い液体が広がり、何も見えなくなる。
それでも肩を浮かせて勢いをつけると、その反動で横ざまに転がり、そいつの拘束を逃れた。
俺を跨ぎ越え、ハインリヒがそいつの前に立ちはだかる。
从#゚∀从「おら、来いよ犬っコロ!
脳ミソ、ブチ撒いてやるぜ!!」
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:54:40 ID:06vVp8eI0
- その間にツンデレが俺の腕を引き起こす。
バイザーにべっとりと付いた液体を掌で拭い、どうにか姿勢を整えた。
ξ;゚⊿゚)ξ「大丈夫なの?」
(;'A`)「ああ、何とかな。
ハインリヒッ!!」
中腰のまま、じりじりと下がる。
進むべき道は、俺たちの背後にある。
振り切る事さえ、できれば。
从#゚∀从「ダメだッ。こいつからは逃げられねえ!
やるしかねえッ――」
その言葉を遮るように、再び「犬」が飛ぶ。
上体を横に倒し、姿勢を崩しながら、今度はハインリヒは手斧を縦に振るった。
宙を浮いたその柔らかい下腹部に直撃し、澱のように濁る半固形の血液を撒き散らしながら「犬」は落ちた。
从;-∀从「ち、っ!」
転んだハインリヒの防護服の肩が、一直線に裂けている。
バイザーのアラートが鳴る。
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:55:42 ID:06vVp8eI0
- 交錯する瞬間、あの歯にやられたのだろう。
防護服、ツナギ、その下の肌着までを切り裂かれたハインリヒの白い肩の肌が、濃い靄の中に一瞬見える。
「犬」は腹ばいのまま、床を擦るように四肢を前後にばたつかせ、もがく。
その動作は哺乳類のものというよりは足をもがれた昆虫のように無機質だ。膨れて脆弱化した皮膚が床の
貝に擦れ肉片と皮膚片が吹き飛ぶが、それに痛みを感じる様子もない。
道具袋からダクトテープと接着剤を取り出した俺にハインリヒは怒鳴る。
从#-∀从「いらねえよっ。
それより、今の内だ。急げッ!!」
その声に、背後へ。
霞む十字路へ、その曲がり角の先へ、凸凹な地面を走った。
(;'A`)「はっ……はあっ」
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ……!」
息を切らしながら辿り着いたドア。
そこには、紛れもない、しぃとの合流地点を示すプレートがあった。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:56:55 ID:06vVp8eI0
- へばりついた貝に埋もれてはいるが、どうにか判読できる。
"GUPF-ABS-POLLUX-0AZ83 Ground Cotrol Room"。
"パラクス"、中央管制室。
ただ、ドアには貝が張り付き、そのままでは開きそうにない。
ハインリヒは俺に斧を預けて腰のプラズマトーチを取り上げた。
从 ゚∀从「ツンデレっ。しっかり見張ってろよ。
あいつが来たら、教えろっ」
エアコンプレッサーが作動し、ジェット噴流が強い閃光を発しながらドアに叩き付けられる。ドアに固着した「貝」は
その毛髪を、あるいは殻ごと焼かれ、半透明な殻の内側で沸騰し、白い煙を吐きながらだらしなく開いた。
その隣で俺も、斧の刃を使ってドアの貝を剥がしていく。刃先を寝かせて梃子のように使い纏めて引き剥がした。
剥がれ落ちた貝の残骸が、足元に積もっていく。
生きているものはぎちぎちと広がり、舌を伸ばす。
从 ゚∀从「よっしゃ、行けそうだな。
そろそろ――」
安堵の声と。
切迫した警告は同時だった。
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:57:21 ID:06vVp8eI0
- ξ;゚⊿゚)ξ「き、来たわッ!」
从#゚∀从「クソッタレ……ツンデレ! ドア開けろ!
こっちは何とかするっ!!」
認証装置に取り掛かるツンデレ。
俺達は通路に二人並び、壁を作る。
くそったれの認証音。
速度を上げて走り寄る「犬」。
斧とプラズマトーチを構える俺たち。
ξ;-⊿-)ξ「来て……開いて、早く……!!」
祈る声はか細い。
あと、5メートル。
4――、3メートル――
マイクが、静かなドアの動作音を拾う。
それと、室内から吹き付ける、風の音。
そいつは、走りながら、身を屈め、そしてバネのように。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:57:48 ID:06vVp8eI0
- 从#゚∀从「ドクオ――ッ!!」
ハインリヒの鋭い合図。
その声に応えて、俺は。
(#'A`)「おおッ!!」
跳躍。
尾籠な触手を広げそのあぎとを開き、ぼろぼろに傷付いた筋繊維を引きずる寄生生物が。
はらわたを零し肋骨を露出させた胴を撓めしならせて弧になり跳ぶ。
ξ; ⊿ )ξ「きゃ、あッ……!?」
俺は身体を反転させ。
ドア前に立ち尽くすツンデレの肩を抱いて。
開きかけるドアのその中に向け、跳んだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「ッ!」
ツンデレの手からマスターキーが落ちる。
床で一度跳ねたそれが、ドア前に落ちた牡蠣に当たり廊下の反対側へ飛ぶ。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:58:16 ID:06vVp8eI0
- ξ;゚⊿゚)ξ「キーが――」
(;'A`)「どうしようもないッ。放っとけ!」
そして。
从;゚∀从「うおおおっ!」
尻に踵が付くほどに低く屈み込んだ彼女が。
ヘッドスライディングをするように、室内に滑り込んだ。
「犬」はその上を、後ろを飛び、室内から見たドアの開口部を横切って反対側へ消える。
そして、再び姿を現す前に。
――ドアは静かに閉じ、静寂だけが室内に残された。
.
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 22:59:00 ID:06vVp8eI0
- 三人の荒い息。
強い緊張感から解き放たれ、全身は弛緩していた。
(;'A`)「げ、ごほっ、ごほっ!」
こんな激しい運動は滅多にない。
重い大気圧潜水服を着て作業するのとは別種の疲労だ。心身ともに。
今まで見てきたものを思い出す。
バイザーにこびりついた汚液を見ると、胃液がこみあげてくるようだった。
ξ; ⊿ )ξ「はっ……はっ……」
从;-∀从「あー……ああ。
酒、飲みてえ……」
ふと気付く。
この部屋は、明るい。
- 228 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:00:34 ID:06vVp8eI0
- 室内には、薄く青い灯火がある。
そして。バイザーの環境計は、室温が適正な温度であることを示していた。
また酸素も地上並みの濃度で、有害な気体が充満していることもない。
('A`)「……」
慎重に立ち上がる。
そして、マスクのロックを解除する。
顎の下にある固定ボルトを開放し、マスクを首の後ろに回してフードのように背中に掛けた。
涼風が密閉から解放された防護服内に流れ込み、代わりにまた、どっと汗が流れ出た。
ツンデレとハインリヒも、ならってマスクを外す。
二人同時に大きな溜息を吐き、壁際に腰を下ろした。
从 ゚∀从「――ふうっ。人心地付いたぜ。
んで、ここは?」
思う存分、荒れた蓬髪を掻き毟り。
そして興味深げに見回す。
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:01:28 ID:06vVp8eI0
- 広さはさほどでもないが、天井は高い。
四面ある壁の内、入口の正面には数枚の大型ディスプレイが横並びに固定されていた。
ただ、電源は入っていない。
正面左は、マシン類だ。
立方体の大きな箱が数台並び、その正面ではランプが明滅している。
そしてその正面にディスプレイ、キーボードと一体型の机が三列、並んでいる。
中央奥、ディスプレイの前には少し広いスペースがあり、そこにも端末とデスクが、こちらは
奥向きに設えられていた。これが、責任者の席か何かかもしれない。
ξ゚⊿゚)ξ「彼女の言っていた合流地点ね。
ここが、"キャスタ"の心臓部」
手首を探り、ツンデレ。
マスターキーを失ったことを気にかけている様子だ。
マシンの一台のディスプレイが点灯している。
近寄り、操作すると、「CALL」の文字がGUIの右下隅に点灯した。
ディスプレイに指を触れ、それを押す。
ディスプレイには一瞬、ノイズが走り。
その後、ここによく似た部屋を映し出した。
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:02:04 ID:06vVp8eI0
- 荒い画像だが、すぐ目の前で大写しになっているのは。
間違いない。防護服を脱いだ、ツナギ姿のしぃだ。
頬は汚れ、前髪が汗で額に張り付いている。
憔悴している様子だが、声は良く通って聞こえた。
(*゚ー゚)『見えるかな。
大丈夫? マイクがあるから、聞こえたら、返事をちょうだい』
('A`)「聞こえるよ。P班、到着した。
俺と、ツンデレ、それにハインリヒがいる」
後ろの机に腰かけたハインリヒが、俯いたまま挙手する。
ツンデレは俺と並んで、モニタを食い入るように見つめていた。
('A`)「あとは……ギコは――」
(*゚ー゚)『……ううん。
わかるよ。だから、言わなくていい』
声を落とし。
それでも、俺にその言葉を言わせないよう気を遣ってくれる。
- 231 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:02:39 ID:06vVp8eI0
- ('A`)「……ああ」
(*゚ー゚)『あたしたちは、ね』
ディスプレイの前を空ける。
すぐ正面の床には、ジョルジュが座り込んでいるのが見えた。
それに、見切れているが、もう一つ小柄なツナギの下半身が見える。
クーだ。
……良かった。
無事だったのか。
(*゚ー゚)『あなた達と、同じなのかな。
サーバルームで、あの化物に襲われて、それで……』
(*゚-゚)『クックルが庇ってくれたんだ。
でも、そのせいで彼は……それに――』
背後を向く。
その視線の先でジョルジュが首を振り、溜息を吐く。
- 232 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:03:07 ID:06vVp8eI0
- _
( -∀-)『深刻そうな声、出すなよ。
かすり傷だっつってる。
向こうの奴ら、無駄に心配させるんじゃねえよ』
ジョルジュはしぃの言葉を遮る。
あのおちゃらけた声色、態度とは全く違う、やや暗くどこか陰気ささえ感じさせる声。
もしかしたら、これがこいつの本性なのだろうか。
ふと、そう感じる。
从 ゚∀从「ま、積もる話は後にしよーぜ。
こっからどうすんだよ? それで」
そこにハインリヒも割り込んだ。
肩を擦り、息をひとつ吐く。
(*゚ー゚)『あ、そうだよね。
詳しい話は、合流してからにしよっか』
……?
