ξ゚⊿゚)ξ物語の終わりかたのようです
1 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:27:31 ID:f7zg8F5c0




ツンちゃんはむかし、勇者だった。




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2 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:29:08 ID:f7zg8F5c0



ξ゚⊿゚)ξ物語の終わりかたのようです



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3 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:30:36 ID:f7zg8F5c0


薄暗い店内を、扇風機が低い音を立てて回っている。
冷房がついているのに蒸し暑い店内には、他のお客の姿はなかった。

甘味処・文丸堂。
いつから立っているのかもわからない古い店には、いつもほとんどお客さんがいない。
だから、なのだろう。彼女はレトロを通り越して、ボロボロのこの店をとても気に入っていた。


ξ゚⊿゚)ξ「ここのオヤツは、何でもおいしいわねぇ」


目の前に座っている、彼女――ツンちゃんが、幸せそうな笑顔をみせる。
ツンちゃんはかわいい。それに美人だ。
金の髪に、青い瞳、白い肌のお姫様みたいな女の子。


('、`*川「そっかな?」


伸ばしっぱなしの黒い髪に、さえない細い目の私なんかとは全然違う。
私なんかの隣にいるのが信じられないくらい、ツンちゃんは綺麗で素敵だ。

4 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:32:03 ID:f7zg8F5c0


ξ#゚⊿゚)ξ「おいしーの!」

('、`*川「そりゃぁ、このへんでみつ豆おいてる店はここくらいよ。
     それは認める。でも、さすがに何でもはない。特に、その熱そうなぜんざい!」

ξ;゚⊿゚)ξ「たしかに、アツアツだけど、それがいいんじゃない。
       夏こそ熱いものを取ろうって、テレビで言ってたような気がしたし?」

('ε`*川「去年は、夏のかき氷三昧なんてやってたのに?」

ξ;゚~゚)ξ「あれ、あとで寒くて大変だったのよ。上着なかったし……
       それに最近なかなか寝れないから、冷えたら絶対に風邪ひいちゃう」


ツンちゃんは私の友だちだ。
逆にツンちゃんにとっては、私が唯一の友だちと言ってもいい。
今でも私なんかがツンちゃんの友だちだなんて、夢じゃないかって思う。
だけど、それは夢なんかじゃなくて、ツンちゃんはずっと私の友達でいてくれている。

ツンちゃんは私にとって、もったいないくらい素敵な最高の人だ。

5 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:33:25 ID:f7zg8F5c0


私とツンちゃんはたまに、こうやって文丸堂で話し込む。
最近食べたおいしいものだったり、大学の課題だったり、テレビのことだったり、話題は様々だ。
ツンちゃんの悩みを聞いたり、逆にツンちゃんに相談にのってもらったりしたこともある。

いつもと同じ、何気ないやりとり。
そんな時間が私は大好きだ。

だけど、その日は少しだけいつもと違った。
ツンちゃんは、お店に入るなり、「話したいことがある」と私に言ったのだ。


('、`*川「そういえば、私に話したいことって何なの?」


ツンちゃんはなかなか本題に入らない。
いつも通りに話が進み、目の前のお皿から甘味が減りはじめたあたりで、私は口を開いた。

ツンちゃんは気が強い。でも、引っ込み思案でもある。
最近はかなり落ち着いたけど、今日はたまにある引っ込み思案で弱気な日みたいだ。
そういう時は、いつもこうして私から話をふるのだ。

6 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:33:55 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「それは……」


私の声に、明るかったツンちゃんの顔が変わる。
困ったような、それでいて少しだけ恥ずかしそうな顔。

その表情に私は、「おや?」となる。
ツンちゃんのこういう表情は珍しい。となると、話の内容は悩みではないのかもしれない。


ξ* ⊿ )ξ「その、ペニちゃんだけには話さないと、って思って……」

('、`*川「私に?」


ツンちゃんの手が、いつもつけている腕輪へと伸びる。
つるりとした素材の白い腕輪。
その腕輪をいじりながら私を見上げるツンちゃんの顔が、少しだけ赤くなっている。
ツンちゃんはなかなか口を開こうとしない。それに内心ドキドキしながら、私は続きの言葉を待つ。

7 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:34:17 ID:f7zg8F5c0


ξ*゚⊿゚)ξ「その、ね。気になる人が、できたの」


ツンちゃんはためらったあとに、小さな声で恥ずかしそうに告げる。
その顔が、さっきよりも赤く染まっていた。


('、`*川「――っ」


一瞬、静かなはずの店内がざわめいた気がした。

ツンちゃんの口から、やっと出た言葉。
待っていたはずのその言葉に、私は息を止めていた――。

8 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:35:24 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──







ツンちゃんはむかし、勇者だった。






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9 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:35:47 ID:f7zg8F5c0


今でも、はじめてツンちゃんと話したときのことを覚えている。
そのとき私は小学生で、ツンちゃんはクラスで一番目立つ明るい女の子だった。

  _
( ゚∀゚)「やーい、ちん子! 伊藤ちん子!」

('、`;川「ちがうもん! わたし、そんな名前じゃないもん」
  _
( ゚∀゚)「どこがだよ? あ、それとも、ちん子じゃなくて、伊藤ぺにす子か!?」


男子の笑い声が、教室に響く。
女の子は笑ったり、困った顔をしているだけ。
先生もいないし、だれも助けてくれない。


(;、;*川「わたし、ぺにさす」
  _
( ゚∀゚)「ぺにす? やっぱりちん子じゃねーか!
     オレ知ってるんだぞ、ぺにすってちんこってイミなんだぞ!」

10 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:37:27 ID:f7zg8F5c0


またやってる、っていう声が聞こえる。
わかっているなら、助けてほしいのに、それを大きい声で言ってくれる子はだれもいない。
悲しくって、腹が立って、ものすごく怒りたいのに、うまく言葉が出ない。


(;、;#川o彡「ちがうもん!」
  _
( *゚∀゚)「コイツ今、なぐろうとしたぜ! ほんとのこと言ったから、なぐるんだ!」

( ^Д^)「ちん子、ひでー! ぼーりょくはいけないんだぜー」

(;、;#川「ひどくない!」
  _
( *゚∀゚)「やっぱ、ちん子だ! こいつ、自分でちん子だって言った!」


笑い声が聞こえる。
一つじゃなくて、たくさん。男子も女子も笑っている。
私はくやしくて、それなのに涙が出て。とめられなくって、それでも笑い声は止まらなくって。
そして――、


ξ#゚⊿゚)ξ「やめなさいよ! さいてい!」


私は、ツンちゃんに助けられたんだ。
クラスで一番かわいくて、勉強も運動もできる人気者のツンちゃん。
お友達になりたくて、だけどこれまで話しかけれなかったツンちゃんが、私の目の前に立っていた。

11 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:38:01 ID:f7zg8F5c0

  _
(; ゚∀゚)「津出はかんけいねーだろ。このおとこおんな!」

ξ#゚⊿゚)ξ「関係なくないもん! ペニちゃんはあたしの友だちよ!」

(;、; 川「――!」


ツンちゃんは、イジワルな男子に立ち向かってくれた。
それだけじゃない、一度も話したことのない私を「友だち」と言ってくれた。
悲しくって悔しかった心が、それだけで明るくなる。

  _
(# ゚∀゚)「ウソつくんじゃねー! お前らがいっしょのとこ、オレ見たことないし!」

ξ#゚⊿゚)ξ「学校じゃなくて、おけいこで一緒なんだもん!
       盛岡せんせーの、ピアノ教室! そうだよね?」

('、`;川「……うん。盛岡せんせい、」

ξ#゚⊿゚)ξ「ほら! だからいじめちゃダメ!
       それに、ペニサスって、ペガサスみたいでかっこいいじゃん!
       ジョルジュより、かっこいいよ!」
  _
( ゚∀゚)「へ?」

ξ#゚⊿゚)ξ「名前でいじめるなんて、サイテー!」

12 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:38:31 ID:f7zg8F5c0

当時、私とツンちゃんは同じピアノ教室に通っていた。
だけど、ピアノ教室であったことなんてほとんどないし、話したこともない。
なのに、ツンちゃんは、私を助けてくれた。
私みたいに相手を叩こうとなんてしなくても、ツンちゃんは口だけで男子をやっつけた。


ξ゚⊿゚)ξ「行こ、ペニちゃん」

('、`;川「う、うん」
  _
(; ゚∀゚)「おい津出! いま、オレのこと呼び捨てにしただろ!」

ξ゚⊿゚)ξ「あんなやつムシして行こ!」


ツンちゃんが、手を差し出した。
私に向かって。クラスの人気者のツンちゃんが。


ξ*゚⊿゚)ξつ「手、にぎって。それから、いっしょにあそぼ!」

('、`*川「……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、イヤだった?」

⊂('、`*川「そんなことない! わたし、すごくうれしい」

13 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:40:20 ID:f7zg8F5c0



ξ*゚⊿゚)ξつと('、`*川


ツンちゃんに向かって、手を伸ばす。
白くてちっちゃいツンちゃんの手は、すこしだけ冷たくて暖かかった。


ξ*^⊿^)ξ「よかった!」

('、`*川「わたしね、ずっとツンちゃんとお友達になりたかったの」

ξ*゚⊿゚)ξ「ほんと? うれしい!」


そのときのツンちゃんは、私にとって勇者だった。
だれよりもキレイでかわいくて、強い。勇者みたいなお姫様。
そのお姫様が私を助けてくれて、ともだちになってくれて。信じられないくらい、私は幸せだった。

14 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:40:57 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──


ざわざわと、遠くで声が聞こえるような気がした。
店には他のお客はいないのに、やけにうるさい。
まるで耳鳴りだ。頭がくらりとする。


ξ;゚⊿゚)ξ「どうしたの? そんな変な顔して」


鈴を振るような声に、私は我に返った。
目の前にはもうすぐ二十歳になるツンちゃんが、座っている。
あれからもう何年もたつのに、ツンちゃんは綺麗だ。

子供の頃はかわいくても、大人になると普通になる人は多い。だけど、ツンちゃんはぜんぜん違った。
小さくてかわいらしかったツンちゃんは、背が伸びてものすごく美人になった。
昔、男女って呼ばれていたって言っても、信じる人はいないだろう。


