- 2 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 21:09:46 ID:W9hMhZsU0
- 転校の挨拶なんてなんで必要なんだろう。
そんな形式ばったものは省略して、
すんなりと教室に入れてくれてもいいのに――と、間際になってデレは思う。
ζ(゚ー゚;ζ「うわあ、手の平の汗が凄い」
この薄いドア一枚挟んだ向こう側には、この先苦楽を共にする仲間たちが待っている。
馴染めるだろうか、うまく付き合えるだろうか。
無視されたりしないだろうか。
そう考えると期待と不安が渦巻いて、時間が経つほどにひたすらに緊張が肥大化していくのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「……いけない。いきなりネガティヴはいけないよね。まだ実際に会ってもないのに……。
ええと、まずは、笑顔で……はきはきと……爽やかな声で……印象よく……」
「えーそれでは、鈴院デレさん、どうぞ入室してきてください」
ζ(゚ー゚;ζ「あっ、ひゃ、ひゃいっ!」
いきなり声が上ずる。この世の終わりかと思った。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 21:21:28 ID:W9hMhZsU0
- ドアを開けると、一斉に自分に視線が注がれるのを感じた。
ζ(゚ー゚;ζ(うわあ、見られてる見られてる……当たり前だけど)
注目の中デレはぎこちない歩き方で教卓の前へと向かい、そして。
ζ(゚ー゚;ζ(なんと恐ろしい光景……)
皆の前に立つ。相変わらず教室中の眼差しはデレの顔に集まっている。
俄然緊張感が増すが、何秒かすると、デレはむしろその視線の数々に安心を覚えた。
ζ(゚ー゚*ζ(関心持ってくれてる、ってことだもんね……)
その眼によくない感情は籠っていない。だからほっとできた。
冷たい視線だけは嫌だった。
一度息を整えて、デレは口を開く。
ζ(゚ー゚*ζ「ええと、鈴院デレです。
ν速県から家族のお仕事の都合でここVIP県に引っ越してきました。
右も左もわからないことだらけですけど、なにとぞよろしくお願いします」
それから軽く笑った。無難な挨拶だと思った。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 21:32:05 ID:W9hMhZsU0
- 拍手が上がる。
社交辞令的なものなのだろうが、やけに暖かみを帯びているように感じた。
(´・_ゝ・`)「まーそういうわけで、お前ら仲良くするんだぞ」
担任が念を押すように添える
ζ(゚ー゚;ζ(逆に恥ずかしいんですが)
(´・_ゝ・`)「んじゃ、デレさんは……えーと、あそこだな。
窓際の一番後ろの席。あそこ空いてるから今日から君の席ね」
ζ(゚ー゚*ζ「わかりました」
ああ、無事に終わった。
安堵して指示された席へと向かい、着席する。
もう周囲の注目は消えている。そのぐらいの扱いがちょうどいいようにデレは思う。
隣席は女子だった。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 21:44:50 ID:W9hMhZsU0
- 見るからに活発そうな少女だった。
端正で鋭角的な顔立ち。
やや釣り気味の目、細く尖った顎。口は大きいけれど唇は薄い。
その肌はほんのりと小麦色をしている。
顔が小さく、その代わりに首が少し長い。
制服のシャツのボタンを二つ外しているから、余計に長く見える。
茶褐色の髪は肩の辺りまででざっくりと切られていて、それが随分と似合っていた。
少女は右肘を机に置いたまま、半身になってこちらを向いた。
从 ゚∀从「おう、よろしくな」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、はい、よろしくお願いします」
从 ゚∀从「いやいやいや、同級生なんだからさ、そんなよそよそしい感じじゃなくていいって」
ζ(゚ー゚*ζ「あ……うん、ごめんごめん。まだちょっと緊張してて」
デレが照れ笑いを浮かべると、少女は眼を細める。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 21:55:26 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「緊張なんてするこたぁないぜ。
このクラスの奴はどうしようもないのが揃ってるから、気遣う必要なんて、なし、なし」
ζ(゚ー゚;ζ「どうしようもない、って……ひどい評価だね」
从 ゚∀从「いいんだよ事実だから。それより……デレだっけか? 名前」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
从 ゚∀从「アタシ、高岡ハインリッヒってんだ。覚えといて」
ζ(゚ー゚*ζ「高岡、さん」
从 ゚∀从「あーダメダメ、そういうの。むずむずしちゃう。背中とか首筋とかそのへんが。
アタシのこと高岡って呼ぶのなんて先生様一同ぐらいだぜ。
ハインって呼んでよ。皆からそう呼ばれてんだ。あ、あと『さん』付けもよしてくんないかな。
そういう感じで接されるの、なんか気恥かしくて顔赤くなっちまうからさ、アタシ」
ζ(゚ー゚*ζ「分かったよ、ハイン。改めてよろしくね」
从 ゚∀从「おう!」
そう言ってハインが笑いながら親指を立てる。つられてデレも親指の腹をハインに見せた。
自然と口元が綻び、心が弾んだ。
そして実感する。
いい席に座れたな、いい人に出会えたな――と。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:08:10 ID:W9hMhZsU0
- ( ^ω^)「――素晴らしい、素晴らしいお!
