j l| ゚ -゚ノ|天使と悪魔と人間と、のようです Part2
- 821 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:50:05 ID:LYUNlljo0
・登場人物紹介
【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他
|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。
空想空間での能力はなし。願いもなし。
j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。
空想空間での能力は『ダウンロード(仮称)』。
_
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。
- 822 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:51:05 ID:LYUNlljo0
【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。
( ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。「天才」と呼ばれる『ただ努力しただけの凡人』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。
ハハ ロ -ロ)ハ
神宮拙下(ハロー=エルシール)。三年理系進学科十二組所属。風紀委員会幹部。
誰もが認める『天才(オールラウンダー)』。保有能力は『読心』で、彼個人の能力は不明。
( ´Д`)
天神川大地。二年普通科五組所属。風紀委員会幹部。
元歌舞伎役者の女形。
- 823 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:52:04 ID:LYUNlljo0
【COUP(クー)】
ナビゲーターであるジョン・ドゥが招致した人間達が作ったチーム。
五人構成らしい。
ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
保有能力は『ハンドレッドパワー』。
イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。
保有能力は『残す杙(ファウル・ルール)』。
- 824 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:53:04 ID:LYUNlljo0
【その他参加者】
それ以外の参加者。
リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』。
願いは特になく、知的好奇心から戦いに参加している。またヌルのチームとも交流がある。
( "ゞ)
関ヶ原衝風。所属不明。
保有能力は「手にした物体を武器に変換する」というもの。
願いは自身の流派の復興。
( ^ω^)
ブーン。所属不明。
保有能力は『恒久の氷結(エターナル・フォース・ブリザード)』。
川 ゚ 々゚)
クルウ(山科狂華)。一年文系進学科十一組所属。二つ名は『厨二病(バーサーカー)』『レフト・フィールド』。
保有能力は『アンリミテッド・アンデッド』。
イ从゚ ー゚ノi、
稲荷よう子。二年特別進学科十三組所属。図書委員長。
存在を人に気付かせず、意識されない。
- 825 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:54:03 ID:LYUNlljo0
【詳細不明なキャラクター】
暗躍する参加者達。
灰色の軍服のようなものを纏いインカムを付けている。
(゚、゚トソン
都村藤村。通称トソン。
保有能力は『ディストピア』。
〈::゚−゚〉
イシダ。恐らく偽名。
保有能力は不明。
( `ハ´)
トソンの協力者だった人物。
- 826 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:55:10 ID:LYUNlljo0
【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。
(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。
( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。
i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。
_、_
( ,_ノ` )
ジョン・ドゥ。トレンチコートの壮年。
/ ,' 3
N氏。車椅子に乗ったイタリア系の顔立ちの老人。
ヽiリ,,-ー-ノi
佐藤。ワンピースの女性。自称「恋するウサギちゃん」。
( ´∀`)
トーマス・リー。ホンコンシャツの小太りの男。
|::━◎┥
匿名希望。パワードスーツを着ている。あるいはロボット。
- 827 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:56:14 ID:LYUNlljo0
【現実世界での登場人物】
主に現実世界で登場するキャラクター。
壬生狼真希波。
三年文系進学科十一組所属。中高共同自治委員会会長。
『人を使う天才』と称される非凡な人物。
壬生狼真里奈。
一年普通科七組所属。新聞部員。
幽屋氷柱。
三年特別進学科十三組所属。弓道部部長。複数の武道で達人級の腕前を持つ。
良い人ではあるが善い人ではない才媛。
水無月ミセリ。
二年文系進学科十一組所属。『怪異の由々しき問題集』の語り手。
高天ヶ原投機。
一年文系進学科十一組の担任教師。担当科目は政治経済。
- 828 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:57:05 ID:LYUNlljo0
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
- 829 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:58:08 ID:LYUNlljo0
――― 第十話『 present ――愛さえも死さえも―― 』
.
- 830 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 22:59:06 ID:LYUNlljo0
- 【―― 0 ――】
好きです
だから付き合って下さい
僕じゃない、君を幸せにしてくれる人と
.
- 831 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:00:04 ID:LYUNlljo0
- 【―― 1 ――】
唐突に机の向こう側にいた壬生狼真希波が言った。
放課後、夕暮れ間近の図書館でのことだった。
「ところで二人共、『サルを完全に破壊する実験』の話を知っているかな」
妙に広い敷地を持つ淳高には図書館と書庫と図書室がある。
図書館は多くの人がイメージする通りのもので、併設する淳中と共用の所為か大学の図書館のような大きく新しくまた洒落た建築物だった。
書庫はその図書館の真後ろに存在し、普段は開放されていないが受付近くの通路から行くことができる。
そして淳高の教室棟にある図書室はこの学校が中高一貫教育校ではなかった頃の名残りである。
真希波達が居たのは書庫へと続く通路に程近い一角、入口や受付に近いながらも人気のない、壁と本棚に遮られた図書館の隅だった。
壬生狼真希波は辞書の収まった本棚を背にゆったりと座って、古いドイツ語の辞典を捲っている。
簡素な机と椅子が設置してあるのはありがたかったが、近くの蔵書(街の歴史についての資料や分厚い辞書)を腰を据えて読む人間など真希波くらいのもの。
その為に、ここは知る人ぞ知る、自治会長の専用の席となっていた。
尤も壬生狼真希波がこの場所を訪れるのは多忙さ故にそれほど頻繁ではないのだが。
「すみません、ご存知ないですね全く」
- 832 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:01:18 ID:LYUNlljo0
真希波の問いに答えたのは机を挟んで座る嫋やかな顔立ちの一年生、山科狂華だ。
いつも通り視線を合わせていないが、今日は目を逸らしているのではなく左手に持つ三枚のカードを睨んでいる。
両者の間にある机の上にはイラストの描かれたカードが複数枚、縦であったり横であったり、知る人でなければ意味の分からない配置で並んでいる。
狂華の側には赤っぽいものが多いが真希波の側では青や黒の色合いのものが主流だった。
少し突っ込んだ話をすると、狂華はビートダウン(あるいはウィニー)を使っており、対して真希波はパーミッション(若しくはコントロール)を使用している。
二つだけ、事前知識の全くない人間でも分かることがある――この二人がカードゲームで対戦しているということと、真希波が優位に立っているということだ。
「すみません、辞書読むの止めてくれませんか? というか手札机に置かないで手に持っててくれませんか、アレですか余裕アピールですか」
「“You play with the cards you're dealt, whatever that means”」
辞書を起き代わりに手札を拾い上げながら真希波は呟く。
流暢な発音の一言にむ、と狂華は唸った。
「……はあ。『カードを睨むな、手札は変わらない』ということですか?」
「厳密には違うが同じような意味だ。鞍馬口君は私と山科君、どちらが勝つと考える? 想像の結果を聞かせて欲しい」
「想像も何もこのゲームであなたに勝てる人間なんて淳高にはいないじゃないっすか。ゲームならまだしも、マッチじゃ誰も勝てないっすよ」
- 833 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:02:03 ID:LYUNlljo0
狂華の使ったカード(唱えた呪文)を見ることもしないまま手札の一枚で打ち消しつつ「なるほど」と鋭い光の宿る瞳を細める。
机上の勝負の傍ら、壁にもたれかかりながら傍観する鞍馬口君と呼ばれた生徒は覇気なく笑って続けた。
あの『天使』やら『悪魔』がマジでやってたなら分かりませんが、と。
「先輩と仲良しの図書委員長はボードゲームは得意ですが、こういう自由度の高いゲームは苦手みたいですし」
「……確かに。彼女はチェスも将棋もシャンチーもかなりの実力者だがストラテゴや海戦ゲームになると途端に勝率が下がる」
「狂華君がラブってる洛西口さん? だったかは、チェッカーは好きだけどテーブルゲームはやらないでしょ?」
「彼女が好む盤上遊戯はチェッカーとモノポリーだけだと言える。テレビゲームなら桃太●電鉄やいた●トもたまにはやる」
「はあ、強いんでしょうね。あの人性格悪そうですもん、良い意味でサ」
「良い意味で性格悪い」とは妙な表現だったが、鞍馬口が微妙におかしな言葉を使うのはいつものことなので真希波は気にせず先を促す。
「あとは……。他に壬生狼さんに匹敵するような頭良い人を僕は知らないっすね」
「私としては君の親戚の鞍馬兼君と勝負してみたいな」
- 834 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:03:09 ID:LYUNlljo0
「アイツ将棋弱いっすよ。稲荷さん? とは逆に軍人将棋だと強いですけど」
鞍馬口の言葉に「想像通りだな」と真希波は呟くと、狂華の攻撃を適切に捌いて次のターンで勝負を決めた。
二人のマッチは壬生狼真希波が二勝して勝利という結果に終わった。
また負けたと呟く狂華に「ウィッシュボードを上手く使えれば勝負は分からなかった」とフォローを入れると真希波は話を再開する。
「私達は三人ともカードゲームを嗜む人間だが、こうして過ごしていると私はふと、サルの実験を思い出してしまう」
「すみません自治会長再戦しましょう。今度は遊●王で。デッキ持ってますか?」
話の腰を折らないで貰いたい。
後輩を窘めながらもテーブル上のカードを片付けると鞄から違うデッキを取り出しているので勝負を受ける気はあるらしい。
一度シャッフルし、相手とデッキを交換してシャッフルし……というお馴染みの手順を行う。
「ボタンを押すと餌が出る箱がある。サルはボタンを押し餌を得るようになるが、ボタンを押しても餌が出てこなくなると興味を失くす」
「はあ。それで?」
「だが餌が出たり出なかったりするように設定するとサルは一生懸命ボタンを押し続ける。どれほど確率が下がろうと、一生懸命にボタンを押し続ける」
- 835 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:04:25 ID:LYUNlljo0
箱になど構わず自力で探しに行った方が餌を得る確率は高いにも関わらず。
サルは、ずっとボタンを押し続けるのだ。
静かに真希波は語り、対面に座る狂華は何も答えることなく先行を取ると五枚カードを引きゲームを始める。
カードを使い、モンスターを繰り出しコンボ、あるいは「ソリティア」と呼ぶべきものを始める。
……が対する真希波は即座に手札より羽衣のようなものを纏った魔法使いを墓地へと送り狂華の即死攻撃を中断した。
そうして淡々と話を続ける。
「サルのことを愚かだと人間は笑うだろう。だがギャンブルだってそれと似たようなものだ、そして」
「……はあ。僕達がやってるカードゲームだって似たようなもの、っすか」
パチンコで大当たりの感覚を忘れられず依存症になるように欲しいカードや珍しいカードが出るからこそパックを買い続ける。
サルか、私達か、どちらが愚かなのか分からないなと真希波は笑った。
「結論を言うと、『人生(ゲーム)にマジに取り組むなんて馬鹿らしい』ってことっすか」
「鞍馬口君の結論はそれか。私の結論は『ギャンブルやカードゲームは売る側の方が面白い』だが、価値観の相違だな」
「公正公平が好きな頭の良い奴はカードゲームなんかしないってことは確かだと思いますけど」
- 836 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:05:27 ID:LYUNlljo0
カードゲームもチェスもマインドスポーツだが、後者は二人零和有限確定完全情報ゲームと呼ばれるもので偶然にも金銭にも左右されない。
純粋な読みの深さを争う競技だからこそ頭の良い稲荷よう子や洛西口零は好んでいるのだろう。
だが、壬生狼真希波という天才は、彼女達と同じく「頭が良い」と言える人間だが――しかし完全情報ゲームよりもカードゲームを好み得意としている。
偶然や金銭といったどうしようもない要素が存在し自由度が極めて高いマインドスポーツを。
それはきっと性格に不器用なところがある彼女達二人と違って真希波が生きることそれ自体が上手いからだ。
限りある資産を活用し、環境を踏まえ戦術や戦略を練り、配られた手札で最善を尽くし、少ない情報を元に相手の思考を読み勝負する。
選べない環境、降り掛かる不幸、押し付けられた設定――『人生』というゲームは公平でも公正でもないものの、それでも勝つ天才は確かにいる。
「はあ。壬生狼さんはチェスより軍人将棋が得意で、軍人将棋よりマ●ックが得意で、マジ●クより戦争や政治が得意なんすね」
「私は人生も戦争も政治も『ゲーム』とは言わないよ」と真希波は返した。
どうだか、と鞍馬口は小さく笑った。
壬生狼さんにはそういうゲームに勝つ為の能力がほぼ全部揃ってるでしょうに、と。
「…………お話し中すみません、また負けそうななんですが、なんで当たり前みたいに自治会長は初手にヴェーラー持ってるんですか」
「必要不可欠なカードを必要な時に引けなければ真のデュエリストとは言えないよ。これはそういうゲームだろう?」
そう、壬生狼真希波という天才は運も結構良いのである。
- 837 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:06:15 ID:LYUNlljo0
- 【―― 2 ――】
その写真には一人の少女が映っている。
一言で言えば、可愛い少女だった。
ゆったりとウェーブした茶の髪を大きく緩い三つ編みにしたその少女は笑って公園のベンチに腰掛けている。
朗らかで、明るく、けれど煩わしくはない性格が笑顔から伝わってくる。
見た目も可愛い人だが、きっと内面、言動も可愛い人なんだろうな。
一枚の写真を見ただけでなんとなくジョルジュはそう思った。
「にしても…………胸デカいな。メロン、みたいな」
「そうか、貴様はこういうタイプが好みか」
そういうわけじゃねぇけど、とポートレートを目の前のソファーに座るハルトシュラーに返した。
元々はその写真は彼女が持っていた本(島崎藤村の詩集)に挟まれていたものであり、ジョルジュはそれを拾ったわけだ。
生徒会室。
何か用事らしく部屋の主である生徒会長高天ヶ原檸檬はいない。
なので、今はあの演奏会に行った日以来の、ハルトシュラーと二人きりの一時だった。
- 838 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:07:04 ID:LYUNlljo0
二人きりになり改めて『悪魔』を見ると殲滅な美しさに戦慄する。
目も眩むような銀髪も、容姿端麗限定の辞書のような顔立ちも、そのスタイルから全てに至るまで悪魔の作り上げた至高の芸術品のようだ。
その中でも特に化物染みていると感じるのが、水銀のように流動する銀色の双眸。
「……どうかしたか、名も知らぬ素行不良生徒」
「っ! ……いや、なんでもねぇわ」
まさか「見蕩れていた」とも言えずジョルジュは顔を背けた。
そんな態度をハルトシュラーはさして気にもせず話を続ける。
「彼女は私の尊敬する先輩の一人だ。前に貴様が戦った赤ワインのような髪の男を覚えているか? 奴の一つ年下で、私の兄の二つ下だ」
「ふーん……。じゃあ俺からすると結構年上か」
「当然の帰結だがそうなる。ただ年齢については気にする必要はない。いつだったか、年下の男子も好みだと述べていた気がするのが私だ」
だから別に仲良くなりたいとか思ってない、と言い掛けて、嘘は通用しないんだったと思い出し口を噤む。
- 839 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:08:24 ID:LYUNlljo0
正直言って無茶苦茶好みだった。
茶の長髪も、たわわな胸も、年上であることも、ちょっと胸元が空いた服装のセンスも、明るい(と思われる)性格も全部がストライクだ。
何気に今ここにいないレモナも同じ特徴を持つことを踏まえると本当にこういうタイプが好みなのだろう。
しかし。
「アンタが『尊敬する相手』か……。アンタが尊敬するんだから、さぞ凄い能力を持ってるんだろうな」
「失礼ながらそうでもないと断言するのが私だ。彼女の特筆すべき能力はメイド喫茶でトップクラスの人気を獲得するような可愛らしさしかない」
今の情報で写真の彼女が明るい性格であることが確定した。
「まあ確かに可愛い人だわ」
「見た目だけではない。言葉の選び方、しなの作り方、非言語コミュニケーションの諸々、他人に対する観察眼と記憶力……。全てが可愛らしさに繋がっていた」
あるいは『可愛さのイデア』とはああいうものなのかと思うほどに。
ハルトシュラーはそう言った。
それは言い過ぎにしても『愛される』という能力の一つの到達点ではあるだろう、それくらいに嫌味なく可愛らしいのだ。
- 840 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:09:06 ID:LYUNlljo0
考え、ジョルジュは言った。
「アンタはそういう面を尊敬してたのか?」
「……難しいな。どちらかと言えば、彼女の所作については『尊重していた』というのが近いだろう。一つの在り方として認めていた」
「なら何を尊敬してたんだ?」
「生き方だ」
端的にそう告げてハルトシュラーは目を閉じる。
空の続く場所にいる一人の先輩のことを。
「忠告しておくが会いたいのならば早めが良い。今すぐにでも行くべきだと考えるのが私だ」
「へ? また急だな……なんでだよ」
そうして少女は言った。
「持ってあと数日、早ければあと数時間しかこの世にはいないからだ」
- 841 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:10:10 ID:LYUNlljo0
- 【―― 3 ――】
「あれ、壬生狼クンは?」
自治委員会の本拠地、理事長室隣の小会議室の戸を開けた高天ヶ原檸檬は室内を一瞥するとそう問い掛けた。
自治会室は向かって右側には天井まで届く備え付けの棚、部屋の中央に在る仕切り代わりのシステムラックなどから全体的に雑多な印象を受ける部屋だ。
ハルトシュラーの城である風紀委員会本部に比べると整理が行き届いていない感じがするのは幹部専用の部屋だからか。
例えばIT企業のCEOの机がそうであるように、他人からは煩雑で散らかっているように見えても真希波達は何処に何があるか理解しているのだろう。
「申し訳ありません生徒会長。現在真希波は不在です」
問いに呼応し、擬似的に部屋を二つに分けるラックの向こう側から現われたのは壬生狼真希波のクラスメイト。
丁寧な、けれど決して過度ではない化粧の彼女は自治会長の腹心と言われる副委員長だ。
「ふーん? 僕を呼び付けておいて、壬生狼クンはいないんだ」
「申し訳ございません。弁解をさせて頂けるならば今回の件は自治委員会では私の担当なので、真希波も私が対応すれば良いと考えたのではないかと」
「そっか、壬生狼クンはワンマンバンドじゃないもんね」
- 842 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:11:03 ID:LYUNlljo0
高天ヶ原檸檬の二つ名は『一人生徒会(ワンマン・バンド)』だが壬生狼真希波はワンマンバンド(一人で全てをこなす者)ではない。
統括と指示こそ行うが、時と場合によっては部下に一任することも多いのだ。
そして今回のケースは副会長の彼女が担当になっていたのだろう。
その眼鏡のよく似合う少女は、言う。
「今回は長期欠席中の生徒に関しての意見交換、ということでよろしいですか?」
「うん。ちょうど僕もそういうことが知りたかったし。壬生狼クンからの情報交換の申し出はチョーイイネ、サイコー!って感じかな?」
学校の状況を正しく把握する為にも彼等中高共同自治委員会と生徒会執行部との連携は不可欠なものだ。
なので、自治会長である壬生狼真希波が生徒会長を呼び意見を求めるのは不思議ではないのだが……。
「(シュラちゃんは『空想空間』での活動に際して欠席が多い生徒を調べてた。壬生狼クンも、同じ目的かな?)」
『空想空間』にログインは睡眠の形を取って行われるので学校に来ていない生徒は有利と言えなくもない。
故にハルトシュラーは「ここ数日欠席が増えた生徒(ログインの為に休んでいる生徒)」がいないかどうかを調べている。
対し、今回真希波が意見交換の対象としたのは「長期欠席中の生徒」という一回り広い分類だ。
ログインをする為に休んだわけではなくとも、休んでいる最中に夢の中の異世界に呼ばれる、ということは十分に考えられる。
目の付け所は悪くない。
- 843 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:12:19 ID:LYUNlljo0
尤も、中高合わせて二千人を軽く超える淳校の不登校生徒全てを把握し個別に検討するだけの能力のあればの話だが。
「(ただ委員会活動という形で僕に意見を求める理由は分からない。純粋な委員会活動なら納得なんだケド……)」
この申し出にはどういう意図があるのか。
あるいは、ただの親切心か。
恐ろしく利己的な思考をする一方で見返りがないどころか損をするような優しさを見せる灰色の枢機卿――それが、壬生狼真希波。
「生徒会長、よろしいでしょうか?」
「んー? 僕はいつでも良いよ?」
「そうですか。何か思案に暮れていらっしゃるようでしたので……」
「別に。僕は大丈夫だよ、心配してくれてありがとー」
答えつつ、厄介な懐刀だなあと天使は小さく笑った。
最近睡眠障害を発症し調子が優れないと風の噂で聞いていたが向かい合うと全くそういう風には見えない。
むしろ前より冴えているようにすら見える、よく眠っているからだろうか?