その言葉に、俺達は眉をひそめる。
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:03:57 ID:06vVp8eI0
- ('A`)「合流? どうやってだよ」
ξ゚⊿゚)ξ「探査艇には戻れないし、ここは都市の最深部よ。
海上でまた会う、ってこと?」
その疑問に首を振り、少し笑う。
(*^ー^)『それが、違うんだ」
(*゚ー゚)『実はね……ここで調べて分かったんだけど。
"キャスタ"と"パラクス"は、繋がってるんだよ』
ξ;゚⊿゚)ξ「……聞いてないわ。
そんなの……」
しぃは、手元で何か操作をする。
画面はカメラから、都市の見取り図に変わった。
図には、土台部分、二つの都市。
そして、都市を支える橋脚。
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:04:43 ID:06vVp8eI0
- 『ふたつの都市と橋脚、土台部分。
別々のものとして作られてるように見えるけど、実は違ったの』
橋脚の部分に、丸印が付けられる。
『橋脚のうち一本は、中身が空洞の柱状。
管制室の近くに繋がってるこの橋脚の中は、下に降りるエレベータになってる。
"キャスタ"も"パラクス"も、同じ』
下に下がり、土台部分へ。
ξ;゚⊿゚)ξ「……」
从 ゚∀从「何だよ。お前、知らねーのか?」
からかうような声。
だがツンデレは、顔をやや青ざめさせてかぶりを振るばかりだ。
『そして、それが土台部分に繋がってて。
それで、よくわからないんだけど――』
『何かの施設が、土台部分に隠れて建設されてる。
地熱発電施設の制御用にしては広すぎるし、それに――』
- 235 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:05:28 ID:06vVp8eI0
- 黄色いラインが、土台の中心から伸びる。
網目状に広がり、土台部分で"キャスタ"と"パラクス"をつなぐ通路と、その脇にある幾つもの部屋のような空間
を形成する。そして二つの都市のちょうど中間部分には、広大な区画を示した。
『都市機能は停止してて、この管制室だけが生きてるのは分かるんだけど。
この地下の建物部分には、今でもずっと、電力がフルで供給されてる。
もちろん、酸素も――まあ、それはいいんだけど』
『それでね。
緊急用のレスキューチャンバーが、この中心部分にあるの。数も……』
言葉を切り。
『……うん、全員分、あるよ。
足りてる。……だから』
声を、心持ち明るくして。
『だから。
だから――ここまで辿り着けば、みんな、無事に海上に帰れるよ!』
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:06:21 ID:06vVp8eI0
- こちらの室内の緊張も、一気に緩む。
ハインリヒは大きく息を吸って、吐き。
ツンデレは、目の端を指で拭った。
ξ-⊿-)ξ「私……帰れるんだ。
良かった……」
ξ;⊿;)ξ「……良かった……!」
『エレベータは管制室のすぐ近くから直結してる。そこまでの認証は、解除しといたからね。
見てきたけど、危ない場所じゃなさそうだよ。そっちの様子は分からないけど……』
('A`)「いや、十分だ。助かったよ」
本当だ。
今まではただの希望でしかなかった。
それが、地上への道が、現実に辿ることができる道だとはっきり分かったからだ。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:06:50 ID:06vVp8eI0
- 立ち上がり、ツンデレとハインリヒの顔を見る。
('A`)「行こう。
ここから、出るんだ。全員で」
――クーも、含めて。
从 -∀从「今さら、言われるまでもねーよ」
答え、ぽん、と肩を叩かれる。
今までと同じ悪態だが、そこに険悪さはない。
ξ゚⊿゚)ξ「……行きましょう」
少し、躊躇いがちに、ツンデレ。
考え込むような様子をしている。
('A`)「何か、気になるのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……ええ。何も、知らされていないから。
都市の構造も、下の施設のことも。なぜ――」
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:07:45 ID:06vVp8eI0
- 考え込み。
気が付いたように、顔を上げた。
ξ;゚⊿゚)ξ「――ごめんなさい。今、気にする話じゃないわね。
行きましょう」
('A`)「そういうわけだ。
また、お別れだな」
『ううん。
……また……、会おうね』
('A`)「……ああ」
モニタの表示、音声は切れ、殺風景なGUIの画面を再表示した。
何の気なしに、それを見る。
都市のミニチュアモデルが赤く塗りつぶされ、「緊急隔離」と表示された警告表示のウィンドウ。
都市周辺の海域、海流を示したCG。そして、洋上の気圧配置図。
それらが開かれたまま、放置されていた。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:18:15 ID:06vVp8eI0
- 入口とは別のドアを出て、短い通路に入る。
そこは化物の巣ではなく、ただの通路だった。
その突き当りには、小さなホール。
そしてしぃの言葉通り、エレベータ。
从 ゚∀从「……」
从 -∀从「はっ。ギコのオッサンも、ここに連れてこれりゃあ、な」
ボタンを押した待ち時間で、ハインリヒは呟く。
エレベータが長い時間を掛け上昇するのを待ち、ドア上の表示を眺め、溜息を吐いた。
ξ゚⊿゚)ξ「意外ね。嫌いなんじゃなかったの?」
从 ゚∀从「キライさ。甘っちょろいヤローは、見てると吐き気がするね」
遠慮のない物言い。
エレベータの高度を示すランプの進みは、恐ろしく遅い。
どれほどの高さを上ってくるのか、分からなかった。
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:19:34 ID:06vVp8eI0
- その暇を飽かせてか。
ハインリヒは、問わず語りに、語り始めた。
从 -∀从「俺の初めてのパートナーは、さ。
最悪な、クソッタレ野郎だったよ」
若手の工夫とベテランがバディを組んで作業することは多い。
ギコが話した新米工夫も、まさにそうだ。
だが。
从 ゚∀从「最初の潜水作業の前の晩に、部屋に呼び出されてよ。
のこのこ顔出したら、なんて言われたと思う?」
俺も、ツンデレも、答えない。
その理由は逆だ。
ツンデレは、答えが分からないから。
俺は、答えを知っているからだ。
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:24:34 ID:06vVp8eI0
- 从 -∀从「下着おろして脚を開いてテーブルに手を突け、だとさ。
もちろん、丁重にお断りしたさ。冗談じゃねえ」
ξ;゚⊿゚)ξ「そんな……」
从 -∀从「だろ? クソッタレだよな。
そしたらボコボコにぶん殴られて、倉庫に丸二日閉じ込められてよ。
メシも便所もありゃしねーし、死ぬかと思ったぜ」
少し下を向き。
頭を掻く。
从 ゚∀从「オレはもう、二度とゴメンだった。
ナメられるのもだし、それを解決できねーオレ自身にもヘドが出る」
だから、と続ける。
