j l| ゚ -゚ノ|天使と悪魔と人間と、のようです Part2
- 507 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:10:38 ID:2GmeKc020
・今回の登場人物紹介
【メインキャラクター】
今回のエピソードにおいてのメインキャラクター。
(-@∀@)
日ノ岡亜紗。一縷の淀みもない瞳をしたごく普通の少年。
空手道部次期主将候補であり学年一桁台の頭脳を持つが神宮拙下からは『凡人』『凡骨』と呼ばれている。
ハハ ロ -ロ)ハ
神宮拙下。三年理系進学科十二組所属。本名は「ハロー=エルシール」。
『天才(オールラウンダー)』とまで呼ばれる万能の天才。
自称かつ他称「天才」。
- 508 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:11:18 ID:2GmeKc020
( ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属。『生徒会長になれなかった男』。
不自然に脱色された髪が特徴的な育ちの良さを伺わせる高校生。
ヌルのチームのリーダー格。
???
詳細不明。
鞍馬兼が「はっちゃん」と呼ぶ人物。
(゚、゚トソン
都村藤村。「トソン」と呼ばれる軍服姿の少女。
鞍馬兼のことを警戒している。
〈::゚−゚〉
イシダ。同じく軍服姿の大柄な少女。
トソンの部下らしい。
リハ*゚ー゚リ
洛西口零。二年特別進学科十三組所属。通称『汎神論(ユビキタス)』。
本名は「清水愛」だが、現在は「洛西口零」と名乗っている。
- 509 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:12:07 ID:2GmeKc020
- 【その他キャラクター】
壬生狼真希波。
三年文系進学科十一組所属。中高共同自治委員会会長。
『人を使う天才』と称される非凡な人物。
壬生狼真理奈。
一年普通科七組所属。部活は新聞部で、空手道部のマネージャーも兼任している。
自称「ただの普通な凡人」。日ノ岡亜紗と付き合っている。
幽屋氷柱。
三年特別進学科十三組所属。淳高を代表する才女の一人。
武道家としての鞍馬兼等を知る存在。
宝ヶ池投機。
淳中高一貫教育校高等部の教師。担当教科は政治経済。
一年文系進学科十一組の担任教諭。
- 510 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:13:08 ID:2GmeKc020
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
- 511 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:14:06 ID:2GmeKc020
――― 断章 中編『 worry ――ヒカリとカゲ―― 』
.
- 512 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:15:07 ID:2GmeKc020
- 【―― 1 ――】
よく目が合う相手だった。
なのにその子はその度に目を逸らす。
……だから、彼はきっと私のことが嫌いなんだと思っていた。
当時、壬生狼真里奈は自分のことをあまり可愛い女の子だとは考えていなかった。
加えて「男の子は可愛い女の子を好きになるものだ」という思い込みがあった為に、まさか自分が誰かに恋されるとは思ったこともなかったのだ。
何組の何君がカッコいいとか、誰と誰が付き合ったとか、そんな会話の中に自分の名前が出てくるとは予想していなかった。
「知ってる?」
「日ノ岡君って真里奈のこと好きらしいよ」
女友達からそんなことを言われた時は言葉を失った。
嬉しかったのではなく、況してや気持ち悪かったわけでもなく、ただただ純粋に驚いて。
そういう物好きもいるんだなあと思い。
表情には出さなかったもののとても嬉しく感じ。
そうして、
「ところで日ノ岡君って誰だろう?」――そんな風に疑問に思った。
- 513 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:16:08 ID:2GmeKc020
クラス替えがあって、かつてよく目が合っていた子の近くの席になった。
真里奈はその時に初めてその少年が「日ノ岡亜紗」という名前なのだと知った。
それから数日が経って。
女友達から聞いた話はただの噂だと思っていたので、彼女は努めて平静に、また愛想良く日ノ岡亜紗に声をかけた。
「……ああ、」
「うん」
「そう、うん……よろしく」
はじめましてとよろしくの挨拶に返ってきた言葉はそんな素っ気ない上に途切れ途切れのものだった。
今度は一度も目が合わなかった。
分かっていたけれど噂って全然信用ならないんだなあと改めて真里奈は思った。
……今から思えば、壬生狼真里奈がメディアに興味を持ち、高校で新聞部に入部したのはこの出来事があったからかもしれない。
時折、背中によく視線を感じるようになった。
きっと気の所為だと思った。
そうだったら嬉しいな、と考えながらも。
- 514 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:17:13 ID:2GmeKc020
同じクラスになっても、ほとんど話すことはなかった。
友達と立ち寄ったゲームセンターで件の日ノ岡亜紗を見かけた。
学校以外の場所で会うのは初めてだった。
格闘ゲームの筐体に齧り付き、一度も見たことのない真剣そのものな表情でレバーとボタンを操作している。
なんだか可笑しくて真里奈は笑ってしまった。
邪魔をするのも悪いと思い、声をかけないままゲームセンターを後にした。
ある日の彼はとても悲しそうな表情をしていた。
その日の放課後、真里奈はクラスの別の男子生徒から告白された。
少し考えて、断った。
少しだけ考えたフリをして謝った。
置きに来てる感じがしたし、何よりも相手のことをよく知らなかった。
次の日の日ノ岡亜紗は妙に機嫌良さげだった。
彼には素朴な笑顔が似合うのだと気が付いた。
- 515 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:18:11 ID:2GmeKc020
沢山の思い出。
些細な出来事。
誰も知らない。
……壬生狼真里奈は、それらの記憶がいつのことだったのか思い出すことができない。
忘れてしまうのは大切な記憶ではないからかもしれないが、彼女に言わせれば「『忘れてしまった』のではなく『覚えていないだけ』」だった。
それはいつの間にか忘れてしまったのではなく――多分最初から、覚えていなかったのだろう。
「…………だって、ずっとこんな風に過ごしていくものだと思っていましたから」
当たり前のような日々の。
当たり前のような関係が。
当たり前のように過ぎていく。
いつ何が起こったかなんて記憶する必要がないくらいに当たり前だったのだ。
何かが変わるとしても、もっと先のことだと思っていたのだ。
なのに。
- 516 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:19:05 ID:2GmeKc020
- 【―― 2 ――】
『空想空間』において、電気が通っているかどうか確かめる方法は意外と少ない。
洛西口零の記憶が正しければ淳高の地下には非常用発電システムが存在しているので学校内は例え国中が停電中だったとしても電気が使えるのだ。
校外に出てみれば分かるのだろうが、世界の中心が淳高である以上、この中高一貫校の外に出る機会はあまりないだろう。
さて、では零は何をもって判断したかと言えば、単純にフューチャーフォンを見たのである。
世代や性能に関係なく『携帯電話』と呼称されるものは基地局と端末間での無線通信を利用している――つまり基地局が稼働していなければ使えない。
当然変電所が動いていない場合(現実では大規模停電時など)も使用できない。
今回の場合、自分の携帯が圏外となっていたことから零は「電気は通っていない」と判断した。
電気が使えないことが分かったのは良かったが、携帯やネットが使えないのは問題がある。
生徒会と停戦協定を結ぶ一方で同じナビゲーターを持つ鞍馬兼等と共闘関係にある零は何か通信手段があった方が良かった。
そのことを察したわけではなかろうが鞍馬兼は零に面白いものをプレゼントしていた。
『……これは?』
『特定小電力無線局です。共闘の証と考えて受け取って下さい』
『素直にトランシーバーと言ってはどうかな? どうせ大部分の人間は「トランシーバー」の定義すら分かっていないんだから』
『じゃあ「特定小電力トランシーバー」と言うことにします』
- 517 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:20:11 ID:2GmeKc020
そんなやり取りを得て送られたのは所謂『トランシーバー』だった。
定義上は送信機能と受信機能を兼ね備えた無線機は全てトランシーバーとなるので「ハンディ機のトランシーバー」もしくは「特定小電力トランシーバー」が正確な呼称となる。
携帯電話が使用できない空想空間で使える通信手段は少ないが、このような携帯型トランシーバーは端末同士が通信するので問題なく使用が可能だ。
ちなみにシステム上はPHSも使おうと思えば使える。
スマートフォンが普及した今でも時と場合によってはこういった通信機の方が役立つこともあるのだ。
ただこれはチャンネルを合わせさえすれば誰でも聞けてしまうので実際に使うことはないと思っていたのだが……。
『……こちらハチ。誰か聞こえますか?』
無線に乗って届いた声は鞍馬兼のものでも神宮拙下ことハロー=エルシールのものでもない。
ヌルのチームの三人目の声だった。
周囲に人がいないのを確認してから零は答えた。
『零さん? 聞こえますか?』
リハ*-ー-リ「こちら零だ。ちゃんと聞こえている。だから名前を呼ぶのは止めてくれ。誰が聞いてるのか分からないんだから」
- 518 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:21:04 ID:2GmeKc020
ログインが遅れると分かっていた三人目の人物は他のメンバーに事前に時間とチャンネルを連絡していた。
「時間がくれば無線を使って連絡するから何処にいるか教えて欲しい」というわけだ。
結局兼とハローはそれぞれ取り込み中となった為、彼への連絡は零が担当することになった。
『すみません、油断しました零さん』
リハ#-ー-リ「全く貴兄は他の二人とは違う類の馬鹿だね、話しているとイライラするよ」
ノイズ混じりでも良く通る明朗で朗々とした声は「すみません?」と語尾上がりで返答する。
リハ*゚ー゚リ「……あと、その妙な口調はやめろと言っただろう。貴兄は折角姿形が現実世界と違っているのにバレてしまうよ」
『ならこういう口調で』
途端、電話越しの声のトーンがガラリと変わった。
明朗さは変わらないが先程のような明るいものではなくビジネスマンのような、高校生らしからぬ固い声音。
彼を前にすると私のペルソナも形無しだねえ、なんて零はクスクスと笑った。
演じるという面で彼に勝てる高校生はそうはいないだろう。
才人揃いの淳高であっても、彼に匹敵する演技力を持つのはハルトシュラーくらいだろうか。
- 519 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:22:05 ID:2GmeKc020
一転して真面目な口調になった通話の主は続ける。
『本題に戻りましょう。他の二人は何処にいますか?』
リハ*-ー-リ「残念ながらここにはいないね、別行動中だよ。いや戦闘中と言うべきかな?」
『私も向かった方が良いのでしょうか?』
リハ*゚ー゚リ「……そうだね」
知らされていた彼の能力を踏まえ、考える。
「果たしてあの能力は『心を読む』という究極にも近い力に勝てるだろうか?」と。
そうして洛西口零は言った。
リハ*-ー-リ「とりあえず合流しようか。場所は――無論で勿論暗号で伝えるが、まさか忘れてないだろうね?」
現実では風紀委員会の中核を成していた三人組。
それに洛西口零を加えた四人。
優勝候補ではないにせよ、一筋縄では行かない曲者揃いという点では右に出るものはいないヌルのチーム。
ヌルが招致した四人の参加者が揃ったのだ。
- 520 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:23:11 ID:2GmeKc020
- 【―― 3 ――】
(、 トソン「―――左胸か 若しくは眉間を 確実に狙って引き金を引きなさい♪」
〈::゚−゚〉「機嫌が良さそうですね。その曲はそのように楽しげに歌うものではなかったと思いますが。どう思われますか」
拳銃の細部を点検しつつ小さな声で口遊む彼女に背後に控えていたイシダは言った。
歌うのを止めたトソンは振り返り応える。
(-、-トソン「……聞くに、極度のストレスを受けた際、人間は異常な高揚感を得てしまうことがありえるそうなので。心的重圧から逃れようとして」
〈::゚−゚〉「戦地で虐殺を行う兵士というのはそういうことなのでしょうか」
(゚、゚トソン「かもしれませんね。戦場においてはあらゆる常識が通用しない。そう考えるとやはり良い戦争、悪い平和はあった試しがないのでしょう」
よくよく考えてみればトソンの語った内容は歌を口遊んだ行為を肯定するものではなかったが、イシダはそれ以上追及することはなかった。
この状況において歌などどうでも良いのだ。
彼女達は常識から乖離した場所に立っているのだから。
紛れもなく戦場にいるのだから。
現実ではないとは言え、人が人を殺す、非日常に。
- 521 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:24:14 ID:2GmeKc020
トソンは言う。
(-、-トソン「作戦を確認します。これより私は対象A(日ノ岡亜紗)と交戦状態に入った要注意人物(ハロー=エルシール)を背後から狙撃します」
狙撃の際には柔軟な対応の為に狙撃銃ではなく自動拳銃を用いる。
ハローのような高速で移動する相手に対しては遠距離からの精密な射撃よりも中近距離からの連射の方が効果的であろうという判断だ。
『光速』と謳われる彼も、まさか本当に光の速度で動けるわけではない。
(゚、゚トソン「また随時、対象Aも射殺。能力体結晶を回収し離脱します」
そして、アサピーこと日ノ岡亜紗もトソンは脱落させてしまうつもりだった。
幾ら心が読めたとしても相手の思考を理解し更に行動に移るまでにはラグが生じる。
弾丸より速く考えることは不可能――つまり、心が読めたところで射撃は回避できないのだ。
射撃というものは十数センチ身体をズラせば容易く避けられるものなので、一対一では拳銃を用いたとしても不利だが、今回は多対一。
ハローとの交戦に不意打ちで割り込む形なのでリスクは少ない。
