|゚ノ ^∀^)天使と悪魔と人間と、のようです
836 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:01:08 ID:1zSbFitw0

・登場人物紹介

【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他


|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。
空想空間での能力はなし。願いもなし。

j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。
空想空間での能力は『ダウンロード(仮称)』。

  _
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。

837 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:02:07 ID:1zSbFitw0

【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。

(  ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。


【COUP(クー)】
ナビゲーターであるジョン・ドゥが招致した人間達が作ったチーム。
五人構成らしい。

ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
保有能力は『ハンドレッドパワー』。

イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。
保有能力は『残す杙(ファウル・ルール)』。

838 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:03:06 ID:1zSbFitw0

【その他参加者】
それ以外の参加者。

リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』。
願いは特になく、知的好奇心から戦いに参加している。

( "ゞ)
関ヶ原衝風。所属不明。
保有能力は「物体を武器に変換する」というもの。
願いは自身の流派の復興。

( ^ω^)
ブーン。所属不明。
保有能力は『恒久の氷結(エターナル・フォース・ブリザード)』。

川 ゚ 々゚)
クルウ(山科狂華)。一年文系進学科十一組所属。二つ名は『厨二病(バーサーカー)』『レフト・フィールド』。
保有能力は『アンリミテッド・アンデッド』。

839 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:04:06 ID:1zSbFitw0

【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。

(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。

( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。

i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。
  _、_
( ,_ノ` )
ジョン・ドゥ。トレンチコートの壮年。

/ ,' 3
N氏。車椅子に乗ったイタリア系の顔立ちの老人。

ヽiリ,,-ー-ノi
佐藤。ワンピースの女性。自称「恋するウサギちゃん」。

( ´∀`)
トーマス・リー。ホンコンシャツの小太りの男。

|::━◎┥
匿名希望。パワードスーツを着ている。あるいはロボット。

840 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:05:09 ID:1zSbFitw0


※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。


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841 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:06:09 ID:1zSbFitw0




――― 第七話『 fight ――鳥羽通は恋をする―― 』





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842 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:07:05 ID:1zSbFitw0
【―― 0 ――】



 人間は、自分で努力して得た結果の分だけ幸福になる

 ただしその為には何が自分の幸福な生活の為に必要なのか知る必要がある


 私には何が必要?

 勇気?

 良心?

 それとも愛情?


 私の幸福にあなたが必要だとして、あなたは私と一緒に生きてくれますか?



.

843 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:08:05 ID:1zSbFitw0
【―― 1 ――】


 少女は恋をしていた。

 恋をするなんて馬鹿らしい。
 それが中学時代から変わらない彼女のスタイルだったのに。


 中学生になって、周囲の友達が恋に恋する思春期を迎えても、その少女は異性に好意どころか興味さえ持たなかった。

 勝気で活発だったので「仲の良い遊び相手」という意味では一部の男子生徒を好んでいたが、色恋沙汰に関係するような、そういった興味はまるでなかった。
 できれば一生こんな風に男女の垣根に囚われず遊んでいたい。
 伸びない身長と第二次性徴で女らしくなる体型を疎ましく思いながら彼女は大真面目にそう思っていた。

 少女は小顔で目鼻立ちもハッキリしており女性では珍しいハキハキした性格だった。
 その為、恋愛に関して酷く鈍感な彼女は気付いていなかったが、実は普段よく一緒に遊ぶ男友達数人からは好意を持たれていた。

 ただその数人は少女の友人として空気を読み、告白どころか好意を示すことさえしなかった。
 ギクシャクしてしまうのを恐れたのも動機の一つだが、恋愛関係に発展させようとしなかった最たる理由は少女を困らせてしまうと考えたからだった。
 少女を女として見る前に、友人として大切にできる良い同級生ばかりだったのだ。
 当然、そんな気遣いを鈍感な彼女が知ることはなかった。

 ドラマの同窓会の場面で「君って実は人気だったんだよ」「マジで?」というような会話を見る度に、そんなわけあるか気付けよ、と思っていた少女だが他ならぬ彼女も相当疎かった。
 鈍感な彼女の場合、同窓会の席で直接言われても冗談だと笑って気付かない恐れがありタチが悪い。

844 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:09:10 ID:1zSbFitw0

 兎にも角にも、少女は結局、一度も恋愛事に触れないままに中学校を卒業した。

 当たり前な話だが、中学生の頃に内向的だった人間が高校生になったら無条件で外向的になれるということはない。
 そういう人間はキッカケがなければずっと大人しいままだろう。
 同じように少女は高校に入学しても相変わらず異性に興味はなかった。
 それもまた、当たり前である。

 これは少しヤバいのではないかと思った少女の女友達数人は、ある日嫌がる彼女を引き摺り、相談に向かった。
 何を血迷ったのか当時二年生ながら事実上の風紀委員会委員長を務めていたハルトシュラー=ハニャーンの元へとだ。


『……なるほど、そうか。用件を把握したのが私だ』


 教師に話すには気が引け、男子生徒に言うのは憚られる内容。
 必然的に相談相手の候補は同性になり、少女を笑ったりはせず真摯に向き合ってくれるような人間。
 そんな風な過程を経て決定したのがハルトシュラーだった。

 候補は他にもあっただろうが、風紀委員長に決まった理由は少女の友人の一人が風紀委員会だったことが大きいだろう。
 同じ委員会の後輩の相談とあってか完全に専門外ながらもハルトシュラーは真摯に対応した。


『誰かに恋をしたことがない貴様は誰かに恋をしてみたいか?』

845 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:10:08 ID:1zSbFitw0

『いえ、別に。恋をするなんて馬鹿らしいし』

『そうか。だが「馬鹿らしい」とは感心しないのが私だ。貴様の両親は恋愛結婚ではなかったのか?』

『それは……。すみません、発言が不適切でした』


 恋をした人間を軽んじる発言を少女は素直に詫びた。
 自分でも薄々分かっていたのだ。
 「恋をするなんて馬鹿らしい」は強がりで、本当は「自分だけ恋ができないのは腹が立つ」が正しいことに。

 少女の態度を快く思ったハルトシュラーは言った。


『恋愛は良いものだが、強制されるべきものではないと考えるのが私だ。法律でも結婚は義務化されていない。ただの権利だ』


 現代社会の恋愛は何よりも自由であることが重要だ。
 同性結婚を認めていない国でも、同性に好意を抱くことは思想の自由により認められる。
 どんな思想でも内心に留まる限りは自由なのだ。


『故に私は恋愛を強制されることは良くないと考え、加えて恋愛を義務とすることも悪いと考える』

846 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:11:07 ID:1zSbFitw0

 要するに言葉は難しいが「気にしなくても良い」と銀髪の悪魔は言ったのである。
 本人も、その周囲の人間もどちらもだ。


『貴様は無性愛者という単語を知っているか? 恒常的に恋愛感情と性的欲求を抱かない人間のことだ。そういう人間は多く存在する』


 そして最後にハルトシュラーはこう付け加えた。


『私も似たようなものだ。恋愛を一度もしなかった女は度々見つかる――ラ・ロシュフーコーの言葉だな。気にする必要はないと考えるのが私だ』


 結果だけを見れば友人達の思惑は外れたことになる。
 逆に自分達が説得され、少女は恋愛をしない大義名分を得、状況は悪化した。

 しかしながら恋愛をしないことによる周囲の不都合はほとんど存在しないので本人が納得すればそれはそれで良いのだ。
 少女は自分だけが恋愛をできないことに腹を立てていたものの、それは仲間外れになったようで嫌だっただけで恋愛そのものに対する感情ではない。
 恋をしたいかと問われれば、やはり「別に、特には」と答えるだろう。
 本人に興味がないのだから対処する必要はないだろうというのがハルトシュラーの考えだった。

 加えて。
 ハルトシュラーが対策を取らなかったのは彼女が立てた予測も関係していた。
 恋ができる人間ならば好む好まないに関わらずいつか恋をする機会があるだろう、と。

847 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:12:09 ID:1zSbFitw0

 そんな風に日々は過ぎて行き少女は高校二年生になった。
 流石は特別進学科十三組の悪魔と言うべきか、ハルトシュラーの推測は見事に的中した。
 キッカケがなければ人は変わらないがキッカケがあれば人は変わる。

 少女は今まさに恋をしていた。


「はあ……」

「どうしたんだよ、溜息なんて吐いて。お前らしくもない。まるで恋する乙女みたいだわ」


 二年生五組の教室。
 窓側の一番後ろの席に座っていた少女に話しかけたのは斜め前の席の男子生徒だ。


「うっさいなあ。私は恋したことないって前に言わなかったっけ?」

「その時にも言ったと思うが……もう一度言うわ。恋っていうのはするもんじゃなく落ちるもんだぜ?」

「じゃあアタシもその時の台詞をもう一度言ってあげるよ。気持ち悪っ、ちょっと鏡見て発言の内容考え直したら?」


 ややもすると険悪にも見える会話だが、本当に悪意があるわけではなく軽口を叩き合っているに過ぎない。
 いつも通りの風景だ。

848 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:13:08 ID:1zSbFitw0

 ビビり染めのその生徒に対し少女はツッコミの体で頻繁に暴力を振るうが、同じ以上に男子生徒の方はセクハラを敢行しているのでお相子だった。
 今までで一番過激だったものは廊下での飛び蹴りだろうか。
 その時は胸こそ触られなかったがスカートの中身を見られてしまったので以降は封印していた。

 そう、胸だ。
 必要以上に成長してしまった彼女の胸、コンプレックスでもあるその部位を二三日に一回の頻度でビビり染めの生徒が触ろうとしてくるのだ。
 自分が挑発的なことを言うのも悪いとは思うが腹が立つものは腹が立つ。
 物凄くムカつく。


「次はどうした、眉間に皺寄せて。それはいつも通りだが」

「誰の所為だと思ってるんだよ」

「俺の所為なのか?」

「アンタの所為だよ」


 ほとんど八つ当たりのような原因認定にビビり染めの生徒は驚愕する。
 流石に納得行かなかったのか釈明を始めた。


「おいおい。おかしいだろ、今日はまだ胸揉もうとしてねぇわ」

849 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:14:11 ID:1zSbFitw0

 自らの潔白を主張しているはずなのに「まだ」の一言で全てが台無しになっていた。
 おかしいのは発言そのものだ、まだ胸を触ろうとしていないだけならつまり遠からず行為に及ぶということである。


「まだってどういうことなんだよ。本当に、もーっ!!」


 少女は頭を抱え、伸び気味のショートヘアをわしゃわしゃと掻く。
 次いで机に突っ伏した。

 腹が立つ、本当にムカつく。
 ここ最近少女はこれ以上ないほどに苛立っていた。
 全く本当に腹が立つ。


「どうして……」


 少女は腹を立てていた。
 話し掛けてくる変態的な男子生徒に対してではない

 そんな相手に恋をしてしまった自分にである。

850 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:15:04 ID:1zSbFitw0

 優しい人も格好良い人も他に沢山いたのに。
 弓道部の山科君とか、委員会で良くお世話になる壬生狼先輩とか、家が近所な新宮さんとか。
 性格も容姿も能力も遥かに良い人達を沢山知っていたのに。

 よりにもよってコイツかよ――と。


「なんでだよー……うぅ……」 


 そうは思っても変えようのない事実なのだ。
 彼と一緒にいると楽しくて、二人きりだと少しだけドキドキして、たまには優しくしてあげてもいいかなと思ってしまったりして。
 そして何より――あのゾッとするほど可愛いらしい生徒会長と彼が歩いているのを見た時の感情が。

 胸が張り裂けそうで。
 泣き出しそうになってしまって。

 ――ああ、自分はどうしようもないほど彼に恋をしているんだと気付いてしまった。


 少女、鳥羽通は恋をしていた。
 いや制御しようがない恋心を「落ちる」と表現するのならば、彼女は恋に落ちていた。

 ……なるほど、確かに恋は落ちるものだったらしい。

851 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:16:10 ID:1zSbFitw0
【―― 2 ――】


 時折人に「詩人のような名前だね」と言われるジョルジュは、少し気が向いたのでその詩人が誰か生徒会室のノートパソコンで調べてみた。


「女じゃねぇか!!」


 思わず叫んでいた。

 静路という名前を「ジョージ」と読み、それを更にフランス風に「ジョルジュ」とし、ファーストネームとファミリーネームをひっくり返す。
 すると「ジョルジュ・サンドー」となり確かにある作家の名前のようになるのだが……。

