|゚ノ ^∀^)天使と悪魔と人間と、のようです

192 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:44:38 ID:zRNyQg5k0

・主な登場人物

|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして生徒会長。一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。人の名前を覚える気がなく大抵の相手は「○○のナントカ君」と呼ぶ。
空想空間での能力はなし。願いもなし。

j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。学ランの芸術家。恩人から伝授された数百の特技を持つ。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。淳校全生徒の名前を記憶しているが、自分が認めた相手以外は「名も知らぬ生徒」という風に呼ぶ。
空想空間での能力は「現実世界での自分の超能力をダウンロードする」というもの。能力名未定。
願いはあるはずなのだが、自分でもよく分かっていない。


(‘_L’)
ナナシ。空想空間でのナビゲーターを務めるスーツの男。
上記の二人からよくロクでもない目に遭わされる。



※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。


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193 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:46:03 ID:zRNyQg5k0




――― 第三話『 weight ――マトリョーシカ―― 』





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194 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:47:07 ID:zRNyQg5k0
【―― 0 ――】



 いっそ壊してくれよ

 哀れな俺のマトリョーシカ

 本性暴いてくれよ

 君に今 声が届いているなら



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195 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:48:05 ID:zRNyQg5k0
【―― 1 ――】


 その時、参道静路はセクハラを敢行しようとしていた。

 場所は学校の廊下、相手は同じクラスの女子。
 低身長でありながら胸部が豊か、一部では人気の高い勝気なクラス委員は敵意ではなく最早殺意が混じった視線を彼に向けている。
 しかしそんなこと彼は気にしない――彼が気になっているのは、その胸だけだ。

 第二次性徴の素晴らしさを心の中で歌い上げながら、じりじりとにじり寄る。
 口の端が緩んでいた、油断すると涎が垂れてしまいそうだ。


「来んな変態! 本気で蹴り飛ばすよ!!」

「はあ、はあ……。おいおい……な? ちょっとだけ、ちょっとだけだから……な?」

「ちょっとにしろ思う存分にしろどっちにしろお前なんかに揉ませるか! 気色悪いんだよ、この性犯罪者!!」


 静かな路と書いて、「きよみち」。
 苗字と相俟って静謐な印象を持たせる奥床しい名前だと言えたが、彼自身はまるでその名に合っていなかった。
 剃った眉毛も、濃い茶色の一房だけのメッシュも、ズボンの裾を捲ったニッカーボッカーズ的な着こなしも、まるで全然彼の名前に合っていない。

196 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:49:03 ID:zRNyQg5k0

 友人からはよく「神社と静かな道に謝れ」と言われる。
 自分でもご尤もな意見だなあと思っていた。
 完全に他人事だった。

 その為か、参道静路は昔から渾名で呼ばれることが多かった。
 「静路(きよみち)」を“ジョージ”と読み替え、それを更に英語読みからフランス語読みにし――「ジョルジュ」。
 本人的には本名よりもそちらの方が馴染みがあるほどだ。
 なんなら将来は「参道ジョルジュ」に改名でもしようかと思っているくらいだった。

 それに、と彼は――ジョルジュは思う。
 何が悲しくて海賊の末裔(曽祖父曰く)が陸の道を思わせる名前を名乗らないといけないのか、と。

 まあそんなこと今はどうでもいい、何度でも言おう、今のジョルジュにとって大切なのは目の前の胸だけである。


「は、はは……。毎度毎度、『やれるもんならやってみなさいよ!』なんて強気なことを言うからこうなるんだぜ……?」

「うるさい何度でも言ってあげるよ! 触れるもんなら触ってみなよ! その都度蹴り飛ばしてあげるからッ!!」


 クラスメイトや隣接する教室の生徒達もたまにあることなので遠くで見守っているだけだ。
 授業中寝ているジョルジュをクラス委員の女子が注意して、彼が反発して、彼女が挑発して――この状態。
 二年五組の周りでは有名な、有り触れた日常の一コマでしかない。

197 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:50:03 ID:zRNyQg5k0

 ジョルジュとしては、残念なことに。
 こういう対峙は幾度もあったのに結局一度も勝利条件を満たしていない――彼女の胸を揉めていなかった。
 本当に残念だった。

 しかし、どんな結果になろうと、どちらが勝利しようと。
 なんにせよクラスメイトは止めない。

 ……そもジョルジュを挑発した女子だって本当に嫌なのならば教師に報告するなどをしているはず。
 極端な話、警察沙汰にだってできるのだ。
 そういう手段を取らず、今日も今日とて馬鹿なやり取りをやっているのは、きっと彼女がジョルジュのことを憎からず思っているからだろう。
 こういう言い合い立ち回りが楽しいのだろう。

 本人達はまるで気が付いていないようだが、少なくとも周囲からはそう見える。
 だから同級生達は「揉め揉めー!」「委員長そのエロ馬鹿蹴り飛ばしてー!」などと適当な野次を飛ばしている。
 お遊びの雰囲気だ。


 然るに。
 性懲りもなく、学習することなく、気付くことなく、分かることなく――今日も彼等の勝負が始まる。


「今日こそ……。今日こそ俺は、お前の胸を揉む! 思う存分揉みしだく!!」

「聞き飽きたんだよその台詞!!」

198 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:51:04 ID:zRNyQg5k0

 いつもと違う展開を引き起こしたのは――事情を知らないある一年生の行動だったという。

 彼が飛びかかろうとした瞬間だった。
 彼女が身構えた次の刹那だった。



「あー、ごめんごめん。ちょっと通してね」



 階段側の廊下、数人の取り巻きが割れた。
 さながらモーセがエジプトを脱出する際に海を割った伝承のように、ごく自然に。
 現れた少女はそういう凄惨な雰囲気を持つ存在だった。

 短いスカートとそこから伸びる長く白い両脚。
 ブレザーの片腕には生徒会役員を示す腕章が大量に付けられている。
 髪は栗色、長さは肩ほどまで。
 そして、その人間離れした天使のような魅力は触れるどころか手を伸ばすことすら躊躇わせる。

 淳高三年特別進学科十三組の化物。
 『一人生徒会(ワンマン・バンド)』の高天ヶ原檸檬だった。

199 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:52:12 ID:zRNyQg5k0

「先輩達が喧嘩してるー、セクハラしたり蹴り返したりしてるー、って一年生のナントカちゃんから報告があって来てみたケド……」


 ジョルジュ達に近付いて行き、二人の顔を交互に見ると檸檬は頬を綻ばせた。
 杞憂だったかな?――そう言いたげな笑み。


「大丈夫です、会長。今私がコイツにお仕置きをしてそれで全部終わりです」

「おいおいそりゃこっちの台詞だっつーの。俺がお仕置きを、もとい胸を揉みしだいて終わりだわ。ご心配なさらず会長サン」


 突然の天使の降臨に二人は時間が止まったかのように動きを止めていたが、やがて口々にそんなことを言う。
 仲のよろしいことだった。
 生徒会長もそう思ったようで困ったように苦笑すると、


「……結局、それだけじゃ全然訳が分からないよ」


 と、小首を傾げて一言。
 下級生の報告を無下にもできず、一応来るだけ来てみたのだが、どうにもやはり単なる痴話喧嘩だったらしい。
 よく分からないが、大丈夫であることは分かる。

200 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:53:05 ID:zRNyQg5k0

 しかし、だからと言って何もせず帰る訳にもいかない。
 目の前で揉め事が起きているのだから、生徒会として事態を収拾しなくてはならない。

 少し考えて檸檬は上着を脱いだ。
 ブラウス姿。
 そうして、その豊かな双丘を支えるように腕を組んで言った。


「おっぱいが揉みたいんだっけ? 揉んでいいよ」

「…………は?」


 ジョルジュの方へ一歩、更に続けて。


「聞いた話では君、しょっちゅう女子に『おっぱい揉ませてー』って言ってるらしいじゃん。だから、はい」

「え、いやカイチョウサン?」


 ブレザーの上からでもはっきりと分かる巨乳。
 それがブラウス一枚だけ、しかも腕組みをしているとなると嫌というほどに強調される。

201 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:54:05 ID:zRNyQg5k0

 先程まで標的にされていた女子は絶句していた。
 斯くいうジョルジュも身体は固まり、言葉はカタコトになっていた。


「あんまり時間がないし、十秒間くらいにして欲しいな。申し訳ないケド……それで十分だよね?」

「おいおい会長さん……ははは、冗談キツイなあ」

「冗談じゃないよ。ほら、早く。触りたかったんでしょ?」


 更に一歩、二歩と歩みを進めて天使はジョルジュのすぐ前までやって来た。
 壁際に追い詰められる形になった彼の鼻腔を女の子特有の良い香りがくすぐった。


「ホントに冗談キツイっスよ……。本当に、本当に揉んじゃいますよ?」

「だから良いってば。それとも上着を脱ぐだけじゃなくブラジャーも外した方が良いのかな?」


 幼い顔立ち。
 締まった四肢と細い腰に反して、男の大きな手でも包み込めないような大きな胸。
 ジョルジュが夢にまで見た理想の胸だ。

202 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:55:02 ID:zRNyQg5k0

 けれど。
 何故か。
 そうだ。

 いざ、こういう状況になると。
 「さあどうぞ」って、言われてしまうと。


「…………ゆ、」

「ゆ?」


 身体が触れ合いかけた直後。



「――――許して下さいすんませんでしたぁぁぁああっ!!!」



 参道静路は半泣きになりながら逃亡した。
 大好きな女子のおっぱい、しかも最高に形の良い巨乳を前にして。
 勝ち負け云々時点に、彼には最初から女の子の胸を触る度胸なんてなかったのだ――「男だから胸がないのは当たり前」なんて、笑い話にもならない。

203 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:56:04 ID:zRNyQg5k0
【―― 2 ――】


 「そこは小さな箱庭の中で、天上の世界に最も近い場所だった」。

 ……等と淳高の生徒会室を表現するのは、聊か詩的過ぎ、また奇を衒い過ぎで行き過ぎているだろうか。
 それともその部屋の主――高天ヶ原檸檬の名前を鑑みれば相応しい文句だろうか。

 数年前に西部の複数の学校が統合されてできた淳高には二つの生徒会室が存在していた。
 中等部と高等部ではない、高等部校舎の中に二つあるのだ(中等部は自治会が生徒会としての役割を果たしているので設置されていない)。
 一つ目が来客者用の正面玄関近くにある新生徒会室。
 そして二つ目が古くからある時計塔――淳高がまだ淳高ではなかった頃、即ちは前身となった高校の時代からある時計塔の、その最上階に設置されたそれである。

 新生徒会室ができた際、旧生徒会室は部屋が狭く不便だということで物置になった。
 が、前会長の好み拘りで前生徒会はあえて旧生徒会室を使用しており、それに倣って現会長檸檬も旧生徒会室を使っていたのだった。



「――仲間が必要だと思うんだよね、僕達には」



 さて、その現生徒会室となった旧生徒会室の生徒会長専用席に座り、唐突にそんなことを言い出したのは淳高現生徒会長高天ヶ原檸檬だった。
 現副会長であり、現書記であり、現会計であり、現庶務である――『一人生徒会(ワンマン・バンド)』の生徒会長だ。

204 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:57:02 ID:zRNyQg5k0

 背後にある大きな窓を全開にし、更に入口から見て両斜め上両サイドにある扉、バルコニーへ続く西洋風の洒落たドアも開け放っている。
 教室一つ分のスペースもなく、加えて本棚や机がある所為で手狭な印象を持たせる生徒会室だが、光と風を十分に取り入れれば存外広く感じるものだ。

 が。
 バルコニーは普段、生徒が落下する危険性がある為閉鎖されている場所であり。
 無論、そこへ至る扉も本来は開放厳禁だ。


「……“私(おまえ)”、閉鎖されてある扉は学校長の許可がなければ開けてはいけないのだが」


 意味不明な発言、いやさ意図不明な発言をした生徒会長に至極当然な指摘をしたのは、室内中央のソファーに座る風紀委員長だった。

 目も眩むような銀髪はそよ風に吹かれ舞い煌めき、流動する水銀のような両の瞳は眩しそうに細められている。
 詰襟タイプの男子学生服を纏った男装の少女は悪魔的な殲滅な美貌を有しており、脚と腕を組んだ状態だとそのスレンダーな体型が酷く強調される。
 三年特別進学科十三組のもう一人の怪物――芸術家の風紀委員長、『閣下(サーヴァント)』のハルトシュラー=ハニャーン。 
 威圧的で非人間的ではあるが支配的ではない為、敵は多いがファンも多い、けれど仲間は少ないソリストの美少女だ。

 その彼女の言に、檸檬は机の引き出しを開けて封筒を取り出し、軽く投げて寄越した。
 ハルトシュラーが中を見ると、学校長の印鑑と共に「以下の者に生徒会執務室屋外行扉の解放を許可する:高天ヶ原檸檬」という一文があった。


「問題ないと判断したのが私だ。私としたことが浅慮だった、申し訳ない。続けてくれ」

205 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:58:02 ID:zRNyQg5k0

 誰の許可があろうと本来的に「安全の為に」閉鎖されている扉は用事がない以上開けるべきではなかったのかもしれないが、その辺りはハルトシュラーの管轄外だ。
 風紀委員長としての彼女は必罰主義者だが反面仕事以外のことはしない、職権乱用を決して行わない人間だった。