今まさに僕は友情の芽生えをこの耳でしかと聞き届けたお!」
ζ(゚ー゚;ζ「うわ、びっくりした!」
驚くのも無理はない。突然前の席の男子が威勢よく振り向いたのだから。
ζ(゚ー゚;ζ「なっ、なに?」
丸顔の男子はこちらを見てにやけた表情を浮かべている。
本来ならば不審に映りそうなものだが、
なにせそのにやけ面が人の良さそうな笑顔にしか見えないので、嫌な感じはしなかった。
从 ゚∀从「おいブーンてめー、いきなり後ろ向くんじゃねーよ! 心臓に悪いだろ」
( ^ω^)「だってあっという間に打ち解けて仲良くなっちゃってるんだもん……。
僕が話しかけるタイミングなんて今しかなかったんだお。分かれお」
从 ゚∀从「相変わらずめんどくさい性格してんなお前は。
要するにお前も転校生といちゃつきたいってことだろ? ん?
悪いけど友達一号の座はアタシのもんだから。な? デレ」
ζ(゚ー゚;ζ「わっ、わっ!?」
そこでハインはデレの肩を抱き寄せた。
なぜだか分からないが、頬が上気するのをデレは確かに覚えた。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:17:33 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「てかお前、あれか、あれだな。
下心か! 最低だなおい」
( ^ω^)「何をおっしゃいますやらハインさん。
僕はただ純粋に新しいクラスメイトとの親睦を深めたいんだお」
ブーン――と呼ばれた少年――は力説する。
( ^ω^)「僕たちがこのVIP県立高校に入学してはや半年近く!
九月! 二学期! 季節はまさに秋! 新たなシーズンの始まりを迎えているお!」
从 ゚∀从「まあまだ余裕で暑いけどな。衣替えもだいぶ先のことだから夏服だし」
襟を引っ張ってぱたぱたと前後に揺すり、ハインは少々汗ばんだ胸元に風を送る。
( ^ω^)「そういう風流に欠ける発言はやめるお。
とにかく今は分類上は秋。春が別れの季節なら秋は出会いの季節だお」
ζ(゚ー゚;ζ「え、そうなの?」
从 ゚∀从「聞いたことねーよ」
( ^ω^)「僕が独自に生み出した概念だお!」
从 ゚∀从「面倒くせぇなあ……」
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:26:42 ID:W9hMhZsU0
- ( ^ω^)「現にこうして新しい出会いがあったじゃないかお!
僕はこの機会を大事にしたい!」
从 ゚∀从「どうでもいいけど、一応ホームルーム中なんだから少しボリューム下げろよ」
そんなハインの忠告も無視して少年は熱弁をふるう。
( ^ω^)「ハイン、君は僕の入学当初より抱き続けてきた目標を忘れたのかお!