 そのフランス人作家の名前(ジョルジュ・サンド)はペンネームであり、本名は「オーロール・デュパン」。
 もしくは「デュドヴァン男爵夫人」と言う。
 つまり歴とした女性である。


「ここ最近で一番ビックリしたわ!なんなら『空想空間』に初めてログインした時以上にビックリしたわ!!」


 ニッカーボッカーズ的に制服を着崩した、剃り整えた眉が特徴的なビビり染めの男子生徒、参道静路は心底驚き机をバンと叩く。
 振動にコンビニで買ったおにぎりが落ちそうになるが、そんなものを気にする心的余裕はなかった。

852 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:17:20 ID:1zSbFitw0

「なんだ、知らなかったのか。貴様の無知に驚いているのが私だ」


 マックスコーヒーを自販機まで買いに行っていた悪魔はそちらの方に驚いた。
 知らないとは思っていなかったのだ。


「ていうか委員長サン、知ってたなら教えて欲しいわ!」

「何故だ? 貴様が教えて欲しいと言ったのは『参道静路をどう読み替えたら詩人の名前になるのか』だけだったと記憶しているが」


 目も眩むような銀髪をかき上げ、こともなげにハルトシュラー=ハニャーンはそう返す。
 今日も変わらずその横顔は容姿端麗限定の辞書のように整っており、その殲滅な美しさが翳りを見せることはない。
 尋常ならざる色合いをした流動する水銀の如き瞳は化生のようで『悪魔』の二つ名に相応しい。
 彼女が本当に魔物か何かの化身だったとしてもジョルジュは驚くどころか納得するだろうと思っていた。

 正面から見る男装の芸術家の姿はそれ自体が一つの作品にも思えるほどで、ここ数日は毎日顔を合わせているジョルジュでさえも息を飲んだ。
 だが、すぐに我に返ることができた。


「……美人が三日で飽きるってのは嘘だわ。三日で慣れはするが」

「美人かどうかは置いておくとしても、私は飽きが来やすい類の顔立ちらしい」

853 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:18:09 ID:1zSbFitw0

「……委員長サンを飽きるなんて贅沢なことだわ。毎日大トロ食ってたら流石に飽きるだろうけど、それと同じか?」


 そういうことではない、と黄色い缶を開け、コーヒーとは思えないほど甘いコーヒーを一口飲んだ。
 ジョルジュの正面に腰掛け脚を組むとハルトシュラーは続ける。


「ある人物は桜の美しさについて訊ねられた際、『桜はいつだって美しい』と答えたそうだ。素直に感心したのが私だ」


 満開は勿論のこと、散る様も咲く寸前の蕾も葉桜も。
 果ては幹と枝だけになった姿までも。
 そして彼女は他の草花も同じではないかと思う。


「女性を花に比喩することは多いが、ならば全ての女性は皆美しく、いつだって美しいと言えるのだろう」

「なら委員長さんも同じじゃねぇのか?」

「それが違う。私は植物で喩えるならば常緑広葉樹なのだ」


 あ、とジョルジュは声を漏らした。
 つまり。

854 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:19:05 ID:1zSbFitw0

「花の様子を人間の表情とするなら、常緑樹っていう委員長サンはいつだって同じになるのか……」


 即ち。
 美しさの側面をたった一つしか持たないということだ。

 厳密には、ほとんどの常緑広葉樹は葉の寿命が一年強なので二年に一度は確実に変わるのだが、それも人間には分からない。
 「飽きが来やすい類の顔立ち」とは常に同じ風な表情であるということだ。
 どれほど美しくともバリエーションがなく、それは造花やドライフラワーと似た魅力。
 ならば手のかからないそちらを置けば良いのではないだろうか?

 悪魔は「絵画のように美しい」と評されることがあるが、天使がそう褒められることは、まずない。
 ハルトシュラーが言っているのはそういうことだった。


「ほとんど悪口みたいな比喩だわ。一体誰がそんなことを言ったんだ?」

「私の兄だ」

「アンタ、兄貴いたのか……」


 浮世離れした存在過ぎて意識していなかったが、ハルトシュラー=ハニャーンも人間である以上、両親や家族がいるはずである。
 兄がいてもなんら不思議はない。

855 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:20:07 ID:1zSbFitw0

「でもそれって英語にすると褒め言葉になるんだよね」


 生徒会室の扉が開く。
 セミロングの髪を揺らして登場したのは部屋の主である『一人生徒会(ワンマン・バンド)』こと高天ヶ原檸檬だった。

 肩ほどまでの栗色の髪は幼い彼女の容姿によく似合っていた。
 ただ幼いだけではなく美しくもある、天使のような凄惨な魅力はハルトシュラーと同じくいつでも健在だ。
 可愛らしい笑顔に不釣り合いなほどに豊満な双丘は、アンバランスなはずなのに全体で見ると調和した妖しさを醸し出している。
 人間離れした美人なのに決して飽きが来ないのは表情がよく変わるからだろうか。

 やっぱりいつ見ても俺はこっちが好みだわ、とそんなことを思うジョルジュに檸檬は言った。


「ジョルジョル、『あなたは常緑樹みたいだね』って英語にしてみて?」

「まず常緑樹って単語が分からねぇわ」

「『evergreen』と言わせたいのだろう? “私(おまえ)”は」


 常緑樹を直訳するとそうなる。
 だが檸檬が言いたいことはそうではない。

856 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:21:09 ID:1zSbFitw0

 古びているが上質な会長席に腰掛け、彼女は言う。


「evergreenって単語を形容詞として使う場合、当然『常緑樹の』って意味もあるけど、他に『いつでも人気な』『衰えを知らない』って訳し方もできる」


 前者の用法は名作を表現する時に使われることが多く後者は選手を形容する際などに使う。
 日本語で言うならば「不朽」になるだろうか。


「英語だと『君はいつまでも若々しくて素敵だね』って意味にできるんだよ。……で、なんでそんな話してたのかな?」

「ホントだわ。なんで草木の話してんだ俺」


 無表情ながらも呆れてハルトシュラーは答えた。


「貴様が美人の話を出したからだと記憶しているのが私だ。その前は貴様の名前の話をしていた」

「そうだったそうだったわ。……そうだ会長サン、ジョルジュ・サンドって女らしいわ」

「知ってるケド……それがどうかしたの?」

857 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:22:10 ID:1zSbFitw0

 ……どうやら知らなかったのはジョルジュだけらしい。
 こうなってくると俄然やる気が出てくる。
 誰もいいから誰かを驚かせたいと指折り候補を挙げている彼を後目に檸檬は話し出した。


「まあ、ジョルジュは男性名だから勘違いしてたのも無理ないかもね。本人も男装して社交界に出てたって逸話があるらしいし」

「いつの人だか知らねぇが、随分最先端な人だな」

「リストと関係を持っていたのだから今から優に百年以上前の人物だな」


 生まれた年だけで言えば二百年ほど前になる。
 著作の内容も相俟ってジョルジュとは縁がなさそうな作家だ。


「ちなみに、そのリストは誰だ?」

「超絶技巧作った人」

「誰だよ」


 まだ「ラ・カンパネラ」の方が伝わったかもしれない。

858 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:23:07 ID:1zSbFitw0

 ハルトシュラーが端的に「作曲家でピアニストだ」と述べる。
 音楽に親しみのない人間には作曲家としての印象が強いと思われるがピアニストにとっては偉大な先輩という認識になる。
 つまり彼女が尊敬する相手である、ということだ。


「『ピアノの魔術師』とまで謳われた最高のピアニストの一人だ。同時に優れた作曲家でもある」

「委員長サンよりスゲェ人か……想像もつかねぇわ」

「シュラちゃんも大抵の曲は初見で弾けるけど、リストの逸話としてどんな曲でも初見で完璧に弾きこなしたってものがあるからまだまだだね」

「況してや、演奏で人を号泣させることや気絶させることなど私には現時点では不可能だ」

 
 そのレベルまで到達できたならば、ハルトシュラーも音楽史に永遠に残る存在になるだろう。
 それには彼女の多岐に渡る創作の分野をピアノ一本に絞らなければならない。

 尤もピアノのみに絞ったところで大成できるとは限らない。
 だから前提条件としての話だ。
 多くの悪魔は音楽にも通じているが、ハルトシュラーは悪魔的と呼ばれるほどに素晴らしい演奏はできない。
 まだまだ未熟なのだ。

859 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:24:12 ID:1zSbFitw0

 さて。


「息抜きはこれくらいにして今日の作戦会議を始めよー♪」


 昼食及び休憩の時間は終わりだ。
 今日は土曜日、今夜はほとんどの参加者が『空想空間』にログインすることだろう。
 故に今回は生徒会も最大の作戦を実行すると決定していた。

 密度の濃い一週間だった為に忘れていたが、ジョルジュが生徒会にスカウトされたのは今週の水曜日のことである。
 彼の方は長い間檸檬のことを慕っていたので感慨深い気がするものの、天使と悪魔の二人からすると彼が仲間になったのはつい先日だ。
 それでここまで親しい関係になれたのは記憶を賭して戦っているからだろうか。
 ハルトシュラーには今はまだ認められていないが、それだってこれからだと彼は思う。

 そんな風に今までの回想から決意を新たにしたジョルジュの心情を察することなく、上司である檸檬はあっさりと告げた。


「じゃ、今日はジョルジョルが留守番ね。っていうか役目ないから家で寝てても良いよ」

「…………え、マジで?」


 もしかすると友情を感じていたのは彼だけだったのかもしれない。

860 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:25:11 ID:1zSbFitw0
【―― 3 ――】


 夢を利用した異世界である『空想空間』は参加者の意識だけを利用しているので肉体は現実に置かれたままとなる。
 しかも人格部分は別空間に存在しているので覚醒することがない。
 擬似的な植物人間状態になっている、と表現すれば一番理解しやすいだろうか。

 これは身体を傷付けないままにバトルロイヤルが可能という点で中々考え抜かれたシステムだが、一つ決定的な問題があった。
 ログインしている間は現実世界の出来事に全く対応できないのである。


「本当に手段を選ばない人間ならば現実世界で眠っている参加者の脳を破壊すること手段として検討するだろう」


 ハルトシュラーはそう考えた。
 ルールを聞き、すぐさまそんな発想をした彼女にナビゲーターのナナシは戦慄を覚えた。
 ありえない発想だ。
 頭が良い悪いの問題ではなく一線を越えているか踏み留まっているかの問題。

 このような非人道的かつ悪魔的な作戦を実行に移す参加者が実際に存在するのかどうかは置いておくとする。
 が、用心深いハルトシュラーは何か対策を取ることにしている。

 思えば、休学している鞍馬兼もログイン後が同じ姿なのだから現実世界で狙われる確率はかなり高い。
 彼は今行方知れずだが、それは敵となった風紀委員長と顔を合わせるのが気不味いから、ということではなく現実での襲撃を警戒してのことだろう。
 伊達に悪魔の腹心ではないらしい。

861 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:26:11 ID:1zSbFitw0

 他の参加者の中にも気付いている人間はいるだろうが、大抵の生徒が夜にログインしている以上、対策を取る必要性はないと考えるだろう。
 自宅という空間内には家族がいるのだから押し入りはともかく放火くらいならば家族が逃がしてくれるだろうとそう思うからだ。

 あるいは「そんなことをする奴はいない」「姿が変わってるんだから気付かない」と考えているのかもしれない。
 それはそれで、普通の人間らしい楽天的な思考だ。
 ナビゲーター達もそう見ているらしいので無難な落とし所なのだろう。
 現実世界で揉め事が起きるのならば姿を変えられる制度を導入した意味がない。

 さて、それに対し生徒会連合では誰か一人を現実に残し見張りにすることで最低限の予防線としていた。


「……で、今日の夜は僕もシュラちゃんもログインすることにしたの」

「じゃあやっぱ俺が見張りとして必要だろ!」


 この時点でジョルジュは全てを察していたのだが、それでも叫ばずにはいられなかった。
 だがそれを悪魔は非情に切り捨てる。


「私が困る。貴様のことを信用できないのが私だ」

「そこまでハッキリ言うかフツー!?オブラートは何処行った!!?」

862 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:27:10 ID:1zSbFitw0

 つまり、今回の見張りの役目はハルトシュラーが信用できる人間に頼むことになった、ということだった。
 そうするとジョルジュにはいよいよ役割がなく、故に檸檬は「帰って寝てても良い」と言ったのだ。