 ハルトシュラーが先を促したことに満足そうに頷くと、生徒会長は話し出す。


「僕達二人は現在、『空想空間』なる夢の中の異世界で行われるバトルロワイヤルを止める為に活動しているわけだケド……」

「……少し前からずっと指摘したかったのだが、」


 言葉を遮り、ハルトシュラーが言った。


「最後まで勝ち残った人間を勝者とする乱戦方式は『バトルロイヤル』と言う」

「え?」

「そして高見広春が書いた小説作品、及び派生作品のタイトルは『バトル・ロワイアル』であり、ロワイヤルではない」


 ロイヤルをフランス語に直したのがロワイアルだな、と付け加えた。
 他の人間達は知らなかったので指摘できなかったのだが、実は彼女の言う通りで、檸檬はずっと間違えていたのだ。
 (英語読みをするなら『バトルロイヤル』が正しく、小説作品のパロディならば『バトルロワイアル』が正しい)。

206 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 00:59:03 ID:zRNyQg5k0

「……あれ、そうなの?」

「そうだ。しかも原義の、つまりプロレスのバトルロイヤルは『三人以上の選手で争い最後まで勝ち残った人間を勝者とする試合方式』なので意味としても少し違う」


 現在『空想空間』で行われているゲームの勝利条件は「超能力の元である能力体結晶を自分の物も含め十個集める」だ。
 参加者が十人以上いれば全員を倒す必要はなく、逆に言えば最後まで生き残っただけではなんの意味もない。

 常々ハルトシュラーはこの異変を「殺し合い」ではなく「ゲーム」と表現しているが、それはこの辺りのルールが関係していた。
 殺し合いは相手を殺す為ではなく生き残る為に行われるもの――最後に立っていた者こそが勝者となる。
 だが、この異変は敵戦闘機の撃墜数を競っているようなものだ。
 故にゲーム、たとえ負けても何も失う物がないというのもまたお遊びらしい。

 ハルトシュラーはそれに対し違和感こそ覚えるが、特に感想はない。
 けれど「本物の闘争や戦争を知らない素人が考えそうなルールだ」なんて、きっと人殺しであるあの人は言うのだろうなと、そんなことを思った。


「そっかぁ。シュラちゃんは物知りだなー。なんでも知ってるね」

「なんでもは知らないのが私だ、当たり前のことだが知らないことの方が圧倒的に多い」


 あの人――彼女の恩人や恩人の親友は呆れた衒学家だったが、もう少しちゃんと話を聞いておけば良かったとこの頃は後悔していた。
 無駄な知識など世界にはなく、必要な知識が局面によって変わるだけだということに気が付いたのはつい最近だ。

208 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:00:04 ID:zRNyQg5k0

 さて、『バトルロイヤル』が呼称として正しくないのならば、何か別の呼び方を考えなければなるまい。
 そんな風なことを言い出したのは檸檬だった。


「『バトルロワイアル』がダメなら、別の呼び方を決めないといけないねっ♪」

「決める必要は特に感じないのが私だ」

「えー。決めようよぉー」


 仲間が云々という話題はどうした、話が逸れてるぞとハルトシュラーは思ったが、初めに話題を変えたのは彼女自身なので注意もできない。
 それに確かにあのゲームの呼び方はないと不便だと感じる。
 仕方がないので、「分かった、決めよう」と適当に答えると喜ぶ檸檬に問いかける。


「……ちなみに何か案があるのか?」

「『暇を持て余した神々の遊び』」

「却下」


 胸を張り自信満々に言った割には完全にネタだった。

209 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:01:03 ID:zRNyQg5k0

「じゃあシュラちゃんには案があるの?」

「……端的に『実験』で良いのではないか?」


 ハルトシュラーの案には、今度は檸檬が難色を示す。


「えー。まだ実験って決まったわけじゃないじゃん。なのに『実験』って。黒幕の存在前提なのかな?」

「私の予想ではこれは実験だし、私は『バトル・ロワイアル』という作品が好きなのだ。あの作品では心理学的な実験を目的とし殺し合いが行われていただろう?」

「でもさー、それって体面的なもので、実際は国民から反抗の意欲を失わせる為だったんでしょ? だったら実験じゃなく政策じゃん」

「読み込んでいたのか……」


 というかそんな細かな設定まで覚えているならタイトルくらい正確に記憶しておけば良いのに、と風紀委員長は思った。
 「頭は良いけど、使ってない」――それが高天ヶ原檸檬の頭脳に対する評価だ。
 それでも入学以来定期テストで満点を取り続けている才媛なので、彼女は頭脳で勉強するのではなく記憶で解答するタイプなのだろう。

 どちらにせよ、平均を切ったりあわや赤点という点数を取ることが多いハルトシュラーは尊敬する限りだ。
 少しの時間勉強すれば八割程度は取れそうなものだが、その少しでさえも芸術に回してしまう辺りが彼女の彼女たる所以でもある。

210 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:02:02 ID:zRNyQg5k0

 檸檬の方もあらゆるスポーツ、遍く武道に手を出しているので時間はないはずなのだが……違いは何なのだろうか。
 一度真面目に考えてみようとハルトシュラーは思った。
 格闘技の練習に付き合うこともあるが、生徒会と風紀委員会ではやはり前者の方が忙しいはずである。


「では、こうしよう――私達の二つ名と同じように英語の読みを付けよう。実験と書いてゲーム、『実験(ゲーム)』ということにしよう」

「すっごくカッコ付けだね♪」

「そうか? 私達の二つ名よりは随分マシな方だと思うのが私だが……」

「じゃあ挙げてみる?」


 そう言うと檸檬は両手を開き、指を順番に折りながら自らの異名を列挙し始めた。


「えーっと、『一人生徒会(ワンマン・バンド)』に『天使(虐殺の天使)』、『正体不明』『侵略者』と『血塗れ三日月』と、あとは……」

「……ちょっと待て、過去のものもありなのか?」


 数えつつ、頷く生徒会長。
 過去のものだとしても凄まじい呼び名がほとんどである。

211 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:03:03 ID:zRNyQg5k0

 溜息を吐き、ハルトシュラーも渋々といった具合に挙げ始める。


「私は『閣下(サーヴァント)』『悪魔(旋律の悪魔)』『黒い太陽』『最悪の結末(バッドエンド)』『魔王』……改めて言うと恥ずかしいぞこれは……」

「唯一救いがあるとすれば結局全部他人が付けたってことだね」


 そんな事実はとても救いとは言えなかった。
 どっちにせよ痛いというか、聞いていると哀しくなるような異名ばかりだった。

 ……何よりも深刻なのが、これ等の二つ名が全て冗談や濡れ衣ではなく、本当に彼女達を指すものとして生み出されたことだ。
 一体どのような人生を歩めば十八にもならない少女が『魔王』と呼ばれるようになるのか。
 本人であるハルトシュラー=ハニャーンは先天的な天才、最初から異常で特別な存在だったので未だよく分からないが、きっと何か理由があったのだろう。
 過去のことなので気にしてはいないし、気になってもいないのだが。

 さて、と話を元に戻す。


「…………しかし、これで『実験(ゲーム)』くらいは真っ当な部類に入るということが分かった」

「んー、じゃあそれでいいや」

212 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:04:05 ID:zRNyQg5k0

 最終的にはやや投げやりだが、一応『空想空間』でのゲームの名称は決定した。
 『実験(ゲーム)』――とても皮肉なネーミングだった。

 遊戯的、勝負のようで、冗談みたいな、計略。
 それが十三組の化物にして数百の特技を持つハルトシュラーが抱くゲームへの印象だ。
 既に彼女はその類稀なる頭脳で以て黒幕の目前へと迫っていた。

 最後に確認を取るようにして彼女は訊いた。


「ところでレモナ、お前の知り合いの中に名前の読みやニックネームが『クー』になる人間はいないか?」

「え? いるよ? それが何?」

「健在か? 連絡が取れるか? 失踪していたりはしないな?」

「そこまで親しい訳じゃないから連絡は取らないケド……うん、多分」


 表情を動かさないながら深刻に訊ねてくるハルトシュラーに檸檬は「どうして?」と訊き返した。
 少し溜めを作り、悪魔は言う。


「私にもいるが、今も元気だろうと思う。だから杞憂なのかもしれないが……」

213 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:05:04 ID:zRNyQg5k0

「彼は……私の恩人は一つの語に二つ以上の意味を込めることが好きだった。同音異義、掛詞のようなものだな」


 彼女が先程、付けた『実験(ゲーム)』のような。
 一つの単語に複数の意味を付けることが。


「『実験(ゲーム)』には明確な名称がなかった。ナナシも『バトルロワイヤル』や『ゲーム』と呼んでいた」

「うん。あの人も間違えてたね」

「そうだな。……しかし、妙ではないか? ゲームに名前はないというのに、その舞台の異世界には『空想空間』という名前があるのは」


 それは、言わば。
 言わば競技の名前がないのに試合場の名前だけが決まっているスポーツのような、奇妙さ。
 普通は逆ではないだろうか?

 そもそも――舞台となる場所の名前は、そこまで重要なのか?
 主催者側には必要であるとしても、参加者にわざわざ伝えるような設定か?


「私なら逆にした。舞台の名前は伝えず、参加者にはゲームの名前を教えただろう」

214 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:06:03 ID:zRNyQg5k0

 ここから導き出される結論は一つだ。
 即ち。



「空想が現実になる世界だから『空想空間』なのではなく、何か別の理由があり、ゲームの前にその名称が先にあった」



 例えば――クーと言う人物が創った空間であるから、『クー創空間』。
 それの字を変え『空想空間』。

 競技の為に試合場を設定した訳ではなく、試合場に合わせて競技内容を決定した。
 ゲームの開催の為に異世界を用意したのではなく、元々あった空間を実験に使用している。
 そう考えると辻褄が合わないだろうか?

 そうハルトシュラーは予測したのだったが……。


「しかし、やはり杞憂だったようだ。安堵したのが私だ」

「どうして? 僕達の知らないクーさんが創ったのかもしれないよ?」

215 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:07:03 ID:zRNyQg5k0

 檸檬の言葉に、ハルトシュラーは「そうかもしれない」と一度同意した。
 そして次の瞬間には、いや、そうである可能性の方が高いだろう、と更に強めた。


「私達の知り合いの“クー”が関わっているのなら――主催者ではないにせよ、システムとして組み込まれているのだとしたら、伏線が回収されるのにと思ったのだ」

「伏線? 伏線、伏線……ああ、僕達の参加の伏線ね」

「そうだ」


 参加者はナビゲーターが現実世界で願いを持つ人間を探し選抜する。
 例外として、非常に強い願望を持つ人間は偶然『空想空間』にログインしてしまうことがある。
 檸檬やハルトシュラーは例外のパターンだ。

 けれど、二人には欲望も願望もほとんどない――なら何故、ログインできた?
 それは主催者に何かの目的があり、その達成の為に二人を強制的にログインさせたからではないか?


「そう思ったのだが……私としたことがまるで自分を重要人物のように考えてしまっていた。恥ずかしい限りだ」


 全ての舞台が自分の為に存在するなど。
 烏滸がましい、子供の幻想だ。

217 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:08:02 ID:zRNyQg5k0

 が。
 高天ヶ原檸檬はそれを笑わなかった。



「そうかなぁ……。戦っている以上、そういう考え方をした方が面白いと思うんだけど」



 何気なく、そして不思議そうに呟かれたその言葉で、ハルトシュラーは檸檬の成績の良さの理由を理解した気がした。

 きっと彼女にとっては目に映る障害は全て自分が越えるべきハードルでしかないのだろう。
 「男として生まれたからには誰だって一度は地上最強を志す」と有名な漫画で謳われていたが、女がそうでないとどうして言えるのだろう?
 誰だって、最初はそうだった。
 ハードルは全て自分の為に在ると思っていたはずなのだ。

 その気持ちを高天ヶ原檸檬という化物は今でも持っているからこそ、いつだって全力なのだ。
 だからこそ――彼女は、彼女で在り続けているのだ。


「……確かに。私としたことが、矮小だったな」


 もしかすると私の願いとはこんな風な心を取り戻したいなのかもしれないなと、あまりにもゾッとしないことだがハルトシュラーは思った。
 常識的に考えて、高天ヶ原檸檬のような大馬鹿野郎は世界に一人いれば十分である。

218 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:09:18 ID:zRNyQg5k0
【―― 3 ――】


 一段落した所で話を戻すことにしよう。
 生徒会長高天ヶ原檸檬は「『実験(ゲーム)』を強制終了させる任務の為に仲間が必要だ」と言った。

 実力的には十三組の怪物二人で足りない訳ではない。
 おそらく、余る。
 なのでそうではなく、ルール上ログイン中は睡眠状態に陥る現実の肉体を見張る人間が必要だと、だから仲間を増やそうと提案しているのである。

 ……先日の作戦のような片方が侵入し他方が待機という戦術はお気に召さなかったようだ。


「なるほど。一理ある」

「でしょ?」

「私も身体を触られる心配がなくなり安心できる」


 皮肉だったが、檸檬は「そうだねー」と実に適当な相槌を打った。
 根に持ってはいないが、少し腹立たしく感じてしまう男装の少女だった。
 身体を触られたことを気にする程純情ではないのだが。