('、`;川「ツンちゃんの口から、そんな言葉が出るとは思わなくって」


――ツンちゃんは、気になる人ができたと言った。

綺麗で素敵なツンちゃんは、当然モテる。
中学、高校は知らないけど、大学では特に。

ツンちゃんは、綺麗だけど人を寄せ付けない。
だけど、ううん。だからなのか、ツンちゃんは余計に目立っていた。
座席が指定の講義で、ラブレターが置いてあったことは一度だけではない。
私もツンちゃんの友人というだけで、連絡先を教えてくれとか、手伝ってくれと頼まれたことが何度もある。

15 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:41:54 ID:f7zg8F5c0

だけど、ツンちゃんは一度もその想いに応じたことはない。
ツンちゃん本人はそれらの告白を、全部質の悪いイタズラだと思っているようだった。
もちろん、それには理由がある。その理由を、私は知っていた。


ξ//⊿)ξ「べ、べ、別に、私だって気になる人くらいいるわよ!」

('、`;川「それはそうだけど。ええと、」


気になるというのは……やっぱり、恋愛的な意味なのだろう。
だけど、私はその言葉に戸惑っていた。


('、`;川「……」


私は口ごもる。
そこから先の話題をどう口にしていいのか、迷う。
だけど、この話をする以上、口にしないわけにはいかない。



('、`*川「ブーンくんじゃ、ないんでしょう?」

16 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:42:40 ID:f7zg8F5c0

思い切って、問いかけた。
ツンちゃんが人の好意を受け入れない理由の一つが、その名前だ。
ブーン。それは私にとって、それ以上にツンちゃんにとってとても大切な名前だ。

ツンちゃんが手にしている、白い腕輪。
今もツンちゃんが触れているそれは、彼が贈ったものらしい。
その腕輪をツンちゃんがほとんど外さないのを、私は知っている。


ξ゚⊿゚)ξ「……」


ツンちゃんは返事をしない。だけど、否定もしなかった。
その姿に、私はツンちゃんの答えを知る。
だから、私はツンちゃんが傷つかないようにやさしく声をかける。


('、`*川「よかったじゃない。
      いつも、もったいないって思ってたのよ。ツンちゃんぜんぜん、他の人に興味ないから」

ξ゚-゚)ξ「……そう、よね」


私はツンちゃんが、ずっと誰を好きだったのか知っている。
ツンちゃんの心は、あの日からいつもたった一人だけ。
ブーンという名前の、遠くにいる誰か。


――ツンちゃんがその人にもう会えないことを、私は知っている。


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17 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:43:07 ID:f7zg8F5c0

── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──



ツンちゃんはむかし、勇者だった。



  _
(* ゚∀゚)「やーい、ぺちゃぱい!
     クラスでおっぱいないの、お前だけなんだぞ!」

从;'ー'从「ふぇぇ~、やめてよ~」
  _
(* ゚∀゚)「津出だってあるのに、お前ほんとは男なんじゃねーの?」

从;ー;从「ふぇ……」


ξ#゚⊿゚)ξ「やめなさいよ!」


男子にだって負けない、かっこいいツンちゃん。
強くてキレイでなんでもできる、勇敢なお姫様みたいな女の子。
男子には嫌われていたけど、みんなツンちゃんのことが大好きだった。

18 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:43:38 ID:f7zg8F5c0


ツンちゃんはクラスの女の子にとって、勇者だった。
だけど、本当はそれだけじゃない。


('、`;川「だ、だいじょうぶ? 長岡くん怒ってたよ」

ξ*゚⊿゚)ξ「へーき、へーき!
       それよりワタちゃんたちといっしょに遊ぼ、ペニちゃん!」

('、`*川「うん!」



――今でも私は。私だけは、そのツンちゃんが本当に”勇者”だったと知っている。

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19 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:44:42 ID:f7zg8F5c0

── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──






小学五年生の夏の日。
ツンちゃんは行方不明になった。





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20 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:45:53 ID:f7zg8F5c0


夏休みだった。
8月のはじめ。ジイジイとセミが大合唱する、あつい夏の日。


川*` ゥ´)「ペニサスー、ツンちゃん遊びにきてない?」

('、`*川「いないよ。ツンちゃんが、どうしたの?」

川;` ゥ´)「それが……ツンちゃん、遊びに行くって言ったまま帰ってないみたいで」


忘れもしないあの日。
私は冷房のきいた居間で、テレビを見ていた。
窓の外はオレンジ色で、夜も暑かったらやだななんて、馬鹿みたいなことを考えていた。


('、`;川「なんで!? どうして!? ツンちゃん、どうしたの!?」

川;` ゥ´)「ツンちゃんのお母さんから電話があったのよ。
      ……でも、まだ夕方だし。そのうち帰って来るんじゃないかしら」

('、`;川「おかあさん、探しに行こ! ツンちゃん、きっと困ってるよ!」

21 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:47:01 ID:f7zg8F5c0

川#` ゥ´)「心配なのはわかるけど、ちょっとは落ち着いて!
      ほら、深呼吸。吸って、吐いて!!」

('、`#川「でも、ツンちゃんいないんだよ!!」


ツンちゃんは、その日帰ってこなかった。
次の日も、その次の日も、……帰ってこなかった。
はじめは近所の大人が、それから警察がやってきて大捜索をしたけど、ツンちゃんは全然見つからなった。


('、`#川「おかあさん、ツンちゃん探しに行きたい」

川#` ゥ´)「お父さんが探してくれてるから、ダメ。
      アンタは危ないから、絶対に家から出ちゃダメだからね!」

('、` 川「ツンちゃん……」


近所には、小さな山がある。
ハイキングに使うようなたいしたことのない、丘みたいなところ。
だけど、子どもが迷ったら大変なことになる場所だった。
そこに、もしツンちゃんがいたら……。大人もそう思ったのだろう。

ツンちゃんは見つからなかった。
ツンちゃんを探している大人の顔が、だんだん怖くなっていって。
それでも、ツンちゃんはいなくて。
ツンちゃんの写真のついた張り紙が、いっぱい貼られて。あの時の、私はすごく怖かった。

22 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:47:32 ID:f7zg8F5c0


(;、; 川「帰って、くるよね……」

川*` ゥ´)「大丈夫。ツンちゃんは絶対に、帰って来るから。ね?」

(;、; 川「……うん、」


ツンちゃんのいない時間は、すごく、すごく長かった。
いっぱい泣いて、知らない人にいろんな話を聞かれて、そして、そして――ツンちゃんは帰ってきた。


ξ*;⊿;)ξ「ママ、ただいま!」

ζ(;、; ζ「ツン。ツンちゃん!!!」


いなくなってからちょうど一週間後。
ツンちゃんは、自分で家に帰ってきた。

白い新品のワンピースは土とホコリで汚れて、あちこち破れていた。
かぶっていた帽子はなくなっていて、かわりに白い腕輪をつけていた……らしい。
ツンちゃんは元気だった。あちこち怪我をしていたけど、命に関わるような大きな怪我はなかった。
行方不明になっていたことが信じられいくらい、元気だった……そうだ。

23 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:47:52 ID:f7zg8F5c0



ξ*゚⊿゚)ξ「ねぇ、ママ?」

ζ(;、; ζ「どうしたの、ツンちゃん?」





そして、――帰ってきたツンちゃんは、自分のお母さんに嬉しそうに言った、らしい。




ξ*゚⊿゚)ξ「あたし、世界をすくったのよ!」



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24 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:50:20 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──



帰ってきたツンちゃんは、世界を救ったのだと言った。



ξ゚⊿゚)ξ「気づいたらね、知らないところにいたの。
      そこはね、お城でね。しんかん?って、人がいたの」


ツンちゃんのお母さんだけに、じゃない。
私にも、教室のみんなにも、ツンちゃんを探してくれた大人や警察にも、ツンちゃんは同じ話をした。


ξ゚⊿゚)ξ「お城には王様や王子様や、お姫様もいたの。
      それで、あたし、あっちの世界で神様にギシキってのをやることになったの」

('、`*川「王子さま!? いるの? お姫様も!」

ξ;゚⊿゚)ξ「だけどね、そのギシキってやつをやると神様に食べられちゃうんだって、
       ホントはイケニエなんだって、ブーンが、教えてくれたの。それで二人でにげたの……」

从'ー'从「それで~?」
105 名前: ◆4PbhmcDoVc[sage] 投稿日:2017/08/25(金) 23:43:44 ID:f7zg8F5c0

誇らしそうに、楽しそうに。
ツンちゃんはむこうの世界での冒険を話した。
ツンがいなくなっている間にした冒険を、私はたくさんたくさん聞いた。


ξ#゚⊿゚)ξ「だけどね、そのままじゃダメだって。二人で神様をやっつけることにしたの!」

从*'ー'从「ツンちゃん、すごいよぉ~」

ξ*-⊿-)ξ「とちゅうで、冒険者のドクオ兄ちゃんと、しんかん?のクーお姉ちゃんが仲間になったの。
        お城にいた王子のお兄ちゃんもね、助けてくれたの!」

('、`*川「すごい。いっぱい仲間いるんだ」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうなの。あたし、みんなのこと大好き!!」


私はツンちゃんの話が大好きだった。
勇者みたいにかっこよくて、お姫様みたいにかわいいツンちゃんは、本当に勇者だった。
アニメや漫画のヒーローよりもかっこいい。
そんなツンちゃんが、私の友だちで、すごく誇らしかった。


从*'ー'从「ワタシも、ツンちゃんのことスキだよぉ~」

('、`;川「あ、わたしも!」

ξ*゚ー゚)ξ「うん。あたしも、みんなのこと好き」

25 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:52:04 ID:f7zg8F5c0

ξ#゚⊿゚)ξσ「それでね。あたしと、ブーンはイケニエのフリをして神様の前に行ったの。
         そしたら、神様は悪い魔王で、本物の神様を閉じこめてたんだって、わかったの!」