 このあまりにもストレートで思いやりの欠片もない物言いは流石天使と悪魔だった。


「信用してくれてないのは分かってたが、なら委員長サンが用意する奴と俺とで見張りにすればいいんじゃねぇの?」

「貴様の好きにすれば良いが、恐らく不必要だ。私が推薦する人間は貴様より遥かに優秀であり多くの場合、手助けを必要としない」

「……随分信頼してるみたいだが、ソイツは誰だよ」

「私の兄だ」


 コイツの肉親ならばそれは確かに優秀だろうと納得してしまった。


「いや、でも……。ならじゃあ、俺もログインすればいいんじゃねぇのか。見張りの人がいるんだったら」

「うーん……」

「なんだよ会長サン」

864 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:28:10 ID:1zSbFitw0

 人外の域に在る生徒会長は少しだけ思案する。
 けれど最終的にその形の良い唇で紡がれたのはやはり率直な感想だった。
 冷たい言葉だった。


「別にいいケド……。ジョルジョルだと、死んじゃうかもしれないよ?」


 今回の作戦での戦闘は激しくなると予想される。
 だから。


「…………俺は、足手まといってことか?」

「平たく言うとそうなるかな。僕の個人的な要望もあるけど」

「どういうことだ?」

「負けて得るものよりも失うものの方が大きいから。……僕は、君が死んで僕のこと忘れちゃうのは、嫌だなあって思う」


 戦うのは自由だし、負けることも自由だとは思うけれど。
 それでも戦死したジョルジュが自分との思い出を失ってしまうのは嫌だと。
 まるで甘えるように檸檬は呟く。

865 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:29:06 ID:1zSbFitw0

 甘い声に心が揺らぎそうになる。
 この人の言葉には「もうそれで良いんじゃないか」と思わせる麻薬のような中毒性があるとジョルジュは思う。
 生まれついての支配者が持つ魅力と魔力。
 年上の少女に支配され甘やかされている感覚は快感で、痺れるようにとても心地が良い。

 三日前の彼ならばあっさり陥落し、承諾してしまっていただろう。
 だが相手がどんな美人でも、あるいは天使でも――三日も過ぎれば多少は慣れる。


「……いや、嫌だ」


 ジョルジュは拳を強く握り締め言う。



「足手まといでも俺は行きたい。記憶を賭けてでも俺は戦いたい。何もしてねぇんじゃ……何も成長しねぇわ」



 それはただの子供の我侭のようで。
 だけど一つの決意でもあって。
 初めて自分に強く突っかかってきた彼の姿を檸檬はカッコいいと思った。
 惚れ直したのだ。

866 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:30:06 ID:1zSbFitw0

 あるいは――面白い、と思った。
 愉快という意味でも興味深いという意味でも気に入った。

 なので彼女はゾッとするほど可愛らしい微笑を浮かべ、こう提案した。


「じゃあ、勝負しよっか」

「……勝負?」

「うん。何かの思想があって、それが他の思想とぶつかって……どちらもが同じだけ間違っている時にどちらが正しいのかを決めるのは強さだよ。想いの強さじゃなくて、暴力の強さ」


 人によっては野蛮と感じるであろう彼女の思想、それは『空想空間』での真理をも表す。
 風紀委員会風に言えば「強くなければ正義足り得ない」のである。


「つーことはまた会長サンと勝負するのか」

「それも面白いと思うケド、今度は僕じゃない。シュラちゃんのお兄ちゃんと勝負してもらう」

「……私としたことが不注意だった。聞き逃してしまった。もう一度言ってくれ」

867 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:31:07 ID:1zSbFitw0

 眉間に皺を寄せ訊ねるハルトシュラーにもう一度事も無げに告げる。


「今からジョルジョルにシュラちゃんのお兄ちゃんと勝負してもらうから。ジョルジョルも経験あったはずだし、スパーリングで良いよね?」

「待て、勝手に決定をして欲しくないのが私だ。それならば監視には別の人間を用意しよう」


 運動が得意ではない兄なのだろうかと一瞬ジョルジュは考えるが、すぐに違うと気が付いた。
 彼女の兄ならば恐らく熱くなると手加減できなくなる類の人物なのだろう。
 「戦いに行くか行かないか」を決定する為のスパーで死力を尽くし勝利したとしても、それで消耗し行けなくなってしまえば本末転倒だ。
 相手だって夜には見張りの任があるのだからそこそこに抑えなければならない。

 しかし、何にせよ。
 ハルトシュラー推薦の相手に勝ちさえすれば良いのだ。


「……分かったわ。とりあえずその相手に勝てば、俺も行っても良いんだな?」


 確認を取るように彼は訊く。
 思わず笑みが漏れた。
 久々に回ってきた汚名返上名誉挽回の機会なのだ。
 張り切らずにはいられなかった。

868 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:32:06 ID:1zSbFitw0
【―― 4 ――】


 恋は隕石に似ている、と鳥羽通は思う。

 それは回避の方法がない大災害。
 落ちてしまえば周囲にも甚大な被害を及ぼす。
 周囲の環境を一変させてしまうほどのものなのに、不思議と遠くから見ている分には美しく。
 またそれによって何かが滅ぶこともあれば、同じだけ何かが生まれる可能性もある。

 そこまで思考を進めたところで少女は我に返った。
 「私ってこんな痛いこと、もとい詩人みたいなこと考える奴だったっけ?」と。


「あうあー……」


 小さく唸ってノートが広がる机に突っ伏した。
 ショートヘアというには少し伸び過ぎた前髪が乱れるが気にしない。
 今日は彼と会わないから。
 そんな風に考えてしまってまた自己嫌悪。

 土曜日の学校。
 図書室に勉強に来たはずなのに身が入らないのは昼前に見かけたクラスメイトの所為だ。

869 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:33:09 ID:1zSbFitw0

 次に見かけた時は声をかけようと決めていた。
 例え隣にあの完璧な生徒会長が立っていたとしても臆さずに話しかけるやろうと決意していた。
 けれど今日も無理だった。

 違う女の子と一緒だったからだ。
 思わず隠れてしまった。


「……誰よアレは……。また胸おっきかったし……」


 でも見た感じアタシの方が大きいと一瞬考え、俯いたまま自分の思考に耳まで真っ赤に染める。
 私は一体何をしているんだろうとなんだか無性に恥ずかしくなってしまう。

 今日の彼は、物静かな見た目の姫カットの一年生と一緒だった。
 楽しそうに笑い合っていた。
 今度は悲しくなるどころかイライラした。
 まさか別の女子と一緒にいることがあるなんて思ってもみなかったのだ。

 実はモテるんだろうか?
 確かに顔は悪くない。
 凄く良いわけではないけれど。
 葛藤と逡巡を繰り返すが答えは出ない、話しかけておけば良かったと後悔する。

870 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:34:15 ID:1zSbFitw0

 男子は大人しい子が好きだと聞いたことがある。
 やっぱりあんな優しそうな子の方が好きなんだろうかと少し悲しくなる。


 彼女の場合、態度どころか名前からして女の子らしくなかった。

 フルネームは鳥羽通、「通」は「トオル」と読む。
 母は透き通るという意味の「透」と迷ったらしいがどっちにしてもあまり女の子らしい名前ではない。
 父親は「翼」を推していたらしい。
 やはり男っぽい名前だ。

 家族と昔からの友達は「トール」と呼ぶが、最近の友人からは「つうちゃん」と呼ばれる。
 後者は幾らか女の子らしい響きだが時代劇に出てきそうで複雑だった。


「……でも、」


 意中のビビり染めのクラスメイトは参道静路という名前。
 同じく道に関する文字が入っていて、そんな関連が嬉しくなってしまう。
 だから前よりはこの名前を気に入っていた。

 その静路ことジョルジュは自分のことをなんと呼んでいただろうか。
 考えてみれば、一度も名前で呼ばれたことがない気がする。

871 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:35:14 ID:1zSbFitw0

 常に「アンタ」か「委員長」「クラス委員」という感じだ。
 通の方も似たようなものなので文句は言えまい。

 最初に彼と出逢った時も「おい」とか「お前」とかって言われたんだっけ。
 数ヶ月前の夜を彼女は思い出す。
 通は先輩に酒を飲まされ歩けないほどに泥酔させられ、持ち帰られる寸前だった。

 好きなわけでもなく信頼しているわけでもない相手と出かけるなんて今から考えると軽薄で浅慮だと責められて当然な行動だったと思う。
 恋愛の経験がないが故に異性に対する耐性がなく、対処法を知らなかったのだ。

 その時助けてくれたのがジョルジュだった。


「助けて……もらったのかな?」


 水浸しにされ頬を叩かれ挙句の果てに放置されたことを「助けた」と表現することには議論の余地があるだろうが、けれどそんな厳しい対応が嬉しかった。
 大抵の女子は常に甘やかされていて、だから自分勝手な子が多い。
 そんな風に彼女は考えているからこそ当たり障りのない優しいだけの対応をされなかったのが嬉しかった。

 あの時のジョルジュは何を思っていたのだろう。
 きっと彼は通を助けようとしたわけではなく、ただ単純に怒っていた。
 「ガキかよお前は」と。
 自分の面倒さえもちゃんと見ることができない少女に腹を立てた。

872 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:36:08 ID:1zSbFitw0

 通は「甘やかされる」ということは「対等に見られていない」ということだと認識している。
 そう考えているから、嬉しかった。


「…………くそう」


 動悸が激しくなる。
 頬が朱色に染まる。
 彼との出逢いを回想するといつもこうだった。

 「あの時のアイツはカッコ良かったなあ」と思うが、そうすると同じだけ「なんで今はああなんだろう」と思ってしまう。
 あんなに凛々しかった男の子は再会してみればただのセクハラ高校生だった。

 でもやっぱり好きなのだ。
 格好良い面もそうでない面も良いと感じてしまうのだ。
 多分、それが恋というものだろう。


「……やっぱり探しに行こう」


 呟いて通は立ち上がる。
 まだ帰ってしまっていないことを祈りつつ、まずは崩れた髪型を直す為に女子トイレへと向かった。

873 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:42:23 ID:1zSbFitw0
【―― 5 ――】


 新しいハルトシュラー推薦の人間は一時間もしない内に到着するらしい。
 今し方連絡したばかりなのに二つ返事で承諾しやって来れるとは随分とフットワークが軽く感じるが、とにかくスパーリングも一時間後には始まる。

 ボクシング部に連絡を入れると今日は自主練習だったらしく、快くリングを貸し出してくれた。
 常日頃から時折生徒会長の檸檬が出入りし指導を務めているのが良かったのだろう。
 「指導」という表現から読み取れるように、現ボクシング部には明確に彼女に勝利できる人間は一人もいない。
 部員が弱いのではなく天使が強過ぎるのだった。

 女子を殴るのは気が引ける、などと考えていると半殺しに遭うのが高天ヶ原檸檬とのスパーである。 


「奴に勝つことができれば同行を無条件で許可するが、必ずしも勝つ必要はない」

「どういうことだ?」

「今から来る奴は掛け値なしに強い。『実験(ゲーム)』の参加者の中でも倒せるのはごく少数だろう。あるいは存在しないかもしれないと推測するのが私だ」


 ボクシング部へと向かう道中でハルトシュラーはそう説明した。
 その人物は相当な実力を有しているので、勝負になる時点で同行には十分だ、ということらしい。

874 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:43:43 ID:1zSbFitw0

「……おいおい、能力使っても勝てねぇのか? 信じられねぇわ」


 『空想空間』における戦いは超能力が何よりも重要となる。
 ならば現実でどれほど強かろうが、勝利できる人間はいるだろうとジョルジュは思ったのだ。

 ハルトシュラーはその意見を淡々と否定する。


「超能力があろうと関係がない。奴は強い。信頼しているのが私だ」

「そんなにかぁ?」

「前提としてレモナに並ぶ戦闘力があり、それに加えて有用な超能力があるのならば勝てる程度には弱い」


 それは最早弱いとは言わない。


「……ところで会長サンは? 何処行ったんだ?」

「試験の為の準備だろう。あるいは貴様の為に予め保険医に断りを入れているかだ。迅速な治療が必要になる事態も考えられるのだから」

「ありがたく感じるべきか、信用のなさに怒るべきか悩むところだわ……」

875 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:44:38 ID:1zSbFitw0
【―― 6 ――】