また離脱経路まで考慮しているので万が一作戦が失敗した場合にもそれなりの対応はできるだろう。
無論、成功するに越したことはないのだが。
- 522 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:25:06 ID:2GmeKc020
(゚、゚トソン「そしてあなたはいつも通り私の警護です。ただし、状況によっては攻撃に加わってもらうこともありえますので」
〈::゚−゚〉「了解しました」
作戦を確認し終えた二人は潜伏していた教室を出る。
いつも通り静かに、しかし素早く。
その日の二人の装備は汎用性と移動速度を重視したものだった。
トソンは軍服のような灰色の服に腰のホルダーには拳銃。
イシダも銃器を携え同じ服装なのだが、今日は動きやすさを重視してノースリーブである。
ヘルメットや防弾チョッキ、また重大な銃火器を所持していないのは作戦失敗の際に迅速に撤退する為だ。
日ノ岡亜紗ならまだしも淳高最速である神宮拙下を仕留め損なった際にはそういった重い装備は命取りになるだろう。
どちらにせよ相手の方が速いが、それでも身軽な方が離脱も容易だ。
そう考えていた。
(-、-トソン「くれぐれも周囲の確認だけは怠らないように気を付けましょう」
ベストではないにせよベターな判断であるはずだった。
少なくともトソンはそう思っていた。
- 523 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:26:08 ID:2GmeKc020
この瞬間、廊下に出て三歩目を踏み出したその時――までは。
( ω)「―――。」
その刹那に彼の能力『勇者の些細な試練(random encounter)』の効力が失われた。
音が、匂いが、気配が、消されていたもの全てが常識内に戻ってくる。
三メートル。
一歩踏み出せば拳さえ届くその間合い。
銃器を使う暇さえない近距離。
眼前に現れたのは―――。
(゚、゚;トソン「くらま――ともッ!!?」
トソンが目にしたのは、要注意人物の一人である『生徒会長になれなかった男』鞍馬兼。
そして彼が抜いた自動拳銃P230SLのマズルフラッシュだった。
- 524 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:27:07 ID:2GmeKc020
- 【―― 4 ――】
淳高学園十傑は誰か――そんな取り留めのない噂話について真剣に考えてみることにしよう。
淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部において最も強い十人が誰かを。
本職のボクシング部でさえ勝てない生徒会長高天ヶ原檸檬が数えられるのは確実だが、ハルトシュラーが入るかどうかは実は少し怪しい。
彼女は芸術が専門であり、揉め事を起こすこともほとんどない為に強さを披露する機会がほとんどないのだ。
対照的に穏やかで優しげな幽屋氷柱は数多くの武道に精通し結果を残していることから遜色なく、学園十傑の一員としても相応しいと考えられる。
ここまでは三年の女子生徒しか挙がっていないが、同じく三年の男子生徒で真っ先に注目すべきは――『天才(オールラウンダー)』こと神宮拙下だろう。
『実際、アイツはどれくらい強いんだ?』
通り魔を調べる過程で教師宝ヶ池投機は鞍馬兼に訊ねた。
彼と同じく風紀委員で彼の数少ない友人でもある兼はこう返答した。
『一言で表すならば、通り名通りの天才です。彼が天才でないとすれば天才の定義は相当厳しくなってしまうでしょうね』
『オマエも天才と呼ばれてるんじゃないのか?』
『確かに僕も天才とは呼ばれますが、「才能ある人」を天才とするならば僕は彼の足元にも及びません』
- 525 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:28:18 ID:2GmeKc020
だから僕は正しい意味では『天才』じゃない。
鞍馬兼はそう言った。
『実際彼は僕のことを凡人と呼びますし……それはそうと、彼の強さはイコールで速さだと言えます』
『速さ? 脚が速いってことか?』
『それは彼の能力のほんの一部分でしかありません。僕達の委員長、ハルトシュラー=ハニャーンは「最も完全な『天才』に近い」と彼を評しました』
一拍置き、
『ここで言う「天才」とは、例えば二年十三組の洛西口零さんのように「何かに特化している」のではなく、「全てにおいて常人を超える結果を出せる」ということになります』
天才は大きく分けて二種類存在する。
一点特化型の天才と、万能型の天才である。
ハルトシュラーの言った「最も完全な『天才』に近い」という言葉の意味はそういうことだった。
言わば局地戦闘機ではなく汎用機。
どんな状況においても尋常ならざる結果を出す――汎用機のハイエンド。
だからこそ彼は『天才(オールラウンダー)』だ。
- 526 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:29:18 ID:2GmeKc020
『凄いことは分かったが、それがどう速さと関連するんだ?』
『……先生、百マス計算をご存知ですか?』
『あの数学――いや、算数で使われるやつか? 足したり引いたりする』
『それです』
では、と前置いて鞍馬兼は言った。
『神宮拙下は昔から、あの百マス計算が得意中の得意だというのはご存知ですか?』
『は?』
宝ヶ池が子どもだった時代もクラスで百マス計算の速度を競うことがあった。
何度も繰り返す内に誰でも自然に計算能力は向上していくが、一人か二人程度、反復前からやたら速くできる奴がいた気がする。
そう。
『そもそもあの人は脚が速い以前に思考速度が極めて速い。いえ「思考」というよりも「情報処理」の方が相応しいかもしれません』
- 527 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:30:07 ID:2GmeKc020
「考えずに勝てる人間は考える必要がない」と主張する天才。
それは創意工夫をせずとも、ただ普通にやっているだけで常人を引き離すスペックを有しているということ。
そして。
『それだけではなく視覚や反射神経――より正確には「動体視力」や「神経伝導速度」が凄まじい。理論上の人間の限界値と同程度だとされています』
それこそが『光速』の正体。
単純に「脚が速い」のではなく何もかもが常人より遥かに速いのである。
相手よりも速く状況を認識し。
相手よりも速く動き始め。
相手よりも速く移動し。
相手よりも速く攻撃を繰り出し。
何もかもが――相手よりも遥かに速い。
『元は視力が良かったそうです。目で捉える情報を把握し切る為に処理速度が向上し、出された結果を反映する為に神経が進化し、それに相応しい速度を得た』
元々優れていた数々の能力が更に研磨された。
「天才」という二文字に相応しく。
- 528 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:31:12 ID:2GmeKc020
極めつけに並外れた集中力と無我の境地が加わり現在の神宮拙下が在る。
考えないことを力とする彼。
……それは彼が考えずとも良いほどの力を持つことを意味する。
『なんだそりゃ。何処の漫画の登場人物だよ、無敵じゃないか』
『それがそうでもないんです。先に挙げた能力が優れ過ぎている為に彼は創意工夫や策を巡らすことが苦手です。多分、並列処理が苦手なんでしょうね』
昔は数学の文章題が嫌いだったらしいですと笑って、兼は続ける。
『だから無敵というわけではないですよ。ほら実際、負けることもあるでしょう? ごくごくたまにですが』
そんな風に締め括った生徒に宝ヶ池投機は問う。
ふと浮かんだ疑問を、好奇心の中にある種意地悪い調子を含ませながら。
『ところで鞍馬――お前は勝てるのか?』
- 529 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:32:09 ID:2GmeKc020
- 【―― 5 ――】
「おかしい」。
二度、三度と交錯を終えて日ノ岡亜紗が抱いた感想はその一言に尽きた。
こちらは相手の思考を読んでいるので事前に攻撃を察知でき、相手は相手で真正面から突っ込み馬鹿正直に順突きか逆突きを繰り出すだけだ。
フェイントは多少あるものの最終的には正拳突きに辿り着くのでフェイクも効果が半減している。
そもそも心を読めるアサピーに見せかけや誘いはほぼ通用しない。
だがそれを抜きにしても、軽く踏み込んでみせたり拍をズラしてみたりするだけ――端的に言えば「フェイントが雑」なのだ。
かつてアサピーが得意とした格闘ゲームで例えれば、ハローはダッシュとバックステップを織り交ぜつつ前方強攻撃を入力し続けている感じである。
弱攻撃や他の技はどうしたと言いたい。
しかも強攻撃も上中下段に散らすのではなくほぼ中段でたまに上段攻撃が交じる程度だ。
そんな大雑把な戦法、一度ガードし返す刀でコンボを決めればアッサリ破れるはずなのだが、そうならないのがアサピーが「おかしい」と表現した部分である。
(;-@∀@)「(アイツは野生動物か? 何も考えず突っ込みながら、こちらが反撃しようとした瞬間に回避してるぞ……?)」
ガードまでは上手く行くのだが、その直後からが問題だ。
想像を絶する反応速度と身体能力で直撃の直前に躱し続けているのだ。
- 530 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:33:12 ID:2GmeKc020
しかも狙った行動というわけではなく、本当に行き当たりばったりのその場の思い付きである。
ハローの思考を読むアサピーには彼の頭の中の閃きが目に見えているので間違いない。
何度目かの仕切り直しを経ての遠間で一息吐き、思考する。
(;-@∀@)「(何も考えていないと思ったら唐突に思い付く……。思考速度の差なのか閃きを読み取るとこめかみ辺りが少し痛むな、静電気みたいだ)」
いや、それは「静電気」ではなく「閃光」か。
洛西口零の心を読んだ際は情報の内包量や思考方式に一瞬圧倒され、その隙に逃げられてしまった。
能力使用の際のちょっとした拒否反応。
自分とは違う脳のことを自分の脳の思考と同時に把握している形になるので負担がかかるのは当然とも言えた。
臓器移植の際に拒否反応が出るのは珍しくない、同じ人間であっても思考形態が少しずつ異なることは分かっていたのだが、それでも驚く。
これまでに読んだ相手の中では、イシダと名乗ったあの少女が事務的な口調通りに面従腹背な内心で読みやすかった。
ハハ ロ -ロ)ハ「……どうした、『凡人』。もう疲れたか?」
(-@∀@)「そんなわけない。当たり前だろ。むしろ疲れているのはお前の方だ」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン。確かにお前如き凡骨の相手は非常に疲れる」
- 531 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:34:10 ID:2GmeKc020
挑発には挑発を返す。
その心情は読めているのでアサピーは堪え、耐える。
(-@∀@)「『先手は譲る』んじゃなかったのか? 俺は一度も先手を貰っていないんだが」
ハハ ロ -ロ)ハ「…………時間切れだ。フン、いつまでも待ってもらえると思うな」
嘘だった。
単純に彼は「先手は譲ろう」という自らの発言を五秒足らずで忘れていただけだった。
恐るべき考えなしである。
しかし一連の発言の真意は読めている。
(-@∀@)「(アイツが敵に先手を取らせようとするのは、本人はほぼ『なんとなく』や『ただの好み』だと考えているが、実際はちゃんとした理由がある)」
「先に動いた方が負ける」とは週刊漫画に出てきそうな文句だが、この天才との戦いではそれがそのまま適応される。
神宮拙下ことハロー=エルシールの速度を目の当たりにするとどうしても先手を取りたくなるが、愚策だ。
攻撃に転じようと動き出した瞬間は最も無防備な一瞬だ。
加えて先に動き出してしまうと、例えば「攻撃五、防御三、回避二」という風に合計十個あった選択肢が攻撃一択に絞られる。
そしてその選択した技の軌道を避けつつハローは突きを繰り出す――結果、自分は負ける。
- 532 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:35:13 ID:2GmeKc020
分かりにくいならばジャンケンで考えれば良いだろう。
ハローが先手を取った場合には、出された手がパーならば、チョキは無理でもパーさえ出せれば凌げる。
しかしこちらが先手の場合、こちらのグーを見てからハローは動き出すので確実に負けるのだ。
実際の戦闘は遥かに複雑でありこう単純ではないが概ねはこのような感じだ。
加えて先手を取ると、お互いに攻撃が届かない遠間からハローの攻撃が届く間合いに飛び込んで行かなければならない。
更に防御及び回避から攻撃は比較的容易だが、往々にして攻撃から防御若しくは回避への変更は困難であり、突きを出すだけのハローより速く動くのはほぼ無理と言える。
総括すると彼との戦いでは「先手を取ると損しかしない」のである。
(-@∀@)「(だから、神宮拙下が最も得意とする技は空手で言う突き受けだ)」
突き受けは空手の用語で、相手の攻撃を正拳突きで防御する(≒カウンターの)技である。
相手の攻撃に掻い潜る、若しくは返すような完全な後手の技であり、後の先を取る天才である彼には相応しいだろう。
以上のように「先手を譲る」のは戦術的に明白な理由がある。
ハローは経験則でそれを知っており、故に後手を好む。
ちなみに「正面から敵を討つ」のは「人間には正面の方が急所が多いから」とも考えられる。
- 533 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:36:37 ID:2GmeKc020
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。
追突事故よりも衝突事故の方が被害が大きくなるように自分の速度に相手の速度を合わせれば威力は格段に高くなる。
決して腕力自慢ではない彼が、一撃で敵を倒し続けていたのはそういう理由があってのことだった。
(-@∀@)「(……問題は今の行動だ。俺が先手を取らないこと、イコール、自分がいつもの戦法を取れないことはアイツも既に分かっている)」
その為にハローがやり始めたのが――この虱潰し。
――最初の飛び込んでの突きは防御された。
――次はタイミングをズラし。
――その次はフェイントを交え。
――更に次は三次元的に。
このように、一度の攻撃ごとに思い付く限りの要素を一つずつ増やしていっているのだ。
宛らスタートダッシュだけを何度も練習するように、あるいは日ノ岡亜紗の実力を試すように――つまり、ほとんどお遊びで。
「どうせ最後には勝つに決まっている」。
「だから、この凡人がどの程度まで鍛えられているか見てみよう」。
「そういうのも面白い」。