219 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:10:10 ID:zRNyQg5k0

 檸檬は言う。


「漫画だと生徒会の他のメンバーが手伝ってくれるんだよね。こういう場合ってさ」

「『一人生徒会(ワンマン・バンド)』では不可能だろう、その作戦は」

「うん。だからさ、代わりにシュラちゃんの部下で誰か頼めないかなー、って」


 生徒会は一人きりであるが、風紀委員会は一応通常通りに成立している組織。
 数十名の委員で構成される正式かつ真っ当な委員会だ。
 最近は中高共同自治委員会に押され気味であるが、高等部の風紀を取り締まる任務は遂行できている。

 が、しかし。
 その委員長たるハルトシュラーは表情を変えずにこう返す。


「知っての通り、不肖の委員長なのが私だ。……このような特別な任務に喜び勇んで参加してくれる委員はいないだろうと思う」


 最低限の活動しかしない委員長。
 なのに最大の成果を出す。
 彼女のことを良く思っていない部下には不愉快な限りだし、彼女を擁護したい部下も「もっと大々的に行動すれば良いのに」と不満が溜まっていた。

220 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:11:03 ID:zRNyQg5k0

 権力の暴走を防ぐ為にハルトシュラーは最低限のことしかしない。
 けれど権力の庇護下にいる人間からすれば、それは面白くなく物足りないのだった。

 勿論「仕事が楽でいーや」と思っている委員もいるだろうが、そんな人間が余計な任務を引き受けてくれる訳がない。
 だから委員長は他の委員に相談することなく檸檬の申し出を断ったのだ。
 傍から普通の感性を持つ人間が見ていれば「そういう風だから慕われないんじゃないか?」と指摘しただろうが、残念ながら普通の人間はこの場にいなかった。

 生徒会長も最初から答えは予想済みだったようで、そっか、とあっさり引き下がる。


「じゃあシュラちゃんのファンは?」

「それこそ何をされるか分かったものではないのが私だ――というのは冗談にしても、私のファンと呼べる人間のほとんどはか弱い女子生徒だ。見張りには適さない」


 吹奏楽部の二年生有栖川有子のようにハルトシュラーのことを陰で「ハルト様」や「王子様」と呼ぶ生徒もいるものの、それはほぼ女子。
 宝塚歌劇団の男性役に陶酔するのに似ている、と悪魔は思う。 

 正直な所、ハルトシュラー=ハニャーンは女子の間ではかなり人気がある。
 告白も幾度となくされた。
 しかしそれは例外なく小動物的な、か弱い、女性らしい女性からのものだった。
 表現が差別的だというのならこう言い換えよう――ハルトシュラーのファンは彼女と同じ「格好良い女性」ではなく「可愛らしい女の子」なのだと。
 守る方ではなく守られたい方なのだ、そんな人間を仲間にしたいとそれこそ正直な所彼女は思わない。

221 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:12:03 ID:zRNyQg5k0

 畢竟するに、やはりハルトシュラー=ハニャーンという人間は独り。
 その事実を改めて噛み締めながら、その事実を前にしてもなんら心が動かない自分を確認しつつ、ソリストは訊き返す。


「“私(おまえ)”の方はどうだろうか。私に友達はいないが、レモナにはいたはずだろう」

「一応はね。でも結局、そこまで信頼できる人間はあまりいないよ――人間性としても能力としても」


 微笑みながら冷たい意見を述べる檸檬。
 次いで、けど、と彼女は椅子から立ち上がると続けた。


「だけど一人二人なら心当たりがないこともない……かな?」


 全開になっていた窓と扉を閉め、鍵を掛ける。
 ハルトシュラーに渡した封筒を机の中に戻すとそこにもまた鍵を。
 そして「今から行ってみようか」と彼女は言った。

 風紀委員長は頷くと部屋を出て行く檸檬に続き、入口にあったプラスチックの札を裏返した。
 「生徒会執行部活動中」から表向き、「本日の業務は終了しました」となった。

222 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:13:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 4 ――】


 特別進学科の特待生にはそれぞれに極秘の専用スペースが設置されている。
 「特別性の保護」を謳う淳高の創始者が考案したもので、何かと風当たりの強い彼等の隠れ蓑となっていた。

 ハルトシュラー=ハニャーンならば文科系クラブ部室棟の先、落葉樹林の森の中にある防音室だ。
 それは学校側が彼女の為に用意した楽器の数々と彼女の私物とが置かれた、ちょっとした秘密基地のような場所だった。
 表向きは備品倉庫ということになっており、事実倉庫としても使われている。

 生徒会長高天ヶ原檸檬の専用スペースはあの天上の生徒会室。
 用事がない時と生徒会の仕事をする際は彼女はほとんどあの部屋にいた。

 無論、これは二人だけの特権ではないので、他にも専用スペースを有する特待生は複数人いる。


「こういう場合って、クラスメイトと協力するのが王道だよねぇ♪」

「三年特別進学科十三組に『実験(ゲーム)』阻止に協力してくれそうな人間はいないと思っているのが私――いや、」


 一人いたな、とハルトシュラーは呟いた。
 天使と悪魔の二人はその唯一協力してくれそうなクラスメイトの元へ向かっていた。
 厳密にはそのクラスメイトの専用スペースに、だが。

223 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:14:04 ID:zRNyQg5k0

 三年特別進学科十三組の中で最も社交的であり、同時に最も狭い世界で生きる少女――幽屋氷柱の元へと、二人は向かっていたのだ。

 たった二人の弓道部の部長にして助っ人でありながら剣道部最強。
 単純な武道の腕に限れば檸檬とハルトシュラーを凌ぐ、即ちは全国有数の武道家である、巫女装束が良く似合う大和撫子。
 癖の強い人間が多い特別進学科の中でかなりまともな部類に入る女子生徒。
 確かに、彼女ならば快く二人の申し出を受けてくれるかもしれない。

 その幽屋氷柱の専用スペースは弓道場だった。
 複数の武道の才を持つ彼女の為、剣道場や柔道場とは別に設置されたあらゆる武道の練習が可能な総合武道場だ。


「弓道部主将の幽屋氷柱さーん! あっそびーまっしょー!!」


 剣道場の奥に建つ、やや小振りな道場の入口に立って、高天ヶ原檸檬はまるで友達を遊びに誘うかのように声を張り上げた。
 もしかすると生徒会長としては『実験(ゲーム)』への対処は半分遊びなのかもしれず、だとするとその行動は「友達を遊びに誘う」以外の何物でもないのだが。


「――はぁい。どちら様ですか?」

「僕だよ、僕僕!」

「可愛らしい女の子なのに僕なんて一人称を使う方は一人しかいませんね、会長さん」

224 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:15:03 ID:zRNyQg5k0

 柔らかな返答。
 数瞬の後、暗い廊下から音もなく現れたのは白い剣道着と袴を纏い、更に胴と垂を身に着けた少女だった。

 人外の美しさを持つ檸檬やハルトシュラーと系統は違い、また劣るが、端麗と(あるいは「可愛い」と)言えるレベルの容姿を持つ少女。
 声と同じく柔らかな印象を持たせる垂れ目と、半ばから緩やかにカールした肩甲骨まで届く黒い長髪が特徴的と言える。
 素振りをしていたのだろうか、その白い頬は少し紅潮しており汗が伺え、右手には竹の竹刀を携えている。
 その優しげな顔立ちからは全く想像もできないが、こと武道ならば十三組の化物である高天ヶ原檸檬を完膚なきまでに打ちのめす才女――幽屋氷柱。

 彼女がどの程度の実力を持つのかは、重そうな、いや事実そこそこ重量のある防具を装着しながらも当たり前のように無音で姿を現したことからも明らかだろう。
 そんな才媛は檸檬を一目見、次にハルトシュラーの姿を見つけると「あら」と小さく声を漏らす。


「風紀委員長さんもご一緒ですか。珍しいですね、会長さんが誰かと一緒にいるなんて」

「僕だって必要な時や好きな人とは一緒にいるよ」

「そうですね……でも、普通の人間は必要でない時に好きでもない相手と一緒にいたりするものなんですよ」


 微笑みながら氷柱はそう言い、次いで再び音もなく腰を下ろす。
 重さを感じさせない奥床しい所作。


「高い所から失礼しました。お客様を土間に立たせておくのも悪いですし、どうぞ中へ」

225 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:16:03 ID:zRNyQg5k0

 武道と言うよりかは、茶道や華道の熟練者のような丁寧な座礼をした氷柱。
 それに答えたのは男装の芸術家だった。


「……いや、それには及ばないと思うのが私だ。今日はちょっとしたお願いをしに来ただけであり、ゆっくりできるような時間もない」

「急を要することですか?」

「そこそこにかな。君が手伝ってくれるのなら少しは楽になるんだケド……」


 檸檬の言葉に、氷柱は申し訳なさそうに眉を曇らせた。


「ご用件にも依りますが、試合が近いので私も時間はあまりないんです。それは一日二日、もしくは数分数時間で済むことでしょうか?」

「いや、下手をすれば私達二人の残りの任期全てを費やさねばならないような問題だ」


 ハルトシュラーの返答に困った風に彼女は微笑んだ。
 とても遠回しな断り。
 口に出しはしないものの、暗に「申し訳ないですがご協力はできません」と告げていた。
 無理もない、と芸術家は思う――芸術と同じく武道も数日休んだだけで致命的なほどに腕が鈍るからだ。

226 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:17:04 ID:zRNyQg5k0

「そっか。じゃあ仕方ないね……」

「――『空想空間』」


 良い人ではあるが誰でも助ける善い人ではない――「最も狭い世界で生きる少女」こと幽屋氷柱を表す文言。
 彼女のことを理解しているが故に無理強いすることなくあっさりと引いた檸檬の言葉に、被せるようにしハルトシュラーが言った。


「はい?」

「幽屋氷柱、貴様は『空想空間』という物を知っているだろうか」

「知っていますけど……。あの、都市伝説ですよね?」


 ハルトシュラーの心を刻むような鋭い語調にも、柔らかに答える氷柱。


「どういうものかは知っているか?」

「友達が話していたのを聞いただけですが……。確か、夢の中で現実とよく似た世界に行けて、条件を満たせば願いが叶うとか……」

「その通りだ」

227 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:18:04 ID:zRNyQg5k0

 さて、とハルトシュラー=ハニャーンは一拍置き。
 『熱さと冷たさの混濁』――幽屋氷柱に、表情を動かさぬままで静かに問いかけた。


「それで一つ訊いてみたいのだが、たとえば願いが一つ叶うとして……貴様は何を願う?」


 一瞬、彼女は不思議そうな顔をし。
 少しだけ考えて。
 そうして、最後にはあの柔らかい声でこう返した。



「……『私の大切な家族が末永く幸せに暮らせますように』」



 きっと私はそう願います、と彼女は言った。
 そうか、とだけ答えてハルトシュラー達は総合武道場を後にした。

 三年特別進学科十三組の中で最も社交的であり同時に最も狭い世界で生きる少女、幽屋氷柱。
 彼女の全ての判断基準は『家族』。
 幽屋氷柱は、この学園の中で最も家族を愛している人間だった。

228 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:19:04 ID:zRNyQg5k0
【―― 5 ――】


「申し出を断られた時点でもしかしたらと思ったが、幸いなことに幽屋氷柱は嘘は吐いていない」 


 そこは電車の中だった。
 VIP州東部を走るローカル線、その電車の一つの最後部の車両に生徒会長と風紀委員長は並んで座っていた。


「嘘は吐いていない。だから参加もしていない。が……」

「これから参加する恐れはあるってこと? ……そうかもね、そういう人だよ」


 ハルトシュラー=ハニャーンの数百の特技の一つ、「相手の嘘をほぼ見抜く技術」。
 声のトーンや瞳孔の大きさを指標にし相手が嘘を吐いているかを判断するスキル、それを駆使し幽屋氷柱を観察した結果はハルトシュラーの語った通り。
 しかし危惧は檸檬の言った通りだ。

 幽屋氷柱は嘘を吐いておらず『空想空間』のことも噂程度にしか知らない。
 が、しかし――それはあくまで現状であり、家族愛に満ちた彼女が家族の為に『実験(ゲーム)』に参加する可能性は、高い。


「……幽屋氷柱は良い人間だ。そして良い人間だからこそ可能性がある」

229 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:20:03 ID:zRNyQg5k0

 そして。
 愛に満ちた人間だからこそ、愛を理由にどんなことだってする――それがハルトシュラーが抱く印象だ。

 大切な家族が不治の病に侵されたなら彼女は僅かな迷いもなく『実験(ゲーム)』に参加する。
 たとえそれが現実世界で行われるもので、誰かが死ぬことになっても構わない。
 自分は死んでもいいし、邪魔する奴は殺すのだ。
 大事な大事な『最も狭い世界』を守る為であるのなら、なんだってする。

 流れる景色を見ながらハルトシュラーは思う。
 危うくもあるが、そこまで彼女に想われている彼女の家族は幸せだな、なんて。


「……羨ましい?」


 隣に座っていた檸檬が知った風に問いかけてきた。
 ハルトシュラーは笑って「まさか」と答える。


「大切な家族がいるのが私だ。私は十分に、家族に救われている」

「……そっか。それはいいね」

230 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:21:05 ID:zRNyQg5k0

 高天ヶ原檸檬の小さな相槌。
 何処か寂しそうな声。
 笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうな。

