- 309 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:27:54 ID:Gerp1qOo0
・主な登場人物
|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして生徒会長。一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。人の名前を覚える気がなく大抵の相手は「○○のナントカ君」と呼ぶ。
空想空間での能力はなし。願いもなし。
j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。学ランの芸術家。恩人から伝授された数百の特技を持つ。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。淳校全生徒の名前を記憶しているが、自分が認めた相手以外は「名も知らぬ生徒」という風に呼ぶ。
空想空間での能力は「現実世界での自分の超能力をダウンロードする」というもの。能力名未定。
願いはあるはずなのだが、自分でもよく分かっていない。
_
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。
(‘_L’)
ナナシ。空想空間でのナビゲーターを務めるスーツの男。
生徒会長と風紀委員長からよくロクでもない目に遭わされる。
- 310 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:29:06 ID:Gerp1qOo0
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
- 311 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:30:10 ID:Gerp1qOo0
――― 第四話『 study ――無価値と不可知―― 』
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- 312 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:33:23 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 0 ――】
僕は僕だけのやり方で君を愛そう
僕は僕らしいやり方で君を殺そう
.
- 313 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:34:07 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 1 ――】
その少女は焼け付くような痛みに苛まれ、思わず蹲った。
傷は脇腹。
傷口を抑えようと両手で触れるとぬるりとした液体が手の平にべったりと付いた。
焼けるように痛く、熱い。
撃たれた――直ぐにそう分かった。
争い事とは無縁そうな彼女が即座に答えに辿り着いたのは、自分も同じ事をしようとしていたからだった。
( ・ω・)「『生物以外の任意の物体を鉄にする能力』か……。なるほどな、プラスチック製の模擬弾を鉄にしたわけか」
少女が、冷たい地面の上に倒れた直後だった。
上から奇妙なイントネーションの男の声が降ってきた。
声の主は身長百八十を超える長身で、無造作に整えられた髪は脱色したにしては不自然な焦げ茶色。
M-65フィールドジャケットを身に纏ったサープラスファッションである為に大人びて見えるが、実際の年齢は少女より一つ下だ。
左腕には細長い銀色、軍用懐中電灯が携えられており――そして右腕には銃があった。
勿論本物ではない、少女が使っていたそれと同じくただの玩具だ。
より厳密には「ただの玩具だった」。
- 314 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:35:08 ID:Gerp1qOo0
少女が落としたエアガンを拾い上げて男、瞳の大きなその少年は言う。
( ・ω・)「けぇどお前に一つ教えてやるわ。拳銃っちゅうもんは弾が鉄やから威力があるんやない。その回転方式と速度が重要なんやで」
馴染みの深いある刺々しい方言とよく似ているが、違う。
母音をやや長く発音する所為か、むしろ柔らかに感じる言葉遣いだ。
所々不自然な部分があるのでネイティブではないのだろう。
( ‐ω‐)「実際、敢えて先端を柔いもんにして殺傷力を高めたもんもあるしな。……更に言うとな、回転方式――スパイラル回転もそない重要やないんや」
少年は自らの手にある拳銃を見た。
元はお遊びの道具。
けれど、現在では至近距離で当てれば人を殺せる武器である、それを。
( ・ω・)「要するにや、速ければええんやわ。プラスチックの弾でもな。ある程度速ければ人間の身体くらいは撃ち抜けるんよ」
殺せるんや、こんなもんで。
違法改造した模擬銃を、まるで穢らわしいと言わんばかりの動作で遠くに放り投げ、少年は呟いた。
- 315 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:36:06 ID:Gerp1qOo0
少女の耳に少年の声は届いていなかった。
流れ出た血は楕円状に広がり、異世界の地面を濡らしていく。
輪郭がぼやけ、その姿が段々と薄くなる。
参加者が殺され脱落する光景を目にする度に少年は「まるでゲームだな」と思っていた。
しかし幾ら現実感がなかろうと、現実ではなかろうと、殺したのは自分なのだ。
正当防衛ではあったのだが。
「…………めん……。……た、ぁ…………ぇ……。…………」
掠れた声で。
今際の際に少女は譫言のように何かを呟き、消え去った。
残された桃色の小さな指輪――能力体結晶を拾い上げつつ、少年は舌打ちを一つ。
聞こえてしまったのだ。
他人よりも少しばかり鋭い彼の聴覚は拾う必要のない敵の臨終の言葉まで拾ってしまった。
嫌な気分だ胸糞悪い、少年は素直にそう思った。
- 316 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:37:06 ID:Gerp1qOo0
と。
その時だった。
リハ*゚ー゚リ「彼女はなんて言ってたんだい? 良ければこの洛西口零に教えてくれないかい」
背後から神経を逆撫でする明るい声が飛んできた。
返答を待たず、声は「その奇妙なキャラ付けは止め給え」と続いた。
ブルージーンズにロングのキャミソール、ノバチェック柄のジャケットを羽織った少女。
地毛らしき暗い色合いの茶髪、額が見えるような髪型で、上げられた髪はノンフレームの眼鏡で留められている。
最初からそこにいたかのように、当然の如く真後ろに立っている彼女を少年は知っていた。
( ‐ω‐)「……『ごめん、助けられなくて』。そう言ったよ、零さん」
リハ*^ー^リ「なるほどねえ。誰かは知らないが込み入った事情があったようだ」
先程、戦闘が始まると同時にここから姿を消した彼女――「零さん」と呼ばれた少女、洛西口零は性悪な笑みを浮かべた。
それを後目に少年は、鞍馬兼は息を吐く。
この人のキャラはムカつくというよりは白けるだな、と。
- 317 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:38:07 ID:Gerp1qOo0
兼は零の一言に答えるようにし言った。
( ‐ω‐)「あの女を調べる価値なんて無いですよ。事実、僕は三つある能力を一つも使ってないんだから」
リハ*゚ー゚リ「それは自分が強いということにはならないのかい? 早くも三人目を仕留めてしまった『大佐(カーネル)』君?」
( ・ω・)「止めてください。そんな恥ずかしいアダ名は」
そういう家の生まれだからって付けられただけなんだから、と少年は迷惑そうに返す。
しかしながら彼自身も軍隊でも使われるジャケットを身に付けているので、その事実を疎ましく思っているわけではないらしい。
( ・ω・)「…それに僕は強くなんかない。強い人は、他にもっといるんだから……」
リハ*^ー^リ「君がかつて敗北した生徒会長とかかな?」
兼は、黙る。
前回の生徒会選挙――春選挙時に、彼は唯一の一年生として立候補し、現会長高天ヶ原檸檬に敗北した。
教師の強い勧めで出馬しただけで自分の意志ではなかったのだが、それでも負けは負けだ。
気にはしていないものの事実ではある。
- 318 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:39:06 ID:Gerp1qOo0
なんとも言えない、言い表せない気分になり「そう言えば」と兼は話題を変えた。
彼がその言葉を使う際は大抵「この話は止めにしてくれませんか?」という意味であり、短い付き合いである零もよく分かっていた。
( ・ω・)「そう言えば、もう気がついていますか? 能力について」
零はサラリと答える。
リハ*-ー-リ「『能力体結晶は願望を元にしているが故に、願望に関係した物になる』かな? 無論で勿論だよ、大佐」
( ‐ω‐)「だからその呼び方は……はあ、もういいんだから」
能力体結晶。
超能力の元となる、参加者の願望や欲望を形にしたアクセサリー。
兼のそれはキーホルダー大の小型ゲーム機だ。
( ・ω・)「形状は関係ないようですが、内容は明らかに関係があります。何度か戦うと分かりました」
リハ*゚ー゚リ「貴兄のもそうなのかい?」
- 319 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:40:05 ID:Gerp1qOo0
現在、鞍馬兼が持つ超能力は三つだ。
どれが元の能力かは誰にも明かしていないが、言葉通りならばどれかは彼の欲望に関係のあるものだ。
『勇者の些細な試練』。
『魔王の醜悪な謀略』。
『姫君の迷惑な祝福』。
一癖も二癖もある効果から洛西口零が名付けた能力の名。
驚くべきことに、元能力以外の残りの二つは原型の一つを強化した結果として生み出された派生能力だ。
考えてみれば確かに内容も、ほんの僅かにだが相互に関係している。
リハ*゚ー゚リ「とりあえず貴兄の能力は、また私の能力は置いておくとして……先程の彼女の能力は『物体を鉄にする能力』だよね?」
( ‐ω‐)「おそらくは」
答え、ふと兼は問いかけてみた。
「どういう願望だったか分かりますか?」と。
零は少し考え、言う。
リハ*-ー-リ「…………そうだね、『鉄のように強い心持ちたい』かな」
- 320 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:41:06 ID:Gerp1qOo0
彼女の言葉に兼は微笑した。
案の定間違えている。
……言い方はおかしいが、言わば「模範解答通りの間違い方」をしていた。
彼は言った。
( ‐ω‐)「零さんは心理を深く理解しているのに心情に関しては無知なんだから……違いますよ」
リハ*゚ -゚リ「む、だったら何だと言うんだい。私を納得させられる答えは用意してあるんだろうね?」
( ・ω・)「ええ。聞く価値のある答えだと思いますよ」
リハ*゚ー゚リ「では聞かせて貰おうか」
説明をしながら、自分の能力はどういう願望が形になったんだろうと疑問に思った。
何度も思い考えた謎だった。
淳高一年文系進学科十一組所属、鞍馬兼。
生徒会長になれなかった男。
現風紀委員会幹部は、異世界の空の下で目を閉じる。