あちら側の世界の話をする、ツンちゃんはいつでも輝いていた。
自分はやったんだ。がんばったんだって、たくさんの話をしてくれた。


ξ゚⊿゚)ξb「そこからがすごかったの。
       隠れてたドクオ兄ちゃんと、クーお姉ちゃんと、王子のお兄ちゃんが魔王と戦ったの!
       私とブーンも、いっしょに戦ったのよ! それでやっつけたの!!!」

d('、`*川b「すごい、ツンちゃん。すごい!!」

ξ゚⊿゚)ξ「それでね、お城に帰って、あっちの世界で暮らさないかって言われたの。
      だけど、私ね、こっちに帰してって言ったの。ママやパパや友だちのいるお家に帰してって」

从;'ー'从「ツンちゃんがいなくてすごく心配だったんだよ~。かなしくて、こわかった……」

ξ*゚⊿゚)ξ「うん。……ありがとう」

(;、; 川「ツンちゃんが帰ってきてくれてよかった」

ξ*^⊿^)ξ「あたしも、帰ってこれてよかった」


ツンちゃんがまぶしく笑った。

26 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:52:31 ID:f7zg8F5c0




小学五年生のあの夏。
ツンちゃんは、たしかに遠い知らない世界の勇者だった。




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27 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:54:57 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──


がこん、と扇風機が嫌な音をたてた。
何年ものかもわからない文丸堂の扇風機は、たまに変な方向を向いたまま動かなくなる。
そうなると扇風機は、店長のお婆ちゃんがガチャガチャとやるまで動かない。


('、`;川「あつい……」


あまりの暑さに、思考が止まった。
店内は静かだった。ツンちゃんの話も止まっていた。

かろうじてあった風も、扇風機とともに止まっている。
張り切っておしゃれしてきた服の首元に、汗がにじむ。
話に夢中になっていたときには気づかなかったセミが、じぃじぃと大声を上げていた。


('、`;川「あー、なんでこんなに暑いのよ」


なんだか、外にいるみたいだ。
もともと暑い店ではあったけど、扇風機が止まっただけでとんでもなく悲惨だ。

動かなくなって、はじめてそのありがたみがわかる。
地味だけどあの扇風機はいい仕事をしていた。私も、ああなりたいものだ。
ツンちゃんみたいに、キレイでもかわいくも強くもない私は、あの扇風機のようにささやかに人の役に立とう。
……でもって、いなくなったときに「アイツはいいやつだったよ」くらいは言われてみたい。

28 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:55:32 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「……諦めることにしたの」


手で顔を必死にあおいでいたら、声が聞こえた。
店内にはお客はほとんどいない。いるのは私たちとお店のお婆ちゃんと、少し前に入ってきたお爺ちゃんくらいだ。
だから、これはツンちゃんの声だけど……、


('、` 川「……?」


一瞬、何を言われたかわからなかった。
ツンちゃんは気になる人の話をしていたはずだ。
少し前から沈黙はしていたけど、その話はまだ終わっていないはずだ。
それが、どうしてあきらめるなんて話になるんだろう。

ツンちゃんは片手で腕輪をいじりながら、私を見ていた。
なんだか、嫌な感じがした。
ツンちゃんは、あきらめることが好きじゃない。絶対に、あきらめるなんて言わない。


         ξ - )ξ


ツンちゃんがあきらめるのは、どうにもならないくらいに追い詰められたときだけだ。
その姿を、私は知っている。
いつかの泣き顔が、忘れたくっても、消えてくれない。

29 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:56:33 ID:f7zg8F5c0

('、`;川「ツンちゃん……」

ξ゚⊿゚)ξ「やだ、そんな変な顔しないで。
      大したことじゃないのよ。……だた、もうやめにしようって思っただけ」


ツンちゃんは片手を軽く上下に振りながら、笑ってみせた。
その顔は笑っているのに、なんだか無理をしているみたいだった。
手にはまった腕輪だけが、ツンちゃんの手の動きにあわせて小さく揺れていた。


ξ゚⊿゚)ξ「あっち側のことを思うのは、もうやめようって思ったの。
      もう一度会おうって、約束したけど。それを待つのを、やめようって思ったの」


その言葉で、ツンちゃんが何を言いたいのか、ようやくわかった。
これはさっきまでの話の続きでもあるのだ。


('、`*川「それは……」

ξ゚~゚)ξ「正直、未練はあるよ。でも、考えてみれば、10年近くもたつんだし。
       いつまでも、子どもっぽいこと言ってちゃ、ダメかなぁって……」

30 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:57:15 ID:f7zg8F5c0


――また、声が聞こえた気がした。
静かな店内で聞こえるには、そぐわない音。
私は頭を振って、それを抑える。


ツンちゃんは、むかし勇者だった。
私の知らない遠い世界で、仲間たちといっしょに魔王を倒した勇者様。
ツンちゃんは、ずっとそのときのことを胸の真ん中において、生きてきた。


ブーンくん、ドクオさん、クーさん。それから、王子様やお姫様。
知らないお城や、神殿、大空洞とよばれる大きな洞窟。
冒険と、戦い。白い腕輪。それから、ツンちゃんがブーンくんとした、大切な約束のこと。

ツンちゃんはその大切な思い出を、いとしそうに、嬉しそうに、大切そうに何度も語った。
私はその話を何度も聞いた。私だけは、聞いていた。

31 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 21:59:24 ID:f7zg8F5c0


ξ゚ー゚)ξ「ペニちゃん、ずっと心配してくれてたよね。ゴメン……」

('、`;川「そんな。ゴメンなんて!
     私もあっち側の話をするツンちゃん、大好きだったし。だけど……」

ξ゚ー゚)ξ「うん、わかってる。もうすぐあたしも、ハタチだもんね。
      ちゃんと大人になって、……思い出にするんだ」


ツンちゃんの腕輪が、白く光る。
その手に、もう薄くなった古い傷があることを私は知っている。
ツンちゃんの白い腕や、背中にいくつもの傷がある本当の理由を、私だけが知っている。

それはツンちゃんがあちら側の世界で手に入れた、勲章だ。
ツンちゃんはたくさんの傷と引きかえに、大切なものを手に入れた。


誰も信じようとしなくても、……私だけは、信じているのだ。


今も、昔も――。

32 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:00:26 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──




帰ってきたツンちゃんが喜ばれたのは、ほんの少しの間だけだった。


はじめはみんな、ツンちゃんの顔を見てよかったって笑ったり、泣いたりした。
いつもはいないおじさんやおばさん。それからぜんぜん知らない人が、ツンちゃんの家に来てよかったとか言っていた。


从 ゚∀从「アンタが、津出ツン? ユクエフメーの?」

<_プー゚)フ「津出って、どいつ?」

( ^Д^)9m「アッチにいるのが、津出だぜ」


夏休みが終わって学校がはじまると、知らないクラスの子がいっぱいツンちゃんを見に来た。
みんながツンちゃんのところに来て、なにがあったの? って、聞いた。
そのたびに、ツンちゃんは答えた。


ξ゚⊿゚)ξ「あたしね、ちがう世界に行ったの」

33 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:02:02 ID:f7zg8F5c0

ツンちゃんはあっちの世界のいろんな話を、みんなにした。
私はみんなの前で話すツンちゃんを、とっても嬉しい気持ちで見ていた。
ツンちゃんは、すごいんだぞって、無邪気に思っていた。


( ^Д^)「勇者だって、すげーよな」
  _
( ゚∀゚)「……すごくねーし」


だけど、みんながみんな。
私みたいに、ツンちゃんの話を聞いているわけじゃなかった。


从 ゚∀从「あの話、ホントか?」

<_プ∀゚)フ「そんなわけねーじゃん。どっかのゲームじゃね?」


ツンちゃんの話を、よろこぶ人はいっぱいいた。
だけど、そうじゃない人もいた。
ううん、そうじゃない人の方が多かったのかもしれない。

それでもツンちゃんは、冒険の話を止めなかった。嘘だって言われても、ツンちゃんは話し続けた。

34 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:03:29 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「あっちの世界にはね、魔法みたいなものがあるの……」

ξ゚⊿゚)ξ「それからね。剣とか武器とかがいっぱいあるの」

ξ*゚⊿゚)ξ「魔物だっているんだよ」


……今なら、わかる。
あのとき私は、ツンちゃんがあちら側の話をするのを、止めていなければいけなかった。
そのときの私は、まだツンちゃんの友だちの一人だったけど。それでも、ツンちゃんを止めることくらいはできた。


('、`*川「わぁ……」

从;'ー'从「……」


だけど、私はバカだったから、ツンちゃんが誰かに冒険の話をするのを止めなかった。
ううん、むしろとても楽しみにしていた。
ツンちゃんの話が何を引き起こすかなんて、ぜんぜんわかってなかった。

あのときのバカな自分を、消してしまいたい。
たぶん私は一生、このときの自分を許すことができない。

35 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:04:40 ID:f7zg8F5c0


一番のきっかけは、クラスの男子の一言だったと思う。


  _
( ゚∀゚)「お前ら、ばっかじゃねーの!?」


私の大っ嫌いな男子。
よく女の子をいじめて、そのたびにツンちゃんにやり返されていた眉の太い男の子。
その子が、クラスのみんなの前で言ったのだ。

  _
( ゚∀゚)「津出の話ばっか、スゲースゲーって言ってよ。ばっかじゃねーの?!
     そんなのウソにきまってんじゃん! 大人はみんな言ってるぞ」

ξ#゚⊿゚)ξ「なによ、ウソじゃないってば!」
  _
( ゚∀゚)o彡゜「ウソウソ津出の大ウソツキ~!」

(*^Д^)「なになに? なにが大ウソツキ?」


私は、今もそいつのことが許せない。
自分のことも許せないけど、それ以上に私は、アイツのことが大嫌いだ。

36 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:05:56 ID:f7zg8F5c0

  _
(* ゚∀゚)「カーチャン言ってたぜ、津出はな……」


ソイツの口から出たのは、ツンちゃんを攻撃するひどい言葉だった。
そのときの私やツンちゃんは理解できなかったけど、今ならその言葉の酷さがわかる。
ニュースや新聞では言わない、ひどい言葉。大人が子どもに見てはいけないって怒るような小説や漫画の中でだけ、出て来る言葉。
そんな言葉を、あの男の子は楽しそうに口にした。

