リハ*゚ー゚リ 天使と悪魔と人間と、のようです Part3
- 273 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:49:37 ID:xloBR4fk0
・登場人物紹介
【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他
|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。
空想空間での能力はなし。願いもなし。
j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。
空想空間での能力は『ダウンロード(仮称)』と『プレゼント・フォー・ユー』。
_
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。
- 274 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:50:19 ID:xloBR4fk0
【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。
( ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。「天才」と呼ばれる『ただ努力しただけの凡人』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。
ハハ ロ -ロ)ハ
神宮拙下(ハロー=エルシール)。三年理系進学科十二組所属。風紀委員会幹部。
誰もが認める『天才(オールラウンダー)』。保有能力は『読心』で、彼個人の能力は不明。
( ´Д`)
天神川大地。二年普通科五組所属。風紀委員会幹部。
元歌舞伎役者の女形。
- 275 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:51:06 ID:xloBR4fk0
【COUP(クー)】
ナビゲーターであるジョン・ドゥが招致した人間達が作ったチーム。
五人構成らしい。
ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
保有能力は『ハンドレッドパワー』。
イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。
保有能力は『残す杙(ファウル・ルール)』。
- 276 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:52:09 ID:xloBR4fk0
【その他参加者】
それ以外の参加者。
リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』。
願いは特になく、知的好奇心から戦いに参加している。またヌルのチームとも交流がある。
( "ゞ)
関ヶ原衝風。所属不明。
保有能力は「手にした物体を武器に変換する」というもの。
願いは自身の流派の復興。
( ^ω^)
ブーン。所属不明。
保有能力は『恒久の氷結(エターナル・フォース・ブリザード)』。
川 ゚ 々゚)
クルウ(山科狂華)。一年文系進学科十一組所属。二つ名は『厨二病(バーサーカー)』『レフト・フィールド』。
保有能力は『アンリミテッド・アンデッド』。
- 277 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:53:05 ID:xloBR4fk0
- 【その他参加者・続き】
イ从゚ ー゚ノi、
稲荷よう子。二年特別進学科十三組所属。図書委員長。
存在を人に気付かせず、意識されない。
ミ,,-Д-彡
伏見征路。三年普通科一組所属。
参道静路の従兄弟。
【詳細不明なキャラクター】
暗躍する参加者達。
灰色の軍服のようなものを纏いインカムを付けている。
(゚、゚トソン
都村藤村。通称トソン。
保有能力は『ディストピア』。
〈::゚−゚〉
イシダ。恐らく偽名。
保有能力は不明。
( `ハ´)
トソンの協力者だった人物。
- 278 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:54:03 ID:xloBR4fk0
【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。
(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。
( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。
i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。
_、_
( ,_ノ` )
ジョン・ドゥ。トレンチコートの壮年。
/ ,' 3
N氏。車椅子に乗ったイタリア系の顔立ちの老人。
ヽiリ,,-ー-ノi
佐藤。ワンピースの女性。自称「恋するウサギちゃん」。
( ´∀`)
トーマス・リー。ホンコンシャツの小太りの男。
|::━◎┥
匿名希望。パワードスーツを着ている。あるいはロボット。
- 279 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:55:03 ID:xloBR4fk0
【現実世界での登場人物】
主に現実世界で登場するキャラクター。
壬生狼真希波。
三年文系進学科十一組所属。中高共同自治委員会会長。
『人を使う天才』と称される非凡な人物。
烏丸空狐。
三年理系進学科十二組所属。真希奈の幼馴染。
通称『女王(クイーン)』。
壬生狼真里奈。
一年普通科七組所属。新聞部員。
真希奈の妹。
幽屋氷柱。
三年特別進学科十三組所属。弓道部部長。複数の武道で達人級の腕前を持つ。
良い人ではあるが善い人ではない才媛。
鞍馬口虎徹。
一年文系進学科十一組所属。剣道部部員。
鞍馬兼の親戚。
- 280 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:56:05 ID:xloBR4fk0
- 【現実世界での登場人物・続き】
嵯峨ガナー。
二年普通科四組所属。神宮拙下に認められた天才。
淳校バスケ部のエースの元『新星』。
水無月ミセリ。
二年文系進学科十一組所属。『怪異の由々しき問題集』の語り手。
高天ヶ原檸檬の数少ない友人の一人。
宝ヶ池投機。
一年文系進学科十一組の担任教師。生徒指導部の教員。
八瀬ゆうたろう。
生徒指導部の教員。生徒会執行部顧問。
鬱田独雄。
生徒指導部の教員で生徒指導主事。
- 281 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:57:14 ID:xloBR4fk0
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
- 282 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:58:05 ID:xloBR4fk0
――― 第十二話『 game ――私を野球へ連れてって―― 』
.
- 283 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 21:59:07 ID:xloBR4fk0
- 【―― 0 ――】
何かに向かって努力できることは素晴らしい
見ていて気持ち悪くなるほどに
.
- 284 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:00:05 ID:xloBR4fk0
- 【―― 1 ――】
テレビでは、何処かの高校の生徒達が泥だらけになりながら走り回っている。
隣のケージからは快音が響いていた。
こちらのマシーンからは球は吐き出されなくなったので外に出て、バッティングセンター内に設置してある自販機へと向かう。
少し悩んで炭酸を買い、ベンチに座って口を付ける。
妙な味の緑の飲み物を堪能しているとケージからバットを携え狂華が出てきた。
「あ、俺も」
そんな風に言って同じように自販機へと向かう。
ベンチに座ったまま少年はテレビで流れる高校野球を見ていた。
戻ってきた狂華に、ふと、虎徹は訊ねた。
「ねぇ狂華君」
「ん?」
「野球って楽しかった?」
- 285 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:01:06 ID:xloBR4fk0
かつては野球少年だった友人に向かっての問い。
答えなんて聞くまでもない。
楽しくなかったら何年もやっていないはずだと思ったからだ。
だが答えは「勿論」や「楽しかったよ」というものではなかった。
「うーん……。悪いけど、そこそこかな」
「はあ、そこそこなの?」
「楽しくなかったわけじゃないけど、悪いけど本当に楽しくて仕方ないなら今も続けてる」
確かにそうだ。
そして多分今もそこそこには好きなのだろう。
こうしてバッティングセンターに来て快音を響かせる程度には。
「……野球は年齡上がるほど上下関係厳しくなるからそれが嫌だったっていうのはある。悪いけど、俺には美徳には思えなかった」
体育会系的な価値観というか。
何か、そういうものが。
- 286 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:02:04 ID:xloBR4fk0
「なんだがあの人みたいなんさ。えーっと、前に何処かの監督してた……」
「ああ、分かった分かった。そう言えば上下関係が嫌で野球辞めたって逸話があった。悪いけどそんな感じ」
「はあまあ、上下関係で言えば武道もそうだと思うけど」
「悪いけど武道ならムカつく先輩を練習中にボコボコにしても怒られない。野球はチーム競技だから」
そうして「きっと」と狂華は続ける。
「野球は九人いないとできないから面白い。……けど、きっと俺には向いてなかったんだろう。『皆と仲良く頑張る』ってやつが」
どれほど実力と才能があったとしても適性がなかったのだろう。
