( ´_ゝ`)幼馴染のようです(´<_` )

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:05:08.24 ID:NgYc63eX0


 家が近いだけの仲。

 子供の頃は、それで十分だった。

 年が近くて家が近い。
 小さな男の子というものは、それだけのことで、自然と友達になるものだ。


2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:08:35.59 ID:NgYc63eX0

 昭和十二年。

 いま、かつて少年だった二人は立派な青年となり、
 ほこりっぽく開放的な田舎道を、連れ立って歩いていた。

(´<_` )「その縁が、まさかこの年になるまで続くとは。なあ」

 四郎が言った。

( ´_ゝ`)「…何の話だ?」

 前を歩く香澄が、振り返って言った。






( ´_ゝ`)幼馴染のようです(´<_` )

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:10:46.20 ID:NgYc63eX0

 道の先では、土地の子供たちが手製の竹馬に乗り、歓声を上げて走っていく。
 それを眺めて、四郎はにやと顔に笑みを浮かべていた。

(´<_` )「俺たちにもあんなころがあったなあ、って話だよ。兄貴」

( ´_ゝ`)「ああ。それは、そうだろう」

 香澄のほうが、四郎より一歳か二歳、年上だった。
 それで、小さい頃から、四郎は香澄のことを兄貴と呼んでいる。

(´<_` )「思い出すなあ。
     俺たちが子供の頃は、まだ東京の路地にも、こんなふうに子供たちが遊んでたっけ」

( ´_ゝ`)「ああ…」

 なつかしいような臭いがして、香澄はふと顔を上げてみた。
 路傍にはタール塗りの立派な電柱が立っていて、真新しい電線が、頭の上はるかに走っている。

 電気。
 こんなのどかな田舎には不釣合いとも思える、それは文明の象徴だった。

( ´_ゝ`)「うむ。いまやわが大日本帝国は、大きく近代化を遂げたのだ」

 いくぶん誇らしげに、香澄は言った。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:14:30.19 ID:NgYc63eX0

 秋の日がやさしく照りつける中、二人は土がむき出しの田舎道を歩いた。

 沿道に立ち並ぶ木造の民家は、田舎らしく素朴なつくりだが、
 どれもきれいに手が入れられたものだった。


 籠を背負った農夫とすれ違うとき、
 大柄な香澄は小さく会釈し、細身の四郎は元気よく挨拶を投げかけた。

(´<_` )「やあじいさん、いい天気だね」


 ところが農夫はそんな二人にじろりと奇異の目を向ける。

 警戒したような姿勢で老人は道の端に寄り、
 二人が歩み去るまで、じいっとその背中に視線を送り続けていた。


(´<_` )「なんでえ、ありゃ」

 四郎はちらりと後ろを振り返り、不満げにそう言った。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:19:41.78 ID:NgYc63eX0

( ´_ゝ`)「貴様がそんなふざけた格好をしているから、ご老人も気になったのだろう。
      こんな平和な田舎町に、変なやつが来た、とな」

 歩きながら、香澄が言った。

 四郎は白いパナマ帽に、絣の着流し姿だった。
 帯の端をちゃらりと裾に流す、ゆるい和服の着こなしだ。

 背が高く糸目の優男の容貌とあいまって、
 四郎の姿はいかにも遊び人然とした風体になっていた。

(´<_` )「ばか、違うよ。
     格好を言うなら、兄貴がそんなかたっ苦しい制服なんか着てるからだろ」

 前を歩く香澄は、四郎とは対照的な外見だった。

 大柄で肩の筋肉の盛り上がった、いかにも強そうな体格。
 そしてそれを覆うどころか、その威光をさらに権威付けているかのような、
 立派で威圧的な濃紺の海軍の制服。

 並んだ二列の金色のボタンが、香澄の鋭い目の光に、ある種の力を添えているようだ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:24:15.64 ID:NgYc63eX0