  _
(* ゚∀゚)「だから津出は汚れてて、頭がおかしくなったんだって。
     現実がうけいれられない? から、ウソばっか言うんだって!」

ξ゚⊿゚)ξ「それなに?
      あたし、ウソついてない。ホントのことしか言ってない! ウソなのはアンタの、ママじゃない」
  _
( ゚∀゚)「大人はウソつかないから、お前がウソきだ! この――、」

从#;ー;从「やめて! キライ。長岡くんなんて大キライ!!!」

37 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:06:56 ID:f7zg8F5c0

教室は大騒ぎになって、ワタちゃんが泣いたところで、先生がやってきた。
それから何が起ったかを知った先生に、その男子は連れて行かれた。
そこで何があったのかはわからない。
だけど、帰ってきた先生はとても怒っていた。
それから、みんなの前であの男子の言葉はどれだけ人を傷つけるか怖い顔で真剣に話をした。

それは、長い長い時間だった。
私はそのとき、どんなに心で思っても、人に絶対言ってはいけない言葉があることを知った。

  _
(  ∀ )「ごめん」

ξ゚⊿゚)ξ「ウソつきってもう言わないなら、いい……」


あの男子はそのあと、すぐにツンちゃんにあやまった。
だけど、それがすべてのきっかけになったことは変わらない。

38 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:08:42 ID:f7zg8F5c0

从*゚∀从「なあ、あいつ……」

<_プ∀゚)フ「マジかよ、それダレがやったんだ? うわぁ~、    か……」


ξ゚⊿゚)ξ「……」


あの男子が一回だけ言ったひどい言葉は、学校中に広まった。
もうあの男子が口にしなくても、繰り返し繰り返し、いろんな人がその言葉を口にした。
はじめて知る、なんだか楽しそうな言葉。先生が怒る、いけないけど面白い遊び。
そんな遊びが、みんなの間に広がって、誰にも止められなくなった。


(・∀ ・)「うへっ、あいつ津出だぜ」

ミセ*゚ー゚)リ「知ってる。あの   されちゃった、っていう?」


たぶん、私が知らないところで大人も言っていたんだと思う。
あの子は、怒られるのがイヤだから嘘をついている。
人に注目されたいから、あんなことばっかり言うんだ。


あるいは、


津出さんのところのツンちゃんはかわいいから、あんなことになったんだろう。
世の中には小さい子の好きな頭のおかしいやつがいるから、それでツンちゃんは……。
かわいそうに。本当に、かわいそうに。

39 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:09:39 ID:f7zg8F5c0


ミセ*゚д゚)リ「ねぇねぇ、聞いた?」

(゚、゚トソン「どうしました?」

ミセ*゚ー゚)リ「あのね~」


いやだ。
考えたくもない。
だけど、一番つらくて嫌だったのはきっとツンちゃんだ。

ツンちゃんは本当に勇者で、男子にいじめられている女子も、知らない世界の人だって助けたのに。
それをわかってくれる人は、全然いなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、ワタちゃん」

从;'ー'从「ツンちゃんごめんね……」

ξ゚⊿゚)ξ「……」


ツンちゃんと遊ぶ人が減った。
普通のお話をしてくれる人が遠くにいくようになって、変な子があのひどい言葉をかけてくるようになった。
――それから、ツンちゃんの机にゴミが入るようになった。

40 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:11:06 ID:f7zg8F5c0

⊂('、` 川「ツンちゃん、いこ」

ξ;⊿;)ξ「あたし、ウソついてないもん。
       冒険、したし。みんなを助けたんだもん……それから、きたなくなんてない……」


私も、ツンちゃんと遊ぶのはやめなさいって言われた。
それを言ったのは、近所のおばちゃんだった。
きっとツンちゃんは、私の知らないところでもたくさんいろいろと言われたんだと思う。


ξ ⊿ )ξ「……きらい、みんなキライ。大キライ!」

ξ;⊿;)ξ「かえりたい。
       あんなにお家に帰りたかったのに、今はあっちに帰りたい……」


私は何もできなかった。大人だって、たぶん味方じゃなかった。


ξ ⊿ )ξ
  _
(  ∀ )「……」


('、`#川「……」


すべての原因となった男子だけは、何も言わなかった。
泣きそうな顔でこっちを見ていたけど、それがなんだって言うんだろう。

41 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:12:00 ID:f7zg8F5c0

ツンちゃんはずっと戦っていた。味方が私しかいなくなっても、戦っていた。
だけど、とうとう戦えなくなってしまった。


ξ;⊿;)ξ「もう、やだ……」


……そこから先は、思い出したくない。
ただ一つ言えることは、ツンちゃんは学校に行けなくなった。


('、`;川「わたしは、好き。ツンちゃんが、だいすき」

ξ;⊿;)ξ「ほんと?」

('、`#川「うそじゃない! わたし、わたしはずっと味方だよ」

ξ ゚⊿゚)ξ「……うん」


みんなのあこがれの勇者で、お姫様のツンちゃんはどこにもいなくなってしまった。
それでも、ツンちゃんは私の憧れの勇者で、お姫様で、大切なお友達だった。
どんな友だちよりも、宝物よりも。ツンちゃんは素敵で、輝いていた。

42 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:13:44 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「ねぇ、聞かせて。あっちの話?
     私ね、王子様の話聞きたい。ブーンくんでもいいよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……」


ツンちゃんは黙っていたけど、やがて話しだした。
その表情は、もう長いこと見れなくなっていたツンちゃんの本当の笑顔だった。


ξ*゚⊿゚)ξ「……あのね、王子様はお兄さんで、かっこいいの。
        だけど、あたしはね。ブーンがね、……」

('、`*川「ブーンくんが?」

ξ//⊿)ξ「これ、ないしょね。
       ブーンが好きなの。みんなにナイショでね、結婚するって約束したの」


この笑顔がみれるなら、私はなんでもしようと思った。

ツンちゃんは、いじめられっ子だった私に手を差し出してくれた。
だったら、今度は私がツンちゃんに手を伸ばそう。
そうすればまたツンちゃんは、前みたいな勇者さまで、お姫様にもどってくれる――そう、私は信じたのだ。

43 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:15:45 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──



ξ゚-゚)ξ「あたしね、ちがう学校行くの」


ツンちゃんが学校に行かなくなってしばらくたってからのことだった。
他の人に見つからないように、夜にこっそりと来たツンちゃんは、私にだけそう教えてくれた。
私はすごく寂しかったけど、ツンちゃんが決めたならいいよと言った。

学校はもうツンちゃんが行けるようなとこじゃなかったからだ。
ツンちゃんのことを悪く言わない場所があるなら、そっちのほうがずっといいと思った。

それから、ツンちゃんは言った。


ξ - )ξ「あたしね、もうあっちの話をするのやめるの。
       ペニちゃん以外には言わない。もう誰にも話さない」

ξ;-;)ξ「冒険したのもね、魔王をやっつけたのも、ブーンが好きなのもほんと。
       ぜんぶ、ホント! ウソつきたくない!」

ξ;-;)ξ「でも、もうやめるの……
       みんないやな顔するし、ママが泣くから」


ツンちゃんにとって、あっちの世界での冒険はとても大切なものだった。
誰にバカにされたって、絶対に嘘だと言わなかった。
学校にいけなくなってからはたぶん、こちらよりもあちら側のほうが大事だったのかもしれない。
だけど、ツンちゃんはそれをもう、あきらめるのだと言った。

44 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:16:44 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「ツンちゃん……」


私は嫌だった。
ツンちゃんは、あちら側のことを話すのが好きだった。
あちら側の世界の大切な人を、大切な思い出を話すときのツンちゃんは本当にキラキラしていた。
それをツンちゃん以外のヤツラのせいで、あきらめなければいけないのは、本当に嫌だった。

だけど、一番苦しんでいるツンちゃんが決めたのだ。
それに反対することは私には出来なかった。


('、` 川「……ツンちゃんがそう言うなら、それでいいなら、協力する」

ξ;⊿;)ξ「ペニちゃんが、信じてくれてうれしかった。
       ウソだっていわないでくれて、イヤな顔しないでくれて……あたしっ」


あの時、私はツンちゃんをぎゅっと抱きしめることしかできなかった。
何と言えばよかったのか、今でもわかっていない。


その次の日からツンちゃんは、いなくなって。
手紙だけが、届くようになった。

45 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:17:55 ID:f7zg8F5c0

── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──


手紙は毎日のように届いた。
ツンちゃんから届く手紙は、はじめはほとんどあっちの話だった。
それから、私のことと、日常のことがほんの少し。


〆('、`*川「ツンちゃんの手紙見ました……っと、」


手紙が来るたびに、私は返事を出した。
ツンちゃんの手紙に返事を出すのは、ツンちゃんがいない学校に通うよりずっと楽しかった。


〆('、`*川「そっちの中学はどうですか? ツンちゃんはがんばり屋だから、無理してないか心配です。
       ……なんか、お母さんみたいな手紙に、なっちゃったなぁ」


ツンちゃんからの手紙は、続いた。
手紙には日常のことが少しずつ増えて、あっちの世界のことは少しずつ減っていった。
ツンちゃん自身を書いた手紙も、笑えるような内容の手紙も届くようになった。

46 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:19:07 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξφ『高校……うまくやっていけるか、すごく心配です。
        中学ではいろいろと失敗しちゃったから、今度こそは失敗しないようにしたいなぁ』

