|゚ノ ^∀^)天使と悪魔と人間と、のようです

573 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:03:48 ID:VHwTsdGs0

・登場人物紹介

【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他


|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして生徒会長。一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。人の名前を覚える気がなく大抵の相手は「○○のナントカ君」と呼ぶ。
空想空間での能力はなし。願いもなし。

j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。学ランの芸術家。恩人から伝授された数百の特技を持つ。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。淳校全生徒の名前を記憶しているが、自分が認めた相手以外は「名も知らぬ生徒」という風に呼ぶ。
空想空間での能力は「現実世界での自分の超能力をダウンロードする」というもの。能力名は『ダウンロード(仮称)』。
願いはあるはずなのだが、自分でもよく分かっていない。
  _
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。

574 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:05:13 ID:VHwTsdGs0

【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。

(  ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。


【その他参加者】
それ以外の参加者(率先して戦わない人間も含む)。

リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
叶えたい願いはないが、『空想空間』での記憶を忘れない為、また面白いことを知る為に参加し続けている。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』。


ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。

イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。

575 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:06:05 ID:VHwTsdGs0

【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。

(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。
生徒会長と風紀委員長からよくロクでもない目に遭わされる。

( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。
鞍馬兼ら三人を参加させた。

i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。

576 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:07:10 ID:VHwTsdGs0


※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。


.

577 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:08:46 ID:VHwTsdGs0




――― 第六話『 challenge ――願わくば―― 』





.

578 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:10:03 ID:VHwTsdGs0
【―― 0 ――】



 強くないなら、せめて強がりだけでも言っておけ 

 吹き付ける逆風に負けないように



.

579 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:11:06 ID:VHwTsdGs0
【―― 1 ――】


 星がチラつく闇の中に円卓が浮かんでいた。

 上下左右という当たり前の概念すら危うい宇宙空間、その中央にぽつんと在る円形の机には八つの椅子がある。
 大きさもデザインも何もかも違う椅子はそれぞれの指定席だった。

 誰の指定席か?
 ……この空間を創り出した『DNA』と呼ばれている主とその部下であるナビゲーター達の席だ。
 即ち、ここは『空想空間』におけるバトルロイヤルの主催者側の会議室なのだ。


( <●><●>)「ここに全員が揃うのは初、でしょうか。いえ、二度目ですか」


 公立学校にあるような簡素なパイプ椅子に腰掛けた白衣のヌルは、次に姿を現した髭を蓄えた壮年の男にそう言った。
 声をかけられた男、「ジョン・ドゥ」と自称している彼は羽織っていたトレンチコートを脱ぐとロッキングチェアに掛け自らもその椅子に座る。

  _、_
( ,_ノ` )「……どうだろうな。ところでナナシ、以前会った時に君は参加者が見つからないと嘆いていたが、もう五人揃えることができたのか?」

(‘_L’)「笑えもしないことですがまだです。逸材は参加してくれず、その上に参加させた三人の内一人は辞めてしまいますし、一人は辞退してしまいますし」

i!iiリ^ ヮ^ノル「おー、災難だ。あの天使と悪魔を参加者に含めないのならナナシはまだ三人か」

580 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:12:05 ID:VHwTsdGs0

 オートクチュールのスーツの男・ナナシと、アロハシャツ姿の花子。
 既にいた二人と同様に何処からともなく現れた彼等はそれぞれの指定席に向かった。
 ナナシは事務用椅子に、花子は洒落たアームチェアに。

 続いて現れたイタリア系の顔立ちの老人の指定席はこの空間にはなかった。
 彼は足が不自由でいつも車椅子に乗っている為、自分の席は要らないと事前に申し出ていたのだった。


/ ,' 3「ほっほっほ。小僧、災難そうな顔をしておるが災難なのはこちらの方だわい。小僧の参加者でもない奴の所為で儂の所ところの一人が敗退したのだから」

ヽiリ,,-ー-ノi「本当ですよ。私のヒッキーちゃんも消えちゃうし、もう」

(‘_L’)「N氏、佐藤さん。お二人のことは大変お気の毒に思いますがあの天使と悪魔は私の参加者ではないので……。しかも彼女等の被害には私もあっています」


 分かっていますと答えたのは「佐藤」と呼ばれた長髪の女。
 佐藤に車椅子を押されていた老人、つまりN氏は彼女に礼を言うと自力でジョン・ドゥの隣に移動し腰を落ち着けた。
 彼の席を含めると椅子は合計で九つになる。

 長髪の佐藤はナナシの隣、オレンジ色のバランスボールに座る。
 それが彼女の指定席だった。


ヽiリ,,^ー^ノi「あと皆さん、いつも言っていますが私のことは『恋するウサギちゃん』とお呼び下さい」

581 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:13:06 ID:VHwTsdGs0

 付け加えるような佐藤の一言は全員が聞こえないフリをした。
 代わりに、登場した七人目の男に目をやる。


(;´∀`)「……え、なんですか。モナ何かしたですっけ」

( <●><●>)「いえ、あなたの所は調子が良いようなので」

( ´∀`)「モナの所ですか? そうですね、まだ一人しか脱落していませんが……」


 ホンコンシャツの男「トーマス・リー」は小首を傾げつつ返答したが、まだ釈然としない様子でマッサージチェアに座った。

 ナビゲーターが招致できる、また召喚しなければならない参加者の人数は五人。
 『空想空間』でのバトルロイヤルが始まって丸一週間が過ぎている中で一人も脱落者が出ていないのは珍しい。
 無論、ナナシが勧誘した参加者も一人も脱落してはいないが……。


(‘_L’)「脱落していないとは言っても、あの天使と悪魔を除くのなら私はまだ三人しか参加させていませんしね……」

( <●><●>)「私もまだ四人です。気にする必要はないですね」
  _、_
( ,_ノ` )「……その通りだ。ルール的に早く参加すれば有利というものではないからな」

582 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:14:07 ID:VHwTsdGs0

 ジョンの言う通りだった。
 「能力体結晶を十個集めた人間が勝者になれる」というルール上、早いどころか、むしろ遅く参加した方が有利という見方もあるのだ。

 総勢八名のナビゲーターが五人ずつ参加者を集めた場合、参加者及び能力体結晶の数は四十となる。
 偶然ログインした人間が数人いたとしても五十には届かないだろう。
 だとすると勝者は最高で四人。
 何かのトラブルが起こったとしても一人二人はクリアする人間が出ると思われる。

 参加者は能力体結晶を手に入れた数だけ使える能力が多くなるか自身の能力を強化できる故、勝ち進めば勝ち進むほどに勝ち易くなるはずだった。
 保有結晶数が互角の人間同士(例えば九個持ちの参加者同士など)ならば当然激戦になるだろうが、あと一つ集めれば勝ちの状況で負けるかもしれない勝負をする必要はない。
 必要なのは一つなのだから、格下から――なんなら参加した直後の相手を殺して奪えば良いだけなのだ。

 ただ―――。


i!iiリ゚ ヮ゚ノル「逆も言えるんだよね、これ」

(‘_L’)「逆……と言いますと?」

/ ,' 3「ほっほっほ。小僧、分からんか? 確かに九つ既に持つ奴は一つだけの奴を倒せば勝ちになるが――逆に、一つの奴は九つの相手を殺してしまえばその時点で勝ちなのだわい」

(;‘_L’)「!!」

583 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:15:08 ID:VHwTsdGs0

 そう――「能力体結晶を十個集めた人間が勝者」というルール上、既に多くの結晶を集めた相手を襲い成果を奪うのは立派な戦略となる。
 ジャイアントキリングを起こす自信があるのなら遅く参加した方が良い。

 戦いが進めば進むほど能力体結晶を複数持つ人間が増える。
 敵を倒して得られる成果も大きくなるということ。
 つまり、保持能力数や能力強度的に勝る相手を倒せるとしたら――後から参加すればするほど、カモが多いということなのだ。


(;‘_L’)「しかし……。それは言うほど容易いことではないでしょう。一つしか能力を持たない人間が勝つなど……」

( <●><●>)「一と九の差はただの差ですが、零と一の差は絶対です。そして私達はその絶対を埋めてみせた存在を知っている……彼等なら、あるいは」


 天使と悪魔。
 能力を使わないままに能力者に勝つ――不参加者。


/ ,' 3「ほっほっほ。まあ、如何な人間と言えども結晶を九つ集めたような豪傑に空手で勝てるわけがあるまい。結局は地道に頑張った者が報われるはずだわい」

i!iiリ- ヮ-ノル「四人もクリア者が出る可能性があるのなら皆頑張るだろうしねー」
  _、_
( ,_ノ` )「単純な本人の素質、能力の使い方、作戦、チームワーク……。様々な要素が関連する。戦闘力だけでは勝負は決まらんさ」

(;‘_L’)「そうでしょうか? 最後には一人なのですから、結局は純粋な力が――っ!!」

584 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:16:05 ID:VHwTsdGs0

 そして、ここでナナシは気が付いた。


(;‘_L’)「(しまった、どうして気が付かなかった!! ヌルがあえて現実世界で交友関係にある人間達を参加させたのは、それが狙いか……っ!)」


 ヌルが招致した人間は鞍馬兼を始めとする三人に洛西口零を加えた四人。
 わざわざ顔見知りの者達を参加させた、その理由。
 潰し合いになるのかもしれないのに知り合い同士を参加させるなんて馬鹿なことをとナナシは思ったものだったが――違った。



(; _L)「(勝者は最高で四人――なら、『他の参加者全員を倒せるのなら四人まではチームを組める』! それか、それを狙っているんだな!!)」



 しまった、という後悔がナナシを蝕む。
 腸が煮えくり返るような苛つきは腑甲斐無い自分に対するもの。

 バトルロイヤル方式ではないバトルロイヤル。
 勝者が複数人出る可能性のある戦い。
 ……あの賢しい悪魔辺りならばルール説明をされた時点で気が付いただろうとナナシは思う。
 (実際、ハルトシュラーはそれを理解していたからこそ慎重にことを進めたがった)。

585 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:17:10 ID:VHwTsdGs0

 ジョン・ドゥの参加者も気付き、同じ戦法を取っていた。
 勝者は一人と限定されていないのだからバトルロイヤル系の作品にありがちな「途中まで協力」のような面倒な駆け引きをする必要はない。
 最後まで協力して他全員を駆逐すれば良いだけだ。

 三人か四人程度で徒党を組み多くの能力体結晶を集めた人間を集団で襲い成果を収める。
 それがヌルやジョンのチームが考えた戦略。


(;‘_L’)「どうもナビゲーター側にも戦略があるようですね……。能力重視か、チームワークか、動機やモチベーションか……」

|::━◎┥「もう一つある……ゾ。成長性……ダ」


 合成音声に振り向くとそこには近未来的な丸みを帯びたデザインのパワードスーツがあった。
 ナビゲーター最後の一人――「匿名希望」。
 装甲の中身は誰も見たことがないので、もしかするとロボットかもしれないというもっぱらの噂だった。

 匿名希望はローラーの音を響かせながら移動し机を挟んでナナシの真向かいで静止した。
 彼(彼女)の指定席は木製の椅子なのだが、大きな合金の装甲の所為で座れない為か座れてもその重量で壊れると予想される為か、腰掛けたところは誰も見たことがなかった。
 駆動音を響かせながら中腰の姿勢、いや空気椅子の状態になると話を再開する。


|::━◎┥「現時点でどれほど優秀な人間だろう……ト。成長する見込みがないのなら……マケル」

586 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:18:11 ID:VHwTsdGs0

 少し考え、ヌルが言った。


( <●><●>)「俄には信じ難い話ですね。成長性というものが重要な要素となるなど……ここは現実ですから」

|::━◎┥「現実ではない……ゾ。ここは『空想空間』……ダ」


 現実ではない異世界。
 現実の常識が通用しない空間――『空想空間』。


i!iiリ-ー-ノル「まあどれほどの成長性があろうとも成長するまでに死んじゃ意味がないけどねー」
  _、_
( ,_ノ` )「誰が勝ち抜くか見物だな」

ヽiリ,,^ー^ノi「それは神のみぞ知る、ですわ。……さてでは我々の神をお迎えしましょうか」


 八人のナビゲーターは全員揃った。
 席は一つだけ残っている。
 空いたままの王座のような豪奢な椅子には誰もいない。

 今はまだ、誰もいない。

587 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:19:10 ID:VHwTsdGs0
【―― 2 ――】


 実の所、ナナシが予測したヌルのチーム(鞍馬兼陣営)の戦略は当たりはしていたが正鵠は得ていなかった。

 「当たりはしていたが正鵠は得ていなかった」という表現は、武道に造詣が深い件の鞍馬兼やまさに弓道家である幽屋氷柱辺りが聞けば意味を理解し笑っただろう。
 これを端的に、そして一般人にも分かり易いように言い換えるのなら「外周にしか当たっていなかった」となる。
 更に厳密に補足すると「けれど的中していることは変わらない」ということになるのだが……それはここでは置いておこう。

 つまりは「そこではない」ということ。
 正解こそしているが、核心部分を理解しているわけではないということ。

 ここでの核心、正鵠は――鞍馬兼を始めとする数人は願いを叶える気がないということだった。


 ……ナナシは「他の参加者全員を倒せる(≒願いを叶える権利を四つ手に入れられる)のならば四人まではチームを組める」と考えた。
 その考えは正しかったし他の参加者達のチームならその通りだっただろう。

 だが鞍馬兼陣営の三人は「勝ち抜くこと」に重きを置いておらず、願いを叶えることが目的ではない。
 あくまで彼等の目的は生徒会と戦うことであり、その為にお誂え向きな舞台が『空想空間』というだけであって、自分の願いはどうでも良い。
 しいて言えば「生徒会と戦い決着を付けること」が三人の願いである。
 無論叶えてくれるというのなら何かは叶えてもらうつもりだが、その「何か」はきっと三人で話し合った末の「一つ」で良いのだ。

 それもおそらく明確に誰かの為になるような、それでいて誰も困らないような奇跡。
 願いを叶えてくれると言うのならそういうものが良いと鞍馬兼は言うだろう。

588 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:20:10 ID:VHwTsdGs0

 意外なことに、あるいは同じヌルに招致されたのだから当然なのかもしれないが、洛西口零辺りも同じ事を言うはずだ。
 「私にとってはここまでの冒険が何よりの報酬なのだ」と性悪に笑って。

 しかし。
 「願いを叶えることが目的ではない(またそれ故に諍いや仲間割れを起こす可能性が限りなく低い)」――それは正鵠であっても、それだけでしかない。
 ヌルが選んだ参加者の怖さは、ナナシが敵として警戒しなければならない部分はそこではない。

 彼やまた他の参加者が警戒しなければならないことは、偏に。
 ただ唯一「そんなもののついでのような適当なモチベーションでも勝ち抜けるであろう彼等の優秀さ」であるのだった。

 ……少なくとも、鞍馬兼をよく知るハルトシュラー=ハニャーンはそう思うのだ。


「(とは言っても、鞍馬兼の言う『僕達』が具体的に誰なのか絞り切れていないのが私だ)」


 そこまで考え銀髪の風紀委員長は溜め息を吐かせるような美しい動作で目を閉じた。
 容姿端麗という四字熟語を具現化したような凛々しい顔立ち、目が眩む銀髪と流動する水銀の瞳、そしてそのスレンダーな肉体に宿した埒外の力。
 その全てが彼女が『悪魔』であることを物語る。
 悪魔的な美貌と悪魔的な能力を持つ少女――ハルトシュラー=ハニャーン。

 「悪魔の頭脳を持つ」とまで称される彼女であっても分からないことはあった。 
 その分からないこと、ハルトシュラーの頭を悩ます事柄が、自分に好意を抱いている(らしい)後輩男子のことなのは微笑ましいとも言えるかもしれない。

589 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:21:10 ID:VHwTsdGs0

 「勝負しましょう、僕達と」―――。

 彼女の頭を悩ませているのは鞍馬兼の告げた言葉の中の『僕達』という単語。
 そう言うからには誰か仲間がいるのだろうが、それが具体的に誰なのかが分からないのだ。

 ハルトシュラーが見落としていないのならば風紀委員内で不審な動きをしているものはいない(少なくとも最近休学した生徒は皆無だ)。
 鞍馬兼が所属している一年十一組もいつも通りだ。
 部活に関しては彼は所属していないし、それ以外の交友関係についても、あまりにも広いので候補を絞り切れない。


 あの『大佐(カーネル)』はそういう人間だった。
 どんな場所でも友人ができる、存在しているだけで当たり前のように味方を作ってしまう人間。

 何もしていないのに敵ばかりが増えるハルトシュラーとは大違いだった。


「(本当に私とは違う。いや、こんな私と付き合えるからこそ彼は彼なのかもしれない)」


 この世界がライトノベルだとすれば鞍馬兼が主人公だろうと、彼女はふと思う。
 少年漫画なら熱血でも前向きでもない彼は主役は張れないだろうけど。


「(……そういう性質であるが故に要注意なのだ、奴は。陳腐な言い方をすれば『実に主人公めいている』――厄介な相手だ)」

590 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:23:12 ID:VHwTsdGs0

 鞍馬兼については、決着のその時まで常に警戒をし続ければならないのだろう。
 一瞬でも気を抜けば悪魔を殺しかねないのがあの男だ。

 さて――それはそうと。



「…………あと何分で終わるのか気になっているのが私だ。貴様は一体、いつ私を開放してくれるつもりなのだ?」



 いい加減考え続けるのも飽きた悪魔は目を開けた。
 目の前には、彼女が目を閉じる前と全く変わらない光景が広がっている。

 即ち。


「う、ぐ……いや、あとちょっとなんだわ……。あと三十分もあれば……!」


 剃り整えられた眉とビビり染めが特徴的な男子生徒――生徒会新役員参道静路が、半分ほどしか埋まっていない原稿用紙を前に頭を抱えている姿。
 彼、ジョルジュの反省文の執筆に付き合うと申し出たのはハルトシュラーの方だったが、ここまで時間が掛かるとは予想外だった。
 一時間半以上経過しても四分の三までしか終わっていない。

 ノルマは原稿用紙二枚、おおよそ一時間で一枚を埋めた計算になるので、ジョルジュの「あと三十分」という言葉はそれなりに信憑性があるものだった。
 だから銀髪の風紀委員長はまた黙って目を閉じる――考え始める前に「今度は何を考えようか」とそんなことをまず考えながら。

591 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:24:13 ID:VHwTsdGs0
【―― 3 ――】


 洛西口零は土曜日の学校が好きだった。

 より正確に言えば、「比較的人の少ない休日の学校は好き」であるだけなのだが。
 彼女は人込みが嫌いなのだ。
 保健室登校である主な理由も人込み嫌いに起因している。

 前述したようなことを伝えると大抵の人々は「人が苦手なのだろうか」「人嫌いになるような出来事を経験したのだろうか」と思うが、それは完全な的外れだ。
 その的外れな結論に基づいた的外れな言葉を返してくる人間があまりにも多いので嫌になり最近はまず説明すらしない。
 「私は『人込みが嫌い』と言っただけで『人が嫌い』とは一言も言っていない、むしろ人は好きだ」。
 零としてはそれだけのことなのだが、経験上どうも世の中の多くの人々は『人込み』と『人』に違いがないと考えているらしい。


『間違い大違いだよ。人と人込み――人と人々は全く別のものだ。ニアリーイコールですらない』


 いつだったか、中高共同自治委員会の委員長である壬生狼真希波と会話をしていた時に零はそう言い切った。
 『人』と『人々』を同じと考える生徒会長の成り損ないは納得できなかったようだが理解は容易くできたようで、流石に聡明だと感心したものだ。
 人と人々を同列と見做している割に、人々から離れてしまっているような、そんな人間――それが壬生狼真希波である。

 ……しかし。
 そんな壬生狼真希波でも教室の席に着席している状態では一生徒であり――そして、それこそが洛西口零が嫌うことなのだ。

592 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:25:07 ID:VHwTsdGs0

 要するに洛西口零という人間は自意識が強いのだ。
 「自分はこうだ」という意識が強過ぎて、他者に「通行人A」と見做されることが我慢出来ない。
 だから嫌いなのは人込みそのものというより人込みの性質――人間から個性を剥奪する、その性質が何よりも嫌いだった。

 彼女からすれば平日の学校など、「個人に番号を付け部屋に押し込め同じ行為をさせさながら人間を家畜のように扱う場所」であり。
 朝の満員電車など、「個人云々どころかまず最低限の快適ささえ保証されていない奴隷船に等しいもの」である。

