リハ*゚ー゚リ 天使と悪魔と人間と、のようです Part3
106 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:39:31 ID:Ml.i4jvk0

・登場人物紹介

【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他

|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。
空想空間での能力はなし。願いもなし。

j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。
空想空間での能力は『ダウンロード(仮称)』。

  _
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。

107 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:40:12 ID:Ml.i4jvk0

【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。

(  ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。「天才」と呼ばれる『ただ努力しただけの凡人』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。

ハハ ロ -ロ)ハ
神宮拙下(ハロー=エルシール)。三年理系進学科十二組所属。風紀委員会幹部。
誰もが認める『天才(オールラウンダー)』。保有能力は『読心』で、彼個人の能力は不明。

( ´Д`)
天神川大地。二年普通科五組所属。風紀委員会幹部。
元歌舞伎役者の女形。

108 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:41:04 ID:Ml.i4jvk0

【COUP(クー)】
ナビゲーターであるジョン・ドゥが招致した人間達が作ったチーム。
五人構成らしい。

ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
保有能力は『ハンドレッドパワー』。

イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。
保有能力は『残す杙(ファウル・ルール)』。

109 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:42:03 ID:Ml.i4jvk0

【その他参加者】
それ以外の参加者。

リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』。
願いは特になく、知的好奇心から戦いに参加している。またヌルのチームとも交流がある。

( "ゞ)
関ヶ原衝風。所属不明。
保有能力は「手にした物体を武器に変換する」というもの。
願いは自身の流派の復興。

( ^ω^)
ブーン。所属不明。
保有能力は『恒久の氷結(エターナル・フォース・ブリザード)』。

川 ゚ 々゚)
クルウ(山科狂華)。一年文系進学科十一組所属。二つ名は『厨二病(バーサーカー)』『レフト・フィールド』。
保有能力は『アンリミテッド・アンデッド』。

110 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:43:03 ID:Ml.i4jvk0
【その他参加者・続き】

イ从゚ ー゚ノi、
稲荷よう子。二年特別進学科十三組所属。図書委員長。
存在を人に気付かせず、意識されない。

ミ,,-Д-彡
伏見征路。三年普通科一組所属。
参道静路の従兄弟。


【詳細不明なキャラクター】
暗躍する参加者達。
灰色の軍服のようなものを纏いインカムを付けている。

(゚、゚トソン
都村藤村。通称トソン。
保有能力は『ディストピア』。

〈::゚−゚〉
イシダ。恐らく偽名。
保有能力は不明。

( `ハ´)
トソンの協力者だった人物。

111 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:44:04 ID:Ml.i4jvk0

【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。

(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。

( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。

i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。
  _、_
( ,_ノ` )
ジョン・ドゥ。トレンチコートの壮年。

/ ,' 3
N氏。車椅子に乗ったイタリア系の顔立ちの老人。

ヽiリ,,-ー-ノi
佐藤。ワンピースの女性。自称「恋するウサギちゃん」。

( ´∀`)
トーマス・リー。ホンコンシャツの小太りの男。

|::━◎┥
匿名希望。パワードスーツを着ている。あるいはロボット。

113 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:45:15 ID:Ml.i4jvk0

【現実世界での登場人物】
主に現実世界で登場するキャラクター。

壬生狼真希波。
三年文系進学科十一組所属。中高共同自治委員会会長。
『人を使う天才』と称される非凡な人物。

烏丸空狐。
三年理系進学科十一組所属。真希奈の幼馴染。
通称『女王(クイーン)』。

壬生狼真里奈。
一年普通科七組所属。新聞部員。
真希奈の妹。

幽屋氷柱。
三年特別進学科十三組所属。弓道部部長。複数の武道で達人級の腕前を持つ。
良い人ではあるが善い人ではない才媛。

鞍馬口虎徹。
一年文系進学科十一組所属。剣道部部員。
鞍馬兼の親戚。

114 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:46:04 ID:Ml.i4jvk0
【現実世界での登場人物・続き】

水無月ミセリ。
二年文系進学科十一組所属。『怪異の由々しき問題集』の語り手。
高天ヶ原檸檬の数少ない友人の一人。

宝ヶ池投機。
一年文系進学科十一組の担任教師。生徒指導部の教員。

八瀬ゆうたろう。
生徒指導部の教員。生徒会執行部顧問。

鬱田独雄。
生徒指導部の教員で生徒指導主事。

115 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:47:04 ID:Ml.i4jvk0


※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。


.

116 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:48:06 ID:Ml.i4jvk0




――― 第十一話『 avoid ――闘争、逃走―― 』





.

117 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:49:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 0 ――】



 楽することの何が悪いんですか?

 辛いことして何が偉いんですか?

 勝つことと負けることでは勝つことが良いとしたら、頑張って負けるのと頑張らずに勝つのではどっちが良いですか?


 強い奴が勝つんじゃない

 強かな奴が勝利を手にするのだ



.

118 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:50:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 1 ――】


 自治会長、壬生狼真希奈は言った。



「―――諸君。私はここに命令する」



 まるで詩を吟ずるような静かな声だった。
 しかし何処までも、世界の最果てまででも届くような気がする――そんな声だった。


「いいか? 彼等に失わさせるな。そして、彼等を失うな。何故ならば、誰かが失われれば、その分、世界は寂しくなるのだから」


 真希奈は周囲を見回す。
 掛け替えのない自身の腹心、『女王(クイーン)』と呼ばれる学園の支配者の一人、同じく委員長という肩書きを持つ友人。

 司令である真希奈自身を含めてもたった四人の軍隊。
 しかしそれでも負ける気はしなかった。
 やせ我慢ではなく十分過ぎるとさえ思っていた。

 三人もの人間が、自分の下に集ってくれたのである――こんなに嬉しいことはない。

119 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:51:04 ID:Ml.i4jvk0

 彼等への感謝の気持ちを噛み締めつつ。
 台詞を続けようと言葉を紡ぐ寸前に、いつも通り腕を組み机に腰掛けていた烏丸空狐が口を挟んだ。


「おい真希奈。偉大な他者の台詞の引用も結構だが、たまには自分の言葉で話せ。私達は焼き直しを聞きに来たわけではない」

「……ふむ」


 真希波はもう一度、集まった面々を見回す。
 丁寧な化粧と眼鏡が素敵な副委員長は空狐の口出しに少し不機嫌になっているらしかったが、すぐに真剣な表情に戻しこちらを見つめ返してくる。
 敬礼こそしていないが唯一彼女だけが起立しているのは真希波に向ける感情が『信頼』よりも『敬意』に近いものであるからか。

 パイプ椅子に座る委員長は淡い微笑を浮かべたままだった。
 どうやら真希波の選択を待ってらしく、「お好きにどうぞ」と言わんばかりだった。

 最後に、机に腰掛けた幼馴染に目を遣る。
 相変わらず驕矜な雰囲気だが、その瞳には紛れもなく真希波以外の他者には向けないような感情が秘められている。
 それが『期待』だとすれば答えなければなるまい。

 改めて壬生狼真希波は口を開く。


「―――親愛なる諸君。まずは感謝を述べたい、こうして集まってくれて、ありがとう」

120 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:52:03 ID:Ml.i4jvk0

 初めに感謝を。


「私達がここに集うのは今日が最初で最後だ。故に、あえてもう一度言おう――ありがとう」


 感謝を終えて。
 次に胸中を。


「今でこそこうして集っているが、私達の目指す理想はそれぞれ異なるかもしれない。しかしそれでも良いと私は思っている」


 全く自分と同じ志を抱く同志などそうそう見つかりやしないのだ。
 特に『理想』などという複雑なモノを志した場合には。
 同志も、仲間も味方も、所詮は自分とは異なる他人でしかない――そう、他人でしかないのである。

 いつかは別れてしまうかもしれない。
 だからこそ。


「私達はそれぞれ全く違う生き物だ。だからこそ、この集いは尊いのだ。だからこそ、行ける場所までは共に歩んで行きたいと私は思っている」

121 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:53:08 ID:Ml.i4jvk0

 そう、異なる心を持つ者同士が手を取り合えるなど、それこそが一つの奇跡なのだから。
 それそのものが尊いのだから。

 諸君が付き従ってくれたとしても私が道半ばで命を落とすかもしれないしな、と真希波はフッと笑い、続ける。


「これ以上諸君に命令を下すことは、もうない。頼ってくれるのは一向に構わないが、私の方から命ずることはないだろう。各自の裁量で、最良の選択をせよ」


 私は諸君を信頼している。
 私が倒れたら好きにやれ。
 そんな風な意味が込められた言葉だった。

 そうして最後に真希波は言う。
 決起の言葉を。


「諸君――我等が敵は敵ではない、我等が敵は『後悔』だ。厳しい言い方だが、己の力を十全に使って果たせぬ目的は目的ではなく幻想なのだ」


 だが、と続ける。


「私達は生きている。生きているということは可能性を有するということを意味している。私達は……可能性と共に、生きている」

122 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:54:08 ID:Ml.i4jvk0

 数え切れないほどの人間が死に絶えていった。
 私達自身も多くの傷を負った。
 だが、それでも可能性を失くさぬまま――ここにこうして生き、集っている。

 だから。
 だからこそ。



「諸君、後悔をするな。後悔などで人生を無駄に使うな。求めた理想の為に、望んだ未来の為に、抱いた正義の為に。自らの可能性を信じ――想像し思考し選択し、そして行動せよ」



 私からは以上だ。
 最後にそれだけを述べて、真希波は頭を下げた。

 烏丸空狐は呆れたように言った。


「まったく……。格好を付け過ぎで、聞いているこちらが恥ずかしくなるほど痛々しく、たかが高校生が語るとは思えない言葉だ。だが……」


 私は嫌いじゃないぞ、と小さく呟いて空狐はそっぽを向いた。
 きっと他の二人も同じ気持ちだった。

123 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:55:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 2 ――】


 右手の手首を九十度近く上反りに。
 親指以外の四本を上向きにしてボールを持つ。

 足を肩幅くらいに開き、膝を少し曲げ、前足の爪先はゴールに向け、肘の運動を意識して、後方へ飛びつつバックスピンを掛けながら――シュート。


「……驚いたな」


 綺麗に弧を描いて飛んで行くボールを見送って神宮拙下は言った。

 車椅子を停止させ、ここまで来る為に忙しなく動かしていた手を止めて休ませる。
 可能ならば彼は車椅子を他人に押させて移動する。
 自分で動かすと腕に不自然な筋肉(車椅子を動かす為の筋肉)が付いてしまい、身体のバランスが崩れてしまうからだ。
 尤もアキレス腱を切っている時点でそんなものあったものではないが、それでも治癒した後の為に意識の中だけでも体型を保っておきたい。

 ともあれ、拙下が訪れているのは森を切り拓いて作られた自然公園の片隅にあるバスケットボールのコートだった。
 平日の昼間ということもあり、誰もいない――必然的に神宮拙下自身も学校をサボってやって来ている。


「フン。お前には驚かされてばかりだよ、鞍馬兼」

124 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:56:04 ID:Ml.i4jvk0

 そのコートにいるのは、表向きは精神病の療養の為に学校を休んでいる鞍馬兼だった。
 兼はボールを拾いに行くと先ほどと全く同じ地点に戻り先ほどと全く同じフォームで構える。

 それは確認だけだったようでシュートを放つことはなく、ボールを下ろすと拙下の方に向き直った。


「久しぶり……に、なるのかな」

「フン、現実世界ではな」


 鞍馬兼は休学中の為に現実で会う機会はないが、『空想空間』では別だ。
 つい最近も話したところである。
 ヌルが選んだ参加者は全員、ルール変更の際に集められた。


「はっちゃんの機嫌はもう直ったかな?」

「どうだろうな。相当に酷い目に遭ったようだからな」


 兼の言うところの「はっちゃん」――天神川大地は以前のログイン時に強敵と遭遇してしまったらしく、曰く酷い目に遭ったらしい。
 それだけなら不運の一言で済ませるものの、そもそも当時の彼は二人をフォローする為に動いていたわけであり、そう考えると自分達にも責任の一端はあるだろうという話だ。

125 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:57:03 ID:Ml.i4jvk0

 尤も多少なりとも罪悪感を感じているのは鞍馬兼一人だが。 
 拙下は特に何も思っていない。
 決して恩知らずな人間ではないが今回の場合は助けてもらったわけではないので何かを返すつもりはない、というのが彼の判断である。

 それに天神川大地もそういうことは分かっている。
 だから「機嫌が悪い」とは言っても、言うほどに不機嫌なわけではなかった。

 三人は風紀委員会として現実世界でも一定の関係性を有している為に、この程度のことでチームワークが乱れることはない。
 むしろ明確なチームワーク自体が存在しない――個々人が好きに実力を発揮しているだけ。
 それでも足並みが乱れないのは自分以外の二人がどういう風に行動するか凡そ分かっているからだ。
 要するにいつも通りの彼等だった。

 本当に意思疎通ができているのか微妙な三人組の一人、特に協調性がない神宮拙下は言った。


「……トモ。お前としては、誰を警戒している?」

「誰?」

「フン、実に戦い甲斐のないことに俺は今のところ強敵とは遭遇してはいない」


 鞍馬兼が刃を交えた都村藤村とかいう軍人かぶれの女や天神川大地が強襲された伏見征路と名乗った男は手強い敵だっただろう。
 が、現時点で神宮拙下はさしたる強敵とぶつかっていない。

126 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:58:03 ID:Ml.i4jvk0

 だからこそ考えなしの彼は訊く――珍しく、考えて。


「淳高に所属する人間の中でお前が『敵に回ったら厄介だ』と思う奴は誰だ? 俺には必要ないだろうが、念の為に聞かせておけ」


 参加している、していないは置いておくとして。
 鞍馬兼が思う『厄介な敵』。

 他の参加者からすれば他ならず厄介な敵の一人であろう『生徒会長になれなかった男』は答える。


「沢山いる、かな。両手の指に収まりきらないくらいにはいるんだから」

「フン。その中から俺を抜いて、残りを教えろ」


 自分が入っていることは前提として語る辺り流石の傲慢さだったが、実際にそうだったようで兼はツッコミを入れることはなく続ける。


「『天使』と『悪魔』は言うまでもないよね」

「そうだな」

「三年十三組生は誰も彼も厄介だとは思うけれど、二人以外で目に見えて分かる厄介さを有しているのは幽屋氷柱さんなんだから」

127 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 00:59:04 ID:Ml.i4jvk0

 弓道部主将にして恐らくは全ての武道において淳高でトップに立つ才媛。
 「武道で淳高でトップに立つ」ということは少林寺拳法において全国で有数である神宮拙下よりも強いということだ。
 それは勿論、彼が負傷しているからではない。

 鞍馬兼が膨大な経験と敗北によって成長するタイプだとすれば。
 幽屋氷柱は――十年の一人の天才であり、人生を通じて武道に取り組んでいた剣士であり、更に決して努力を怠らない人間だ。


「僕よりも才能があって、僕よりも多くの経験を積み、僕よりも長く練習する。そんな人だから」

「……フン。自身を過小評価するな――そして天才を過大評価するな。大抵の天才は凡人よりも多く練習している。天才が努力について口にしないのは周囲も努力しているからだ」


 一流の人間の周りには一流の人間しか集わないからな、と言って拙下は笑った。
 鞍馬兼は笑わない。
 至極真剣な顔で「それよりも」と続ける。


「それよりも厄介な点が、彼女は武道家だけど、『武道』を『決闘の練習』と考えていることなんだから」


 彼女にとっての『武道』とは『武芸』あってのものであり。
 彼女にとっての『武芸』とは『決闘』あってのものだから。

128 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:00:04 ID:Ml.i4jvk0

 つまり幽屋氷柱は――常に殺し合いを想定して練習しているのだ。


「この世には二種類の人間がいる。それは人を殺せる人間と、人を殺せない人間だ」


 そしてその分類で言えば、幽屋氷柱は前者だった。
 『人を殺せない人間』だって追い詰められた場合やカッとなって他人を死に至らしめてしまう場合はある。
 が、氷柱は人を殺す為の作戦を練り、人を殺す為の方法を考え、人を殺す為の練習ができる人間だった。