澄んだ心に時折浮かぶのは、そんな何処までも日ノ岡亜紗という人間を下に見た天才の言葉。
- 534 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:37:32 ID:2GmeKc020
それが何よりも悔しく。
それが何よりも腹立たしく。
こんなにも努力したのにあなたは僕のことを認めてくれないのかと。
どころか、満足に戦っている気にすらなっていないのかと。
所詮あなたの中の僕は今でもただの凡人で、気にかける存在ではないのかと。
なら、分からせてやろう―――。
(-@∀@)「……本当に、ムカつく奴だな。アンタは」
試すなんて言えないほどに。
出し惜しみなんてできないほどに。
全てを――ぶつけてやる。
……頭に血が上り、思考と能力が疎かになりかける中、あの独特の構えを取った敵を見てアサピーは気が付いた。
片隅にある不思議と冷静な部分が頷く。
「何かに似ていると思っていたがスタンディングスタートに似ているんだな」と。
そうして幾度目かの激突が始まった。
- 535 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:38:29 ID:2GmeKc020
- 【―― 6 ――】
銃声を境に状況は一変した。
先の射撃をギリギリで回避したトソンに追い打ちをかけるように兼は非情に引き金を引く。
が、それに数瞬先んじ、垂直方向に跳ね上がるような彼女の蹴りが手を弾いた。
拳銃が虚空を飛ぶ最中でお返しとばかりに銃を引き抜いたトソンだったが、それを悟った兼は左手で素早く軍用懐中電灯を抜くと腰だめ状態に移行しつつあった彼女の銃をはたき落とす。
二つの銃器が音を立てつつ廊下に落ちる。
牽制し間合いを計りつつセレーション(鋸刃)を持つ黒いサバイバルナイフを抜いたトソンはそこで初めて気が付いた。
〈;: −〉「く、っ……」
(゚、゚;トソン「イシダ、あなた……」
自分の後ろに控えていた従者の右腕から紅く紅く紅い血が滴り落ちていることに。
考えてみれば当たり前だ。
イシダは真後ろにいたのだから、咄嗟にトソンが銃弾を避ければ高確率で後ろに立つイシダに当たる。
兼の動きは前に立つトソンが邪魔になり全く見えなかったことだろう。
- 536 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:39:12 ID:2GmeKc020
突如として登場した鞍馬兼。
彼の出現で状況は一変し、トソン達の計画は一瞬で頓挫した。
どうして、このタイミングで―――。
(-、-トソン「……イシダ。今日のところは撤退します。あなたは可及的速やかに離脱して下さい」
警戒を途切らせないようにしつつ、動揺を顔に出さないようにしてトソンは言う。
しかしこの場面で二つ返事で命令に従えるイシダではない。
〈;:゚−゚〉「ッ、ですが……私は、まだ……!」
(-、-トソン「あなたがまだ戦えることは分かっていますので。ですから、『戦える内に撤退せよ』と命じています」
右上腕部に被弾。
今すぐに命に関わるような負傷ではない。
今の状態でも暫くは動けるだろうし、止血をきちんと行えば作戦続行も可能だ。
問題は、現在は止血を行えるような状況でないこと。
そして敵が鞍馬兼一人ではないことだった。
- 537 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:40:20 ID:2GmeKc020
例えば、イシダが負傷をおして戦い、兼を倒したとする。
二体一でどれほどの時間がかかるのかは分からないが決着時点で少なくない量の血液を失っているはずだ。
その後に撤退するにしても、誰にも遭遇することなくログアウトできるとは限らない。
敵に遭遇した場合、イシダは本調子ではない状態で戦わねばならず、トソンは部下を庇いながら動かなければならない。
手負いの部下を気遣っていたのでは逃げるものも逃げられない。
この『空想空間』での負傷は持続しない。
つまり一度ログアウトしてしまえば、どんな致命傷でも完治するのだ。
ここでイシダが撤退し、万全の状態で再度ログインすれば当初の作戦を続行することができ、鞍馬兼との戦闘が続いていたとしても優位に立てる。
……万が一のことがあったとしても仇を取ることができる。
そこまで思考し、それが伝わっていると信じて、トソンは告げる。
(-、-トソン「……イシダ。あなたは、私に部下を見捨てるような生き恥を晒せと言うのですか?」
〈;:゚−゚〉「そんな、まさか……!」
(゚、゚トソン「ならば退きなさい。あなたは『私を助けたい』のか、それとも『私の為に犠牲になる自分自身に酔いたい』のか、どちらですか?」
献身とは相手の為に犠牲になることではない。
どれほど捧げて尽くしたとしても、それを相手が受け入れなければ――それはただの自己満足であり自己陶酔なのだ。
- 539 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:41:18 ID:2GmeKc020
より厳しい言葉で言えば、「今のお前は役立たずだから消えろ」になるだろう。
そんな自分勝手な愛は御免被りますとトソンは言う。
トソンが求めているのは一心不乱の愛ではなく、一片氷心の忠誠。
あるいは一蓮托生の意思か。
……いや。
ここにおいては―――。
(-、-トソン「……それに、何を心配しているのですか。あなた一人がいなかったところで私は負けはしません。……私が信用出来ないので?」
求めたのは饒舌な心配ではなく。
寡黙な信頼だっただろうか。
言葉に詰まり、逡巡し、この時間こそが無駄だと思い、イシダは忠誠の意思を示す。
〈:: −〉「……了解しました。此度の分を弁えない意見のご無礼、失礼致しました」
- 540 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:42:06 ID:2GmeKc020
恭しく頭を下げ、イシダは退く。
「すぐに戻ります」という誓いの言葉だけを残し。
そうして彼女の背中が廊下の角に消えた頃、成り行きを黙って見守っていた鞍馬兼が口を開いた。
( −ω−)「…………心配しているならどうしてそう言わないんですか? 素直じゃないんだから」
(-、-トソン「作戦行動中に私情を挟むのはガ●ダムのパイロットくらいで十分なので」
( ・ω・)「感情のままに行動することはお嫌いですか?」
(゚、゚トソン「嫌いではないですよ。私には似合わないだけなので。だから、戦い続けましょう。そして勝てば良い」
無駄なものが何一つもない横顔に微笑が浮かぶ。
酷く冷たい瞳が嗤った。
その笑みがどこかぎこちないのは先の軍用懐中電灯での一撃が手首に影響を及ぼしているからだろう。
兼が持つそれは、「懐中電灯」とは名ばかりの警棒として使うことを前提とした装備だ。
叩かれたのは銃のバレル部分だが、それでも軽い痛みと痺れが残っているのは偏に鞍馬兼の技量の高さ故か。
ただ力任せに振るうのではなく、インパクトの瞬間に手首を返す。
剣道の打ち込みとほぼ同じ形式の攻撃。
- 541 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:43:10 ID:2GmeKc020
あの神宮拙下という天才が「汎用機のハイエンド」だとすれば、この鞍馬兼は「量産機のフラグシップ」だった。
幾度となく勝利し、それ以上に敗北する中で徐々に洗練されていき、状況に応じて運用法や作戦を変えることで専用機や特化機と渡り合う。
都村藤村は彼と対峙する度にそんな印象を受ける。
この状況、このタイミングで現れたのも――つまりはそういうことなのだろう。
(-、-トソン「……ところでタイミングが良過ぎるのではないですか? 今この瞬間――私達があなたのお仲間を襲撃しようと動き出したその時に現れるとは」
( ・ω・)「あなたとお会いするのは二度目ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
トソンの問いに答えることなく兼は言う。
間を空け、彼女は返した。
(゚、゚トソン「都村藤村です。『トソン』と呼んで頂いて構いませんので。そう言うあなたは?」
( −ω−)「あなたが名前を書くだけで人を殺せるノートを持っていないことを信じて正直に答えます。鞍馬兼と言います……尤も、既にご存知のようですが」
(-、-トソン「そうですね。では鞍馬様、改めて問いのお答えをお聞かせ願います」
( ・ω・)「種明かしをするにも値しないことなんだから」
- 542 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:44:16 ID:2GmeKc020
会話を続けながらも兼は隙を伺っていた。
向こうの装備はナイフ一振り、こちらの武器は警棒代わりの懐中電灯一つ。
相対する二人のちょうど真ん中に二丁の拳銃が転がっており、できれば回収したいところだが、それは難しいだろう。
兼の右手も出会い頭のトソンの一撃によりあまり好調ではなかった。
( ・ω・)「僕の見立てが正しければあなたは頭が良い。壬生狼真希波先輩と同等か、それ以上に」
(-、-トソン「それはそうでしょうね。私達の作戦を立案しているのはマキナ様なので。言わば私達にとっての量子演算型コンピュータがあの方なので」
( ・ω・)「なるほど、納得できました」
今度の冗談には乗ることなく兼は続けた。
( −ω−)「僕がここにいる理由はあなたの言う『マキナ様』が頭が良いからです。冷静で理性的な人間は最善手を指そうとする」
(゚、゚トソン「……その通りかもしれません」
( ・ω・)「だからこそ思考も読み易い」
(-、-トソン「…………」
- 543 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:45:18 ID:2GmeKc020
「願望が分かれば相手の能力が分かる」という考え方と同一にして、真逆。
相手が理性的に思考していると仮定し、その上で相手の行動を予測する。
( ・ω・)「格闘ゲームには『暴れ』という概念がありますが、あなたの言うマキナ様も壬生狼先輩もまずそういうことはしない」
適当に攻撃を繰り出すということがまず存在しない。
三竦みを踏まえ。
差し合いを重視する。
要するにハローとは違い「考えない」ということができない。
(-、-トソン「……つまりマキナ様の理性的な判断を逆手に取り、作戦を読み、メタを張ったと?」
( −ω−)「そうなります。神宮拙下という男は強敵なので僕は『他人と戦っている最中に遠距離から攻撃する』がベターだと考えます」
候補は多くあったので二ヶ所目で遭遇できたのは幸運でした、と微笑んでみせる。
実際問題、鞍馬兼はトソン等の行動が読めていたわけではない。
ただ単純に「ハロー=エルシールを狙う人間がいたとして、その人間はどのような人物で、どこに潜伏しているか」を考えただけだ。
- 544 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:46:12 ID:2GmeKc020
全ては仮定であり、言わば余計なお節介だった。
しかしそれがこうも見事に的中してしまう辺りが鞍馬兼が鞍馬兼たる所以だ。
トソン達の失敗はハロー一人を相手にしていたことだった。
……いや、こういった事態の対策をしていなかったわけではないのだ。
物音は立てず、気配を探り、警戒を解くことはなかった。
だが兼の『勇者の些細な試練(random encounter)』という能力に対してそれ等の対抗手段はまるで意味を成さないものだった。
『ランダムエンカウンター』の名の通り、鞍馬兼は能力発動中はエンカウントしない限り決して相手に見つからない。
エンカウント、つまり彼を中心とした三メートルの円の中に入らない限りは音も、匂いも、気配も感知することができないのである。
(-、-トソン「(真っ当な警戒が仇になりましたね……。普通、物音どころか気配すらしなければ人がいるとは思わない)」
警戒をしていたからこそ想定できなかった。
完全に虚を衝かれた形だった。
(゚、゚トソン「(幸運なことがあるとすれば、これで鞍馬兼の能力の一つが『気配遮断か視覚操作の類』だと分かった)」
強力な能力ではあるが、今の状況――向き合ってしまっている状態では大した効力はない。
- 545 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:47:33 ID:2GmeKc020
そして鞍馬兼が理性的な思考が可能な人間と分かったことも大きい。
態度から察するに増長しているわけではなく、臨戦状態のまま。
ならば。
(-、-トソン「あなたが私達の手を読んだように、私もあなたの手を読んでみることにします」
前提として、トソンが軽口を叩いたり問答を繰り返したりしているのは「イシダが戻ってくるまでの時間を稼ぐ為」だ。
鞍馬兼は付き合う理由はなく、むしろさっさと攻撃を仕掛けた方が良いだろう。
トソンの能力や戦闘力を警戒しているのかもしれないが、このように牽制を繰り返したところでイシダが戻ってくれば不利になるだけだ。
ここは間違いなく攻めるべき場面。
あるいは一旦逃げ、イシダの方を追撃すべき状況だとトソンは考える。
(゚、゚トソン「あなたとエルシール様が親しい関係だというのはあなたの対応で明らかです。……彼が敵を倒し、助けに来ることを期待しているのですか?」
( ・ω・)「ほぼ正解ですが違います」
あっさりと応えた兼は一拍置き、言った。
- 546 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:49:35 ID:2GmeKc020
( ・ω・)「あなた方は二人一組で行動することで危機を切り抜けようとしているようですが、僕達の考えは違います」
ヌルのチームの三人、そこに洛西口零を加えた四人は足並みが揃っているとは言い難い。
個性的な人間揃いということ、リーダーが存在しないこと、そもそも零に至っては半分敵のようなものであることから緻密な作戦を正確に遂行することはできない。
( −ω−)「僕達は一度集合し、その後に一人目が特定のルートを巡ります。二人目以降は時間を空けて同じルートを通る……今日は僕が先頭です」
どの場所をどういう順番で回るのかを伝え、都合が合えば後を追ってくるように頼んでおいた。
「一緒に回る」のではなく「後を追う」形ならば一人目が強敵に当たった場合、二人目はそのポイントを避けることができる。
何か不都合が起こった際は無線機で連絡を取り再度集合する。
( ・ω・)「仲間の一人がそろそろここに来ますし、ハローさんも戦いが終わればここに来ると思います」
(-、-トソン「……増援が来ると分かっていると?」
( ・ω・)「来ないかもしれませんね。僕達は基本的に自由ですし、二人目はここに来る途中でさっきのイシダという方と遭遇しているかもしれません」
(゚、゚トソン「なるほど……」
- 547 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:51:13 ID:2GmeKc020