 また別の女の子と一緒だった。
 隠れるどころか思わず逃げ出してしまった。

 彼の隣にいたのがどんな美少女だったとしても通は構わず話しかけるつもりだった。
 神話や宗教に欠片の興味もない彼女からすれば天使も悪魔も似たようなもの、どのような女相手でも気にすることはない。
 ……気にはするが、声はかける。
 その瞬間まではそのつもりだった。

 問題は、豈図らんや、ジョルジュの隣にいたのがよりにもよってハルトシュラー=ハニャーンだったことである。


「…………アイツの女子を判断する材料は胸だけじゃなかったのか……」


 あるいは件の風紀委員長は着痩せするタイプなのかもしれない。
 普段は男装しているが脱ぐとちゃんと女らしい体型だなんて男には堪らないのではないだろうか。

 いや、そういうことではない。


「覚えてるよなぁ、あの『ハルト様』なんて呼ばれるあの人なら……」

876 名前:第七話投下中。:2012/09/23(日) 05:46:54 ID:1zSbFitw0

 丸一年上前の数分の出来事でも間違いなく悪魔は覚えている。
 自分が「私って恋ができないんですよ」なんて相談事を持ちかけていたことは(正確には通が助力を求めたわけではないがそれは些細なことだ)。
 そして会えば「その後はどうだ?」などといらん気遣いをしてくれるだろう、というのが通の予想だ。

 居合わせたジョルジュはなんのことかを問うはずだ。
 「別になんでもな「以前、恋の相談をされたのだ」「マジで!?アンタにもそんな繊細な心があったんだな。で、相手は誰だよ」「いやそれはちょっと……」
 ……もう、目も当てられないような結末になることは目に見えていた。
 目を塞いでも見え見えだった。

 話しかけられるわけがなかった。


「神様は悪戯だ……。あ、そっかこれが神の見えざる手か」


 全然違う。
 どうやら通は神学だけではなく経済学も門外漢らしい。

 図書館に戻り、日当たりの良いお気に入りの席に座って溜息をつく。
 教室での席は手が届くほどに近いのに現在の二人の距離はあまりにも遠い。
 いつもは彼もこちらを向いてくれているが、今はただ、彼女が一方的に見つめているだけだ。
 手は届かず、況してや想いなんて届くはずもない。

 悲しくなった彼女は再び机に突っ伏し、涙を隠すように顔を伏せ――やがて夢の世界へと落ちていく。

881 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:22:26 ID:GGDvTjrA0
【―― X ――】



 ―――「トバ・トオル」 ガ ログイン シマシタ.





.

882 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:23:09 ID:GGDvTjrA0
【―― 7 ――】


 自主練習らしいボクシング部に人はほとんどいなかった。
 責任者として控えている部長、奥の方で黙々と縄跳びを続けている生徒や無表情でサンドバッグを叩く部員、それくらいのものだ。
 実力がないわけではないのだが部員は少なめの部活だった。
 あるいは部員が少ないからこそ練習の密度が濃くなり、実力が得られるのかもしれない。


「貴様にも兄のような存在がいるのだったな」


 ベンチに座っていたハルトシュラーはふと、そんなことを言った。
 ボクシング用のトランクスにシューズと装いを変えたジョルジュは手首のストレッチをしながら応じる。


「はあ、まあ親戚なら。近所に住んでるから本当の兄貴みたいなもんだわ。このグローブとかも兄貴の……って、委員長サンにそのこと言ったか?」

「聞いた覚えがないのが私だ」

「調べたってことか?」

「知っていた、ということだ」

883 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:25:01 ID:GGDvTjrA0

 全生徒の顔と名前を記憶しているのは嘘ではないらしい。
 またジョルジュの兄(親戚)は三年だ、同学年の縁で知ることもあっただろう。

 加えてハルトシュラーは風紀委員長で。
 そして兄はあまり素行がよろしくない類の生徒だ。
 つまりは。


「先日、バイクの無免許運転で盛大に事故を起こしていたのが記憶に新しい。当人も無事、対人事故にもならず幸いだったと感じるのが私だ」

「……やっぱりそれか」


 因果応報と言うべきか。
 その派手にクラッシュしたジョルジュの兄は現在入院中である。


「俺の兄貴は知っての通りの奴だが、委員長サンの兄貴はどんな奴なんだ?」

「一言で言い表すのは難しいと感じるのが私だ。身体的特徴を言うならば私と同じく瞳が銀色だ」


 あの人は片目だけなのだが、と補足説明を加えると、次いでハルトシュラーは「そして銀髪ではなく黒髪だ」と告げた。
 片方だけ銀色のオッドアイで黒髪なんて随分とビジュアル系な兄貴だとジョルジュは思う。

884 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:26:19 ID:GGDvTjrA0

 件の彼の親戚も美形なので何処の兄でもそういうものなのかもしれない。
 弟や妹にとっては兄はいつだって憧れの対象だ。
 兄に勝る弟がいないとは思わないが、身近にいる年上の存在を必要以上に評価してしまうのはよくあることなのだろう。


「能力的な話をするならば、専門家ではないが万能家ではあった。あの人の押入れには学生時代に勝ち取ったトロフィーが大量に収納してある」


 一度トロフィーをピンに見立てボーリングをしようとしていたな、と笑う。


「へぇ。やっぱ委員長サンとよく似てるわ」

「そうかもしれないと考えているのが私……いや、そうだったら良いと願っているのが私だ。尤も、あの人は生徒会長だったが」


 そう語る彼女の顔は、まるで長年恋い焦がれている幼馴染のことを想起しているかのような、そんな信頼の中に愛情を滲ませた微笑だった。

 この数日で幾度か見せた「ただのハルトシュラーという少女の横顔」。
 悪魔でも化物でもなんでもない。
 一人の少女の。

 あるいは、件の兄は悪魔になる前の彼女にとって、大切な。
 悪魔になる以前――ただの少女だったハルトシュラーの頃から関係し続けている相手なのだろう。

885 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:27:02 ID:GGDvTjrA0

 一息吐いて、ジョルジュが訊いた。


「ちなみに新しく推薦した相手はどんな奴なんだ?」

「兄の後輩で私の先輩だ」


 まさかの兄の関係者だった。
 その兄をハルトシュラーとすると鞍馬兼のような関係性の相手だろうか。

 ハルトシュラーは言う。


「現在は地元の役所に嘱託職員として勤める傍らで便利屋を営んでいる」

「便利屋……って、アレか? 家の掃除したりする」

「その便利屋だが彼の場合は少し違う。行政サービスでは行き届かない部分を補っている、というのが正しい」


 町内の老人の話し相手になったり、学校行事の手伝いを行ったり、機能別消防団員や果ては市議会の特別秘書など。
 そういったことをしている人間らしい。
 妙にフットワークが軽かったのもハルトシュラーの要請を便利屋として請け負ったからだろう。

886 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:28:02 ID:GGDvTjrA0

 だが、ただの便利屋ではない。


「名刺上の奴の肩書きは『interdisciplinary-bodyguard』になっている」

「……聞き取れなかったし、聞き取れても何か分からなかったと思うわ。訳すとどうなる?」

「以前聞いた限りでは学際的護衛士と訳していた」

「…………俺の分かりそうな言葉に直してくれ」

「多目的かつ多機能なボディーガードだ」


 学際(interdisciplinary)とは複数の学問領域にまたがった研究を形容する言葉である。
 例を挙げるとシステム工学を応用した経済学である経営システム工学などは学際的(境界領域的)な学問と呼べるのだが、この考え方をボディーガードの業務内容に応用する。


「通常、ボディーガードという職種は護身術と応急処置技能が必要とされているが、それに心的ケアワークをプラスする」

「カウンセリングもやるってことか」

「更に名誉保護の為の法学的知識、権利擁護の為の交渉術などを加えていく」

887 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:29:02 ID:GGDvTjrA0

 これでそのボディーガードは依頼主の身体、精神、体裁、利益を守れることになる。
 多目的で、多機能。
 それはどんな局面に対しても柔軟に対応できるということだ。


「雇用主が暴漢に襲われた際に保護するのは勿論だが、殺人事件の容疑者にされた場合は犯人を見つけ出し、醜聞を報道されたならば訴える手続きを整える」

「……つまりスゲェ高性能な何でも屋ってことか。漫画のキャラみたいだわ」


 そんな人間がいるのならば確かに『空想空間』でも勝ち抜けるかもしれない。


「その有能さは今から身を以て味わうことになるが、覚えていて損はないと考えているのが私だ」

「へぇ。ちなみにソイツ、なんて名前なんだ?」

「本人に訊くと良いだろう。どうやら到着したらしい」


 耳を澄ますと、サンドバッグを揺らす音に紛れてエンジン音が聞こえた。
 ハルトシュラー推薦の相手が――ジョルジュを試験する人間がやって来たのだ。

888 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:30:03 ID:GGDvTjrA0
【―― 8 ――】


 窓から入り込む日差しは淡い青。
 席から見える空はぼんやりと輝く曇天だった。

 図書室を見回す。
 先ほどまでは疎らにいたはずの生徒は一人もいない。
 司書役の図書委員も受付からいなくなっている。

 瞬間的に鳥羽通はこれは夢だと判断する。


(*-∀-)「夢だと分かる夢ってなんて言うんだっけ……」


 そんなことを呟きながら彼女は伸びをした。
 日常生活では邪魔にしかならない大きな胸が僅かに揺れた。

 そしてその時だった。


/ ,' 3「……ほっほっほ。現実と変わらず、体躯に似付かわしくない立派な胸をお持ちなお嬢さんだわい」

889 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:31:02 ID:GGDvTjrA0

 斜め後ろからセクハラ染みた老人の呟きが聞こえた。
 驚き振り返ると通の背後、図書館の隅に車椅子に乗った彫りの深い顔立ちの白人が存在していた。


(;*゚∀゚)「……アンタ……いやあなた……誰?」


 驚愕に目を見開きながらも問い掛ける。
 ひょっとするとずっとそこにいたのだろうか。
 自分が気付いていなかっただけで。

 得体の知れない老人はほっほっほとまた笑うと答えた。


/ ,' 3「悪魔、とでも言いたいところじゃが、この学校の人間は悪魔と聞くと別の存在を思い浮かべるかの。さしずめ、ランプの精だわい」

(;*゚∀゚)「ランプの精……?」

/ ,' 3「やはり悪魔の方が分かり良いか? どちらにせよお嬢さんの願いを叶える者だわい」


 相応の対価の引き換えにの、とその老人は言って、三度笑った。
 一見すると好々爺のようでいて、しかし警戒心を全く解けない笑みだった。

890 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:32:16 ID:GGDvTjrA0
【―― 9 ――】


 声に色があるとすれば、その青年の声はきっと紅い声だった。

 見たこともない色合いの真紅とも言える赤紫の瞳に上質なワインのようなバーガンディの髪。
 目付きが鋭くやや悪人風だが顔立ちは非常に整っており、普通よりも長めな八重歯が特徴的だった。
 それは牙だっただろうか。
 女性で八重歯が長いのは萌え要素だが、男性の場合は野性的か、そうでないならば吸血鬼のようにしか見えない。

 爽やかな笑顔がよく似合っているが何か底知れないものが感じられる青年だ。
 単純にイケメンだから心の何処かで嫉妬しているだけだろう、とジョルジュは結論付けた。


「……いいか、倒しに行くのではない。拾えるポイントを一つずつ拾っていけ」

「そんなガチのボクシングみたいなアドバイスされても……」


 自己紹介も早々に終わり早速試験は始まった。 
 青コーナーに座ったジョルジュに声を掛けるのはハルトシュラーだ。

 対し、赤サイドは試験官サイド。
 戻ってきた檸檬とハルトシュラー推薦の紅い青年がいる。
 談笑していることから顔見知りだと読み取れる。
 生徒会長が男と話し、あろうことか嘲笑や微笑ではなく普通に笑っている様はジョルジュとしては非常に面白くない。