 そう言えばレモナは家族の話は苦手だったとハルトシュラーは思い出し、やや強引に話を変えた。


「“私(おまえ)”に続いて電車に乗ったはいいが……何処に向かっている? 教室に置いたままの鞄が気になっているのが私だ」

「僕も置いたままだし、大丈夫だよ。置いたままでも、結局、特別進学科に盗みに入ろうなんて剛毅な人はほとんどいないし」


 慰めになっているのか分からない一言を言うと生徒会長は続ける。


「何処に向かっているのかと言えば繁華街に向かっている。もしかしたら協力してくれるかもしれない、下級生の元にね」


 言葉を聞いてハルトシュラーは眉を顰めた。
 予想がついたからだ。
 檸檬の言う「もしかしたら協力してくれるかもしれない下級生」に心当たりがあったからだった。

 問題はその生徒はハルトシュラーが苦手としている数少ない相手であるということ。
 豈図らんや、万能の天才である彼女にも苦手な人間はいるのである。

231 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:22:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 6 ――】


 淳高の最寄り駅から数駅進んだ場所にある繁華街。
 賑やかな駅前に程近く、しかし駅前ほど賑やかではない路地の一角に、最近リニューアルしたばかりの喫茶店がある。
 落ち着いた雰囲気のその店の隣には小さなビルがあり、そこが檸檬達が向かっていた場所だった。

 一階が駐車場となっているそのビルはインターネットカフェで昼夜問わず様々な客層で繁盛している。
 ……しかし自分が経営しているからといってほとんど家代わりに店を使い、剰え専用の部屋を設置してしまう女子高校生は、世界広しと言えども彼女一人だろう。



「諸君、よく来たね。淳高第三保健室の主であり、同時に校内随一の情報通でもある私――『汎神論(ユビキタス)』洛西口零の部屋へ」



 受付の女性に「洛西口零の客」と伝えると通される特別室の中央。
 ネットカフェとしては広過ぎる六畳の部屋、複数のディスプレイを繋げたパソコンの前、高級な座椅子に座る少女は芝居がかった奇妙な口調で二人を歓迎した。

 左右二面の壁は天上まで届く19インチラック、正面の壁はデスクトップパソコンの画面に埋め尽くされている。
 インターネット喫茶の一室というより何かの大企業の作業室のような印象を受ける部屋だ。
 いや、作業室ならばテーブルや本棚、あるいは入口の隣に設置してあるトイレは必要ないはずなので、それもおかしいか。
 その扇形の奇妙なワンルームの床に二人は腰を下ろし、正面の少女を見据えた。

232 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:23:05 ID:zRNyQg5k0

 芝居がかった、もしくはラノベ染みた奇妙な口調の少女は、まあ人並み以上の容姿をしていた。
 ただ、ミディアムの暗い茶髪は寝癖のように滅茶苦茶で、前髪が瞳にかかり目元に影が差した状態になっている為に如何にも適当といった雰囲気を醸し出している。
 セットアップ方式のファッションではなく単に上下の色を揃えただけの灰色のスウェットも少女の女性的な色気を底辺まで落としていた。
 傍目には「見た目に気を使わない適当な奴」としか映らないだろう……無論、そういう効果を狙っているのならば大成功だが。

 彼女こそが二年特別進学科所属、保健室登校の少女。
 『汎神論(ユビキタス)』の異名を持つ洛西口零その人だった。


「洛西口ちゃん、あのね、」

「――いやいやわざわざ説明して貰わなくても結構。諸君がここを訪れた目的はとっくに私は知っている」


 檸檬の言葉を遮って零は言う。
 にやりとした性悪な本性が滲み出た笑みを浮かべて。


「私はなんでも知っている、とでも言うつもりか? 名も知らぬギーク」

「閣下はいつもツンケンしているねえ、そんな風にしていないと自分を保てないのかい? そういう生き方は疲れない?」

「疲れない。慣れたのが私だ」

233 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:24:03 ID:zRNyQg5k0

 ハルトシュラーに「ギーク(コンピュータ・マニア)」と呼ばれた零は、おやおや!と大袈裟なジェスチャーを。
 このおちょくるような喋り方が風紀委員長としては我慢ならず、だからハルトシュラーは洛西口零を苦手としていた。
 苦手としているだけで決して嫌いなわけでも、況してや憎んでいるわけでもないが。


「私だってなんでもは知らない――だがしかしながら、三千世界の果てであろうとそこに人がいるなら私の庭だよ。私は風説風評が大好きだからねえ」

「情報の捏造が専門であるのに、よく言う」

「事実なんて究極的には意味がないことなのだよ。貴女とて理解できていることだろう?」


 皮肉を軽く受け流すと、零はこう続けた。


「『偉い人が言ったから』『皆が言っているから』――大多数の人間はそういう判断で生きている。私が手を加えようと加えまいと、事実など常に歪んでいるのさ」


 事実性ではなく真実味があるかないか。
 そして真実味がある話とは、事実とはかけ離れていることが多い。
 零はそう語る。

 真実という神は何処にでも存在している。
 だから『汎神論(ユビキタス)』。

234 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:25:12 ID:zRNyQg5k0

 それに、と彼女は付け加えて言った。


「第一、私が適度に情報を歪めているからこそ『空想空間』のことは噂レベルで済んでいるのだよ。感謝はされても憎まれる覚えはないね」

「どうせ介入するのなら生徒会としては噂にもならないようにして欲しかったかな」


 檸檬の言葉にも零は笑ったまま。
 性悪な笑みを隠そうともせず返答する。


「それは無理な相談だね。人間という生き物は禁止されると余計にやりたくなるものさ。適度に緩い方がルールもモラルもよく守ってくれるのだよ」

「……箴言だ。確かにその通りかもしれないと思ったのが私だ」

「加えて言えば適度に広まっている方が参加者を特定し易い。生徒会執行部は参加者を知りたいのだろう?」

「それもあるかな。『実験(ゲーム)』は止めないとだし」


 さも当然のように零は二人と話しているが、檸檬とハルトシュラーは一言も『空想空間』に関して喋っていない。
 洛西口零は手元にあった情報から彼女達の目的を見抜いて会話を進行しているのだ。
 ……尤もこれはいつものことで、どれくらいいつものことかと言えば最早驚くのが面倒になるほどにいつものことだ。

235 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:26:11 ID:zRNyQg5k0

「けどまあ、今日はそういうのじゃないんだよ」


 檸檬の言に、零は「分かっている」と答え続ける。
 身体の見張りを探しているのだろう?と。

 しかし。


「けれど残念ながら、私も参加者の一人なのだよ。諸君に協力することはできない」


 サラリと、洛西口零はトーンを変えずに極めて重要なことを言った。
 自分も参加者であると。
 だから協力することはできない、と。

 無表情で眉を読むハルトシュラー。
 ハッタリかと思ったが、そうではないらしい。


「無駄だよ、貴女の『嘘をほとんど見抜くスキル』も私は知っている。貴女の前では嘘は吐かないさ」


 心を読んだハルトシュラーの心を見抜いて、零は告げた。

236 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:27:02 ID:zRNyQg5k0

「……しかし、それならどうする? 今すぐ、今から戦うか」

「物騒なのは止めて欲しいね。私の願いは、ただ『蚊帳の外に居たくない』という些細な物なのだから」


 無表情のままの風紀委員長。
 対し、小首を傾げて鸚鵡返しをして疑問を示したのは生徒会長だ。


「蚊帳の外? どういうことなのかな?」

「簡単だよ生徒会長。言葉通りのその通りだ。私は、おもしろおかちいことが近くで行われているのに見に行かないなんて……とても我慢ができない性質なのだよ」


 面白いこと――即ち『空想空間』でのゲームのこと。
 そんな面白そうなことが近くにあるのに関わり合いにならないのは沽券に関わると彼女は言った。
 ただの野次馬根性だと。

 断言した、お世辞にも崇高とは思えない願いを言い切った零にハルトシュラーが訊く。


「野次馬根性か」

「人間として当たり前の欲求であり欲望さ。『知りたい』という欲望。極端な話をすれば宇宙を調査する学者と同じだよ。素敵な好奇心さ」

237 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:28:03 ID:zRNyQg5k0

 真実に触れたい、蚊帳の外に居たくない。
 誰でも持つ野次馬根性と好奇心こそが、洛西口零が『実験(ゲーム)』に参加している理由。

 勝ち抜くことなどどうでも良い、ただ知っていたい。
 だから負けたくない。
 折角面白いことを知ったというのに忘れてしまうなんて――絶対に嫌だ。

 それが、三大欲求よりも好奇心が勝ると言われる『汎神論(ユビキタス)』洛西口零という人間。


「故に諸君には協力できないのだが……しかし、ある意味で協力はできる」


 ハルトシュラーは黙っていた、同じように檸檬も沈黙を守っていた。
 どちらも、彼女が次に言う言葉が予測できたからだ。



「諸君、是非ともこの洛西口零を倒さずにおいてくれたまえ――そしてできることならば、私が記憶を保ったままに全てが終わるよう配慮してくれると有難い」



 またあの性悪な笑みを浮かべて洛西口零は述べた。
 やはり嘘ではない、真実を。

238 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:29:02 ID:zRNyQg5k0
【―― X ――】



 ―――「タカマガハラ・レモン」 ガ ログイン シマシタ.

 ―――「ハルトシュラー・ハニャーン」 ガ ログイン シマシタ.

 ―――「ラクサイグチ・レイ」 ガ ログイン シマシタ.





.

239 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:30:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 7 ――】


 淡い色合いの蒼の曇天は今日も燐光を放ち、見る者の心を揺さぶる。 
 『空想空間』の低い空。

 目にする度に檸檬などは馬鹿正直に「異世界だなあ」と感慨深く思ってしまう。
 彼女は異世界異能バトル物の漫画が大好きなのだ。
 対し隣のハルトシュラーは無表情、そして二人の後方にいる零はうっすらと笑みを浮かべていた。


リハ*゚ー゚リ「不満気だね、貴女。この洛西口零が同行するのがそんなに嫌かい?」

j l| ゚ -゚ノ|「別に。何も思ってはいない」


 最終的な結論としては、洛西口零との全面的な協力は見送られることとなった。
 ただし部分的な協力は同意され、「洛西口零は誰とも戦わず傍観のみとする」「生徒会執行部は洛西口零と戦わない」ということになった。
 ハルトシュラーとしては上手い具合に零の要求のみ全て飲むよう誘導されたようで、少しだけ面白くなかった。

 部分的ではあるが協力関係である、現に三人は今も同じ時間、同じ場所からログインしていた。
 ログイン場所は先程と同じ、インターネット喫茶の一室でありながら金庫並みのセキュリティを誇る洛西口零の部屋からだ。
 一応は誰かから危害を加えられる恐れはない。
 火事や地震の際も安心してくれ、強度には自信がある、と零は笑っていた。

240 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:31:03 ID:zRNyQg5k0

 その零は適当な印象を抱かせるスウェット姿から様変わりしていた。
 下半身はブルージーンズ、上半身は白のロングキャミの上から明るいオレンジ、ノバチェック柄のジャケットを羽織った服装。
 ボタンは真ん中の二つのみを留めており寝間着では分からなかった豊満な胸部がかなり大胆に露出していた。
 髪型も整ったカジュアルなものになり、挙げられた前髪はノンフレームの眼鏡で留められている。

 顔立ちも身体付きも全く変化していないのだが、印象はまるで違っている。
 誰が見ても、先程の零と同一人物とはとても思えないだろう。


j l| ゚ -゚ノ|「しかし……どうした、その姿は」

リハ*^ー^リ「とても同一人物とは思えない? そりゃそうだよ。今の私は『清水愛』だから」


 ハルトシュラーが問いかけると、洛西口零は声のトーンや話し方までも変えた。
 零の――アイの微笑みは性悪なそれではなく、年の若い女性らしい明るく気持ちの良いものだった。

 情報を操る『汎神論(ユビキタス)』の洛西口零。
 彼女は暗にこう主張しているようだった。
 「特別なチカラがなくても工夫次第で人間の印象なんて簡単に変わっちゃうんだよ」と。

 情報の捏造を専門とする情報通は、自らの情報さえも捏造してみせる。
 ……いや「捏造」というのは相応しくないだろう、彼女も彼女で真実の姿なのだから。

241 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:32:03 ID:zRNyQg5k0

 さて。
 二人がログインしたのは零のもたらした情報の為だった。

 ハルトシュラーが気になっていた二年五組の生徒。
 彼――「参道静路」という男子生徒がちょうど今ログインしていると洛西口零は言った。
 そして情報網の正確さを確かめる為、三人は『空想空間』にやってきていた。

 しかし、疑問点が一つあった。


j l| ゚ -゚ノ|「私達はインターネットカフェの一室からログインしたはずなのに、何故高校の屋上にいる?」


 その通りだった。
 何故か三人はあの一室ではなく、淳高の屋上にいたのだ。
 だが、この疑問にはアイが答えた。


リハ*゚ー゚リ「知らなかった? 極端に学校から離れた場所でログインすると、強制的に学校の何処かへ飛ばされるんだよ」


 どうやら夢の中の異世界『空想空間』は淳校を中心に展開しているらしい。
 その広さは「高校を中心とした一定範囲」であり、限りがある。
 今回ハルトシュラーがログインした繁華街のインターネットカフェは学校から距離が離れ過ぎていたようだ。