 まあ洛西口零は実の所かなり物分りが良い人間なので、だからと言って現行の教育システムや公共交通機関の不備を声高に批判したりはしない。
 ただ自分が使わないだけだ。
 誰にも迷惑はかけていない(保健室登校に関しては学校側との正当な交渉の結果だ)。

 個人の嗜好であり。
 個人の矜持だ。


 そして彼女は何より自分自身が他の誰かを『人々』と捉えないように気を付けている。
 あるいは『人』を『人々』と見做すことが、自分がそう見做されることと同じだけ我慢ならないからこそ、彼女は人込みを嫌っているのかもしれなかった。

 往々にして悪役がそうであるように洛西口零もまた妙なところで律儀なのだ。

593 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:26:14 ID:VHwTsdGs0

 その人込み嫌いの洛西口零が土曜日の学校に登校してきたのは昼前のことだった。

 オースティンFX4(所謂「ロンドン・タクシー」)から降りると専属の運転手を帰し校門を潜る。
 この場面だけ見ると資産家の娘のようだが彼女の実家は至って中流家庭、裕福なのは高校生にして社長である彼女個人がだ。

 それに、富豪の令嬢というには彼女の見た目は適当過ぎた。
 ミディアムの暗い茶髪は今日も今日とて滅茶苦茶で、寝癖なのかそういうヘアースタイルなのか判別できない。
 言うまでもないことだが化粧はしていない。
 幸いというか、辛うじて服装はスウェットではなく普通のブレザー姿なので、元来の顔の作りの良さも相俟って見られるレベルではあっただろう。
 ……浮かべているその性悪な笑みだけは誤魔化しようがないくらいに人を引かせるものだったが。


「いやぁ、久々に我が愛しの学び舎を見た気がする。はてさて登校したのは何日ぶりだったかな?」


 独り言ち、淳中高一貫教育校――淳高のシンボルである時計塔を見上げる『汎神論(ユビキタス)』の姿はいやに様になっていた。
 さながら少年漫画やライトノベルに登場する悪役のようだった。

 そんな零を遠目に見た幾人かの生徒は声をかけられない内にと言わんばかりの様子で足早に立ち去っていく。
 彼等一般生徒が彼女に抱く感想は「不気味」や「気持ち悪い」というものである。
 どれほど好意的な見方をしている人間でも「変な人」で、最悪の場合は「死ねば良いのに」だった。

 高校生なんてものはそんなものだ。

594 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:27:11 ID:VHwTsdGs0

 まあ、そういう反応に傷付く洛西口零ではない。
 こういう反応こそ彼女が望んだもの。
 彼女の計画通りだ。

 こんな風に言い切ってしまうと、さも彼女が人嫌いで人と一緒にいたくないが為に妙な振る舞いをしているようだが、それは全く違う。
 先述した通り洛西口零は人間のことが割と好きだ(ただしそれには「観察対象として」の一文が添えられて然るべきだが)。

 では何故彼女はわざわざズレた言動をしているのか――幾つか理由があるが、それは友人を選別する為である。
 「外見や外聞だけで人を判断する人間とは友好関係を築きたくはない」。
 いつも、いつでも洛西口零はそう考えている。
 自分の中に友人を選ぶ条件があるとすればきっとそれだろうと思うくらいには。

 とりあえず知り合いになり相手を知ってから友人になるかどうか考える――ではなく、知り合う前、言わばゼロの時点で友人を選別してしまうのが彼女という人間なのだった。



「……前々から思ってたんですがね、」



 と。
 そういう目的で特に呟きたくもない独り言を妙な口調で発した――瞬間だった。

595 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:28:22 ID:VHwTsdGs0

 振り向かなくとも、瞬時に分かった。
 今まで気が付かなかったのが不思議なくらいにすぐに分かった。

 ありったけの怠惰と。
 ありったけの皮肉と。
 ありったけの敵意を振り撒く少年が――そこに立っている。

 そこ。
 ……具体的には零の真後ろにいた。


「零先輩は色々それらしいことを言っちゃあいますが、結局は『安易に友達を作って裏切られるのが怖い』ってだけなんじゃないですか?」


 溜め息を吐くような口調で呟かれた一言に彼女は反論しない。
 質問に返答せず、ただ可愛げのない後輩を窘めた。


「…………何度目か分からないが今日も言おうか。『気配を消して後ろに立つな』――山科狂華」

「すみません、癖で」


 声だけは申し訳なさそうだった、声だけだったが。

596 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:29:24 ID:VHwTsdGs0

 謝るだけ謝ると少年――山科狂華は、零の隣に立つように進み出る。
 可愛げのない彼に対応する「可愛げのある後輩(鞍馬兼)」と身長的にはそう変わらないのだが、人を惹きつける鞍馬兼とは真逆の雰囲気を狂華は纏っていた。

 なんの変哲もない黒髪。
 斜に構えた態度と、何もかもを軽蔑しているような瞳。
 その癖言葉の上だけは丁寧。
 自然と人を遠ざける性質を持つ少年――淳高一年文系進学科十一組所属、山科狂華。

 そんな狂華に声を掛けることはなく零は歩き出した。
 冷たい反応。
 当然のように彼も続く。


「……どうしてついてくるんだい? まさか私が好きなわけではないだろう?」

「すみません。けど何を言っているんですか先輩。俺は先輩のことが大好きですよ。何処がと言われれば胸ですね」

「まったく……口の減らない子供だぜ」

「確かにそうですね、すみません自覚はしています」


 何度目かも分からない謝罪。
 誠意は全く感じられない、どころか狂華は零の方を向いてすらいなかった(すれ違った可愛いらしい女子生徒を見ていた)。

597 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:30:06 ID:VHwTsdGs0

 ある種の発達障害を持つ人間は人と話す時に相手の目を見ないとされているが、彼が他人の目を見ないのはそれとは関係がない。
 「関係はない」という診断結果が出ていた。
 情報の扱いに関しては右に出る者がない洛西口零の前では個人情報保護法など気休めに過ぎない。
 山科狂華が度々スクールカウンセラーや精神科医の元に送られ、その都度「問題なし」と判断されていることくらいは、零は当たり前に知っていた。


「しかしそれも怪しい。発達障害は疾患ではなく個性だとという議論もあるようだしねえ」

「……何か言いましたか?」


 独り言だと彼女は答えつつ校舎に入り、上靴に履き替える。
 続く狂華が肩に掛けていた簡素な鞄から学校指定の靴を出した直後、履き終えた零が問い掛けた。


「貴兄、どうしてここで靴を履き替えているのかな? ここは二年生……しかも十三組生の下駄箱コーナーだが」

「先輩にも知らないことがあったんですね驚きました。わざわざ説明するほどのことじゃないですが、俺は上靴を持って帰る派なんです」


 そんな派閥があったのか、全く知らなかったぞ口から出任せじゃないのかと零が思った直後、


「学校に置いておくとまず焼却炉行きになるんで」

598 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:31:10 ID:VHwTsdGs0

 サラリと告げられた事実。
 空気が凍った気さえしたが、すぐに狂華は「冗談です」と付け加えた。


「……驚いた。貴兄、この私を驚かせるとは中々だと褒めておこう」

「冗談に決まってるでしょ。本当に焼却炉に入れられてたなら『焼却炉行きになる』なんて分かりませんよ。焼けちゃいますから。本当はゴミ箱です」

「笑えない冗談だぜ」


 溜息を吐いての先輩の言葉に妙に新しい上靴を履き終えた彼は口端を歪める。
 「他人の不幸なんて笑い話でしょ」と。

 無論、山科狂華が学校でいじめられているという事実はない。
 嫌われているし憎まれてもいるがそれなりに友人もいる。
 嫌われ者の代表のような生徒だが、彼は最低限の人間関係を築けないほどに不器用ではない。

 山代狂華は嫌われ者だが悪い奴ではない。
 態度悪くはあるが、それだけだ。


「それはそうと、先輩。先輩が学校に登校してくるなんて珍しいですね。しかもそんな普通の格好で」

599 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:32:21 ID:VHwTsdGs0

 相変わらず零の方に目を向けないままに彼女についていく狂華は、ふと、さしたる興味もなさそうな口調でそんなことを言った。
 口も悪いなと思いつつ先輩は応答する。


「私を普段から学校に来ずしかも常日頃は珍妙な格好をしているキャラクターのように扱うのは止めて欲しいものだね。私だって用事がなければ登校するさ」

「零先輩は理事会から登校義務が免除されているって聞きましたけど」

「そんなわけがないだろう、漫画の読み過ぎだよ貴兄。当然で必然だが指定された制服以外の服装で登校すれば処罰されるしね。貴兄も気を付けろよ」


 階段を上る二人。
 根っからのインドア派で少々辛そうな零に合わせ、スポーツマンである狂華はゆっくりと歩みを進める。

 人の目は見ないくせに人の心は慮る。
 山代狂華という人間が、辛うじてだが『学校』という戦場で上手くやれているのは、そういう部分のおかげかもしれない。
 まず以て誰かと一緒に歩くことがほとんどない洛西口零だからこそ余計に強くそう思えた。


「処罰はされるとして……一体誰に裁かれるんでしょうね」

「どういう意味かな?」

「いえね、人が人を裁けるのかという議論がありますけど、現実としては強い者が弱い者を裁くでしょう? だからちょっと気になって。すみません」

600 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:33:27 ID:VHwTsdGs0

 たとえ弱い人間達が団結して強者を裁くとしても――それは結局、「集団」という強い存在が「個人」という弱いものを殺しているに過ぎない。
 零の嫌う『人々』が。

 学校という環境にはそういう傾向があるし、基本的に人間は群れることが好きだ。
 楽しいから群れるのではない、傷付きたくないから群れるのだ。
 逆に言うならば傷付かない存在は群れる必要がなく、例を挙げるなら『一人生徒会(ワンマン・バンド)』が一人で生徒会足り得るのは高天ヶ原檸檬の絶大な強度があってこそである。

 では、「裁く」ということに焦点を絞り考えてみよう。

 今現在洛西口零は見知らぬ一般生徒から「周囲に合わせない罪」「普通ではない罪」で裁かれているとも表現できる。
 尤も彼女はそのことを認めないだろう――だって彼女は傷付いていないし、損もしていないのだから。

 先に述べたこととは正反対になるが、零が一般生徒達を裁いているとも解釈できる。
 「無知である罪」に対して「相手にしない罰」を与えていると。
 だがこれにしたって先程と同じで、向こうは傷付いていないし損もしていないので裁いたことにはならないのかもしれない。


「俺はいじめって、一種の処罰も含んでると思うんですよね。本人に原因があるやつ限定ですが――つまりいじめの被害者が俺や先輩みたいな奴限定ですけど」


 周囲に合わせない罪。
 周囲に合わせられない罪で、いじめという罰が与えられる。

601 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:35:15 ID:VHwTsdGs0

 ……もしも。
 もしも、本当に自分や零が漫画のような独特の格好をしてきたとして、それを真っ先に咎め裁くのは集団ではないかと狂華は思うのだ。

 生徒会ではなく。
 風紀委員会でも中高共同自治委員会でもなく。
 教師でも理事会でもなく。

 ただの一般生徒の――数の暴力が。


「ワンピでしたっけね。すみませんよく覚えてないですが、『次々と仲間を作れることは、この広い世界で最も恐ろしい力』みたいな台詞があったじゃないですか」

「原形をあまり留めていないがジュラキュール・ミホークが主人公モンキー・D・ルフィの性質を評した時の言葉だね」

「ああ、そうでしたっけ? すみません、忘れっぽくて」


 俺には最も縁のない力なんで、と嫌われ者は窓から見える空を眺めて呟く。
 自嘲するような響きの声。


「それで……俺は逆だと思うんですよ。学校では」

「逆?」

602 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:37:05 ID:VHwTsdGs0

 一拍溜め、山代狂華は言った。



「『仲間を作れることが最も恐ろしい力』ではなく、それはこの狭い世界では当たり前に持っているべきもので――それがない人間が真っ先に潰れていく」



 集団に属していない奴から消されていく。
 仲間を持てない人間から消えていく。

 ある意味で弱肉強食だ。
 人間だけで構成される食物連鎖。
 スクールカースト。


「……VIP国中にあるっていう淳機関付属学校。作った枢って天才の考えも分かりますよね」

「そうだね。『周囲と仲良くできない異端を隔離することで守る』。この学校は、確かに私のような人間が生きやすい」


 天才も、異常者も、特権階級も生きやすい。
 「絶対数が多いから」。
 普通ではない人間が多い故に仲間を見つけやすく、標的になりにくい。

603 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:38:14 ID:VHwTsdGs0

「本当にどうやって生きてきたんだろう、どうやって生きていくんだろう、って感じの奴ばっかですもんね。十三組生って」

「貴兄、私も十三組生だぞ……?」


 確かに零も同意見だったが、それにしたって本人の前で言うことではない。
 狂華は「やだなぁ」と変わらず視線を逸らしたままで訂正した。


「先輩は除きますよ。先輩は、どうせ無一文になっても株とかで生きていくでしょう?」

「無一文になったら株はできない」


 流石の『汎神論(ユビキタス)』の洛西口零も無一文になったら真面目に働くしかない。


「すみません、比喩です。そもそも零先輩はもう社会人じゃないですか」

「まあ……それは、そうだ」

「だから先輩以外の十三組生を見ててそう思うんです。どうやって生きてきたんだろうって。大学教授みたいですよね」

604 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:39:25 ID:VHwTsdGs0

 それは全世界の大学教授の肩書きを持つ人間に失礼だ。
 零は切にそう思ったが、しかし改めて自分の出会ってきた頭の良い人間(大学教授含む)を想起してみるとそうだった気もする。


「『天使』と『悪魔』は言わずもがな、椥辻根暗さんとか凄いですもんね。烏丸空狐さんもあれですし……龍安寺輪廻さんは気配が怖い」

「そうかい? 付き合ってみれば個性豊かなだけで話は通じるよ。人外ではない」


 洛西口零としては。
 十三組生であり本物の天才としては。
 むしろ、普通の人間が怖い。

 口に出しはしないけれど。
 態度には尚更出すことはないだろうけれど。


「そうですよね。話は通じますよね。すみません」


 踊り場、少し開けたスペースで立ち止まり、今度は僅かにだが申し訳なさそうな様子で謝る狂華。

605 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:40:08 ID:VHwTsdGs0

 珍しいこともあることだと零も立ち止まる。
 本当の本当に珍しいこともあるもので狂華が顔を向けていた。
 目を細め、洛西口零を見ていた。

 彼の瞳は何時間も煮詰めた墨汁のようなドロドロに濁った黒色だった。


「そうですよねー……俺の大好きな幽屋氷柱さんも十三組の人間ですけど、話は通じますし。可愛いし。胸は大きいし。黒髪ロングだし。いい匂いだし」

「おい」


 妙にしおらしい態度だったのはそういうことだったらしい。


「美人がいると聞いたので見に行ったら一目で気に入っちゃいまして。最近弓道部に入った奴は他にもいますけどみんな氷柱さん目当てだと思います」

「やれやれ……。私は、貴兄のことをそれなりに評価していたのだがね! がっかりだよ!」

「え? 嫉妬ですか?」

「断じて違う!!」

606 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:41:12 ID:VHwTsdGs0

 七つの大罪なら確実に憤怒だった。
 狂華の方は完全に傲慢だった。


「そんなこと言われてもなあ……。俺は先輩みたいなちょっとむちっとした感じの身体よりも氷柱さんの武道家らしい締まった身体の方が好みなんです」

「誰がむちむちだ! そして、誰もそんなことは訊いていない!!」

「ちょっと前は氷柱さんと剣道をしたんですがね、あの人滅茶苦茶強いですよね。ちょっと笑っちゃうくらいに強い。次は空手で勝負してみようかなあ……」


 それでも勝てないだろう、とクールダウンした零は呆れ顔で呟いた。

 というか、こと武道なら『天使』である高天ヶ原檸檬をも『悪魔』であるハルトシュラー=ハニャーンをも凌駕する才媛にどうして挑もうと思えるのか。
 勝てるわけがないのに。
 傍から見れば山代狂華はマゾヒストにしか見えないだろう。

 だが零は知っている。
 そうではないのだと分かっている。

 『汎神論(ユビキタス)』だからではなく――自らの友人として、狂華のことを理解していた。


「まあ……程々にしたまえよ、『厨二病(バーサーカー)』」

607 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:42:06 ID:VHwTsdGs0

 だから、そう言っただけで――苦笑いをしただけで。
 特に咎めることはしなかった。

 「分かっています」と返した後輩は、次いで思い出したかのように閑話休題を行う。


「……そうだ。すっかり忘れてましたが結局先輩はどうして学校へ?」


 話が逸れてしまった所為で聞きそびれていたが、そもそも狂華はそれを訊ねたく零に声を掛けたのだ。
 逸らす原因を作ったのは自分なので文句は言えないけれど。


「私かい? 単に呼び出されただけだよ。生徒会にね」

「『会長殿に』と言わない辺りから察するに『閣下(サーヴァント)』からですかね」

「その通りだよ」


 そして声の大きさを落とし、狂華は更に訊ねた。


「…………『空想空間』関連ですか?」

608 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:43:20 ID:VHwTsdGs0

 零は黙ったまま。
 口を開かず、頷いた。

 山代狂華は口端を歪め笑う。
 夢の中の異世界で行われるバトルロイヤルの参加者は、愉しそうに笑う。
 さながら狂戦士の如く。


「……そうですか。それは愉快ですね」

「おいおい。一応忠告しておくが、天使も悪魔も貴兄がどうにかできる存在ではないよ。当然に、必然にね。気を付けろよ。今挑めば確実に貴兄は死ぬ」


 「そうですか」と。
 目を合わせず、狂華は言って。



「でも俺は『厨二病(バーサーカー)』ですから。ああいう覇王色の覇気を持つ相手には挑まずにはいられないんです」



 ……そう続けた狂華は何処か高天ヶ原檸檬にも似た笑みを浮かべていた。
 十三組の怪物と同じ狂気を彼は纏っていた。

609 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:44:16 ID:VHwTsdGs0

 ところで、と。
 生徒会室に向かう途中、廊下で別れる直前に零は訊ね返した。


「ところで山科狂華。そういう貴兄は土曜日だというのに何故登校しているのかな? 貴兄の所属するテニス部は今日は休みだろう」


 スポーツマンである彼は弓道部とテニス部に所属しているものの、そのどちらもが今日は休みである。
 また進学を予定している生徒の為に淳高では土曜講座が開かれているが、そもそも狂華は登録をしていない。
 学歴に価値を見出す人間ではないのだ。

 そして山科狂華は最後まで目を合わせないまま問いに答えた。



「生徒会長に貸していた東川篤哉の学園ミステリを返して貰う為が第一で――あと俺は来週か、遅くとも二学期には十三組に移籍するんで、その説明を受けに今から職員室へちょっと」



 「ああ、なるほど」と洛西口零はここでやっと納得した。
 そりゃ悪く言ったのを素直に詫びるわけだと――だって近い未来に自分が所属するクラスなのだから。

 まあ狂華が話が通じる人間かと言えばそれはかなり怪しい感じだなと零は思った、自分のことを完全に棚に上げた感想だった。

610 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:45:11 ID:VHwTsdGs0
【―― 4 ――】


 そしてきっかり三十分後。
 反省文を書き終えたジョルジュは、生徒会室の古びてはいるが高価なソファーに横になっていた。

 朝早くから追試を受け、続けての反省文の執筆は普段ほとんど勉強しない身にはかなり辛いものがあった。
 物理の再試験の方も上々とは言えないながらパスはできた。
 結局前日は『エクストラステージ』のゴタゴタで生徒会長との修行がお流れになり、代わりに勉強を見てもらえたのも良かった。
 家に帰ってからも、お節介なクラス委員長が手助けしてくれたお陰で十二分に対策が立てられたのだ。

 激戦を終え寝転がり頭を休める彼に、銀髪の悪魔の声が届いた。


「私が『空想空間』を舞台にした物語の作者だったならば、そして貴様が主役側だったならば、おそらくその委員長を登場させるだろう」

「……なんだって?」


 起き上がらないまま首だけを動かし正面に座るハルトシュラーを見る。
 悪魔が普通の制服姿だったならジョルジュはさぞかし良い景色が拝めただろうに、残念ながら今日も今日とて彼女は詰襟の男子学生服姿だ。
 その頑な拘りには理由があるのかどうか、また水泳の授業ではどうしているのかが気になった。