从 ゚∀从「仕事も、身体も鍛えたし、面倒臭そうなやつは片っ端からブッ飛ばした。
そうしてる内に、クソみてえなゲス野郎は寄って来なくなった」
そうすることで、自分の身を自分で守ってきた。
从 ゚∀从「ま、そういうワケ。
オレも、な。あんな奴に出会えてれば、お前みたいに――」
ツンデレを、静かに見る。
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:25:54 ID:06vVp8eI0
- ξ゚⊿゚)ξ「……」
从 ゚∀从「――」
ツンデレと、ハインリヒ。
対照的な二人。
諍いばかりだった二人が、初めて静かに、無言で視線を交した。
ギコがツンデレを助けた時に見せた苛立ち。
ツンデレに対する、理不尽ともとれるような挑発。
その理由が、初めて分かった。
エレベータの扉が、静かに開く。
从 -∀从「――いや、いい。
今のは忘れてくれや」
先に歩き出し。
背後に手を振って、ハインリヒは会話を締めくくった。
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:27:17 ID:06vVp8eI0
- 扉が開いた瞬間、眩しい、と思った。
('A`)「つっ」
控えめな照明だったが、ここまでの暗闇で暗順応した目には厳しい。
眼の奥に塊を捻じ込まれるような痛みを感じて手で光を避ける。
ツンデレとハインリヒも同じ様子だ。
エレベータの速度は遅く、降下する距離は長い。
現在位置を示すランプは緩やかに下へ向かっている。
階数指定のボタンがない所を見ると、途中階はないようだ。
ツンデレは落ち着かない様子で、決して広くない庫内を歩き回っている。
ξ-⊿-)ξ「……、…………」
何か呟いているが、聞き取れない。
防護服のマイクの助けでもなければ、個人の独り言は聞き取れまい。
白い壁にもたれ胡坐をかいたハインリヒは、その彼女を面倒臭そうに見上げている。
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:27:53 ID:06vVp8eI0
- 从 ゚∀从「ああもうっ、ネコか何かお前は。ちったあ落ち着けよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……でも、……」
その声が耳に入る様子はない。
彼女自身も知らない、都市の基底部の施設。それが気がかりな様子だった。
俺達が知らない情報に、彼女の知識と矛盾する何があったりもするのだろうか。
('A`)「……ふあ」
欠伸をする。
長い、沈黙の時間。
緊張は解け、全身に溜まった疲労は睡眠を求めている。
数える気もなくなるほどの数が並んだランプは、下から三番目が消え、二番目が点灯した。
――ず、ん。
.
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:28:21 ID:06vVp8eI0
- 从;゚∀从「うおっと!」
エレベータが……というより、シャフト全体が揺れる。
瞬間、エレベータの降下が一瞬だけ止まった。
船を漕いでいたハインリヒが頭をずり落ちさせ、顔を上げる。
再び、先程までと同じ速度で、緩やかに降り始める。
数分ほども経っただろうか。
一番下のランプが光り、エレベータが原則を始めた。
動きは緩やかになり、そして止まり……ぴん、と電子音を鳴らしてドアを開いた。
ドアから見えるその先は、同じように明るく、白い壁の通路。
ただしこれまで通ってきたような道とは異なり、道幅も広く、そして緩いアーチを描き配管を沿わせた天井も高い。
通路は、エレベータの出口から一直線に続いていた。
ξ゚⊿゚)ξ「ここが……最下層」
興味深げに外を見るツンデレ。
大きく伸びをして肩を回し、ハインリヒは立ち上がる。
- 246 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:29:04 ID:06vVp8eI0
- 从 ゚∀从「何でもいいじゃねーか、さっさとずらかろうぜ。
オレ、眠くなっちまったよ」
('A`)「いや、お前もう寝てただろ……」
口々に言い合いながら。
出口に一番近いハインリヒが、外に出る。
その次に俺も出口に向かう。
奥の壁に寄っていたツンデレは、顎に手を当て、ぶつぶつと呟きながら続く。
('A`)「おい、ツンデレ。
早くしないと、中に取り残され――」
振り返る。
振り返った瞬間。
轟音と共にエレベータ天井のハッチが破れ、大きな肉の塊が落下した。
それはツンデレの身体を巻き込み、着地と共にその下に組み敷いた。
(;'A`)「うおっ!?」
その「何か」が肩に激突し、俺もエレベータの床に派手に転がった。
ポーチのツールボックスが、ダクトテープが、接着剤の缶が……ばらばらと床に散らばった。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:30:21 ID:06vVp8eI0
- ξ; ⊿ )ξ「う、あ――ぐっ」
俯せに倒れるツンデレの背中に、前足を置き。
そいつは――
――二つのオウムガイの頭を備えた犬の化物は、首を俺たちの方に向けた。
その身体は激しく損傷している。
体毛を損失した身体はあちこちが大きく裂けて乾いた肉をべろりと垂らしている。寄生した頭部の殻も傷付き、
小さいほうの頭は潰れてひしゃげ、飛び出した目玉と触手を緩慢に蠕動させているだけだった。後ろ足は二本
とも複数箇所が骨折し骨が皮膚を突き破っている。どのような仕組みなのか、それでもそいつは直立していた。
ぶるぶると身を震わせる。
破れた腹から凝固した血の塊が混じる粘性の液体と共に、得体の知れない細切れの組織を床に撒き散らす。
それがツンデレの下半身に降りかかり、オーバーオールの下半身をぬめつく液体で塗れさせた。
ξ;⊿)ξ「や……っ、嫌ああ…っ……!」
管制室の入り口のドアは認証装置でロックされていた。
俺たちは、間違いなくこいつを締め出したはずだ。
なのに、なぜ。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:32:52 ID:06vVp8eI0
- その疑問に答えるように、勝ち誇るように。オウムガイの頭は触手に巻き込んでいたものを吐き出した。
かん、と音を立て、濡れて床に転がったのは――ツンデレがあのドアの前で落とした、マスターキーだった。
(;'A`)「……バカな」
そんなことが、あり得るのか。
確かに、頭足類の仲間は人間の子供程度の知能を持つと言われることはあるが、それでも。
カードでドアを認証し、管制室を抜け、エレベータの扉を破ってシャフト内をワイヤー伝いに降りてきたというのか。
だが、それが下らない想像でないことはこいつを最後に見た時との外見の差が現している。
こいつは、それをやったのだ。
興奮したように、全身を前後に揺らし、損壊した腹から粘液を振り撒き。そいつは頭部の触手を大きく広げ女性器
のように肉が吸い付き撚り合わさった皺を、むりむり、と開き、その中心部から鋭い歯を露出させて勃出させる。
それをがちがちと噛み合わせ、激しく左右に振って唾液を飛ばした。
傷を負ったことで、亢奮している。
ツンデレの後頭部に狙いを据え、下を向き、反動を付けるように頭を仰け反らせる。
――畜生。
まだか。
ここでも、まだ、こいつらからは逃げられないのか!
.