- 844 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:13:22 ID:LYUNlljo0
そうしてお世辞にも整理されているとは言えないシステムラックから書類を取り出した副委員長は檸檬にパイプ椅子を勧める。
「どうぞ、お掛け下さい」
「ありがとう。んー、でも僕、落ち着きのない子だから、立ったままの方が良いかな。長居するつもりもないし」
「……申し訳ありません、私が座りたいのです。私は生徒会長ほど体力自慢ではないので……」
「じゃあ僕なんて気にせず座っていいよ。座りたくなったら勝手に座るから」
では失礼して、と眼鏡の少女が滑らかな所作で腰掛ける。
長居するつもりはないのに既に一分以上時間が経ってしまっている、早く始めようと『一人生徒会(ワンマン・バンド)』は話を切り出した。
「それでね、結局、長期欠席中の生徒に関しての意見交換とか情報交換とか言っても具体的には何をするのかな?」
「はい。まずはこの資料を御覧下さい」
「ん……。長期欠席してる生徒の一覧表? 前々から思ってたんだケド、一般生徒の名簿とかを生徒会が手に入れられるのって情報管理的に良いのかな?」
「私達が気を付ければ問題はないです。そして重要度の高い情報は私達の目が届かないように管理されています」
- 845 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:14:05 ID:LYUNlljo0
例えば私達の身長体重スリーサイズ等は、と副委員長は笑った。
「最近はアレルギー対応も整備されてきましたが、生徒が持病の発作を起こした際、対応できるのが保険医だけだと間に合わないことも考えられます」
「だけど保健委員が知っていれば処置が間に合うこともあるってコト?」
「はい。本来は担当教諭が気を付けるべきなのでしょうが、先生方も四六時中教室にいるわけにもいきませんから……」
遠回しに「不登校の生徒の対処なんて担任がやるべきことなのに」と主張するような彼女の言葉。
生徒の自主性云々、という建前で雑務(言い方は悪いが)を生徒会や委員会に手伝わせるのは制度としてどうなのだろうか?
高天ヶ原檸檬個人としてはどちらでも良いのだが。
きっとハルトシュラーや真希波もどちらでも良いのだ。
公的な立場などなかったとしても、間違いなく学校を良くする為に私的に活動していたことだろう。
「さて、ご存知でしょうが長期欠席には四つの種類があります」
「心身の故障を理由とするもの、経済的理由によるもの、不登校、その他……だっけ?」
「その通りです。生徒会長のご友人で言えば三年一組の伏見征路は一つ目、二年十三組の洛西口零は不登校に該当します」
- 846 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:15:55 ID:LYUNlljo0
ジョルジュの親戚でもあるボクシング部の伏見征路はバイク事故で入院中、理由は『心身の故障』。
対し、洛西口零は単に面倒で登校することが少ないだけなので理由は『不登校(無気力により登校していない)』となる。
「当たり前ですが病欠の生徒に対し私達がすべきことはありません。三年十二組の神宮拙下のケースのように、登校再開後に気を配る必要はありますが」
「配布物とかは? 先生が持って行くんだっけ」
「重要な書面はそうですが、授業のプリントなどはクラスメイトや私達自治委員会が担当します」
例えば、と副委員長は立ち上がると檸檬の持つ表の一部分を指差した。
高等部第二学年七組、二軒茶屋直。
「この生徒は理由の項にあるように持病での欠席ですが、同じクラスの保健委員の生徒が届けているそうです」
「ふーん……家が近いの?」
「斜向かいだそうです。ですが二軒茶屋直は入院していますので、単に仲の良い生徒に頼んだのでしょう」
「さやかちゃんか」
「は?」
- 847 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:17:22 ID:LYUNlljo0
いやなんでもないよと返し、先を促す。
「話を戻します。先に述べたように長期欠席の理由は四つに分類されますが、多くは私達にはどうしようもないことです」
病欠の生徒に会いに行くのは勝手だが病気や怪我が治るわけではない。
経済的理由で登校できない生徒にとっては生徒会や委員会よりも教師陣や理事会の方が有用だろう。
その他、例えば義務教育に価値を見出さない家庭の場合はどうしようもない。
「そもそも経済的理由で欠席する生徒は淳校にはほぼ存在しません。創設者が金融機関の人間なので奨学金制度は豊富ですから」
「理由がない生徒は? 放置で良いの?」
「二年十三組の生徒の多くは怠学ですが進級の要件は満たしています。生徒の自主性を重んじるのなら『学校に来ない自由』だって在るべきでしょう」
「うん、その通りだね」
「また淳中高一貫教育校の性質的に、全日制課程の授業には出席していないが、定時制や通信制を利用して単位を収めている生徒も存在します」
淳校には全日制の他に、定時制(同じ敷地内で校舎が別)と通信制(教室はないが設備が存在する)も完備されている。
これらは並列して利用することも可能なので、結果的に「教室では出会わないが同じ年に入学し同じ年に卒業する同級生」なども生まれることとなる。
- 848 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:18:03 ID:LYUNlljo0
『一人生徒会(ワンマン・バンド)』と呼ばれる高天ヶ原檸檬を知らない淳校の生徒も存在するかもしれないのだ。
「正直に申しまして、この淳中高一貫教育校では『不登校』は事実上問題ではないのです。登校せずとも卒業はできるのですから」
教室に来ることはできずとも、保健室になら登校する。
昼間来ることはできなくとも、夜間になら登校できる。
学校自体に行きたくないと言っても、卒業くらいならどうとでもなる。
問題が、制度的に見ると最早問題ではない。
解決されてしまった。
「……本当に良い時代になりましたね。私達は学校に縛り付けられることがない。普通から多少外れてしまっても問題なく生きていける」
副委員長の言葉に天使は暫く沈黙を守り、やがて呟いた。
「ふぅん。……僕は、それが良いことかどうかは、分からないケド」
「そうですか?」
- 849 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:19:09 ID:LYUNlljo0
そうだよ、と檸檬は言って続ける。
「自宅で単位が取れるからって車椅子の子が登校しなくなったら学校はずっとバリアだらけだよ」
ああ、もう何分経っただろう。
なんでこんなこと話しているんだろう。
そんなことを思いながらも、この学校の生徒会長は続ける。
「クラスに馴染めない子はみんな定時制に変えられるようにしたら、その子は人との付き合い方を知らないままだし、クラスは違いを知らないままだ」
「……つまり?」
「結局ね、元は『多様性を認める』という主張なのに――結論が『普通を定義し、異常を弾く』になっている気がするんだよね」
いじめられた子が無理に登校する必要はなくなった。
なるほど、結構なことだ。
しかし――それは状況に対応しただけで根本的な問題は何も解決していない。
それは本当に良いことなのだろうか?
- 850 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:20:13 ID:LYUNlljo0
特別進学科十三組は特別な才能を持つ生徒の為のエクストラクラスだ。
しかし、それは『区別する』という主張で常人と天才との溝を深めているとも言える。
こんなことを続けて行けば、最後には人間はそれぞれの部屋に閉じ篭り、一人きりで変わらず傷付かず生きていくことになると彼女は思う。
「…………思えば春選挙の際も――いえ今に至るまで、あなたと自治会長はその一点だけは相容れないままですね」
「そう言えばそんな論争もしたかな? もう昔のことだし、あんまり覚えてないケド……」
ご冗談を、と副委員長は微笑み続ける。
「そう。今回生徒会長をお呼び立てしたのは、このことに関する意見を伺いたかったからです」
制度の充実によって淳校では長期欠席は問題ではなくなった。
しかしこのままで良いのか、それについて意見を聞きたくて真希波は檸檬を呼んだ。
「僕だったら賛成しないと分かってたのに?」
「賛成しないからこそ、ですよ。自分を支持する信者ばかりに囲まれていると、いつの間にか大事なことを見失っている。周囲に人がいる天才の悩みの一つです」
- 851 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:21:12 ID:LYUNlljo0
壬生狼真希波は『人を使う天才』と呼ばれる。
だが、それは『人の良いところを見つける才能があることだ』とある教員は言った。
それはあるいは、他人を信用し、尊重する力だ。
「真希波からの伝言です、生徒会長。『あなたならそう選択すると信じていた。今度改めて議論しよう。風紀委員長にもよろしく』――とのことです」
「……そっか。これも想像済みなんだね、壬生狼クン」
生徒会長はそう一言呟くと出口へと向かう。
その口元には笑み。
高天ヶ原檸檬は酷く愉しげな、凄惨な笑顔を浮かべていた。
「お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした、生徒会長。次回相見え交える時を楽しみにしています」
「ううん、気にしなくていーよっ。僕も愉しかったから」
扉を開けて廊下に出る。
開いた戸が閉まり切る直前に見た副委員長はあくまで微笑んだままだった。
さて、交えるのは言葉か刃か、どちらなのだろうか―――。
- 852 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:22:05 ID:LYUNlljo0
- 【―― 4 ――】
思わず絶句するジョルジュにハルトシュラーは言った。
「何を驚いているのか疑問に思うのが私だ。人間はいつか死ぬ。違いはそれが一時間後か、千年後かということだけだ」
「ナチュラルに千年生きれる奴は人間じゃねぇわ――じゃなくて! アンタの先輩、マジで死にそうなのか?」
そうだ、と。
淡々と答えて悪魔は続ける。
「先天性の病気なのでいつかこうなることは分かっていたことだ。本人も納得している。むしろ今までよく生きたと称賛したいのが私だ」
「……治らねぇのか?」
「どうだろうな。困難な手術が成功すれば余命は伸びたかもしれない。投薬治療を行えば病の進行は遅らせることができたかもしれない。……新薬の研究にだけは協力していたが」
だが。
彼女はその選択肢を選ばなかった。
だからこれは、それだけのことなのだ。
- 853 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:23:16 ID:LYUNlljo0
生まれてからずっと病と付き合い続けてきた一人の人間が、旅立とうとしている――それだけのことだ。
「私が尊敬しているのは彼女の生き方だと言った。人の生き方は様々だ。彼女は自分の生き方に殉じる。だから私は尊敬する」
彼女が大切に思ったのは「普通の少女として生きること」だった。
寿命は短くなったとしても、精一杯に自分らしく生きることを大切にしていた。
だからハルトシュラーも尊敬する。
……だが、ジョルジュには納得することはできない。
「でも、委員長サンだって悲しいだろ?」
「さして悲しくはないのが私だ。特に珍しい話でもない。そもそも彼女とはそこまで親しくはない。確かに先輩だが、所詮は『兄の友人の一人』に過ぎない」
冷静な言葉に続けて「けれど」と彼女は語る。
「けれど……寂しくはある。二度と言葉を交わすことができないのは、寂しいな」
「なら今から行けば―――」
- 854 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:24:14 ID:LYUNlljo0
「行ったところで言葉を交わすことなどできない。少し前から調子が悪くなって入院していた。今ではもう、意識のない時間の方が多い」
「……そうか」
「今から病院へと向かい、ずっと張り付いていれば少しくらいは話ができるかもしれない。だがその少しの時間は別の人間との一時に使って欲しいのが私だ」
彼女の家族も、彼女の親友も、彼女の恋した人も、彼女の先輩も。
ちゃんと彼女の傍にいる。
だから彼女は不幸せではないのだ、と。
慰めるようにジョルジュにそう告げると、ハルトシュラーは話を仕切り直す。
「つまり彼女が彼女の生き方に殉じたように私も私がやるべきことをやるべきなのだ」
「それが、その先輩も望んでいるってことか?」
「そうではない。個人の意思を他人が語るべきではないと考えるのが私だ。だからこれは彼女の在り方を尊敬する私の、彼女に対する敬意だ」
最後にそう言うと、ハルトシュラーは写真を受け取り、何かを確かめるように詩集の捲るとその一葉を挟んだ。
やがて公務で出ていた生徒会長が戻り、今日も生徒会活動が始まる。
- 855 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:25:04 ID:LYUNlljo0
- 【―― X ――】
―――「ハルトシュラー・ハニャーン」 ガ ログイン シマシタ.
―――「サンドウ・キヨミチ」 ガ ログイン シマシタ.
.
