- 2 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:00:26 ID:RJ/aC/dI0
- 〜はじまりのはじまり〜
川 ゚ -゚)「ふむ、きょうは洗濯日和だな」
私は部屋の窓をあけて呟いた。
空に透きとおった青がひろがっている。
頬を撫でるあたたかい風に、すこし心が浮き立つ。
( ´_ゝ`)「おや、こんちには。本日は見事な晴天ですな」
川 ゚ -゚)「こんにちは、兄者も洗濯か?」
( ´_ゝ`)「なんせ生え変わりの時期だからなあ」
隣の窓から顔をだした大きな猫は、のんびりと言う。
私が住むこのアパートには、いろんな動物が生活しているのである。
川 ゚ -゚)「美容院で鋤いてもらってはどうだろう」
( ´_ゝ`)「いやぁ、以前厄介払いを食らっちまってね」
川 ゚ -゚)「それは気の毒だな……」
( ´_ゝ`)「俺と招き猫のちがいを教えろって話ですYO」
そう言いながら、兄者は煙草を口にした。
私はもしかしたら喫煙するからなのでは、と思ったが言葉にはしなかった。
世の中には、煙草をたしなむ招き猫がいるかも知れないからである。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:01:13 ID:RJ/aC/dI0
- ( ^ω^)「招き猫は福を呼ぶからだお?」
( ´_ゝ`)「出たな、自己管理能力のないピザ犬畜生め」
声にさそわれて左へ振り向くと、ふとめな犬が窓から前足を出していた。
川 ゚ -゚)「やあ、内藤さん。仕事は休みなのか?」
( ^ω^)「一ヶ月ほど休みをもらいましたお」
(´<_` )「なんだ、俺は内藤の無遠慮なエロさが好きなのに」
右の窓からにゅっと整った顔の猫があらわれた。
煙草をすっている猫の弟で、兄者の肩におぶさって私越しに言葉を続ける。
(´<_` )「毎週欠かさずみているぞ、いい日旅勃ち」
( ^ω^)「それは有難うございますお! 勃起人をやっていて、報われる言葉ですお」
( ´_ゝ`)「ふん、犬畜生のペニスなど我らに比べれば大したことはない」
(´<_` )「兄者もそう言いながら、いっしょに見ているじゃないか」
私はあいだに挟まれながら、彼らが話題にしている深夜枠の番組を思い出していた。
人間の世界にアダルトビデオがあるように、
動物の世界にもまた、同じたぐいのモノがある。
そしてそれを面白おかしく紹介するのが、『いい日旅勃ち』と言う番組なのだ。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:01:33 ID:RJ/aC/dI0
- ( ^ω^)「こんど勃起人を一般で募りますお。
それに参加してみてはどうだお?」
川 ゚ -゚)「ほう、それは興味深い」
番組の司会は勃起人と呼ばれ、作品は勃起人の勃ちレベルによって評価される。
勿論それは私のような人間では無理だろうが、
兄弟猫なら可能性はゼロではない。
(´<_` )「おい聞いたか兄者! チャンス・ザ・チャンスだぞ」
( ´_ゝ`)「ききき聞いたがっ、流石に恥ずかしいだろ!」
川 ゚ -゚)「何を照れている。立派なイチモツを披露できるチャンスだぞ?」
( ^ω^)「いつも凄いって自慢してるじゃないですかおwww」
( ´_ゝ`)「それはおまえ、あれだよ。な、あれなんだって」
川 ゚ -゚)「兄者、煙草の火は消えているぞ」
すっかり短くなった煙草を、忙しなく口に運ぶ様子をみて私は笑った。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:02:20 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「兄者、流石にその動揺は目に見えて明らかだ」
( ^ω^)「おっおwww気が向いたら応募して下さいお」
ほがらかに言って内藤さんは、ぷにぷにとした肉球を振った。
私は窓枠に腕をのせて、暖かい陽射しに瞳をほそめる。
( ´_ゝ`)「それにほら、生え変わり段階でぼろぼろだしな!」
(´<_` )「苦しい言い訳だが、同意してやろう」
( ^ω^)「おっ、そういえば洗濯の途中だったんだお」
川 ゚ -゚)「ほんとうに良い洗濯日和だな、きょうは」
それぞれの窓から顔をだした私たちは、吸い込まれるような青の空に向かって微笑んだ。
ごうんごうんと、洗濯機がまわる音が心地好く耳に響いている。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:03:07 ID:RJ/aC/dI0
〜カレーを食べよう〜
川 ゚ -゚)「ペロ……これは上出来」
カレーの香ばしいにおいが、狭い一室を満たしている。
備え付けの台所は決して、使い勝手のよいものとは呼べなかったが
私は気に入っていた。 元々料理好きなのもあって、よくそこに立つ。
何度かまわさないと点火しないコンロ
霜ばかり付いて冷えがわるい冷蔵庫
少しだけ開いてしまう食器棚
どこか不器用で、面倒くさい。
以前好きだったひとに、似ているのかも知れない。
川 ゚ -゚)「ちょっと作りすぎてしまったな、お裾分けに行くか」
ずんぐりとした鍋を両手で持つと、私はアパートの廊下に出た。
ここは全体的に古びており、忍者が抜き足で歩いたとしても
ぎしぎしと木板が軋んで、たちまち侵入がバレてしまうだろう。
川 ゚ -゚)「流石さーん、ご在宅ですか」
私は足元に鍋を置いて、右隣に住んでいる兄弟猫の部屋の前で声をかけた。
返事がない。
仕方無いので、拳を真っ直ぐにその扉へと打ち込んだ。
アパート全体が大きく打ち震えたかと思うと、扉が乱暴に開いた。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:03:38 ID:RJ/aC/dI0
( ;´_ゝ`)「なんだなんだなんだ、地震か!?」
川 ゚ -゚)「こんにちは、兄者。またヘッドフォンエロゲか」
兄者の猫耳を覆う、特殊なヘッドフォンに手を伸ばして外す。
ワイヤレスらしく、それからは妖艶な猫の鳴き声が聞こえてくる。
(´<_` )「おやクーさん。良いにおいだな、カレーか」
川 ゚ -゚)「ああ、ちょっとばかり作りすぎたのでな。お裾分けにきた」
おぁああ゛ああぁああ゛あ゛、と高らかに鳴くヘッドフォンを兄者に返し
続いて顔を出した弟者に鍋の蓋をあけて見せた。
( ´_ゝ`)「流石に一人暮らしで給食用の鍋はデカいだろう」
(´<_` )「ま、そのお陰でおこぼれをもらえる訳だが」
川 ゚ -゚)「空いている鍋はあるか?」
( ´_ゝ`)「ん。素麺を湯がいたままの鍋を洗ってくる」
(´<_` )「とんだ夏の忘れ物だな」
うわっ、にゅう麺になってる!
と兄者が叫ぶ声が聞こえたが、私と弟者は素知らぬフリをした。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:04:00 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「これでもまだ余るな……内藤さんは仕事、か」
私の部屋を挟んだ隣の住人を思い出した。
最近物音ひとつしない。大方仕事が忙しいのだとは思うが。
( ´_ゝ`)「旅勃ちスペシャルがあるらしくて、ここんとこは全く帰宅していないな」
すぐそこにある台所で、小鍋を洗いながら兄者はさらりと答えた。
因みに、兄者が言う旅勃ちとは『いい日旅勃ち』という動物界の番組で、
内藤さんはそれの司会――勃起人――をやっている。
(´<_` )「流石だな、兄者。口では嫌っていても、きっちりスケジュールを把握している」
川 ゚ -゚)「ほう、ツンデレの極みだな」
( *´_ゝ`)「べっ、別にピザ畜生のことなんか何とも思ってないですぅー!
あんな『だおだお』言ってる内藤犬なんか好きじゃないですぅ!!
そりゃ確かにテレビは欠かさず見ていますよ?
でもっ、だからってスケジュールをまるっきり把握している訳ではないですぅ!
