リハ*゚ー゚リ 天使と悪魔と人間と、のようです Part3
12 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:10:32 ID:BNC2PftI0

・今回の登場人物紹介

【メインキャラクター】
今回のエピソードにおいてのメインキャラクター。


八瀬ゆうたろう。
淳中高一貫教育校高等部の教師。担当教科は現代社会。生徒会執行部顧問。
生徒指導部に所属する教員の一人でもある。


ハルトシュラー=ハニャーン。
淳高三年特別進学科十三組所属。通称『閣下(サーヴァント)』『最悪』。
風紀委員会委員長。

13 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:11:13 ID:BNC2PftI0

【その他キャラクター】
他、登場する人物。


鬱田独雄。
淳中高一貫教育校高等部の教師。担当教科は日本史。
生徒指導部の教員でもあり、生徒指導主事。


宝ヶ池投機。
淳中高一貫教育校高等部の教師。担当教科は政治経済。一年文系進学科十一組の担任教諭。
生徒指導部の教員でもあり、八瀬とは私生活でも交流がある。

14 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:12:05 ID:BNC2PftI0


※この物語はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品の前日談です。
※この物語を読む必要は全くありません。
※この物語には能力バトル的要素は欠片も存在しません。


.

15 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:13:03 ID:BNC2PftI0


 第零話及び第零々話『宝ヶ池投機の自覚なき無関心または八瀬ゆうたろうの呆れた不在証明』


――― 第零々話『 repay ――八瀬ゆうたろうの呆れた不在証明―― 』





.

16 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:14:04 ID:BNC2PftI0
【―― 0 ――】



 自分にとって都合の良い相手を「優しい人」や「正しい人」と称するのは大きな間違いである 



.

17 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:15:04 ID:BNC2PftI0
【―― 1 ――】


 八瀬ゆうたろうは教師のことを「聖職者」だとは考えない。
 というよりも、自分達が聖職者と称されるのは、本物の聖職者の人間(神父や牧師など)に失礼だと思っていた。

 聖職者とは、人を教え導く立場にある人間のことだ。
 より正確にはこの一文に「宗教的に」という文言が追加される。
 つまり聖職に就く人間のことである。 

 単語的にはそういう意味なので、教師に用いる場合は比喩的な意味となる。
 科目を教える場面以外でも生徒を指導している――指導することを求められているからだ。


 しかし彼、八瀬ゆうたろうは聖職者にとって重要な要素は「他者を教え導くこと」ではなく「自分自身を律していること」ではないかと考えていた。
 ……いや重要なことではなく当然のことか。
 聖職者が神の教えに従うことは重要な要素どころではなく大前提だろう。
 というよりも教えに従わない聖職者は最早聖職者ではない。

 さて、では教職員が自らを律しているかと言えば、それには疑問が残るはずだ。
 律しているとしても、法律に従うのは国民として当然、規範に従うのは社会人として当然――ならば自分達だけが特別というわけではない。
 単に「教え導かれるべき存在」である子どもを相手にしているだけだ。

 更に言えば、子どもに科目を教えるのは教員の仕事だが、子どもを導くのは両親を始めとする周囲の大人全員の役目だろう。
 その大人には自分達も含まれているが、そんなことで聖職者と呼ばれるならばそもそも大人は全員子どもの見本足りえる聖職者であるべきなのだ。

18 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:16:03 ID:BNC2PftI0

 結論を纏めれば、八瀬ゆうたろうは教職員のことを聖職者だとは思わない。
 教師の中で聖職者と呼ぶに足るのは例えば武道を教えているような、技能の他に定められた教義を教えることができる人間だ。

 そして多くの教師は教義などは教えない――教えているとしても、その多くは自分勝手な都合を押し付けているだけなのだ。


「また随分と乱暴なことを言いますね、八瀬先生は。反発する人の多そうな意見だ」

「わたしも、その通りと、思います。だからこそ、あなたにしか言っていないのです――宝ヶ池先生」


 その会話が行われたのは、とある飲食店だった。
 時期としては生徒会選挙を経て先代生徒会長である高天ヶ原檸檬が会長職を続行することに決まって、すぐ後のこと。
 各委員会も新しい人事が決まり、新一年生も学校に馴染み始め、学校全体が一段落した時期のことだった。
 生徒指導部の教員である八瀬ゆうたろうは、同じく生徒指導部に所属する教師宝ヶ池投機と夕食を共にしていた。

 夕食というか、酒の席だった。
 明日も仕事なのでほどほどにしておかなければならないが、まあ、生徒会選挙が終わってのお疲れ様会のようなものだった。

 二人はそこまで親しいわけではない。
 大学卒業後数年の宝ヶ池と子どもがいてもおかしくない八瀬では年齡で言えば十ほど離れている。
 しかしだからこそ、こうして二人で話せる席を設けるのかもしれない。
 一方は比較的若い教師から今時の学生の気持ちを聞き、他方は十年以上の経験から得られた教訓を聞く――雑談をしているだけなのにWin-Winの関係だ。

19 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:17:04 ID:BNC2PftI0

 とは言っても、宝ヶ池の担当する一年文系進学科十一組は良い子が揃っているので、あまり難しい場面もないし。
 八瀬の方も生徒会顧問として主に相手をするのは高天ヶ原檸檬であり、若者云々ではない部分で理解が困難な相手なので、実質的にはやはり雑談なのだが。

 そう――八瀬ゆうたろうは淳高生徒会執行部顧問だった。


「それにしても生徒会の顧問が『教師は自分勝手な常識を教えているだけ』なんて……」

「昔から、わたしは、『常識』というものが、嫌いなのです。あやふやで、どうとでもとれる――そうでしょう?」

「……そりゃまあ確かに宗教的な常識、つまり教義と比べれば曖昧なものではありますが」

「だから、わたしは嫌いなのです」


 八瀬は日本酒を味わいながら、酷くゆったりと話す。
 別に酔っているわけではなく彼はいつもこういう感じだった。
 一つ一つ、言葉を選びながら話している。

 だからこそ周囲の人間も彼が思いつきや一時の感情で意見を言うことはないと知っている。
 宝ヶ池もそれは重々承知していた。


「ひょっとして八瀬先生は、あの連続通り魔の犯人をハニャーンと考えている人間達に苛立っているんですか?」

20 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:18:03 ID:BNC2PftI0

 だからこそ、そんな風に思い至った。

 現在、職員室を始めとした一部では三年特別進学科十三組所属のハルトシュラー=ハニャーンが通り魔ではないかと考えているらしい。
 八瀬ゆうたろうの嫌いな「常識的な判断で」だ。