冷静に頷いたトソンに、少し怪訝そうな顔で兼は訊く。
( ・ω・)「驚かれないのですか?」
(-、-トソン「会話中に予測した五つのパターンの中に近いものがありましたので」
( −ω−)「そうですか。失礼しました」
「それよりも、あなたはチームの根幹を成すことを話して良かったのですか?」とトソンは訊ねた。
「別に構いません」と兼は笑った。
トソンは光を飲み込む漆黒のサバイバルナイフを構え直し、兼は鈍く銀色に輝く軍用懐中電灯を携えたまま右手を浅く握った。
軽口を叩き合いながらも両者は理解していた。
今から相手が仕掛けるつもりであること、救援は来ないかもしれないこと――なんにせよ一対一の戦闘で撃破されてはどうしようもないこと。
( ・ω・)「ええ、別に良いんですよ――だってアレ、口から出任せですから」
(-、-トソン「奇遇ですね――私の予測も、実は五通りじゃなくて十七通りでした」
瞬間、二人が踏み込んだ。
- 548 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:52:15 ID:2GmeKc020
- 【―― 7 ――】
――ログインした場所は遠過ぎる。
――全速力で走っても優に五分はかかるだろう。
――「時刻さえ合えば何処からの時計からでもログアウトは可能」という仮説があったが、それを試す時間すら惜しい。
廊下を曲がったイシダは自身の無力に打ちひしがれながらも走り出す。
何よりも大切な主の為に。
装飾品として身に着けていたスカーフで簡単な止血を施すが出血は止まらず、渡り廊下には点々と血の跡が残る。
しかしそんなことを気にしている暇はない。
自己満足言われても良かった、一刻も早く助けに戻りたかった。
他の何よりも大切なあの人の危機なのだから。
が。
「―――そんなに急いでどうされました?」
世界は無情だった。
空想空間という世界は非情だった。
- 549 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:53:09 ID:2GmeKc020
渡り廊下を抜け、角を曲がったその時だった。
佇む長身の男をイシダは見つける。
彼女からすれば最悪の偶然、そして彼等からすれば単なる必然の遭遇―――。
( ´Д`)「はじめましてでしょうか?」
レインコートを羽織った、あまり美形とは言えない容姿のひょろ長い少年の言葉には応えず、イシダは彼の真横を走り抜けようとした。
しかし瞬時に少年は身を翻し彼女の前に立ち塞がる。
〈;:゚−゚〉「ッ!!」
( ´Д`)「そうお急ぎにならず、お付き合い下さい」
もう一度。
そう思いつつ今度は二度フェイントをかけ抜こうとするが、その試みも無駄に終わる。
とても戦闘が得意そうには見えない少年があっさりとイシダを止めた。
- 550 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:54:16 ID:2GmeKc020
考えられるのは、超能力。
しかも動き方を見るに、これは―――。
〈;:゚−゚〉「(あの日ノ岡亜紗さんの能力は『心を読む』という白兵戦において強力極まりないものでしたが、この人は、まさか……!)」
( ´Д`)「どうかなされましたか? 顔色がよろしくないようですが」
少年を真っ直ぐに見据える。
黒色の瞳と金に近い黄土色の虹彩、オッドアイの両目。
非視力補正用色付きコンタクトレンズ。
俗に言う「カラーコンタクトレンズ」によって彩られた左目に映る景色は恐らくイシダが見ているそれとは違う。
そのレンズこそが彼の能力体結晶。
レンズ越しに見える風景ではイシダは血塗れで倒れているのだろうか―――。
〈;:゚−゚〉「あなた、まさか……未来が見えているのですか……?」
長身の少年は答えない。
代わりに「私はハチと言います」と告げた。
- 551 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:55:14 ID:2GmeKc020
- 【―― 8 ――】
何かの為に戦うこと。
何かの為に進むこと。
神宮先輩に一度訊いてみたことがある。
「あなたは何故走るんですか?」と。
彼は「そうせずにはいられないからだ」と即答し、続けて「要するに自己満足だ」と笑った。
神宮拙下らしい分かりやすい答え。
きっと自分が新聞部で活動しているのも同じ理由なんだろうと真里奈は思う。
理由なんてない。
しいて言えば「好きだから」。
でも――他の人はどうなのだろうか?
リi、-ー -イ`!「…………」
屋上。
蒼い燐光を放つ空を見上げ、壬生狼真里奈は考える。
今この瞬間も戦っている誰かのことを。
- 552 名前:断章投下中。:2013/02/08(金) 00:56:11 ID:2GmeKc020
確か神宮拙下がそう答えた後に、次いで真里奈はこう訊いた。
じゃあ、日ノ岡亜紗さんはどうしてなんでしょうか、と。
天才は珍しく少し悩んだ。
多分彼も答えは分かっていて「その答えを言うべきかどうか」を考えたんだと思う。
結局、彼は鼻で笑いこう言った。
『それはお前の方が分かっているだろう? お前が分からないと言うのなら、俺が分かるはずもない』
なるほど。
それは確かにその通りだっただろう。
けれど。
リi、ー イ`!「きっと私はそういうことが聞きたかったわけではないし、そういうことを訊きたかったんじゃないんだろうな……」
「こんなはずじゃなかった」と言うのなら、どんなはずだったというのだろう。
「こんなこと望んでなかった」と言うのなら、どんなことを望んでいたのだろう。
もう「分からない」では済まされない。
- 561 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:10:24 ID:PlKyYoJ20
- 【―― 9 ――】
淳高には武道に関係する部活が幾つかあるが、武道系クラブの中の言わば「ボス」に相当するのが幽屋氷柱という才媛だった。
正式な記録のあるなしに関わらず、彼女はほぼ全ての武道において淳中高一貫校の頂点に立つとされる。
階級分けをする必要があるもの(例えば柔道)やそもそも淳高に部活として存在していないもの(例えば躰道)などは除くが、基本的に武道において彼女に勝利できる人間はいない。
男女に関わらず、また年齢も関係なく、ほぼ無敵と言うべき存在だった。
あの神宮拙下であっても少林寺拳法での演舞や運用法――況してや殺し合いで勝てるかどうかは分からない。
日ノ岡亜紗は言わずもがなで、一時期の彼は彼女に空手を習っていたほどである。
『(……こうやって見てるだけではとてもそんな血生臭い奴だなんて思えないけどな)』
いや、「血生臭い」は言い過ぎか。
喫茶食堂の片隅で宝ヶ池投機は対面に座った制服姿の幽屋氷柱を見、そんな風に感じた。
胴着も似合うが、彼女はブレザーを着用した姿も可愛らしい。
端麗な容姿、半ばから緩やかにカーブした黒髪に鞍馬兼と同じようなそこはかとない品の良さが滲む。
大半の男子は我が道を独走するタイプの高天ヶ原檸檬や人を寄せ付けないハルトシュラー=ハニャーンよりもこういうお淑やかな女子が好きだろう。
斯く言う宝ヶ池自身がそうだ。
- 562 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:11:09 ID:PlKyYoJ20
こういう和服が似合って可愛らしくスタイルの良い女子がタイプなのだ。
できれば同年代に生まれたかった、更に言えば自分が剣道をやっていた学生時代に出会いたかった。
宝ヶ池投機は切にそう思う。
……同い年で趣味が同じだったなら恋愛関係にまで辿り着けたとは全く思えないが、想像するのは自由である。
『先生、ご指摘するべきか少し悩んだのですが……先ほどから心が声に出ています』
『え?』
柔らかな笑みを浮かべたままで「ですから」と氷柱は続ける。
『「こういう子が好みなんだよなあ」とか、「学生時代に会いたかった」とか……そういったことが声に出ています』
『…………マジか?』
『ふふ、冗談ですよ。表情と口の動きから読み取っただけです』
唖然とする宝ヶ池に対し、氷柱はフッと笑う。
悪戯っ子のような、普段とは違う、けれど何故か彼女らしい笑顔。
- 563 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:12:09 ID:PlKyYoJ20
色々な意味で溜息を吐き、宝ヶ池は言う。
『……あまり大人をからかうなよ、幽屋。オレも忙しいし、オマエも暇じゃないんだろ?』
『そうですね。ごめんなさい』
『いやそこまで怒ってるわけじゃないが……』
素直に謝られてしまうと困る。
呼び出したのはこちらで、本題に入らないのもこちらなのだ。
好きなタイプだが彼女はどうも苦手だった。
『それにしても、オレは心を読まれたことにビックリだよ』
『そうですか?』
『ああ。口が動いていたのはアレだが……それでもあんなに的確に読まれるとな』
『心を読むなんて、誰だって多かれ少なかれやっていることですよ。別の言葉で言えば「心情を察する」や「気を遣う」ということですね』
『そういうもんかね……』
- 564 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:13:08 ID:PlKyYoJ20
戯れに宝ヶ池は訊いた。
『そう言えば「心を読む」ってのはバトル漫画じゃ最強の能力とされがちだが、実際問題どうなんだろうな?』
宝ヶ池投機は『空想空間』のことを噂でしか知らない。
淳高の生徒達が異世界で殺し合いをしているとは思ってもおらず、当然後の神宮拙下と日ノ岡亜紗の戦いについても知る由もない。
なのでこれは全くの偶然だ。
昔から彼はそういうところがある。
何かと妙に勘が鋭く――そして核心を突いたことに自分は気付かない。
『どう……とは、どういうことでしょうか?』
『例えばだ、幽屋、オマエが剣道で心を読める相手と試合をすることになったら勝てると思うか?』
『さあ、どうでしょうね。心を読める素人と心を読める剣聖では同じ「心が読める人間」でもかなり差がありますから』
『そりゃそうだが……』
『「弘法筆を選ばず」という言葉がありますが、むしろ逆だと思いませんか? どんな素晴らしい道具であろうとも素人が使ったのでは真価は発揮できない』
- 565 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:14:09 ID:PlKyYoJ20
つまり『心を読む』という能力を持っていたとしても、基礎が伴っていなければどうにもならない、と。
心が読めたとしても全くの素人ではお話にならないというわけだ。
『なら基本ができてる人間が心を読めたとしたら……』
『基本ほど難しいものはないと思いますが、そうですね……。その基礎基本の問題は置いておくとしても「どの程度まで読めるのか」も関係するでしょうね』
そう言うと氷柱は運んできたカップにミルクと砂糖を入れ、静かに掻き混ぜる。
鼻腔を擽る香りは仄かに甘い。
社会人になってブラックでしかコーヒーを飲まなくなった宝ヶ池的にはすっかり色が変わってしまったそれを見ると歳相応な感じがして微笑ましい。
今度は心を読むことはなかったのか、一口飲むと氷柱は続けた。
『「心を読む」と言っても、この場合には実際に読んでいるのは思考でしょう? 気持ちを読み取るだけならさっき言ったように誰だってやっています』
『それはそうなんだが……』
『目が見えない方の中には手や頬に触れるだけで相手の調子や体調が分かる方もいるそうですし、ある種の天才児は他者に過剰なまでに共感すると聞きます』
『……オレみたいな凡人には、信じられない話だよ』
- 566 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:15:11 ID:PlKyYoJ20
私はなんとなく分かる気がします、と氷柱は微笑み、閑話休題する。
『ですが実際、本当に思考が読める人間がいたとしても真価を発揮するのは将棋やチェスのような知的ゲームだけでしょうね』
『どうしてだ?』
『現実の戦いはターン制ではないからです。心を読んで一手目を避けたとしても、二手目以降相手は考えて動きません。咄嗟の判断で行動します』
この場合二手目以降は相手の思考を読み取るのとほぼ同時に反撃を受けることになる。
大抵の人間は、それほど考えて行動していないのである。
『心を読む』という能力があったとして。
その能力が最も活かされるのは完全なターン制で、自由度が高い、心理戦若しくは知的ゲームだ。
纏め、この話題を終わらせるようにし宝ヶ池は言った。
『つまり心が読めるなら理性的で頭の良い奴を相手にするべきで、考えなしの筋肉馬鹿とは戦わない方が良いってことか』
『そうですね』
何も知らない宝ヶ池投機という教師は「ままならねぇなあ」と笑った。
- 567 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:16:12 ID:PlKyYoJ20
- 【―― 10 ――】
さて実際に『心を読む』ことができる日ノ岡亜紗にとって幸運だったのは、神宮拙下ことハロー=エルシールが「考えなしの筋肉馬鹿」ではなかったことだ。
半端に彼と戦った人間は勘違いしがちであるが、彼は反射や無意識で戦っているわけではない。
常人を遥かに超える情報処理速度と思考能力を持ち、戦いでは常にゾーンに入った状態(つまり完全な集中状態)に移行する天才。
「考えないことこそが力」と主張して憚らない彼はここぞという場面に限っては人並み以上に考えている。
零コンマ何秒、刹那の間合い。
普通の人間ならば思考が追いつかない状況でも――考えて、動く。
ハハ ロ -ロ)ハ「(―――左足が前、膝を曲げ左手を右手の腰に、左手が受け手―――)」
スタンディングスタートから一気にトップスピードまで移行。
狙いは水月、引き手である左手を引き順突きの初動の最中で相手の構えを分析する。
立ち方や技の名称は思い出せないが構わない。
対策が取られていることを承知しつつ右拳を繰り出す。
アサピーが取る行動は前屈立ちからの中段内受け。
腰に添えた拳を身体の内から外へ振り、前腕の外側で受けることで突きの力を横へと逸らす技。
- 568 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:17:08 ID:PlKyYoJ20
内受けは真身、つまり身体の正面に向いていた腰を半身に回転させ、その反動を利用することで強い突きや蹴りを受ける。
理論的にはそういう技術だがハローに理屈や御託は不要。
何故ならば彼は技が極まる直前、その刹那に「考えて」次の行動を決めるからだ。
(#-@∀@)「ふっ――!!」
腰の回転と共に受け手が外へと振られる。
ハローは前腕部に衝撃を確認し敵の動きを視認する。
拳は向かって右側に逸れる。
こちらは無策。
対し、アサピーは突きを受ける為に逆回転した腰を戻す勢いで今度は逆の右腕を突き出す―――!