- 856 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:26:07 ID:LYUNlljo0
- 【―― 5 ――】
恋の話をしようか。
「一つ、話をしようか。誰もが一度は耳にしたことのあるような、そんなありきたりな恋の話を」
デスクに広がる資料を整理していた壬生狼真希波は手を止め、そんなことを言った。
言葉を聞いた黒髪の少女はニヤリと微笑み、行儀の悪いことにその机の片隅に、しかし極めて魅力的な風に腰掛ける。
そうして、訊く。
「……ほう。どんな話なんだ、聞かせろ真希波」
「つまらない話だよ。作業の間に暇潰しとして話す程度の、本当につまらない話だ」
「つまらない話を私に聞かせる気か?」
「つまらない話だからこそ、だ。どうして私がそう思うか想像してみたまえ」
「お前の気持ちなど知るか」
- 857 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:27:06 ID:LYUNlljo0
突き放すような彼女の返答に「それでこそだ」と真希波は笑みを浮かべる。
「君のその姿勢は、あの神宮拙下と同じように、ある意味で好ましい」
「私と奴の仲が悪いことを忘れたのか真希波?」
「無論、覚えているとも。そして人はそれを同族嫌悪と呼ぶ」
少女は不服そうな顔をしたものの、今度は何も言い返さなかった。
なので真希波も続ける。
「話す際には実名は伏せようかと思っていたが君相手ならば問題はないだろう」
「本当に益体のない、どうでも良い話なら私は素直に怒るぞ。覚悟しておけ」
「……なら、覚悟だけはしておこう」
そうして壬生狼真希波は話し始める。
誰もが一度は耳にしたことのあるような、そんなありきたりな恋の話を。
- 858 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:28:11 ID:LYUNlljo0
- 【―― 6 ――】
レモナが生徒会室に戻ってきてから、なんだかんだと言葉を交わした結果、今日はハルトシュラーが『空想空間』へとログインすることになった。
あの闘争好きの天使が役目を譲ることは珍しい、ジョルジュとしては少しだけ心配だった。
尤もそれは病気で死ぬとか死なないとか、そんな話をした直後故の杞憂なのだろうが。
_
( ゚∀゚)「会長サン、疲れてるって言ってたけど大丈夫かな……?」
j l| ゚ -゚ノ|「心配なら今すぐログアウトし付いていれば良い。奴も喜ぶ」
_
(;-∀-)「いやそれはちょっと……」
意を汲んでいるようでいて、その実遠回しに「貴様のサポートなど私には必要ないのに何故付いて来た?」と邪魔者扱いするようなハルトシュラーの言葉。
その魅力にはいい加減慣れたがこの冷たい態度には未だ慣れない。
_
(;゚∀゚)「(慣れたら慣れたで、変に快感に感じちまいそうで嫌だけど……)」
もしかしたら風紀委員会は『閣下(サーヴァント)』のファンの集まりなのかもしれない。
というか、考えてみれば鞍馬兼はファンを自称していた。
やはりこれほどまでに愛嬌のない相手とは好意的な感情がなければ付き合えないということだろうか。
- 859 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:29:12 ID:LYUNlljo0
ハルトシュラー=ハニャーンは、態度云々以前に、他人を必要としていない感じがある。
そのことが態度に表れているだけ――素直に表に出しているだけ有難いとも思えた。
ニコニコと笑いながら心の中では誰も信用していないなんて、悲し過ぎる。
j l| ゚ -゚ノ|「貴様がどう思うかは勝手だが、」
と、ハルトシュラーが言った。
j l| ゚ -゚ノ|「私はそこまで寂しい人間ではないし、これでも幸せだ」
_
( ゚∀゚)「へ?」
j l| ゚ -゚ノ|「先輩に何を言われたのかは知らないが……勝手な感傷、不必要な同情は不愉快だな」
_
(;゚∀゚)「(コンサートの時にちょっとデレたと思ったら、すぐにツンが来た……)」
やっぱり訳分からねぇわ、と溜息を一つ。
つい先日「お前に愛される相手は幸せだ」なんて口説いているとも取れる台詞を吐いたところなのに、この態度。
イマイチ掴みかねない、もしかして今日は機嫌が悪いのだろうか?
- 860 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:30:06 ID:LYUNlljo0
蒼い空の下で足を止め暫しの思案。
参道静路の出した答えは。
_
( ゚∀゚)「もしかして…………今日って、女の子の日か?」
彼の仲の良い友人である鳥羽通ならツッコミ代わりに蹴り飛ばしただろうし。
例えば幽屋氷柱なら有無を言わせぬ迫力のある笑顔で「そんなことを訊いてはいけません」と釘を刺したことだろうが。
ハルトシュラーは、ただただ呆れるばかりだった。
j l| -ノ|「……どうしてそうなる」
_
(;゚∀゚)「だって委員長サン、不機嫌そうだし……」
j l| ゚ -゚ノ|「生理ということはない。隣に無能な味方がいて煩わしいだけだ」
_
(;゚∀゚)「酷い!!」
j l| ゚ -゚ノ|「貴様がどう思おうが紛れもない事実だ」
_
( ゚∀゚)「生理なのも事実か?」
j l| ゚ -゚ノ|「それは事実ではない」
- 861 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:31:16 ID:LYUNlljo0
なんだコイツは下着を見せないと納得しないのかと今度はハルトシュラーが溜息を吐いた――その時だった。
二人の前方の空間がぐにゃりと歪んだ。
咄嗟にジョルジュは身構え、ハルトシュラーは左斜め後ろへと距離を取る。
そして、歪みのその先から誰かが現われた。
その人物は―――。
(; _L)「しば――――がっ!!!」
暫く振りでございますお二方、と言おうとした瞬間に蹴り飛ばされ、そのまま歪みの中へと戻された。
踏み出した一歩目の膝を踏み台にしたハルトシュラーのシャイニング・ウィザードだった。
_
(;゚∀゚)「……今の、ナナシさんじゃなかったか?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだったな」
_
(;゚∀゚)「分かってて蹴飛ばしたのか?」
j l| ゚ -゚ノ|「奴がややこしい登場の仕方をするのが悪い。敵だと思った」
- 862 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:32:06 ID:LYUNlljo0
- 【―― 7 ――】
歪みのゲートに蹴り戻された黒いスーツの男――ナナシは、すぐに戻って来た。
同僚らしきアロハシャツの女に肩を貸されているが、それでも見上げた仕事根性である。
今度は流石にハルトシュラーも自重し先制攻撃を仕掛けることはなかった。
(∩‘_L)「お久しぶりで御座いますね、お二方」
j l| ゚ -゚ノ|「先ほどは申し訳なかったと思っているのが私だ。許して欲しい」
(;‘_L’)「文句の一つでも言おうと考えておりましたが謝られてしまっては仕方がありません。気にしておりません。また死ぬかと思うほど痛かったですが」
痛かったですが、ともう一度繰り返してナナシは本題に入った。
(‘_L’)「今回は二つの連絡の為の参じた次第でございます。重要なことなので直接お伝えに上がりました」
_
( ゚∀゚)「ん、じゃあ会長サンにも伝えとくわ」
(‘_L’)「ご厚意痛み入りますが、何分重要な件でして。ナビゲーターが直接伝えろとのことです」
- 863 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:33:14 ID:LYUNlljo0
言葉にハルトシュラーの双眸が鋭くなる。
ナナシに肩を貸している鬱蒼としたダークブラウンの髪の女、はははと笑いつつ花子が口を開く。
i!iiリ^ ヮ^ノル「一つ目のー、二回目のエクストラステージの話はそこまで重要じゃないけどねー」
_
(;゚∀゚)「おいおい。あの競技、またやるのか?」
i!iiリ゚ ヮ゚ノル「勿論内容は違うよ。今度は身体を使うバトルだ!」
そう言うとビシッと顔を指してくる。
妙なノリだ。
コイツは参加者にどういう奴を選んだんだろうと素直にジョルジュは気になった。
むしろ選ばれた参加者がどういう気持ちなのかが気になる。
全然頼りになりそうにない。
i!iiリ゚ ヮ゚ノル「あと二人一組だからぼっちは参加できない」
(‘_L’)「というわけで、一つ目の連絡は二度目のエクストラステージの連絡でした。詳細は追って」
j l| ゚ -゚ノ|「重要な件とは二つ目だと察するのが私だ」
ナナシは肯定し続ける。
- 864 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:34:17 ID:LYUNlljo0
(‘_L’)「この『空想空間』についてルール変更が行われます」
_
( ゚∀゚)「ルール変更……? 今更か?」
i!iiリ゚ ヮ゚ノル「本戦、って考えても良いかもね」
ルール変更――だとイマイチ意味が分からないが、花子の『本戦』という言葉なら納得はしやすいだろう。
ある程度の日数が経過し参加者はふるいに掛けられた。
今までは予選用のルールで運営されていたが、これからは本戦用に切り替わる、というわけだ。
j l| ゚ -゚ノ|「具体的には、どう変わる?」
(‘_L’)「変更点が多くありますので纏めて来ました」
_
( ゚∀゚)「お? じゃあアレをやるのか」
j l| ゚ -゚ノ|「あの異世界近未来っぽい演出だな」
(;‘_L’)「……変に注目されると、やり辛いですね…………」
特徴のない顔立ちに困惑を浮かべながらも軽く指を弾く。
するといつかのように音もなく、彼の脇に縦長で半透明のボードが現れた―――。
- 865 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:35:19 ID:LYUNlljo0
《本戦用ルール》
@これからの本戦ではログインは自動的に行われます。
A一週間に三度、試合の開催時刻が設定され、参加者の皆様はその都度「参加する」「参加しない」を選択して頂きます。
Bどの参加者の方も必ず一週間に一度は試合に参加しなければなりません。
C試合時間は一時間です(※一時間の間はログアウトすることはできず、また一時間を過ぎると強制終了となります)。
D試合中は現実世界の時間は止まります。
.
- 866 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:36:30 ID:LYUNlljo0
(‘_L’)「人数の減少に伴い、一時間という制限を付けてのバトルロワイヤルとなりました。」
j l| ゚ -゚ノ|「…………なるほど」
言の通りかなりの変更点がある。
中でも最も目を引くのは最後の一文。
_
(;゚∀゚)「時間が、止まる……? そんなこと可能なのか?」
(‘_L’)「可能です。時間程度止められなければ『願いをなんでも叶える』という大言は吐けないかと」
i!iiリ- ヮ-ノル「瞬間的な負担は大きくなるけど一時間に限定することで全体的なコストは少なくなる。まあ、そんな感じ」
j l| ゚ -゚ノ|「……そうだな」
と、ハルトシュラーが言った。
j l| ゚ -゚ノ|「恐らく『現実世界の時間を止める』のではなく、『空想空間での時間を極限まで加速させる』というのが正しいのだろう」
(‘_L’)「そうとも言えます」
- 867 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:37:36 ID:LYUNlljo0
- _
(;゚∀゚)「そうなのか……?」
つまり、二つの世界の時間の流れ方を変えるのだ。
現実世界の一秒を三千六百倍に引き延ばせば『空想空間』での一秒は現実世界での一時間に変わる。
あと桁を一つ二つずらせば「時間が止まった」と言えるレベルになる。
悪魔は続ける。
j l| ゚ -゚ノ|「相対性理論の中では重力ポテンシャルの違う場では時間は異なる速さで流れるとされている。また時間と空間が密接に関係している以上、別世界では時間の流れも違う」
_
(;゚∀゚)「(……何言ってるか全然分からん)」
j l| ゚ -゚ノ|「浦島太郎の童話のような現象は存在しているし、私達も日常的に影響を受けているが、あまりに微細過ぎて気付かないという話だ」
ハルトシュラーがすぐさまこのような考え方に思い至れたのは、常人と異なる時間感覚で生きる『天才(オールラウンダー)』の存在があってのことだろう。
神宮拙下の場合、生理学的な反応速度が常人より極端に速い為に主観的な時間の速さが緩やかに感じられるのだ。
しかし主観的と言えど、人間が感覚器官によってしか世界を認識できない以上、彼の中ではその時間速度は絶対である。
まあ、彼とて常に一定の速さで過ぎる時間の中で生きていることは変わりはないのだが。
(尤も“一定の速度で過ぎる時間”という前提自体も厳密には怪しい)。
- 868 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:38:46 ID:LYUNlljo0
j l| ゚ -゚ノ|「理解したか?」
_
(;゚∀゚)「いや、まあ……正直あんまり」
j l| ゚ -゚ノ|「そうか。理解する必要はないと考えるのが私だ。気にしなくても良い」
そう。
どうせルールが適用されることになれば身体で以て理解することになるのだから。
(‘_L’)「そういうわけでこれから暫くの間は調整の為、ログイン自体が不可能になります。ご了承下さい」
i!iiリ^ ヮ^ノル「ブレイクタイムだね」
_
( ゚∀゚)「へぇ。ちなみにいつからログインできなくなるんだ?」
ナナシは言った。
(‘_L’)「今日です」
_
(;゚∀゚)「へぇ……って、今日!?」
- 869 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:39:27 ID:LYUNlljo0
- 【―― 8 ――】
馬鹿は風邪を引かないという言葉があるが、伏見征路的に言えば「馬鹿は風邪どころか大抵の病気にならない」。
神経症や精神病はまさにそうで細かいことを気にする繊細さがない故に悪化せず、薬を飲めばプラシーボ効果で治ってしまう。
こうして見ると実は単細胞な方が幸せに生きていけるんじゃないか?と征路は思ってしまう。
いや、まあ。
もう少し思慮深さがあれば十七の夜に盗んだバイクで走り出しクラッシュして入院、なんてことにはなっていないと思われるので、馬鹿は病気にならなくとも怪我はするのだ。
「ハン。まあバイクは盗んだんじゃなくて俺のだけど」
あれ高かったのにな、と溜息一つ。
こう言ってはなんだがどうせ事故るなら他人のバイクの方が良かった。
どうせ保険で直るのだから。
征路が加入していた保険、自動車損害賠償責任保険――俗に言う「自賠責保険」は物損事故のみの場合には適応されない。
加えて被害者と加害者が同じ場合、つまり自分の怪我に対して保険金が下りることはない。
自賠責保険は、負傷者に対し傷を負わせた相手の自賠責保険から金銭を支払う、というシステムだ。
……尤も馬鹿な伏見征路は知らなかったのだが。
こうして考えると、馬鹿の方が生きやすいとしても、やはり多少は知識がないと不便なのだろう。
- 870 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:40:32 ID:LYUNlljo0
馬鹿な彼でも現状を言い表す的確な四字熟語を二つ知っている。
即ち「因果応報」と「自業自得」である。
「……俺のバイクは壊れるわ、警察には怒られるわ、役所からは請求が来るわ……」
命に別条はないが当然学校には行けない(治癒しても停学処分が待っている)上に、ボクシングだって暫く無理だ。
「先生には呆れられるわ、ハルトには停学処分って言われるわ、友達には笑われるわ、親は泣くわ……」
「どれが一番のダメージ?」
「何気にラストだな。怒られると思ってたからマジ泣きされてビビったわ」
病院内の休憩所でオートバイ雑誌を捲っていた伏見征路の独り言に割り込んだのは一人の少女だった。
首と右脚にギプスを嵌めた痛々しい彼に気を使うことなく声をかけられるのは、ここで何度も会っている仲だからだろうか。
それとも彼女の人柄故だろうか。
雑誌をラックに戻すと、征路は車椅子を操作し少女の方を向く。
セミショートの少女は自販機でコーヒーを二本、それに清涼飲料水を一本買うと、内一本を渡してくる。
- 871 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:41:33 ID:LYUNlljo0
初めて会った時に征路は大人しい子だと思ったものだが、今はいつも楽しそうな子だ、と思っている。
きっと人見知り気味で、対照的に親しい人の前では明るくなるタイプの女の子なのだろう。
礼を告げてコーヒーを受け取ると征路は言った。
「おいおい。俺はコーヒーは飲めないんだわ。前も言わなかったか?」
「わざとだよー。私は好きだし」
また明るく笑って少女はそう返す。
「まあいいが……で、えっと、お前……」
「桃山宮。前も言ったでしょう、フサさん?」
「そうだったな」
彼女にフーさん、なんて呼ばれると思わず笑ってしまう。
何処で耳にしたのかは知らないが、伏見征路が「フサさん」と呼ばれていることを知ったらしい少女。
征路には女子の後輩はあまりいないので二年の彼女に呼ばれるとむず痒い。
- 872 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:42:28 ID:LYUNlljo0
で、と彼は問い掛けた。
「その桃山宮さんは今日もアイツのお見舞いか?」
「うん。そうだよ」
「そうか。精が出るな、病院なんて辛気臭い場所に通うなんて俺には無理だわ。なあ、そう思わないか?」
休憩所の片隅でテレビを凝視している別の少女に話を振る。
振り返り、赤みがかった栗毛が揺れた。
「私は……検査に来てるだけ、だし……」
その中学生らしき少女は病院着の伏見征路とは違い私服だった。
なので入院しているわけではない。
が、ここに何度も訪れており、それ故に彼も顔見知りだからと親しげに話しかけたのだ。
……尤も結果はあまり芳しいものではなかったが。
少女はすぐにテレビに戻ってしまった。
- 873 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:43:09 ID:LYUNlljo0
フサも迷惑そうな彼女にそれ以上水を向けることはなく、会話の相手である桃山宮に向き直った。
「……まあ、病院なんて場所に何度も来るのは不幸なんじゃねぇの?ってこと。少なくとも嬉しいことではねぇと思うわけだわ」
彼の部屋がある長期入院者の為のフロアにはもう何年も病院に入ったままの人間が数人いる。
二つ隣の病室の、白雪姫のようにずっと眠ったままの女性や。
それに桃山宮が会いに来ている相手だって、彼女が何度も見舞いに来ていることからも分かるように……そういうこと、なのだ。