このクラスの全員と友好な関係を築き上げる! 人類トモダチ計画!」
从 ゚∀从「覚えてるけどよ、いい加減その胡散臭すぎるネーミングだけはなんとかしろって」
ζ(゚ー゚*ζ「はあ……要するにクラスみんなと仲良くするってこと?」
( ^ω^)「まさしく! それこそが僕がこの学級で健やかに過ごすための必須事項なんだお!」
言い切った少年の顔は、ひどく晴れやかだった。
ちょうどチャイムが鳴った。
担任が退室する前に何か話していたが、あまり記憶には残らなかった。
从 ゚∀从「……な? めんどくさいだろ?」
ハインが呆れたように視線を送ってくる。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:35:27 ID:W9hMhZsU0
- ζ(゚ー゚*ζ「ううん……でも、悪い人じゃなさそうだよね」
( ^ω^)「わかってくれたかお!」
ζ(゚ー゚;ζ(暑苦しいけど)
どうもこのブーンという少年は、人の顔に自分の顔を近づけて話すきらいがあるらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「ええと、ブーンくん、だっけ」
( ^ω^)「おっ? なんでその名前を」
从 ゚∀从「アタシが喋ってたからだよ。
会話の内容覚えてないのかよ。本当にイノシシだなお前」
( ^ω^)「高名なハインリッヒ女史からお褒めいただき誠に光栄ですお」
ζ(゚ー゚;ζ「一切称賛の要素なかったけどね」
気にするふうもなく、ブーンは咳払いをしてから言う。
( ^ω^)「ご紹介与りましたとおり、僕はブーンといいますお!
まあ本名は内藤ホライゾンなんだけどブーンのほうが呼ばれ慣れてるからそう呼んでお」
やはり人当たりのいい温順な笑顔だった。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:45:26 ID:W9hMhZsU0
- デレは少し嫉妬する。
無意識に他者から好感を得られる術を体得しているのだから、ずるい。
自分は自己紹介ひとつ行うのにも苦心するというのに。
( ^ω^)「よろしく頼むお」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、よろしくね」
そこで再度チャイムが鳴った。
先程の鐘はホームルームの終了を告げていたから、今度は一限目の開始を知らせているのだろう。
教壇を見るといつの間にか教師が大儀そうに腰を押さえて立っている。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そうだ」
急に思い出す。
从 ゚∀从「ん? どした」
ζ(゚ー゚*ζ「委員会の所属先、今月中に決めておかないと。
学生は全員部活動か委員会活動のどちらかに属さないといけないって
転校前に聞かされてたの忘れてたよ」
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 22:54:28 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「よりにもよって委員会選ぶのかよ。部活やんねーの?」
ζ(゚ー゚;ζ「一番大事な夏休みの時期をスルーしちゃってるから……」
从 ゚∀从「あー……確かにな。
アタシも夏合宿で伸びたし、そういう段階踏んでないとついていくのしんどいわな」
うんうんとハインは頷く。
前方では数学教師が黒板に糸を散らしたような字で公式を書き殴っているが、
座席が最後列ということもあってこちらの私語に勘付いている気配はない。
ζ(゚ー゚*ζ「部活してるんだ。何やってるの?」
从 ゚∀从「陸上。短距離と幅跳び」
ぴったりだな、とデレは内心思った。
あまりにも外見に適しすぎているので、おかしくさえ感じた。
从 ゚∀从「……で、何か『これ!』ってのはなんとなく考えてたりすんの?」
ζ(゚ー゚;ζ「うーん、それが全然……」
漠然とすらしていない。完全に白紙なのである。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:01:35 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「やるならそうだな、内申稼げるのがいいぜ!
どうせやるからには成績に反映させてもらわねぇとな」
ζ(゚ー゚*ζ「そういうの知ってるの?」
从 ゚∀从「いや皆目」
デレの左肩がずり落ちた。
ζ(゚ー゚;ζ「まあそうだよね。どの委員会が一番評価されてるかなんて知りようがないか」
从 ゚∀从「確実なのはひとつだけあるぜ。生徒会だ!
十一月ごろに生徒会役員選挙があるからワンチャン狙ってみっか?」
ζ(゚ー゚;ζ「無理だって。立候補したところで『誰?』で終わりだよ」
从 ゚∀从「んーじゃあ、なんか思い当たる? よさげなの」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだなぁ……風紀委員会とか?