(´<_` )「やあ兄貴、川だよ」

( ´_ゝ`)「ん」

 人家が途絶えると、道と平行して小さな川が走っていた。

 流れる水は澄んでいた。
 川原の白い石は、上流らしくごろごろと大きい。

( ´_ゝ`)「…碧い、な」

 香澄は川面を眺め、言った。
 川を流れる水は、川底の白い石を通して、深い青色をしていた。

(´<_` )「ああ碧い」

( ´_ゝ`)「銅かな」

(´<_` )「かもな。アルミニウム鉱山も、近くにあるしな」

 香澄は地図鞄から地形図を取り出して、新聞のようにばさりと広げた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:29:03.04 ID:NgYc63eX0

 二人は地質学者だった。
 そして、共に海軍に所属する士官だった。

 海軍、といっても、軍艦に乗るだけが仕事ではない。
 遠く離れた地に学者を派遣し、さまざまな観測を行うことも、重要な任務の一つだ。

 彼らは海軍省直属となる、地図情報を扱う部署で働いていた。

 韓国、台湾、満州、南洋諸島…
 二人は何度も海外に出かけては、資源探査の調査行を行ってきた。

 資源を持たない大日本帝国にとっては、自国の領土内に金属や石油の鉱脈を探すことは、
 最も優先すべき課題だったのである。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:32:08.83 ID:NgYc63eX0

 それが、次の調査地は、国内だと告げられたのだ。

( ´_ゝ`)「…岡山?」

(,,゚Д゚)「そうだ。正確には鳥取との県境だがな」

( ´_ゝ`)「次の任地は、内地なのですか?」

(,,゚Д゚)「そうだ」

 不思議そうな顔をする香澄に、基地の擬古司令官は言葉を継いだ。

(,,゚Д゚)「菅野。わが内地といえど、地質学者の目が及んでいない地はまだまだ多く眠っとる。
    昭和も十年以上経った現代といえど、わが国にはまだまだ宝の山があるのだ」

( ´_ゝ`)「はっ」

(,,゚Д゚)「お前と多々良のコンビは、外地での鉱物探査では、ずば抜けた成績を残しとる。
    その腕前を買われて、今回は、上層部じきじきにお前らへのご指名があったのだ」

 司令の言葉に、香澄は手元の命令書に視線を落とした。
 軍令部本部長という署名とともに、
 菅野香澄、多々良四郎、と、命令書にはたしかに名指しがあった。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:35:24.33 ID:NgYc63eX0

(,,゚Д゚)「東京帝大で地質学を修め、現役の海軍士官として活躍中のお前らだ。
    二人は幼馴染なんだってな。それに、二人とも華族の出だ。
    重要な任務を任されるのに、経歴としてはこれ以上の物は無い。
    お国のために、しっかりとがんばってくれよ」

( ´_ゝ`)「はっ」

 香澄は不動の姿勢を取り、敬礼した。

( ´_ゝ`)「それで、任務ですが…?」

(,,゚Д゚)「うむ。これだ」

 擬古司令はデスクの上に大きな地図を広げた。
 それから声を落として、言った。

(,,゚Д゚)「これから俺が言うことは、部外秘だ。それも、極秘の軍機だ。」

 香澄の顔に、緊張が走る。

(,,゚Д゚)「いいか。誰にも言うな、聞かれるなよ」

 確認するように擬古司令は言うと、指を地図上の一箇所に滑らせた。

 岡山県と鳥取県の県境、深い山の中、
 司令の指の示す先には、「人形峠」という地名が、小さく書かれていた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:40:01.48 ID:NgYc63eX0
――――――


(´<_` )「なあ。なあ、兄貴」

 地形図に見入っていた香澄は、四郎の声で我に返った。

( ´_ゝ`)「なんだ」

(´<_` )「今日はそろそろ旅をやめにして、宿を取ろうぜ」

( ´_ゝ`)「なっ…。
     ばか、まだ四時を回ったくらいではないか。こんな早い時間から休む気か、怠け者め!
     いいか四郎、前線で頑張っていらっしゃる将兵さんはなあ」