- 249 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:33:35 ID:06vVp8eI0
- やるしかない。
さっきまでとは違う。
生きて帰るという目的がある。
(#'A`)「畜生ッ!」
ライトを抜く。
俺の武器になるものは、これしかない。
だが。
その俺の横を。
从#゚∀从「――バカ野郎がッ。
余所見なんかしてっから、そうなんだよおッ!!」
手斧を振り上げたハインリヒが、庫内の化物に向けて突進した。
頭の狙いをツンデレに絞らせないように、出鱈目に振り回す。
さらに恐れず、踏み出して頭を割ろうとする。
その勢いに負けたか化物はツンデレの背中から足を離しエレベータ内の端に向けて跳びのいた。
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:34:29 ID:06vVp8eI0
- 化物に視線を据え。
斧の刃を正面に向けたまま、ハインリヒは屈みツンデレの腕を引く。
从 ゚∀从「早く、立てよ。もたもたすんなっ」
ξ;゚⊿゚)ξ「ごほ、っ。
あ、ありがとう……ハインリヒ」
ハインリヒの腕に縋り、ツンデレは身を起こす。
感謝の言葉を受け、ハインリヒは。
少し意外そうな顔をし、それから鼻を擦り、笑った。
从 -∀从「仲間だろ? 当然だ。礼なんざいらねえよ。
生きて、皆でここから出んだろうが」
ξ;゚⊿゚)ξ「え……ええっ。勿論よ」
出口に向けて。
ハインリヒはツンデレを庇い、じりじりと下がる。
俺は出口前で。
化物を牽制し庫内に留めるために、脇に控える。
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:34:52 ID:06vVp8eI0
- ツンデレの足が、エレベータの出口を、床を踏む。
右足が、そして震える左足――
从#゚∀从「今だッ!」
タイミングを測り。
ドアに背を向け、駆け出す。
ツンデレは、跳び。
バランスを崩し、床に倒れる。
エレベータの、外――に。
ハインリヒには。
だが。
同じようには、できなかった。
从;゚∀从「ち――!!」
延びる「犬」の触腕が。
ハインリヒの脚を絡め取り。
そして、あり得べからざる力で引く。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:35:40 ID:06vVp8eI0
- 部屋の中央で立つ「犬」。
その頭の触手に引かれ、ハインリヒはエレベータの反対側の壁に叩き付けられた。
床に落ちる。
斧が、がらん、と庫内に音を響かせる。
ξ; ⊿ )ξ「ハインリヒッ!!」
ツンデレの悲鳴。
ハインリヒの額から、つ、と血の筋が伝う。
从; ∀从「……あ、っ、つぅっ――」
のろのろと、頭を上げる。
脳震盪でも起こしたか、眼の焦点が定まっていない。
立ち上がろうとし、壁に手を突く。
だが、動けない。立ち上がることができない。
見下ろす。
ツナギの脛が、関節ではない場所で折れ、食い違っている。
- 253 名前:名無しさん 投稿日:2017/08/31(木) 23:37:27 ID:06vVp8eI0
- 从;゚∀从「――マジ、かよ」
二人の間で――ハインリヒと「犬」を乗せたまま――エレベータの戸が。
閉じた。
ツンデレはドアに駆け寄る。矢印のボタンを乱打するが、反応はない。
ξ; ⊿ )ξ「う……くっ……!」
最初は、指で。
次に拳で、ボタンを叩く。
握り締めた掌が切れそうなほどに、何度も。
眼に、涙を溢れさせ。
ξ;⊿;)ξ「う、ううっ……嫌っ、うぁっ、あああぁッ!」
嗚咽しながら、何度も、何度も、何度も。
一呼吸の、間。
ドアが、びりびりと震える。
そして。
「――――――――――……!!!!」
人間の、女の声が。
高く、悲痛な声が。
遠ざかっていく悲鳴が。
エレベータシャフト内を乱反射し、ドアの隙間から尾を引き、漏れた。
それが、ホール内に小さく、残響した。
【続】
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:45:09 ID:ytcWdV7Q0
【log #08】
.
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:45:58 ID:ytcWdV7Q0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『――どうか、私を罰してください。
そして、私に与えた罰の分だけ、皆に慈悲と赦しを、祝福を、お与えください』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_2000031
ファイルシステム破損:録音日時は損失
『――どうか、私を罰してください。
そして、私に与えた罰の分だけ、皆に慈悲と赦しを、祝福を、お与えください』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_2000031
ファイルシステム破損:録音日時は損失
『――どうか、私を罰してください。
そして、私に与えた罰の分だけ、皆に慈悲と赦しを、祝福を、お与えください』
――xxxx/xx/xx、復旧済み音声データ_2000031
ファイルシステム破損:録音日時は損失
――音声ファイル、ヘッダ復元 開始.......................
................................................................................................................................音声ファイル、ヘッダ復元結果 : 成功
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:46:51 ID:ytcWdV7Q0
- エレベータホールには、ツンデレの嗚咽だけが響いていた。
白く明るい床、壁。高い天井。
彼女はドアに縋り付き、ただ、泣いていた。
ξ;⊿;)ξ「ううっ、うぁっ……!
ハインリヒ……っ、何で、どうして、こんな……!」
俺には、何もできない。
エレベータを呼び戻すこともできないし、過去に遡ってハインリヒを助け出すことも。
"パラクス"に向かったのは、四人。
今は、たった二人になってしまった。
('A`)「……」
何を言えばいいのだろう。
俺にも分からない。
ただ、やることは、できることは決まっている。
だから、俺は。
ツンデレの隣に屈み、待った。
そして、静かに告げた。
('A`)「……行こう。
出るんだ。ここから、生きて」
- 259 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:47:26 ID:ytcWdV7Q0
- ξ ⊿ )ξ「……」
反応しないエレベータの、ドアの前に膝を突き項垂れて。
ツンデレは涙に濡れた、恨めし気な眼を俺に向ける。
ξ ⊿ )ξ「冷静なのね。
ギコも……ハインリヒも、もう……いないのに」
('A`)「冷静じゃない。でも――」
いつも、そうだ。
どう思っているのか。何を考えているのか。
それを説明するのが、億劫だ。
だから。
思いついた幾つもの言葉を飲み込んで。
ただ、端的に答えた。
('A`)「慣れてるんだ。仲間が、死ぬのは。
だから、今やるべきなのは――」
ξ# ⊿ )ξ「ッ!」
ぱん!
乾いた音がして、頬が痺れる。
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:47:52 ID:ytcWdV7Q0
- 身体を起こしたツンデレに、頬を張られた。
一拍遅れて、それに気付く。
酷いことを言ったと、自分でも分かっている。でも、今の俺にはそれしかない。
皆、生き延びようとした。その中で、己の身を賭けて仲間を助けた。
やるべきことは、それを悼むことなどではない。生き延びて、それを無駄にしないことだ。
だが、言えない。
だから、代わりにこうするしかない。
誤解されても。
謝罪はしない。
否定も、しない。
('A`)「悪い。言い過ぎた」
ただ静かに答えて、軽く頭を下げる。
ツンデレは何度か大きく肩で息をし、そして涙の跡が幾筋も残る頬に、また、新しくその筋を刻んだ。
立ち上がり。
ツンデレは何度か、頬を、目を擦る。
鼻を啜り、上目遣いに俺を睨んだ。
ξ ⊿ )ξ「……。
行きましょう。C班のみんなと、合流しないと」
('A`)「ああ。そうだ」
短く返して。
俺は、長く続く白い通路を見遣った。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:48:13 ID:ytcWdV7Q0
- これまでに見てきた地獄のような景色は、ここにはなかった。
ただ明るく、静かで、そして動くものは何もない。
ξ゚⊿゚)ξ「……」
どこまでも続いているような直線の通路。
それを、お互い無言で歩く。
ここには、襲撃の痕跡はない。
死体も、血痕も――あのおぞましい、化物の影も今は見えない。
ただ、床には所々に誰かの残していった荷物や、書類や、紙くずが点々と残されていた。
直線の通路の左右に等間隔でドアが並んでいる。そのドアを開く手段は俺達にはなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「あの見取り図……彼女が見せてくれた、あれ。
覚えている?」
周囲を警戒し、所々に落ちている遺留品に目を止めながらも彼女は言う。
