リハ*゚ー゚リ 天使と悪魔と人間と、のようです Part3

72 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:44:11 ID:D6r1mQ1o0

 まずは毛先の縺れを優しく解きほぐす。
 手を添えて、少しずつ、丁寧に。

 次はブラシをゆっくりと動かして髪の中ほどから梳いていく。
 傷めないように、ゆっくりと。
 ロングヘアで髪の量が多いので小分けにして順番にブラッシングしていく。

 最後に根本から毛先に向け、髪の流れに沿って全体を櫛でとかす。
 頭皮のマッサージの為にもブラシの先が柔らかに頭皮に当たる程度の強さで丁寧に繰り返す。


「ん、っ……」


 風紀委員会の会議室。
 二人きりの空間。

 椅子に座ったハルトシュラーに鞍馬兼は立ち、ブラシを動かし続ける。


「(……気持ち良いのかな?)」

「ん……ぁ……」

73 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:45:03 ID:D6r1mQ1o0

 小さく声が漏れていた。
 普段とは違う、甘い声。
 こういう時ばかりは普段のような凛々しさよりも可愛らしさの方が勝る。

 ほとんど表情を変えない彼女が目を閉じて、リラックスをしている。
 なんだか信頼されている気がして、そんなことが嬉しい。


「(僕も、気持ち良い)」


 ハルトシュラーの艶のある長髪は触り心地も良い。
 柔らかで、ずっと触っていたくなる。 

 ……大きな声では言えないが、漂う彼女の香りも「ずっとこうしていたい」という欲望を加速させている。


「ハルト委員長は、」


 何か良からぬ感情、というか衝動が湧き上がってきそうになり、兼は自分を誤魔化すように口を開いた。
 手は止めず、気を使いながらだが、最早慣れたものだ。

74 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:46:04 ID:D6r1mQ1o0

 兼は言う。


「ハルト委員長は、髪も綺麗です」

「そうか?」

「はい、とても」


 髪は女の命だと誰かが言っていた。
 しかしその割には、現代の女性は髪をあまり大切にしていないと鞍馬兼は思っている。
 兼としては母親が凄く気を使うタイプなこともあり違和感を覚える。

 高いシャンプーを使うとか、美容室に通うとか、そういう風に気を使っていたのではなく。
 こういう風に丁寧にブラッシングをする人だった。


「そういう貴様はあまり大切にしていないようだが」

「そう……ですね」


 確かにそうだと苦笑いが出る。

75 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:47:11 ID:D6r1mQ1o0

 そうなのだ。
 そう言いつつも男子であるからか、彼自身は自分の髪をそこまで大切にしていなかった。

 十年近く水泳を習っていた為か、それとも中学時代に帽子を被らずにテニスをしていた為か、兼の髪は不自然に脱色された焦げ茶色だった。
 今はちゃんとケアをするようになった。
 もう日本人らしい黒い髪には戻らないが禿げたりする前に気付けて良かったと思う。
 

「塩素もそうですが、染めたりパーマを当てたりすると髪にはダメージが蓄積するんだから」

「貴様は黒髪が好きか?」

「いえ。その人に似合っていれば色は関係ないです」

「そうか」


 と、言っても、例えば大和撫子な幽屋氷柱がいきなり茶色に染めてきたりしたら困惑するとは思う。
 まあ彼女に限ってそんなことをするはずはないが。

 ……多分。


「でも――天使の輪が、」

76 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:48:04 ID:D6r1mQ1o0

 全体を万遍なく梳き終わったかどうかを確認しつつ兼は呟いた。
 天使の輪?とハルトシュラーが鸚鵡返しをする。

 はい、と答えて、続けた。


「艶のある綺麗な髪は光を受けると、天使の輪のようになりますけど……そういうのがある人は素敵だと思います」

「天使の輪か」


 ハルトシュラーにもそれはある。
 光を受けると、髪に天使の輪が浮かぶ。

 ……いや、彼女の場合は「悪魔の輪」なのだろうか。
 彼女は『悪魔』なのだから。
 その悪魔は答えた。


「西洋宗教絵画では『光輪』と呼ばれるものだな――英語で言えば“halo(ハロー)”。奴の名前と同じだ。天使の持つオーラを具現化し記号化したものだ」


 実際の天使が光輪を有するわけではなく、人間から見ると天使の威光は輪のように見える、ということらしい。
 同じように翼や羽衣なども霊的な力が具現化されたもの(また記号化されたもの)であるとされている。