(´<_` )「でもさ」

 四郎は西の山を見やった。香澄も四郎の目線を追った。
 太陽はもう既に、山の端すぐ上にまで沈んで来ていた。

( ´_ゝ`)「む」

 すぐに辺りは、薄暗くなるだろう。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:41:45.94 ID:NgYc63eX0

 夕日を見て黙った香澄に、四郎は勝ち誇ったように言った。

(´<_` )「ほら見ろ。
      日が暮れちまっちゃ、せっかく見つけられるはずだった鉱物だって素通りしかねんぜ、兄貴。
      秋の日はつるべ落とし、ってんだ。ましてこんな山間部ではな」

( ´_ゝ`)「う、うるさい。山間部の落日が早いなどというのは、地勢学の常識だ」

(´<_` )「だったら、次の宿場で宿を取るの、決定な。いいだろ?」

( ´_ゝ`)「……」

 香澄はしばらく口を閉じていた。
 だがどうにも、返す言葉が見つからなかった。

 四郎は口が上手く、調子がいい。
 どちらかといえば頭を使うより体を動かすほうが得意な、朴訥で実直な性格の香澄は、
 いつもこうして四郎の口八丁に言いくるめられてしまうのだった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:47:21.68 ID:NgYc63eX0

 落日前に、二人は国道沿いの宿に入った。
 木造二階建ての小さな旅籠だった。

(´<_` )「んじゃ、ちょっと…」

 部屋に落ち着くなり、四郎は腰を上げた。

( ´_ゝ`)「どこへ行く」

(´<_` )「へへ、ちょっと外で、飯を」

( ´_ゝ`)「悪所通いはならんぞ。俺たちは軍務で来てるんだ」

(´<_` )「あ、悪所だなんてとんでもない。
     ただ、そのう、ちょっと酒が出て、綺麗なねーちゃんもいて、そんな店に行きたいなあと」

 それを悪所というのだ、などというわかりきった小言をそれ以上言う気にもなれず、
 香澄はうんざりという顔をした。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:53:38.82 ID:NgYc63eX0

 宿から表通りに出た四郎を、香澄が追いかけてきた。

(´<_` )「なあんだ、兄貴も来るのかい。
      やっぱ色の白い女は良いよな、へへへ」

( ´_ゝ`)「バカ。お前を一人にすると何をするかわからんから、仕方なく付いていくのだ」

 通りの砂利道を、薄暗い電気街灯が照らしていた。
 山間の小さな町とはいえ、ここにはすでに電気が通っているのだ。

 町の中心の通りをしばらく歩いて、二人は一軒の酒場に入った。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、いらっしゃい」

(´<_` )「こんばんは。初めてですけど、いいかい?」

ζ(゚ー゚*ζ「どうぞどうぞ。
       …そちらの軍人さんは、お連れ様?」

(´<_` )「うん、俺の兄貴分さ」

 気楽にホステスと話をする四郎とは対照的に、
 香澄はその大きな図体をしゃちほこばらせて、入り口ドアの前に立っている。

 彼はどうにも軟弱な雰囲気のところは苦手だし、それに、女と話すのはもっと苦手だったのだ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 22:57:02.59 ID:NgYc63eX0

ζ(゚ー゚*ζ「どうぞこちらへ」

 華やかな雰囲気のホステスは、「礼」と名乗った。
 彼女は二人を奥のソファに通し、自分はいったんカウンターの奥に引っ込んだ。

(´<_` )「兄貴、いい店じゃないか。
      あのホステスは、こんな田舎町にゃ勿体無い女の子だな」

 四郎は小声で、隣に座った香澄に言った。

( ´_ゝ`)「だ、黙れ。何がいい女だ。
      だいたい貴様、神聖なる軍務出張を何と心得…」

ζ(゚ー゚*ζ「おまたせっ」

 突然後ろから甘い声をかけられて、香澄はびくんと身を強張らせた。

ζ(゚ー゚*ζ「隣、いいですか?」

 礼はにこやかに香澄に尋ねる。
 だが、香澄の顔は強張ったままで、目はあらぬ宙を泳いでいる。

ζ(゚ー゚*ζ「?」

(´<_` )「あー、ねえ礼ちゃん、ごめんだけどこっちに来てくんない?」

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

 氷と洋酒を持った礼は、香澄のそばを離れ、四郎の側に腰掛けた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:01:08.46 ID:NgYc63eX0