- 321 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:42:06 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 2 ――】
文系クラブの部室棟を抜けた先、淳高の中等部と高等部の間にある針葉樹林、その中にポツリと存在する小屋。
表向きは倉庫、しかし実際は特別進学科特待生特権により用意された特別スペースだ。
「…………否定の意を致すのが私だ」
表情を動かさず、目を閉じたままに自らの意見を告げたのはこの防音室の主。
三年特別進学科十三組の才媛――ハルトシュラー=ハニャーンである。
容姿端麗限定の辞書のような凛々しい横顔は、目が眩む銀髪と流動する水銀の如き両の瞳と相俟って「悪魔的」という表現が相応しい殲滅な美しさを誇っている。
いや、この芸術家は自身を誇っていない、その証拠に格好は詰襟タイプの男子学生服だ。
けれど男装は彼女のスレンダーな体型にはよく似合い、学校指定のブレザーよりもむしろ魅力は引き立っているのかもしれない。
……先述の通りハルトシュラーにとってはどうでも良いことではあるが。
『閣下(サーヴァント)』と呼ばれる風紀委員長が耳を傾けていたのは直属の上司の言葉、即ちは。
「どうしてもダメかな?」
「駄目だ。というよりも、嫌だ」
- 322 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:43:05 ID:Gerp1qOo0
この学校の生徒会執行部の役職を全て兼任する『一人生徒会(ワンマン・バンド)』の高天ヶ原檸檬の言葉だった。
あるいは『悪魔』たるハルトシュラーに対応する、『天使』たるレモナの発言――つまりは相棒の言い分だったのかもしれない。
凄惨な美貌を持つ無邪気な天使のような美少女。
ハルトシュラーとは対照的な、その幼い顔立ちには不釣り合いな大きさの双丘を持つ檸檬。
肩こり防止の為に組んでいた腕(豊満な胸を支えていたのだ)を解き、笑みを浮かべたまま小首を傾げ、栗色の髪を掻き上げる。
いつも微笑んでいるので分かり難いが、同時に見せた小首を傾ける動作は「困ったなあ」という心境の表れだ。
「ダメじゃないなら、いいんじゃないかな?」
「駄目ではなくとも、嫌なのが私だ。あえて言うが狭量なのが私だ……嫌だ。コミュ障でもぼっちでもなんとでも呼ぶが良い」
もう一度最初から説明してみろ、とハルトシュラーは言う。
わかったよ、と檸檬は了承して話し始める。
「ログインして、場所はこの学校の屋上だった。向こう側の校舎の屋上に人影が見えたから僕は走って行った」
「まずその時点で勝手な行動をしている。なんの為の団体行動だと思っているのだ」
「……遠足みたいで楽しいから?」
- 323 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:44:11 ID:Gerp1qOo0
昨日も一昨日も風紀委員長は説明したのだが、生徒会長は全然聞いていなかったようだ。
檸檬の記憶力なら忘れるはずがないので単にハルトシュラーをからかいたいが為にとぼけているだけなのかもしれないものの、そちらの方が余程悪い。
溜息を吐き、続ける。
「違う。想定外の事態を想定しての戦術だ」
「……どうでも良いんだけど、シュラちゃんしょっちゅう溜息吐いてるよね。知ってる? 溜息って一つ吐く度に幸せが一つ逃げるらしいよ?」
「そうか。それならば私から逃げた幸せを他の誰かが捕まえて幸せになることができるだろうから私は喜んで溜息を吐き続けることにしよう」
「カッコいいこと言うね」
「昔私の恩人の親友がそう返していた。ウインクしながら所謂『ドヤ顔』で」
そんな気取った仕草を見、常々「あの人は黙っていれば美形なのに」とハルトシュラーは思っていた。
まあ、自分も自分で話し出せば周囲からズレた存在であることがバレてしまうから人のことは言えないな、と今では思う。
……変だという自覚はありながらも話さなければバレないと思っている辺り、酷くズレている。
ハルトシュラー=ハニャーンの異常さとそれによる友人の少なさは全校レベルで有名だ。
「そんな話は確かにどうでも良いと思ったのが私だ。話を続けよう」
- 324 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:45:11 ID:Gerp1qOo0
言って、ハルトシュラーは話を戻す。
「その行動については不問に付す。そも生徒会長が作戦の最高責任者なのだから単独行動くらいは許されて然るべきだろう」
異世界のバトルロイヤル――『実験(ゲーム)』を止める。
それが現在の生徒会、独りきりの生徒会高天ヶ原檸檬が取り組んでいる任務である。
最高責任者は高天ヶ原檸檬。
執行者も彼女だ。
教師陣や理事会の許可も事前に貰っている(半ば騙した形ではあるが……)。
ハルトシュラーは生徒会の下部機関である風紀委員会の委員長なので手伝っている形だ。
目安箱の投稿を切欠とした職務なので基本的には生徒会主導。
そして今ハルトシュラーが問題にしているのは、その生徒会の新たな役員についてである。
「生徒会執行部に所属する会長、副会長、書記、会計、庶務以外の生徒会一般役員は書類申請さえ通れば何人でも自由に登用することができる」
「それが生徒会の総意であるのならば自由に、つまりは“一人生徒会(ぼく)”の一存で」
- 325 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:46:12 ID:Gerp1qOo0
その点に関しては文句はないし、あったとしても生徒会執行部員ではないハルトシュラーには文句を言う権利がない。
だが現在、『実験(ゲーム)』の対処に取り組んでいる最中に生徒会役員が――仲間が増えるということは。
「レモナ、お前がどうかは知らないが、私はそんな名も知らぬ生徒のことなど信用できない。共に戦うことなどできない」
悪魔は。
あの特徴的な響きを持つ二人称――“私(おまえ)”を使わずに。
天使のことを、ただ名前で呼んで。
「もしどうしても彼と生徒会を執行したいのならば、執行すると言うのならば……残念だが、私は別行動を取ることになる」
別に残念そうでもなく。
何も堪えた風でもなく。
いつも通りの無表情――けれど幾許かの感情を秘めた横顔で。
似てるだけで同じではない自分のような他人に。
悪魔は天使に、そう言った。
- 326 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:47:08 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 3 ――】
『天使』高天ヶ原檸檬と『悪魔』ハルトシュラー=ハニャーンがいつ、何処で出会ったのかを知る生徒はこの学園にはいない。
彼女等どちらかの、あるいはどちらもの熱心なファンや、情報通の洛西口零などは聞き及んでいるのかもしれないが、大多数の生徒には見当もつかないことだった。
殆どの生徒は彼女等二人のことについて何も知らなかった。
誰が訊ねても、誰かが訊ねても。
天使は「家族みたいなもの」と返したし、悪魔は「前世からの因縁だ」と答えた。
そんな、冗談のような返答をした。
仲良しだと言われれば仲良しじゃないと否定する。
他人と仲良しな人間はいても、自分と仲良しな人間はいないだろうから。
回りくどい言い方を避けるのならば、きっと二人は。
その性格故に素直に言葉を選ぶことができないだけで、その性質故に正直に言うことができなかっただけで――きっと二人は、『親友』と言うべき友達同士なのだろう。
二人がどう思っているかは誰にも分からないけれど。
自分がどう思っているかは自分も分からないけれど。
その間に何があるのかは分からないが、その関係は友人関係だった。
- 327 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:48:09 ID:Gerp1qOo0
けれど。
不幸なのか幸運なのか、彼女達はとりあえず友達に合わせるようななあなあな生き方は――普通の考え方は、できない類の存在なのだ。
ハルトシュラーはそんな生き方はしたくないし、檸檬に至ってはそんな考え方の選択肢はそもそもない。
自分は自分だし、他人は他人。
だからこの特別な二人は合わない時は決定的に合わない。
お互いにお互いのことは理解しているので、本人達的には意見が合致しないこと自体は別に良いのだが――が、しかし。
「(…………気まずい、帰りてぇわ……)」
ある意味で二人よりも問題の中心人物である新役員、参道静路的には、全然良くなかった。
自分の所為で親友同士が険悪なムードになっていると思うと死ぬほど気まずかった。
……ちなみに檸檬とハルトシュラーは部屋中央に向かい合い立っており、彼は中間に当たる地点、その壁際に借りてきた猫のようにちょこんと座っている。
彼、ジョルジュの視点から見るとちょうど眼前で二人の少女が睨み合っているような状態だ。
一人の男(自分)を巡り二人の美少女が争っている構図なので優越感もないことはないが、その数千倍罪悪感があった。
- 328 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:50:12 ID:Gerp1qOo0
無論、ジョルジュも何もせずぼんやりと眺めていたわけではない。
当初は上手い具合に仲を取り持とうとしたのだが、「あの、」と声を出した直後に。
『――(貴様・君)は黙って(いろ・いてよ)、口を挟むな』
と、天使と悪魔に声を揃えて言われてしまい、引き下がるしかなかったのだ。
「自分には何もないこと」を悩みとして持つ彼が生徒会に入って初めて経験した“特別(なにか)”は天使と悪魔に同時に睨まれることだった。
あまりにもぞっとしないというか、あまりにもぞっとした。
人外じみた能力を持つ特別進学科十三組の化物二人に睨まれるという、心の弱い人間ならばあるいは失禁、もしくは失神もののシチュエーション。
そんな恐怖体験を経験しても尚逃げずにいるジョルジュに普通の人間ならば労いの言葉でも掛けたのかもしれないが、ここには『普通の人間』なんて人種はいない。
……より正確には、普通の人間が彼しかいない為に、余計に気まずい。
「(スゲェ帰りてぇ……でも、ここで帰ったら会長サンに見放されそうな気がするわ本物にはなれそうにないわ、なんも良いことねぇわ……)」
そう思うからこそジョルジュは黙って座っている。
言い争いは止められないにせよ、せめて最低限逃げ出さないようにと頑張って堪えている。
- 329 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:51:08 ID:Gerp1qOo0
しかし、現在意見こそ違えているが檸檬もハルトシュラーもそれで何かを思ったり感じたりはしていない。
別に険悪な雰囲気ではないし、言い争ってもいない。
単に二人のことをよく知らないジョルジュが勘違いをしているだけだ。
まあ。
「意見が割れている」イコール「友情の危機」というのは普通の感性を持つ人間らしい解釈勘違いではあったけれど。
「……そっか。それじゃあ結局仕方ないね」
「本当に残念なのが私だ」
彼の心の内など人外の美少女二人は知らないようで、納得したように頷き合う。
意見が一致しないということで意見が纏まりかけた二人。
対照的に、「今ならばまだ間に合うかも」「当事者的に何かを言うべきなのかこれは」と心中穏やかではないジョルジュが一人で思い悩んでいた、その時だった。
