- 1 名前: ◆6ZgdRxmC/6 投稿日:2011/01/29(土) 22:13:29.56 ID:jVJC8ZtT0
例えば、ある少年は怪獣になることを夢見ていた。
強く大きな存在の、その圧倒的な存在感にただ憧れ、自分もそんな存在になりたいと強く願っていた。
例えば、ある少女は誰かの日常を守りたいと願っていた。
自分が経験した悲しみを、他の誰にも感じさせまいと、ただひたすらに剣を振るい続けた。
例えば、ある少年は人の弱さを許したくないと思っていた。
弱さを許容されて悪の道に堕ちる人を、その道に堕ちることを許さないことで救いたいと思っていた。
例えば、ある少年は自分にできることをしたいと思っていた。
ケンカが何よりも嫌いな彼は、しかし、それが自分にできることならと、手に持つ携帯電話を武器に変え、戦い続けた。
―怪獣になることを夢見た少年は、自らの親友によってその夢を打ち砕かれた。
――誰かの日常を守ろうとした少女は、日常を守るために誰かの日常を奪うという矛盾に耐えられなかった。
―――弱さを許したくない少年は、しかし許さないことで相手を救うという彼の真の目的を実現できなかった。
――――そして、自分にできることをした少年は、最後の最後で自らの親友を失ってしまった。
―――『彼ら』は皆ちっぽけで、そして無力だった。
少々前置きが長くなってしまった。
さあ、最後の話を始めよう……
- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:14:43.05 ID:jVJC8ZtT0
―――小さな『彼ら』の、話をしよう。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:16:07.95 ID:jVJC8ZtT0
( ^ω^)彼らは携帯電話を武器に戦うようです
最終話「分雲」
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:20:01.20 ID:jVJC8ZtT0
- その日は朝から大雨だった。
もうそろそろ午前十時も回ろうと言うのに、電灯を点けなければいけないほど部屋の中は薄暗い。
「あの惨劇から、一年が経ちました。
今日、ニューソク市総合広場では被害者遺族たちによる献花式が催され……」
テレビから、ニュースの音が流れている。
ソファーに座った主婦―――ブーンの母はテレビに映るその映像をボーっと眺めていた。
J( 'ー`)し ……そうか、もうあれから一年経つのねえ
ぽつりと呟く彼女。
それに対し、流しで皿洗いをしていたキャタピラ型の足を持つロボットが答える。
ζ(゚ー゚*ζ ブーンさん、どうしてるんでしょうね
そのロボットはTASIROよりもより人間に近いデザインの上半身を持ち、
その下に、キャタピラ型の駆動ユニットをそなえるスカートのような形の下半身を持っていた。
そのロボットは、『SENCOSYA』と呼ばれていた。
一年前の『ニューソク市連続焼死事件』以来、様々な不祥事が発覚し、
ついに代表取締役の辞職にまで追い詰められたラウンジ社が、社運をかけて開発した
TASIROより安価で、さらに家事の面での機能を強化した、家庭向け凡庸人型ロボットである。
J( 'ー`)し さあね、一月前に連絡があったっきりだから、今もどこでなにをしてるのやら……
ロボットの言葉に、母は苦笑しながらため息を吐いた。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:20:43.63 ID:jVJC8ZtT0
- 一年前に起きた、『ニューソク市連続焼死事件』。
町のいたるところが何者かによって破壊され、
約1800人の人間が謎の焼死体として見つかったあのおぞましい事件に、
どうやら自分の息子はなんらかの形で関わっていたらしい。
思い出してみれば、あの事件の少し前から息子の様子はおかしかった。
いつも門限など設定するまでもなく、夕飯の時間には帰って来ていた彼が
いつもの帰宅時間を大分過ぎた時間に帰って来て、そのうえ怪我までしていたことがあった。
そのとき彼女は、自分の息子に一体何をしていたのかと訊いたのだが、
ちょっと転んでマンホールに落ちちゃっただけだおと、彼はいつもの調子で答えていた。
J( 'ー`)し(一体、何があったって言うのかしら……)
お腹を痛めて産み、ずっと育ててきた自分の子どもが、
自分がまったくあずかり知らぬところで、何かとんでもないことに関わっていた。
彼女には、それがたまらなく不安で、恐ろしいことのように思われた。
ζ(゚ー゚*ζ ひょっとしたら、今日あたり帰って来るかもしれませんね。ブーンさん
J( 'ー`)し え?
ふいに聞こえる声に、彼女は現実に引き戻された。
確かに今日は息子にとっては『特別な日』である。
だから彼が戻ってくるという可能性は確かに高いのだが、はたして自分はデレにそのことを話しただろうか?
J( 'ー`)し なんでそう思うの?
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:21:44.61 ID:jVJC8ZtT0
- 不思議に思って彼女が聞いてみると、デレはあっけらかんと答えた。
ζ(゚ー゚*ζ え? うーんと……まあ、女のカンってやつですかね?
人差し指で、人間で言うなら口にあたる部分を押さえ、考えるしぐさをする彼女。
母は、それを見て思わず噴き出してしまった。
ζ(゚ー゚*ζ ? なんで笑うんですか?
J( 'ー`)し いや、ね。私、たまにあなたがロボットだってことが信じられなくなるのよ
ζ(゚ー゚*ζ はあ……いや、実際ロボットなんですけど
J( 'ー`)し うん、まあそうなんだけどね。いやに人間臭いというか……
うん、もうほんと、いっそブーンの嫁に欲しいくらいだわ
雨が窓を叩く音を、女性の笑い声が打ち消す。
ロボットの方は、なんだかよくわからないというような表情できょとんとしていた。
ζ(゚ー゚*ζ 人間臭い、ですか……うーんそうだなあ、私もいっそ人間だったらなあ……
J( 'ー`)し そう? でも大変よお、人間って。
特に女に生まれたりすると、本当に大変。子どもを持ったらさらに大変。
ζ(゚ー゚*ζ 大変だらけですね
J( 'ー`)し むしろ大変しかないっていっても過言じゃないわ
言ってあはは、と母は笑った。あわせてデレも笑う。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:22:42.68 ID:jVJC8ZtT0
J( 'ー`)し ほんと、人間に生まれたりすると大変大変の連続よ。
原付免許をとった息子が、いきなり旅に出たりね
半年ほど前の出来事を思い出しながら、彼女はくすくすと笑った。
ζ(゚ー゚*ζ 心中お察しします。でも旅かあ、私も一緒に行きたかったなあ
J( 'ー`)し それは困るわよお、せっかくあなたが来て家事が楽になったんだから
これは主婦仲間から聞いた話だが、普通のSENCOSYAはこんな風に感情豊かに喋ったり笑ったりはしないらしい。
単にシステムのエラーか何かなのか、それとも他になにか理由があるのか、彼女には分からない。
そもそも、この家に来てまだ一年も経っていないはずのこのロボットが、
自分の息子についてあまりにもよく知っていることを、彼女は不思議に思っていた。
何かが、目の前のロボットにはあるのだろう。
そしてそれはもしかすると、自分の息子が関わったかもしれない、あの事件に関することなのではないか?