 店は、田舎町にある酒場としては、比較的大きなものだった。
 カウンターが八席ほどと、テーブルが三卓。

 酒場の常である、薄暗い照明と、立ち込めるもうもうたる煙草の煙。
 妖しげな赤い内装と雰囲気の中で、優美なドレスを着た女たち。
 レコードからはオペラであろうか、楽しげな管弦楽が静かな音量で流れている。


ζ(゚ー゚*ζ「いまお飲み物をお造りしますね。水割りでいい?」

(´<_` )「うん、二人ともそれで」

 礼は、ホステスの中で、いちばん年も若いようだ。


 店は繁盛していた。
 カウンターでは、常連と思われる数人の男たちをママが相手していた。
 テーブルにも、顔を赤くした田舎の紳士たちが、だみ声を上げて笑っていた。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:04:19.43 ID:NgYc63eX0

 礼が作ってくれた水割りを、四郎は一気にぐいっと半分かた空けた。
 香澄は両手でグラスを持ったまま、口もつけずに固まっている。

ζ(゚ー゚*ζ「旅の人?」

(´<_` )「ああ、ちょっと仕事でね。俺は多々良、この兄貴は菅野」

ζ(゚ー゚*ζ「ふーん。多々良さんに、菅野さんかー。
      お兄さんたち、変わった二人組みよね。軍人さんと…えーと…」

(´<_` )「あ、ごめん、俺も軍人」

ζ(゚ー゚*ζ「えーっ? うそーっ!」

 礼は四郎のゆるい着流しを見て、若い娘らしい頓狂な声を上げた。

 たしかに四郎の格好は、見ようによっては流れの博徒のように見えなくも無い。
 すくなくとも軍人などという固さの極みにあるような職業とは、
 はるか遠いところにあるように見えることは確かだ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:07:11.78 ID:NgYc63eX0

ζ(゚ー゚*ζ「多々良さん、ぜんぜん軍人に見えなーい!」

(´<_` )「ははは。じゃあ何に見える?」

ζ(゚ー゚*ζ「んー。そうねー。流れの色男っていうか、優男っていうか」

(´<_` )「優男かー。へへへ」

( ´_ゝ`)「お、おい四郎、貴様何を喜んでいるのだ。
      優男に見えるような格好で外を出歩いて、帝国軍人として恥ずかしいとは思わんのか!」

 と、口を挟んだ香澄だが、

ζ(゚ー゚*ζ「あっごめんなさい! 菅野さん、私、変なこと言って…」

 礼に直接に謝られて、

( ´_ゝ`)「いいいいいいいいや、貴様…いやその貴君…あなたに怒ったわけじゃその…あの」

 狼狽するさまを、四郎はいつものにやにや顔で眺めていた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:12:23.96 ID:NgYc63eX0

(´<_` )「それにしてもいい店だね、ここ」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございます」

(´<_` )「趣味がいいよ。
     内装も落ち着いてるし、かかってる音楽もさ…」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、嬉しいな。いまかかってる音楽は、私の趣味なの」

(´<_` )「へえ、礼ちゃんはこれ好きなのか。
      Ein Madchen oder Weibchen...」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ、ご存知なの…! すごーい…!」

 低く歌うように外国語をつぶやいた四郎に、香澄が言う。

( ´_ゝ`)「おい四郎、何だそれは。独逸語か。
      <娘か、あるいは嫁か>? どういうことだ」

(´<_` )「はは、さすが兄貴。歌は知らなくても独逸語はわかるんだな」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:16:13.52 ID:NgYc63eX0