ξ*゚⊿゚)ξφ『部活は気を使わなくていいので、楽しい。
        いっそのこと、ハンドメイドの道を極めてみようかしら?』

ξ*-⊿-)ξφ『かわいい感じの、ヘアゴム作ってみたのでいっしょに送ります。
         すごくいい感じだと思うんだけど、ペニちゃんはどう思う?』


ツンちゃんが高校生になっても、やりとりは続いた。
手紙の回数が少し減って、そのかわりに二人で会う回数が増えた。

47 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:21:09 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「ペニちゃん! 会いたかった!」

('、`*川「いいや、私のほうが会いたかったね!」

ξ*^⊿^)ξ「なによ、それ」


ツンちゃんは会うたびに明るく、綺麗になっていった。
まるで小学校の頃の、お姫様みたいなツンちゃんにもどっていくみたいだった。
私は、それがうれしかった。

それでも、ふとした拍子に表情が暗くなることもあった。
そういうときのツンちゃんは、大体向こう側のことを考えていた。


ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ……あたし、昔いなくなったことあったよね。
       それから帰ってきた後に、あたしが話したことって覚えてる?」


正直に言うと、ツンちゃんの話が妄想じゃないかと思ったことは何度もある。
だけど、ツンちゃんに残る古い傷を見るたびに。
あちら側のことを話すツンちゃんの表情を見るたびに、少なくともツンちゃんにとっては本当のことなのだと思い知らされる。
それに、あの男子が言ったような目にツンちゃんがあっていたと考えるより、冒険をしていたと信じたほうがずっと救いがあった。

48 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:22:49 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「……ブーンくんのこと? それとも、冒険のこと?」


だから私は、ツンちゃんが望むたびに、あちら側の話をした。
何度も、何度だって話をした。


ξ*゚ー゚)ξ「よかった。夢じゃないなら、それでいいんだ……」


あの夏の日から何年たっても、ツンちゃんの中からあちら側の思い出は消えなかった。
むしろ、あちら側への思い出は強くなっていったんだと思う。


ξ゚⊿゚)ξ「みんな、どうしてるのかなぁ……」


だけど、ツンちゃんがあちら側へ行くことはなかった。
その手段がないから、行きたくても、行けなかった。
世界を渡る方法があったら、きっとツンちゃんはあちら側へと行ってしまっただろう。
あちら側に帰る手段がないことに、そのときの私は、ホッとしているくらいだった。

ツンちゃんの語る、あちら側の話がだんだん苦手になっていった。
あちら側の話は、いつもツンちゃんを悲しい顔にさせる。

49 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:23:32 ID:f7zg8F5c0


ξ-⊿-)ξ「会いたいなぁ……」

('、`*川「……会えるといいねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ「うん……」


私は嘘をついた。
本当は会えなきゃいい、なんて思っていた。
ツンちゃんに嘘をつくことは少し苦しかった。でも、止められなかった。

ツンちゃんはそんな私でも、友だちでいてくれた。


それから、月日は流れて。
私たちは大学生になった。
私とツンちゃんは、そのしばらく前から約束していた通り、同じ学校に通うようになった。


大学はとても楽しかった。
家から遠く離れた学校には、私やツンちゃんのことを知る人はだれもいなかった。
誰もツンちゃんをバカにしない場所で過ごす日々は、本当に楽しかった。

50 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:24:58 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──


ガコン、ガコンという音に混じって、セミの声が聞こえてくる。
扇風機はなんとか動き出したけど、店はあいかわらず暑かった
さっきまでいたお爺ちゃんは注文もしないで帰っちゃったから、残る客は私たちだけだ。


ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね、いつも心配ばっかで」


そんな中で、箸を持つ手を止めながら、ツンちゃんは言った。
少しだけ言いにくかったんだろう。ツンちゃんの目は私じゃなくて、白い腕輪を見ている。
伏せられた青い瞳が光って見えて、ツンちゃんの瞳から目が離せなくなる。

ツンちゃんはとてもキレイになった。
女の私でもぞくりとするくらいに、こうして目が離せなくなってしまうくらいに……。
だけど、ツンちゃんは人を寄せ付けない。

ツンちゃんは今でも、人に――同じくらいの年の子におびえている。
こんな古い甘味処をツンちゃんが気に入ってるのは、同年代の子がほとんど来ないからだ。

51 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:27:08 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「いーよ、いーよ。私だっていつもツンちゃんに泣きついてるし」

ξ;゚⊿゚)ξ「泣きついてって、ペニちゃんが泣きつくことってそんなにないじゃない」

('、`*川「そう思うってことが、ツンちゃんのやさしさよ。
      私、ほんとツンちゃんと友だちやってて幸せ」


ツンちゃんはびっくりするほどキレイで、勉強も運動もできて、しっかりしている。
ラブレターの件だけじゃない。
大学のみんなが、本当はツンちゃんにあこがれていることを、私は知っている。
ツンちゃんが少しでも他の人に近づけば、私なんかよりいい友だちがたくさんできると思う。

悪口を言うようなやつは、もうだれもいない。


ξ゚⊿゚)ξ「私なんかが、友だちで幸せなのかなぁ……」

('、`#川「そう言うの、禁止。ツンちゃんはほんとに、すごいんだから。
     わかってないの、ツンちゃんだけだよ」


それなのに、ツンちゃんだけは頑なに信じようとしない。
知らない人は怖くて、大切な思い出ごと自分を踏みにじるのだと、今も怯えている。

52 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:27:38 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「そんなことないよ。ペニちゃんのほうが、ほんとすごいもん」


ツンちゃんの手が、白い――あちら側でもらった腕輪をなぞる。
それは、ツンちゃんが弱気になったり、自信がなかったりするときにするしぐさだ。
ツンちゃんがあちら側へ行く前にはなかった、癖。
……こんなところでもツンちゃんは、あちら側の思い出を頼りにしてるんだと思い知らされる。


('、`*川「そんなことない。だって、ツンちゃんは今も昔もあこがれだもの」


どこかの小説でみたことのあるような。
だけど、心からの本心をツンちゃんにぶつける。
きっと、この言葉はツンちゃんには届かない。そのくらい、ツンちゃんは自分のことが信じられない。

だけど、ツンちゃんだって、このままじゃダメなことはわかってるんだろう。
だから、ツンちゃんは大切な思い出を――あちら側のことを忘れると言った。
気になる人ができたというのは、単なるにきっかけに過ぎない。

53 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:28:56 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「……ペニちゃんが、友だちでよかった。
      いっしょにいてくれて、すごく、うれしい……」

ξ*゚⊿゚)ξ「好きだよ、ペニちゃん。すっごく。だいすき」

('、`*川「私だって、ツンちゃんのこと好きよ」


ツンちゃんの顔を、じっと見つめる。
綺麗な青い瞳と視線がぶつかる。ツンちゃんはいつの間にかまっすぐ私を見ていた。
とても強い目だった。私があこがれた、小学校のころのツンちゃんと同じ目だった。

こんな目ができるなら、きっとツンちゃんはもう大丈夫だ。
だから私は、本当は言わなきゃいけない。


(-、`;川「……でも、それ正直、イケメンに言われたかったわ。
      ツンちゃんが男だったら私、絶対に結婚したのに……」

ξ*^ー^)ξ「なにそれ」

(-、-*川「ツンちゃんは、やっぱりかわいいって話よ」


こんな冗談みたいなごまかしじゃない。
私が言わなきゃいけないのは、しなきゃいけないのはきっと、ツンちゃんの背を押すことだ。

54 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:30:07 ID:f7zg8F5c0


「私以外の人にもこうやって話しかけて、みよう?」

「人はみんな、怖いわけじゃないんだよ」

「ツンちゃんと話したいって思っている人は、いっぱいいるんだよ」


言葉はいくらだって浮かぶ。
私だって、本当はツンちゃんがこのままじゃダメなことは、わかっている。
だってもう9年だ。いつまでも、あちら側のことをひっぱるわけにはいかない。

だけど、その肝心なことが言えない。
ツンちゃんには私しかない。そんな今の関係が居心地よすぎて、それを壊すのがこわい。
だって、……だって、私はツンちゃんが他に友だちを持とうとしないことに、少しだけほっとしている最低のやつなのだ。


('、` 川(自己嫌悪だなぁ……)


ツンちゃんはみんなに好かれていてほしい。
だけど、もう少しだけ。もう少しだけでいいから、私だけのお姫様でいてほしい。

ツンちゃんは、本当は勇者だ。
私なんかがいなくても、自分の足でどこへだって行ける。世界だって救える。
強くて、綺麗で、かっこいい勇者様だ。


だけど、その一番そばにいる私だけが、ツンちゃんに一番つりあわない、ヒドイやつだ。

55 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:30:47 ID:f7zg8F5c0


ξ*゚⊿゚)ξ「か、か、かわ、かわいい?
       べ、べつに……ほめてもなんにも出ないんだから!」

('、`*川「ほんと、かっこいいだけじゃなくて、かわいいもなんて、卑怯よねぇ……」


ツンちゃんは顔を赤くして、お椀の中を箸でぐしゃぐしゃにした。
その手はもう腕輪を触っていない。
そのことに、私は少しだけほっとする。


('、`*川「ツンちゃんが、好きになった人が羨ましい……誰よ、その幸せ者は」

ξ;゚⊿゚)ξ「好きとか、そんなんじゃないから!!!」

('、`*川「そういえば詳しく聞いてなかったわよね。
     どんな人? 私も知ってる人なの? その気になる人は……」

ξ*゚~゚)ξ「その……」

56 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:33:01 ID:f7zg8F5c0

ツンちゃんの視線が、私からそれる。
青い瞳が、きょろきょろとせわしなく動いて、ツンちゃんの動揺をしっかりと伝えてくれる。
ツンちゃんは恋愛についての話をほとんどしない。

昔は、たくさんブーンくんの話をしてくれたけど、最近は遠くを見るような顔をするだけだった。
ツンちゃんのする恋は、もう会えない人を思う切ないものだった。
だから、今のツンちゃんの反応はものすごく新鮮だった。