 ちなみにジョルジュはと言えば泳ぎは得意なのでこの時期の体育は楽しくて堪らない。
 伊達に海賊の末裔ではないのだ。

611 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:46:04 ID:VHwTsdGs0

「その委員長が出てくればレモナの言うところの『お約束』な展開だと思ったのが私だ。私としたことが戯言だったな。申し訳ない」


 ハルトシュラーは原稿用紙を丁寧に折り畳み机の上に置くと、その長い脚を組み替えた。
 「スカートだったらなあ」と思わずにはいられないジョルジュである。


「お約束なあ……。よく分からねぇわ」

「主人公の親しい友人が『隠していたが主人公に対し恋心を抱いていた』または『実は敵対組織の人間』あるいは『事件の被害者』というのはお約束だ」

「……そういうもんか?」

「そういうものだと考えているのが私だ。複合パターンも考えられる」


 つまり「主人公に恋をしていたが気持ちを伝えないままに事件の被害者になって死亡」のようなパターンだ。


「こういった願いを叶える類のバトルロイヤル作品の場合だと『好きな相手と敵対』『自分を好きな相手が敵に回る』などが多い」


 同じだけ「一緒に過ごす内に仲間に恋心を抱いていく」も多いとジョルジュは思う。
 まさに今の彼がそうだと言えよう。

612 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:47:06 ID:VHwTsdGs0

 ……しかし。
 ちょっとよく考えてみよう。
 思えば、



「その恋仲の奴とか、片思いの奴とかが敵に回るって……今の委員長サンそのものじゃねぇの?」



 風紀委員会での部下、鞍馬兼。
 恋人ではないにせよ良い仲ではあった後輩が、何かの理由があって、主人公(ハルトシュラー)の敵に回る。
 悲しい別れと予期される敵としての再会。

 ふとジョルジュは思ってしまった。
 「言ってる本人が今まさにそれじゃね?」。

 だが、そんな指摘に対し当の本人であるハルトシュラーの反応は冷めたものだった。


「そういう見方もあるのかもしれないと思ったのが私だ。そうか、そうとも言えるか」

「……あれ?」

613 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:49:10 ID:VHwTsdGs0

 ジョルジュはてっきり、ハルトシュラーが顔を真っ赤にして「こっ、この恥知らず!アイツとはそんな関係じゃ……っ」と言い返してくると予想していた。
 それこそ『お約束』ならそうだっただろう(あるいはジョルジュの妄想か)。

 不思議そうな顔をした彼に、悪魔は問い掛ける。


「その表情の意味が気になっているのが私だ」

「あっ、いや……。反論してこないのは意外だなと思っただけだわ」

「何を反論する必要がある。……鞍馬兼は優秀な人間だ。事実はどうあれ、奴と恋仲と思われることは光栄なことだ」

「ふーん?」


 そう言い切れるということは、つまり「異性として全く意識していない」ということではないだろうか。
 だとしたら鞍馬兼の恋心が報われることはないだろう。
 ジョルジュには相変わらず彼の気持ちがさっぱり分からないので抱く感情がそもそも恋心かどうかも不明だが。
 釈然としない気持ちになりながらも、一応ジョルジュは訊いておく。


「それでアレだわ、本当はどうなんだ? 付き合っている……はないとして、好きなのか?」

「その質問に答える為には一つの前提が必要になる」

614 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:50:24 ID:VHwTsdGs0

 男装の芸術家はあくまで理性的に。
 心を乱すことなく――少なくともジョルジュが見る限りでは冷静に、話を続ける。


「名も知らぬ不良生徒。貴様は男女間で友情が成立すると思うか?」

「友情? どうだろうな……分からねぇわ。友達の定義にもよるんじゃねぇの?とは思うけどな」

「そうだな。貴様はかなり鋭い指摘をしたと言える。だが、世の中には『そんなものは成立しない』と即座に強い語調で返す人間もいる」


 ジョルジュの今の状況を見て「ハーレムじゃねぇか」と冷やかした友人がいることを思い出した。
 天使と悪魔、両手に花。
 ライトノベルの主人公には人数的に劣るけれど、美少女二人と一緒にいることは事実だ。

 ……本人としては、誤解を恐れずに言えば「こんな怖いハーレム嫌だわ」で。
 加えて、正直に言えば「今の二人はあまりにも遠い存在で恋愛対象として見ることは難しい」となる。
 檸檬をやっと人間として見れるようになってきたくらいである。
 出逢って共に行動するようになって数日なのだから仕方ないのかもしれないが、未だにハルトシュラーは人間として、見れないのだ。


「チェーホフの著作の中にこんな台詞がある――『女が男の友達になるまでには、こういう手順がいるものだ。はじめは友達、それから恋人、さてその先が親友』」

「ああ、うん……そうなのか。それで?」

615 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:51:14 ID:VHwTsdGs0

 どうやらジョルジュは世界有数の技巧派作家に聞き覚えがなかったらしく、適当な風に先を促した。
 「若者向けする作品を書いてはいないから仕方ないか」と思ったハルトシュラーは特に何も言わなかったが、そもそもジョルジュは本をあまり読まない。
 彼が寝転ぶソファーの真後ろにある本棚にはチェーホフの作品も納められていることにきっと彼は気が付かないだろう。

 ハルトシュラーは目を閉じ、思いを馳せながら。


「鞍馬兼のことは、好きか嫌いかと言えば、好きだ。だがそれだけだ」

「『好きだけど、ただそれは後輩として』ってことか?」


 そうだと即答した風紀委員長。
 彼女の中では恋愛感情とそれ以外の想いは全く別という認識だ。



「そもそも……。他人に恋愛感情を抱いたりはしないのが私だ。私は誰かに恋をしたことがない」



 至って冷静にハルトシュラーは言った。
 そんな、多くの人間が「悲しい」や「寂しい」と感じるであろう言葉を。
 当たり前のように。

616 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:52:11 ID:VHwTsdGs0

 恋をしたことがない、という状態がありえるのだろうかとジョルジュは素直に疑問に思う。
 かくいう彼自身も幼稚園の頃の先生くらいしか経験がないけれど。
 そういう、幼い子供らしい恋の経験しかない参道静路だが、けれど一つだけ言えることもあった。

 「誰かに恋をしたことがない」。
 即ち、それは。


「でもよ、委員長サン。アンタは『恋の経験がない』だけなんだから――今から誰かを好きになることは、考えられるよな」


 更に突っ込んだ意見を言えば、と。
 ジョルジュは続ける――「経験がない故に、恋に気付いてない可能性もあるよな」と。


「……アンタはもうあの生意気な後輩に恋しちゃってるのかもしれねぇわ」

「『本来絶対伝わりっこないオリジナルな自分の「愛」を、どうにか伝えようとして俺達は人を愛する』」

「あ?」


 今度こそ狼狽し顔を朱に染めて取り乱すかと思っていたが、少女は懐かしむような口調でそんなことを呟いた。
 怪訝な顔を向けてくる後輩にハルトシュラーは微笑んで話し出した。

617 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:53:10 ID:VHwTsdGs0

「私の恩人の後輩がかつて言った言葉だ。彼は彼で、異性に好意を抱かれることが多かった割には不器用だった」

「不器用……? 彼女の誕生日を忘れるとかか?」


 不器用なのは生き方だよ、と少女はまた笑う。



「『恋や愛はそんなに上等なものじゃない。けど、だからこそそんなに難しく考える必要はない』とも言っていたな……。私も私で、彼と変わらず不器用だ」



 ―――その時、彼女が浮かべた笑みは『悪魔』らしい美しさは少しも有していなかったが、それ故にジョルジュが素直に好きになれるものだった。

 ほんの僅かしかない人間らしさを集めて形にしたような表情。
 手が届きそうで、触れたいほどに暖かく――何より近くにいたくなる優しい笑顔。
 作り物ではない彼女。


「(ああ……これか。これがあったから、アイツ等は委員長サンの味方になろうと思ったのか)」


 アイツ等、風紀委員の取り巻き達。

618 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:55:06 ID:VHwTsdGs0

 悪魔がふとした一瞬だけ見せる少女としての一面を、もっと見たいと思った。
 彼女が少女でいられるように手助けをしたいと願った。

 見せられて――魅せられた。


「(冷たくて、厳しくて、遠くて……けどそれだけじゃない)」


 彼女だって悲しい時は涙を流し。
 楽しい時は、微笑むのだろう。

 ……きっとその当然の事実をほとんどの生徒は知らない。
 ジョルジュが小難しそうな作家の本を読まないように、この学園の数百という生徒達は「ハルトシュラー=ハニャーン」という人間のことを知らないままなのだ。
 『悪魔』が紛れもなく人間であることを知らないままに学校生活を終えるのだろう。

 そう考えると、偶然でも成り行きでも、こうして彼女を知れる時間はとても尊いものに思えた。


「…………やっぱ男女の友情ってのはあると思うわ、委員長サン」


 「だってアンタは俺の好みじゃないけど、俺はアンタのことがもっと知りたいんだから」。
 その一言は付け加えないでおいた。

619 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:56:09 ID:VHwTsdGs0

 突然の言葉に、ハルトシュラーは表情を動かさないままで「そうか」と呟く。
 長い時間を過ごせば、彼女の無表情からも何かを読み取れるようになるのだろうかと彼はふと疑問に思う。
 あるいは、あの鞍馬兼なら分かるのだろうか?
 
 と。


「そういやあの小生意気な後輩は一年生だったな? なら、まだ委員長サンと出逢って数ヶ月ってことなのか」


 よくよく考えてみれば、ジョルジュは天使と悪魔に出逢って数日だが、鞍馬兼も二人とそれほど長い付き合いというわけではない。
 今は七月なのだから長く見ても知り合って三ヶ月だ。


「そうだ。ちゃんと知り合ったのは奴が風紀委員になった五月以降だ。はっきり親しいとは言い難い」

「でもまあ恋の話は置いとくとしても、その短い期間で今の状態にってのは凄いわ」

「僅か三週間足らずで優に百人の支持者を集め、その後一ヶ月で事実上の風紀委員会副委員長のポジションを手にした。大した奴と評価したいのが私だ」


 何よりも凄いのはたった三ヶ月で『閣下(サーヴァント)』に「大した奴」と認められるようになったことだろう。
 気難しく厳格なハルトシュラーに気に入られるなど並大抵のことではない。
 現在彼女と行動を共にすることが多いジョルジュだからこそ尚更大変さが分かる(少なくとも彼は「自分じゃ無理だ」と諦め気味だ)。

620 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:57:07 ID:VHwTsdGs0

 特別進学科十三組の生徒の影に隠れがちだが、淳高には十三組生以外の優秀な人間も多い。
 ここで言う「優秀」とは何も学力に限ったことではなく、単に「何かで秀でている」という意味でだ。

 対し特別進学科の生徒は「秀でている」というよりやはり「外れている」という表現がピッタリとくる存在が多い。
 人並み外れ、人から外れている。
 ハルトシュラーはそう考えるからこそ自分が十三組で鞍馬兼が十一組なのは納得できる。
 秀でてはいるが、外れてはいない――彼はそういう人間だからだ。


「……そう考えると今から来る彼女は十三組生らしい十三組生だと言える。人のことを言える私ではないが」

「へぇ、誰が来るんだ?」

「貴様も知っているだろう? 二年十三組の洛西口零だ」

「あのスゲェ人か。楽しみだわ」

「楽しみ? そうか、気に入ったのか」


 微妙に噛み合わない会話の理由は数分後に判明する。
 というかジョルジュの勘違いに薄々悪魔は気付いていたのだが指摘せず放置したのだった。 

 彼が何を思おうとも、現時点でのハルトシュラーの認識では参道静路は「名も知らぬ後輩」だ――必要以上に優しくする義理はない。

621 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:58:14 ID:VHwTsdGs0
【―― 5 ――】


 『汎神論(ユビキタス)』洛西口零には諸事情により兄が三人おり、彼女は三人の兄を例外なく全員嫌っているが、それでも内一人だけは素直に尊敬していた。

 件の兄というのはウィザード級のハッカーで火遊びが過ぎて特務機関に逮捕されかけたことのあるような色々と問題ある人物だった。
 だが彼がいたからこそ零は自らの才能を情報を扱うという分野に特化させることができたわけで、今の洛西口零を作ったといっても過言ではない相手だ。
 逆に言えば彼女に究極の悪影響を与えた人間でもある。
 (まあほとんどのスキルは兄の作業を見ていた零が盗み取っただけなので彼を責めるのは酷というものだろう)。

 覚えているのは、ぱっとしない顔立ちと燻らせた煙草の匂い。
 いつも俯きがちで歩いているが、アニメとパソコンの話題の時だけは饒舌になる人だった。

 兄の言葉の中ででよく覚えているのは、こんな一言。


『高度に情報化した現代じゃ知識はあんまり意味がない。特に俺達みたいなのに大事なのは自分が何を知りたいのかを知ってるってことだ』


 あるいはこっちだろうか。
 まさに今現在の洛西口零の根幹にある文言。


『プライベートなんて幻想だ。なんだって調べれば分かる……だから、自分を知られたくないなら「調べる必要がないような人間」を演じるのが良いかもな』

622 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 22:59:17 ID:VHwTsdGs0

 情報通でありながら山代狂華の十三組移籍の事実を把握していなかった洛西口零だが、それは「調べられなかった」のではなく「調べなかった」のである。
 単純にプライオリティの問題だ。

 また彼女はわざわざ悪目立ちするような生き方を選んでいるが、それは他人に深入りさせない為でもある。
 適当な知られても構わない情報をバラ撒いて相手の注目を逸らしているのだ。
 通信、情報、そして心理を扱うことに関しては淳高の中でも間違いなくトップランカーである。

 「洛西口零」というのはそういう厄介で難解な人間なので、ジョルジュ程度の一般人が二三日調べたくらいで彼女のことを把握し切れなかったのは仕方のないことだっただろう。



「やあやあ久し振りだね、生徒会新役員君。相変わらず如何にも軽そうだ。知的なゲームは全部苦手ですという顔をしている」



 生徒会室に登場した洛西口零は性悪な笑みを浮かべつつ挨拶代わりそんな辛辣な印象を述べた。
 対し、ジョルジュは戸惑うだけだ。


「いや……。俺が軽いのも知的ゲームが苦手なのも事実だから怒るに怒れないが、その前にアンタは誰だ?」

「勘弁してくれよ、一度顔を合わせただろう? 尤も目は合っていなかったが。貴兄の視線は私の胸に固定されていたからねえ、人と話す時は目を見ろと教えられなかったのかい?」

623 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:00:22 ID:VHwTsdGs0

 そうは言われても。
 そう言われてもジョルジュが胸の大きな女性と話す時はいつもそうなので、心当たりがあり過ぎて特定できない。
 それこそ今も目が泳いでいる。


「……悪いけど、人違いじゃねえの? なあ委員長サン」


 困ったジョルジュはハルトシュラーに同意を求めたが、残念ながら間違っているのは彼の方である。


「いや会っていると訂正したいのが私だ。……貴様は清水愛に会っただろう?」

「ん、ああ。ちょっとだけど会ったわ、会長サンと戦った日の帰りに」

「目の前にいるのが清水愛だ」

「………………はあ?」


 眉間に皺を刻み、もう一度目の前の少女を見る。
 ボサボサの頭に青白い肌、暗い茶髪、それなりに整った顔付きに浮かべた性悪な微笑。
 ライトノベルの敵キャラクターのような人間。
 思わず「……どこが同一人物なんだ?」とジョルジュは問い返した。

624 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:01:28 ID:VHwTsdGs0

 彼の知る清水愛は活発そうな服装に上げられた前髪、ノンフレームの眼鏡と豊満な胸部が特徴的な可愛い女子だ。
 眼前にいる妙な喋り方の少女とは年端こそ変わらないが似ても似つかない。

 怪訝な顔をするジョルジュを心底馬鹿にしたような笑みを向け、零は話し出す。


「やれやれ……。これだから一般人は嫌なのだよ。いや『これだから良い』と言うべきかな?」

「嫌も良いもどーでもいいけどよ、同一人物だってんならその証拠を見せて欲しいわ。それともアンタも超能力で見た目を変えれるのか?」

「まさか! 私は肉体的な能力は並以下だぜ。凡庸な凡人だ」

「凡人なら並だわ」

「いや、凡人は平均以下だよ。平均にも色々あるからねえ」


 そういう小難しい話では勝ち目がないと見たのか、「分かった」と彼は手を振る。


「分かった。とりあえず証拠を見せてくれ。そしたら信じるわ」

「良いだろう、見せてあげよう『清水愛』をね。……暫しの間後ろを向いていてくれるかな?」

625 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:02:19 ID:VHwTsdGs0

 待機を命じられたジョルジュの心境は鶴を助けた老人のよう。
 振り向きたくなる衝動を抑えて携帯を弄り時間を潰す。
 「もういーよ」と若い女性らしい明るい声が耳朶を叩いたのは優に五分以上の時間が経過してからだった。

 今の声は誰だろうと振り向いた。
 清水愛がいた。


「………………どうも」

「分かった? 同一人物だってこと」


 ぎこちなく頷いたジョルジュだったが正直信じられなかった。
 目の前の少女があの洛西口零だとは。

 整ったカジュアルな髪型とノンフレームの眼鏡で留められた上がった前髪、悪戯っ子のような笑み。
 ブレザーのボタンは二つほど開けられて胸の谷間が露出しており、心なしかスカートも短くなっているようだ。
 声のトーンも話し方も、雰囲気も、何もかもが洛西口零ではなかった――清水愛だった。


「……スゲェわ。可愛いわ」 

「ふふっ、ありがとう」

626 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:03:10 ID:VHwTsdGs0

 ポロリと零れた男子の本音に、零は――アイは可憐に笑って応えた。
 前回目にした時より化粧が薄いのは時間がなかった為か、けれどジョルジュ的にはこちらの方が好みだった。
 胸元が開けているのも好印象だ。

 何よりこう思った。
 「ていうかそんな笑い方できるなら普段からしてろ」。


「もう一度説明したいのが私だ。この名も知らぬギークは生徒会と部分的に同盟状態にある」


 ハルトシュラーが説明し始めるが、ジョルジュには目の前の可愛らしい少女がギークには全く見えない。
 むしろ悪魔が「洛西口零=清水愛」という事実を無表情で受け入れられていることが彼には不思議で仕方がない。

 なので訊いてみることにした。


「……委員長サンは何故に違和感なく受け入れられてるんだ? どう見たって別人だわ、信じられねぇわ」


 疲れたと呟きソファーに腰掛ける少女はどこからどう見ても可愛らしい女子高生。
 ジョルジュの知る、優秀で変な口調で性悪な笑みを浮かべている情報通とは似ても似つかない。
 共通点が一つもない。
 あるとすれば、どちらも華奢な体格の割に胸部が豊かということだろう。

627 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:04:11 ID:VHwTsdGs0

 表情を動かさずにハルトシュラーは答えた。 


「化粧の有無の違いはあるが顔の作りは同じだ。服装の違いはあるが骨格と筋肉の付き方は同じだ。言葉の選び方は違うが間の取り方は同じだ。声のトーンは違うが声帯は……」

「……いや、もういいわ。今日は少しアンタに近付けたと思ってたんだが、どうやらそれは気の所為だったらしいわ」


 悪魔は、零の言うところの「一般人」とは掛け離れていた。
 外見で人を判断しないわけではないが、その判断が凄まじく適切で惑わされることがない。

 人間の個体識別は顔だけでなく声や着衣、体格、振る舞いなど様々な情報を統合して行われている。
 だからこそ、それを一度に変えられると同じ人間として認識しづらくなる。
 だがハルトシュラーは当然のようにこう言う異常存在なのだ――「ある俳優がエリックやロミオを演じたとして、彼が誰か分からなくなることはないだろう」と。

 これが人並み外れているということ。
 それが人から外れているということだ。


「(疾患や才能を持つ他の人間を貶める気はないが、でもやはり閣下を見る度に思ってしまうね。『貴女は本当に人間か?』と)」


 同じく特別進学科十三組の零からまで思われるのだから、ハルトシュラーの人外振りは半端ではない。

628 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:05:08 ID:VHwTsdGs0

 ……いや。
 ハルトシュラー=ハニャーンは『人間』ではないのか。
 彼女は『悪魔』なのだから。


「話を戻そう。洛西口零でも清水愛でも構わないが、兎に角この少女は生徒会と同盟状態にある」


 その同盟とは具体的には二つの約束から成る。
 「洛西口零は積極的に戦わない」ということと「生徒会は洛西口零を敵性存在として見做さない」ということ。

 二つ目の条件は全参加者垂涎のものだっただろうが、願いを叶える為には一つ目が致命的過ぎる。
 零にも逃亡や防戦は認められているが、事実上『空想空間』でのバトルロイヤルを勝ち抜くことはほぼ不可能となった形である。
 (襲ってきた相手を九人返り討ちにすれば可能ではあるがあまり現実的ではないだろう)。

