j l| ゚ -゚ノ|天使と悪魔と人間と、のようです Part2

41 名前:作者。 投稿日:2012/10/09(火) 18:34:09 ID:biaQpkZk0

・登場人物紹介

【生徒会連合『不参加者』】
『実験(ゲーム)』を止めることを目標とし行動する不参加者達。
保有能力数は三……『ダウンロード』『変身(ドッペルゲンガー)』他


|゚ノ ^∀^)
高天ヶ原檸檬。特別進学科十三組の化物にして一人きりの生徒会。
通称『一人生徒会(ワンマン・バンド)』『天使』。
空想空間での能力はなし。願いもなし。

j l| ゚ -゚ノ|
ハルトシュラー=ハニャーン。十三組のもう一人の化物にして風紀委員長。
通称『閣下(サーヴァント)』『悪魔』。
空想空間での能力は『ダウンロード(仮称)』。

  _
( ゚∀゚)
参道静路。二年五組所属。一応不良。
生徒会役員であり、二つ名は『認可不良(プライベーティア)』。

42 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:35:06 ID:biaQpkZk0

【ヌルのチーム】
ナビゲーターのヌルが招待した三人のチーム。
異常で、特別な人々。願望は特になく生徒会連合と戦うことを望む。

(  ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属、風紀委員会幹部。
『生徒会長になれなかった男』。
保有能力は『勇者の些細な試練』『姫君の迷惑な祝福』『魔王の醜悪な謀略』の三つ。


【COUP(クー)】
ナビゲーターであるジョン・ドゥが招致した人間達が作ったチーム。
五人構成らしい。

ノパ听)
深草火兎。赤髪の少女。
保有能力は『ハンドレッドパワー』。

イク*'ー')ミ
くいな橋杙。ヒートの先輩。
保有能力は『残す杙(ファウル・ルール)』。

43 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:36:04 ID:biaQpkZk0

【その他参加者】
それ以外の参加者。

リハ*゚ー゚リ
洛西口零(清水愛)。二年特別進学科十三組所属。二つ名は『汎神論(ユビキタス)』。
保有能力は『汎神論(ユビキタス)』『神の憂鬱(コンテキスト・アウェアネス)』。
願いは特になく、知的好奇心から戦いに参加している。

( "ゞ)
関ヶ原衝風。所属不明。
保有能力は「手にした物体を武器に変換する」というもの。
願いは自身の流派の復興。

( ^ω^)
ブーン。所属不明。
保有能力は『恒久の氷結(エターナル・フォース・ブリザード)』。

川 ゚ 々゚)
クルウ(山科狂華)。一年文系進学科十一組所属。二つ名は『厨二病(バーサーカー)』『レフト・フィールド』。
保有能力は『アンリミテッド・アンデッド』。

44 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:37:04 ID:biaQpkZk0

【ナビゲーター】
『空想空間』における係員達。

(‘_L’)
ナナシ。黒いスーツの男。

( <●><●>)
ヌル。白衣を羽織ったギョロ目の男。

i!iiリ゚ ヮ゚ノル
花子。アロハシャツを着た子供みたいな大人。
  _、_
( ,_ノ` )
ジョン・ドゥ。トレンチコートの壮年。

/ ,' 3
N氏。車椅子に乗ったイタリア系の顔立ちの老人。

ヽiリ,,-ー-ノi
佐藤。ワンピースの女性。自称「恋するウサギちゃん」。

( ´∀`)
トーマス・リー。ホンコンシャツの小太りの男。

|::━◎┥
匿名希望。パワードスーツを着ている。あるいはロボット。

45 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:38:05 ID:biaQpkZk0


※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。


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46 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:39:12 ID:biaQpkZk0




――― 第八話『 control ――傷名―― 』





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47 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:40:07 ID:biaQpkZk0
【―― 0 ――】



 同情するなら愛をくれ

 「君は生きていて良い」と言ってくれ



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48 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:41:14 ID:biaQpkZk0
【―― 1 ――】


 目蓋に残る記憶というものはきっと暗闇の残滓なのだろう。
 どれほど鮮烈な思い出であっても、それが光に満ちたものならば目を閉じるだけでは想起されないはずだ。


 そんなことを私が言うと、近くに座っていた私の先輩は笑った。
 「印象深くても火事の記憶は思い出さねーわ」なんて少しの間だけ目蓋を下ろしてみせる。
 この人の場合、火災よりも壮絶な記憶が他にある為かもしれないと私は思った。

 そう言えばとその先輩の隣に座っていた包帯が目を引く少女が呟く。
 暗闇で思い出される記憶が恐ろしく、一時期電灯を点けたままでないと眠れないことがあったらしい。
 今は大丈夫なのかと訊けば「終わった後はちゃんと消して寝ますよ」と答えてくれた。
 何が終わった後なのかは訊ねなかった。

 ……ふと周囲を伺うと、先ほどまで騒がしかった長髪の女性に気付いた。
 口と目を固く閉じ、寒さに震えるように自らを抱いている。

 先輩はその女性の名前を呼び、近くに座らせるとその手を強く握った。
 身体の緊張が解けていくのがここからでも分かる。
 同じ暗闇でも過去は変えられないが現在の意味合いは変えられる。

 隣に座る包帯の女性は露骨に頬を膨らませているが、それに関しては私の管轄外だった。

49 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:42:05 ID:biaQpkZk0

 その様子をなんとも言えない風に見ていた偉そうな青年は腕を組み、壁にもたれかかったままで一言。
 なんでも「人間の目が前に付いているのは達成すべき目標は前にしかないから」らしい。

 だから目蓋には心地良い思い出を残すべきだ、と続けた。
 私達の人生は短い、後ろを振り向く時間すら惜しい。
 脇目も振らず走り続けるならば、せめて瞬きの刹那ほどの間でも支えとなる過去を思い出せるようにということだった。
 一瞬それこそ瞬きの間くらいは感動してしまったがそもそもそういう思い出は光に満ちてるものなので目蓋になど残らないし残せない。

 と。


『そうとも限らないんじゃないかな』


 とても小柄な少女を引き連れて背後から現れたコートの男が私に告げる。
 彼、つまり私の兄はこう言った。


『痛みが生を実感させるものであるように、心に残った傷は、自分の存在を証明するものだから』


 傷の記憶は。
 絆の記憶。
 辛い過去は他人に助けてもらった過去でもある。

50 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:43:05 ID:biaQpkZk0

 無論、手を差し伸べてもらえなかった過去もあるだろう。
 あるいはそちらの方が多いくらいだ。

 だが目蓋に残るような壮絶な出来事は誰かの存在がなければ乗り越えられなかったことに相違ない。
 その誰かに助けてもらわなければ、今の自分はいなかったのだ。
 幼い日の自分は無力で、死ぬか生きるかの瀬戸際で、どうしようもならなかったけれど。

 今――自分はここにいるのだ。


『君はそうじゃなかった?』


 兄の問いかけに私は黙る。

 答えられない私の代わりに兄の後ろにいた小柄な少女が小さな声で応じた。
 少なくとも私はそうでした、と。
 誰かが命を懸けて守ってくれたからここにいますと。

 じゃあ私はどうだっただろう。
 そんな思い出が一つでもあっただろうか。

51 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:44:05 ID:biaQpkZk0


 泣き叫びたくなるようなドロドロと淀んだ過去は久しく動いていなかった感情の欠片。
 寒空も、暗い部屋も、札束を数える音も、卑しい笑い声も、冷たい瞳も、流れ出た赤く紅い私の血も何もかも。
 何もかもを思い出さないだけで覚えているけれど。

 そこに誰かがいただろうか。
 そこに私はいるだろうか。

 寂しくて、
 苦しくて、
 悲しくて、

 満ちる月と堕ちる夜。
 なけなしの全てを失くした私は必死で抵抗し。

 そして。


 私は、



.

52 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:45:05 ID:biaQpkZk0
【―― 2 ――】


 夢から覚めた瞬間では如何なハルトシュラー=ハニャーンと言えども現実の認識が遅れるものだ。
 ここが現実なのか、ここが現実ならばさっきまでの景色は夢だったのか、あるいは向こうが現実で今自分は夢を見ているのではないか。

 諸々のことを一秒も経たない内に考え終え、彼女はこれが現実だと断定する。
 先程まで見ていたものは確かにリアリティがあったが鳥瞰するような三人称視点で自分を見つめていたし、その自分は幼かった。
 幼い自分は更に幼い自身を回想しているようだった。

 あれは現実ではなかったにせよ過去ではあったのかもしれない。
 今の自分に影響を与えたトップ10が揃い踏みの豪華な……。
 いや、あの光景には六人しかいなかったので何人かが漏れていることになるが、誰がいなかったのだろうか。
 だからと言ってトップ5だと今度は一人ハブられることになるので問題だ。

 やがて多かれ少なかれ影響は受けているので変わらないか、とハルトシュラーは思考を打ち切った。
 僅かながら寝ぼけていると気が付いたからだった(六人しかいないのならトップ10でもトップ5でもなく「上位六人」で良いのだ)。


「お前は眠ってる時だけは天使だな」


 夢の中と同じように近くに座っていた先輩が微笑ましそうに言った。
 周囲の人の気配を察知できるほどの浅い眠りだったが、心地良い幻想に浸れたのは彼のお陰だろう。
 恒久的な味方ではないものの、信用に足る相手であることは確かなのだ。

54 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:46:04 ID:biaQpkZk0

 彼とレモナがいる時点で外敵への対策は十分とハルトシュラーは思っている。
 外敵ならぬ内敵に対する警戒は怠ってはいけないが。

 夕暮れの旧生徒会室を見回して、少女は言った。


「失楽園では悪魔の方が人間的に描かれていると考えるのが私だ」

「良い曲だよな。二人で歌ってハモると尚更良い」

「誰も茅原実里のシングルの話はしていない」


 古い上に分かりにくいネタだった。


「……そんなことはどちらでも良いのが私だ」


 壁に立て掛けてある時計を見る。
 少し眠り過ぎたようだ。
 体内時計の時間を修正し、指先を軽く擦り合わせて目を覚ます。
 仮眠は怠惰な気分になるので苦手だった。

55 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:47:06 ID:biaQpkZk0

 生徒会室のソファーで眠っていたハルトシュラー。
 対面の椅子にはスマートフォンを操作する先輩がおり、室内奥の生徒会長席では深く腰掛けた高天ヶ原檸檬が現代用語の基礎知識を仰ぎ見るように読んでいる。
 新役員の姿は見えないが、恐らく外泊の準備をする為に一旦家に帰ったのだろう。

 そう――外泊。
 今日生徒会連合は学校近くの宿泊施設に泊まる。

 それは今晩『空想空間』である作戦を実行する為であって、今し方までハルトシュラーが仮眠を取っていたのもその為だった。


「学校に泊まれると一番良かったんだけど」


 生徒会長の天使はそう言うが無理な相談というものだ。
 どれだけ粘っても学校にいられるのは夜の十時〜十一時が限界、宿泊はまず不可能だ。
 宿直の教師や警備員の目を盗めばできなくはないのだろうが、行うのが生徒会長と風紀委員長である以上、それは推奨されないだろう。

 そういうわけで、近隣のホテルに泊まる。
 少し豪勢なお泊り会だ。


「うら若き乙女二人が男と一緒に泊まるのはマズいだろうから、一応別の部屋にしておいたぞ」

「僕は別に構わないけどなぁ♪」

56 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:48:05 ID:biaQpkZk0

「俺が構うんだよ。変な噂が立ったら困るだろ?」


 挑発的な檸檬の言葉に紅色はウインクを返す。
 その仕草は顔が整っているのもあり様になっているのだが見慣れた悪魔はやや食傷気味だ。
 この人は相手が高校生でも平気で口説きそうだから困る、と溜息を吐いた。

 ハルトシュラーは言う。


「別の部屋なのは構わないが私達が寝ている間は傍にいてくれるのだろうな」

「おうよ、任せろ。何を警戒してるのか知らねーけど、依頼を請け負った以上はちゃんと守ってやるよ」


 『空想空間』のことは彼には話していなかった。
 土曜日の夜が明けるまで傍で守って欲しい――そんな風に依頼していた。

 何かあることは感づいているだろうが、先輩はそれが具体的に何なのかは訊いてこない。
 それは職業的ポリシーなのかもしれないし、あるいは信頼……いや警戒しているからかもしれないとハルトシュラーは思っていた。
 そもそも天使と悪魔の強度を知る彼からしてみれば彼女等が「守って欲しい」などと宣う時点で怪しいだろう。


「(二人の手にはあまる事態か、それか予防線か……。先輩はそのどちらかだと予測しているだろう)」

58 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:49:05 ID:biaQpkZk0

 そしてその予測は正しい。
 彼は安全策として呼ばれているのだから。

 人に頼まずとも現実世界の肉体を守る方法はあるにはあるのだが、使えるものは使った方が良いというのがハルトシュラーの判断だった。


「それにしてもよー……。よく俺に……っていうか男に頼む気になったよな、お前等」

「え?」


 デバイスをポケットに仕舞いながら先輩が話し出す。
 彼の性格的に先は予想できたが、一応先を促す。


「どういうことだ。話を聞きたいのが私だ」

「いや、さっきも言ったけどうら若き乙女二人だろ? かつ美少女だろ、お前等は」

「そうだね♪」

「否定しない辺りが潔いな……。とにかく、」

59 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:50:06 ID:biaQpkZk0

 一拍置いて。
 そうして八重歯を見せるように口端を釣り上げた笑みを浮かべ、先輩は告げた。



「お前等は俺に守れと依頼したが――俺がお前等を襲うことだってありえるんだぜ?」



 敵として、ではなく。
 男として女の二人を襲うということが。

 無防備に眠る少女が目の前にいて。
 彼がなんらかの間違いを、具体的には性的な犯行を行わないとは限らない。
 というか襲わない方が失礼だと考えるかもしれない。
 そういう風な常識もあるには、ある。

 だが、その可能性を悪魔はあくまで無表情に否定した。


「なんだ、そんなことか。大したことではないと考えるのが私だ」

「そうだねー。それはありえないよ」

60 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:51:05 ID:biaQpkZk0

 追随し天使も笑い飛ばす。
 あなたが、私達を襲うことなんてありえない――と。

 笑ったままで彼は訊く。


「なんでだよ。俺もまだまだ若い男子だし、若い女の子は大好きだぜ?」

「それはそうなのかもしれないが、万が一私達を貴様が襲った場合――――先輩は死ぬだろう」


 天使と悪魔が仕返しに殺す、わけではなく、自分達が対処するまでもなくあなたは殺されてしまうだろうとハルトシュラーは言ったのだ。
 例えば彼女の怖い兄などは間違いなく報復に打って出る。

 ハルトシュラーが護衛を雇ったのはそういう考えもあったからだ。
 もし現実世界で自分達が殺された場合、間違いなくその殺人者は復讐されるだろう。
 残酷に、痛烈に、確実に殺し返されるのだ。
 誰とは言わないが、誰かによって。

 つまりこの予防策は敵の身を守る為のものでもあるのだが、それと同じように彼女達を襲った場合の先輩にも死が訪れる。


「君は知らないだろうけど鞍馬兼クンっていうシュラちゃんラブの子がいるから、まず彼は復讐しようとするだろうね」

61 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:52:05 ID:biaQpkZk0

「ソイツが俺に勝てるとは限らねーだろ?」

「勝てなくても、殺すくらいはできるでしょ? 自爆くらいは躊躇わないと思うけどなぁ」


 高天ヶ原檸檬の見立てでは鞍馬兼は躊躇わない。
 そういう人間だ。

 そして、そんなことよりも――何よりも。


「君はあんまり嫌がる子を抱いて愉しめるタイプじゃないでしょ? Mだから」

「寝てる女を犯したところで精神的充足は得られないだろう。先輩のようなMには」

「やめろ、俺のキャラをマゾで固定させようとするな」


 彼の性癖は置いておくとしてもこういった軽口を交わし合える程度には近しい仲だった。
 その程度には信頼していた。
 とりあえずはそういうことで良いのだろう。

 実際は、また実情はそんな暖かみのある話ではなく、そのことはここにいる全員が分かっていたけれど。
 参道静路に「どうして護衛に男のアイツを選んだんだ?」と訊かれた際にはこう答えようとハルトシュラーは思ったのだ。

62 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:53:06 ID:biaQpkZk0
【―― 3 ――】


「今日の部活は?」

「休んだ。フン、練習も出来ないのに行ってどうする」


 どうすると言われてもどうしようもないとしか返しようがなかったので、彼の正面に座っていた鞍馬兼は黙ってココアを口へと運んだ。
 喫茶店のそれらしく不必要に甘いことはなかったが、普段上司に付き合って信じられないほど甘いコーヒーを飲むことが多い兼は何か物足りなくも感じた。

 淳中高一貫教育校から離れたある地方。
 駅から少し歩いた所にあるカフェの一番奥の席に高校生が二人、座っていた。
 一人は不自然な焦げ茶色の髪の背の高い少年。
 もう一人は荘厳な灰色の髪をオールバックにした少し背の低い生徒だった。