ハハ ロ -ロ)ハ「(―――受けの動作を利用してすぐさま突き、良く見るパターンだ、が今回はただの突きではなく貫手、喧嘩で貫手を使うなんて危ない奴―――)」
通常空手の技として学ぶ貫手は人差し指から小指までを利用する。
この四本貫手は人差し指や親指のみを用いる一本貫手よりはまだ安全であるが、パンチングとは違い力が一点に集中する為、直撃すれば重大なダメージを受ける。
まともな神経をしていたならば喧嘩で人に使おうなどとは思わないはずだ。
- 569 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:18:12 ID:PlKyYoJ20
少林寺拳法では貫手を「角手」と呼ぶのだったか。
そんなことを思い出しつつ思考する。
……思考速度が段違いに速いとは言っても余計なことを考えている暇はあまりない(というより実際に動く時間を残さなければならない)。
アサピーが通常の逆突きではなく貫手を使用した理由は、射程を伸ばす為であり、同時に射程を誤魔化す為だった。
敵が突きを躱すつもりでスウェーしても指の長さ分リーチが長いので、避けたつもりなのに――当たる。
直撃すればそれまでであるし、少しでも当たれば驚きと痛みで動きが止まり、辛うじて避けたとしても体勢が崩れてしまう。
最適解は手で捌いてしまうことなのだが一撃必殺を基本とするハローは受けること自体があまりない。
そういった諸々のことを――無論、事前に熟考し日ノ岡亜紗は技のパターンを選んだ。
一方。
ハハ ロ -ロ)ハ「(―――右側に避ける、のは間に合わない、真後ろ―――)」
まず以て受けるつもりはなかった天才はどの方向に避けるか瞬時に判断。
踏み込んでいた右足を利用し、弾けるように後ろに下がる。
バックステップ―――。
- 570 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:19:18 ID:PlKyYoJ20
―――貫手は空を切った。
ハローの服とアサピーの中指との距離は一寸どころか一ミリもない。
まさしく「間一髪」での回避。
反撃を全く想定していなかったにも関わらず、この場面において、突き出された貫手を服に掠らせることさえなく避け切った辺り流石は『電光石火』と言うべきだろう。
伊達や冗談で閃光に例えられてはいないということか。
ハハ;ロ -ロ)ハ「(―――体勢は崩れた、が元々体勢などないようなものだ、気にする必要は―――っ!)」
瞬間、前足の内側にアサピーの左足が踏み込まれた。
踏み込みと同時に左拳が顔面を狙う。
間合いを詰めながらの突き、いや刻み突きをハローは寸でのところで身を捩り躱す。
だが更なる踏み込みと共に二発目―――。
ハハ ロ -ロ)ハ「(―――少林寺拳法でもいるタイプ、間合いを詰めながらの追い突きを連打し牽制し、コンボ―――)」
- 571 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:20:10 ID:PlKyYoJ20
二発目の上段突きをもう一度下がることで回避。
アサピーの左手が引かれ、腰の回転。
次いで―――。
ハハ;ロ -ロ)ハ「(―――そこからの、回し―――蹴り―――っ!!)」
軸足である左脚の膝が軽く曲がる。
斜め下、ハローの死角から放たれた右脚が綺麗な半円の軌道を空に描き、ガラ空きの胴を襲う。
追い突きからの中段回し蹴り。
注意が左拳に向いた瞬間、体勢が崩れたところを狙った不意打ち。
完全な連続技、分かっていたとしても避けられないコンビネーション―――!
ハハ*ロ -ロ)ハ「ハッ―――!!」
天才は笑い、そして―――。
- 572 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:21:11 ID:PlKyYoJ20
- 【―― 11 ――】
バトル漫画において、『心を読む』と共に凶悪な能力として名高いのが『未来を視る』だろう。
未来が確定していないと仮定するならば厳密には『未来予測』という能力になるか。
どちらにせよ、相手の次の一手、また『心を読む』では対応することが不可能な不慮の事故や不測の事態に対処することが可能だ。
まともに戦えば敗北は避けられない。
何秒先まで、どの程度の精度で予測できるのかも関係するが強敵なのは確かだ。
―――と、いうのはフィクションの中での話である。
〈;:゚−゚〉「(例え『私が一秒後にどんな行動をするか』が視えているとしても――私が一秒後に何もしなければ、そんな能力はないに等しい)」
そう。
例えば『一秒先の未来が予測できる』としても、一秒先に何も起こらなければ未来予測は何の意味もない。
単に静止したままの相手が視えるだけだ。
『未来予測』という完璧なカウンターを決められる能力は――その実、「能力が露見してしまった時点で常に先手を取らなければならなくなる能力」なのだ。
〈;:゚−゚〉「(先手を取る時点で受けではなく攻めになり『未来予測』の優位性は半減する。先手である以上、最初の一手は自分で決めなければならず、更に……)」
- 573 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:22:10 ID:PlKyYoJ20
加えて、「一手目の行動によって二手目の選択肢が制限される」のだ。
距離を詰める為に右脚を踏み込んだ瞬間、前足に重心が移動し、結果右脚で蹴りを放つことができなくなるように。
『天才(オールラウンダー)』とまで呼ばれるハローも全く同じ問題を抱えている。
一撃目を受けられたとしても、続けて何処を攻撃すべきかは考えられる。
……考えるのは自由だが、踏み込み突きを放った後の体勢の関係上、また身体構造上無理な一手を選ぶことは天才たる彼にも不可能だ。
そう――だから、理屈の上では『未来予測』と言えど対処可能なのだとトソンは語った。
〈;: −〉「(……けれど、それはあくまで机の上の話だった)」
往々にして理論は現実に通用しない。
フレーム問題の例を引けば、トソンの説は考慮しておくべき要素を見逃している。
この状況を。
〈;:゚−゚〉「(私が動かなければ相手も動かず千日手になるでしょう。相手が先に動けば私がやや有利……けれど、私は今、先に動かなければならない……っ!)」
現在、イシダは右上腕部を負傷している。
このまま待ちに徹すれば、出血多量で意識を保つことが難しくなる。
- 574 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:23:11 ID:PlKyYoJ20
そもそもイシダは上司を助ける為に急いでいるのだ――「先に動いたら負ける」などと言って、待ちを選べる状況ではない。
対し、目の前の八頭身の黒いレインコートは何も言わず突っ立ったまま。
余裕綽々、特に時間的余裕がありそうだ。
どう見ても先に仕掛けてくれそうにない。
戦術的には先手を譲るのが最善手なのだが、戦略的には可及的速やかに敵を躱し先に進まなければならない。
倒す必要はないので、どうにかして振り切り先に行かなくては。
( ´Д`)「顔色がよろしくないと思っていましたが、怪我をしておられるのですね。大丈夫でしょうか?」
ハチと名乗った男は馬鹿丁寧な調子のまま問い掛けてくる。
黒と金のオッドアイにイシダの姿は映ったまま。
少女は歯噛みし、敵を睨む。
〈;:゚−゚〉「(使うしかないのですか、私の能力を……!)」
イシダが敵と遭遇してから既に三十秒が経過していた―――。
- 575 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:24:11 ID:PlKyYoJ20
- 【―― 12 ――】
――最初の右手はフェイント。
――本命は左。
――と、思わせ相手はこちらの動きを見ての小手返し。
――変更。
――……読まれた。
――再試行。
――震脚からの転換。
――重心が再度左脚に移る。
――見せかけ。
軍用懐中電灯を握った左腕の動きが陽動だということは読めていた。
が、次の瞬間――トソンの視界は白く染まる。
(-、-トソン「(やはり光を使った目潰し、)」
軍用懐中電灯の光量や視感度、簡潔に言えば光の強さは市販の懐中電灯よりもかなりキツめのことが多い。
これは特殊部隊などにおいて相手の目に光を当て視界を奪う為に使われることがあるからである。
つまり、想像の範囲内。
トソンは既に目を閉じている。
- 576 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:25:10 ID:PlKyYoJ20
目蓋を下ろした状態であっても眼は光を感じる。
光が弱まったこと、つまり光が逸れたことを認識し踏み込む。
(゚、゚;トソン「(私に軍人が使う策は――――っ!?)」
通用しない、と心の中でほくそ笑み右のサバイバルナイフを突き出しかけた瞬間に左前腕部に違和感。
袖を、取られた。
手首ではなく服を掴まれた。
鞍馬兼の技術のレパートリー内で「右手で袖を取り」「左手が使えず(≒片手で可能な)」「相手が踏み込む瞬間に」使える技は―――!
