从'ー'从線香花火は甘口なようです
- 1 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:19:26 ID:ZJZaYyds0
ブーン系小説2017―夏の陣―参加作品
从'ー'从線香花火は甘口なようです
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- 2 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:21:08 ID:ZJZaYyds0
数年ぶりに盆休みに実家に帰ったのは、去年に亡くなった祖母の墓参りをするためだった。
日帰りにするつもりだったが、一泊くらいしていけと両親に押し切られ、せっかくなので甘えることにした。
( -ゞ)
諸々の用を済ませ、かつての自分の部屋の畳に寝転がっていると、網戸から風が通り抜ける。
日はすでに傾きかけており、空気は相変わらずの冷房いらずで、都会の風に比べて格段に涼しい。ぼうっと見やれば、教科書やらがそのままにされた勉強机が目に入る。
「あんたが持ってったもん以外はそのままだから」と言われてはいたが、見事にその通りで、前回帰った時の記憶と間違い探しができそうなほどだ。
もしかしたら、ちりんと鳴る風鈴さえそのままなのかもしれない。
ちりちり。
地味な音色はいつかの縁日で買ったものだったか。
ちりちり、その音はひきがねのように、幼い頃の記憶をひきもどす。
不意に起き上がり――僕は、これもやはり昔のままであろう――押し入れを開いた。
ちりちり――から、ころ。
カラフルな文字のプリントが踊る中に、一言だけプリントされた袋がひとつ、そこにあった。
――『線香花火』。
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- 3 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:21:54 ID:ZJZaYyds0
僕には幼い頃、夏の間にしか会えないひとりの友達がいた。
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- 4 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:23:46 ID:ZJZaYyds0
「ね、その"ちりぎく"ひとつ、ちょうだいな」
その時僕は、なぜか一人で、実家の庭に立ち線香花火をしていた。
チャッカマンならひとりでつけられる、なんて言ってたくらいの年齢だったんだろう。普段なら家にいなさいと言われる、夜になるかならないくらいの、赤と青が混じった、紫色の空の時間。
从'ー'从「ね、ちょうだいな」
大きなアサガオの柄をつけた、紫色の浴衣を着た、おかっぱで、髪の一部分を頭の横で結んだ女の子が、いつのまにかそこにいて、からころ下駄を鳴らして歩いてきた。
今まで見たこともない子だし、入れた覚えがないのに突然いたから、僕は大声をあげそうになったけれど……、そこで思い出したんだ。
――線香花火をするときに、『ちりぎくひとぉつちょうだいな』、と言われたら、はいどうぞ、と分けてあげるんだよ。
祖母――この時はまだまだ元気だった――の言葉だ。
――ここらへんの、こびとさんはねぇ、"ちりぎく"がだぁい好きなんだ。
――ちりぎく、ってなあに?
――それはねぇ……
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- 5 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:24:36 ID:ZJZaYyds0
( ・ゞ)「はい、どうぞ!」
从'ー'从「あっ、だめだめ!」
僕は頼まれるまま、持っていた線香花火をそのまま差し出そうとして制止されてしまい、思わず固まった。
从'ー'从「ちがうの、その花火は下にむけないんだよー」
( ・ゞ)「上、向けたらあぶないって」
从'ー'从「こーーのくらい!」
女の子は、庭に生えた低めの木のひとつを指さす格好で、片腕をぴしっと伸ばした。
この腕の角度くらい、ということらしい。
( ・ゞ)「よっ、とっ……」
从'ー'从「そーそー、ゆー…っくり!」
( ・ゞ)「こーー…のくらいっ?」
从*^ー^从「そう、じょうず!」
( *・ゞ)「へへ……!」
ぱちぱちと手を叩いて喜んでくれた。僕と変わらないくらいの背丈なのに、なんだかお姉さんのようだ。
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- 6 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:25:51 ID:ZJZaYyds0