彼等の真後ろ、倉庫の扉が。
部屋の主であるハルトシュラーとマスターキーを持つ理事会しか開けられないはずの電子の門が、開いた。
「…………なんだと?」
- 330 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:52:07 ID:Gerp1qOo0
これには流石の風紀委員長も無表情を崩さざるをえなかった。
考える間も置かず瞬時に臨戦態勢に入る。
対し、生徒会長は侵入者に背を向ける形になっているにも関わらず振り向くことさえしない。
その無警戒さは、戦闘関連行為方面に特に化物じみたパラメーターを有する『天使』ならではの余裕ある対応だった。
最後の一人であるジョルジュは事態の深刻さを理解していないようで、半ば無意識で顔を入り口に向けただけだ。
然もありなん、一般生徒である彼は先ず以て専用スペースのことを知らないのである。
この倉庫にハルトシュラー以外の、彼女の許しを得ていない生徒が入室する――そのことがどういうことかを全く分かっていないのだから。
三者三様の対応。
そして入り口に立ち、彼等をゆっくりと見回したのは長身の少年。
「――失礼します、生徒会長以下数名の皆様」
高等部一年文系進学科十一組の生徒。
生徒会長になれなかった男、風紀委員が一人――鞍馬兼だった。
- 331 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:53:08 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 4 ――】
兼は丁寧な一礼を見せると防音室に遠慮無く足を踏み入れる。
檸檬の泰然自若とした態度も、ハルトシュラーの訝しむような視線も、ジョルジュの困惑も全く意に介することなく。
……この辺りの堂々たる振る舞い、言い換えれば空気を読もうとしない行動は一年生かつ転校生の新参者でありながら生徒会長に立候補した鞍馬兼らしいものだった。
そんな、『生徒会長になれなかった男』は現会長の隣までやって来ると一言。
「驚きました。本当に、あの『一人生徒会(ワンマン・バンド)』が仲間を作ったんですね。祝福します」
「ありがとう」
満足気に頷く檸檬を見ると、兼は視界の端にいる新役員に一瞬間のみ焦点を合わせた。
値踏みするような目付き。
ある種それは眼を付けるような目付きでもあったので軽く睨み返してやろうとジョルジュは思ったのだが、それを遮るように二人の間に立つ影があった。
この部屋の主。
私的空間に部外者の侵入を許したハルトシュラー=ハニャーンだった。
「……貴様、誰の許可を得てこの部屋に入っている?」
- 332 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:54:06 ID:Gerp1qOo0
凛々しい顔立ちを無表情に戻しながら、しかし発するのは明確な敵意を含ませた視線と声音。
委員長の人を殺せるような鋭さを持つ切言にも部下である彼は慣れた様子でこう返す。
「ですから、失礼すると申し上げました」
「断りを得れば良いということではない。苛立っているのが私だ」
「大変失礼致しました」
「狭量な私ではないが、許せることと許せないことがある。これは許せないことだと判断したのが私だ」
「申し訳ございません」
恭しく頭を下げた部下にハルトシュラーはやや小さな声で言った。
「許せないのは貴様ではない。……二度も侵入を許した、私自身だ」
表情も変えず、声音も変わらず。
けれどその一言は、歯噛みするような腑甲斐無い自分への悔しさが滲むもの。
- 333 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:55:07 ID:Gerp1qOo0
「…………疲れる生き方をしているんだから、僕達の委員長は」
素の口調でポツリと呟いた兼に、空気を変えようとしたわけではないのだろうが、檸檬が話しかけた。
こちらは侵入者に対してもやはり微笑みを崩すことはなくいつも通りだ。
「ちなみにね、どうやってここに入って来たのかな? 知りたいなぁ」
「普通に電子ロックを開けて入って来ました」
当たり前のように兼は言うが、つまりそれは十三組の化物高天ヶ原檸檬と同じレベルの結果を出したということ。
生徒会選挙では結果的に敗北した兼ではあるが(あるいは他数名の候補者だが)、豈丸っきり彼女の足元にも及ばないということではない。
普通の学校ならば自治機関の長を任されておかしくない程度の人材ではあるのだ。
そうして檸檬の問に答えた彼は、黙って目を閉じ反省を続けるハルトシュラーに声をかけた。
「委員長、及ばずながらも助言を申し上げたいのですが……」
「なんだ」
- 334 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:56:06 ID:Gerp1qOo0
無表情のまま恥じ入る彼女に兼は言った。
「暗証番号は、それが自分のものではないとしても、生年月日は避けた方が良いと思います」
「ハルトシュラーの私的な空間に侵入する」という生徒会長と同じレベルの結果を出した一年生。
だが、その方法は全く違った。
知っていた番号をとりあえず入力してみた檸檬とは違い、兼は『悪魔』の思考を推理し、程度は低いながら確信を持って番号を打ち込んだのだ。
電子音の音階と順番を聞き取りパスワードを逆算する方法も普通の人間には到底不可能な技術だが、思考を読み取りロックを解除するやり方も同じ程に凄まじい。
況してや、それが『閣下(サーヴァント)』ハルトシュラーならば尚更だ。
「……どうして、分かった」
「考えるに値しないことですよ」
言って、彼は続ける。
「あなたは無意味なことができない人間だから。……暗証番号にだって、想いを込めるでしょう」
- 335 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:57:12 ID:Gerp1qOo0
最も突破するのが困難なパスワードとはランダムだ。
なんの意味もない、適当に決めたランダムな文字列ならば、解読することはほぼ不可能となる。
問題は、人間の無意味な記号の羅列を覚えることを苦手とする性質なのだが、その程度のことは数百の特技を持つ万能の天才ハルトシュラーには容易い。
実際彼女と比肩するスペックを持つ檸檬は暗証番号を決める際は適当に決めている。
十桁二十桁ならばたとえサイコロを振って決めただけのパスワードでも彼女達は完璧に記憶してみせるだろう。
が、しかし。
檸檬とハルトシュラーは違う――ハルトシュラーは、無意味なことができないのである。
生真面目であるが故に、彼女は何かを考えながらしか行動できないのだ。
「パスワードはまず覚えやすいことが大事です。だから結構な割合の人が何か他の暗証番号と同じものを使う」
メールボックスと部屋の番号であったり、銀行口座とオンラインゲームのパスであったり。
ハルトシュラーの場合は、携帯の暗証番号と同じだった。
「けれど委員長は記憶力に関して心配する必要がありませんから、必然的にもう一つの要素が重要になります」
即ちは。
その意味だ。
- 336 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:58:18 ID:Gerp1qOo0
「意味を込める場合は……好きな芸能人の誕生日であったり、恋人との記念日だったり……。何が意味があり、忘れたくないものにすることが多い」
そして、あなたの場合もそうだった。
兼は何故か安心したかのようにそう言って。
「人の名前を呼ばないあなたが必ずと言って良いほど名前で呼ぶ人間。特別な呼び方をし、明確に他の人間と区別している相手」
聡い鞍馬兼は気づいていたのだろう。
ハルトシュラーの使う二人称は基本的に「貴様」だが――決して貴様呼ばわりをしない相手が、二人だけいることに。
それは「私(おまえ)」と呼ぶ高天ヶ原檸檬と、あと一人。
「人前では『私の恩人』と呼び、本人に対しては『お兄ちゃん』と呼ぶあなたの唯一の家族。その二人だけです」
「だからあなたが生年月日を暗証番号にするのなら、きっとそのどちらかのものなんです」――そう兼は結んだ。
やはり、何処か安心したように。
きっとそれは『悪魔』と呼ばれるほどに人間離れした先輩の、人間らしい部分を垣間見たからだろう。
- 337 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 05:59:06 ID:Gerp1qOo0
黙ったままだったジョルジュが、ここで口を開いた。
「だけどよ、それは難しいんじゃねぇの? 少なくとも俺にはできねぇわ」
「あなたと同じ基準で話さないでください」
冷たく返す兼。
そーかよと同じだけ苛ついた口調で呟くジョルジュ。
二年五組のジョルジュは知る由もなかったが一年十一組の周りでは鞍馬兼の不良嫌いは有名だ。
だからこそ兼は生徒会長に立候補し、だからこそ彼は現在風紀委員を務めている。
……このやり取りが良い例だが、確かにジョルジュの言った通りで学年もクラスも違う相手の思考を読むなど困難なことである。
委員長と委員という関係ではあるものの、ハルトシュラーと兼が仲が良い風には見えない。
けれど、その疑問には檸檬が答えを出した。
「ま、君はシュラちゃんのファンだからねー。それくらいは分かるのかな?」
「ええファンなんだから。それくらいは分かります」
- 338 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 06:00:07 ID:Gerp1qOo0
「ファンだから、その人のことは分かる」。
支持者の言い分に、ハルトシュラーは「戯言を」と吐き捨てた。
兼の言葉が正しければ彼は自らの所属する委員会の長を憎からず思っているようだが、けれど委員長の方は兼に悪感情を持ち、その為発言を信じていないようだ。
いや逆だろうか――発言が嘘だと分かっているからこそ、信じられず訝しんでいるのか。
だがまあ。
彼女のことをよく知る檸檬からすれば、このソリストの悪魔がストレートに感情を露わにするなど。
そんな相手がいるなんて、実に微笑ましいことなのだが。
それなりに気心の知れた仲でなければ冷たい言葉すら出てこないのがハルトシュラー=ハニャーンという人間なのだから。
さて。
「パスワードの件はもう良いケド……結局、君はどうしてここに来たのかな?」
「さっきと同じですよ。僕はハルト委員長のファンだからです」
あるいは、と。
不自然な焦げ茶色の髪をかき上げ、兼は答えた。
「あなたの、高天ヶ原檸檬のファンである大地君――天神川大地の代理としても、ここに来ました」
- 339 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 06:01:06 ID:Gerp1qOo0
「ああ天神川ナントカ君……。いっつも僕が何かする度に花をくれるんだけど、今日は見てないなあ」
人の名前を覚える気がない彼女が苗字だけにせよ一応覚えたのだから、件の天神川大地という生徒はかなり熱烈なファンなのだろう。
ちなみに今まで貰った花の数々は檸檬が可能な限り花壇に移し変えており、かつ花束の場合は受け取らないようにしていた。
この生徒会長は大前提として『生きているもの』を好むのだ(植物を大事にする人間と解釈したのか、檸檬の振る舞いに天神川大地は甚く感動していた)。
そういう背景を思い出し、兼は苦笑する。
「アイツはショックで体調を崩し今日は欠席しています」
「は? それで代理か?」