(、 ;トソン「(―――出足払!)」
兼の脚が高速で地を這う。
前に出る一瞬、相手の出足が畳に着く瞬間を狙いその足首を自分の足裏で払い、更に腕で相手の上半身を捻ることで倒す足技二十一本の一つ。
素人に回避することはほぼ不可能と言われる出足払。
だがその選択さえも予測していた。
だから、できる。
- 577 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:26:12 ID:PlKyYoJ20
兼が脚を払う瞬間に、狙われた前足の膝を折り曲げ空かし――そのまま前足で払い返す。
(; ・ω・)「(―――燕返、っ!?)」
初動が遅く。
故に寸前で気が付いた兼は払った前足を強引に斜め前に出す。
少しでも力を弱める為だ(鞭の先端は凶器だが手元なら受け止められるのと同じ理屈である)。
更にフリーだった左腕を振るう。
倒される勢いを利用して関節部分を殴りつけるつもりだった。
それに対しトソンは付き出したナイフを引き戻し、振るわれた軍用懐中電灯を受け止める。
(-、-;トソン「(倒せない――だとしてもっ!!)」
(; ・ω・)「(受け止められた!?)」
燕返を回避する過程で兼は体勢を崩し、袖を掴んでいた右手を放してしまっている。
トソンは機を逃さず開放された左腕で貫手を放つ。
- 578 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:27:10 ID:PlKyYoJ20
対し、兼は受けられた左を身体の内側へと振り、貫手をはたき落とす。
そのままトソンの手を滑らすように、
(、 ;トソン「(『左内受』から『内受した腕で』――っ、今度はッ!)」
手刀による切り返し――回避、
右の中段逆突き――払い落とし、
左上段逆突き――受け、
続けて、左上段回し蹴り――掻い潜り、
―――交錯。
三秒足らずの間に幾度となく両拳を交え、ここでやっと両者の間合いが空いた。
警戒を途切らさぬようにしつつ久方振りに酸素を吸う。
(; −ω−)「(背筋が寒くなった……。何者なんだ、この人……!)」
(-、-トソン「(学園十傑の噂には鞍馬兼は含まれていなかった……。しかし、流石と言わざるを得ない……)」
- 579 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:28:15 ID:PlKyYoJ20
体捌きや技の種類、練度だけではない。
その前段階――まず駆け引きの時点で卓越している。
両者共、敵に対しそう感じていた。
鞍馬兼はトソンの意思を読み、自分の間を保ち攻勢を維持し。
都村藤村は兼がどの手段で攻めるかを予測し、更に返す。
(-、-トソン「警棒術で牽制し、合気道で対応し、軍用格闘術で奇襲し、柔道で反撃し、少林寺拳法で追撃する……」
間合いに入ってからの攻防の僅かな時間で二つの格闘術と二つの武道、加えて一つの拳法の技術を使った兼。
称賛の意味も込め、「そういうワンマンバンドな戦い方は我等が生徒会長特有だと思っていましたので」とトソンは微笑みかけた。
少し考え、兼は言う。
( −ω−)「無我夢中だっただけなんだから。それに、それを言うなら対策を立てていたあなたも相当な腕利きです」
(゚、゚トソン「少林寺拳法白蓮拳の燕返」
( ・ω・)「!」
(-、-トソン「公式な修行をしたことがない割にはお上手なので」
- 580 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:29:12 ID:PlKyYoJ20
再度の沈黙の後。
( −ω−)「……友達の練習に付き合わされただけ、なんだから。拳法に関しては僕は素人です」
確かに、公式にはそうなのだろう。
柔道に関しても記録上は学校の選択体育で学んだのみのはずだ。
だから幾つもの技を使いこなすことができるわけではない。
しかし「門前の小僧習わぬ経を読む」という言葉が象徴しているように、近しい存在に影響を受け技能が身に付くことはある。
宛ら量産機が、局地戦仕様の装備を流用するように。
( ・ω・)「それにしても僕のことをよくご存知で」
(゚、゚トソン「そうでしょうか?」
( ・ω・)「あなたは武道家ではない。けれど僕の使う武道の技に対しては理解と対策がある。メタ……としか思えないです」
トソンは不敵に笑い、そうして「流石ですね」と続ける。
(゚、゚トソン「他にもあなたについては色々と知っていますよ? 百メートル自由形のタイム、剣道で得意な技、対局の際に好む戦法、賞を取ったスピーチの内容……」
- 581 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:30:11 ID:PlKyYoJ20
( −ω−)「なら僕が剣道で最も得意な技は?」
(-、-トソン「小手返し面」
( ・ω・)「……スピーチの内容」
(゚、゚トソン「表題は『グローバリズムとエスペラント』。英語のスピーチでありながら、社会学的にも大変興味深い内容でした」
……ハッタリではない。
そう確信した兼に向かって、微笑んだまま酷く冷たい眼でトソンは告げる。
(-、-トソン「端的に言って――あなたの持つ、あらゆる技術は私には通用しないと思って構いませんので」
鞍馬兼はこういう状況に陥る度に、いつも思う。
ああ、自分は凡人なんだと。
飛び抜けた才能で盤面を引っくり返すことも、約束や決意を支えに毅然と立ち向かうこともできない。
相手に勝つイメージが少しも浮かばない。
それどころか挑発の言葉や上手い返答すら思いつかずに「また負けてしまうんじゃないか」「どうしようもない」とそんなことを考えてしまう。
鞍馬兼は自称通りに天才ではない――器用貧乏なだけの、普通の人間だった。
- 582 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:31:09 ID:PlKyYoJ20
- 【―― 13 ――】
『先生、そろそろ本題に入りませんか? 何か訊きたいことがあるそうですが、そんな空想科学読本のようなことではないでしょう?』
柔らかな微笑みを浮かべたままで幽屋氷柱は言った。
笑みを見る度に思う。
こんな可憐な少女が不良どころか大の大人からも畏怖されるような実力者だなんて、とても信じられないと。
『そうだな……悪かった。楽しくて』
『折角ですし、中庭でも歩きながら話しませんか?』
『……お見合いみたいだな』
『私のような不束者が相手では迷惑でしょうか』
『は、まさかそんな。コスプレ喫茶のサービスじゃあないが、オマエと一緒に歩ける権利ならありがたがって買う男子は沢山いるだろうよ』
そう返しつつ宝ヶ池は立ち上がり、外へ出て行こうとする氷柱に続いた。
- 583 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:32:10 ID:PlKyYoJ20
今は放課後、本来ならば幽屋氷柱は総合武道場にいる時間帯だ。
弓道部の活動は週三日だが、彼女はほぼ毎日のようにあの場所で鍛錬と研鑽を繰り返している。
だが当然一人ではできない練習もある。
そしてそれが宝ヶ池が氷柱と話す時間を作った理由だ。
『なあ、幽屋』
『なんですか?』
『この高校の生徒で、オマエの知る中での実力者って誰だ?』
これは鞍馬兼のアドバイスだった。
「三年の幽屋氷柱さんは武道系クラブに関して詳しいですから、話を聞く価値があると思います」ということで、こうして機会を作ったのだった。
氷柱は垂れ目を細め、暫しの間思案する。
女は勘が良いというから意図をなんとなく察したのかもしれない。
やがて彼女は柔らかに笑い、答えた。
『私は武道しか能がないのでボクシング部などの強い方や格闘技を得意とする方は知りませんが……』
- 584 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:33:12 ID:PlKyYoJ20
『武道の分野なら分かるか?』
『そうですね。先生のクラスの鞍馬兼さんや山科狂華君などは見ていると「武道とスポーツは違うんだなあ」と思いますね』
隣を歩く宝ヶ池の反応を伺い、説明を待っていることに気付き氷柱は続ける。
『この学校で野球が上手な方はおそらく野球部に集中していると思います。けれど武道はそうじゃないんです』
『部活がないことがある……ってことか?』
『それもありますが、極端な話として、家が道場の人は学校で剣道をやろうなんて思わないという理由があります』
長い練習時間、良い設備、そして優れた監督やコーチが揃った学校は一部の名門校だけで。
ほとんどの学校は部活よりも勉学を優先させ、設備は部費に大きく関係し、下手をすればずぶの素人が顧問を務めていることさえありえる。
ならば個人的に道場へ通い、教員免許はないが実力ある人間に師事し練習する方が上手くなれる。
特に武道というものは練習の年数と密度がものを言う世界だ。
インターハイ優勝、というような目標がない限り、学校ではやらないのではないか。
更に言えば、その勝ちに行く姿勢自体を嫌うのなら最早部活に所属する意味はなくなる。
- 585 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:34:11 ID:PlKyYoJ20
『鞍馬さんは中学時代テニス部でしたが、並みの剣道部では相手にならないくらいに強かったです』
『アイツが道場に通っていたからか』
『加えて、彼のご両親や周囲の人間――つまり警察官の方々に稽古を付けてもらっていたからでしょうね。護身術が得意なのも同じ理由です』
強い人間と練習をすること。
全く勝てず面白くはないかもしれないが、それが上達の近道だ。
また氷柱は言う。
『この学校の剣道部でも……部長さんは分かりませんが、ほとんどの部員には勝てるでしょう。それくらいの年数は続けています』
そう――何よりも年数だ。
鞍馬兼が武道を続けてきた時間はおよそ十年。
中学時代から始めた者、況してや高校から道に入った人間に負けるわけがない。
兼の三倍練習をしたとしても。
三年間では、まだ及ばないのだ。
- 586 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:35:13 ID:PlKyYoJ20
宝ヶ池は言った。
『アレだな……、どれだけヒロインがいようと最終的には幼馴染とくっ付くのと近いな』
『付き合いの長さがものを言う、ということですか? 先生は少年漫画がお好きなんですね』
まあな、と答えた宝ヶ池に対し、「単純には行かないのが」と氷柱は閑話休題する。
『単純には行かないのが、これが勝負になると相性と意思が出てくることです』
鞍馬兼が柔道で使う出足払や送足払といった技は番狂わせが起きやすい技だ。
どんな実力者でも気迫が先行して足元が疎かになった瞬間に倒される。
そのように相性については分かりやすいが、次の言葉がよく理解できず鸚鵡返しをした。
『相性は分かるが意思ってなんだ? 決意が強さになるとしたら、それこそ少年漫画的だろ』
『そうでもありませんよ。単純な実力ならいさ知らず、こと勝負においては心は非常に重要なものです。モチベーションと言い換えれば練習でも大事ですね』
- 587 名前:断章投下中。:2013/03/01(金) 01:36:18 ID:PlKyYoJ20
『所謂、気を殺すってやつか』
『そうです。まず気によって相手に勝る。ここぞという場面においては、無心の人間よりも勝利への執念のある人間の方が強い……かもしれません』
『妙に曖昧だな』
『それはそうでしょう。「勝ちたい」という気持ちだけが先走って不注意になってしまえばどうしようもありませんから』
武道で言う止心ですね、と氷柱は微笑む。
一つのことに囚われ、見えているはずなのに視えないこと。
そうして、まるで呟くように彼女は言った。
『…………だから日ノ岡君のことは少し、心配です……』
勝気なのは良いことだと思うが、それに振り回されてはいないかと。
自分が心配することではないと思いながらも氷柱は思う。
筋が良く、真面目で熱心で教え甲斐のある後輩だった。
けれど彼がまず「勝とう」と思わない鞍馬兼や、そもそも「勝つことが当たり前」と考える神宮拙下と戦うとしたら、どうなるのだろうか。
考えても仕方ないと分かっているが、それでも短い間であっても稽古を付けた相手だから。
そう――彼が想われたいのは壬生狼真里奈ただ一人であり、その為だけに彼は戦っているのだから。
- 633 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:50:12 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 14 ――】
イ从゚ ー゚ノi、「悪党は高いところを好む、と言われますが、あるいはそれは天すら掴まんとする飽くなき向上心の現れなのかもしれません」
蒼く輝く曇天の下。
仄明るい世界の屋上に二人の少女が立っている。
リハ*-ー-リ「いやいや、それはどうだろうね。悪党は同時に地の下も好む……。この場合、無意識に天を避けていると言える。天罰を恐れてのことかな?」
手摺のすぐ傍、背中を強く押されれば落ちてしまいそうな場所に立っているのはノンフレームの眼鏡を髪留め代わりにしたカジュアルな格好の少女。
暗い茶髪の彼女は、洛西口零。
一方、背後から零に声をかけた少女は、制服の上から茶のショールを羽織っていた。
焦げ茶色のツインテールに利発そうな茶の瞳。
インドア派なのか肌が白く、淡い笑みを浮かべた様は幽霊のようで、しかし零とは違う可愛らしさを有している。
零は言う。
リハ*゚ー゚リ「君のことだからね、参加しているとは思っていたよ。予想通りで、予測通りだ。……まさか現実と同じ姿だとは思わなかったが」
イ从゚ ー゚ノi、「同じではありません。今の私には眼鏡がありませんから。それに同じ姿なのは貴方も同じでしょう?」
- 634 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:51:09 ID:ywk4Te3o0
リハ*^ー^リ「君と同じか、虫酸が走るね、稲荷よう子」
イ从゚ ー゚ノi、「その言葉はそのまま貴方に返します。あるいは寒気を感じる……でしょうか」
零お馴染みの性悪な笑みに対し、彼女――稲荷よう子は淡い笑みのままで言葉を返す。
笑顔の悪意には、同じく笑顔の悪意で応じる。
イ从-−-ノi、「それにしても私にどんなスポーツでも一つも勝てず体力テストでも一つも勝るものがない貴方が参加しているとは……あるいは遠回りな自殺ですか?」
リハ*゚ー゚リ「君と違って、生憎と私は女としての魅力に溢れているのでね。知っているかな? AAAカップの胸の重量は大匙一杯以下だが、DやEだとその二十倍から三十倍以上の重さになると」
イ从゚ ー゚ノi、「理解しました。あるいは貴方はまたお得意の空言虚言とその低俗かつ下賎な魅力を用い男を良いように使っているのですね」
リハ*^ー^リ「素直に羨ましいと言ったらどうだい? 小学生だって君よりはメリハリのある身体付きをしているだろうよ。女として悲しくならない?」
険悪過ぎて逆に平穏に感じるほどの強烈な敵意の応酬。
洛西口零が「君」という二人称を唯一使う相手、稲荷よう子。
二年十三組のクラスメイト。
よう子の口癖である「あるいは」という言葉を使って関係を表すとすれば、あるいはよう子がクラスメイトだからこそ零は教室に来ないのかもしれない。
それほどまでに険悪な関係だった。
- 635 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:52:08 ID:ywk4Te3o0
保健室登校の洛西口零に対し、稲荷よう子は地味ながら図書委員会の長を務める淳高四委員長の一人である。
零が平時は悪目立ちし、愛の時には人目を惹くように常に少なからず注目を集めるのに対し、よう子は教室にいても気付かれない。
あるいは――「気付かせない」のだ。
委員長という立場にありながら、淳高で「稲荷よう子」という名前を聞きスッと顔を思い出せる生徒はほとんどいない。
思い出せるのは彼女の本性を知っている者か、そうでなければ彼女が好みという男子くらいのものだろう。
零は理系よりだが、よう子は文学少女の見た目通りの文系だ。
零は運動がてんでできないが、よう子は本気を出さないだけで運動神経は良い。
零は饒舌で、よう子は零以外の前では無口。
ついでに言えば零は胸が大きいが、よう子は零が挑発している通り貧乳だ。
共通点は両者共にインドア派であるが故に肌が白いことくらいで、それ以外は狙い澄ましたかのように真逆の存在だった。
イ从゚ ー゚ノi、「私としては貴方のような人間として不誠実な存在を見ている方があるいは悲しくなります」
リハ*-ー-リ「どうかな、誠実に利己的な君よりは遥かにマシだと思うけどね?」
いや。
共通点はもう一つある――どちらも情報を使い人を操ることを得意としている点だ。
ただし。
- 636 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:53:06 ID:ywk4Te3o0
洛西口零の使う情報が、噂や風説、世評といった言わば「虚偽(若しくは誇張または曲解された事実)」であるのに対し。
稲荷よう子の用いる情報というのは統計や証拠を元にした「真実」なのである。
火のないところに煙は立たぬと言うが、零が煙を使って人を陥れる一方でよう子は火そのもので人を追い詰めるのだ。
相容れないのは仕方がない。
目指す結果は同じなのに方法と性質が真逆なのだから。
リハ*゚ー゚リ「君はどうやら『言わぬが花』という言葉を知らないらしい」
イ从゚ ー゚ノi、「そう言う貴方は『嘘吐きは泥棒の始まり』という言葉を知らない」
知らない方が良いことも世の中にはあると零は言う。
知ればこそ改めることができるとよう子は返す。
人の為と書いて「偽り」だと零は言い。
真に実ると書いて「真実」だとよう子は返し。
君は他人のことを考えてないと零は言って。
貴方は他人の考える機会を奪っているとよう子は返して。
零は性悪に笑い、よう子は淡く微笑んだ。
- 637 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:54:06 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 15 ――】
あるナビゲーターに言わせればイシダの能力は反則だった。
いや、どのナビゲーターもどの参加者も、内容を知ればそう思うことだろう。
尤も日ノ岡亜紗辺りには通用しないのだろうが……。
では何故イシダは能力を多用しないのか?