「そうです。彼女は、問題児ですが、それだけで判断するのは――早計です」

「それはそうだ」


 少し前に高天ヶ原檸檬を犯人だと考えていた連中の手伝いをしていた宝ヶ池には思うところがある話だ。
 多くの大人は目立つ子どもが誰も彼も嫌いで、手が掛からず、自分の言うことを聞く子を「良い子」だと持て囃す。
 それだって「大人に従う子どもが良い」という常識による結果だ。

 いや違う。
 八瀬が主張するように自分勝手な都合を押し付けているだけだ。


「わたしたちの生徒、あの子たちは、反抗期ですが――ご存知ですか? 『反抗期』とは、別名『自立期』と呼ぶと」

「まあ……人格形成の為に周囲の影響を退け、自分を確立しようとする過程のことですし、『自立期』と呼ぶ方が適切ですよね」

「それを大人は、自分の都合で、『反抗期』と呼ぶ。子どもからすれば、迷惑なことです」

21 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:19:25 ID:BNC2PftI0

 加えて、と八瀬は続けた。


「『子どものくせに』という言葉を、大人は、よくつかいます。これは、ハラスメント――ですよね」


 要するに相手の人格を認める気がなく、自分の都合良く振舞ってくれることを望んでいるだけ。
 そう考えるからこそ、八瀬は教職員の語る正しさを信用していない。

 そして子ども達に対しても――自分の言うことを鵜呑みにする必要はないと、そんな態度で接している。


「……頭の痛い話だ。オレのクラスの奴等は良い子、担任であるオレにとって都合の良い子ばかりですから」

「それは、たぶん。宝ヶ池先生のことを、あまり『大人』だと、思っていないのでしょう」

「それもそれで頭の痛い話ですけどね」


 だが、宝ヶ池は納得できた。
 生徒会長高天ヶ原檸檬の「個人の選択を尊重する」という在り方はこの人がルーツなのかと。
 思想をそのまま受け継いだわけではないにせよ、何かを学んだのだろうと。

 淳校の生徒会顧問はあまり変わらないが、鞍馬兼や壬生狼真希波、あるいはハルトシュラー=ハニャーンが生徒会長になったなら。
 この人とどんな会話をするのだろうかと少し気になった。

22 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:20:06 ID:BNC2PftI0
【―― 2 ――】


 席を立ったハルトシュラーに、淳高風紀委員会会議室の片隅で作業をしていた鞍馬兼は声を掛けた。


「委員長、お出掛けでしょうか?」

「……暫くすれば戻る」

「それまで僕はここで待っていれば良いですか?」


 この会議室は普段は施錠されており、鍵はマスターキー以外では風紀委員長に一つ、そして鞍馬兼等幹部全員で一つ有していた。
 ハルトシュラーの鞄(及びその中にある鍵)は先ほどまで腰掛けていた席近くに置かれたままなので、兼が鍵を掛けて帰ると鞄を取りに戻れなくなってしまう。

 よろしく頼む、と伝えるとハルトシュラーは扉へと向かう――が、その途中で呼び止められた。


「委員長」

「なんだ。急いでいるのが私だ」


 念の為に壁掛け時計で時間を確認して振り向いた。

23 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:21:25 ID:BNC2PftI0

 鞍馬兼は、座っていたままでハルトシュラーを見つめていた。
 ただ見ているのではなく、そうそれは、何か熱の篭った視線だった。


「あなたがどう思っているかは分かりません。ですが、僕達風紀委員会は委員長の味方であるつもりです」


 勘の良い男だ、とハルトシュラーは素直に思った。
 いや優れているのは勘などではなく頭か。
 心は少し、優し過ぎるようだが。


「この委員会に私の味方がどれほどいるのかは分からないが、仮に貴様が私の味方だったとして、私が間違っていた時はどうするのだ?」


 間違っている時――あるいは、お互いに抱く正しさが異なってしまった時。
 そういう場合はどうするのだ?と悪魔は訊ねた。

 躊躇いなく人間は答えた。


「もし本当にあなたが間違っていたら、止めます」

「止める? 私の歩む道を阻む権利が貴様にあるのか?」

24 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:22:08 ID:BNC2PftI0

「愚問なんだから。『強くなければ正義足り得ない』――それがあなたの言い分。だとしたら権利など、力の前では意味を成さない」


 そうだな、と頷いて再度訊く。


「私が間違っていたとして、私が私の道を行く権利があるとして、それを貴様が力尽くで止めるとして……。貴様にそうできるだけの能力があるのか?」


 権利など暴力には蹂躙されるだけだとして。
 正義を強制することが正しさだとして。

 それをできるだけの力があるのか?
 貴様に?
 無表情のままで、しかし底意地悪くハルトシュラーは問い掛けたが、それにも鞍馬兼は躊躇なく答えるだけだった。


「恐らく一人では無理なので、誰かに助力を乞うと思います。そうやって、どうやっててでも止めます」

「……なるほど。得心したのが私だ。やはり貴様は私の部下にして正解だったな」


 頼りにしているとだけ告げてハルトシュラーは会議室を出て行く。
 鞍馬兼がハルトシュラー=ハニャーンの味方だとして、味方だからこそ巻き込めないこともある。

25 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:23:03 ID:BNC2PftI0
【―― 3 ――】


 かのオルレアンの乙女のことが――思い浮かんだ。

 宝ヶ池投機は政治経済が担当で、大学入試の時の選択科目も政経、大学に入ってからも世界史は詳しく学んでいない。
 なので宝ヶ池の頭の中にあるのはかなり適当なイメージに過ぎないのだが、それでも彼女を前にすると、かのフランスの英雄のことが想起されるのだ。

 単なる「美しい」では足りない神々しさ。
 あるいは、魔的な美貌。
 高天ヶ原檸檬も同じような魅力を有しているのだが、彼女――ハルトシュラーは表情を変えないので余計に人間離れして見える。

 犯してはならないような、犯すことのできないような、雰囲気。
 例え十代の小娘であろうとも、こんな少女にならば多くが付いて行く気になるだろうと。


「……宝ヶ池先生、要件があるのならば手早くお願いします」

「あ、いやー……ああ、そうだな。うん」


 生徒指導部の面談用の部屋だった。
 面談用、というよりは、生徒指導部という部署の役目的に生徒の指導や事情聴取に使われる部屋なのだが。 
 その為に生徒達からは良いイメージを抱かれていない一室だ。