从*'ー'从「こうすると、ながーく花火がついてるんだよ〜」
そういう女の子のほうが、花火を持っている僕よりも嬉しそうで、楽しそうだった。
ぱちぱち、まだまだ元気に、水がはねてるみたいに小さな火花がはじけている、僕の花火。
その火の玉をいっしんに見つめて、目が火と同じ色にきらきらしている。今さらだけど、火は怖くないらしい。どころか、多分、とても好きなんだろう。
――"ちりぎく"が、だぁい好きなんだ。
从*'ー'从「ながーくついたらついてるほど、"ちりぎく"が、あまーくなってね」
从*'ー'从「どんどん、どんどん、火花のぱちぱちが無くなっていって.……」
その言葉のとおりに、火花が風にながされて、最初の勢いをなくしていき、音、火の玉も、少しずつ小さくなっていく。
確かに、今まででいちばん長く火がついていたけれど、それでも、もうおしまいかぁという残念な気持ちの方が強かった。
なのに、女の子は逆だった。火が消えていけば消えていくほど、目の輝きが、むしろ……増えているようにさえ見えて。
にこにこ笑っている口の端がずっと上がって、そのくちびるも光っているような気がして――。
( ・ゞ)「えっ、あぶないよ!」
今度は僕が、驚きつつ制止する番だった。
だって、女の子はあろうことか、花火の真下、今にも落ちようとする火の玉の先に、小さな手のひらを伸ばしたのだ。
僕が言っても野球のボールを包むような手の形を崩さないまま、やっぱり女の子は笑って返した。
从*^ー^从「だって、ボクにくれるっていったでしょ?」
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- 7 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:27:36 ID:ZJZaYyds0
――"ちりぎく"っていうのはねぇ、線香花火の棒から落っこちる時の火の玉のことさ。
――火の玉に、名前があるの?
――そうさ。落っこちる時だけ、"ちりぎく"って呼ぶんだよ。
――こびとさんは、それをどうやってもらうの? ぼく、こびとさんに会えるかなぁ。
――あぁ、信じていればきっと会えるともさ。
もし会えて、こびとさんが"ちりぎく"を頂くところを、おまえが見たら……
――みたら?
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- 8 名前: ◆znvwArexpA[sage] 投稿日:2017/08/26(土) 22:30:11 ID:ZJZaYyds0
从*^ー^从「キミのおかげで、すっごくよくできた。ありがとうね」
ちりぎく……"散り菊"は、地面に落ちることなく、女の子の手のなかに包まれて、ホタルのように赤と黄色に光っている。
从*- -从「それじゃぁ――いただきます」
女の子が両手を少しだけ開いた。お碗を傾けるようにして、そこに顔をそうっと、近づけて。
『見たら、ちょぉっとばかし、びっくりするかもしれないねえ』
一息に――その火を、飲みくだした。
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- 9 名前: ◆znvwArexpA[sage] 投稿日:2017/08/26(土) 22:31:21 ID:ZJZaYyds0
( "ゞ)「それじゃあどうも。ありがとうございました」
(゜д゜@「そしたらうちの旦那ったら……あらやだもうこんな時間! ありがとうね~また来てちょうだいね、おまけしとくからねぇ」
適当な雑貨屋で、僕は線香花火を買ってきた。さすがに押入れの中のものは湿気てて使えないだろう。
買う時に「あらやだ、関さんの息子さん? 帰ってきてたのあらやだ」なんて話しかけられたので、ほどほどに切り上げたりはしたが、実家に着く頃には、日がもう落ち始めていた。
…もうすぐ、初めて会った時と同じ頃だ。
一人縁側に座り、狭くなった気がする庭を見つめる。この、雑草と石が所々に転がった庭に立って、確かに会ったのだ。
あの時。まさか火を飲むなんて想像もしていなかったので、驚くを通り越して呆然とした記憶がある。
だが、怖いとは思っていなかった。火を頂く時の振る舞いは、うやうやしく、子供心に、とても綺麗だと感じたからだ。
口から喉を火が通って、それが白い皮膚の外から赤い光を透けて見えたことも覚えている。
ようは、祖母のいう『こびとさん』とは、そういうものなのだ。
夏の夜に、線香花火の散り菊を、分けてもらいに現れるひと。
その時にしか会えない少女と、幼い頃の僕は、それから友達になった。