242 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:33:04 ID:zRNyQg5k0

 そう言えば、と彼女は思う。
 前回相手をした有栖川有子はその日学校を休んでいたにも関わらず、淳校の中庭にいた。
 あれはそういうことだったのだろう。


j l| ゚ -゚ノ|「私としたことが迂闊だったな……しまった」


 無表情で自らの浅慮に恥じ入るハルトシュラー。
 そんな彼女を後目に、レモナは。


<「向こうの屋上に誰かいる! 僕、行ってくるねーっ!」

j l| ゚ -゚ノ|「おい、レモナ……もう遅いか」


 それだけを告げると二人の返答を待たず、屋上を走っていってしまった。
 ハルトシュラーが振り向いた時にはもう姿がなかった。
 制止する暇もなかった。

 生徒会長は階段を下りて渡り廊下を使うという真っ当な考えに至らなかったらしく、今いる屋上の柵を飛び越え、続く渡り廊下の屋根を駆け抜けていく。
 風紀委員長は自由奔放な会長の行動に溜息を一つ吐いて、アイに訊いた。

243 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:34:03 ID:zRNyQg5k0

j l| ゚ -゚ノ|「レモナの後を追うか、階下の渡り廊下を使うか。貴様の意見が知りたいのが私だ」

リハ;゚ー゚リ「会長の後を追うって……あんな風に高い柵を乗り越えて柵のない場所を走って行けってこと? 根っからのインドア派の私にできると思う?」

j l| ゚ -゚ノ|「今の貴様は少なくとも見た目はそれなりにアウトドア派のようだが」

リハ*-ー-リ「それにしたって、馬鹿正直に真っ直ぐ向かって行くなんて危な過ぎるよ。相手が長距離攻撃ができる奴だったらどうするの?」

j l| ゚ -゚ノ|「避ける」

リハ;゚ー゚リ「無理でしょ。いや君等ならできるのかもしれなけど私には無理だよ」


 なら決まりだな、とハルトシュラーは呟いて屋上の端に設置された階段へと向かい始めた。
 彼女は真っ当な考え――渡り廊下を使い棟を移動することに決めたようだ。

 言葉通り、ハルトシュラーならプラスチックの柵を乗り越え屋上を走ることなど容易にできた。
 それが最短ルートでもあった。
 その選択をせず、わざわざアイに意見を訊ねたのは、ただの優しさだ。

 ハルトシュラー=ハニャーンは洛西口零のことが苦手だった。
 けれど嫌いではなく、況して憎んでるわけがなく――零が一般生徒としての本分を守るのならばハルトシュラーも彼女を守るつもりだった。
 そういうものが、ハルトシュラーの思い描く風紀委員長だった。
 無表情なので周囲には伝わり難いが、ハルトシュラーはレモナと比べるとかなり普通に近い思考回路を持つ優しい上級生なのだ。

244 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:35:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 8 ――】


 参道静路――夏用の制服を崩して着用していたジョルジュは、柵を飛び越えやって来たレモナを見て、笑った。

 彼もアイと同じように姿をほとんど変えていなかった。
 剃り整えた眉毛も、一房だけ濃い茶色のメッシュがある髪型も、制服のズボンの裾を捲り上げたニッカーボッカーズ的な着こなしも変わっていない。
 変更点があるとすれば身長だろうか。
 現実世界と比べて『空想空間』の彼は少しだけ上背が伸びていた。

 そして姿を変えなかったのは――変わらなかったのは。
 もしかすると現実と同じ姿ならば、あの生徒会長が自分だと分かってくれるかもしれないと、心の何処かで思っていたからだった。


|゚ノ*^∀^)「……よーっす」
  _
( ゚∀゚)「よぉ会長サン。ご機嫌いかが?」


 そこそこかな、とレモナは答えた。
 そーかい、とジョルジュは言った。

 両者の距離は二メートルもない。
 話すのには困らない距離。
 それでもあの時と比べれば遠過ぎる、と彼は思った。

245 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:36:04 ID:zRNyQg5k0
  _
( ゚∀゚)「……なぁ、会長サン。俺のこと覚えてる?」

|゚ノ ^∀^)「覚えてるよ。……クラスメイトのおっぱい揉もうとしてたのに、いざとなると結局触れもしないヘタレ君でしょ?」
  _
( -∀-)「おいおい、ひっでー覚えられ方だな」


 けれど、嬉しかった。
 ジョルジュは本当に嬉しかった。

 あの十三組の化物である高天ヶ原檸檬が。
 一カ月ほど前、ちょっと話しただけのただの一般生徒を。
 自分のことを記憶していてくれたのが、凄く。

 自分のような奴を覚えていてくれたのが、とても嬉しかった。 

  _
( ゚∀゚)「前の戦い、見てた」
 
|゚ノ ^∀^)「え?」
  _
( -∀-)「あーっと……。あの、重力を操る生徒と戦ってた時だよ」

246 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:37:04 ID:zRNyQg5k0

 不思議そうな顔をしたレモナに説明を付け加えた。
 言葉を聞くと、生徒会長はにやりと微笑んでこう言った。


|゚ノ*^∀^)「さては君……僕のファンだな?」
  _
( ^∀^)「ははっ! ファンか、確かにそうかもしれねぇわ、俺」

|゚ノ*^∀^)「サインでも欲しい? それともまた胸かな?」
  _
( -∀-)「後者は魅力的な申し出だが今日は遠慮しとくわ。やりたいこともあるし」


 少し前までは、何よりも大事だった女子の胸。
 それでさえも今はどうでも良い。
 どうでも良くはないが……今のジョルジュにはもっと重要なことがあった。

 一度深呼吸をして。
 彼は、真っ直ぐレモナを見据えて言った。


  _
( ゚∀゚)「俺と戦ってくれ、会長サン。……それが今、俺が一番やりたいことなんだわ」

247 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:38:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 9 ――】


 渡り廊下を三分の一まで進んだその時だった。
 前方、通路の中ほどの天井が凄まじい振動と轟音と共に吹き飛んだ――否、ブチ抜かれた。


リハ; ーリ「えっ……何!? ホントに遠距離攻撃タイプだったの!?」

 
 爆弾が近くで爆発したかのような音に、粉塵が巻き上がる中で叫びながら思わず顔を覆ったアイ。
 対し、振動にも轟音にも微動だにしないハルトシュラーは前を向いたままだ。
 世界が滅びようともこの芸術家は無表情のままなんじゃないかとありえないことだが一瞬本気で思ってしまった。

 しかし、そうではなかった。
 ハルトシュラーだって驚くべき時は驚くし今だって驚いている。


j l| ゚ -゚ノ|「……誰だか知らないが、派手な登場だな」


 悪魔が驚かなかったのは重要度の問題だ。
 驚くよりも先にするべきことがあった故に驚かなかったのだ。
 すぐにでも戦闘準備をするべきだったから驚かなかったのだ。

248 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:39:02 ID:zRNyQg5k0

 つまり――敵襲だ。


「……よしっ。今日も絶好調だぞ、私ィ!」


 煙の中から女の声が聞こえた。
 まさか、だから天井を壊して登場したわけではないだろうが、天井知らずな明るい声だ。

 最初に目に付いたのは赤みがかった短髪。
 次に見えたのは短パンに上半身はだぼだぼの赤のジャージというファッション。
 最後に分かったのは――メタリックレッドの装甲に覆われた右腕。

 そして襲撃者の少女はハルトシュラーを指差し、何処までも届きそうな明るい声で高らかに名乗りを上げた。



ノハ#゚听)「私の名前は深草火兎ッ!燃える女ヒートだッ!! 能力は『ハンドレットパワー』ッ!!! さあ――私と勝負だ、風紀委員長ッ!!!」



 ……この瞬間、ハルトシュラーは二つのことを思った。
 それは「極めて面倒そうな奴が来たな」と「レモナ、代わってくれないかな」だった。
 不可能だとしても願わずにはいられなかった。

249 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:40:27 ID:zRNyQg5k0

 大きな溜息を吐いて、ハルトシュラーは振り返る。
 インドア派の非戦闘員に指示を出す為に。


j l| ゚ -゚ノ|「おい、名も知らぬギーク。少し下がってい……ろ?」


 と。
 振り返り見た場所には、先程までアイが立っていた地点には彼女の姿は影も形も見当たらなかった。
 音もなく、最初からいなかったかのように消え失せていたのだ。

 逃げたにしても早過ぎであり、更に言えば非戦闘員である彼女が卓越した聴覚と第六感を持つ風紀委員長に覚られないほどの身のこなしで移動できるとは思えない。
 その疑問は次の瞬間、更に後方から――渡り廊下の端から飛んできた声で解決された。


リハ*^ー^リ「これが私の能力だよ、諸君ーっ! 『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』――私は『汎神論(ユビキタス)』と呼んでいるがね!」

j l| ゚ -゚ノ|「そうか。やはり貴様などと協力するべきではなかったと思っているのが私だ」

リハ*^ー^リ「というわけで閣下、ここは君に任せたぞ!精々気を付けろ! 私はさっさと逃げて高みの見物を決め込むことにしたから! じゃっ!」


 話し方を洛西口零に戻したアイは次の刹那には消え失せていた。
 先程と同じく、最初からいなかったかのように。

250 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:41:15 ID:zRNyQg5k0

 『閣下(サーヴァント)』ハルトシュラー=ハニャーンはもう一度大きな溜息を漏らした。
 本当に零が高みの見物をしてくれるなら良いが、もしこっそりと現実世界に戻りハルトシュラー達の肉体を始末するつもりなら目も当てられない。
 つくづく浅慮だったと深く反省した。

 どうにかして目の前の相手をできるだけ早く退け、零を探さなくてはならない。
 だから。


j l| -ノ|「ふっ――!」

ノハ;゚听)「敵前逃亡とは最近の子供にはガッツが…………えっ、」


 一拍も置くことなく、名乗りを返すこともなく。
 ハルトシュラーは自らが持つ全ての力で以て加速し――赤髪の少女の懐へと飛び込んだ。
 次いでその勢いを乗せたジョルトブローをなんの容赦もなく相手の腹部へと放った。


ノハ; )「がッ……ふ、ぁ……」


 柔らかな肉体がくの字に折れ、少女は膝を着く。
 彼女はなんとか立ち上がろうとしたが、交感神経が集まる人体の急所を殴られ呼吸困難に陥っている状態では土台無理な話だった。

251 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:42:08 ID:zRNyQg5k0

 やがて倒れた少女に向け、ハルトシュラーは言った。


j l| ゚ -゚ノ|「貴様の流儀に付き合ってやれず悪いと思っているのが私だ。しかし、戦闘中に構えを取らない貴様も悪かったと思っているので謝らない」

ノハ; )「こ……っ……」

j l| ゚ -゚ノ|「能力体結晶は奪わないでおく。次はちゃんと貴様の流儀に付き合おう」


 さらばだ、名も知らぬ生徒。
 それだけを言い残すと男装の風紀委員長は最寄りの教室、掛け時計が設置された部屋へと駆けて行った。
 振り返ることはなかった。


ノハ; )「わ……ぁ……っ! が……っ」


 「私の名前は深草火兎だ!」。
 「ちゃんと名前で呼べ!」。
 赤髪の少女――ヒートはそう叫びたかった。

 だが声は出なかった。
 きっと声が出たとしてもハルトシュラーは気にも留めなかっただろうが。

252 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:43:07 ID:zRNyQg5k0
【―― 10 ――】


|゚ノ*^∀^)「僕と戦いたいって? それが君の願いなのかな? ……そんなことなら、言ってくれればいつだって相手したのに」
  _
( -∀-)「いや、それは願いじゃねぇよ。望みではあるが、」


 そこまで言ったところで、背後から爆発音のような轟音が聞こえた。
 油圧ショベルが壁を壊したかのような音だった。

 振り返りかけたジョルジュの肩にレモナが手を置いた。
 ゾッとする程好戦的な双眸が語っていた――「勝負の最中に敵から目を逸らすなよ」と。
 だから彼は黙ってレモナの手を取り、退けた。

  _
( ゚∀゚)「悪かった。女といる時に、他の奴のことを気にするとか最低だったわ」

|゚ノ ^∀^)「ヘタレの癖に知ったようなこと言うじゃん?」
  _
( ^∀^)「ジーさんからの受け売りだ。寝る子は育つとか、男は逃げないとか……勇敢な海の男だったらしいわ」


 カラカラと笑うと、ジョルジュは一歩後ろへ下がる。
 近付いた間合いを離す。

253 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:44:03 ID:zRNyQg5k0

 レモナも笑って言った。


|゚ノ*^∀^)「ああ、海はいいよね。大きくて、広くて。僕はビーチフットが大好きなんだケド……またやりたいなあ」
  _
( ゚∀゚)「まあ、俺の先祖はその海を乱すならず者だったんだけどな」


 目を伏せてジョルジュは続ける。
 祖父から何度も聞かされた勇敢な海の男の物語を。

  _
( -∀-)「カリブ辺りの海を縄張りにしてた海賊でさ……。本物のカリブの海賊だわ。すげぇって思わね?」

|゚ノ*^∀^)「思うよ。腕っぷしだけを頼りに生きるアウトローだもん。凄いよ」
  _
( ゚∀゚)「だろ? だから俺、昔は海賊なりたかったんだわ。時代も変わったし、人を殺す度胸もねぇから諦めたけどさ……」


 一呼吸を置いて、そして。
 彼は核心を話し出す。
 自身の胸の内を――ずっと秘めていた思いを。

254 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:45:09 ID:zRNyQg5k0
  _
( ゚∀゚)「会長サン――俺は、『本物』になりたいんだよ」

|゚ノ ^∀^)「本物?」


 あの日、あの時、あの瞬間。
 高天ヶ原檸檬という本物を目にした彼はずっと目を背けていた本心と向き合うことになった。


 茶化して、ふざけて、賑やかして。
 薄っぺらな何もない自分。
 そんな奴になりたかったわけじゃないし――今だって、なりたくない。

 深刻な何かが欲しい。
 切実な何かが欲しい。

  _
( ゚∀゚)「アンタのこと、ちょっと調べた。アンタの周りは凄い奴ばっかだ……本物ばっかりだわ」


 天才芸術家であるハルトシュラー=ハニャーンも。
 あらゆる武道で一流である幽屋氷柱も。
 高校生にして既に会社の社長となっている洛西口零も。
 そして、高天ヶ原檸檬自身も――極まって只管とてつもなく完全にどうしようもない程に、『本物』だ。

255 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:46:13 ID:zRNyQg5k0

 自分とは似ても似つかない凄い人達ばかりだ、とジョルジュは言う。
 どうしてこうも俺は駄目なんだろう、と彼は思う。

  _
(  ∀)「何が足りないんだろうな……。俺は、普通過ぎるわ。勇敢な海の男の子孫が聞いて呆れる程にさ……」


 いや――「普通」とも言えまい。
 そんな言葉は使えない、烏滸がましい。

 ただ、駄目なだけだ。
 不良気取って明るい奴装って適当に生きてるだけの、普通でもなんでもないただの駄目な奴だ。
 普通だと言うのなら「普通に駄目な奴」なのだ。

 何一つちゃんとできやしない。
 何にも真剣に打ち込んだことがない。
 恋の経験すらロクにない。
 少しの挫折もないほどに何もなく、僅かの後悔もないほどに何もない。

 中身がない、空っぽの人間―――。

.