そんなことを、彼女は時々疑ったりもした。
でも、とりあえず今、そのことについては訊かないでおくことにしよう。
そう彼女は決めている。
単に訊くのが怖いというのもあったが、自分は、このデレというロボットがとても気に入っている。
だから、彼女か、あるいは自分の息子が何かを話してくれるまで待っていよう。
母はそれだけ考えると、もしデレの予想通り息子が帰って来たときのことを考え、
夕飯のメニューは豪華なほうがいいかなあと、ポストに入れられていた広告に目を通し始めた。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:24:22.72 ID:jVJC8ZtT0
- ざーざーと音を立てて降りしきる雨の中を、傘をさした野球帽の少年が歩いていた。
('A`)
雨の中を歩く、その身長の低い少年の名はドクオ。
一年前の事件の当事者の一人であり、
それとまったく同じ日に起こっていた”もう一つの事件”の解決者でもある。
一年前、彼の悪友との戦いによってつけられた左目の傷は、
今は彼の顔にうっすらとその跡を残すのみで、ほぼ完治していた。
('A`) あ
ふいに少年は足を止める。
彼の視線の先には、今年大学一年になってあまり顔を合わせることがなくなった女性の姿があった。
川 ゚ -゚) よう
大学生になって少し大人びた雰囲気になった素直クールは、
しかし高校時代とかわらない調子で彼に傘を持つ右手をあげている。
その左手には、キクやカーネーションで彩られた花束があった。
献花式にいくのだろう、そうドクオは思った。
('A`) あ……えーっと、久しぶり?
川 ゚ -゚) この間もちょっと会ったじゃないか、なにをそんなに縮こまっている
('A`) いやその、いきなりのことでちょっと、なんというか……
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:25:09.36 ID:jVJC8ZtT0
- ドクオは今年、中学三年生になった。
この年頃の、特に少年は「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言葉の通り、常に変化し続けている。
だからほんの少し誰かに会わなかっただけでも、
前の自分とその誰かのコミュニケーションの仕方が分からなくなるというのは、よくあることなのだ。
川 ゚ -゚) ふーん……まあいい。
今日みたいな雨の日にこんな場所で会うということは、お前も献花式に行くのだろう?
「一緒に行くか?」と、少し腰をかがめて顔を覗き込んでくるクー。
香ってくる化粧の臭いに、なぜかどぎまぎしてしまったドクオは、思わず目をそらしてしまった。
( A *) あ、いやその……俺はこれからちょっと待ち合わせで
川 ゚ -゚) 待ち合わせ……? なんだ、ひょっとしてコレか? コレなのか?
にやにやとしながら、クーは小指を立てる。
その意味を理解したドクオは、首を高速でぶんぶんと左右に振った。
(* A ) そ、そんなんじゃねえ!!
あの……あれだ、とにかくそいつと、これからジョルジュのところに行こうとしてたんだよ!
川 ゚ -゚) ジョルジュの? ふむ……そういえばなんだかんだでお前とジョルジュの話も聞きそびれているな
あごに手を当てるクー。ドクオは先ほどとは違った意味でどきりとした。
彼は一年経った今でも、ジョルジュと自分の間で起こったことに決着をつけられずにいた。
正直、今クーにそのことについて訊ねられても、話す気にはなれない。
そんな彼の心中を悟ったのか、クーはあごを撫でていた手を下ろすと、話題を変える。
川 ゚ -゚) そういえば、ブーンのやつはどうしている?
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:27:50.30 ID:jVJC8ZtT0
('A`) あー……デレさんから話を聞く限りでは元気にやってるみたいだぜ?
話題が変わったことに、心の底でホッとしながら少年は答えた。
川 ゚ -゚) ふむ、突然スクーターで旅に出ると言い出したときは心底驚いたものだが……
ん? いやまて、なんで年上の私は呼び捨てで、セキラに対しては「さん」付けなんだ?
(;'A`) え、いやまあそれは……ほら、俺、ツンさんだって「さん」付けしてるし
川#゚ -゚) 余計納得がいかん!!
憤慨するクー。
ドクオは、これ以上彼女を刺激すると何をされるか分かったもんじゃないと話題を元に戻すことにした。
('A`) まあその、モララーのことがあって、
あいつがしばらく部屋に引きこもってたときは、ほんとどうなることやらと思ってたけど
元気になったみたいでよかったよな
すこし棒読みになりながらも話すドクオの言葉に、クーは少し表情を曇らせた。
川 ゚ -゚) ふむ……本当にあいつは”元気になった”のだろうか?
('A`) え?
雨が落ちてくる空を、クーは見上げた。
その表情は、いつものおちゃらけた彼女のそれではない。
本気で自分ではない誰かのことを考えているとき、
彼女は決まってその表情になることをドクオは知っていた。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:28:45.61 ID:jVJC8ZtT0
川 ゚ -゚) あいつは本当に優しいやつだからな。
自分で自分の親友を倒し、夢まで奪ってしまったことを後悔していないはずがない。
('A`) ……
クーの持つ傘の角度が、少しだけ変わる。
それによってドクオからは彼女の表情が見えなくなった。
川 - ) 私は思うのだ。あいつが旅に出たのは、
無理にその現実を忘れようとしているだけだったのではないか、と。
憂いをおびた、彼女の声。ドクオは少し考えたあと、答えた。
('A`) うーん……それは確かに本当はそうだったのかもしれないけど、
でも、多分違うんじゃない?
