ζ(゚ー゚*ζは天使でも悪魔でもないようです

165 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 22:44:06 ID:0vjllZk20


十月。
新たな月を迎えたからといって、デレの日常に大きな変化があったわけではなかった。

九月三十日と十月一日の間にはっきりとした差異などあるはずがない。
暦の上で月を示す数字が変わっただけだ。
実際に流れている時間は連続している。


从'ー'从「ね〜、デレちゃん、ハインちゃん、ちょっとお願いしてもいい?」

もっともまったくの不変というわけでもない。
この頃デレはよく渡辺アヤカというクラスメイトと会話を交わす。
教室の掃除を終えたばかりの今も、渡辺が間延びした口調で話しかけてきた。

濡れたような漆黒の瞳が特徴的で、大人びた顔立ちをしているのだが、
語尾をだらしなく伸ばす喋り方からも推測される通り少々抜けたところがある。

ただ、そこがまた愛らしいとデレは思っている。親近感が湧く人となりをしている。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

从'ー'从「あのねぇ、一緒に保健室までついてきてくれないかな〜?」

166 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 22:57:57 ID:0vjllZk20
从 ゚∀从「保健室? なんでまた」

箒をロッカーにしまいながらハインが訊く。

从;'ー'从「んとね〜、恥ずかしいんだけど、お腹痛くなっちゃったんだよ〜。
      お昼に食べたお魚がいけなかったのかな〜?」

確かに額にうっすらと汗を浮かべて苦しそうな顔をしている。
だが、こんな時にもゆったりと自分のペースで話すから、
耳で聞いてるだけだとあまり逼迫した事態には思えない。

从 ゚∀从「そんなもん一人で行けばいいじゃん」

从'ー'从「一人じゃなんだか行きづらいよ〜」

从 ゚∀从「子供か。アタシより背高いくせに。胸だって、この、このっ!」

从;'ー'从「や〜ん揺らさないでよ〜。お腹ぐるぐるするよぉ」

从 ゚∀从「なんだその上下左右の振幅は! 嫌味か!
      クソッ! アタシは未だにスポブラ愛用してんだぞ!」

恨みのこもった声である。

ζ(゚ー゚;ζ「やめなよハイン。渡辺さんは悪くないよ。神様の悪戯だよ」

167 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 23:10:01 ID:0vjllZk20
从 ゚∀从「くっ……仕方ねぇな。教室で漏らされても困る」

从;'ー'从「ひどいよ〜、お腹痛いのに。それに漏らさないよ〜」

从 ゚∀从「お前は腹が痛いかもしれないけどアタシは胸が痛いよ」

从'ー'从「胸が痛い? 成長痛かなぁ?」

从 ゚∀从「慣用表現じゃアホ! とっくに第二次性徴なんて終わっとるわ!
      終わってこれなんじゃ! 文句あるか!」

教室の片側でぷっと破裂音がした。複数。

从 ゚∀从「男子笑ってんじゃねぇ! そういうの一番乙女が傷つくから!」

ζ(゚ー゚*ζ「それより、授業始まる前に薬もらいに行かないと大変だよ。
       渡辺さん、私ついていってあげるから、早く保健室に行こう」

从'ー'从「ありがと〜。ハインちゃんも来てくれる?」

期待に満ちた目で渡辺はハインを見つめる。

从 ゚∀从「はいはいアタシも付き添いね。まったく世話が焼けるぜ」

口でこそ呆れたふうに言っているが、ハインは満更ではなさそうである。
渡辺は困っていたら放っておけない性格をしているし、
ハインは困った人を放ってはいられない性格をしているから、自然な帰着だった。

168 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 23:24:17 ID:0vjllZk20
保健室は南校舎の一階にある。

VIP高校は四階建であり、南校舎二階が一年、三階が二年、四階が三年の教室となっていて、
なるべく早く辿りつけるよう階段を下りてすぐの場所に保健室が設けられている。

保健室の前に来てふとデレは思う。

ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、私こっち来てから保健室なんて行ったことないや」

デレは至って健康優良児であるから、
転校以降に養護教諭の厄介になったことはない。

从 ゚∀从「アタシなんかしょっちゅう世話になってるけどね。
      練習で何度足首をひねったことか」

从'ー'从「私も初めてだから緊張するよ〜。
      ノックって二回でいいのかなぁ?」

从 ゚∀从「んなもんガラガラって開けて『せんせー! 腹壊したから適当に薬くれ!』
      って叫んでおけば大体正解だよ。アタシが保証する」

从'ー'从「そっか〜」

ζ(゚ー゚;ζ「騙されてるよ」

それに、どうやら先客がいる。中から養護教諭とおぼしき人物の声が聴こえる。

169 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 23:36:52 ID:0vjllZk20
少し入口から離れて立つ。
隣では渡辺が小型犬が鳴くような気の抜けた呻き声を漏らしている。