26 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:24:58 ID:BNC2PftI0

 そんな学生時代の自分ならば入るだけでも嫌だったであろう部屋に宝ヶ池投機は座っている。
 机を挟んだ先には一人の生徒、もう怒られる立場ではないので気は楽だった。

 別に今からハルトシュラーを怒鳴りつけたりするわけではないのだが。


「……先生」


 と。
 まるで物怖じもせず腰掛けるハルトシュラーが言った。


「宝ヶ池先生は女性の髪がお好きなようだ。あなたのクラスの鞍馬兼と同じく」

「へ――え、は……?」

「他人を観察するとしても髪はそう注目しません。先ほどの数秒間、あなたはじっと、視線でなぞるように私の髪を注視していました。だから好みの部位だと考えた次第です」

「いやっ、は、それはその……」


 図星だったので何も言い返せない。
 とんだ赤っ恥だ。
 こんなところで女子の好みの部位を勝手にバラされた鞍馬兼が一番の被害者だっただろうが。

27 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:26:04 ID:BNC2PftI0

 その時、助け舟が出された。


「…………やはり、こういった役目は宝ヶ池先生には不向きなように思えます。代わってください」


 助け舟というよりは交代命令だろうか。
 後方に立っていた同じく生徒指導部の鬱田が宝ヶ池の肩を叩き、交代して席に着く。
 脇の作業机で事務をしていた八瀬が呆れたような表情をしていたが宝ヶ池は気にしないことにした。

 そうして改めて尋問が始まった。

 ハルトシュラーは今度は口を閉ざし、相変わらず物怖じせず座っている。
 対して鬱田は見る生徒によっては「怖い」と感じるような静かな雰囲気のままで問い掛ける。


「ハニャーン、最初に二三訊いておこうと思います。今から話を聞きたいのですが、あなたが女性の先生の方が話しやすいというのならば、別の先生を呼んで来ます」

「必要ありません。私は女が嫌いです」

「そう思っていました。余計な心配でしたか」

「お気遣い感謝します先生」

28 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:27:04 ID:BNC2PftI0

 ハルトシュラーは軽く頭を下げた。
 鬱田はまだ本題には入らない。


「もう一つ。正直に話して欲しいと思っているので、友達に話すような、いつものような口調に戻してもらえますか?」

「先生方に対し、あのような態度を取ることはできません」

「この場限りのことです。私が許します。ハニャーン、普通に喋りなさい」


 一瞬間、悪魔は目を閉じ――そして言った。



「―――稀有だと思うのが私だ。今まで私が見てきたほとんどの教員は表面上は普通に振舞っていたとしても悪感情が伺える瞳で私を捉えていたというのに」



 緊張したり、恐縮したり、嫌悪したりしていて。
 まるで普通には扱われなかったというのに。
 あなたは宛ら懐かしいものを見るような目をしているな、と十三組の怪物ハルトシュラー=ハニャーンは言った。

 少し考えて「そうですか」とだけ鬱田は答えることにした。
 礼を述べるのもおかしいと思ったからだ。

29 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:28:14 ID:BNC2PftI0
【―― 4 ――】


「今日はどうして呼び出されたのか、分かっていると思いますが」

「推測はできているのが私だ。例の通り魔の件だろう」

「その通りです。先週の水曜日の午後十二時頃、何処で何をしたか答えられますか?」

「答えられるかどうかはこの場合関係がないと考えるのが私だ。問題は、現状不在証明――『事件があった時刻に別の場所にいたことが証明できるか』だ」


 鬱田が訊く。
 ハルトシュラーが答える。

 互いに明瞭過ぎて斬り合いのような印象を与える会話だ。


「不在証明は一旦置いておこうと思います。まず当日の午前零時頃に何をしていたかを教えてもらえますか」

「自室のベッドの上で寝ていた」

「……この場合、証明できる人がいると生徒指導部として別の意味で指導しなければならないと思いますが、それを証明できる人は」

「私は寮の一人部屋で暮らしている。そして私に恋人はいない。よって証明できる人間もいない」

30 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:29:04 ID:BNC2PftI0

 やり取りを黙って観察していた宝ヶ池が挙手し、問う。


「……オマエ、先週の水曜の夜に何してたかなんてすぐに思い出せるのか?」

「あなたがどうなのかは分からないが、私は先週のことを忘れることなどない。これを証明しろと言われても、難しいが」

「なあハニャーン。オマエの記憶力が良いという話はオレも聞いたことがあるが、だとしたら、どうして定期試験の点数は低いんだ?」


 ハルトシュラーの記憶力が凄まじいことは有名だ。
 それは生徒全員の顔と名前を覚えていると噂されるくらいであり、事実覚えている(どころか教員や事務の人間のことも記憶している)。

 一方で宝ヶ池の言うように定期試験では振るわない。
 平均程度、あわや赤点ということも多い。
 この二つのことは矛盾しているように見えるので疑問も尤もだと言える。

 しかしこの質問には鬱田が答えた。


「これは私の推測ですが、ハニャーン、あなたは不必要に良い点数を取らないようにしているのではないですか」

「良い点数を取らない……って、わざと低い点数を取っているということですか? 鬱田先生」

31 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:30:04 ID:BNC2PftI0

 宝ヶ池の言葉に頷き、続ける。


「あなたの才能はサヴァン症候群のような、特殊な才能によるものだと思います。だとしたら、ズルをしているような気分になってもおかしくはない」


 完全記憶能力――見たものをそのまま記憶できる能力。
 それは、高校生の勉強というものを根こそぎ否定する才能だと言っていい。
 単に「覚えること」だけが重要な教育は意味がない。
 だって見れば覚えられるのだから。

 他人が苦労して得る結果を、当たり前のように手にする。
 それを卑怯だと感じて手を抜くことは、まあ、分からなくもない考えだっただろう。


「そう考えてくれても良いと思うのが私だ。厳密には違うがな。『勉学に対するモチベーションが低い』と考えてもらえば良い。問題はないはずだ」

「『問題はない』って……」


 そう言われて宝ヶ池はハッとする。
 確かにハルトシュラー=ハニャーンは成績が悪いが、赤点を取ったことは一度もないのである。
 どれほど悪い点数でも最早奇跡的というレベルで補習を免れている。
 手を抜くにしても、どうやら計算してやっているらしい。