891 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:33:04 ID:GGDvTjrA0

 こちらは「嫉妬かもしれない」なんて曖昧なものではない。
 紛れもない純正の嫉妬である。


「言っとくが俺は兄貴に付き合ってスパーリングすることはあるが、ボクシング部でもなんでもない不良だぜ?」

「だからこそ気を付けて欲しいのが私だ。肋骨の数本は覚悟しておいた方が良い」

「一本じゃなくてか? 複数本か?」

「私としたことが杞憂だった……と、なれば良いのだが」


 向こうを軽く伺ってみる。
 モデルのような薄く細い身体ではあるのだが腕や足は限界まで引き締まっているのが分かる。
 完全に人を殴る為だけに鍛えられた筋肉だ。


「奴は高校時代ボクシング部だった。全国でも五本の指に入る選手だったと言われている。当時は『パトリオット』の二つ名を持っていたな」

「それは聞いたわ」

「車のフロントガラスを素手で叩き割ったという逸話がある」

892 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:34:07 ID:GGDvTjrA0

「俺も窓ぐらいは割ったことがあるが……フロントガラスって拳で砕ける類の材質なのか?」


 フロントガラスは拳で砕ける類のものではない。
 殴れば拳が砕ける類のものだ。


「ならば貴様もパンチ力は有していると考える。基礎的な身体能力も悪くはない。数発は当てられるかもしれないと予測するのが私だ」

「数発で良いのか? 判定負けになるんじゃねぇの?」

「通常ならばそうだろうが、これは試験だ。そしてボクシングと殺し合いでは決定的な違いがある」


 ボクシングの試合においては何発貰おうと相手をノックアウトしてしまえばそれで勝ちだが。
 バトルロイヤルでは一人倒して満身創痍になってしまえば、二人目以降に対応することができない。
 必要なのは攻撃よりも防御。
 何よりも死なないことが重要なのである。


「まあ、でもヘットギア付けてるし大事には至らねぇわ。殴られ慣れてるしな」

「……他にも助言ができれば良かったのだが、私としたことが無能だな。何も対抗策が思い浮かばない」

893 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:35:03 ID:GGDvTjrA0

 ハルトシュラーが無能というよりも相手が無欠なのだろう。


「ええっとパンチ力が強く、動きが速く、打たれ強く両利きなんだったか? 大丈夫、分かったわ」

「貴様の自信が何処から来ているのか切実に疑問に感じるのが私だ」


 勝てるとは思っていないが戦うくらいはできる。
 そんな風にジョルジュは考えていたのだ。


「……とにかく相手をよく見ろ。奴は貴様と同じ年頃、アマかプロか悩んでいたような男なのだから」

「プロに挑戦するか大学で部活として続けるかってことか?」


 ゴングが鳴り響き、その答えは掻き消された。
 プライドを賭けた勝負が始まった。

 功名心と嫉妬心に燃えるジョルジュには届かなかったが、ハルトシュラーはこう言ったのだった。


「そういうことではない――アマチュアのままメダルを狙いに行くか、プロに転向しベルトに挑戦するかで悩んでいたのだ」

894 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:36:02 ID:GGDvTjrA0
【―― 10 ――】


 目が覚めたら人のいない変な世界で。
 いきなり変な老人に「お前の願いを叶えてやる」と言われて。

 そのような場合、天使や悪魔ではない一般人はどういった行動を取るか。


(*-∀-)「……ごめんお爺さん、ちょっと待って」

/ ,' 3「敵が襲って来るかもしれんから長くは待てんが、どうした?」

(*゚∀゚)「ちょっと確認を」


 そう言って通は自らの頬を抓った。
 当然のことながら痛みを感じた。


(*う∀゚)「…………うん、もういいよ。タチの悪い夢ってことが分かったから」

/ ,' 3「痛みを感じれば現実だと判断するものだと思うが……」

895 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:37:02 ID:GGDvTjrA0

 その反応に遠くで様子を伺っていたスーツの男は「そうですよ!アレが普通の反応!当たり前みたいに適応したり殴ったりはしないんです!!」と叫んだ。
 そして隣にいたアロハシャツの女は「……ストレス溜まってんの?」と割と本気で男を心配していた。

 そんな普通の少女、鳥羽通は訝しげに訊いた。


(*゚∀゚)「夢じゃないとしたら現実って証拠はあるんですか?」

/ ,' 3「敬語じゃなくとも良いわい。契約することになれば儂とお主は仲間のようなものになるのだから」

(*-∀-)「……そうですか。で、現実って証拠はありますか?」


 どうやらこの少女は敵対心がある相手には敬語になるらしい。
 Nは自身が招致した参加者を分析しつつ、続ける。


/ ,' 3「現実である必要はなかろう? 夢は夢のまま楽しめれば良い。それで願いまで叶うのだからお得だわい」


 そう言い切られてしまうと、確かにそうも思えてしまう。
 現実である必要性は何処にもない。
 夢のような話は夢心地で聞いておけば良いのだ。
 不利益がないのであれば。

896 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:38:03 ID:GGDvTjrA0

 そう。
 大事なのは不利益だ。


(*゚∀゚)「さっきお爺さんは契約と言いましたが、それには何かデメリットがあるんですか?」

/ ,' 3「ない。ただし願いを叶える為には条件があり、その条件をクリアできない場合はこの夢の記憶は消えるのだわい。だが夢のことを覚えていられないのは当然ではないかの?」

(*-∀-)「……そうですね」


 夢なんて朝になれば覚めてしまうものだ。
 消えてしまうものである。
 言ってしまえば、忘れてしまわない方が稀有とも言える。

 少しだけ考え通は口を開いた。


(*゚∀゚)「とりあえず詳しい話を聞くのはアリですか?」

/ ,' 3「用心深いお嬢さんだわい。良かろう、儂に答えられることならば答えよう」

897 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:39:02 ID:GGDvTjrA0
【―― 11 ――】


 紅い青年が訊いた。


「お前ってよー……投げ技とか組み技とか得意か?」

「得意かそうじゃねぇかって言われたらそうじゃない方だわ」


 そーかい、と青年は答える。
 間延びするような、文章で書くと長音符が多くなりそうな口調だ。


「蹴り技はどうだ? 普段使うか?」

「そこそこだわ」

「じゃあ有りにするか」


 そう言うと紅い青年はシューズを脱ぎ出す。
 裸足になると、「お前も脱げよ」とジョルジュに大して促した。
 反抗する理由もないので大人しく従う。

898 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:40:03 ID:GGDvTjrA0

「オランダ式ムエタイルールで……って、分かるか? 肘打ちと顔面への膝蹴りを禁止のルールだな。三分五ラウンド形式ってのは変則だが……」

「……アンタ、ボクシングの人じゃねぇのか?」

「そうだな。もうたまにしかやらねーけど、どの格闘技専門かって言われたらボクシングだな」


 シューズをリング外へ出しつつ意図を察した青年は笑って言った。
 「お前へのハンデだよ」と。


「なら始まってんのに雑談してるのもハンデか?」

「いや、これは試験だよ。話に夢中になって集中が途切れたりしないか見てるのさ」


 また笑って、ウインクをする紅色。

 彼のセコンドである高天ヶ原檸檬は何も言わず笑っている。
 ジョルジュのセコンドのハルトシュラーも黙ったままだ。
 嵐の前の静けさか、不気味なほど穏やかなのに不思議と心はざわつく時間が続く。


「しかしお前、良い奴だな」

899 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:41:02 ID:GGDvTjrA0

「どういうことだ?」

「俺が試される立場だったら相手が話し始めた瞬間に殴りかかってるってことだ。漫画向きの不良だな」


 戦闘中にベラベラ喋る、という意味だろうか。
 そう言えば見た目にそぐわずアニメが好きだと聞いた覚えがあった。


「…………そろそろ一分過ぎるわ」

「そーだな。俺はこのラウンド仕掛けるつもりねーけど、お前は自由なんだぜ? 突っ込んで玉砕しても突っ込まず敗北しても」


 相変わらず紅い青年は動くことがない。
 軽くステップを踏むだけで、攻めてくる気配もない。
 ガードこそ下げないが。


「聞くな、名も知らぬ不良生徒。貴様は生き残るだけで合格なのだ」

「いやでもよ委員長サン、」

900 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:42:02 ID:GGDvTjrA0

 ハルトシュラーの声に振り返ろうとした瞬間だった。



「――――視線を逸らすな愚か者!!」



 悪魔の檄が飛んだ。
 咄嗟にジョルジュは視線を戻した。

 ――敵が、目の前にいた。


「くっ!!」


 思考抜きのほとんど反射でガードを固めたジョルジュ。
 迂闊だった、と歯噛みする。

 が。
 青年はガードを撫でるように軽く叩くと、すぐさま元の位置にまで戻ってしまった。
 ラッシュをかけることもできただろうにそうはせず。

901 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:43:03 ID:GGDvTjrA0

 紅色は笑って、


「反射神経も判断力も中々良いじゃねーか。なあ会長? ちょっと迂闊なところはあるが……そりゃ愛嬌だろ」

「結局ね、中々良いじゃ駄目なんだよ。もっと激しくやっちゃっていいから」


 笑ったままで酷く厳しいことを返す生徒会長。
 その発言を愛のムチと受け取ったのか、紅い青年は「だとよ」とジョルジュに言った。


「……愛されてるな、お前。赤髪おっぱいプリンセスとポーンの関係を思い出す」

「悪いが全然分からねぇわ」

「つまりお前がおっぱい好きで、会長がおっぱいだ」


 おっぱいそのものじゃねーだろデカいけど、と冷静にツッコむ。


「まあけど会長が激しくやれってことなら激しくやるか」

902 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:44:02 ID:GGDvTjrA0

 呟くと、青年はガードを下げる。
 いや違った。

 基本のファイトスタイルからの変形。
 左足を一歩前に出し、右手を口元に持ってくると左手を直角に曲げ腹部に構える。
 そうしてゆっくりと左右に振り始めた。

 これは―――。


「トーマス・ハーンズって知ってるか? 漫画が好きなら間柴了でも良いが」

「……デトロイトスタイルか。真面目に使う奴初めて見たわ」


 別名、ヒットマンスタイルという。
 リーチと身体の柔らかさあってこその戦法でジョルジュよりは高いが百八十弱しかない彼には適当とは思えない。
 それでも使うというのは相当の物好きか、それか。


「(こっちを舐めているか、だよな――!)」


 そう断じ思い切りジョルジュは距離を詰める。

903 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:45:09 ID:GGDvTjrA0

 短絡的な行動に見えるが、デトロイトスタイルは防御が不得手なことで有名なので前に出ることは間違いとは言えない。
 恐れずインファイトに持ち込むべき局面ではあった。

 それを拒絶するように炸裂弾のようなジャブが何発と飛ぶ。
 身体のバネを用いた変則的な左、フリッカージャブだ。
 下方向からの不自然な軌道の拳が幾度となくジョルジュを襲う。

 構うことなく突っ込む。
 左の肩を前にし、体当たりをするかのように前進。

 だが。


「――っ!?」


 懐に飛び込んだ瞬間だった。
 右脇腹を砕かれた。

 砕かれた――わけではないのだろう。
 しかし、そうとしか表現できないような強烈なボディーブローを食らってしまった。
 左が炸裂弾ならば右は地対空ミサイルか。
 ジャブを掻い潜ったはずなのにどうして自分が攻撃を受けたのかジョルジュには理解できない。

904 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:46:03 ID:GGDvTjrA0

 更に理解できないことは続く。
 眼前から敵が消えていた。


「こっちだ」

「――っ!!」


 声に振り向くと悠然とロープにもたれかかる青年の姿があった。
 先ほどまでとはちょうど真逆の位置取りだ。

 いつの間に?
 どうやって?
 痛みを堪えながら思考するが、結論が出ない内にゴングによって中断された。

 コーナーに戻るとジョルジュは息を吐き、言った。


「…………信じらねぇくらいに強いわ、アイツ」

「だから事前にそう言った」


 何処までも人の話を聞かない奴だとハルトシュラーは鼻を鳴らし笑った。

905 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:47:04 ID:GGDvTjrA0
【―― 12 ――】


 左拳を掻い潜られた瞬間に前に出していた左足を思い切り引く。
 すると右足と右肩が前の半身の状態になるが、それと同時に引いた勢いを乗せて右のフックを叩き込む。
 最後に今度はパンチの衝撃を利用し右足を捻り更に斜め後方へと飛ぶ。

 ジョルジュがやられたのはそのコンビネーションだった。
 重心の転換によるロープ際からの脱出と反撃を一度に行った形だ。


「相変わらず速いね」

「そりゃどーも。それだけが取り柄みたいなもんだからな」


 言って、まるで檸檬を口説くかのようにウインクする。
 説明すると簡単に思えるが、相手よりも速度で勝り体重移動が極めてスムーズにできることが前提になければできない技だった。