腕を組んでのジョルジュの言葉に自称ファンの少年は告げる。
今回は静かながら、明確な敵意を含んだ声音で。
「分かっていないんだから――あなたの所為で、大地君は寝込んでいる」
つまり。
それは。
- 340 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 06:02:27 ID:Gerp1qOo0
自分の大好きな生徒会長が、何処の馬の骨とも知れない奴を仲間に加えてしまったことに対する衝撃であり。
また、自分の大好きな生徒会長が、自分のことを選んでくれなかったことに対する衝撃だ。
「アイドルが誰かと付き合うとそのファンが暴動を起こしたりするでしょう? それと同じですよ」
だからそのファン――寝込んでいる天神川大地の代わりに、鞍馬兼がやって来た。
三割は友情の為、二割は風紀委員として委員長の近況を知る為、そして残りの五割は不良へのアレルギーの為。
結論だけを述べるのなら―――。
「僕、鞍馬兼が、『参道静路』なる生徒が生徒会役員を務めるに値するかどうか……試してやろうと言っているんだから」
「…………上等だわ」
売り言葉に買い言葉。
一触即発。
先程の分も含めてと言わんばかりの様子で――参道静路と鞍馬兼はガンを飛ばし合う。
- 344 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:34:18 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 5 ――】
しかしながら「試してやる」「上等だ」と息巻いたところで殴り合いをするわけにもいかない。
参道静路は生徒会役員であるし、鞍馬兼も風紀委員。
そも傍に生徒会長と風紀委員長がいるのだから、暴力沙汰なんて明確な校則違反行為をできるわけがない。
決着を付けるとして、最低限表向きは穏便なものにしなくてはならないだろう。
そこで兼が提案したのがアームレスリングだった。
「アームレスリングとは言っても正式なルールで行う為の設備も審判もいないんだから、腕相撲ってことです」
「腕相撲とアームレスリングは一緒じゃねぇの?」
「全然違うよ?」
ジョルジュの疑問に、生徒会長は首を振る。
「どれくらい違うかって言うと、野上葵と葵トーリくらい違う。この違いはバドミントンとスカッシュの違いに近いね。テニスとラケットボールでも良いけど」
「(全然分からん……)」
- 345 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:35:16 ID:Gerp1qOo0
意味の分からないジョルジュとは対照的に机を用意していた兼は苦笑いを浮かべた。
ネタが通じたらしい。
要するに全く違うということだ。
「……まあいいわ。つまりは、腕っ節の強さを比べようって話だろ?」
「そうです。……自信がありませんか?」
兼の挑発をジョルジュは鼻で笑った。
「言ってろよ」――相手を小馬鹿にする意図の行為。
「おい、名も知らぬ素行不良生徒」
小さな机を挟み、相手と向かい合うように立つジョルジュに、ハルトシュラーが声をかけた。
「なんスか委員長サン? 言っときますけどアンタの部下だからって手加減はしねぇよ?」
「しなくて良い。全力でやれ。出来れば奴の手首を破壊してくれると有難い」
- 346 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:36:10 ID:Gerp1qOo0
冗談にしても言い過ぎだった。
冗談じゃないとすれば、仮にも自分の支持者に冷た過ぎる対応だった。
「……もしかして委員長サン、アイツのこと嫌い?」
「憎からず思っているのが私だ。これくらいでは傷つかないと分かっているからこそ酷いことが言える」
「(…………厳しいことじゃなくて?)」
どうやら鞍馬兼は風紀委員の中では一年生ながらかなり重要視されているようだ。
参道静路よりも遥かに評価は高い生徒である。
生徒会の新役員が兼だったならば、おそらくハルトシュラーも別行動を取るとは言い出さなかっただろう。
「話を戻したいのが私だ。貴様は把握していないのかもしれないが、鞍馬兼は生徒会選挙立候補する程の生徒だ」
「覚えてる。今年の春の話だろ? 演説も中々良かったわ。俺は会長サンに入れたけどな」
「……意外と思ったのが私だ。不良というものは皆、生徒会などには興味がないと思っていた」
「周囲に合わせられないから不良になってるのに“周囲(たにん)”の基準に合わせてどーするよ。無理に悪いことしたりはしねぇわ、俺は」
- 347 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:37:07 ID:Gerp1qOo0
当然のように言ったジョルジュだが、まずそれが『本物』の要件だと気づいているのだろうか。
外れるのが怖いから周囲に合わせるのではなく、周囲に合わせるのが格好悪いから外れるのでもなく。
どんな選択をするにせよ、どんな選択をしたにせよ、自分の選択だということ。
……ハルトシュラーはほんの少しだけ檸檬が彼のことを気に入った理由を分かった気がした。
「私としたことが浅慮だった」と詫び話を続ける。
「他の学校ではどうなのかは知らないが、ことこの学園の生徒会というのは特別な意味合いを持つ」
「漫画みてぇだな。そんなのに入れて光栄だわ」
茶化すな、と釘を刺すと兼に聞こえないように気を使い、小さな声で話を再開した。
「……特別進学科の生徒ではないとしても、鞍馬兼は優秀な男だ。勝負を受けるのならば考えろ。必ずしも相手の提示したルールに合わせなければならないわけではない」
「まあ、そうかもな」
警戒を促すハルトシュラーの言葉に一度は同意したジョルジュ。
しかし直後、「けどよ」と呟き。
- 348 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:38:08 ID:Gerp1qOo0
あの軽薄そうな――軽そうなだけで軽くはない笑みを浮かべ、言った。
「…………でも“生徒会(あんたら)”は、常に相手のフィールドで戦ってきたんだろ?」
俺の時もそうだったし。
他の奴に対してもそうだし。
きっとこれからもそうなんだろ?――と。
そういう風な生徒会に入ったのだから。
そういう風にやらなくてどうするんだよ、と。
笑いながら。
当たり前のように。
そう言った
「それに、委員長サン。何俺が負けること前提で話してるんだよ。頭の勝負なら知らねぇが……腕力でインテリに負ける気はねぇわ」
笑って、生徒会の新たな役員は言い。
ブレザーを脱ぎ捨てると、鍛えられた様が見て取れる右腕を机の上に置いた。
- 349 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:39:06 ID:Gerp1qOo0
……兼は笑う。
安心したように、何故か満足したように笑う。
「負けても恨まないでよ? これは君が生徒会役員に値するかどうか試すだけなんだから」
「お前こそ恨むなよ。てか、上級生に向かって値するかだの試すだの言うもんじゃねーわ。怒るぞ後輩」
机の上に肘を立て。
相手の手を握り合って。
組み合って。
「そうだね。僕が負けたらさん付けするし、敬語も使うんだから。その代わり――」
「お前が負けたら生徒会辞めろ、か?」
「いや、そんなことは言わない。どうせ会長は僕達の話は聞いても助言なんか聞かないんだから、勝っても負けても会長が愛想尽かすまで君は生徒会役員だよ」
勝っても負けても、結果が出ようと出まいと、会長が愛想尽かすまでは役員をやっていられる。
甘やかされる。
……それは事実なのだろうが、他人から言われるには腹が立つ現実だった。
- 350 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:40:07 ID:Gerp1qOo0
その代わり、と兼は目を閉じ条件を提示した。
「……その代わり君が負けたら染髪に関する校則違反としてその茶のメッシュ切り取るんだから。今この場で」
「…………は?」
組んでいない方の手、左手を懐に入れると大振りな鋏を取り出す。
右利きながら両利き用の鋏を器用に、チョキチョキと左の手で開いたり、閉じたり。
楽しげな仕草だがジョルジュの方は堪ったものではない。
「おいおい!それはなしだろ!! これなくなったら外見的な俺の個性なくなっちまうわっ!!」
「確実にキャラ薄くなるよね」
思わず手を振り払い戦慄し叫ぶジョルジュだったが、つい先程まで味方をしてくれていた(とジョルジュは思っていた)ハルトシュラーは唐突に。
「……そうだな。それは良いかもしれないと思ったのが私だ」
「なんで!?」
- 351 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:41:06 ID:Gerp1qOo0
ふと、いきなり敵に回った。
「貴様が生徒会役員になるとして、一番不愉快だったのがその髪の毛だったのだ。生徒の規範となるべき生徒会の役員が校則に違反しているのはどうかと思う」
「俺そんな理由で生徒会入り渋られてたんスか!?」
染髪に関しては許せなかったらしい。
授業中の睡眠や学校のサボりを許して髪を染めることを許さない風紀委員の微妙な基準は、偏に校則に記述があるかないかである。
「て言うか、それなら委員長サンの格好だって大概だろ! この学校ブレザーなのになんでアンタだけ学ラン着てるんだよ!?」
「あー、それに関しては結局のところ校則違反じゃないんだよね」
指差しつつのツッコミに、補足説明をしたのは『歩く校則』の現会長。
「女子がズボンを穿くのも校則の上では認められてるし、淳高は元々学ランセーラーの学校だからそっちでも良いんだよ」
ブレザーのデザインが可愛らしいことと、ほぼ全員がブレザーを着用していることから無実と化してはいるが。
一応は、淳高指定のものであるのならばセーラー服でも詰襟の学生服でも校則違反ではない(流石に男子がスカートを穿くことは微妙だが……)。
- 352 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:42:08 ID:Gerp1qOo0
そう言えば、とジョルジュは思う。
学園祭などの特定行事の際には主な風紀委員や実行委員は何故か学ラン姿だった、と。
それは一般生徒と違う制服にすることで第三者が一目で分かるようにという役員側の配慮だ。
「う、ぐ……」
「まあ嫌なら良いんだから」
唸るジョルジュに兼は告げる。
別に何もしない、と。
ただ。
「ただ――僕の中でお前は戦うのにも値しない負け犬という認識になるだけ、なんだから……」
最終的に。
結局、参道静路は再度、今度は黙って腕を組んだ。
それは無言の宣戦布告だった。
- 353 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:43:07 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 6 ――】
参道静路はお世辞にも頭の良い方とは言えない生徒だった。
気の良い奴だがつい手を出しやすい性質で、簡潔に言うなら「上手く生きることができない人間」だった。
彼の人柄を端的に表すエピソードにこんなものがある。
高校一年の頃である。
ブラブラと夜中に徘徊していた彼は歓楽街で自分と同じ高校の制服を着た男女を見かけた。
リゾートホテルと言えば聞こえは良いが、そのカップルがいたのは十八歳以下でも入ることの可能な偽装ラブホテルの前だ。