 ……いや、少し違うだろうか。
 彼女は傷付けることしかできないわけではなく――例えば『話し合う』と同じく手段の一つとして『暴力を行使する』を選択できる人間。


「僕が壬生狼自治会長を怖いと思うのが、あの人も同じだから。『暴力』が手段の人間。……しかも最終手段ではなく、本当に一つの手段の」

「フン。その割には暴力に訴えることが少ないようだが?」

「コストが大き過ぎるからだと思う。殺人によって目の前の敵性存在を排除できても社会的地位が損なわれてしまったら目的達成に支障が出てしまうから」


 それは裏を返せば、「殺人を行なうことによる不利益が発生しない状況では人を殺す」ということを意味している。
 そう、『空想空間』のような夢の中の異世界では。

129 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:01:05 ID:Ml.i4jvk0

 尤も、と兼は笑った。


「幽屋さんが人を殺さないのは好きな人に嫌われるからで……それに、疲れるかららしいけど」

「好きな人云々はともかく、『疲れる』か。奴が殺人に労力をかけなければならないとは思えないから心が荒むということだろうな」


 笑えない話だ。
 素直に神宮拙下はそう思った。

 「人を殺すと疲れるから殺したくない」なんて、まるで人を殺した経験のある奴の言葉じゃないかと。


「他に三年生の生徒では君のクラスの烏丸空狐さんが厄介かな」

「あの女王気取りの女か。……フン、確かに女にしてはかなり瞬発力がある。それに頭も良い。先日も低能な男共を顎で使っていたな」

「彼女も天使や悪魔と同じく、全方位型の天才だと思う。なんでも、は言い過ぎにしても、色んなことが人並み以上にできる人間は強いよ」

「知っている」


 今現在俺の目の前に立っている奴がまさしくそうだ。
 そう返そうかとして、やめておいた。
 基本的に鞍馬兼という人間は具体性なく煽てられることや褒められることが嫌いだ。

130 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:02:05 ID:Ml.i4jvk0

「他には……うん、一組の伏見征路さんとかかな。風紀委員では有名だけど」


 拳の破壊力とスバ抜けた防御力。
 「防御が上手い」のではなく「防御力があるだけ」という、尋常じゃない耐久性能。
 まず間違いなく脅威と言えるだろう。


「ボクシング部では一年にも良い選手がいるらしいし。死んだような目をした寡黙な子で……あ、興味ないみたいなんだから」

「フン。当然だ、俺が一年坊主如きに負けるはずがない」


 つい先日も目の前の一年生に決闘を挑み引き分けに終わったことは彼の頭の中から抹消されているらしかった。


「死んだ目という表現については気になるがな。山科狂華を思い出す」

「……そう言えば君は苦手だったね、狂華君のことは」

「苦手? 苦手ではない。嫌いなだけだ」

「…………ちょっと前は『嫌いではない苦手なだけだ』って言ってた気がするけど」

131 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:03:05 ID:Ml.i4jvk0

 つくづくいい加減で考えなしの男だった。
 要するに「苦手」と言うと負けた感じがして嫌で、「嫌い」と言うとイマイチ感情と合っていないから嫌なのだろう。
 最終的に拙下は、


「奴とは『相性が悪い』――それ以上でもそれ以下でもない」


 とだけ告げた。


「当然、狂華君も厄介なんだから。普通に生きてれば会えない感じの人だ」

「……俺には未だに奴が強いのか弱いのか、凡人なのか才人なのか、嫌われているのか好かれているのか分からないな。特に知りたくもないが」

「うーん。強いか弱いかで言えば強いし、凡人か才人かで言えば才人だし、嫌われているか好かれているかについては……人によるんじゃないかな」

「そんなものか」

「彼は普通の人間じゃないけど、その『普通の人間じゃない感じ』を前面に押し出してるから」


 変わった人を好む生徒や違いを認められる人間にはある程度は好かれるものの、目立つ相手が嫌いな人間からは好まれはしないだろう。
 一見すると非常に協調性がなく無茶苦茶な感じがするのが山科狂華という生徒である。

132 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:04:05 ID:Ml.i4jvk0

 実際はまあ、無茶苦茶は無茶苦茶ではあるが、何も他人に全く合わせられないわけではないし。
 そもそも他者に迷惑を掛けることはあまりない。
 だから友達が大量におり誰でも味方になってくれるような人間ではないが、酷く疎まれたり憎まれたりするタイプでもない。

 少し考え、拙下は言った。


「自分に直接迷惑を掛けていない他人を嫌う理由は『嫉妬』が一番だろう。何かになりたい凡人共は逸脱した存在に憧れるものだ」


 だとしたら狂華にとっては不本意なことかもしれない。
 彼が逸脱した一番の理由は家族を皆殺しにされるという凄惨極まりない過去なのだから。


「他には……ガナーさんについては君の方が詳しいよね」

「ああ、そうだな。俺としては、お前の親戚とかいうクラスメイトはどういう評価なのか聞いておこうか」


 ごく普通に鞍馬兼は言った。


「彼は――うん、問題ないんだから。力を抜かなければ君ならまず勝てる」

134 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:05:05 ID:Ml.i4jvk0
【―― 3 ――】


 屋上へ至る階段を彼は上っていた。

 広大な敷地を有する淳校においては「屋上」といっても様々だが、ある一般教室棟の屋上に続く階段だった。
 一旦壁に手を付き立ち止まる。
 ここまで来る過程に色々あったせいで彼は少し疲れていた。

 ふと手の方に目をやると、指と指の間に記号のようなものが刻まれているのを見つけた。
 右手を壁から離してその場所を見る。

 かなり掠れているが、それが人の名前だと分かった。
 どちらも珍しい名前だ。
 相合傘のようなものが描かれているので恐らく昔の学生が残したものだろう。
 そう言えば、この棟は前の高校の時代(淳校の母体となった高校)の建物をそのまま使っているのだったか。


「はあ……可愛くてお金持ちで優しい彼女が欲しい」


 漏れた一言は無茶苦茶な願望。
 過去の高校生を羨ましがるなんて馬鹿みたいだが本音なのが悲しいところ。

 そして、少年はまた一つ溜息を吐いた。

135 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:06:04 ID:Ml.i4jvk0

 いや相合傘に書かれてるからってカップルとは限らないし、女の方が勝手にやっただけかも、と考え、すぐに余計に落ち込んだ。
 既にその行動が可愛い、そんな可愛い子に想われてる時点で勝ち組だ。
 こんなレトロなことをやってしまう子だ、きっと馬鹿みたいに真面目なのにちょっと抜けてる美少女に違いないのだ。

 ああ、いいなあ!
 この何処かの神様みたいな名前の高校生!

 ……そんな馬鹿みたいなことを思いつつ彼は階段を上る。


「はあ……。キャプテンから逃げてきたは良いけど、屋上だと見つかったら逃げられない」


 今は放課後であり、少年は剣道部の部員であり、つまり部活をサボっている真っ最中だ。
 彼が制服であることからも分かるように抜け出したわけではなく今日は最初から参加すらしていなかった。

 「クラスで球技大会の練習があるから今日は休む」と連絡していたはずなのだが、ただのサボりということがバレて逃げるハメになり、今に至る。
 余談だが、彼の所属する一年十一組のメンバーで自主練があることは事実なので彼はそちらもサボっている。
 罪悪感が全くないわけではないものの、別に一度二度練習を休んだって良いじゃないかと思っているのも事実だった。

 剣道は個人競技だからチームに迷惑をかけることはない。
 そもそも彼は高校入学当初は居合道部に入るつもりだった。
 今の部には頼まれ渋々入部した形なのだ。
 部員不足で去年度を以て居合道部が廃部になってさえいなかったらこんなことにはなっていない。

136 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:07:04 ID:Ml.i4jvk0

 また球技大会の方に関しては、今日の自主練は不安が残るメンツの強化なので行ったところで彼は指導か雑用くらいしかやることがない。
 実際にフォーメーションを確かめる朝練は欠かさず参加している。

 ……だからこそ、放課後はもう眠たくて部活をサボりたくなるわけだが。


「あー……ダル」


 重たい身体と冴えない頭を引き摺って階段を上る。
 鉄の扉を抉じ開けて、屋上へと出た。
 見上げる空は曇り。

 曇天は自分と似ている感じがして好きだった。
 自分と同じように覇気のない、曖昧な空。


「……?」


 と。
 そこで少年は屋上から突出したペントハウス――ここから見て更に一つ上の階層、貯水タンクがある辺りに先客がいることに気が付いた。

 もう一度、彼は溜息を吐いた。

137 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:08:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 4 ――】



 ―――ずっと、自分は強いのだと思っていた。


 兄貴以外には喧嘩でもほとんど負けたことはなかったし。
 体力テストでも並みの運動部員に軽々勝るような成績を残したし。
 運動会ではクラスから頼られてきていた。

 だから、「自分は結構強い方だ」とずっと思っていた。
 今までは。

 なのに最近は――負けてばかりだ。


「…………はあ」


 参道静路は塔屋の上に寝転がり空を見ている。
 眠いのに目を閉じたくない。

 瞼を下ろすと負けた時の光景が広がって、嫌になる。

138 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:09:04 ID:Ml.i4jvk0

 先日の一回戦(予選?)最終日での『空想空間』でジョルジュは兄である伏見征路と遭遇した。
 少し言葉を交わして、そして拳を交えた。

 結果は酷いものだった。


『…………お前よォ〜〜? ひょっとして弱くなったか? ハン、それとも昔からこんなモンだったか?』


 能力のあるなしの問題ではない。
 作戦がどうこうでもない。
 単に、両の拳が兄――フサに全く当たらない。

 勝負になっていない。
 能力バトル云々以前に自力で差があり過ぎていた。


『そうだな……。お前は多分、強い。強いんだが――俺はそれ以上に強いんだろうな。うん、これが一番正しいわ』


 「それ相対的に見れば弱いってことじゃねぇか」。
 そう言い返したかった。
 だが言い返すだけの体力すら当時のジョルジュには残っていなかった。
 意識すら、ほとんどなかった。

139 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:10:05 ID:Ml.i4jvk0

 そう、フサが言ったことは事実であり、ジョルジュが思ったこともまた事実だった。
 参道静路は強い――だが高天ヶ原檸檬や、鞍馬兼や、ハルトシュラーの先輩の方が彼よりも遥かに強いのだ。

 ―――強さが足りていない。


「相性とか作戦とかの世界じゃねぇ……単なる実力不足、か」


 口に出してみると悔しくて涙が出そうになる。
 会長には顔も見せたくない。

 きっと慰めてくれるだろうと思う。
 「これからだよ」とか「今から強くなれるじゃん」とか――いつも言ってくれているような励ましを口にして。
 もしかしたら抱き締めて頭でも撫でてくれるのかもしれない。

 でも――それこそが何よりも辛くて、情けなくて、悲しいのだ。


「……強くなりてぇ」


 これからじゃなくて、今から。
 強くなりたい。

140 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:11:04 ID:Ml.i4jvk0

 と。



「…………はあ。『強くなる』なんて目標ほど馬鹿らしいものはないんさ――強くなっても、負けちゃ意味ないし」



 階下からそんな言葉が聞こえてきたのは、その時だった。
 ジョルジュは状態を起こして声の主を探す。

 その少年は塔屋の壁に備え付けられた梯子の隣に覇気なく立っていた。


「お前……」


 そこにいたのは何処かで見たような不自然な焦げ茶色の髪をした少年だった。
 怪我でもしているのか右の頬に小さなガーゼを張り付けている。
 それを差し引いても顔立ちは悪くないのだが、如何せん覇気がない為に魅力的とは言い難い。
 夏も近いにも関わらず長袖のシャツを着用しており、やはり暑いのか腕捲りしている。

 見覚えのある雰囲気の少年だ。
 しかし、何処で見たのだろうか?

141 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:12:28 ID:Ml.i4jvk0

 頭を捻るジョルジュに少年は「降りて来てよ」と声を掛ける。
 少し悩んだが、とりあえず大人しく従うことにする。

 梯子を使うのが面倒だったので飛び降りた。


「……この高さを飛び降りるなんて、やっぱり強いみたいなんさ。ええっと――参道先輩?」

「俺のこと知ってんのか?」

「はあ、まあ。僕も割とミーハーなんであの生徒会長の部下の名前くらいは」


 上履きを見るに一年生だ。
 ……しかし向かい合えば更によく分かる。
 見れば見るほどに覇気がなく欠片も強くなさそうな奴だ。

 自分が負けているのは身長(相手の方が五、六センチ高い)くらいだろう。
 とても『強さ』について語れるようには思えない。


「(強い奴はそれぞれ独特の気配っつーか雰囲気を持ってるもんだが……コイツはまるでないわ。一発殴れば倒れそうだ)」

142 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:13:08 ID:Ml.i4jvk0

 ジョルジュの持つ野生の勘が導き出したのは、そんな結論。
 だが何故だろう、全く強くはなさそうなのに弱い奴のようにオドオドはしていない。

 自分の知る人物で例えるならば鞍馬兼が近いだろう。
 アイツもパッと見は強く見えなかった。
 というよりも『強さ』を制御したり放出したりできる感じだった――だからこそ、本気を出した鞍馬兼の前では多くの人間が戦慄する。

 やがてジョルジュは訊ねた。


「お前、強いのか?」

「……はあ。僕が強く見えますか?」


 問い返されてしまった。
 正直に返答する。


「正直全然強く見えねぇわ」

「はあ、そうですか。参道先輩は強そうですね」

「そうか?」

143 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:14:05 ID:Ml.i4jvk0

「かなり強いんじゃないかなと思います。僕は弱いので、弱い奴の意見なんてあまり当てにはならないけど」


 だが直後に彼は言った。


「でも多分――僕と戦ったら、負けるでしょうね」

「……は?」

「僕の持論なんさ。『強い奴』と『勝つ奴』『勝った奴』は違うっていうのは」


 試してみますか?と少年は問い掛けてくる。
 不敵に笑うでもなく、見下すでもなく、ただただやる気なさげに。

 しかし――まるで負ける気はなく。


「はあ、自己紹介がまだでした。僕は一年十一組の鞍馬口虎徹です」


 そうして鞍馬口虎徹は再度、訊ねた。
 僕と勝負しますか?と。

144 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:15:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 5 ――】


 虎徹は言う。


「喧嘩をしようってわけじゃないです。僕は痛いことが一番嫌いですから。ただのゲームなんさ」


 そうしてルールを説明し始める。
 相変わらず覇気なさげに。


「なんの道具もないんで、『タッチ&アヴォイド』にします。ルールは簡単で、先輩はオフェンス。オフェンスの人は拳や手の平でディフェンスの身体に触れれば勝ちです」

「『タッチすれば勝ち』ってことか?」

「その通りです。ディフェンスはオフェンスのタッチを避けます。タッチされたら一ゲーム終了でオフェンスとディフェンスが交代。それだけのゲームなんさ」


 先輩の拳は痛そうなのでできれば寸止めにしてくれるとありがたいっす、と虎徹は笑う。


「相手を蹴ったり、道具を使ったりすることは反則です。範囲はこの屋上……分かりましたか?」

145 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:16:08 ID:Ml.i4jvk0

 分かったも何も簡単過ぎるルールだ。
 要するに「鬼ごっこ」だろう。
 それはプレイ人数がたった二人の鬼ごっこ。

 フィールドは屋上のみなので走るのが速い人間が有利というわけではない。
 むしろ必要なのは瞬発力。


「最初は三メートルくらい間合いを空けて向かい合った状態で……そう、そんな感じです。はあ、じゃあ先輩。いつでもどうぞ」

「合図とかはなしなのか?」

「はあ、まあ。オフェンス側のお好きなように」


 曇天の下、放課後の屋上で二人は向かい合う。
 まるで覇気がなく強さも感じられない鞍馬口虎徹は、言った。

 その口振りは何処か鞍馬兼に似ていて、


「…………多分ですが、僕が勝ちますから」


 ジョルジュはアスファルトを蹴った。

146 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:17:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 6 ――】


 淳高の広い校内を黒い袴を揺らし走る影がある。

 かなり上背があり、また筋肉質でもあるので体格だけで言えば格闘技の競技者のように見えるが、服装から察するに剣道部員だろう。
 よく鍛えられているようで道着に胴と垂れを付けた状態で走っているにも関わらず息を切らした様子もない。