ζ(゚ー゚*ζ「…すごーい。二人とも独逸語ができるんだ……」

 礼は口元に手をやって、しきりに感心している。
 商売がらの客を褒めるポーズなのか、本心から驚いているのか、それはわからない。

(´<_` )「ま、この兄貴は歌のほうはからっきしなんだけどな」

( ´_ゝ`)「う、うるさい。俺は貴様と違って、遊び呆けてはいないのだ。
      貴様は学生時代には授業にも出ず、音楽だ演劇だと遊びまわってばかりおって。
      この痴れ者が」

(´<_` )「なんだい、兄貴だって柔道部に出ずっぱりで稽古してたじゃないか。お互い様だ」

( ´_ゝ`)「う、そ、それは、個人戦全国制覇四連覇がだな…」

 しどろもどろで反論する香澄に、礼がころころと笑った。

ζ(゚ー゚*ζ「仲良しなのね、お二人さん。古くからのお知り合い?」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:18:39.21 ID:NgYc63eX0

 口げんかの興奮と礼に笑われた恥ずかしさで顔を赤くした香澄が、
 話を逸らそうと、言った。

( ´_ゝ`)「お、おい、結局さっきの独逸語は何なんだ?」

 香澄の問いに、礼と四郎は顔を向かい合わせ、おかしそうに笑った。

ζ(゚ー゚*ζ「歌劇です。歌劇の一節なの」

(´<_` )「わが国じゃ『魔笛』なんて訳がついてるな」

( ´_ゝ`)「ああ…」

 それなら、香澄も聞いたことがある。モーツァルトの歌劇だ。

( ´_ゝ`)「今かかってる曲が、その『魔笛』ってやつか」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:24:47.94 ID:NgYc63eX0

ζ(゚ー゚*ζ「私、この春まで、京都の音楽学校に行ってました」

( ´_ゝ`)「へえ…」

 それでこんな難しそうな歌劇のレコードを、と香澄は得心した。

(´<_` )「ああ、道理で。その服も都会で買ったものでしょう。
     礼さん、美人だし、服の着こなしもどこか垢抜けてると思ってたんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら。お上手」

 礼は嬉しそうに言った。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたも、歌を歌うの? 多々良さん」

(´<_` )「いやあ、いたづら程度です」

ζ(゚ー゚*ζ「ご謙遜を。歌われるのですね、この歌劇を知ってらっしゃるくらいだもの。
       じゃあ、次の曲、一緒にどうですか?」

(´<_` )「恥ずかしい声ですが、あなたのような美しい人と共になら、喜んで」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:27:37.03 ID:NgYc63eX0

 四郎は礼に手を引かれ、酒場の一角にしつらえられてある、小さな楽団用の舞台に立った。
 いくつか楽器が置いてあるが、楽団は今日は休みのようだ。

 レコードが前奏を奏で始めた。

 最初は、礼の歌う箇所だ。
 舞台の上の礼は大きく息を吸って、美しい顔を上げ、構えを取った。
 そして、歌が始まった。

( ´_ゝ`)(…ほう)

 席に座ったままの香澄は、ひとり、心の中でうなった。

 音楽学校を出ていると言うだけのことはある、見事な歌声だった。
 礼の声は、鈴のように可憐だった。
 決して音量は大きくないが、伸びやかで優しい声は、耳に心地よかった。

 続いて四郎が歌う場所だ。

 香澄は、四郎の歌は聞きなれていた。
 風呂に入ったり酒を飲んだりして調子がよくなると、いつも四郎は歌いだすのだ。

 華やかなテノール(男声高音)で、張りのある硬質の声。
 長年放蕩の遊び三昧をしているだけあって、歌唱技術は確かなものだった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:31:52.37 ID:NgYc63eX0

 香澄はふと気づいた。
 舞台で四郎の隣に立つ礼が、熱のこもった視線で四郎を見ている。

( ´_ゝ`)(…まあ確かに、あいつの歌声には、魅力があるんだろうな。
      聞きなれた俺にとっては、ただの四郎の声に過ぎないんだが)