ましてや! 俺がツンデレなんてとんだお門違いでs」
(´<_` )「兄星石、自重しろ。ウザい。
ところで、荒巻さんは無類のカレー好きと聞いたぞ」
川 ゚ -゚)「ふむ……、あの老体に食べさせていいものか迷うが」
(´<_` )「随分トシ食ってるしな、あのジイさん……。
伝説のネズミハンターと呼ばれていたのに
今じゃ猫とビニール袋を間違う始末だ」
川 ゚ -゚)「あるある」
( ´_ゝ`)「あるある……あるあるあるwwwwwwww」
(´<_` )「クーさんはともかく、同属を見紛うのはどうなのか」
台所から出てきた兄者は、足元の鍋を空けて鼻をひくひくさせた。
私の部屋から漏れでたカレーのにおいは、廊下までもを満たし始めている。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:06:16 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「肉多めで。あ、玉葱はやめてくれ、うん」
川 ゚ -゚)「兄者はすこし、赤血球を減らした方がいいんじゃないか?
煙草ばっかりすっていると、からだに悪いぞ」
( ´_ゝ`)「俺、低血糖だから」
川 ゚ -゚)「把握した」
(´<_` )「いっそ貧血にでもなってくれたら、五月蝿くなくて済むんだがな」
兄者が洗った小鍋に、おたまでカレーを掬って移していく。
肉球のついた手は、器用に玉葱をよけて肉とじゃがいもをさらう。
私は大したものだな、と感心しながら眺めていた。
あの青くてまるっこい猫にも、肉球があるのだろうか。
漫画でもテレビでも、その部位を見たことはない。
川 ゚ -゚)「ふむ、まだまだ余ってしまうな」
小鍋に溢れそうなほど、カレーが盛られている。
それだけでは足りなかったのか、急遽用意した茶碗やコップにも
満タンにカレーが注がれて、兄者までもがカレーまみれである。
( ´_ゝ`)「カレーうどんに、カレーチャーハン、カレー投げ……
なんでも出来そうだな、これだけあれば」
(´<_` )「時に待て。なんだ、カレー投げって」
( ´,_ゝ`)「弟者よ、そんなことも知らないのか」
(´<_` #)「その顔はやめろ、殺意が芽生える」
( ´,_ゝ`)「世間知らずな弟者よ、教えてほしいか?」
(´<_` #)「屋上へ行こうぜ……久し振りに、キレちまったよ……」
弟者が兄者の首根っこを掴んで、ずるずると引きずって行く。
残された私はいつもの光景に手を振り、荒巻さんのところへ向かうことにした。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:06:48 ID:RJ/aC/dI0
このアパートに引っ越してきたとき、荒巻さんは三番目に古い住人だった。
しかし時は過ぎ、一番目の住人は亡くなり、二番目の住人は息子夫婦と同居が決まった。
そうして彼は長寿者になった。人間に換算すると約九十歳だそうだ。
川 ゚ -゚)「荒巻さん、いらっしゃいますか」
どこよりも古びれた感じがする扉を、かるくノックした。
返事はない。耳を押し当てると、テレビの音がかすかに聞こえた。
川 ゚ -゚)「いるのか……?」
私はそうっとドアノブを捻り、扉を開けると隙間から顔を出す。
変なにおいはしない。
ただ、埃くさい。ずっと、掃除をしていないのだろうか。
川 ゚ -゚)「玄関が白いな」
それはどうやら埃のようだった。
私が一歩踏み出すと、さわあっと埃が舞い、靴の周りに散った。
どうしたものかと思いながら、靴を脱いで部屋にあがる。
川 ゚ -゚)「お邪魔します。荒巻さん、クーです」
/ ,' 3 「……けふ、クーちゃんか。どうしたんじゃ」
荒巻さんは白いからだを、テレビにむけて床でねころんでいた。
けだるげで、咽喉に何かつっかえているような掠れた声。
テレビには内藤さんが映っていた。先週放送していたものだ。
部屋には座布団とテレビデオと、炬燵だけあった。
それ以外の家具は必要がないのか、部屋は誰のところよりも広くみえた。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:07:11 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「荒巻さんがカレー好きだとお伺いしまして、お裾分けに来ました」
/ ,' 3 「おお……、そいつは有難い。ワシの大好物なんじゃよ。
済まんがの、クーちゃん。台所に器があるんじゃ、それに入れてくれんか」
川 ゚ -゚)「器、ですか。わかりました、探してきます」
台所は片付いており、すぐにその器は見つかった。
何故なら、他の食器や台所用品が全く無いのだ。
ただひとつ、置かれていたのは、猫用の黄色い器だった。
川 ゚ -゚)「妙な配色をしているな」
中や縁は黄色をしていたが、裏底は淡い桃色をしていた。
私はひっくり返したり、傾けたり、じろじろ眺めてみる。
すると今にも消えそうな文字があった。ひどく滲んで読みにくい。
川 ゚ -゚)「……すかるちの、ふ?」
荒巻さんの名前だろうか。
そう呼ばれているところを、聞いたことはないけれども。
私が台所で器と睨めっこしていると、荒巻さんがのそりと起き上がって
背中をまるめながら、ゆっくりと歩いて隣に立った。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:07:33 ID:RJ/aC/dI0
/ ,' 3 「昔、そう呼ばれてたんじゃよ、スカルチノフ、と。
……へたくそな字じゃろう、小学生だったからのう」
川 ゚ -゚)「飼い主さん、ですか」
/ ,' 3 「ああ、かわいい娘さんでのう……
くるくるとした巻き毛を、今でも覚えているぞい」
欠けた爪先で、荒巻さんは器に書かれた名前をなぞった。
想い出を手繰り寄せるような、丁寧さで。
/ ,' 3 「ツンちゃん、というのがワシの最初で最後の御主人じゃ……
カレーが好きでの、夕食にでると必ずワシにも分けてくれた。
ほら、……元々は桃色じゃったのに、黄色いのはカレーのせいなんじゃよ」
川 ゚ -゚)「道理で裏底と色がちがうわけですね。
……いま、ツンさんはどこに?」
/ ,' 3 「クーちゃんは素直な娘じゃのう、大抵はそこにツッコまんよ」
そう言いながら荒巻さんは、ほがらかに笑った。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:08:38 ID:RJ/aC/dI0
私は他人から無遠慮だとか、愛想が悪いとか、毒舌だとか言われてきた。
思ったことを、そのまま口に出しているだけ。
それの何がいけないのか、私には判らなかった。
「クーといると、傷付いてばっかりだ」
傷付けたいわけではなかった。
好き好んで傷を与えたいなどと、思ったことなんて。
私の周りから、ひとり、またひとり、遠ざかっていく。
私みたいに強くないから、私とはいっしょに居られないと言って。
望まれないのならば、追うこともない。
そうして私はこのアパートに越してきた。
自分に素直に生きる動物たちが住まう、この場所に。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:09:06 ID:RJ/aC/dI0
/ ,' 3 「変に気遣われるよりか、よっぽどいいわい。
クーちゃん、ワシとツンちゃんの話を聞いてくれるかの?」
川 ゚ ー゚)「ええ、是非お願いします」
あ、私もカレー食べます。
自分の部屋から炊飯器とお皿、それと廊下に置いたままの鍋を持ってきて
私は荒巻さんの部屋で、炬燵に入りながら想い出話を聞いた。
ちゃんと、彼の分には玉葱を抜いて。
雨の日に拾ってもらったこと。
間違って玉葱を食べて、ツンさんに抱かれて病院に行ったこと。
ダンボールで小屋を作ってもらったこと。
ランドセルで爪を砥いで怒られたこと。
恐ろしいシャワーも、ツンさんといっしょなら大丈夫だったこと。
荒巻さんはよく食べ、よく話してくれた。
私はそんな様子に嬉しくなって、どんどん器にカレーをついだ。
もちろん、自分のお皿にもどんどんついで、鍋はすっかり空っぽになった。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:09:28 ID:RJ/aC/dI0
数日後、荒巻さんは息を引き取った。
発見したのは内藤さんで、 スペシャル番組のビデオを渡しに行った際のことだった。
電源の入っていない炬燵に入りながら、ねむるようにして亡くなっていたそうだ。
百万回生きたねこのようには、そうそうならない。
死は誰にでも平等に、訪れるのだから。
( ^ω^)「荒巻さん、やすらかな顔だったお……」
(´<_` )「長生きしたな、ジイさん。
……大往生と言えども、切ないな。やっぱり」
( ´_ゝ`)「俺さ、荒巻のジイさんを、ほんとうのジイちゃんのように思ってた。