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- 10 名前: ◆znvwArexpA[sage] 投稿日:2017/08/26(土) 22:33:01 ID:ZJZaYyds0
( ・ゞ)「え、じゃあ"ちりぎく"全然食べられないの?」
从'ー'从「そうだよ~。キミみたく、ボクのことをちゃんと教えてもらえて、
しかも信じてくれる人って、そんなに居ないからね」
( ・ゞ)「すっごいおなか減んない? 僕、もっと花火つける?」
从'ー'从「嬉しいけどだめだめ、同じ子からは一日にひとつしかもらっちゃだめなの。
それに、"ちりぎく"はご飯とちがって、食べなくても平気なんだ~」
こんな具合に、僕は数日おきに線香花火をつけて、女の子と話をしていた。
数日おきなのは、友だちと遊んでいる時に会うことはできなかったからだ。そもそもみんな、線香花火よりももっと光ったり、長持ちする花火が好きだったし、女の子のことを話しても、
「そんな子いるわけないよー」
「せーちゃん、へんなこと言うなあ」
と、まともに取り合われはしなかった。
家族に話しても似たような反応で、ときどき夜に見えない何かと話す僕のことは、祖母がうまいこと誤魔化してくれていたらしい。
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- 11 名前: ◆znvwArexpA[sage] 投稿日:2017/08/26(土) 22:33:38 ID:ZJZaYyds0
从'ー'从「ご褒美のお菓子とか、縁日の綿あめみたいなものかなー。
甘くて、とくべつで、でも、すぐ消えちゃう」
( ・ゞ)「ねえ、僕もたべていいの?」
从*'ー'从「子供は食べちゃだめだめー」
( *`ゞ)「おまえもこどもじゃん!」
从*'ー'从「ボクは子供じゃないもーん。まぁ、人が食べたら普通にやけどするよ~」
( ´ゞ)「はぁ……だよなぁ…」
从*'ー'从「す~っごい甘いよ~おいしいよ~」
( ・ゞ)「ぐぬぬ」
从*- -从「――ほぉら、今日もおいしそうにできてる。…上手だなぁ、キミは」
ささやくような声がしたと思うと、それは手のひらの上に、ころんとつぼみのように転がって、時々ぱちん、ぱちんと音を立てた。
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- 12 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:34:35 ID:ZJZaYyds0
从*^ー^从「あ~、おーいーしーかった~! 今日もごちそうさまでしたー!」
満足そうに帰っていくからころ音に声をかけようとすれば、もうどこにも浴衣姿は見えなくなっている。
そのくりかえし。最初よりずっと長く花火を保たせられるようになっても、この時間は遊ぶには短すぎる。
( ;ゞ)
それが淋しいと祖母に泣きついたときは、祖母は「それでいいのさ」と、それだけを言って、泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた。
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- 13 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:35:56 ID:ZJZaYyds0
松葉。火は眩しく燃え上がり、その名と同じ形に弾けて黒い瞳と夜を照らす。
自分の部屋ができ、勉強机と椅子はどんどん高くなり、椅子の背にランドセルをかける残りの回数は、折り返しをとっくに過ぎた。
僕は部屋から通じる縁側に座って、いつものように花火をつけていた、その時だった。
从'ー'从「そろそろ……かなぁ」
( "ゞ)「そろそろって、何がさ」
从'ー'从「ん~、キミに、ボクが見えなくなる頃だよ」
( "ゞ)「え………、は?」
从'ー'从「ほらほら角度下げな~い。だから、ボクが見えなくなるんだってば」
そう言われても、それだけで分かると思っているのだろうか。いつものまったりとした口調のままだから余計に分かりづらい。
从'ー'从「キミ、おばーちゃんに言われたこと忘れてるでしょ~。
まぁしょうがないっていうか、今のキミに意識してろとか、無理な話だけどもさ」
从'ー'从「『ボクは、ボクを信じている人にしか見えない』。そう教えられなかった?」
( "ゞ)「……言われた…けど、これだけ話しといていきなり信じないとかないだろ」
从'ー'从「うん、キミが今のままなら、信じていられると思う。でも、キミの友達はボクを信じない」
从'ー'从「これからキミの友達が増えれば、
キミはボクを信じない友達と一緒に居る時間が、今よりもっと長くなる」
――だから、女の子に会ったんだって!