ξ*゚⊿゚)ξ「ほんとに、好きってわけじゃないの。
       ただ、つい目をやっちゃうっていうか……気になるっていうか」

('、`*川「それを好きって言うんじゃないの?」

ξ;゚⊿゚)ξ「好きとは、ちょっと違うわ」


ツンちゃんは、私から目をそらしたままでそう口にする。
なんだか煮え切らない感じだ。

ツンちゃんは自分の気持ちをなかなか口にしない。転校してからは特に……らしい。
だけど、なんだかんだで私には、思っていることをわりと素直に話してくれる。
さっきの、「好きだよ、ペニちゃん」なんかは特にわかりやすい。あそこまで素直なのは、そう滅多にないけど。
正直、ときめくところだった。

だから、ツンちゃんがここまではっきりと認めないのはなかなか珍しかった。

57 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:35:19 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「友だち以上? でも、恋愛かどうかって言われるとまだ……みたいな感じ? うーん」

ξ;-⊿-)ξ「友だち……なのかしら?」

('、`*川「そうやって悩むってことは、知り合い? 誰なの?」


ここまで聞いて認めないのなら、本当に気になっているだけなのかもしれない。
だけど、ブーンくんのことしか考えたことのないツンちゃんが気になった相手だ。
それが恋愛であろうとなかろうと、気にならないはずがない。


ξ;゚⊿゚)ξ「その、知らない人かもよ」

('、`*川「それでもいいから聞きたい」

ξ;゚⊿゚)ξ「……」


私の問いかけに、ツンちゃんは黙り込んだ。
だけど、否定するわけじゃない。ツンちゃんは単に迷っているだけなんだと、思う。
1秒、2秒、10秒、30秒と待っていると、ツンちゃんはようやく口を開いた。

58 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:36:41 ID:f7zg8F5c0


ξ-⊿-)ξ「西川くんって言うの……」

('、`*川「にしかわ、くん?」

ξ゚⊿゚)ξ「そう。西川 ホライズン、っていうの」


ツンちゃんの声はとても静かだった。
あれだけ渋っていたのが嘘のように。気になる人の話をしているとは思えないくらい、落ち着いた声だった。
ツンちゃんの箸の動きは、止まっていた。
その青い瞳が、白い腕輪をじっと見ていた。

あちら側から帰ったツンちゃんが、身につけていた腕輪。
あの夏の日から、ツンちゃんはずっとこの腕輪をつけている。
どうしても外さなきゃいけないときも、なんとかして自分の近くに持っていた、ツンちゃんの宝物。

ツンちゃんの顔からは、さっきまでの動揺も、頬の赤い色も消えていた。
そこにあるのは、遠くを見るような少しだけ寂しそうな顔だ。

59 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:37:49 ID:f7zg8F5c0

どうして、そんな誰かを思うような顔をするんだろう。
ツンちゃんはこれから、好きになるかもしれない人の話をしてるんだ。
だから、そんな顔をする必要なんかどこにもない。新しい恋をする明るい顔がそこにあってほしいのに……。


('、`*川「バイト先の人?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。そう……」


西川。
彼はどんなやつなんだろう。
どうしてツンちゃんに、あんな寂しそうな顔をさせるんだろう。

私とツンちゃんは、学校ではほとんどの時間いっしょだ。
そこでツンちゃんが、誰かを気にした様子はなかったと思う。
だとしたら、その西川とかいうヤツは、私が一緒じゃないバイトの時間に会ったのだろう。

ツンちゃんが好きになるなら、かっこよくて優しい、王子様みたいな人がいい。
だけど、たぶん……そうじゃないんだと思う。

60 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:40:26 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「やさしくってね。人に何を言われても笑っているの。
      あたしがキツイこと言っても、困ったみたいに、笑うの」


穏やかな声で、ツンちゃんは言った。
その内容は、なんだか意外だった。
あれだけ好きという言葉を否定したわりに、その内容は思う相手について語るようだったからだ。


('、`*川「へぇ、いい人なんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。いい人なの……。
      おっとりとしていて、だけどホントは誰より周りのこと見てて。自分は損ばっかりしてるの」


寂しそうな表情は、ツンちゃんから消えない。
好きな人、気になる人を語る顔には見えない。なのに、その言葉だけは優しくて、穏やかで、落ち着いている。
その様子はまるで、ツンちゃんが思うただ一人の相手を語る時に似ていた。――似すぎていた。

61 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:41:37 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ


ツンちゃんの目は、腕輪を見つめている。
それはあちらの世界でブーンくんからもらったものだと聞いている。
なくしてしまった帽子のかわりに、ブーンが作ってくれたのだとツンちゃんは笑っていた。


もう一度会えたら、結婚しよう。


そんな約束を、ツンちゃんとブーンはしたのだという。
向こうには王子様だっていたのに、ツンちゃんはブーンくんを選んだ。
小学生の女の子がした約束だ。相手のブーンくんも、同じくらいの年だったと聞いている。

その年の子のそんな約束なんて、守られることのほうが多くない。
だけど、二人は真剣だった。

62 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:42:44 ID:f7zg8F5c0



ξ゚⊿゚)ξ「……ブーンにね、似てるの」


ツンちゃんが告げる。
その言葉を私は、なんとなく予想していた。
予想していて、そうじゃなければいいのにと、願っていた。
ずっと苦しい思いをしてきたツンちゃんが、ようやく新しい恋をしたのだと私は信じたかった。


ξ゚⊿゚)ξ「西川くんは、とってもブーンに似てる」


ツンちゃんは子どもの頃の約束を、その思いを、もうすぐ大人になる今まで引きずってしまった。
ひょっとしたら、初恋だったのかもしれない。
ツンちゃんはあちら側に、大切なものを置いてきたままにしてしまった。

夢も、希望も、恋もぜんぶ、全部置いたままここまで来てしまった。

63 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:43:42 ID:f7zg8F5c0



::ξ ⊿ )ξ::「ブーンが大きくなったらこうなんじゃないかって、はじめはそのくらいしか考えてなかったの。
        だけど、気づいたら西川くんのことばっかり見てるの。
        西川くんは、ブーンじゃないのに……」


ツンちゃんの顔が、くしゃりと歪む。
泣きそうだと、思った。
ツンちゃんのこういう顔は見たくない。
そういうツンちゃんの表情を見るたびに、私の胸はひっかかれたみたいになる。

64 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:45:51 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「いいんじゃない?
     人を好きになるのに理屈はいらないって言うし、ツンちゃんは悪くないよ」


だから、言った。
私にとっていちばん都合のいいことを、言ってしまった。
ツンちゃんは、自分がブーンじゃなくて新しい人を好きになってしまったんだと思っている。
だから、あんなに苦しくて泣きそうな顔をしている。それを、私は利用した。


('、`*川「恋っていうのは気づかず落ちてるもんよ。
     この人、お金持ってそう好き! ってのも、そりゃぁ、あるにはあるけどツンちゃんは違うでしょ?」


――どこか遠くで、ピシリと音がする。
セミとは違う声が響いて唸ったような気がしたけど、そんなものにはかまわず口にした。
頭が痛い。でも、それをこらえて口を開く。


('、`*川「ツンちゃんは、西川くんのこと気になるんでしょ?」


吐き気がする。
私は本当にひどいやつだ。
ツンちゃんにはブーンのいるあちら側じゃなくて、こちら側の世界を見てほしい。
そんな自分勝手な理由で、私は私に都合のいい方向にツンちゃんを誘導しようとしている。

65 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:46:50 ID:f7zg8F5c0


ツンちゃんが本当は、誰が好きかを知っていた。


ツンちゃんは、西川くんのことを決して好きと言おうとしない。
西川くんのことを話しながら、口にしているのは別の誰かのことだ。
ツンちゃんの浮かべる表情は、別の誰かを思う顔と同じだ。


ブーン。
あちら側の世界の、こちら側にはいない人。


やさしくって、人に何を言われても笑っている。
おっとりとしているけど、誰より周りのこと見てて。自分は損ばっかりしてる。
……それは西川くんじゃなくて、ブーンのことだ。

ツンちゃんは西川くんを通して、ブーンくんを見ている。
腕輪を握って自分を支えるように、西川くんを見てほっとしているだけだ。


だけど、それを私は言わない。

66 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:48:45 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「だったら、好きになっちゃってもいいの」

ξ゚⊿゚)ξ「そう、なのかな? ……いいの、かな?」


ツンちゃんは腕輪を、ぎゅっと握っている。
揺れている。弱気になっている。その顔は、泣きそうに頼りない。
ツンちゃんはいつだって、強くてかっこいい勇者で、綺麗なお姫様でいてほしいのに、いつだって世界は残酷だ。


ξ゚⊿゚)ξ「あたし、あっちのことをもう諦めてもいいのかな」

('、`*川「ツンちゃんは、楽になったっていいと思う」

ξ゚⊿゚)ξ「好きになってもいいのかな……」


ツンちゃんは、もう諦めると言った。だけど、諦められてはいなかった。
ツンちゃんは、気になる人ができたと言った。だけど、その人を通して、別の人を見ていた。

諦められない、忘れられない。
それを知っていて。それでも、諦めるのだと、別の人が気になるのだと、今日はじめて口にした。
それはツンちゃんにとって、こちら側の世界を受け入れる決意表明みたいなものだったのだろう。

67 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:49:37 ID:f7zg8F5c0


ツンちゃんは傷つきながら、前に進もうとしていている。
だとしたら私は、たとえ嘘をついてでも、それを支えるだけだ。
それがツンちゃんの背中を押すこともできない弱虫で嘘つきな私のできる、唯一の手助けだ。
私がツンちゃんのたった一人の友だちじゃなくなるのだとしても、私はやらなきゃいけない。

……ああ、この綺麗な理由が最初から、出てくればよかったのに。
やっぱり私は自分勝手なひどいやつだ。
ツンちゃんのように綺麗には、私はなれない。


('、`*川「いいのいいの! そんなこと言われたら、私なんてどうなの?
     好きになってはフラれの、悲しい無限ループよ。
     好きになった人だけで、山ができるわ。誰も彼氏になってくれなかったけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「……もう、」

('、`*川「で、西川くんはどうなの? かっこいいんでしょ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「かっこいいって言うよりは……えっと、やさしそうっていう感じ?」