32 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:31:04 ID:BNC2PftI0

 堅物で杓子定規な人物だと思っていたが、存外、自分ルールが何よりも大切な我が強い生徒なのかもしれない。
 会話を傍らで見ている宝ヶ池はそんな印象を持った。

 そんなことはお見通しなのか、悪魔と対面する鬱田は淡々と閑話休題する。


「話を戻そうと思います。あなたは先週の水曜日に自宅におり、またそれを証明できる人間はいない――そうですね?」

「その通りだ」

「では続けて質問しようと思いますが、ハニャーン。あなたは寮の最上階から誰にも見つからずに外へ行くことができますか?」


 ハルトシュラーは淳校の女子寮の最上階(五階)の一人部屋に住んでいる。
 またこの寮には門限、監視カメラ、守衛、見回りが存在しており、教職員用の寮も併設されている。
 アリバイがなかったとしても、この状況で誰にも見られずに外に出ることは通常不可能であり、故に通り魔の犯行も不可能だった。
 第一、そんなことが可能だったとしたら学校側はセキュリティを見直す必要がある。

 しかしそういった常人の当たり前が全く通用しないのが、十三組の怪物が一人、『閣下(サーヴァント)』のハルトシュラー=ハニャーンだ。
 悪魔的な才能を持つ少女は即答した。


「可能だ。断言できるのが私だ」

33 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:32:04 ID:BNC2PftI0

「な……! ちょっと待てよハニャーン。オマエ、あの寮から抜け出せるって言ったのか!?」

「言ったな。実行したことはないが、可能であることは断言できる」


 宝ヶ池が驚いたのは二つ。
 一つ目に「厳重なセキュリティを突破して誰にも見つからないまま夜間に女子寮を抜け出すことができる」ということ。
 そして二つ目に「それを正直に答えたこと」だ。

 今現在ハルトシュラーは容疑者として疑われているのだから、たとえ脱出できたとしても、「できない」と答えた方が圧倒的に得だったはずなのだ。
 常識的に考えれば抜け出すことなど不可能なわけで無罪と確定するのだから。

 それともこんな不器用な選択も彼女のらしさなのか。


「いや……そうか。オマエは寮の管理にも関わっている風紀委員会で一番偉いわけだから、そういうこともできるのか」

「そういう方法もあるのかもしれないが、私は一人で抜け出せる」

「…………そうですか」


 やはりコイツのコイツらしさはこの能力の高さだろうと宝ヶ池は思った。
 五階の部屋からこっそり抜け出すなんて、宝ヶ池のような凡人にはまずできない(できたとしても帰って来れない)。

34 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:33:03 ID:BNC2PftI0

 一連のやり取りを聞いて、鬱田は口を開く。


「自分が不利になるような質問にも正直に答えてくれて嬉しく思います。ありがとう」

「構わない。私が正直に答えたという証明はできないが、それは良いのか?」

「それこそ構わないと思います。推定無罪の原則――というわけではありませんが、教師は生徒を信じるものだと私は思っていますから」


 その言葉にハルトシュラーは少し驚いたようだった。
 少なくとも観察をしていた宝ヶ池はそう感じた。


「では最後の質問です。それだけの能力のあるあなたならば、その気になれば今回の事件の犯人もすぐに見つけられると思います。それをしない理由はありますか?」

「犯人を特定できるかどうかはやってみなければ分からない」


 と断りを入れ、しかし最後にははっきりとハルトシュラーは答えた。


「私が今回の件に関わらないのは誰にも求められていないからだ。教員にも、被害者にも――無論私自身も」

35 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:34:04 ID:BNC2PftI0
【―― 5 ――】


「どう思われましたか、宝ヶ池先生。傍らで観察していた感想は」

「どう……ですか。どうもこうも、やはりかなり独特な生徒だなと。普通ではないと感じました」

「そういうことでは、ないでしょう? 鬱田先生が、お聞きになりたいのは、『言動におかしな点がなかったか』と、そういうことでしょう」


 ハルトシュラーが去った後の面談室で生徒指導部の三人は語り合う。
 彼女が怪しかったかどうかについて。


「あ、ああ。なるほど。だとしたらオレは特に。天才らしく逸脱しているなと思っただけです」

「私自身は彼女は逸脱していないと思っていますがね。世間からはどうかは分かりませんが、彼女の中では明確なルールがある」


 椅子から立ち上がりながら、今度は「八瀬先生はどう思われましたか?」と訊ねた。


「わたし、ですか。わたしは……そうですね、通じていない感じ、が、あったと、思っています」

「こちらの質問や対応が見透かされている、そういうことですか?」

36 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:35:04 ID:BNC2PftI0

「そう、ですね。犯人であるかどうか、それに関わらず、動揺していない。通用していない。そんな感じでしょうか」


 きっと彼女は生徒指導部に呼び出された段階で、もしかするとずっと前から、このような問答を想定していたのかもしれない。
 だからどんな質問も通用していなかった。

 鬱田の言葉を意外に思うことは少しはあったようだが……。


「ありがとうございます。残念ですが現時点では彼女をシロだと言い切るのは難しいと思いますが、お二人はどう思われますか?」

「オレもそう思いましたね」

「わたしも、概ね、賛成です。怪しい、とまでは、言い切りませんが」


 それからも会議は続いた。
 だが、八瀬ゆうたろうの頭の片隅にはある違和感が居座っていた。
 誰にも伝えなかったそれは一つの疑問、だっただろうか。

 最後に質問に対する彼女の答え、「誰にも求められていないから関わらない」――なんというか、彼女はそういうタイプではないと思っていたのだ。

 誰にも求められていなくとも自分が求めるならば進んでいく。
 今回は自分も求めていなかったらしいが、それならばそれで「何故求めていないのか」が気になった。 
 ……いや実は予測は付いているのだ。

 誰にも分からなかったとしても八瀬だけは分かっていた。
 だからこそ彼女のルールが、気になった。

37 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:36:05 ID:BNC2PftI0
【―― 6 ――】