川 ゚ -゚) ? どういうことだ?
肯定しているのか否定しているのか分からないドクオの言い方にクーは振り向いて訊ねた。
('A`) なんつーのか、確かにブーンの心の底には、
クーが言う「逃げ出したい」みたいな感情があったのかもしれねえけどさ。
でも、あいつが旅に出るとき、俺、あいつから聞いたんだよ。
「自分にできることをしたいんだお、だからそれを探しにいくお」ってさ
ぽりぽり、とドクオは自らの頬をかいた。
('A`) あの言葉は、多分嘘じゃないと思う
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:30:03.65 ID:jVJC8ZtT0
- ドクオの言葉に、クーはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
川 ゚ -゚) モララーは……あいつは、結局私たちに止めを刺すことができなかった
('A`) ?
突然変わる話題に戸惑うドクオ。それに対し、クーは構わず続ける。
川 ゚ -゚) あいつは本当に『怪獣になりたかった』のだろうか?
その言葉は、目の前のドクオに訊ねているというよりも、むしろ自分自身に問いかけているようだった。
川 ゚ -゚) ときどき考えてしまうのだ。あいつの『夢』は、
本質的にはもっと別のところにあって、バカなあいつは、
ただ、自分の勘違いに最後まで気付けなかっただけだったのではないか、と
クーの問いかけに、ドクオは答えない。
むしろ、自分が答えていいものなのかどうかということも、幼い彼には分からなかった。
川 ゚ -゚) ……すまない、待ち合わせがあるんだったな
('A`) ……ああ、うん
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:31:44.25 ID:jVJC8ZtT0
- 歩き出すクー。ドクオは黙って彼女の後ろ姿を眺めているだけだったが、
少し考えると、彼は思い切って声をかけた。
('A`) クー
川 ゚ -゚) ?
('A`) 今日は久しぶりに、晩メシ作りに行ってやるよ
川 ゚ -゚)
少年の言葉に、彼女はぷっと噴き出す。
('A`) え? あ……俺なんか変なこと言った?
川 ゚ -゚) ぷぷ……くくく、いや、うん。楽しみにしておこう。
魚料理がいい、今日は肉を食う気分にはなれないからな。
それだけいって、傘をもった右手を頭上でひらひらと振ると、彼女は去って行った。
('A`) ……なんだってんだよ、まったく
(#*゚∀゚) そーだな、ほんとになんだってんだ!
(;'A`) !!?
突然後ろから聞こえた声に、ドクオが飛びのく。
そこには待ち合わせの相手である、パンキッシュな格好が特徴的な少女が立っていた。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:32:43.12 ID:jVJC8ZtT0
- (#*゚∀゚) 待ち合わせ場所に行っても一向にこないから、
道にでも迷ったのかなーとか思って探しに来てみれば、誰だあのオンナ!!
(;'A`) あー……いやごめん! ほんとごめん! 知り合いに会っちまったからつい
ぎゃーぎゃーとうるさい彼女をなんとかなだめようと、
ドクオは必死に謝るが、焼け石に水というやつで彼女の怒りのボルテージは高まるばかりだ。
(#*゚∀゚) 女の子を待ち合わせ場所で1時間近く待たしといて「つい」……だとお?
(;'A`) ま、まだ待ち合わせ時間から20分くらいしかかかってねーんだけど……
(#*゚∀゚) 20分くらい『しか』?
(;'A`) なんでもないですごめんなさいすみません
とりあえず全身全霊を持って謝るドクオに、
ようやく彼女は彼を許す気になったらしく、はあと一つため息を吐いた。
(*゚∀゚) ま、いいや許してやるよ。
……正直、ちょっとだけお前が怖気づいたんじゃねーかって疑っちまった
('A`) ……それはねーよ、絶対に
彼の年齢に似合わない低い声でドクオは行って、そして歩きだした。その後ろに少女が続く。
('A`) ケリをつける、あいつとの全てに。
それでこの一年間ずっと感じてきた、この気持ち悪い感情ともおさらばだ
決意を秘めた強い口調で少年は言った。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:34:23.63 ID:jVJC8ZtT0
―――――
――――
―――
――
―
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:35:56.21 ID:jVJC8ZtT0
- 今年小学六年生になった少年、モナーは途方にくれていた。
( ;´∀`) モナー……
「がるるるる……!!」
モナーが今居るのは、とある民家の入り口の前である。
おどおどする彼の目線の先では、茶色い毛色の一匹の柴犬が、
牙をむき出しにして、少年に「それ以上近付くなら噛むぞ」と威嚇していた。
そしてその犬の後ろには、今日の献花式に持っていく予定の花束が落ちている。
まったく自分はなんてことをしたのだろうと、モナーは後悔していた。
生まれて初めて花束などというものを持った。
その経験は、まだ幼い少年にとってはかなり新鮮なもので、
少年はその花束を、ぶんぶんと振りながら歩いていたのだ。
天候は、雨。
少し濡れていた彼の手から、花束はいとも簡単にすっぽ抜け、
そしてよりにもよって、凶暴そうなこの柴犬の真後ろに落下したのである。
どうしよう、と少年は思った。
この花束は、一年前のあの事件で両親を失った少女に、少しでも元気になってもらおうと、
少年が少ないこずかいを叩いて買ったものだ。
当然のことながら、少年の手元に、もうひとつ花束を買うお金はない。
「がるるる……!!」
( ;∀;) ……もな……
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:37:24.03 ID:jVJC8ZtT0
- どうしよう、花束を取りに行かないと。
でも、犬は怖いし……
どうしていいのか分からなくなり、ついに少年は泣き出してしまった。
「どうしたんだお?」
( ;∀;) モナ?
突然の声に、少年は振り向いた。
少年の後ろに居たのは、雨ガッパに身を包んだ男性。
その後ろには、ビニールシートに包まれた荷物を乗せた、一台のスクーターが止まっている。
( ;∀;) ぅ……ひっく……花束が……花束が……!!