「……チッ。本当に嫌なことから逃げるのだけは一流だな、アイツは」


 舌打ちを一つ決めて立ち止まる。
 彼――淳高剣道部部長が行なっていたのは部活をサボった後輩の捜索だった。
 しかしどうやら失敗に終わったらしい。

 その後輩は週に一度二度サボるのだが今日は珍しく「クラスで球技大会の練習がある」という正当な理由で休んでいた。
 ……のだが、同じクラスの生徒が授業から終わるなりさっさと消えたクラスメイトを探して剣道部の部室にやって来たことでただのサボりだったと発覚。
 彼は一も二もなく飛び出し、これまでの経験から部室棟奥の木陰でボケーっと座っていた後輩を発見。
 そのまま追い掛けっこに移行して、やがて見失って――今に至る。

 不思議なもので、持久走の類が何よりも嫌いな後輩は、こういう時はしょっちゅう先輩を巻いてみせるのだ。


「チッ。鞍馬口……」

147 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:18:06 ID:Ml.i4jvk0

 もう一度舌打ちして、その後輩の名前を呟く。
 親戚である鞍馬兼とは違って鞍馬口虎徹は練習嫌いで無気力な今時の若者らしい若者だった。

 と、彼に声が掛けられたのはその時だった。


「―――あら、部長さん」

「…………幽屋さん」


 後方からやって来たのは柔らかな声と垂れ目が印象的な黒髪の少女。
 弓道部部長の幽屋氷柱だった。
 いや、剣道部である彼にとっては「何故剣道部に入っていないのか分からないほどに剣道が強い女子」というイメージの方が強い。
 斯く言う彼も氷柱には一度だって勝てたことはないのである。

 柔らかに微笑んで、彼女は言った。


「今日は……そうですか、アレですね?」

「そうですね、アレです」

「それはお疲れ様です」

148 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:19:05 ID:Ml.i4jvk0

 鞍馬口虎徹にサボり癖があるということは剣道部界隈では周知の事実なので、氷柱も察したようだった。


「部長さんも大変ですね。私が部長さんの立場ならば鞍馬口君には好きにさせると思いますが……」

「まあ、そういうわけにはいかないっしょ」


 淳中高一貫教育校自体の歴史が浅い為に名門というわけではないものの、それでも淳高剣道部はそこそこに強豪であり、またそれなりに部員を抱える部活だ。
 幽屋氷柱の言うように「好きにさせる」のは理想なのかもしれないが流石に体裁というものがある。
 他の一年生にも示しは付かないし、専用の練習場が用意されている以上は一定以上の成果を残したいところだし、その為には練習が必須だ。

 とは言っても、彼自身はやる気がない奴は切り捨てる派なので、本当のところは放っておきたいのだが……。
 色々と事情があり――何より。


「それに……鞍馬口は努力すりゃ間違いなく強くなるのに勿体ないっしょ」


 そんな風に思ってしまう。

 現時点では比べるべくもないが、高校三年間努力すれば、あの鞍馬兼と渡り合えるレベルの選手にはなるだろうと彼は考えていた。
 鞍馬兼と互角に戦えるということは目の前の少女とも勝負できるということであり、つまりそれは相当な強さだ。

149 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:20:05 ID:Ml.i4jvk0

 だがまた柔らかに笑って幽屋氷柱が言う。


「『強くなる』って……今も十分に強いでしょう? 現剣道部で最も実力のあるあなたですら、鞍馬口君には勝てない」

「それは――そうですが……」


 そう。
 だからこそ鞍馬口をちゃんと練習に参加させることが難しいのだ。

 一キロも走らない内に息を上げ、百メートルを走り切るのに軽く十六秒かかり、素振りでも三十を超えた辺りで休みたがる。
 自主練習には来たことがなく剰え普段の練習すら時折サボる。
 詳しい記録を見たことはないが体育の授業で行われる体力計測でも相当低い数値を記録したという。

 なのに――現在の男子剣道部で鞍馬口虎徹に勝てる人間は、一人もいない。


「『強い奴が勝つのではない、勝った奴が強いのだ』――こんな言葉がありますが、部長さんは正しいと思いますか? それとも間違っていると思いますか?」


 正しいとすれば。
 大して練習なんてしなくても、さしたる才能すらもなくても。
 勝ってみせる鞍馬口虎徹は紛れもなく強かった。

150 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:21:04 ID:Ml.i4jvk0
【―― 7 ――】


 当たらない。


「……はあ。もうお疲れっすか? 体力はそこまでないようです。僕も疲れたし、もう終わりましょう」


 ゲームが開始されて三分以上が経過した段階で鞍馬口虎徹はゲーム終了を宣言する。
 三分間で攻守交代が行われることは遂になかった。

 つまり――ジョルジュは、触れられもしなかったのだ。


「馬鹿言うんじゃねぇ、わ。これくらい、別に……」

「はあ。僕はそういう強がりとか、気合とかいうのが一番嫌いなんさ。勝てる勝てないは精神論の次元にはない」


 最初の一分は様子見だった。
 二分目からは本気。
 最後の六十秒はほとんど殺す気で拳を振るっていた。

 なのに、一発も当たりはしなかった。

151 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:22:06 ID:Ml.i4jvk0

 とは言っても、何処かの天才のように並外れた動体視力と反応速度で避け続けたわけではない。
 単に後ろに下がりながら、場合によっては身体を傾け躱しつつ、時には手首でジョルジュの腕を払い拳の軌道を逸らしただけ。


「(なんだ、コイツ……!)」


 しかもその動きにしたって達人じみた挙動ではなかった。
 最低限の教養はあるらしいが何かの護身術に精通している感じではない。
 今だって不意打ちで殴れば一発でダウンしそうだ。

 だが、当たらない。
 まるで強そうには見えないのに――勝てない。


「参道先輩は鞍馬兼と勝負したと聞きましたが僕に勝てないくらいではアイツには一生勝てません」


 虎徹は言う。


「自慢にもなりませんが、僕はアイツに一度も勝ったことないんさ」

「知り合いなのか……?」

152 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:23:13 ID:Ml.i4jvk0

「親戚で、今は同じクラスです。先輩はアイツに勝ちたいっすか?」

「……勝ちたい」

「無理です」


 即答された。
 思わずジョルジュは詰め寄りつつ叫ぶ。


「なんで訊いた!? 意味分からねぇわ!!」

「ああ、違います。『今のままじゃ勝てない』ってことっす。少なくとも僕に勝てない内は、無理です」


 剣幕を軽く受け流しつつ、虎徹はそう返す。
 「できない」とか「無理」とかネガティブな言葉ばかり使う奴だとジョルジュは思った。
 そしてそれが妙に似合っている。

 ただ、こんなやる気のなさそうで弱い奴に勝てなかったことは事実で。
 だから。

153 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:24:12 ID:Ml.i4jvk0

 参道静路は言うのだ――安っぽいプライドを犠牲にして、それでも前に進む為に。



「教えてくれ……。どうすれば、俺は強くなれる?」



 年下に対して教えを乞うた先輩に対し、鞍馬口虎徹は茶化したり見下したりすることはしなかった。
 ただ覇気なく、淡々と、自分なりに言葉を紡ぐ。


「『強くなる』なんて考えないでください。そういうことは先輩の上司に訊いてください。僕は弱いので、『勝つこと』しか教えられないです」

「それでも良いから教えてく――教えて、ください……」


 途中で思い直して敬語に変えて頭を下げた。
 だが虎徹は相変わらず覇気なく笑うだけ。
 強そうではない彼は、どうやら偉そうにすることすら嫌っているようだった。


「はは。敬語なんてやめて欲しいっす。代わりに僕はタメ口で話しますが、良いですか?」

154 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/07/19(金) 01:25:10 ID:Ml.i4jvk0

「構わねぇわ。アンタの方が強いんだから」

「だから、僕は強くなんてないって。単純に格上相手でも騙し騙しで勝てることができるだけなんさ」


 だからそれを教えます。
 弱い少年はそう言った。

 楽して強くなることは難しいけれど、楽して勝てるようになるくらいならばできるだろう。
 大体、鞍馬口虎徹が見る限りにおいて参道静路は弱くない。
 むしろ強い方なので、後は勝ち方や負けないコツを覚えれば良いだけの話。

 その後のことは弱い虎徹にはどうしようもないが、しかし前言の通りに弱い鞍馬口虎徹に勝てないくらいでは強い鞍馬兼に勝つことは不可能だ。


「じゃあ教えよう、強くなる方法ではなく――楽に勝つ方法を。みんな大好き修行パートなんさ」


 そう言って虎徹は笑う。
 そして続けた。

 「楽して勝とうよ、ジョルジュ君」と。


164 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:24:36 ID:RatORdns0
【―― 8 ――】


 ハルトシュラーは生徒会室に向かっていた。
 入れ違いで歴史を感じさせる扉から出てきた生徒会顧問に目礼をして、入れ違いで部屋に入る。

 生徒会長、高天ヶ原檸檬は逆立ちをした状態で床に置かれた書類に目を通していた。


「ジャージ姿か、珍しいと言わざるを得ないのが私だ」

「まぁね。スカートの方が動きやすいから」


 『天使』と謳われるほどに蠱惑的な彼女と言えど、流石に逆さまではその魅力も半減だ。
 しかし万能型の天才としての能力値の高さは普段以上に際立っていた。
 読んでいる書類はA4で左上がホッチキスで止められたもの――つまりページを捲る際は片手のまま逆立ちを続けていることになる。
 一般生徒には信じられないレベルの腕力とバランス感覚だ。

 しかし『閣下(サーヴァント)』たるハルトシュラーは特に感想はなかったようで、そのまま話を続ける。
 彼女だってその程度のことはできるのだから当たり前か。


「……そろそろ、球技大会だな」

165 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:25:20 ID:RatORdns0

 淳校は比較的行事が多く、近くにある球技大会にも今年に入って二度目である。
 一度目に行われた春の球技大会は新入生の為のレクリエーションであり、今回のそれはクラスの親睦を深める為という差異はあるのだが……。
 なんにせよ、競技を行なう生徒からすれば名分は関係なく単純に「楽しい」あるいは「面倒な」イベントだった。

 恐らく目を通しているのはその最終確認だろう。
 ハルトシュラーもエントリーは済ませてある。


「うん。でも新宮クンが怪我しちゃってて、春負けた借りを返せないのは残念かなー……って!」


 そう言いつつ檸檬は腕の力で以て飛び上がり空中で半回転を決めた。
 そうして普通に立つと、大きく伸びをする。


「僕としては、エキシビジョンマッチとして野球部との勝負が一番楽しみかなー?」

「『生徒会長と愉快な仲間たち』と淳高野球部の対決、か。生徒会チームのメンバーはお前の一存で決定すると聞いたが」

「今集めてるとこー」

「そうか」

「やるからには勝つつもりだし、シュラちゃんも頑張ってよね」

166 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:26:07 ID:RatORdns0

 声を掛けられた記憶がないのだが、どうやら当然のようにハルトシュラーはメンバーに含まれているらしかった。
 特に問題はないので「分かった」とだけ返事をしておく。
 誰を連れてくる気か知らないが、この生徒会長が集める以上かなりえげつないメンツになることは確かだった。
 野球部側も本職として負けられないと思われるので間違いなく激戦になるだろう。

 試合は午後からだがその日の午前中にはテニス競技に出場するはずなので、全く底なしの能力と体力と言わざるを得ない。
 同じことは檸檬とペアを組むハルトシュラーにも言えるのだが。


「ふむ、その件は置いておこう。……名も知らぬ素行不良生徒の姿が見えないようだが?」


 言って、ハルトシュラーは生徒会室を見回す。
 当然、何処かに隠れているはずもない。

 書類を拾い上げて机に仕舞いつつ生徒会長は答える。


「……さぁね。僕は知らない。落ち込んでるのかな?」

「なるほど、前回負けたことを引き摺っているのか」

「凹んでるんでしょ。シュラちゃんの大好きな部下みたいに負けることに慣れているタイプじゃないから」

167 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:27:08 ID:RatORdns0

 ここに来ない理由は「合わせる顔がない」や「落ち込んでいる」という理由も大きいだろうが、それだけではないとハルトシュラーは思う。
 きっと――ただ慰められるのが嫌だったのだ。

 高天ヶ原檸檬は上司として慰めるかもしれないし、ハルトシュラーだって負けたばかりのジョルジュのことを責めたりはしない。
 だけど、それが堪らなく嫌だったのだろう。
 何も答えも出さないままに、成長する目処もないままに立ち直ってしまうのが、嫌だった。


「(……考えてみれば、あの時もそうだったか)」


 あの時、「待っていろ」と言われたジョルジュは「嫌だ」と答えた。
 何もしなければ何も成長しないと言って。


「(不器用だな。それに、疲れる生き方だ)」


 弱いのだから黙って強い相手に従っていれば良いのだ。
 そちらの方がよっぽど楽で。
 敵に反発するならまだしも味方に慰められることを拒否するなんて無骨としか言いようがない。

 だが、嫌いではなかった。
 ハルトシュラーはそう思った。

168 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:28:06 ID:RatORdns0

「男の子ってさ、カッコいいよね」


 檸檬は可愛らしく笑って呟いた。
 ハルトシュラーも言った。


「……かもしれないな。お前がそういう、男だ女だということを言うのは珍しいが」

「そうかな? でも負けて成長するのはカッコいいと思うよ。だって僕は――そもそも滅多に負けないし」


 確かに。
 参道静路とは性別以前に生物として別種である。
 だからこそ、彼の悩みに乗るのは難しい。

 それはハルトシュラーも同じことで、故に励ますとか慰めるとかいうことができない。
 人間ではなく悪魔である彼女にできることは精々、実力を認め、勝利を称え、存在を尊ぶことくらいだ。
 結果が出るまでは、待つことしかできない。
 結果が出なければそれまでだ。

 多分、それは天使たる高天ヶ原檸檬も同じくなのだ。
 基本的に「人の気持ちを考えて」「誰かを思い遣って」何かをすることをできない存在――それが淳校の『天使』と『悪魔』。

169 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:29:10 ID:RatORdns0

 考えてみれば高天ヶ原檸檬は参道静路を何度か励ましているが、別に励まそうと思って言葉を掛けたわけではない。
 単に思ってたことを言った結果、向こうが勝手に立ち直ってしまっただけ。

 だとしたら今回も――「どういう選択をするのか楽しみ」程度の認識なのだろう。


「最初は感銘を受け、次は黙って従うことに疑問を感じ、今は一人で成長しようとしている……。短期間で変わるものだな」

「男の子だからね」

「三日あれば変わるということか?」 

「意地があるってことだよ」


 なるほど。
 ならば、私はその意地の結果を見せてもらうことにしよう。
 ハルトシュラーは、そんな風に思った。


「じゃあ僕達はとりあえず、キャッチボールでもしに行こっか♪」


 そうして二人は生徒会室を後にする。

170 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:30:04 ID:RatORdns0
【―― 9 ――】


 ―――某日。

 快晴、青い空の下。
 あまり印象には残らない保健委員長が諸注意を述べた後、存在感抜群の生徒会長が開催を宣言し、球技大会が始まった。


 淳校の夏の球技大会はクラス対抗で行なわれる。
 原則として全員参加で、個人競技はない。
 ただこの場合の「参加」はイコールで「一つ以上の競技にエントリーしている」ということなのでベンチにいることにして試合には出ないこともできる。
 だが色々と楽しい行事なので大半の生徒は参加しているし、たとえ競技をしない(できない)場合でも観戦を楽しむことが多い。

 チームはクラス単位だが、「クラスで一つの競技にしか参加できない」ということではなく「クラスでチームを作らなければならない」ということだ。
 なので野球部のレギュラーが『野球部』として野球トーナメントに参加することは不可能である。

 しかしクラスが同じならば良いわけなので、バドミントン等の二人競技では稀に両方その部活の選手――あるいはペアということもありえる。
 それはまあ、ご愛嬌と言ったところ。
 そして淳校の球技大会で何より面白いのは「その部活の選手がその競技で優勝できるとは限らない」ということである。


「(あー、知っていたけど……改めて見るとやっぱり凄い)」

171 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:31:05 ID:RatORdns0

 屋外テニス場の第一コートだった。
 第一〜第二コートはただの練習場ではなく公共の運動公園にあるような、観客席も完備された立派なものだ。

 階段を上り終え、周囲を見回すと観客席は四割程度埋まっている。
 他のグラウンドや競技場でも試合が行われていることを踏まえるとかなりの生徒数だ。
 人気の理由はハードコートを見れば一目瞭然だ。

 第一コートでテニス部の二年生ペアを圧倒しているのは――十三組の怪物と化物、高天ヶ原檸檬とハルトシュラー=ハニャーンだった。


「(プロ顔負け、かどうかは分からないけど、少なくともテニス部員と互角以上に勝負してる)」


 やっぱり凄いと一年生の少女、壬生狼真里奈は思う。
 彼女等と親しい真希波から「二人共テニスは趣味で嗜む」とは聞いてはいたが、どう見ても動きが趣味のレベルを超えている。
 ボールの速度が怖い、アレが趣味レベルならプロは残像を出せる。

 基本的には好戦的な人間が前衛と何処かで耳にしたが、意外にも前衛を務めるのはハルトシュラーだ。
 後衛である檸檬はひたすらにフラットで強打をしまくっている。

 プレイ自体も凄まじいものではあるが、観客席に男子生徒が多いことから察するに、生徒会長のスコート姿が目当ての人も多いのだろう。
 ファンは残念だろうが風紀委員長は体操服に下半身は学校指定のジャージで、流石に今日は学生服ではなかった。
 天使と悪魔に隠れているが相手の二年生女子ペアも中々可愛らしい。
 先ほどから檸檬と打ち合っている少女は小柄だが目鼻立ちがはっきりしていて真里奈としては少し羨ましい。

172 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:32:08 ID:RatORdns0

 ……しかし。
 真里奈はテニスに特に詳しいわけではないので分からないが、普通、テニスというものはボールに緩急をつけるものではないだろうか? 
 