俺は彼女に頷き返し、通路の先を指差した。
('A`)「ああ。
この通路は真っ直ぐ――"キャスタ"から降りるエレベータのホールと一直線につながってる」
管制室でしぃが見せてくれた見取り図の、黄色い線で描かれた部屋の配置。
それは確かに記憶している。といっても、さほど複雑なものではない。
ここの構造は、単純な点対象だ。
"キャスタ"側のエレベータホールと"パラクス"側のエレベータホールは直線の通路で繋がっている。
その中間地点には広場のような開けた空間があり、そこから一本折れた先が緊急脱出経路に指定されている。
そこに、脱出用のレスキューチャンバーがあるはずだ。
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:49:28 ID:ytcWdV7Q0
- 空調は快適で、酸素も十分だ。
照明は明るく、不穏な気配も今のところは感じられない。
白熱灯の下、幾つものドアの前を通り過ぎ、歩く。
通路の半ばほどまでも歩いたころだろうか。
左右のドアに並ぶ設備の様子が、これまでとは異なるものを見せるようになってきていた。
('A`)「これは……?」
ξ゚⊿゚)ξ「分からないわ。
なぜ、こんなものが、ここに」
問い掛ける俺に首を振り振り、ツンデレ。
そこに並んでいるのはこれまでのような居室風のドアではなかった。認証装置に守られた細長い部屋が通路
沿いに幾つも連なり、そして室内の様子は、廊下に設置された広い窓から一望することができるようになって
いる。
見ることができたものは、長机、幾つものデスク。そして窓とは反対側の壁沿いに設置された何かの端末に、
冷蔵庫。それらと交互に、薬品や実験器具の棚、顕微鏡。パーティションで区切られた区間の中には、何の
ために使うのかも想像もつかないような大きく、複雑な形をした機械が所狭しと並べられている。
そのどれもが、乱雑に放置されている。
ほとんどのデスクの上には日用品や筆記具に覆いかぶさるように書類がばらまかれているし開け放しにした
ままの冷蔵庫もいくつかある。倒されて内容物を乾かせた紙コップや、引き出しを開いたままの状態で放置さ
れている事務机も多い。
ここにあるものの全てを見たことがあるわけではない。
が、想像は付く。
ここは――何らかの目的のために設置された、研究施設だ。
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:49:53 ID:ytcWdV7Q0
- 先に進むごとに施設の乱雑さは増す。
手入れの行き届いた通路に手荷物や書類がばら撒かれ、何か尋常ではない事態にこの施設が晒されたこと
だけが窺い知れた。
ξ゚⊿゚)ξ「――」
立ち止まり、床を見回していたツンデレが、何かをそこに認めて屈み込む。
少し先で待っていた俺の前に、拾ったものを差し出す。
ξ゚⊿゚)ξ「見て、これ」
それは、何枚かの画像のプリントアウトだった。
シャーレに入った、何かの液体。それとセットになった顕微鏡写真。
水槽の中で頭足類を飼育している様子。専門用語が並び理解できないグラフに、何かの微生物の飼育記録。
ケージに入れられた、子犬の写真。それに、何かを注射している様子。
そして。
台に乗せられた魚の腹を、頭足類の触手に似た何かが突き破り、飛び出す瞬間の動画のキャプチャ。
(;'A`)「……」
似ている。
ここに辿り着くまでに、俺達が見てきた「もの」に。
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ……ドクオ。
来てっ。これ――」
思案する俺を。
ツンデレが、焦燥した様子で呼ぶ。
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:51:38 ID:ytcWdV7Q0
- 招かれ、ツンデレの元に向かう。
彼女は通路に並ぶドアの一つの前で、立ち止まっていた。
不安げに、胸の前で両手を組み合わせている。
彼女が指し示したのは――研究施設の入り口の、プレートだ。
これまでに何度も見てきた、現在位置を示す案内表示。
そこには、こう刻印されていた。
――"2089- GUPF-GEMINI-ARS Section XXI"。
('A`)「何だよ。これの何が――」
遮り、言い募る。
ξ;-⊿-)ξ「違うの……違う。海底都市"キャスタ"、"パラクス"……その建設計画が始まったのは、22世紀
に入ってからよ。それよりも前に、その都市の基礎部分のここで研究が開始してるなんてこと、
ありえない。おかしいわ」
彼女の言葉が正しいとするのなら。
ここでは、何が行われていたのか。
俺には、想像もつかなかった。
- 265 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:52:09 ID:ytcWdV7Q0
- 通路を、ひたすら進み。
辿り着いたのは、大きな円形のホールだ。
今までに見てきたどんな場所よりも落ち着きのある、平和な空間。
丸いその壁際にはクリーム色のビニールを張ったベンチが等間隔に並び、その隙間には観葉植物。
自動販売機のベンダーが端に寄せられて設置し、壁に掛けられたモニタには明るい声を発するこの施設の
案内がアナウンスで流れ続けている。
天井からは、案内板が下がっている。
そして、壁のプレート。それらが俺らの向かうべき場所を指し示している。
"EMERGENCY EXIT : RESCUE CHAMBERS"。
そして。
('A`)「あ――」
その部屋の一角のベンチで。
壁にもたれて座る、オーバーオール姿の人影が見えた。
その肩に流れる、ひっつめの黒い長髪。それが見えた瞬間、俺は駆け出していた。
川 ゚ -゚)
いつも通りの無表情で。クーはそこで、独り、座っていた。
俺達の姿を認めると彼女は、手を挙げ、そしてよろめきながらも立ち上がった。
(;'A`)「クー、無事だったかっ」
顔色は悪く、立ち姿も少しふらついている。
それでも微かに笑い、手を挙げた。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:52:55 ID:ytcWdV7Q0
- その顔を見、心の底から安堵する。
暖かいものが、胸から全身に広がっていくような感覚を覚える。
生きていてくれれば。
生きてさえ、いてくれるのなら。
川 ゚ -゚)「ああ。私なら、どうにか無事だ。
そちらは?」
問われ、途端に気分が落ち込む。
ギコは……ハインは、ここまで辿り着けなかった。
ξ-⊿-)ξ「私たち、二人だけよ。ここまで来られたのは……」
肩を落とし、ツンデレが答える。
苦い、声だった。
それを明るく変え、朗報を待つように、言う。
ξ゚⊿゚)ξ「それで、ジョルジュとしぃは?
無事、ここまで来られたの?」
だが。
ややあって、クーは幾分青ざめた顔で俯いた。
川 ゚ -゚)「……いや。
ここまで来られたのは、私一人だ。
あの後、ここに来る途中の通路で、奴らに。皆――」
目の前が、一気に暗くなる。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:53:25 ID:ytcWdV7Q0
- しぃは……俺達を、ここまで導いてくれた。
彼女がいなければ、俺達はここまで生き延びられなかった。
その彼女を、失った。
ξ;-⊿)ξ「……そん、な」
ツンデレも、茫然自失して呟く。
ξ;-⊿)ξ「ここで会おうって。そう、言ったのに――」
沈黙が下りる。
再会を誓った。
だがここに集まったのは、僅か三人。
あの時、モニタ越しに別れの挨拶を。
また会おうと、言ったはずだった。
なのに、言えなかった。何も。
ただ。
一つだけを。
( A )「……」
('A`)「行こう。
帰ろう、俺達で」
クーは、ただ静かに。
ツンデレは、歯を食いしばり、声を詰まらせて。
皆、ただ一つ、頷いた。
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 22:53:49 ID:ytcWdV7Q0
- 案内板に従い、順路を進む。
レスキューチャンバーを格納するエアロックの場所は、すぐに見つかった。
早速、手分けしてチャンバーの点検に取り掛かることにする。
シンカー01のそれよりも広い、正方形をした、白く明るいトーンの室内。
だがその広さに反し、このエアロックの構造は単純だ。
自動での操作は行えず、完全な手動だ。注水操作を入口近くのパネルで行う必要がある。
まず、チャンバーを点検する。問題がなければ、自分の手で注水を開始する。
そして。
開始するまでの間にチャンバーに乗り込み、入口のドアを閉じてロックを掛ける。あとは完了時刻まで待機
すれば時間の経過後に注水が行われ、完了後にチャンバーは海中に放出される。
ブイの構造を持つレスキューチャンバーはで必要な操作は、それだけだ。浮上は、自動で行ってくれる。
('A`)「……」
エアロック内を見回す。
殆どのレスキューチャンバーは使用済みの状態で、グリッド上に区切られた室内には空きスペースも多い。
チャンバーの残存数は、四基。
二人乗りが二基、独り用が三基。
定員は、計五人だ。
('A`)「……。
はは、っ」
気怠い疲労。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:01:39 ID:tMKH.NqE0
- ここに来る前に体験した、すべての出来事。
悪い夢としか思えなかった。
だが、これは紛れもない現実だ。
喪った人間は……二度と、戻ってはこない。