チームで戦うということに向いていなかった。
つまりは、それだけだった。
「はあ。そんなもんか」
「悪いけどそんなもんだよ」
- 287 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:03:04 ID:xloBR4fk0
テレビの中でグラウンドを走り回る高校生達。
何かが違ったら、山科狂華もあの中にはいたのかもしれないと虎徹は思った。
……自分がああして頑張ることは絶対にないのだろうけど。
でも打席に立つ狂華の姿は見てみたかったと思う。
こんなバッティングセンターのケージではなく、太陽の下でエースと相対する姿を見てみたかった。
「…………ああ、でも一つ思い出した」
と。
立ち上がりながら狂華が言った。
そうしてマイバットを手に取り慣れたように構えを取って続けた。
「俺はスポーツが好きだけど、好きな理由は正義とか悪とかがないからだ。誰もが一生懸命で何もかもが真剣勝負で、貴賎がない。そういうのが好きだった」
そして、スイングを一つ。
一拍置いて呟く。
「今も好きだ」と。
- 288 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:04:18 ID:xloBR4fk0
- 【―― 2 ――】
野球場だった。
淳中高一貫教育校の中にある、普段は野球部の紅白戦や一軍の限られたメンバーしか使用できない場所だ。
小規模ながら観客席も備え付けられた球場、その一塁側のベンチに参道静路はいた。
「……それにしても、すげぇわ」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
自分がここにいて良いのだろうかと。
どういう感じで振る舞えばいいのか。
生徒会長に「今から野球するから」とここまで連れて来られた。
この球技大会最後の催し、野球部と生徒会のエキシビションマッチについては聞いていたので準備もしていた。
しかし心の準備は疎かだった。
観客席は六割ほど埋まっている――どれくらいの生徒が来ているのか検討も付かない。
応援団も揃っており、まるで本当の公式戦のようだ。
何よりもまさか、生徒会チームにこんなメンバーが集まっているとは思ってもみなかった。
- 289 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:05:04 ID:xloBR4fk0
と、その時、ザザッというノイズ音に続けて放送が始まった。
響くのは少し高めの男の声。
『あーあー、マイクテスマイクテス。良い子の諸君、聞こえてますかー!?』
『兄者。仮に聞こえていて、しかも聞いていた皆さんが返答をしてくれたとしてもこの放送席までは流石に届かないと思うぞ』
『声が小さいぞー!』
『兄者。恐らくだが、誰も返事はしていないと思うぞ』
合いの手、というよりツッコミを入れているもう一人の男は声質は似ているがトーンが低い。
どうやら放送席には実況として二人の人間が配置されているらしい。
その実況の二人が自己紹介を始める。
『というわけで! 今日の実況は放送部の名物兄弟――あまりにも流石な生き様故に「流石兄弟」と呼ばれる俺等兄弟、兄の方の流石兄者と!』
『兄者。異称を当事者自身が付けるのはどうかと思うぞ。……弟の方、流石弟者だ』
- 290 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:06:10 ID:xloBR4fk0
やっぱりか、とジョルジュは溜息を一つ。
案の定というか放送席にいるのは放送部の双子――『流石兄弟』らしかった。
二人はこの淳校でもそれなりに有名な部類に入る生徒だ。
ただ、その有名さは生徒会長である高天ヶ原檸檬が政治家やアイドルだとすれば、彼等は漫才コンビ。
面白キャラとして知名度のある兄弟だった。
『では早速仕事をしようじゃないか弟者よ! 生徒会長と自治会長曰く、今日の役目が恙なく終われば部費もぶひぶひらしい』
『兄者。「部費がぶひぶひ」という言葉の意味が分からないぞ。そして始まって数秒の現時点で既に恙ない放送とは言い難い辺り、流石だな兄者。期待を裏切らない』
『俺は生まれてこの方期待を裏切ったことがない男だ!』
『兄者。「裏切る」とは「信頼・信用」が前提になければできないことであり、そもそも信じてもらえなければ裏切ることもできないぞ』
『流石は俺の弟、含蓄あることを言うな!』
『兄者。今のは壬生狼自治会長の受け売りだぞ』
心底どうでも良い流石兄弟の雑談がいつもの調子で続いていく。
一体こいつ等は何をしにやって来たのか、ひょっとして漫才をしに来たのかと球場の生徒達が思い始めた頃だった。
- 291 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:07:04 ID:xloBR4fk0
『……おや、どうやら両チームの選手が揃ったらしい! そろそろメンバーの紹介を始めようか!』
『兄者。ではチーム生徒会――「生徒会長と愉快な仲間たち」のメンバーを紹介しようか』
どうやら今までのトークは準備が整うまでの時間稼ぎだったようだ。
各選手が各々アップを続ける中、流石兄弟は選手紹介を始める。
その一人目は。
『生徒会チームなんだから彼女がいなければ始まらない! まずは生徒会長――高天ヶ原檸檬選手だ!!』
『高天ヶ原檸檬選手は四番で投手だ。ピッチングにもバッティングにも期待だな』
『俺は揺れる胸にも期待したいな!』
『兄者。放送が中止になりかねない発言は謹んで欲しいぞ』
『今のはなしだ! 考えてみればスポーツブラだろうな!胸が大きかろうが揺れるはずがない! 現実は厳しいな!』
ハルトシュラーとキャッチボールをしていたレモナが帽子を取り、観客席に向かい微笑む。
歓声と拍手が巻き起こった。
- 292 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:08:05 ID:xloBR4fk0
二人目は。
『続いて、誰もが畏怖するこの学校の正義の味方! いや正義そのものか!? 風紀委員長――ハルトシュラー=ハニャーン選手!』
『ハルトシュラー選手は三番、意外にもキャッチャーだ。この采配にどんな意味があるのか楽しみだな』
一部から黄色い歓声が上がった。
ハルトシュラーはクールに軽く帽子を上げて応えるとアップを再開する。
次いで、三人目。
『さて続きましては、超高校級の戦術家! ここが希●ヶ峰学園ならそんな煽りが付きそうだ! 自治委員会委員長――壬生狼真希波選手!』
『兄者。自治会長は監督だ。ベンチには登録されているが試合には出ないと思われるぞ』
『そうなのか? 流石は俺の弟だ。頼りになるな!』
素振り中の山科狂華と話していた壬生狼真希波は観客席に一礼。
そうしてベンチに戻って行く。
- 293 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:09:06 ID:xloBR4fk0
続いて。
『同じくスターティングメンバーではないが、マネージャーは図書委員会委員長稲荷よう子選手だ! 今日もツインテが魅力的だな!』
『今日は持ち前の記憶力でスコアブックを付けることに尽力するらしい』
更には。
『ある意味野球部にとっては一番やり辛い相手か!? 運動部ならお世話になる人も多いだろう、保健委員会委員長の横堀淀選手!』
『委員長は八番レフトでの出場だ。陸上部の実力を見せて欲しい』
そう。
生徒会チームに集まっていたメンバーとは――淳高四委員会の委員長だった。
自治委員会。
風紀委員会。
図書委員会。
保健委員会。
淳高四委員会の長が全員集っていたのだ。
- 294 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:10:12 ID:xloBR4fk0
改めて思い知る。
ああ、あの人はこの学校の生徒会長なのだと。
彼女が声を掛ければ、この程度のメンバーは集ってしまう。
この時点でエキシビションマッチは生徒会対野球部ではなく生徒会及び委員会連合軍対野球部の勝負となっていた。
学園の管理者と本職の高校球児との総力戦。
『さて続いては――注目選手が目白押しで誰から紹介すれば良いか迷うな!』
そしてそれだけではない。
それ以外のメンバーも酷くマジだった。
風紀委員会幹部の三人や自治委員会の副委員長などの各委員会の中核人物。
加えてざっと見回しただけでも幽屋氷柱等の十三組生、女子ソフトボール部の四番、陸上部のスプリンター、あの『女王(クイーン)』までもが揃っている。
かつては野球少年だった山科狂華はまだしも、その彼と午前中鎬を削っていたバスケ部のエースがいるのはどういうことだ?
……何よりも、何故このメンバーの中に自分がいるのだろう?
「(『生徒会役員枠』ってことか……?)」
- 295 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:11:19 ID:xloBR4fk0
もしそうだとするならば贔屓の引き倒しも甚だしい。
しかも、自分は九番だがスタメンなのだ。
と。
「…………はあ。そんなに緊張するとミスするよ、ジョルジュ君」
只者ではない雰囲気を漂わせている(気がする)面子の中では珍しい威圧感皆無の生徒に話し掛けられた。
覇気のない声に振り向く。
ジョルジュに声を掛けたのは、今は一応の師匠でもある鞍馬口虎徹だった。
「アンタも呼ばれてたのか」
「はあ、まあ。剣道部の代表みたいな感じなんさ」
「なんかアンタ見てると安心するわ」
「どういうことだ」
どういうことも何もそのままの意味だった。
- 296 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:12:09 ID:xloBR4fk0
しかし虎徹は慣れっこなのか、「それはそうと」と流し話題を変える。
「別にジョルジュ君が選ばれてるのは贔屓とかじゃないし、安心してプレイすれば良い」
「贔屓じゃないって……なんでアンタがそんなこと分かるんだ?」
「君の上司に聞いたから」
つまりそれはメンバーを選んだ生徒会長に聞いたということだ。
そんな機会がいつあったのか、もしかしたら普通に知り合いなのかと思いつつ、ジョルジュは先を促す。