256 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:47:16 ID:zRNyQg5k0

 けれど。

  _
( ゚∀゚)「でもさ、ふと思ったんだよ。ここに来て、能力を手に入れて……アンタの戦い振りを見て」


 もしかしたら。
 もしも、このどうしようもない俺が――もしも。 


  _
(  ∀)「もしかしたらさ……。もしも、どうしようもないぐらいに本物であるアンタを、どうしようもない俺が倒せたら――何かが、どうにかなるんじゃないかって」



 俺は中身が何もない偽物だ。
 だけど、確固たる中身を持つ本物を倒せることができれば、『本物』になれるんじゃないか?
 近づけるんじゃないか――その『何か』に。

 誇れるんじゃないのか?
 こんな自分自身を。

 胸を張れるんじゃないか?
 勇敢だったという祖先に。

257 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:48:04 ID:zRNyQg5k0

  _
( -∀-)「『ちゃんと中身のある、何かになりたい』――それが俺の願いだ。俺が叶える、俺の願いだ」



 だから、ジョルジュは戦おうと決めた。

 願いを叶えて貰おうと思っているわけではない。
 「中身が欲しい」という願望は、戦いを通して自分で叶えてみせる。
 本物になってみせる。


|゚ノ ^∀^)「それが……君の願いなのかな?」
  _
( ゚∀゚)「そうだ。俺が叶える、俺の願い。……なんにもねぇ俺の、空っぽな俺の、ほんのちょっとの中身だよ」


 ジョルジュの言葉にレモナは笑った。
 偽物の言葉に本物は笑った。
 清々しく、高らかに、何処までも届くような声で呵々大笑した。

 「カッコいいな、君」と高天ヶ原檸檬は言った。
 「惚れちゃったのかい?」と参道静路は言った。

258 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:49:07 ID:zRNyQg5k0

 まさか、とレモナは言って続けた。


|゚ノ ∀)「けどさ……本当に君が僕を倒せることがあるのなら、もしかすると本当に好きになっちゃうかもね」


 そうして二人は間合いを離す。
 距離にして五メートル。
 近いようで、遠く――遠いようで近い距離。

 それは。
 戦う為の距離だった。


|゚ノ*^∀^)「洛西口ちゃんと同じく『実験(ゲーム)』があればこその願いである以上、君には辞退を勧めたりはしないよ。……ただ、ぶん殴って負かしてやる」
  _
( ゚∀゚)「言っとくけど、俺不良だから女にも容赦ねぇし……卑怯な手段も使うぜ?」

 
 別にいーよ、とレモナは返して。
 そうしてまたゾッとする程に好戦的な笑みを浮かべ、言った。


|゚ノ*^∀^)「手抜かりなく手ぇ抜いてあげるから、どっからでもかかってきなよ♪」

259 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:50:06 ID:zRNyQg5k0
  _
(  ∀)「そうかい。じゃあ――『沈め』」


 異変が起こったのはレモナがあるライトノベルのパロディをした――その、次の瞬間だった。
 敵対者が一言呟いた、その刹那だった。


|゚ノ; ∀)「……っ!!?」


 ガクリと落ちかけた膝、崩れかけた体勢をどうにか立て直す。
 ボディーブローを貰ったかのような、身体の芯がいきなり重くなったような奇妙な感覚。
 大した重さではないものの体性感覚は狂い三半規管が異常を知らせてくる。 

 それでも数瞬で態勢を整えたレモナにジョルジュは静かに告げた。


  _
( ゚∀゚)「言い忘れてたし、今言うわ。俺の能力は『Davy Jones' Locker』――触れた人間を重くするチカラだ」



 更に次の瞬間。
 一気に距離を詰めたジョルジュの拳がレモナの顔面を打ち抜いていた。

260 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:51:03 ID:zRNyQg5k0
【―― 11 ――】


 レモナとジョルジュの戦いが始まった場所の向こう側。
 つまり、当初レモナ達が居た棟の屋上に洛西口零は佇み、戦いの行く末を見守っていた。
 観察していた、と言うべきだろうか。

 両腕を柵に乗せリラックスした風に観戦を続ける彼女の隣に一人の少女がやって来ていた。
 動き回ったはずなのに息一つ乱していない少女に、零はおちょくるように言った。


リハ*゚ー゚リ「どうしたんだい、閣下。まるで急いでログアウトして何かを確認すると再び急いでログインしたかのような顔をしているよ」

j l| ゚ -゚ノ|「その通りなので訂正する気も起きないのが私だ。まさか、本当に高みの見物をしていたとは」

リハ*^ー^リ「はははっ! おいおい閣下、たまには信じろよ」

j l| ゚ -゚ノ|「貴様のことなど信じられるか」

リハ*゚ー゚リ「嘘吐きである私のことじゃあないさ――嘘を見抜くスキルを持つ自分を信じろよと私は言っているんだ」


 視線を動かさず、ハルトシュラーを見ないままで零は言った。
 本当に、それは箴言だった。

261 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:52:03 ID:zRNyQg5k0

 零は語る。


リハ*゚ー゚リ「閣下。貴女は正しくの完璧超人だが、一つだけ足りない物がある。あの生徒会長にあって貴女にない物。そしてあの青年が求めている物」

j l| ゚ -゚ノ|「……自信、か」

リハ*^ー^リ「ご名答でありご明察だ。貴女には自信が足りない」


 言い換えれば、自分が自分であるという意識が足りていない。
 零は静かにそう続けた。


リハ*゚ー゚リ「自分に自信がないからこそ、今のように妙な間違いをしてしまうのだよ。それは直すべき所だ。気を付けろよ」

j l| ゚ -゚ノ|「確かにそうかもしれないが、間違いだと思ったことを無理に正しいと信じ続けるのは自信ではない。愚かさだ」


 冷たいハルトシュラーの答えに零は同意した。


リハ*-ー-リ「……かもしれない。けれどなら一つ訊いてやるよ――『お前、なんで私と一緒にログインしたんだ?』」

262 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:53:04 ID:zRNyQg5k0

 たとえば、と零は例を挙げた。
 「たとえば私が一緒にログインしたのはお前達二人を油断させる為で、前以て指示してあった私の部下が二人を始末したかもしれない」と。

 あのネットカフェは洛西口零が経営する店。
 あの部屋は洛西口零の部屋。
 完全に他人の領域であるのに何故疑うことなく全てを信じているんだ、と。


j l| ゚ -゚ノ|「それは、貴様がそもそも……ああ、そうか。そういうことか」


 言葉を言いかけて、ハルトシュラーは止めた。
 零の言わんとしていることが理解できたからだった。


リハ*-ー-リ「慧眼であり達観だ。君が思った通りに、私は他人のことを信じない人間だ。自分が寝ている部屋に他人を入れるなど……考えられない」


 詰まる所、ハルトシュラーは洛西口零のことを信じていたのだ。
 「コイツは他人を信用しない奴だ」と。
 あるいは、「嘘吐きだが契約は守る奴だ」と。

 自分のことは信じていないのに。
 何故か、他人のことは何処かで信じてしまっている。

263 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:54:03 ID:zRNyQg5k0

 零は更に語る。


リハ*゚ー゚リ「閣下、貴女は全く奇妙な人間だ。知らない奴が見れば『自分の力のみを頼りに生きる人間』と思うのかもしれないが、そうではない」

j l| ゚ -゚ノ|「ならどういう奴なのか気になっているのが私だ」

リハ* ーリ「分かっていることを他人に訊ねるもんじゃあないぜ――貴女は『何もない、空っぽの奴』だよ。だからさっき挙げたようなことが起こるのさ」


 冷静に、冷徹に。
 口の端を歪めた性悪な笑みを浮かべて零は尚も言う。


リハ*゚ー゚リ「あの青年も青年で空っぽの奴だが、その空っぽは自分探しをする若者くらいの空洞空白でしかない。実に普通だよ」


 ま、その事実に向き合えていることは評価に値するがね、と彼女は言って目を細めた。
 本物と偽物との戦いを――偽物が本物になる為の戦いを仔細に観察する。

 誰だって経験するアイデンティティの危機。
 自己同一性の拡散。
 「自分が何者なのか、何をしたいのかわからない」――普通に生きる人間ならば例外なく対決することになる問題。

264 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:55:05 ID:zRNyQg5k0

 かなりの数の人間が、その問題からは逃げてしまう。
 立ち向かうことなく逃げて覚ったフリして大人ぶって流されて操られて何もしない内に――死んでしまう。

 社会的責任や義務が免除されている期間をモラトリアムと呼ぶが、これは本来的にはアイデンティティを獲得する為の期間なのだ。
 不安定な自分を確固たる『自分』にする為の準備期間。 
 そして問題から逃げた人間は、やるべきことが分からないままただ日々を過ごす大人になり、あるいはカルトや非行に走る。

 大人には生き続けていれば勝手になれるが――『自分』には、努力しなければ成れない。


リハ*^ー^リ「……どうだい? こう考えてみると、大人であることを振り翳す矮小な人間は子供である私達からしても尊敬に値しないと思わないかい?」

j l| ゚ -゚ノ|「話が逸れている。一体、貴様は何が言いたい」


 無表情ながら殺意を込めたハルトシュラーの言葉にも、彼女は笑って応じる。


リハ*゚ー゚リ「ただの狂言さ。私も私で、盛大に失敗してしまった人間だからねえ」


 自己同一性を獲得することを――ではなく。
 その前段階で致命的な失敗をしてしまったが為にアイデンティティ問題に辿り着けなくなってしまった人間。

265 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:56:03 ID:zRNyQg5k0

 諸君等と同じくね――そう零は語った。
 失敗者は言った。

 ……その「諸君等」という言葉が一体誰を指示しているのか、ハルトシュラーには分からなかった。
 自分とレモナのことか、自分と恩人のことか、あるいは他の誰かのことか。
 少なくとも今まさに戦っている――『何か』になる為に戦っている参道静路という普通の人間のことでは、ないだろうけれど。


リハ*^ー^リ「さあさあ高説私説はこのくらいにして、あの比類なき本物と掛け値なき偽物との戦いを見守ることにしよう」


 人間と天使との戦いを見守ることにしよう。
 零は言った、ハルトシュラーとしてもそのつもりだった。


リハ*゚ー゚リ「気を付けて見ろよ。貴女みたいな異常な奴は、往々にしてああいう普通の人間の生き様から何かを学べるものなのだから」

j l| ゚ -゚ノ|「……どうだろうな」


 もしかすると私の願いも彼と同じなのかもしれないなと悪魔は思った。
 そんな願望があるからこそ自分は芸術を学んでいるのかもしれないとも思った。
 その予測が事実かどうかは、今の彼女には分からない。

266 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:57:04 ID:zRNyQg5k0
【―― 12 ――】


 一発目の右拳は歯を食いしばって耐えた。
 武道や格闘技を嗜んでいない、喧嘩殺法の殴打技でも直撃すればただでは済まない。
 その場に踏み止まり、すぐさま反撃に移れたのはレモナの闘争本能故だ。

 あるいは日々の鍛錬故だろうか。
 あらゆる格闘技の中でも適度にルールがあり適度に暴力的で適度に愉快なボクシングは彼女が一番好きなものだった。


|゚ノ* ∀)「あはぁ――♪」


 返す刀で自らの右腕を振るう。
 唸りを上げる剛腕、手首を捻りながらの一撃――コークスクリュー・ブローを敵対者の内臓に向けて放つ。

  _
(;゚∀゚)「ちっ!」


 しかしジョルジュとて中学の始めから現在に至るまで一通りの喧嘩をやっていた身。
 野生染みた勘で攻撃に反応、レモナの拳を空いていた左手で受け止め、そしてそれと同時にバックステップ。
 自ら後ろへ飛ぶことで衝撃を殺す狙いだ。