一分ほどして引き戸が開かれた。

(*゚ー゚)「あっ」

中から出てきたのは――しぃだった。

从'ー'从「あれれ〜、しぃちゃんも具合悪いの?」

(*゚ー゚)「えっと、うん、そうなの」

未発達な声でしぃは答えた。

それにしても小柄な少女である。
視線は夢でも見ているかのようにぼやけていて。
今にも壊れてしまいそうな――儚げな雰囲気を持っている。

从 ゚∀从「おいおい大丈夫か? 最近体育も見学ばっかじゃん。
      球技大会も近いんだから体調崩さないようにしろよ。
      ちょうど季節も変わり目だしな」

(*゚ー゚)「うん……ありがとう」

170 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 23:48:35 ID:0vjllZk20
観察したところ、憔悴しているようには見えない。
怪我をしたわけでもなさそうだ。

(*゚ー゚)「私、そろそろ教室に戻るね」

ふわりと浮くような足取りで、しぃは去っていった。

ζ(゚ー゚*ζ「しぃさん、どうしたのかな?」

从'ー'从「大丈夫かな〜」

从 ゚∀从「さあ? でも気分はそんなに悪くなさそうだったし、ま、大丈夫だろ。
      それより渡辺、人の心配してる場合じゃないだろ。
      相談しに行かないでいいのか? もうじきチャイムだぜ」

从;'ー'从「わわ、そうだったよ〜。せんせ〜、いいですか〜?」

渡辺が慌てて戸を叩く。

「はい、どうぞ。入ってきていいわよ」

閑々とした、女性の声が返ってきた。

171 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/12(火) 23:59:19 ID:0vjllZk20
从'ー'从「失礼します〜」

まず渡辺が入る。続いてハイン。

ζ(゚ー゚*ζ「失礼します」

最後にデレが入室した。

鼻を刺す薬品の臭い。肌を覆う清浄な空気。
室内は湿度、温度共に外より幾分低かった。

壁は白く、床も白い。
ベッドのシーツも、カーテンも、薬品棚に使われた塗料も、紛うことなき純白だ。
デレの視界が白一色に染まる。

そして中央の女性も――白い。

('、`*川「どうかしたの? 凄く辛そうにしてるけど」

折り目ひとつない白衣を着た女性が、渡辺を見てそう言った。
優しげな眼差しだった。

172 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 00:11:51 ID:6mKXnfoM0
从;'ー'从「えとね、あのねぇ……」

緊張でもしているのか、うまく答えられず渡辺は手の平を擦り合わせる。

从 ゚∀从「あのさ、先生、こいつちょっと腹壊しちゃったみたいなんだよね」

見かねたハインが代わりに対応した。

('、`*川「お腹痛いの?」

女性はあくまで穏便に渡辺に尋ね返す。
周囲にあるものが皆白か白に準ずる色をしているから、長く伸びた青の黒髪が一際目立つ。

从;'ー'从「は、はい〜」

从 ゚∀从「だから整腸薬とかもらえないかな、って」

('、`*川「薬を出すにしても、ちゃんと症状を把握しておかないとね。
     ええと、あなたの名前は? それからクラスも教えてくれるかしら。
     あっ、もしかしてハインさんと一緒だったり?」

从'ー'从「渡辺アヤカです〜。クラスはハインちゃんと一緒です」

('、`*川「それじゃあ、一年三組ね」

着席して、てきぱきと調書の記入欄を埋めていく。

173 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 00:26:32 ID:6mKXnfoM0
('、`*川「いつ頃から痛み出したの?」

从'ー'从「ええと、お昼休みが終わってからかなぁ?
      たぶんお弁当に入ってたおかずのどれかがいけなかったんだと思います〜」

('、`*川「あら、じゃあ食当たりかもしれないわね。
     お腹痛いだけ? 気分が悪かったり、吐き気がしたりしない?」

从'ー'从「う〜ん、そんなことはないです〜。お腹だけですね〜」

('、`*川「どんなふうに痛い?」

从;'ー'从「ええと〜、きゅるきゅるる〜って、体の内側でにゅうにゅうって」

('、`*川「ふむふむ。なるほどね」

ζ(゚ー゚;ζ(こんな擬音でわかるの?)