 そんな風に考えていたその時、柵の前に立つ彼女の隣に誰かが並んだ。


「久しぶり、真里奈ちゃん。覚えてる?」


 声の方を見ると、コートで戦う二人と同じく三年特別進学科十三組の少女が立っていた。
 綺麗な橙色のポーニーテールが目を引く独特な雰囲気の生徒だ。
 夏服の制服から覗く素肌――両手首、右の二の腕、足首、首にはそれぞれデザインの異なる腕時計が見える。
 いや腕に嵌めているのは六個程度(右手首に二つ、左手首に三つ、上腕に一つ)なので「腕時計」ではないのかもしれないが……。

 とにかく、ポニーテールまでもを腕時計で纏めた時計だらけの少女がそこにはいた。
 しかもよく見ればネックレスだと思っていたものも小さな時計であり、更に言えば半数以上の時計の針が止まっている。


「あー……」


 校則に違反しているわけではないが、これ以上ないほどに独特な格好をした少女。
 壬生狼真希波の友人の一人で真里奈も見覚えはあるのだが、申し訳のないことに名前は思い出せなかった。

173 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:33:05 ID:RatORdns0

 だが時計の少女はそれを察すると「気にしないで」と微笑む。
 見た目と同じく独特な雰囲気が少し緩んだ。
 周囲に溶け込んでいるようで決定的にズレている、止まった時計のような少女。

 その十三組の橙色の髪の生徒は言う。


「レモナちゃん、遊んでる」

「え?」

「遊んでる――って言うと違うかな。『楽しんでる』って感じだ。本気だけど全力じゃない」


 本気と全力は同じものだと思っていた真里奈は首を傾げ、続けて彼女は説明した。


「ホントはもっと色々とできるんだけど、あの胸の大きな子とのラリーが楽しいから打ち合いに行ってるんだろうね」

「あー……ラリー自体は本気だけど試合には全力じゃないってことですか?」

「そんな感じ。ほら、あるでしょ? ピッチャーが四番相手に全球速球勝負とか。敬遠する方が勝つ為には正しいけど勝負に行く場面」

「……確かにあるかもしれません」

174 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:34:06 ID:RatORdns0

 本気だけど全力じゃない、とはそういうこと。
 手段は選ぶが、選んだ手段は本気。
 生徒会長の方が後衛なのはラリーがしたかったからかもしれないと真里奈は思った。

 けれど。


「なら向こうのペアは勝負を避ければ良いだけなんじゃ……」

「そうならないようにハルトちゃんが邪魔してる。というかハルトちゃんは全力だから、そっちに打つと決められる」


 結果、二年生ペアは二人掛かりで天使と戦っている。
 戦っていた。

 が。


「……才能って平等じゃない、って感じ。二人掛かりでもレモナちゃんには敵わないね」


 飛びながら打ち返されたボールが凄まじい速度でコートを両断する。
 ジャックナイフによる一撃で試合は終了した。

175 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:35:10 ID:RatORdns0

 勝者と敗者に対して観客から拍手が送られる中、彼女は胸元からクラシックな懐中時計を取り出し、時間を確かめる。
 よくよく見てみれば動いている腕時計も時間が合っていなかった。
 本当に独特だと真里奈が驚きや呆れを通り越して感心してしまう中、橙の少女は言った。


「私はそろそろ行くね。これから準備もあるし。真希波ちゃんによろしく……は、言わなくても良いかな」

「……あー、はい」


 言わなくて良いのか。
 言わなくて良いのなら言わないでおこう。

 そう思う真里奈に背を向けて、橙色のポニーテールを揺らして三年十三組の七人の一人は去って行く。

 途中、階段から出てきた黒髪の少女(何故か冬用の制服姿)と合流する、どうやら友達と待ち合わせをしていたらしい。
 その百五十センチないくらいの小柄な友人は身の丈ほどの大きさの黒く長細い袋を携えていた。
 きっと二人でラクロスか何かにでも出場するのだろう、そんな競技があったかどうかは知らないが。

 友人と共に階段へと消えて行く先輩を見送って、壬生狼真里奈は呟いた。


「あー……私はこれから、どうしようかな」


 ソフトバレーボール部門に出場した一年七組チームはもう敗退した後だった。

176 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:36:13 ID:RatORdns0
【―― 10 ――】


 鞍馬口虎徹から見れば、鞍馬兼にとって勝利とは『努力のオマケ』でしかない。
 本人がどう言おうとも虎徹の目からはそうとしか見えない。

 「勝つ為の練習」をアイツはしたことがないだろう。
 そんな風に思う。
 兼の目的はあくまでも鍛錬であり、練習であり、努力であって、その先にある勝負や勝利は二次的なものなのだ。

 対照的に鞍馬口虎徹は「勝つ為の練習」しか行わないタイプなのだが――さて、今目の前に立つ先輩はどうなのだろうか?


「……修行パート開始から三回やったけど、全然だね」


 球技大会当日、ある一時。
 予定を合わせたあの屋上に集まって三度目の勝負。

 最初の一回目を加えれば四度目になるが、この『タッチ&アヴォイド』というゲームで勝つのはやはり虎徹だった。


「はっ、はっ……あー、くそ……!」

「ジョルジュ君さ、僕が言ったこと覚えてる?」

177 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:37:12 ID:RatORdns0

「は?」


 だからさ、と虎徹は続ける。


「はあ。僕は『楽して強くなろう』って言ったんさ。なのになんで、そう我武者羅にやってるのかな」

「そんなもん……」

「『努力しないと強くなれない』? 『頑張らないと勝てない』? そういうのは全部気のせいなんさ、ただの気のせい」


 気のせいなんだ、ともう一度繰り返し。
 頑張らない高校生は言う。


「第一、本当に努力しないと勝てない――強くないと勝てないのなら、僕がジョルジュ君に勝てるわけない」

「…………一応、もう一度訊くが、アンタ本当に弱いのか?」

「どういうこと?」

「実は達人級の腕前を持ってて、だから自在に強さを操ることができるとか。強く見えないようにする秘訣があるとか、そういうの」

178 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:38:07 ID:RatORdns0

 鞍馬口虎徹は思い切り呆れた。
 馬鹿かコイツはと。

 まあ、ジョルジュの言うことも分からないでもないのだ。
 弱い人間が強い人間に勝つなど通常はありえない。
 そんなことが頻繁に起こってしまえば『強さ』というものの前提が崩れ去る。


「……強く見えないようにはしてるけど、僕が強くないのは確かなんさ。自信を持っていえるけど百メートル、腕相撲、持久走では君に勝てない」 


 ちなみにアイツは短距離は苦手だけどそれ以外はそれなり、と補足する。
 アイツ――鞍馬兼は確かに腕相撲は強い。

 ジョルジュは一度勝負しているのでよく分かる。


「修行パート始める時にも言ったけど、念の為にもう一度。僕が勝てるのは脱力と思考故なんさ」

「俺ももう一度言うが、イマイチ分からねぇわ」

「はあ。言っても分からないし言い方も分からないと思ったから詳しくは説明しなかったんだけど、何度か勝負してもやっぱり分からない?」

「…………分からねぇわ」

179 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:39:05 ID:RatORdns0

 少し考え、虎徹は呟く。


「僕の教え方が悪いのかな……。人に何かを教えるとか、今までほとんどなかったし」


 『番狂わせ』。
 一部では鞍馬口虎徹はそんな風に呼ばれている。
 常にジャイアントキリングを起こしうる、狂った盤上の存在。

 だがそれでも常識的に考えれば、助言を求める場合でも多くの人は「普通に強い相手」を頼る。
 大物食いに師事するよりも大物自体に教えを乞うた方が確実だ。
 だからと言うか、彼の親戚である「普通に強い」と言われる鞍馬兼は勉強でも運動でも後輩や同級生から慕われることが多かった。


「(可愛い女子から頼られてる様を見ると羨ましく思うけど……はあ。僕には、ああいうのは無理だ)」 


 そもそも強くないし。
 鞍馬兼が教えることが上手いのは努力の人だからであって、『頑張ること』をゴミ箱に投げ捨てたような鞍馬口虎徹では人に物を教えることなどできない。

 最初から強い相手に勝ち方を教えるくらいならできるかと思ったのだが……。

180 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:40:05 ID:RatORdns0

 鞍馬口虎徹は無気力な人間ではあるが、引き受けたことくらいはこなす。
 気を取り直して、この「修行パート」を再会する。


「うーん……。なら今度は、僕がオフェンスに回るんさ。手本とも言えないレベルだけど伝わるかもしれない」

「わかった」


 一旦距離を取り二人は向かい合う。

 ジョルジュは軽く腰を落とし、スパーリングでそうするようにフットワーク軽く勝負に備える。
 対し虎徹は右足を前に出しつつ左足に重心を置き、更に右手をチョップでもするかのような形にして前に出した。

 肘を軽く曲げ、指先を相手の喉元に付け狙う。
 そうして左手で前に出した右の手首を掴んだ。
 右の手の平は短剣か、その様は宛ら刀を中段に構えているようだった。


「(少しだけ、強さが増した……?)」


 流石に手刀で喉元を狙われた状態では「ただの弱い奴」だなんて思えない。
 まだ強そうには見えないが手慣れた風で、目の前の相手が紛れもなく剣士だと思い知る。

181 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:41:08 ID:RatORdns0

 それでも天使と悪魔の雰囲気と比べれば子供騙しだ。
 多分、あの鞍馬兼が同じ構えを取れば、この比ではなく警戒してしまうことだろう。
 「弱そう」とは感じないが、まだ「強い」とは思えない。

 そう思った。



「―――はぁっ!!」



 瞬間だった。
 虎徹の一声と共に腕が振り上げられ、そして。

 一瞬間の後には――ジョルジュは脇腹を左手で触れられていた。


「…………え?」

「はあ、まあ。僕の勝ち。……現代で良かったね」


 昔なら今の一瞬で死んでたよ、と左斜め後ろから鞍馬口虎徹は声を掛ける。

182 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:42:07 ID:RatORdns0

 訳が分からなかった。

 振り上げた腕に目を取られた。
 だが、それだけではない。
 次の瞬間には自分は視線を戻していたのだから。
 しかし――その時にはもう終わっていた。

 ジョルジュの思考を困惑が支配する。
 分からない。
 何がどうなったのかが。


「……はあ、全く君は素直だよね。説明するのが難しいというか簡単なこと過ぎてどう説明すれば良いか分からないんだけど、」


 と、虎徹がそこまで言い掛けたその時、屋上の扉が勢い良く開かれる。
 そこに立っていたのは自然と人を遠ざける雰囲気を携えた中性的で嫋やかな容姿の少年。

 彼と同じく一年十一組の所属する山科狂華だった。


「はあ、狂華君。どうしたの?」

「悪いけど俺はそんなボケに付き合う気にもなれない。時間になったら帰ってこいと言っておいたはずなんだけど」

183 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:43:07 ID:RatORdns0

 墨汁のように深い黒の瞳で虎徹を睨んで、狂華はジョルジュ達の方へと歩いてくる。
 いつも近寄り難い異常さを漂わせている少年ではあるが今日は特に酷い。
 というか、単純に怒っているらしい。


「(こうして近くにいると分かるが、やっぱり鞍馬口の奴は強くねぇわ。この山科と比べれば、全然)」


 あの鞍馬兼が常日頃は『強さ』を抑えており状況に応じて放つことができるのだとすれば山科狂華は自身の『強さ(異常さ)』を常時垂れ流している。
 そんな二人と比べれば鞍馬口虎徹は雰囲気らしい雰囲気が僅かもない。

 いや、狂華が特別強い為に余計に目立たなくなっている、ということも大きいだろう。
 それほどの存在なのだ――山科狂華という生徒は。
 普通の人間でもおかしさが一目で分かるし、喧嘩か何かに少しでも秀でる人間ならば嫌というほどに肌で感じられる。

 と、そんな狂華は言った。


「すみません、久方振りですね先輩」

「え、狂華君ってジョルジュ君と知り合いなの?」

「急にすみません、この男を借りて行きます。すみません」

184 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:44:06 ID:RatORdns0

 虎徹の言葉をガン無視し、狂華は断りを入れた。
 最後の「すみません」は口癖のそれではなく額面通りの謝罪の言葉のようだ。
 気にしなくていいわ、とだけ答えておく。

 今は球技大会の真っ最中であり、大方集合時間になっても虎徹が来ないので狂華が探しに来たのだろう。
 この後輩は頑張らない上にいい加減という人間として割と最低な部類に入るらしい。

 そう言えば、と。
 ふと思い付く。
 クラスメイトであるはずの虎徹をほとんど蹴飛ばすように階段のある塔屋へと追いやる狂華に、ジョルジュは疑問を投げ掛けた。


「そう言えば山科。その鞍馬口なんだが……強いのか?」

「勝つ人間が強いとすれば、すみません、かなり強いとは思います。すみません、強いか弱いかで言えば弱いですが」

「じゃあお前と鞍馬口が戦ったらどっちが勝つんだ?」


 その言葉に狂華は少し嫌そうに顔を歪ませた。
 そうして苦々しげにこう返す。


「すみません先輩、ご存知ないようですね――鞍馬口虎徹が『◯◯君』と呼ぶのは、自分が勝った相手だけだってことを」

185 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:45:05 ID:RatORdns0
【―― 11 ――】


「―――ガナー。言われた通りに呼びに来たぞ、時間だ」


 山科狂華が鞍馬口虎徹を引っ張り第三体育館へ向かった、ちょうどその時だった。
 同じ頃、同じようにクラスメイトに呼ばれ、試合へと赴く為に歩き出した影があった。

 その手にはバスケットボールがある。
 いや、「その手には」と言うと少し語弊がある。
 厳密には持っているわけではないからだ。

 少年はドリブルをしながら歩いていた。


「〜〜〜♪」


 耳に引っ掛けるタイプのヘッドホンで音楽を聞きつつボールを扱う姿は非常に様になっていた。
 激しい運動にも耐えられる軽量でコードレスな機器。
 規則正しいドリブル音は宛らメトロノームか何かのようで。

 隣を歩くクラスメイトは思う、きっとコイツは普段からこうして好きな音楽を流しつつ自主練習に励んでいるのだろう、なんて。
 努力している姿を見られるのを嫌いなタイプなので実際に見たことはない。

186 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:46:06 ID:RatORdns0

「……なあ、ガナー」

「〜〜〜♪」

「おい」


 呼び掛けに答えないことに苛ついて、ボールを奪おうと手を伸ばす。
 が、それをまるで予測していたかのように「ガナー」と呼ばれた少年は股下を通し挙句そのまま背中側でドリブルを行なってみせた。