伏見征路は幸いなことに病に苦しむこともなく、何に気を付けることもなく、普通に生きてきた。
けれどだからこそ思う――そういう人達はどう考えているのかと。
と。
「…………私、フサさんのこと好きだよ? でもそういう無神経なトコは嫌い」
配慮の足りない浅慮なところは嫌いだと。
笑みを浮かべたままで、なのに暗いトーンで彼女は言う。
「不幸な状況にある相手に対して、相手が不幸だって分かってるのに『今どんな気持ち?』なんて訊ねるのは無神経だよ」
- 874 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:44:04 ID:LYUNlljo0
分かっているなら訊くな。
知っているなら訊ねるな。
同情しろ、とは言わないが――それくらいの配慮はあって然るべきだろう。
彼女はそう言外に主張していた。
彼女の主張が、例えば自分の後ろにいる少女のような人達と一致しているのかどうか伏見征路は知らないし、知る術を持たない。
「……そうか、それもそうだな。ワリ、悪いことした」
「うん。分かってくれたなら大丈夫」
けれど。
「…………俺は『不幸であること』と『不幸せなこと』は別だと思ってたんだが、同じなんだな」
伏見征路はそう呟いた。
少女はその一言には答えず、次に耳に届いた「アイツはいつもの場所だと思うぜ」という言葉に礼を告げて立ち去った。
きっと彼は知らず、彼女は分かっていた。
- 875 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:45:04 ID:LYUNlljo0
- 【―― 9 ――】
ほの蒼い世界を警戒しつつ二人は進む。
残り三十分強、ということだった。
予選が終了し強制退出が行われるまでの時間がだ。
今日を以て予選用ルールでの運行は終わり、本戦用へと変わる。
_
(;゚∀゚)「しかしあと三十分で予選終わりって……また急な話だな」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。珍しく貴様の意見に同意したいのが私だ」
立ち止まり、手で静止を促し聴覚を研ぎ澄ます。
そうして脅威が存在しないことを確認するとハルトシュラーは続けた。
j l| ゚ -゚ノ|「『前触れなく』――で、あればまだ分かった」
_
(;゚∀゚)「へ? いきなり予選が終わればってことか?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。その場合ならば『予め設定されていた条件が満たされたことで自動的に予選が終了した』と理解できる」
- 876 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:46:20 ID:LYUNlljo0
それは「◯日が経過した」という条件かもしれないし「参加者が◯人以下になった」という条件かもしれない。
j l| ゚ -゚ノ|「だがナビゲーターの反応を見る限りそういうことではなかった。そして、急過ぎる」
予め設定された条件が満たされたから――ではなく、単に「今までの形式では運行できなくなった為に仕方なくルールを変えた」ような。
ハルトシュラーには「何かトラブルがあった」のような不測の事態からの変更に見えて仕方がないのだ。
言葉に唸りながらジョルジュは返す。
_
( ゚∀゚)「よく分からねぇけど……。ナビゲーター達も人間なんだし、機械の故障とかで仕方なく、みたいなことがあるんじゃねぇの?」
j l| ゚ -゚ノ|「なるほど。そういうことも考えられるな」
_
(;゚∀゚)「…………言葉の上では感心した風だけど、内心では『それくらい既に考慮済みだ』と思ってたりする?」
j l| ゚ -゚ノ|「思っているな」
_
( ∀)「やっぱり思ってんのか……」
些細な助言でさえ役に立てないのならば自分は本当にお荷物じゃないか、と軽く自己嫌悪に陥るジョルジュ。
- 877 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:47:03 ID:LYUNlljo0
その心情を読み取ったハルトシュラーは「弾除けくらいにはなる」とフォローを入れようとしたが、あまりにもアレなので流石に自重した。
考えてみれば弾(攻撃)は貫通する可能性があるのだから弾除け(盾)としてジョルジュを使うよりも回避に専念した方が賢明だ。
いや、そういうことではない。
j l| ゚ -゚ノ|「……考えてみれば時間が止まるのであれば、最早見張りを立てる必要性はなくなるな」
_
( ゚∀゚)「そうだな」
j l| ゚ -゚ノ|「恐らく貴様とレモナが共に行動し、私が別行動を取ることになると思われるので、二人きりなのは今日が最後だ」
_
(;゚∀゚)「そう……か?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。短い間だったが感謝しているのが私だ」
次いで淡々とハルトシュラーは言った。
j l| ゚ -゚ノ|「では最後の任務だ。私は今から少し戦ってくるので周囲の警戒を頼む。私がいない間にくれぐれも撃破されないように」
_
(;゚∀゚)「え、いやちょ……!」
最後くらい仲良く二人で戦おうって考えはないのかよ!?と思わず叫びそうになるが、黙った。
走っていく背中が語っていた――「やはり私は一人の方が楽だ」と。
- 878 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:48:03 ID:LYUNlljo0
- 【―― 10 ――】
ハルトシュラー=ハニャーンは全校生徒の名前と顔を記憶している。
全日制の生徒だけではなく、定時制、通信制の生徒に至るまで、淳校に出入りすることのできる生徒は全てだ。
それだけではない。
ある程度以上の仲の相手ならば声のみで誰かが分かる(有栖川有子レベルの仲なら確実に当てられる)。
更にごく親しい人間に限ってではあるが声のトーン、間の計り方、言葉の選び方、仕草、思考形式その他から姿形が変わっていたとしても判別可能だ。
鞍馬兼等が姿を変えなかったのはこういう理由もあるのかもしれない(「どうせ会えばバレるから変えても意味がない」のだ)。
『規格外評価(Sランク)』とされた唯二の内の一人――ハルトシュラーに陰りはない。
j l| ゚ -゚ノ|「…………」
一般人ならまず聞き取れない微かな音を感知し、その発生源を辿り校内へと侵入、廊下を進む。
そうして辿り着いた教室の前で、まずハルトシュラーが行ったのは検索だった。
とは言ってもデバイスを用いたものではなく、脳内での検索だ。
j l| ゚ -゚ノ|「(……覚えは、ない。姿形が変化しているか、そもそもこの学校の生徒ではないか。記憶違いという可能性もなきにしもあらずだが)」
- 879 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:49:03 ID:LYUNlljo0
廊下から教室の中を覗い、その少年の姿を記憶の中から探し出そうとするが、一致する生徒はいない。
j l| ゚ -゚ノ|「(習熟度別授業、また発展的講義に使われる多目的教室か)」
普段は空き教室となっている場所だった。
そこに、その少年は立っていた。
特徴のない少年だった。
('( ∀∩
中肉中背、ショートカットの黒髪の中性的な容姿。
服装は私服で、それもまた特徴に乏しく、例えて言えば「街頭インタビューされる高校生」のような感じか。
そんな『若者』というものの最大公約数的な見た目をした少年だった。
そして唯一特徴と言えるのが、七分袖の先から手首までを覆う両腕に巻かれた包帯。
親しい先輩の一人に包帯を巻いていた少女がいたことを思い出す。
彼女の場合は主にファッションとしてだったが、さて、彼の場合はどういう意味合いなのだろう?
- 880 名前:第十話投下中。:2013/05/13(月) 23:50:18 ID:LYUNlljo0
先輩と同じようにただのファッションか。
それとも。
思考と共に観察を続ける。
j l| ゚ -゚ノ|「(仕草が女性的だ。立ち姿からして武術武道を嗜んだことはない。靴は綺麗だ、想像の産物か。爪は少し長め……やはり手にマメもない)」
少年は何をするでもなく教室内をふらふらと歩いている。
古い木製の机に、重心の偏った椅子に、何処か懐かしそうに手を触れたりしつつ。
j l| ゚ -゚ノ|「(体幹が弱い。世間知らずだ。視線移動の中で明らかに注視した座席が複数ある。自分の席か? 補習を受けたことがあるか、もしくは……)」
それを観察するハルトシュラーは数え切れないほどの要素を分析し、それを発展させ推測を続ける。
全てが全て当たっているとは思っていない。
だが可能性として考慮しておくだけでも優位に立つことはできる。
そして悪魔は一つの結論を導き出す。
j l| ゚ -゚ノ|「(おそらく――残り時間で十分葬れるレベルの参加者だ)」
- 903 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:12:03 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 11 ――】
桃山宮が向かったのは病院の中庭だった。
そこは総合病院の一角、患者達の無聊の慰めの為にとささやかながら用意された庭園だ。
花壇があり、林檎の樹と木陰があり、そして申し訳程度に流れる小川があった。
その場所に彼女の探す人はいた。
大樹の下。
流れる水を見つめている。
「……直?」
名前を呼ばれた相手――二軒茶屋直は立ち上がった。
そうして何を思ったか、彼女にしか聞こえないような小さな小さな声で、口遊ぶ。
「―――昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにをあくせく 明日をのみ思ひわづらふ―――」
それは朗々とした声だった。
- 904 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:13:05 ID:X9JPzEBg0
「―――いくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて 河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻き帰る―――」
こんなにも朗々とした声なのに、何故だろう。
何故こんなにも悲しい響きを持つのだろうか。
「―――鳴呼古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ 過し世を静かに思へ 百年もきのふのごとし―――」
ああ。
それは、きっと。
この詩が。
「―――千曲川柳霞みて 春浅く水流れたり たゞひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ―――」
桃山宮は詩の意味は分からなかった。
意義も知り得なかった。
意図も、存じていなかった。
だけどきっと――その意思が分かってしまったからだろう。
- 905 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:14:05 ID:X9JPzEBg0
詩を吟じ終わった二軒茶屋直は、振り返る。
その真っ直ぐな瞳を見ることができなくて桃山宮は顔を伏せた。
「言わないで」。
「言わないで」。
「お願いだから」。
声に出してそう言いたかった。
けれど口に出してしまったが最後、分かっていることを知られてしまう。
そう、もう分かっていた。
しかし無情に――あるいはこれ以上なく有情に、二軒茶屋直は言った。
「…………宮。もう、ここには来ないで」
理由も語らずそれだけを告げて直は中庭を後にする。
それが幼馴染からの最後の言葉。
端的な、別れの言葉だった。
- 906 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:15:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 12 ――】
ハルトシュラーは一歩、教室へと踏み出した。
j l| ゚ -゚ノ|「生徒会執行部だ――放送を聞き未だ辞退していないということは私達と戦うつもりであるということで相違ないな?」
口に出して気付いたが考えてみればハルトシュラー自身は『生徒会陣営(生徒会連合の所属)』ではあっても『生徒会執行部』の人間ではない。
選んだ言葉が不適切だったな、あの『一人生徒会』は怒るだろうかと一瞬考え、気を取り直す。
今は目の前の敵に集中すべきだ。
('( ∀ ∩「あ……、んと……」
j l| ゚ -゚ノ|「改めて説明する必要かあると認識したのが私だ。私達はこのゲームを強制終了させる為に動いている。今すぐ辞退して欲しい」
……後から考えてみれば。
この時の――ここ数日、特に『空想空間』でのハルトシュラーは明らかに隙があった。
常人よりはやはり遥かに聡明で狡猾であったが、本来のキレとは程遠かった。
- 907 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:16:05 ID:X9JPzEBg0
あるいは彼女をよく知る者が、この時の彼女を見れば思っただろう。
「ハルトシュラーは調子が悪そうだ」と。
その不調は信頼していた部下の離反や、見知った先輩が危篤であることや、その他諸々のことが重なった結果だった。
しかしそれでも彼女が本気だったならば全力とは言わずとも九割五分くらいの実力は出せた。
そう例えば、この日この時この瞬間に悪魔の目の前に立っていたのが『天才』である神宮拙下であったならば瞬時に戦闘モードに移行していたことだろう。
だが、そうではなかった――相対するのは取るに足らない少年だった。
j l| ゚ -゚ノ|「どうした? 聞こえていない……わけではないな」
一言で言えば。
「ハルトシュラー=ハニャーンは戦闘の専門家ではなく女子高生」であり、故に「油断をすることだってある」ということだった。
だから。
('( ∀ ∩
だからまるで全力ではなかった彼女がそれを避けられたのは、彼女の中に残る影のお陰だった。
一応は女子高生であるハルトシュラーが、しかしてただの女子高生になることを絶対に許さぬ過去から続く傷。
- 908 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:17:05 ID:X9JPzEBg0
そう、彼女は根本的なところで人間不信であり――『無警戒』という状態がありえないのだ。
だからこそ少年がいきなりちゃちな水鉄砲を取り出しても。
銃口を向け引き金を引いても。
そこから紅い液体が勢い良く発射されても。
彼女は敵意を向けられたことが当然であるかのように、身を翻して避けると話を続けようとした。
跳ねた一滴が制服の裾に付いても当たり前だが気にしなかった。
j l| ゚ -゚ノ|「……その行動は宣戦布告ということで良いのか?」
少年は答えなかった。
ただ、質問の回答はすぐに分かった。
制服の裾に穴が開いていた。
j l| ゚ -゚ノ|「(これは―――)」
先の紅い液体が付着したちょうどその部分に貫通するように釘が刺さっていたのだ。
簡易防弾チョッキとしても機能する特注の学ランにだ。
- 909 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:18:05 ID:X9JPzEBg0
その一瞬で全てを悟った。
だがその一瞬こそが命取りだった。
少年は右手に巻かれた包帯を勢い良く取り去ると、次いで仕込まれていた剃刀で右前腕部の静脈を切り裂く。
j l| ゚ -゚ノ|「(やはり先の水鉄砲に入れられていた液体は血液――そして、)」
血が流れ出す腕が振るわれる。
真紅がし吹く。
ハルトシュラーは血液の軌道を瞬時に予測し回避行動を取りながら間合いを詰める。
しかし少年はそれを許さず再び腕を振るった。
左側には壁、右側は血飛沫の軌道上という不可避の状況。
悪魔は至極冷静に椅子を蹴り上げ、盾代わりとして尚も踏み込んだ。
古めかしい木板に音もなく釘や針が貫通していくのを後目に彼女は未だ返答のない敵対者の元へと肉薄し―――と、
j l|;゚ -゚ノ|「(……え?)」
寸前で、何かに躓いた。
- 910 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:19:05 ID:X9JPzEBg0
右の爪先に当たった物体。
それは床に深々と刺さった五寸釘。
倒れることこそなかったが、それは致命的な隙だった。
血の粒は容赦なくハルトシュラーを襲う。
j l|; -ノ|「くっ!!」
それでも血飛沫を避け続けた彼女は流石は『悪魔』だということだろう。
一瞬で方針を改め撤退に転じる中で、教室の扉まで辿り着くまでの短くも長い攻防で、ハルトシュラーは三滴しか血の飛沫に当たらなかった。
たった三滴。
左肩から左腕上腕部にかけての、赤色。
危険だということは分かっていた。
だが。
「―――なんだよ。『悪魔』ってその程度なんだ」
制服を脱ぐ暇など与えられるはずがなかった。
- 911 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:20:06 ID:X9JPzEBg0
ハルトシュラーが教室から転がり出て扉の後ろに隠れた瞬間、左腕に激痛が走った。
何が起こったのかは最早見るまでもなく語るまでもない。
三滴の血液を目印にするように、三本の鉄釘が彼女の肉体を貫いていた。
黒い制服を流れ出す赤色が染めていく。
傷はじっとりと熱を持ち、宛ら精神を蝕むように痛みを与えてくる。
j l|; -ノ|「(やはり動きにくいな制服は……)」
と、そんなことを思いながらもハルトシュラーは素早く扉から離れる。
ほぼ同時に引き戸から長めの釘が複数本生えた。
自身の肉体に突き刺さった物を血が溢れ出すのも構わず三本全て一気に引き抜くと制服を脱ぎながら近隣の教室へと逃げ込む。
止血をしたいところだがそんな暇も与えられるわけがない。
「私の血液も目標にできるならば死んだな」と冷静に考えつつ自嘲する。
j l| ゚ -゚ノ|「(恐らく奴の能力は――『自身の血液が付着した部分を目印にし、そこに釘を転送する能力』だ)」
そうしてハルトシュラーは思う。
今回の場合ならば弾除けにはなったな、と。
- 912 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:21:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 13 ――】
さてハルトシュラーの心の中で冗談めかし「弾除け」と称された参道静路は、指示通りに周囲の警戒を行なっていた。
とは言っても、実質的に行っていることはただの時間潰しである。
勿論周囲への警戒は怠ってはいないが――考えてみれば、例えば敵を見つけた際にどうすれば良いのか全く指示されていない。
_
( -∀-)「(俺が戦って食い止めれば良いのか? それとも相手に気付かれないように委員長サンに伝えに行けば良いのか?)」
また苦戦しているようならば助けに行くべきだと思うのだが、行くとしていつ行けば良いのだろう?