 だが、彼女にとってはそれで良いのだった。
 好奇心が根幹にある『汎神論(ユビキタス)』の願いはログインした時点でほとんど叶っているようなものなのだから。


「『面白いことを知りたい』『知った面白いことを忘れたくない』ねぇ……? 好奇心と野次馬根性か……」

「下賤な欲望に思えるかな貴兄?」

「いや、そうは思わねぇわ。俺も面白いことは好きだしな」

629 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:06:07 ID:VHwTsdGs0

 あとできればその笑い方と変な口調は止めてくれ、とジョルジュは言った。
 謹んでお断りしよう、とキャラだけを零に戻した少女は性悪な笑みを浮かべて返した。


「好奇心の話が出たところだ。ちょうど良い、昨日の戦いの結末がどうなったか教えてくれないかな?」

「昨日? っつーと……」

「『エキストラステージ』の結末だな。私もそれを聞きたかったのだが、レモナは何処かで油を売っているらしい」


 まあ私達の持つ情報を統合すれば概要は掴めるだろう。
 悪魔の意見に二人は同意し、先日の出来事の粗筋を纏めることに相成った。
 生徒会長が来るまでの時間潰しだ。

 
「何処から始める? 俺は会長サンの行動が知りたいんだが」

「それなら私から始めよう。短い間だが、道中彼女と会ったのでね。まず私の視点で話を進めようか」

「じゃあ俺はその後、会長サンと合流したところからか」

「では私は不自然な部分がないかを客観的に判断しつつ聞くことにしよう」

630 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:07:07 ID:VHwTsdGs0

 そうして三人は話し出す。
 数分後には姿を現さない檸檬のことなど忘れてしまっていた。
 いや、あるいはハルトシュラーや零は覚えていたのかもしれないが、「そういうこともあるだろう」と放置してしまった。

 その時起こっていたことについて彼等を非難するのはあまりにも酷だろう。
 高天ヶ原檸檬が一分一秒の遅刻を許さない人物ならば誰だって不審に思っただろうが、普段の彼女は寛大でかなり大雑把だ。
 余程大事な用件でなければ遅れても良いと考えていたし、そういう考えがあればこそ自身も時間にルーズだった。

 それを彼等は分かっていた、だから気にしなかった。
 それだけだ。


 ……だがしかし、厳しい見方をするなら、他ならぬハルトシュラー=ハニャーンだけは何かに気が付いても良かったかもしれない。
 『空想空間』でのルールを把握した直後にその最悪の戦略に考え至った悪魔ならば。

 「敵が判明している場合、現実世界で相手を襲撃する戦略は成立する」。
 見た目を変えていない彼等は自覚するべきだった。
 気を張るべきだったし、気を付けるべきだっただろう。

 まさか天使を襲う輩なんて存在しないだろう――否、欲望に恐怖は勝ち得る。
 確固たる目的さえあれば非合理的でも不条理的でも危険を冒すことを躊躇わないのが人間だ。


 彼等が話し始めたその瞬間、高天ヶ原檸檬の頭部に目掛けて長さ約八十センチ鉄パイプが振り下ろされた―――。

.

631 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:08:10 ID:VHwTsdGs0
【―― 6 ――】


 『迷路障害物競争』と、第一回のエクストラステージをナナシはそう名付けた。
 それは文字通り「迷路を舞台とした障害物競争」であり、率直で端的なとても彼らしいネーミングと言えた。

 強さではなく速さ――頭の回転の速さを競うゲーム。
 故に、参加者はここで撃破されたとしても脱落にならないというのが唯一特徴的なルールだ。
 あくまでもこの世界は「速さ」を競う場なのだ。


 第一回の集合場所は第一一般教室棟で、規定時刻(つまり今回は金曜夕方六時)にそこにいた人間はエクストラステージの舞台へと転送される。
 基本的に本人の意思は関係がない、その時間、その場所にいた参加者は例外なく全員が強制的に飛ばされる。

 なので通常、各ナビゲーターは事前に、自らが招致した相手全員に『エクストラステージ』の説明を行うことになる。
 参加の意思がある人間は規定時刻に指定された場所に集まり、逆に参加したくない人間はその時間だけは集合地点に近付かないようにするわけだ。
 これが主催者側が予想していた段取りである。


 そして、その「通常」を完全に外れたのが『生徒会連合』こと高天ヶ原檸檬と参道静路だった。
 不参加を表明してしまっている彼等はナナシから説明を受けられなかった。

 ……彼が『エクストラステージ』のことを伝えなかったのは端的に言って「邪魔されたくないから」だったのだが、結局二人は参加することになってしまった。
 かと言って、事前に懇切丁寧に説明を行い「どうか参加しないで下さい」と懇願しても天使はとても良い笑顔でそのお願いを踏み躙ったと思われるので、遣る瀬のないことである。

632 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:09:12 ID:VHwTsdGs0

 『一人生徒会(ワンマン・バンド)』高天ヶ原檸檬がエクストラステージに転送されるまでのことは、まあ、これくらいで良いだろう。



 ―――さて。

 蒼い光の奔流に飲み込まれ『空想空間』とは異なる更なる異世界に転送された高天ヶ原檸檬。
 彼女が飛ばされた場所は、通病院の一室のような白い部屋だった。



|゚ノ ^∀^)「……この手のやつはそろそろ飽きたなぁ」


 繋がっている通路は一つ、窓すらない、ただ病的に白いだけの空間をぼんやりと見回し、呟く。
 レモナは『エクストラステージ』というものを知らない。
 普通の人間ならばいきなり光に包まれ次の瞬間には異世界にいたということに驚愕したのかもしれないが、彼女は間違っても『普通の人間』ではない。

 先ず以て人間ですらない。
 彼女は天使である。 

 人間離れした能力と人外染みた美貌を持つ少女――高天ヶ原檸檬。
 人生において凡そ『普通』というものに縁がなかった彼女に「普通の反応をしろ」と要求するのは無茶なことなのだろう。
 天使は天界の常識に従って生きている。

633 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:10:05 ID:VHwTsdGs0

 あるいは。
 悉く『普通』に縁がない人生を送ってきたからこそ、彼女は生徒会長を努め、バトルロイヤルを潰そうとしているのかもしれなかった。
 「平凡で普通で当たり前で在り来りな毎日」を続ける為に。


|゚ノ ^∀^)「研究所みたいな部屋だけど、何もないってことは迷路なのかな?」


 冷たい壁をぺたぺたと触りつつ、一通り部屋を見て回る。
 部屋の片隅に赤いチョークが納められた箱があったのでとりあえず数本回収。


|゚ノ*^∀^)「で、こーゆう迷路は……左手を壁伝いに時計回りに移動して行けばいいんだっけ?」


 それはドラゴンクエスト2のロンダルキアへの洞窟の五階の攻略法だ。
 しかも通用するのはリメイク前のバージョンのみだ。
 一般的には「右手法(左手法)」と呼ばれる迷路攻略法だが、理屈的にスタートが迷路の中にある場合は使えない方法だ(初期地点に戻ってしまうことが有り得る)。

 博識なハルトシュラーやRPGを好む鞍馬兼ならそう指摘しただろうが、二人共この場にはいない。
 そしてレモナもその知識を持ってはいなかった。

 悪魔にも負けることがあるように――天使にも知らないことはあるのである。

634 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:11:11 ID:VHwTsdGs0

 合理的と思われる左手法を使うか、それとも純粋な勘の力で道を選んでいくか。
 レモナの見立てでは後者の方が脱出できる可能性は高そうだった。

 迷路を勘で脱出しようとするなど道に迷っている最中に棒を倒してどちらに進むかを決めるような愚行だが、レモナの場合は「愚行」とも言い切れない。
 天使の場合、勘を用いるのはあくまで未知の分岐路のみ。
 行き止まりなら戻り、既知の分かれ道の場合は進んでいない方の道を選ぶ。


 つまり――「自分がどの分岐点でどの選択肢を選んだか全て記憶できる」という前提があって、その上で選びようがない部分を勘で決めようとしているのだ。
 今手元にはチョークがあるが、目印がなかったとしてもその程度のことはできるのが十三組の怪物こと高天ヶ原檸檬である。


 ……まあ。
 天使たる彼女ならば、本当に全ての道を勘で選んだとしても当たり前のように突破できてしまうのかもしれないが。
 それではレモナ以外の人間達があまりにも報われないだろう。 

 知性や理性より、運や勘が重要だなんて。
 あまりにも悲し過ぎるだろう。


|゚ノ*^∀^)「ジョルジュ君を見つけないと駄目だしなぁ……よし!」


 最終的には『一人生徒会(ワンマン・バンド)』は時間短縮の為に勘を用いた方法を選んだ。

635 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:12:14 ID:VHwTsdGs0

 「アホ毛があればセンサーにできるのになあ」なんて馬鹿なことを呟きながら、白い部屋を出る。
 広い通路に出た。

 目が合った。



ノハ;゚听)「え?」

|゚ノ*^∀^)「……あはぁ♪」



 どうやら通路の伸びた先は同じような部屋になっていたらしい。
 T字路の横棒の両端に空間があり、そして廊下に出たレモナと目が合った赤髪の少女は向こうから出てきたところのようだ。

 彼女、ヒートは驚愕に目を見開き一瞬間だけ動きを止め――そして。



ノハ# )「……う――――おおぉぉぉおおおお!!!」



 装甲化した腕を構え全速力で突っ込んできた。
 両者の距離は三十メートル、ない。

636 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:13:05 ID:VHwTsdGs0
【―― 7 ――】


 くいな橋杙と深草火兎は同じチームに所属している仲間である。
 また現実世界においても同じ部活に所属する先輩と後輩という関係だった。

 バトルロイヤルでの二人は『COUP(クー)』というジョン・ドゥが招致した参加者による組織に所属しており、またツーマンセルで行動する相棒同士でもあった。
 二人組で行動することはチームリーダーからの命令でもあったし、本人達も快く思っていた。
 親友や恋人というレベルではないが、少なくとも裏切られることはないと確信できる程度の間柄ではあったからだ。


 ただ、一つ。
 くいな橋杙が不満に思っていることを一つ挙げるとすれば、それは間違いなく火兎――ヒートの短絡的過ぎる行動だっただろう。

 「姿が変わっているのに本名を名乗ってしまったり」だとか。
 「教える必要もないのに能力の名前を言ってしまったり、チーム名を答えてしまったり」だとか。
 「様子見と言ったのに、それを『小手調べ』という意味に取り戦ってしまったり」だとか。

 深草火兎という人間は短絡的というか、浅慮なのだ。
 平たく言うと馬鹿なのだ。
 あるいは小細工を弄することができない類の人間――なのである。

 そこが彼女の良い所でもあるとくいな橋杙なんかは思うけれど。
 思ってしまうけれど。

637 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:14:04 ID:VHwTsdGs0

 ともあれ金曜日の夕刻、いつも通りコンビを組んで行動していた先輩の前から忽然と姿を消したヒートだったが、その真相もいつも通りのものだった。
 消されたのでも攫われたのでもなく、単に彼女が自分で移動しただけだった。


 いや、あえて深草火兎を擁護する立場を取るなら、この後輩はいつだって先輩の命令を守っているだけなのだ。

 「生徒会長高天ヶ原檸檬と風紀委員長ハルトシュラー=ハニャーンは要注意だ。発見した場合は模様眺めをするように」―――。
 彼等のチーム、『COUP(クー)』のリーダーは事前にそういうことを指示していた。

 この命令を初めて聞いた時、ヒートは「模様眺め」という言葉の意味が分からなかったのでクイに訊ねた。
 先輩は「様子見ってことだよ」と答え、それを少女は「小手調べをしろ」という風に解釈し、数日前のハルトシュラー襲撃に繋がるのである。
 ヒートは悪魔に当然の如く敗北し、けれど運良く生還し……そしてこってりと怒られた。


 そういうわけで悪魔と戦いながら幸運にも脱落しなかった深草火兎。
 その後、クイは「『様子見をしろ』は『手を出さず、気付かれないように観察しろ』ってことだから気を付けてね」と丁寧な助言を与えた。
 ヒートは「よし、分かったぞ!」と実に元気の良い声で返事を返した。
 返答だけは、いつも良いのである。

 浅慮で注意が足りないが先輩の言葉に忠実ではあるので、偶然高天ヶ原檸檬を見つけた際、ヒートは『手を出さず、気付かれないように観察』を実行した。
 気付かれないように声を出さず、見つからないように身を隠し、天使を尾行した。

 結果――クイに報告することなく姿を消すことになってしまったのだった。

638 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:15:10 ID:VHwTsdGs0

 レモナを尾行したヒートは第一一般教室棟に入り、エクストラステージに飛ばされた。
 彼女はジョン・ドゥから説明を受けていたので困惑することはなかった。
 ただ、一人で白い部屋に立ち尽くしたところでやっと、「クイさんとはぐれちゃった」と遅まきながら気付いた。

 第一回が『迷路障害物競争』だとは聞いていた。
 先輩と合流する為には迷路を抜けなければならない。

 だから彼女は部屋を出、通路を進もうとして――その瞬間、そこで。



ノハ;゚听)「え?」

|゚ノ*^∀^)「……あはぁ♪」



 目が、合ってしまったのだ。
 自身が追っていた十三組の怪物である高天ヶ原檸檬と。

 ……言うまでもないことであるが、レモナはヒートに尾行されていたことに気付いていた。
 放置していたのは単に意味がなかったから。
 対処する必要がないと見做していた、故に何もしなかった。
 加えて言えばあの時レモナは所用でナナシを探していたので尾行者と遊んでいる暇はなかったのだ。

639 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:16:05 ID:VHwTsdGs0

 要するに、天使は尾行者(=ヒート)と遭遇する可能性を考えており。
 逆に追っていたはずの少女は対象と鉢合わせるなど思ってもみていなかった。

 深草火兎は高天ヶ原檸檬と同系統の存在。
 メンタルが同じと仮定するなら、勝敗を決するのは純粋なスペックの差となる。
 それは、露骨な程に。

 驚愕に目を見開いたヒートと血に濡れた嘲笑を浮かべたレモナ――現時点での二人の差は、ここまで開いていた。



ノハ# )「……う――――おおぉぉぉおおおお!!!」



 どうすればいいか、どうしたいのか、どうすべきなのか。
 一瞬の逡巡の後、ヒートは装甲化した右腕を振り上げ突撃することを選んだ。

 「見つかってはいけなかったけど、見つかってしまった」。
 「見つかってしまった以上、戦うか逃げるしかない」。
 「戦うか逃げるかどちらにするかと言えば、より適当なのは戦う選択だ」。
 「戦う選択が適当だとすると、戦力差が開いている以上、一瞬で倒すしか方法がない」―――。

 その時、彼女の下した判断は概ね適切だと言えた。

640 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:17:05 ID:VHwTsdGs0

 場所が迷路である以上、逃げ切るのは難しい。
 戦うにしても長期戦になればなるほど地力の差が出るので段々と勝ち目がなくなる。

 そしてそんなこと以前に――ヒートの能力持続時間は十秒なので、長期戦はそもそも不可能だった。


ノハ# )「『ハンドレットパワー』ッ!!!」


 赤のジャージにそのほとんどを隠されていたメタリックレッドの右腕が、彼女の声に呼応し、開放される。
 肩先から服は吹き飛び光り輝くその全容が顕になる。

 ヒートの右腕は肩から指先まで完全に装甲と化していた。
 人間の腕とはとても呼べぬ、ともすれば「龍の腕」と呼んだ方がまだ適切なのではないかと思えるような武器化した右手。
 それが彼女の武器であり防具だ。

 その紅い腕が持つ『武器』としての側面は文字通り「敵を倒す為の武器」。
 だが『防具』としての側面は敵から身を守る為の防具――ではなく、偏に「強過ぎる自分の能力で自滅しない為の防具」だった。


|゚ノ*^∀^)「(話には聞いてたけど……カッコいいなぁ♪)」


 そんなことなど知らず、天使はただ、笑う。

641 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:18:04 ID:VHwTsdGs0

 深草火兎の能力は『ハンドレットパワー』。
 一時間の内、任意の十秒間のみ、自らの右腕の力を十倍にする能力。


ノハ# )「うぉぉおおおおッ!!!」


 ……人間は、常に自らにリミッターを掛けているのだという話がある。
 もし百パーセントの力で腕を振れば、肩関節は外れ筋肉は肉離れを起こし腱は千切れ使い物にならなくなるという。
 馬鹿なヒートにはよく分からないけれど、どうやらそうらしい。

 全力ではなくとも人間の拳は硬いものに当たれば砕ける。
 ボクシングの試合で誤って相手の額を強打してしまい手を骨折する選手がいることからもそれは明らかだろう。
 パンチを専門とするボクサーが、グローブという防具を付けても――硬いものを殴れば拳は砕けるのだ。 
 ヒートならば言うまでもない。

 なら、たとえ「腕の力を十倍にする超能力」を手に入れたとしても、できる事は限られているのではないだろうか。
 強度は変わらないのだから、一撃で車をスクラップにできるだけの力があってもその一撃で自らの腕もスクラップになってしまう。


 じゃあどうすれば良い?

 簡単だ――腕がもっと硬く強ければ良い。
 腕自体が武器であり、腕自体が防具であるような――そんな右腕があれば良い。

642 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:19:06 ID:VHwTsdGs0

 だから彼女の右腕は武器でもあり防具でもある。
 右腕がある限り、ヒートは一時間で十秒間だけ最強になれるのだ。

 彼女は一時間で十秒だけ――無敵のヒーローなのだ。



ノハ# )「飛べェェェええええええ!!!」



 一歩。
 二歩。
 そして三歩目にヒートは前転するような体勢を取りながら思い切り床を殴りつけた。

 地面がヒビ割れ砕ける。
 腕は――砕けない。

 床を殴ることで生み出した衝撃を斜め上への推進力へと変える。
 身体を丸め、空中で一回転し、天井に辿り着く。
 斜め上方から天使を見下ろす形。
 また目が合ったが気にしてはいられない。

 この時点で経過したのは二秒足らず。

643 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:20:05 ID:VHwTsdGs0

 そして、彼女は。
 再び、今度は裏拳を打つようにして天井に右腕を激突させ下方向への推進力を得る――!


|゚ノ* ∀)「♪」


 横方向に回転しつつ高速移動――いや高速で落下してくるヒート。
 能力に物を言わせたアクロバティックな変則移動。
 だがレモナは動じない。

 ただ、まっすぐ敵対者を見つめ。
 左脚を一歩、踏み込んだだけだった。

 急降下するヒートは体勢を整え右腕を大きく振りかぶった。
 曲芸そのものな攻撃方法なのに戸惑った様子やミスは見当たらない、相当練習したのだろう。



ノハ#゚听)「一・撃・ひっ―――ッ!!」



 そして、ヒートは吹き荒れる嵐の如き激しさのまま天使に激突する―――!!