 予測していた――のでは、ないのだろう。
 単に動きに反応し躱しただけ。
 腹は立つが、流石は淳校バスケ部で『天才』と呼ばれるだけはあるとクラスメイトは感心する。

 この素直中高一貫校には「天才」という二つ名の人間が彼が知るだけでも軽く十数人は存在するので、『天才スコアラー』の方がガナーを表すには適切だろう。


「(客観的に見るとまあ……嫌な奴なんだけど、凄い奴ではあるんだよな)」


 嫌な奴だが、凄い奴。
 それはあるいは逆なのかもしれない。

 つまり――「凄い奴だから嫌な奴であることを許されている」と。

187 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:47:07 ID:RatORdns0

 あの『神速』の神宮拙下が常識的に考えれば社会的に問題があるほど傲慢でも許されているように。
 才能がありさえすれば、多少の異常さは許される。

 ……とは言っても、この長身の少年、嵯峨ガナーがあのレベルで性格に問題がある天才だというわけではない。
 あくまでも例えの話である。
 嵯峨ガナーに対し嫌悪感を覚える人間もいるだろうが、あそこまで酷くはない。

 ただ少し――その価値観が独特なだけだ。


「おい、ガナー」


 どうせ返事なんてしないだろうと思い、返答を待たずクラスメイトは続けた。


「うちはバスケ部が三人いるんだ。好きにやれば良いが、お前等を出している以上は負けてもらっちゃ色々と困る。全力でやれよ」


 ガナーとは去年からの同じクラスだ、大体の人柄は把握している。
 こういうことを言った際に奴がどう返すかも。
 だが、それでも一応、もしかしたら心変わりをしているかもと期待して彼は訊ねてみた。

 しかし結果は予想通りだった。

188 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:48:07 ID:RatORdns0

 嵯峨ガナーは通常のドリブルへと戻し、それを右手で続けたまま、空いた左手で黒のヘッドホンを外し首に掛けた。
 そうしてごく普通に、授業中に問いに答えるような感じで言葉を紡ぐ。


「全力は……無理かなあ。だって――ダサいぜ、必死とか本気とか」


 そう。
 その価値観こそが嵯峨ガナーが嫌われる最も大きな要因だった。
 ただそれは努力や練習が嫌いということではなかった。

 むしろガナーは人よりも練習する方だ。
 だから、それはそういうことではなかった。

 つまりそれは―――。



「余力を残して勝つから、カッコいいんでしょ。相手より少し上の実力だけ出して、相手がギア上げる度に打ちのめして、最終的に僅差で勝つのが――合理的だしカッコいいんだぜ」



 それは彼の強者の美学だった。

189 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:49:06 ID:RatORdns0
【―― 12 ――】


 第三体育館の二階。
 観覧席の最後列、その後ろの廊下にスタイリッシュな灰色の車椅子があった。
 座っているのは勿論、あの『天才(オールラウンダー)』。
 神宮拙下だ。

 淳校で運動部に所属する者ならば誰だって一度は尊敬か嫉妬の念を込めた視線を送ったことがあるだろう。
 それほどまでに有名人な、かの天才の隣に遠慮なく立ったのは、彼とは全く異なるタイプの天才。

 一重の目と瞳に宿った鋭い光が特徴的な自治会長――壬生狼真希波だった。


「やあ、神宮君」

「マキナか。フン、妹は元気か?」

「おかげさまでね」


 そうか、と拙下は呟く。
 この天才が他人の、しかも目の前の相手ではなくその家族のことを気遣う発言をするなど、滅多にはないことだ。
 その些細なやり取りだけで二人の親しさは分かろうというものだった。

190 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:50:06 ID:RatORdns0

 それは壬生狼真希波という人間は、神宮拙下が認めるに価するほどの相手――自分と同等以上の存在だと拙下が考えていることの証左であり。
 同時に、捻った二つ名ではなく簡潔に『人を使う天才』と呼ばれる真希波のコミュニケーションスキルの高さを示していた。

 彼等が見下ろす体育館はネットによって二つに区切られている。
 片面ではソフトバレーボール、そしてもう片面、拙下等が立つ側ではバスケットボールの試合中だ。
 コートではバスケ部を三人擁する二年四組が三年一組を下したところだった。
 うち二人はレギュラーなので三年生であっても負けるのは当然と言えば当然である。

 ただし試合に出ていたのは三人の内、二人だけだ。


「嵯峨君は遅刻かな」

「フン。アイツのことだ、サボりだろうよ。初戦には出ていたのだがな」


 どうやら格下過ぎて戦うことすら面倒だったらしい、と拙下は説明する。
 真希波は一言、「想像通りだ」と返す。


「……神宮君。『嵯峨ガナー』という天才をどう考える? 君の見解を聞かせて欲しい」

「考えないことを信条とする俺に考えがあるとでも?」

「私はあると確信している。君は考えなしではあっても、決して馬鹿ではないからね」

191 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:51:08 ID:RatORdns0

 もう一度鼻で笑って、拙下は口を開いた。
 眼下では次の試合――決勝戦の為の準備が保健委員と自治委員の手によって着々と進められている。 
 二年四組のメンバーはコート脇に用意されたベンチに座って談笑しているが、その中にバスケ部のスコアラーの姿はまだない。


「……お前も分かっているだろうが嵯峨ガナーは天才だ。俺が言うのだから間違いない」


 天才が認める――天才。


「俺と同じく敏捷性に秀でるタイプでスポーツならば大抵はできる。……フン、頭はお粗末らしいがな」

「ポテンシャルが高い、と?」

「『なんでもできる』というよりは優れた敏捷性故にどんなスポーツでも活躍できてしまう、というのが正確だ」


 敏捷性とは、単なる移動速度のことではなく、挙動の素早さに関係する全てを内包する概念だ。
 反射神経や反応速度、方向転換、無論移動速度も含めその他諸々。
 この敏捷性が重要ではないスポーツはかなり限られるため、敏捷性に秀でる嵯峨ガナーは多くのスポーツで成果を残せる。

 トラック競技にはあまり必要とされない能力なので走るのが速くとも敏捷性が低い人間はいるのだが、ガナーは走るのが速く、加えて高い敏捷性を持つ。
 『天才』と一言で言っても様々な種類があるものの、この点から神宮拙下とかなり近いタイプの才人と言えるだろう。

192 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:52:08 ID:RatORdns0

 更に。


「アイツはかなり負けず嫌いだ。身体能力に頼り切りで努力を怠る天才もいるが、そういうタイプではない」

「……ただし、格下相手に本気にはならない、か」


 真希波の言葉に拙下は頷く。
 そう、その一点こそが神宮拙下と嵯峨ガナーの決定的な違いだった。


「俺も格下相手に本気で戦うことはない……が、さっさと倒す。しかしガナーは言葉は悪いが嬲り殺す」


 全力を出さず、相手より少し上の力を出し、相手を上回り続け、打ちのめし叩きのめす。
 近付いて来た相手を突き放し、それを試合中に幾度となく繰り返すのだ。
 ある意味では至極本気とも言える――相手を倒すことに本気だと。

 そもそも凡人を近寄らせやしない神宮拙下と比べれば確かに「嬲り殺す」という表現は正しい。
 弄ばれていると感じる人間も多いだろう。


「フン、生来の悪役気質……とでも言えば良いか。ある程度戦った後に『俺はまだ二回変身を残している』と言うような奴だな」

193 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:53:07 ID:RatORdns0

 彼のクラスメイトは「客観的に見て嫌な奴」と評したが、何もガナーは悪いことをしているわけではない。
 本気を出さないこと、力をセーブすることは反則でもなんでもなく――相手を絶望させることが悪いならば天才はスポーツなどできない。

 真希波は言った。


「取り組んで来た競技の差、だな」

「…………俺の思考を読んだのか?」


 直後に怪訝そうに拙下は訊く。
 今からそのことを話そうと思っていたところだった。
 首肯し、真希波は続ける。


「私の想像だが、ボクシングを嗜む伏見征路は戦いにおいて力をセーブすることはないだろう。調子が出ないことはあっても、意識して手を抜くことはない」


 ガナーの「本気を出さずに勝った方がカッコいい」というものは単なる価値観だが、それが許される背景にあるのは競技の性質だ。
 ごく端的に言うならば、ガナーの得意とするスポーツは一発逆転が存在しない。

 二回変身を残していたとしても、変身する前にやられてしまえば意味がない――しかし、そうではない勝負もある。

194 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:54:07 ID:RatORdns0

 拙下は言う。


「フン、その通りだ。俺の専門である短距離は言わずもがな、多くの格闘技では一発逆転がありえる。力を出し惜しみしている内に負けることがありえる」


 究極的に言えば、ボクシングなんて競技は一発殴られて立ち上がれなければそれで負けのスポーツである。
 零コンマの世界での争いである短距離で力をセーブなどできるはずがない。

 だがバスケットボールは違うのだ。


「バスケはその競技の性質上……特にショットクロックの存在が大きいが、点の取り合いになる。一発逆転という状況はまずありえない」


 ショットクロック――つまり二十四秒ルール(攻撃側は二十四秒以内にショットを行わなければならない)という規則。
 野球のように攻勢守勢が明確に分かれているのではなく目まぐるしく変わる戦況。
 リバウンドの存在。

 その他、様々な理由があるが、とにかくバスケットボールは止めどない攻撃の繰り返しだ。
 つまり逆に考えると「点を取られる度に点を取り返せば絶対に負けない」のである。


「フン。そういったことを加味すれば、最初から全力を出さないという作戦も一定の正当性を持つのだろうな」

195 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:55:12 ID:RatORdns0

 またバスケットボールは体力の消耗が非常に激しいスポーツだ。
 交代をしないのならば前半はセーブする、という選択肢もありと言える。

 取り組んできたのが他の種目ならば、ガナーだって最初から本気を出すようになったかもしれない。
 ただバレーなどとは違いバスケは「何点取れば終わり」という競技ではない。
 百対零の状況でも――どう考えても逆転が不可能な状態になったとしても一定時間経過しない限りは試合は終わらない。

 だからこそ、ガナーは「常に相手の少し上の力を出す」という戦い方をするようになった。


「相手が自分より格上だと分かっているか、残り数分でビハインド――それ以外の場面では程度の差こそあれど、奴は手を抜いている」


 そして、究極に手を抜いた状態が先のような「試合に出ない」というものなのだろう。


「……まるで定向進化、いや適応かな? それとも天才故の苦悩か」

「『本気を出せる相手がいない』とでも思っていると考えているのか? フン、奴はそんな悩みを持ったことなどない」


 この学校には俺がいるのだからな、と神速の天才は笑った。
 それもそうだと真希波も頷き同意する。

196 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:56:07 ID:RatORdns0

 拙下はガナーと知り合い、時折トレーニングを共に行なう程度の仲だが、同じように真希波も彼とは顔見知りである。
 『人を使う天才』として必要な分析は終えている。
 それなのにわざわざ拙下の意見を聞いたのは自分とは違う立場からの見解を知りたかったからだろう。

 結果としては想像通りだったが、それで良い。
 今年のアメフト部の助っ人は彼にも頼むことにしようか。


「…………フン」


 と、話が一段落がしたところで拙下が口を開いた。


「流石のトモでも、ガナーの相手は厳しいか?」

「そうかもしれない。だが、バスケットボールはチームで行なう競技だよ」


 それ以上は真希波は語らなかった。

 眼下では最後の試合に出場する両チームが出揃い、それぞれにベンチで準備をしている。
 決勝戦はバスケ部のスコアラーを擁する優勝候補二年四組と、今年の一年生では有名な二人を有する一年十一組の対決だ。

197 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:57:09 ID:RatORdns0
【―― 13 ――】


 山科狂華に引き摺られるような形でベンチまでやって来た鞍馬口虎徹は準決勝まで出場していたクラスメイトとハイタッチを交わす。
 体力がないからと、決勝までは休ませてもらっていたのだ。

 既に他の一年文系進学科十一組のバスケチームは出揃っていた。
 決勝戦、こちらのスタメンは山科狂華、鞍馬口虎徹、そして――休学中の鞍馬兼の三人。
 十一組のベストメンバーだった。

 そうして虎徹は兼を見つけ、驚いたように立ち止まり、次いで声を掛ける。


「……兼兄さん、ホントに来てたんだ」

「出るって言ってたんだから、約束は守るよ。それよりも僕は君が来ないんじゃないかって心配だったんだから」

「はあ。じゃあお互い様かな」


 周囲を見回せば、遅れてやって来た一年十一組の応援数名(他の競技に出ていたクラスメイト達)も鞍馬兼がいることに驚き、喜んでいるようだった。
 観客席では風紀委員の友人か、それともそれ以外の知り合いなのか、何人かが手を振ったり声援を飛ばしたりしている。

 それ等に手を振り応える鞍馬兼を見、改めて鞍馬口虎徹は思う。
 僕はやっぱり弱いなあ、なんて。
 何もかもにおいてこの親戚には敵わないと。

198 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:58:10 ID:RatORdns0

 まあ、別にもう気にはしていないのだが。
 気にしていることがあるとすれば、「こんな完璧な高校生にジョルジュ君は勝てるかな」ということくらいだ。

 さて虎徹が来たことで全員が揃ったことを確認すると、クラスの纏め役たる鞍馬兼が話し始めた。


「準決勝ではファウルが目立ったんだから。念の為に聞いておくけど、バスケのルールは覚えてるよね?」

「はあ、任せてよ兼兄さん。僕は昨日もロウ●ゅーぶ見てた」

「何も任せられないんだから。狂華君は? 準決に出てたから分かってるよね」

「悪いけどバスケならバッチリだ。ジャ●プとマ●ジンは毎週読んでる」

「じゃあスリーポイントとパスを学習して欲しかったな。君のセンスは凄いと思うけど、バスケ部相手にドリブル勝負は分が悪いんだから」


 試合前にも関わらず二人に全く緊張は伺えない。
 つまり、いつも通りということだ。
 他ならぬ兼自身もいつも通りに試合に望むつもりである。

 負けるかもしれないけれど、普通に戦って。
 全力を出し切って――勝てたら嬉しいと。

199 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 04:59:07 ID:RatORdns0

 と。


「…………なんだ、鞍馬兼がいるぜ。なら少しは本気を出さないと」


 敵側のベンチからそんな声が聞こえてきたのは一年十一組のメンバーが最後の打ち合わせをしている時だった。
 声の主、嵯峨ガナーはヘッドホンを鞄の中へと仕舞うと手首と足首をストレッチし始める。

 天然の茶髪、百八十を軽く超える身長に加え西洋的な顔立ち。
 スポーツの実績云々を抜きにしてもつくづく色々と人の妬み恨みを買いそうな人間だ。
 そもそも先の発言からして「本気を出す気はなかった」「出すとしても少しだけ」という完全な格下扱い。
 しかも本人としては挑発のつもりどころか、むしろ自戒の意味を含んだ独り言で。

 腹が立たないわけがない。
 事実だからこそ腹が立つ。
 だから在るだけの敵意を纏って山科狂華は仲間に対し、告げる。


「悪いけど、確かに現職のバスケ部相手にお遊び程度でしか経験のない俺達が敵うわけはない――そう、普通ならそうだ」


 目にもの見せてやろうぜと型破りな少年は言った。
 生憎とこの一年十一組のチームには、常識が通用するような普通の人間は一人もいない。

200 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:00:06 ID:RatORdns0
【―― 14 ――】


 参道静路が第三体育館の観覧席に足を踏み入れた時には、かなり試合は白熱していた。
 半分ではバレーの、そしてこちら側半分ではバスケットボールの決勝戦が行われているのだ、球技大会とは言えファイナルに相応しい熱気は出るだろう。

 バスケはどうやらスリー・オン・スリー制らしい。
 三対三で、ルール的には普通のそれと同じくらしいが、設置された競技用の時計を見るに休憩を挟みつつの二十分間の勝負のようだ。
 そしてコートの中では、ジョルジュもよく知る三人が活躍していた。
 鞍馬口虎徹と、山科狂華――そして鞍馬兼が。

 観客が盛り上がっていたのも、ちょうど鞍馬兼がスリーポイントを決めたところだったからだ。


「……ハン」


 アイツは凄いなと皮肉ったように呟きかけた瞬間、同じことをすぐ近くにいた少女が言った。


「全く――あの男は凄いな。認めざるをえないのが私だ」

「…………委員長サン?」

「久しぶりか、名も知らぬ素行不良生徒」

201 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:01:08 ID:RatORdns0

 コートに目を取られ気付かなかったが傍にあのハルトシュラーが立っていた。
 珍しいことに制服ではなく学校指定のジャージ姿で銀の長髪も簡素なヘアゴムで一纏めにされ活動的な印象を与えてくる。 
 普段の制服姿とは違って体操服では胸の膨らみなど女性特有の柔らかさが伺えた。

 こっちの姿の方が好みだなと思いつつ、話し掛ける。


「暫く振りだな、委員長サン。テニスの方は良いのか?」

「今し方終わったところだ」


 ジョルジュが観戦していた段階では準々決勝だったのだが、あのままの勢いで優勝し、ここにやって来たのだろう。
 テニス部の生徒も出場していたので勝ったとは限らないが天使と悪魔が負けるところなど想像できない。


「そう言えば貴様は、あの鞍馬口虎徹に教えを受けているらしいな」

「え?」

「風の噂で聞いた」


 屋上で二人きりで練習しているのに、何処から噂が発生したというのだろう?