 焦げ茶の少年、つまり鞍馬兼は高身長でありながらあまり大きくは見えないのだが、灰色の男は小柄でありながら威圧感があった。
 眼鏡をかけている為に多少は緩和されているものの、それでも目元は切れ長で気配と同じく鋭かった。


「それはそうとこんな所までありがとう」

「俺とお前の仲だろう」

「本来ならば友情を象徴するような台詞なのに昨今の風潮からすると微妙にBLっぽいよね」

63 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:54:05 ID:biaQpkZk0

「BLか、フン。確かに俺はそれ向きの容姿であるし、お前も中々整っているからな」

「否定してよ。冗談にもならないんだから」


 うんざりした様子の兼に、お前は彼女にぞっこんだからな、と言って少年は鼻で笑う。
 この灰色の少年は鼻で笑うことが多い――普通の笑みを浮かべることが少ない。

 鞍馬兼が育ちの良いお坊ちゃんだとすれば、彼の方は同じく育ちが良くとも所謂「俺様キャラ」だった。
 後者は品こそあるが傲慢なのだ。
 ただ「偉そう」なだけではなく事実「偉い」のが困った部分だが。


「大体、そっちだって妙な噂が立つのは嫌でしょ」

「男色か、フン。悪くない」

「いや悪いでしょ。個人の性嗜好に口出しするつもりはないけど」

「女と噂されるよりは遥かにマシだ」


 その言葉が負け犬の遠吠え、もとい女子から相手にされない男子の強がりでないことを兼は知っている。
 同じだけ「容姿や能力よりも性格が大事」という一部の女子生徒の主張がどれほど薄っぺらいものなのかも。

64 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:55:06 ID:biaQpkZk0

 女性のことを産む機械と表現し問題になった政治家がいた気がするが、この少年は本気でそう考えていそうだった。
 傍から見ている限りではその価値観は古代ギリシアのアテナイそのままだ。
 彼の中では凡そ男は市民と奴隷に分けられ、女はほとんどが女中か奴隷かに分けられるのである。

 そして「こんな俺が女にキャーキャー言われるのだから奴等が馬鹿でないとしたら何になるのだ」というのが彼の主張の根拠だった。
 これに関しては鞍馬兼も反論の余地はなかった。


「かの哲学者ソクラテスも相当な男色家だったと聞く。フン、ならば聡明な男子は自身と同じように聡明な男子を愛すものなのかもしれない」

「……腐女子が聞いたら歓喜するだろうね、その主張」


 しかしかの哲学者が多くの美青年を口説き落としたというのは紛れもない事実。
 これに関しても兼には「時代背景的に仕方ない」としか言いようがない。


「しかしソクラテスね……彼にでも聞いたの?」 

「まあな。奴も俺と同じく女嫌いだからな」


 アイツの場合は嫌いなんじゃなく苦手としてるだけだろう、と兼は思ったものの口にはしなかった。
 その二つにさしたる差はない。
 この場合の結論は、どちらにせよ「だから女子と付き合わない」になり変わらない。

66 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:56:05 ID:biaQpkZk0

 ……まあ。
 その「女子」の例外がハルトシュラー=ハニャーンであり高天ヶ原檸檬なのだが。
 傲慢な少年の中でも女中にも奴隷にも分類されない女。

 彼等が戦おうと考えている――『天使』と『悪魔』なのだが。


「フン、土曜日だな」

「土曜日だね」

「あの天使の性格を踏まえて考えると今日動くのは確実と見て良いだろう」


 それはつまり、この二人がログインするのも決定事項となる、ということだった。


「……いい加減に『空想空間』での口調をくじ引きで決めるのも飽きたね。今日くらいは素直に、そして真面目にやろうか」

「フン、そうだな」


 何故ならば彼等は天使と悪魔と戦うことを目的にしているのだから。
 好きだけど――好きだから。
 戦いたいと願っているのだから。

67 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:57:06 ID:biaQpkZk0
【―― 3 ――】


 そこはスポーツクラブのプールサイドだった。

 プールサイドというよりは椅子と自販機があるのだから休憩室と言った方が正しいだろうか。
 その水着のままで使える(また普通の服装でも使用できる)会員専用のスペースに二人の人間がいた。

 一人はペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲んでいる競泳水着姿の少女で、セミショートの茶髪と快活そうな可愛らしい顔立ちが目を引く。
 いや、この場この時に限っては、人目を引いているのは羽織ったタオルの間から見える白い肌と紺の布地では隠し切れない女性的なボディーラインだったかもしれない。
 隠し切れないどころか瑞々しい豊かな双丘は酷く強調されてしまっている。

 彼女の斜め前に座るのは、なんの変哲もない黒髪と何もかもを軽蔑しているようなドロドロに濁った瞳が特徴的な少年だ。
 普段から他人と視線を合わせないよう気を付けている彼だが、トレーナー姿の今この時も変わらずに少女の顔を見ることはない。


「……目を見ないのは分かったけど露骨に胸を見るのは止めた方がいいと思うよ」

「すみません、癖で」


 それは男の性じゃないの?と少女――水無月ミセリは思う。
 目の前の彼はあまり男らしい感じの顔立ちはしておらず、彼女からするとそこが気に入っているところだったのだが。

68 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:58:08 ID:biaQpkZk0

 彼と同じ学年で同じクラスの、つまりミセリの後輩に当たる鞍馬兼などは「男の子として可愛らしい顔立ち」だが。
 この少年、つまり山科狂華は「女だったとしても不備のない顔立ち」だ。
 比較的男の子らしい前者は草食系で女のような目鼻立ちの後者は肉食系である辺り男らしさ女らしさは不思議なものだとミセリは時折思う。

 ちなみに水無月ミセリ自身が親しい友人ならば全員が認めるような肉食系女子である。
 目の前の狂華も認めることだろう。


「で、なんで胸ガン見したままなの?」

「すみません。水無月先輩が魅力的過ぎて、つい」


 声のトーンも表情も変えないまま赤面モノの台詞を吐く狂華。
 きっとこういうことは鞍馬クンは言わないんだろうなあ、と思いつつ、溜息を一つ。
 可愛い後輩に褒められて嬉しくないわけがない。


「……調子良いなぁ、もう。でもそういうのは身体じゃなくて顔を見て言った方が効果的だと思うよ」

「すみません無理です。顔を見てしまったら緊張で喋れなくなってしまいますから」


 そんなわけないでしょとミセリは呆れた。

69 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 18:59:05 ID:biaQpkZk0

 容姿、特に身体を褒められることを嫌う女子は少なからずいるが、彼女はそのタイプではない。
 顔でも髪でも胸でも腰でも昼間では言えないような部位でも褒められれば普通に嬉しい。

 性的な目線で自分を見られると、ゾクゾクする。
 そういうことを以前狂華に話した際は「先輩はMなのかSなのか分かりませんね」と少し苦笑いするように言われてしまった。
 支配しているような、服従しているような、複雑な感覚は嫌いではなかった。

 狂華は相変わらず胸や腰を見たままなので今現在も進行形でその快感は続いている。


「すみません、さっきは癖と言いましたが実際は見たいので意識的に見ています。だから見るなと言われればすぐにでも止めます」

「嫌じゃないから別にいいよ」

「水無月先輩は本当に優しいですね。あるいは本当にやらしいですね。補足しておくと優しいのは性格、やらしいのは身体と性格です。身体の方は異性に優しくないと思いますから」

「……狂華クンは本当に突き抜けてるよね、そういうトコ」


 一年十一組では傾奇者と言われているらしい山科狂華。
 初めて耳にした時こそ「なにそれ」と思った二年十一組所属の先輩だが、仲良くなってみるとまさにその通りだった。
 奇妙で独特過ぎる。
 正直過ぎて訳が分からない。

70 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:00:07 ID:biaQpkZk0

 先程のようなセクハラ染みた問答をクラスでもやっているのなら確実に嫌われるだろうが、そういう噂は聞かない。
 どうやら性的にオープンなのは特定の相手の前だけらしい。


「(計算してるんだろうなぁ……。私だけセクハラ発言される→私って意識されてる? みたいに女の子に考えさせるように)」


 そう考えると侮れない後輩だ。
 流石肉食系男子だと心の中で拍手を送る。

 泳ぐ為に括っていた髪を解き身体を隠していたタオルを使い絞るように拭く。
 僅かに狂華の瞳孔が広がる。
 ……侮れないが、やはり物凄く正直な後輩だった。

 気にせずにミセリは話し始めた。


「そう言えば最近は鍛えに来てなかったみたいだけど、何かあった?」


 二人はどちらもこのフィットネスクラブの会員だった。
 知り合ったのもここだ。
 彼女の方は週に一二回泳ぎに来る程度だが、狂華は暇な時は大抵ここで汗を流している。 
 彼が所属するテニス部も弓道部も基本的にはいつ休んでも良い類の部活なので、恐らくその日の気分で何処に行くか決めているのだろうとミセリは考えていた。

71 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:01:08 ID:biaQpkZk0

 だが親しいインストラクターによるとここ一週間は一度も来ていなかったらしい。
 それで少し気にかかり、訊ねてみたわけだった。

 少し考え、狂華はこう返した。


「何もなかった、と言えばすみません嘘になりますね。でも何かあったというほどのことでもありません」

「面白い小説を大人買いしたとか?」

「そんな感じです。今日も早めに帰りたいと思っています」


 そっか、とだけミセリは答え、追及はしなかった。
 彼女に自覚はなかったが人間関係でこのようにある程度の距離を保てるということは美点であり、また狂華が気に入った部分でもあった。
 この先輩は優しいというよりも一緒にいて疲れないんだ、とそんな風に考える彼にミセリは唇を尖らせ言った。


「……ふ〜ん、そうなんだ」

「何か不服なことでもありましたか?」

「別に〜?」

72 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:02:06 ID:biaQpkZk0

 そうして小悪魔のような笑みを浮かべ、彼女は続ける。



「折角土曜日なんだし、スポーツクラブに来るくらい時間があるのならちょっと遊びたいなーと思ってたんだけど」



 私の家でもう一汗くらい流せば良いのになーと思ってたんだけど、なんて。
 下唇を軽く舐めながら婀娜な風に言ってみせる。
 それは、年齢に不相応なほどで。

 こんな風に誘われて引くような男子じゃないとミセリは思っていたし。
 そんな風に誑かされて乗らないのは自分ではないと狂華は考えていた。

 肉食獣は草食系動物を狙うものだが肉食獣と遊びたがる肉食獣も世の中にはいる。
 喰って喰われて――抱いて抱かれて。
 そういうことが大好きだった。
 水無月ミセリも山科狂華も、楽しいことは大好きだった。 

 だから。


「……いやいや。先輩の遊びの誘いよりも優先すべき事柄なんてほとんどありませんよ。すみません、行かせて頂きます」

73 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:03:08 ID:biaQpkZk0

 狂華は目を合わせないままであっさりと承諾し。
 それを見、ミセリは満足そうに微笑むのだ。


「さっ、じゃあ決まったところで行こっか。……そう言えば狂華クン、好きな人ができたって言ってなかったっけ?」

「あれですか。すみません、まだよく分からないんですよね。……いやそれよりも水無月先輩、元彼と復縁するって言ってませんでしたか?」

「まだしてないからノーカン、かな?」


 仲睦まじげに二人は休憩室を出て行く。
 あくまでも友人として仲良さ気に。
 そういう相手に染まり切らない自由な関係を何よりも愛しているように。

 倫理から自由な風に。
 常識から自由な様に。


「久々だから身体鈍ってない? むしろ溜まってるから大丈夫だよね。ああ、愉しみだなぁ――ダンレボ」

「…………え、すみません汗流すって踊る感じですか?」

「そうだけど……それ以外に何かある? ひょっとしてとても言えないようなやらしー展開期待しちゃってたのかな?」

「本当に敵わないですね、先輩には」

74 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:04:10 ID:biaQpkZk0
【―― 4 ――】


 ―――動く。

 目が動く。
 足が動く。

 トドメを刺す意識を持った全身が滑るように動き出す。
 その機先を制し、手首をしならせ刀を振るう。

 狙うは頭部。
 直撃すると確信する一撃。
 文句のない速度だった。

 だから直撃するはず、だった。


 踏み込んだ彼女は防御姿勢を取る。
 受けるつもりだ。

 だが間に合わない。
 数瞬足らない。
 こちらも刀の軌道を変えることはできないが、相手も完全な受けは叶わない。

75 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:05:06 ID:biaQpkZk0

 つまり、勝ちだ。
 瞬間的に彼はそう判断した。


 交錯。
 刹那。

 彼女は身を僅かに屈め時間を稼ぎ攻撃を受け切り、更に手首を返した。 
 流れるような動作だった。
 背筋が寒くなるほどに見事な応じだった。

 曰く「面返し胴」。
 彼女の得意技であり殺し技。 

 そして、一閃―――。



「―――胴あり! そこまで!」



 ……息を吐き、敗北した彼が思うのは二つのこと。
 「また負けてしまった」と――「これが真剣勝負ならば死んでいた」と。

76 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:06:07 ID:biaQpkZk0
【―― 5 ――】


「精神が乱れてる? よく分からないですね」


 白い剣道着の少女、幽屋氷柱は淑やかに小首を傾げた。

 その対応に彼はからかわれているのではないかと思ったが、幽屋の性格的にそれはないだろうと思い直す。
 きっと彼女は試合中に迷うことなどないのだ。


「私は迷いがあっても太刀筋が乱れることはないと思いますよ。だって迷いがあるのは意識でも、刀を振るうのは無意識でしょう?」


 柔らかな声で彼女はそう言う。
 同じく柔らかな印象を持たせる垂れ気味の目元は細められている。
 半ばから緩やかにカールした肩甲骨まで届く黒髪には汗が見え、氷柱はそれが気になるようで青いタオルを取り出すと髪を丁寧に拭く。

 戦っている最中は勇ましいのにも関わらず不思議と終わった後は妙に色っぽいのが幽屋氷柱という少女だった。
 普段が健康的で清楚な分、頬を紅潮させ汗が伺える様子は男子諸氏にいかがわしい連想をさせてしまうのかもしれない。

 ……そう言えば、と彼は思い出す。
 そういうようなこと(具体的には「氷柱さんは試合後は妙に魅力的ですね」)を平然と言っていた部員がいた。
 やんわりと対応した氷柱だが、怒ったのか照れたのか、その後の彼に対する指導が妙に厳しかったのを覚えている。

77 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:07:06 ID:biaQpkZk0

 それはそうと、と彼は訊いた。
 細部は無意識であっても戦い自体は意識的に動かねばどうにもならないのではないか、なんて。


「それはその通りですね。私も大体は考えながらです。いえ、姉に比べればほとんど考えながらかもしれません」


 幼い頃に会ったきりだが彼も覚えていた。
 幽屋氷柱には双子の姉がいたのだ。
 彼女が理性の人ならば姉の方はどちらかと言えば感性を優先させるタイプで、双子でも違いが出るのだと驚いたものだ。

 しかし、ならば姉はともかく氷柱は迷いがある際は戦えないのではないか。
 戦えたとしても、とても勝てないのではないだろうか。

 そんなことを言うと、氷柱は微笑み告げた。


「身体には力が入り、太刀筋は乱れ、迷いの所為で動きは遅い――そんな状況ではそもそも私は戦わないと思います」


 というよりも。
 普段からそうならないように気を付けている、ということだろう。
 試合のように練習に臨み、練習のように試合に臨む。
 そういうことだ。

78 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:08:05 ID:biaQpkZk0

 ならば状況そのものに精神を乱されている場合はどうしたら良いだろうか。
 試合ではなく、対戦相手に気圧されてしまっている場合は。

 悩みつつ彼が問うとあっさりと氷柱は答えた。


「一度、何故戦っているのか考えてみれば良いと思います。例えば大会ならば相手が誰であろうと戦わなければならないでしょう?」


 一回戦で前回の優勝者と当たってしまったとしても。
 その相手とは勝ち進んでいけば、いつかは対戦することになる。

 そもそも武道というものは勝つことを主眼に置いていない。
 自分は何故戦っているのか―――。
 勝つことも大事だが、それ以上に大切なことはあるはずですと彼女は笑った。

 少し、気が楽になった気がした。


「……ところでどうしてそのようなことを? まるで試合どころか、死地に臨むかのようですけど……」


 質問を彼は愛想笑いで誤魔化した。
 これから彼が臨む戦いは肉体は死なずとも精神が殺されるかもしれない戦いだった。

79 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:09:05 ID:biaQpkZk0
【―― 6 ――】


 ところで、洛西口零は四歳になるまで言葉を喋ることができなかった。

 だが六歳の頃受けた知能検査においては零の知能指数は二百に近いとされている。
 かつては知的障害や精神障害のことを「遅延障害」と言い表したりもしたが、まさに彼女の頭脳は単に遅れているだけだった。
 常人より遅れていたが――やがて周囲を追い越したのだ。