( ω ) 花束……?
腰をかがめて少年に目線を合わせる男性は、
しかし目深に被る雨ガッパのせいか表情がよくわからない。
泣きじゃくりながら犬の方を指差すモナー。その方向ををちらりと見た男性は納得したように言った。
( ω ) お、なるほど。あれを取りたいんだおね?
( ;∀;) モナ
少しだけ雨ガッパがずれ、少年の目に彼の顔が映った。
( ^ω^) おっお、おにーさんにまかせるお
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:39:00.03 ID:jVJC8ZtT0
- どこか優しい表情をしたその男性は、泣いている少年に笑いかけると犬に向かって歩いて行く。
( ;∀;) モナ……?
あれ? この人の顔……自分はどこかで見たことがあるような……?
首を傾げる少年の目の前で、男性はなんと犬に向かって話しかけ始めた。
( ^ω^) おっお、犬さん。自宅警備、ご苦労様ですお
「がる?」
突然話しかけられ、戸惑う犬。
( ^ω^) この子が花束を落としちゃったんだお、ちょっと取らせてくださいお
「が……がるる?」
そう一言断って、男性は花束の方に歩いていった。
犬のほうはあっけにとられたようで、呆然としていたが、ふ、と彼は自分の職務を思い出し、
「ばうわう!!」
がぶり。と男性の足に噛み付いた。
(; ω ) お……!?
男性の足に、深々と突き刺ささる犬の牙。
( ;´∀`) モナ!!? おにーさん!!?
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:40:14.32 ID:jVJC8ZtT0
- それを見たモナーが、思わず男性に駆け寄ろうとする。
それに対し、男性はモナーに右手の平を向けた。
(; ω ) おっお……心配ないお、大丈夫、大丈夫だお
どこか優しくささやくような、男性の口調。
それが助けに入ろうとした自分に向けられたものではなく、
自らに噛み付いている犬に向けられたものであるということにモナーが気付くまで数秒かかった。
(; ω ) 犬さん、勝手に君の領域に踏み込んでしまったことは謝るお。ごめんなさい、だお
「ぐる?」
(; ω ) でも、違うんだお。僕は君や、君のご主人に危害を加えるつもりはないお。
ただ、この子に花束をとってあげたかっただけだお
男性はしゃがみこむと、未だに自分に噛み付いている犬の頭を、
ぽん、ぽん、と二回優しく叩いた。
「がる……る?」
犬は噛み付いたまま、しばらく何かを考えていたようだったが、
やがて彼の足から口を離すと、ぺろり、と彼の足を舐めた。
「くぅーん」
(;^ω^) お、話の分かる犬さんで助かりましたお
「わん!」
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:43:54.88 ID:jVJC8ZtT0
- 戻ってくる男性の姿を、モナーはぼーっと眺めていた。
( ^ω^)
犬を、説得してしまった。
しかも自分に噛み付く犬に対して、この人は暴力も暴言も使わず、それを制した。
いったいなんなのだ、この人は。
( ^ω^) はい、花束
(;´∀`) ……モナ!
男性の声に現実に引き戻されてたモナーが、ぴょんと飛び上がる。
花束を受け取りながら、モナーは改めて男性の顔を見た。
そして、訊ねる。
( ;´∀`) あ、あのッ!!
( ^ω^) お?
( ;´∀`) お、お名前は?
言われた男性が、きょとんとした表情になる。
何を聞かれたのかよくわからない、そんな彼の表情を見て、
少年は自分は何を言っているんだろうと、心底恥ずかしくなった。
( ;´∀`)(普通こういうときに言うのは『ありがとう』だモナ……)
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:44:39.23 ID:jVJC8ZtT0
( ^ω^) ww
恥ずかしがり、顔を俯かせる少年に、男性は少しだけくすくすと笑った。
( ^ω^) ブーンといいますお。よろしく、えーっと……
( ;´∀`) モナ、も、モナーといいますモナ!!
( ^ω^) お、モナーくん。もう花束、落としちゃだめだお?
ブーンと名乗った男性は、それだけ言うと、手をひらひらと振ってスクーターにまたがった。
一瞬噛み付かれた足が痛んだのか、彼の表情が歪む。
しかし彼はかまわず、そのままエンジンをふかすとその場を去って行った。
その後ろ姿を見て、少年はしばし呆然としていたが、
やがて彼は、自分の胸がいやに熱くなっていることに気がついた。
( ´∀`) か……
ぶるぶると彼は震える。幼い彼の純粋な瞳が、きらきらとした輝きをおび始めた。
(*´∀`) かっこいいモナー!!
思わず叫ぶモナー。なんなのだあの人は、あれではまるで――
―――「まるで本物の『正義の味方』みたいだ。」そんな風に彼は思った。
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:46:24.19 ID:jVJC8ZtT0
- 献花式の会場の近く、公園の時計台の下に、モナーは目的の人物を見つけた。
(*´∀`)ノシ ヘリカルー!!
*(‘‘)* あ、モナーくん
最近近所に引っ越してきた二つ年下の少女、沢近ヘリカルの姿がそこにはあった。
*(‘‘)* おそかったね、でも、うれしそう……なんかあったの?
(*´∀`) モナモナ、すっげーいいことがあったモナ
息切れしながら、興奮冷めやらぬ様子のモナーは早口に先ほどの出来事をヘリカルに話し始める。
犬の側に花束を投げてしまったこと。それを、なんだか見覚えのある男性が拾ってきてくれたこと。
その男性が、彼にはとても格好良く見えたこと。
*(‘‘)* へー、それでその人のなまえ、きけたの?
(*´∀`) モナモナ、ブーンさんって言うんだモナ
自分のことではないのに、何故か誇らしげに言う彼。
*(;‘‘)* え? ブーンさんって
……まさか語尾に『お』ってつけるにこにこ顔のおにーさん?
( ´∀`) モナ? 知ってるのかモナ?