644 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:21:05 ID:VHwTsdGs0
【―― 8 ――】


 ところでヒートの持つ超能力は『ハンドレットパワー』だが、変則高速移動と殴打技のコンビネーション(彼女的には「必殺技」)には別の名前がある。

 正式名称『シュツルム・ファウスト』。
 繰り出す際の前口上を含めると「一・撃・必・殺! 『シュツルム・ファウスト』!!」となる。
 移動せず繰り出す場合は『スターク・ファウスト』になる。

 どれほど実用性がなくとも、どれほど愚かでも。
 ヒートにとって超能力や必殺技とは掛け声と共に繰り出されるものなのだ。


『名前……か? 「パンツァーファウスト」だとあまりにも捻りがないからな、そうだ……「シュツルムファウスト」はどうだ?』


 相談した時、チームリーダーは嫌な顔せずむしろ楽しそうに快く応じ、必殺技に名前を付けてくれた。
 それはヒートならばまず考えつかないであろう格好の良い名前で彼女はすぐに気に入った。

 どちらの技名もドイツ語だ。
 『シュツルム・ファウスト』とは英語での「Storm Fist」に相当し、凡そ「嵐の拳」「暴風雨の如き拳撃」というような意味となる。
 『スターク・ファウスト』の方は英語に直すと「Strong Fist」になり、大体「激しき拳」や「強い一撃」のような感じだ。

 訳してみると割とそのままだが、まあ名称なんてものはそんなものである。

645 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:22:08 ID:VHwTsdGs0

『私は「Faust(拳)」という単語が好きなのだ。ラテン語の「faustus(幸福な、祝福された)」という単語と似ているから』


 名付けた直後、リーダーはそう呟いた。
 「だったらあなたの方が相応しいでしょう」とメンバーの一人が笑ったが、どららの言葉の意味もヒートには分からなかった。


 ドクトル・ファウストゥスのように聡明な『COUP(クー)』のリーダーが快く名前を付けたのは優しさ故ではない。
 ある程度利口な人間ならば攻撃する際に技名を叫ぶことのメリットがほとんど存在しないことは分かるはずだ。
 ならば、何故彼等のリーダーが楽しそうに応じたのかと言えば、それはそれで、聡明な人間らしい結論が出ていたからだった。

 ヒートの必殺技は変則高速移動と殴打技のコンビネーション。
 十倍になった力で壁や床や天井を殴りつけ推進力を得、その勢いで相手を殴るという技だ。

 その速度は「嵐」「暴風雨」と呼ぶに相応しい。
 本人の制御すら当初はほとんどままならなかったレベルである。
 今でこそヒートは自分の動く速度と方向を(ある程度)制御できるが――初見の相手なら、まず捉え切れないし追い切れないと予想される。


 で。

 相手が避けられない速度ならば技名を言っても大きな問題はないし。
 そもそも高速移動しながらでは「一・撃・必・殺! 『シュツルム・ファウスト』!!」なんて長い台詞を叫べるはずもないので、ヒートもその内諦めてくれるだろうと思ったのだった。

646 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:23:04 ID:VHwTsdGs0

 実際、今回の動き方にミスは一つもなかったが、やはり最後まで台詞を言うことは叶わなかった。
 それはヒートとしては残念極まりない事実だったが――客観的な視点から見ると、これで幸いだったのかもしれない。

 ―――意気揚々と長い台詞と共に繰り出した技があっさり敗れるなんて、普通に負けるより遥かにカッコ悪いに決まっているのだから。



ノハ; )「かはっ……!!」



 背中から叩きつけられ激痛と共に肺に入っていた空気が吐き出される。
 つい数瞬間前までは天使を見据えていたはずなのに、今のヒートの霞んだ視界に映るのは、白い天井だけだった。

 何が起こった……?


|゚ノ ^∀^)「何が起こったか分からないーって顔してるね、君」


 天使はさして面白そうでもない平坦な声音でそう言う。
 レモナからすればそれはそうだろう。
 大仰な前振りの割に決着は一瞬、こちらが一撃を加えた後は反撃どころか立ち上がりすらしない。

 つまらないこと、この上ない。

647 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:24:03 ID:VHwTsdGs0

 ジョルジュ君はやっぱり骨のある奴だったんだなあと改めて生徒会長は思いつつ。
 黙って自分の横に転がる赤髪の少女を見下ろした。


 ……レモナが掛けたのは「首刈り」という技。
 力自慢のようだったから、その力を利用して倒してやったのだ。

 攻撃をかわすと同時に相手の死角に踏み込む「入身」。
 攻撃を円で捌き、同方向へ流し無力化する「転換」。
 交錯の瞬間に振り下ろされた右腕を掴み、その二つを行い、ヒートの首を抑えて身体を回転させつつ投げた。

 「首刈り」は護身術であるはず合気道の技だが、レモナが行ったそれは相手の力を利用しその上で力任せに叩きつけるような、実に乱暴で粗雑なものだった。
 彼女の愛する武道はスポーツとしての武道であり、つまり死力を尽くし勝敗を決する競技であり、試合のない合気道は好きではないのだ。

 それはそうと、とレモナは前置いて足元に転がる少女に言う。


|゚ノ ^∀^)「……粋がるだけの半端な強さじゃ僕には勝てないよ?」

ノハ; )「ぐ……っ、は……」


 「酷く冷たい目をしていた」と、生徒会長を知る人間が一人でもこの場にいればそう語っただろう。
 敵対者から完全に興味を失った表情をしていたと。

648 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:25:09 ID:VHwTsdGs0

 見下ろすとか。
 見下すとか。
 そういうレベルではない目付き――ただ「興味がない」という、それだけの。

 それが、ヒートには無性に癪に障った。
 ふざけるなよと。


ノハ )「ふざ……けるなよ……」


 声は――自然と出た。

 まだ私は生きているのに。
 まだ私は戦えるのに。



ノハ# )「なに勝った気になってんだよ―――っ!!」



 地面を殴り付け勢い良く立ち上がる。
 背を向けて、この場から消えようとしていた生徒会長に向かう。

 再度、敵対の意思を示す―――。

649 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:26:06 ID:VHwTsdGs0

 が。


|゚ノ ∀)「…………できるなら、それでいーよ」


 彼女が殴りかかる前に、レモナは振り返ってそう言った。
 ヒートにはその言葉の意味が分からない。


|゚ノ ^∀^)「立ち上がることができたのなら今日は、いいや。見逃してあげる――ううん、勝負を預けるよ」

ノハ;-听)「は……え?」

|゚ノ ^∀^)「殺しても勝ちじゃないのなら戦う意味がない。……本当は意味もなく戦うのが僕だけど、今日は急いでるから」


 そんな風に天使は笑って、そして「取引しようか」と続けた。


|゚ノ ^∀^)「僕は今日、君を倒さない。だから君はこの空間のことで知ってることがあったら話してよ」

ノハ;゚听)「いや……。でも……え?」

650 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/13(金) 23:27:05 ID:VHwTsdGs0

|゚ノ ^∀^)「なんなら、途中まで一緒に行こうか?」


 言ってる言葉の意味はやっと分かった。
 けれど、その意図はまるで分からない。

 紛れもなく敵なのだから見逃す必要はないし、知りたいことがあるのならば殴って聞き出せば良い。
 深草火兎はお世辞にも頭が良いとは言えないがそれくらいのことは分かる。

 相手にされないのも腹が立つが、情けをかけられ容赦されるのもそれはそれで業腹だ――けれど。


ノハ )「(……クイさんから一番最初に言われた命令を、忘れちゃってたな)」


 「勝手に死ぬな」と――確かそう、一番最初にヒートは命じられたのだ。
 それはもしかすると命令ではなく「死なないで」という単なるお願いだったのかもしれないが、どちらでも構わない。
 どちらでも、どちらにせよ。


ノハ--)「…………分かった。今日の所は、勝負は預ける」


 先輩からすれば深草火兎は手の付けようのないような馬鹿だけど、先輩の言うことはちゃんと守る後輩なのだから。

654 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:05:00 ID:PX7AxEIg0
【―― 9 ――】


|゚ノ ^∀^)「ふぅん、『エクストラステージ』ね……変な名前だ」

ノハう听)「そうか?」


 変だよ、とチョークを弄びながらレモナは笑った。

 同行することになったヒートから『エクストラステージ』のルールを聞き、理解した生徒会長は彼女の願いを訊かなかった。
 倒しても脱落しない以上、意味がないと思ったからだった――それが表向きの理由。

 実際はここでも願いがなくなれば脱落するし、能力体結晶を奪われた状態で『空想空間』に戻れば消滅する。
 あくまで「撃破されても大丈夫」であるだけで願いの核を失くせば同時に参加資格を失う。 

 そのことにレモナは気付かなかったのか、気付いていたが何か思惑があり見逃したのか、それは誰にも分からない。
 本当のところは天使自身にしか分からない。
 妥当な答えとしては「同系統だから気に入ってしまった」になるが……あるいは彼女らしい、ただの気紛れだったのかもしれない。


|゚ノ ^∀^)「僕には関係ないことだけど、『能力体結晶が奪われる』って具体的にはどういうことなのかな?」


 ヒートから彼女の部屋にあった緑のチョークを二、三本受け取り、壁に試し書きしつつレモナは訊く。

655 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:06:05 ID:PX7AxEIg0

 そもそもナナシを探していたのはそういう理由があってのこと。
 まあ能力を持たない、必然的に能力体結晶を持たないレモナ自身にはあまり関係がないことだが……。

 それなら、とぶつけた頭を摩っていたヒートが答える。


ノパ听)「それなら『自分の手元から離れて他の誰かに所有された状態』だったと思うぞ」

|゚ノ ^∀^)「じゃ、落としたりしただけじゃ問題ないんだ。隠すこともできる」

ノハ;--)「うーん……多分。けど、大抵の能力は結晶が手元になければ発動できないから、隠しても負けないだけで勝てないぞ?」


 他の相手に拾われる可能性を考慮するとむしろ敗北の可能性は上がっている。


|゚ノ ^∀^)「大抵の、ってことは手元になくても発動できる能力もあるのかな?」

ノパ听)「あるぞ。色々あるけど『常時発動型能力』みたいにオフにできないやつは誰かに所有権を奪われない限り発動しっぱなしだから」


 ヒートの言う「発動できない」とはどうやら「オンオフが切り替えられない」ということらしい。
 オンの状態(能力発動状態)のまま、あるいはオフの状態(待機状態)のままで良ければ、必ずしも身に着けている必要はないのだろう。
 能力体結晶がリモコンで、能力がテレビと考えると分かりやすい。

656 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:07:04 ID:PX7AxEIg0

 そうそう、と赤髪の少女は続ける。


ノパ听)「私は『死なない』という能力の人を知ってるけど、ソイツは結晶を『どっかにやっちゃった』って言ってた。オフにする理由がないから」


 確かに『死なない』という効果の能力ならばわざわざ能力体結晶を持っている必要はない。
 オフにすること自体がないのだからアクセサリーは隠しておけば良い。

 「鞍馬兼だろうか?」と一瞬間レモナは考えるが、即座にその可能性を否定する。
 彼の『姫君の迷惑な祝福』は「死んだ人間を戻す能力」であり、「人を死ななくする能力」ではない。
 どちらも反則的だということに変わりはないが。


|゚ノ ^∀^)「その話はもういいや。君の見つけたチョークのお陰で迷路の答えは分かったし」


 話題を打ち切り、そして変えるように天使はまた笑う。


ノパ听)「答え? 答えも何も、迷路なんだから地道に頑張るしかないだろ」

|゚ノ ^∀^)「それじゃただの虱潰しじゃん――いや今から僕がするのも虱潰しだけど、頭を使った虱潰しだ」

657 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:08:04 ID:PX7AxEIg0

 言って、レモナは向かって右側の壁に緑のチョークで線を引きつつ歩き出す。
 早歩きの速度、分岐点にぶつかると適当に選択し更に進み、行き止まりにぶつかると今度は左側の壁に赤色のチョークで線を書きながら戻る。


ノハ;゚听)「……?」

|゚ノ ^∀^)「左手を壁について歩き回ったり、目印付けたり色々あるけど……二色のチョークがあるってことは正解は『トレモー・アルゴリズム』だろうね」

ノハ-听)「それって線を引きながら、歩く方法なのか?」

|゚ノ ^∀^)「本来は地面に進み方向の矢印(→)と戻り方向の矢印(←)を書いていくやつだけどね」


 『オーア・アルゴリズム』と並び迷路の解法として有名なのがレモナの言う『トレモー・アルゴリズム』である。 
 基本的にどちらの方法でも脱出できないものはないが、二色のチョークがあるということは後者を用いろということだろう。


|゚ノ ^∀^)「オーアの方は歩く距離が長くなるけど無限の広さの迷路でも解くことができる。トレモーはどの通路も三回以上通らない」 

ノパ听)「無限の広さの迷路って……そんなものあるのか?」

|゚ノ ^∀^)「さあ? 分かんないよ、そんなの」

ノハ;--)「(任せっぱなしの私が言うべきじゃないけど……大丈夫なのか?)」

658 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:09:04 ID:PX7AxEIg0

 レモナは笑ってこう返す。


|゚ノ ^∀^)「僕もシュラちゃんに聞いただけだからね……でも、多分行けるよ。『迷路障害物競争』だっていうのなら」


 さて、彼女の行うトレモー・アルゴリズムの内容を簡単に説明しておこう。
 この解法、平たく言うと「効率的な虱潰し」である。

  @まず任意に選択した通路を緑のチョーク(進んでいるサイン)で線を引きつつとりあえず進む。
  A分岐点、行き止まり、ゴールのどれかに辿り着く。
  Bまだ通っていない分岐点に辿り着いたら、通ってきた通路以外の道を選び進む(→A)。
  C既に一度通過した分岐点に辿り着いた場合は進んできた通路を今度は赤のチョーク(戻っているサイン)で線を引きながら戻る。
  D通路を戻っているときに分岐点に辿り着いた場合は以下の作業を行う。
   ・まだ通っていない通路が残っていた際はその通路へと進む(→@)。
   ・全ての通路にチョークの跡があったら、各通路を眺め、赤い線がない道(戻っていない通路)を選択肢進む。
  E行き止まりに辿り着いたら来た道を戻る(→A)。

 進む道には緑のチョーク。
 戻る道には赤のチョーク。
 そういう、ごく簡単な目印を付け迷路を行くだけのものである。

 当初レモナが行おうとしていたこととも近い。
 だが、正解はこちらだろう。

659 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:10:04 ID:PX7AxEIg0

 何故なら、ここはエクストラステージ。
 「強さではなく、速さ――頭の回転の速さ」を競う競技場なのだから。

 そして案の定、それは現れた。



/ ,' 3「儂はNという。ナビゲーターの一人だわい。すぐに音を上げるかと思っておったが……ほっほっほ。最近の若者は賢いわい」



 扉の前に彼はいた。
 座っていた。

 「N(エヌ)」と名乗った車椅子に腰掛けた老人。
 若い頃はさぞかし異性に人気があったであろう――ひょっとすると、今も人気があるのかもしれないような、そう思わせる美形だ。
 出身は南イタリア辺りだろうか。
 まあ、ナビゲーターの姿だって現実とは違っているのだろうが。


|゚ノ*^∀^)「ということは……正解、かな?」

/ ,' 3「そういうことになるわい」

660 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:11:04 ID:PX7AxEIg0

 「どういうことだ?」と首を傾げたヒートに、老人は言う。


/ ,' 3「迷路の解き方自体が問題だったんだわい。迷路の抜け方を知っているか――知らないのなら、導き出せるかという障害物、関門」


 解答ではなく解法を問われていた。
 それが予測できたからこそ、レモナは勘ではなく二本のチョークを用い迷路を進んだのだ。

 その考えにすぐに思い至れたのは現実世界でジョルジュの勉強を見ていた所為だ。
 テスト、特に理数科目の試験は解答そのものというより、「生徒が解法を理解し使用できるか」を試すものであることが多い。
 今回の問題もそれと同じだった。


/ ,' 3「この迷路は解法を示すまではどうやっても出られんのだわい。どうしても無理なようなら助け舟を出そうと思っておったが……」

|゚ノ ^∀^)「……どうでもいいよ、そんなこと」


 Nの言葉を遮り、レモナは言い放つ。


|゚ノ ^∀^)「おじいちゃんの後ろにある扉が出口なんでしょ? もぉ行かせてもらうよ。ジョルジュ君を探さないといけないから」

661 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:12:06 ID:PX7AxEIg0

 通り過ぎようとする二人。
 手向けのように老人は告げる。


/ ,' 3「……この『迷路障害物競争』だがの。難易度にもよるが、関門を二つ三つ突破すればかなりゴールの近くに行ける。連続で、というのが条件だがの」

|゚ノ*^∀^)「ふぅん。ありがとう、おじいちゃん」


 天使は笑顔でNに応じ、彼もシワの多い顔に笑みを浮かべ返した。
 ヒートは一礼だけして横を過ぎ、そして彼女達は扉を開き潜り、第一関門を抜け出した。

 二人の少女がいなくなった後も老人は一人、微笑んでいた。
 彼の笑みの意味を知る者は誰もいない。
 だが。



/ ,' 3「ええ尻をしとったわい……。ほっほっほ」



 その笑みにそういった意味合いが少なからず含まれていることは確かだろう。
 Nのこの姿が現実と同じかどうかは不明だが――少なくとも精神はそれなりに若々しいようだった。

662 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:13:03 ID:PX7AxEIg0
【―― 10 ――】


 第一関門を突破したレモナとヒートだったが、扉を潜った先は早速分かれ道だった。

 右の石造りの道の地面には「この先ただの迷路」と大きく刻まれてある。
 対し左は近未来的なデザインの廊下で、床には巨大な電光掲示板が埋め込まれており「この先SFの世界」という文字が表示されていた。
 意味が分からない。


|゚ノ*^∀^)「左一択。僕、藤子先生だぁい好き♪」

ノハ;゚听)「(この場合のSFって『すこし・ふしぎ』じゃなく『サイエンス・フィクション』なんじゃないかな……?)」


 ともあれ。
 レモナの一存で二人は左の銀色の通路を進むことになった。

 選んだ道が良かったのか今回は短く、誰にも遭遇することなく障害物まで到達することができた。
 いや、ここだけは「関門」というべきだろうか。
 何故なら彼女達が辿り着いたのは巨大な黒い門だったのだから。

 先の見えない門。
 暗闇に続くトンネルのような。

663 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:14:04 ID:PX7AxEIg0

「お早いご到着ですね」 


 門の前に立った二人にそんな声が掛かったのは、彼女達が暗闇の中に入ろうとしたその時だった。



ヽiリ,,^ー^ノi「失礼、紅茶を飲んでいたら遅れてしまいましたわ」



 麦わら帽子を被ったワンピース姿の女が立っていた。
 長い金髪は一房だけ三つ編みになっており、残りは流されている。
 携えている四メートルほどのやたらに長い棒がなければ「別荘に来たお嬢様」といった風体だ。

 彼女は緩やかな口調で名乗る。


ヽiリ,,-ー-ノi「御機嫌よう、お二人さん。私はナビゲーター。私のことは『恋するウサギちゃん』とお呼び下さい」

ノハ;゚听)「……は、はあ」

|゚ノ*^∀^)「(『空想空間』は変わった人ばっかりだなぁ……♪)」

664 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:15:04 ID:PX7AxEIg0

 ……レモナの思った通り、自らの願望が力になるという特性上『空想空間』は現実世界より変わった(≒自分に正直な)人が多い。
 だが、彼女の言葉にはおそらくほとんどの人間がこう返すはずだ――「お前に言われたくない」。


ヽiリ,,゚ー゚ノi「見て分かると思いますが、そこのガリバートンネルを潜れば障害物が待っています」

ノハ;゚听)「ひみつ道具出てきちゃったぞ!?」


 どうやら本当に『SF(すこし・ふしぎ)』のようだ。


ヽiリ,,^ー^ノi「……ですが、あまり女性二人にオススメできる障害物ではないので、今からでも引き返すことを推奨致しますわ」

|゚ノ ^∀^)「男女平等が叫ばれる現代でそんなことを言うのかな?」

ヽiリ,,゚ー゚ノi「あら、生徒会長さんはフェミニストなんですか?」

|゚ノ*^∀^)「どうだろうね」


 言葉を濁しはしたが浮かべる笑みが告げていた。
 そんなわけないよ、弱い奴が強い奴に搾取されるのは正しいことじゃん、なんて。

665 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:16:06 ID:PX7AxEIg0

ヽiリ,,^ー^ノi「あなたのご自由、挑戦するというのなら止めはしませんわ。これを」


 と。
 ワンピース姿の女は手にしていた長い棒をレモナに手渡す。

 靭やかで加えてかなり丈夫そうだ、よじ登れそうなほどである。
 先端には鈎のようなものが付いており、また反対側は手を傷付けるのを避ける為か分厚いゴムで覆われている。
 なんの目的で作られた物なのかヒートにはさっぱり分からなかった。


ヽiリ,,゚ー゚ノi「この先の部屋の壁には多くのボタンやレバーが取り付けられています。このポールは装置を作動させる為に必要なもので……」

|゚ノ ^∀^)「説明はいーよ、僕は急がないといけないから」


 そうですかと彼女は笑い、迷いなく門をくぐろうとするレモナにこう声を掛ける。


ヽiリ,,^ー^ノi「健闘を祈っていますわ、天使ちゃん。……尤も私が祈る健闘とは『空想空間』のことではなく、あなたの人間関係のことですが」


 すると、どういう心境の変化か。
 呼びかけられた天使はその足を止め振り返った。

666 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:17:03 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ ^∀^)