あの時。
しぃは都市の構造を解析し、脱出口を教えてくれた。
『……うん、全員分、あるよ。
足りてる。……だから』
『だから。
だから――ここまで辿り着けば、みんな、無事に海上に帰れるよ!』
しぃは、チャンバーの数は足りている、と言った。
だが、結局、余ってしまった。
地上に――海上に戻れるのは、たった三人だ。
あとは、いない。
皆、いなくなってしまった。
考えて、それでも手は止めない。
その方が却って気が紛れ、何も考えずにいられたからだ。
二人乗りの一基、そして一人乗りの一基。気密状態のチェックと機器の動作確認を澄ませ、ホールに戻る。
ツンデレは、どちらも椅子に腰かけ、足を投げ出し……そして、寝息を立てている。
クーはその彼女に肩を寄せ、あのシンカー01でのミーティングの時のように行儀良く、座っていた。
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:02:10 ID:tMKH.NqE0
- いつまでも、そのままというわけにはいかない。
ツンデレの肩を軽く揺さぶり、順に起こす。
ξ;゚⊿゚)ξ「ん……あ。
ごめんなさい。私」
('A`)「問題ない。レスキューチャンバーの点検は、もう終わってる。
いつでも、出られるよ」
川 ゚ -゚)「感謝する、ドクオ。
すまなかったな。一人で任せてしまって」
('A`)「いや……いいんだ。
クーとツンデレは、二人乗りのチャンバー01で。俺は、一人乗りの04辺りを使う」
二人を促し。
去る前に、ホールを見渡した。
ここで起こったことは、何だったのか。
俺たちが見てきたもの、体験してきたものは、一体何だったのか。
ギコだったら、何と言うだろう。
きっと、そんなことは気にするなと言うだろう。
ハインリヒは、何と言うだろう。
そりゃあお前、地獄だよ。そういって笑ったかもしれない。
しぃも、いない。
ジョルジュもクックルも、もう戻っては来ない。
彼らを弔う人間は、誰もいない。
- 271 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:02:42 ID:tMKH.NqE0
- だから。
( -A-)「……」
('A`)「……あばよ」
これが。
最後の、別れの挨拶だ。
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:03:14 ID:tMKH.NqE0
- 憔悴して、不安げな表情のツンデレ。
そして、静かにその肩を抱き支えるクー。
二人をチャンバーに誘導し、俺はエアロックの入り口に戻る。
注水の開始を指示するレバーを、力を込めて倒した。
ごうん……、と地鳴りに似た振動が始まり、周囲の壁に並ぶランプが一斉に転倒した。
『注水を開始します。
退避する場合はチャンバーに搭乗し、ロックを掛けてください。完了後、チャンバーの浮上が開始します。
注水を取り消す場合、再度操作を行ってください』
穏やかな女の電子音声を聞き届けて、二人のチャンバーの前に戻る。
ドア脇の表示は、水密ロックの完了を告げている。
チャンバーのドアロックは内部からも外部からも操作できる。
忘れてはいまいかと思ったが、杞憂のようだ。
それを確認し、俺も自分のチャンバーに乗り込んだ。
内部は狭い。あるのは小さなシート、食料の保存庫。
それに簡易な通信機器と操縦舵、物入れ、ファーストエイドと簡易トイレの入った金属製の箱。
それで全部だ。
もとより緊急避難用の設備で、居住性は全く考慮されていない。
('A`)「……」
ドアを引き下ろしロックする。
そして言葉もなく、シートに崩れ落ちる。
- 273 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:03:46 ID:tMKH.NqE0
- これで、全て、終わりだ。
そう、実感した。
その途端、強い眠気に襲われる。
虚脱、疲労。
空腹、渇き。
安堵……眠気。
もう、いい。
もう、気にしなくていいんだ。
今は、何も――
( -A-)「……」
だから。
その睡魔に身を任せ、俺は黙って目を閉じた。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:04:28 ID:tMKH.NqE0
- ( )「――」
誰かが、呼んでいる。
( )「――オ」
ささやくような声で……海の底から。
('A`)「ん……」
目を擦る。
チャンバーのドアは、開いていた。
そしてその前で、エアロック内のライトの光を浴びて。
川 ゚ -゚)「……ドクオ」
クーが、そこに立っていた。
オーバーオールの輪郭が、生地の色に光っている。
('A`)「あ……ああ。
どうした?」
川 ゚ -゚)「いや。特に、用事はない」
素直に思ったこととは正反対の言葉を。
口が勝手に吐く。
('A`)「そうか。なら、戻って寝ておけよ。
疲れてるだろ?」
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:04:52 ID:tMKH.NqE0
- 川 ゚ -゚)「いや、大丈夫だ。
それより、君と話したかった」
そういって、クーは俺のすぐ隣に腰を下ろす。
空気が動き、彼女の髪の匂いがした。
『注水開始まで、1時間、35分です。
退避する場合は、チャンバーに搭乗し、ドアをロックしてください』
規則正しく繰り返されるアナウンスが、残り時間を告げている。
ドアをロックすると、外の音は全く聞こえなくなる。
だからアナウンスは、このチャンバー内のスピーカーにも聞こえてくるようになっている。
川 ゚ -゚)「何だろう……心細いんだ。
一人でじっとしていると、また奴らがどこかから来る気がして」
言い。
肩を縮こまらせ、自分の両腕で抱く。
('A`)「ツンデレがいるだろ。
悪い奴じゃない。話なら聞いてくれる」
川 ゚ -゚)「彼女ならすぐに寝てしまったよ。
よほど、疲れていたんだな」
('A`)「そりゃあ、そうだ」
川 ゚ -゚)「……」
会話は、唐突に途切れる。
クーは黙り、じっと俺の顔を見た。
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:05:19 ID:tMKH.NqE0
- 川 ゚ -゚)「……」
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「……」
血の通った人間が近くにいることがもたらす安心感の中。
奇妙な沈黙が、流れる。
(*'A`)「な、何だよ。何か言えよ」
それでも、クーは何も言わない。
代わりに一歩、こちらに歩み寄る。
チャンバーは狭い。
たった一歩で、彼女の足は座った俺の膝に当たってしまう。
だから、立ち上がった。
川 ゚ -゚)「――」
その俺に、彼女はさらに近づく。
もう、彼女との距離は数センチしかない。
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:05:47 ID:tMKH.NqE0
- 俺よりも少しだけ背の低い、クー。その吐息が、微かに首筋に当たるのが分かる。
向かい合う彼女の瞳。濃い色の瞳は、薄闇の中で、おそらくは不安に揺れている。
この距離にまで近付いて、始めて肩が震えているのに気付いた。
川 ゚ -゚)「……嘘だ」
唐突に、呟く。
川 ゚ -゚)「怖い。独りで、黙ってただ待つのが、怖いんだ」
また、無言で。
そして、どちらからともなく。
腕を上げ、互いの手に触れ。
腕から肩に、背中に回し……抱き合った。
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:06:12 ID:tMKH.NqE0
- チャンバーはハイスクールのロッカーのように狭く窮屈だ。
その中で俺達はぴたりと身を寄せて、互いの背中を、胸を抱いた。
鼻元に、黒髪の、細やかなさらさらとした感覚がこそばゆい。
オーバーオールの生地を通して通して彼女の胸の盛り上がりが感じられる。
その肌は、冷たく冷え切っている。
憐れだと、そう感じた。
守ってやりたいと、そう思った。
川 ゚ -゚)「ドクオ。
強いんだな、君は」
俺の胸に頬を寄せて、囁く。
その頭に、俺も顔を寄せる。
('A`)「……強くなんか、ない」
ただ、必死だっただけだ。
そしてそれでも、仲間を失った。
クーは――彼女は、俺の背中に回していた腕をほどく。
俺の両腕の中で、その両掌を俺の胸にそっと押し当て。
そして背筋を伸ばし、顎を上げる。
唇に、柔らかい感触が触れた。
彼女が首を少し傾けて俺に口付けをしたのだと、その感触で始めて気付いた。
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:06:40 ID:tMKH.NqE0
- 多分、今、俺は赤面しているのだと思う。
彼女の顔が、すぐ鼻の先にある。
淡い色の柔らかい唇が、チャンバーの僅かな光を薄白く反射する。
微笑み。
俺から、少し身体を離し。
微笑んだまま、オーバーオールの肩を抜いて。
そのまま、床に、すとん、と落とした。
(*'A`)「――っ!」
――床に落ちるオーバーオールは真新しく、内側にも血の染みひとつない。
そしてその下に、彼女は、何も着けていなかった。
薄明かりの中に、クーの全身が、ぼう、と浮かび上がる。
その身体は……俺が、何度も夢に見たように美しい。
川 ゚ -゚)「ドクオ」
俯き、僅かにはにかんで、俺の名を呼ぶ。
誘われるように手を伸ばし、そして、裸の胸をまた、抱いた。