 かつてのIQを零は誇っていない。
 いや「凄い」「珍しい」とは感じているが同時に「それがなんになる」とも思っていた。

 知能指数の算出方法上(精神年齢÷生活年齢×100)、そのシステム的に幼い頃は高い数値を出しやすいのだ。
 六歳の洛西口零のIQが二百であっても彼女は通常の十二歳児と同等の知能を持っているに過ぎない。
 その前提を踏まえると、何が神童だ、周りより多少頭が良いだけで結局ガキじゃないか、という風に彼女は考えてしまうのだ。

 ……知能指数が百三十を超える人間の割合は全体の二パーセント程度に過ぎないが、そんな事実は零にとってはどうでも良かった。
 むしろ自分の思考の理解者が百人に一人いないという点では損をしているのではないかとさえ思う。


 そもそも彼女は知能検査を信用していない。
 ちなみに高校入学時点でも未だ上位二パーセントの知能を有していることになっているものの、その数値を信じたことは一度もなかった。

80 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:10:05 ID:biaQpkZk0

 彼女が知能指数を重視しないのには幾つか理由があるが、大きなものの一つに、持論の「頭の良さには種類がある」があった。
 あの有名な三つのドアに関する問題の解答が導き出せたところで何か役に立つとは思えないし、答えを知ってさえいればそもそも考える必要すらないのだから。

 そして、『空想空間』にログインしてからは――同じように強さにも種類があるのだと零は考えるようになった。


「……土曜日か」


 スマートフォンの液晶の片隅に映る日付を見、とうとうこの日が来たかと性悪な笑みを浮かべる。
 恐らくはこの一週間で最も激戦になるであろう日だ。

 もしかすれば、あの天使と悪魔が脱落するかもしれない日だった。


「どんな強さを持つ人間が残るのだろうね」


 ログイン人数が多くなるということは乱戦が多くなるということだ。
 これまで通りには戦えまい。

 あるいはあえて人の多い今日は戦いに参加しないという慎重策を取る人間もいるだろう。
 それはそれで戦略的な一種の正しさだろうと零は思う。
 思いつつ、彼女は簡単な身支度を始めた。

 自分は直接戦闘には向かないとは分かっていても、それでも面白いことを知る為、洛西口零は渦中へと飛び込んでいく。

81 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:11:05 ID:biaQpkZk0
【―― 7 ――】


 女子の寝間着というものを参道静路は見たことがない。

 同年代の男子ならば大抵の奴が見たことないのではないかとジョルジュは思っている。 
 眠る姿ならばある程度の間柄なら目にすることもあるだろうが、完全な就寝時の姿なんて同棲でもしなければお目にかかれないだろう。


「(そう考えるとラッキーだわ。多分、二人も寝間着で寝るだろうから)」


 移動後、夜も更けたホテルの一室で。
 紅色の先輩と携帯式の小さなオセロに興じながらジョルジュはそんなことを考えていた。
 戦績は芳しくない……というか全敗だった。
 どうやら目の前の相手は頭も相当に良いらしい。

 ここは件の天使と悪魔の部屋。
 ジョルジュが呼ばれたということはそろそろ寝るということだ。

 『空想空間』に戦いに行く――ということだ。


 高天ヶ原檸檬の方は就寝前にシャワーを浴びることが習慣となっているらしく、今は浴室で髪を乾かしている。
 ハルトシュラー=ハニャーンの方はと言えば、愛用の詰襟学生服をハンガーにかけクローゼットに収納するなど身支度を整えていた。

82 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:12:13 ID:biaQpkZk0

 二人が『空想空間』へと行く間、ジョルジュは護衛として起きていなければならない。
 徹夜するくらいは構わないのだが、彼女等がいない間は色々と気を付ける必要があるので少しだけ心配だった。

 まさか、本当に現実世界で仕掛けてくる参加者がいるとは思っていない。
 だから気を付けなければならないのは――目の前の青年だ。
 バトルロイヤルに関しては全て秘密なので、雑談の流れでうっかりそのことを漏らしてしまわないように注意しなければならない。
 
 「実は今夢の中で殺し合いしてて勝ち残ったら願い叶えてもらえるんですよー」なんて戯言を信じる人間がいるわけがないが、それでも念の為だ。


「(どうも委員長サンは隠したがってるみたいだし、気を付けるか)」


 機会があれば詳しく訊いてみるのも良いかもしれない。
 どうせあの人の考えは理解できないだろうけど。

 そんな風に思いつつ盤面を黒く染めていく。
 何度目かの勝負は終盤で、最早素人目にも勝つ可能性が万に一つもないことは分かる。
 ただでさえ地力で劣っているのに集中できないのでは勝てるわけがない。
 美少女の寝間着姿を想像しながら知的ゲームなんてジョルジュにできるわけがなかった。

 ……まあ。
 つい数分前まではシャワー音にニヤついていた彼なので、可愛らしい女子が近くにいる時点で勝ち目はないのかもしれない。

83 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:13:06 ID:biaQpkZk0

 と。
 聞こえていたドライヤーの音が止まった。
 髪を乾かし終わったらしい。

 ジョルジュと同じように気付いたらしい紅い青年は静かに告げた。


「目を閉じた方が良いんだろーな……。お前も閉じろ」

「へ? まあ、分かったわ」


 そう言えば会長サンは着替えを持って入らなかった気がするわ、と浴室に向かう姿を回想する。
 寝間着はともかく流石に裸を見てしまうと気まずい。

 ガチャリという音と共にドアが開いた。
 ジョルジュは目を閉じたままなので分からないが、檸檬が出てきたらしいことは理解できた。
 足音と体温が彼の横を通り過ぎ、ベッドへと向かって行く。

 部下が目を閉じていることに気付いたらしい檸檬は笑いながら言った。


「目なんて閉じなくても良かったのに。着替えるわけじゃないんだから」

84 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:14:05 ID:biaQpkZk0

「いや、閉じたのは妥当だったと判断するのが私だ」


 そうしてハルトシュラーは呆れたように続けた。


「確かに着替えるわけではないが……。お前は寝る時は裸だからな」

「え、マジで!?」


 瞬間置かずにジョルジュは目を見開き二つ並んだベッドに目を向けた。
 だが残念なことに檸檬は既に布団に潜った後だった。

 惜しいことをしたような、これで良かったような複雑な気分だ。


「全裸、全裸かぁ……」

「……名も知らぬ素行不良生徒。想像は自由にすれば良いと思うが、全裸を連呼するのは止めた方が良い」

「いやだって、全裸……」

「だから止めろと言っているのが私だ」

85 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:15:06 ID:biaQpkZk0

 ベッドの上から鋭く釘を刺してくるハルトシュラー。
 流石にみっともないと思い、ジョルジュは大人しく従い黙る。
 そうしてふと、彼女の方を見た。

 脇の椅子に畳まれたスラックスと下着があった。


「―――ってアンタも全裸じゃねぇか!!」

「連呼するな。そして裸で寝るような私ではない」

「いや、でも下着が……」


 目を凝らして見ていると対面に座っていた青年に頭を叩かれた。
 俺の後輩にセクハラするな、ということらしい。

 仕方なく彼の方に向き直ると紅い青年は苦笑いしながらどういうことかを伝えた。


「アイツは裸で寝るわけじゃねーよ。……ワイシャツ一枚で寝るわけで」

「マジで!? それもどうかと思うわ!!」

86 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:16:05 ID:biaQpkZk0

 確かによく観察してみると、椅子には学生服のズボンはあってもシャツがなかった。
 また下着もブラはあるがパンツの方はない。
 あんな無表情でなんて卑猥な格好をしてるんだろうと妄想に浸ろうとしたジョルジュだったが、やっぱり叩かれた。

 それよりもこの男がそんな二人の個人情報を何故知っているの方が気になるが、恐らく二人はそういうことに無頓着だからだろう。
 男であるジョルジュでも友人の前で裸で寝たりはしないが、そういう常識は彼女達には通じない。

 もしかすると、これからの戦いで負ければ参道静路という人間の記憶を全て忘れてしまうということもありえるが――常識が通じない二人はそんなことを気にした風はない。


「んじゃ、僕そろそろ寝るから」

「私も就寝しよう」

「あ、ああ……」 


 これで最後かもしれないのに。
 色々なことを忘れてしまうかもしれないのに。
 これが別れなのかもしれないのに。

 高天ヶ原檸檬はいつも通りの愉しそうな笑みのままで。
 ハルトシュラー=ハニャーンは相変わらずの無表情で。

87 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:17:10 ID:biaQpkZk0

 負けることなど欠片も想像していない。
 そんな常識の通じない態度が、これ以上ないほどに信用できて。

 「俺は無駄な心配なんてせず二人の裸でも想像していればいいんだ」と――そんな風にジョルジュは思うことができた。



「……おやすみ、ジョルジョル」

「先輩、その男のことを任せた」



 天使と悪魔はそれだけを言い残し、答えも待たずに両目を閉じた。
 次の瞬間にはもう、寝息を立てていた。

 紅色の青年はテーブル近くの小さな灯りを残して他全ての部屋の照明の消すと、薄暗くなった中で二人の姿を一目見、「やっぱり寝てる姿は天使だな」と笑った。
 同じことを思っていたジョルジュは「まったくだわ」と苦笑いを浮かべた。
 その姿は普段からは想像できないほどに邪気がなく、幼く、端的に言えば可愛らしかった。

 いつもはさして感じないのに、どうしてか守ってあげたいと思ってしまう寝顔だった。


 ……このようにして、誰かに見守られながら。
 高天ヶ原檸檬とハルトシュラー=ハニャーンは今日も戦いの舞台へと旅立った。

88 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:18:04 ID:biaQpkZk0
【―― X ――】



 ―――「タカマガハラ・レモン」 ガ ログイン シマシタ.

 ―――「ハルトシュラー・ハニャーン」 ガ ログイン シマシタ. 





.

89 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:19:05 ID:biaQpkZk0
【―― 8 ――】


 「失礼」。

 少女はそう言うと会話を打ち切り、片耳に装着していたイヤーフック型のインターカムを左手で抑えた。
 次いでフレキシブルアームを少し調整するとマイクに向かい話し始める。


(-、-トソン「こちら藤村です。はい、はい……」


 彼女と先程まで会話を行なっていた、辮髪のような三つ編みで詰襟の学生服を着た少年は「いつ聞いても詩人のような名だ」と小さく笑った。
 生徒会に新しく入ったという一般役員も詩人を思わせる名前らしいが、目の前の少女は著名な詩人と全く同じ名を名乗っていた。

 軍服のような、灰を基調とした奇妙な服装の少女だった。
 背は高く、スレンダーで黒髪はコンパクトに頭頂部で一纏めにされている。
 無駄なものが一つもない美貌を「完璧」と評するならば彼女の顔立ちは完璧に近いと言えるだろう。
 やや目元が鋭いが、それはそれで少女の口調に合っていた。

 「藤村」または――「トソン」。
 初めて会った際にそう呼んで下さいと指示されたので、少年はトソンと呼んでいた。
 珍しい名前だが、ありえないほどではない。

90 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:20:17 ID:biaQpkZk0

 ちなみにトソンは会話中も武器を手放さないポリシーらしく、今も軍用向けのセミオートマチックスナイパーライフル(H&K MSG90)を片腕で抱き抱えるように持ったままだ。
 六キロほどの重量の狙撃銃を持ち続けていられるわけだから彼女は細身なれど鍛えられているのだろう。

 あるいは、そういう能力なのかもしれない。


(-、-トソン「……了解しましたマキナ様」


 凛とした声音でそう言うとトソンは彼の方に向き直る。
 内容は聞き取れなかったが、どうやら通信は終わったらしかった。


( `ハ´)「もう良いのかね?」

(゚、゚トソン「構いません。会話を中断してしまい申し訳ありませんでした」


 言葉の上では謝罪だったが平然と告げられると謝られている気がしない。
 彼女の方も悪いとは思っていないだろう。
 単に、社会人のルールとして謝罪を行っただけだ。

 トソンの黒い瞳は、酷く冷たい。

92 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:21:09 ID:biaQpkZk0

(゚、゚トソン「それで承諾して頂けますか? シナー様」


 シナーと呼ばれた辮髪の少年は腕を組み頷く。
 元より頼みを断れる立場にはないのだ。

 今だって、一応トソンは頼み事をする姿勢を取ってはいるが、こちらが断れば即座に撃ち殺すつもりだろう。
 スナイパーライフルではなく腰に提げた拳銃を使ってだ。
 腰だめで撃とうが彼女の実力と距離を踏まえれば確実に致命傷を負わされると予測できた。

 だからシナーは大人しく従った。


( `ハ´)「生徒会長と風紀委員長を襲撃する、か……。難題ではあるが頑張りたいね」

(-、-トソン「お願い致します。現時点ではあなたの能力が最も有効と判断できるもので」


 発言者が美人というのもあり頭の軽い男子ならば浮かれて勘違いしてしまいそうな台詞だが、実際は甘さの欠片もない厳しい一言だ。
 有効と判断されているのは「あなた(シナー)」ではなく「あなたの能力」。
 故にシナーは、もし断ればこの場で殺されることになるだろうと考えていた。

 引き受けてもらえないのならば、能力を奪い自分でやれば良い。
 そんな風に考えられる程度の実力がトソンにはあるのだ。

93 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/09(火) 19:22:05 ID:biaQpkZk0

 それに、何もシナーにとっては悪いことばかりというわけでもない。
 この依頼を達成すれば報酬として能力体結晶を一つ譲り受ける約束になっており、また彼女のチームにも勧誘されている。
 最も敵に回したくない相手の傘下に入れるのならば十三組の怪物を敵に回すのも良いだろう。

 天使も悪魔も、その戦闘能力は特筆すべきものであるが。
 しかし――シナーの能力は戦わずに勝つ能力だ。


(-、-トソン「万が一他者の介入があった場合は私が排除しますので、ご安心して任務にお取り組み下さい」

( `ハ´)「そういうことがないことを祈りたいね」

(-、-トソン「私も祈っておりますので」


 それでは、とトソンは目礼をし、言った。



(゚、゚トソン「ご武運を、シナー様。……あなたという麦が多くの実を結びますように」



 最後の言葉の意味は分からなかったが、島崎藤村の詩の一節か何かだろうと考え、シナーは深く訊ねなかった。

119 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 12:57:56 ID:sQIM4QtA0
【―― 9 ――】


 フィクションの中の生徒会が強大な権力を有しているように、創作上の新聞部には情報通がいるものだ。
 あるいはスクープを何よりも好むお転婆な記者が所属している設定も多いだろう。

 残念ながら現実の学校である淳高の新聞部には情報通もお転婆記者もいない。
 前者に限ってはかつては在籍していたらしいのだが、現在の淳高で情報通ポジションと言える洛西口零は帰宅部であり、加えて言えば彼女にはコンピュータ部が最も相応しいだろう。
 零の主な情報収集手段がハッキングである以上は。

 とにかく淳高新聞部は物語に登場するそれとは違ってごく真っ当な部活だった。


 淳高新聞部の主な活動は校内の掲示物の張り替えと行事の広報である。
 二月に一度の頻度で壁新聞も作製しているものの、どちらかと言えば部活動の勧誘ポスターを委任され作成したり、連絡事項を掲示したりすることの方が主になっている。

 内容だけ聞くと雑用のようだが、文書作成、ポップ作り、インタビューや写真撮影等を行う中で様々なスキルが身に付く実用的な部活だ。
 些か地味なことは否定出来ないが、新聞部の特権として存在する「各掲示板の一部を自由に使用できる」は魅力ではあるだろう。
 また掲示物作製を委任する部活及び同好会はかなり多く事実上掲示行為を行うのは教師陣を除けば新聞部に限られる。
 どれほど目立たない部活だったとしても生徒総数が千を軽く超える高校の一角を確かに担っているというのは中々に爽快で、職務をやり遂げた際には達成感も生まれる。

120 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 12:59:08 ID:sQIM4QtA0

 だから少女は自らが所属する新聞部が好きだった。


リi、-ー -イ`!「♪」


 こんなことをしている場合ではないと分かっているのに。
 危険な行為でしかないのに。
 それでも思わず彼女は廊下の途中で立ち止まり、そこを見てしまう。

 どこまでもリアルな異世界は当然のことながら掲示板の内容だって現実と同じ。
 そこには新入生である少女が初めて製作した図書室の新刊入荷に関する広告が貼られている。

 『空想空間』に来てまで作った掲示物が気になるなんて自分は本当に新聞部が好きなんだ、と少女はおかしくなって笑ってしまう。


リi、゚ー ゚イ`!「…………あれ?」


 と。
 感慨深い自分の処女作の右下、現実では何もなかったはずのスペースに張り紙がしてあるのを見つけた。

 原則として『空想空間』はバトルロイヤルの開始時の淳高を基準とし、変化しない。
 無論例えば参加者が教室のドアを破壊すれば変化する(またそれは継続する)が、そうでなければ変わるのは蒼い空の天気くらいで基本的には不変だ。
 少女も一度自動車が派手に壊れているのを見つけて驚いたことがあった。

121 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:00:08 ID:sQIM4QtA0

 変化があるとすれば戦いの傷跡くらいのはずなのだが、どうして張り紙なんかが増えているのだろう?