「少し戦ってくる」と彼女は言ったが、ハルトシュラーがどの程度の長さを想定していたのか全く分からない。
改めて考えると本当に普段人の上に立っているのか疑問に感じる程に大雑把な指示だ。
彼女の指揮スキルの低さはそのまま彼女の部下の優秀さに繋がる。
畢竟するに、ハルトシュラーが曖昧な指示を出したとしても意思を汲み取り自己の裁量で仕事を片付けてくれる優秀な部下がいるのだろう。
_
( ゚∀゚)「(あの鞍馬兼とか、な……まったく)」
悪い奴ではないということは分かっているのだが、どうも好きになれない相手の顔を思い浮かべ、ジョルジュは眉間に皺を寄せた。
自分は優等生タイプが苦手だし、向こうは不良が嫌いだというから、もう善悪の問題ではなく単に相性が悪いのだろう。
- 913 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:22:04 ID:X9JPzEBg0
大体、あれから何度か考えてみたが――やはり鞍馬兼の発言の意味は分からない。
_
(;-∀-)「好きだったら傍にいろっての……。意味分からねぇわ……くそ、鞍馬の野郎……!」
最初は口の中で呟くだけだったが、最後には普通に声に出てしまっていた。
それほどまでに「好きだからこそ敵対する」という彼の主張が参道静路には納得できなかったのだ。
と。
(=゚д゚)「…………誰か、呼びました?」
_
(;゚∀゚)「え――うわっ!?」
考え事に夢中になっていた所為で警戒が途切れていたのだろうか。
ジョルジュはその相手に声をかけられるまで近付いて来る足音に気付かなかった。
すぐ傍を通りかかり、何故かジョルジュの近くで足を止めた覇気のない少年。
何処かで見たような不自然な焦げ茶色の髪の少年だった。
頬に薄っすらと二本の傷が残っており、造形はカッコいい系や渋い系の顔立ちではなく可愛い系なのだが、如何せん色々と足りていない感じがする。
- 914 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:23:04 ID:X9JPzEBg0
制服姿だが、上着はなく、長袖シャツで腕捲りをしている。
両腕にリストバンドを嵌めており、右手のそれには「がんばらない」と、左手の物には「やらなければならないことは手短に」との刺繍が入っている。
いや、そんな情報よりもまず目が引かれるのは――左手に携えた二尺強の日本刀。
_
(;゚∀゚)「(にほ……っ!!)」
咄嗟にジョルジュは身構える。
が、何故か声を掛けた方の相手も何かに思い至ったかのように目を見開き、すぐに伏せた。
そうして微妙な間を起き、焦げ茶の少年が口を開く。
(=-д-)「……はあ。うんまか無い」
_
( ゚∀゚)「え?」
(=-д-)「いえなんでも。ところで、何処かで会いましたか?」
_
(;゚∀゚)「いや……気のせいじゃねぇの?」
(=゚д゚)「はあ。やっぱりそうか」
- 915 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:24:05 ID:X9JPzEBg0
じゃあ訊くなよとツッコミを入れそうになったが、相手は鞘にこそ納めているが刀を持っているのだ。
持ち主と同じく過度な装飾もなく威圧感も皆無だが斬り掛かられてただで済むとは思えない。
が、焦げ茶の少年は柄に手を掛けることもなく淡々と話を進める。
(=-д-)「いきなり声掛けて悪かった、です。で、声掛けといて悪いんだけど見逃して欲しいんさ。今、逃げてる途中で」
_
( ゚∀゚)「……嫌だと言ったら?」
溜息を吐き、相変わらず覇気のないままで――しかし、慣れたように親指で鍔を押し上げながら言った。
(= д)「はあ。それは、まあ……押し通るしかない」
そう言って焦げ茶の少年は実に気怠そうに右手を柄に添える。
あまりにも自然な所作過ぎて制止どころか、ジョルジュには警戒することさえも出来なかった。
覇気や殺気がないので分かりにくいが、その一連の動きだけで分かる。
この少年は、あの関ヶ原ほどではないにせよかなり刀に慣れ親しんだ人間だと。
気怠そうに凶器を扱える程度の実力を持っている相手だと。
- 916 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:25:07 ID:X9JPzEBg0
そんな焦げ茶の少年は柄に右手を添えたまま、じりじりと動き間合いを計る。
武器を持つ自身にとって有利な距離にしたいのか少しずつ下がる。
そして―――。
(= д)「っ!」
遂に白刃を天の下へと晒す――ことは、なかった。
素早く右手を動かし刀を抜くフリをしてジョルジュの視線を引くと、その瞬間を待っていたと言わんばかりにそのまま踵を返し走り出した。
脱兎の如く駆け出した。
チャキンという納刀の心地良い音だけを残して全速力で遠ざかって行く。
……端的に言えば、逃げた。
_
(;゚∀゚)「は――いやっ! テメっ……!」
呆気に取られていたジョルジュが我に返った時には既にその後ろ姿は遥か遠く。
覇気のない彼が実は凄腕というお約束の展開ではなく、覇気のなく「逃げている」と語った少年は逃走を再開した。
- 917 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:26:04 ID:X9JPzEBg0
意味が分からない。
さっぱりだ。
いや、言葉通りだとすればこれほど分かりやすいこともないのか。
あの焦げ茶の少年は「逃げている」と言っていた。
だから遭遇した相手を戦って倒すよりも、さっさと逃げた方が良いと考え逃走を再開しただけ。
問題は彼が何から逃げていたのか、ということであって。
「…………おい」
と。
背後から声が届いたのはその時だった。
その慣れ親しんだ声音の主は。
_
(;゚∀゚)「…………にい、ちゃん……?」
ミ,,-Д-彡「……ハン。お前、俺の顔を忘れたのかよ」
- 918 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:27:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 14 ――】
こういう話だ。
と、話を語り終わった壬生狼真希波はパチン、と指を一度鳴らした。
呼応しやって来た腹心の部下に「コーヒーを二本買ってきてくれ」と命じると、デスクに軽く腰掛ける長髪の少女に問う。
「これは私の友人から聞いた話だ。さて、烏丸……どういうことか分かるかな?」
「素直に言って良いのか?」
「どうぞ」
「さっぱりだ」
烏丸、と呼ばれたその少女は大袈裟なジェスチャーと共にそう返すとスラリと長い脚を組む。
自治委員会本部であるこの自治会室で、自治会長である真希波の作業用机の上に腰掛け、剰え脚を組むなど、あの神宮拙下であってもありえまい。
驕矜な雰囲気通りの振る舞いを見せる彼女は宛ら女王のよう。
彼女はいつも、この調子だった。
真希波は彼女の従者というわけではない。
このような横暴を気にもしないのは付き合いが長い所為だろう。
- 919 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:28:05 ID:X9JPzEBg0
旧友の答えに真希波は笑う。
「それはいけないな。常々言っていることだがやはり君には想像力が足りないらしい」
「私としてはウミガメのスープの話を聞かされた気分なのだが? その重病人と幼馴染の話には解答がちゃんとあるのだろうな、お前」
ウミガメのスープの話。
つまり水平思考パズルの問題のように適切な答えが複数考えられるもの。
「そうだな。現実の話を推理ゲームとして語った、というのが正しい。『答え(真相)はある』が、『君の答え(想像)』が私は聞きたい」
「その前にその他人行儀な一人称と話し方をやめろ。落ち着かない。私の前では普通に話せ」
「……そうか? なら――僕は、君の答えが聞きたいんだけど、どうかな?」
少しだけ柔らかくなった真希波の口調に満足気に少女は微笑む。
「それでいい」
- 920 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:29:10 ID:X9JPzEBg0
前提を整理しよう。
「桃山宮と二軒茶屋直は幼馴染である」。
「今まで桃山宮はプリントなどを入院している二軒茶屋直に持って行っていた」。
「しかし唐突に二軒茶屋直は『もうここには来るな』と告げた」。
必要不可欠な情報はこの三つだ。
さて。
「……まず二軒茶屋直は、さっきも言ったが重病人だと推測できる」
「どうして?」
「伏見征路の口振りから察するに、だ。数週間、長くとも数ヶ月で治る怪我ではない」
怪我だとすれば少なくとも伏見征路よりは重い状態でなければならない。
しかし普通に立ち上がり、また歩いている描写があることから怪我だとは考えにくい。
「だから二軒茶屋直は重い病気で長い間入院しているか、何度も入退院を繰り返している」
「他には?」
- 921 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:30:03 ID:X9JPzEBg0
「桃山宮と二軒茶屋直はかなり仲が良い」
「それはどうしてかな?」
「自販機で買ったものがコーヒー二本と清涼飲料水だったからだ。相手の好みを把握している。気が回る女だな」
二本の缶コーヒーの内、一本はコーヒーの苦手な伏見征路に悪戯で渡す為のもの。
恐らくもう一本は「好きだ」と言った彼女自身のものだろう。
ならば必然的に清涼飲料水は二軒茶屋直の為に購入したものになる。
わざわざコーヒーを三本買わずに一本だけ変えたのだから、桃山宮は二軒茶屋直の好みを把握していたのだ。
「じゃあ、この話はどういうことだったと思う?」
「知るわけないだろう。馬鹿か、お前は」
真希波の再度の問いをつれなく突っぱね、続ける。
「最初に『さっぱりだ』と言った。私が行ったことは推測であり想像ではない。状況を推測することはできるが心情を想像することなど私にはできない」
- 922 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:31:04 ID:X9JPzEBg0
そう。
今彼女が行ったことは垂直的思考であり水平的思考ではない。
ただ「論理的にはこう考えられる」と述べたに過ぎない。
そもそも。
驕矜な彼女は何処ぞの重病人など知ったことではない。
「…………そうか、そうだね。それもそうだ」
「その話から私に分かることはこの世には奇跡も魔法もないということだけだ」
「さやかちゃんか」
「は?」
いやなんでもないよ、と真希波は微笑んだ。
「それで、真相はどういうことなんだ。教えろ。『興味がない』で終わりではお前も張り合いがないだろう?」
「ああ―――単純な、恋の話だよ」
- 923 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:32:04 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 15 ――】
ある薬の副作用として「音が半音〜三分の一ズレて聴こえるようになる」というものがある。
常人にはさして問題はないが優れた音感を持つ者にとっては死活問題だ。
音楽家なら気が気ではないし、音楽を職業としていなくともそのズレが明確に分かる人間にとっては相当なストレスとなるだろう。
ハルトシュラーはふとそんなことを思い出した。
j l|; -ノ|「はぁ……ふ、!」
自分が油断していたことは認めるし、調子が悪いのだろうとも思う。
しかし『悪魔』とまで呼ばれるハルトシュラー=ハニャーンがよりによって戦闘中に蹴躓くとは……彼女自身にとっても信じ難い事態だった。
だから理由があったのだ。
周知の通りハルトシュラーは非常に鋭い聴覚と優れた観察力を有している。
生まれながら絶対音感を持つ人間が自身の音感を疑わないように、彼女は「聞き漏らすこと」も「見落とすこと」もありえない。
……だからこそ逆に「音もなく起こる事象」のようなことを極端に苦手にしていた。
つまり、自身の聴覚能力を前提として行動している為に、それが通用しない状況においては反応が遅れるのだ。
そう、あの鞍馬兼との初遭遇時もそうだった。
五感に察知されないという能力の前ではハルトシュラーは五感が優れている為に弱い。
- 924 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:33:06 ID:X9JPzEBg0
また「見落とすことがありえない」ということはイコールで「見返すことをしない」ということにも繋がる。
確認作業を行わない――いや、確認したくなれば持ち前の瞬間記憶能力を利用し映像を脳裏に思い浮かべれば済む話であって。
相手の能力は座標指定型のテレポーテーション。
転送の際に音はなく、また過程も存在せず、言わば「その地点に物質が送られた(釘が刺さっている)」という結果だけが突如として出現する能力だ。
ハルトシュラーからすれば一度確認した場所になんの予兆もなく障害物が登場したわけである。
だから彼女は床に突き刺さっていた五寸釘に蹴躓いた。
あの『悪魔』が不覚を取った理由はこんなところだった。
……あるいはこんな事実も彼女にとってはただの言い訳に過ぎないのだろうか。
幾ら「無音で転送される」と言っても転送に伴い指定座標の物質が軋む音は聴こえるはずなのだから――事実、釘によって自分の肉が裂かれる音はハッキリ聴こえた。
j l| ゚ -゚ノ|「(さて、どうするか)」
近隣の教室に逃げ込み、息も潜めず潜伏する。
下手に隠密に徹しジョルジュの方に行って貰っては困るので後を追えるような痕跡をわざと残してある。
本当に無能な味方だったとしても一応、あのレモナから預かった大切な生徒会執行部役員だ。
j l| ゚ -゚ノ|「(奴の能力は『自身の血液が付着した部分』を目標として釘を転送するものだと推測できる。なら……最後には我慢比べになるか)」
- 925 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:34:07 ID:X9JPzEBg0
こちらは釘三本分の穴が肩から腕に掛けて空いている状態。
向こうはリストカットを行っただけなので、どちらの意識が先に飛ぶかというチキンレースは少し不利だ。
制服のポケットにはこういった時の為に小振りな包帯が収納されている。
装備の他にそれ自体も重い学生服はこういう時には本当に邪魔だ。
生徒会長とは違い手足に重石は仕込まれていないので上着を脱げばかなり楽になるのだが。
止血を施そうと包帯を手に持つと――時を同じくして、教室の扉がガラリと開いた。
('(゚∀゚∩「……なんだよ。逃げないの?」
j l| ゚ -゚ノ|「必要がない」
訝しむような目を少年はしたがハルトシュラーは構わず続ける。
j l| ゚ -゚ノ|「左手側のポケットに釘を入れている。同じく包帯にも何本か仕込んである。またベストにも同じくだ」
だから相手は右手で血液を飛ばし、左手で鉄釘に触れることで転送を行っている。
妙にふらふらしていたのは釘を大量に持ち歩いていたからなのだろう。
- 926 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:35:11 ID:X9JPzEBg0
少年は「正解」と笑った。
包帯の解かれた右手は血塗れで、今も少しずつ血液が流れ出ているが気にする様子はない。
痛くない――わけではないのだろうが。
表情を消し少年は言う。
('(゚∀゚∩「お前の手品のタネは見抜いた。だから降伏しろってこと?」
j l| ゚ -゚ノ|「……そうか。そう言えばまだ貴様の答えを聞いていなかったと思うのが私だ」
('(-∀-∩「なんだよ。まさか、この状況でこちらが降伏すると思ってるの?」
j l| ゚ -゚ノ|「思ってはいないが、約束だからな」
('(゚∀゚∩「約束?」
ああ、と答え、ハルトシュラーは目を閉じる。
そうして、続けた。
j l| ゚ -゚ノ|「私は全くその気はないが……アレは生徒会長だ。生徒を一方的に傷付けたくはないし、抱く願いを応援したいと思っているだろう」
- 927 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:36:13 ID:X9JPzEBg0
生徒会長。
高天ヶ原檸檬。
きっと彼女はこの学校の生徒達を本当に愛している。
……ハルトシュラーにはその気持ちは分からない。
だが、それでも友人が求めたことだ――応援してやりたいと思っている。
j l| ゚ -゚ノ|「だから、一応は降伏勧告をする。願いも訊く。どうしようもなければ戦うが」
('(-∀-∩「……ふーん」
暫くの沈黙の後、少年はこう返した。
('(゚∀゚∩「なら願いは『幸せになること』辺りにしておこうかな」
j l| ゚ -゚ノ|「なるほど。命懸けの戦いに参加している割には随分簡単なことを願うのだな、貴様は」
('(゚∀゚∩「簡単?」
j l| ゚ -゚ノ|「具体的な目標がないのであれば簡単な部類に入る。『長者番付に載る』というような目標があれば、難しいかもしれないが」
('(∀ ∩「……なんだよ。やっぱそうか」
- 928 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:37:04 ID:X9JPzEBg0
ハルトシュラーは幸せになること自体は簡単だと言った。
だが、彼はそうは思わない。
('(-∀-∩「やっぱり勝ち組だな、『悪魔』は。幸せになるのが難しい――不幸な奴の気持ちなんて分かってない」
j l| ゚ -゚ノ|「人間は他人の気持ちなど分からない」
('(゚∀゚∩「そういう詭弁が聞きたいわけじゃない」
j l| ゚ -゚ノ|「……なら、聞きたいのは可哀想な貴様に対する同情の言葉か?」
問いに対し、少年は黙った。
しかし言い返さなかったのではない。
最早話すことも無駄だと――そんな風に判断しただけだった。
('(∀ ∩「ならばあなたもこちらの気持ちが分かるように、飛び切りの不幸をプレゼントしよう――『プレゼント・フォー・ユー』」
そうして血だらけの右腕が振るわれる。
- 929 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:38:07 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 16 ――】
紅いの粒が空を飛ぶ。
それ等はハルトシュラーの蹴り上げた椅子に当たる。
すると瞬時に幾本かの釘が座面を貫く。
再び舞う血飛沫を今度は脱いだ上着ではたき落として悪魔は口元に僅かに笑みを浮かべる。
一瞬間の、彼女の中に渦巻く淀んだ部分の表出。
j l| -ノ|「(悪いが遊んでやる気はない、さっさと決めさせてもらうぞ――Call!!)」
それは自ら能力を呼び起こし、自らの才能を引き出す言葉だった。
閃きに似た感覚が脳内を走り抜ける。
それに呼応するように精神と思考が再構築される。
集中力、脳のキャパシティの配分を変更。
聴力を強化。
……何も、特別なことをしたわけではなかった。
ハルトシュラーは単に「耳を澄ました」だけ。
目を閉じることこそしなかったが、もっと良く聴こうとより集中した状態に移行しただけだ。
- 930 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:39:06 ID:X9JPzEBg0
だが――辿り着く結果は『悪魔』でなければありえぬものだった。
j l| -ノ|「(―――八、十三、十五、二十弱。釘だけではない、針がある。上半身は―――)」
耳を澄まさなければ聞こえない。
いや、普通の人間であれば耳を澄ましたとしても他の音に邪魔され聞き取ることの叶わない、ポケットの中に無造作に入れられた鉄釘達が出す音。
それをハルトシュラーは聴き取り「相手の残弾数は幾つなのか」を推測したのだ。
複数の音を聴き分けることの、応用。
音だけで地面に落ちた硬貨が何かを当てるという特技の発展だ。
j l| ゚ -゚ノ|「(―――なるほど。訂正だな、釘である必要はなく棒状の物ならば何でも良いらしい)」
血の跡が残っていたはずなのに妙にここに来るまでに時間が掛かったのは、あの教室でペンの類がないか探していたのだろう。
棒状の物が転送できるのだとすれば鉛筆やシャーペンも十二分に弾として機能する。
ならば次の問題は。
j l| ゚ -゚ノ|「(奴がどんな願いを抱いているかだな……。幾つかの候補はあるが)」
- 931 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:40:05 ID:X9JPzEBg0
残弾数(敵の持つ釘やペンの数)が尽きるまで攻撃を耐え続け然る後に能力体結晶を奪うのが確実な作戦だ。
しかしこの『空想空間』はあと数分足らずで終了してしまう上に何より鉄釘によって穴を空けられた身体から血が流れ出している。
幸いなことに今のところは無事だが、これから先は保証できない。
そもそもの話、釘を三本も捩じ込まれ、それを一度に引き抜き、止血もせず放置しているのだ。
埒外の精神力を持つハルトシュラーだから平然としていられるが真っ当な人間なら喋るのも嫌になるほどの激痛だ。
('(゚∀゚;∩「なんだよ……っ! 威勢の良いこと言った割に、防戦一方っ!?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。貴様も格好の良い台詞を言った割には息が上がり始めている気がするが」
ハルトシュラーと敵対する少年の額には汗が見える。
見立て通りに運動は得意ではないらしい。
……とは言っても、主な原因はハルトシュラーが飛ばされる血液を一つ残らず避け続けていることだ。
彼女が集中していた間も二度三度と少年は攻撃を仕掛けたが、全て躱されるか、そうでなければ椅子を蹴り上げるか上着を振るわれることで防がれている。
対象の強度に関係なくなんであろうと貫ける転送能力。
あるいは拳銃よりも厄介かもしれないそれは、当たり前だが血液が刺し抜きたいモノに付着しなければ意味を成さない。
その事実に能力を見た瞬間に思い至り対策を講じ、加えて蹴り上げるという動作だけで正確無比に防いでみせるとは思っても見なかった。
それでも、教室という障害物の多い中で避け続けることは容易ではないはずなのだが……。
逃げるでもなく、平然と対処し続けていることが流石は『閣下(サーヴァント)』と呼ばれる淳校唯二の化物か。
- 932 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:41:09 ID:X9JPzEBg0
頭の中ではハルトシュラーも障害物のない場所、相手が弾丸を補給しにくい屋外に逃げた方が良いと考えていた。
しかしそうしないのは片腕を損傷しており本調子ではないことや、何より外に逃げてしまうとあの部下に遭遇してしまうかもしれないからだ。
心配した奴がやって来ないとも限らない、早く決着を付けなければとハルトシュラーは薄く笑う。
('(∀ #∩「なんだよ、くそ……っ!」
そして、それを見て余計に少年は苛立ちを募らせていく。
j l| ゚ -゚ノ|「どうした、もう終わりか? 軟弱と言わざるを得ないのが私だ」
('(∀ #∩「好きで軟弱なわけじゃない!!」
怒鳴り右手を振るう。
だが、他人と競い合うことすらほとんどなかった彼の単調な攻撃は完全に見切られている。
ハルトシュラーには当たらない。
そうして、遂に悪魔が王手を掛ける。
- 933 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:42:04 ID:X9JPzEBg0
j l| ゚ -゚ノ|「…………なるほどな。『好きで軟弱なわけじゃない』とは、そういうことか」
薄暗い教室だと言え、今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
ハルトシュラーは自分に見落しはないと思い込んでいたが、それもやはり慢心、油断だったらしい。
ヒントは常にそこにあったのだ。
振るわれる右腕に。
窓から差し込む仄明るく蒼い光の中で目を凝らせば確かに分かる。
関節部に僅かに残った注射と点滴の跡――瘢痕が。
j l| ゚ -゚ノ|「注射針の痕、か」
('(∀ ∩「!!」
j l| ゚ -゚ノ|「瘢痕化するほど針を刺すのは病に対しての継続的な治療か、そうでないならば薬物依存症だ」
あるいは献血を何度も行った場合も痕跡として残るが中高生という年齢的には現実的ではないだろう。
素人が見て分かるような痕になるのは何度も、前回の瘢痕を目印にして注射針を刺し続けるから。
幾度となく、長い間。
- 934 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:43:04 ID:X9JPzEBg0
ハルトシュラーは言う。
j l| ゚ -゚ノ|「最早貴様から聞く必要はなくなった。貴様の願いは――『自分の病気を他人に押し付けたい』だ」
('(∀ #∩「違うッ!!」
怒号が飛んだ。
とても病弱な少年のものとは思えない、痺れるような声だった。
僕は、と。
('(∀ ∩「僕は……僕は!!」
僕は。
そうじゃないんだ。
そうだ、僕は。
『空想空間』に初めてログインして、勝てば願いが叶うと聞かされて。
それで初めて思い浮かんだのはそういうことじゃなかった。
- 935 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:44:05 ID:X9JPzEBg0
('(∀ #∩「僕は……自分の幸せなんか、どうでも良い……」
もう退院したいなんて思ってない。
そんなことどうでも良い。
皆みたいに普通に生きたいとか、もう良いんだ。
僕は、と少年は言う。
まるでそれが残った自分自身の全てだとでも言うように―――。
('(∀ ∩「……僕が願うことは一つだけだ。あの子の幸せだけなんだ」
j l| ゚ -゚ノ|「…………」
('(∀ ∩「僕をずっと心配し続けてくれたあの子が幸せになること。それが僕の望みなんだ」
それが望みであり――叶えたい願い。
('(゚∀゚#∩「その想いだけは、誰にも否定させない……!!」
.