それは奥の手として隠しているわけではなく、もっと切実な理由がある。
使い勝手が悪いのだ。
〈;:゚−゚〉「(使うとしても……いつ使う?)」
能力自体は強力無比なのだが、その性能があまり良くないのだ。
例えれば大口径の拳銃のようなもの。
一発でも当てれば勝てるのだろうが携帯に向かず、引き金が重く、狙いが定まらず、弾数が少ないような。
しかもイシダの能力は強化できないタイプのもの(強化しても派生した別の能力を手に入れるだけ)で使い勝手が良くなることがない。
強力なのは確かだから、どうにかして使いこなすしかない。
「一撃必殺」と言えば聞こえは良いが――実際は相手を一撃で必ず殺さなければジリ貧になる能力だ。
- 638 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:55:08 ID:ywk4Te3o0
( ´Д`)「……そう言えばお名前を伺っていませんでしたね」
黒のレインコートを着たひょろ長い男、ハチは相も変わらず馬鹿丁寧で呑気な調子のままイシダに問いかけてくる。
彼女は何を訊ねられたとしても答える気などなかった。
両者の距離は三メートルと少し。
一歩踏み出せば打撃が届く。
しかし『未来予測』の前にはその一歩が遠い。
何かが。
〈;:゚−゚〉「(何か、一瞬でも隙を作ることができれば……!)」
しかし相手は未来が見えているのだ、隙なんて作りようがない。
隙を作る寸前で潰されてしまう。
ただ言ってしまえば相手は未来が見えるだけなので「予測できていても防御か回避をせざるを得ない状態」にまで追い込めば良いのだが……。
グレネードの類があれば簡単に解決できるのに、と思わずにはいられない。
絶体絶命の状況。
刻一刻と熱い血が滴り落ち体温は下がり、死闘を繰り広げているであろう主君のことを想えば心の熱さえも奪われるようだ。
- 639 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:56:05 ID:ywk4Te3o0
が、千載一遇の好機は次の瞬間より訪れる。
( ´Д`)「!」
〈;:゚−゚〉「……?」
( ´Д`)「つかぬことをお伺いしますが、あなたの後ろに見えるのはお仲間でしょうか?」
「まさかあの人が?」。
「いやそんなはずはない」。
「ならハッタリ?」。
状況を確認する為に振り向きたいが、ブラフだった場合には目も当てられない結果になる。
しかし振り向かなかったのならハチの言葉が真実だった際に非常にマズい。
どうするべきなのかと思考がフリーズ仕掛けるが――イシダに悩む必要はなかった。
直後、
- 640 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:57:07 ID:ywk4Te3o0
彼女の意思に関係なく――強制的に振り向かされたからだ。
ミ,# Д彡「―――おぉぉぉにさんっ、こっちらッ!!」
背後から声が聞こえた瞬間だった。
不可思議な現象がイシダを襲った。
自らの意思とは関係なく、見えざる何かが強制した。
振り向かされた。
まるで街を歩いていて知り合いに名前を呼ばれた時のように、ごく自然に。
一瞬間、視線が突如として真後ろに立っていた男に固定される――が、それは一瞬のことで、次の刹那には身体のコントロールはイシダの下に戻った。
〈;:゚−゚〉「(『相手を振り向かせる能力』? いえ……なんにせよっ!)」
イシダは上半身を捻り後ろを向いたままの状態で一歩踏み込み距離を詰める。
ハチの方も視線を釘付けにされていたと踏み、その一瞬の隙を逃さず、反撃を受けにくい近間に入る。
そうして、能力を発動した。
- 641 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:58:06 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 16 ――】
『勝負の際、最も重要なのは心なんです。意思の力であり、意志の力。心の強い方が勝つとは言いませんが……』
幽屋氷柱は振り返って言った。
それでも、と。
『それでも私は最も重要なのは心だと思います。その何かがなければ人は進むことができない。進めたとしても、とても虚しい結果しか待っていない』
それは単純に「好き」という感情かもしれない。
野球が好きで、好きで、好きで堪らなくてプロ野球選手になった人間もいるだろう。
それはそれで一つの心の強さ。
意思と意志に貴賤はない。
戦う意味と意義は人それぞれなのだから。
『じゃあ幽屋、オマエにも何かがあるのか?』
『ええ、ありますよ。私の場合は愛……でしょうか』
『愛?』
- 642 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 16:59:11 ID:ywk4Te3o0
『家族愛、ということです。純粋に武道が好きということもありますが、私はそういう家系の生まれなので……』
武道が共通項であるが故に鍛錬を重ねる過程の中に家族の姿を見る。
振るう刃に心が宿る。
宝ヶ池は言った。
『オマエに言わせれば他の奴もそうなのか? 例えば……山科みたいな変わった奴でも』
『狂華君はとても分かりやすいですよ。狂華君は見栄や格好というものをとても大事にします。見栄っ張りで、格好付けなんですね』
『はは、確かにアイツらしいな。オレにはないものだ』
『ただそれは虚栄心ではないんです。彼には具体的な「格好良い自分像」があって、いつもそれに殉じて生きている……。それはとても大変なことだと思います』
過去に囚われないこと。
この瞬間を大切に生きること。
そして、掛け替えのない誰かの危機には命を張れる人間であること。
怖くとも、悲しくとも、辛くとも、苦しくとも。
その格好を大事にし、見栄を張って、狂華は生きている。
- 643 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:00:09 ID:ywk4Te3o0
『ならハロー=エルシール……神宮拙下はどうだ?』
『きっと見ての通り、自負や自信でしょうね。傲慢にも見えるその態度は自尊心があってのことです。人を見下すことで安心するつまらない人間ではない』
それはなんの誇りだっただろうか。
天才としてか、皇族としてか、それとも単に自分自身としてか。
氷柱にもそれは分からない。
言うまでもないですが日ノ岡君は恋心ですね、と氷柱は笑う。
そう――誰にだって何かはあるのだ。
ならば、
『なら、ならだ……。オマエが言うところの「勝とうと思っていない」鞍馬はどうなんだ? アイツは心の何かは、なんなんだよ』
『「思わざれば花なり、思えば花ならざりき」』
『え?』
彼の心は簡単であるが故に理解が難しい。
そんな風に続け、氷柱は微笑んだ。
- 644 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:01:10 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 17 ――】
いい加減このやり取りは非生産的だと両者共が気付いたらしく、二人は挑発の応酬を止め、話し始めた。
リハ*゚ー゚リ「……あの大男を介入させたのは君かな?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうとも言えます。あるいは私が何もせずとも彼は行動したでしょうが」
屋上に立つ彼女等の視線の先にはハチの横を走り抜けたイシダと後方に立つトレーナー姿の男。
文字通りの高みの見物。
実は二人共、別々の場所からではあるが鞍馬兼と都村藤村の戦いも目撃していた。
その続きを見物すべく二人は屋上を移動する。
横に並んで歩いているのに間に妙な距離がある辺りに関係の悪さが現れていた。
イ从゚ ー゚ノi、「そう言えば日ノ岡亜紗という男は鞍馬兼によく似ていますね。あるいはどちらも『凡人』でありながら『天才』であるという点が同じです」
リハ*-ー-リ「鞍馬兼が天才呼ばわりを嫌うのに対して、日ノ岡亜紗は天才を自称しているという違いはあるけどね。確かに近い存在だ」
イ从゚ ー゚ノi、「どちらもさしたる才能を持ち合わせていない――あったとしても私達に比べれば微々たるものしか持たないという点は同じです」
- 645 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:02:08 ID:ywk4Te3o0
あるいは、とよう子は続ける。
イ从゚ ー゚ノi、「あの宝ヶ池という教師が持てなかったモノを持つのが日ノ岡亜紗であり、持っているモノを持たないのが鞍馬兼なのかもしれません」
宝ヶ池投機が持てなかったモノと、持っているモノ。
稲荷よう子からすれば似た存在である彼等の決定的な違いとなった要素。
リハ*-ー-リ「ほう? では考察を聞こうじゃないか」
イ从゚ ー゚ノi、「宝ヶ池投機が学生時代に持てなかったのは情熱。あるいは恋愛感情と言っても良いです。だから頑張ることができなかった」
リハ*゚ー゚リ「まるで見てきたかのような口振りだね」
イ从゚ ー゚ノi、「聞いてきたかのような、が正しいです。授業に出ない貴方は知らないかもしれませんがあの教師は『オレは学生時代好きなものがなかった』と度々話しています」
好きなものがなかった。
幽屋氷柱に言わせれば最も重要な心――モチベーションが足りていなかった。
だから何かに熱心に打ち込んだり必死で頑張ることができなかった。
尤も、より正確には「元は頑張っていたが途中で失望して無気力になった」が正しいのだが、宝ヶ池も生徒に対しそこまでは話さない。
- 646 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:03:05 ID:ywk4Te3o0
宝ヶ池投機は「オレのようにならない為にも、何か好きなことを見つけて頑張れ」というようなことを生徒に言う。
そしてよう子の考えでは好きなこと――好きな相手に対する情熱があったからこそ、必死で頑張ることができたのが日ノ岡亜紗だ。
では鞍馬兼はどうなのだろう?