現在ではもう、結構な割合の国で見かけられる光景である。
その若者の乱れた性に関して彼はどうこう言うつもりはなかったし、なんなら口笛でも吹いて茶化してやろうかと思ったくらいだった。
そう、それが――そのカップルの女側が、明らかに泥酔状態でなければ。
……それにしたって最早現代では馴染みのある光景だ。
目当ての相手を酔わせて、あるいは酔った相手(大抵の場合は若い女性側である)を介抱すると見せかけて自宅やホテルに連れ込むというのは。
流石に高校生では珍しいものの、大学生や社会人では掃いて捨てるほど有り触れたシチュエーション。
ややもすると、それが切欠となり交際に至るケースも珍しくない。
だが彼は、参道静路という人間は何を思ったかその二人に近付くと――男をブン殴ったのだ。
- 354 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:44:06 ID:Gerp1qOo0
それだけならまだ正義感の強さ故の行いということで分かるが、更に彼は泥酔したその女子に持っていたペットボトルの飲料水を頭から浴びせかけた。
剰え僅かに正気を取り戻した少女を頬を張り、近隣の交番まで引き摺って行くとそこに放置し帰ってしまったのだ。
後に学校に一連のこと(通りすがりに人を殴り一緒にいた女に水を浴びせ拉致したこと)が露見した際、彼は苛々した様子で一言だけ。
『…………なんかムカついたんだわ。それでいいじゃねぇっすか』
事情を説明するでもなく、言い訳をするでもなく。
「ムカついた」というその一言だけで話を終わらせてしまった。
参道静路は一週間の停学処分となった。
以降彼は不良としてのレッテルを貼られた高校生活を送ることになる。
そのことさえも彼にとってはどうでも良かった。
彼はそういう人間だったし、そういう人間がこういうことになるのも分かっていたことだった。
彼の人柄を端的に表すエピソード。
彼と同じクラスの、あの小柄ながら胸の大きいクラス委員の少女との出逢いの話。
- 355 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:45:07 ID:Gerp1qOo0
腕相撲勝負が始まって。
そんな風な話を、目の前の相手の性格を――鞍馬兼は思い出していた。
―――ジョルジュの猛攻を涼しい顔で耐えながら。
「はっ……ああ、っ!!?」
「訂正します。あなたは戦うのにも値しない相手ではない。腕力については僕が本気を出すに値するようです」
兼の右腕は微動だにしない。
身体の芯はブレない。
初期位置からはズレていないがどちらが優勢かは一目瞭然だ。
必死の形相で右腕に力を込めるジョルジュと、腕を動かそうともせず耐えているだけの兼。
互角――ではない。
勝負をしている前者と相手を試しているだけの後者―――。
「精神性については……言うまでもないんだから」
- 356 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:46:07 ID:Gerp1qOo0
本当に。
空想空間で戦うのが楽しみなんだから、と。
兼は、そんな驚くべきことを言った。
頭を回転させながら言葉に嘘がないかどうかを調べるハルトシュラー。
「そうでなくっちゃね」と言わんばかりの好戦的な笑顔を顔いっぱいに湛える檸檬。
その中で――彼は。
「……けど風紀委員として、素行不良の生徒は指導しないと、いけないんだか――――らっ!!」
そのまま。
ジョルジュの腕を、折らんばかりの激しさで――机に叩き付けた。
技術も何もない単純な力比べで。
極めて強引に。
無茶苦茶な力技で大嫌いな不良を捩じ伏せた。
『生徒会長になれなかった男』の本領発揮だった。
- 357 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:47:07 ID:Gerp1qOo0
さて。
勝負の結果は三つ。
『実験(ゲーム)』の参加者がまた一人判明したこと。
その相手と新役員の間に因縁が発生したこと。
そして件の生徒会新役員、参道静路の外見的な個性が薄くなったことである。
……加えて言うならば、ハルトシュラーは新役員の評価を保留することに決めた。
否定的ではなく建設的に判断していくことに決定したのだった。
それが鞍馬兼達自称ファンの思惑通りの結果なのかは杳として知れない。
.
- 358 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:48:07 ID:Gerp1qOo0
- 【―― X ――】
―――「ハルトシュラー・ハニャーン」 ガ ログイン シマシタ.
―――「サンドウ・キヨミチ」 ガ ログイン シマシタ.
.
- 359 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:49:06 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 7 ――】
二人から三人へ。
人数が一人増えただけでも戦略の幅は飛躍的に広がるが、風紀委員長側の事情により基本的には今まで通りだ。
つまり、レモナかハルトシュラーのどちらかがメインで『空想空間』にログインする。
メインのサブとして、新役員ことジョルジュがバックアップに付く。
人間不信疑心暗鬼の悪魔は知り合って数日の相手に自分の身体を任せることなどできないので、つまり、天使と悪魔のタッグは現時点ではありえない。
あくまで「現時点では」だが―――。
j l| ゚ -゚ノ|「……そう気を落とすなと貴様を慰めたいのが私だ」
_
( ∀)「いやー……。落ち込むなって言うのは無理な話っスわ……。今から思えば俺の発言、かなり露骨な前振りだったわ……」
夢の中の異世界は今日は生憎の天気。
蒼く輝く曇天からは冷たい水の粒が降り注いでいる。
ジョルジュとしては年下のインテリに負けた直後にこれだ、踏んだり蹴ったりである。
まさか彼の内面に応じた空模様のわけもないが、そう言えばと彼の隣に立つ男装の悪魔は思案に暮れる。
この『空想空間』の天候は誰が決めているのだろうかと。
- 360 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:50:06 ID:Gerp1qOo0
思考を続けながらハルトシュラーは言う。
j l| ゚ -゚ノ|「もっと強く注意を促せば良かったと思っているのが私だ。私としたことが浅慮だったな、申し訳ない」
_
( -∀-)「いや、委員長サンの話を聞かなかった俺が悪いんだわ」
j l| ゚ -゚ノ|「貴様が私の助言を素直に聞き入れるなど最初から期待していない。だから、やはり私が愚かだったのだ」
_
(;゚∀゚)「あ、そうですか……」
無表情で発せられたのは冷たい言葉。
二人での偵察。
少しは打ち解けられたと思っていたジョルジュだったが、そういうわけでもないらしい。
j l| ゚ -゚ノ|「別に貴様と打ち解けたわけではないし、貴様を認めたわけではない。少し部下の意を汲んでやってだけだ」
雨の中、異世界の針葉樹林を抜け、異世界の中庭へ向かう。
つい数日前にハルトシュラーが有栖川有子と戦いを繰り広げた――悪魔の言を借りれば「道を間違えたサックス馬鹿を蹴り飛ばした」場所だ。
あの時とは違い今は人目を忍んではいない。
仲間が増え想定外の状況にも対応し易くなった為でもあるし、荷物が増え行動しにくくなった為でもある。
- 361 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:51:08 ID:Gerp1qOo0
- _
( ゚∀゚)「は?部下?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。あの状況で鞍馬兼の登場、奴等の思惑は分かりやすい」
奴等――自称ファンの連中。
鞍馬兼や天神川大地達の。
j l| ゚ -゚ノ|「所謂『燃える』という感情を呼び起こす為の行動……ロミオとジュリエット効果だ」
ハルトシュラーの言う「ロミオとジュリエット効果」とは心理効果の一つだ。
親から認められない恋愛が燃え上がるように。
人間は何か目的を達成しようとする場合、そこに障害があると余計に目的を達成したくなるという学説である。
つまりは。
ジョルジュに対し否定的な勢力(=自分達)(≒障害)を用意してやることで、生徒会役員としての自覚を持たせようとしたのだ。
_
(;゚∀゚)「はあ……。全然気が付かなかったわ」
j l| ゚ -゚ノ|「同時に私に対しての働きかけでもあった。貴様が生徒会役員としての自覚を持ったということを示し、妥協させる意図だな」
- 362 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:52:11 ID:Gerp1qOo0
お遊びではないと。
俺は本気だ、と。
ジョルジュがそういう意思表示を行動と共にできる――せざるを得ない状況を作り出し、ハルトシュラーの中のジョルジュの評価を上げさせた。
「何処の馬の骨とも知れない相手」から最低限、「検討に値する相手」にまで。
現在のように、とりあえずは一緒に行動するレベルにまで。
参道静路の精神性を熟知しハルトシュラー=ハニャーンの精神構造を理解した上での行動。
ジョルジュは真っ直ぐな性格で生徒会入りも本気だし、ハルトシュラーも無表情なだけで人の決意を無碍にするタイプではないと。
要するに、きっと。
鞍馬兼は御託を並べはしたが、結局最初から――ジョルジュのことを認めていたのだろう。
j l| ゚ -゚ノ|「部下のいたいけな思惑を踏み躙る私ではない。故に、一応は貴様と行動を共にすることに決めたのだ」
_
(;゚∀゚)「は、はぁ……。つまりは上手い具合に誘導されたってことか?」
j l| ゚ -゚ノ|「そうとも言える」
ハルトシュラーは言って、次いで溜息混じりに呟く。
「何を考えているのだか」と。
- 363 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:53:10 ID:Gerp1qOo0
訳の分からないことを言って。
訳の分からないことをやって。
本当に私の部下達は、何を考えているのだろう?と。
……悩み呟く委員長を見てジョルジュは少し悩んだのだが。
最終的には普通の人間は、悪魔に自分の考えを言ってみることにした。
_
( ゚∀゚)「何を考えているかって……アンタや会長サンのことを考えていたんじゃねぇの?」
j l| ゚ -゚ノ|「……なに?」
いやだから、とジョルジュが続ける。
_
( ゚∀゚)「訳の分からないも何もアイツ言ってただろ? 『ファンだから』って。そういうことじゃねぇの?」
j l| ゚ -゚ノ|「…………」
ファンだから。
ファン故の行動。
- 364 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:54:07 ID:Gerp1qOo0
- _
( -∀-)「アンタ、自分で自分のことをコミュ障とかぼっちとか言うくらいだし……友達少ないんだろ?」
j l| ゚ -゚ノ|「……そうだな。少なくとも多くはない」
_
( ゚∀゚)「で、会長サンも基本的に一人行動だわ。あのインテリから『あの一人生徒会が本当に仲間を作った』って言われるくらいには」
自分達の慕う相手が。
自分達の上司が。
ほとんどの時間を一人で過ごすような相手だったとしたら普通の人間はどう思うだろう?