 曲が終盤に近づき、女声と男声の二重唱の部分に差し掛かった。

 礼が歌う。四郎が歌う。
 押さえた二人の歌声が重なり合い、夜の酒場に、倍音の響きが美しく篭る。
 そして、歌が終わった。


 途中から二人の歌を聞き込んでいた客たちが、席に戻る「歌手」たちを拍手で迎えた。

 もっとも、

「礼ちゃん、今日も綺麗だったよ!」
「いつ聞いても礼ちゃんの歌は最高だねえ」

 酔っ払いたちの賛美の声は、礼にのみ向けられたもので、
 舞台上で礼といちゃいちゃ一緒に歌っていた四郎に向けられた目は、
 むしろ冷たく、敵意に満ちたものだったのだが。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:34:09.50 ID:NgYc63eX0

 簡単な食事をとった後も、礼と四郎は話し込んだ。
 時折楽しげに二人は笑うが、香澄はその隣で体を硬くして座っているばかりだった。


 時計が十一時を回ったあたりで、香澄はやおらに立ち上がった。

( ´_ゝ`)「帰るぞ」

(´<_` )「え、ええっ!?」

( ´_ゝ`)「ええじゃない。時計を見ろ。何時だと思っている」

(´<_` )「まだ日のうちじゃんよー」

 赤い顔をしてごねる四郎の腕を、香澄はぐいと引っ張って立たせた。


ζ(゚ー゚*ζ「あら、お帰りですか?」

 酒でほんのりと頬を染めた礼が、上目遣いに香澄を見上げた。

( ´_ゝ`)「あ、え、う、うむ」

 香澄はしどろもどろに目を泳がせ、財布から一円札と十円札を何枚か重ねて取り出し、
 押し付けるように礼に突き出した。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:35:52.42 ID:NgYc63eX0

( ´_ゝ`)「ほら行くぞ。不良め」

(´<_` )「いててて待ってくれよ兄貴。
     ま、また来るね、礼ちゃーん」

 香澄に引きずられながら、礼に手を振る四郎。

ζ(゚ー゚*ζ「きっと、また来てくださいね」

 名残惜しそうにドアのところまで見送りに来る礼。
 二人を引き剥がすように、香澄は酔っ払った四郎を引きずって、帰っていった。

( ´_ゝ`)(なんか、俺、悪者みたいじゃん…)

 心の中でちょっぴりそう思いながらも、香澄は繁華街を離れ、夜の通りを歩き出した。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:43:05.21 ID:NgYc63eX0

 宿までの道は真っ暗だった。
 街灯は夜十時で消灯するよう、軍令部からの通達が出ているのだ。

 この時代、大日本帝国は、中国とそれを裏で操る西洋列強と、宣戦布告無き戦争をしていた。
 電気は、貴重な資源だった。

(´<_` )「ちぇっ、しみったれ軍令部め。街灯くらい終夜点けとけってんだ」

( ´_ゝ`)「こら貴様、ばかなことを言うな。贅沢は敵だぞ」
 
(´<_` )「てやんでえ、贅沢は素敵だっ…あでで!」

 香澄は掴んでいた腕をひねり上げたので、四郎が悲鳴を上げた。

(´<_` )「い、痛えじゃねえか、兄…」

 振り返って四郎は言ったが、その言葉は途中で止まった。
 二人の背後、薄暗い夜道に、ぬうっと男たちが現れていたことに気づいたからだ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:46:42.72 ID:NgYc63eX0
  _
( ゚∀゚)「よう、あんたら。
    天皇陛下の軍人様が、こんな町までやってきて、なにしてる。聞いてもいいかね」

 夜の暗がりの中に立ったその男は、巨体で、彼といっしょに五、六人の若者が立っていた。

( ´_ゝ`)「ん、だめだな。その質問には答えられない」
  _
( ゚∀゚)「なにい?
    俺たちはこの町のもんだ…てめえら、この町に黙って入り込んだくせに、
    この町に何をしにきたかは答えられないってか?」