鞍馬口虎徹は言った。
「君がスタメンなのは単に、野球の経験があるからなんさ。このチームには野球やったことすらない人間が何人かいるし」
「俺がやったことあるのは草野球やキャッチボールだけなんだが……」
一転して心配になってしまう。
今までは「こんな面子の中でどうすれば良いんだ」という不安だったが、今感じている感情は「このチームは大丈夫か?」という心配だ。
『生徒会長と愉快な仲間たち』は生徒会長を初めとしてスペックが高い生徒ばかりだが、今日行なうのは各々の得意分野ではなく、野球部相手の野球なのだ。
- 297 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:13:09 ID:xloBR4fk0
- 【―― 3 ――】
さて。
選手紹介と同時進行で行われたウォーミングアップが終わった後、チーム生徒会は一塁側ベンチに集っていた。
一般的にホームチームが使う一塁側を生徒会が本拠地にしていることから見るにこの球場は野球部一軍の練習場ではなく校舎の一部ということなのだろう。
作戦会議に際し円陣を組むかどうかをまず議論したが、結果としては各々自由な姿勢で良いということに決まった。
一応今は一つのチームだが、言ってしまえばそれぞれ所属の違う寄せ集めの集団だ、無理に連帯感を求めるのもおかしいということだろう。
「それってつまり個人技勝負ってことだと思うけど……悪いけど、毎日野球やってる人間に野球で勝てると思ってるの?」
声だけでも分かる泥沼のような異常な気配も今日は何処か爽やかだ。
元野球少年の山科狂華の尤もな指摘に鼻で笑いつつ意義を唱えたのはベンチのど真ん中で脚を組み座っている灰色だった。
「フン、勝てないと思っていては勝てる勝負も勝てなくなる。『打てない』と思った瞬間に既に三振という結果は確定だ。そういうものだろう、野球は」
「まあいいけど。ソフトはそうだし、野球もそうでしょ?」
女子ソフトボール部のキャプテンにもそう返され、「それはそうですけどね」と笑みを浮かべる狂華。
- 299 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:14:11 ID:xloBR4fk0
次に口を開いたのはリーダーである生徒会長高天ヶ原檸檬だ。
「とりあえず、スタメンはアナウンスの通りだケド……今日調子が悪いとかで出たくない人いる? 今なら変更間に合うかも」
「一つ聞いておきたいんだけど、生徒会長がピッチャーで大丈夫なのか?」
四番でピッチャー。
そんな漫画のようなオーダーにしてしまったレモナに異を唱えたのは四委員長の一人。
保健委員会委員長横堀淀だった。
「冗談で言っただけなら、ソフト部の彼女か、その……そうでないなら自分に変えた方が良いんじゃないか?」
十三組の化物に向かって「自分と変われ」と言う辺り、映画ならば「通行人C」というような容姿の彼もやはり只者ではないのだろう。
だが、然もありなん。
彼が陸上部で取り組んでいる競技は砲丸投げなのだ。
野球部相手には比べるまでもないが、素人がやるよりは自分が務めた方がよほど投手らしい働きができると考えるのは当然の発想と言えた。
「そうだな」と横堀の発言に同意したのはベンチ脇で腕を組み壁にもたれていた黒髪の少女。
本来ならば今年度から十三組に移籍するはずだった淳高の才媛の一人だ。
- 300 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:15:28 ID:xloBR4fk0
彼女、『女王(クイーン)』こと烏丸空狐は言う。
「素直に言うが私は負けることが大嫌いだ。生徒会長殿が無様な姿を見せようものなら即座にマウンドから引き摺り下ろすつもりだが、覚悟はできているか?」
自分はスタメンではない(日焼けが嫌だからと断った)のにも関わらず、この驕矜な物言いが彼女の彼女たる所以だ。
隣に立っていた自治会長の「すまない、私の友人は正直者で」と謝罪なのかそうでないのか判断に困る言葉に頷いて生徒会長はこう返す。
「僕がもし炎上することがあったら、即変わるよ」
「炎上してからでは困るのではないですか? 勝ちにくくなりますし」
何かを確かめるようにゆっくりと素振りをする幽屋氷柱が言う。
アンタも勝つつもりなのかよ、てか絶対野球とかやったことないだろ、というツッコミをすんでのところでジョルジュは飲み込む。
やはり十三組は変な奴ばかりだ。
「じゃあ、やばそうなら変えてもいいよ――ね、監督?」
このチームの先発投手はそう言って視線を壬生狼真希波へと向けた。
- 301 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:16:08 ID:xloBR4fk0
一重の自治会長は首肯し、口を開く。
「私の想像した限りでは三回までは確実に持つ。今回の勝負は五回だ。三回以降、向こうの打線に掴まりそうなら交代させよう」
そんな風に真希波は言った。
『超高校級の戦略家』とも呼ばれる壬生狼真希波の発言の意図はジョルジュ程度の人間には分からないので周囲を伺う。
他の生徒達も理解しているのかどうか怪しいところだが、その言葉に対し烏丸空狐は「お前がそう言うなら私は構わない」と告げ、横堀淀も頷き賛成する。
幽屋氷柱にしてもそうで「あなたが言うことなら間違いはないでしょう」と言わんばかり。
ハルトシュラーも否定はしないので風紀委員の三人組も異を唱えることはなく、残りの運動部は「じゃあそれで」と乗っかる形になった。
そう、一連の流れを見れば分かるように、これだけのメンバーを集められたのは「生徒会長のカリスマ故」だけではない。
むしろその部分は少なく、どちらかと言えば壬生狼真希波という人間が声を掛けたからこそ集まった面が大きい。
「(伊達に『人を使う天才』と呼ばれてるわけじゃない、ってことかな。生徒会長だけが選手を募ったのならここまでのチームにはならなかった)」
意見を特に求められず、求められたとしても何も言うつもりはなかった鞍馬口虎徹はそんな風に考え、直後にその思案を否定する。
恐らくこの生徒会長はそれを理解した上で最初に壬生狼真希波に声を掛けている。
つまり、自分個人の力では不十分だと考え、自分以上の人望と人脈を有する自治会長を巻き込んだ。
- 302 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:17:05 ID:xloBR4fk0
そう考えてみると、『天使』とまで呼ばれる高天ヶ原檸檬もかなり人間的な巧さを持っていると言える。
彼女も彼女で伊達に千を超える生徒の代表ではないらしい。
と、その生徒会長が言った。
「僕が交代するのは良いんだケド……じゃあ、勿論皆も同じルールでいいよね?」
「同じルール?って、すみません、それは……」
「そうだよ。僕がヤバそうで交代なら、同じように他の皆もヤバそうなら即交代でいいよね?」
天使は見回し人間たちを見る。
嘲笑、そしてプレッシャーをかける眼差し。
だがここに集った生徒のほとんどは各自が取り組む分野では一流の天才ばかりだ。
それは「自分なら野球でも上手くやれる」という自信がある人間ばかりということを意味する。
その自信に見合うだけの成果を各々残してきているのだ。
……ミスったら速攻代えられちまうなと改めて気を引き締めたジョルジュや誰もミスるな交代したくないと願う鞍馬口虎徹の一部を除いては。
なので当然のように異論は出なかった。
- 303 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:18:05 ID:xloBR4fk0
各々が競技者である為にこの辺りはかなりシビアだ。
大事なのは結果を出すこと。
このエキシビションは余興ではあるが一応は試合なのだから。
とは言っても球技大会で行われた他の種目と同じように、あまり厳格に公式なルールを遵守することはない。
なんなら生徒会側は今から観客席に行って交代要員として誰かを引っ張ってきても許される。
あくまでも、この試合は「お遊び」だ。
ただの余興であると同時に勝負でもあるから本気で取り組むというだけの話である。
「で、どうしよっか。三振したら交代でいい?」
「いいわけねぇわ!どんだけ厳しいんだ!? もしくはどんだけ自信があるんだ!?」
無茶苦茶な提案にジョルジュは思わずツッコんでしまう。
三振で即交代なんて野球という競技を知らないんじゃないかと思わざるをえない。
同意したのは生徒会チームで最も野球に精通している山科狂華だ。
「すみません、流石にそれはやめておいた方が良いです」
「自信ないのかな?」
- 304 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:19:03 ID:xloBR4fk0
「すみません俺は自信があります。これでも昔は無三振の記録を持ってたくらいですから。出塁率もチームトップでしたし」
さらりと凄いことを言い、「ですが」と続ける。
「生徒会長を始めとしてこのチームは優秀な人間が揃っているとは思います。ですがすみません、向こうのエースだって優秀な選手です」
「……俺よりも?」
やっと音楽を聴くことをやめヘッドホンを外したバスケ部のエースが訊いた。
狂華は迷いなく答える。
「こと野球という競技においては先輩よりも」と。
「淳高野球部のエース、氷室の投げる球はほぼストレートのみです。ただし――その球速はMAX154キロ。並のプロ選手より、遥かに速い」
一般的な高校球児(投手)の球速は120キロ前後。
130キロ〜140キロ手前までを安定して出せればピッチャーとしてかなりのもので、常から140キロを超えるとトップクラスと言える。
そして高校時点で150キロオーバーの場合、まず間違いなく名前が残るレベルの選手になる。
このベンチに集った生徒達がそれぞれの分野で一流であるのと同じように、向こうのエースは野球において「化物」と呼ばれる類の選手なのだ。
- 305 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:20:08 ID:xloBR4fk0
- 【―― 4 ――】
三塁側のベンチには淳高野球部のレギュラーが粗方集合していた。