不思議そうに訊ねる少年に、ヘリカルは答えず、少しうれしそうに呟いた。
*(*‘‘)* そっか……かえってきてたんだ……
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:47:58.07 ID:jVJC8ZtT0
―――――
――――
―――
――
―
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:52:30.13 ID:jVJC8ZtT0
- 赤く輝く美しい空間の中を、少女は泳いでいた。
ζ(゚ー゚*ζ
セーラー服を着た、どこにでも居そうな姿の彼女の正体は、
かつてブーンという少年の武器として彼と友に戦った、セキラの擬似人格、デレである。
ここは”彼女たちの中”に、彼女自身が作り上げた仮想空間。
”彼女たち”の視覚的イメージに合わせ、赤い光の飛び交うデザインにしたその空間を、
少女は水の中を泳ぐときのように、足を動かしながら進んでいく。
空間内に点在する、いくつかの扉。
彼女はそのうちの一つを軽くノックした。
「はーい、どぞー!」
ζ(゚ー゚*ζ
ζ(゚ー゚;ζ ……あれ?
扉の向こうから聞こえてくる元気な声に、彼女は一瞬叩く扉を間違えたかなと不安になる。
しかし、この木製のシックな風貌の扉は、どう見ても彼の部屋に間違いない。
とりあえず、彼女はその扉についている、ライオンをかたどったドアノブを引っ張ると、
開いた扉の隙間からその部屋に入って行った。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:53:12.67 ID:jVJC8ZtT0
- 部屋に入った彼女を迎えるのは、古びた本独特の”匂い”。
視界に入ってくるのは、半円状に広がる壁に沿って、余す所なく並べられた本棚たち。
まったくこういう所の細部にまでこだわるのが、いかにも彼らしいというか……
ζ(゚ー゚*ζ で……
ミセ*゚ー゚)リノシ やほーデレデレー。こっち来て一緒にお茶しなーい?
(-e-) ……
半円形に並べられる本棚に囲まれる形で部屋の中心に置かれているのは、
シックなデザインの木製のテーブル。
そこで、金髪とピアスにカジュアルなファッションを着込んだ元気そうな風貌の若い女性と、
スーツに身を固めた、いかにも”紳士”という言葉が似合いそうな男性が一緒に本を読んでいた。
彼らの目の前のテーブルには、湯気をあげる紅茶が一つずつ並べられている。
ζ(゚ー゚;ζ なんでいるんですか……?
ミセ*゚ー゚)リ やだなー、情報しゅーしゅーよ。やっぱ自分のアバターにはこだわりたいじゃん?
けらけらと笑う彼女の手には、表紙に『ANEHA』と書かれたファッション雑誌があった。
なるほど、自分もこういう情報をもとにアバターを改造してみるのもいいかもしれない……
ζ(゚ー゚;ζ え? あ、いや、そうじゃなくて……ここ、ロマの部屋ですよね?
しまった、今一瞬納得しかけてしまった。
いけないいけない、と彼女は首を左右にふる。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:54:56.34 ID:jVJC8ZtT0
- ミセ*゚ー゚)リ 硬いこといいっこなしよデレたん、あたしら本質的には”一つ”なんだからさ
ζ(゚ー゚;ζ いや、まあ……それはそうなんですけど……それだと皆に一つ一つ部屋がある意味って
ちょっとオロオロした様子のデレ。それに対し、黙って本を読んでいた紳士が始めて口を開いた。
(’e’) 良いではないですか、デレ。たまにはこうやって、誰かの部屋に集まるというのも。
人間も暇なときにはよくこうやって誰かの領域に集まって、無駄な時間を楽しむのでしょう?
なるほど、確かにもっともではあるが……それにしたってこの人たちはちょっとくつろぎすぎなのでは?
そんなことを思ったが、つっこむと面倒くさいことになりそうなので、デレは本題を切り出すことにした。
ζ(゚ー゚*ζ えと、それでロマは?
ミセ*゚ー゚)リ ロマは上にいるよ、ハンモックで本読んでる
そう言ってミセリは、部屋の右端のほうにある梯子を指差した。
この部屋は二階構造になっており、その梯子は、この部屋の主である彼がくつろぐ場所である中二階につながっている。
デレはそれを使って彼のいる中二階に登った。
ζ(゚ー゚*ζ ロマ、いますか?
中二階もまた、下の階と同じように壁に沿って本棚が置かれている。
そこにわずかに空いた狭いスペースに、小さな文机と、先ほどミセリが言っていたハンモックがあった。
( ΦωΦ) 居るぞ。ここは我輩の部屋なのだから、我輩がいるのは当たり前であろう?
ハンモックの上に寝転がって本を読んでいたロマが、寝返りを打ってこちらに顔を向ける。
他のセキラたちのアバターが人間を模したものであるのに対し、
かつてモララーの武器として戦った彼のアバターは、人間大のサイズをした、両目に傷跡のある黒猫の姿をしていた。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:56:23.77 ID:jVJC8ZtT0
ζ(゚ー゚*ζ いや、それはそうなんですけど。下の人たちがあんまりくつろいでるもんだからつい……
( ΦωΦ) まったくである。連中も少し遠慮というものを覚えるべきだ。
来るたびに読書を中断して、紅茶と茶菓子を用意するこちらの身にもなってほしいものである
はあ、とため息を吐く彼。
なんだ、実は結構部屋に来られることを喜んでいるんじゃないか。
デレはくすくすと笑いながら、彼のハンモックのすぐ隣にある文机の前に腰を下ろした。
( ΦωΦ) それで、我輩に何か用であるか?
ζ(゚ー゚*ζ いえ、まあそんな用という用があるわけでは
( ΦωΦ) なんだ、おまえも下の連中と同じであるか。待っていろ、今茶を淹れる
ハンモックの上で彼は一つ伸びをすると、そのままごろりと寝返りを打って下の床に着地した。
ζ(゚ー゚*ζ あ、いえそんな、おかまいなく
( ΦωΦ) まあ遠慮するな。今読んでいる本の中に、
調度、良い紅茶の味と香りに関する記述が出てきたところなのだ
そう言ってロマがぱちんと指を鳴らすと、床から紅茶を淹れるための装置が乗った机がせり出してきた。
机の上に乗っている「天然水」と書かれたペットボトルをいじる彼の後ろ姿は、やはりどこか楽しそうだ。
デレは少しおかしくなって、声を出さずに笑いながらその後姿を眺めていた。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:57:48.15 ID:jVJC8ZtT0
( ΦωΦ)〜♪
ζ(゚ー゚*ζ ……
水を温めながら、鼻歌を歌い始める彼。
本当は彼と話したいことがあったのだが、少し切り出せるような雰囲気ではないな。
まあ別に今日である必要もないか、そう彼女が思ったとき、ふいに目の前の黒猫が口を開いた。
( ΦωΦ) デレ
ζ(゚ー゚*ζ あ、はい?