カエルの捕まえ方とか、猫避けペットボトルの倒し方とか
いろいろ教えてもらったんだぜ」
川 ゚ -゚)「私もだ。種族は違えども、……おじいちゃんってあんな感じなんだろうな」
私たちは荒巻さんの部屋に集まり、話していた。
掃除されて以前来たときとは違い、すっかり綺麗になっていた。
新しい住人がくるまで、座布団と炬燵とテレビは置いてもらうことにした。
さっさと片付けられてしまうのは、何だか嫌だった。
想い出までもが、片付けられてしまいそうで。
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:09:48 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「ジイさん、天国でネズミ追っ駆けてるかな」
( ^ω^)「伝説の走り、だったかお?」
( ´_ゝ`)「凄かった。ありゃマッハの速度だ。
もう一回見たかったなぁ、あの華麗な爪さばき」
川 ゚ -゚)「そんなに凄かったのか、荒巻さん」
どうやら猫の世界では有名だったようで、
兄弟猫は伝説のネズミハンターが、どれだけ素晴らしかったかを語ってくれた。
私も、内藤さんも。
白い毛並みを揺らして走る、荒巻さんの勇姿を脳裏に思い浮かべた。
( ´_ゝ`)「そういえばカレーは喜んでもらえたか?」
川 ゚ -゚)「ああ、すごく喜んでくれたぞ。何度もおかわりしてくれた」
(´<_` )「そうか、すこぶる美味かったからな。また食いたいぐらいだ」
( ^ω^)「おっおっ、僕も手作りカレー食べたいお!」
川 ゚ ー゚)「私のカレーは高いぞ?」
ニヤリと私が笑うと、内藤さんはギャラ低いんだおーっと嘆いた。
すると兄者がニヤニヤしながら内藤さんのギャラ内訳を
事細かに説明し始めて、内藤さんが兄者の口を押さえた。
てんやわんやの状況に、部屋中が笑いに満ちた。
テレビの上に飾ってある荒巻さんの写真さえも、小さく笑ってみえるほどに。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:10:12 ID:RJ/aC/dI0
荒巻さん。
私を素直な娘だと言ってくれて、ありがとう。
そちらでツンさんには逢えましたか。
美味しいカレーをたくさん、食べてください。
荒巻さんの大事な器に、たくさん入れて食べてください。
私たちもいずれ、荒巻さんのところへ行きます。
そのときは大好きなツンさんを、紹介してください。
あと、伝説のネズミハンターの腕っ節も拝見したいです。
では、またいつか。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:10:27 ID:RJ/aC/dI0
〜梅雨に降りおちるもの〜
昨夜から、雨が降り続いている。
それは激しくもなく、ゆるやかでもなく
ただ、しとしと、と時が流れるような静かさで。
川 ゚ -゚)「きょうも洗濯物が干せないな」
ここのところ、洗濯日和が続いていた。
カーテンを引けば、青い空がどこまでも広がっており
絵筆で滲ませたような雲が、浮かんでいた日々。
朝になれば太陽が、顔を出してくれるかと思っていたのだが
どうやらその考えは甘かったようだ。
雨は夜から絶え間なく降りそそぎ、空はにぶい鉛色をしている。
川 ゚ -゚)「仕方ない……、部屋干しするか」
洗濯機から取り出したシーツはまるまっている。
私は丁寧に皺を取りのぞき、部屋に張り巡らせてある紐へ
シーツやシャツ、下着とズボンをつるすことにした。
川 ゚ -゚)「ファブリーズしておこう」
部屋干しは取り込みが楽なのだが、如何せん湿気臭くなってしまう。
天日干しのいいにおいは、ダニの死骸だときいたことがあるけれども。
洗濯物にファブリーズを吹きかけて、私は朝食の用意をする。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:10:43 ID:RJ/aC/dI0
ぽたり、ぽたりぽたた……。
川 ゚ -゚)「ぬ……?」
油揚げと豆腐の味噌汁に水滴が落ちてきた。
私は鮭の切り身をほぐすのをやめて、何事かと天井を見上げる。
川 ゚ -゚)「雨漏りか、参ったな」
電球からすこし逸れたところに、小さなしみが出来ているのである。
そこからぽたり、ぽたり、と一定の間隔で水滴が落ちていた。
ひとまず朝食ごと卓袱台を壁際によせて、コップを置くと
私は食事を済ませることにした。
ニュース番組がCMに切り替わると、そこに内藤さんが映しだされた。
( ^ω^)「タイトルも心機一転! ますます目がはなせないNE!」
川 ゚ -゚)「ほほう、放送枠とタイトルが変わったのか。
花金の24時から、“勃起で止まらず、すぐ射精”……よし覚えた」
大胆かつ魅力的なタイトルである。
さすが動物の世界。産めよ増やせよ、がモットーなのも納得出来る。
人間の世界ではPTAのおばさまたちが、五月蝿く騒ぎたてるだろう。
川 ゚ -゚)「人間で神経衰弱なんて、奇抜なアイデアだと思わんかね」
私は胡瓜の浅漬けをぱりぽり食べながら、呟いたのだった。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:11:09 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「さて、雨漏りの修理をしなくてはいけないな」
食事中に見つけたときよりも、随分おおきく広がってしまった。
拳大のおおきさだったのに、いまではもうフライパンぐらいになっている。
床にコップと茶碗が並んでおり、様々なメロディーを奏でていた。
ぽちゃ、ぴっちゃん、ぽたたたた……。
川 ゚ -゚)「風流だな、一句思いついた。
タミフルで 空を飛べると 思ったよ」
(#´_ゝ`)「不謹慎ッ!」
腰に手をあてて、まじまじ天井を眺めていると
とつぜん背後から怒鳴り声がきこえた。
振り向けば、お隣に住む兄弟猫の片割れがいた。
川 ゚ -゚)「兄者じゃないか、君が不謹慎などと口にするとは珍しい」
( ´_ゝ`)「タミフルネタは自重すべきです」
川 ゚ -゚)「以前、さんざんネタにしていたのは兄者だろう」
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:11:50 ID:RJ/aC/dI0
わざわざ風邪をひいて、望んでタミフルを処方してもらった兄者は
嬉々揚々として服用したあと、アパートの二階である自室から飛び降りた。
( *´_ゝ`)「そーらをじゆうにっ、とーびーたーいなあっ! はい、チンコプター!」
フル勃起したイチモツを、ぐるんぐるんとまわしながら。
(´<_` )「あー……」
川 ゚ -゚)「あー……」
( ^ω^)「おー……」
私たちは止めもせず、まっさかさまに落下する兄者を見送った。
その結果、大家さんが手塩に育てている花壇に撃沈し、大目玉を食らったのである。
(*)‘ω‘ (*)「っぽー! 温厚が売りの管理人ちゃんも大激怒っぽ!!」
( *´_ゝ`)「あっ、やめ、ごめなさ、ヒンッもっとやってぇええん!!」
(´<_` )川 ゚ -゚)( ^ω^)「是非もっとやって下さい(お)」
 ̄ ̄ ̄ヽ/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
川 ゚ -゚)
( ´_ゝ`)「ワタクシの記憶にござーいあせん」
川 ゚ -゚)「……古いネタを」
( ´_ゝ`)「ワタクシはいつでも流行最前せnわせdrftgyアーッ!!」
とつぜん奇声を発したかと思えば、
兄者の後ろからすうっと背の高い弟者が現れた。
手には何やら奇妙なふさふさしたものを持っている。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:12:05 ID:RJ/aC/dI0
(´<_`; )「すまんクーさん、脱出に手間取っていた……怪我は?」
額に汗をかきながら弟者は、足に絡まったままの縄を蹴り飛ばした。
川 ゚ -゚)「私は大丈夫だが、兄者から抜いたそれは何だ?」
(´<_` )「ああ、これは天邪鬼と言って梅雨になると降ってくるんだ」
そう答えて、弟者は窓の外を見上げた。
私もつられて空を見上げる。不機嫌な雲がぜんたいを覆っている。
弟者の話によれば、降ってきた天邪鬼に憑かれると
性格や言動が、本来とはまったくの正反対になるそうだ。
厄介なことが起きる前に行動を起こしたが、
兄者に猫だましを食らい、拘束されていたらしい。
(´<_` )「手間かけさせやがって……」
天邪鬼を引き剥がすには、強い衝撃が必要だったようで
兄者が叫んだのも、弟者が背後から遠慮のない拳でも浴びせたのだろう。
川 ゚ -゚)「なるほど……兄者はそれに憑かれていたのか」
(´<_` )「兄者は起きぬけに窓から煙草をすうから、きっとそのときだろう」