言葉でしか聞いたことないけど、なんとなくポイント高そう」
从 ゚∀从「風紀委員会……ねぇ」
そこでなぜかハインは――神妙な顔をした。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:10:36 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「……いや、やめたほうがいい。風紀員会はおすすめしないぜ」
ζ(゚ー゚*ζ「えっ、どうして?」
突然、それまで朗々としていたハインの声のトーンが下がったので、デレは不思議に思った。
从 ゚∀从「とにかくやめたほうがいいって。うん、そうしたほうがいい」
ζ(゚ー゚;ζ「えっえっ? なんでそんなに否定的なの? 何かあるの?」
気になる。無性に気にかかる。
高岡ハインリッヒは明らかに『隠している』。
しかし――。
理由を聞くのもどこか恐ろしく感じた。
デレは落ち着かない心地になる。
沈黙の末、言い澱んでいたハインが、やがてゆっくりと口を開いた。
从 ゚∀从「天使委員会と悪魔委員会――」
ζ(゚ー゚*ζ「え……?」
从 ゚∀从「この学校には『ふたつ』あるんだよ、風紀委員会は」
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:19:07 ID:W9hMhZsU0
- ζ(゚ー゚*ζ「ふたつ……ある?」
特定の委員会がふたつ機能しているとは、どういう訳か。
いや、それよりも。
なぜそのことが所属すべきではないという名分になるのだろう?
ζ(゚ー゚*ζ「天使と悪魔……それが関係あるの?」
从 ゚∀从「もういいじゃん。とにかくやめとけって。
入ってもいいことなんて絶対ないから」
ζ(゚ー゚;ζ「でもっ……!」
追及しようとしたその時。
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:26:58 ID:W9hMhZsU0
- ( ゚д゚ )「おいそこぉ、うるさいぞ一番後ろ! 授業中ぐらい静かにしとけよ、ったく」
ζ(゚ー゚;ζ「あっ、すみません」
教師から怒号が飛び、そこで都合よく――おそらくはハインにとって都合がよく――会話が途切れた。
ζ(゚ー゚;ζ(でも小声だったよね。委員会の話をする前のほうが声大きかったのに……変なの)
ハインは既に正面を向いている。
釈然としないものを抱えながらも、デレは教科書を取り出して、一旦座り直してから授業へと参加した。
( ゚д゚ )「だからぁ、一個ずつxに代入していったんで答え出るけど、それじゃ意味ないからな。
ちゃんと式で解けよな。先生そういうローラー作戦一番嫌いだから」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
ちっとも頭に入ってこない。
依然としてすっきりしないのだ。どうしても先程のハインの話がひっかかる。
从 ゚∀从「……そのうちわかるよ」
ζ(゚ー゚*ζ「えっ?」
ささやくような声にデレは横を向く。だがそれだけだった。
結局授業が終わるまでハインは一言も発さなかったし、
終わってからもその話題は露骨に避けたので、それきりになってしまった。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:37:58 ID:W9hMhZsU0
- 昼食はハインと、それからブーンと共に食べた。
ハインはいつもは学食で済ませていたらしいが、
デレが弁当を持参していることを知ると購買部からパンを買ってきた。
( ^ω^)「ふいー、んじゃ、僕はこのへんで!」
ブーンは五分ほどで弁当箱を空にすると、二個目の弁当箱を持って別のグループに混じっていった。
ζ(゚ー゚;ζ「いつも二食分食べるの? ブーンくんって……」
从 ゚∀从「あいつの理論だと、食事はコミュニケーションツールらしいから。
凄い時は三食だぜ三食」
ζ(゚ー゚;ζ「徹底してるね。ある意味尊敬」
从 ゚∀从「はー、明日からアタシも弁当にすっかな。
朝練あるから無理か。母さん叩き起こすのも悪いしさ」
ζ(゚ー゚*ζ「自分で作ってみるのはどう?」
从 ゚∀从「無茶言うなよおい。大腿には自信があるけど指先はてんでダメなんだって、アタシ。
デレの弁当だってメイドイン母親だろ? その小奇麗な感じだと」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、私……お母さんいないから」
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:46:51 ID:W9hMhZsU0
- 从;゚∀从「あっ、わりぃ。そういうつもりじゃなくてだな……」
ζ(゚ー゚*ζ「いいよ。言ってなかったもん。初日から家庭の事情話すのも、ちょっとあれだしね」
締め方が失敗だったとデレは思った。
ζ(゚ー゚;ζ(言葉のチョイスが湿っぽい感じになっちゃった……)
気まずい空気が流れる。
膠着した静寂を破ってくれたのは、ありがたいことにハインだった。