 廊下を往く後ろ姿だけでも世界を拒絶している心象が分かる。
 周囲の全てを憎悪し、心の中に何か最悪なモノを溜め込んでいる感じがする。

 それは彼女の兄を知っているが故の錯覚なのか。


「ハルトシュラーさん」


 声を掛けるとハルトシュラーは振り向いた。
 渡り廊下の途中だった。
 放課後の校舎には部活動の喧騒が遠くに聞こえるだけで、周囲には誰もいないらしい。


「八瀬先生。私に、何かまだ?」

「わたしに対しては、いつも通りの、あの言葉遣いで、構いません」

「なるほど。了解したのが私だ」


 口調を戻すと「要件はなんだ?」と端的に訊く。

38 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:37:04 ID:BNC2PftI0

「ハルトシュラーさん。ご存知、ですか? わたしは、あなたのお兄さん――ツヴァイ=ハニャーンの、担任でした」


 字は「ツヴァイ・アークライト=フォン・エンキド・ディケー=ハニャーン」。
 諱は「シーク=ハニャーン」。
 かつて八瀬は、そんな名前の生徒の担任だった。

 そう、目の前に立つハルトシュラー=ハニャーンの兄の担任だった。
 彼女の双眸は彼を思い出させるような水銀のような銀色だ。


「『ツー』という渾名の生徒と、仲が良かったから、でしょうか。彼は、滅多に名前では呼ばれず、専ら、苗字で呼ばれていました」


 そして彼自身も自分の名前が嫌いだったように思えた。


「だから逆に、私のことは名前で呼ぶ、か」

「そういうことに、なりますね。親しげで、申し訳ない、限りです」

「気にしていないのが私だ」

「ありがたいです」

39 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:38:06 ID:BNC2PftI0

 ハルトシュラーが言う。


「あなたが兄の担任だったことは聞き及んでいる。呼び止めたのは、昔話をしたいからか?」

「昔話、そうですね。はにゃ君――彼の話でもあり、あなたの話でもある、そういう話をしたい」

「……私は兄に似ているか?」

「違う部分は、まるで違います。ですが、似ている部分は――いや同じ部分は、全く同じ。そういう感じ、です」


 例えば彼女の兄は人気者だったし、教師からの評判も大変良かった。
 こういうところはまるで似ていない。 

 だが何かを心底憎悪し、誰にも心を許していない感じ。
 そういうところは全く同じだ。

 言わば、兄の方は心の壁が何層にもなっていて、親しげに話していても実は誰の声も届いておらず。
 一方で妹の方は心が厚い壁で覆われていて、そもそも誰の声も訊く気がないような。
 少なくとも教師八瀬は二人に対してそんな印象を持っていた。


「わたしも、ずっと、はにゃ君は、心を開いてくれていると、そう思っていました」

40 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:39:04 ID:BNC2PftI0

 すぐ近くで彼を見続けていた八瀬もそう思っていた。
 ある出来事でそうではないと気付いたが、そのことがなければ今でも「良い子」としての思い出だけが残っていただろう。


「何か、兄が迷惑を掛けただろうか」

「まさか。はにゃ君は、いつも他人を、助けているような、そんな生徒でした。わたしも、助けられた一人、それだけの話です」


 ハルトシュラーは詳細を訊くことはしなかった。
 兄がそういう人だとは知っていたからだ。
 表面的には極まったお人好しで、しかし奥底にはドロドロとした泥のような感情が確かにあり、それが行動の指針になっている――そんな人間。

 何かキッカケがあればあの人の本性はすぐ分かる、と彼女は思う。
 自分と同じ『最悪』な本質は。


「八瀬先生。あなたが訊きたいことは『何故通り魔事件を解決しないか』だと推測するのが私だ」

「……そういう、勘の良いところは、同じですね」


 そんな風に笑って、思った。
 彼女に生徒指導部の言葉が通用しなかったように、あの頃の彼に対しての自分の言葉も、きっと通用していなかったのだろうと。

41 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:40:04 ID:BNC2PftI0

 ハルトシュラーは言った。


「襲われているのは素行不良生徒だ。彼等はプライドが高いことが多い。事実、被害者の多くは被害に遭ったこと自体を隠している」

「自分が助けると、被害者の、心を傷付けてしまう。そういうこと、ですか?」

「その理解でも構わない。私としては彼等の選択を尊重したつもりだ」


 もしかすると彼女は不良グループのリーダー格、伏見征路などに「手を貸した方が良いか」を訊いたのかもしれない。
 その問いの答えを踏まえて助けないことを選んだ――の、かもしれない。

 少なくとも、彼女の兄ならばそうしたというのが八瀬の考えだ。


「他にも、理由は、あるのでしょう?」

「分かっていることを訊くか?」

「まあ、推測は、できていますが。失礼な発言、になるので」

「それでも構わない。兄の担任であった人間から見る私を知りたい」

42 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:41:04 ID:BNC2PftI0

 『最悪』。
 その二文字が頭に浮かんだ。


「あなたの中、あなたの価値観では、今回の事件の、加害者と被害者は同じ、なのでしょう。助ける必要が、ない」


 彼女にとって助けたくない存在であり。
 ハルトシュラーの認識では不幸になっても構わないような人間。
 だから助ける必要や意義を感じない。

 被害者は理不尽に暴行を受けるだけのことを行なってきた生徒だと考えているし。
 加害者は犯行を積み重ねて少年院に入ることになれば良いと思う生徒。


「被害者の一人は、ある部活の、あったとされるいじめの、主犯格。そして、あなたは、かつていじめの被害者だった」


 ハルトシュラーからすれば、そんな奴は助けるに値しない。
 どころか――あるいは生きていることにすら値しない存在なのかもしれない。


「あなたは、誰がターゲットかも、犯人が誰かも、予測が付いている。だが、助けてはあげない。『不幸になれば良い』と、そう思っている相手だから」

43 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:42:04 ID:BNC2PftI0

 風紀委員長ハルトシュラー=ハニャーンは情状酌量を認めない粛清主義者だと言われている。
 だが八瀬から見れば風紀委員長としての彼女など恐ろしく、真っ当だ。
 彼女でしかない『最悪』なハルトシュラーは他の何が(正義・常識・倫理などが)許容しようとも自分が許せない相手は、殺す。