 掲示物と言えば私達新聞部だよね、でも私は張った覚えはないし、もしかして他の部員もバトルロイヤルに参加しているのかな――なんて。
 そんな諸々の疑問を解消する為に少女は大きな掲示板の前で屈むと張り紙を読んでみる。

 すぐに――全てを理解した。


リi、゚ー ゚イ`!「……なるほどね」


 掲示行為を行うのは教師陣を除けばほぼ新聞部だけだと思っていたが、そう言えばもう一つあった。
 掲示に関して新聞部以上に自由な機関が。

 ……他の部活が広告を作りたがらない理由には作製の手間がかかることもあるが、もう一つ、許可を取りに行くのが煩わしいというものがある。
 校内の掲示物はどんなものであっても掲示の際は許可を得る必要があるのだ。
 より厳密には、掲示自体はどんなものでも可能だが、承認印がなければ発見され次第撤去されてしまう。

 そしてその承認印を持っている――つまり掲示許可を出せるのは生徒指導部の教員、各学年主任に加えて、生徒の中でもう一人。
 自らが許可できる為に実質的にどんなものであっても自由に掲示可能な一個人であり一機関。

 その張り紙は――生徒会執行部の全ての権限を有する『一人生徒会(ワンマン・バンド)』こと現生徒会長高天ヶ原檸檬が掲示した生徒会会報だった。

122 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:01:02 ID:sQIM4QtA0
【―― 10 ――】


(-、-トソン「……予想通りですが、実際に見ると笑いしか出てきませんね」


 トソンは身を屈め廊下を進んでいた。
 その様子は「歩いている」と表現できるほど緩やかなものではなく、「走っている」と形容できるほど騒がしいものではなかった。
 驚くほどスムーズな移動は片手に携えた自動拳銃(H&K MK23)も相俟って彼女を本物の軍人のように見せていた。

 傍らには身長百八十はあろうかという背の高い女子生徒がいる。
 同じく灰色の軍服を着崩しつつ纏っており、ワックスで固められた短髪と頬に僅かに残った火傷痕が目立っていた。
 服装もあり、一瞬性別が分からなくなる容姿をした少女だ。
 彼女の役割は護衛兼荷物持ちのようでトソンが使用する狙撃銃を代わりに背負っている。


〈::゚−゚〉「チラシ、ですね」


 所在なさげに短機関銃(P90)を持つ右手と逆の手には、生徒会長が学校中の掲示板に貼り付けたらしい生徒会会報がある。
 ……彼女達は何処かの新聞部員のように廊下で立ち止まったりはせずに剥がしてきたのだ。


(゚、゚トソン「その通りです。生徒会会報です――『空想空間』での戦いをやめるように訴える」

〈::゚−゚〉「効果はあると思われますか」

123 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:02:03 ID:sQIM4QtA0

(-、-トソン「効果がないとしても必要があるので。それが役所というものです」


 小声で冷たく呟くとトソンは静かに壁に張り付き、片手を挙げ「止まれ」と指示すると曲がり角の先を伺う。
 耳朶に届く戦火と喧騒は遠く、まるでテレビの中で起こっていることのようで、今この瞬間も校内で多くの生徒が戦っているとは信じられなかった。

 他ならぬ彼女も――戦っているというのに。


(、 トソン「―――!」


 滑らせるように飛び出したトソンは拳銃を構えると標準も曖昧なままで、


(  3)「、」


 発砲した。
 次いで素早く倒れた男子生徒に近寄ると眉間を撃ち抜き、完全に生命活動を停止させた。
 いや――脱落させた。

 即死だった。
 一発目の時点で、ほぼ完全に。

124 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:03:07 ID:sQIM4QtA0

 尚も警戒を解かない彼女に部下は僅かに呆れ顔を見せるが、そんなことは構わずトソンは見張りを指示する。
 そうして男子生徒が手首に付けていたミサンガ(能力体結晶)を取り出したナイフで切り取り回収した。

 思わず部下は言った。


〈::゚−゚〉「あなたに倒される参加者が不憫でなりません」

(-、-トソン「イシダ。戦争とは往々にして非情なものです」

〈::゚−゚〉「……どちらかと言えば、私よりもあなたの方が石のようです。どう思われますか」

(゚、゚トソン「あるいはそうかもしれません。が、そのようなことは現在関係がないので」


 トソンから「イシダ」と呼ばれた従者はそれ以上何も言うことはなかった。
 何を言っても無駄だと思ったからであり、何を言われても動じない上司を評価し直してのことでもあった。
 やはり誰かの下にいるのは勿体ない逸材だと感じるほどに。

 どうせ、この人はそう言われても反応を見せないのだろうけれど。
 そんな風にも思ったが。


(-、-トソン「急ぎましょうイシダ。……折角の天使と悪魔を殺すチャンスですので」

125 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:04:03 ID:sQIM4QtA0
【―― 11 ――】


 淳高にある小規模食堂――通称「喫茶食堂」のテーブル席に二人の人間が座っていた。

 一人は目元に日焼けペイントを付けた、ラフな出で立ちで頭には打撃用ヘルメットを被り左手には金属バットを携えた少女だった。
 もう一人はM-65フィールドジャケットを羽織った不自然な焦げ茶頭の少年だ。

 団欒、というわけではない。
 歩いていた少年を少女が襲撃し、そのまま牽制し合っている内にここに辿り着き、両者共流れで座ってしまっただけだ。
 少女が金属バットを手放さないこと、また机の上に少年の拳銃(S&W M686)が置かれていることからもこれが和やかな会談ではないことは傍目に明らかだった。

 常識的に考えれば、こんな状況で席に座ってしまうのが不自然と言えばその通りではあるが。
 その奇妙さと奇抜さこそが鞍馬兼らしさであり、また山科狂華らしさであり――二人独特の空気だったのだろう。


(  −ω−)「……先に言っておくけれど、僕は君のことを知らないんだから」

川 ゚ 々゚)「そうか。悪いけど私はお前のことを知っている。相変わらず不敵だな『大佐(カーネル)』」

(  ・ω・)「やめてくれないかな。そう呼ばれると知り合いを思い出す」

川 - 々-)「お前の永遠の好敵手である山科狂華だな?」

(  ・ω・)「色々言いたいことはあるけれど、いつから僕は君のライバルになったのかな?」

126 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:05:06 ID:sQIM4QtA0

川 ゚ 々゚)「分かってるじゃないか、私が誰か」

(  ・ω・)「あまり分かりたくはなかったけどね。そんな目をした人間はあまりいないから」


 そう言うと、兼は黒々とした大きな瞳で眼前の少女を見た。
 少女――クルウ(山科狂華)の目は墨汁のように濁り切った深い黒だ。

 何処を見ているのかよく分からない、レイプ目みたいな瞳だと何度見ても兼は思ってしまう。
 纏われた有するだけの殺意には不思議と似合う双眸。
 恐らくその二つはどちらもが彼女の家族からの強い遺伝の結果で、両親とあまり似ていないと言われる兼は少し羨ましかった。


川*- 々-)「く、くく。悪いけど、お前の目もカラスみたいで綺麗だぞ」

(  −ω−)「つぶらな瞳と言いたいんだろうけど、最早それは悪口にしか聞こえないんだから」

川 ゚ 々゚)「女子にモテる目だ。羨ましいな」

(  ・ω・)「女子で思い出したけれど、零さんから君への愚痴を丸三十分くらい聞かされた。何したの」

川 ゚ 々゚)「悪いけど何もしてない。おっぱい触っただけ」

(  ・ω・)「それは何かしたに入るんだから」

127 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:06:02 ID:sQIM4QtA0

 下手をすれば訴えられても仕方がないレベルの所業だった。
 世のセクハラ上司と違うのは狂華は許して貰える仲の相手にしか行わないということだ。

 ……余計にタチが悪い。


(  −ω−)「全く君は……はあ。もういいんだから」

川 ゚ 々゚)「草食系のお前には肉食獣の考えは分からないだろう。愛しい上司の足を舐めているような可愛い系の男子には」


 さらりとクルウは絶対に聞き逃してはいけないことを言った。
 社会的に死ぬこともありえる爆弾発言でしかなかったが、この状況であっても鞍馬兼は動揺しない。
 淡々と言葉を返す。


(  ・ω・)「最近クラスの女子の僕を見る目がおかしかったのはその所為か」

川 - 々-)「悪いけど十一組では噂になってる。『夕方の会議室で素足の風紀委員長の前に鞍馬君が跪いてた』って」

(  −ω−)「……それだけだと事実なのが辛いね」


 確かに、兼は上司であるハルトシュラーの前に跪いた事実はあるが。
 それは彼女の足をマッサージする為であり、断じて特殊なプレイの為ではない。

128 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:07:06 ID:sQIM4QtA0

 その情報に尾ヒレが付き、現在のような性的な関係を思わせる噂話になったのだろう。
 あるいは目撃者が勘違いしたのかもしれない。
 女子の前で屈んでいる姿を見ただけでそう連想するとは中々ませているが。

 どうやら狂華は全て知っていたらしく、訂正に驚いた風はない。
 驚くことなく続けて訊いた。


川 - 々-)「……悪いけど、私は『委員長が喘いでいた』とも聞いた」

(  ・ω・)「あの人はマッサージが好きなんだ。少し冷え性で過労気味だからその解消として」


 だからと言って普通は後輩に素足を触らせたりはしないだろうが、悪魔の思考は本当に分からないと狂華は心中で笑った。
 そして、だからと言って命じられるがままに跪く兼はどっちにしろ特殊な性癖に違いないとも思った。

 それはそうとして、


川 ゚ 々゚)「ところであそこにいる奴はお前の知り合いか?」


 と。
 クルウはバットで食堂の入り口を指した。

129 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:08:02 ID:sQIM4QtA0

 そこにあったのは――立っていたのは裸の男。
 羞恥心がないのか、パカパカと前面部の蓋を開け、色鮮やかな内蔵までもを晒してしまっている。
 男ではあるが生きてはいない、人体模型がそこに立っていた。

 「立っていた」のだ。
 一人でに、まるで生きた人間のように。


(  ・ω・)「……残念だけど僕の知り合いではないんだから。君の客人じゃないの?」

川 - 々-)「悪いけど人間の内臓なんて戦場と手術室で見るだけで十分だ」


 目の前で家族を惨殺された人間が言うには些か不謹慎過ぎる発言だったが、知らないということは十分伝わった。
 了解し、続けて兼は訊く。


(  ・ω・)「ちなみに逆方向の白骨死体はどうかな」


 そして反対側の出口。
 そこには理科準備室で人体模型の隣に並んでいたはずの骨格模型がいる。
 こちらも立っているのだが、骨だけでは上手くバランスを取ることができないようで、出来損ないのマリオネットのようにふらついていた。
 頭の上に十字の木片が浮かんでいるのが余計にそれらしい。

130 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:09:01 ID:sQIM4QtA0

 よく目を凝らして見ると、人体模型の背後にも同じような木のパーツがあった。
 あれが模型を操る為の端末なのだろう。

 椅子から立ち上がり、ヘルメットを直しつつクルウは言う。


川 ゚ 々゚)「模型を操る能力……いや、『ヒト型のモノを操る能力』か? 私達も死ねば操り人形にされるのかな。これが俺のファンサービスだ、って」

(  −ω−)「縁起でもないことを言わないで欲しいんだから」


 人体模型の方向、つまりクルウとは逆方向を見据えて兼は拳銃を構えた。
 どれほどストッピングパワーがあろうと人形には大して通用しないと思われるので狙うのは伸びた糸だ。
 模型の四肢には木片から伸びた糸が絡んでおり、更に木片からは一本の糸が後方へと伸びている。
 それを辿ればこんな情景を造り出した能力者に行き着くことだろう。

 まったく、と鞍馬兼は溜息を吐く。
 「狂華とは敵対しているか、そうでないならば共闘しているかしかないよね」なんて。

 たまには紅茶を飲みながら談笑でもしたい。
 そんな風にも思うが、きっとそれは叶わぬ願いだろう。

 だって狂華の言葉を借りれば、二人は好敵手同士なのだから――共闘している時以外は敵同士なのだ。

131 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:10:09 ID:sQIM4QtA0

川 - 々-)「悪いけど、現実世界で体力を使うことがあったから今の私は疲れ気味だ」

(  ・ω・)「そんなこと知ったこっちゃないんだから。骨折して来ても向かって来たあの時みたいに気合を見せてよ」

川 ゚ 々゚)「お前のような本物の天才には分からないだろうけど、悪いけど私のような天才は二十過ぎればただの人になってしまうんだよ」


 じゃあ大丈夫だね、と少年は呟いた。
 そうだな、と少女は笑った。

 一年文系進学科の異常者ではあれど異端者ではない二人。
 普段敵同士である彼等が同じ方向を向くことはない。
 守り合う為の背中合わせも机を挟んでいる為にズレているが、それも彼等のいつも通りだった。

 そうして二人が飛び出そうとした――その瞬間だった。



『―――生徒会執行部からの連絡です』



 小さなノイズ、ピンポンパンポーンというお決まりの効果音から続けて放送が入った。
 スピーカーから聞こえてきたのは現生徒会長高天ヶ原檸檬の声だった。

132 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:11:03 ID:sQIM4QtA0
【―― 12 ――】


 放送は、学校中に響いた。
 あるいは校外へも届いているのかもしれない。



『―――願いを叶える為にバトルロイヤルに参加している皆さん、こんにちは。生徒会執行部会長、兼副会長、兼会計、兼書記、兼庶務の高天ヶ原檸檬です』



 決まり切った特徴的な自己紹介。
 平時の有り様からは想像できない事務用の言葉遣いであっても彼女が誰か分からぬ者はこの学校に一人もいない。
 現生徒会長、高天ヶ原檸檬。



『―――校内における暴力行為及び破壊活動は校則により禁止されています。また皆さんの参加している催しは無許可で行われているものです』



 『一人生徒会(ワンマン・バンド)』の。
 高天ヶ原檸檬。

133 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:12:03 ID:sQIM4QtA0

 彼女は淡々と続ける。



『―――よって今すぐ戦闘を中断し、バトルロイヤルから辞退して頂きたく思います』



 あくまで。
 天使のように。



『―――指示に従って頂けない場合は、生徒会執行部は全会一致で強制措置に踏み切ることも辞さないとの結論に至りましたので、まことに遺憾ながら、実力行使をさせて頂きます』



 無茶苦茶で。
 自分勝手で。
 独立独歩で。

 つまりは至極日常茶飯な風に生徒会長はそう言った。
 戦いを止めるよう――警告を発した。

134 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:13:03 ID:sQIM4QtA0

 素直に従うなんて思ってもいないのに。
 抗ってくれることを望んでいるのに。



『―――つきましては、迅速なご決断とご対応をよろしくお願い致します。繰り返す―――』



 全く同じ放送がもう一度繰り返される中、参加者達はそれぞれ多種多様な感想を抱いていた。
 憤る者、慄く者、無視する者、期待する者様々だった。

 そして高天ヶ原檸檬をよく知る数人は笑っていた。
 それは性悪な笑みや、高笑いや苦笑い、多岐に渡るものではあったが全員が笑っていた。
 真意を理解した人間は皆、笑っていたのだ。

 何故ならば。


リハ*-ー-リ「……流石に優しいねえ、会長殿は」


 彼女は警告を発し参加者に決断と対応をしろと言ったけれど。
 従わない場合は暴力で強制的に排除すると――つまりはバトルロイヤルのルールに則って戦うと、そう言ったのだから。

 つまりはどんな決断もどんな対応も尊重すると言ったのだから。

135 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:14:02 ID:sQIM4QtA0
【―― 13 ――】


 繰り返される放送の中、屈んだトソンはスコープを覗いていた。

 レンズの向こうには開け放たれた窓があり、その先には廊下と扉がある。
 現実世界では夜間や昼間のマニュアルはあっても「上空がほの蒼く輝く曇天」などという非現実的な状況は想定されていないが、特に問題はなかった。
 後は自分が上手く当てられるかどうかだ。

 射的距離を考えれば淳高の裏手に聳える山という選択肢もあったが、トソンは校内からの射撃を選択した。
 五百メートルを超えるような狙撃には自信がなかったし、何より万が一場所がバレた場合に離脱し安いという点を評価した。

 彼女がいるのは教室だ。
 当然時計は設置されているので危険になった場合は現実世界に戻れば良いだけなのだ。
 代わりに伏射ができないが、許容できる範囲だろう。

 入念なチェックを終えていく上司にイシダは言う。


〈::゚−゚〉「現在男女平等を叫んでいるフェミニストは戦争になれば意見を翻し従軍することはないと予測しますが、どう思われますか」

(-、-トソン「私はラディカル・フェミニストは男女同権を求めているのではないと解釈しているので。あの人達はただの男嫌いであり、自身の社会的無力を直視したくないだけです」