――せーちゃん、へんなこと言うなあ。
柳。火花が風になびいて、長くのびる。
从'ー'从「そうするとキミは、友達に合わせて、『ボクを信じない』時間をより長くしなくちゃならない」
从'ー'从「ボクらと違って、人は人にどうしても影響される。
だから、本当のことよりも『ボクを信じない』嘘の方が、やがて勝っちゃう」
从'ー'从「――そしたら、ボクはキミの前から消えて、キミはボクのことを忘れていく。そういう仕組み」
―ちり菊。火花は花びらになって、火の玉とともに光線を残して落ちてゆく。
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- 14 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:36:45 ID:ZJZaYyds0
手の力が抜ける。
火の消えた花火が僕から離れて、音もなく土の上に落ちた。
( "ゞ)「…………じゃあ。卒業、して。中学生に、なったら、そしたら」
从'ー'从「うん、間違いなくボクは消えるでしょうね。
…勘違いしないでほしいのは、ボクは見えなくるだけでちゃんと居るし、
何より、キミは何にも悪くないってこと」
細い指のすきまから、とらわれた光のかけらがこぼれ落ちる。
思わず自分の手を見た。ずいぶん、ごつごつと大きくなって見えた。
从'ー'从「人と人じゃないもの同士は、必要以上に関わりあっちゃいけないのがルールだ。
なぜなら、そうしないと互いに生きていけないから。
キミらはボクらに生活ダメにされちゃうし、ボクらよりずっと早く死ぬ人間をボクらは頼れない」
( "ゞ)「……なあ、食わないのか、それ」
喋る間にも手の中の光が、どんどん弱くなっている。今にも消えそうにちか、ちか、と光る。
从'ー'从「……そして、ボクはキミの人生を、狂わせるのを望まない。だから――」
光が消えかけたところで、彼女はようやく手のひらから口の中へと、散った花を流し込んだ。
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- 15 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:37:28 ID:ZJZaYyds0
从* ー 从「いただきます――ごちそうさま。
……あぁ、今まででいちばん、美味しかった。ありがとう」
( "ゞ)「っ、――――…!」
風が吹いて、笑ったままの口元の、目元だけがよく見えず。
口を開いて、彼女を呼び止めようとした……、ところで、
( "ゞ)「――名前、………聞いて…ない、だろ……」
―そんなものが必要だったことに、僕はその時、出会ってはじめて気がついた。
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- 16 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:38:26 ID:ZJZaYyds0
………気がつくと、虫の声がせわしない。
( "ゞ)「…………頭いた……」
どっと押し寄せてきた記憶に、頭がくらくらとする。
忘れがたいほど鮮烈で、楽しさも苦さも、間違いなく大事な思い出だった。というのに、思い出したからこそ、よくわかるのは。今まで、本当に彼女の言ったとおり、ほとんど全てを『忘れてしまっていた』ということだった。
中学に上がった夏の頃には、もう一人で線香花火をすることなどなくなり、すっかり彼女は見えなくなってしまっていた。
――あの子は元気かい。
これは、いつの会話だったか。祖母が唐突に、そう問うてきたことがあった。
――え、誰のこと?
――それでいい。
祖母も……もしかしたら、彼女と出会ったことがあったのかもしれない。そして、僕と同じように、別れたのかもしれない。…もっとも、真相はもう聞けない。僕がここで思い出したことを、語れる相手は誰もいない。
……誰もいない? 本当にそうだろうか。
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- 17 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:39:08 ID:ZJZaYyds0
手を動かすと、がさりと袋の音がした。線香花火。きっちりライターまで買ってある。
日はほとんど沈みかけ、山の縁に赤みを残している。あの時と同じ、紫色の空。
―今ならば。思い出した今ならば、もしかすればと思った。
明日になれば家に戻り、仕事に行き、人と関わり、以前と変わりない日々を過ごす。そうすれば、また彼女のことを忘れて生きていくのかもしれない。
けれど、日常と日常の間にぽっかりと空いた、この隙間のような時間ならば。
あの少女を信じていても、何の咎めもない。
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- 18 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:39:35 ID:ZJZaYyds0
この、人と妖の生きる時間のあわいに。
『信じない』という本当を、今だけは嘘にしよう。
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- 19 名前: ◆znvwArexpA 投稿日:2017/08/26(土) 22:40:12 ID:ZJZaYyds0
从 ー 从「――やっほー、久しぶり」
从'ー'从線香花火は甘口なようです/終
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