 そう。
 生徒会長として真っ当に君臨している一方で、退学者数や登校拒否者数を数倍に跳ね上げ、しかしこれ以上ないほどに学校を守っていた兄と同じように。


「はにゃ君が、人を助けた後に、よくこう言っていました――『好きでやってるんだから、好きなだけ、好きにやらせてよ』と」


 その言葉は人助けが好きという意味ではなかったのだ。
 言葉通り「好きにやっていた」――自分が許せない存在に私刑を下し続けていた、それだけの話。


「彼も、あなたも、同じ。究極の、自分勝手です。ただ報復を与える相手が、多くの人間が憎む存在だった。結果的に、正義だった。それだけのこと、です」

「……私も兄も、正義は好きだ」

「そうですね。そして、あなた達自身も、正義だと、私は思います。教師としてでは、ない。『八瀬ゆうたろう』は、そう思います」

「私達は正しいか?」

「わたしは、ゆうたろうは、分かりません。……ですが、あなた達の、見ている世界は、間違っていた」

44 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:43:04 ID:BNC2PftI0

 端的に言えば。
 「『毒を以て毒を制す』のは正義足り得るか」――という話だった。

 深夜の公園で見知らぬ女性が強姦されかけていて。
 それを見つけて。
 覆い被さっている相手の盆の窪に、持っていた傘を突き立てることは正しいかどうか。

 そういう話であり、それに対する八瀬の回答は「手段は間違っているかもしれないが状況はもっと間違っている」なのだ。


「……言いたかったのは、それだけです。何か、引っかかって、いましたが、話している内に、納得しました。悪口のように、なってしまって、申し訳ない」

「悪口? 否定するのが私だ。むしろ褒め言葉のように感じたな」


 きっと聞けば兄も喜ぶはずだ、とハルトシュラーは笑った。
 自分の担任が数年越しではあるが、理解を示してくれたことに喜ぶはずだと。

 きっとこれでも心に触れることはできていないのだろうけれど。


「最後に一つ、良いですか?」

「なんだ」

45 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:44:05 ID:BNC2PftI0

 そうして八瀬ゆうたろうは告げるのだ。
 あの時に彼には言えなかった――伝えるべきだったはずの想いを。


「あなたの正義は、間違っているかも、しれません。正しいかも、しれません。味方も、いるかも、しれません」


 けれど。
 だけど。
 そういうことではなく―――。



「あなた自身を、大切に想う、人がいます。きっと誰か。あなたの抱く、正義には関係がなく、あなた自身を――大切に想う、誰かが。きっと、います」



 あなたもあなたの兄も、親には愛されなかったかもしれないけれど。
 それでも、あなた自身を愛してくれる誰かが、いるはずだと。

 その言葉にハルトシュラーはフッと笑って言った。


「ありがとう。だが理解しているのが私だ。……そろそろ切り上げさせてもらう」


 変わらない背中を見つめつつ、今度こそ自分の声は届いただろうか――そんな風に八瀬ゆうたろうは考えた。

46 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:45:04 ID:BNC2PftI0
【―― 7 ――】


 これは後日のこと。

 それから暫く経った後、風紀委員会の会議室を掃除していたハルトシュラーは鞍馬兼に問い掛けられた。
 「あれ以来、呼び出されていないようですが」と。


「ハルト委員長の嫌疑は晴れたんですか?」

「どうやらそうらしい。感謝しているのが私だ」

「フン。俺はお前がやりそうなことだと思っていたのだがな」

「私も失礼ながらそう思っていました。鞍馬君は? そう思っていたでしょう?」

「貴様等は本当に失礼な奴等だな」


 この場にいる三人の部下の内、一人は清掃に協力する気が端からなく、もう一人は掃除は苦手なのでと邪魔にならないように隅に座っている。
 つまり役に立っているのは鞍馬兼一人だった。
 一体何をしに来たのだ、と思いつつも二人を部屋から追い出すことはしない。

 そんな二人は、ハルトシュラーにとって許せない存在ではないらしかった。
 この三人が八瀬が言っていた自分を大切に想ってくれる誰かなのかはまだ分からなかった。

47 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:46:04 ID:BNC2PftI0
【―― 8 ――】


 数日前に遡る。
 ハルトシュラーが生徒指導部に呼び出された次の日のことだった。

 机に座る鬱田は珍しく驚いた様子で訊いた。


「……今なんとおっしゃいましたか、八瀬先生」

「ハルトシュラーさんは、彼女は無実だと。彼女は、黙ってくれていましたが、あの時間――彼女は、私に、呼び出されて、いたのです」

「夜の零時を回るか回らないかという時刻にですか? いえそれ以前に、生徒を個人的に呼び出したことは問題だと思いますが。それも異性を」


 鬱田の静かな追及にも八瀬はペースを乱さずに答える。
 まるで自分は悪いことはしていないと言うかのように。


「軽率だった、今は、そう思っています。しかし、彼女の兄は、わたしの、元教え子です」

「懐かしくなったと? 昔話がしたいだけならば学校で立ち話でもすれば良かったと思いますが」

「いえ、」

48 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:47:04 ID:BNC2PftI0

 八瀬は続ける。


「彼のことも、ありますが、わたしという、個人が――彼女に、興味があった、のです」

「一人の生徒に対し、特別な感情を抱いていたということですか?」

「そう考えて頂いても、構いません」


 鬱田は黙った。
 同じように八瀬も黙る。

 二人以外の生徒指導部の教員も同じようなものだった。
 沈黙を守ったままだ。
 ……後方の自分の机でデスクワークをしていた宝ヶ池などは険悪なムードに逃げ出したくなっていたが。


「…………はあ。呆れた不在証明だ」


 鬱田が溜息を吐き、意見を求めるように視線を動かした。
 それと同時に他の教員は全員顔を背ける。

49 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:48:04 ID:BNC2PftI0

 そうして鬱田は言う。


「このことは教頭先生を始めとする管理職の方々に報告します。厳重注意処分……で、済めば良いと思いますね。解雇も覚悟してください」

「元より、覚悟、していたこと、です。ご迷惑を、お掛けしますね」

「分かっているなら気を付けて欲しいと思います」


 八瀬の方が年上ではあるが、生徒指導部での立場は生徒指導主事である鬱田の方が上だった。
 しかしそれにしても自分が責任者である部門の不祥事、しかも先輩の失態というのは、流石の鬱田も溜息しか出なかった。

 いや――その溜息は全てを理解してのものだったか。


「(八瀬先生が嘘を吐いているとして、それを証明する術はない。ハニャーンも『抜け出すことは可能だ』という発言をしている為に矛盾はない)」


 学校としては八瀬の発言を信じるしかないのだ、それを嘘とすれば生徒指導部の教員の言葉さえ信用ならないということになる。
 言わば刑事に対して「でも警察が犯人の共犯かもしれないよね?」と言うようなもの。
 そんなことを言い出してしまえば捜査(調査)どころではなくなってしまう――だから信じるしかない。

 もう一度、鬱田は溜息を吐いた。
 なんにせよ、ハルトシュラーはこれまでほどには疑われなくなるだろうと、それだけは確かだった。

50 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:49:05 ID:BNC2PftI0
【―― 9 ――】



 後日談を少し語っておこう。

 八瀬ゆうたろうには厳重注意及び減給の罰が課された。
 今後は教師と生徒以上の関係を持ってはならず、その兆候が伺えた場合にはより厳重な罰が待っている。
 寛大な処置には「話しただけで何もしていない」ということが大きい。