この時期、迂闊に雨に降られるやつは少ないんだがな。
弟者は苦い顔をして、玄関でごろんと寝転がっている兄者を眺めて呟いた。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:12:41 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「う、うぅん……らめ、らめぇボクおとこのこだよぉ……」
川 ゚ -゚)「ついていた方が、なんとなく男前だった気がするが」
(´<_` )「普段はぼけーっとしているからな……
顔つきまで変わるのはよっぽど単純な奴ぐらいだ」
なるほど、性格だけではなく顔つきまで正反対になるのか。
私は神妙に頷き、弟者の手中でゴルァゴルァと暴れる天邪鬼を見つめた。
ミ,,゚Д゚彡「離さんかいゴルァ! 天邪鬼なめんなゴルァ!」
(´<_` )「ふぅ、今年は関西弁仕様か……去年は東北弁だったなぁ」
扱いに慣れているのか、弟者はちいさな溜息をつくと
ポケットから取り出した小壜に天邪鬼を放り込んだ。
すっぽりと閉じ込められた天邪鬼は、短い手足をばたばたさせている。
川 ゚ -゚)「弟者、それを一体どうするんだ?」
(´<_` )「ん、回収業者がいてな。
梅雨明けになるまで保管して、時期がきたら空に戻すんだ」
川 ゚ -゚)「ほう……」
回収業者、か。まるで粗大ゴミのような扱いだな。
一応生きている動物らしきものを、業者とやらにまわすのは気がひけた。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:13:09 ID:RJ/aC/dI0
ミ,,゚Д゚彡「そこの不細工ゴルァ! いてかますぞゴルァ!」
( ´_ゝ`)「弟者ぶさいくwwwwwwwwwwwwwwwwww」
(´<_` )「なんだ、もう起きたのか。永久にねむってて良いんだぞ」
床に突っ伏していた兄者が、いつのまにか起き上がっており
弟者へ指――爪、とよぶべきなのだろうか――をさして笑っている。
ミ,,゚Д゚彡「おっ、えっらい男前のにぃちゃんゴルァ!」
( ´_ゝ`)「だろだろwwww俺の方が弟者よりも格好いいだろwwwww」
ミ,,゚Д゚彡「もーほんま、あんさんみたいなキリッとした男前見たことあらへんわゴルァ!」
( ´_ゝ`)「よく言われるwwwwwwwwwww」
兄者はいやに馴れ馴れしい天邪鬼と、小壜越しに会話を重ねている。
そんな光景を横目にして、私と弟者は顔を見合わせた。
川 ゚ -゚)「弟者、……天邪鬼自体は正反対のことを言うんだよな?」
(´<_`#)「ああ……、判っていても便乗する兄者に怒りが治まらない」
弟者の背後で、長い尾が左右に大きくにゆれていた。
逆に兄者の尻から伸びた尾は、小刻みに御機嫌にゆれているのであった。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:13:47 ID:RJ/aC/dI0
ミ,,゚Д゚彡「あんさんのお嫁さんになるコが羨ましいわゴルァ!」
( ´_ゝ`)「俺の嫁は108匹までいるぞwwwwwwww」
(´<_` )「先週フラれたくせに」
ぽつり。
天井からもれる雨音みたいに、弟者が言葉を落とした。
川 ゚ -゚)「兄者も三次元に恋をするのか」
(´<_` )「なんて告白したと思う?
ニャン☆エロの柊かがみタソにそっくりで大好きニャー! って言ったんだよ」
川 ゚ -゚)「最早ツッコむのさえ面倒だな」
(´<_` )「荒巻さんに負けないぐらいのパンチで殴られて終わったが」
川 ゚ -゚)「次世代のネズミハンターあらわる」
(#´_ゝ`)「ばかっ、あれはあのコの照れ隠しだったんだからな!」
(´<_` )「あれは猟人の眼だったぞ。
なんなら、コレをつけさせてみたらどうだ」
そう言って弟者は、小壜をコツコツと爪先でつついた。
中では未だに天邪鬼がゴルァゴルァと暴れている。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:14:03 ID:RJ/aC/dI0
( *´_ゝ`)「嫌われていればいるほどに、好かれるし! って、あれ?」
(´<_` )「冗談だ。兄者のようなやつにコレを使わせるわけにはいかん」
川 ゚ -゚)「そういう使い方もあるのか……」
(´<_` )「むなしいだけ、なんだがな……
悪用される危険性があるから、回収されてるんだ」
( ´_ゝ`)「むなしくてもいい。俺はあのコに愛されたい」
(´<_`#)「話を聞いてんのか、この年中発情やろう」
( ´_ゝ`)「大好きなコに愛されたいのは至極当然のことッ!」
(´<_`#)「天邪鬼で性格を変えてまで、愛されたいのは異常だっての!」
川 ゚ -゚)「…………」
私は黙っていた。
嫌われている分、好きになってもらえるのならば。
たとえ玉葱頭に卑怯者だと罵られても、かまわない、と思ったからだ。
窓の外でも、この部屋でも。
雨が降りつづいている音が、遠く、聞こえている。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:14:37 ID:RJ/aC/dI0
「ちっとは嘘ぐらい吐いてくれよ、……なんで平気な顔してンなこと言うんだよ」
「すべて曝け出して付き合いたいと思うのは、可笑しいことか?」
「可笑しくねぇけど、そうじゃねぇこともあるんだっつの……
なあ、クー。
どうして判らねぇんだよ? やさしい嘘ってのもあるだろ?」
「なにも無かったって言ってるじゃないか、ドクオは私のことが信じられないのか?」
氷が浮かんだ麦茶のグラスばかりが、蒸し暑い部屋のなかで汗をかいていた。
私とドクオはテーブル越しに見つめ合い、どちらもそれに手をつけなかった。
('A`)「……なにも無かったですか、そうですかハイハイ。
って言えるほど俺は大人じゃねぇ」
川 ゚ -゚)「どういうことだ?」
('A`)「俺は、疑ってんだよ。
打ち上げで飲んで男の部屋に泊まって、何もなかったっつう話をな」
川 ゚ -゚)「何度も言うが、同僚に寝床を借りただけだ。
それに私だけではない、お世話になった方々もいた」
(#'A`)「だからそれが信じらんねぇって言ってンだろうが!!」
ドクオが大声を発して、ふたつ並んだお揃いのグラスを投げ飛ばした。
それは私の頭上をかすめ、窓ガラスを突き破っていった。
私はずぶ濡れになった。眩しいぐらい外は晴れていたのに。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:15:15 ID:RJ/aC/dI0
ぱちゃ、ぽちゃ、ぽたぽたぽたたた……。
受け皿に、と置いていたコップたちは、雨水で溢れそうになっている。
( ´_ゝ`)「ふーんだっ、 弟者には判らないだろーよ! 淡い恋心なんてなあ!!」
(´<_`#)「後をつけたりゴミを漁ったり覗き見してるくせに、よくも淡い恋心なんて言えるな」
( ´,_ゝ`)「……ハッハーン、さては弟者。
俺に彼女ができることが悔しいんだろう」
(´<_`#)「はあ? 話題すりかえてんじゃねぇよ」
( ´,_ゝ`)「図星っすかwwwwなんかサーセンwwwwwwwww」
(´<_`#)「ちょっと海へいこうぜ……五ヶ月振りに、キレちまったよ……」
弟者が兄者の尻尾を掴んで、ずるずると引きずっていく。
残された私はどこか久しぶりな気持ちで、しかし平然な顔をして手を振った。
川 ゚ -゚)「さて、どうしたものか……」
ミ,,゚Д゚彡「どうしたもこうしたもあらへんわゴルァ!
こっから早よ出せやゴルァ!!」
川 ゚ -゚)「ああ、君をどうこうする問題ではなくてな。
雨漏りをどう処理するか悩んでいる」
狭苦しい小壜の中で精一杯暴れる天邪鬼に言うと、
固くふさがれていた蓋をおもむろに、ぱかんっとひらいた。
その様子に天邪鬼はむしろ驚いた顔をし、きょときょとしている。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:15:51 ID:RJ/aC/dI0
ミ,,゚Д゚彡「おま、何してんゴルァ!?」
川 ゚ -゚)「小壜が落ちて、割れたりしたら大変だろう。
私も、君も」
小首をかしげて見せると、そこから出てくるように小壜を傾け、
手のひらを差し出した。
川 ゚ -゚)「折角降ってきたんだ、雨漏りを片付けたら
お茶でも飲まないか。私が淹れたお茶は格別にうまいぞ」
ミ,,゚Д゚彡「……何を考えとるゴルァ?」
たっぷり間を置いたあと、天邪鬼は明らかにわかる怪訝な声で言った。
川 ゚ -゚)「私がいま考えているのは、ガムテープで直るのかどうか、だが」
ミ,,゚Д゚彡「ぱちこくなゴルァ! やさしくしといて業者に売るんやろゴルァ!!」
川 ゚ -゚)「売る、だと? 弟者は回収と言っていたぞ?」
ミ,,゚Д゚彡「やからその回収業者に売るんやゴルァ!