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:07:37 ID:tMKH.NqE0
- 川 ゚ -゚)「怖いんだ。
寂しくて、心細くて、だから、私は――」
彼女を、裸の彼女をこの腕に抱いている。
頭は混乱し、思考は空転していた。
まとまりのある思考が続かない。
川 ゚ -゚)「――ドクオ」
睦言に、甘く、密やかな声。
目の前にいる俺を、何度も呼ばう。
首に、腕を絡ませ。
クーは俺の身体を、彼女の肩に回した俺の腕ごと引く。
俺のオーバーオールの胸から離れ、彼女の胸が、その盛り上がった先端が揺れる。
抱き締めたクーに引かれて。
狭苦しいチャンバーの中、彼女腕に抱いたまま一歩、前に出る。
かつん。
床に落ちた何かが、ブーツに当たる。
何もなかったはずだが。
そう思い、反射的に下を見る。
床には、モスグリーンのフレームの眼鏡が落ちていた。
('A`)「これ――」
言いかけ、向き直る。
俺の首筋に顔を埋めるクーが、動きを止める。
彼女は――大きく口を開き。
俺の首筋に、その歯を突き立てようとしているところだった。
- 281 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:08:29 ID:tMKH.NqE0
- (;'A`)「うわあっ!?」
俺は思わず、クーを押し退ける。
さほどの力も込めていないが、彼女はよろけ、チャンバーの中から外に向けて倒れ込んだ。
慌てて、チャンバーを駆け出す。
でこぼこの床に倒れ床に手を突いた、彼女の背中を見下ろす。
(;'A`)「……あ」
――この都市で、俺は、様々なものを目にしてきた。
何故なのか。
何が、起こったのか。
その答えはばらばらになって、この都市の中に散らばっていたのだ。
それが、今、……たった今、分かった。
(;゚A゚)「あ、あああ……!!」
倒れた、彼女の背中は。
右の肩胛骨の辺りからざっくりと切り裂かれていた。
その傷は、脊椎と肋骨を切断し内臓にまで達していた。
裂け目からは胸郭の内容物までが見えるほどの深さで、出血はすでに止まっている。
人間なら即死を避けられないほどの重傷を負ってなお彼女は動き、歩いてここまで来たのだ。
冷え、汗ひとつかかない彼女の肌が、その手触りが掌に蘇る。
そして――
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:08:53 ID:tMKH.NqE0
――チャンバーは足りている。
しぃは、そう言った。全員が脱出できると。
だが……あの時、”キャスタ”の管制室にいたのは、しぃ、ジョルジュ、クー。
そしてこちら、”パラクス”には俺、ハインリヒ、ツンデレ。
しぃとジョルジュは、俺たちと会話していた。
あの場でただひとり、クーだけが口を開いていない。
もしもあの時……あの場にいた六人の内、誰か、ひとりが。
既に脱出する必要がないか、もしくは間もなく必要なくなる状態だとしたら。
ジョルジュの、暗い声。
あれは――
ゆっくりと床に手を突き、彼女は――かつてクーだった「何か」は身体を起こす。
背中の傷口から、血液の代わりに薄桃色のさらさらとした液体が流れ出る。それと共に白く、細長く、
正体の不明な疣状の器官を持つ触手が、鮮やかな紅色をした、鰓のような羽根様の臓器が零れる。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:09:35 ID:tMKH.NqE0
――都市の死体。
激しい損傷、残された咬み傷。
二つの都市で偶発的に、同時多発的な暴動が起こったと、そうツンデレは言った。
だがその言葉は正確ではなかった。
何故なら、都市はその基底部で繋がっていたのだから。
そして、その基底部で、ここで何かが起こった。
それは海洋生物を扱った何かだった。
そして……クーは、彼女は、俺の首を――
立ち上がった彼女は。
上体を、ゆらり、と揺らめかせ、振り返り、俺を見る。
両足の間から、頭足類の触手が。腰の脇からは、帯のように肉の鰓が垂れ下がる。
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:10:03 ID:tMKH.NqE0
――しぃは、ジョルジュは、ここまで辿り着けなかった。
代わりに、彼女ひとりがここに来た。
脱出の頭数に入っていない彼女が、ひとり。
明らかな致命傷を負っていながら、オーバーオールにはそれと気付くような痕跡がない。
血の染みひとつ、付いていなかった。
そして、床に落ちたしぃの眼鏡。
オーバーオールの持ち主は、彼女だ。
来るはずだったしぃは、来ない。
代わりに来たクーは、彼女の服を着ていた。
いつ、どうやって手に入れたのか。それは言うまでもない――
.
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:11:20 ID:tMKH.NqE0
- 全身の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。
逃げようとか、戦おうとか、そんな気があった訳でもない。
ただその場を離れようと、足は機械的に彼女から遠ざかり後ずさる。
(;'A`)「う、あっ……!」
だが、途端に大きな塊に躓き、また床に転がった。
ξ ⊿ )ξ
ツンデレが、そこに横たわっていた。
力任せに捩じ折られた首は頸椎を失って延び、だらしなく天井を向いていた。
(;゚A゚)「うわああぁっ!!」
床に後ろ手を突き、腕と尻で後ずさる。
その俺を、彼女は追わない。
ただ。
寂しげに。
恨めしげに。
呟いた。
川 ゚ -゚)「ドクオ……私は、寂しいんだ。
独りで生きるのは、独りで行くのは、怖い」
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:11:43 ID:tMKH.NqE0
- 川 - )「君は、私が怖いか? 私が、嫌いなのか?
私と一緒に来るのは――嫌か?」
どこまでが彼女自身の言葉で、どこからが彼女の姿を借りた「何か」の言葉なのか。
それすらもが、もう分からない。
(;'A`)「どこへだよ。
どこに行くって言うんだよ!」
川 ゚ -゚)「……海へ」
ただ、彼女は答え。
大きく両手を広げ、こちらへと一歩、踏み出した。
『注水開始まで、0時間、55分です。
退避する場合は、チャンバーに搭乗し、ドアをロックしてください』
アナウンスが響く。
( -A-)「……」
のろのろと、立ち上がる。
吐き気がした。
視界が歪み、揺れていた。
ただ両手をだらりと垂らし、クーを見た。
美しい、身体。異様な海棲類の器官を備えて、それでも醜いとは思えない。
一歩、踏み出す。
彼女に向かって、また、一歩。
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:12:28 ID:tMKH.NqE0
- 川 ゚ -゚)「……」
('A`)「……」
彼女も、また。
夢遊病者のような足取りで、こちらへと進み。
そして、床のパイプに足を取られ――よろめく。
俺は自然に腕を伸ばし。
彼女の胸を抱き留めた。
――ああ。
そうだ。
あの時も、こんな。
そうだった。
あの時、俺とお前の間には、こんな時が確かにあったよ。
俺の腕に抱かれて。
彼女は微笑み……それは、この上なく満足げな笑顔で……あの時の続きのように……眩しくて。
川 - )「ああ……、ああ」
目を閉じ、吐息を漏らす。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:13:45 ID:tMKH.NqE0
- 川 ゚ -゚)「嬉しい、ドクオ。
私と一緒に来てくれるんだな」
( -A-)「ああ――」
腕を引き、彼女を支えて。
立ったまま、正面から、抱く。
左腕で、彼女を抱き寄せ、右手で、ポーチからそれを取り出す。
ツンデレが残したたったひとつのもの。
取っ手の付いた、薄い長方形をした、マスターキーを。
それを彼女の背中の傷口から。
胸の中央部の心臓に。
突き立てた。
( -A-)「――ごめん。
俺……やっぱり。それでも……行けない、んだ」
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:14:10 ID:tMKH.NqE0
――全身の痙攣は次第に緩慢になり、そして止まった。
彼女が動かなくなるまで、俺はそのまま彼女を抱いていた。
――全てが終わってから、俺は彼女を背負い、壁際に運んだ。
そこに背をもたせかけ、隣に座った。
『注水開始まで、0時間、36分です。
退避する場合は、チャンバーに搭乗し、ドアをロックしてください』
('A`)「……」
怒りは、感じなかった。
悲しみは、感じなかった。
憤りは、感じなかった。
ただ、空しかった。
長い旅路の果てに辿り着いた場所がここでしかなかったことが、ただ、空しかった。
俺は、どこにも行けない。
どこにも、帰れない。
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:14:53 ID:tMKH.NqE0
――眠い。
目を擦り、隣を見る。
彼女の横顔を、見る。
すこし、笑い。
そのまま、目を閉じた。
俺は、海へ行くのかも知れない。
あのオレンジ色の海へなら、還ってもいいかも知れない。
そう、思った。
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:16:18 ID:tMKH.NqE0
――海へ。
深海の、ジェミニ――
.