 またこれ以降、ハルトシュラー=ハニャーンは連続通り魔事件の容疑者から一応外れることになった。
 彼女が事件の会った夜に八瀬と会っていたとしても複数犯の可能性を考えると完全にシロとは言えないが、それでも疑いの目はマシにはなった。


 八瀬ゆうたろうが何故ハルトシュラーを庇うような発言をしたのかは彼以外には分からない。

 彼女の思想に共感していたか、彼女を大切に想う誰かであったのか、それとも彼女の兄に助けられたことの恩返しだったのか。
 やはりただ一つ確かな事実は――彼が呆れた不在証明を行ったことだけなのだろう。






【―――Episode-00 END. 】

51 名前:第零々話投下中。 投稿日:2013/06/29(土) 06:50:07 ID:BNC2PftI0
【―― 0 ――】



 《 repay 》

 @[SVO1O2 / SVO2 to O1](人が)O1(人)にO2(金銭など)を払い戻す

 A(人が)(好意に対して)(人に)恩返しをする、報復する

 B(物・事が)(努力・関心など)に報いる、価する





.


59 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:51:09 ID:24Io5O3g0

|゚ノ*^∀^)「あとがたり〜」

|゚ノ ^∀^)「『あとがたり』とは小説などにある後書きのように、投下が終了したエピソードに関して登場キャラがアレコレ語ってみようじゃないかというものです」

j l| ゚ -゚ノ|「要するに後書きの語り版であとがたりだ」


|゚ノ ^∀^)「今回は逆にシュラちゃんの話だったね」

j l| ゚ -゚ノ|「……私の話だったか?」




―――『あとがたり・第零々話篇』







60 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:52:02 ID:24Io5O3g0

|゚ノ*^∀^)「能力バトル、レディ・ゴー! 高天ヶ原檸檬です!」

j l| ゚ -゚ノ|「それも次回予告だろう。ハルトシュラー=ハニャーンだ」


|゚ノ ^∀^)「今回はゲストなしでーす。八瀬センセーはシュラちゃんに近付くと偉い人に凄く怒られるので来てませーん」

j l| ゚ -゚ノ|「怒られるくらいで済めば良いな」

|゚ノ ^∀^)「実際問題、教師が夜中に女子生徒を呼び出したら社会的に抹殺されそうだケド……」



j l| ゚ -゚ノ|「最初にその後について補足しておこう。八瀬ゆうたろう先生は今(本編開始後)でも、生徒会執行部顧問のままだ」

j l| ゚ -゚ノ|「諸々のことが職員室で内々に処理されたのだな」

|゚ノ ^∀^)「ただしさっき言ったように、シュラちゃんに近付かないようにと偉い人達から釘を刺されたのでもう全然会話してない……ん、だよね?」

j l| ゚ -゚ノ|「その通りだ。兄についての昔話も聞きたかったのに、残念に思うのが私だ」

|゚ノ*^∀^)「生徒会に入れば結構な頻度で会えるよ?」

61 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:53:02 ID:24Io5O3g0

j l| ゚ -゚ノ|「八瀬先生は冒頭から『教師は聖職者などではない』と述べているが、最後まで読めば少し感じるところがあったのではないだろうか」

|゚ノ ^∀^)「きっと、シュラちゃんのお兄ちゃんに教えることも、導くこともできなかったことを後悔してたんだろうね」

|゚ノ ^∀^)「ずっと『良い子』だと思ってて気付かなくて――それどころか気付いた後でも、声を届かせることができなかった」

j l| ゚ -゚ノ|「加えて後半で述べているように思想には賛成だったのだろう。自身の中に明確な正義(教義)がない為に、指導しなければと考えても、その言葉を持たなかった」

|゚ノ ^∀^)「間違ってるとは思っても、止める理由が思い付かなかった。教育って難しいね」


|゚ノ*^∀^)「でも、そういう経験をしたからこそ、子どもを未熟者扱いしない、生徒の意見をちゃんと聴く先生になれたんだと思うよ?」

j l| ゚ -゚ノ|「かもしれないな」



|゚ノ ^∀^)「どうでも良いけど、八瀬センセーって某政治家さんみたいな喋り方だよね。あの『軍事マニア』とか呼ばれてる」

j l| ゚ -゚ノ|「政治家という職業は言葉を選びながら話す必要があるのであのようになるらしい」

j l| ゚ -゚ノ|「確かに早口だと感情的に見えたり、あるいは相手側が非難されているように感じ感情的になり、討議が進まなくなるかもしれないしな」

62 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:54:02 ID:24Io5O3g0

|゚ノ*^∀^)「次は同じく、ゆったり話すタイプである鞍馬クンとのシュラちゃんのやり取り!」

|゚ノ ^∀^)「ここでの会話には鞍馬クンの好意が見え隠れしているケド、それ以外にも色々なネタが入ってるよね」

j l| ゚ -゚ノ|「第四話でのやり取りを思わせる発言も多々あるな」


|゚ノ ^∀^)「分かりにくいけど、鞍馬クンが最後に言った『誰かに助力を頼んででも目的を果たす』ってのは彼らしいよねぇ♪」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。少なくとも奴の嫌う素行不良生徒達のように意地を張らないことが分かる」



|゚ノ*^∀^)「次のシーンでは『髪フェチ』ということが判明してるケド……そうなのかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「面と向かって訊ねたことはないのが私だ。だが、宝ヶ池投機と同じように、注目している時間が長い」