イ从゚ ー゚ノi、「一方で鞍馬兼にはそこまで好きなものはない……正しくは『好きなものはあるけれど、その為に頑張っているわけではない』」
兼はハルトシュラーのことが好きだと言った。
けれど、ハルトシュラーに振り向いてもらう為に風紀委員会に入ったわけではない。
勉強もスポーツも同じくだ。
加えて言えば、成績は良いが勉強が好きで堪らないわけではないし、テニスは得意だがテニス部でもなんでもない。
武道にしてもそうで、好きではないわけではないのだが、愛しているかと言われればそうではない。
リハ*゚ -゚リ「今までの話だけだと、全く理解できない人間と言わざるを得ないね。モチベーションが不明だ」
イ从゚ ー゚ノi、「あるいは私に言わせれば彼は山科狂華よりも遥かに理解が難しい存在です。ただ鞍馬兼は事実として高い能力を持ちます。持っていないが故に」
そこで彼女達は見た――都村藤村と向かい合う鞍馬兼の姿を。
- 647 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:04:13 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 18 ――】
―――負けてばかりだったことを思い出した。
今でこそそれなりになったが、剣道を始めた当時は試合に出る度に負けていた。
クロールは今は学年で何番という速さだがそもそも昔は泳げなかった。
知らない人の前では上手く話せなかったし、ピアノのコンクールで入賞するまで何年掛かったことだろう。
( ω)「……はは」
九九が中々覚えられなかった。
喧嘩をすれば自分だけ怪我をした。
初めて料理をした際は小火を出して落ち込んだ。
サーブのトスが真上に上げられなくて、最初は試合にもならなかった。
幼稚園のかけっこではビリだった。
英単語の発音が苦手だった。
友達も少なくて。
昔は何も、できなくて。
- 648 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:05:13 ID:ywk4Te3o0
負けてばかりだったことを――思い出した。
(-、-トソン「何がおかしいので?」
( −ω−)「……いえ。僕はやっぱり凡人だと改めて思っただけなんだから」
今でこそ色んなことができるようになったけれど。
それはどれも、最初からできたわけではないのだ。
きっと天才天才と周りに言われるのが嫌で仕方ないのは過去の努力がなかったことになる気がするから。
数え切れないほどの失敗と途方もない時間が。
まるでなかったことになる気がして、嫌で堪らなかったのだ。
結局何も一番にはなれなかったけれど――それでも一生懸命やり続けて、色んなことができるようになった自分を、鞍馬兼は誇らしく思う。
( −ω−)「(『大事なのは頑張ることなのよ』と母さんはよく言っていた)」
それは慰めなんかじゃなかった。
だって、そうじゃないか。
ナンバーワンにはなれずとも、頑張った日々はオンリーワンな自分の中で生きている。
- 649 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:06:06 ID:ywk4Te3o0
いつの間にか誰かに勝つ為じゃなくなっていた。
ただ自分に負けたくなくて――始めたことを途中で投げ出したくなくて、せめて一生懸命やりたくて、できればやっぱり勝ちたくて。
だから。
( −ω−)「……思わざれば花なり、思えば花ならざりき」
(゚、゚トソン「え?」
( ・ω・)「僕はやっぱり向いてないなって話です。主人公っていうか……カッコいい役どころは」
鞍馬兼は凡人だ。
幽屋氷柱のように数多くの武道で達人並みの腕を持つわけではなく、ハルトシュラー=ハニャーンのように尋常ならざる特技を揃えているわけでもない。
目を覆いたくなるような不幸な背景も、世界が慄くような異能もない――ただ少し恵まれていただけの、何にも選ばれなかった普通の人間だ。
だけど。
それがどうしたと言うのだろう。
( −ω−)「(自己満足と言われても僕はこういう生き方しかできない。でも、それが僕だから)」
- 650 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:07:08 ID:ywk4Te3o0
僕は、一生懸命生きてきて――その結果としてここに立っている。
( ・ω・)「思わざれば花なり、思えば花ならざりき……。僕は僕のままで、僕らしく戦います」
勝てるとは思わないけれど。
負けるかもしれないけれど。
それでも、全ての力を出し切って今日も一生懸命戦おう―――。
……そうしてもしも勝てたなら。
凄く、嬉しいと思う。
( −ω−)「……では、やりましょうか」
そう言うと兼は右脚を少し前に出す。
重心は左脚に主に置き、左手に握っていた軍用懐中電灯を右手に持ち変え、構えた。
切っ先は向かい合うトソンの喉元に向けて。
中段半身に構え。
- 651 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:08:08 ID:ywk4Te3o0
(-、-トソン「迷いを……いえ、考えを捨てましたか」
( ・ω・)「僕からすればどちらも同じようなものなんです。後は全てを身体に委ねます」
(-、-トソン「……なるほど。それでこそ鞍馬兼。そう――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけなのですから」
もう策を巡らすことは止めた。
後は、心のままに戦う。
種も仕掛けもない。
数え切れないほどの失敗と、数え切れないほどの敗北と、数えられる程度の結果。
身体中に刻み込まれた経験という名の力で。
不退転―――。
( # ω)「やあぁぁぁあ――――っ!!」
気勢と共に鞍馬兼は踏み込んだ。
自分の過去の全ては無駄じゃなかったと言うように。
- 652 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:09:06 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 0 ――】
馬鹿なことをする奴もいたものだ、と彼は心の中で笑った。
見ず知らずの人間を助けることが悪いことだとは思わないものの、それにしたってもう少し方法があっただろうと。
その日、彼は戦っていた。
子どもらしい、他愛もない喧嘩だった。
理由なんて覚えていない。
どうせ大したことではなかったのだろう。
とにかくその日の夕方、彼は同じ学校の生徒と戦っていた。
いや「戦っていた」と表現できたのは最初だけで後半は一方的な暴行だった。
無論、彼は暴行を加える側だ。
敵の学年は二つ上だったが圧勝した。
正直言って歯応えのない敵だった。
喧嘩を吹っ掛けるならば力量差くらい把握してからにして欲しいものだと切に思った。
相手が泣き出し、謝り始めたところで彼は帰ることに決めた。
無駄な時間を過ごしたと心底後悔して。
- 653 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:10:10 ID:ywk4Te3o0
―――その少年がやってきたのは、その時だった。
黒々とした瞳が目立つ小柄な少年だった。
何処となく育ちの良さを伺わせる雰囲気を有しており、如何にも世間知らずという風だった。
当時の彼は小学一年生だったので他人を世間知らず扱いできるほど世間を知っているとは言い難かった。
だが、今から見ればその感想は割合適切なものだったと言えるだろう。
少年は小学校にも入学していないような年齢だったのだから。
学校という社会を知らない、その中での自分の位置付けを知らない、何も知らない子供。
彼の眼前に立ち塞がった少年はまさしく世間知らずの愚か者でしかなかった。
その少年は弱い者いじめに対し怒っていた。
この場合における「弱い者」とは彼の後ろで泣いている人間のことで、そして「悪い奴」は彼だったのだろう。
尤も真相としては売られた喧嘩を買っただけなので自分は全く悪くないと彼は考えていたが。
常人よりも遥かに聡明であろうとも小学校一年生なので「過剰防衛」という言葉は流石に知らなかった。
しかしそんなことを少年が知るはずもない。
その少年はたまたま通りがかり、虐げられる見ず知らずの誰かを助けようと思っただけなのだから。
そして彼も説明する気はなかった。
- 654 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:11:15 ID:ywk4Te3o0
再び戦いが始まったのは必然と言えるだろう。
……また、彼が少年に圧勝したことも必然と言えた。
暫くして少年の父親がやって来た。
次いで彼の保護者である叔父が呼ばれた。
てっきり怒られるだろうと彼は思っていたのだが、豈図らんや、少年の父親は事情を聞くと「私の息子も悪かった」と頭を下げた。
彼の叔父は「こちらこそ申し訳ないことをした」と彼の頭を押さえ頭を下げさせつつ謝罪の言葉を述べた。
大人達が正しい相互理解を図り協調する最中で、その下、子供達は何一つ納得していなかった。
やはり彼は自分が悪いことをしたなどと僅かも考えていなかった。
彼が見る限りでは、その少年も自分は正しいことをしようとしたと思っているようだった。
『(……おもしろいやつ)』
何度も殴られて。
身体中傷だらけで。
今にも瞳から涙が零れそうで。
それなのに。
- 655 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:12:06 ID:ywk4Te3o0
それなのに――その少年はただの一言も、負けを認める言葉を口にしなかった。
『(…………おもしろいやつ)』
少年は負けたけれど、屈しなかった。
だから彼は勝ったはずなのに負けたような気分になり、同時に何故かとても愉しかった。
弱くて。
愚かで。
幼くて。
けれどその少年は強かった。
強いと――戦った彼は感じたのだ。
少年とその父親が去った後で、彼は叔父に少年の名前を訊いた。
その名前を刻んでおこうと思ったのだ。
―――彼が少年と再会するのはこれから数年が経った後のことである。
- 656 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:13:06 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 19 ――】
一瞬、思考が止まった。
(; ∀)「がっ……!?」
自分が攻勢のはずだった。
右中段回し蹴りを放った瞬間までは覚えている。
ならこの腹部の痛みはなんだ?
ハハ*ロ -ロ)ハ「やってくれたな……。やってくれたな、凡人風情が。トモとの出逢いが走馬燈のように駆け巡ったぞ」
状況判断ができず冷静さを失いかけていたアサピーを救ったのは皮肉にも敵であるはずのハローだった。
ハローの言葉。
そして、能力を通して伝わってくるハローの思考で全てを理解した。
今は遠間まで後退したあの天才。
あの天才に――アサピーは蹴返された。
- 657 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:14:10 ID:ywk4Te3o0
左脚を踏み込こまれ次いで右中段回し蹴りを放たれた瞬間。
ハローは片手で打払受を、もう片方の手では上段の追撃に備え内押受を行った。
更に回し蹴りを受けると同時に順蹴で反撃を加えたのだ。
その両手での受け方は「横十字受」と呼ばれている。
……そして、この一連の動きは「十字受蹴」という技だった。
(;-@∀@)「そういう……ことか……」
アサピーはよく知らなかったし、受けの動きが速過ぎたこともあり、どういった技なのかは詳しく分からなかった。
だが先のラプラスの悪魔やフレーム問題と同じようにハローの心を読むことで理解した。
そう。
ハハ ロ -ロ)ハ「この俺に、こんな私闘で少林寺拳法の技を使わせるなど……やってくれたな」
聴き馴染みがないのは当たり前なのだ。
何故なら「内押受」も「横十字受」も――少林寺拳法で使われている呼称なのだから。
空手を専門としている日ノ岡亜紗が咄嗟に理解できないのも無理はない。
- 658 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:15:08 ID:ywk4Te3o0
あの瞬間、ハローが用いたのは十字受蹴という少林寺拳法三合拳の技術だった。
受けると同時に反撃する少林寺拳法らしい技だった。
今まで回避を主体にしてきた『電光石火』が――ここに来て、初めて攻撃を受け、捌いた。
ハハ ロ -ロ)ハ「俺は武道の理念を尊重する気は全くない。使える技能は使うべきだと考えているが、」
(-@∀@)「でも今までは……使う必要がなかった。だから使わなかったんだろう。分かっている、当たり前だろ? 分かってる……」
避ける、躱す。
全てにおいて速さで常人を上回る天才はいつだって回避だけで事足りた。
相手の攻撃を避け、殴る。
または相手の攻撃が直撃するよりも速く殴る。
今まではそれだけで良かったのだ。
その方法が通じなかった相手など数えるほどしかいない――そして、この時を以て、その中に日ノ岡亜紗が加わった。
ハハ ロ -ロ)ハ「誇れよ凡人。凡人ながら俺に技を使わせたのはお前が二人目だ」
(-@∀@)「…………これでもまだ、全力じゃないのか」
- 659 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:16:16 ID:ywk4Te3o0
静かなアサピーの問いにハローは当然のように答える。
ハハ ロ -ロ)ハ「それは俺を舐め過ぎているな」
(-@∀@)「……舐めているのはアンタだろう。俺を凡人と侮って」
淡々と、しかし怒気を込めた言葉にも天才は平然と返す。
生まれながらに二物どころか数えられないほどの才能を天より与えられた『天才』故に、平然と。
ハハ ロ -ロ)ハ「凡人に凡人と言うのはいけないことか? 俺は天才で、お前は凡人だ。それはそれだけのことだろう?」
(-@∀@)「違う。……俺は天才だ」
ハハ ロ -ロ)ハ「お前が天才? は、笑わせてくれるな凡人。お前のような紛い物がいるから『天才』という言葉が安くなる。気を付けて欲しいものだ」
(#-@∀@)「アンタって人は……っ!!」
僕を何処まで馬鹿にすれば気が済むんだ、と言い掛けて止めた。
何処までも傲慢なこの男にそんな問いはナンセンスだ。
だからこそ、日ノ岡亜紗は自分を認めさせる為に神宮拙下に挑まなければならなかった。
- 660 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:17:09 ID:ywk4Te3o0
この男に膝を折らせることで初めて日ノ岡亜紗は本物の天才になれる。
あの日、あの瞬間から続く望みが叶うのだ。
尚もハローは言った。
ハハ ロ -ロ)ハ「あの夜、ゲームセンター近くの公園でのことを忘れたか? 何もできず震えていた自分の姿を」
(-@∀@)「だとしても俺はあの時とは違う。……俺は天才だ。だからお前にだって勝てる」
どうかな、と鼻で笑う。
俺には大して変わってないように見えるがなとハローは興味なさそうに呟いた。
それは凡人呼ばわり以上に屈辱的な言葉。
だから少年は拳を握った。
目の前の存在を睨めつけて。
(#-@∀@)「アンタを倒して俺は全部手に入れる……。『天才』の二つ名も、アイツも……ッ!!」
ただ態度は高圧的に変わったな、なんて。
その言葉が合図だった。
二人の少年の、最後の激突が始まった。
- 661 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:18:06 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 20 ――】
それは多分、偶然だったのだろう。
十時を回った後の夜のゲームセンターだった。
根暗で引っ込み思案だった日ノ岡亜紗が、弱い者から搾取することだけが得意な不良グループの財布代わりに使われそうになったのは必然だったけれど。
それに大して彼が何も言えなかったのもまた必然だったけれど。
グループの先頭を歩いていた男がトレーニング帰りのあの灰色とぶつかってしまったことは、きっと偶然だった。
……尤もそのことに端を発した一対四、次の日の一対八、一週間後の一対二十の乱闘で灰色の天才が無傷で勝利を収めたことは必然だっただろうが。
『フン、こんなのは俺にとっては当たり前のことだ。お前を助けたわけではない』
あの夜、天才はそう言った。
『俺は自分に落ち度がないことでは絶対に謝らず、退かないと決めている。奴等が謝れば寛大な心で許すつもりだった。……フン、そうはならなかったがな』
別に可哀想な下級生を助けようと思ったわけではないのだ。
正義感などクソ食らえだと言わば中二病全開だった当時の彼なら知らない誰かがどうなっても無視していたことだろう。
だからそれは幸運な偶然だった。
- 662 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:19:09 ID:ywk4Te3o0
彼はぶつかって来た馬鹿共に謝罪をさせようとしていただけだったが。
幸運にも、結果として日ノ岡亜紗はその灰色に助けられた。
『……じゃあな凡人。弱いのならば人にぶつからないように道の端を歩け。そうすれば少なくとも俺とはぶつからない』
生憎と俺は真ん中しか歩く気がないからな、と天才は笑った。
一対四の戦いは彼にとっては運動ですらなかったのだ。
もう一度、彼の姿を見たいと思った。
だから探し、そして目撃した。
二十人もの敵勢力を片っ端から薙ぎ倒していく灰色の閃光の姿を。
今でも目蓋を下ろせば思い浮かべることができる。
決して先手を取らず。
必ず正面から敵を討ち。
それ故に閃光の如く美しい――あの天才の戦い振りを。
誰一人として寄せ付けない圧倒的な才能。
何もかもを持っているかのような堂々とした立ち姿。
- 663 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:20:11 ID:ywk4Te3o0
人生で一度目の転機が彼女に恋したことだったとすれば、二度目の転機は彼に出逢ったことだっただろう。
壬生狼真里奈には恋焦がれたが神宮拙下には憧れた。
どうして自分はこうじゃないのかと、できることならばこうなりたいと。
こんなにも自信に満ち溢れ、何もかもを持っているこの人ならば――きっと彼女の心だって手に入れられるはずだから。
立ち去る後ろ姿に日ノ岡亜紗はそう思った。
『僕は、あの人みたいになりたい……』
いや――なるんだ、と。
それは光と影が交差した日の物語。
何もできなかった少年の元に光が差した日の出来事。
【―――The second part of Second-extra-episode END. 】
- 664 名前:断章投下中。:2013/03/13(水) 17:21:16 ID:ywk4Te3o0
- 【―― 0 ――】
《 worry 》
@[SV(M)](人が)(人・物・事のことで)心配する、気にする
――他
A[SV(M)](人・物・事が)(人)の(…のことで)心配させる、悩ませる、苦しめる
B(人が)…をしつこく攻撃する
.
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