- 936 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:45:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 17 ――】
真希波は語る。
「何か不幸な状況にある人間が、支えてくれる相手を突き放す場合、僕には二つのパターンが想像できる」
そう言うと真希波は人差し指と中指を立て――所謂ピースサインを作り、少女へと向ける。
そして、「一つ目に」と続けて指を折った。
「一つ目は単純明快。『ウザくなったから』だ」
「心配してくれる相手がか? 続けろ」
「長々と話すまでもないことだよ。『頑張っている人には「頑張れ」という言葉をかけてはいけない』という話は聞いたことがあるだろう?」
「頑張れ」「どうにかなる」――そんな無責任な言葉が腹立たしい。
一人にして欲しい。
相手の心配する気持ち、それ自体が重い。
僕のことを知った風に語るな。
- 937 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:46:10 ID:X9JPzEBg0
……そんな諸々の感情が、感謝の気持ちを覆い隠した時。
その瞬間、自分を身を慮ってくれる誰かは堪らなく不愉快な存在へと変わる。
「身体を失くした人間。病に侵された人間。それまで当たり前にあった世界が滅茶苦茶に壊れた時……人間は何を思うんだろう」
どうして私だけが。
なんで僕が。
きっと誰だってそんなことを思ってしまうはずだと真希波は思う。
それ自体は悪くない。
……少しだって、悪くはないのだ。
「こう言っては語弊があるけれど加害者がいる不幸は幸いなんだよ。被害者は加害者を呪うことで生きていけるから」
「しかしそれが叶わない時には、周囲の人間に当たるしかなくなるというわけか」
「そういうことだ。そういった人達の心情を少しでも想像できるなら安易な言動は慎むべきだろうね」
少なくとも僕はどんな言葉をかければ良いのか分からない、と。
鋭い光を宿した瞳を伏せて真希波は呟いた。
- 938 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:47:05 ID:X9JPzEBg0
少女は言う。
「……素直に言って、私にもそういう人間の気持ちは分かるさ。流石にな」
「僕はウザくなかったかな?」
「言わせるな」
驕矜な雰囲気を崩して彼女は微笑んだ。
安心した、と真希波は返し、そうしてから「二つ目に」と残っていた指を折る。
「二つ目は難解だ。こちらは事前情報が揃っていなければ分からない」
「二軒茶屋直はいきなり不幸になったわけではなかった。なら、今更幼馴染に当たるなんてことは納得できない」
「そう。だから今回の場合は二つ目だ」
二つ目。
それは真希波が先ほど口にした言葉を踏まえるとイメージしやすい。
これは不幸の話ではなく、恋の話なのだ。
- 939 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:48:05 ID:X9JPzEBg0
あるいは――愛の話、だった。
「理系である君も森鴎外の高瀬舟は知っているだろう」
「馬鹿にするな。それくらいは知っている」
『高瀬舟』は弟を殺した罪人と彼を護送する同心の話だ。
そのテーマは、安楽死。
それ自体も考察に価する命題ではあるが、ここで思い出すべきなのは罪人の弟の言葉だ。
「罪人の回想の中で弟はこう言っている。『どうせなほりさうにもない病氣だから、早く死んで少しでも兄きに樂がさせたいと思つたのだ。』と」
同じように、現代においても「家族に迷惑をかけたくない」と考える高齢者は多いとされている。
誰にも心配されないことは確かに辛いことだが、大切な人に心配されることは、それはそれで苦しいのだ。
ハッとして彼女は言った。
「…………二軒茶屋直は『自分に構っていると桃山宮は幸せになれない』と考えて、彼女のことを拒絶したのか?」
- 940 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:49:03 ID:X9JPzEBg0
「そうだろうね」
「自分だって好きなのに――心配されることを心苦しく思うほど、好きなのに?」
「好きだからこそ、だよ」
愛という感情は強いから、愛し合っていてもすれ違うことはあるんだ、なんて。
壬生狼真希波は何かを思い返すように呟く。
対し、幼馴染である少女は苦々しげに言った。
「……素直に言って、理解できん」
「僕は理解はできるけど共感はできない。だけど世の中には自分の幸福よりも相手の幸福を考える、心底独り善がりな善人もいるんだろう」
だからこれは愛の話だった。
自分がどれほど不幸になろうとも、相手が幸福ならばそれで良い。
いや、相手が幸福であることこそが――自分の幸福なのだ。
これを愛と呼ばず、なんと呼べば良いのだろう?
- 941 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:50:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 18 ――】
―――だが、ハルトシュラーはその想いを鼻で笑った。
j l| -ノ|「……くだらないな。思わず殺したくなるほどに愚かで馬鹿らしい考えだ」
最大限の言葉を以て、否定した。
その想いを最悪に引き裂いた。
('(∀ #∩「僕の気持ちの何が分かる!僕が、どんな気持ちで毎日を過ごしているか……分かりもしないくせに!!」
j l| -ノ|「甘えるな。貴様の気持ちなど誰も分からない。いや、そもそも興味すらないのが多数派だ」
貴様が生きていようが死んでいようが私にはどうでも良い――そうハルトシュラー言う。
j l| -ノ|「不幸ぶって、現状を嘆いて、斜に構えて、閉じ込もって、他人に迷惑を掛ける……。貴様のような存在は最低だ。反吐が出る」
- 942 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:51:07 ID:X9JPzEBg0
死んでしまえ。
死んでしまえ。
貴様など生きている意味もない。
何処までも最悪に、何時までも行き止まりのように、彼女は言う。
('(;∀;#∩「何がだよッ!! 努力すれば病気が治るの!?真面目に生きたら良いことあるの!!? そんなわけないじゃん!!」
j l| -ノ|「どんな病に侵されても、それでも幸せになろうと歩き出す人間はいる。幸せになって欲しいと祈る人間がいる。どうしてそれが分からない」
('(;∀;∩「分からないよ!!」
そうして一歩。
ハルトシュラーは足を踏み出した。
j l| -ノ|「そもそもだ。大切な人に幸せになって欲しいと願うくらいなら、貴様が幸せにしてやれば良かった」
('(;∀;∩「できるわけ……ないじゃん!できるわけない!! そんな無責任……。いつまで生きていられるか分からないのに。迷惑だって沢山、掛けるのに」
j l| -ノ|「そういう考え方が最低だと言った。貴様は今、同じ境遇の数え切れないほどの人間を冒涜した」
- 943 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:52:06 ID:X9JPzEBg0
そうだ。
明日死ぬ命だとしても、今日を生きる意味はあるのだ。
いつ死ぬか分からなくとも愛を伝える意義はある。
不治の病を患っていたとしても、生活が困難な障害を持っていたとしても、どんな境遇のどんな人間であろうとも。
幸せになろうと努力することはできる――幸せにしようと努力することはできる。
j l| -ノ|「不治の病を持つ私の友人は言っていたぞ。『明日死ぬのであれば、今日を懸命に生きれば良いだけだ』と」
('(;∀;∩「そんなの……!」
j l| -ノ|「今死に掛けている私の先輩は、いつだって笑顔だった。どれほど苦しくとも自分らしくあろうとしていた。眩しく思えるほどに」
人は誰だって限りある命を生きている。
なら、それが短いとしても、余りあるほどに一生分愛してやれば良いだけじゃないのか?
だって想いというのは長さではなく――重さだと思うから。
誰だって人を愛することができる。
叶うかどうかは分からないけど恋をすることができる。
想いを伝える、ことができる。
- 944 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:53:07 ID:X9JPzEBg0
状況がどうだとかは関係がない。
誰だって、そうだ。
一歩、また一歩とハルトシュラーは近付いて行く。
j l| -ノ|「好きな相手のことを思いやり、身を引くのは貴様の判断だ、尊重しよう。だが『病気だから』という言い訳に逃げるのは、やめろ」
('(;∀;∩「言い訳じゃない!!」
血塗れの右腕が乱暴に振るわれた。
ハルトシュラーの真っ赤に染まった左腕にその真紅は吸い込まれ、やがて先ほどよりも多い五本の釘が彼女の身体を貫いた。
左肩、左上腕部、左下腕部、左脇腹に二つ。
それでも――ハルトシュラーは止まることなく歩いてくる。
見ているこちらが痛みを感じるような惨状で。
('(;∀;∩「そんな……。痛くないの……?」
j l| -ノ|「痛いに決まっているだろう、愚か者が。だが――こんな痛みよりも、自分の思うまま生きられない方が余程痛いというだけの話だ」
('(;∀;∩「っ!!」
- 945 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:54:05 ID:X9JPzEBg0
それがかつてレモナが語った内容に似ていたことにハルトシュラーは気付いただろうか。
どんな状況でも、自分を見失わない。
彼女達の強さとはきっとそういうことだった。
彼に足りていないのは。
きっとそういうことだった。
j l| -ノ|「ああ、痛いな……。本当に死んでしまうぞ、まったく」
('(;∀;∩「ひっ……!」
教室の隅まで追い詰めると、ハルトシュラーはへたり込んだ少年の胸倉を掴んで持ち上げる。
掴んだのは右腕だが力を入れたことで脇腹に刺さった釘が更に激痛を伝えてくる、が、構うことはない。
j l| -ノ|「もう貴様と話しているのはうんざりだ。さっさと先輩の見舞いに行くことにする」
そうして言う。
「だから最後に私からのプレゼントだ」と。
散々釘を送ってくれたお返しに。
左手で胸ポケットに入っていた能力体結晶――海の色をしたパワーストーンを奪うと、それをしっかりと握り込む。
理解していたのか分からないが良い趣味だとハルトシュラーは笑った。
- 946 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:55:04 ID:X9JPzEBg0
そうして―――。
j l| -ノ|「歯を食いしばれ―――」
指先まで血に染まった左腕で、その少年の顔面を思い切り殴り飛ばした。
それは彼にとって生まれて初めて感じる類の痛みだった。
ハルトシュラーの方もただでは済まず、そんなことをすれば余計に傷口が広がり血が噴き出るのは自明のことだったが、知ったことではなかった。
ゴミでも捨てるかのように少年を床に下ろす。
体内時計が正しければ、もう数秒で『空想空間』は閉幕する――だからだろうか。
最後に、余計なことを言ってしまったのは。
j l| -ノ|「お前の病を治せるのは医者かもしれない、お前の幸せを守れるのは家族かもしれない――だが、お前の人生を生きられるのは、この世界でお前しかいない」
「生きている内は、生きろ」と彼女は言った。
最後の瞬間、少年は――いや二軒茶屋直は痛みを堪えて涙を溜めた瞳でハルトシュラーを見ていた。
だからだろうか。
あのハルトシュラー=ハニャーンが泣いているように見えたのは。
- 947 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:56:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― X ――】
―――スタンバイジョウタイ ヘ イコウ シマス.
システム ハ テイシチュウ デス...
.
- 948 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:57:03 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 19 ――】
「……おい、真希波」
話を終えて仕事に移ろうとした自治委員長に彼女は問い掛ける。
真希波は手を止めないまま、視線で先を促す。
少女は、訊く。
「『共感できない』と言うのならお前の見解を聞かせろ。想像ではない、お前の意見を」
「……人間は始めから諦めている。全能ではないのだから。我々は諦めながらでしか生きられない生物だ」
「は?」
「諦観と結論は違う、という話だよ。二軒茶屋直は結論(状況)から行動を選択した――しかしそれは諦観したことを意味しない」
机から飛び降りると、かつて不幸であった少女は怪訝そうに眉を顰め続けて訊ねた。
「お前が理想主義者なのは知っている。だが、まさか『諦めなければ病気も治る』なんてことを言うわけじゃないよな?」
- 949 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:58:05 ID:X9JPzEBg0
「半分正解だよ。気の持ちようで病気が回復に向かうことは十二分にありえる。それ以前に、本当に諦めてしまえば可能性はゼロになる」
どんな難病であろうとも治る可能性はある。
この瞬間は無理であったとしても十年後、一年後、あるいは明日にでも治療法が確立されるかもしれない。
だが――諦観し、死を選べばその可能性は完全なゼロへと変わる。
「私の友人がこんなことを言っていた。『明日死ぬのであれば、今日を懸命に生きれば良いだけだ』と。……確かに、私達は皆いつか死ぬ生物だ」
人生は長さではなく重さ。
何年生きたかではなく、重要なのはその中身。
「だから二軒茶屋直も諦めなければ良かったと? いつか死ぬのは皆同じだから、今を生きれば良かったと?」
「私はそんな言葉を口にすることはできない。できることは想像を促すことだけだ」
「想像だと?」
「ああ。考えてもみて欲しい。二軒茶屋直が桃山宮を遠ざけたのは彼女の幸せを願ってだ」
- 950 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 04:59:06 ID:X9JPzEBg0
放課後に毎日のように病院に来ていたのでは部活をすることも、友達と遊ぶこともできない。
自分の病は治る見込みもないのだから彼女を幸せにするどころか不幸にするだけだ。
そう思っての拒絶だった。
だが。
「そもそも、何故桃山宮はお見舞いを続けていた? なんの為に幼馴染に会っていた?」
そう。
それも、勿論。
「『好きだから』だろう? 好きな相手だから心配し、好きな相手だから毎日でも会いたかった。少し頭を働かせれば分かることじゃないか」
「想像すれば、か」
「そうだ。想像すれば心情は理解できる」
あの『高瀬舟』とこの件が決定的に違う点は「桃山宮に二軒茶屋直を心配する義理はない」ということだった。
二人はただの幼馴染であり、心配する義務も世話を焼く必要もそもそもないのだ。
なのにどうして桃山宮は毎日のように二軒茶屋直の元へ来ていたのか。
- 951 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:00:04 ID:X9JPzEBg0
そんなこと――『好きだから』に決まっている。
「二軒茶屋直は確かに桃山宮のことを想っていたのだろう。だがその実、選択した行動は極めて無責任な理想の押し付けだ」
あなたが幸せならそれで良い?