202 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:02:16 ID:RatORdns0

「他人の周囲を嗅ぎ回ることを好む奴もいるということだ」


 ジョルジュの疑問を予測していたかのように呟き、ハルトシュラーは続けた。
 コートでは山科狂華にボールが渡り、相手側の二年生と対峙しているところだった。


「まあ、そうだわ」

「あの怠惰な男はお世辞にも指導が上手いとは言えない。この試合を見ている方が、まだ勉強になると考えるのが私だ」

「この試合?」

「そうだ。奴の強さは、鞍馬兼や山科狂華の強さを部分的に抜き出したものに過ぎない」 


 刮目しろ、とハルトシュラーは言った。
 狂華はその対峙していた一人目を抜き去って、ヘルプに入った二人目を躱して綺麗なレイアップを決める。
 その鮮やかな様はバスケ部相手でも全く遜色ない。

 あれの何を、鞍馬口虎徹は吸収したのか―――。


「ここからは分かりにくいかもしれないな。奴の『虚心抜き』の凄まじさは」

203 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:03:06 ID:RatORdns0
【―― 15 ――】


 ―――「消えるぞ、アイツ」。

 耳に残るのはそんな言葉。
 素人の一年生相手にまんまと抜かれた仲間を茶化したガナーだったが、それに対しての返答がこれだ。
 冗談ではない。
 酷く真面目なトーンでの返答だった。


「(……人が消えるわけねーじゃん)」


 バスケ部において最もドリブルに秀でる自分でも「消える」とまでは言われたことはないのに。
 いや、この学校において自分より速く動ける唯一の存在である神宮拙下だって、拳が目で追えないことはあっても流石に消えたりはしない。

 けれど――どうしてだろう。


「すみません、先輩。あの元『新星』ことガナー先輩を相手にするなんて光栄です」


 この自然と人を遠ざける異様な雰囲気の後輩を目の前にすると、そんな異常な事態も、起こりそうな気になってくるのだ。

204 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:04:21 ID:RatORdns0

 斜に構えた態度と何もかもを軽蔑しているような濁った瞳。
 今年の一年生の中では一二を争うほどに有名な、一年文系進学科十一組所属『レフト・フィールド』の山科狂華。
 去年『新星』として相当に話題になったガナーとしては色々と思うところがある。

 向こうも色々なことができる天才タイプではあるのだが、それでも自分には及ばない。
 素直にそう思っている。

 ただ、わざわざこうして相対することにしたのは及ばないにしても警戒すべきだと考えたからだ。
 この試合においては当初マークしていた鞍馬兼よりも重要度が高いと。
 現在の三体三の状態(スリー・オン・スリー)ではコート上にいる人間の数が少なく連携の幅が限られるので個人の力量差が普段以上に勝敗を左右する。
 個々の勝負で負けなければ、試合にも絶対に負けない。


「……すみません。勝負の場ですから、先輩相手でも手は抜きません」

「あっそ。俺は手加減するけど」


 狂華はドリブルを続けたままその場から動こうとしない。
 分かりやすいディレイド・オフェンス(遅攻)だ。
 ランガン好きで速攻を得意とするガナーとしてはもうそれだけで少し嫌な感じだった。

 呼吸を落ち着ける。
 手加減はするが油断はいけない――慢心して負けるなど馬鹿らしいし何より一番格好が悪い。

205 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:05:09 ID:RatORdns0

 瞬間―――。



「ッ!!!」



 距離が零になっていた。

 いやゼロどころかマイナスだった、狂華の位置はガナーの真横、殆ど抜かれかけている。
 「消える」――そんな言葉が頭を過る。
 とても素人とは思えないほど高速なダックイン。
 バスケ部に勧誘したいくらいだ。


「(でも止められないレベルじゃねーってのッ!! それに、やっぱ素人だな――ボールが溢れてるぜ)」


 地面に叩きつけられたボールは狂華の手の平ではなく、あらぬ方向へと向かう。
 と、それを視認した瞬間に全てを理解した。

 やられた――と。

206 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:06:06 ID:RatORdns0

 狂華の手から零れたボールを、同じく走り込んできた虎徹が真後ろに向け叩く。
 そして向かう先、スリーポイントラインギリギリに陣取っていたのは――あの鞍馬兼。

 ボールを受け取り行なわれるのは足を肩幅に開き、膝を少し曲げた、フリースローのような教科書通りのスリーポイントシュート―――。


「(タップパスを間に挟んでのキックアウト!! 最初から全部狙い通り、素人っぽさを利用したフェイクか!)」


 初めに狂華がダッグインでペイントエリアまで切り込み、
 視線を前に向けたまま、取り零したと見せ掛けて控えていた仲間にバウンズパス、
 空中にあるボールを虎徹はそのままタップ、
 最後に完全にフリーになっていた兼がスリーポイントシュートを行なう。

 どれか一つが失敗しても成功しないコンビネーション。
 それによって放たれたボールは綺麗な楕円を描いてバスケットへと吸い込まれていった。


「俺をドリブルで抜いたこと、プロでも四割成功すれば十分なスリーを二回連続で決めたこと……。やるじゃん、お前等」

「それはどうも、すみません」


 まだ試合は始まったばかりだ。

207 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:07:06 ID:RatORdns0
【―― 16 ――】


「前提として、あの三人とバスケットボールという競技は相性が悪いのだ」


 ハルトシュラーは言う。
 本日三回目のスリーポイントを決めた部下を見つめつつ、語り出す。


「ユーティリティーな才能を持つ山科狂華はまだしも、鞍馬兼、鞍馬口虎徹がバスケットボールでまともに戦えるわけがない」

「ハン。あの鞍馬兼って奴は、結構色々とできるんじゃねぇのか?」

「奴ができるのは奴ができることだけだ。あの男は練習してきたことしかできない人間だ」


 あくまでも色々なことができるのは色々なことに取り組んできたからであり、才能のためではない。
 その点においてはまず基礎能力が高い山科狂華に完全に負けている。
 事実として鞍馬兼は利き腕でしかドリブルはできないし、更に速度も素人としては優秀だが、全体的にかなり拙い。


「鞍馬口虎徹は……小器用な奴だな。ノールックパスなどは得意だが、それだけだ」

「それだけって酷ェわ」

208 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:08:06 ID:RatORdns0

 仮にも俺の師匠なのに、というジョルジュの抗議をスルーしてハルトシュラーは説明を続ける。
 コートでは嵯峨ガナーが鞍馬兼を抜き去りダンクを決め、バレーの試合も接戦らしく、体育館全体としての盛り上がりも最高潮だ。

 反対側の観覧席では壬生狼真希波と神宮拙下が同じ話題で話し合っていた。


「フン。マキナ、武道家ではないお前には分かりにくいだろうが、どんなに体格が良かろうと武道や格闘技を専門とする人間はバスケには向かない」


 その理由を拙下は、跳べないからだ、と端的に述べる。


「バスケやアメフトにおいては人間を飛び越えるほどのジャンプ力を誇る選手も珍しくない。だが、それができない。……俺は例外だが」

「才能や技術的な問題ではなく、競技の性質の問題だね?」

「その通りだ。一対一で戦おうという場面においては絶対にジャンプなどしないだろう。不利になるからだ」


 空中にある状態では回避も防御もパターンが限られ、衝撃を地面に逃すこともできない。
 如何にして地を這うように移動し居付く瞬間を狙われないようにするかや足を払われないようにするかを考える武道や格闘技では跳躍力など必要とされない。
 故に、一年十一組の三人も跳ぶことを苦手としている。
 試合開始のジャンプボールでも相手に身長で勝っていたはずの鞍馬兼は跳躍力で負けボールを奪われている。

209 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:09:08 ID:RatORdns0

 鼻で笑い、拙下は言った。


「バスケに足を払っても良しとするルールがあれば、ガナーはともかく、残りの凡人は敵わなかっただろうな。トモに出足払の要領で転ばされて終わりだ」


 それは最早バスケではないが、仮定の話だ。
 考えてみればネットで分けられているわけでもなく身体接触が避けられない競技なのに過度な触れ合いがファウルとなる時点で向いていないとも言える。
 傍目に鞍馬兼が消極的に見えるのはチャージングに気を使ってのことかもしれない。
 対し山科狂華は人に当たろうと構わないと言った風で、好戦的な性格が見え隠れしている。

 だが、と真希波は返す。


「見ての通り、互角程度には戦えている。嵯峨君が相手の少し上の力しか出さないことを加味しても出来過ぎだ。さて、どう考える?」

「……フン。チームプレイ云々に関しては俺から言えることは何もない」


 コートではまた、山科狂華が相手を抜きドライブで切り込んでいくところだった。


「戦いに向いているヤマシナキョウカには――戦いに向いているからこそできることがあるということだろう」

210 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:10:06 ID:RatORdns0
【―― 17 ――】


 異常な光景だった。
 バスケ部でもなんでもない一年生が、バスケ部の二年生を幾度となく抜いて見せる様は。

 まともに止められるのは嵯峨ガナーただ一人――そしてそれにしても、得点自体を完全に防げるわけではない。


「山科が凄い奴ってことは俺も知ってるが……それにしても、出来過ぎじゃねぇか? バスケって素人が活躍できるほど簡単なスポーツじゃねぇだろ」

「一つ訂正したいのが私だ。あの名も知らぬ女好きは、女受けしそうなことならなんでもやる。ストリートのそれで良ければある程度の経験を積んでいるのだ」

「それにしたって、毎日やってる奴に敵うわけねぇわ」


 どれだけエロパワーが強いのだ、という話になる。


「そうだな。だから才能や基礎能力以外にも二つほど理由がある」


 山科狂華という一年生が。
 バスケ部の二年生を相手に互角以上に立ち回れている。
 その理由。

211 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:11:10 ID:RatORdns0

 そして、それこそが――弱い鞍馬口虎徹が番狂わせを起こし続けられる理由でもあった。


「一つ目の理由は一瞬での移動における速さと長さだ。端的に言えばアジリティだな」


 一瞬でどれだけの長さを。
 どれだけの速さで移動できるか。


「格闘技経験者の中には短距離走は遅いが、一歩目を踏み出す速度だけは非常に速い人間がいる。足先の強靭さだな」

「スタートダッシュ……ってことか?」

「そう考えても構わないと思うのが私だ。こと一歩目の速度に関しては山科狂華という人間は嵯峨ガナーと比べても遜色がない」


 例えば剣道には「一足一刀の間合い」という言葉がある。
 一歩踏み込めば刀の届く距離――この状況で先手を打とうとする場合には一歩を踏み出す速さが重要になる。

 これは参道静路、というか彼の親戚である伏見征路が趣味としているボクシングでも同じこと。
 どんなハードパンチャーでもまずは拳が届く範囲に飛び込む必要がある。
 その速度がお粗末ならば、カウンターをもらって終わりだ。

212 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:12:08 ID:RatORdns0

 けど、とジョルジュは返す。


「けどそれだけじゃねぇだろ? どんだけ速いとしても、流石にそれだけじゃ『消える』ことはない」

「そうだな。だから二つ目の理由として、奴には『虚心抜き』がある」

「“キョシンヌキ”?」

「この場合の虚心とは虚心坦懐のそれではなく虚々実々の方だな。隙や油断する心ということだ」


 コート上では、また相手の二年生を狂華が抜いた。
 瞬時にガナーが追い付きボールを取り返す。

 ハルトシュラーは言った。


「この位置からは分かりにくいが――山科狂華は、『相手が目を閉じる瞬間』を狙って動き出している」

「へ? まさか……常にそうなのか?」

「常時そうだ。人間が瞬きをしているのと同じように、奴はその隙を突ける」

213 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:13:15 ID:RatORdns0

 つまりは。
 相手の『虚』を狙って攻めているのだ。


「瞬きの瞬間を狙われれば当然見失う。目を閉じている間は見えていないのだからな。奴が活躍できる理由は、それだ」


 隙のある一瞬を狙える正確さと一瞬で間合いを詰められる敏捷性。
 それによって、相手は『消えた』ように感じる。

 山科狂華には人の背後に立つ癖があるが、それもこの『虚心抜き』の応用に過ぎない。
 常日頃から相手の隙を伺っているからこそ意識が逸れた瞬間に背後に立てる。
 事実、幽屋氷柱相手には一度も背後を取れたことがないし、恐らくこの悪魔相手にも困難だろう。

 ガナーが狂華を止められる理由は単純で、目を閉じた一瞬で距離を零にされているものの、そこから二歩目の間に追い付くことができるからだ。


「……あの男も同じようなことができる。さして驚かないのが私だ」


 あの男――鞍馬兼の場合は呼吸の瞬間を狙うことで相手の反応を遅らせ単調な技を出させたところでそれを返す。
 鞍馬兼が意識的に相手に先手を取らせているとすれば、山科狂華は強制的に相手を後手に回らせる。

214 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:14:06 ID:RatORdns0

 そして鞍馬口虎徹も似た芸当ができる。
 虎徹の場合、視線と動作でフェイクを入れることで常に相手の意識を逸らす。
 球技で言えばノールックパスだ。
 今回の試合でもそれを多用することでアシストを行い、更には逆に相手の視線を読むことでパスカットを行なう。

 ジョルジュとの『タッチ&アヴォイド』において勝ち続けられたのは、そういう理由だ。
 相手の注意を逸らしつつ、相手の視線を読んで動く。

 勝つコツを訊かれ虎徹は「思考」や「頭を使う」と答えていたが言わんとしていたことは「隙を突け」ということだった。
 わざわざ相手の実にぶつかる必要はなく、虚を狙えば良いのだということ。
 ただそれは強い奴に勝ち続けていた鞍馬口虎徹にとっては当たり前過ぎて上手く言葉にできなかったというだけだ。

 四番打者相手に敬遠で勝負を避けること――どころか全打席敬遠でも鞍馬口虎徹的には当然のことでしかない。


「(そう言えば、アイツには素直だとかなんとか言われた気がするわ)」


 この場合の「素直」は褒め言葉ではなく「フェイクに引っ掛かりやすい」と同義だ。
 しかしこれで鞍馬口虎徹の『強さ』は分かった。

 天才的だ、と思う。
 逃げ続けることに関して、天才的。
 逃げることが当たり前になるほど逃げ続けてきたのならば最早それは一つの『強さ』だ。

215 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:15:08 ID:RatORdns0

 しかも目の前のことからは逃げたとしても最終的な目的は達成しているのだから見事としか言いようがない。


「……あの嵯峨ガナーとは真逆だな。才能と努力で常に相手を上回り続ける姿と比べれば、奴の生き方など邪道も良いところだろう」


 全力を出さないということは同じであったとしても、そのスタンスは天と地ほどの差がある。
 真正面から相手にぶつかり叩きのめす闘争ととにかく相手を避け続ける逃走。

 嵯峨ガナーという人間は試合に勝ったとしても能力で相手に負けていればやっぱり納得できず、だから努力する。
 だが鞍馬口虎徹は全ての面で相手に勝てずとも試合に勝つという目的さえ果たせば十分だと納得できる。
 一方は一方を歯牙にも掛けないし、また一方は一方を鼻で笑うことだろう。

 ただ、とハルトシュラーは言う。


「両者の絶対の共通点は『勝ち続ける限りにおいてのみ通用する価値観』ということだろうな。負けてしまえば、その時点で塵芥にも等しい生き方だ」


 それで勝てるからこそガナーは許されているし、それで勝てるからこそ虎徹は認められている。
 鞍馬兼のように「負けちゃったけど頑張ったよね」とはならない。

 だからこそ――やはりこの試合も、全力は出さないとしても本気の勝負なのだろう。

216 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:16:06 ID:RatORdns0
【―― 18 ――】