ツンちゃんは、口ごもりながらも西川くんとやらについて話してくれる。
今は似ているだけでも、ツンちゃんが西川くんのことを気にしているのは本当だ。
このまま何の邪魔もなければ、ツンちゃんはきっと彼に恋をする。

68 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:50:09 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「西川くん、ご飯いっぱい食べるの。
      男の子って、あんなにいっぱい食べるんだね。知らなかった」

('、`*川「んー、どうなんだろうね……なんであんなに食べるんだろうとは思うけど」

ξ*゚⊿゚)ξ「不思議よね~」


西川くんについて話すツンちゃんの顔には、さっきまでみたいな泣きそうな気配はない。
少しだけ気になる相手を話す、当たり前の表情。
その口元には笑顔がもどってきていて、それだけで嬉しくなる。

こうやって笑って、男の子の話をしていると、ツンちゃんは普通の女の子みたいだ。
勇者様でも、お姫様でもない、ごくごく普通の。私もまだ知らないツンちゃんの顔。

69 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:51:25 ID:f7zg8F5c0


私は、ツンちゃんのことをずっと勇者様や、お姫様だと思ってきた。
だけど、本当はそうじゃないのかもしれない。
ツンちゃんは特別なところのない普通の女の子で、私はその友だち。

私はツンちゃんと、ずっとこんなふうに話がしたかったのかもしれない。
ごくごく普通の。こんな当たり前のやり取りを、ツンちゃんとしたくて。
それでこんなふうに、ややこしい遠回りをしてしまった。


……なんだ、答えはこんなに簡単だったのか。

70 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:52:37 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「よしっ、今日はお祝いよ!
     じゃんじゃん奢ってあげるから、もっと注文しちゃって!」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんなこと言っても、食べられない」

('、`*川「夕飯ぬいたらいけるいける!
     ツンちゃん、せっかくだし今日は水じゃなくてお抹茶とか行ってみない? それから、こっちの葛切りと……」


普通の女の子のツンちゃんと、当たり前のことを普通に話すのは、こんなにも楽しい。
あれから9年もたった、来年になればもう10年になる。
過去の冒険を遠い思い出にしても、誰にも責める権利はない。


ツンちゃんが早く心の整理をつけて、あの腕輪を外してくれればいいのに。
――そんな、イジワルなことを考えた。

71 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:54:37 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──



('、`;川「食べすぎた……」

ξ;゚⊿゚)ξ「そりゃあ、あれだけ食べればね……」


店を出たときには、空はすっかりオレンジの色に染まっていた。
夏の日暮れは遅いから、たぶんもう結構な時間になっているのだろう。


(-、-;川「いいのよ、たまには」

ξ゚⊿゚)ξ「ぜんぜん、いいのよって顔してないわよ」

('、`;川「後悔するときくらいあるわ、にんげんだもの」


あれからはしゃいだ私は、デザートの追加を三皿した。うち一皿はかき氷だった。
水分のとりすぎで重たい胃を抱えて、私はよろよろと歩く。
飲み物と、軽めのデザートしか頼まなかったツンちゃんはといえば、余裕の表情だ。

72 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 22:57:42 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「このあとどうする? ペニちゃんもう、食べたり飲んだりは無理よね」

('、`*川「これ以上食べたら、死ぬ……」

ξ゚⊿゚)ξ「今日はそろそろ帰る? もう、いい時間だし」

('、`;川「名残惜しいけど、そうなるわね……」


駅といろんな店のあるメインストリートは反対方面だ。
この先を決めるなら、そろそろ急がないといけない。


('、`*川「ほんとはもう少し遊びたいんだけど、今日はこのくらいにしよっか」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね。次はいつにする?」

('、`*川「また近いうちに、遊びたいよね」

73 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:00:18 ID:f7zg8F5c0


私は駅の方へと、道を変える。
ツンちゃんも私につづいて、足を踏み出そうとして――、


ξ;゚⊿゚)ξ「わっ!」


ツンちゃんの体が、ぐらりと揺れる。
何かに足を取られたように、体勢を大きく崩して――、


⊂('、`;川「ツンちゃんっ!」

ξ;>⊿<)ξ


.

74 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:01:00 ID:f7zg8F5c0


その瞬間、私は腕を伸ばしていた。
とっさに伸ばした腕が、ツンちゃんの手をなんとか掴む。
下に引っ張られる力に逆らって、思いっきり力を込めてツンちゃんをひっぱった。


ξ;゚⊿゚)ξ「びっくりしたぁ……」

⊂(゚、゚;川「……」

ξ;゚⊿゚)ξ「どうしたの?」


ツンちゃんの声が聞こえた頃には、私の心臓はバクバクと大きな音をたてていた。
体がガクガクと震える。
ツンちゃんは倒れず、目の前に立っている。

75 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:02:35 ID:f7zg8F5c0


⊂(゚、゚;川「……」


そこにちゃんと、ツンちゃんは居る。
いて、くれた。
当たり前のように、そこにいてくれる。


⊂('、`;川「ううん。なんでもない……」


心臓の音は止まらない。
気づけば額から、ぬるい汗がこぼれていた。


ξ゚⊿゚)ξ「顔、真っ青よ」

⊂('、`;川「だいじょうぶ、……びっくりした、だけ」

.

76 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:03:04 ID:f7zg8F5c0


掴んだままの、ツンちゃんの手を強く握る。
少しだけ冷たくて、でも暖かいその手はたしかにここにある。

そっと、手を放す。
それでもツンちゃんはまだそこにいて、それで何とか息をつけた。


('、`*川「……せっかくだし、もうちょっと遊んでいかない?」

ξ;゚⊿゚)ξ「本当に、大丈夫?」


声を上げる。
その声に、ツンちゃんは当たり前のように答えてくれる。
まったく普通のいつもの光景。ただ、私の心臓だけが早い音をたてて騒ぎ続けている。

77 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:04:39 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「大丈夫。よく考えたら、もうちょっと残ってもいいかなって。
     帰り家まで送ってあげるから、いいでしょ?」

ξ゚~゚)ξ「あたしは別にいいけど……」


もう少しツンちゃんと、話していたかった。
そうしていないと、ツンちゃんが消えてしまうような気がした。
止まらない心臓の鼓動を抑えて、私は勢いのままに言葉を続ける。


('ー`*川「よしっ、だったら決まり!
      せっかくだし、例の西川くんの話もっと聞かせてよ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「いいけど、急にどうしたの?」

⊂('ー`*川「いいから、行こ? 場所は……とりあえず、カラオケでいい?
       ファミレスとかでもいいわよ。お腹はいっぱいなんだけど、まぁいけるでしょ」


口早に告げた私は、なんとか笑顔を作ってツンちゃんに手を差し出す。
どうか手を取ってくれますように。
心の中はその言葉でいっぱいだ。

動揺を隠しながら、私はツンちゃんの言葉を待つ。


.

78 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:05:52 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「ペニちゃんは、たまに強引よね」


呆れたように応えながら、ツンちゃんは白い手を伸ばす。
木のような石のような不思議な感触の腕輪が、その動きにあわせて揺れる。


ξ*^ー^)ξ「いいわ、行きましょう?」

('、`*川「うん」


私の手に、ツンちゃんの手が重なる。
少しだけ冷たくて暖かい手。その感触は、たしかにそこにあった。


なんでもないその感触が、むしょうに嬉しかった。


.

79 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:07:16 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──



ξ゚⊿゚)ξ「私、カラオケがいいかな」

('、`*川「このあたりだと、どこにあったっけ?」

ξ゚⊿゚)ξ「ブンツンドーなら割引きくわよ」

('、`*川「じゃあ、そこで!」


なんでもない話をしながら、街を歩く。
世界はオレンジ色で、いつもと違う別の世界みたいに見える。
ツンちゃんがいなくなったあの日も、こんな空の色をしていた。


ξ*^ー^)ξ「こっちこっち!」


夕焼けの方に向かって、一歩先を行くツンちゃん。
その体からは長い影が伸びている。

.

80 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:13:08 ID:f7zg8F5c0


('、`*川「……」


長い影法師。
なんでもないその影が、――ぶるりと、震えた。
見間違いじゃない。見間違えなんかのはずがない。


('、` 川「……絶対に、許さないから」


ふつうのぼんやりとした影よりも、黒く見える影。
見ていると背中がゾクリとするような、変な感じのするツンちゃんの影。
ツンちゃんを追いかけながら、私は力を込めてそれを思いっきり踏みつけた。


.

81 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:13:42 ID:f7zg8F5c0


( 、 ;川「……っ」


何かを訴えるような、叫ぶような、怒るような、泣くような声が、頭に響く。
その声は今日、店で何度も聞いた気がしたような、あるはずのない声と似ている。

背中がぞくぞくするような、全身が冷えるような不快感。
それに耐えながらも、何度も何度も足に体重をかけて、ツンちゃんの影を踏む。

82 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:14:35 ID:f7zg8F5c0



ξ゚⊿゚)ξ「ええと、道はあっちだから……」


ツンちゃんは気づかない。
気付かないで前だけを見ている。
このまま気づかないで、笑っていてくれればいいのに――そんなことを、思う。


地面を――影を、何度も何度も、踏みつける。
心のなかで私は、声を上げる。



( д #川(いらない。アンタたちはいらない!)




それは誰にも、ツンちゃんにも言えない、言葉だった。



.

83 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:15:05 ID:f7zg8F5c0
── ──‐‐‐─ ‐ ‐‐──   ────  ───‐‐─────   ‐‐‐‐─ ‐ ‐‐──




――気づいたのは、つい最近だ。


話している途中のツンちゃんの足元が、揺れた気がした。
地面がじゃない、ツンちゃんが動いているわけでもない。
ツンちゃんの影だけが、動いた。


('、`*川「……?」


はじめは、気のせいかと思った。
そうでないなら、雲か光かなにかの加減。
だけど、そうじゃなかった。

84 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:16:50 ID:f7zg8F5c0


('、` 川「あんなに、黒かったっけ?」


いつからか並んで立つ、ツンちゃんの影が黒く見えるようになった。
ツンちゃんの影だけ。
私の影も、他の人の影も普通なのに、ツンちゃんの影だけがやけに黒い。


ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

('、`;川「目が悪くなったのかな、なんか変な風に見えて?」

ξ゚⊿゚)ξ「……そう?」


.