从 ゚∀从「……ってことは、自分で作ってるってことか? すげぇな、マジで」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、そうだけど。でも別に凄くなんてないよ」
从 ゚∀从「わかってないなー、アタシら料理できない系の女子からしたら
そういうテクニック持ってることは憧れのステータスなんだって。
そのナスビの揚げてるやつとかめちゃくちゃうまそうじゃん。タレかかってて見栄えもいいし」
ζ(゚ー゚*ζ「茄子の挟み揚げのこと?」
从 ゚∀从「そう、それ! あーダメだな、そういうしゃれた単語知らないから。
ナスビとか言っちゃうもんなアタシ。ビて」
ζ(゚ー゚;ζ「大してしゃれてないよ。普通の料理名だよ。それにそんなに難しくないし」
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/21(火) 23:57:28 ID:W9hMhZsU0
- 从 ゚∀从「いやいやいや、謙遜すんなって。揚げ物は難しいよ絶対」
ζ(゚ー゚*ζ「そうでもないよ。作り方教えてあげようか? 本当に簡単だから」
从 ゚∀从「ん……いや、やっぱり無理だな。野菜切らなきゃいけないし。
血を見たくなかったらそういう提案はアタシに持ちかけない方がいい」
ζ(゚ー゚;ζ「そんなレベルなの……」
午後からの授業は随分と短く感じた。
ζ(´ー`*ζムニャムニャ
何せ授業の大半を寝て過ごしたのだから。
気がつくと、というより微睡から覚めると、六限目は終わっていた。
从 ゚∀从「おっさきい! じゃあな、デレ!」
ハインは鞄を翻すようにして抱えると、軽やかな足取りで教室を後にした。
これから陸上部での練習に励むのだろう。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 00:10:48 ID:Dsu8GcHU0
- ( ^ω^)「僕も部活に行かなきゃならないお。ばいばいだおー」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、また明日」
一人、また一人と去っていき、最後にデレだけが残った。
がらんとした教室。
窓の隙間から漏れる風の音だけが響く。
ζ(゚ー゚*ζ「私も帰ろっと」
まだどこにも所属していない、言うなれば帰宅部でいられるのは今だけである。
気楽なものだ。改めてそう思う。
ζ(゚ー゚*ζ「VIP高校、か……」
今日から与えられた自分の居場所。
その内部をデレはしみじみと歩く。
足音もなく、ただ踏みしめるように。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 00:18:44 ID:Dsu8GcHU0
- 廊下ですれ違う生徒は活力に満ちている。
校舎の外に出ると、野球部のランニングの列が目の前を通り過ぎていった。
それから武道館より上がる剣道部の気勢が宿った声。
少し遅れて金管楽器の音が高らかに鳴り始めた。
校門の手前まで来て、足を止める
誰もまだこの門から出ていっていない。そういった痕跡も、そうする気配もないし、予感さえしない。
ζ(゚ー゚*ζ「みんながんばってるんだなぁ……」
ふと振り返る。
分厚い壁で覆われた堅牢な校舎。時を刻む頂点の大時計。色づく直前の鮮烈な陽光を映すガラス窓。
コンクリートに走った小さな亀裂。一階玄関のタイル。その先に僅かに垣間見えるリノリウムの廊下の床。
すべてが硬質な感触を持っている。
冷たい建物にデレは見下ろされている。
どこか寂しかった。
ζ(゚ー゚;ζ(私も早いところ何をやるか決めちゃわないと)
そこで思い出す。
忘れられるはずもない。
ζ(゚ー゚*ζ(天使委員会と悪魔委員会……か……)
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 00:32:15 ID:Dsu8GcHU0
- これといって目的もなく寄り道をした。
そのまま真っすぐ帰宅するのはなんとなく気が引けた。
空が淡い紫色を湛えだしたころ、ようやくデレは引っ越して間もない自宅に到着した。
大きくも小さくもないマンションの一室。
表札には『緒本』とある。
ζ(゚ー゚*ζ「……ん?」
玄関口に、無駄に行儀よく整列した革靴がある。
ζ(゚ー゚*ζ「兄さん、もう帰ってきてたの?」
家の中に上がりながら呼ぶと、リビングのドアからひょっこりと顔が飛び出た。
垂れた眉。大きな鼻。せっかくの長身を目立たせない猫背。
見慣れぬ空間の、見慣れた人間。
(´・ω・`)「そうだよ。おかえりデレ」
兄、緒本ショボンはそこにいた。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 00:39:33 ID:Dsu8GcHU0
- (´・ω・`)「遅かったね、僕より遅いとは思わなかったよ。用事でもあったの?」
平素と変わらない飄々とした口ぶりでショボンは言う。
ζ(゚ー゚*ζ「別に何もないよ。ただゆっくり歩いてただけ」
(´・ω・`)「そう。あっ、そうだ。デレ。学校どうだった?