〈::゚−゚〉「リベラル・フェミニストは厳しいですね」

136 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:15:02 ID:sQIM4QtA0

 思ってもいないことをイシダは言った。
 実際に抱いたのは「あなたは厳しいですね」という感想でしかなかった。


(゚、゚トソン「徴兵制を男女平等にすれば兵力は二倍になります――厳密には女性の方が僅かに多く生まれるので二倍以上でしょうか」

〈::゚−゚〉「恐ろしいことを真顔でおっしゃりますね、あなたは」


 かつて日本では女は男の後ろに付き従うものだったという。
 それには様々な理由があるのだが、有名なものの一つに「危険な状況に陥った際に先に逃がす為」という説がある。

 だがこの都村藤村は、一人が時間を稼ぐ間に一人が逃げるよりも二人で困難に立ち向かった方が生存率は高いと考えていた。
 無論ケース・バイ・ケースなものの――同じ理屈が現代社会にも通用できる、と彼女は思っている。
 基礎体力や才能(ここでは性別による先天的能力の差)が全てを決めるならば武器も武術も虚しいものでしかない。


(-、-トソン「遍く戦争は恐ろしいものですよ」

〈::゚−゚〉「そうではなく、全女性を従軍させるという考えがです。どう思われますか」

(゚、゚トソン「あながち無茶な理屈ではないと考えていますので」

〈::゚−゚〉「どういうことでしょうか」

137 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:16:03 ID:sQIM4QtA0

 スコープから目を離さないままにトソンは言う。


(゚、゚トソン「『スターリングラードの白薔薇』と呼ばれた女性飛行士の公式スコアは十機を超えていますし、ある女性狙撃手は一つの戦いで十人以上を射殺したとされています」

〈::゚−゚〉「賞賛すべきでしょうが、それでも勲章を受章するのはほとんど男性です。どう思われますか」

(-、-トソン「……オリンピックでは中国人がメダルを獲得することが多いようですが、それが何故か分かりますか?」


 イシダは黙った。
 言わんとすることが分かったからだ。

 例えば百人に一人才能ある人間が生まれるとすれば当然母数が多い国の方が天才の絶対数は多くなる。
 同じように「女性起業家が少ない」というような意見も、社会進出する女性の絶対数自体が少ないのである意味で当然なのだ。

 だからトソンは本当に女性が守られるべきか試してみれば良いと考えていた。
 ある民族においては一般的な社会の女性的な役割(家事)を男性が、男性的な役割(狩猟)を女性が担当しているらしいが、特に問題はないらしい。
 ならば存外戦場で才覚を表す女子も多いのではないかと。

 そう――あの天使と悪魔のように。

138 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:17:02 ID:sQIM4QtA0

(゚、゚トソン「人間の才能というのは分からないものです。少なくとも貴賤や性別で予測できるものではないので」


 信頼していますよ、と。
 冷たい口調のままでトソンは呟いた。

 性別で強さが決まるのならば私はあなたを護衛にしていません。
 私は実力を評価しあなたを傍に置いています。
 ……それはそういう意味を含んだ一言だっただろうか。


〈:: −〉「(ズルいですね、この人は……。人の心に入り込むのが上手い……)」 


 一瞬間、声が出なくなった。
 胸が、苦しい。

 けれどトソンは気付いていないように淡々と指示を出す。


(-、-トソン「……シナー様が到着したようです。イシダ、引き続き警戒態勢を。私は狙撃に集中しますので」

〈::゚−゚〉「了解しました」


 動いた心を悟られないようにイシダは平静な声音を作り答えた。
 しかしきっと自分の心情などお見通しなのだろうと、そんな風にも思った。

139 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:18:02 ID:sQIM4QtA0
【―― 14 ――】


 放送を終えたレモナが電源を落とす傍らでハルトシュラーは窓のことが気になっていた。
 この部屋に来る前に通った廊下の窓、出口すぐの場所の開いていた窓のことだ。

 人間が窓を開ける理由は幾つかあるが「涼む為」や「換気をする為」が多いだろう。
 今回の場合はどれでも構わない。
 そもそも『空想空間』では人間自体が少なく、窓が開いていることそのものが不自然なのである。
 「暑い」や「換気をしよう」と思う人間が少ないと言えば分かりやすいだろうか。

 開いているのだから誰かが開けたのだろう。
 しかし一体なんの為に?


j l| ゚ -゚ノ|「(戦う過程で外に出る必要性が生じた、と考えたいところだが、ここは二階だ)」


 とりあえず不審に思ったハルトシュラーは放送中に抜け出し窓を閉めた。
 身を小さく屈め、窓の外から見えないようにしながら。

 それは狙撃を警戒してのことだった。
 彼女は真面目に参加するとしたら遠距離からの射撃という戦法を取ると考えているのだが、自分が狙撃手と仮定すると窓は開いていた方が都合が良いのだ。
 だからもしかすると、と考えた。

141 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:19:02 ID:sQIM4QtA0

 狙撃の際に窓が開いていなかった場合、弾丸がガラスを砕くので『割れた窓』という点ができる。
 その点と着弾点を結び真っ直ぐ伸ばせばスナイパーの場所は割り出せる。


|゚ノ*^∀^)「あー、疲れた。でも愉しかったなぁ」


 放送を終え、机に置いていたA4サイズの紙がすっぽりと入る封筒を手に取りそのまま伸びをする生徒会長高天ヶ原檸檬。
 中にはまだ少し張り紙が残っており、時間があればこの後また掲示しに行く予定だった。

 今回の計画を立てたのはレモナだった。
 曰く「警告や説得をする時間が勿体ない」ということで、事前に通達しておくことで無駄を失くす目的があった。
 宣戦布告は一人一人ではなく一度にする方が効率が良いだろうということだ。

 以降、生徒会連合は多くの参加者に狙われることになるだろう。
 そういう危険な作戦だった。

 だが本当にそうだろうか?


j l| ゚ -゚ノ|「レモナ。終わったのなら移動を勧めるのが私だ」

|゚ノ ^∀^)「え?」

142 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:20:05 ID:sQIM4QtA0

 これから危険になるのは勿論だが――「以降」ではなく、「現在」も十二分に危険なのではないだろうか?
 挑発的な放送を終えたこの日以降は確かに警戒すべきなのだが、そうではなく。

 高天ヶ原檸檬がこういった行動を取ることを予測し、この瞬間を狙っている誰かがいるのではないか――と。


|゚ノ ^∀^)「どうしたのシュラちゃん? “僕(きみ)”らしくもない」

j l| ゚ -゚ノ|「お遊びで決めた二人称は使うな。真面目な話だ」

|゚ノ ^∀^)「……襲撃を心配してるのならしばらくは大丈夫だろうし、入った時に盗聴器も爆発物も調べたでしょ?」


 不思議そうにレモナは小首を傾げる。
 説明をしても良いのだが、その隙が惜しい。

 だからハルトシュラーは言った。


j l| ゚ -゚ノ|「レモナ、嫌な予感がする。一旦ここから遠ざかろう」


 普段の理性的な彼女ならばありえないような発言だった。
 まるで論理的ではない、意味不明な一言だった。

143 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:21:03 ID:sQIM4QtA0

 だからこそ。
 信用と信頼が試される言葉だった。
 そして、レモナは。

 あの、血に塗れた微笑を浮かべ――こう返した。



|゚ノ*^∀^)「そんなにどうしてもって言うなら……行こっか」



 嫌な予感なんて上等じゃん。
 敵が来るなら迎え撃とう。

 普段のハルトシュラーが予感などというあやふやなものを信じないように、普段のレモナならばそう言っただろう。
 そんな風に強気な発言をしなかったのは偏に悪魔を重んじたからだ。
 天使はあまり他人の意見を聞こうとしないのだが、隣に立つ彼女は他人ではなかった。

 自分のような――親友と呼ぶべき存在だったのだから。


 レモナは笑い。
 ハルトシュラーも僅かながら笑みを見せた。

144 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:22:04 ID:sQIM4QtA0


 ―――だが。
 全てがほんの少しだけ、僅かに遅かった―――。

 瞬間、



j l|; -ノ|「―――レモナッ!!」



 部屋の扉が勢い良く開け放たれ眩い光が二人を貫こうとする。
 それに数瞬先んじ、扉がスライドする音に反応してハルトシュラーは屈みながらレモナの頭を押さえ付けた。

 同じように屈もうとしていたレモナは後押しのお陰で完全に机の下に隠れることができた。
 しかしハルトシュラーは僅かに間に合わなかった。
 翻った長い銀髪が白光に触れてしまった。

 如何な悪魔と言えど光速よりも速く動くことなどできない―――。


j l|;゚ -゚ノ|「くっ!!」

145 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:23:03 ID:sQIM4QtA0

 白光と長髪と。
 その二つが造り出した小さな影は人型となり、ハルトシュラーに襲い掛かった。

 いやそんな生易しいものではない。
 独立した影はハルトシュラー自身が作る影に彼女を引きずり込もうとしているのだ。
 手足を掴み、底なし沼のような闇の中へ押し込もうと。

 それを目撃した天使の行動は迅速だった。


( `ハ´)「これで一人終わりね……ッ!?」

|゚ノ# ∀)「―――ッ!!!」


 焦ることも叫ぶこともなく、屈んだ姿勢から膝に力を込めクラウチングからのスタートのように飛び出し、三角飛びの要領で壁を蹴り飛ばすと机に飛び乗る。
 驚き言葉を失ったシナーが手に持ったシュアファイアの小型懐中電灯を向けようとするが、天使に当たることはない。

 光より速く動くことはできずとも、手首の動きを予測し光を避けながら動くことはできるのだ。
 曲芸師のように机を蹴り飛ばし空中を走るように間合いを詰める。
 レモナが入り口まで辿り着くまでは、どれほど多めに見ても三秒もかからなかった。

 シナーは――逃げることすら、できなかった。

146 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:24:02 ID:sQIM4QtA0

 激突の寸前に回し蹴りを放ちトーチを壁際まで弾き飛ばす。
 この一撃目でシナーの手の平の骨が二本ほど折れていたがそんなことはレモナの知ったことではない。

 痛みで蹲ろうとする相手の首を掴み、脚を払うとそのまま壁に叩きつけた。
 頭蓋が砕け、血が辮髪を濡らす。
 小柄ながら一人の男子高校生を右腕一本で持ち上げ投げたのだ。

 更にそのまま片腕で手近な机に先と同じように叩きつけ、シナーの肺の空気を根こそぎ出したところで――そこでやっとレモナは口を開いた。


|゚ノ ^∀^)「……解除は?」

(; ハ)「ぁ……っ……」


 度重なる激痛でシナーはとても声を出せる状態ではなかった。
 しかし、そんなことは彼女には関係がない。 

 空いていた左手で親指をへし折った。


(; ハ)「がっ――ぐがぁぁぁぁああ!!!」

147 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:25:04 ID:sQIM4QtA0

 叫び声にも彼女は眉一つ動かさず、今度は折った親指を思い切り握った。
 それでもレモナが表情を変えることはない。

 あの凄惨に美しい血に塗れた微笑はこの異常な状況に嫌というほど似合っていた。
 惨たらしくも、美しい。
 それが高天ヶ原檸檬という『天使』の姿―――。


|゚ノ ^∀^)「早く。ほら、早く。能力解除してよ」

(; ハ)「で、……きっ、ない……」

|゚ノ ^∀^)「できないの? 本当に?」


 握った手を少しだけ緩める。
 シナーは涙と鼻水を垂れ流しながら嗚咽混じりに答える。


(; ハ)「あの、『影の元型』はっ……。あいて、の……精神空間に……!」

|゚ノ ^∀^)「……敵自身の心の中に引きずり込む能力だから、君は発動できるだけで後はどうしようもないのかな?」


 必死で頷こうとするが、首はレモナが抑えている為に動かなかった。

148 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:26:02 ID:sQIM4QtA0

|゚ノ ^∀^)「どうやったら助けられるの?」

(; ハ)「……中に入った誰か、が……。具現……化……した、恐怖を……っ」


 どうやら影の中に入り形となった恐怖を打ち破れば能力そのものが崩壊するようだった。
 となるとレモナがやるべきことは一つだった。

 そして、



|゚ノ*^∀^)「あはははっ! じゃあ君――――必要ないじゃん!!」



 シナーは用済みだった。
 部屋の窓を開けると、最早呼吸をしているかすら怪しい彼を、投げ捨てた。
 その行為にはなんの躊躇いもなかった。

 恐らくは彼も立派な淳高の生徒であるはずなのだが、今のレモナにとっては極めてどうでも良いことだったようだ。
 彼女は生徒会長ではあるが聖人ではなく、誰にでも情けをかけるような慈悲深い人間ではなかった。
 そもそも彼女は人間ではなく、『天使』である。
 だからレモナは「先に宣戦布告しておいて良かったなあ」とそんな風に思うだけだった。

 誰も彼女を責められないだろう――だって彼女は宣言通りに戦うと決断した人間をルール通りに戦いでねじ伏せただけなのだから。

149 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:27:02 ID:sQIM4QtA0
【―― 15 ――】


 遠くで悲鳴が響いた気がした。
 殺し合いをやっているのだから珍しいことではないとトソンは思うが、どうやらイシダの方はそうではないらしく身体をブルリと震わせた。
 恐れ慄いているわけではないのだろうが嫌な気分になってしまったようだ。

 それでも狙撃体勢の上司を邪魔しないようにと黙る姿は殊勝そのもので好感が持てる。
 真面目なトソンは真面目な人間が大好きである。

 だから、スコープを覗いたままで言った。


(゚、゚トソン「体調が優れないのならば今日は撤退しましょうか?」

〈;:゚−゚〉「いえ、そんなことは」

(-、-トソン「そうですか。それは良かったので」


 先に話しかけられたことで話しかけても良いと判断したらしく、「あの」とイシダは口を開く。


〈::゚−゚〉「……シナー様は勝利できるのでしょうか。どう思われますか」

150 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:28:01 ID:sQIM4QtA0

 なんだそんなことかとトソンは思ったものの一応答えてあげることにした。
 彼女の中ではシナーよりも遥かにハルトシュラーが廊下の窓を閉めたことの方が気になっているのだが、まあ良いだろう。


(-、-トソン「十中八九無理でしょうね。私の見立てでは彼は敗北します」

〈::゚−゚〉「……分かってて同盟を持ちかけたのですね」

(゚、゚トソン「そうですね。『当たれば儲け物だな』と福引券を使うようなものと考えるのが一番近いと」


 それはつまり「外れたところで実害はない」ということ。
 シナーが負けたところでトソンは傷付かず、もしシナーが勝てばトソン達は労せずして特別進学科十三組の化物と怪物を除去できる。
 最初から当たれば幸運、くらいのものでしかなかった。

 補足するようにトソンは続けた。


(゚、゚トソン「もし彼が不意打ちに成功すれば彼の勝ちでしょう」

〈::゚−゚〉「そうでなければ?」

(゚、゚トソン「二人ともに回避されれば彼の勝ち目はなく、一人にだけ直撃させた場合は即退却すれば助かるでしょうね」

151 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:29:03 ID:sQIM4QtA0

 残念ながらシナーは逃げることなく、あろうことか勝ち誇ってしまったので悲惨な目に遭うことになった。
 だがトソンからすれば責められる覚えはない。
 事前に「初撃で仕留められなかった場合は撤退をお勧めします」と告げていたからだ。

 シナーが二人に悟られずに部屋まで辿り着けた(靴を脱ぎ音を消したのだ)のも、扉を開ける前に光を点けておくことで能力発動までのタイムラグを失くせたのも、彼女が策を授けたからだ。
 ここまでバックアップをしたというのに恨まれるとしたら不服でしかない。

 そもそも彼一人では天使と悪魔の場所まで辿り着けなかったのではないかとトソンは考えている。


〈::゚−゚〉「……職員室に放送設備があるということは初めて知りました」

(-、-トソン「学校にもよりますが、放送室が離れている場合は職員室に簡易放送機器がある場合が多いです。緊急の自体に備えてですね」


 放送室ではなくそちらを選択する生徒会も見事だが、それを予測してみせた上司にはイシダも舌を巻いた。
 ちなみに放送室の方には事前に指向性対人地雷を仕掛けたので先ほどの悲鳴はその被害者のものかもしれない。

 誰も出てこない職員室の扉を見つめ、呟くようにトソンは言った。


(-、-トソン「能力は有効だったはずなのですが……思惑通りにいかないものですね、戦争というものは」

152 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:30:03 ID:sQIM4QtA0
【―― 16 ――】


 弾丸が糸を断ち切ったのとバットが骨格を骨片に変え切ったのはほぼ同時だった。

 糸の切れた操り人形こと人体模型は倒れ伏し、ガシャガシャと音を立てて内臓をぶち撒けた。
 骨格模型の方は糸は生きているので動かせはするのだが、糸が繋がっている骨が粉々に砕かれていてはまともな攻撃ができない。
 動かしていた人間も諦めたらしく、もう模型達が動くことはなかった。