(´<_` )「あっ、てめえら。
      ひょっとしてさっきの酒場の…」

 暗がりに慣れてきた四郎と香澄は、男たちの正体に気が付いた。
 さっきの酒場にたむろしていた客たちだ。

(´<_` )「おい、俺たちの跡をつけてきやがったのか?」

 四郎が男の前に立ち、挑むように言った。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:52:54.34 ID:NgYc63eX0

 いきりたつ四郎を香澄が抑えて、

( ´_ゝ`)「俺たちは任務で来ている。だから、質問には答えられない」

 と、男たちに静かに答えた。
  _
( ゚∀゚)「ああ? 任務? 任務って、女あさりのことか?」

 男がばかにするように言い返した。
 香澄は体をこわばらせた。

( ´_ゝ`)「貴様、黙れ」
  _
( ゚∀゚)「あ? ヘボ軍人が威張るんじゃねえよ。
    金ぴかの服を着てるからって、俺たちの礼ちゃんに手を出して、ただで済むと思うなよ」

 男は言って、じり、と香澄に近づいた。
 そして、男の唇がゆがんで、嘲笑が浮かんだ。
  _
( ゚∀゚)「おまえら軍人は、男ばっかりの世界で、女なんかいらねえんだろ?
     え、『仲良し男』の二人組みさんよ?」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/07(土) 23:57:30.46 ID:NgYc63eX0

 四郎のこぶしが男の顔にめりこんだ。
 男はよろめき、ニ、三歩さがり、うめいて鼻を押さえた。

 血が、べっとりと男の掌についていた。 

(;´_ゝ`)「お、おい四郎!」
  _
( ゚∀゚)「てめえ…やんのかコラ」

 男はうなり声を上げると、懐から白鞘の短刀を取り出し、刃を抜いた。
 口々に叫ぶ若者たちが同じように獲物を取り出すと、二人の後ろをとりかこみ、身構えた。
  _
( ゚∀゚)「ぐるぁあ!!! かかって…」


 だが、男の言葉は途中で途切れた。
 四郎が、手に拳銃を握っていたからだ。


(´<_` )「相手を見ろよ、兄ちゃん…言っていい冗談と悪い冗談ってのがあらあな」

 銃口をぴったりと男の額に向け、四郎が押さえた声で言った。
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( ;゚∀゚)「く…」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/08(日) 00:03:02.70 ID:4ho1k8VB0
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( ;゚∀゚)「く、くそ…この町では背中に気ィつけろ、おめえら! 覚えてろよ!」

 男は怒鳴って、身を翻して駆け去っていった。
 後ろにいた若者たちも、口々にののしり言葉を叫びながら、そのあとを追っていった。


 男たちの姿が消えてから、四郎は拳銃を懐に戻した。
 そして、片頬を上げて、にやりと笑った。

(;´_ゝ`)「…おい四郎。
     軍人がやたらと民間人を脅しつけるのは、いかんぞ」

 不敵な笑みを浮かべた四郎を見て、香澄が言う。

(´<_` )「あいつら、兄貴の軍服を侮辱したんだ。どうしようもなかったんだ」

 四郎が答える。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/11/08(日) 00:08:41.03 ID:4ho1k8VB0

(´<_` )「にしてもよう。情けないやつらだぜ」

( ´_ゝ`)「ん?」

(´<_` )「あいつら、ちょっと女を取られたくらいで逆恨みしやがって。
     女のことくれえであれだけ必死になるなんて、優男ってやつぁ、これだから」

( ´_ゝ`)「優男、ね…」

 香澄は溜め息をついて、宿への道に再び向き直った。

(´<_` )「何だい兄貴、そのため息は」

( ´_ゝ`)「貴様はだな、その…。鏡を見たほうが良いのではないか」

(´<_` )「何だよ、鏡なら見てるさ。毎朝半時間はかけて、髪の毛を整えてる」

( ´_ゝ`)「はぁ…」

 それを優男というのだ、などというわかりきった小言を言う気にもなれず、
 またも香澄はうんざりとため息をついた。

 二人が宿に帰りついたのは、もう日も変わってからのことだった。




第一話おわり


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