( ΦωΦ) もし我輩の勘違いであったら申し訳ないが、実は話したいことがあるのではないか?
ζ(゚ー゚;ζ え、あ……えと
( ΦωΦ) ……モララー殿のことであるか
準備が終わったらしく、彼は机を背にデレのほうに向き直った。
ζ(゚ー゚*ζ すみません、あれから調度一年が経つということで、つい、その、気になってしまいまして
( ΦωΦ) 良い。別に謝る必要はないよ、我輩も調度そのことを誰かと話したいと思っていた
床に座って向かい合う、少女と、大きな黒猫。
机の上では、不思議な機械に入れられた水が、だんだんと温度を上げていっている。
ここは仮想空間なのだから、別にやろうと思えば水を一気に沸騰させることもできるのに、
それでもこういう細かなことにこだわるのも、なんというか彼らしいなとデレは思った。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 22:58:46.64 ID:jVJC8ZtT0
( ΦωΦ) なぜモララー殿があんなことをしたのか、正直それは我輩にも分からない。
そしてモララー殿が居なくなってしまった今となっては、もう我輩がそれを知るすべもない。
少し目線を上げながら、両目に傷跡のある黒猫はどこか寂しそうにそう言った。
ζ(゚ー゚*ζ それでもあなたがモララーさんに手を貸したのは、なぜです?
( ΦωΦ) ……うむ、それを説明しろと言われると、少し難しいのであるが
訊ねる少女に、少し間をおいて、猫は再び口を開いた。
( ΦωΦ) 我輩は、モララー殿の語る『夢』というもののことを聞いて、
それを”存在の指針”と言うようなものなのではないか、と解釈した。
そして我輩には、なぜかそれを持っているモララー殿のことが、とても羨ましく感じられたのだ
机の上の水が、段々と温度を上げていっているのだろう、
少しずつ、ぷくぷくという水泡のはじける音が座っているデレにも聞こえ始めた。
( ΦωΦ) 我輩は、自分にも”それ”が……”存在の指針”となる何かが欲しいと望んだ。
そして、我輩はそれを得たのだ。モララー殿の武器として、彼と友に”生きたい”。
モララー殿の見ていた『夢』というものとは違ったが、それが我輩の”存在の指針”だった
ζ(゚ー゚*ζ それは、私にもよく分かります
……私も『人間』という存在に触れる内に確かに求めていた。
ロマの言う、”存在の指針”というものを
彼女は、まだこの星に落ちてきて間もない頃のことを思い出していた。
あのときはまだ”自我”なんてものは自分にはなくて、自分という”人格”もただ、
この星の知的生命体と効率よくコミュニケーションを図るための、インターフェースくらいにしか思っていなかった。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:00:05.87 ID:jVJC8ZtT0
- 自分にはっきりとした”心”が宿り始めたのは、一体いつのことだったのか?
記憶をたどっても、その具体的な時期はぼんやりとしていてよく分からない。
ただ一つ、はっきりと言えることは、自分がそれを得ることができたのは、
ブーンという名の、あの少年のおかげだったということだけだ。
机の上の水が沸騰を始める。
ロマは立ち上がり、一旦それを何も入っていないティーカップとポットに注いだ。
( ΦωΦ) 我輩は、モララー殿のしもべとして、彼の武器として、彼と友に『夢』を見たかった。
しかし、それは本当にモララー殿にとっていいことだったのかどうか……
いまでは少しだけ、迷っている
ζ(゚ー゚*ζ ……
言われてデレは一年前の、彼女の主人と戦っているときのモララーの様子を思い出す。
あの最後の戦いのとき、彼は……モララーは確かに”泣いて”いた。
ブーンと殴りあう彼は、あのとき確かに笑いながら”泣いて”いたのだ。
ロマがポットの蓋にふれ、それが熱くなっていることを確認する。
中の湯を一旦外に捨てると、彼はポットに茶葉を入れ、その上から完全に沸騰した湯を注ぎこんだ。
( ΦωΦ) モララー殿は、自らの『夢』をかなえた瞬間、確かに心の底から喜んでいた。
しかしそれと同時に、彼は絶望してもいたのだ。
彼と完全に融合していた我輩は、しかしそんなモララー殿の気持ちがよく分からなかった。
ζ(゚ー゚*ζ それは、今でも?
( ΦωΦ) もちろんである、ただ……
ζ(゚ー゚*ζ ?
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:00:57.88 ID:jVJC8ZtT0
- 少し言いにくそうに彼は黙った。
何かを考えているのか、少し天井を見上げて、そして彼は話し始める。
( ΦωΦ) ただ、なんと言っていいか
……我輩にも、『夢』というものはなんとなくこういうものではないかという、
そんなぼんやりとした『仮説』のようなものはつかめているのだ
再びロマは、ティーポットの蓋に手をやって、温度を確認した。
ζ(゚ー゚*ζ 『仮説』……ですか
( ΦωΦ) そう、あくまで『仮説』の域だ。我輩も人間でないからな、
『夢』というものに対してそうはっきりとしたことは言えんのだ
少し話すのを躊躇している様子の彼に、デレは言った。
ζ(゚ー゚*ζ 教えてくれませんか、私も知りたいんです『夢』というものの本質が何なのか。
モララーさんが、あんなことをした理由、それに少しでも近づけるなら……
少なくとも、デレの目にはモララーという少年が、あんなことをするような人間であるようには思えなかった。
それに、きっとそれを一番知りたがっているのは、他ならぬ彼女の主人のはずなのだ。
ロマは、目を閉じる。茶葉を蒸らす時間があとどれくらいか、彼自身の時間感覚で計っているのである。
( +ω+) ……もう一度言うが、あくまでこれは『仮説』だぞ?