また、そんな人に仲間が増えそうだと知ったなら。
自分に満足にできなかったことをしてくれる人間が見つかったとしたら……どう思うのだろう?
きっと。
_
( -∀-)「過保護だし余計なお世話だわとは思うけど、きっと――『良かったなあ』『仲を取り持ってやろう』とか、思うんじゃねぇの?」
好きだから。
ファンだから。
- 365 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:55:06 ID:Gerp1qOo0
自分の慕う相手が常に一人で行動している。
それはそれで別に良いと思うけれど、でもやっぱり一人は寂しいんじゃないかと思う。
一人ぼっちは寂しい。
仲間がいると楽しい。
普通の人間の当たり前。
好きだから、好きな人には幸せであって欲しい。
隣にいるのは自分じゃないとしても。
ならば―――。
j l| -ノ|「……なるほど」
呟いて、彼等の委員長は。
ハルトシュラー=ハニャーンは「私としたことが鈍感だった」と言った。
個性的な部下達の顔を思い浮かべ。
彼等の想いを推し量り。
まさか私のような人間を本当に慕ってくれていたとはな、なんて。
ほんの少しだけ、けれどはっきりと――嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
- 366 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:56:07 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 8 ――】
鞍馬兼は生徒会長になれなかった一年生である。
言い換えれば、春の選挙で当選していれば生徒会長になっていたはずの生徒だ。
六十二パーセントの支持率で二期目の当選を果たした現会長高天ヶ原檸檬に対し、鞍馬兼の支持率は十一パーセント程度だった。
檸檬には及ばないものの対立候補の中では二番目に高い。
加えて彼が一年生で、かつ転入生(中学以前は違う学校にいた生徒)であることを考慮すれば、それは驚異的な支持率だと言えるだろう。
それまでの期間生徒会を務めていた三年生の高天ヶ原檸檬。
対し鞍馬兼は無名で尚且つ部外者、仲間どころか知り合いすら一人もいない場所で、入学から三週間足らずで――実に一割以上の生徒から票を集めたのだ。
(淳高の生徒は十三クラス×四十×三で千五百人ほど、投票率は百パーセントではなかったが、それでも彼の支持者は優に百人はいることになる)。
……とは言っても、ハルトシュラーはその有能な部下に所謂「人の上に立つ才能(カリスマ)」やそれに類する才能があるとは思っていなかった。
むしろ秘書やサポート役などの方が向いているとさえ思っている。
鞍馬兼にあるのは「集団の中心にいる性質」――自分を中心にコミュニティを形成する、人間性だ。
人を支配するのではなく、人を先導するのでもなく。
そこにいるだけで当たり前に誰かが、誰彼なく誰かが集まってくる特性。
レモナやハルトシュラーが一人で昼食を取っていたとして、彼女等の支持者は遠巻きに眺めるだけだろうが。
鞍馬兼が一人で弁当箱を開いたのなら――昼休みが終わる頃には、五人十人という大所帯になっている。
- 367 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:57:08 ID:Gerp1qOo0
誰だって自分の知り合いの中に一人はそういうタイプの存在を見つけることができるだろう。
空気を読むのではなく、空気を作るのでもなく、空気を纏う人間。
無論、レモナもハルトシュラーも空気を纏う類の存在だが、その雰囲気は一般人を寄せ付けるようなそれではない。
『天使』が持つのは手を伸ばせば指先から溶かす太陽のような凄惨な魅力であり。
『悪魔』が有するのは決して手に入れることの叶わない水面の月の如き殲滅な美貌だ。
周囲を根こそぎにし、台無しにし、お前達は取るに足らない矮小な存在だと、否が応でも何処までも暴力的に思い知らせる――人外の雰囲気だ。
畢竟彼女達は人の上に立ってすらいない。
人々の上に浮かんでいるのだ――カーストのトップではあるが、下位の存在と地続きではない。
そして言わば鞍馬兼は『人間』と『人外』の間に位置している者である。
普通の人間ではないが、化物ではない。
その微妙な立ち位置が自然と周囲に人が集まる性質の由来なのかもしれないとハルトシュラーなどは推測していた。
けれど、レモナならこう表現するだろう。
「そういうのは単に『人徳』って言うんだよ」と。
人徳のある変わり者、それが鞍馬兼の一般生徒からの評価だった。
彼の異名である『大佐(カーネル)』は彼の父が名誉大佐であることと、「兼(とも)」という名前が「兼ねる」と読めることに由来しているが。
そういう人間だからこそ、彼は一般兵から見て遠い軍隊の総司令である元帥や大将ではなく、「大佐」と呼ばれているのかもしれなかった。
- 368 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:58:07 ID:Gerp1qOo0
けれど、勘違いしてはいけない。
自然と周囲に人が集まるからと言って。
普通の人間と一緒にいるからと言って。
十三組所属生徒ではないからと言って
そんなことは。
そんなどうでも良い設定は、彼が異常な人間ではない証明にはならないのだから―――。
.