85 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:17:57 ID:f7zg8F5c0

次に、変な声が聴こえるようになった。
はじめはどこか遠くで、誰かが話しているのかと思った。
だけどそれが、ちゃんとした言葉じゃなくて。耳から聞こえているのでもないことに、私は気づいた。


('、`;川「――あれ?」

ξ*゚ー゚)ξ「いい曲でしょ、これ! もう最高で!」

('、`;川「ちょっと音量が小さいのかな? へんな雑音が……」

ξ゚~゚)ξ「うーん。あたしは、聞こえないけど……」


ヘッドホンから流れる音楽に紛れて聞こえてきた、変な声。
その声は自宅で借りたCDを聴き返したときには、消えていた。

86 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:18:32 ID:f7zg8F5c0


変なことは、重なる。
ツンちゃんが何かに呼ばれたように、どこかを見ていることが増えた。
それは決まって、あの変な声が聞こえたときだった。


('、`*川「ツンちゃん?」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、今。誰かが、私に話しかけなかった?」

('、`*川「音は聞こえたような気はするけど、呼んでたって?」


ξ;゚⊿゚)ξ「えっと、はっきりと聞こえたわけじゃないけど――こっちへ、来てって」


その時、はじめて怖いと思った。
あのよくわからない声が、ツンちゃんにも聞こえるようになっている。
それから、気づいた。


.

87 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:19:48 ID:f7zg8F5c0


('、`iii川「……」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと、顔真っ青じゃない。大丈夫!?」


あの変な声が聞こえるのは、ツンちゃんと会ってるときだけだ。
影が妙に黒く見えるのも、ツンちゃんだけ。
全部が、全部。ツンちゃんの周りでだけ、起こっている。


('、` 川「ツンちゃん。何かあったら、絶対に私に教えて」

ξ゚⊿゚)ξ「どうしたのよ、急に?」

( 、 川「お願い。絶対に!」

ξ;゚⊿゚)ξ「……」


ξ゚ー゚)ξ「ペニちゃんが言うならいいよ。教える。
      ペニちゃんは、私の大切な親友だもの」


ツンちゃんは、笑って言ってくれた。
だから、その時はそれでいいと思った。

88 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:20:51 ID:f7zg8F5c0


('、` 川「なんで」


――だけど、全然ダメだった。


('、`;川「……どうして!!」


異変は止まなかった。
ツンちゃんの影が動いて見えることが、増えるようになった。
あの変な声は、とうとうその感情らしきものさえもわかるようになっていた。

89 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:23:25 ID:f7zg8F5c0


ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

('、`*川「……なんか、変な声が聞こえた気がして」

ξ;゚⊿゚)ξ「なにそれ、怖いんだけど……」


怒っているみたいな声がする。恨みと、憎しみ……? 絶対に、お前だけは許さないと言いたそうな声。
祈るような声がする。言葉は聞こえなくても、何かを心配して案じるような。優しい、声。
声がする。愛おしくて、愛おしすぎて、切なくて、苦しくて、おかしくなりそうな声。
切ない。会いたい。欲しい。壊したい。殺したい。どうか幸福で。閉じ込めたい。好きだ。愛している。

声が聴こえる。
声が……いや、違う。いくつもの思いを感じる。
一人じゃない。たくさんの、たくさんの声――それはきっと、ツンちゃんだけに向けられている。

90 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:24:15 ID:f7zg8F5c0


ツンちゃんにもはっきりとした、異変が起こった。


ξ゚⊿゚)ξ「……なんだろう。最近、なかなか寝れなくて」

('、`;川「大丈夫なの、それ?」

ξ;-⊿-)ξ「なんか、呼ばれてるーって感じがしてすぐに起きちゃうのよね」


ツンちゃんにも、声は届いていた。
もっとはっきりと、ちゃんとした言葉として。あの沢山の、おかしくなりそうな想いたちが……ツンちゃんへと向かって。

.

91 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:25:07 ID:f7zg8F5c0




そして、今日。


それは、起こった。



.

92 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:26:04 ID:f7zg8F5c0


ξ;゚⊿゚)ξ「わっ!」


あのとき。
店を出て歩いて、ツンちゃんが転びかけたとき。
ツンちゃんは何かに足を取られたように、ガクンと体勢を崩した。


.

93 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:26:31 ID:f7zg8F5c0


ξ;>⊿<)ξ


その時、私だけは――見た。
ツンちゃんの足元の黒い、黒い影。それが、手のように伸びて、ツンちゃんの足に絡みついたのを。

.

94 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:27:10 ID:f7zg8F5c0


⊂('、`;川「ツンちゃんっ!」

ξ;>⊿<)ξ


とっさに体が動いていた。
手を伸ばして、ツンちゃんの体を引っ張る。
夢中だった。必死だった。


ツンちゃんを連れていかないで。……頭の中は、それだけだった。

.

95 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:28:18 ID:f7zg8F5c0


夢中で引っ張って、それでツンちゃんの体の動きは止まった。
影から伸びた黒い手は、いつの間にか消えていた。


ξ;゚⊿゚)ξ「びっくりしたぁ……」

⊂(゚、゚;川「……」

ξ;゚⊿゚)ξ「どうしたの?」


ツンちゃんは、気づかなかった。
黒い手にも、自分がどうなろうとしていたのかも。

それでようやく、私は何が起こっているのか気づいた。
考えてみれば、答えは一つしかなかった。

.

96 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:28:50 ID:f7zg8F5c0



ずっと聞こえていたあの声、あれはあちら側から届く声なのだ。



そして、あの影。
やけに黒く見えたツンちゃんの影、――そこから伸びた、黒い手。
あれは、



――あれは、あちらの世界の何かが、ツンちゃんを連れ戻そうとしたのだ。


.

97 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:30:03 ID:f7zg8F5c0


         ξ*゚⊿゚)ξ「その、ね。気になる人が、できたの」


         ξ゚⊿゚)ξ「私ね、もう諦めることにしたの」


         ξ-⊿-)ξ「今でも、あっちのことは大切だけど。でもね、もうおしまいにするの」



今に、なって。
ずっと苦しい思いをしてきたツンちゃんが、自分の心にフタをして、やっと心の整理をつけはじめようとした、今になって。
新しい恋はまだできていないけど、それでも大人になって。これから、やっとこれから。
みんなの勇者でも、クラスのお姫様でもなくて、ツンちゃんは、普通のツンちゃんとして、やっと幸せになろうとしたのに。

98 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:36:30 ID:f7zg8F5c0



('、`#川「絶対に、アンタたちだけは許さない」


私はあちら側の話が嫌いだ。
それだけじゃない。あちら側の人間も大嫌いだ。
ブーンも、ドクオも、クーも。王子様も、王様も、お姫様も、大神官も、魔王も――神様も。

ツンちゃんを勝手に不幸にして、救われて。
なのに、ツンちゃんが一番苦しいときには何もしない。
声さえもかけやしない。
それなのに、いつもツンちゃんの心の真ん中にいて。なによりも大切にされている。


('、`#川「許さないんだから」


ツンちゃんは、あんなにもあちら側を想っていたのに……。
それが、すべてを諦めて、ようやく進もうとした今になって、都合よく現れるのが許せない。

99 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:36:54 ID:f7zg8F5c0


勝手だと思った。
私もひどいやつだけど、それ以上にあいつらは理不尽で、勝手で、ひどい。
あいつらはツンちゃんを何だと思っているのだろう。



愛しいという思いがあった。大切だという思いがあった。
欲しいという思いも――憎くて憎くて、絶対に殺してやるという呪いもあった。



――あいつらは、いつか絶対にツンちゃんを食い尽くす。


.

100 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:38:33 ID:f7zg8F5c0


物語はどうやったら終わるのだろう。
異世界から現れた勇者が、世界を救ってめでたしめでたし。
それで幸せ。ハッピーエンドで終わるというのなら、そこから先はもう何もないはずだ。


物語は終わった、はずだった。
ツンちゃんがこちら側にもどってきた時点で、すべてが幸せに「めでたし、めでたし」で終わるはずだった。
なのに、ツンちゃんの物語は中途半端に続いてしまった。


物語がまだおわっていないとしたら、この話はいつまで続くのだろう。
もし、これからも話が続くのならば――あの、黒い手はいつか、ツンちゃんをあちら側に連れ戻す。


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101 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:39:13 ID:f7zg8F5c0


('、`#川「絶対に、ゆるさない」


私は、きっと物語の脇役だ。
物語の主役、キレイなツンちゃんにはどうやったって届かない、いてもいなくても変わらない脇役。


脇役の私には、物語の終わらせ方はわからない。
だけど――、それでも――、


ξ゚⊿゚)ξ「ペニちゃーん、どうしたの?」

('、`*川「なんでもない! 早く、行こう!」


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102 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:40:08 ID:f7zg8F5c0


私は何度だって、ツンちゃんを引き戻す。
相手が誰だって、たとえ何を犠牲にしたって、絶対にやめてやらない。

ツンちゃんは普通の女の子だ。
勇者でもお姫様でもない、私の大切な友だちだ。
私は自分勝手な最低なやつだけど、それでも友だちが泣くのはイヤだ。

だから、



       ξ* ⊿ )ξつと( 、 *川



まだ小さかったあの日。
いじめられていた私に、ツンちゃんがそうしたように。



私は、何度だってツンちゃんに手を伸ばし続けるのだろう。

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103 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:40:30 ID:f7zg8F5c0






物語が本当に終わる、その時まで――。





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104 名前: ◆4PbhmcDoVc 投稿日:2017/08/25(金) 23:41:02 ID:f7zg8F5c0



ξ゚⊿゚)ξ物語の終わりかたのようです








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