もういい頃合だと判断したのだろう、ロマの手が、白湯の入ったティーカップを掴み、
中でカップを暖めていたそれを流しに捨てる。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:02:33.61 ID:jVJC8ZtT0
( ΦωΦ) おそらく、捨てられない『夢』を持ってしまったとき
人間というものは果たすべき『役目』を背負わされるのである
言いながら彼は、もう一方の手でポットを持ち、そこから紅に染まる液体をカップに注いだ。
ζ(゚ー゚*ζ ”背負わされる”? ……一体誰にです?
良い香りを漂わせるカップを乗せた皿をデレに手渡しながら、ロマは彼女の疑問に答えた。
( ΦωΦ) ―――他ならぬ、『自分自身に』である。
ロマの返答に、よく分からないという表情をする少女。
黒猫はぼーっとしている彼女に「飲まないのか?」と訊ねる。
はっと気付いたように、少女は息を吹きかけて紅茶をさますと、一口啜った。
ζ(゚ー゚*ζ おいしい……!
( ΦωΦ) であろう? 我輩の自信作である
そう言って、猫は再びハンモックに戻り、本を読み始めた。
少女は、紅茶を啜りながら、彼の言ったことについてずっと考え続けていた。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:06:38.51 ID:jVJC8ZtT0
―
――
―――
――――
―――――
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:07:53.92 ID:jVJC8ZtT0
- ざーざーと降り注ぐ雨が、彼の着る雨ガッパを叩いている。
スクーターを駐輪所に止めたブーンは、市内のとある墓場の中を歩いていた。
( ^ω^) ……お
とても広いその場所の、入り口からそれほど遠くない場所に、目的のものはあった。
平均的な身長のブーンの頭より、少し高いくらいの大きさをした、石の柱。
すべすべとしたそれの表面には、死んだ彼の親友の苗字が彫られている。
―――それは、モララーの墓だった。
( ^ω^) ただいまだお、モララー
親友の遺骨の眠るその場所で、ブーンはそっと手を合わせた。
静かに目を閉じる。
視界に映っていた景色が消え、変わりに雨がカッパを叩くぱらぱらという音が大きくなった。
一体、何から話そうか? と、ブーンは考える。
彼が死んでしまったあと、ブーンは一度だけこの墓を訪れていた。
それは、ブーンが『自分にできること』を探す為に旅に出ることを決意した、あの日。
「旅のお土産話、たくさん持って帰ってくるお」とこの墓の前で彼に約束して、
自分はこの町を出たのだ。
だから、話したいことは山ほどあった。
でも、だからこそ、何から話をすればいいのか分からない。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:09:11.65 ID:jVJC8ZtT0
- しばらくブーンは、自分の耳に入る雨の音に耳を傾けていた。
目蓋の裏に映るのは、旅で出会った人たちの姿。
( ^ω^) 僕は、『自分にできること』を探すために旅に出たお
目を開けて、そして彼は口を開いた。
( ^ω^) でも、僕にできることなんて、殆んどなかった。
僕が誰かにしてあげられることなんて、何もないに等しかったんだお
目を開けてなお、ブーンの目には旅で出会った人々の強い眼差しが見えているような、そんな気がしていた。
たとえば、ある男性は借金を抱えていた。
その金額だけを聞けば、耐え切れずに自殺してもしょうがないと思われるような、途方もない金額だった。
それでも、彼は生きて働く道を選んだ。
借金を返したあとに、明るく楽しい毎日が広がっていると信じていた。
たとえば、ある女性は障がいを持った子どもの母親だった。
まともに言葉を理解することもできない彼を産んだ彼女は、
そのことを深く悩み、「普通の子どもに産んであげられなかった」とひどく悔やんでいた。
しかし、彼女は自らの子どもを見捨てなかった。
彼女は、自分が彼の母親であるということに誇りを持っていた。
たとえば、ある男の子は両親の離婚に、どうしていいのか分からなくなっていた。
彼が一人、公園で泣いているのをブーンは何度も目にした。
「死にたい」と言っているのも、聞いたことがある。
でも、彼は両親を恨んではいなかった。
もう元に戻らない家庭というものを恋しく思っても、もうそれが戻ってこないということを受け入れていた。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:10:39.65 ID:jVJC8ZtT0
( ^ω^) 僕が想像した以上に、人間は強かったお
色んな人たちに出会った。
善人も悪人も、潔癖な人も助べえな人も、
がめつい人も献身的な人も、寂しがり屋も他人を求めない人も、
みんな色んな良いところや悪いところを持っていた。
色んな、強さや弱さを持っていた。
そしてそれらには、どれ一つとして同じものはなかった。
( ^ω^) きみは『怪獣』になりたかったんだったおね、モララー。
そして僕は、恥ずかしいけど、きみの表現で言うなら『正義の味方』になったお
改めて口に出してみると少し恥ずかしいな、とブーンは頬をぽりぽりとかく。
( ^ω^) でもモララー、きっと僕が『正義の味方』にならなくても、
きっと誰かが『怪獣』になったきみを倒してくれたと思うお
ぱらぱらとうるさく聞こえていた雨の音が、だんだんと小さくなっていく。
もうすぐこの雨も止むのだろう、そうブーンは思った。
( ^ω^) どんな『怪獣』が現れたって、きっと人間はしぶとく生き延びるお。
どんな逆境があったって、それを乗り越える強さを人間は持ってるんだお。
この旅でいろんな人に出会って、僕はそう確信したお
雨が完全に止んだ。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:12:34.91 ID:jVJC8ZtT0
- ブーンは雨ガッパのフードをとった。
フードの頭の部分についていた水滴が、砂利の上に落ちてぴちゃぴちゃと音を立てる。
( ^ω^) モララー、僕は……僕も、見つけたんだお、『夢』
目の前の墓石は、当然のことだがうんともすんとも言ってはくれない。
それでもかまわず、彼は続ける。
( ^ω^) 僕は、誰かの助けになりたい。助けになれる人になりたい。
『正義の味方』なんて大層なものじゃなくていいお、
ただ、だれかの側にいて、それができる人で在りたい―――
少し興奮してしまったのか、息が少し途切れる。
ブーンはすっと息を吸い込むと、目の前の墓石に、その下に眠る幼馴染に言った。