 口を開きかけ、閉じる。
 思いは言葉にならなかったようだ。


ヽiリ,,-ー-ノi「アドバイスがあるとすれば、悪魔ちゃんを『シュラちゃん』と呼ぶのなら後輩の彼もニックネームで呼ぶべきだと思います――同じ、仲間でしょう?」

|゚ノ ^∀^)「……どうだろうね。分からないよ」

ヽiリ,,^ー^ノi「あら、私はあなたよりも弱い存在ですが、あなたよりも恋愛経験は豊富ですよ?」


 レモナがそれ以上返答することはなかったが、その態度が何よりも雄弁な応答になっていた。
 「恋愛経験の豊富さを自慢するのは子供だけでしょ」なんて。
 傍で聞いていたヒートには初恋の運命性というか、恋愛において処女性を重要視する生徒会長の考え方も同じだけ幼いように思えたが、指摘するのは止めておいた。
 個人の恋愛観の問題だ――十年も二十年も片想いを続ける人間も、初恋の相手と添い遂げる人間も、何処かにはいるのだろうから。


|゚ノ ^∀^)「……検討する。健闘を祈ってくれたって言うのならね」


 最後に黒い世界に踏み出しながらレモナはそう返した。
 豈図らんや、『一人生徒会(ワンマン・バンド)』も悩む時は悩むのである。

667 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:18:05 ID:PX7AxEIg0
【―― 11 ――】


 「恋するウサギちゃん」ことナビゲーター佐藤が担当している障害物は『"it's a small world"』という名を冠していた。
 邦題を付けるなら『小さな世界』になるだろうか、そんな関門である。

 名前だけ聞くと世界的なテーマパーク、いやさ夢の国を連想させるような愉しげなものだが無論楽しいアトラクションなわけがない。
 そこはむしろ用意された障害物の中でも人によっては最も恐ろしいと感じる地獄さながらの空間だった。
 「地獄さながら」とは言い過ぎでも、まさに「小さな世界」で――そして「子どもの世界」だとは言えるはずだ。


 スタジアムほどの巨大な空間。
 四方の壁に取り付けられた大量のスイッチとレバー。
 流れるBGMは『小さな世界』。

 そして、その小さな世界の中央に居たのは――巨大な蟷螂だったのだから。


ノハ;゚听)「……あ、ああ。なるほど。女性にオススメしないってこういうことか。虫苦手な女の子って多いもんな」

|゚ノ ^∀^)「昆虫、苦手なのかな?」

ノハ; )「苦手ではないけど…………自分の身体より大きい虫は、流石に怖いよ。……特に目が」

|゚ノ*^∀^)「そう? 僕はすっごく楽しいけどなあ。僕リアルシャドーだぁい好き♪」

668 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:19:07 ID:PX7AxEIg0

 自分よりも遥かに巨大な蟷螂を前にそんなことを言ってしまえる辺りが、天使の『天使』たる所以。
 どんな状況でも、自分が負けるイメージなんて浮かばないのだろう。


ノハ;゚听)「おっきいカマキリ――ううん、私達が小さくなってるから相対的に大きく見えるだけなのか……?」

|゚ノ ^∀^)「そうだろうね。どのくらい小さくされてるか分からないケド……」


 壁伝いにゆっくりと移動しながら、小さな声で話す。
 眼前の蟷螂はその鎌を振り上げ威嚇しながら徐々に近づいてくる。
 SF的で、子どもの想像的な光景だ。


ノハ;--)「クイさんから前に聞いたんだけど虫って人間の何百倍も力があるんだよな? 自分より重いものを持ち上げられたり……」

|゚ノ*^∀^)「んー? うん。今戦ったら食べられちゃうかもね♪」

ノハ;゚听)「つまり、この関門はアクションゲームのアレかな。『ギミックを使ってボスを倒す』ってやつ。マリオとかがよくやってる」

|゚ノ ^∀^)「うん。まぁ、普通に解釈すれば、そうなるのかな……」


 壁に設置されている装置に順番に目をやりつつ、レモナは答える。

669 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:20:04 ID:PX7AxEIg0

 スイッチやレバーの下にはプレートがあり、そこにはそれぞれの効果が説明されている。
 「火炎放射」から「BGM変更」までバリエーションに富んだもの。

 その中には、レモナが予測していたものもあった。


|゚ノ*^∀^)「ただ、この障害物競走は『強さではなく速さ――頭の回転の速さを競う』っていうのがテーマだから――――ねっ!!」


 叫んで――天使は走り出す。

 淳高陸上部のエースにも劣らないような速度。
 一瞬でトップスピードまで加速し、捕食しようと追ってくる蟷螂を振り切り、そのまま幅跳びをするように飛んだ。

 携えていたポールを宛ら虫取り少年が昆虫を捕まえるように大きく一振り。
 そうして入り口から見て向かって右側の壁上方に取り付けられていたレバーに引っ掛け一気に下まで移動させる。
 その効果は「倍率変更」。


ノハ;゚听)「!?」


 瞬間、床が蒼く光り出したのと同時に小さくなっていた身体が元に戻っていく。
 いや違う――巨大な蟷螂が更に大きくなっていくので、光を浴びた生物(またその服などの付属物)が全て巨大化しているのだろう。

670 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:21:04 ID:PX7AxEIg0

 馬鹿じゃないのか、とヒートは思った。
 自分達が大きくなっても、相手も同じだけ大きくなるのでは力関係は変わらないだろうと。

 だが、ここは『空想空間』よりも更に現実から乖離したような異世界だが、紛れもなく現実なのだ。
 SFの中でもファンタジーの中でもないのである。
 奇跡的な偶然もご都合主義的な展開も滅多に起きないただの現実―――。

 故に――蟷螂は、動けなくなる。


ノハ;゚听)「…………え?」


 大きくなった――トンネルをくぐる前の大きさに戻ったヒートは、その光景の意味が分からない。
 ただ「服もちゃんと大きくなってくれて良かったなぁ」とギミックの設定に感謝するばかりだ。


|゚ノ ^∀^)「……君は知らないだろうけど、現世界最強は身長百五十センチにも満たないちっちゃな女の子だと言われている。何故あの子が強いのか、分かる?」

ノハ;゚听)「はっ、……え?」

|゚ノ ^∀^)「じゃあもっと分かりやすくして……二ミリの蚤の力は人間の百万分の一らしいけど、三十センチまで飛び上がれる。何故か分かる?」

ノハ-听)「…………力が強いから?」

671 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:22:03 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ ^∀^)「それじゃ、蚤の百万倍の力を持つ人間は三十センチ×百万の高さまでジャンプできないとおかしいでしょ?」

 
 レモナが語っている「力」とは、正しくは「筋肉の断面積(≒筋肉が発生させる力)」のことである。
 どちらにせよヒートの解答が間違っていることは自明だろう。

 君もジョルジュ君と同じで計算が苦手なんだね、と生徒会長は笑って続ける。


|゚ノ ^∀^)「相似則によると筋肉の断面積は体長の二乗に比例するとされている。でも、体積は体長の三乗に比例する――ここまで聞けば分かるでしょ?」

ノハ;゚听)「え〜〜〜っと……」

|゚ノ#^∀^)「だーかーらねっ! 結局ね、蚤は人間の百万分の一の力しか出せないけど体重が十億分の一なの。同じ理屈が昆虫全てに適応できるんだよ」


 即ち、蚤に限らず昆虫は筋肉が発生させる力に対して自重が桁違いに軽い故に自身の何倍もの高さまで飛ぶことができるのだ。
 見かけ上の力が大きいだけで、当たり前だが筋肉量自体は人間に遥かに劣る。


|゚ノ ^∀^)「この理屈でいくと蚤を人間大にすると力は百万倍だけど体重が十億倍だから……多分、飛び上がれもしないんだよ」


 同じ理屈はクジラなどにも適応できる――大きくなればなるほど、身体を動かすのは難しくなるのだ。

672 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:23:05 ID:PX7AxEIg0

 レモナの語った「身長百五十センチにも満たないちっちゃな女の子」の強さも――速さも、そこに由来する。
 大柄な人間は強いイメージがあるが、大きければ大きいほど、重ければ重いほどその身体を動かすのには多くの筋肉が必要になってくる。
 当然のことながら筋肉自体にも重さはある(しかも単なる脂肪よりも重い)ので、大柄で重量があるほどバランスは悪くなる。


|゚ノ ^∀^)「僕達は小さくなっていたから、元の大きさに戻っても普段通りに動ける」

ノパ听)「でもカマキリの方は大きくなるほどノロくなっちゃうわけか……。なるほどなぁ」


 無論、実際に昆虫を人間大にしたり、人間を昆虫サイズにした際にどうなるかは比重や環境などの他の要素も加わってくるので一概には言えない。
 けれどこれはナビゲーターの設置した障害物であり――何より。

 『小さな世界』で、あるのだから―――。



|゚ノ ^∀^)「『世界中どこだって 涙あり笑いあり みんなそれぞれ助け合う 小さな世界』――僕はそんな世界つまらないと思うけど、たまにはそういうのも」



 「悪くない」と。
 天使はそう呟いて『小さな世界』を後にした。
 出口にあったギミックの解除スイッチを押すのは忘れなかった。

673 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:24:03 ID:PX7AxEIg0
【―― 12 ――】


 驚異的な速さで『エクストラステージ』を進む高天ヶ原檸檬、そして深草火兎。
 彼女達が二つ目の関門を突破した時には、彼女等の遥か後方にいたジョルジュはまだクイズの答えを豪快に間違え迷路を彷徨っている段階だ。
 ヒートとの戦いも、出口のない迷路も、小さな世界も、時間にすると一分掛からずにクリアしているのだ。

 一般人諸氏にとっては極めて残酷な真実で、またナビゲーター達も見逃していた事実だが、世の中には運動勉強どちらにも秀でる人間はごまんといる。
 むしろ天使と悪魔の思想では「勉強ができない人間が何故運動ができるのか」になろう――この辺は考え方にもよるが。

 そして次に彼女等が遭遇したのはナビゲーター側が想定していた勝者。
 運動はまるでできないが、勉強は人並み以上にできる少女。
 頭の回転の速さで言えば淳高でもトップだろうと目されている二年特別進学科十三組所属の洛西口零だった。


リハ*゚ー゚リ「やあやあ、これは生徒会長殿」

|゚ノ ^∀^)「んー」


 第二の障害物を抜けた先、西洋風の城の広間のような空間に彼女はいた。
 変わらない性悪な笑みを浮かべつつレモナに手を振る。


リハ*^ー^リ「……と、そっか。なるほどね」

674 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:25:24 ID:PX7AxEIg0

 そんな零は、ヒートを見つけると言動を瞬時に清水愛モードに切り替える。
 ハルトシュラーには全く通じないペルソナ(対外人格)だが、それ以外の人間には十二分に通用する。

 女の子らしい、可愛らしい声で零は――アイは訊く。


リハ*^ー^リ「会長さんの今日の同行者はヒートさん? よろしく」

ノハ;゚听)「あ、はい。よろしく……って、なっ、なんで私の名前を!!?」

リハ*゚ー゚リ「名札だよ名札」

ノハ;゚听)「ああ、名札か。ジャージだから名札も……って名札なんて付けてないし!学校のジャージでもあるまいし!!」

リハ*^ー^リ「そうみたいだね」


 この子のリアクション面白いなーとアイは思い、素直に笑った。
 十三組周辺では情報通である彼女の情報収集能力は有名なのでもう誰も驚いてくれないのだ。


リハ*^ー^リ「驚かせちゃったかな? こういうのが私の能力なの」

ノハ;--)「はぁ……そうなのか」

675 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:26:08 ID:PX7AxEIg0

リハ*^ー^リ「そうなんだよ、好きなアニメはスクライドのヒートさん。タイバニでは兎より虎が好きなヒートさん」

ノハ;゚听)「そんな個人的なことまで分かるのか!?」

リハ*゚ー゚リ「活発そうなフリして、実はオタク系女子のヒートさん。その割にはスタイルが良いヒートさん。スリーサイズは……」

ノハ;///)「いや、ちょっちょっと!!」


 そんな感じで一通りからかい終わった辺りで、生徒会長はアイに話しかけた。
 話題は大事な部下のこと。


|゚ノ ^∀^)「ところで……ジョルジョルが何処にいるか知らない? 探してるんだケド」

リハ*^ー^リ「呼び方を変えたのは心境の変化かな? ま、それは今日はいいや。役員さんの場所は知らないけど……調べることはできるよ」


 そう言って、アイは髪留め代わりにしていたノンフレームの眼鏡を一旦外し掛け直す。
 アニメのキャラクターのような気取った仕草。
 そういうのが妙に似合うのが、この少女のらしさだった。

 そしてアイは発動させる。
 最近手に入れたばかりの新たな超能力を。

676 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:27:05 ID:PX7AxEIg0

リハ*-ー-リ「生徒会には教えておくね。前に『リィンフォース』って能力を手に入れたんだけど……私には使いこなせそうにもないから、強化に使わせて貰ったよ」


 元は、鞍馬兼が敵から奪った「生物以外の任意の物体を鉄にする能力」。
 それを彼女は『汎神論(ユビキタス)』の強化に使い、その結果として生み出されたのが――この能力。

 ガラスを通した世界が蒼く染まっていく―――。



リハ* ーリ「――――『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』」



 それは全知の能力だった。
 それは、情報の海の中から一粒の砂を掬い上げる能力だった。

 範囲は『空想空間』全域――『エクストラステージ』まで含む全て。
 効果は検索――「任意の物体が、今この瞬間何処に在るのかを知る能力」。
 膨大な世界の事象を全て端末が収集処理する。

 世の中の状況を捉える技術。

677 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:28:02 ID:PX7AxEIg0

 そんな、これ以上ないほどに『汎神論(ユビキタス)』らしい能力で導き出された答えを彼女は告げる。
 また気取った風にロボット型検索エンジン――ノンフレームの眼鏡を外しながら。


リハ*゚ー゚リ「……分かったよ。彼に会いたいのなら向こうの赤い扉を抜けて、そこにある障害物を逆方向に進むのが良い」

|゚ノ ^∀^)「ふぅん?」

リハ*^ー^リ「信用できない?」


 どうだろうねと天使は笑う。
 凄惨に美しい微笑。
 血に塗れた笑顔と真正面から向き合いながら零は性悪に口端を歪める。

 そして。


リハ*゚ー゚リ「ところで――その手に持ってる棒、何?」

|゚ノ;^∀^)「…………あ。返し忘れちゃったな……」


 何はともあれレモナは彼女の言葉を信じることにした。
 ……まさか、こんなやり取りがキッカケになったわけもないだろうが。

678 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:29:02 ID:PX7AxEIg0
【―― 13 ――】


 レモナが零の言葉を信じた理由は気紛れでもないし、況してや情に絆されたわけでもない。
 「嘘を吐いても彼女は得をしないだろう」という勘定高い考えがあってのことだ。

 ほとんどの人間は、何か意図があって嘘を吐く。
 嘘を吐いている状態というのは得てして疲れるものなので普段人はあまり嘘を吐きたがらないものなのだ。
 だから誰かが嘘を吐いた時は、大抵、何か理由があってのことが多い。

 理由もなく、なんとなしに嘘を吐くことができるような人間もいるにはいるが洛西口零はその類ではないだろう。 
 彼女が好み使うのはあくまでデマ(つまり「発生源を特定できない嘘」)であり、信用問題になる面と向かっての虚言はあまり利点がないからだ。

 あの局面で零が嘘を吐いて得をするとはレモナには思えなかった。
 だから、「嘘ではない」と判断した。
 より正しくは「嘘でも構わないが従ってみる」と決めたのだが――案の定、というか。

 どうやら、零の言ったことは正しかったらしい。


|゚ノ ^∀^)「二十人くらいの反生徒会勢力が待ち受けてたら面白いなーと思ったケド……なーんだ」


 十メートルほどの長さの真っ直ぐ続く暗い通路を抜けた先。
 出口から関門に入った形になるレモナは、溜息を一つ。

679 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:30:03 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ ^∀^)「……君かあ――茅場晶彦クン」

(;‘_L’)「何度でも訂正しますが、私の名前はナナシです。はぁ……」


 立っていた特徴のない顔のナビゲーター、ナナシは「溜息を吐きたいのはこちらです」と嘆息した。
 そして心底嫌そうに「私の担当のエリアへようこそ」と続けた。

 ちゃんとした床があるのは出口と入口付近だけで、薄暗い部屋の中央部分は幅十五メートル、深さ三メートル程度の大きな溝になっている。
 その窪みに架かるのは数本の鉄の橋だ。
 デザインは様々で、真っ直ぐに伸びたものもあればグネグネと曲がりくねった複雑な形のものもあった。
 出口から入ったレモナの真ん前にある橋は所々欠けていたり、凹んでいたり、尖っていたりする前衛的で奇妙なデザインをしている。


(‘_L’)「漫画がお好きな檸檬様なら分かりますよね? 見ての通りの電流鉄骨渡り。ですがルールは分かりやすく、『どんな手段を使ってでも向こう岸に辿り着けたらクリア』でございます」

|゚ノ*^∀^)「でも鉄骨には電流が流れてて、上を渡ってる途中にバランス崩して手をついたらビリビリ来るわけかな?」

ノハ;゚听)「向こうまで行けたらクリアなのは分かったけど……これ、落ちたらどうなるんだ?」

(‘_L’)「溝の中をご覧になれば分かりますよ」


 そう言われたヒートは縁に立ち、恐る恐る奈落の底を覗いてみた。
 十数匹の大蛇が蜷局を巻き眠っていた。

680 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:31:04 ID:PX7AxEIg0

(‘_L’)「ナイリクタイパンという毒蛇です。底に落ちても脱落にはしませんが、噛まれれば確実に死に至ります」

|゚ノ ^∀^)「地上で最も毒性が強い生物……だったかな? 一噛みに出る毒で人間が百人殺せるって言われるオーストラリアの蛇」

ノハ;゚听)「いや、毒蛇にしたって――怖過ぎだろ!!」

(‘_L’)「連れてくるのも大変だったそうです。まあ本当に大変なのは、ここを渡る参加者の皆様方でしょうが……」


 ナナシの言葉は他人事のような冷たい響きを持っていたが、実際に他人事なのだから仕方がない。
 関門に挑戦するのはあくまでレモナと―――。


|゚ノ ^∀^)「僕はここを通って戻りたいんだけど、逆から行くのってありなのかな?」

(‘_L’)「なしでも押し通るでしょう? 戻って何をしたいのか分かりませんが、挑戦は自由でございます」


 そっか、とレモナは安心したように笑ってヒートに水を向ける。


|゚ノ ^∀^)「で……君はどうするの? ここからは完全に逆走だから、君はゴール目指しても良いんだよ?」

ノパ听)「え……」

681 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:32:06 ID:PX7AxEIg0

 ふと、ヒートは立ち止まる。
 立ち止まり考える。

 天使について行って何か利点があるのか、とか。
 そもそもどうして一緒にいたんだろうか、とか。
 そういった雑多な事柄を足りない頭で考えて。

 結局。


ノハ--)「……ついて行くよ。無敵の会長サマの弱点が、何か分かるかもしれないし」


 負けっぱなしは趣味じゃないと笑ってヒートは返した。
 そっか、とレモナも微笑んだ。


|゚ノ ^∀^)「まあ僕の弱点なんてあってなきが如しだけど。僕の弱いトコなんて、強いトコしかないんだから」

ノパ听)「西尾維新か?」

|゚ノ ^∀^)「発言の意味がよく分からないけどそう言えば君はオタクだったね。小説にそういう台詞が出てくるの?」

ノハ;///)「お、オタクじゃない!!」

682 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:33:05 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ ^∀^)「ライトノベルを読んでるからって恥ずかしがることないよ。本読むことは勉強なんだから。そして勉強は、役に立つ」


 そんなことを言いつつ、レモナは出口から廊下に出て行く。
 その行動に疑問を持ったヒートが追いかけようとし、それをナナシが引き止め、邪魔にならないようにと部屋の壁際に連れて行く。

 彼は、高天ヶ原檸檬という存在のことが、そろそろ分かってきたのだ。
 だから次の行動が予測できたのだ。
 淳高三年特別進学科十三組の化物にして『一人生徒会(ワンマン・バンド)』こと、高天ヶ原檸檬。