そんで、保管とか言うとるみたいやけどな、ホンマは……!」
饒舌だった言葉が、ぱたりと途切れた。
今度は私が訝しげになるばかりである。
『天邪鬼自体は、正反対のこと言う』
これが、頭に引っかかっているからだ。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:16:07 ID:RJ/aC/dI0
ミ,,゚Д゚彡「なんでもあらへんゴルァ! さっさと売ってまえやゴルァ!」
私が黙っていると、天邪鬼は覇気を取り戻したのか
甲高い声で怒鳴り散らした。先程までの調子を、取り繕うかのように。
川 ゚ -゚)「……ともかく、私は君を売り払ったりはしない」
ミ,,゚Д゚彡「なんでやねんゴルァ! 頭沸いてんちゃうんかゴルァ!」
川 ゚ -゚)「なんで、と言われてもな。
ただ、君のことが。天邪鬼のことが気に入った、それだけだ」
自分とまるっきり性格が違う、素直とは程遠い天邪鬼。
自分にないものを、誰かに求め、それを吸収し、成長していきたい。
何か、教われるものがあると感じた。
たとえ、手遅れだとしても。
ミ,,゚Д゚彡「フ、フン! どうせ梅雨終わったら帰るわゴルァ!」
差し出したままの手のひらに、ふさふさとした天邪鬼が
渋々といった表情でゆっくりと降り立った。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:16:24 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「私はクー。君の名前は?」
重さを微塵もかんじない手のひらを持ち上げ、
私はよくよく見ると愛らしい、天邪鬼と視線の高さを合わせた。
天邪鬼は、もそりと下を向いてから、右斜め上を見て答える。
ミ,,゚Д゚彡「いっぺんしか言わんで、フサギコや!」
川 ゚ -゚)「モサギコ?」
ミ,,゚Д゚彡「フ・サ・ギ・コやっちゅうねんゴルァ!」
川 ゚ -゚)「一度しか言わないんじゃなかったのか?」
ミ,,゚Д゚彡「ゴルァ!? ……座布団没収やゴルァ」
そうか、それは参ったな。
私がちいさく笑うと、フサギコも仕様が無いから笑ってやってるんだ、
というような表情を浮かべ、右斜め上を向いたままそうっと笑った。
ぽちゃ、ぴっちゃん、ぽたたたた……。
さあ、雨漏りをどうにかして、おいしいお茶でも淹れようじゃないか。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:17:04 ID:RJ/aC/dI0
大地を潤す梅雨が過ぎ、お盆休みがそろそろ近づいてきた頃。
以前よりぽってりと肥えた内藤さんが、訪ねてきた。
( ^ω^)「クーさんお久しぶりだおー。
ちょっと早いけど、お盆休みもらったんだお」
川 ゚ -゚)「内藤さん、儲かってまっか」
( ^ω^)「おっ? 心機一転したおかげで大繁盛だおー!」
川 ゚ -゚)「そこはぼちぼちでんなぁ、という切り替えし!」
(^ω^;=;^ω^)「おっ、おお!? 何なんだお、どうしたんだお!」
ミ,,゚Д゚彡「商売むいてへんのちゃうゴルァ?」
(; ^ω^)「お、ちょ、天邪鬼なんで居るんだおwwww」
川 ゚ ー゚)「友達になったんだ。
よく見ると可愛い顔をしていると思わないか?」
私はフサギコと目を見合わせ、それから内藤さんに視線を移した。
つられて内藤さんもフサギコを見たが、視界の端っこでは
赤い舌をぺろりとだして、内藤さんにあっかんべーをしているのであった。
数ヶ月後、とある悪徳業者が一斉摘発された。
私はその夜、お赤飯を五合も炊いて皆に振舞った。
フサギコは戸惑いの後、ゴルァゴルァと文句をいいながら
誰よりもたくさんお赤飯を頬張ったのだった。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:18:19 ID:RJ/aC/dI0
〜夏夜の白昼夢〜
どんどん、ぴーひゃらひゃら、どんどん。
どこからか祭囃子がきこえてきて、私は目を覚ました。
枕もとの時計をみれば、もうすぐ十一時をまわろうとしている。
特に予定のある日でもないので、
しばらく布団のなかでもぞもぞしてから
起きるか、とやや気合をいれて立ち上がった。
そのあいだにも窓の外からは、賑やかな音があふれている。
しゃこしゃこと歯磨きをしていると、玄関からノックの音がきこえた。
泡まみれのままふぁいと返事をして扉をあけると、
そこにはお隣の兄弟猫が両手に袋をかかえて立っていた。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:18:37 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「ふおうふぉはひ」
( ´_ゝ`)「ちょっとお願いごとがあって」
川 ゚ -゚)「ふぉうひふぁい?」
( ´_ゝ`)「そうそう、コレなんだけどさ」
川 ゚ -゚)「ふぉう」
( ´_ゝ`)「どうも俺たちだけじゃ着れなくてね」
(´<_` )「クーさん、悪いんだが取り敢えず、口をゆすいでもらっていいか」
川 ゚ -゚)「ふぉい」
言われるがままに洗面所で歯磨きを終了させ、兄弟猫を部屋に通した。
(´<_` )「お願いというのは、俺たちに浴衣を着せてほしいんだ」
( ´_ゝ`)「コイツ不器用でさwwwww」
(´<_` )「それはお前もだろハゲ」
( ´_ゝ`)「ハゲてねーし!現役だし!」
川 ゚ -゚)「浴衣……そうか今日は祭りがあるのか」
俺の頭頂部みてみろよ!とわめく兄者を押しのけて
弟者はさきほどの袋から浴衣や帯を出している。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:18:53 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「去年まではジイさんに手取り足取り教えてもらって
着させてもらってたんだがな」
ジイさんとは、このアパートにいた荒巻さんという猫である。
伝説のネズミハンターとまでうたわれた白い毛並みが自慢の、
懐深く、私たちにとっておじいちゃん的な存在だった。
ところが昨年他界し、荒巻さんはかえらぬ猫となったのだ。
川 ゚ -゚)「荒巻さん物知りだったからな……
浴衣の着付けまで出来るとは知らなかったが」
( ´_ゝ`)「毎年教えてもらいにいくもんだから、
きみたちは覚える気がまったくないんじゃのう、とか言ってたっけ」
荒巻さんのふんわりした笑顔を思い起こし、なつかしくも、すこし淋しくなった。
天国で元気に走り回っているだろうか。
(´<_` )「年に一度の大きな夏祭りだから、浴衣を着ないわけにもいかないし」
( ´_ゝ`)「マジどーしようかと思ってクーさんを頼りにきたってわけですハイ」
川 ゚ -゚)「そういうことだったのか、大丈夫だ。任せてくれ」
粗忽者ではあるが、こんな私でも一応女だ。
浴衣を着付けた経験もあるので、なんとかなるだろう。
床に並べられた浴衣をみるとなぜか三着あった。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:19:15 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「ん? このやけに小さな浴衣は誰のだ?」
(´<_` )「あ、それフサギコの」
川 ゚ -゚)「ほう、そうなのか。しかし彼は……」
( ´_ゝ`)「どうした」
川 ゚ -゚)「彼女が出来たとかなんとかで旅行にでている」
(#´_ゝ`)「ファッキン!!1! わざわざ特注したのに!」
川 ゚ -゚)「私から伝えておくよ、すまない」
ある梅雨の日、空から降ってきた天邪鬼のフサギコ。
本来ならば空へ強制的に帰すところだったのを私と意気投合の後、
手のひらサイズで場所もほとんどとらなかったこともあり、同居したのである。
といっても好き放題あちこちに出かけるので、