流石に監督まではいないが、ほぼ公式試合と同じ面子、同じスターティングメンバーが揃っている。
生徒会チームを警戒し万全を期して――ではない。
このエキシビションは淳中からも見学に来ている生徒が多いために来年度の勧誘を見据えた宣伝目的というのも大きかった。
素人相手に大人げないと言えばそうなのだが、レギュラーと対戦したいというのは生徒会長からの申し出であり、少し相手をしてやる程度手間ですらない。
相手が十三組の化物、そして淳高四委員長であっても野球部である自分達が野球において負けるわけがない。
……というようなことを話していたところ、監督から「じゃあ万が一負けた場合は分かってるな?」と釘をさされてしまった。
「(普通の試合前よりも緊張感あるかもしれない……)」
監督の言葉を思い出し、唯二の一年生レギュラーである内田はかなり怯えていた。
負けるわけがない……と思うのだが、相手が相手だけに怖い(そして負けた場合にどうなるのか分からないのも恐ろしい)。
と。
「ばーか。何辛気臭い面してんだ」
- 306 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:21:12 ID:xloBR4fk0
肩を組んできたのは同じく一年生にしてレギュラーになった氷室だった。
他のレギュラーは三年生がほとんどなので、気を使ってか、こうして話し掛けてくれることも多い。
「氷室さん……」
「俺が投げるんだ、お前の守備位置まで球が飛ぶことはねえよ。打撃にだけ専念しろ」
「……そうですよね」
そうだ。
生徒会長がどんな化物だとしても彼女が専門としているのは格闘技の部類だ。
野球とは全く違うものだし、こちらにだって化物ならいる。
この化物ピッチャーが。
少し緊張が緩んだその時だった。
「あまり敵を舐めない方が良い。……先輩からの忠告だ」
そう声を掛けたのは同じく投手の三年生。
特待生として氷室が入学しなければエースになるはずだった高雄だった。
- 307 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:22:06 ID:xloBR4fk0
「大丈夫ですよ先輩。……強いて警戒する相手がいるとすれば狂華だ。奴さえ抑えれば怖くはない」
後輩の言葉に「そうか」とだけ頷き黙る高雄。
この数秒のやり取りだけでベンチの緊張が増した気がした。
氷室や内田は淳高に特待生として入学した生徒だ。
対し、野球部の大半は淳中からそのまま持ち上がってきた生徒達。
地元生と外部からの推薦組と。
その二つの派閥で淳高野球部は僅かだがギスギスとした空気が漂っていた。
「ま、そんなに自信があるんなら好きに投げてみろ……つっても、お前はいつも好きに投げてるか」
仲裁に入るような形で話に入ってきたのは主将の原谷だ。
「ええ。今日も任せてください」
「ああ任せた。向こうもエースで四番だしな、エースで四番同士の勝負ってわけだ」
「大丈夫ですよ。負けませんから」
- 308 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:23:20 ID:xloBR4fk0
地元生の中では内田達にも気さくに声を掛けてくれる先輩の一人だが、彼だって元は四番なのに今は五番に変更された。
杞憂であることを祈るが、もしかしたら彼も自分達のことを疎ましく思っているのかもしれない。
他地域から野球センスのある生徒を入学させること。
他の高校ではほとんどが外部の生徒ということもあると聞いている。
別に規則には反してないし、事実淳高野球部も強くなった。
だが野球は一人でやるスポーツではない。
「(漫画みたいに露骨に対立してたらまだ分かりやすいのに……)」
表面上は一つのチームとして機能しているし結果も残している。
単に、少し息苦しい感じがするだけだ。
そしてそれさえも内田の気のせいかもしれない。
「(漫画ならこういうチームは仲良しこよしなチームに負けるものだけど、向こうも寄せ集めだし、漫画みたいにはいかないな)」
自分の隣に漫画みたいなスペックの高校球児が座っていることもすっかり忘れて彼はそんな風に思っていた。
- 309 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:24:08 ID:xloBR4fk0
- 【―― 5 ――】
快晴の下、両チームの選手が本塁前に一列に並ぶ。
方や野球部のユニフォーム、方や淳校のユニフォームとも言える学校指定のジャージだ。
挨拶を行い、球審の号令に呼応してジャージ姿の生徒会チームがそれぞれ守備位置に向かった。
ピッチャーは本人の希望でチーム生徒会のリーダーたる高天ヶ原檸檬。
相手役たるキャッチャーを務めるのは彼女の希望でハルトシュラー=ハニャーン。
ファーストは兄とキャッチボールをよくしていたという生徒会役員参道静路。
投手と同じく本人の希望でセカンドは弓道部の才媛幽屋氷柱。
最も守備の難しいショートは女子ソフトボール部の主将の向島瑠璃。
サードは休学中だが特別に参加することになった鞍馬兼。
外野で最も守備機会が多いと思われるライトは野球経験者である山科狂華。
守備範囲が広いセンターはバスケ部のスコアラーの嵯峨ガナー。
最後にレフトは肩の力が強いだろうということで砲丸投げの選手である横堀淀。
チーム生徒会の布陣はこれで出揃った。
「―――さあ三回ミスしたらスリーアウトで交代だよー。最初に交代することになるのは誰かなー? しまってこーぜ!!」
そして、マウンド上の高天ヶ原檸檬の何故か敵ではなく仲間に威圧感を与える一言でいよいよ試合が始まる。
- 310 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:25:08 ID:xloBR4fk0
打席に入ったのは一年生レギュラーの一人、内田だ。
六割方埋まった観客席では通常の試合と同じように応援団も駆け付けており、応援歌を演奏してくれている。
見れば反対側の席には吹奏楽部を始めとした生徒で臨時の応援団が組織されていた。
この学校はノリの良い生徒ばかりなのか、それとも生徒会長や四委員長の人望が飛び抜けているのか、どちらなのだろう。
しかし、なんにせよ。
こんな大勢の観客の前で無様な姿を見せるわけにはいかないし、野球一筋の人間として寄せ集めの生徒会チームには負けたくない。
「(さあ……来い!)」
バットを構える。
マウンド上の生徒会長はあの特徴的な笑みを浮かべた。
ワインドアップポジション、『一人生徒会(ワンマン・バンド)』と呼ばれる少女は大きく振りかぶり―――。
「(え、ちょっと待てよ……!)」
―――そのまま大きくこちらを背中を見せるように上半身を捻り、一気にボールを放った。
- 311 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:26:04 ID:xloBR4fk0
気付いた時には球審がストライクを宣言していた。
驚きのあまり見逃してしまった。
しかし予想できただろうか――素人であるはずの生徒会長が、まさかトルネード投法で投げてくるなど。
「マジかよ……」
しかも、それだけではない。
先のストレートは130キロ近く出ていたように見えた。
高校生で130を出せればピッチャーとして優秀だ。
当然素人が投げられる速度ではない。
どころか、日本の女子プロ野球の投手は130キロに届かない程度の球速だったはずだ。
『化物』――そんな言葉が頭を過ぎった。
「(……どんなセンスをしてるんだ。どれだけ才能があるって言うんだ。無茶苦茶だ)」
三年生のピッチャー高雄は調子が良くなければ130キロは出せない。
素人が力任せに投げてもそんな速度は出ないし、そもそも力任せに投げてはストライクに入らない。
- 312 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:27:23 ID:xloBR4fk0
一頻り戦慄し、ワインドアップを見て内田は気を取り直す。
驚くのは後で良い。
今は打つ必要がある。
確かに素人としては常識離れしたほどに速い。
だが、内田は氷室の150キロを超える豪速球を日常的に目にしているのだ。
「(だから今更打てないってことは……ない)」
狙いはストレート一択に絞る。
流石に変化球は投げられないはずだ。
そちらは捨てる。
そうしてマウンドの高天ヶ原檸檬が片足を上げ身体を捻る。
投げられる。
「(ど真ん中直球――もらった!!)」
ストレートと認識すると同時にバットを振るった。
- 313 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:28:06 ID:xloBR4fk0
次の瞬間だった。
バットが弾かれた。
手首に強い衝撃が伝わると同時にボールが空高く飛んだ。
打ち上げられたボールは、内野すら越えない。
マウンドの生徒会長が笑みを浮かべ、見上げることもないままにボールを取った。
「―――三振が良かったんだけどなぁ……。まあいいや」
そう言って天使は笑った。
ピッチャーフライ。
ワンアウト。
「(そんな……いや、でも……)」
ほとんど呆然とした状態でベンチに戻る。
高雄がぽつりと一言、「だから敵を舐めない方が良いと言った」と呟いた。
- 314 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:29:08 ID:xloBR4fk0
- 【―― 6 ――】
生徒会長が先頭打者を打ち取ったことにより球場は一気に盛り上がっていた。
続く二番もショートゴロに倒れた。
あっという間にツーアウトになった野球部ベンチで四番の氷室が言う。
「……俺まで回らないんじゃないか?」
既に二死なので三番打者が出塁しない限りチェンジとなる。
氷室の予定では二回くらいまでにコールドにする予定だったのだが現状では程遠い。
「ここから見た限りではただのストレート……多少速いが、普通の球に見えるぞ。制球はかなり心許ないみたいだが」
変化球を織り交ぜているわけでもない。
コーナーを突いているわけでもない。
球速も素人としては異常なレベルだが氷室の球を見ている淳高野球部なら打てないほどでもないはずだ。
なら、何故こんなことになっている?