 彼女は自分が失敗するなんて微塵も思っておらず、派手なことが大好きで、誰もが足が竦んでできないことを平然とやってみる―――。


ノハ;゚听)「お、おい……」

(‘_L’)「失敗したら大いに笑ってあげましょう。尤も、どうせあなたは成功するのでしょうがね」


 たっ、たっ、たっ、たっ―――。
 廊下から響いてくる規則正しい足音を聞きながら呆れた様子でナビゲーターは呟いた。

 段々と短くなる音の感覚、強くなっていく踏み込み。
 上がっていくのはその速度。
 普通に鉄骨を渡っても十二分にクリアできるだろうに天使はそうしないのだ。

683 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:34:06 ID:PX7AxEIg0

 暗闇を切り裂きながら走るレモナ。
 その手にあるのは――返し忘れていた四メートルのほどの長さのポールだ。

 出口から再度部屋に入り。
 彼女は。
 勢いを落とさぬままで真正面の鉄骨に足を踏み出す。

 一歩、二歩、更に三歩―――。



|゚ノ# ∀)「――――っ!!」



 現代的なデザインの橋、そのちょうど中央にあった凹みに棒を突き立て、弾性を利用し両手で身体を引き上げ全身を捻りながら――飛んだ。
 用途外に使用されたポールが軋み折れるが、その頃には既にレモナは空中にいた。

 そして無残な形になった棒が奈落に落ち、物音に蛇達がざわめき出した時にはもう、彼女は橋を渡り終えていた。
 いや――橋を飛び越え終わっていた。
 さも当然のように、宛ら電光石火の如き速さで障害物を突破した。

 費やした時間は実質五秒にも満たなかっただろう。

684 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/07/29(日) 00:35:06 ID:PX7AxEIg0

ノハ;゚听)「なっ……!!!」

(‘_L’)「予想はできていましたが、まさか本当に飛び越えてしまわれるとは……。こちら側から向こうまで十五メートルあるんですよ?」


 最初の数歩を加味しても十メートル以上をポールを使って移動したことになる。
 棒高跳び、いや、棒幅跳びを終えたレモナは振り向き凄惨に笑う。


|゚ノ*^∀^)「フィーエルヤッペン……んー、初期の跳躍競技って言うべきかな? ちょっと危ないと思ったケド」

ノハ;゚听)「ちょっとって……ちょっとじゃないだろ!!」


 渡り切れたから良かったものの、もし距離が足りなかったとしたら溝の深さ三メートル+ポールの長さ約四メートルの高さから落下していたことになる。
 七メートル――それは建物の三階に相当する高さであり、その衝撃は時速四十キロでの衝突よりも強い。

 落ちれば即死というわけではないが、それでも飛び降りるとすれば躊躇する高さだとヒートは思う。
 加えて地面には猛毒を持った蛇が十匹以上いるのだ。
 想像するだけで足が震え出してしまう、意味が分からない、というのが彼女のごく正直な感想だった。

 行動の、意味が分からない―――。

685 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:36:07 ID:PX7AxEIg0

 そんな、命を投げ捨てるようなことを――何故。
 無事で済む保証があったとでも?


|゚ノ*^∀^)「……さあ、次は君の番だ」


 開いた口が塞がらない彼女に天使はゾッとするような微笑を向ける。


ノハ;゚ー゚)「え……?」

|゚ノ*^∀^)「たとえ君が僕の弱点を見つけようと、こんな障害物すら越えられないのなら――勝つのは一生無理だろうね」


 一生かけても無理だろうね、と。
 残酷な笑みを浮かべ言う。


|゚ノ*^∀^)「一分だけなら僕も待ってあげるケド……どぉする?」


 ああ、私は試されているのかとその時やっと少女は気が付いた。
 それはあの時、見逃された時に気付いておくべき事実だった。

 足の震えは止まらない。

686 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:37:10 ID:PX7AxEIg0
【―― 14 ――】


 「死なないでくれ」と深草火兎は命じられた。

 願われ、頼まれ、祈られた。
 先輩の言葉を守ることを最優先にするならばここは引くべきだ。

 みっともなくとも。
 惨めでも。
 それでも大人しく引き下がるべき状況。


ノハ )「(…………でも、)」


 けれど一方で思うのだ。
 この問題は――勝負は必勝法があるのではないかと。

 ヒートの予想が正しければ、この関門は、ある方法を使う勇気さえあれば楽に突破できる。
 そうであるのならばレモナの行動の意味も分かってくる。
 いや、意味は分からないというか、それ自体は単なる「その場のノリ」だろうけれど――勢い任せにできた理由が理解できる。

 あったのだ、「無事で済む保証」が。
 だからお遊びで挑戦できた。

687 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:38:04 ID:PX7AxEIg0

 この際、確証は必要ない。
 必要なのは――命を懸ける、覚悟なのだ。


ノハ--)「……やるよ、もちろん」


 吐き捨てて、能力さえあれば楽にクリアできたのにと少し反省。
 これからは使い方をよく考えようと決めた。

 そして、ヒートは飛び降りる。


ノパ听)「よっ……と」


 立っていた場所から三メートル下、あちらこちらに大蛇が蜷局を巻く奈落の底に怪我をしないように慎重に降りる。
 溝に落ちても脱落にはならないとナナシは言っていた。
 失格にはならないけれど、蛇に一度でも噛まれれば死は免れないと。

 だが、本当にそうだろうか?
 本当に死は免れないのだろうか?

 ……本当に?

688 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:39:07 ID:PX7AxEIg0

 噛まれれば死は免れないことではない。
 ナビゲーターであるナナシがそう言うのだから、確かにあれらの蛇は強い毒を持っているのだろう。

 だが―――。


ノハ;--)「難問に挑戦する時に大事なのは、出題者の意図を読み取ること」


 深草火兎は昔から「作者の気持ちを考えなさい」という類の問題が大嫌いだった。
 でも、今なら分かる。
 ああいう問題は作者の気持ちではなく――出題者の意図を読み取る設問なのだ。
 考えるべきは製作者が何を思っているのかだ。

 それは障害物に挑む天使が背で教えてくれたこと。
 加えてもう一つ、生徒会長を見てヒートが学んだことがある。


ノハ )「そして……覚悟を決めること」


 自信を持つこと。
 自分を信じるということ。
 覚悟。

689 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:40:05 ID:PX7AxEIg0

 それこそが、この障害物の必勝法の鍵。
 そんなものがここでは重要だ。

 ゆっくりと歩き出すヒート。
 蛇達の間を一歩、また一歩と進んでいく。
 着実に。

 噛まれれば死を免れない毒蛇――だが、その蛇は本当に噛むのだろうか?


ノハ; )「はぁ……ふぅぅ……!」


 右足。
 その次は左足。
 足を動かす。

 噛まれれば死ぬ蛇。
 ……では噛まれないとしたら、どうだろうか。


(‘_L’)「野生の熊に遭遇した際、一番やってはいけないことは『叫び声を上げる』だと聞いたことがありますね」

|゚ノ ^∀^)「熊は臆病だから。怖がらせちゃったら襲われちゃうんだよ」

690 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:41:10 ID:PX7AxEIg0

 いつの間にやら隣に立っていたナナシに天使は笑い掛ける。

 思えば、ヒートがレモナを見た直後に攻撃を仕掛けたのもそういうことだったのかもしれない。
 恐怖が彼女を駆り立てた。


|゚ノ*^∀^)「実はライオンとかも同じなんだよ。人間の方が何もしなければ、たとえ近付いたとしても何もしてこないんだ。遠くに逃げちゃう」


 そしてそれは蛇も同じだった。
 ほとんどの蛇はとても臆病で人間と出会っても何もされなければ大人しく逃げていく。
 噛み付いてくるのは危害を加えられたと感じた時のみ。

 ヒートの周囲にいるものも同じく。
 一噛みで百人を殺せる猛毒を持つナイリクタイパンは滅多に噛まない蛇なのだ。

 だから。


ノハ--)「『何もせず、ただゆっくりと歩く』――そうすれば絶対に、襲われないんだ」


 そうして赤髪の少女は最後の一歩を踏み出す。
 向かい側まで辿り着く。

691 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:42:03 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ*^∀^)「お疲れ様」


 手が差し伸べられたのは、無事で済んだのは良かったけれどこの三メートルの壁をどうやって登ろうかとヒート考えたその時だった。
 待っていましたと言わんばかりの表情で生徒会長が手を差し出していた。


ノハ*--)「……なんだか、栄養ドリンク剤のCMみたいだ」

|゚ノ*^∀^)「アレ美味しいよね」


 少し照れながら彼女はその手を握り、レモナはそう言葉を返しながら引き上げる。
 片腕で、割とあっさりと。
 勿論ヒートも足を壁に踏ん張らせたりはしたが、それでも驚愕に値した。 
 自分のことを「重い」とは言いたくはないけど軽いわけではない。


ノパ听)「最初から気付いてたのか? 蛇が噛まないことも、この障害物の解答が『歩いて進む』ってことも……全部」


 立ち上がったヒートはジャージの埃を払いながら先程まで歩いていた世界を見下ろす。
 奈落の底の蛇達は変わらず、蜷局を巻いたまま大人しい。
 本当に危険なものは普段は静かだというか、実力者は寡黙というか、そういうことを思わせる光景だった。

692 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:43:06 ID:PX7AxEIg0

 それはヒートの目指す強さではないけれど。
 そういうのも、格好が良いとは思った。


|゚ノ ^∀^)「どっちでも同じことでしょ? 僕がここにいることが答えだし、それだけじゃないかな?」


 敵わないなと呟くと苦笑いが漏れる。

 先輩の言いつけを破ることになってしまったが結果オーライだ。
 命を大事にすることも重要だが、多少は危ない橋を渡らないと成長は期待できないのも事実。


ノハ--)「(って言っても、橋は渡ってないんだけど)」


 地面を歩いただけだ。


(‘_L’)「それではお二人様共この障害物は突破ということで……どうぞお進み下さい」

|゚ノ ^∀^)「進行方向的には戻ってるんだけどね」

693 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:44:05 ID:PX7AxEIg0

 言ってレモナは出口、本来の入り口から部屋を出ようとする。
 が、その直前に一度立ち止まり、振り返って一応は自らのナビゲーターであるナナシに訊いた。


|゚ノ ^∀^)「この関門って、君が考えたのかな?」

(‘_L’)「全ての障害物は担当のナビゲーターが考えたものでございます」

|゚ノ ^∀^)「そっか。面白かったよ」


 光栄でございますと彼は返答し、次いでこう問い返した。


(‘_L’)「能力がなかったとしても勝者になることは可能です。願望や実現したい理想があるのならば、今からでもご参加を……」

|゚ノ ^∀^)「残念だけど僕にはどっちもないよ。僕にあるのは目的と、それに『今この瞬間』という現実だけだから」

(‘_L’)「……そうでございますか」


 他のナビゲーターに会うのならポール返しておいて、などと言い残して少女は部屋を出て行く。
 ナナシは黙ってそれを見送った。
 それはある種、憐れむかのような視線だった。

694 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:45:03 ID:PX7AxEIg0
【―― 15 ――】


 数分前に通ったそれと同じような暗い通路を抜けた先は石造りの迷路だった。
 石垣のような壁や煉瓦の床など、全体的に圧迫感を与えるエリアである。

 大声で名前を叫び続けるという原始的な方法でジョルジュと再会した高天ヶ原檸檬は満足に会話もできない内に新たな敵と戦うことになった。
 その戦闘の最中、部下が連れて来た偽者の少女のことで一悶着あったが……レモナとしてはそのことにあまり興味がなかった。
 完全な他人事であるし、ヒートのような戦闘系の人間ならば多少は思うところもあるが「ミセリ」を騙っていた少女はそういう感じではなかったので、端的に言えば守備範囲外だったのだ。

 また正直に言えば。
 「結構どうでも良かった」――のである。


 何よりも強さを愛し、善意と同情の押し付けを嫌う高天ヶ原檸檬。
 彼女が求められていないのに人を助けるのは稀なことで、今回はその稀ではなかったということだ。

 まあ、仮に助力を請われたとしても上手く解決できたかは難しいとレモナ自身は思っていた。
 生徒会長として生徒からの依頼ならば無条件で請け負うことにしている彼女ではあるが、当然嫌なことは嫌だと突っ撥ねる。
 彼女は「生徒会長」であって、「良い人」ではないのだから当然のことだ。
 誰でも彼でも無節操に助けるわけではない。

 要求がなかったので『一人生徒会(ワンマン・バンド)』としては行動する必要がなく、どうでも良かったので高天ヶ原檸檬個人としては行動する気にならなかった。
 偽者の少女を助けなかったのは、そういうことだった。

695 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:46:07 ID:PX7AxEIg0

 あるいは、単に目の前の強敵を見逃すという選択肢が存在しなかっただけかもしれない。
 「戦いたかった」。
 それはそれで天使らしい選択だった。



 ―――さて。

 ジョルジュがいなくなって後、十字路から伸びた通路の真ん中に構えたレモナは今日何度目とも知れない凄惨な笑みを浮かべていた。
 強敵と認めた相手を前にしても相も変わらず愉しげに笑っていた。



( "ゞ)「……戦いを止める為に戦うと聞いていたが、とても正義の味方とは思えぬ表情だ。『魔王』と呼称する方が遥かに相応だ」

|゚ノ*^∀^)「それは僕の相棒の方だよ」

( "ゞ)「ハルトシュラー=ハニャーンか。確かにその呼び名が似合う存在だと言わざるを得ない。だがこの関ヶ原が戦うべきはお前でしかない」


 髪を後ろでに束ねた鳶職仕立ての男、関ヶ原はそこでやっと背負っていた七十センチほどの長さの物干し竿を下ろし、帯刀するように左手に携えた。
 これ以上ないほどに様になった立ち姿。
 だが、不思議とレモナは何か物足りなさのようなものを感じていた。

696 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:47:06 ID:PX7AxEIg0

 本気じゃないかのような。
 全力じゃないかのような。
 自分と同じような――真実を隠した、不自然な構え。

 たとえばそれはプロ野球選手がソフトボールをやっているような奇妙さだ。
 贔屓目なしに上手く、文句を付けようがないと言えばそうなのだが、何かが足りない――そう。

 命が。

 命が懸かっていない気がするのだ。
 彼が命を懸けているのは「そこ」ではないから、どれほど様になっていたとしても、心の部分が足りていない。
 
 そんなことを思いつつ、レモナは落ちていた黒いスーパーボールを拾って手で弄びつつ言う。


|゚ノ*^∀^)「……やっぱり、先に願いを聞かせて欲しいなぁ」

( "ゞ)「何?」 

|゚ノ*^∀^)「『私を倒せたら願いを教えてやる』と君は言ったケド……僕と戦う以上、倒された君は教える口を持たないから」


 「死人に口なし、なぁんて」。
 紅い舌をちろりと出し天使は凄惨に笑う。

697 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:48:06 ID:PX7AxEIg0

 願いを訊けば、多少は本気になるかと彼女は思ったのだった。
 本気になったわけでも、況してや挑発に乗ったわけでもなかったが、斯くして関ヶ原は自身の願いを端的に告げた。


( "ゞ)「この関ヶ原の願いは流派の復興に他ならない。その為にお前を倒すこと、この世界で勝ち抜くことが前提として必要なのだ」

|゚ノ ^∀^)「ふぅん。なんとなく分かったよ」


 詳細を訊ねることもなく適当な調子で応答したレモナに青年は訊ねた。


( "ゞ)「こちらからも問いたい。お前は自身が狙われていることを勘付いていたようだが、それはどういう理屈があってのことだ?」

|゚ノ ^∀^)「単なる経験則だよ」

( "ゞ)「経験則?」

|゚ノ*^∀^)「そう。強い人間の歩く音は経験則で知ってるし……そういう人間が僕を狙ってくることも経験則で知っている」


 足音を聞き、相手が実力者と分かるやいなや、自分を狙っていると断定した。
 障害物を全て自分の為のハードルと考える天使らしい思考回路だった。
 そんな荒唐無稽な推測が的中していたこと、その事実が彼女の送ってきた壮絶な人生を伺わせる。

698 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:49:34 ID:PX7AxEIg0

 関ヶ原衝風という人間にとっては、この邂逅は何かしらの意味のあるものであるだろうが。
 『天使』にとっては――何度目かの無意味な防衛戦でしかない。

 それが分かっていたからこそ関ヶ原も勝負を仕掛けた。


|゚ノ ^∀^)「ところでさ、君の意見を聞きたいことがあるんだケド……」

( "ゞ)「またか。答えることは吝かではないがいい加減にして欲しいものだな」

|゚ノ ^∀^)「その勝負に関係することだよ。ジョルジョルと話してたことなんだけどね、真剣勝負っていつ始まっていつ終わるものなのかな?」


 「愚問である」と彼は言って続けた。


( "ゞ)「決闘や果し合いではないただの真剣勝負、殺し合いには明確な開始も終了もない。この『空想空間』の戦いとて同じでないはずがない」

|゚ノ ^∀^)「……そっか」


 安心したよ、と。
 微笑んでレモナは呟いた。

 間髪置かず握っていた黒いボールを唸りを上げるような速さで投擲した。

699 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:51:05 ID:PX7AxEIg0
【―― 16 ――】


 人間は事象そのものを観測することはできず、少なからず頭で対象を歪めながら認知している。
 バイアスという意味でもそうであるし純粋に脳の構造の話でもある。

 一流のボクサーに交通事故死する人間が多い理由は、零コンマ何秒の拳の応酬を幾度となく経験する内に速いものを速いと感じられなくなるからだとも言われる。
 脳が速度に対応してしまい、本来「速いと感じられていた速度」を以前のようには認識しなくなる。
 その結果、スピードを出し過ぎ事故が起こるのである。

 百六十キロの剛速球を投げることのできる野球選手でも速球ばかりでは打ち込まれる。
 相手選手も段々と目が慣れていくのだから。


ノハ;う-)「ったたた……」


 ジャージの埃を払いながら立ち上がる。
 ボールをぶつけられ地に伏していたヒートは、レモナがあの『チョウダン』と呼ばれていた黒いスーパーボールを避けられた理由をそう推測した。

 一発目の攻撃はレモナの髪を掠めるだけのものだったが、その一球で彼女は時速二百キロという速度に慣れた。
 元より鋭かった動体視力を「時速二百キロ」に合わせることができた、という方が正確だろうか。
 ああいう速さで、ああいう跳ね返り方をする……そういった諸々の情報を得ていたが為にレモナは二発目以降の攻撃を簡単に避けることができたのだ。

700 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:52:06 ID:PX7AxEIg0

 そして今現在レモナが行ったことはその真逆――相手の目を慣れさせない作戦だった。

 実質的な速度は二百キロに遠く及ばないが、不意打ちで、かつ目線に合わせた弾道にすることで体感速度は増す。
 振り被るモーションのラグをマイナスしても容易く避けられるものではない。

 いや、両者の距離が五メートルから十メートルない程度離れている以上、回避自体は容易い。
 ただスウェーで避けることができない真っ直ぐな軌道の投擲から逃れようとすれば、左右どちらかに体勢は崩れることとなる。
 その隙こそが狙いだった。

 が。



( "ゞ)「ッ―――!!」



 関ヶ原は避けることをしなかった。
 避ける必要がなかった。

 ボールが放たれるや否や、左手に携えていた――帯刀していたステンレス製の物干し竿を横一閃。
 右足を踏み込みながら右腕一本の抜刀斬りで、

 斬り落とした。

701 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:53:06 ID:PX7AxEIg0

ノハ;゚听)「(なっ……! ボールを斬り落とすとか漫画かっ――っていうか、ただの物干し竿で、なんで……っ!!)」


 目を見張ったヒートだったが見開いた目は事実認識に役立った。

 変わっていた。
 長さ七十センチほどのステンレス製の物干し竿だったものが――二尺の抜き身の刀へと。
 「物体の武器への変換」というそれが関ヶ原の能力だった。

 しかし驚きはそれだけでは終わらない。


|゚ノ* ∀)「――なるほどね、」


 関ヶ原の一閃の瞬間、その時既にレモナは六メートル以上の間合いを一メートル以下に縮めることに成功していた。
 そも投擲は相手の視線を逸らす為のフェイクでしかなかったのだ。

 返す刀の横薙ぎをレモナは上半身を完全に倒したスウェーバックでかわす。
 更に迫り来る剣戟を大きく転がりながら避け足払い。
 バックステップで逃れた関ヶ原に対し、更に距離を詰め追撃を行う。

 剣戟と拳撃の交錯、刀と拳の応酬。
 距離を図り位置関係を変え二度三度と激突する―――。

702 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:54:07 ID:PX7AxEIg0

 「剣道三倍段」という言葉がある。
 殺し合いにおいてはリーチの差が露骨に出てしまうので、真剣を持った剣術家に徒手空拳の人間が勝つには三倍以上の力量が必要だという話だ。
 刀剣や弓などといった旧時代の武器が廃れた(「旧時代の武器」となった)理由も同じ。
 リーチに長け、殺傷力が高く、更に扱いが用意である銃火器の登場が衰退の要因となった。