 ドリブルを続けながら時計を伺う。
 残り時間は数分。
 点差は僅差。

 あと一本くらい決めて、後は流すかな。
 そんなことを考える最中のガナーに鞍馬兼が立ちはだかった。


「(……お前も別のスポーツなら強いんだろうけど、)」


 でも――バスケにおいては重過ぎるし小さ過ぎるし遅過ぎるぜ、と。
 思いながらスピードを落とし、軽く前後に揺さぶる。

 チェンジ・オブ・ペース。
 ロッカーモーション。
 どちらも得意中の得意だ、素人相手ならばフェイクなど入れずとも普通にドリブルをしているだけで真横を抜ける。

 スリーは中々のものだったが、それ以外には手が回らなかったらしく大した脅威ではない。


「(ただ、コイツにしろ山科にしろ、素質はある)」

217 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:17:06 ID:RatORdns0

 どちらも百八十前後なので身長的にはそこそこだが、それ以外の要素が良い。
 今だって安易に距離を詰めようとしない。
 多分この一年生はかなり視野が広いのだろう――周囲を良く見れるのもそうだが、何より相対する選手の全体像を見ることに秀でるらしい。

 フェイクなど入れずとも抜けるが、逆にフェイクを入れてしまうと止められる恐れがある。
 全体を見れるということは視線や動作やボールに注意を逸らされないということだ。

 だからこそ、ガナーは「普通に」抜くことにする。


「ふっ―――!」


 前に出ると見せ掛け一歩目で急停止し更にそこからフルスピード―――。

 ミニマムスピードとマックススピードの差が大きいこともガナーの強みだった。
 嵯峨ガナーに必殺技というものは特にない。
 こうして誰もが使うようなチェンジ・オブ・ペースとチェンジ・オブ・ディレクションを非常に高速かつ滑らかに行なうだけ。

 誰でもできるようなことを、誰にもできないようなレベルでやる。
 神宮拙下の影響かガナーはそれが天才の証明だと思っていたし何より格好良いと考えていた。


「(……ちょっと本気出し過ぎたか?)」

218 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:18:06 ID:RatORdns0

 目の前の一年生を容易く抜き去ると、その親戚という生徒が阻むように走り込んでくる。
 微妙に疲れ気味に見えるが最後まで持つのだろうか?と敵チームなのに心配しつつ、どうやって躱すかを考える。
 パスを出しても良いのだが、それでは面白くない。
 やはり普通に抜くのが格好が良い。

 と、その瞬間だった。


「っ!?」


 ボールが掠め取られた。
 奪われ、そのまま最もドリブルの得意な狂華へと回される。

 何処から?
 誰が?
 ……決まっている。


「(バックチップ……! 後ろから振り向かないままでボールを弾いたのか、鞍馬兼!!)」


 確かに流石のガナーでも真後ろからの攻撃には咄嗟に反応できない。
 見えていないのだから当たり前だ。
 だが、それは鞍馬兼にしても同じこと、振り向かないままでスティールなど素人ができることではない。

219 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:19:08 ID:RatORdns0

 ……いや。
 単なる素人ではない、のか。

 狂華がレイアップを決めたことでスコアが逆転したコートでガナーは問い掛ける。


「もしかして、お前……。ドリブルの音でボールが何処にあるか分かるのか?」


 ルール上、バスケットボールにおいてはドリブルが不可欠だ。
 基本的なルールで特に気にしたこともなかったが、たとえ目隠しされていようがドリブル中ならばその音でボールが何処にあるかは分かるはずなのだ。

 けれど、だからと言って。
 背後でドリブルされているボールを寸分違わず弾くなど素人ができることではない。
 どころかそんな曲芸じみた真似を誰ができるというのだ。

 そんなレベルのことをやってのけた兼は答えた。


「大体は分かります。大きな音ですし、先輩は凄く綺麗にドリブルを行うので。だから何分も聞いてれば、流石に」


 無茶苦茶だ、と戦慄する。

220 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:20:10 ID:RatORdns0

 いくら規則正しいからと言ってドリブルが行われているのは自分の視界の外だ。
 簡単そうに説明したが、どちらに抜けたかを目で追って、そこからどんな体勢になっているかを予測し、最後に音で確認してやっとできることだろう。
 ガナーだってそんなことはできない、どころか淳校のバスケ部でもそんなことができる人間は一人もいない。

 ただの素人ではなかった。
 どれほど優れた音感と切れる頭脳を持っているというのだ。


「(まさか妙に位置取りが上手いのは、バッシュの音で誰が何処にいるかを把握していたからか?)」


 そう言えば聞いたことがある。
 鞍馬兼は球技でならテニスが専門だが、ダブルスで前衛を務めている際は振り向くことがないのだと。

 後衛が何処にいるかは足音で分かるから見ずとも位置取りはできるのだと。


「……はは」


 思わず笑いが漏れた。
 素人が自分に勝てるわけがないと思っていたのに、中々どうしてやるじゃないか。
 これならもう少し本気を出しても良いかもしれない。

221 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:21:09 ID:RatORdns0

 知らない人間にはシーソーゲームに見えただろう。

 点の取り合い、奪い合い。
 単純な点差だけで見るならば拮抗している。

 ただ事情を知る人間はそうは思えない。
 嵯峨ガナーの存在。
 格下相手に絶対に全力を出さない元『新星』が球技大会如きに全力で取り組むはずがないからだ。


「……はあ?」


 だからそれは少し、珍しい出来事だった。
 それは逆転を許したことで観客席から飛ばされたヤジ――「負けてんじゃねーぞ」という一言から始まった。


 次の瞬間だった。
 ガナーは虎徹のパスをカットしボールを奪うと、立ちはだかった兼を躱しフォローに入った狂華を事も無げに抜き、続けてボールを前方に投げ付ける。
 投擲されたボールはバックボードに当たり跳ね返り。

 そして、ガナーはそれを空中でキャッチし――そのまま片手でゴールに押し込んだ。

222 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:22:08 ID:RatORdns0

 ほんの数秒の出来事。
 ものの数秒で雑音を全て黙らせる天才の本気。

 そうして、言う。


「勘違いしてるようなら言っとくけど、俺はかなり手を抜いてる。お前等のことは凄いとは思うが……俺には勝てないぜ」


 球技大会如きで本気になって素人を潰しに掛かるなどみっともないから。
 今は目一杯手を抜いているだけ。
 良い勝負ができるように力を調整してるだけで。

 そう、ガナーは告げた。
 対し言葉を聞いた虎徹は返す。


「……はあ。分かってますよ、先輩。先輩に僕達が勝てるわけがないじゃないっすか。当たり前のこと言わないでくださいよ」

「ん? いや、分かってるなら良いんだぜ」


 素直に認められてしまった。
 張り合いのない奴だ。
 挑発しておいてなんだがここは怒るところじゃないか?

223 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:23:12 ID:RatORdns0

 何か毒気を抜かれたようになってしまい、こうなるとこっちが恥ずかしい。


「はあ、でも勝手な都合で申し訳ないですが、あまり大差で負けるとチームリーダーである僕が怒られるので……ねえ?」


 それだけ言って怠惰な一年生はガナーの前から去っていく。
 最後の「ねえ?」に込められたのは「だから手加減してくれるとありがたいです」という懇願か。
 言われなくても手加減するし、実際に今もしている。
 神宮拙下との練習時を百とすれば今は七十にも満たないくらいだ。

 というか。


「(アイツがリーダーだったのか……)」


 てっきり鞍馬兼がそうだと思っていた。
 どういう経緯で決まったのか非常に気になる。

 まあいい、とガナーは気を取り直す。
 そう言われたからには最後まで手を抜いてやろう。
 やはりバスケ部のレギュラーが素人相手に無双を行なうなど格好悪いし、何より勝ちまで譲るつもりはさらさらないのだから。

224 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:24:09 ID:RatORdns0
【―― 19 ――】


 試合はそのまま進んでいった。

 一年十一組チームが得点を入れる度にガナーはゴールを決め続ける。
 普段使わないようなリバースダンクなどを交えつつ、手を抜きながらも至極真剣に。


「まあ、あの一年組がすげぇのは分かったわ。……でも、それでも及ばないってことも、分かったわ」


 気付けば試合は残り数秒。
 スコアは一点差。
 当然――負けているのは一年十一組だ。

 この数秒で一度でもゴールを決めれば一年十一組が逆転するが、スコアラーである山科狂華をマークしているのは嵯峨ガナーである。
 そして試合も終盤でガナーの本気度もかなり上がっている――今の『新星』を躱して得点するなどバスケ部の人間でもほぼ不可能と言って良い。


「鞍馬がスリーポイントを決めて、後は守れば勝ちって見方もできるが……」

「そんな攻め方は分り易過ぎる。誰がシュートを行なうか分かっている状況であの嵯峨ガナーが止められないはずがない」

「だよなぁ……」

225 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:25:12 ID:RatORdns0

 残された勝ち筋は鞍馬兼がスリーポイントシュートを決めること。
 今までのシュート成功率は脅威の八割超えだ、戦術的にはかなり現実味を帯びている。

 ただ、そんな作戦――素人でも分かる。

 どんなに優秀な戦術でも相手に見え見えならば容易に阻止されてしまう。
 どう考えたって残り数秒の何処かで兼にボールが回るのだから二年四組としてはそれをカットすれば良いだけの話。
 どころか、例えボールがパスされた後だとしても、身長とジャンプ力で勝るガナーならば普通に止められる。


「それに……フン、あの馬鹿も流石に気付いているだろうな。トモのシュートにはトリックがあると」


 タイムアウト中のコートを見下ろし、神宮拙下は語る。


「フリースローならまだしも素人がスリーポイントシュートを連続で決められるわけがない。どれほど練習していたとしてもだ」

「だからこそ、鞍馬兼君はフリースローのようにスリーポイントシュートを打っている――だね?」

「そうだ」


 フリースローはフィールドゴールと比べ簡単と言われる。
 ルール的に、後者は体勢を崩されることがなく常に同じ位置から打てるからだ。

226 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:26:16 ID:RatORdns0

 事実、フリースローは七割八割の確率で決められる。

 ならば――フィールドゴールを、フリースローのように行なえれば成功率も上がるのではないか?
 それこそが鞍馬兼の異常なまでのシュート成功率の秘密だった。


「この試合中……いや練習中からだが、トモは全く同じ位置、全く同じ体勢、全く同じ状態でしかシュートを打っていない」


 つまり、
 全く同じ位置――フリースローサークルの右端から三歩下がった位置で、
 全く同じ体勢――足を肩幅に開き右手でバックスピンを掛けながら、
 全く同じ状態――周囲にプレイヤーがおらずフリーの状況、

 この三つの条件が揃った時にしかスリーポイントシュートを放っていないのだ。
 逆に言えばガナーは兼が何処から打つかも分かるし、フェイクを入れることやドライブに変えることがないことも知っているし、更に止められる。


「フン、小細工など必要ない。単にトモがシュートの体勢に入る前にボールを叩き落とすか、シュートが放たれると同時にジャンプし叩き落とすだけで良い」

「……想像通りだな」


 真希波は呟き、次いで言った――「だがそれで終わるかな?」と。

227 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:27:09 ID:RatORdns0

 外野が各々思いを抱き見つめる中。
 唐突にベンチで清涼飲料水を飲んでいた狂華が立ち上がった。
 そしてまるで迷子になった子どものように辺りを見回す。

 どうした、と声を掛けるのも躊躇われた。
 普段から敵意を纏っているような狂華だが今はいつもの比ではないほどに強烈な異常さを垂れ流していたからだ。 
 そうして狂華は周囲を一通り見回すとドロドロに濁った瞳で観客席を見る。
 何かを探すように。


「……ねえ、どうしたの。何かあった?」


 日頃から異常な彼の異常さに兼が話し掛ける。
 その言葉にやっと平静を取り戻し、狂華は笑った。


「いや、なんでもない」

「…………本当に?」


 なんでもない、わけがなかった――その横顔には明らかにバスケで流すのとは違うタイプの汗が伺える。

228 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:28:08 ID:RatORdns0

 つまり。
 冷や汗が。

 もう一度だけ、鞍馬兼は訊く。


「大丈夫なら良いけど、何かあるのなら言って欲しいんだから」

「はは、お前は俺の母親か。悪いけど大丈夫だ」


 それよりもと狂華はやや無理矢理に話を変える。


「悪いけど心配なのは虎徹の方だ。大丈夫なんだろうな、お前」

「え、何がですか?」

「殺すぞ」

「はあもう、物騒だなあ……。大丈夫ですよ多分。大丈夫だといいですね」


 そう言って鞍馬口虎徹は笑う。
 これから始まるのは最後の攻防だ。

229 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:29:15 ID:RatORdns0
【―― 20 ――】


 試合が再開される。

 当然ながら、嵯峨ガナーは全て気付いていた。
 一年十一組が鞍馬兼にボールを回すことも、鞍馬兼が決まった位置からシュートが打てないことも。


「(中々楽しめたけど……所詮は素人だぜ。敵じゃなかった)」


 ボールを有するのは一応のチームリーダーである鞍馬口虎徹。
 嵯峨ガナーは決して成績が良い方ではない。
 しかしことバスケットボールに関してはそれなりに頭は回る――そう、少なくとも素人が考えるような作戦を見抜けるくらいには。

 ガナーがマークしているのは山科狂華のままであり、虎徹に対峙しているのは三人の中で唯一バスケ部レギュラーではない別の二年生だ。
 あの程度の実力の虎徹を自分が相手するよりも能力的に最も危険度の高い狂華を抑えている方が良いだろうし、兼のシュートも走れば余裕で防げる範囲だ。


「(優先度的には山科狂華、鞍馬兼、鞍馬口虎徹の順……。アイツ程度じゃ何もできないままに試合終了だぜ)」


 と。

230 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:30:08 ID:RatORdns0

 そう思った瞬間に、狂華の声が耳に届いた。
 最早動く気すらないのか腕を組んだまま視線を彷徨わせつつ一年生は呟く。


「……すみません先輩。今、『勝った』と思ったでしょ」

「え?」

「その瞬間に負けなんですよね――『勝った』と思った瞬間に負ける、それが鞍馬口虎徹なんです」


 だからこその『番狂わせ』。
 何を、と言おうとした瞬間にそれは起こった。

 鞍馬口虎徹と対峙していた二年生が抜かれていた――虎徹がドリブルでバスケ部を抜いた。


「(なっ……ここに来てスピンムーブ!?)」


 残り数秒のこの状況で今までで一番速いドリブル。
 しかも視線でフェイクを入れつつ狂華の『虚心抜き』を行いながら更にターンを組み合わせ完璧に抜き去っていた。
 今までのプレイ内容からは、ありえない。

231 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:31:07 ID:RatORdns0

 そう。
 手を抜いていたとしか、思えない。

 
「(まさか、今の、今まで?)」


 鞍馬口虎徹は進む。
 鞍馬兼をマークしていた同じくバスケ部レギュラーのクラスメイトがヘルプに入る。
 もし今まで力を抜いていたのだとしたら、このまま決められる恐れがある。
 対峙する。

 そうして虎徹が止まり―――。


「―――『妙技・右顧左眄』」


 右側に視線のフェイクを入れつつ、
 ドリブルで左側を抜くと見せ掛け、

 そのまま――ボールをコートへ叩き付けるようにして、真後ろへパスを出した。

232 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:32:06 ID:RatORdns0

 その先にいるのは、鞍馬兼。

 兼がボールを受け取る。
 だがガナーもこの展開は直前で見抜いていた。
 ことバスケットボールにおいては頭は回る。
 素人に負けることはない。

 分かっている。
 鞍馬兼が何処から放つのかも、どのタイミングで打つのかも―――。



「(取ったぜ―――!)」



 ブロックの為にそのタイミングで、跳ぶ。
 完璧だった。

 そのはずだった。

 ―――兼のショットがリングから離れるように後ろへ飛びながらでなければ。

233 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:33:07 ID:RatORdns0

 フェイドアウェイ・ジャンパー。
 兼の手から離れたボールは、ガナーの伸ばした右手に触れるか触れないかの軌道で、やはり触れることはなく。
 試合終了を告げるブザーと共に綺麗に弧を描き、ゴールへと吸い込まれた。