- 315 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:30:18 ID:xloBR4fk0
と、内田が言った。
「それが氷室さん。どうも生徒会長が投げてる球、ストレートじゃないみたいなんです」
「ストレートじゃない?」
疑問に答えたのは五番である原谷だった。
既にバッターはファウルを重ねている、彼まで回る確率は酷く低い。
「そうだ。うちの生徒会長は、素人なんだから当然だが、一球種しか投げれない。そしてそれがストレートじゃないんだよ」
「どういうことですか」
「言葉通りさ。ストレートじゃないんだ」
そう、今マウンドの十三組の化物が投げているのは―――。
「あの生徒会長が投げているのはムーヴィング・ファストボールだ」
- 317 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:31:29 ID:xloBR4fk0
- 【―― 7 ――】
「手を抜いてる……わけはないですよね」
「そうだね。向こうも本気のはずだ」
「じゃあなんで生徒会長の球が打てないんっすか? 会長の魅力にやられて……とかじゃないですよね」
それもあるかもしれない、と壬生狼真希波は笑う。
冗談にもならないですよ、と鞍馬口虎徹は溜息を吐いた。
「野球部の諸君が打てていない理由はちゃんとある」
どれほど才能に満ち溢れているとしても高天ヶ原檸檬は野球においては素人だ。
遊びでやることくらいはあるので最低限のルールや動きは把握しているが、それで野球部のレギュラーを抑えられるわけがない。
だから、ちゃんとした理由がある。
真希波は人差し指から薬指までの三本の指を立てる。
そうして「一つ目に」と前置き薬指を折ると話し始める。
- 318 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:32:11 ID:xloBR4fk0
「まず一つはあのフォームにある」
「はあ。トルネード投法……ですか」
「そうだ。あの投法は並進運動と筋肉の反発作用から球速が出やすいとされている。見ての通り、全身を連動させて投げているからね」
代わりに通常の投球フォームとは異なる方式である為に習得は困難であり、飛び抜けたバランス感覚が必要だ。
淳校でも最高のボディーバランスを持つ彼女であればこそ可能であると言えるだろう。
「片手で逆立ちができるとか、片足でボールの上に立てるとかって聞いたことはありますが……」
何処までも埒外な少女だと虎徹はまた溜息を吐いた。
「トルネード投法の利点は球速が出やすいだけではないよ」
「はあ、どういうことですか?」
「特性としてリリースポイントが分かりにくく、タイミングが取りにくいことが挙げられる」
- 319 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:33:10 ID:xloBR4fk0
加えてアンダースローと同じように使用する投手が少ない為に打者からしてみると普通のストレートでも勝手が違うのだ。
リリースポイントが分かりにくい上に、練習すらできない。
初見で攻略しなければならないということだ。
「そういった理由からそもそも打ちにくいということが一つ目だ。二つ目に、」
と、真希波は中指を折る。
「ピッチングにおいては球速よりもコントロールが重要とされている。だが彼女はコントロールを捨てている」
素人であるはずの高天ヶ原檸檬が130キロ近い球速を出せる理由は三つ。
一つ目にフォーム自体が速球を投げやすいということ。
二つ目に筋肉の付き方が素晴らしいことや170センチを超える女子としてはかなりの長身であること。
そして三つ目にコースを狙って投げていないからだ。
厳密にはレモナも狙って投げている。
彼女はストライクゾーンを狙って投げている。
つまり――ストライクゾーンに入れることだけを考えて投げているのだ。
- 320 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:34:07 ID:xloBR4fk0
「はあ。まあコースを狙わなければ速度が上がるのは当然ですが、それだとど真ん中に行くんじゃないですか?」
「ちゃんとしたピッチャーならば、あの氷室君ならばそうだろうね」
だが。
素人が真ん中(ストライク)を狙って投げたとしても――真ん中には行かないのである。
コントロールが悪いピッチャーはド真ん中に投げてしまうのではなくストライクが取れないのだ。
すると、何が起こるか。
「ピッチャーにもキャッチャーにも何処にボールが行くか分からない駆け引きの通じない状況」が出来上がってしまう。
「外角か内角か。高めか低めか。球種の他にバッターはそういったことも考えるが、その駆け引きができない。思った通りの場所に行かないのだからね」
ヤマを張ることができない。
最早打者としては「来た球を打つ」か、「粘って四球を選ぶ」かという二択しか選べない。
「……ああ、なるほど。だから風紀委員長がキャッチャーをやってるわけですか」
「そう。このチームの中で最も動体視力が良く反応速度が速い人間が捕手を務める必要がある」
- 321 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:35:28 ID:xloBR4fk0
コース通りに投げられないわけなので配球を組み立てることもできない。
故にキャッチャーは投げられた瞬間に何処に球が来るかを予測しミットを動かすことが求められる。
それができそうだったのが、ハルトシュラーだけだった。
レモナはストライクを狙ってしか投げていないが、それは安易に外そうと思うと暴投になる恐れがあるからだ。
デッドボールになるかもしれないし、ハルトシュラーの能力を以てしても捕球できないかもしれない。
「無茶苦茶ですね……」
「そうだね。『コントロールが良くなることは新たに変化球を覚えるくらいに価値がある』とあるクローザーは言ったらしい。全く真逆だよ」
「その真逆でアウト取れてるってことは皮肉ですよね」
「一試合しか通用しない戦法だがね。四球や球数が多くなるから本格的にやるのならば論外だ」
むしろ一試合でも通用していることが奇跡とも言える。
「さて、では三つ目だ。これが野球部の諸君が打てない最大の理由だ」
「タイミングが取りづらい、駆け引きが通用しない、以上の理由ですか」
- 322 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:36:11 ID:xloBR4fk0
全ての指を折り終わった真希波は言う。
「三つ目の理由は、彼女が投げているのがストレートではなくファストボールだということだ」
ストレート(直球)――ではなく、ファストボール(速球)であるということ。
素人目には分かりにくいが、この二つは大きく違う。
高天ヶ原檸檬が投げている球はムーヴィング・ファストボールだった。
「正確にはカット・ファスト・ボールだ。あるいはツーシームかな」
「はあ……。速い変化球でしたっけ」
「高速で変化する速球の一種だよ。高校生の、況してや素人が投げられる類の球種ではないね」
そもそも『ストレート(直球)』という球は『ファストボール(速球)』の一つだ。
ボールが一周する間に縫い目の線を四回通過する向きで投げられる『フォーシーム・ファストボール』を日本では特に『ストレート』と呼ぶ。
綺麗なバックスピンをかけることができる為に最も球速が出やすいとされている。
野球を初めて習う人間がまず習う球種で、基本でありながら最も打ち難いとも言われる球だ。
- 323 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:37:15 ID:xloBR4fk0
が。
高天ヶ原檸檬はこの『ストレート』を投げることができない。
リリースの瞬間に切るように投げてしまう為にバックスピンが掛からず回転軸がズレており、結果打者の手元で微妙に変化する速球になってしまうのである。
「単なる癖か、それとも意図的なものかは分からないがね。彼女の球は真っ直ぐ進まない」
それこそが野球部のナインが彼女の球を打てない理由。
直球と見分けが付かず手元で鋭く変化する――真芯で捉えたはずなのに外される。
タイミングが取り難く。
配球を読むこともできず。
更に微妙に変化する。
「はあ……本当に滅茶苦茶ですね。どうしようもないじゃないっすか」
「いや、そうでもないよ」
真希波は否定する。
だからこそ「三回までは持つ」という言い方をこの監督はしたのだ。
マウンドでは三人目の打者をレモナは見事に三振に打ち取ったところだったが、無論、このままで終わるほど甘くはない。
- 324 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:38:06 ID:xloBR4fk0
- 【―― 8 ――】
一通り説明を聞き、内田は思わず漏らす。
「そんな無茶苦茶な……」
無理からぬことだった。
素人がトルネード投法で高校球児並の球速を出しストライクに入れるだけでも異常なのに、更にその球はプロが投げるような速球なのだ。
現実の高校生はフィクションの世界とは違ってキレの良いカーブやスライダー一つでも投げれれば投手として優秀だ。
130キロという球速だって出せない人間には、出せない。
何にでも才能というものがあることは内田だって十二分に知っているが、いくらなんでも無茶苦茶過ぎる。
が。
「……なるほど、ね」
攻守交代でマウンドに向かう氷室はさして驚いてはいなかった。
いや驚きはしたが「まあそんなこともあるだろう」と納得していた。
- 325 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:39:05 ID:xloBR4fk0
直球が真っ直ぐ進まず常時カッターのように変化する投手がいることは知っている。
ストレートにシンカー回転を掛けてしまう選手などさして珍しくもない。
……尤も氷室が目指しているプロの世界では、の話だ。
高校生でそんな球を放る奴がいるなど考えたこともなかった。
「(素人でストレートの投げ方を知らないから……だけじゃないな。あの生徒会長だからこそ、だ)」
あのチンピラ共の王様である伏見征路とボクシングで互角以上に渡り合う、という噂さえ聞く高天ヶ原檸檬。
その生徒会長が格闘技で最も得意な技はコークスクリュー・ブローだったか。
鋭く切るように投げてしまうのはその辺りが原因だろう。
「(手首の回転のさせ方、背筋の使い方、バランス感覚。どれも格闘技の分野では超一流。それを野球に転用しただけ、ってことか)」
「氷室、今日はどうするんだ?」
「ばーか。どうもこうもあるわけねえって」
声を掛けてきたキャッチャーミットを被った相方に笑って淳校野球部のエースは言う。
いつも通りだよ、と。
- 326 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:40:22 ID:xloBR4fk0
- 【―― 9 ――】
変わって、一回裏。
チーム生徒会の攻撃だ。
ベンチに戻ってきた生徒会長は守備中外野中央で退屈そうにしていた嵯峨ガナーに声を掛ける。
「ガナークン、先頭打者は君だから。頑張ってきてね」
「分かった。野球は久しぶりなんで少々本気でやるぜ。……もし俺が活躍したら二人で何処かに出掛けませんか?」
「え……って駄目に決まってんだろ!! 何言ってんだアンタ!?」
雑談でもするようにレモナをデートに誘ったガナーに反射的にジョルジュは叫ぶ。
あまりにも問い掛けが自然だったので聞き流してしまうところだった。
常日頃から女子に声を掛けているのだろう――いや、自分から声を掛ける必要すらないほどに人気があり女慣れしているのだろうと分かる。
そんなバスケ部のエースはモデルとしても十分に通用する横顔を怪訝そうに変えて言う。
「なんでお前が答える」
- 327 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:41:04 ID:xloBR4fk0
これ以上ないほどに尤もな文句だった。
確かにジョルジュが口を挟む道理はない。
「ぐ……! でも会長だって、嫌なはずだわ!」
「デートくらいでいいの? 活躍するんならほっぺにちゅーくらいなら僕はしてもいいケド」
「―――っておおぉい!?」
当のレモナは全く嫌がる様子もなく、いつも通りの蠱惑的な笑みでそんなことを言っている。
別に参道静路という個人だけに特別優しくサービス精神旺盛というわけではない。
誰に対してもこんなものだった。
……分かっていたはずなのに、ジョルジュは少し悲しい。
「この試合で活躍すれば、本当に、その……ほっぺにキスしてくれるのか?」
「んー? 横堀クンもそういうの好きなの? 真面目そうなのに意外だねえ♪」
「そこまで枯れてはいません。況してやその、生徒会長みたいな可愛らしい女子相手ならまあ……」
- 328 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:42:14 ID:xloBR4fk0
そう言って保健委員長横堀淀は目を逸らす。
どうやら最初に「自分と変わった方が良い」と進言したのは「会長が野球部に打ち込まれて炎上するのは可哀想だ」という配慮からだったらしい。
「ま、活躍できたらね」
悪戯っぽく微笑んでレモナは保健委員長の問いに答える。
それを聞いて「俄然やる気が出てきた」と手首のストレッチを始めたのは黒のショートカットの優男。
風紀委員会の天神川大地だ。
『二枚目』という単語が淳高一相応しい彼は生徒会長高天ヶ原檸檬が好みだと公言している、やる気を出すのも当然か。
ジョルジュが隣を見ると鞍馬口虎徹がいつになく真剣そうな顔で考え込んでいる。
どうやって活躍しようかと作戦を練っているのだろう。
「……活躍すれば生徒会長からサービス。話が纏まったところでそろそろ行ってくるぜ」
デートで何処に行こうかなどと思いつつベンチを出ていくチーム生徒会の切り込み隊長嵯峨ガナー。
それを一人の一年生が引き止めた。
山科狂華だ。
- 329 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:43:05 ID:xloBR4fk0
- 【―― 10 ――】
マウンドの氷室が一塁側のベンチに目をやると、先頭打者がバッターボックスに向かってくるところだった。
打順や名前などを知らせる場内アナウンスが流れた。
野球部のエースは「アイツが嵯峨ガナーか」とマイペースに歩いてくる男に注目する。
あのジャージを着崩した茶髪の男は恐らくは淳校で二番目に速い生徒だ。
いや、神宮拙下が負傷中の今はトップの俊足になるか。
氷室はバスケのことはよく分からないのでバスケ部のエースがどれほど凄いのかは分からないが、それでも鍛えられていることは分かる。
チャラチャラした感じにも見えるし、実際に軽薄というか嫌な奴とは聞くが、実力は確かにあるのだろう。
「(まあ……野球で結果を残せるかどうかは別問題だ)」
百メートルを何秒で走れるかは目安にはなるが、ベースランニングや盗塁といった野球の走力とはまた別のものだ。
それに代走要員でないのならば俊足でも出塁しなければ話にならない。
ガナーは審判に挨拶し左のバッターボックスに入る。
そして少し寝かせるようにバットを構えた。
様にはなっているが、さて打撃の実力の方はどうだろうか?