「撹乱目的の一発芸だが……まーそれでも腰の回転使って打ってるから多少は効くはずなんだけど、全然平気そうだなアイツ」

「ジョルジョルは打たれ強いから。水月に僕の発剄と前蹴り食らっても立ち上がるくらいだし」

「そりゃー凄いな。格闘技の経験者でもないのにそれか。鍛えれば強くなるだろーな」

906 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:48:05 ID:GGDvTjrA0

 青年の言葉に、天使は「今鍛えてるじゃん」と笑った。
 知人以上友人以下の関係だが高天ヶ原檸檬という少女の笑顔をいつ見ても彼は本能的な恐怖を感じる。
 支配者という属性が被っているからかもしれない。
 あるいは「MもこなせるドS」という好きな人に傷付けられたい・好きな人を傷付けたいという面が同じだからかもしれなかった。


「それで、もっと痛めつければ良いのか?」

「うん。僕が嫉妬するくらいに痛めつけてよ」


 答えは端的に狂気を滲ませて。
 素敵な独占欲。

 そりゃ愛じゃなくユベリズムだよと呟きながら紅色は出撃する。



「…………負かすのは良いけど、でもあんまり酷い風にはしないでね」



 背後で聞こえたのはそんな小さな声。
 女の子ってのはズルいよなあと彼は心底に思い微笑んだ。

907 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:49:04 ID:GGDvTjrA0
【―― 13 ――】


 この夢のルールはたった一つ。
 自分以外にログインしている参加者を九人倒し、能力体結晶を十個集めれば勝ち――願いが叶う。

 そう、どんな願いであってもだ。


/ ,' 3「血気盛んな若者は『殺す』と捉えがちだが正しくは『倒す』だわい。命まで奪う必要はない」

(* ∀)「なんでも……願いが……」

/ ,' 3「幸いにお主の能力は殺さず敵を無力化できるものだわい。十分、勝利は狙えると思うぞ。……聞いておるかの?」

(;*゚∀゚)「え、うん……まあ」


 曖昧な答えに心配になるが、本人が聞いていると言うのならばそうなのだろう。
 ヌルと違いNは参加者に細々としたアドバイスをする気はなかった。

 今回の鳥羽通の場合でも、今し方凡その説明を終えたので、後は彼女から呼び出されるまでは静観を決め込むつもりだった。
 年寄りにごちゃごちゃ口出しされては嫌な気分になるだろうという配慮だ。
 少なくとも自分が若かった頃はそんな風に感じていた。
 若者だった時分の考えをちゃんと覚えていられるなんて我ながら良い年の取り方をしたとNは思っていた。

908 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:50:03 ID:GGDvTjrA0

 あるいは精神が成熟はしていても老熟はしていないのかもしれない。
 目の前の少女に対しても娘や孫のように優しくするというよりかは単に女性として扱っているだけのようにも感じる。
 どちらでも良いが。

 残念ながら通はNの好みから外れている。
 彼は昔から身長の高い、長い髪の大人びた雰囲気の女性が好きだった。
 通も可愛いとは思うがタイプではないのだ。
 けしからん身体付きをしているとは思うがそれだけである。

 好みから外れているので素直に応援するだけだ。
 少女の初恋を。


/ ,' 3「願いに関してだがの、多少なりとも融通が効く。単純にお主に惚れさせることもできれば、接点を増やすことも可能、次の席替えで隣になる程度のことでも良い」

(*゚∀゚)「へ?」

/ ,' 3「バレておるわい。好きな相手がおるのだろう?」


 言葉に通は顔を真っ赤にし背ける。
 一人で考えているだけでも恥ずかしいのに他人から改めて指摘されると尚更だ。
 とても素面では話せない。

909 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:51:04 ID:GGDvTjrA0

 微笑ましそうにNは続けた。


/ ,' 3「人を好きになるのは悪いことではないわい」

(* ∀)「それは……分かってる」

/ ,' 3「その為に人を傷付けることも儂は仕方ないと考えておる。普通のことだわい」


 況してやここは『空想空間』なのだ。
 傷付けたとしても、現実にはなんの影響もない。

 何を躊躇うことがあるのか?


/ ,' 3「陳腐な言い方だがの、恋は戦争――なのだわい。うかうかしておると誰かに取られてしまうぞ」


 いや、ひょっとすると。
 もう誰かに取られてしまった後なのかもしれない。

 だがそれでも勝ち抜け願えば取り戻せる。
 自分のものにできるのだ。
 誰にも奪われないまま――ずっと自分だけのモノにできるのだろう。

910 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:52:09 ID:GGDvTjrA0
【―― 14 ――】


 第二ラウンドが始まった。

 先のボディーブローの仕組みはハルトシュラーから教えて貰っていた。
 今度は警戒し、逃げようとした瞬間に追撃してやると意気込んで飛び出したジョルジュ。

 先手必勝と言わんばかりの突撃。
 が。
 出鼻を挫かれる。


「なっ!?」


 次のラウンドもデトロイトスタイルで来ると考えていた。
 試合中に戦法を変える人間なんてそういない、当たり前の常識を根拠にした予測だった。
 
 しかし彼の敵は常識とは無縁の存在だった。
 ハルトシュラーの知人なのだからそれもそうであろう。
 ……少し違うか。
 常識をそもそも意識しない彼女とは違い、目の前の青年は常識に逆行することで裏をかくのだ。

 突っ込んできたのだ。

911 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:53:03 ID:GGDvTjrA0

 アウトボクシングを見せられた直後のインファイトに困惑する。
 その混乱を狙い紅色が攻勢に移る。

 ワンツーから始まった連打を最初の二発こそ被弾するが、すぐさまジョルジュも立て直し反撃する。
 足を止めての打ち合い。
 パンチの回転力が桁違いだった。
 ジョルジュが一発打つ間に向こうは二発は余裕で放ってくる。

 しかも。


「(ありえねぇ……! 一発も当てられねぇわ!!)」


 手数が一対二なのに加えて、一撃も当たらないのだ。
 本当にただの一度も当たらない。

 理屈としてはごく単純で、二倍の手数の内の半分をパーリングとして使っているのである。
 つまりジョルジュの拳を片手で弾き、空いている片手でパンチを放つ。
 それだけの作業を延々と繰り返している。

 更に加えてほとんど呼吸のような頻度でスイッチを繰り返し、回避からタイミングをズラしカウンターを取る。
 右ストレートと左ジャブでも対応できないのに左ストレートと右ジャブまで出てきてしまえば最早打つ手はないに等しい。

912 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:54:12 ID:GGDvTjrA0

 そうして二ラウンド目が終わった頃には、既にジョルジュは満身創痍だった。
 ヘッドギアがなければ倒れていた自信があった。


「…………洒落にならねぇ、わ。なんだ、アイツ……」


 誇張だと思っていた。
 高天ヶ原檸檬に並ぶ戦闘力がなければ倒せないだなんて。
 けれど事実だった。

 膂力や速度や技術がズバ抜けた凄さというよりは――無論それも優れていたが、それよりも読み合いに長けた印象があった。
 それは格上の存在と何度も戦ってきた強さだ。

 騙し、弄し、操り、避け、見抜き、追い込んで最後には打ち勝つ。
 地力で負けている相手であっても創意工夫で追い縋る。
 そんな風に生きてきたことが分かった。
 ……なるほど、確かに『空想空間』でも十二分に勝ち抜ける強さだっただろう。


「くそ……っ。このままじゃ、やべぇわ……」


 驚いている暇はない、どうにかしなくてはならないのだ。

913 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:55:03 ID:GGDvTjrA0

 ジョルジュが必死で考えを巡らす、その頃。
 赤コーナーにいた青年も驚いていた。


「……割とマジで驚いた。倒れねーなアイツ」


 殺す気ではなかった。
 だが本気ではあった。
 全力ではないにせよ倒すつもりで拳を振るっていたのに、倒れないのだ。

 ある意味で自信喪失だった。
 そんな彼に檸檬は得意そうに言う。


「打たれ強いって言ったでしょ?」

「何させるつもりか知らねーけどアイツ現時点で十分に強いんじゃねーか? 単純な殴り合いなら下手すりゃカミジョーさんくらいになら勝つぞ多分」

「うーん、何させるかは秘密だけどもっと強くないと」


 負けても良いから死なないようにならないと。
 天使の言葉はジョルジュに届かない。

914 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:56:04 ID:GGDvTjrA0
【―― 15 ――】


 三ラウンド目が始まった。



「――って今度はノーガード戦法かよ!ふざけんな!!」



 完全にガードを下げた状態からフットワークとジャブのみで攻め立てる様に思わずジョルジュは叫んだ。
 さっきまでの速度でも対応し切れなかったのにその倍ほどの速さが出ていた。

 ガードを固めながらハルトシュラーの魅力についての話を思い出していた。
 女は花と言う。
 常緑樹のような美しさ。
 同じように強さにも種類があるのかもしれない。

 強打も、フットワークの軽さも、パンチの回転力も、カウンターの巧みさも何もかも。
 一つ一つ種類こそ違うが『強さ』には違いないだろう。

 自分はどんな風に強くなりたいのだろう――そんなことを考えている内に意識は途切れていた。

915 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:57:02 ID:GGDvTjrA0
【―― 16 ――】


 彼が私のモノになる。
 私が彼のモノになる。

 どちらを望んでいるのかは分からないけれど、どちらだって一向に構わない。
 願ってしまえばそれは本当になるのだから。
 そのことに何か、一つだって悪いことがあるだろうか?

 何が私を引き止めている?


(* ∀)「……駄目だよ、やっぱり」


 否定は自然と口から出ていた。
 考えずとも紡がれる言葉は本心なのだろうか。


(* ∀)「それじゃ、駄目だ。そんなんじゃ駄目なんだよ」

/ ,' 3「何が駄目だと?」

916 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:58:02 ID:GGDvTjrA0

 何が駄目なんだろう。
 どうして駄目なの?
 頭では結論を出せずとも心は解答を出していた。


(*-∀-)「……私は彼を自分のモノにしたいんじゃなくて、彼に私を好きになって欲しいんだ」


 愛情と独占欲は何が違う?
 恋って何?


(*゚∀゚)「何かの力でアイツがアタシのことを好きになっても意味がないんだよ。それは、アタシのことを好きになったってことにならないから」


 同じことを言っているようでいてまるで異なっていた。
 恋に落ちた彼女は分かる。
 恋をしている状態は素敵だけど、それ自体はあまり意味がないということ。

 大切なのは心が動くということであって。
 心が動いたという結果ではないのだということ。

 ただ自分のことを好きと言って欲しい、認めて欲しいなんて感情は恋でも愛でもなんでもない。
 そんな心地良い空間が欲しいのならば鏡を見ていれば良いだけだ。

917 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 13:59:02 ID:GGDvTjrA0

 そうじゃないのだ。
 自分は彼に好きになって欲しいけれど、自分のことを好きだと言う人形が欲しいわけじゃ、ない。
 欲しいのは彼の心なのだ。

 想いや、努力や、何かがやがて彼に伝わって。
 それで彼の心が動いて。
 自分のことを好きになってくれて。
 あるいは嫌いになったりもして。
 そんな全てが紛れもなく恋なのだろう。

 つまりは――叶う恋だけが恋なのではなく、失恋だって恋なのだ。


/ ,' 3「……自分の力で好きになってもらわないと意味がない、そうでないと自分を好きになってもらったことにならない、ということかの」

(*-∀-)「…………うん。多分、そうだ」


 例えば神様とかじゃなく、何かの交換条件で彼と付き合うことになったとしても、きっと自分は満足できない。
 それは自分の力で好きになってもらったわけではないから、自分を好きになってもらったことにならない。

 そんな風に彼女は思う。
 人の数だけ人を想う感情があるのだとすれば、これが彼女の恋だった。
 それが彼女の初恋だった。

918 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:00:03 ID:GGDvTjrA0

 あまりに綺麗過ぎで。
 自信に満ち。
 潔く。
 恥じらい混じりで。
 甘酸っぱく。
 高望みで。
 人に真似できず。
 暖かで。
 燃えるようではないけれど、きっとそれが――彼女の恋。