j l| ゚ -゚ノ|「私の髪をブラッシングしている時も楽しそうだ」

|゚ノ;^∀^)「……そんなことさせてたの?」

j l| ゚ -゚ノ|「やりたそうだったので、やらせていた」

63 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:55:09 ID:24Io5O3g0

|゚ノ ^∀^)「同じくタカラちゃんも女子の髪が好きらしいってことで、どっちもロングが好きみたいだね」

j l| ゚ -゚ノ|「宝ヶ池投機は黒髪が好きらしいがな」



j l| ゚ -゚ノ|「その宝ヶ池投機はさっさと交代させられ、恐らくだが生徒指導部で最もやり手の鬱田独雄が登場だ」

|゚ノ ^∀^)「質問に入る前に色々言ってるのができる奴っぽいなぁ」


|゚ノ*^∀^)「僕も公務の時には敬語で話すケド、シュラちゃんは先生に向かっては普通に喋ってるよね。第二話然り」

j l| ゚ -゚ノ|「守れるルールは守るのが私だ。教員に礼儀を示すのも生徒の仕事の一つだろう」

|゚ノ ^∀^)「その言葉から察するに敬意のあるなしは関係ないみたいだケド……」

j l| ゚ -゚ノ|「だから『普通に喋れ』と言われれば普通に話す。流石に『貴様』という二人称は使わないが」



|゚ノ ^∀^)「あと、この会話ではテストで手を抜いてることが判明したね」

j l| ゚ -゚ノ|「わざと低い点を取っているのはその通りだが、試験時間を仮眠に充てる為に適当にこなしていることもある。面倒なので訂正しなかったがな」

64 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:56:03 ID:24Io5O3g0

|゚ノ ^∀^)「そんな感じで話が進んでいって……山場である八瀬センセーとのやり取り!」

j l| ゚ -゚ノ|「ここはあえて深く触れない方が良いだろう」


|゚ノ*^∀^)「やっぱり自分のことだと恥ずかしい?」

j l| ゚ -゚ノ|「そういう気持ちもなくはない」


j l| ゚ -゚ノ|「さて、八瀬ゆうたろうは『「教師としてではなく自分として肯定すること」が教師として正しいこと』と考えていたらしい」

|゚ノ ^∀^)「ややこしいね」

j l| ゚ -゚ノ|「最後に庇った理由もそういうことだ。教師として間違っているが、だが教師として正しい行動だった」

j l| ゚ -゚ノ|「矛盾していると思うだろうか? しかし、現実はそのようなことばかりだ」

|゚ノ*^∀^)「生徒指導部は生徒からの相談も受け付けてる。でも、例えば相談内容が『売春してしまった』とかだったら、どうなのかな?」

|゚ノ ^∀^)「相談を受けた教師としては守秘義務がある。だけど生徒の反社会的な行動を知りながら然るべき機関に伝えないのはそれはそれで職務怠慢だ」

65 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:57:03 ID:24Io5O3g0

j l| ゚ -゚ノ|「八瀬ゆうたろうの行為は正しかったのか、どうなのか」

j l| ゚ -゚ノ|「そういう疑問を仄めかして『彼が呆れた不在証明を行ったことだけが確かな事実』として話は終わる」


|゚ノ*^∀^)「んー、どうなのかな。シュラちゃんが犯人であるかどうかで行動の意味はかなり違ってくると思うんだケド……」

j l| ゚ -゚ノ|「面談室での会話では直接的な否定はしていない。が、それは向こうが問い掛けてこなかったからであり、私は犯人ではない」

j l| ゚ -゚ノ|「鬱田という教員は無駄な質問を極力しないようだ。『お前が犯人か?』と訊いて正直に答える犯人は中々いない」

|゚ノ ^∀^)「でもセンセー的には満足だと思うよ? 恩返し……じゃないケド、お兄ちゃんにはできなかったことを妹にはしてあげれたから」

j l| ゚ -゚ノ|「……たとえ私が犯人だとしても、か」



j l| ゚ -゚ノ|「では最後にタイトルの話だ」

|゚ノ ^∀^)「日本語の方はそのままだね。英単語の方は一つ目の意味は関係ないかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「一つ訂正だ。>>51の意味解説には『好意に対して』という部分があるが正しくは『行為に対して』だ」

66 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』投稿日:2013/07/01(月) 19:58:02 ID:24Io5O3g0

|゚ノ*^∀^)「それにしても『恩返し』と『仕返し(報復)』が同じ単語で表せるっていうのは、ちょっと面白いよね♪」

j l| ゚ -゚ノ|「どちらも相手の行為に対して行為を返すことだからな」


j l| ゚ -゚ノ|「知っているか? 人間は、優しくされた分しか、他人に優しくできない――そんな風な話がある。悲しいことだな」

|゚ノ*^∀^)「悲しいかな? シュラちゃん、この話の中だけでも八瀬センセーや鞍馬クンに優しくしてもらってるのに?」

j l| -ノ|「……そうか。確かに、それもそうだな」



|゚ノ*^∀^)「こんな不遜で可愛げのない女の子に優しくするって、見返りなんてなくても優しい男子は沢山いるんだねぇ♪ マゾっ子ばっかなのかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「事実だとしても率直に言い過ぎだ」

|゚ノ*^∀^)「庇ってもらったんだから八瀬センセーにおっぱいくらい触らせてあげればいいのに」

j l| ゚ -゚ノ|「痴女か。というか、それだと本当に彼の立場がないだろうが。ただの打算的で下心のある犯罪者になってしまうだろう」

|゚ノ ^∀^)「そうだね。……だから幸せになれば、それが一番の恩返しになるんじゃないかな」

j l| -ノ|「お前は下ネタを振りたいのか良い話に纏めたいのかどちらなのだ」


71 名前:おまけ・高天ヶ原檸檬の尊敬すべき先生方。その二。 投稿日:2013/07/05(金) 04:43:23 ID:D6r1mQ1o0
| ^o^ |「八瀬ゆうたろう」

【基本データ】
・年齢:三十代後半
・職業:淳中高一貫教育校高等部教師(担当教科は現代社会)、生徒指導部の一員、生徒会執行部顧問
・能力:生徒会顧問として『一人生徒会』を相手にできる程度
・生徒からの評価:「怒らないし信頼できるけど、若干話し方がウザい」

【概要】
 第零々話の主人公。生徒会執行部顧問。
 ハルトシュラーの兄の元担任。

【その他】
 名前の由来は京都市八瀬駅。
 元々は違う地域の人間で、淳機関に引き抜かれるような形で淳校の教員になった。
 彼の方が年上なのに鬱田が生徒指導部主事(責任者)なのは、八瀬が生徒会顧問という役目を負っているから。
 レモナとの仲は良好。
 生徒会顧問としての仕事は「上から伝わってきた生徒会の仕事を伝えること」と「レモナの提案で不可能なものを却下すること」が主。
 ハルトシュラーの兄とは彼の高校卒業以来一度も直接会っていない。

【備考】
 大人は子どもの延長線上にあるものであり、変わる機会がなければ子どものままの部分も残っている。
 だから大人であっても教師であっても子どもである生徒に言い負かされてしまうことはありえる。
 どうもそういうことを分かっていない大人が多い気がするが、今回の話では八瀬も「『自分の意見を持ちそれを伝える』という大人の対応」ができたわけだ。
 『教師』として、『大人』として、『自分』として、意味のあることができた。



戻る 次へ

inserted by FC2 system