 ゲームが終わっても、何が起こったのかよく分からなかった。
 何が起こったのか分からないまま立ち尽くす。


「…………は」


 考えてみれば単純なこと。
 自分が手を抜いていたのと同じように、向こうも手を抜いていただけ。
 それだけのこと。
 
 恐らく最初から本気を出していたのは山科狂華だけ。
 残りの二人はこの最後の数秒の為だけに力をセーブしており、狂華は目眩ましだった。

 バスケットボールで一発逆転はない。
 だが、一発逆転が可能な状況を作り出すことはできる。
 今回のように。
 一点差で一本決めれば逆転という状況を。

 最初からまともに勝負しては勝てないことを承知で――番狂わせを起こす為に、この数秒に全てを賭けたのだ。

234 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:34:06 ID:RatORdns0

 狂華だけを活躍させ注意を引き付けたこと。
 全力を出さないことでガナーの全力を出させなかったこと。
 兼が常に同じようにシュートをしていたこと。
 全てが、この時の為の伏線。

 この土壇場で、スリーポイントシュートを決めた鞍馬兼は素直に尊敬に価する。
 だがきっと作戦自体を考えたのは。


「……おい」


 号令が終わって、鞍馬兼や山科狂華が控えや応援に来ていたクラスメイトに祝福されている中でも鞍馬口虎徹は一人だった。
 一歩離れた位置から仲間を見つめている少年にガナーは声を掛ける。

 虎徹は振り返り小首を傾げる。
 もう試合は終わったのにまだ用があるんですか?
 そう言いたげな表情。


「お前だろ、作戦考えたの。だからチームリーダーだったんだな」

「はあ、まあそうっすけど」

235 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:35:10 ID:RatORdns0

 相変わらずやる気なさげに鞍馬口虎徹は答える。
 両手首にあるリストバンド、片方には「ダメ元」と、もう片方には「一撃必殺」と刺繍されている。


「俺が本気を出さないことは織り込み済みか?」

「はい」

「お前も手を抜いていた?」

「はい」

「本気を出せば、もっと戦えたのに?」


 はい、と答えかけ、一旦虎徹は口を噤む。
 どういうべきか悩んだ。
 しかし結局は素直に答えることにした。 


「……最初から全力でやれば、勝てませんでしたから」

「そうか」

236 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:36:07 ID:RatORdns0

 お前は卑怯者だ。
 姑息な奴だな。

 そんな風に言ってやろうとして、しかしそれは自分が言えたことではないと気付く。
 自分だって格下相手にはずっと手を抜き続けていた。
 同じように手を抜かれたところで他ならぬ自分が文句を言うことはできない。

 それに、そもそも自分はただ手加減していただけだが、この『番狂わせ』のそれは立派な戦術だ――誰が文句を言うことができるだろうか。


「(野球の敬遠も、サッカーのパス回しも、ボクシングのクリンチも、一つの技術であり作戦だ)」


 勝つ為には手段を選ばない。
 その言葉が実にしっくり来る。

 あの正道を象徴するような鞍馬兼という剣士を「勝つ為にギリギリまで手を抜け」と説得するのは、相当に難しかっただろうに。
 しかも、結局称えられるのは兼や狂華であり、虎徹自身は大した称賛も受けないのだ。
 負けた身で言えることではないが、たかが球技大会ごときで、この一年生はどれほど勝ちたかったというのか。


「あの、もういいですか?」

「ああ」

237 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:37:11 ID:RatORdns0

 綺麗な言葉で表せば、「勝利への執念の差」。
 端的に言えば、「読み負けた」。

 結局はそれだけだった。

 だから嵯峨ガナーは恨み事を言わず、ただ称賛しようと思った。
 「次やれば勝てる」「今回のはまぐれだ」などという発言は正しいとしても負け惜しみにしかならないと分かっていたから。
 最低限のスポーツマンとしての礼儀に懸けて言葉を紡ぐ。


「……楽しかった。またやろうぜ」


 背後から掛けられたその一言に鞍馬口虎徹はまた気怠げに溜息を吐く。
 そうして彼は弱いままに強い相手に勝ち続けている人間として当然の言葉を返すのだ。

 即ち――「嫌ですよ、次やったら負けますから」と。






【―――Episode-11 END. 】

238 名前:第十一話投下中。 投稿日:2013/08/17(土) 05:38:06 ID:RatORdns0
【―― 0 ――】



 《 avoid 》

 @[SVO](人が)(望ましくない物事)を(意識して)避ける、避ける、…に近寄らない

 A(将来の事故・危険など)を予防する





.


243 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:30:48 ID:6CGNYrR20

|゚ノ*^∀^)「あとがたり〜」

|゚ノ ^∀^)「『あとがたり』とは小説などにある後書きのように、投下が終了したエピソードに関して登場キャラがアレコレ語ってみようじゃないかというものです」

j l| ゚ -゚ノ|「要するに後書きの語り版であとがたりだ」


|゚ノ*^∀^)「前回に引き続き、あんまり僕の出番はなかった!!」

j l| ゚ -゚ノ|「テニスやっただろ、テニス」




―――『あとがたり・第十一話篇』







244 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/21(水) 08:31:36 ID:6CGNYrR20

|゚ノ*^∀^)「次回も、幾久しく♪ 改めまして、高天ヶ原檸檬です」

j l| ゚ -゚ノ|「それも次回予告だ。ハルトシュラー=ハニャーンだ」

|゚ノ ^∀^)「では今回のゲスト!」


ハハ ロ -ロ)ハ「―――お前達に良いことを教えてやろう。俺の好物は甘いモノだ」


|゚ノ ^∀^)「……その発言を今する意味がさっぱり分からない」

j l| ゚ -゚ノ|「どれだけ俺ルールなのだ、この男は」

ハハ ロ -ロ)ハ「俺は俺であって俺でしかない。神宮拙下だ」

j l| ゚ -゚ノ|「言葉面は格好が良いがな」

ハハ ロ -ロ)ハ「この眼鏡は伊達だ」

j l| ゚ -゚ノ|「いや全く訊いていない」

245 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:32:16 ID:6CGNYrR20

ハハ ロ -ロ)ハ「フン、では十一話のあとがたりを始めようか」

j l| ゚ -゚ノ|「そうしてくれ」

ハハ ロ -ロ)ハ「冒頭の言葉はクラマグチコテツの独白だ。次話、その次と話が進むほど納得できる部分が増えるだろう」

|゚ノ*^∀^)「どちらかと言えば今日は日常パートっていうか伏線張る為の回だったしね」


j l| ゚ -゚ノ|「さて、十一話は壬生狼真希波の格好の良い台詞から始まっているが、烏丸空狐の発言からも読み取れるよう自作の発言ではない」

|゚ノ*^∀^)「あるライトノベルのプロローグで主人公が言った台詞の改変だね♪ 十年くらい前の作品だし、分かる人はあんまりいないかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。原作では叫ぶような勇ましい感じだったが、壬生狼真希波の場合は詩を吟ずるような風だな」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン、マキナはああいうキャラが好きだからな……」



|゚ノ ^∀^)「場面としては決起集会かな?」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。裏設定だが、時系列的には第十一話(球技大会)よりも前だ」

246 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:33:08 ID:6CGNYrR20

|゚ノ ^∀^)「この場に集まってるのは壬生狼クン以外に『腹心』こと自治委員会副委員長、烏丸空狐、プラス一人の四人だね」

j l| ゚ -゚ノ|「四人目は『委員長』とだけ記述され名前を出されていないが、当然私ではない」


|゚ノ*^∀^)「……またそうやってフラグ立てちゃって」

j l| ゚ -゚ノ|「違う、私ではない」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン、どうだかな。我等が委員長は裏で何をしているか分からないところがあるからな」

j l| ゚ -゚ノ|「その私に対する不信はなんなのだ」



|゚ノ ^∀^)「閑話休題。次の場面は、ここにいる新宮ク……神宮クンとシュラちゃんの部下とのやり取りだね」

ハハ ロ -ロ)ハ「伏線とも言えないほどに雑な伏線があるな。トモが練習しているシュートは『後方へと飛びながら』――つまりフェイダウェイだ」

j l| ゚ -゚ノ|「『驚いた』の発言の意味はその精度と練度にだろう。試合中も奴はほとんどシュートを外していない」

|゚ノ ^∀^)「部活入ってないんだからバスケやればいいのにね」

247 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:34:08 ID:6CGNYrR20

ハハ ロ -ロ)ハ「またこの場面では我が陣営のフォーメーションについても少し説明がある」

|゚ノ ^∀^)「割と雑なやつだね」

ハハ ロ -ロ)ハ「意思疎通を図らずともチームとして機能できるのはトモの戦略眼及びコミュニケーションスキルがあってこそだ」

j l| ゚ -゚ノ|「『一年十一組の纏め役』と称されているように、奴は単なるリーダーというよりは、関係を調整することに秀でると思えば良い」


|゚ノ ^∀^)「二人の会話は進んでいって、最後に鞍馬口クンの評価が出たね」

ハハ ロ -ロ)ハ「『力を抜かなければ勝てる』か。フン、リラックスするなということかな」

j l| ゚ -゚ノ|「手も気も抜くなということだろう」

|゚ノ ^∀^)「鞍馬クンの中では僕達ほどには評価されてないみたいだけど、さて、どうなのかな?」


j l| ゚ -゚ノ|「いや、その通りだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ「まず負けないな」

|゚ノ ^∀^)「……うん、僕もそう思う」

248 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:35:08 ID:6CGNYrR20

j l| ゚ -゚ノ|「次は件の鞍馬口虎徹の登場か。彼女が欲しいと願い落書きに思いを馳せる、普通の高校生らしい姿が描かれている」

|゚ノ*^∀^)「続くジョルジョルの独白は結構面白いよね。違う意味で普通だ」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン、スポーツの一つにでも取り組んでいれば自分がどの程度の存在なのかは分かるのだがな」

j l| ゚ -゚ノ|「あの素行不良生徒の専門は私闘だ。つまり……喧嘩をしないだけで強い人間は幾らでもいるという話だ」


ハハ ロ -ロ)ハ「しかしクラマグチコテツは気の抜ける話し方をするな」

|゚ノ ^∀^)「いるよね、こういう人。『あ、お釣り大丈夫です』みたいな」

j l| ゚ -゚ノ|「この男の場合は『はあ』がそれに当たる。一拍置くことで考える時間を作り、喋りやすくしているのだな」

ハハ ロ -ロ)ハ「傍から見るとやる気なさそうにしか見えないが」


|゚ノ*^∀^)「……油断させる為にやってたら凄いよね」

j l| ゚ -゚ノ|「聞くに小学生時代からこうらしいのでそれはないだろう」

|゚ノ;^∀^)「ヤだなこんなやる気のない小学生……」

249 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:36:09 ID:6CGNYrR20

j l| ゚ -゚ノ|「鞍馬口虎徹提案のゲーム『タッチ&アヴォイド』だが、実際にやってみると中々に楽しいゲームだ」

ハハ ロ -ロ)ハ「簡略化された武道や格闘技だからな。一瞬の瞬発力や判断力が問われる」

|゚ノ*^∀^)「なんだかスポーツチャンバラみたいだよね♪」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン。確かに、近いものがある」


j l| ゚ -゚ノ|「スポーツチャンバラならば鞍馬口虎徹は強いぞ。剣を扱うものならば大抵強い」

|゚ノ*^∀^)「へぇ、じゃあまた今度やろうかなぁ」



ハハ ロ -ロ)ハ「本家本元と言うべきか、次は剣道部の部長が初登場だな。そしてカクリヤツララも」

|゚ノ ^∀^)「弱い弱いと言われてる鞍馬口クンだけど現剣道部で一番強いという衝撃の事実が明らかに!」

j l| ゚ -゚ノ|「この辺りの事情は後に詳しく述べられるだろう」

|゚ノ ^∀^)「本編でやるほどの話じゃないし、オマケになるかな?」

250 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:37:08 ID:6CGNYrR20

|゚ノ ^∀^)「そんな感じで僕達の会話とかも挟んで、いよいよ球技大会!」

j l| ゚ -゚ノ|「地の文のみでだが保健委員会委員長が初登場しているな」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン。そして何度目かの登場のマリナは会場の片隅で三年十三組の一人と出逢った」

j l| ゚ -゚ノ|「この辺りは……詳しく言わない方が良いだろうな」



|゚ノ*^∀^)「じゃあ十一話の山場! ガナークンの登場と、そこからの試合!」

ハハ ロ -ロ)ハ「奴の価値観は共感できる人間も多かったのではないか?」

j l| ゚ -゚ノ|「『やればできる』『本気を出していないだけ』という思考とベースは同じと言って良いだろう」

|゚ノ ^∀^)「『全然勉強してないのに良い点取れる俺カッケー!』だね」

ハハ ロ -ロ)ハ「そういうことだ」

j l| ゚ -゚ノ|「作中で述べられているように嵯峨ガナーが手加減するのは格下のみだ。同格以上の相手には全力で戦う」

|゚ノ ^∀^)「バスケにコールドはないからね……。手を抜いたり、遊んだりしちゃうのも仕方ないのかも」

251 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:38:14 ID:6CGNYrR20

|゚ノ ^∀^)「試合に関しては、特に言うべきことはないかな? ちょっと分かりにくかったかもだケド……」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン、誇らしいか?」

j l| ゚ -゚ノ|「何を言っているのだ貴様は」



ハハ ロ -ロ)ハ「ちなみにだが、十一話のオチに位置する『次やれば負けるからもうやらない』というクラマグチコテツの台詞は奴の不敗の理由の説明でもある」

j l| ゚ -゚ノ|「鞍馬口虎徹という人間は一度勝った人間とは再戦したがらない――要するに『勝ち逃げ主体』の剣士なのだ」

|゚ノ ^∀^)「二回目からは油断してくれなくなっちゃうからね」


ハハ ロ -ロ)ハ「……フン。ガナーが思った通りの姑息な小物だな。少なくとも、ガナーは認めた相手には『またやろう』と声を掛ける。勝っても、負けてもだ」

|゚ノ ^∀^)「そう考えると最後の一連のやり取りが二人の考え方の違いを如実に表しているとも言えるね」

252 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:39:19 ID:6CGNYrR20

j l| ゚ -゚ノ|「ただ、嵯峨ガナーの思考様式が取り組んできた競技に影響されているとは地の文で触れられた通りだが、鞍馬口虎徹もその点では同じくだ」

j l| ゚ -゚ノ|「実際の戦場では同じ相手との戦いは一度きり――負けた相手は死ぬことがほとんどだ」

|゚ノ*^∀^)「そういったことを考えれば、どんな手段を使ってでも油断させて、勝ちを拾っていく方が実用的なのかもね」

ハハ ロ -ロ)ハ「……フン。殺し合いの場で油断するような愚か者がいるとは思えないがな」


|゚ノ ^∀^)「ブーメランになってそうでなってない?」

j l| ゚ -゚ノ|「『凡人には負けない』というのは矜持であって油断ではない。この男は、あまり油断はしない」



|゚ノ ^∀^)「今回の話は全体として、次回以降の繋ぎの面が大きかったかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。初登場のキャラの紹介、回想、戦闘、退場までを一話で行なう一話完結の話は少なくなっていくだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ「フン。これまでも完全な一話完結は少なかったがな」

|゚ノ*^∀^)「ある程度前情報があってからの登場が多めだよね。今回も色んな人の情報が出たし」

j l| ゚ -゚ノ|「断っておくが、現実世界で登場した全員がそのまま参加者ということはない。それは留意して欲しい」

253 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2013/08/21(水) 08:40:13 ID:6CGNYrR20

ハハ ロ -ロ)ハ「では最後にタイトルの話だ」

j l| ゚ -゚ノ|「日本語のサブタイトルは言葉遊びではない。キャノンという生理学者が提唱した反応の名前から取られている」

|゚ノ ^∀^)「恐怖などのストレスを感じた時の反応を『闘争・逃走反応(fight-or-flight response)』と呼ぶから、そこからだね」

ハハ ロ -ロ)ハ「分かりやすく言えば、敵に出遭った際の交感神経が興奮する反応のことだ。瞬時に闘争か逃走を選択しなければならないことからこの名が付いた」

j l| ゚ -゚ノ|「どういう意図のサブタイトルかは読めば分かるだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ「闘争も逃走も『生存』という目的があってこそ行なわれる。そういうことだ」

|゚ノ*^∀^)「英単語の方は、ただ避けるのではなく、『意識して回避する』って意味の単語だね」



|゚ノ ^∀^)「そんな感じであとがたり、第十一話篇でした」

j l| ゚ -゚ノ|「今回あえて触れなかった部分はこれからの本編で明らかにされていくだろう。楽しみにしていて欲しい」

|゚ノ*^∀^)「そして次回は遂に野球回だよ!」

j l| ゚ -゚ノ|「いい加減戦え」


戻る 次へ

inserted by FC2 system