クラスの中にちゃんと入っていけたか、僕、心配で心配で」
ζ(゚ー゚;ζ「そんなにドキドキしないでよ。
友達もできたし、きっと楽しくなりそうだよ」
(´・ω・`)「ああよかった」
胸を撫で下ろす仕草まで飄々としているから、本当に気を揉んでいたのか疑わしく見えてしまう。
ζ(゚ー゚*ζ「兄さんこそどうなの?」
(´・ω・`)「何が?」
ζ(゚ー゚*ζ「学校だよ。VIP高校!」
(´・ω・`)「ああ」
ショボンは、ぽん、とわざとらしく手を打った。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 00:52:08 ID:Dsu8GcHU0
- ショボンとデレは歳の離れた兄妹である。
妹デレは今春義務教育を終えたばかりの学生で、兄ショボンは世界史を担当する教員。
デレがVIP高校に転校したのもショボンの都合が原因である。
前任の世界史教師が産休に入ったために今月から臨時の補充要員として呼ばれたのだが、
その際にデレも学籍を移すことに決めたのだ。
前任が元々体が強くないこともあり、
ことによっては産後の療養が二年以上に跨るかも知れぬと聞かされていたためである。
ζ(゚ー゚*ζ「授業、ちゃんとみんな真面目に聞いてくれてた?」
(´・ω・`)「まあ簡潔に言ってしまうと総スルーだよね」
ζ(゚ー゚;ζ「やっぱり……」
一次試験で世界史を受験する者は地理や日本史を選択する者に比べ少ない。
学校側からも、ほとんど教養としての役目しか期待されていなかった。
もちろん学生は効率を求めるから利用しない科目の授業など律儀に受けるはずもない。
(´・ω・`)「みんな次の授業の予習をやってたよ」
ζ(゚ー゚;ζ「予想はしてたけど……兄さん、こっちでも大変だね」
デレはそれが不憫だった。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 01:02:14 ID:Dsu8GcHU0
- デレにとっては唯一の肉親である。
母は早くに死に、父もショボンが教員試験に合格したころに病に倒れた。
以降デレを養っているのはショボンである。
感謝の念は尽きない。
こうして自分が高等教育を受けられるのも学費を捻出してくれるショボンのおかげなのだから。
そんな兄が仕事にやりがいを感じられていないのは悲しかった。
(´・ω・`)「でも寝られるよりはマシだよね、うん」
ζ(゚ー゚;ζ「な、なんでこっちを見ながら言うの?」
(´・ω・`)「なんとなく」
それより、とショボンは続ける。
(´・ω・`)「そろそろ夕飯にしない? 帰りに半額シール貼られたお刺身買ってきたから」
ζ(゚ー゚*ζ「そうしよっか。ごはんよそうね」
(´・ω・`)「頼むよ。お刺身たくさんあるから明日も食べられるよ。安かったからね」
ζ(゚ー゚;ζ「確実に腐るから。というかそんなにいっぱい買ってきたの?