267 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:58:04 ID:zRNyQg5k0

 一気に、また一メートルほどの間合いが空いた。
 彼自身が後退したのもあるが、それ以前にあの天使の拳の威力が桁違いなのだ。

  _
(;゚∀゚)「(今、不自然に身体が浮いたぞ……? それにこの左拳……)」


 左の掌で受け止めた拳。
 防御には完璧に成功しているはずなのに、痛みと痺れで一瞬間使い物にならなくなる程の衝撃を与えられていた。
 今まで戦ってきた相手の中でもトップクラスに重い拳。

 女でなら、間違いなく一番だ。
 そう思った――刹那、目の前に化物がいた。


|゚ノ* ∀)「ははっ!」
  _
(;゚∀゚)「!!?」


 レモナの左手が僅かに動いた。
 ジョルジュは咄嗟に右腕で顔面をガードした。

268 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 01:59:05 ID:zRNyQg5k0

 が。

  _
(; ∀)「(うごかな――いっっっ!!?)」


 それは、ただのフェイク。
 不良としての勘を逆手に取り、ジャブを打つ素振りをすることで防御させる目的のフェイント。

 ほとんど抱き合うような位置まで潜り込まれる。
 ジョルジュは尊敬に値する反応速度でレモナの右腕を払おうとした。
 事実右手の甲には触ることができた。
 首筋にも僅かに触った。

 だが、彼女は止まらない。


|゚ノ* ∀)「どーん」


 そんなふざけた一言と共に、一歩前に出された右足が屋上を踏み締める。
 音もない震脚と同時、重心を移動させ体内を操作し呼吸を整える。
 繰り出されるのはボクシングの技ではない武術の必殺。
 過近距離戦闘、密接した状態で十全な威力を出すことを念頭に置いた、最小動作で最大威力を生み出す拳撃。

269 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 02:00:11 ID:zRNyQg5k0

 曰く、八極拳が暗勁。
 寸勁やワンインチパンチとも呼ばれる、ほとんど身体を揺らすことなく勁を作用させる技術。

  _
(; ∀)「が――はっっっ!!?」


 着弾点は水月。
 身体を侵食するかのように衝撃が浸透していき、呼吸や思考が一瞬止まる。

 その間隙を見逃してくれるほど、天使は甘くなかった。
 寸分違わぬ位置に左の前蹴りが来た。
 前方に移動していた体重をそのままに、軽くなった左脚でジョルジュの身体を蹴り抜いたのだ。

  _
(; ∀)「ごばっ……!!」


 気持ちの悪い浮遊感。
 あまりの激痛で痛みが麻痺していた。
 ただ身体の内部、おそらくは内臓付近が損傷したことは分かった。

 真後ろに吹き飛ばされたジョルジュは受け身を取れず、硬いアスファルトに頭を打ち付けた。
 口一杯に広がるのは血の味、鉄と死を連想させる味。

270 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 02:01:22 ID:zRNyQg5k0

|゚ノ*^∀^)「大見得切った割には大したことないね、君は」


 今回の隙には、追撃はなかった。
 レモナはその場から動かず腕を組み、倒れたジョルジュを見下ろしていた。

 口の端に付いた血をべろりと舌で舐めて彼女は笑う。
 天使は嗤う。
 大したことないなあ――なんて。

  _
(; ∀)「は、はは……。くそが……不意打ちしても、この程度かよ……。……っと」

|゚ノ ^∀^)「……!」


 彼もまた、笑って。
 そして――立ち上がった。

 地面に手を付き、震える膝に力を入れ、ボロボロの全身に鞭を打ち。
 それでもまだ倒れるにはいかないと。
 失われてはいない戦意と願望を示すかのように。

 空っぽで薄っぺらで軽薄な――偽物の笑みを浮かべて、その両脚で立ち上がった。

271 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 02:02:06 ID:zRNyQg5k0

 高天ヶ原檸檬もこれには少し驚いていた。
 「手抜かりなく手加減する」との言葉通り多少ならず手加減していた彼女だが、決して手を抜いていた訳ではない。
 ブレザーも脱がず、腕捲りもせず、鍛錬の為に常に付けている重しも取ってはいないが、本気ではあった。

 全力でこそなかったが、本気ではあったのだ。
 本気で倒すつもりの連打だった、なのに目の前の相手は倒れなかった。

 一度倒れはしたけれど――立ち上がった。


|゚ノ*^∀^)「君……本当にカッコいいね。君が僕を倒したら、付き合おっか♪」
  _
(;-∀-)「光栄な申し出だがな、それは無理だわ……。とりあえず俺が、ちゃんとした……何かに、なってからじゃねぇと……。……あと俺、エロいしな」

|゚ノ*^∀^)「好きだよ、そういうのは。いっぱいイチャイチャしよー」


 レモナの軽口に、ジョルジュもまた軽口で返した。
 軽い口調ではあったけれど、どちらも確かに本当のことを言っていた。

 参道静路は空っぽな自分の中にある、ほんの少しの真実を。
 高天ヶ原檸檬は明確な自分の、他人には滅多に話さぬ真実を。
 嘘偽りなく、自分の思いを二人は語っていた。

272 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 02:03:18 ID:zRNyQg5k0

 ハンデのつもりなのだろうか。
 立ち上がり呼吸を整えるジョルジュに攻撃を仕掛けることなく、レモナは訊いた。


|゚ノ*^∀^)「……名前。名前を訊いてなかったよね」
  _
(;-∀-)「…………参道静路。神社の参道に、静かな路と書いて静路。ジョルジュって呼んでくれ」

|゚ノ ^∀^)「詩人みたいな名前だ」
  _
(;-∀-)「いっつ……。同じことは昔も一回言われたが、学のねぇ俺にはさっぱりだわ」


 僕の好きな詩人の名前に似ているんだよ、とレモナは笑った。
 そーかい、じゃあ付き合うことになったら教えてくれ、とジョルジュも笑った。
 清々しい笑みだった。


|゚ノ ^∀^)「そうだ、能力の名前の意味も教えてよ」
  _
(;゚∀゚)「あ?」

|゚ノ ^∀^)「デイヴィーナントカっていう君がさっき言ってたやつ」

273 名前:第三話投下中。 投稿日:2012/03/16(金) 02:04:07 ID:zRNyQg5k0

 口元の血を制服で拭い取りながらジョルジュは質問に答えた。

  _
(;-∀-)「『Davy Jones' Locker』――西洋の伝承でさ、海の悪霊デイヴィ・ジョーンズがいる海の底のことで……沈没船や溺死した海賊は、皆そこに行くんだと」

|゚ノ*^∀^)「へぇ……。能力の詳細も教えてよ。ついでだし」


 その質問には、彼は答えず。
 やっと整えた体勢でレモナを指差し、見据えて言い放つ。


  _
( ゚∀゚)「そいつは自分で体感してみて知るんだな。さあ……『沈め』」



 沈め。
 その言葉と共に再びレモナの身体が重くなる―――!

 今回の加重は前回の比ではない。
 十倍に近い重量が彼女を襲い感覚を狂わせる。
 服が限界まで水を吸ったかのような、呼吸困難に陥ったかのような、全身に及ぶ虚脱感――重さ。

274 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:05:11 ID:zRNyQg5k0

|゚ノ;^∀^)「おおっとっとっと……」


 倒れそうになったがどうにか持ちこたえる。 
 身体が、やたらに重い。

  _
( ゚∀゚)「触れる度に、相手を重くしていく能力。服が海水を吸うように、じわじわと重くし……やがては動けなくする能力。相手を沈ませる能力。『DJL』だ」


 ジョルジュは言う。

  _
( ゚∀゚)「最初の一回目で一キロ。二回目には二キロ。三回目には四キロで、四回目には八キロ。そして五回目には――十六キロ」

|゚ノ;^∀^)「今は、大体八キロ地点なのかな?」


 その通りと海賊は頷き笑った。

 ……おそらく、最初の一回とはレモナが肩に置いた手をジョルジュが退けた時。
 二回目は拳が顔面を打ち抜いた時で、三回目と四回目はレモナの寸勁を払う為に手と首筋に触れた時のことだろう。
 最初の『沈め』では一キロ分が加重され、今の一言では二回目から四回目、合計七キロが増やされたのだ。

275 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:06:04 ID:zRNyQg5k0

 ならば。


|゚ノ ^∀^)「なら、『触れる度に相手を重くする』は間違いだね。『自分から相手に触れた時』か『相手に自分の攻撃を当てた時』だ」


 相手に触れた時ならば、実は先述以外にも幾つかあるのだ。
 たとえばレモナの拳を左腕で受け止めた時――あれは確かに触れ合っていたが、その分はカウントされていない。
 また彼女の寸勁と前蹴りの分も加算されていない。

 このことから、カウントされるのは『自分から相手に触れた時(防御ではなく攻撃の時)』であり、かつ『肌に直接触れた時』であることが分かる。
 だから現時点では合計八キロなのだ。

  _
( ゚∀゚)「……そうかもな。だがよ、それがどうした。いきなり体重が十キロ近く増えてそれまで通りに動けるわけねぇだろ?」

|゚ノ ∀)「かもね」


 普通の人間ならそうかもね。
 レモナは笑って言い、更に勝ち誇るようにしてこう続けたのだ。
 どうせ調べるならもっとちゃんと調査しておけば良かったね、なんて。

 お前の負けだ、と―――。

276 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:07:04 ID:zRNyQg5k0
【―― 13 ――】


 何かが、おかしい―――。
 そう感じ取ったジョルジュは急いで勝負を決めにかかった。

 最初と同じように、助走から全体重を乗せた拳をレモナの顔面に叩き込みに行く。
 相手は八キロ重くなっている、避けられるはずもない。
 これで倒すつもりはない、倒せずとも次は合計十六キロ分重くなる――そうなれば、とても動けまい。

 生徒会長が能力を使わず戦うと決めていることは前に彼女の戦いを見た時に理解していた。
 だから安心して、ジョルジュは飛び込んで行った。


|゚ノ ∀)「はぁ、ふっ―――」
  _
( ゚∀゚)「え……?」


 だが。
 彼の渾身の一撃を、レモナは軽やかに避けた。

 重さなど感じさせない動きで。
 音さえもほとんど発生しない身のこなしで。
 まるで漂う空気のように自然に、流れる水のように当然に、なんということはない風に避けてみせた。

277 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:08:03 ID:zRNyQg5k0

 一瞬も置かずにジョルジュは追撃の拳を繰り出した。
 だがそれも避けられる。


|゚ノ ∀)「――胴着、袴。垂、胴、面、籠手……」


 足刀蹴り。
 それもまた回避される。


|゚ノ ∀)「……面手拭い、垂ネーム、紅白たすき、」
  _
(;゚∀゚)「?!」


 組み付こうとしても逃げられる。
 何度攻撃しても、避けられる。
 先程までとは何かが――何処かが違う足捌きで。


|゚ノ ∀)「竹刀――竹片先革中結柄弦、鍔鍔止め」

278 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:09:04 ID:zRNyQg5k0

 そこまで言ってから、生徒会長は少し考えて。


|゚ノ ^∀^)「あとは……ああ、そっか。下着かな」


 左足は一歩下げ、右足を前に出す。
 後ろの足の踵を上げ、背筋を伸ばし、重心は七対三から八対二で後ろに置く。
 脇を締め、両手は緩く握り、けれど左小指を意識して。

 そして剣先は相手の目、あるいは喉元。
 視覚は目と剣の動きを見、聴覚は呼吸の音を聞き、意識を研ぎ澄まし。


|゚ノ ^∀^)「君は、僕を八キロ重くしたと言ったよね。最初の体重から八キロをプラスしたって」
  _
(;゚∀゚)「え……? ああ、そうだ……そうだよ! でも、なんで……!?」


 相手との距離は一メートルよりも遠く二メートルよりは近く。
 一歩踏み込めば打ち込め、逆に一歩下がれば打突を避けられる間合い、一足一刀の間合いを保ち。

 機先を制し。

279 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:10:13 ID:zRNyQg5k0
  _
(;゚∀゚)「なんで動ける!どうして避けられる!? 八キロ分増えた体重で……!?」


 疑問を叫ぶジョルジュに対しレモナは答えた。


|゚ノ*^∀^)「僕と戦うのなら、僕のコト……ちゃんと調べておくべきだったね。特に君が『本物』の一つとして挙げた幽屋氷柱と僕の関係を」


 生徒会長は両拳を縦に並べて前に出した奇妙な格好で。
 まるで、存在しない剣を構えているかのような状態で――笑いながら言った。

  _
(;゚∀゚)「は……?」

|゚ノ ^∀^)「八キロと四百グラム。八・四キロなんだよ、僕の防具の重さ」


 より正しくは。
 何も身に着けていない状態を零とし、剣道を行う為の全ての装備を整えた状態で増える重さ。
 その二つの体重差が。

 ちょうど今増えた分と同じ――否。
 それよりもちょっと重いんだよ、と彼女は笑った。

280 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:11:02 ID:zRNyQg5k0

 剣道は日本の武道の中で最も苛烈だと言われることがある。
 本当かどうかは分からない、しかし少なくともレモナは常々そう思っていた。
 柔道にも、弓道にも、居合道にもない性質が故に。