- 369 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 16:59:07 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 9 ――】
( ・ω・)「また会いましたね委員長――御機嫌よう」
声は、唐突だった。
姿は、突如だった。
中庭を歩いていて、暫く行った所に鞍馬兼は立っていた。
立っていたのだ――現れたのではない。
気配もなく、いやそれどころか、いつからそこにいたのか全く分からないような。
「透明人間がいきなり透明じゃなくなった」。
そういう表現しかできないような出現。
しかし透明人間ならば音や匂いや気配はあるはずで、そんなものすらもない、ハルトシュラーが察知できないことはありえない。
けれど事実として、姿も音も匂いも気配も何もかもがいきなり溢れ出したのだ。
あの洛西口零の『汎神論(ユビキタス)』にも近い――異常な登場。
- 370 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:00:06 ID:Gerp1qOo0
j l|; -ノ|「っ!!」
けれど。
驚く暇すらなかった。
声を出す時間すら惜しかった。
ハルトシュラー=ハニャーンが取った行動は後悔することでも反省することでもない。
彼女が取った行動は至極単純。
右隣にいたジョルジュに足払いを掛けつつ袖を取り自らの右腕の力だけで強引に左側に投げ飛ばすようにして――回避行動を取った。
_
(; ∀)「なに――ごぉっ!?」
瞬間、先程まで彼が――彼の胴体があった場所に弾丸が通過していった。
そう。
言葉の直後に兼が構えた、自動拳銃P230SLの射線からの回避行動。
ジョルジュを庇ったのだった。
「まず相手を行動不能にする為に胴体に一発撃ち込む」。
鞍馬兼の行動は的確かつ冷酷だった。
- 371 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:01:06 ID:Gerp1qOo0
しかしながら言葉の直後の銃撃よりも尚早い、言葉と同時の回避の甲斐あって新役員は着弾を免れた。
代わりにジョルジュは建物の影の側溝に叩き込まれる形になったが、天気が雨で既に身体も濡れていたので気にするほどのことでもない。
j l| -ノ|「ふっ―――」
二発目が来る前にハルトシュラーは走り出していた。
相手との距離は三メートルもない、この間合いなら詰めた方が有利だという判断だ。
兼は躊躇なく発砲。
だが悪魔は冷静に弾道を見極め身体を傾けるだけでかわしてみせる。
どれほどの速度だろうが点での攻撃、避けられるのだ。
そして、この時点で銃火器の間合いではない――即ちは拳が届く格闘戦の間合いだった。
( ω)「――ちっ、」
この距離では敵わないと見たのか、兼はハルトシュラーの手刀を受けながら瞬時に撤退の選択肢を選び取る。
「徒手空拳では勝負にならない」――自らの力量を弁えた最善策だった。
- 372 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:02:09 ID:Gerp1qOo0
j l| -ノ|
だが、そんなことを悪魔が許すわけがない。
逃がすわけがない、殺す気だ。
生徒会の執行や流儀は頭にはない、「お前の願いは」など「辞退を勧める」など言える状況ではない。
突然の敵襲にそんな余裕ある対応は取れるはずもない。
そして。
彼女の拳が、兼の意識を奪う目的で動き出した――その刹那。
j l|;゚ -゚ノ|「ぐっ!!?」
獣じみた勘ならぬ化物じみた勘でハルトシュラーは動作を中止し思い切り後ろへ飛びながら濡れて泥濘んだ地面で踏ん張りを効かせ身体を仰け反らせた。
視界の隅、鞍馬兼の後ろに誰かがいることに気がついたからだ。
校舎の影から飛び出してきた影は手の平大の石を投げた。
「石」とは言っても軍用に加工した飛礫種、「投げた」とは言っても戦闘技術としての投擲であり「打った」が正しい。
印地―――。
- 373 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:03:11 ID:Gerp1qOo0
針の穴を通す如き正確さで兼の頬のすぐ脇を通り飛来した石、顔面を狙ったそれをギリギリで回避する。
余程信頼出来る仲間なのか、彼は背後から骨を砕く速度で発射された礫にも動じず、ハルトシュラーの見せた隙を見逃さず再度撤退を図る。
当然、風紀委員長もやられたままではない。
発砲と投擲を警戒しつつ素早く体勢を立て直した。
が。
j l|;゚ -゚ノ|「なに……っ?」
だが、鞍馬兼が数歩分距離を取った瞬間――彼の姿が跡形もなく、消えた。
つい数瞬前まであったはずの気配も。
匂いも音も何もかもがだ。
次いで石を打った影も黒いレインコートを翻し退却し始める。
どうやら兼を援護する目的で出てきたらしい。
こちらの姿は消えたりはしないが、最初から空いていた距離もあるので直ぐに追わなければ逃してしまうだろう。
けれど……。
- 374 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:04:09 ID:Gerp1qOo0
と、十三組の化物が迷った、その時だった。
排水溝から起き上がってきた新役員が「何してんだよ」と声を掛けた。
_
( ∀)「……こんな時の為に俺がいるんだろうが。委員長サンはレインコートを追え、俺はあのインテリ追うわ」
j l|;゚ -゚ノ|「いや待て。私の話を――」
分かってるって、とジョルジュは言葉を遮り地面を指差す。
指し示したのは地面に残った足跡。
ジョルジュにも鞍馬兼の姿は直前まで見つけられなかったし、今ももう見えなくなっている。
だが泥濘んだ土の上に残った靴の跡から察するに瞬間移動してきたわけではないようだ。
ハルトシュラー達には見えなかっただけで、そこにはいるはずなのだ。
_
( ^∀^)「さっきはありがとうな――じゃあちょっと汚名挽回の為に行ってくるわ」
言うだけ言って彼は走り出した。
勢い良く。
汚名挽回の為に。
- 375 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:05:06 ID:Gerp1qOo0
j l|; -ノ|「それを言うなら『汚名返上』か『名誉挽回』だろうが……くそ、」
どんどん仲間の姿が遠くなる。
……ハルトシュラーはまた迷ってしまっていた。
本当にジョルジュが兼の能力を理解し対策を講じ、また直接戦闘になった際に戦えるのなら良い。
あるいは居場所を突き止め機会を伺うのならば良いのだ。
けれど彼が能力を分かった気になっているだけで理解しておらず、更に戦闘能力的に鞍馬兼に遠く及ばない場合、最悪の事態になる。
即ちは――彼の敗退だ。
j l| -ノ|「…………だから仲間を作るのは嫌なのだ」
舌打ちをし。
小さくそう言った。
彼女は気づいていなかった。
もう既に、自分が参道静路のことを半ば仲間だと認め始めていることに。
そして――新しい仲間は、自分達より圧倒的に劣るということに。
- 376 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:06:06 ID:Gerp1qOo0
- 【―― 10 ――】
続く足跡から察するに兼は第三校舎の角を曲がったようだった。
ジョルジュは短絡的に追うことなく、待ち伏せを警戒し一旦停止し、壁に張り付く。
テレビで見た潜入工作員の真似をし先を伺った。
だが。
_
(;゚∀゚)「…………アレ?」
足跡は、角を曲がった所で途切れてしまっていた。
推理小説のトリックのように後ろに歩いたなんてことは時間的な問題でありえないだろう。
となると何かの上に乗った、物の上を渡って行ったという可能性が濃厚だが、近くには手頃な物体がない。
まさか校舎の壁をよじ登ったわけもない、窓のサッシくらいしか足場がないのだから。
_
(;-∀-)「っかしーわ……なんでだ?」
- 377 名前:第四話投下中 投稿日:2012/04/14(土) 17:07:11 ID:Gerp1qOo0
呟き、ジョルジュは壁に手を付いた。
手が触れた場所は窓ガラス。
ヒンヤリとした硬質な感触に降り続ける小雨の相俟って頭が少し冷静になる。
委員長サンと相談すべきだったか?と今更ながら反省。
どうせ見失ってしまうのなら、彼女の言うことを聞いておけば良かった。
後の祭りではあるけれど。
そんな風に考え窓に付いた手に体重を掛けると、鍵がかかっていなかったのかガラスが動き、窓が空いた。
そして。
_
(;゚∀゚)「!! しまっ―――」
彼は気づいて。
言って。
咄嗟に振り返って。
そして。
- 378 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/14(土) 17:08:13 ID:Gerp1qOo0
――全身が震えるような音を、聞いた。
乾いた発砲音。
それと同時に響き渡った破裂音は、自分の頭蓋骨が砕け脳漿が弾け飛んだ音だった。
人の命があまりにもあっさりと散った音だった。
……尤も。
ジョルジュの意識はもう途切れていたので、その結論に辿り着くことは、できなかったのだけれど。
.
- 381 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:26:40 ID:PUTCJxok0
- 【―― 11 ――】
_
(;゚∀゚)「―――ハッ!!?」
途切れた意識が回復した。
両手で頭を触ってみるが髪が雨水に濡れているだけで傷一つない。
_
(;゚∀゚)「な、なんだ……。今俺、確か、頭を拳銃で撃ち抜かれたような……」
ジョルジュは自らの頭が弾ける音を聞いた。
聞いたこともないし、これからも聞く機会はないと思われるので正確には分からないが、おそらくアレは自分が死んだ音だった。
けれど自分の身体には傷はない(というか、まずちゃんと意識がある)。
場所も変わらず第三校舎の角。
先程までと違うことがあるとすれば泥濘に腰を下ろしていることくらいだ。
- 382 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:27:41 ID:PUTCJxok0
- _
(;゚∀゚)「はくちゅう……む?」
( ‐ω‐)「――いや違うんだから。君はちゃんと死んだ」
ジョルジュはもう一つ、先程までとは違うことを見つけた。
隣に鞍馬兼がいることだ。
地べたに座るジョルジュの隣に兼は立ち、彼のこめかみに拳銃を突き付けている。
ジグザウエルP230SL。
ハルトシュラーを撃ち殺そうとした凶器であり――ジョルジュを殺した凶器だ。
……校舎の角まで足跡を付けると窓を開け中に入る(建物の角に窓はないので手の届く範囲の窓枠に手を掛け、力技で乗り越えるのだ)。
そして目標が通り過ぎたところで、相手より後方に位置する窓から出て頭を撃ち抜く。
鞍馬兼がやったのはそんな単純な目眩ましであり子供騙しだった。
それは良い。
だが、その後の理屈が分からない。
背後を取って。
撃ち殺して。
…………それで?