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:16:54 ID:tMKH.NqE0
――乱暴に肩を揺すぶられ、意識は急激に覚醒する。
誰かが大声で叫びながら、俺の肩を揺さぶっていた。
目を開くと。
从#゚∀从「おら、こんなトコで寝コケてんじゃねえ!
死ぬぞおまえ!」
見知った顔が、そこにあった。
俺は、夢でも見ているのか?
('A`)「あ……あ?」
从#゚∀从「あー……めんどくせえ。
おら、立て! 行くぞッ!!」
俺の腕を引き、強引に立ち上がらせる。
足を引きずり、ずりずりと、歩く。
そのまま俺の脇を抱えて、チャンバーへ……俺が乗っていた一人用のチャンバーに向かった。
放り投げられるようにそこに押し込まれ、俺は狭い庫内に転がった。
从 ゚∀从「ったく、死ぬ思いしてここまで来てみりゃ、何やってんだお前。
俺が来なかったら、海底に放り出されてお陀仏だぜ?」
俺は、未だに信じられない。
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:17:37 ID:tMKH.NqE0
- ('A`)「あ、え、いや……ハインリヒ。
お前、どうやって……無事だったのかよ」
从 ゚∀从「バカ野郎l。これが無事に見えるかよ……つッ!」
表情も、声も快活。
だが、その全身は傷だらけで、オーバーオールも所々が破れ、あるいは焦げている。
そして、言いながら俺に向けて差し出したその手には……小指と薬指が、なかった。
(;'A`)「なっ……」
从 -∀从「ひでえモンだろ。
ま、死ぬよりゃマシだな」
(;'A`)「いや……生きてるならいいんだが、何がどうなったんだよ」
見下ろす彼女の、折れた足には。
プラズマトーチのホースとノズルで作った副木が、ダクトテープでぐるぐる巻きに固定されている。
从 ゚∀从「どうも何もねーよ。
あの後、イヌ野郎に押し倒されてよ」
言って、また顔をしかめる。
从 -∀从「咄嗟に、落っこちてたスプレー缶を口に突っ込んでやった。
そしたらまあ、このザマよ。ったく、ふざけやがって。
まあ、あいつの吹っ飛んだ頭、蹴りまくるのは気分良かったぜ?」
いや……ふざけやがってるのは、お前だろ。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:38:32 ID:tMKH.NqE0
- 从 ゚∀从「それより、お前。
あんな所で、何寝てたんだよ」
黙る。
('A`)「……」
死んだんだ。
好きだった女が、死んで、蘇って、化け物になって仲間を殺して。
だから、俺が殺したんだ。
答える気は起きない。
ただ、首を振った。
从 ゚∀从「で、他の奴らは」
それにも、答えない。
だからまた黙ったまま、首を振った。
从 -∀从「……そうか」
声を沈ませ、俯く。
从 -∀从「オレたちだけ、か……」
深く、息を吐いて。
ハインリヒは狭い庫内で、天井を仰いだ。
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:39:20 ID:tMKH.NqE0
- 重い疲労が。
現実感を帯び、増して、背中にのし掛かる。
俺たちは、何をするでもなく、ただ上を見た。
上には、陸が。
空が、待っているはずだ。
从 ゚∀从「……なあ、ドクオ」
不意に、ハインリヒが俺の名を呼ぶ。
呼びながら、足下に落ちたオーバーオールを見て首を傾げる。
拾い上げ、ポケットの中を探り始めた。
('A`)「……何だよ」
从 -∀从「陸に戻れたらさ。オレたち、どうなんのかね?
都市計画機構の奴ら、オレたちを殺す気であそこに送り込んだとしたら――」
このまま逃げ延びても、ただで済ます気はない、ということか。
('A`)「……かもな」
それは、分からない。
死ぬなら死ぬで良し、データを回収して帰ってこられれば儲け物。
どのみち、潜水工夫など使い捨ての労働力だ。
そう考えていてもおかしくはない。
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:39:55 ID:tMKH.NqE0
- それに。
あの「作戦」が、半ば仕組まれたものではないかとは、思っていた。
発端は、あの"パラクス"の管制室だ。
――管制室で見た端末の、ウィンドウに表示された気圧配置図。
それはツンデレがシンカー01で俺たちに見せたものとは全く別物だったからだ。
海域の周辺に、低気圧など存在しなかった。
もしも二班に分かれ、交代で都市に入っていたら。
先に入った方の班は、全滅していたはずだ。
そして、そこであいつらの存在が明らかになっていたはずだ。
逆説的にだが、そう考えることもできた。
.
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:41:21 ID:tMKH.NqE0
- 从 ゚∀从「なら、さ。どうするよ?
陸に上がったら」
('A`)「分からん。何も、考えてない」
素直に答える。
陸に上がってからのことなど、考える暇はなかった。
……彼女は、もう、いない。
从 -∀从「そうかよ。なら――」
オーバーオールのポケットから、何かを取り出し。
それを俺の方に、放って寄越す。
膝に落ちた、それは。
俺が持っていたものと同じ。薄い直方体をした、ストレージデバイスだった。
その前面にある表示板は――"backup completed"の文字を表示し、LEDを点滅させていた。
そしてその上面には、明るい色の口紅で。
”got it”。
そう、書き殴られていた。
从 ゚∀从「こいつでひとつ、弔い合戦でもどうだ?」
しぃは、彼女はもうひとつの物を俺たちに残していた。
彼女は、成功していたのだ。
- 299 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:52:16 ID:tMKH.NqE0
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『連邦政府、突然の海底核実験』
『政府方針に不信感募る』
『昨日未明、連邦政府が領海内の海底で海底核実験を行っていたことが明らかになりました。新恒久平和
宣言から37年たった今、武力を誇示すべき相手もいない状況での突然の「蛮行」に、連邦政府に対する
不信感は急上昇しています。
また、実験を行った海域についての情報は、明らかにされていません。”周辺に危険のない連邦領海内で
あり、市民に驚異を与えるには至らない”との声明を、政府は繰り返し発表しています。これもまた、漁業、
他各種海洋事業の関係者の反発を招いています』
『これに関して、地球都市計画機構は依然、沈黙を守り続けています。
海洋事業を主とし、海底都市検証モデルの失敗を踏まえ、今後もより深海開発に注力していくであろう
都市計画機構が政府に対して非難声明はおろか、実験から四日が経つ今日に至るまで何ひとつとして
反応していないことには、強い疑問を禁じ得ません。
ただし――この実験の数日前に、インターネット上に拡散した怪文書に関しては、依然として強い不快感
を表し続けています。公表された文書類は全て根も葉もない偽造であり、このような手段でもって都市計
画機構の深海開発を阻害するものが現れることは遺憾であり苦痛だと、経営層は繰り返し述べています。
最悪の場合、懸賞金を掛けて情報提供を募ることも検討しているとのことでした』
『さらにまた、西海岸湾岸に漂着した大量の深海魚等の死骸との関連については、両者ともコメントはありま
せん。これが先にお伝えした海底核実験の余波であるか否かについても、検証が待たれるところです。
ここで、現地住民の不安の声をお届けします――』
――22xx/xx/xx
ニュース番組「コスモポリタン」
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- 300 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:57:20 ID:tMKH.NqE0
――また、いつか、会おう
あの海で。
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- 301 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/01(金) 23:57:47 ID:tMKH.NqE0
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深海の○。ジェミニのようです 【完】
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