 それが防具の重さと練習法。

 稽古の激しさなら柔道に劣るかもしれない。
 精神の崇高さなら弓道に劣るかもしれない。
 単純な筋力なら居合道に劣るかもしれない。

 けれど――十キロ近い胴着と防具を身に着け、そのままの状態で何時間にも渡る稽古を行うのは、剣道だけなのだ。
 だからレモナは自分が知る武道の中で剣道が最も苛烈だと思っている。



|゚ノ*^∀^)「大失敗だねぇ、ジョルジュ君。……残念だけど、剣道家にとっては十キロまでは重さじゃないんだよ」



 「防具のあるなしなら薙刀だってそうだし、徒手の乱取りはもっと痛くて辛いよ」と幽屋氷柱は笑っていたが、その彼女にレモナは全く歯が立たない。
 単純な装備の重さならアメリカンフットボールと変わらない。
 しかし、試合のルールによっては決着が付くまで休息もなく無制限に戦い続けなければならない剣道はある意味アメフトより苛烈だと思っている。

 アメフトは敵を負かすゲームだが――剣道は何処までも、自分に勝つ為の武道。

281 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:12:04 ID:zRNyQg5k0

|゚ノ*^∀^)「なんならさ、今から一時間くらい君の攻撃をずっとかわし続けてあげよっか? この八キロ増えた状態でさ」


 それでもあの幽屋氷柱がやってるメニューに比べれば全然軽いけどね。
 そんな風に、何処までも笑顔でレモナは語る。

 この程度じゃ私は沈まないと。
 重さの内にも入らないと。
 お前の軽い重みなんて気にするにも値しないただの当然だと―――。

  _
(; ∀)「……でもっ! だとしても、あと一撃入れられれば……。一発入れれば、俺の勝ちだ!!」

|゚ノ ^∀^)「そうだね。十六キロ増えた状態じゃ僕もちょっと対処に困るかな。……だから、最後の勝負だ」


 自分に言い聞かせるかのようなジョルジュの叫びにも、レモナは知った風に答えただけだった。
 そうして、言った。


|゚ノ*^∀^)「もう一度言ってあげるよ――手抜かりなく手ぇ抜いてあげるから、何処からでもかかっておいで♪」

282 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:13:32 ID:zRNyQg5k0

 最後の特攻が始まった。


  _
(# ∀)「うっ――おおぉぉぉおおおっ!!!」



 参道静路が取った戦術は極めて単純。
 ――「力任せに、ブン殴る」。

 何もない空っぽな自分だ、余計な小細工なんてできない。
 ただ今までと同じように必死で、自分なりに一生懸命、薄っぺらな自分の全部を乗せて殴るだけ。
 たったそれだけしか自分にはできないのだから。

 軽薄な笑みが完全に消え去った覚悟の形相を見て、天使は微笑んだ。



「…………本当にカッコいいなぁ、君は。気に入ったよ」



 そんな声が耳朶を叩いた気がした。
 きっと気のせいだとジョルジュは思った。

283 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:14:14 ID:zRNyQg5k0

 向かい来るジョルジュに対しレモナは一歩前に出た。

 やや右寄りの前、前回り捌きで踏み込んで身体を沈める。
 振り上げられ打ち下ろされる拳、右腕を左手で受け止めてそのまま腕を掴む。
 次いで腰と腕を回転させ、相手を背に負いながら投げ飛ばす―――!



|゚ノ*^∀^)「せいやーっっっ!」



 手技十六本が一つ、背負投。
 現在では「一本背負投」と呼ばれる柔道の技だった。

  _
(; ∀)「剣道だけじゃ……ないのかよ……」


 投げ飛ばされたジョルジュは悔しそうに言った。
 レモナはまた、笑って言った。


|゚ノ*^∀^)「剣道は好きです――でも柔道はもっともぉっと、好きっ!」

284 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:16:04 ID:zRNyQg5k0
【―― 14 ――】


 蒼い空が、遠い。
 視界に広がる青色はまるで何処までも続く夜の海のようだ。

 ああ、と参道静路はふと気が付いた。
 静かな路って、このことか。
 何処までも広がる荒々しい大海原が一瞬、凪の刹那にだけ見せる――静かな海路。

 案外俺に似合ってんじゃんと彼は思い、次の瞬間には「俺にはもったいねぇ名前だわ」と感じた。

  _
(  ∀)「あーあ……。負けちまったわぁ……」

|゚ノ*^∀^)「勝ったら僕の胸、揉み放題だったのにね」
  _
(  ∀)「あれ? あー……そうか。それもそうだ。くっそ……惜しいことしたなぁ」


 悔しくて涙が出そうだった。 
 久々に泣いてしまいそうだ。
 大好きな女子の胸を揉むチャンスを逃したことではなく、あんなに必死になって戦ったのに負けてしまったことが、酷く悔しかった。

285 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:17:03 ID:zRNyQg5k0

 こんな何もない自分でも、負けると悔しい。
 大した努力をしていなくても、やっぱり勝てないのは本当に悔しい。

  _
(  ∀)「なぁ……会長サン。俺って、何がいけなかったのかな?」


 目を閉じ、ジョルジュは問いかける。

  _
(  ∀)「どうして負けちゃったんだろうなぁ……。なんでだと思う? やっぱ才能がなかったり、主人公としての格が足りなかったりしたのかなぁ……」

|゚ノ ^∀^)「……どうだろうね。結局、普通に弱かったからじゃないかな?」


 強い奴が勝つのではない、勝った奴が強いのだ。
 そういう名言があるけれど、やっぱりレモナは強い奴が勝つのが勝負だと思う。

 レモナの言葉に、ジョルジュは淡く笑う。

  _
(  ∀)「確かに……道理だわ、それ」

286 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:18:06 ID:zRNyQg5k0

|゚ノ ^∀^)「でも一つ気になったことがあるとすればさ――君は『何か』じゃなくて『自分』を目指すべきだったと僕は思うよ」


 ちゃんと中身のある、何かになりたい。
 ジョルジュの願い。

 しかし『何か』って何?とレモナは素直に疑問に思う。
 自分は自分なのだから、何かも何も、どうやったって『自分』にしかなりようがないんじゃないか。
 たとえその何かになったところで、結局それは自分なんじゃないかと。


|゚ノ ^∀^)「僕は誰かと戦って、負けて……それで『相手みたいになりたい』と思ったことはないよ」


 相手に勝てるようになりたい、もっと強くなりたい。
 そういうことは毎日思っているけれど、誰かになりたいと思ったことは一度もない。

  _
(  ∀)「は、はは……。俺みたいな奴には無理な話だよ、それ。やっぱり俺は、俺じゃねぇ『何か』になりたいんだから」

|゚ノ*^∀^)「空っぽな自分じゃなく?」
  _
(  ∀)「そう! なーんかもっと重大で、深刻で、痛切で、必死な……。他の何かに、なりたいよ……」

287 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:19:16 ID:zRNyQg5k0

 そっか、と。
 泣き言めいた普通の人間の言葉に天使は頷いた。

 そして「でもさ」と続け。



|゚ノ*^∀^)「――――でもさ今が空っぽなら、今から沢山……色んな物を詰め込めるんじゃないかな?」



 昔のヒットソングじゃあ、ないけれど。
 今が空っぽなら、それは今から幾らでも詰め込めるということと同義ではないだろうか?

 夢や希望や。
 愛や恋や。
 強さや弱さや。
 今の自分では想像もできない、数え切れない程の様々な何かを。


 今が空っぽなら―――、
 ―――今から、空っぽの自分の中身を作ればいい。

.

288 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:20:36 ID:zRNyQg5k0

 なんだよ、とジョルジュは言う。

  _
(  ∀)「なんだよ……会長サン、そんな綺麗事言う人なの?」

|゚ノ;^∀^)「綺麗事じゃなくて武道の話だよ。えーっと、なんだっけな……ああ、そうだ。『守破離』だ」


 『守破離』とは武道の教えの一つだ。
 レモナが幽屋氷柱に言われたことの中でも、特に心に残っているある話。

 「守」とは――師や流派の教えを忠実に守れという教え。
 「破」とは――今までの教えに拘らず、他者の技や他流派の教えを吸収せよという教え。
 「離」とは――上記二つを意識せず、新しい世界を拓き、一流を生み出せという教え。

 教えられ、立ち止まっているだけでは意味がない。
 教えを更に進め、探求を続け、発展成長することが大事だという有名な教訓だ。


|゚ノ*^∀^)「それで、言ってたんだよ。あの弓道部の部長さんは『人間も、もしかするといつだって自分になる為に生きているのかもしれませんね』って」


 あなたは一人しかいない、特別な存在だ。
 そういう言葉を言うべきなのは、言う資格があるのは――『自分』に成ろうと努力してきた特別な人間。

289 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:21:42 ID:zRNyQg5k0

 つまりは。
 レモナのような、いつも強くなろうとしている『本物』が言うべき言葉なのだ。

 ……でも、とジョルジュは言う。

  _
(  ∀)「だとしてもさぁ……俺には無理だわ。なぁんもねぇんだよ、俺には」

|゚ノ ^∀^)「――何もないのなら、今から何かを手に入れれば良いんだ」
  _
(  ∀)「普通の、取るに足らねぇガキでしかねぇ」

|゚ノ ^∀^)「――今はそうかもしれないけれど、いつかは特別な存在に成れるかもしれないよ?」
  _
(  ∀)「アンタとは……違うよ」

|゚ノ*^∀^)「――当たり前じゃん。僕は僕で、君は君だもん」


 ジョルジュの弱音をレモナは一つずつ否定していく。
 つまらない、薄っぺらな殻を少しずつ破っていく。

 馬鹿みたいに。
 当たり前に。
 至極当然のように、彼女は。

290 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:22:59 ID:zRNyQg5k0

 一言。



|゚ノ*^∀^)「何も深刻なことがないと君は言ったよね――じゃあさ、君。僕に惚れろよ」



 は?と返すジョルジュ。
 直後、レモナは「今のは冗談」と告げて、こう続けた。


|゚ノ*^∀^)「生徒会役員になってよ、ジョルジュ君。僕を手伝ってよ」
  _
(; ∀)「は……?」

|゚ノ*^∀^)「何か重荷が欲しいのなら僕が与えてあげる。この『実験(ゲーム)』を潰す任務、生徒会の業務を手伝ってよ。今――これから」


 もしかしたら。
 もしかしたら天使と悪魔の隣にいても、尚も自分を見失わない人間がいるのなら、そういう人こそ『本物』だ。
 もしいつかそんな風になれたのなら、それはかけがえのない『自分』に一歩近づいたんだと思う。
 そう、生徒会長は言った。

291 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:24:03 ID:zRNyQg5k0

 何処までも笑顔でレモナは言った。
 それは太陽のような、何もない中身を照らし出すかのような、見果てぬ海を澄み渡らせるかのような笑み。

 ……その一言で何かが変わってしまったのが分かった。
 自分の能力が――願望が消えてしまったこと、動かない身体が光となって消えていくこと。
 全てを理解しながら、彼は消える。

  _
( ;∀;)「は、はは……。全くよ……俺が、アンタに惚れちまいそうだわ……」

|゚ノ*^∀^)「惚れてよ。それで本当にいつか付き合うことになったら……高校生らしく、いっぱいイチャイチャしよう」


 我慢ができず、涙を流すジョルジュの傍らに座ったレモナは彼の髪を掻き揚げる。
 そうして黙って顔を近づけ、彼の額にその柔らかな唇で口付けた。
 額の上にするキスは、愛情や情欲の為ではなく、自分が認めた相手に友情を示す為のものなのだと彼は知っていただろうか。
 気付くことが、できただろうか。



|゚ノ*^∀^)「――――生徒会執行部は全会一致で、君のことを承認してあげる」



 参道静路が意識を手放す寸前、最後に聞いたのは。
 『天使』と謳われる生徒会長の――そんな、まるで天使のような優しげな声だった。

292 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:25:05 ID:zRNyQg5k0
【―― X ――】



 ―――「サンドウ・キヨミチ」 ガ ログアウト シマシタ.

 アカウント ヲ サクジョ...






 ...チメイテキナ エラー ガ ハッセイ シマシタ.

 ドウサ ハ チュウダンチュウ デス.

 ......データホゴ ノ タメ ジッコウ シテイタ ドウサ ヲ チュウダン シマス...




.

293 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:26:24 ID:zRNyQg5k0
【―― 15 ――】



 結びとして、蛇足ではあるが二つだけ報告しておこう。
 この洛西口零の厄介なお節介だ。


 一つ目は今回の戦闘の顛末について。
 ナビゲーターの観測結果では参道静路の願望及び能力は消失したらしい。
 だが何故か彼は消えることなく、以前とは違う願望を持ち、以前とは違う能力で――以前とは中身が違う、同じ自分で今も戦っているという。
 理屈は不明らしいが、事実としてそういうことが起こったそうだ。


 二つ目は生徒会に新たなメンバーが参入したことについて。
 一般役員であり執行部の一員ではないのだが、加入した新メンバーは『役員』と刺繍された腕章を付け、今日も生徒会活動に勤しんでいる。
 会長から直々に二つ名も付けられたらしい。 

 その新入りに付けられた異名は『認可不良(プライベーティア)』。
 それは、かつて国家に公的な身分を与えられた海賊の呼び名から取られたものである。




【―――Episode-3 END. 】

294 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/03/16(金) 02:27:11 ID:zRNyQg5k0
【―― 0 ――】



 《 weight 》

 @重さ、重量

 A[the / a 〜](心の)重荷、責任

  ――他
 B(…で)…を重くする、…に重要性を付加する、…を重視する





.


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