静かな声で、しかし強い決意を籠めて、宣言した。
( ^ω^) ―――それが、僕の『夢』だお
相変わらず、墓石は何も答えてはくれない。
だから墓の下で眠る幼馴染が、これを聞いてどう思ったのかブーンには分からない。
それでも、ブーンは、それを彼に伝えたいと思った。
伝えなくてはならない気がした。
だから、彼は帰って来て一番にここへ来たのだ。
( ^ω^) また、ここに来るお。
僕の『夢』がどうなったのか、どうなっているのか、それを報告しに来るお。
「だから、それまでばいばいだお」そう言って再び手を合わせ、黙祷すると、
ブーンは墓地の出口に向かって歩き始めた。
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:13:19.50 ID:jVJC8ZtT0
- 墓の出口に近いところで、ブーンは見知った顔と対面することになった。
(;^ω^) お
ξ;゚听)ξ あ
片手に畳んだ傘を持った、小柄な少女。
半年近く会っていなかった恋人の姿が、そこにはあった。
(;^ω^) お、おひさしぶり、ですお……
ξ;゚听)ξ う、うん……久しぶり
少し気まずい空気が、二人の間を流れる。
旅の途中でたびたびメールのやりとりはしていた。ときどきは通話もしていた。
だがしかし、お互い顔と顔を合わせるのが久しぶりすぎて、どう接していいのかがわからない。
(;^ω^) ……
ξ;゚听)ξ ……
黙ってお互いの顔を見合う二人。すると、ブーンの顔をずっと見ていたツンがふいに微笑んだ。
ξ*゚听)ξ ……なんか、雰囲気かわったね
(;^ω^) そ、そうかお……? あ、そういえば髪とか切るお金がなかったし
ξ*゚ー゚)ξ 違うってば、そうじゃなくて……なんか、たくましくなったなってさ
(;^ω^) お?
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:14:51.94 ID:jVJC8ZtT0
- ξ*゚ー゚)ξ 聞かせてよ、旅の話
( ^ω^) おっお、それはもちろん……でも、ツン
「お参りはいいのかお?」と訊ねる彼に、「あ、忘れてた!」と、ツンは慌ててモララーの墓の方に飛んでいった。
( ^ω^)=3 そそっかしいのは相変わらずだお
くすくすと彼は笑って、そして空を見上げた。
先ほどまで雨が降っていた空は、未だに大きな雲に覆われている。
雲は上空の風に煽られ、少しずつ、少しずつ動いているように見えた。
( ^ω^) お……!
ふいに、二つに分かれた雨雲の切れ間から、太陽の光が差し込んできた。
その向こうには、雲の無い、透き通った青空が広がっている。
ふいにブーンは一年前の事件の前日、自分が今と同じように空を眺めていたことを思い出した。
自分はあのとき、一体何を思っていたのだったか……
『自分もいつか、この空のような広い心を持つことができたなら』
( ^ω^) ……
彼は少しだけ、口元を緩ませた。
目標は遠い。それが実現する日なんて来るんだろうか、そう彼は思ってしまう。
空を行く大きな一つの雲は、二つに分かれ、そして離れ始めていた。
あの雲が再び片割れに出会うのは、一体いつのことになるだろう?
―――自分の『夢』が適うころには、また出会えているのだろうか?
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:16:22.01 ID:jVJC8ZtT0
- なぜだかそんなことを考えながら、
ブーンは空に浮かぶ雨雲と、その向こうに広がる青空を眺めていた。
ξ;゚听)ξノ ごめーん、おまたせー!!
急に後ろから大きな声が聞こえて、ブーンは飛び上がった。
ふりむけば、そこには汗をかいたツンの姿。
(;^ω^) は、はやくないですかお!?
思わず敬語になりながら聞くと、ツンは少しだけ意地悪な笑みを見せる。
ξ゚听)ξ ま、ひねくれもののアイツのことだしね
「墓の前で手を合わせるよりも、本当はしたいことがあるんじゃない?」なんて、
そんなキザなセリフが聞こえた気がしたの
( ^ω^) ……おっお、まあ確かにモララーなら言いかねないお
ξ゚ー゚)ξ でしょ? 絶対天の声だって、アイツの
くすくすと笑いあいながら、二人は手をつないで歩いていく。
その二人の後ろ姿を、雲からのぞく暖かい光が、いつまでもいつまでも照らしていた。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:17:54.12 ID:jVJC8ZtT0
―――小さな『彼ら』にできるのは、本当にちっぽけなことだけに過ぎない。
大きな夢や、希望を持つ彼らが、それを実現することができるのは、一体、いつのことになるだろう?
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:18:34.20 ID:jVJC8ZtT0
J( 'ー`)し ζ(゚ー゚*ζ
しかし、それでも、彼らは戦うのだろう
( 'A`)*゚∀゚) ( ゚∀゚)
自分よりずっと大きな、理不尽や現実に立ち向かい続けるだろう
川 −-−) ……。
たとえ危機を前にした『彼らの』その手にあるのが、
ちっぽけな携帯電話だけであったとしても
( ΦωΦ)……。 vミセ*゚ー^)リ (-e-;)
きっとそんなものでさえ、『彼ら』にとっては心強い武器となりえるだろう
(*^ω^)ξ*゚ー゚)ξ
『彼ら』の持つ真の武器は―――
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:19:24.02 ID:jVJC8ZtT0
―――ちっぽけな『彼ら』の存在の、その内側にあるのだから
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/29(土) 23:22:22.37 ID:jVJC8ZtT0
( ^ω^)彼らは携帯電話を武器に戦うようです
おわり
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/30(日) 00:01:01.90 ID:lCw/ctg10
次回予告
(;^ω^) 大変だお! デレが暴走してセキラが街中にあふれ出してしまったお!!
('A`;) 数百体のTASIRO相手に戦えって!? そんなバカな!!
川#゚ -゚) まて!! ……なんだ、なにかがおかしい……!!
ξ#--)ξ 最終話で初の嘘予告とか……なに考えてんの、この作者……!!
( ∀ )
毛終割多話:「乙彼」
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