77 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:49:04 ID:D6r1mQ1o0

「現代で言えば、私達の光輪は女子力を記号化したものになるのかもしれないな」


 なんて呟いてハルトシュラーは微笑む。
 あるいは自画自賛のようだが、確かに彼女は魅力的だった。
 悪魔的なほどに。


「髪というものは神聖な意味合いが付加されることが多い部位だ。切り取りやすいので呪いに使いやすい、ということも大きいかもしれない」

「『髪は女の命』という言葉もそういうことですか?」

「かつて日本においては髪が魅力の基準だった。長さや、美しさといったものがだ。その名残りだろうな」


 そうしてハルトシュラーは口遊ぶ。
 本当に『髪は女の命』だった時代の歌を。


「『黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき』」

「……どんな意味ですか?」

「乱れた髪を撫でてくれたあなたが恋しい――そんな歌だ」

78 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:50:05 ID:D6r1mQ1o0

「悲しい歌、ですね」

「そうか? そうは思わないのが私だ」


 どうしてですか?と兼は訊いた。
 ハルトシュラーは答える。


「私の先輩の中にも『髪は女の命』だと語る者がいた。その先輩はよく恋人に傷を付けていて……どうしてだか分かるか?」

「……いえ」

「キスマークの代わりのようなものだ。『傷が痛む度に私のことを思い出して欲しい』――そういうことだったらしい」


 私は寂しさを感じる度にあなたのことを思い出す。
 だから、あなたは傷が痛む度に私のことを想ってください。

 そうしてまた出逢えたなら、また傷を付けて―――。


「そういう風に何かに付けて思い出せる、と。それが苦しく寂しく、そして嬉しいのだ。そう先輩は言っていた」

79 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:51:04 ID:D6r1mQ1o0

 本当に悲しいことは、とハルトシュラーは言った。
 「だから本当に悲しいことは、その『寂しい』という感情を忘れてしまうことなのだ」なんて。

 自分が好意を抱いていたということ。
 誰かに愛されていたということ。
 ……そういうことを忘れてしまうことが悲しいのだと。


「さて、終わったか?」

「はい」

「ならば今日は解散だ。もう帰っても良い」


 ハルトシュラーは椅子から立ち上がり、ブラシを受け取ると帰り支度を始める。
 兼は暫く黙っていたが、一言、静かに言った。


「僕は……そうは思わないんだから。何かに付けて思い出すとかじゃなくて――好きだったら一緒にいたいと、そう思います」


 そうか、とハルトシュラーは返した。
 それだけだった。

80 名前:オマケD「髪は乱れて」 投稿日:2013/07/05(金) 04:52:03 ID:D6r1mQ1o0

 ―――天上の生徒会室の窓辺に佇んでいたハルトシュラーは、後ろから参道静路に声を掛けられた。


「委員長サン、髪。なんかなってるみたいだわ」

「……何がどうなってるのかさっぱり分からないのが私だ。枝毛でも見つけたか?」

「鏡で確認してみりゃ良いわ。ほつれてる感じ。委員長サンってそういう手入れはキッチリしてそうなのに」

「そうだな」


 確かにキッチリしている方だった。 
 そうだったのだ。


「ん、櫛貸してくれたら俺が梳かすが」

「遠慮するのが私だ。他人に私の髪を触って欲しくない」


 言いながら「何が『思い出すだ』」とハルトシュラーは思っていた。
 髪が乱れようが、それを手入れしようが、思い出すことなんてないじゃないかと。

 だって、優しい手の動きも、小さな息遣いも、耳に届く柔らかな声も――そもそも忘れられやしないのだから。


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