/ ,' 3「……後悔はしないのか?」

(*-∀-)「すると、思う。……だけどその後悔も含めて後悔しないと信じてるから」


 その言葉にNは納得したらしかった。


/ ,' 3「了解したわい。夢の世界からお主の恋路を見守っておるぞ」


 尤も覚めてしまえば儂のことは忘れるのだがの、と彼は笑い、通も同じように笑った。
 そうして彼女は幻想と現実が入り混じる曖昧な目覚めへと落ちていく。

919 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:01:03 ID:GGDvTjrA0
【―― 17 ――】


 目を開けると照明があった。
 「見知らぬ天井だ……」と気弱なパイロットごっこをしてみるが、すぐに飽きた。
 普段はアニメを見ないジョルジュでもそのネタくらいは知っている。


「その話題、会長には振らない方がいいぞ。嫌いらしいから」

「…………会長サンの膝枕だと思ったのにアンタかよ」

「俺が膝枕してねーだけマシだろ」

「そりゃ確かにそうだわ」

「ちなみについさっきまでは本当に会長が膝枕してたんだけどな」

「マジでか」


 寝転んだままで話し続ける。
 あの紅い青年の姿は見えないがリングサイドにでも腰掛けているのだろう。

920 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:02:03 ID:GGDvTjrA0

 声だけを聞いているとやはり紅いと思う。
 どうしてなのだろうか。
 見た目が紅いからかもしれない。


「……アンタ、本当に強いわ」

「知らなかったのか?」

「聞いてた。それを体感したわ」


 お前も中々強かったぜ、と紅い声が笑った。
 不思議と嘘ではない気がした。


「俺は不合格か」

「そうなるな」

「そうか……」

「気を落とすなよ。分かったこともあるんだろ?」

921 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:03:04 ID:GGDvTjrA0

 殴り合いの中で分かったことは二つ。
 自分はまだまだ弱いということと、強さには種類があるということだ。


「……それを分からせる為に会長サンは試験をやったのか?」

「かもしれねーな。聞いてないから知らねーけど」


 無責任な男だった。


「まー負けたら負けたで得るものはあるもんだ。今夜はお前に色々話してやるよ……ああ、そうだ。俺のことは先輩と呼べ」

「なんでだよ。弟子入りとかしねぇぞ」

「不良の先輩って意味だよ」


 そう返し、紅い男――先輩はまた笑った。
 彼はハルトシュラーにとっては先輩になると聞いていた、ならば彼女の後輩である自分にとっても先輩で良いのだろう。
 そんな風にジョルジュは考えた。
 また、本当に自分の知らない天使や悪魔のことを話してくれるのなら、先輩と呼んでも良いと思ったのだ。

922 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:04:02 ID:GGDvTjrA0

「成功に導くのが天使で失敗を許すのが悪魔だとしたら、どっちがどっちなんだろーな……」


 先輩の呟きにジョルジュは答えない。
 分かっていたからだ。

 失敗を許されることで成功に近付くこともあるということに。


「(……俺は今日、また負けた)」


 負けたが――そのことを許された。
 檸檬は失敗を許したし、見放したりはしなかった。

 それは甘やかされたということではない。
 容赦されたということだった。
 次の機会に挑戦する為のチャンスを与えられたということだった。

 思えば、天使は最初からそう言っていた気がする。
 失敗しても立ち上がれば成功に近付いていくとは思うけれど――致命的な失敗を犯して、立ち上がれなくなればそれまでだ。
 子どもは傷から学ぶが傷を受ける過程で死んでしまっては元も子もない。
 挑戦し続ける為には生きていなければならないのだ。

923 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:05:03 ID:GGDvTjrA0

 一つ弱さを知ったから、また一つ強くなれた。

 とりあえず、今日のところはそんな曖昧な結論で良いだろう。
 別に焦らずとも良いのだから。
 自分はまだ生きていられるのだから。

 今日は負けたから大人しく生徒会長の言うことに従っておくことにしよう。
 生徒会の一役員として。


「『美人は三日で飽きる』って言葉があれば『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言葉もある……あんま気を落とすなよ?」 


 分かってる。
 そう答えたジョルジュに彼は言った。


「……分かってるならいいんだよ。年の為だ、保健室行ってみてもらってこい」

「はいはい。分かったわ、先輩」


 何度目かも分からない笑みを先輩は漏らした。
 今度は自分も、悔しさを堪えて次の為に笑えただろうかとふと思った。

924 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:06:02 ID:GGDvTjrA0
【―― 18 ――】


 夢の内容というのは往々にしてよく覚えていないもので、その曖昧さと儚さこそが夢らしさと言えるのかもしれない。
 そもそもさして覚えている必要もないから覚えられないという意見もあるだろうが、今回の場合、自分がどちらなのか鳥羽通には分からなかった。

 図書室での居眠り。
 自分はどんな夢を見ていただろう?
 それはなんの夢だっただろう。

 人と話していたような記憶はぼんやりと残っていた。
 誰かは分からない……というか知らない人物だったが老人ではあったと思う。
 優しそうな人だったはず。
 あるいはやらしそうな人だったかもしれない。
 なんにせよ、誰かと話した記憶はあっても何を話していたのかは思い出せなかった。

 思い出そうとしなかったし。
 思い出さずとも良いのだと心の何処かで分かっていた。


 やがてすぐに夢のことなど忘れ、通は帰り支度をし図書室を出た。
 途中で女子トイレに入り居眠りの所為で寝癖がついてしまった髪型を簡単に整え、少し前髪が長過ぎると感じ、明日にでも美容室に行こうと決めた。
 けれど、もしかしたら彼は長い髪の方が好きかもしれない。
 だったらこのまま伸ばし続けているのも良いかなー、なんて一人で呟き頬を染め階段を降りた。

925 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:07:02 ID:GGDvTjrA0

 そして。
 そこで彼を見つけた。

 鳥羽通は参道静路に出逢った。


「……おお。なんだ、委員長。今日土曜だわ」

「なんだなのはアンタの顔面だよ。なんか腫れてる気がするんだけど……」


 今、彼の隣には栗色セミロングの生徒会長も姫カットの後輩も銀髪の風紀委員長もいない。
 何故だろう。
 一人でいる彼と会うのは随分と久し振りな気がする。

 まあそれは良いとして、ジョルジュの顔面は薄っすら腫れていた。
 よくよく観察してみれば身体全体でも挙動がおかしく、微妙に辛そうだ。


「腫れてるか? ヘッドギア付けてたんだが……」

「…………また喧嘩?」

「防具付けて喧嘩なんてしねぇわ。最近運動不足だったから優しい先輩とトレーニングだ」

926 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:08:03 ID:GGDvTjrA0

 半目のように目を細めた、つまりジト目での通の言葉にもジョルジュは軽く笑って応じる。
 兄貴分の相手と時折トレーニングするというのは聞き及んでいたので深くは訊かない。


「ふーん……いいけどさ。気を付けなよ」

「心配してくれんのか?」

「なんだよ、アタシが心配しちゃ駄目なの?」

「そういうわけじゃねぇが……少しだけ驚いたわ」


 一体この男は私のことをなんだと思っていたのだろう。
 腹立ち疑問に感じるが、普段の行いを振り返ってみると納得できる部分しかない。
 喧嘩するほど仲が良いとしても喧嘩していることは変わりない。


「そう言えば、さ」


 躊躇い混じりに通は言葉を紡ぐ。
 大した答えは期待はしていないけれど、それでも。

927 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:09:02 ID:GGDvTjrA0

「なんだ?」

「これはアタシの友達からされた相談で、アタシもアンタも全然関係ないんだけど参考までにちょっと訊いて良い?」


 良いからさっさと言え、と面倒そうに返すジョルジュ。


「……その子ってさ、恋してるんだよ。で、アンタって髪は長いのと短いのならどっちが好き?」

「好みの話か? それ俺に訊くんじゃなくて恋してる相手に訊くべきだと思うわ」

「アンケートだよ!ただの!!」


 眉間に皺を寄せ頬を朱に染め叫ぶ。
 恥ずかしさを隠して、気付かれないように心の中で祈りながら。

 少し悩んでジョルジュは言った。


「そうだな。俺は基本的にはどっちでもいいわ」

「どっちでも良いの?」

928 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:10:03 ID:GGDvTjrA0

「いやどっちでも良いっつーか、例えば委員長なら初めて会った時みたいにもっと短い方が良いわ。似合ってたから」


 それは「どっちでも良い」ではなく。
 つまり「あなたに似合っているものが一番良い」ということ。

 少し無責任で、無神経で。
 男の子っぽくて。
 でもなんだか通はその解答が気に入った。

 あるいは解答そのものよりも、初めて出逢った時のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。


「……っ。……そっか、分かったよ」

「委員長は? 髪切らねぇのか?」

「切るよ!明日にでも切る! 元の長さに戻す!!」

「はは。そりゃ良かったわ」


 何が良かったのかは恥ずかしくて訊けなかった。
 今はこれくらいで良いと通は思う。

929 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:11:02 ID:GGDvTjrA0

「……ねえ。アンタは前に『恋はするものじゃなくて落ちるものだ』って言ったよね」

「まあ、言ったわ」

「アタシはそれに半分反対で半分賛成することにしたよ」

「どういうことだよ分かんねぇわ」


 馬鹿だからねえと通が笑う。
 馬鹿は関係ねぇだろとジョルジュが抗議する。


「さっきまで心配してくれてたのに馬鹿呼ばわりとかヒデェわ。なんだそれ」

「いつか機会があったらアンタにも教えてあげるよ」


 言って、通は笑った
 彼女は気付かなかったが、その笑みは彼に見せた表情の中で一二を争うほど魅力的なものだった。
 思わずジョルジュは言葉を失い、顔を背けた。
 先ほど通がそうだったように赤くなった顔を見られたくなかったのだ。

930 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:12:03 ID:GGDvTjrA0

 恋は隕石のように落ちてくる。
 制御できずに落ちる、受動的なもの。

 だけど一度恋に落ちてからは落ちるだけじゃないと通は思う。
 恋に落ちてからの毎日は、自分を少しでも良くしようと頑張って、相手との接点を作ろうとしたり、良いところを探したり。
 自分から少しでも近付こうとする連続だと思うのだ。
 もっと好きになって欲しいと――もっと好きになろうと考える日々だと。

 その時間こそが恋なのだと。



 鳥羽通は恋に落ちた。

 だから今日も――恋をする。






【―――Episode-7 END. 】

931 名前:第七話投下中。:2012/09/25(火) 14:13:04 ID:GGDvTjrA0
【―― 0 ――】



 《 fight 》

 @[SV(M)](人などが)(…の為に / …する為に)戦う

  ――他
 A[SVO](人などが)(敵など)と戦う

 B(感情・欲望など)に屈しないように戦う、…をこらえる

  ――名
 C戦い、格闘、ボクシングの試合


 D[fight the good fightという形で]最後まで立派に戦う、(教義や慣習を守り)人生を生き抜く

 E[fighterという名詞形で]頑張り屋





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939 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:35:24 ID:NbtQv9GM0

|゚ノ*^∀^)「あとがたり〜」

|゚ノ ^∀^)「『あとがたり』とは小説などにある後書きのように、投下が終了したエピソードに関して登場キャラがアレコレ語ってみようじゃないかというものです」

j l| ゚ -゚ノ|「要するに後書きの語り版であとがたりだ」


|゚ノ ^∀^)「ぶっちゃけ僕今日もあんま出てないんだけどね」

j l| ゚ -゚ノ|「私の出番も少なかった」




―――『あとがたり・第七話篇』







940 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:36:04 ID:NbtQv9GM0

|゚ノ*^∀^)「改めましてレモナこと高天ヶ原檸檬です♪」

j l| ゚ -゚ノ|「今日は終始他人の話しかしていなかったハルトシュラー=ハニャーンだ」


|゚ノ ^∀^)「え? なんで今日の主役だったジョルジュとつーじゃないんだって?」

|゚ノ*^∀^)「……そんなの、あの二人がシャイだからに決まってるじゃん。恥ずかしげもなく自分のこと語れないの」

j l| ゚ -゚ノ|「また、本人が気付いていない事実が多かったというのも関係している。胸とか」



|゚ノ*^∀^)「…………おっぱいの話からする?」

j l| ゚ -゚ノ|「いきなり下ネタ方面の話題か」

|゚ノ ^∀^)「下じゃなくて豊かな上半身の話なんだけどね」

j l| ゚ -゚ノ|「妙に上手くて不愉快なのが私だ。では鳥羽通の豊かな上半身の話から始めようか」

941 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:37:05 ID:NbtQv9GM0

j l| ゚ -゚ノ|「冒頭部の回想で鳥羽通は『女らしい体型が疎ましい』という旨を述べている」

|゚ノ*^∀^)「胸だけに?」

j l| ゚ -゚ノ|「…………だが、参加者のイメージが重要になる『空想空間』においても胸部は変わらないままだった」

|゚ノ ^∀^)「ナビゲーターのおじいちゃんも、現実と変わらない体躯に似付かわしくない大きな胸のお嬢さんだーって言ってたよね」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。ならば鳥羽通は自分の体型のことをどう思っていたのだろうか」