彼にとってこの部屋は宿木のようなものだったと思う。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:19:35 ID:RJ/aC/dI0
(#゜_ゝ゜)「アイツは俺に助けられた恩を忘れて仲良く彼女とランデブーってことかい!」
早口で捲くし立てる兄者をスルーしつつ、
フサギコの浴衣は丁寧にたたみ直して箪笥にしまった。
ちいさな祭りはまだいくつかあるのだ。
そのときに備え、いまは大事にしておこう。
(´<_` )「そっちの深緑が俺ので、藍色のが兄者のだ」
川 ゚ -゚)「把握した。もう着付けていいのか?」
(´<_` )「兄者が発狂してるうちに頼む」
川 ゚ -゚)「把握した。では腕を水平にして」
弟者は両腕をひろげて、しゃんと立ち直した。
深緑の浴衣はよくみれば涼風織で、素材の綿麻にとてもしっくりくる。
長い腕に浴衣の袖を通して羽織らせると、私は弟者の後ろにまわった。
川 ゚ -゚)「帯の結び目はどうする?」
(´<_` )「ジイさんはなんかカクカクッとしたやつにしてたな」
川 ゚ -゚)「かくかく……しかじか……」
背中の縫い目を気にしながら裾の位置を合わせ、
臀部あたりにある直径五センチほどの穴に尻尾を通した。
そして二人羽織りのような体制で上前と下前を閉じる。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:20:12 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「クーさん、クーさん。俺は格好いいやつにしてくれ」
川 ゚ -゚)「大体なんでも格好がつくようにはなってるぞ」
( ´_ゝ`)b「みんなと一緒はイヤなんだZE!(キリッ」
川 ゚ -゚)「うむぅー……」
フサギコの件からすっかり立ち直ったようにみえる兄者が、
かがやかしいばかりの笑顔で親指をたてた。
川 ゚ -゚)「といっても結び目の種類は限られているんだが」
合わせた浴衣がくずれないよう、押さえていてと弟者に言い
手に取った腰紐を腰まわりに巻きつけ、きゅっと結ぶ。
( ´_ゝ`)☆「俺目立ちたい!」
なんとも素直な欲望である。
(´<_` )「頭でも剃ればいいだろ。
あっ、もう剃らなくても充分ですねサーセン」
(#´_ゝ`)「だからハゲてねえつってんだろがあぁあ!」
川#゚ -゚)「五月蝿い」
兄弟猫がバトルするたびに室内の気温が上昇し、暑苦しい。
クーラーの設定温度を下げると、格子柄で薄茶色の帯を弟者に巻いた。
ほどけないように三度ほどきつく巻き上げると、弟者は小さな声でぐぇと鳴いた。
折り込む際にも強く引っ張るので、その声は何度か私の耳に届いた。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:20:22 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「こんなもんだな」
見栄えよく結び目を整え、若干乱れた浴衣をきちんとしてひと息ついた。
我ながら上出来である。他人を着付けた経験は一人しかないのにも関わらず。
(´<_` )「サンキュー。来年こそは自分で出来るようになりてぇな」
川 ゚ -゚)「それほど難しくなかっただろう? 兄者の着付け、一緒にやるといい」
(´<_` )「それ名案」
( ´_ゝ`)「えー。弟者はヤダー」
川 ゚ -゚)「まあそう言わずに。ほら、ぴんと立つ」
へーいへいへい。渋々といった表情で兄者は姿勢を正した。
藍色の浴衣は弟者と同じ素材だが、ストライプ柄で帯は無地の黒である。
なるほど、兄者が目立ちたいという気持ちは判らないでもない。
だがシンプルな着こなしほど、格好良いものはないと考えている。
(´<_` )「えーっと、こうやって……」
弟者は見よう見まねで浴衣を羽織らせ、裾の位置を確かめている。
私はなるべく口出しせず、手順を間違えたときにだけ助け舟をだした。
さきほど着付けられたばかりだからか、多少のミスはあれど滞りなく済んだ。
ちなみに結び目は適当に――でもほどけないように――格好よくしておいた。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:20:33 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「流石だな」
( ´_ゝ`)「だろだろ?」
(´<_` )「お前じゃねーよハゲ」
(; ´_ゝ`)「何回目! それ何回目!!」
川 ゚ -゚)「ふう、お茶でも飲んで休憩しよう」
(´<_` )「クーさんは着ないのか」
川 ゚ -゚)「うーん……」
浴衣を着てはしゃぐトシでもないし、とぽつり呟けば兄者が拾いあげた。
( ´_ゝ`)「年齢制限なんてないだろ?」
川 ゚ ー゚)「……そうだな、よし私も着ようじゃないか」
弟者はいつも「兄者のポジティブさには疲れる」というが、ときどき羨ましくさえかんじる。
彼がみている世界はきっと色鮮やかなんだろうと。
私の世界は白か黒、それ以外はほとんどなかったから。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:21:19 ID:RJ/aC/dI0
お茶をすませた後、ふたりはありがとうとお辞儀をして帰っていった。
私ひとりだけになった部屋は妙にすっからかんで、
窓を開けてクーラーを切った。
流れこんでくる風は、そろそろ夕方の匂いを帯びはじめていた。
川 ゚ -゚)「夏祭りか……」
去年もいったはずなのに、記憶が曖昧でぼんやりしている。
浴衣はおそらく箪笥にしまってあるので、つぎつぎと引き出していった。
それは冬物を押しのけた奥深くにあった。
手にしてからそういえばこんな柄だったかと思い出す。
川 ゚ -゚)「なんだか懐かしいな」
濃紫の浴衣にはところどころに朝顔が咲いている。
白地の帯には藍、朱、薄茶のラインが三本流れており、
帯止めにはささやかな市松模様がついていた。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:21:39 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「地味だなって、笑われたっけ」
着ていた服を脱ぎ、浴衣を羽織ながらそっとわらう。
姿見の前に立ち、着せ替え人形のような自分をみた。
言われれば確かに地味な柄かもしれない。
花畑のようにさまざまな色の浴衣がたくさんいたこと、
それと比べられてどうしようもなく情けなくみじめになったこと、
隣を歩く彼の横顔があちらこちらに移っていたこと。
思い出せば思い出すほど、滑稽な自分しか浮かんでこず、頭を振った。
川 ゚ -゚)「……夏は参る。無駄にセンチメンタルだ」
はぐれったー こころーの かけーらぁーを ひろいあーつめてー
平坦な調子で歌いながら、帯をしゅるりと巻きつけ、おはしょりを始末し、
片花文庫にカタチを帯を結ぶと、そこに手ごろな花のコサージュを挿した。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:22:07 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「用意できたぞー」
からんころん。下駄を鳴らして隣室へ兄弟猫を呼びにいった。
( ´_ゝ`)「ちょいたんまー!」
川 ゚ -゚)「はいはい」
忘れ物はないかと籠巾着の中を確かめていると、
アパートの階段をあがってくる音がした。
( ^ω^)「クーさんの浴衣だおおおぉおお!」
忘れそうになるぐらい存在感の薄い内藤さんである。
耐震性なにそれ状態の廊下をどすどす走ってくるものだから、
いまにも床が抜けるのではないかとひやひやする。
川 ゚ -゚)「内藤さんもお祭りへ?」
( ^ω^)「もちろんだお! 地元っこ必見の祭りですお!」
毎年この日は休みをもらってるんだお!