 対抗策は真逆であるのに、どちらもが問題なく目標を達成している辺りは流石の鞍馬兼と山科狂華だった。
 それでも疲れたらしく二人は元いた席に戻ると座って息を吐く。


(  −ω−)「思いの外、強かった……」

川 - 々-)「私は人間以外に弱いということが今日分かった。人しか殺せないなら勇者にはなれないね」


 はあー、ともう一度大きな溜息を吐く二人。
 そうしてスピーカーを見上げたクルウが言った。


川 ゚ 々゚)「放送室、行きたかったな……。あの人外と戦えたかもしれないのに」

(  ・ω・)「どうだろうね」

153 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:31:13 ID:sQIM4QtA0

 それは「委員長達は戦ってくれない」という意味だったのか、「放送室に委員長達はいない」という意味だったのか、誰にも分からない。
 他ならぬ兼自身もどうしてそんなことを言ったのか分からなかったが、なんとなくそこへ行っても戦えない気がしたのだ。
 ハルトシュラーは勘を当てにしないが部下である兼は割と直感を重んじている。

 口に出しておきながら生徒会はあまりクルウにとっては重要な相手ではなかったらしく、すぐに彼女は話題を変えた。


川 ゚ 々゚)「そう言えば、お前は『エクストラステージ』に参加しなかったのか?」

(  ・ω・)「しなかったよ。賞品が要らなかったから」


 僕と似た感じの能力でね、と兼は軽く説明するが、クルウはあまりピンと来なかったようで黙って先を促した。
 何処から説明したものか迷うが、適当で良いだろうと語り出す。


(  ・ω・)「僕の能力は空間支配型で、賞品も同じ空間支配型能力だったから要らなかった」

川 - 々-)「効果が同じわけでもないのに? 勝ち抜けば固有結界が二種類使えるようになったのに」

(  −ω−)「固有結界って言うな。ん……正直言うと効果が嫌だったんだから」


 同じ種類の能力だから要らなかったというよりは――効果が嫌だった。

154 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/14(日) 13:32:03 ID:sQIM4QtA0

川 ゚ 々゚)「へぇ。悪いけど、どんな能力なのか聞かせて欲しい」

(  ・ω・)「多分、ナビゲーターに訊けば教えて貰える……と思う。賞品は公開情報らしいから」

川 - 々-)「悪いけど私のナビゲーターは馬鹿だから。奴の良いところはノーブラでアロハシャツ姿であることしかない」


 どんなナビゲーターか気になるが、服装だけ聞くと馬鹿とは言わないが頼りにはならなそうだった。
 そして山科狂華がその人を性的な目線で見ているらしいことは分かった。
 節操のないことだった。

 別に勿体振るほどのことでもなかったので、兼はあっさりと言った。


(  −ω−)「対象が最も恐怖を抱いているモノを見せる能力……だったかな? 人物でも過去でもなんでも、一番怖いモノを見せるらしい」

川*- 々-)「じゃあ私の場合なら家族の惨殺シーンか。なるほど、悪いけど確かにお前は嫌いそうだ」

(  ・ω・)「君がそれを怖いと感じてるとはとても思えないけど、なんにせよ相当に悪辣な能力なんだから」


 少なくとも自分は負けてしまう、と思う。
 どころか勝てる人なんていないんじゃないかと。
 誰だって目を背けている、誰にも触れられたくない心の部分というのはあるのだから。

 あの天使と悪魔だって、きっと―――。

165 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/15(月) 19:39:56 ID:kQZC4A0Q0
【―― 17 ――】


 ハルトシュラーの身体はほとんど影に飲み込まれていた。
 今は片手だけが机の脚を掴み残っているような状態で、その手も黒く染まり初めていた。

 侵食されている――のだろう。


|゚ノ ^∀^)「……きっと君は『私に構うな』って言うんだろうケド」


 職員室の床にぽっかりと空いた穴、暗闇を見下ろしながらレモナは呟く。
 そうこうしている間に細い指先まで影が行き渡る。
 黒く変わった部分は暗闇に同化しているようで最早この状況では助ける方法がない。

 あくまで。
 この状況では、存在しない。

 天使が取るべき行動は決まっていた。
 それは悪魔が見ていたならば「やめろ」「私のことなど放っておけ」と制止したであろう無謀な行いだ。
 だがここに彼女はいない。

 そして「無謀な行い」というのは常人が判断してのことであって、レモナには通用しない。

166 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/15(月) 19:41:02 ID:kQZC4A0Q0

 何度でも言おう。
 高天ヶ原檸檬に常識は通用しないし、そもそも彼女は人間ではない――『天使』である。 

 加えて特別進学科十三組の怪物で。
 ハルトシュラー=ハニャーンの数少ない友人で。
 何よりも、高天ヶ原檸檬である。

 だから。



|゚ノ ^∀^)「必要なんてないのかもしれないケド……でも、」



 助けに行くよ、と。
 そんな風に一言呟いて。

 天使は閉じかけた影の中に足を踏み入れる。


 ……『影の元型』という能力は対象の恐怖を具現化する能力だが、彼女のその姿はまるで恐れの感情などないと言わんばかりの勇ましいものだった。
 それどころか決意すら必要もないような、当たり前の、高天ヶ原檸檬らしい選択だった。

174 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:24:09 ID:euxtg5aw0
【―― 18 ――】



 ―――目蓋の裏に残る記憶というものはきっと暗闇の残滓なのだ。

 振り切ったはずの闇。
 それは決して消えることはなく、まるで影法師のように以降の人生に付いて回る。
 傷は治ったとしても傷跡は一生残ってしまう。

 そして。
 ふとした瞬間に痛み出す。

 まるであの時殺された自分の欠片がこっちにおいでと誘っているかのように。


 傷が、痛む。

 自分はあの時壊れておくべきだったのだと。
 自分はあの時狂っておくべきだったのだと。
 何より、自分はあの時に死んでおくべきだったのだと。

 そんな風に告げるように。
 「お前が生きているのは間違いなんだ」と――そんな風に、酷く冷たい声音で囁くように。

 淀んだ過去が。

175 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:25:03 ID:euxtg5aw0

 ……ハルトシュラーを包んでいた暗闇が溶け去った後に残ったのは、薄暗い、ジトジトとした部屋だった。
 音は存在していないらしく聞こえないのだが窓を叩く水滴から雨の夜だということが分かった。

 違う。
 夜ではない。
 夕暮れ時だった。

 ハルトシュラーはそれを知っていた。



j l| ゚ -゚ノ|『…………随分と懐かしい風景を見せてくれる』



 口を動かして呟く。
 尤も声にはならなかったが。

 今のハルトシュラーの身体は幽霊のように半透明で、立つことはできているものの、この分だと何かに触れることはできないだろう。
 意識だけの存在、という表現が最も相応しいだろうか。
 そもそも『空想空間』というのが肉体があってないようなものなので不思議はなかった。 

 いや――これも違うだろうか。

176 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:26:02 ID:euxtg5aw0

 この過去における現在のハルトシュラーが他にいる以上、過去を矛盾なく成立させる為には現在(未来)のハルトシュラーは実体であってはならないのだろう。
 過去は平然と『現在』という未来を蝕むが、『未来』という現在は過去に対してどうすることもできない。

 だから、彼女の目の前で三人の男に押さえ付けられているハルトシュラーを――彼女が救うことは、決して叶わない。



j l| -ノ|『…………』



 過去がスローで再生されていく。
 服を破かれ半裸になった少女は瞳から涙を溢れさせ、声を出そうと口を手で抑えられながらも唸り、必死で暴れ男達を遠ざけようとする。
 だが幼い彼女一人の抵抗など大人からすれば可愛らしいものでしかない。


 ……予測していた風景だ。
 何度も夢に見過ぎて改めて恐怖するまでもない。
 この瞬間まではそう思っていた。

 けれどいざ目の前にすると全身が粟立った。
 動きを止めていたはずの感情が一斉に溶け出そうとする。

 真っ当な人間ならばこんな自分の過去を見せられれば錯乱状態に陥り、反射的に嘔吐し目を背けたことだろう。
 だがここでは幸運なことに、決定的に逸脱してしまっている今のハルトシュラーは軽く震えこそするが、それだけだ。
 理性を失うことはない。

177 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:27:03 ID:euxtg5aw0

 暴力的ながら高給取りだった父親が帰って来なくなったのはいつからだっただろうか。
 それなりに良い生まれだったという母親が自分に興味を持たなくなったのはいつからだっただろうか。

 部屋の入り口へと視線を向けた。
 その先にある台所のテーブルには髪の長い女が座っている。
 安アパートに似付かわしくない格好の女だ。 

 履歴効果、と。
 ハルトシュラーは呟いた。

 その何処か品のある女は目を血走らせ、机に置かれた封筒の中身を取り出し数え始める。
 入っていたのは札束だった。
 芸術家としてある程度の名が売れた今のハルトシュラーならば、大した労力をかけずとも手に入れられるような、その程度の金額。
 フリーターの平均年収よりは高い、その程度の金銭があの女にとっては「その程度」ではなかったのだろう。



j l| -ノ|『……何度見ても反吐が出そう』



 最早怒りを通り越して呆れしか出てこない。
 あるいは諦め、だろうか。

178 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:28:02 ID:euxtg5aw0

 価値観は人それぞれだ。

 経済学的な交換価値はある程度定義できるものの極めて不安定で、行為に関連する社会学的な価値は個々人の意識に依る。
 またニヒリズムの立場ならば全て物事の本質的価値は存在しないと言っても良い。
 そんな小難しい例えを引かずとも「個人の価値観はそれぞれ違う」という意見には多くの人が同意することだろう。

 だが。
 だからと言って、許せるだろうか。



j l| -ノ|『私なりに、頑張って……いたと、思うんだけどなぁ……』



 漏れ出た声音はまるでごく普通の少女の声のようだった。
 涙混じりの、孤独で悲痛な助けを呼ぶ声のようだった。

 叫ぶことも許されない自分のような声だった。

 きっとあそこにいる自分が泣いているのは犯されることや穢されることに対する恐怖からではなかった。
 それが全くなかったとは言わない。
 しかし、涙を流す当時の自分は助けを呼びたかったわけではない。

 「お母さん、私のことを捨てないで」と――きっとそんなことを言いたかったのだ。

179 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:29:02 ID:euxtg5aw0
【―― 19 ――】


 いい加減オセロも飽きてしまった。
 そうジョルジュが言うと、紅い青年は「俺もだ」と笑った。

 ベッド脇に備え付けてある受信機の電源を入れ、チャンネルを調整し音楽を流し始める。
 抑揚のあまりない、けれど流れる水のように心地良い声のラジオパーソナリティが一昔前の流行曲を紹介している。
 彼女自身も歌手だったはずだが、流行に疎いジョルジュはよく知らなかった。
 だがわざわざこの放送を選んだことから察するに目の前の青年の方はファンなのかもしれない。

 声に耳を傾けながら紅色が言う。


「お前的には会長が狙いで、ハルトは友達って感じか?」

「……は?」

「まだよく分からねーってか? それはそれで良いけどな」


 そういうことではない。
 ジョルジュが「は?」なんて間抜けな返しをしてしまったのは、天使と悪魔のどっちが好みだとか、どちらが好きだとか、そういうことが分からなくてではない。
 ただ単純にあのハルトシュラー=ハニャーンのことを「ハルト」なんて親しげに呼ぶ人間がいることに驚いたからだ。
 話には聞いていたけれどやっぱり本当に先輩なんだと実感してしまう。

180 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:30:03 ID:euxtg5aw0

 しかし、


「『ハルト』って呼び名はどうかと思うわ。男みたいだわ」

「確かにそうなんだけどな。けど『ハル』だと可愛過ぎるし、その愛称の奴は他にいるからなあ……。こういうことがあるとキラキラネームも評価したくなる」


 要するに「独特な名前を持つ人間は呼び名に困らない」ということだろう。
 例えば参道静路はジョルジュと呼ばれているが、実際にファーストネームがジョルジュの人間と友人になった場合、相手をどういう風に呼べば良いのだろう?
 ジョージ(ジョルジュ)なんて名前は西洋では極めて有り触れた名前なので本来的には愛称にすらなっていないのかもしれない。

 そう考えると、目の前の青年は上の名前も下の名前も珍しい。
 少なくとも知り合いの中にはいない。


「まあこんな話は良いか。……で、何が聞きたい?」

「何って、どういうことだ?」

「色々話してやるって言ったろ? 本当はオセロで勝てた回数だけ質問に答えてやろうと思ってたんだがな」

「弱くて悪かったわ」

181 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:31:02 ID:euxtg5aw0

 結局ジョルジュは一度も勝てなかったので、そのルールだったならばなんの話も聞けなかっただろう。
 そう考えると悔しくもあるがありがたくもあった。

 先手を取るように紅い青年が言う。


「……そーだな。一度も勝てなかったんだから、話すのはハルトか会長かのどちらかのことだけにしよう」

「片方選べってことか?」

「そういうことだ。好きな方を選べ」


 好きな方――は決まっている。
 が、この場面では知りたい方を選ぶべきだろう。

 ジョルジュは言った。


「委員長サンの方で頼むわ」

「どうしてだ?」

「アンタが委員長サンの先輩って言うならそっちの方が詳しいだろうし、会長サンは放っておいても自分のことくらい喋ると思うわ」

182 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:32:03 ID:euxtg5aw0

 ハルトシュラーは自分語りが好きな類の人間ではない、だから折角の機会に周りの人間に話を聞くのも良いだろう。
 そう思ったのが理由の一つ。
 加えて、ある程度距離が縮まった気がする天使に比べると悪魔のことは全く理解できていない。
 仲間で在り続けたいのならば最低限の情報は必要だろうと考えたのだ。

 なるほど、と納得したように紅色は頷く。
 心なしか嬉しそうだ。


「ただ一個気になることがあるんだが、人の個人的な話を誰かから聞いたりしても良いのか?」

「お前は女子を口説く前にその友達から好きな食べ物を聞き出したりはしねーのか?」


 しねぇよ。
 即答しかけたが、その例えだと確かに許されるような気がする。
 別に大したことではないのだから。

 安心しろよ、重大なことは話してやらねーから、なんて青年はウインクして笑う。
 どうでも良い話を聞いてもどうでも良い理解にしか繋がらないと思うのだが、とりあえずジョルジュは先を促した。


「まず――ハルトの名前は『ハルトシュラー=ハニャーン』だ」

184 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:33:32 ID:euxtg5aw0

「そんなトコからか!?」


 オセロを勉強する為に本を買ったら「このゲームは白と黒の石を使います」と書かれていたような、例えるならばそんな感じだ。
 そんなことは知ってると叫びたくなった。 

 構わずに青年は続ける。


「髪は銀色に近い独特の色合いで、瞳も銀色。西洋の血が混じってる。だから肌は白っぽく、背もかなり高い」

「……へぇ。混血は美人になるってのは本当らしいわ」

「俺もカッコいいしな」

「アンタのことは知らねぇ」


 物凄くどうでも良かった。


「で、髪が腰まで届くくらいに長い。見るには綺麗だが結構邪魔になるらしく、ヘアゴムを複数持ってて何かする時は纏めてしまうことが多い」

「うっかりしゃがむと地面に付いて汚れそうだと思ってたわ」

185 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:34:16 ID:euxtg5aw0

 いや。
 流石にそこまで長くはないのだが。


「で、えーっと……甘いものが好きだ。砂糖を大量に入れたコーヒーが好きで、水筒の中身もそれだな」

「スゲェ太りそうだわ」

「けど全然太らねーんだよな。太るべき場所にすらあまり肉が付かない。頭使ってるからかな。少食だからかもしれねーわ」


 肉付きの良いハルトシュラーというのも想像がつかない。


「あと兄貴がいる。ハルトはベタ惚れってか、心底信用してて、髪を伸ばしてるのも裸ワイシャツで寝るのも奴が余計なことを言ったからだ。グッジョブ!」

「貶してるのか褒めてるのかどっちだ」

「普段詰襟学生服なのは短いスカートを履くのが嫌だからだな。だからロングスカートはオッケーで、ドレスも良いらしい」

「普段はどんな感じなんだ?」

「それはお楽しみだな。休日に会ってみると良い」

186 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:35:04 ID:euxtg5aw0

 休日に会うことなんてねぇよ、と思ったが、考えてみると今日は土曜日だ。
 明日の帰る時には私服かもしれず、期待してみても良いだろう。


「…………好きな下着の色とかスリーサイズとかは、いるか?」

「知ってんのか」

「知ってねーと服をあげる時に困るぞ」


 一瞬納得しかけたジョルジュだったが、体型はまだしも下着の情報は全く関係がないことに気がついた。


「……それはいいわ。委員長サン、怒るだろうし」

「大丈夫だと思うけどな。直接的に被害がないことに関しては寛大だぜ?」


 妄想などは許してくれるのかもしれない。
 天使の方だと間違いなくからかわれるだろうが、悪魔は反応すらしてくれそうにない。
 興味がない相手はとことんどうでも良いのだろう。
 そう考えると物凄くドライだ。