- 383 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:29:04 ID:PUTCJxok0
即死のショックで生殺与奪権を握られているにも関わらず実感が沸かず、不思議そうな顔をする上級生に兼は言う。
( ‐ω‐)「……君の死亡を『なかったこと』にした。一度殺して、戻したんだよ」
_
(;゚∀゚)「は……? な、何を……」
( ・ω・)「『姫君の迷惑な祝福』――僕はZAPとだけ呼んでいるけどね」
簡単に『大佐(カーネル)』は告げる。
それがどういうことか、混乱しているジョルジュには分からない。
「相手の死亡をなかったことにする」。
「戻すことが可能」。
そういう風に兼は説明したが、そんな能力があるなら『実験(ゲーム)』は成立しない。
そんな能力、負けようがない―――。
( ・ω・)「君には死ぬ気で頑張って欲しかったから。だから、一度死んで貰った」
- 384 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:30:08 ID:PUTCJxok0
そして。
彼は物陰からジョルジュ救出の機会を伺っている悪魔に向けて――言った。
( ‐ω‐)「…………ハルト委員長、聞いているんでしょう?」
答えはない。
兼は構わず続けた。
( ・ω・)「あなたは風紀委員には強さが大事だと言いましたね。それは肉体の強さであり、精神の強さ。強さがあってこそ正義足り得ると」
力無き者の正義など妄言だ。
弱者の戯言に過ぎない。
それはあなたの言い分でしたよね、と兼は確認する。
答えは、ない。
( ・ω・)「僕も全く同意見です。全てを暴力で解決するのは野蛮ですが、けれど武力があってこそできることもあると思います」
- 385 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:31:12 ID:PUTCJxok0
たとえば。
強い人間の非道を注意するのは弱い人間にはできないことだ。
それができる人間こそ本当に強い、というよりかは人格者なのかもしれないが、けれど危険なことは事実なのである。
犯人逮捕に協力することは一般人の義務だが。
やはり危険な犯罪者に対処するのは警察の役目だろう。
しかしそれは――逆に言えば。
( ・ω・)「この理屈は『強さがなければ正義ではない』ということも意味します。だから風紀委員長のあなたも生徒会長の高天ヶ原檸檬も強い」
学園の平和を守る者として強くあらねばならない。
強くなければ、正義ではない。
( ‐ω‐)「けれど、それを疑問視する声もあります。本当に強いのかどうか。正義足り得るのかどうか」
j l| ゚ -゚ノ|「……前置きが長いのは貴様の悪い癖だ、何が言いたい」
姿を現した風紀委員長に部下は楽しそうに微笑みかけた。
- 386 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:32:06 ID:PUTCJxok0
彼が浮かべたのは清々しい笑みだった。
清々しい――けれどそれ以上に禍々しい異常者の笑顔。
( ・ω・)「勝負しましょう、僕達と」
j l| ゚ -゚ノ|「勝負だと?」
( ‐ω‐)「はい。生徒会選挙をやり直そうというわけではないですし、リコールを宣告するわけでもありません」
ただ。
簡潔に言えば。
正直に言えば。
この宣戦布告は、つまりは。
( ・ω・)「僕達と遊んで下さいよ、生徒会の皆さん……尤も今じゃあないですけどね」
ただの決闘の挑戦状であり、ただの遊戯の招待状であり。
敵対宣言。
- 387 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:33:05 ID:PUTCJxok0
j l| -ノ|「…………そうか」
ハルトシュラー=ハニャーンは自らの部下、鞍馬兼のことを憎からず思っていた。
それは彼が風紀委員会の中核を成す存在だからというわけではない。
自分のような人間に呆れることなく飽きることなく話しかけ続けてくれる彼が、ついて来てくれる彼のことが、好きだった。
変な奴だけど、好きだったのだ。
変な奴だから、好きだったのだ。
それは男女の仲とか、あるいはそれより深い何かではなかったけれど――それでも。
それでも確かに鞍馬兼のことは好きだったのだ。
j l| ゚ -゚ノ|「敵対、するか」
( ‐ω‐)「はい。敵対します」
けれど、その関係性は――向こうから一方的に断ち切られた。
訳の分からないことを言って。
訳の分からないことをやって。
訳の分からないままだった部下は――訳の分からないままに敵に回ってしまった。
- 388 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:34:15 ID:PUTCJxok0
お互いに好きだったはずなのに。
信頼し合っていたはずなのに。
_
( ∀)「なんでだよ……。なんで、お前……。委員長サンの『ファン』だって、『好きだから』って……言ってたのに!!」
( ・ω・)「言いました。それに今でも大好きです――だからこその敵対なんだから」
_
( #゚∀゚)「なんだよそれ!分かんねぇよ!! だったら傍にいろよ!助けてやれよ!お前が委員長サンの部下なら――ここにいるのは、お前の役目だろうがッ!!」
ジョルジュの声は男に届かない。
ただ、「あなたとは価値観が違う」と告げられただけで。
ジョルジュの価値観は彼には無価値で。
彼の価値観は――ジョルジュには、不可知なのだ。
何処までも。
やり方が違って。
生き方が違った。
( ・ω・)「他の風紀委員を誑かして反乱しようというわけではないです。あくまでも僕達の意思なんだから」
- 389 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:35:04 ID:PUTCJxok0
僕達の意思で、僕達はあなた達と戦いたい―――。
部下の意思表示に委員長は「そうか」と答えただけだった。
彼女の無表情がレモナと意見を違えた時よりも遥かに哀しそうに見えたのは、ジョルジュの見間違いではないだろう。
j l| -ノ|「そうか……なら、仕方がないな」
少女はそう言って。
悪魔は続けた。
j l| ゚ -゚ノ|「私が貴様を終わらせる――――私が貴様の“結末(ピリオド)”だ、鞍馬兼」
ハルトシュラーの言葉に、鞍馬兼は本当に嬉しそうに笑った。
「初めて名前で呼ばれた」と。
まるで、好きな人と初めて手を繋いだ少女のように無邪気に笑みを浮かべた。
好きだから。
好きなのに。
- 390 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:36:06 ID:PUTCJxok0
( * ω)「…………良かった」
呟きながら、彼は少しずつ離れていく。
少女を見つめたまま少女が立つ場所から離れていく。
二人は見つめ合ったままに――別れるのだ。
すぐ傍にいたはずなのに。
この三メートルは、もうあまりにも遠い距離。
「――――いつかまた、近い内に」
呟いて、彼の姿は跡形もなく消えた。
『勇者の些細な試練(random encounter)』と呟き能力を発動させて。
……取り残された少女は、暫くの間何もせず立っていた。
何もできずに立ち尽くしていた。
降り続く雨、つい数分前までは気にもならなかったはずなのに、何故か今は、とても冷たく感じた。
- 391 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:37:03 ID:PUTCJxok0
- 【―― 12 ――】
そのギョロ目で眼鏡を掛けた男はナビゲーターだった。
つまり『空想空間』でのバトルロイヤルの進行役なのだが、スーツの上に白衣を着ている格好もあってか「学校の先生」という印象が強かった。
近寄り難くもあるが、話してみると楽しい先生――そんな雰囲気の男だった。
「ヌル」と名乗っている彼は自らが招待した三人を見回す。
薄暗い空間、それぞれ寛いでいる彼等にヌルは手を叩き合図をすると話し始めた。
( <●><●>)「はいはい、お喋りは止めて下さい。先生――いえ先生ではないですが、私の話を聞いて下さい」
「いえTeacher、そもそも誰も喋ってませんネ」
( <●><●>)「私は先生ではありません。……とにかく、皆さんが静かにしないと授業――いえ授業ではないですが、話が終わりません」
「……というか、そういうことを言うから教師のように見えるのだと思うのだが」
( <●><●>)「分かっていますよ、そんなことは」
「「「(じゃあ止めたら良いのに……)」」」
なんなんだよコイツ、と三人ともが思った。
そんな彼等の心の声など知らず、ヌルは話を始める。
- 392 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:38:08 ID:PUTCJxok0
( <●><●>)「……皆さん。皆さんは今バトルロイヤルの真っ最中です。勝ち抜けば願いが叶うのです」
「そんなことは分かっているんだから」
呆れたように誰かが言った。
だがヌルは「分かっていません」と返す。
( <●><●>)「本当に分かっているのなら遊びの相談ばかりしていないで、ちゃんと参加しなさい。先生が困ります。ジョン・ドゥのチームはもっと意欲が……」
「先生か先生じゃないのかハッキリさせて欲しいのだが」
( <●><●>)「先生ではありません」
「「「(じゃあ何者なんだよお前……)」」」
なんなんだよコイツ、と三人ともが思った。
本日は二回目だが、彼等はヌルに会う度に同じ事を思うハメになっている。
もうちょっと慣れてきたくらいである。
- 393 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:39:04 ID:PUTCJxok0
「……ですが、先生。相談はgameのことではないネ。私達はマジメ」
誰かが言って、残りの二人は同意した。
そして口々に言う――「それが終わったら幾らでも戦ってやる」と。
「それにあなたの言う遊びについても、大体計画は立て終わったのだが」
「後は実行するだけなんだから」
( <●><●>)「ほう? そうなのですか?」
「そうネ。……この機会をくれたyouにはvery感謝していますネ。だからこれが終わったら、あなたの為に勝ち抜きますネ」
そんな風に三人は笑い合う。
実に愉しげに。
仲の良い友達とカラオケに行った時のように。
恋に恋焦がれている乙女のように。
そして――掛け値なき異常者が人を殺しているかのように。
- 394 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:40:05 ID:PUTCJxok0
「とりあえず今日は僕が顔見せをしてくるんだから」
そう。
あれだけのことをしておいても、まだ顔見せに過ぎない。
前哨戦ですらないのだ。
決戦はもう少し先。
あの未熟な新生徒会役員が様になってきた辺り。
「楽しみで、仕方がないのだが」
「早漏は嫌われますネ、fellow?」
笑うように。
憎むように。
殺すように。
愛すように。
清々しく禍々しく、殺意が滲み愉快そうで、鎮痛でありながら楽観的。
人間のようで化物のようで――あるいは他の何かのような。
- 395 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:41:06 ID:PUTCJxok0
願いを叶える為に行われるバトルロイヤルで生徒会と同じく願いを抱かない者達の集団。
生徒会と戦うことを目的とする彼等。
戦いの理由は愛。
好意。
「好き」という感情だ。
( ‐ω‐)「それでは、状況を開始しよう」
この世界には好意と敵意が限りなく同一な人間がいる。
愛情表現と殺戮行為が完全に比例する人間もいる。
必死に戦いを繰り広げる普通の人間達の影で、異常な人間達が暗躍し始めた。
【―――Episode-4 END. 】
- 396 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/04/15(日) 14:42:06 ID:PUTCJxok0
- 【―― 0 ――】
《 study 》
@勉強、研究、検討
A[a 〜]研究に値するもの
――動・他
B[SVO](人が)(何か)を(詳しく)調べる、調査する
C(人など)を注意深く観察する、(他人の希望・利益など)を考慮する
――自
D[SV to do]…するよう努力する
.
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