それが僕の幸せだ?
そういう考え方を壬生狼真希波は「片腹痛い」と否定する。
「『恋』とはなんだ? 『他の全てが満たされていても、その人が隣にいなければ満ち足りない』――そういう状態のことだ」
真希波は続ける。
「『愛』とはなんだ? 『お互いに見つめ合うのではなく、二人共が同じ方向を見据えていること』――そういう状態のことだろう?」
二軒茶屋直は桃山宮の幸せを願っていた。
けれど真希波は問いたい。
「一体いつ、桃山宮が『幸せになりたい』と言ったのか」と。
- 952 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:01:05 ID:X9JPzEBg0
……いや、少し違うだろうか。
桃山宮にとっての幸せとは二軒茶屋直の隣にいることで達成できるものだった――それだけのことだ。
「『僕は君を幸せにすることができない』だと? 笑い種だな、恋愛における幸福とは一方が一方に与えるものではなく、双方が共に目指すものだ」
「……そうだな」
相手の感情を勝手に決め付け、理想を押し付け。
どう思っているかどう考えているかも問うこともせず「あなたの為だから」と突き放す。
紛れもなく愛ではあるが――極めて無責任で独り善がりだ。
だから壬生狼真希波の結論もハルトシュラーと同じ。
二軒茶屋直は、病気を言い訳にして好きな人から逃げただけなのだ。
「私にとっては今回の一件は喜劇に過ぎない。想像力不足の愚か者が主役の喜劇だ」
最後にそう言い切ると真希波は幼馴染の方を向く。
「…………少し熱くなってしまったか。烏丸、私の見解はこのような―――」
- 953 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:02:05 ID:X9JPzEBg0
と。
瞬間、真希波の唇に少女のそれが重ねられた。
振り返ることを見計らっていたかのような完璧なタイミングだった。
懐かしい匂いが香った。
振り払うかどうかを思案し、真希波は黙って受け入れることを選択した。
そうして数秒の後、彼女は唇を離す。
「……驚いたか?」
「可能性として考慮はしていたが、驚いた」
そうか、と少女は少し頬を染め満足気に微笑んだ。
肩よりも長い黒髪が柔らかに揺れた。
「どういうことだ? 烏丸」
「さあな。お得意の想像で言い当ててみろ」
「…………普段は冷静で表情を崩さない旧友が、珍しく感情を前面に出したことに驚き、またその言葉に心動かされ、好意と感謝を表したくなった」
- 954 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:02:47 ID:X9JPzEBg0
「空気の読めない奴だ。まさか本当に言い当てるとは」
やれやれ、と大袈裟なジェスチャーと共に笑う。
また続けて言った。
「子どもの頃とは違うんだ。私の口付けがどれほどの価値があるか、分かっているだろうな?」
「無論だよ『女王(クイーン)』。露見すれば君の信者に殺されかねないことは予測できる。精々、気を付けるとしよう」
分かっているなら良い。
そう告げて少女は部屋から出て行こうとする。
が、彼女は途中で立ち止まる。
そんな些細な所作でさえ溜息が出るような美しさを有していた。
そして淳高でも五本の指に入るであろう美少女、烏丸空狐は振り返らないままで言った。
「それと――二人きりの時くらいは『烏丸空狐』と呼ぶな。あと普通に話せ。さっきも言っただろうが」
「……気を付けるよ、クー子」
分かれば良い、と頷くとクー子と呼ばれた彼女は部屋を後にした。
- 955 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:03:34 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 20 ――】
二軒茶屋直はいつものように病室のベッドの上から空を見上げていた。
「……なんだよ」
呟いて、自分の頬に触れてみる。
なんの異常もない。
少し前から、何か頬に痛みを感じるような気がして時折こうして触れてしまうのだが、やはり気のせいらしい。
だからこの夢から醒めたような気持ちも気のせいなのだろう。
二軒茶屋直はそう思った。
「こんな毎日が、ずっと続くのかな……」
もう慣れてしまっていたはずの日々。
どうでも良くなっていたはずの毎日。
でもそんな時間が、最近はどうしようもなく辛い。
- 956 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:04:14 ID:X9JPzEBg0
多分それは。
いやきっと。
彼女が病院を訪れなくなったからだろう。
……これで良かったんだ。
本当に、そう思う。
なのに――どうしてなんだろう。
「……ひっ、ぐ…………。うぅ、ああ、あぁ……」
彼女の幸せが自分の幸せだと思っていたのに。
こんなにも涙が溢れてくるのは何故だろう。
……誰かが廊下を走る音が聞こえる。
きっと彼女ではない。
でも足音が聞こえる度に期待してしまう。
今度彼女に会えたならば、正直に自分の想いを伝えよう。
二軒茶屋直は遂にそう思った。
もう二度と彼女に会うことはないとしても――本当に本当に、そう思っていた。
- 957 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:05:07 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 21 ――】
そうか、と告げてハルトシュラー=ハニャーンは通話を終えた。
「……レモナ。すまないが、」
「分かってるよ。分かってるから、言わなくていいよ」
昼休みの三年十三組の教室だった。
片隅で電話に応じていたハルトシュラーが振り返ると「分かってる」と生徒会長は返した。
些細なことだけど、それが彼女は嬉しかった。
「そうか」
「早く先輩のトコに行ってあげたら? きっと待ってるよ」
「……そうだな」
そう言うとハルトシュラーは自身の鞄を持つと、教室を出て行こうとする。
- 958 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:06:06 ID:X9JPzEBg0
と。
その後ろ姿に高天ヶ原檸檬が声を掛けた。
「……ねぇシュラちゃん。二軒茶屋直って名前の生徒、知ってる?」
「知っているのが私だ。知り合いではないがな」
「壬生狼クンが言ってたんだけど……」
そこまで言いかけ、彼女は首を振った。
「ううん、なんでもない。この話なーし」
「意味が分からないな」
「じゃあシュラちゃんが帰って来たら言おうかな。……気を付けてね」
「ああ」
そうしてハルトシュラーは教室を出て行った。
尊敬する先輩の元へと向かう為に。
- 959 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:07:07 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 22 ――】
自治会室の自らの先に腰掛けた自治会長壬生狼真希波は、見ていた書類をデスクの上に置いた。
そして書類整理を行っている丁寧な化粧の副委員長に話し掛けた。
「いつだったか、君に『サルを完全に破壊する実験』の話をした際に、君は『まるで人生のようですね』と言っていたな」
「そうだったでしょうか」
「ああ、そうだったさ。あの回答には私も心底驚いたのを良く覚えている」
ギャンブルに似ていると言われるサルを完全に破壊する実験。
だが、確かに人生そのものがそうなのかもしれない。
人間は主観的にしか物事を見ることができないから気付かないだけで、もしかすると人生には幸福なことより不幸なことの方が多いのかもしれない。
冷静に純粋にプラスとマイナスだけの観点で見ればトータルでマイナスになるのならば自殺してしまった方がマシだ。
いやそもそも総計してプラスにならないことが決まっているのならば生まれないのが最善ということになる。
けれど、それでもほとんどの人間はボタンを押し続ける――人生を生き続ける。
「コンコルド効果じゃないが、ゾッとしない。もしかすると純粋な功利主義的観点からすれば人類は滅びた方が幸せなのかもしれない」
- 960 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:08:18 ID:X9JPzEBg0
そういった真希波の言葉に無表情ながら不機嫌そうに副委員長は答えた。
「……お言葉ですが、その時も述べましたように、私はそういう考えの元で発言したわけではありません」
「そうだったな。物事の価値は――幸福は人間が決めている。何がプラスで何がマイナスか、それは本人だけが決められる。だからこそ純粋な功利主義の支持者は少ない」
「私が言いたかったのはそういうことではありません」
静かに、彼女は否定した。
次いで淡々と続ける。
「私は、ただ……。九十九回分無駄にボタンを押したとしても、一回餌が出ただけで全てを許せるような……。そういう点が良いと思っただけです」
どうしようもないほど辛く、誰からも必要とされず、ずっと独りで生きてきたとしても。
たった一度――誰かに愛されたことで。
そんな些細なことで今までの全てを許せてしまえるような、そんな気持ちになってしまうことだってある。
それは愚かなことなのかもしれない。
だけど彼女は、人間のそういう面が好きだった。
- 961 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:09:24 ID:X9JPzEBg0
真希波は言った。
「そうだな。それは紛れもなく愚かさなのかもしれない。だが私も、そういう人間らしさは好きだ」
どんなに辛いことが多い道のりであっても誰かが愛してくれた記憶があれば。
そんな一回だけで、案外生きていけたりする。
純粋な利益の計算ができることが聡いとすれば人間はこれ以上ないほどに愚かしい存在だ。
だが、きっと人間はその愚かしさ故に生きていけるのだろう。
そしてボタンを押し続けた結果の先に現在の社会があり、未来がある。
「『生きたくないと思ったって、生きるだけは生きなけりゃ成りません』――ならば今日も私達は僅かな結果と幸運を拠り所に、俯かず生きていこうか」
真希波の机の上にある書類にはこんなことが記されていた。
―――「二年七組二軒茶屋直、今月末退院予定。来月より登校可能と思われる」。
【―――Episode-10 END. 】
- 962 名前:第十話投下中。:2013/06/15(土) 05:10:05 ID:X9JPzEBg0
- 【―― 0 ――】
《 present 》
@[SVO1 with O2 / svo2 to O1](人が)O1(人や団体)にO2(物)を贈呈する、進呈する〔※儀式的な語で、日常的なプレゼントには用いない〕
A[SVO(M)](人・物・事が)(特色など)を(…に)示す、見せる、(困難など)を(…に)引き起こす
B(銃など)を(…に)向けて狙う
――自
C(患者・症状などが)(診療の対象として)現れる、来院する
.
- 969 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:36:54 ID:p8h7eRgE0
|゚ノ*^∀^)「あとがたり〜」
|゚ノ ^∀^)「『あとがたり』とは小説などにある後書きのように、投下が終了したエピソードに関して登場キャラがアレコレ語ってみようじゃないかというものです」
j l| ゚ -゚ノ|「要するに後書きの語り版であとがたりだ」
|゚ノ*^∀^)「あんまり僕の出番はなかった!!」
j l| ゚ -゚ノ|「いやあったが、頭良さそうなやり取りだったのでらしくなかったな」
―――『あとがたり・第十話篇』
.
- 970 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:38:06 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「鞍馬兼です。すっかり夏服に適した季節になりました。さーて、来週の……」
(-、-トソン「待ってください。それでは次回予告になってしまうので。こうしましょう」
(゚、゚トソン「―――読者の諸君、お元気かね。都村藤村です」
( −ω−)「それじゃあ総統閣下です」
(゚、゚トソン「『生徒会の奴等は何処行った!?』という読者諸君の声が聞こえて来そうですが、今日のあとがたりは私と彼で進行します」
( ・ω・)「たまには趣向を変えて……ということでご勘弁して欲しいんだから」
(-、-トソン「……どうでも良いことなのですが、あなたの委員長は学ランで暑くないのでしょうか? 作中時間はちょうど今くらい(六月〜七月)でしょう?」
( ・ω・)「現実での描写が少ないので分かりにくいですが、上着を脱ぐこともあります。流石に半袖ということはありませんが」
(゚、゚トソン「なるほど……上着は持っているけれど、着ていないということですか」
( −ω−)「冷房冷えしないように持って来ていると思って欲しいんだから」
- 971 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:39:19 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「では改めて、第十話の解説及び雑談を始めましょう」
(-、-トソン「分かりやすいので最初は時系列順でよろしいですね? 始めます」
( −ω−)「今回の冒頭は壬生狼真希波自治会長等がカードゲームをしているシーンからです」
(゚、゚トソン「マキナ様と山科狂華様の対戦なので。直後にマキナ様が引用した言葉は知っている方も多いのではないでしょうか」
(゚、゚トソン「……将棋は弱いらしい鞍馬兼君、どうですか?」
( ・ω・)「どうと言われても……確かに僕は弱いですよ。初心者に負けることはないと思いますが、中級者以上には勝てないんだから」
(-、-トソン「将棋だと弱いが軍人将棋だと強い、という事実からは『頭の回転は速い方ではないが断片的な情報から他人の心理を察することは得意』ということが読み取れます」
( ・ω・)「自治会長はそれが分かっていたらしいですね」
(゚、゚トソン「対しマキナ様は『平等ではないゲームが得意』であるとされ、同じ頭の良さでも洛西口零様や稲荷よう子様とは違う風に描写されています」
( ・ω・)「あの生徒会長や、僕等の委員長はどんな頭の良さなのか。考えて見ると面白いかもしれません」
- 972 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:40:15 ID:p8h7eRgE0
( −ω−)「次のパラグラフはハルト委員長の先輩の話です」
(゚、゚トソン「彼女はある作品のある番外編に登場したあるキャラクターであり、その際にはほとんど触れられなかった『不治の病』について述べられています」
(-、-トソン「……触れられなかった理由は分かっていますね? 彼女が、何処までも普通の女の子として生きようとしていたからです」
( ・ω・)「言うまでもないけど、彼女の話が出ているのは二軒茶屋さんとの対比なんだから」
(゚、゚トソン「さて、続いてはマキナ様の腹心と生徒会長との会話です。幾つか伏線も出ているので」
(-、-トソン「この場面での会話は本筋(能力バトル)にはあまり関係ないことですが、格差是正措置への疑問を提起しています」
( ・ω・)「アファーマティブ・アクションやポジティブ・ディスクリミネーションについての話ですね」
(゚、゚トソン「そうです。そして差別を是正しようとする動きが差別を増進してしまう問題についての議論でもあります」
(゚、゚トソン「興味深い点は格差是正措置に賛成するマキナ様は普通の進学科に在籍しており、意義を唱えた生徒会長は特別進学科の生徒だということです」
(-、-トソン「……特別進学科とはどういうものなのでしょうね。何を目安に選ばれているのでしょうか」
- 973 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:41:06 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「私は劇中でジェンダー的な話をすることが多いキャラクターですが、格差是正措置に関しても面白い話があります」
( ・ω・)「雑談ですか?」
(-、-トソン「勉強になる雑談なので」
(゚、゚トソン「現代日本での統計では男性の方が女性よりも賃金は高いとされています。詳しい数値の引用は控えますが」
(-、-トソン「これには『多くの場合、男性の方が出世しやすいから』という分かりやすい理由もありますが、見落としがちな他の理由もあるとされます」
(゚、゚トソン「さてそれはなんでしょう? はい、鞍馬君」
( −ω−)「……僕の親類の多くは警察官ですよ。言うまでもないんだから」
(-、-トソン「そうでしたね。そう――『一般に危険とされている仕事に女性が就労することは少ないから』です。危険な仕事の賃金が高いのは道理ですよね?」
( ・ω・)「軍人までは行かずとも、交番のお巡りさんだって夜勤なら少なくない危険が伴う。だから両親を始めとする周囲は快く思わない。本人が就職したいと言っても止めることもある」
(-、-トソン「加えて、そもそも採用基準に体格が規定されていることもあるので。例えば警視庁ならば身長は凡そ155センチ以上と規定されているそうで」
(゚、゚トソン「この時点でアウトの方も多いのではないですか? ちなみに体重についての規定もあるそうです」
- 974 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:42:06 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「差別と美徳の合間……になるのかな」
(゚、゚トソン「私達が美徳と考えていることの大半は非合理的な信念です。ただの固定観念、思い込みです」
(-、-トソン「あなたがハルトシュラー様のことが好きで、だから『男である自分が守ってやらないといけない』と考えているのなら――それはエゴだと心得るべきなので」
( −ω−)「……そんなこと、分かってるんだから。そう思ってたら敵対なんてしません」
(゚、゚トソン「ならば良いので」
(-、-トソン「私としては『エゴだよそれは!!』と言うことができなくて残念ですが」
( ・ω・)「真面目な話なのか雑談なのか、どっちですか」
(゚、゚トソン「ならば真面目な雑談を、私情を語りましょう。先ほど私は『守ってやらないといけない』という考えは男性のエゴだと述べました」
(-、-トソン「が……『守ってあげたい』という想いはエゴではなく、いじらしい恋心だと思います」
( −ω−)「…………そうかもしれないですね」
- 975 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:43:06 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「つまりあなたの平和をお世話しますということで……」
( −ω−)「…………閑話休題しましょうか」
(゚、゚トソン「さて少しを場面を進めまして、伏見征路様と桃山宮様のやり取りのシーンです」
(-、-トソン「伏見様は『「不幸であること」と「不幸せなこと」は別だと思ってた』ということを述べていらっしゃいます」