バスケ部のエースのバッティングセンスがどんなものかは不明だが野球部のエースの放る球はバスケットボールよりも遥かに速い。
- 330 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:44:16 ID:xloBR4fk0
「(嵯峨ガナーは滅多に本気を出さないと聞いたことがあるが、生憎と俺は素人相手に手を抜くことはない)」
いつも通りの投球をする。
九回まで投げることを前提に、どの打者に対し全力を出し、どの場面で力をセーブするか。
そういった諸々のことを考えつつ投げる。
まずはストライクを一つ取ってカウントを有利にする。
無論球種はストレートで六割の力で。
初回、立ち上がりなので無理に速度を出すことはせず丁寧にコーナーを狙う。
つまりはいつも通りに最初は外角低めから入る。
捕手は自分の投球構成を理解してくれている。
だから氷室は大きく振りかぶって、キャッチャーミットを目掛けてフォーシームのストレートを投げた―――。
「(初球打ちか!?)」
リリースの瞬間、ガナーがバットを振り始めていた。
当てることだけを狙ったスイング。
外角低めという素人ではまず手が出せないような球を迷いなく打ちにいった。
- 331 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:45:08 ID:xloBR4fk0
ボールがバットに当たる。
力なく飛ぶ。
打撃の瞬間には既に右足が一塁を向いている。
ほとんど走りながら打っており最早バントと言った方が正しいのではないかと思えるようなバッティングだった。
打球は二三塁間へと転がった。
ゴロだ、通常ならば間違いなくアウトになる当たり。
だが――今のバッターは百メートルを十秒で駆け抜ける『神速』に劣らぬような『新星』だ。
「サードっ!!」
三塁手は手慣れた風に捕球すると一塁に向けて投げる。
僅かに右に逸れたが十分捕れる送球だった。
が、目をやると既にガナーは一塁ベースを通り過ぎていた。
歓声が沸く。
初球打ちの内野安打でノーアウト一塁。
コースも良く守備も悪くなかったが、結果だけを見ればまんまと出塁を許した形だった。
- 332 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:46:25 ID:xloBR4fk0
- 【―― 11 ――】
一塁ベース上で嵯峨ガナーは安堵していた。
間に合いそうになければ危険を承知でヘッドスライディングでもしようかと考えていたのだ。
怪我をしない自信はあったが、それでもやらなくて良いならそれで良い。
大体泥だらけになって一塁に突っ込むなど見た目からして全力でやってます感満載で全く格好が良くない。
ともあれ出塁できて幸いだったと思う。
子供の頃から専らバスケばかりだったので野球は体育の授業でしか経験がなかった。
「(山科に感謝しないと。本当に外角低めに来やがったぜ)」
打席に入る前。
ベンチを出たガナーは山科狂華に呼び止められた。
『すみません先輩、アドバイスです。厳密には壬生狼自治会長からアドバイスをしてやれと言われたので、すみません』
正直なところ午前中に負けた相手の助言なんてあまり聞きたくはなかったのだが、監督(壬生狼真希波)の計らいならば仕方がない。
それに終わったことにいつまでも拘っているのはカッコ悪い。
そのアドバイスとやらで勝つ可能性が上がるのならとガナーは耳を傾けた。
- 333 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:47:10 ID:xloBR4fk0
相変わらず目線を合わせようとしない一年生は、小さな声で言う。
『初球はまず間違いなく外角低めのストレートです。あとアイツは本調子になるまでは力をセーブしてるので、いきなり150キロとかはないと思います』
『……あっそ。まあ、あの人の言うことなら間違いないんだろう』
『いえすみません、この情報は俺からですね。自治会長の分析も含んでいますが、すみません、基本は俺からの助言です』
ガナーが怪訝そうな顔をしたことを読み取って狂華は続ける。
俺は野球経験者なんでそれなりに詳しいんです、と。
『なので、すみません。先輩は外角低めの初球を打ってください。当てるだけでいいです。当たったと思った瞬間に走り出してください』
『内野安打か?』
『すみません、内野安打狙いでお願いします。できますよね?』
『当たり前だぜ。バットに当てることができればセーフになってみせる』
『その辺りは先輩のセンスを信じます』
- 334 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:48:04 ID:xloBR4fk0
結果を見れば予測は的中。
外角低めの球にバットを当てるだけ当てて飛び出し、内野安打で出塁した。
だが気を抜くわけにはいかない。
二番バッターは幽屋氷柱だ。
恐らくは、とバッターボックスへと目を向ける。
審判に丁寧に一礼すると、氷柱はガナーの方を見て一瞬間だけふわりと微笑んだ。
淑やかな女子はあまり好みではないが、それでも心動かされるような魅力的な笑みだった。
あんな表情を向けられれば大抵の男子は勘違いしてしまう。
実際普段のガナーならば「気があるのか?」などと考えただろうが、残念ながらそういうことではないということを彼は知っている。
「(……転がすから走れってことだな)」
意図を読み取ったガナーは少しだけ、リードを取る。
反応速度にも反射神経にも自信はあるが牽制でアウトになるのも馬鹿らしいので控えめにしておく。
右打席の氷柱は力を抜き、ややバットを斜めに構えた。
ガナーから見ても彼女は学校指定のジャージよりも道着が似合うと思うしバットよりも刀が相応しいと感じる。
なんなら今だって居合い抜きの要領で打った方が良い気もする。
- 335 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:49:16 ID:xloBR4fk0
マウンドの野球部のエースが振りかぶり、一球目を投げる。
内角低め、ストライクゾーンの隅にぴたりと決まったストレートを氷柱は見送った。
観客の中には「やっぱり女の子だから怖いのかな」というような感想を抱いた生徒もいるだろう。
だがガナーはそうではないことを知っている。
普通の人間が内角を攻められれば驚いて身を引くが、氷柱は微動だにしていなかった。
球筋を見切って自分には当たらないことが分かっていたのだろう。
二球目。
外角高めに先ほどよりも速いストレートが来る。
氷柱は今度は打ちに行くが振り遅れた。
「難しいですね……」
そりゃそうだろうとそんな氷柱の呟きを聞いた捕手の中書島は思った。
サインを交換しミットを構える。
ツーストライク。
追い込んだ氷室は速いリズムで三球目を放った。
次の瞬間、氷柱がボールをグラウンドに叩き付けるようにバットを振った。
人を袈裟に切り捨てるかのような鋭いダウンスイングだ。
- 336 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:50:11 ID:xloBR4fk0
軟式野球ならば間違いなくボルチモア・チョップでヒットになっていたであろう打球は三塁の前方へと飛んだ。
地面に当たり跳ねた球をサードが捕球、
しかし既に完全なヒットエンドランではないが、それに近い風にスタートを切っていたガナーは既に二塁に到達している。
一塁にボールを送って、ワンアウト。
だが俊足の嵯峨ガナーが二塁という場面でクリーンナップ――三番、ハルトシュラーの打順だ。
「……さて、一点貰おうか」
そう言ってバッターボックスに入った悪魔は迷いなく初球を打ちに行く。
ただしそれは投手と一塁の間に転がるゴロだ。
「(まともに打つ気はなく、動体視力の良い二人がとりあえずバットにボールを当ててランナー進める……。生徒会長の打席に全てを託す気か?)」
ボールを捌いた氷室は三塁を見るが既に時遅くガナーは塁に到達していた。
一塁に送球しツーアウト目を貰う。
そして、四番の生徒会長高天ヶ原檸檬へと打順は回る。
- 337 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:51:14 ID:xloBR4fk0
- 【―― 12 ――】
最初にベンチを出る狂華を見た。
次に野球部のエースはバッターボックスに入りバットを構えた天使に目を遣る。
太陽のような凄惨な美貌は今日も今日とて健在で、その幼さの残る顔には明確な笑みが浮かんでいる。
この生徒会長がただ容姿が良いだけの奴ではないことは重々承知していた。
打者として向かい合ってみると分かるが、女子にしてはかなりの長身だ。
現時点でも百七十五センチあるかないかくらいのモデル並の身長だというのに今も成長中だという噂を耳にした覚えがある。
「(……胸が大きいとか脚が長いとかもあるが、肩幅があるから余計にスタイルが良く見えるんだな)」
並の男子ならば取っ組み合いになっても勝てないだろう。
格闘技を専門としているのだから日々野球で身体を鍛えている自分でも勝てないかもしれない。
だが野球では負けない、とも思う。
「(その笑みを消して泣き顔にさせたいところだが……今回はお預けだ)」
そして氷室はストライクゾーンから大きく外れた一球目を放った。