と内藤さんはふさふさの尻尾をぶんぶん振っている。
川 ゚ -゚)「なるほど。浴衣似合ってるぞ」
( ^ω^)「ホントかお、嬉しいですお!」
黒鳶色の浴衣には細く縦縞が入っており、厭味を全く感じさせない。
下駄ではなく雪駄を合わせたことにより、オジサンのような貫禄がでていた。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:22:20 ID:RJ/aC/dI0
( ^ω^)「クーさんもとっても綺麗ですお!」
せわしなく扇子をぱたぱたさせ、屈託なくのない笑顔で褒めてくれた。
私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで頬をかいた。
( ´_ゝ`)「おいこら、俺がいちばんに見るつもりだったのに」
(´<_` )「まったくの同感だ」
( ^ω^)「お、ふたりともかっこいいお!」
私の背後にむかって内藤さんはいい、扇子でぺちんと額をたたいた。
( ´_ゝ`)「あったりめーだろ、お前もかっこ……いい、よ」
( ^ω^)「歯切れが悪すぎるお……」
はいはい邪魔、と内藤さんの前に兄弟猫がならんだ。
付き合いの長い隣人とはいえ、改めてまじまじ見られるとくすぐったい。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:22:33 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「どれどれ……ってうわマジだ、すんげえ美人」
(´<_` )「クーさんにとてもよく似合う、素敵だな」
特にうなじがたまりません、と言葉を続けられたので
私はあわてて首筋へ手をやった。髪をアップにしたのはいつぶりだろう。
川゚ -゚)「からかうのはよせ、てれる」
( ^ω^)( ´_ゝ`)(´<_` )「からかってない(お)」
三人の声がハモッたので思わずふきだしてしまう。
川*゚ -゚)「そうかそうか、ありがとう。嬉しいよ。本当に」
まだ照れくささは残るものの、褒め言葉は素直に受け取っておくことにした。
もし彼がこの場にいたらどんな言葉をかけるだろう、なんて。
そんなつまらないことは部屋に置いてこう。
今夜は夏祭り。
誰も彼もが自分なりに着飾って楽しむ日なのだ。
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:22:48 ID:RJ/aC/dI0
祭りの会場は近くのおおきな神社で行われていた。
近づくにつれて夜店の数は増えていき、祭りの匂いも濃くなっていく。
電柱と電柱をつなぐように橙色の堤燈がぶらさがっており、
それはそれは幻想的な雰囲気をかもしだしている。
( ^ω^)「祭りの醍醐味はなんといってもこの」
( ´_ゝ`)「豊富な夜店! 特に食いもの!」
(´<_` )「ピザでも食ってろ」
川 ゚ -゚)「おお丁度よくあそこに手巻きピザが」
内藤さんと兄者は人――正確には猫や犬なのだが――ごみを
もろともせず目当ての夜店に向かっていく。
そんな背中を私と弟者は見送って、ゆったりと歩いていく。
金魚すくい、クジ引き、型抜き、わたあめ、などを横目で見ながら。
川 ゚ -゚)「……」
ふと、ある夜店の前で足が止まりそうになった。
私にならって弟者も速度をゆるめた。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:23:08 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「ん? ああ、お面屋か。寄るか?」
川 ゚ -゚)「いや……相変わらずのラインナップだなと思っただけだ」
(´<_` )「そうだなー、少女向けやら戦隊ものやらポケニャンやら」
川 ゚ -゚)「意外と高いんだよな、お面って」
(´<_` )「そうそう、けっこうお高くて手がでない」
川 ゚ -゚)「いちどだけ買ってもらったことがある」
(´<_` )「クーさんが? それこそ意外だな」
私が止まった足を動かしはじめたので、
弟者は不思議そうな顔をしつつも隣をならんで歩く。
内藤さんはフランクフルトを二本も買ってご機嫌で、
兄者とたのしそうに夜店と夜店をはしごしている。
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:23:21 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「物珍しげにみていたら、欲しいのかと勘違いされてな」
(´<_` )「へえ、どんなお面にしたんだ?」
川 ゚ -゚)「よくしらない、猫のお面だ」
カラフルなお面たちにまぎれてひとつだけ、黒猫のお面があったのだ。
それはまるで当時の私みたいに所在無く、そこにいた。
色とりどりの浴衣にまぎれた、地味な浴衣姿のように。
なんとなく目が離せないでいたら、彼が気を利かせたつもりで買ってくれた。
ひとりだけお面をつけているのは嫌だといったら、
彼は彼で白い狐のお面を買ったのだった。整正とした顔立ちの。
(´<_` )「きょう付けてくればよかったのに」
川 ゚ -゚)「時代遅れのキャラクターだろう、恥ずかしい」
ほんとうは、もうそれがどこにあるのか判らなかった。
浴衣をしまった場所さえ失念していたのだから。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:23:31 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「それもそうだな」
弟者は納得していうと、前方に目をこらした。
(´<_` )「クーさん、本殿がみえてきたぞ」
トトロの森を彷彿させる壮大な森林を背景に、
本殿は赤くおだやかに光をはなっていた。
神輿を担ぐわっしょいわっしょいという逞しい掛け声と、
見物客たちの歓声が綯い交ぜになって響いている。
( ´_ゝ`)「おうおう、今年も盛り上がってんなーww」
( ^ω^)「花火もそろそろ上がるはずだお」
(´<_` )「うっわ、お前らなに食ったらそんな……」
川 ゚ -゚)「ソースとケチャップと、ブルーハワイか」
( ´_ゝ`)「俺はメロンと抹茶の合体技!www」
( ^ω^)「ほぼ液体になってたおwwwww」
んべーとだした兄者の舌は緑色で、某国の海にあふれる藻のようだ。
(´<_` )「醜いから二度としゃべるな」
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:24:06 ID:RJ/aC/dI0
そういえば何も口にしていないことを思い出し、小腹がきゅうと鳴る。
夜店であれこれ食べようと昼食を抜いてきたのだった。
川 ゚ -゚)「んー、私もなにか食べたいな」
(´<_` )「しまった、俺もなにも食べてねぇ」
( ´_ゝ`)「きゅうりあるぞ、きゅうりの一本漬け」
( ^ω^)「夜店価格はんぱないお」
八百屋で買えば一本五十円もしないきゅうりが
ただ割り箸にささって氷のうえに並んでいるだけで四倍の価格。
手間隙かかっているのだろうが、財布のくちがゆるくなるとはいえ
手をだそうとは思わない。店主は活気よく声をあげているけれども。
(´<_` )「うーん、あれが西瓜だったらな」
川 ゚ -゚)「禿同」
( ´_ゝ`)「いまハゲって言った?」
( ^ω^)「敏感すぎるおwwww」
(´<_` )「クーさんなににする? 俺、からあげにしようかな」
川 ゚ -゚)「林檎飴はあとにして、そうだな私も……」
夜店のラインナップをぐるりと見渡したところで、
ふいに人ごみのなかで見知った顔を見たような気がした。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:24:23 ID:RJ/aC/dI0
アパートの住人でも近所のひとたちでもない、そのひとを。
白狐のお面をかぶった浴衣姿の男性がいたのだ。
この町で私以外の人間は見たことがなく、はっと息をのむ。
そのひとはすらりとした長身で、藍染の浴衣を着こなし、
手には金魚のちいさな袋をもっていた。
彼だ。
私は直感した。勘違いの可能性など微塵もない。
おもわず走りそうになったが、如何せんこの人波では危険行為でしかなく、
なるべく早足でもう背中しかみえないその姿を追った。
兄弟猫や内藤さんが制する声は、私の耳には都合よく聞こえなくなっていた。
川;゚ -゚)「待ってくれっ」
ざわざわとした喧騒の海に私の声は飲み込まれてしまい、
彼には届かないだろう。近付けば近付くほど、遠ざかっていく気さえするのだ。
それでも諦めきれず、まだみえる背中を必死に追いかけた。
川;゚ -゚)「っ……ドクオ!」
追い続けていくうちに、祭り会場とはなれた森林へと入っていく。
闇夜に立ち並ぶ木々たちの枝は私の頬や腕をかすめ、ささやかな赤い轍を残す。
ちりっとした痛みがその都度訪れたが、私の足をとめるまでにはならない。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:24:52 ID:RJ/aC/dI0
何度も名前をよぶ私の喉が渇き始めたとき、
先をいく彼の足がぴたりと止まった。
川;゚ -゚)「ドクオっ」
はあはあと息をつき、その腕をとらえた。
手のひらに余るほどの腕に、私は確信を深めた。
ぴたりと吸いつくような肌の感触は、紛れもなくドクオだ。
彼はまだ真っ暗な闇を見つめたまま動じないでいる。
川 ゚ -゚)「……何故」
あとに続く言葉はいろいろあった。
何故、こんなところに。何故、逃げたんだ。何故……。
無理やり振り向かせることは出来たのに、私はそのまま動けなかった。
山林のざわめきだけが活発で、無言のふたりを埋めようとしていた。
川 ゚ -゚) 「ドクオ……」