( ・ω・)「この場合、『不幸であること』はイコールで『辛い経験をしたこと』で、『不幸せなこと』は『辛いと感じていること』ということですか?」
(゚、゚トソン「そうですね。分かりにくいですが、客観的な不幸と主観的な不幸は異なるのでは?と言っていたわけです」
( ・ω・)「今回の敵である二軒茶屋さんは客観的に見て不幸な部類に入る方でしたが、僕等の委員長も客観的に見れば不幸です」
(-、-トソン「その通りなので。あなたは内容を知らないらしいですが」
( ・ω・)「詳しくは知りませんが、何かあったことくらいは分かっています」
- 976 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:44:05 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「……それで二軒茶屋さんと彼女の違いですが、『主観的に不幸であるかどうか』という点がハッキリと異なっています」
(゚、゚トソン「一方は『私はこれでも幸せだ』という旨を語っているのに対し、他方は『僕の気持ちなんて分かるはずがない』と拒絶しています」
(-、-トソン「ハルトシュラー様は第三話や第八話においても似たようなことを語っていらっしゃるので」
( −ω−)「言うまでもないですが、ハルト委員長の先輩も主観的には幸福でした」
(゚、゚トソン「後の場面でハルトシュラー様が激しく罵っているのはこの辺りの認識の違いが大きいのではないでしょうか」
(-、-トソン「次に二軒茶屋様が病院で口遊んでいた詩ですが、島崎藤村の千曲川旅情の歌という作品なので。内容は無常観……というところですか」
( ・ω・)「この話のオチで自治会長が言った『生きたくないと思ったって、生きるだけは生きなけりゃ成りません』も島崎藤村の言葉ですよね?」
(゚、゚トソン「その通りなので。マキナ様なりの返答です」
(゚、゚トソン「『この世にあるもので、一つとして過ぎ去らないものは無い、せめてその中で、誠を残したい』」
(-、-トソン「人間は誰でもいつか死にますが、だからと言って生きる意味がないということはない、ということですね」
- 977 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:45:07 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「いよいよバトルシーンなんだから。本当にこの作品は戦いになるまでが長い」
(-、-トソン「現実においては戦う前の情報戦や作戦立案、下準備が重要です。そういう面を描写している……と好意的に考えてくださると嬉しいので」
( ・ω・)「二軒茶屋さんが使う能力は『プレゼント・フォー・ユー』という名称です」
(゚、゚トソン「本人は否定していましたが、ハルトシュラー様の指摘通り『自分の病気を誰かに押し付けたい』という願いが形となったものなので」
(-、-トソン「能力使用に重要な血液と棒状の物は二軒茶屋様にとっての病気の象徴なのでしょう」
(゚、゚トソン「余談ですが二軒茶屋様の病は、初期設定では白血病でした。だから血液が病気の象徴なのです」
( ・ω・)「その為の伏線が第五話の僕と委員長の会話シーンで僅かに張られていましたよね」
(-、-トソン「その通りなので。あなたが朝見たニュース番組の骨髄バンクの話ですね」
(゚、゚トソン「ですが、途中で『負けるだけのキャラだしなあ』と思い直し変更した経緯があります」
( −ω−)「日ノ岡亜紗君の空手の流派が設定されていないのと同じく意味のない設定とも言えるんだから」
(゚、゚トソン「……そういうわけで、二軒茶屋様の抱える病気は『何か大変な病気』という漠然としたイメージで構いません」
- 978 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:46:06 ID:p8h7eRgE0
(-、-トソン「もしかすると、それはハルトシュラー様の先輩と同じ病気なのかもしれませんね」
(゚、゚トソン「話が前後してしまいますが、もし二人が同じ病の患者だった場合、前半の『新薬研究に協力していた』という話が伏線となります」
( ・ω・)「……新しい治療法が確立されたから、治った?」
(-、-トソン「そういうことになります」
(゚、゚トソン「もっと奇跡的に解釈すれば『その先輩の臓器が移植されることになった』ということかもしれません」
( ・ω・)「その先輩は臓器提供の意思を示していて、だから亡くなると時を同じくして二軒茶屋さんは退院できることになった……ということですか」
(゚、゚トソン「この場合ならば『意識のない状態が多い(≒脳死に至る病?)』という話が伏線です」
(-、-トソン「最後にハルトシュラー様は『生きている内は、生きろ』と発言していますが、もしかすると分かったのかもしれませんね」
(゚、゚トソン「自分の先輩の死が、目の前のどうしようもない奴の生に繋がるということが……直感的に」
(゚、゚トソン「だからこそ幸せを望んで欲しい、生きて欲しいと思った」
( −ω−)「……かもしれません。そうであったらいいなと僕は思います」
- 979 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:47:05 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「話を戻しますが、バトルシーンです。ハルトシュラー様が珍しく苦戦していらっしゃいますが理由は作中で説明された通りです」
( ・ω・)「能力の高さ故の不利というのは面白い展開なんだから」
(-、-トソン「間に参道静路様の様子が挿入されていますが、こちらの行方は次回以降になるので。ご期待ください」
( ・ω・)「それにしても僕等の委員長は血塗れなんだから」
(゚、゚トソン「一部の性的嗜好を持つ読者の方は喜びそうですが……しかし『刺さった釘は抜かなくて良かったんじゃない?』と思った方も多いでしょう」
( −ω−)「説明されてないけど、三本の釘をすぐに抜いたのには理由があります」
(-、-トソン「一つ目は『釘に毒物が塗られていることを警戒して』ですね」
(゚、゚トソン「もう一つは『目潰しに使うため』、最後の一つが『最終手段として飛ばされてきた血液を自分の血液を飛ばして撃ち落とすため』です」
( ・ω・)「そんなことをやろうと思ったのが凄いし、できたのなら本当に凄いんだから」
(゚、゚トソン「ちなみに、自分の血液を使っての目潰しはハルトシュラー様のある先輩の得意技でもあります」
- 980 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:48:06 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「僕としては、血塗れになっても歩みを止めないことが『どれほど多くの不幸を背負っても意思を貫く』というメタファーだと思ってました」
(-、-トソン「『自分の思うまま生きられない方が痛い』という発言も踏まえればそういった解釈もできるので」
(゚、゚トソン「またハルトシュラー様は集中状態に移行する際に『Call』と叫んでいますが、これは“Call forth(力を奮い起こす)”のような意味です」
(゚、゚トソン「設定上は彼女はこの一言を合図に本気を出すのですが……。今まで全く触れられていなかったのは全然本気ではないからですね」
( −ω−)「似た意味の“Call out(才能を引き出す)”とも取れますが、この場合はちょっとしたリンクネタになるんだから」
(゚、゚トソン「ハルトシュラー様は瘢痕から二軒茶屋様の願いを見抜きましたが、理想の姿になっているはずなのに瘢痕が残っているのは考えてみれば不自然」
(-、-トソン「これは二軒茶屋様が、心の何処かで病気なんて治らなくても良いと考えていたからなので」
( ・ω・)「この辺りも面白いですね」
(゚、゚トソン「二軒茶屋様は桃山宮様の好意に気付いていなかったので、恐らく『自分が健康になれば構ってもらえない』と思っていたのではないかと」
( −ω−)「そんなこと、心配するに値しないことなのに……。自分に向けられる好意には気付きにくいものなんですね」
- 981 名前:名も無きAAのようです:2013/06/17(月) 18:49:06 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「結局のところ戦闘はハルトシュラー様の圧勝で終わりました」
( ・ω・)「怪我についても『ただ勝つこと』だけを目指していたならもっと楽に勝てたんだから」
(-、-トソン「それにしても、この時の会話は論理療法(ABC理論)のようですね。いえ、それとも単に怒っていたのでしょうか?」
( −ω−)「多分腹を立てていただけだと……」
(゚、゚トソン「ハルトシュラー様がパワーストーン(能力体結晶)を奪った際に『良い趣味だ』との感想を抱いているのはその意味からでしょう」
( ・ω・)「アクアマリン……かな?」
(゚、゚トソン「アクアマリンは『健康祈願の効用』に加えて『恋人と仲良くなりたい』や『結婚したい』というような願いを叶えるとされているそうなので」
(-、-トソン「良い趣味かどうかは微妙ですが、二軒茶屋様には相応しいと思います」
- 982 名前:名も無きAAのようです:2013/06/17(月) 18:50:06 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「実際エピローグでは治癒してますし効果はあったのかもしれません」
(゚、゚トソン「裏設定的には二軒茶屋様が病室で聞いた足音は、実は桃山宮様が走って来る音です。『病気が治る』ということを何処かで聞いたのでしょう」
( −ω−)「だから急いで伝えようと走ってきた……というわけですか」
(-、-トソン「その通りなので」
(゚、゚トソン「また高天ヶ原檸檬様が言い掛けたことも同じですね。『あの子の病気、治るらしいよ?』と」
(-、-トソン「直前で口を噤んだのはハルトシュラー様の先輩のことを考えてでしょう」
( ・ω・)「…………先輩は、死んじゃったのかな」
(゚、゚トソン「どうでしょうね。もしかすると『奇跡的に体調が回復したから会いに来い』ということだったかもしれません」
(゚、゚トソン「この辺は想像にお任せしましょう」
(゚ー゚トソン「しかしマキナ様の僅かな幸福や幸運で人間は生きていけるという意見を踏まえれば、もしかすると……」
- 983 名前:名も無きAAのようです:2013/06/17(月) 18:51:09 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「本編の流れについては触れ終わりましたので、またちょっとした裏設定を語りましょう」
( ・ω・)「桃山宮さんについてですね」
(-、-トソン「その通りなので」
(゚、゚トソン「この『桃山宮』というキャラクターはAAこそ設定されていませんが、実は第四話にも登場しています」
(゚、゚トソン「冒頭で鞍馬様が撃ち殺した少女がそうですね。彼女の臨終の言葉に鞍馬様は胸糞悪いと珍しく乱暴な感想を抱いていらっしゃいますが」
( −ω−)「『ごめん、助けてあげられなくて』――ですよ。嫌な気分になるのは仕方がないと思うんだから」
(゚、゚トソン「桃山宮の能力『リィンフォース(reinforce)』から読み取る彼女の願いは『(二軒茶屋直の)心を強くしてあげたい』でしょう」
( ・ω・)「他動詞ですから。それに台詞を踏まえても、そう考えられるでしょう」
(-、-トソン「こういうネタは現実世界でAAが設定されておらず、かつ敗者の記憶は消えるというルールがあってこそなので。面白いですね」
(゚、゚トソン「私が仕えるマキナ様も実は既に脱落しており、私達はその志を継ぎ戦っている……のかもしれませんね」
( −ω−)「先が楽しみですね」
- 984 名前:名も無きAAのようです:2013/06/17(月) 18:52:06 ID:p8h7eRgE0
( ・ω・)「そう言えば、二軒茶屋直というキャラクターは自治会長と同じように彼とも彼女とも呼ばれていません」
(゚、゚トソン「女性かもしれませんね。それならば、桃山宮の好意に気付かなかったことも納得です」
(-、-トソン「するとハルトシュラー様やマキナ様の言葉も少し意味合いが変わってきます」
( −ω−)「どんな状況のどんな人間だって恋をして幸せになることができるなら、同性のカップルだってそうだと信じたい。そう思います」
(゚、゚トソン「ちなみにこの作品の描写のルールとして『二人称は外見的な性別を基準に決める』というものがあります」
(-、-トソン「二軒茶屋様が女性だとしても変わった姿が少年ならば、二人称は『彼』なので」
( ・ω・)「山科狂華に関する描写もそうですね。少女の姿になっているログイン中は『彼女』です」
(゚、゚トソン「……現実世界でも、山科様が女装をしていれば『彼女』ですよ?」
( −ω−)「確かに女装した彼は美人だけどそんな状況はありえないんだから」
- 985 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:53:05 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「では最後にタイトルの話です……と言っても、そのままですか?」
( −ω−)「日本語のサブタイトルである『愛さえも死さえも』は英語に訳すと二軒茶屋さんのテーマソングになります」
(゚、゚トソン「初めてのあとがたりでしたが、このような進行でよろしかったでしょうか?」
( −ω−)「分からないけど、分からない部分は質問待ちということで良いと思うんだから」
(゚、゚トソン「ではあとがたり、第十話篇でした」
( ・ω・)「次回も楽しみにしていてくださいね」
(゚、゚トソン「ニュータイプの修羅場は見れませんがご期待ください」
- 986 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:54:05 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「それにしても……マキナ様はモテますね」
(-、-トソン「現時点で攻略できそうなのは自治委員会副委員長、稲荷よう子、今回登場した烏丸空狐、そして妹と周囲は女子ばかりです」
( ・ω・)「実妹を入れるのは問題と思いますが、確かに人気者だと言えるんだから」
(゚、゚トソン「この作品には設定上モテるキャラや美形なキャラが多いですが、その性質は全員少しずつ違っています」
(-、-トソン「天使と悪魔は『凄い美少女』だけど『告白はされない』。普通の人間と隔絶し過ぎているので、性別に関係なく近寄って来る方が少ないのです」
( ・ω・)「僕等の委員長はファンは凄く多いけど、一緒に何処かに遊びに行くのは僕達か生徒会長くらいだけなんだから」
(゚、゚トソン「対照的に幽屋氷柱様は『美少女』かつ『人気者』です。よく告白もされると聞きます」
( −ω−)「あの人は断られても関係がギスギスせず、以前のまま優しくしてくれそうだから告白しやすい……らしい」
(゚、゚トソン「大人しさは一つのセックスアピールとも聞きます。『従ってくれそう』と思って声を掛けてくる男性が増えるそうなので」
( ・ω・)「実際に幽屋さんを従えるのはかなり難しい気もします」
(-、-トソン「男子にはともかくとして、女子にも多くの友人がいることは素直に凄いと思うので」
- 987 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:55:06 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「男子キャラならば参道静路様は『フツメン』で『ムードメーカー』ですね。凄く顔が良いわけではないですが、一緒にいて楽しい方です」
( ・ω・)「良い人だから黙っていたらもっとモテると思うんだから」
(-、-トソン「そういう鞍馬様は『可愛い』上に『性格も良い』更に『クラスの中心人物』と、もうモテる要素が全部揃っているので」
(゚、゚トソン「あなたが告白すれば大抵の女子はオーケーすると思うので」
( −ω−)「……買い被り過ぎです。大体、僕はそんなにモテたりしません」
(゚、゚トソン「それはあなたがあの風紀委員長とベタベタしているからなので。現時点であなたに告白するのはハルトシュラー様に喧嘩を売るようなものです」
( ・ω・)「それもまた誤解です」
(-、-トソン「事実かどうかは置いとくとしても、周囲の認識はそうなので」
(゚、゚トソン「あとあなたはSな年上の女性にモテそうですね」
( ;・ω・)「それ良く言われるんだけどどういうことなの?」
(゚、゚トソン「見たままです」
- 988 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:56:09 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「さて、あなたのご親友の山科狂華様は『フツメン』で『性格がおかしい』ですね」
( ・ω・)「……それだけ聞くととてもモテる感じじゃない」
(-、-トソン「女装すれば完全に美少女なので。普段はそこそこなのに女装すると超美人なんて、まるで北海道のファミレスで働くミニコンのようですね」
( −ω−)「なんのフォローにもなってないんだから」
(゚、゚トソン「そんな山科様がモテるのは、彼のコミュニケーション能力が高いからです。口説き落としたり告白させたりするのがお上手なので」
(゚、゚トソン「鞍馬様が聞き上手だからモテるとすれば、山科様は話上手だからモテているのですね」
(-、-トソン「自称嫌われ者で客観的に見ても変な奴なのに女子にはモテるなんて、まるで全てをなかったことにできる副会長のようですね」
( ;・ω・)「確かに彼は方々の女子のアドレスを持ってるけど……」
(゚、゚トソン「洛西口零様などは『素材は良い』ので、服装や化粧一つで引きこもりから今時の女子高生まで自由自在です」
( −ω−)「……こういう言い方はどうか分からないけど、自治会長は『雰囲気イケメン』になるのかな」
(-、-トソン「その通りなので」
- 989 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2013/06/17(月) 18:57:08 ID:p8h7eRgE0
(゚、゚トソン「神宮拙下様や烏丸空狐様は『見た目は最高』だけど『性格に難有り』のタイプなので」
(-、-トソン「両者共に高圧的な方なので……」
(゚、゚トソン「色々と言いましたが、人は見た目ではないですよ」
( ・ω・)「今更それを言いますか」
(゚、゚トソン「はい。マキナ様がモテる一番の理由は『他人を助けるから』です。自分が助けた相手に慕われている」
(-、-トソン「だから人間は中身です――優しさや勇ましさや、その他諸々が重要なので」
(゚、゚トソン「…………ぶっちゃけ結婚するなら学歴や職業が大事だと思いますが」
( ;・ω・)「色々と台無しなんだから」
(-、-トソン「それが現実です。だからこそ学生の間くらい、恋に恋するような甘い恋愛を楽しみましょうということです」
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