 そして。
 大きく間合いが離れた際の小休止では、目を見張るどころか目を疑う光景が展開されていた。


|゚ノ*^∀^)「得物が長巻き直しであるのを見るに、専門は剣術じゃなくて槍術や薙刀術なのかな? とりあえず、それが一番得意ーってわけじゃないよね?」

(;"ゞ)「…………ふん」


 両者無傷――だが、差は歴然だった。
 嗤っていたのだ。
 額に汗を滲ませた関ヶ原に対し、レモナは心底愉しそうに微笑んでいた。

 「相手よりも三倍強い」と言われても納得できそうなほどの、絶大な強さ―――。


|゚ノ*^∀^)「流派の復興……主流となることが願い。なら最も得意な武器で勝負するべきじゃないかな?」

(;"ゞ)「道中、少し手違いがあってな……。このような脇差紛いのものしか手元に残らなかった」

703 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:55:07 ID:PX7AxEIg0

 相対する関ヶ原とて、練度が足りていないわけではないのだろう。
 ヒートの所属する『COUP(クー)』にも剣士がいるが、その仲間と比べても遜色ないどころか素人目でも太刀筋や体重移動は優っているように感じられた。

 だから。


ノハ;゚听)「(あの髭の人が弱いわけじゃなく――生徒会長が戦い慣れ過ぎているんだ)」


 それは殺し合いに秀で過ぎている、とも言えるだろう。
 武道というものは精神修養や武術の鍛錬として生み出されたものがほとんどで、公平と公正を期する為に試合場は厳密に定められている。
 また武術でも同じく型稽古も実践稽古も厳正な指導の元で行われる。

 だが本来的に殺し合いというものはルールもモラルもない闘争なのである。
 そう――たとえば。


( "ゞ)「(強者と戦うことがこれほど難しいとは思わなんだな。状況を利用してくる相手との戦いが)」


 それは左右にある壁の存在であったり。
 あるいは移動の最中、レモナが再び回収したスーパーボールであったり。
 そういう障害物の存在こそが殺し合いの「らしさ」なのだろう。

704 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:56:06 ID:PX7AxEIg0

 理不尽で、不条理で、何を以て始まりなのか、何処を終わりとするのか、全てが不明なのが殺し合いだ。
 思えば天使が直前にした問いはそういうことだったのだろう。

 「決闘をするのか殺し合いをするのか、どうするの?」――その問い掛けで、関ヶ原は不得手な選択肢を選んでしまった。


|゚ノ*^∀^)「ここでは死んだとしても脱落にはならない……ケド、それは敵を殺さない理由にはならない」


 天使は残酷に笑う。
 嗤い。
 哂う。

 愚かな挑戦者を嘲笑するかのように笑い、一笑に付すかのように笑う。
 笑い――笑う。



|゚ノ*^∀^)「今の君は全力じゃないから今の君には誇りがない。だから誇りの代わりに命を貰う。君は死ぬ。僕が殺す」



 少女の背から生えた白虹の如き色合いの三対の翼――本物の『天使』の姿を、関ヶ原は見た気がした。
 その幻覚の名は戦慄であり、回想であり、恐怖だった。

705 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:57:10 ID:PX7AxEIg0
【―― 17 ――】


 「理不尽で不条理なのが殺し合いだ」。

 『天使』こと高天ヶ原檸檬は暗にそう語ったし、またそれは真実だったのだろうけれど、彼女は天上の存在として些か世俗に塗れ過ぎていた。
 世俗に塗れ、世界を知らな過ぎた。


 後ろから撃たれることも。
 決着を付けることのないまま終わる因縁も。
 訳の分からない内に訪れる死も。
 空想の世界のそれと違って、現実の世界の殺し合いでは当たり前に存在する。 

 無駄口を叩いている間に攻撃されるのが現実だ。
 宿敵の妹とは知り合えないし、余程の馬鹿者でなければ瀕死の敵にトドメを刺し損なうことなどない。
 死亡フラグはなくとも人は死ぬのだ。

 そういったサブカルチャーの戦いとの違いを、レモナは失念していた。

 
 ……斯くして彼女の戦いは理不尽で不条理で消化不良な結末を迎えることとなる。
 悔いの残る、現実的なお開きと相成った。

706 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:58:08 ID:PX7AxEIg0

 その戦闘終了の合図は――青年の声の形を取っていた。




「――――『残す杙(ファウル・ルール)』!!」




 レモナが疾走を始めた直後。
 関ヶ原が刀を構え直す直前。
 二人が激突しようとした刹那だった。

 奇妙な、何かを砕いたかのような甲高い音と同時に――両者が弾け飛んだ。
 いや厳密には関ヶ原の長巻き直しの刀身が爆ぜ砕け、事前に察知していたレモナは方向転換し受け身を取りその何か――胸の高さを波打ち駆け抜けた青い閃光から逃れた。


|゚ノ*^∀^)「……へぇ」


 体勢を崩すことさえなかった天使。
 声のした方、音が響いてきた方向に目をやると面白い物を見つけた。

707 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 00:59:06 ID:PX7AxEIg0

「……ここで何か気の利いた台詞を言えれば僕も役者なんだろうけど、出てこないね」


 そこにあったのは、槌。
 戦いに割り込んだ第三者の身の丈ほどもあろうかという、青灰色の金属で構成された巨大な戦鎚だった。


ノハ;゚听)「クイさん……」

イク*'ー')ミ「勝手に遠くへ行かないでよね。僕の力だと、この武装、運ぶだけでも大変なんだから」


 そして青年はヒートの隣に立っていた。

 彼女よりも少し高い身長とランニング用らしき紺色のジャージ姿。
 片耳には小型のインカムらしきものを装着している。
 短めの髪は紺色に近い黒で、隣の赤髪の少女とは対照的だ。
 睫毛が長く柔らかな顔立ちはヒートよりも女性的と言え、見たことがあるような、けれど決定的に見覚えがない奇妙な印象をレモナは抱いた。

 彼はくいな橋杙。
 ヒートの言う「先輩」であり『COUP(クー)』の一員である。


|゚ノ ^∀^)「話に聞く先輩……かな? 現代アートみたいな面白い形状のハンマーを持っているその人は」

708 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:00:04 ID:PX7AxEIg0

 レモナの呟きに、仲間と再会できて嬉しいのか何故かヒートが元気良く話し出した。


ノハ*゚听)「よしっ! よくぞ訊いてくれたな!説明しよう!!」

イク*'ー')ミ「誰も訊いてないし説明は求めてないよ」

ノハ*--)「クイさんの能力は『残す杙(ファウル・ルール)』という! 空間に杭を打ち込むことで、その杭を支点とした三百六十度に光線を放って……」

イク;'ー')ミ「僕の話も聞いてない……じゃなくて、僕の能力を勝手にバラすのは止めてくれるかな?」

( "ゞ)「――使用者が『武器と認識したもの』が光に触れた場合、それを無条件で破壊する、という能力だ」

ノハ*゚ー゚)「その通りだッ!!」

イク;-ー-)ミ「全部バレちゃったよ……もう」


 コミカルなやり取りにやれやれと言った風にクイは頭を振るが、その能力は凄まじいものだった。

 端的に言えば強制的な武装解除だ。
 どのような武器であろうとも波打つ青い光に当たった瞬間、武器としての用を為さなくなるまでに崩壊する。
 これ以上ないほどの抑止力。
 問答無用で敵を丸腰にするその能力は、素手の力ではほとんど負けることがないヒートの能力と確かに相性が良い。

709 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:01:06 ID:PX7AxEIg0

 相手に、自らの定めたルールの中で戦うように強いる能力。
 まさに「反則的な規則」だった。


|゚ノ ^∀^)「(……すると、彼の本来の得物を奪ったのはあの子なのかな?)」


 彼、関ヶ原衝風。
 先の長巻き直しの例と同様に元々の武器は砕かれてしまったのだろう。

 「物体の武器への変換」という彼の能力に対し、「武器と認識した物の解体」というクイの能力は鬼門だ。
 両者の能力に制限があるのかどうかは分からないが、仮に無制限と過程した場合、圧倒的に後者の超能力が勝るだろう。
 どれほど刀剣を生み出そうとも、その度に破壊されることになるのだから。

 ただ徒手空拳で戦うレモナにとってはさしたる脅威にもならない――それともその「武器と認識した物」には肉体も含まれるのだろうか?


|゚ノ ^∀^)「まぁ、いいや」


 そんなことを考えていた天使はもう一度、「どうでもいいや」と呟く。
 それは自身に言い聞かせるかのような口振りだった。

710 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:02:08 ID:PX7AxEIg0

|゚ノ ^∀^)「何をしに出てきたのかは知らないケド、君が僕の戦いを邪魔したことは事実だから」


 そうして彼女はクイに相対する。
 感情の伺えない、極めて珍しい表情を浮かべて。


イク*'ー')ミ「だから……どうする?」

|゚ノ ^∀^)「戦いを邪魔されるってことは、僕が一番嫌いなことだ。僕の戦いを妨害するってことは僕に対しての宣戦布告だと考える」

イク*'ー')ミ「戦う、ってこと?」

|゚ノ ^∀^)「殺すってことだよ」


 こんなにも軽く「殺す」という言葉を使う人間をクイは初めて見た。
 自分達のリーダーも相当破綻した人物だと考えているが、目の前の存在はそれ以上だと。

 脅しや粋がりなどではない、死のイメージ。
 向けられる塊のような殺意にゾッとし、そこに大した敵意や憎悪がないことに更に恐怖した。
 きっと『天使』にとっては殺意と好意はさしたる違いもないのだろう。
 それは人間風情には理解できない価値観なのだろうが、クイはなんとなくそう思った。

711 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:03:09 ID:PX7AxEIg0

 その思惟の――――瞬間、眼前の天使の姿が消えていた。


ノハ; )「クイさん下がっ――がっ……!!」


 クイを守るように前に出た少女の頭から血が流れた。
 ものの数秒で距離を詰めた天使が彼女の頭を掴み力任せに壁に叩き付けた結果だった。
 身体が崩れ落ちた。
 赤いジャージが更に赤く染まる。

 そして。



|゚ノ* ∀)



 現れた天使が嗤いながら振るった拳がクイの顔面に激突し鼻骨を砕いた瞬間と。
 『エクストラステージ』の勝者が決定し、転送されていた全ての参加者達が『空想空間』へと戻された瞬間、どちらが早かったのかはもう分からない。

 ただ覚えているのは全身に刻み込まれた壮絶な恐怖のみだ。

712 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:04:04 ID:PX7AxEIg0
【―― 18 ――】


 昨日の『空想空間』では惜しかったなあ、などと思いながら淳高生徒会長『一人生徒会(ワンマン・バンド)』高天ヶ原檸檬は歩いていた。
 言うまでもないが、惜しかったとは殺し損なったということだ。

 まあしかし、達成できなくて良かったとも言える。
 あのつい数分前に檸檬はヒートと「今日は君を倒さない」と約束していた。
 状況が変わったからと不必要に前言を撤回することは良くないだろう。
 戦わなくて良い相手だったのだから。

 ちなみに檸檬がヒートを見逃したのは気紛れではなく、彼女を足掛かりとして『COUP(クー)』の他のメンバーを知ることができるかもしれないという打算的な考えがあってのことだった。
 結果としてはメンバーに加えてその能力まで知れて思惑通りと言ったところだ。


「真に厄介なのは強力な敵じゃなく無能な味方ってことかな?」


 呟き、でも――個人的には深草火兎のことは嫌いではなかったと思った。

 ああいう馬鹿な人間は好きだった。
 きっとそれは自分も馬鹿だからだろう。
 思えばジョルジュが偽ミセリに対し感じていた感情はこういうものだったのかもしれないとレモナは考えた。
 そこはかとない親近感。

713 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:05:09 ID:PX7AxEIg0

 檸檬は気に入った存在だからと言って手を抜いたり、況してや苦手としたりはしない。
 普通に戦って殺すので『COUP(クー)』の人間達の作戦通りにはならないが、けれど感じることもある。

 表には出さないだけで。


「でも昨日のはそこそこ楽しかったから、次のエキストラステージ――『エクストラステージ』はちゃんと参加しようかな」


 独り言ち、彼女は広い校内の片隅を歩いて行く。
 本物の水無月ミセリと会った喫茶食堂を出、渡り廊下を進み、段々と人目のない場所へと向かう。


 尾行していた襲撃者が攻撃に移ったのは校舎裏だった。

 落ちていた鉄パイプを手にし振り被る。
 そうして生徒会長がこちらを振り返ったのも構わずに凶器を振り落ろす――が。

 その鉄パイプは、何故か五センチも動かなかった。


「今の君、とっても面白い格好してるよ?」

「な……っ!!」

714 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:06:06 ID:PX7AxEIg0

 襲撃者は咄嗟に手を放し身を捩り状況を確認した。
 凶器が微動だにしなかった理由、それは振り上げたその先端部分を掴まれていたから。

 ――背後に立っていた黒髪の少年によって。


「襲われる美少女を助けるっていうのは夢見る少年の夢ではありますが、すみません、どうせなら助ける美少女はか弱い美少女が良いですね」


 百八十センチはあろうかという長身の、アンニュイな雰囲気の少年が掴み取った鉄パイプを投げた。
 視線を逸らしたままで彼――山科狂華は続ける。


「で、生徒会長。すみません、後頭部を鉄パイプで強打されるような心当たりはありますか?」

「鉄パイプで強打程度の心当たりはないかなぁ」

「じゃあ俺がつい癖で背後に立ってしまっていたこの少女は手を滑らせたんですかね?」

「つい癖で女の子の背後に立ってるといつか通報されるよ?」

「すみません」

715 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:07:06 ID:PX7AxEIg0

 適当な調子で謝りながらも、狂華は怯える襲撃者の少女に注意を払い続けていた。
 目線こそ合わせないがそんなことは関係がない。
 常日頃から何からも目を逸らしている彼にとっては目を向けないまま注意を向けることなど容易い。

 狂華は言った。


「通報と言えばこの子はどうしますか? 『閣下(サーヴァント)』なら確実に警察沙汰にしているところでしょうが」

「シュラちゃんは法治主義だからねぇ♪ 僕は徳治主義だから」

「すみません、生徒会長の治世は徳治主義ではなく個人主義でしょう。まあ自分を襲ってきた人間を許すという点ではそうでしょうがね」


 小さな罪を厳格に裁かれると尚更反社会的な人間になってしまう――というような話だろう。
 彼女がそこまで考えているかは不明だが。

 そして、生徒会長は背後から自分を襲おうとした少女に告げる。


「今から僕が言うことに頷いて」

「え……?」

716 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:08:09 ID:PX7AxEIg0

 一息置いて、言う。


「君は手を滑らせただけ。たまたま落ちていた鉄パイプを拾って、それを持ち上げてみたら、手が滑っただけ」


 少女がぎこちなく頷いたことを確認すると、檸檬は笑った。
 それは決して和やかな微笑みではない――ゾッとするような嘲笑。


「手を滑らせたのなら仕方ないよね。だから今日はもう行っていいよ。でも――次はないから」


 逃げるように立ち去る下級生の少女を二人は見送った。

 温情ある判決というには酷過ぎる言葉。
 「次は殺す」と。
 ……高天ヶ原檸檬は遠回しにそう言ったのだから。


「ところで狂華ちゃん、君はどぉしてこんなところに来ているのかな?」

「別に――ただちょっとストーキングしたくなっただけですよ、すみません。本当は本を返して貰おうとしてたんですがね」

717 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:09:07 ID:PX7AxEIg0

 目を合わせないまま彼は続けた。
 「妙な雰囲気の奴が会長を尾行していたので、俺も尾行したくなっただけです」なんて。


「しかし意外ですね。鉄パイプで後頭部を殴打と言えば不良男子がやりそうなものですが」

「そういう狙いだったんじゃないかな? 『女子生徒がこんなことをするわけがない』って思わせるのが目的の」

「あの子がそんなに頭が回るとは思えないですが、すみません」


 そう。
 色々と不自然な部分がある犯行だった。
 凶器が落ちていた物ということも、あの女子生徒が素手であったことも、何もかも。

 彼女が誰かに指示されて犯行に及んだと考えればある程度は納得できるが、その場合でも凶器の謎は残る。
 普通、計画的な犯行ならば凶器は事前に用意するものだろう。


「(あるいは『凶器が落ちている場所』に僕を誘導した……うーん、僕が行きそうな場所に凶器を配置していた、かな?)」


 どちらにせよゾッとする。
 いやさ――ゾッとしない真実だ。

718 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:10:06 ID:PX7AxEIg0

 天使の思考を読み切れる存在がいることもそうであるし。
 何より、それほど計算高い人間ならば襲撃が失敗するなどということは予測できたはずで――その場合。


「(失敗することを前提として、僕がどういう行動をするかをデータとして手に入れることが目的だった……かな?)」


 おそらく今回のことは『空想空間』に関連したことであろう。
 夢の中の異世界だけで行われるはずのバトルロイヤルが着々と現実に影響を及ぼし始めている。

 ――何か、厄介な敵が何処かにいる。
 天使はそんな風に感じた。
 事実上の風紀委員会副委員長である鞍馬兼よりも危険な相手が、いる。

 そして、それは――もしかすると。


「ねぇ狂華ちゃん」

「なんですか」

「君……最近殺し合いしてる?」

719 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:11:09 ID:PX7AxEIg0

 あるいは既に檸檬が知っている人物かもしれないと―――。


「そうですねぇ……。生徒会長達はどうですか?」

「僕達? バリバリかなあ。昨日は色々と消化不良な感じだったケド……」

「そうですか。なら、案外皆バリバリなのかもしれません」


 表では笑い合いながら裏では殺し合う。
 そんな歪な人間関係が今の淳高では当たり前になりつつある。

 今話している相手が敵なのか味方なのか。
 それさえも曖昧な日常。
 恐ろしいと思いながらも普通の人間にとってはそれが普通なのかもしれないと檸檬は考えた。

 誰も信用ならないのが『学校』なのかもしれないと。


「でも俺は、たとえば普段は友達面しながら本人がいない所では平気で悪口を言うような、そんな人間関係は嫌だなーと思いますがね」

「んー? そうだね、そうかもね」

720 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:12:05 ID:PX7AxEIg0

 意外とまともなことを言った狂華に檸檬は同意し、笑った。
 それはあの凄惨な酷く美しい嘲笑ではなく、友達に見せるなんてことはない微笑みだった。


「そう言えば生徒会長、俺の貸した本はどうでした?」

「役立ったよ」

「……役立ったんですか? すみません、面白かったとかではなくですか?」

「面白いことをするのに役立ったよ。ありがとう」

「それは重畳」


 雑談をしながら高天ヶ原檸檬と山科狂華は歩いて行く。
 今日の夜になれば殺し合いをするのかもしれない間柄だが、それでも今は、そうではない。


「それにしても……誰かがクーデターを起こそうとしてるのかな? 今の生徒会長は納得いかないー、って」

「楯突く相手がいることは否定しませんが」

「君がそうである可能性は?」

721 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:13:21 ID:PX7AxEIg0

「俺が生徒会長と敵対する可能性ですか? ……約束できますよ」

「そっか」


 難問には挑戦せずにはいられない山科狂華と全ての障害物を自分の為と考える高天ヶ原檸檬。
 深草火兎が檸檬と似た存在であったのと同じように、狂華もまた、本質的なところで檸檬とよく似た存在だった。

 ジョルジョルの言ってたことも分かるなあと天使は再び思った。
 これは、そういうことなのだろう。
 言葉を交わさずとも分かる――敵意に似た好意は。

 戦う存在同士でこそ分かる感情は。


「戦うことになるのなら、やりがいのある勝負になるといいね」

「生徒会長以上に殺り甲斐のある相手はいないですよ、俺達戦う人間にとってはね」






【―――Episode-6 END. 】

722 名前:第六話投下中。 投稿日:2012/07/29(日) 01:14:10 ID:PX7AxEIg0
【―― 0 ――】



 《 challenge 》
  
 @(やりがいのある)課題、難問

 Aやりがい、覚悟

 B(…しようという)挑戦

 ――動・他
 C[SVO](人が)(陳述など)に対して(その妥当性を)問題にする、…に異議を唱える、楯突く

 D[SVOM](人)に(試合などを)挑む、(人・能力などを)試す

 E[軍事用語で]…を誰何する、名を問いただす





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