187 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:36:06 ID:euxtg5aw0

「で、あとは……」 


 少し考え青年は言った。
 笑みも浮かべない、感情を消した表情で。


「アイツは色々な意味でかなりヤバい。お前もアイツのことを評価してるだろうが……それじゃあ全く足りねーくらいにヤバい」


 「凄い」のではなく「ヤバい」という言葉を彼は使った。
 それはどういう意味だっただろう。
 単純な能力の高さではなく、発想や行動の逸脱さを表現したのか。


「俺が何でも屋をやってるって話は聞いてるか?」

「ああ。それがどうかしたか?」

「依頼なんて、定期のもの以外は普段は週に一件あれば良い方なんだが……。明日からの、つまり来週の仕事は二十件を超えてる。アニメ見る暇もねーな」


 そして。
 それはつまり。

188 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:37:06 ID:euxtg5aw0

「お前等が何かやってるってことは気付いてる。なんなのかは分からねーけどな。ハルトも気付かれるだろうと予測していた」


 だから。



「……アイツは多分、俺に邪魔されるのが嫌で――だから面倒な依頼を大量に斡旋したんだと思うぜ」



 お人好しな先輩は暇があれば手伝いに来てしまうから、そうならないように。
 面倒事を抱えた人間を探し出し、片っ端から彼の元へと回した。
 そうすれば彼は仕事をこなすのに手一杯になり、ハルトシュラーを気にかける暇がなくなる。

 ……この行動の恐ろしいところは誰も損をしていないということだった。
 青年は仕事が増える、依頼者は助けを得られる――それでいてハルトシュラーの目的である「先輩をこの件に関わらせない」は達成されている。

 他人を手段として使うことは悪徳とされることもあるが。
 他人を使う過程で、その他人が幸福になってしまった場合は最早「悪」などとは呼べまい。
 極めて合理的な冴えたやり方。

 しいて言うなら――『最悪』だった。

189 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:38:03 ID:euxtg5aw0

 自分の目的の為に他人を良いように使っているというのに残った結果はプラス。
 悪魔の前では善悪の基準すら曖昧になるのだ。

 黙ったままだったジョルジュは、話が切れたその時に口を開いた。


「……別に、悪いことじゃねぇだろ、それ。誰も損してねぇんだし」

「そうかもしれねーな。でも行き過ぎたところがあるのも事実なんだよ。アイツはいつだって正しいけど……結果として自分が傷付くような正しさは本当に正しいと言えるのかな?」


 呟いて、青年は言った。
 想いを託すような重い声音で。


「今から幾つかアイツの話をしてやる。それを聞いても、もし、お前がアイツの友達でいてくれるのなら――頼むから、何かあった時は」


 頼むから。
 お願いだからと。
 縋るように。

 「アイツを引き止めてやって欲しい」と――そう、彼は言った。

190 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:39:04 ID:euxtg5aw0
【―― 20 ――】


 高天ヶ原檸檬には恐怖という感情がない。
 ない、と彼女自身は考えていた。

 普通の人間が恐怖を感じる状況であっても彼女は「嫌だなあ」と思うか、そうでないならば愉しんでいるか、そのどちらかだ。
 強敵を前にしても怖いと思ったことはなく戦いを愉しんでいる。
 死ぬことでさえも恐れず、ただ「死ぬのは嫌だなあ」という風に思っていた。

 だから『影の元型』なんて能力は自分が足を踏み入れた瞬間に崩壊すると――彼女はそう考えていた。



|゚ノ;^∀^)「…………え?」



 だが。
 第一回の『エクストラステージ』の優勝賞品、空間支配型能力『影の元型』はそんなに甘いものではなかったらしい。
 あるいは人間ではなく天使であるレモナも人間らしさがあったのかもしれない。

 決して認めたくなかった。
 あの――『人間らしさ』が、彼女にも。

191 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:40:02 ID:euxtg5aw0

 ……暗闇の先にあったのは紅い世界だった。 
 辺りは暗く先も分からない状態で、足元には踝まで赤い液体が満ちている。
 闇が広がる空間は冷たく暗く澄んでいる。

 そしてその世界の片隅に一人泣いている子供がいた。
 男とも女ともつかない中性的な顔立ちの幼子で、次々と溢れてくる涙を拭いながらフラフラと彷徨っている。

 こちらに歩いてくる。


「……ひっぐ、っ……」


 ピチャピチャと鳴る音は血の海の所為か、それとも流れ出た涙の所為か。
 どちらなのかは分からない。

 その子供が――ゆっくりと口を開いた。


「……パパ、ママぁ……! どこ、どこにいるのぉ……っ!」

|゚ノ; ∀)「!!」

192 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:41:02 ID:euxtg5aw0

 瞬間、背筋が凍った。
 身体中が強張り、息が上手くできなくなる。

 「ああなるほど」と彼女は悟った。
 この感覚、この感情に名前を付けるとするならば――それは『恐怖』でしかないのだろうと。
 あの子供こそが自分にとっての恐怖の化身なのだと。

 だから。


|゚ノ ^∀^)「……お前のパパもママももういない。もう消えた」


 彼女はレモナである為に右手で近付いてきた子の首を掴むとそのまま持ち上げる。
 その身体は子供ように、子供らしく、軽かった。


「かっ……く、ぅぅ……!!」

|゚ノ ^∀^)「もう消えた。もう戻って来ない」


 言い聞かせるように。
 何度も、何度もそう言って。

193 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:42:04 ID:euxtg5aw0

 自分に言い聞かせるように――そう言って。

 そして、彼女は。
 右腕に力を込めて。

                                                    その、
                  細い首を、
                                  その子を、



|゚ノ ∀)「―――“強さ(ぼく)”は“弱さ(おまえ)”を認めない」



                                                絞
                                                
                                                め
                                                
                                                殺
                                                
                                                
                                                し
                                                  、



194 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:43:03 ID:euxtg5aw0
【―― 21 ――】


 展開する悪夢のような風景にもハルトシュラーが正気を保っていられたのは、実のところ、彼女が破綻しているからではなかった。
 傷付き過ぎて感覚が麻痺してしまったとか、常に感じている痛みだから今更意識するまでもないとか、そういうことではなく。

 この光景は確かに恐怖そのものだ。
 彼女が恐怖していることは確かだ。
 だが、陳腐な言い方が許されるのならば――「悪夢もいつかは終わる」。

 明けない夜はないし。
 止まない雨はない。

 そして何よりもハルトシュラーは夜も、雨も、好きだった。


 傷の記憶は
 絆の記憶。 
 どれほど怖いホラー映画でも、それがハッピーエンドで終わると知っているのならば、絶望なんてするはずがないのだ。

 怖い。
 恐い。
 それはそうだ。

 けれど、彼女は知っている。

195 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:44:03 ID:euxtg5aw0

 知っている。
 何を忘れたとしても、きっとそれだけは覚えている。

 だから彼女は自分に向かって言う。



j l| ーノ|『……大丈夫だ。そんな悪夢はもう終わる。あの人が来てくれる』



 あの最悪な恩人がやって来る。
 ドアノブをハンマーで叩き壊し、扉を蹴破り、私を救う為に。
 なんの関係もない私を助ける為だけに。

 彼は私を救い出して。
 私に「家族になろう」と笑いながら言って。

 そして。


 ―――私の悪夢は終わる。
 ―――私の物語が始まる。

196 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:45:05 ID:euxtg5aw0
【―― 22 ――】


 生徒が毎日掃除する教室と違い職員室の床は埃っぽく不愉快だった。
 淳高の教師陣は忙しく、掃除をする暇がないらしい。

 薄暗い部屋は窓から差し込む蒼い燐光で照らし出され寝転がる彼女達の小さな影を作っていた。
 もう少し寝ていたい気分だったが、いい加減我慢ならなくなった二人は起き上がり、手近にあったソファーに腰掛ける。
 そうして溜息を吐き、顔を見合わせた。


j l| ゚ -゚ノ|「……どうした、レモナ。顔色が優れないのが気になるのが私だ」

|゚ノ ^∀^)「僕はシュラちゃんが何故かご機嫌なのが気になるけどね」


 どちらが珍しいことなのかは分からなかった。
 ただ一つ分かることは二人は『影の元型』を壊し帰ってきたということだ。


|゚ノ ^∀^)「どっちが早かっただろうね」

j l| ゚ -゚ノ|「何がだ」

|゚ノ ^∀^)「あの能力、中に入った誰かが具現化した恐怖を打ち破れば解けるものだったらしいよ?」

197 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:46:03 ID:euxtg5aw0

 少し考え、ハルトシュラーは言った。


j l| ゚ -゚ノ|「『打ち破る』ということが『否定する』『消滅させる』ということならば、恐らく私ではないだろう」


 だってあの恐怖は。
 あの過去は。
 どれほど淀んだものであろうとも――大切な兄との思い出なのだから。

 消したいと思ったことなどない。

 傷の記憶でありながら。
 絆の記憶なのだから。


|゚ノ ^∀^)「……ふぅん、そっか」

j l| ゚ -゚ノ|「だからレモナ。礼を言いたいのが私だ――ありがとう」

|゚ノ*^∀^)「別にいーよ……ケド、折角だから何かお礼してもらおっかなあ♪」

j l| ゚ -゚ノ|「お手柔らかに頼む」

198 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:47:04 ID:euxtg5aw0

 やっといつもの調子を取り戻してきたレモナに、ハルトシュラーはそう言い、僅かに微笑んだ。
 あの人がいなければ自分が今こうして笑うこともなかったのだろう。

 辛い過去は辛い過去だ。
 しかしその過去があってこそ築かれた絆があるのなら、少しだけ幸いだと。
 彼女はそんな風に思った。 


|゚ノ ^∀^)「じゃあ……帰ろっか。今日はもう疲れちゃったし」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。同意するのが私だ」


 椅子から立ち上がり、出口に向かって歩き出す。
 途中落ちていたトーチを拾った。
 電源こそ点くが、どうやら能力体結晶としての力は失っているらしく、ただの懐中電灯でしかなかった。
 レモナからそれを受け取ったハルトシュラーは立ち止まり、周囲を見回す。

 進学科教師陣の机の島の一つ、二年文系進学科の担任教師の机の上に手鏡があることに気付く。
 目当てのものはそれだったらしく、鏡を回収する。

 扉の前まで辿り着くと彼女は床に伏せ、そして―――。

199 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:48:09 ID:euxtg5aw0
【―― 23 ――】


(-、-トソン「……シナー様は失敗したようなので。扉から出てくるであろう対象を狙撃し、無力化を狙います」


 後ろに控えるイシダに伝えるようにトソンは呟き、またスコープを覗く。
 淳高高等部の職員室の出入口は二つある為、時折は肉眼で確認し、どちらに狙いを定めるかを修正していく。


〈::゚−゚〉「ところで『影の元型』とは何か意味のある言葉なのですか」

(゚、゚トソン「分析心理学の用語でしょう。ユングが提唱した元型の中の一つに『影(シャッテン)』というものがあるので、それでしょうね」

〈::゚−゚〉「なるほど」


 答えてくれるだろうなとは思っていたのだが実際にスラスラと解答されるとやはり驚く。
 頭脳聡明であり博学多才。
 こんな人間が部下にいて上手くいかない組織があるはずがない。


(-、-トソン「簡単に説明しますと『主体が拒否している一側面が具現化されたもの』になります」

〈::゚−゚〉「それが『恐怖』……だと?」

200 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:49:03 ID:euxtg5aw0

 はい、と肯定しトソンは続けた。


(゚、゚トソン「同族嫌悪という現象は影があるから起きると耳にしたことがあります。自分の影を他者に投影し、非難することで自身から目を背けることができるので」


 しかしだからと言って影がなくなるわけもない。
 自我が認識しない限りは、ずっと、それこそ影法師のように付いて回りつづけるのだ。


(-、-トソン「サブカルチャーで例えればペル●ナ4が分かりやすいでしょうか」

〈::゚−゚〉「申し訳ありません。テレビには疎いもので……」

(゚、゚トソン「ゲームです。いえ、アニメも放送していましたが……まあ良いでしょう」


 一息吐いてトソンは話を戻した。


(゚、゚トソン「この影の元型に対してですが対処する方法が三つ存在します」

〈::゚−゚〉「三つですか」

201 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:50:03 ID:euxtg5aw0

 頷き肯定すると、スコープから目を離さないままに引き金にかけた指を離し、イシダに向けて指を三本立ててみせる。
 そうして指を一つ折ると「一つ目に」と前置き、話し始めた。


(-、-トソン「まず『影に気付かず無視すること』」

〈::゚−゚〉「……解決にはなっていないのでは。どう思われますか」

(゚、゚トソン「人生の方向を決めるのは他者(治療者)ではなく本人(クライエント)というのがユングの考えだったようなので。それに、影に気付かず生きている人間は多くいます」


 人間全員が影に気付き向き合ったならばネットでの誹謗中傷も学校内でのいじめも減るでしょう、と冷たく笑う。
 ありえないと理解し、戯れで言っただけ。
 イシダには、その冷笑から上司の価値観が透けて見えるような気がした。 

 淡々とトソンは続ける。


(゚、゚トソン「二つ目に『影も自分の一部であると認めてしまうこと』。これが想定される模範解答でしょうね」

〈::゚−゚〉「では最後の一つは」

(-、-トソン「『意識しながらも絶対に影を受け入れず、否定し続け、自分を作り変え続けること』――これが最後の一つです」

202 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:51:17 ID:euxtg5aw0

 影というものが劣等感が元になっていることが多い。
 ならば劣等感を失くせば影も消えるだろう、という考え方だ。

 自分が英雄だと錯覚してしまったならば――英雄になってしまえば良いだけだ。
 それは最早虚偽でも妄想でもない。
 ただの、紛れもない現実である。


〈::゚−゚〉「単純に目を背けるのではなく、前を向いて進むということですか」

(-、-トソン「はい。しかしながらそのような人間は精神科にも心療内科にも行くことはないでしょうから、ナンセンスと言えなくもないですが」


 さて、と呟き狙撃銃の角度を調整する。
 職員室の扉の一つがゆっくりと開くのが見えたのだ。


(-、-トソン「あの二人はどんな『恐怖』を――どんな『自分』を見たのでしょうかね……」


 そうして彼女はスコープを覗き込む。
 引き金に指をかけ、片手で銃身をしっかりと支え、姿勢を調整し狙いを付ける。
 二人共は無理だったとしても片方は仕留められるだろう。

 そう思っていた。

203 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:52:16 ID:euxtg5aw0

 が。



(、 ;トソン「いっ――!!」



 突如としてトソンはスコープから目を放し、片目を抑えた。
 当然スナイパーライフルからも手を放してしまう。


〈;:゚−゚〉「どうされましたか!?」

(、 トソン「……いえ、大丈夫ですよ。ただどうやら狙撃は無理そうなので」


 血相を変えて近付いて来ようとする部下を手の平で制し、狙撃銃を片付け始める。


(-、-トソン「そう言えばフィンランドのかの英雄は光の反射で自らの位置が悟られるのを嫌い、スコープを使用しなかったと言いますね……」

〈;:゚−゚〉「は……?」

204 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:53:04 ID:euxtg5aw0

 なんでもありませんよと呟き、トソンは鼻で笑った。
 それは好戦的な笑みでこそなかったが、何か納得したかのような表情だった。
 狙撃銃を部下に渡し、背負わせると彼女は告げる。


(-、-トソン「イシダ、今日は徹底します。できれば肩を貸してくれるとありがたいですね」

〈;:゚−゚〉「構いませんが、本当にお怪我はありませんか?」

(-、-トソン「あるとすればプライドだけなので」


 そうして彼女は最後に窓の外を一瞥して言った。



(゚、゚トソン「三年特別進学科十三組の天使と悪魔……伊達ではなかったようで」



 今宵の作戦は終了した。
 トソンはもう、振り返ることはなかった。

205 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:54:03 ID:euxtg5aw0
【―― 24 ――】


|゚ノ ^∀^)「……何してるのかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「鏡で光を反射させ、それをスコープに当てることで狙撃手の位置を割り出した。が……もう撤退した後だろうな」

|゚ノ ^∀^)「ふぅん」


 一矢報いることができたハルトシュラーは少しだけ満足そうにそう言った。
 いや、あるいは嬉しそうなのは明確に敵の姿を認識することができたからもしれない。


j l| ゚ -゚ノ|「それでは手掛かりがないかを簡単に調べ、帰ることにしようか。痕跡は残っていないと予測するのでお前は先に帰っていても良いぞ」

|゚ノ ^∀^)「うーん。どうしよっかなー」


 そんな風に言葉を交わしながら天使と悪魔は職員室を後にする。
 自身の恐怖と対峙した直後だというのに彼女達はいつもと全く変わらない。

 ハルトシュラーは立ち止まり自らの影を見下ろす。
 影はただの影でしかなかった。
 その事実に納得すると、彼女は後ろ手に教室の扉を閉めた。

 職員室には痛々しい血の痕だけが残っており、後にそれをたまたま見つけた某新聞部員が恐怖することになるのだが……それはまた別の話だろう。

206 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:55:06 ID:euxtg5aw0
【―― 0 ――】