- 338 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:52:29 ID:xloBR4fk0
対するレモナは二球ボールが続いた段階で意図に気が付いた。
敬遠だ。
野球部のエースは非常にコントロールが良いと聞くので制球が定まらないということではないだろう。
四番の自分を避けて、五番と勝負するつもりらしい。
いや、少し違うだろうか。
「四番である自分との勝負を避けた」というよりも―――。
「(五番である狂華クンと勝負がしたい、ってことかな?)」
チーム生徒会の五番打者は山科狂華。
彼等の因縁を思えば無理なからぬことだ。
久々の直接対決なのだから。
「(無理矢理に打っても良かったんだケド……それなら仕方ないね)」
三球、四球とレモナは見逃した。
勝負好きとしてそういう気遣いはできるのだ。
斯くして打順は五番山科狂華へと回る。
- 339 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:53:24 ID:xloBR4fk0
- 【―― 13 ――】
―――ノックアウトしてきますよ。
レモナが打席に入り、ネクストバッターズサークルに向かう前、ベンチから出る際に山科狂華はそんなことをベンチのメンバーに告げている。
ストレートしか投げない淳高野球部のエースがそれでもエース足り得ているのは球速や球威だけではない。
外角低めを丁寧に狙え、真ん中に決して投げることのない類稀なコントロールが理由の一つだ。
だから、ただの四球ではない。
誘っているのだ。
『おーっと、氷室投手、珍しく四球だ! どうした?』
実況の声にマウンド上の相手の口元を見た。
「ばーか、誘ってんだよ」。
声は出ていなかったが唇を読んで苦笑し、誘いを受けた狂華は一礼してバッターボックスに入る。
この場所に来るのは久しぶりだった。
久々に感じる武道の試合とは違う緊張感に身体が震えた。
無論武者震いだ。
もう二度と野球なんてやらないかもしれないと思っていたのに、打席に入ると自然と気分が高揚してくる。
- 340 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:54:11 ID:xloBR4fk0
ずっと続けるほどには好きじゃなかったけれど、それでも自分はこのスポーツが好きなのだ。
そう思って、すぐに「本当に好きじゃなかったらバッセンなんか行かないよな」ともう一度苦笑いを。
野球少年だった小学校時代のことを思い出す。
想起されるのは、あの試合。
全国大会の進出を決めた決勝戦。
三番を打っていた自分は二十球もファールし続けてやっと決勝打を打ったのだったか。
そして今、マウンドにいるのはあの時と同じで―――。
『久しぶりだな狂華。手加減して、ド真ん中に投げてやろうか?』
敵のエースは口の端を歪めてそう言ってくる。
声は出ていないが口元の動きで分かる。
何よりもその表情が雄弁に久々の再会の祝福と変わらぬ敵意を物語っていた。
だから狂華も笑って、声を出さずに答えた。
「余計なお世話だ、今すぐそこから引き摺り下ろしてやるよ」と。
- 341 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:55:06 ID:xloBR4fk0
- 【―― 14 ――】
「あの投手、山科狂華と知り合いなんだね。何か言ってたみたい」
遅れてベンチに入って来た橙のポニーテールの少女は監督である真希波にそう話し掛けた。
「中々に目敏いね。私はよく見えなかったので彼女が解析してくれた」
「図書委員長が?」
「目が良いんだよ彼女は。記憶力もね」
真希波から二人が交わした音のないやり取りを聞き、その時計だらけの少女は笑った。
まるでライバル同士みたい、と。
頷いて自治会長は言う。
「ライバル同士みたい――ではなく、事実としてかつてはライバルだったらしい。対戦した回数自体は二回程度だがね」
「山科狂華と、あのピッチャーが?」
- 342 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:56:39 ID:xloBR4fk0
いや、と否定して続ける。
「当時の彼は『山科狂華』ではなかった。小学生時代のことだからね……。久々の対戦というわけだ」
野球部のエース氷室は野球留学でこの地方に来た。
狂華とは地元が同じなのだ。
だから小学生時代に野球をやっていた狂華と対戦したことがあった。
まだ山科の家に引き取られる前の話である。
当時から天才野球少年として才能を開花させていた氷室からタイムリーを放ち試合に勝利した狂華。
向こうからしてみれば、「なんで野球を続けてないんだ?」と心底疑問なことだろう。
そんな狂華は打席で打撃姿勢を取る。
スクエアスタンスでバットを身体の正面でゆったりと構えた姿はテニス部とは思えないほどに風格が満ち溢れている。
いつも垂れ流している異常さも何か別のものに変化している。
「神主打法、か」
「はあ。狂華君が言うには好きだった選手のフォームらしいっすけど」
「真似している内にできるようになったのかな? やはり才人だね、彼は」
- 343 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:57:20 ID:xloBR4fk0
鞍馬口虎徹の言葉に真希波は笑ったが、虎徹は真剣な表情で返す。
「……はあ、まあ。狂華君は妙な才能を色々と持っていますが、野球は才能だけじゃないです。狙った場所に打てるとか無三振が自慢とかもそれだけじゃない」
「センスがあることは確かだが、努力もしていると?」
「そういうことです。知ってますか? 狂華君は中学は剣道部で今はテニス部ですが、素振りの回数が一番多いのは野球らしいです」
通算回数ではなく日常生活で行っている素振りの量の話が、だ。
なんだかやめられない、筋トレの代わりだ、なんて言って今も続けている。
馬鹿みたいですよね、と虎徹は素直な感想を漏らす。
話を黙って聞いていた神宮拙下はそう呟いた凡人に向けて言った。
「フン。俺は努力を笑うことはない。結果が出ているなら尚更、笑うべき部分がない」
言葉に対し虎徹は皮肉っぽく「結果はまだ出てませんよ」と返した。
そう、今はまだ結果は出ていない。
一回裏、ツーアウト一三塁、一打先制という結果を示す絶好のチャンスが今なのだ。
- 344 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:58:07 ID:xloBR4fk0
- 【―― 15 ――】
チーム生徒会から見ると一回にしていきなりの先制のチャンスだ。
こうなったのは偶然ではないし、かと言って実力というわけでもない。
単なる作戦の結果だ。
相手ピッチャー氷室は非常にコントロールが良い選手であり、初めて対戦する打者にはまず外角低めのストレートでストライクを取りカウントを有利にする。
アウトローのストレートなんて素人が打てる球ではないがコースが分かっており当てるだけで良いのならば不可能ではない。
言うまでもないが、本当にただの素人ならば分かっていても打てるわけがない、仮にも『天才』であるガナーだからこそである。
氷室はレモナとは真逆にほぼ確実に狙った場所に投げられる相手、だからこそこちらも狙い打ちができたのだ。
一番打者の嵯峨ガナーが出塁したこと、内野安打を成功させた時点でまず第一段階はクリアだ。
続く二番と三番は一塁走者を進めることを目標とする。
セオリー通りならば送りバントをする場面だが、バント一つでもまともに行うのには練習が必須。
それならば一番と同じく「とりあえず当てて転がす」の方が難易度が低いと考え、氷柱もハルトシュラーもそうした。
そもそも今日集まったメンバーの中でも一二を争うほど動体視力の良い二人を二番と三番に起用している。
そしてランナーを最低でも二塁、できれば三塁まで進めた状態で四番の高天ヶ原檸檬に回す、という狙いだったのだが―――。
「(……わざわざ四球を与えてまで狂華君にまで回すとはね。まだまだ私の考えも足りない)」
- 345 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 22:59:12 ID:xloBR4fk0
ベンチからマウンドを見つめて壬生狼真希波は考える。
生徒会側の打線において「最もヒットを打てそうな選手は誰か」と言えば、当然野球経験者の山科狂華とソフトボール部の向島瑠璃だ。
彼等はそれぞれ五番と六番に起用されている。
それは試合の主役は生徒会なので生徒会長を立てるという理由もあるが溜まったランナーを確実に返すという面が大きい。
つまり、チーム生徒会で最も警戒すべきなのは五番と六番。
野球部側としてはその二人に打順が回る前にランナーを貯めないことが重要だった。
「(……だが、ピッチャーの氷室君はわざわざ狂華君まで打順を回した)」
真希波の想像する氷室の狙いは二つ。
一つ目は二回の裏に最も打つ確率の高い五番と六番を連続させない為だ。
レモナをアウトにして一回を終えた場合、二回裏は狂華から始まるので下手をすれば狂華→瑠璃の連打で一点入るという可能性がありえる。
だが一回の内に狂華まで回しておけば二回の先頭打者の瑠璃が出塁しても後は返す可能性が低い打者ばかりだ。
そして二つ目。