その後もいくつかの質問が続いた。
渡辺の返答は時折しどろもどろになっていたが、そのひとつひとつに女性は丁寧に応対した。

('、`*川「うん、大体わかったわ。炎症は起こしてないみたいね」

記入し終わった調書を卓上でとんとんと揃えながら言った。

174 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 11:27:28 ID:G4jvTtG20
それから立ち上がり、棚から薬剤のケースを取り出す。

('、`*川「この胃腸薬を渡しておくわ。
     錠剤だからちゃんと水と一緒に飲むこと。いい?」

从'ー'从「わあ、ありがとうございます〜」

('、`*川「それじゃ、お大事にね」

白衣の女性は柔らかな微笑みを渡辺に向けた。
薄化粧なこともあって、清潔感がある気持ちのよい笑顔だった。
渡辺は少し照れてはにかむ。

从 ゚∀从「ふー、やっと終わったか。
      あくびが出そうになっちゃったよ……ってか現にしちまったけど」

両腕を天に突き出して、待機し疲れたハインは大きく深呼吸をした。

从'ー'从「ごめんね〜」

('、`*川「こらハインさん。友達が窮してる時でしょ。
     もっと労わってあげないと」

从 ゚∀从「してるよ、失敬な! 先生ほど慈愛に溢れてないだけだって」

175 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 11:28:05 ID:G4jvTtG20
('、`*川「なんだかひっかかる言い方ね。
     受け取り方次第では小馬鹿にしてるように聞こえるわよ」

从 ゚∀从「いやいや他意なんかないですって、マジで」

('、`*川「本当かしら」

从 ゚∀从「本当ですよ本当」

そこで両者とも冗談っぽく笑った。

ハインが保健室の常連だという話はどうやら嘘ではなかったようで、
二人の対話は非常にスムーズで手慣れている。

取り残されているのはデレだけだった。

('、`*川「あっ、もう授業が始まるわよ。あなたたちも早く戻らないと」

从 ゚∀从「うしっ、それじゃ帰るか。行くぜ、デレ、渡辺」

从'ー'从「はあい、お邪魔しました〜」

二人して退出しようとする。
白を纏った女性も小さく手を振っている。
デレは何か、

何か――ここで言わなくてはいけない気がした。

176 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 11:30:40 ID:G4jvTtG20
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、あの」

既にハインと渡辺はいない。

('、`*川「あら……どうかしたかしら」

女性は不思議そうな顔をする。
無理もない。それまでずっとデレは黙っていたのだから。

対峙している。
デレは息を呑む。

ζ(゚ー゚*ζ「しぃさんは……どこか悪いんですか?」

そう訊いた。

自分でもなんでそんな質問をしたのかわからなかった。
気がつくと口走っていたのだ。
何者かが自分の口を借りて問いかけたみたいな、そんな奇怪な感覚。

177 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 11:32:05 ID:G4jvTtG20
('、`*川「しぃさん?」

女性は少し考えて、

('、`*川「ああ、さっきの子ね。椎名しぃさん。あなたたちの前に来てた。
     残念だけど、それは教えられないのよ。守秘義務なの」

ζ(゚ー゚;ζ「あ……そ、そうですよね。すみません。なんでもないです」

('、`*川「心配かしら? そんなに不安がらないでも大丈夫よ。
     詳しくは説明できないけど、大したことじゃないとだけ伝えておくわ」

ζ(゚ー゚*ζ「けど、最近体育の授業にも出られてませんし……」

('、`*川「ううん、そうみたいね。その話もこの前聞いたわ」

ζ(゚ー゚*ζ「この前……ということは、何回もここに来てるんですか、しぃさん?」

('、`*川「そうねぇ。確かにこの頃しぃさんはよく保健室に通ってるけど、
     でも大それた病気だとかそういったものじゃないから、安心して」

穏やかな目で女性は言った。
沈着した声音を耳にした限りでは、深刻な事態じゃないというのは真実らしく聞こえる。

178 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/13(水) 11:32:46 ID:G4jvTtG20
ζ(゚ー゚*ζ「そう……ですか」

だから事情を知らないデレとしてはそう返事するほかなかった。

('、`*川「ふふ。あなた、優しいのね。
     あなたみたいな同級生がいてくれるって知ったら、しぃさんもきっと喜ぶわ」

ζ(゚ー゚;ζ「あ、いや、ちょっと気恥ずかしいんで秘密にしてください」

('、`*川「あら照れ屋さん」

女性は口を押さえて笑う。

('、`*川「それより、いいの? お友達は二人とも行っちゃったわよ。
     授業に遅刻したらちょびっとだけとはいえ内申にも響くんだから大変よ」

ζ(゚ー゚;ζ「わっ、本当だ! あと一分もない!」

白塗りの壁にかけられた時計を目にして、デレはようやく己の置かれている状況に気づく。
猶予がない。

ζ(゚ー゚*ζ「……失礼、します!」

お互いに名前も知らぬまま、デレは白い保健室から飛び出した。
廊下の空気がひどく澱んでいるように感じた。


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