何度目かもう判らない名前を呼んだとき、
彼がゆったりとした動作で私が掴んでいる手に金魚の袋を預けた。
ひらひら泳ぐ赤と黒の金魚たち。
そこだけに時間が流れているようだった。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:25:33 ID:RJ/aC/dI0
意味が判らなくて困惑したものの、
ようやく私は癖のある後ろ髪に向かって言葉を発した。
川 ゚ -゚)「ふざけるのも大概にしろ!」
こちらを向かせようと彼の肩に手をおくと、視界がぐらりとゆれた。
眩暈のようで眩暈でない、
足元がゆっくりとひっくり返るような感覚に私は顔をゆがめた。
気持ちがわるい。
身体から力がぬけていく。
川;゚ -゚)「う……」
崩れていく足で倒れまいと膝をつくものの、
私は無残にも彼の足に縋りつくような体勢になってしまった。
それでも彼は、平然と前をむいたまま私に一瞥たりともくれない。
川;゚ -゚)「どうして……」
私を見てくれない。一度だけでもいい、頼むから。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:26:06 ID:RJ/aC/dI0
川;´-゚)「ドク……オ……」
目の前にどんどん暗闇がせまってくる。
自然界のそれとは違う、強制的な遮りは私を恐怖に陥れる。
呼吸も浅くなり、すっているのか吐いているのか判らなくなった。
小刻みにふるえる指を、彼に伸ばしたところで突然、頭上に閃光が走った。
夏祭りのクライマックスにあがる花火がはじまったようだった。
どーん、どーん、ぱちぱちぱち……。
けたたましい音と夜空を埋め尽くす無数の光が交互にくりかえされ、
私たちはそのたびに照らされたり翳ったりした。
川;´-゚)「……っ、なにか……言ってく……れ」
もはや声は搾り出すようにしか出ず、彼の足をつかんでいた身体がほどけていく。
ひときわ大きな打ち上げ音が聞こえたかとおもうと、彼がはじめて動いた。
川;´-゚)「……ドクオ……」
彼の腕がのびてきて、汗がにじんだ私の額を撫ぜた。
お面からみえる口がひっそりとわらう懐かしい笑顔と、
夜空に咲いたひまわりのような大輪の花火を最後に、私の意識はぷっつりと途絶えた。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:26:31 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「お姫様は王子様のチッスで起きるってあるだろ」
(´<_` )「お前は間違いなく王子様ではない」
( ^ω^)「じゃあ僕が」
( ´_ゝ`)「俺も俺も」
(´<_` )「はいはい薄毛のプリンス様」
(#´_ゝ`)「屋上いこーぜ屋上」
( ^ω^)「残念、野外ですおwwwww」
(´・ω・`)「君たちいい加減にしてくれないか」
ひそひそとはいえない話し声に、朦朧としたまま目をあけた。
私の様子にいちはやく気付いた白衣姿の猫が目元を綻ばせた。
(´・ω・`)「やあ、ようこそ簡易休憩室へ。
この水はサービスだから、まず飲んで落ち着いてほしい。」
よろよろと上半身を起こす私に、白衣猫はペットボトルを差し出した。
彼は町医者のショボンというらしい。
アパートの近くで医院を経営しているようだが、
私は今まで病気にかかったことがなく、初めて知った人物だった。
キャップをひねり、渇いた咽喉に水を勢いよく流し込む。
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:26:52 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「ぷはっ……私はいったい……」
(´<_` )「森んなかで倒れてたのを、俺たちが見つけたんだ」
( ´_ゝ`)「いやーマジ焦った。サスペンス劇場かと思ったぜ」
( ^ω^)「弟者さんがおんぶしてここまで運んできたんだお」
(´・ω・`)「熱中症か貧血だと思うから、今夜はもうゆっくりしてるんだよ」
川 ゚ -゚)「そうだったのか、申し訳なかった……ありがとうございます」
意識がはっきりしてくると、気になることが浮かんできた。
川 ゚ -゚)「……周りに誰かいなかったか?」
なんとなく「人間」とは言い出せなかった。
隠していたほうが良いような気がしたのだ。
彼らは一様にきょとんとした顔をし、否定に首をふった。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:27:35 ID:RJ/aC/dI0
(´<_` )「誰かはいなかったけど、コレならいたな」
弟者は兄者の手を指差し、つんつんと袋をつついた。
( ´_ゝ`)「クーさんいつのまに金魚すくいやったんだ?」
( ^ω^)「倒れてる近くの木に引っかかってたお」
川 ゚ -゚)「そっか……」
私は兄者から金魚を両手で受け取った。
うすいビニル袋を押しつぶすような水の重み。
手のひらを傾ければ、二匹の金魚は右往左往した。
(´<_` )「さってと、祭りも終わり気味だしもう帰ろうか」
( ´_ゝ`)「花火も終わっちまったことだしなー」
川 ゚ -゚)「うう、迷惑かけてすまなかった」
( ^ω^)「そんなことないですお! 元気だしてくれお」
はいどうぞ、と内藤さんは特大の林檎飴を渡してくれた。
私の拳よりもおおきく、真っ赤なそれはぴかぴか輝いている。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:27:58 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「これでクーさんも祭りを満喫したひとっぽい!」
兄者は吹きもどしをぴるぴるさせて笑った。
私は金魚と林檎飴を片手にもちあげて言う。
川 ゚ -゚)「みんな、ありがとう。楽しかった」
みんなのやさしさが磨耗した心にしみた。
あれは夢だったのだろうか。狐にでも化かされたような気分だ。
よくよく考えればきちんと向かいあって顔を確認したわけでもなく、
彼の声を聞いたわけでもない。うだる暑さにやられてしまったのかもしれない。
(´<_` )「んじゃ帰りますか」
( ´_ゝ`)「クーさん俺おぶってやろうか!」
( ^ω^)「ありがとうだお。ではお言葉に甘えてどっこらせ」
(; ´_ゝ`)「お前じゃねえデブ! ぐっ、重めええええ」
内藤さんを背に乗せたまま、兄者はふらふらと帰りはじめる人波にのった。
私も医務室のベンチから腰をあげると、ショボンさんにお礼をつげて弟者とその場を離れた。
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:31:46 ID:RJ/aC/dI0
( ´_ゝ`)「帰ったらイカ焼きをツマミに酒でも飲むか」
( ^ω^)「お。僕いいお酒もってるお!」
(´<_` )「俺はパース。ねみぃから寝る」
( ´_ゝ`)「んだよ、お前若くねーなwwww」
( ^ω^)「僕んちで飲むお!」
川 ゚ -゚)「私も帰って寝るぞ」
( ´_ゝ`)「花が……唯一の花が……」
( ^ω^)「セーラー服とかチャイナ服とかあるお」
(; ´_ゝ`)「着ねぇよ!?」
本殿では神輿を担ぎ終わったひとたちが、ビールを浴びるように飲んでいる。
夜店は最後の売り出しとばかりに、いっそう大きな声で客寄せをしていた。
川 ゚ -゚)「……」
彼を追いかけた森林を肩越しに振りかえる。
さわさわと静かにゆれているだけで、ここの喧騒とはほど遠い。
隣をあるく弟者がいぶかしげに大丈夫かと声をかけてくれた。
その言葉にどういった意味がふくまれているのか判らないが、
私は大丈夫だと返して帰り道をふたたび歩き出した。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:32:38 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「ただいま」
部屋の扉をあけると冷たい風が火照った頬をかすめた。
旅行から戻ってきたフサギコがクーラーをつけていたらしい。
寝場所であるバスケットですやすや寝息をたてている。
川 ゚ -゚)「帰ってきてたのか、おかえり」
起こさないようにそっと戸棚をあけ、
サラダボウルに使っている硝子の器を取り出した。
金魚の棲家はとりあえずこれにしよう。
川 ゚ -゚)「狭いとおもうが、しばしの我慢だ」
持ち手の紐をゆるめ、器に水ごと金魚をすべらせる。
川 ゚ -゚)「明日にでも水槽を買ってくるよ」
君たちがじゅうぶん自由に動き回れるほどのものを。
私は浴衣のまま立ち尽くして水面をながめていた。
赤と黒の尾ひれが誘うようにひらひらと舞っている。
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/07/25(月) 16:33:34 ID:RJ/aC/dI0
川 ゚ -゚)「……もっと違う言葉をかけていれば、反応してくれただろうか」
たとえあれが白昼夢だったとしても、後悔せずにはいられなかった。
あの時ああしていれば、あの時こうしていれば。
そんな後悔ばかりの日々とは決別したはずだったのに。
川 ゚ -゚)「やれやれ……まったく夏は本当にダメだ」
自分で自分に呆れかえるしかない。
いったいなんのために、このアパートに来たんだか。
それさえ見失ってしまっては、元も子もないのだ。
金魚から離れて、窓の外を仰いだ。
そこにはぽっかりとまあるい満月が煌々としている。
川 ゚ -゚)「……月が、綺麗だな」
そうして私はしばらく夜空を見上げていた。
フサギコの規則的な寝息と、金魚が時折はねる音をききながら。
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