こちらは単純明快で「最も厄介そうな山科狂華を初回で打ち取っておくことで士気を下げる為」だろう。
「(しかし、そう考えてもランナーを二人溜めてまで狂華君と勝負するのは妥当ではない。ふむ、つまりこれは……)」
- 346 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:00:06 ID:xloBR4fk0
ずっと野球を続けてきた人間の、野球を辞めた相手に対する意地。
もしくは――『狂華に打たれた過去の自分』との決別の為の勝負だろう。
「(初回にして大一番だね。狂華君が抑えられれば『勝てない』と思ってしまう選手も多いはずだ。が、打てば氷室君は終わりだろう)」
狂華が予告していた通りのノックアウトだ。
流石に即降板、ということはないだろうがトラウマを抉られて好調なピッチングを続けられるわけがない。
投手に最も必要なのは自負心だ。
自らを恃むことによってしか、投手は投手足り得ないのだ。
いつだったかノンフィクションの小説で見たそんな言葉を思い出した。
打席の山科狂華は身体から力を抜き、リラックスした状態で構えている。
神主打法の理屈は武道とも近い部分がある。
最初から筋肉を緊張させるよりもスイングの瞬間に一気に力を込め全身を連動させた方がボールはよく飛ぶ。
ただ素人が真似してできるものではないので狂華は相当に才能があり、そして努力したのだろう。
だからこそ、あのピッチャーは狂華に勝ちたいのだ。
一重に自らの意地と自負の為に。
- 347 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:01:07 ID:xloBR4fk0
- 【―― 16 ――】
珍しく氷室はすぐに投げようとしなかった。
暫しの間、と言っても数秒の間、何かを考え感じあるいは思い出しボールを弄んでいた。
だがそんな時間も終わる。
投手の腕はコンダクターのタクトと同じ。
それが振り上げられ、下ろされた瞬間に試合は始まる。
動き出す。
「ッ!!」
一球目を投げた。
思ったよりも少し浮いた高めのストレート。
狂華は完全に振る気がなかった。
カウントはワンボールだ。
これで自分が少し不利になったが、同時にフォアボールで満塁にしてしまった場合には満塁策的に守りやすくなるとも言えた。
その場合は狂華との勝負は次の打席に持ち越しということになる。
- 348 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:02:03 ID:xloBR4fk0
だから気負わずに二球目を投げた。
外角ギリギリに速い球。
百四十キロは確実に出たはずのボールに狂華は手を出し掛けバットを戻す。
ハーフスイング、しかし判定はストライクだった。
三球目の前に氷室はランナーを見た。
三塁のバスケ部はホームに突っ込む気満々だが、対照的に一塁の生徒会長は腕組みをして立っている。
ある意味でどちらも狂華が打つと信じているが故の動作だった。
深呼吸を一つ。
そして、三球目を放った。
「ッ!!」
今日一番の球にするつもりだった。
内角を抉るボール。
だが狂華は迷わず振った。
バットが鋭くスイングされ硬球が弾き返される。
瞬間―――。
- 349 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:03:06 ID:xloBR4fk0
- 【―― 17 ――】
三球目の行方に球場は沸いた。
打球は鋭いピッチャー返しだった。
だがその寸前、一塁のレモナやベンチの真希波は一つの動きを見ていた。
ボールは真っ直ぐにマウンドの氷室に向かった。
胸に直撃するコースだ。
ガナーが本塁に向けてスタートを切り、狂華がバットを放り投げ走り出す。
しかしレモナは腕組みをしたままで動こうとしなかった。
「……っぶねーな、ばーか」
その次の瞬間。
氷室が仰け反りながらも確かに掴み取ったボールを上に掲げ、審判によってアウトが宣告された。
これでスリーアウト、攻守交代だ。
再び観客席が沸く。
ぬか喜びに落胆する生徒、称賛する守備陣、けれどレモナ他数名は全く驚いていなかった。
- 350 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:04:08 ID:xloBR4fk0
あの瞬間、ピッチャー返しの打球が飛んだ瞬間にレモナが見たのは――不自然に左腕を上げた氷室の姿だった。
まるでそこにボールが来ることを予測していたかのようにグローブを嵌めた左手を胸の前に掲げていた。
バッターであった山科狂華が「ミスった」とだけ呟きベンチに下がっていく。
それで全てが分かった。
レモナがベンチを見ると真希波も全てを察したようでやれやれといった風に首を振った。
そう。
「(……狂華クンは、氷室クンを物理的にノックアウトするつもりで意図的にピッチャー返しを打った)」
そして。
「(それを読んでいた氷室クンは予め強襲に備えていた、ってことかな……?)」
ハルトシュラーの打席が終わってから、今までに行われたやり取り。
その真相はそういうことだった。
狂華は狙ってピッチャー返しを打ったのだし、氷室はそれを見抜いてアウトに打ち取ったのだ。
- 351 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:05:08 ID:xloBR4fk0
前提として二人は顔見知りだ。
加えてお互いに野球についてはお互いのプレイスタイルを知っていた。
狂華は氷室が一球目を外角低めから入ることを知っているし、氷室は狂華がある程度は狙った方向に打てる優秀なバッターだと知っていた。
事の起こりはハルトシュラーがアウトになり、レモナが打席に入った時のことだ。
マウンドの氷室はネクストバッターズサークルに向かう為にベンチを出た狂華を見ていた。
「(その時に狂華君は私達に『ノックアウトしてきますよ』と言った。また、そう言ったことが氷室君にも唇の動きで分かったのだろうね)」
これは真希奈の想像に過ぎないが、恐らく氷室の投手の勘がその一言で働いたのだろう。
「ああ、アイツは俺を狙ってくるな」「そう言えばそういう性格の奴だった」と瞬間的に分かったのだ。
確信はなかったとしても予想は付いた。
その予想は打席でのやり取りで確信へと変わる。
「(僕が一塁に行った後、バッターになった狂華クンは『そこから引き摺り下ろしてやる』と唇の動きで伝えた)」
狂華の買い言葉で氷室の予想は確信へと変わった。
コイツは打って点を入れるつもりじゃなく、ピッチャー返しを打って俺をビビらせるつもりだな、と。
- 352 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:06:07 ID:xloBR4fk0
狂華がピッチャー返しを狙ったことにもちゃんと理由がある。
一つ目はボールが当たって、降板してくれれば試合に勝ちやすくなると考えたから。
二つ目は当たらないとしても怒らせて制球が乱れれば攻略しやすくなると思ったからだ。
打者である狂華は流石に本当に氷室に当たるとは予期していなかった。
けれど、そのバットコントロールは自分で思っている以上に正確無比であり――当てるつもりで打ち返したら本当に当たるコースに飛んでしまったのだ。
皮肉なことにというか、当たると考えていなかった狂華とは違い氷室の側は当てられることを前提で行動していた。
だからピッチャー返しを捕球しやすいように準備していた。
そうして実際に自分の方に飛んできた打球を、見事にキャッチしてしまったのである。
結果的に氷室は全ての勝負に勝ったことになる。
「(恐らく狂華君は『調子を上げたアイツの球を打てる人間なんてそういない』と考えており、どうにかしていつものペースを崩そうと考えていた)」
ピッチャー強襲のライナーは好戦的な性格故、ではない。
あくまでもチームが勝つ為の作戦だった。
向こうは最速で百五十キロを超えるストレートを誇る超高校級の選手だ。
調子に乗られてしまっては太刀打ちできなくなる。
だからこその策だったのだが、成功したとは言い難く、むしろ調子づかせてしまったのかもしれない。
- 353 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:07:06 ID:xloBR4fk0
「(……最後の狂華クンの『ミスった』はどういう意味なんだろうね)」
本当に当てるコースに打ち返してしまったことに関してか。
それとも思惑が読まれアウトにされてしまったことに関してか。
なんにせよ、とベンチに戻ったレモナは投手用のグローブを嵌める。
狂華は「このチームではまともに点を取ることは難しい」と考えていたらしいが、彼女は全くそんなことを思っていない。
だから何処となく気落ちした感じの元野球少年の肩を叩いて、いつものように笑って言う。
「そんなに落ち込まないでよ、狂華クン。まだ一回が終わっただけじゃん」
「…………すみません、落ち込んでなんかないです」
そう、まだ試合は始まったばかりなのだ。
【―――Episode-12 END. 】
- 354 名前:第十二話投下中。 投稿日:2013/10/19(土) 23:08:05 ID:xloBR4fk0
- 【―― 0 ――】
《 game 》
@(チーム間で行なわれる)試合、競技、勝負
A勝負の形成、試合運び
B[a / the 〜]計画、計略、意図
.
戻る 次へ