 その少年には多くの名があった。
 本名だけでも氏と姓を入れた無駄に長いものと苗字と実名で構成されたものがあった。

 彼は自らのことを「シーク」という諱で認識していたが、彼のことをそう呼ぶ人間は一人だけだった。
 日頃は通称(日本で言うところの「仮名」)や家名で呼ばれていた。
 真の名は霊的な人格と密接に結び付いていると考えた文化圏では実名を使うことを避ける風習があり彼の場合も例に漏れないからだ。

 あるいは一番通りが良いのは『最悪』という二文字の二つ名の方かもしれない。


 彼がいつから最悪呼ばわりされるようになったのかは判然とせず、また何故そう呼ばれているかは不明だった。
 本人は由来を覚えているのかもしれないが自分語りを好まない彼は決して理由を語らないだろう。

 それに元々の由来や理由なんて説明される必要もなかった。
 一度敵対してみればすぐに理解できるからだ。
 過去でも現在でも未来でも、彼はいつだって変わることなく道から外れた最悪の人でなしなのだから。 

 その最悪さは少し分かりにくいものの。 
 いつだって、確かに。

207 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:56:02 ID:euxtg5aw0

 そんな彼がまだ十代だった頃。
 彼は歩いていた。
 人生という長い旅路を歩いていた、などという詩的な表現ではなく、学校からの帰り道を進んでいた。
 厳密には寄り道をし帰る途中だったので通学路とは大きく外れたルートだったのだが、そんなことはさしたる問題でもない。

 彼は道に迷ったことがない。
 今日も見知らぬ場所ではあったが未知の場所ではなかった。

 一歩踏み出すごとに歩幅で距離を測定し、記憶していた地図と照合し修正を加え、時折に太陽の位置か動植物や家屋の造りから方角を確認する。
 「見知らぬ場所ではあるが未知の場所ではない」とはそういうこと。
 三次元的かつ多角的に状況を把握している為に彼は道に迷った経験がほとんどない。
 そういうことが当たり前にできてしまうのが彼だった。 

 住宅街の角を曲がり、道を進む。
 後は大通りに出るまで分かれ道はないので真っ直ぐ歩くだけだ。

 が。


「……ん、」


 彼は唐突に立ち止まった。

208 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:57:03 ID:euxtg5aw0

 足を止めた理由は単純だった。
 人の視線を感じたからだ。
 常人が道行く人に向けるようなそれではなく、深く観察するような妙な視線を。

 向かって右側には周囲の建物に押し潰されそうなほど小さな公園があった。
 彼を見ていたのは、ブランコとシーソーくらいしか遊具のないその場所にいた一人の少女だった。


「…………」


 彼がそちらを向くとその五、六歳くらいの少女はすぐに顔を逸らした。
 今度は彼が視線を向ける番だった。

 すぐに釘付けにされた。


「(……なんだ、あれ)」


 その少女が。
 眉目秀麗を具現化したような顔立ちと言われる彼から見ても端麗過ぎる容姿をしていたからだった。

209 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:58:03 ID:euxtg5aw0

 肩ほどまでの髪はやや荒れているが、細やかで、手入れすれば生糸のようになることが容易に予想できた。
 その色は一般のプラチナブロンドよりも更に白さを増した見たこともない色合いで、天然の銀髪と称するのが最も正しい。
 端麗のみが載った辞書のような横顔は子供らしからぬ涼やかさと美しさを兼ね備えている。
 憂いを帯びた深い黒色の瞳が酷くアンバランスで、けれどその不自然さが魅力を増幅させているようにも思えた。

 彼の幼馴染にも黒髪の美人(より正しくは「美人になるであろう少女」)がいるが、しいて言えばそれに似た類の美貌だっただろうか。
 例え貧民街の孤児であったとしてもその魅力だけで国を手に入れられるような、それはそんな、埒外の美しさである。

 不審者も多いのにあんな少女が一人でいたら危ないのではないかと思い、すぐさま「大丈夫だな」と思い直した。
 手を伸ばすのも躊躇われるような美少女にただの変質者が声を掛けられるはずがない。
 気後れせず声を掛け、一際目立つ彼女を臆さず誘拐できる人間は王族かキングメーカーくらいだろう。

 そして、彼も大物に違いなかった。


「こんにちは。一人きりでどうしたの?」


 近寄りしゃがんで視線を合わせると彼は話しかけた。
 子供の相手も女の相手も昔から得意だった。

 少女は一瞬間だけ周囲を伺うと自身の目の前に来た彼の瞳をじっと見る。
 品定めをするように、心を見抜くように。
 現れた相手が敵かどうかを判断していることが分かり利発さに驚く、年齢に不釣り合いなほど聡明な少女だ。

210 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 00:59:02 ID:euxtg5aw0

 少女は言った。


「最近は、見かけない人と子供が話していると、みんな不審者扱いされます」

「そうだね。君もさっき周りを見たけど、それは俺に襲われた時に助けてくれる人が近くにいるかどうか、いないならばどう逃げるのが一番効率的かを考えてたからだもんね」

「……!!」


 僅かに瞳孔が広がり、少女は身体をビクリと震わせる。
 驚きを顔に出さなかったことは評価できたが、やはりまだまだ子供のようだ。


「……この先の大通りには、交番があります」

「うん。そこのお巡りさんは巡回の時間だから今はいないけどさ」

「…………そうですか」

「凄いね、一回でも時計見てたらその瞬間に口を塞がれて助けも呼べなくなっただろうに」

211 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 01:00:02 ID:euxtg5aw0

 間違っても彼女を誘拐する気などないが、彼は悪ぶってそんなことを告げてみる。
 それが自分を試す為の行動だと悟ったらしい少女は臆さず言う。


「あなたは、普通の人ではありませんね」

「かもしれないね。でも君だって普通じゃない。……俺は『普通の人間なんていない』と言うと思ってたでしょ?」

「……どうして分かったんですか」

「普通じゃないから」


 普通ではないこと。
 それは特別であることと同義だが、異常であることともイコールだ。
 逸脱していることと同じだ。


「『普通の人間なんていない』とか言う人間は自覚の問題だと思ってるんだよね。でも、普通かどうかは他覚の問題だと俺は思うから」


 自分がどう認識しているかは関係がない。
 周囲にどう認識されているかが重要だ。

212 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 01:01:03 ID:euxtg5aw0

 確かに、ある時を境に「自分は普通の人間だ」と悟る人間は多いだろう。
 だがそれは世の中に普通の人間しかいないことにはならない。

 会う人会う人に拒絶あるいは畏怖の感情を抱かれ、「お前は普通ではない」と何十何百回と告げられ。
 本性を隠し周囲に合わせても上手くいかず、相手を傷付けない為に断りを入れれば傲慢と罵られ、だからと言って受け入れられるということはなく。
 生きているだけで誰かを害し、そこに在るだけで誰かに憎まれ。

 そんな自分が――どうして「普通の人間なんていない」と無責任なことを言えるだろう。


「多分、誰でも自分の中に基準を持ってて、その中に入る人間を『普通』としてる」


 故に誰かの普通は誰かの異常となり、それを根拠に「普通の人間なんていない(≒特別な人間はいない)」という理屈を立てる。
 けれど、なら自分のような。


「…………でも、今まで出会った誰の普通にも入らない俺のことは――誰が『普通』と言ってくれるんだろう」


 自分は何度拒絶されればそうなれるんだろう。
 幾度人を傷付ければそうなれるんだろう。
 あるいは一生そうなれないのなら、いっそもう諦め認めてしまった方が良いんじゃないか。

213 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 01:02:09 ID:euxtg5aw0

 こんな自分が、こんな自分を、『普通』だなんて思えるはずがないのだから―――。


「どうして、そんな話を私にするんですか」

「こういう話が聞きたいだろうと思ったから。ううん、違うかな」


 君が聞きたかった言葉は。
 きっと。



「君は普通じゃないんだろうけど――普通じゃない人間は、生きてちゃいけないわけじゃないんだよ」



 少なくとも俺が君くらいの時にはそんな言葉が欲しかったんだ、なんて。
 呟いて彼は笑った。

 その笑い方はかなり独特で、少し不自然で。
 つられて少女も笑ってしまった。
 自分はこうやって笑うんだと少女はその時初めて知った。

214 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 01:03:38 ID:euxtg5aw0



 変わらない毎日と変わらない失望の中。

 少女は少年と出逢う。


 きっとそれは、少女の未来を変える出逢いだった。

 その時の自分の名前を彼女は思い出すことはない。

 けれど今の少女は「ハルトシュラー=ハニャーン」といった。



 やがて少女の悪夢が終わり。

 そして少女の物語は始まる。






【―――Episode-8 END. 】

215 名前:第八話投下中。 投稿日:2012/10/17(水) 01:05:01 ID:euxtg5aw0
【―― 0 ――】



 《 control 》

 @[SVO](人や組織が)(物・人など)を支配する、掌握する

 A[SVO](人が)(機械など)を制御する

 B[SVO](人が)(感情などを)抑える、(痛みを)鎮める





.

224 名前:おまけ・『汎神論(ユビキタス)』のレポート。その十二。 投稿日:2012/10/18(木) 21:36:20 ID:27nxdGIU0
(゚、゚トソン「都村藤村」

【基本データ】
・年齢:不明
・職業:不明
・所属:マキナのチーム?
・能力:不明
・能力体結晶の形状:不明
・総合評価:不明

【概要】
 第八話より登場。灰色の軍服のような格好をしたスレンダーな少女。
 無駄な部分が一つもない顔立ちで、その瞳と声音は冷たい。

【その他】
 名前の由来は作家島崎藤村。通称「トソン」。
 例を挙げるのが変になるくらい色々と変。
 能力をほとんど使わず、主な戦闘手段は拳銃と体術。また狙撃も用いる。
 愛銃はH&K MK23(所謂「ソーコムピストル」)とH&K MSG90。
 戦闘服としては割と簡素なその服装は攻撃に当たらないことを主眼に置いた方が良いと判断した結果。
 狙撃には自信がないらしいが、拳銃の扱いにはかなりのものがある。
 ……完全に一人だけバトロワ気分である。

【備考】
 能力すら不明なのにプロフィールを出してしまった。
 とにかく、鞍馬兼などと同じく「いきなり手に入れた能力よりも培った実力を信じる」タイプの人。

226 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:43:10 ID:xP9HW1OM0

|゚ノ*^∀^)「あとがたり〜」

|゚ノ ^∀^)「『あとがたり』とは小説などにある後書きのように、投下が終了したエピソードに関して登場キャラがアレコレ語ってみようじゃないかというものです」

j l| ゚ -゚ノ|「要するに後書きの語り版であとがたりだ」


|゚ノ ^∀^)「色んなキャラが出過ぎて僕達の出番あんまりなかったね」

j l| ゚ -゚ノ|「久々に長めの話だったのにな」




―――『あとがたり・第八話篇』







227 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:44:04 ID:xP9HW1OM0

|゚ノ*^∀^)「おはらっきー♪ レモナだお!」

j l| ゚ -゚ノ|「キャラを統一しろ。ハルトシュラー=ハニャーンだ」


|゚ノ ^∀^)「それにしても今日はなんか暗い話だったね」

j l| ゚ -゚ノ|「過去のトラウマを抉られるというストーリー的に重要な回なのに本人達はケロッとしている妙な話だったが」

|゚ノ ^∀^)「他の主人公と同じ展開じゃ名が廃るもん」

j l| ゚ -゚ノ|「山科狂華もよく同じようなことを言っているな……。一般人と同じじゃ名が廃る、と」



j l| ゚ -゚ノ|「さっさと本題に入りたいのが私だ。冒頭の夢から簡単に解説しようか」

|゚ノ*^∀^)「夢の中に出てきたのはシュラちゃんの先輩である個性的なメンバーだね! 別作品のキャラだけど、読者だった人は誰が誰か分かったかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「分かったところで得るものは特にないが」

|゚ノ*^∀^)「所謂一つのファンサービス?」

228 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:45:21 ID:xP9HW1OM0

j l| ゚ -゚ノ|「序盤は今まで登場したキャラクターの現実世界の様子の描写だ」

|゚ノ ^∀^)「鞍馬クンは初登場時に変な喋り方してたケド、あれは仲間内のくじ引きで決めた罰ゲームだったみたいだね」

j l| ゚ -゚ノ|「意味は特にない」


j l| ゚ -゚ノ|「他のキャラについては……まあ良いか。山科狂華は戦闘前に『今日は疲れることがあった』と発言しているが、何をして疲れたのだろうな」

|゚ノ*^∀^)「変な想像しちゃうよね〜♪」



|゚ノ*^∀^)「そして僕達のあざとい就寝シーン!!」

j l| ゚ -゚ノ|「あざとい言うな」

|゚ノ*^∀^)「僕の全裸は分かるケド、シュラちゃんの裸ワイシャツは完全に狙ってるよね。あざといなぁ」

j l| ゚ -゚ノ|「あざとくない。普通だ」

|゚ノ ^∀^)「絶対裸ワイシャツより全裸の人が多いって。全裸多数派!」

j l| ゚ -゚ノ|「ヌーディストか」

229 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:46:05 ID:xP9HW1OM0

|゚ノ ^∀^)「話進んで『空想空間』では謎の美少女が新登場」

j l| ゚ -゚ノ|「彼女の持つ狙撃銃MSG90はセミオートマチックスナイパーライフルでは世界最高峰と言われるPSG1の廉価版だ。本家よりも少しだけ軽く、安い」

j l| ゚ -゚ノ|「完全な余談なので恐らく今後はあまり触れられないと思われる」



|゚ノ*^∀^)「そして僕のラスボスみたいな宣戦布告!」

j l| ゚ -゚ノ|「通常のバトロワ作品ならばまず主人公はやらない作戦だろう。この辺りの常識知らず振りは面白いな」

|゚ノ ^∀^)「放送中に僕は『生徒会執行部会長、兼副会長、兼会計、兼書記、兼庶務』と名乗ってるケド、これは他の役職も兼任してるって意味だね」

j l| ゚ -゚ノ|「公務の際は敬語を使う設定があるからか、この放送も珍しく丁寧語になっている」



|゚ノ ^∀^)「そんな感じになんやかんやで過去とか自分とかとの対面の場面だけど……かなりあっさり突破してるね」

j l| ゚ -゚ノ|「怖いものと強いものは違うということだろうな。そして怖いと思っていることは勝てないということと同じではない」

230 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:47:08 ID:xP9HW1OM0

|゚ノ ^∀^)「ぱっぱっぱーと簡単に解説しちゃったケド、最後の回想では幾つか地味に凄い情報が出ちゃってるね」

j l| ゚ -゚ノ|「私の兄の名前などだな。これもやはり特に関係はないが、オマケ要素だ」

j l| ゚ -゚ノ|「ちなみに『少女の悪夢は終わり、物語が始まる』の一文は前者部分が兄の決め台詞の由来であり、後者部分は私の決め台詞の由来になっている」

j l| ゚ -゚ノ|「言っておいてなんだが……割とどうでも良い情報だったな」



|゚ノ*^∀^)「最後にタイトルの話!」

j l| ゚ -゚ノ|「英単語の方はそのままだが、『傷名』の方は兄の台詞が関係している」

|゚ノ ^∀^)「冒頭の『痛みが生を実感させるものであるように、心に残った傷は、自分の存在を証明するものだから』ってやつだね」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだ。そこから『傷の名』『絆』『証明』という三つの意味を込めたタイトルになった」

|゚ノ ^∀^)「こういうのを見ると八話はシュラちゃんの話だなーって思うよね」

j l| ゚ -゚ノ|「助けて貰った身で申し訳なく感じるのが私だ」

231 名前:オマケ・『あとがたり(キャラクターコメンタリー)』 投稿日:2012/10/20(土) 15:48:06 ID:xP9HW1OM0

|゚ノ ^∀^)「……このコーナーって伏線とか言わない方が良いのかな?」

j l| ゚ -゚ノ|「どうだろうな。既に幾つかの伏線は読者の方々に指摘されてしまったが……」

|゚ノ*^∀^)「とりあえず今日はこれくらいにしておこっか」

j l| ゚ -゚ノ|「そうだな。というわけであとがたり、第八話篇でした。次回もお楽しみに」






j l| ゚ -゚ノ|「…………ところで本当に水着回をやるのか? 気になっているのが私だ」

|゚ノ ^∀^)「え? その為に今日お礼の伏線出したんじゃないの?」

j l| ゚ -゚ノ|「言った傍から伏線をバラすな。そもそも文章だけの作品でどうやってサービスするというのだ」

|゚ノ*^∀^)「僕の命令でシュラちゃんがジョルジョルとセッ●スすることになるとか?」

j l| ゚ -゚ノ|「なんでそんな同人誌にありそうな無理な展開をやろうとしているのだ。ていうかやらないからな。絶対だぞ」

|゚ノ ^∀^)「……期待してるの?j l| -ノ|「していない!!」



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