j l| ゚ -゚ノ|「その答えは七話の終盤の独白調の地の文が示唆している」

j l| ゚ -゚ノ|「彼女にとっての恋は心が動くことであり、相手に近付こうとする連続だ」

|゚ノ*^∀^)「つまり、嫌いだった自分の体型が接点になったことで好きになったってこと。ちょうど名前を好きになったのと同じ感じに」

j l| ゚ -゚ノ|「良いところを探す、というのは自身に対してでもあったらしい」

|゚ノ ^∀^)「相手の良いところを探して――自分の良いところを見つけて。恋っていうのはそんな連続なのかもしれないね」

942 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:38:07 ID:NbtQv9GM0

j l| ゚ -゚ノ|「続けて鳥羽通の設定について語りたいのが私だ」

j l| ゚ -゚ノ|「キャラクターの苗字は京都市の駅名から取られていることが多いが、鳥羽駅という駅は京都に存在しない。正しくは鳥羽街道駅という名だ」

|゚ノ*^∀^)「この鳥羽街道からの連想で『鳥羽通』って名前になったわけです。AAにも関連してて良い感じ」

j l| ゚ -゚ノ|「参道静路と同じく道を連想させる名前だと彼女は述べているがこれは意図して関連させたわけではなくただの偶然だ。書いていて驚いた」

j l| ゚ -゚ノ|「鳥羽通のテーマは『片思いファイター』。名も知らぬ不良生徒と同じくテーマソング先行型のキャラクターで書きやすかった」



j l| ゚ -゚ノ|「……ところでだ。参道静路が第六話で試験勉強に言及していたのを覚えている読者はいるだろうか?」

|゚ノ*^∀^)「家に帰ってから委員長に助けてもらったって言ってたよね?」

j l| ゚ -゚ノ|「彼の方は嬉しさ混じりにお節介だと考えていたらしいが、鳥羽通の方は気が気ではなかった」

j l| ゚ -゚ノ|「彼がレモナと歩いている姿を目撃した後だったからだ」

|゚ノ ^∀^)「本当は『会長とどういう関係なの!なんで一緒に歩いてたの!?』と問い詰めたかったんだろうけど、それが無理だから勉強を手伝うという名目で機会を作って聞き出そうとしたの」

j l| ゚ -゚ノ|「参道静路は生徒会入りして三日だが鳥羽通も恋に落ちて数日だったのだ」

943 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:39:05 ID:NbtQv9GM0

|゚ノ ^∀^)「……ここまで来たんだし能力の話もしちゃう?」

j l| ゚ -゚ノ|「同意したいのが私だ。鳥羽通の能力だが、手が触れた部分に黒い薔薇の紋様を印し、次にそこに触れたものを茨で捕まえるというものだった」

|゚ノ*^∀^)「ハーミット・パープルみたいなのをイメージしてもらうと良いかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「物語前半で植物の比喩の話が出てきたと思うがそれに関連している。私が常緑樹ならば彼女は黒薔薇だったというわけだ」


|゚ノ ^∀^)「何より黒い薔薇の花言葉は?」

j l| ゚ -゚ノ|「『嫉妬』『憎悪』や『束縛』、または『貴方は私だけのモノ』」

|゚ノ*^∀^)「素敵だね〜♪」

j l| ゚ -゚ノ|「彼女は戦いに参加しなかったが……独占欲は恋心ではないと否定したことのメタファーだな」

|゚ノ ^∀^)「参加してたら闇落ちしてたかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「おそらくは。そうならなかったことが彼女のあまりに綺麗過ぎる初恋の所以なのだろう」

j l| ゚ -゚ノ|「良い意味で展開を裏切ってくれたと感じるのが私だ。これで参加してしまえばありきたり過ぎる」

944 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:40:03 ID:NbtQv9GM0

|゚ノ ^∀^)「この作品には一話一話冒頭にアオリ文みたいなものが付いてるケド……今日のは最初のニ行がジョルジュ・サンドの格言だね」

|゚ノ ^∀^)「『人間は、自分で努力して得た結果の分だけ幸福になる。ただしその為には何が幸福な生活に必要であるか知ることだ。』が原文らしいよ」

j l| ゚ -゚ノ|「彼女自身は簡素な好み、ある程度の勇気、ある程度までの自己否定、仕事に対する愛情、清らかな良心が必要だと思っていたそうだ」


|゚ノ*^∀^)「幸せについて本気出して考えてみた!」

j l| ゚ -゚ノ|「思い付いた言葉を考えもなく言わないように」


j l| ゚ -゚ノ|「また、ジョルジュ・サンドがどのような人物だったかを知っていると私の発言の意図が分かるだろう」

|゚ノ ^∀^)「回想で出てきた『恋愛を一度もしなかった女は度々見つかる』って言葉だね」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。サンドは数多く恋愛をしたと伝わる作家であり、そしてあの格言はこう続くのだ――『けれど、一度しか恋をしなかった女はほとんどいない』と」

|゚ノ ^∀^)「恋をできない人を励ましたっていうよりかは恋しなくても良いことを幸いに思ったって感じかな?」

j l| -ノ|「『恋というものはなんと恐ろしい情熱だろうか』……いや、止めておこう。こんな言葉を引用すれば今回の話が台無しになる。私としたことが浅慮だったな」


946 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:41:04 ID:NbtQv9GM0

j l| ゚ -゚ノ|「――そう言えば今日は私の先輩が登場した」

|゚ノ ^∀^)「これまでのシュラちゃんの独白で『呆れた衒学家』『黙っていれば二枚目』と言われてた、あの人だね」

j l| ゚ -゚ノ|「気付いていた読者もいらっしゃったが、彼は別作品の主人公だ」

j l| ゚ -゚ノ|「その作品からは数年経過しているが、特徴的な髪と目の色、間延びした話し方と頻繁にウインクする癖などはそのままだな」


|゚ノ*^∀^)「もしかしたら『空想空間』では敵として立ちはだかってくるかも?」

j l| -ノ|「そうだな、かつての先輩と敵対は親しい友人が主人公に対し恋心を抱いていたくらいにお約束――おい洒落にならないぞ」


j l| ゚ -゚ノ|「ちなみにレモナ、まさかとは思うが行方不明になった親友や恩師はいないだろうな?」

|゚ノ ^∀^)「あーそういう『死んだと思った仲間が実は生きてて敵に……』って展開もテンプレだよね」

j l| ゚ -゚ノ|「助太刀に参上するパターンもありえる」

|゚ノ ^∀^)「…………とりあえず『今まで倒した敵が物語終盤で登場』はシステム的に難しいだろうなぁ。残念」

947 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:42:08 ID:NbtQv9GM0

j l| ゚ -゚ノ|「しかし今回の展開には自分で発言しておいてだが、驚愕したのが私だ」

|゚ノ*^∀^)「六話でフラグ立ててたよね。委員長登場フラグ」

j l| ゚ -゚ノ|「そしてそれが回収されたことで『黒幕は未来のハルトシュラー=ハニャーン』というオチのフラグが立ってしまった」

|゚ノ ^∀^)「敵が自分なら展開の予想が的中するのも当然だよね」


|゚ノ*^∀^)「で、未来のシュラちゃんがラスボスなの?」

j l| ゚ -゚ノ|「未来の私のことを現在の私が知るわけがないだろう」


|゚ノ ^∀^)「フラグ重ねたね」

j l| -ノ|「今の発言は良くなかったと思ったのが私だ。これで敵が自分なのに気が付かなかった伏線が張られてしまった……」

|゚ノ*^∀^)「他にもシュラちゃんがラスボス?と思わせる描写は幾つかあるから探してみよう!」

j l| -ノ|「やめてくれ……」

948 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:43:11 ID:NbtQv9GM0

|゚ノ ^∀^)「実際、どんな奴が黒幕だと思うのかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「戯れ染みた予測で良ければレモナ一択だ。実はこの戦いは複数回目で、前々回まで優勝し続けたお前が『戦いを続けること』を願った結果が現在だ」

|゚ノ ^∀^)「イライラするんだよ――って僕は蛇モチーフの仮面●イダーか」

j l| ゚ -゚ノ|「近年はループ系SFが流行しているのでパロディとしては面白いアイディアだと感じる」

|゚ノ*^∀^)「已むなく戦っている中で戦う喜びに目覚めていく類の主人公に対するアンチテーゼにもなるから確かに面白いかもね」


|゚ノ*^∀^)「僕はこの学校自体が超能力者を作る為の巨大な実験場だったーってのが良いかな」

j l| -ノ|「めだか●ックスか。いやさ、めだ●ボックスか」

|゚ノ ^∀^)「大事なことだから二回言ったんだね」

j l| ゚ -゚ノ|「本当に洒落にならない」

|゚ノ ^∀^)「良いんじゃない? 今日ちょっとだけ触れられたエヴァもそれに近い設定使ってたんだし」

j l| ゚ -゚ノ|「ああいう煙に巻くような謎を残した終わり方を迎えるよりは張られていた伏線を回収し世界観を一変させ劇的な終局に向かう作品の方が好きなのが私だ」

949 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』:2012/09/28(金) 20:44:10 ID:NbtQv9GM0

j l| ゚ -゚ノ|「さてタイトルについてだが……そのままだな」

|゚ノ ^∀^)「第七話は鳥羽通って頑張り屋さんが自分の欲望に負けないように頑張った話でした。うん、そのまま」

j l| ゚ -゚ノ|「ではそろそろ終わりにするとしよう」

|゚ノ*^∀^)「というわけであとがたり、第七話篇でした! 次回も、サービスサービj l| -ノ|「おい馬鹿やめろ」






|゚ノ ^∀^)「…………どうでも良いんだけど、今日もフラグ立ったよね。ジョルジュ兄登場フラグ」

j l| ゚ -゚ノ|「触れないようにしていたのにお前は」

|゚ノ*^∀^)「そしてそろそろ水着回か温泉回が来る頃だね!!」

j l| -ノ|「お前は一体どの層の評価を得たいのだ……」

|゚ノ*^∀^)「サービスカットやポロリもあるよj l| ゚ -゚ノ|「ありません」

952 名前:おまけ・『汎神論(ユビキタス)』のレポート。その十一。:2012/10/01(月) 20:15:23 ID:VDnx3U960
(*゚∀゚)「鳥羽通」

【基本データ】
・年齢:十五歳
・職業:高校生(淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部二年五組所属)
・能力:『ブラックローズ』→「黒い薔薇の紋様を印し、次にそれに触れたものを茨で拘束する能力」
・能力体結晶の形状:不明
・総合評価:C

【概要】
 第三話より登場。恋に落ち、恋をする少女。
 ジョルジュのクラスメイトでクラス委員。
 少し伸び気味のショートカットで小顔で小柄でありながら胸だけは大きい。

【その他】
 名前の由来は京都市鳥羽街道駅から「鳥羽街道」→「鳥羽通り」→「鳥羽通」。
 一人称は「アタシ」で二人称は「アンタ」が多いが、考えを纏める際や敵意を抱いている場合はこの限りではない。
 フェミニストではない男女平等論者。勝気かつ活発で「女の子だから」という理由で優しく、あるいは甘やかされることを嫌う。
 体育や部活には周囲が軽く引くくらいにマジで取り組む。
 色々ありジョルジュに恋をしているが、普段は暴言染みた軽口と肉体言語を交わし合う仲。
 ……自覚はあまりないものの、幼い頃はプロレスごっこやじゃれ合いが大好きだった彼女はジョルジュとのやり取りが恋愛抜きでも嬉しくて仕方がない。

【備考】
 能力の元ネタは特になし。余談だが山科狂華(クルウ)に対しては圧倒的に有利。
 拘束するという能力の性質的にも、その豊かな胸部的な意味でも。

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