逆に損だよ、それ」
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 01:09:18 ID:Dsu8GcHU0
- 日頃のショボンはいつもこうだ。
捉えどころがない。雲の上を歩いているようにふわふわとしている。
この人が本領を発揮するのは――物事が自分の専門ジャンルに至った時だけだ。
滅多にないことだが。
ζ(゚ー゚*ζ「そうだ、兄さん」
(´・ω・`)「なんだい」
大量のイカ刺しを箸先で滑らせながら、デレの目を見る。
(´・ω・`)「まったくつかめない……イカは強敵だな」
ζ(゚ー゚*ζ「もう! そんなのは後でいいから!」
(´・ω・`)「ごめんごめん。しっかり聞いてるよ。なんだい?」
ζ(゚ー゚*ζ「私、いつまでお母さんの姓を借りなきゃいけないのかな」
(´・ω・`)「え?」
ζ(゚ー゚*ζ「鈴院じゃなくて、緒本デレって学校で名乗ってもいいと思うんだけど」
聞かされたショボンは、仰々しくもあるが、恐れ慄いたような表情をした。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 01:21:42 ID:Dsu8GcHU0
- (´・ω・`)「なっ、なんていうことを言うんだ!
ああなんてことだ。破滅する、磨滅する、壊滅する、消滅する、明滅する、絶滅する!
デレが僕と同じ名字を学校で使うだなんて……何もかも終わりだ」
ζ(゚ー゚;ζ「ちょっ、ちょっと、そんなに慌てふためかないでよ。落ち着いて」
(´・ω・`)「ヒッタイトの地は滅び、海の民が襲来し、ミケーネ文明は終わる!
大変動だ! カタストロフィの始まりだ!」
ζ(゚ー゚*ζ「……兄さん、もういいから」
狂乱したような言葉の数々をショボンは口走っているが、
案の定というべきか挙措が芝居がかっているので然程問題ではないことをデレはすぐに察知した。
(´・ω・`)「あ、飽きた? いつもより更に早かったね今回は」
ζ(゚ー゚;ζ「さすがにね」
第一、これが初めてのことではない。
何度も話を持ちかけたことがある。そしてその都度こういった茶番じみたやり取りを交わしている。
もうすっかり慣れてしまった。
なぜ自分の姓を緒本と明かしてはいけないのかという点も、とっくに教わっている。
本当に瑣末な理由なのだ。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 01:35:30 ID:Dsu8GcHU0
- ζ(゚ー゚*ζ「だから、もう私は平気だってば。
兄さんだけだよそんなに気にしてるの」
(´・ω・`)「だって、だってだよ、僕とデレの姓が一緒だと、兄妹だってバレるだろう?
ダメダメそんなの。教師の身内ってだけで弄られ対象になるんだから。
最悪、ああ恐ろしい、最悪の場合、デレが陰湿極まりないいじめにあうかも知れない!」
ζ(゚ー゚;ζ「別に大丈夫だって」
(´・ω・`)「ただでさえ転校と転任が同時で状況証拠が出揃っているのに、
上の名前がイコールならもはや確定事項に定まってしまうよ」
ζ(゚ー゚*ζ「いいでしょ。そのぐらいで何も起きるわけないよ。小学生じゃあるまいし」
(´・ω・`)「石橋は壊れない限り叩いても問題ないんだよ」
ζ(゚ー゚;ζ「手段と目的がすり替わってるよ、それ」
夏期休暇の間この議論を一体どれだけ繰り返しただろう。
デレは兄の反対連呼に既に諦め気味ではあったが、一応今日も提唱してみた。
そして推察通りこれである。
ζ(゚、゚*ζ「もう、わかったよ。兄さんは頑固なんだから」
デレは観念することにした。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/06/22(水) 01:46:16 ID:Dsu8GcHU0
- 家族会議が終わると和やかな雰囲気が戻ってきた。
新しい学校での出来事は妹が兄に聞かせる話の種としては最上だった。
デレがハインについて語っている時のショボンは、心底嬉しそうな顔つきをしていた。
けれどただひとつ。
委員会の話に関してはショボンに伝えなかった。
ζ(゚ー゚*ζ「ごちそうさま」
(´・ω・`)「もういいの? 太ってないのに」
ζ(゚ー゚;ζ「体重気にしてるわけじゃないから。お腹いっぱいになったの」
相変わらず箸からこぼれ落ちるイカ刺しと格闘しているショボンを尻目に、
デレはそこそこに食事を切り上げて碗を片付けた。
(´・ω・`)「あっ、お風呂は沸かしてるから」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、先に行くね」
考えすぎないほうがいいのだ。
ハインが進言した以上、風紀委員会は選択肢から外すのが賢明だろう。
そうすればきっと楽しく穏やかな学生生活が待っている。
希望に満ち溢れた、
楽しい一時が。
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