- 5 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 00:59:09.75 ID:+0gWhi7vO
- 生まれて二度目の船旅。
それは、僕と老年の船頭さんだけの、さびしいものだった。
船頭さんは、その歳に似合わずガタイがよく、また力強かった。
これが海の男か。
そんな雰囲気で感じさせるものがあった。
「いやー、精霊神様の使い方のお手伝いが出来るなんて、今まで生きててよかったですわい」
(;^ω^)「そうですかお……。それはそれは」
「まぁ、波も今は大人しいですし、ゆっくりしてくださいな」
そしてやけに饒舌である。
先程などは釣りをしてみるかなど聞かれた。
マイペースな方だとも思った。
いや、もしかしたら僕を励ましてくれてるのかもしれない。
そう思うと、自然と笑みが零れた。
今は、僕に味方してくれる全ての人に感謝でいっぱいだった。
今は、船頭さんの言う通り、ゆっくりしていよう。
- 6 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:00:15.12 ID:+0gWhi7vO
- しかし、すぐにそうも言っていられなくなった。
「精霊神の使い様! これからちっとばかり荒れますぞ! 近くのものにしがみついてくだされよ!」
船室でゆっくりしてる僕に、外から船頭さんの声が届いた。
何かと外を覗いて見れば、空は暗く、雷光が照らしていた。
間違いない。嵐だ。
この船で耐えられるのだろうか、少し心配だが、ここは船頭さんを信じる他ない。
僕はすぐに扉を閉め、部屋の中央にある柱にしがみついた。
保険として、自分と柱を、蔓で縛った。
これなら大丈夫だろうと、迫る嵐に備えた。
- 8 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:02:03.85 ID:+0gWhi7vO
- 嵐の攻撃は、いきなり始まった。
主な攻撃としては、船全体が前後左右、上下に揺れに揺れた。
それも嵐に入る前のゆったりとした感じではない。
まるで船というボトルを振るかのごとく揺れた。
蔓のおかげで、僕はなんとか柱にしがみついていられるが、馬は既に転んで、起き上がれない状況にある。
(;^ω^)「ウップ……」
更に閉口したのが、酔いだ。
そんな風に揺らされるから、僕は強烈な吐き気に耐え続けなければならなかった。
しかし、それに耐えるどころか、外ではこの揺れに加えて、窓を見る限り横殴りの雨と、そうなる程の風を受けながら舵を取る船頭さんは大丈夫なのかと心配した。
「ワッハッハッ……! なかなか楽しませてくれるのぅ!」
どうやら心配するだけ無駄だったようだ。
外の風雨の暴音をかき消すかのように、彼の楽しむ声が聞こえた。
- 9 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:02:53.42 ID:+0gWhi7vO
- しかし、彼のその余裕も、すぐに消えたようだ。
「ぬおっ! 渦潮か!」
その言葉と共に、船体が僅かに傾く。
どうやら渦潮の中に入り込んでしまったらしい。
「ぬおおおぉぉ!」
船頭さんの声が聞こえる。
どうやら脱出しようと必死のようだ。
こんな時、自分に力があれば……。
僕は自分の非力さを怨んだ。
イヨウさんの村の時だってそうだ。
デレの力がなかったら、どうにもならなかった。
それに、その後も、彼女からもらった力で救助した。
そう。僕自身、何もしてなかったに等しいのだ。
( ω )「くそぅ……」
噛んだ唇からは、僅かに鉄の味がした。
- 10 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:04:11.96 ID:+0gWhi7vO
- 「くぅぅぅ! わしゃ負けんぞ! 精霊神様の使いの方を乗せてるんじゃ! そう簡単に負けてなるものか!」
船頭さんの声が響く。
精霊神の使いか。
仮にも精霊神の使いと言われてる僕が、こんな情けないことでいいのか?
いや、僕にも出来ることはあるはずだ。
僕は体を縛る蔓を外し、勢いよく船室を飛び出した。
外は更に酷い揺れで、気を抜けば海に投げ落とされそうだ。
窓から見ていた以上に、激しい風雨が僕に襲いかかる。
だけど、このままおめおめと船内にいるのは、僕自身が許さない。
僕は、船縁にしがみつきながら船頭さんの元へ向かった。
「精霊神の使い様! 危ないですぞ! 部屋にお戻り下さい!」
( ^ω^)「僕も、僕も何か手伝わせてくださいお!」
「そんな事はさせられませぬ! ここは儂に任せて……」
- 12 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:05:59.00 ID:+0gWhi7vO
- と、ここで更に船が揺れた。僕だけでなく、舵を取っていた船頭さんも、足を取られて転んでしまった。
(;^ω^)「危ない!」
咄嗟に船頭さんに駆け寄る。
直後、今度は反対方向に船が揺れた。
全てがスローモーションだった。
その中で分かることは、僕の体が完全に宙に浮いていたことだけ。
抵抗も出来ず、船縁にぶつかることもなく、僕は船から投げ出されていった。
水で体を強く打った。
その痛みを感じる暇もなく、強烈な流れに巻き込まれ、僕はまるで洗濯機で洗われる服のように、水中で振り回された。
(;゚ω゚)「ガボガボ……」
呼吸が出来ない。
完全に僕はパニックに陥っていた。
必死にもがくが、水面に出ることさえ叶わない。
やがて、視界が段々と暗くなっていくのが分かった。
ああ……僕はこんな所で、死ぬ……のか……。
- 13 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:07:05.96 ID:+0gWhi7vO
- 僕は落ちていた。
いや、落ちているのかも分からない。
ただ、重力を感じないのは事実だ。
僕は、死んだのか?
それさえ、分からない。
周りは暗闇に包まれて、僕が立ってることすら分からない。
ξ゚听)ξ「内藤」
( ^ω^)「……ツン?」
('A`)「おい、内藤」
( ^ω^)「……ドクオ?」
「内藤ー」
「内藤くん」
( ^ω^)「みんな……?」
僕を呼ぶ声と共に、クラスメイトが皆暗闇から現れだした。
しかし、皆僕からある程度距離をとっていた。
まるで、僕が見世物のように。
- 14 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:08:13.67 ID:+0gWhi7vO
- ξ゚听)ξ「内藤は、誰?」
(;^ω^)「?」
('A`)「お前は、人か?」
不意に投げ付けられた質問。
変な問いだと思った。そんなこと、聞かれずとも決まってる。
( ^ω^)「僕は、人間だお! 」
「嘘だ」
「違うね」
次々に湧きあがる否定の声。
そんなことはない! 僕は、僕は人間だ!
そう言っても、誰も聞いてくれない。
否定の声は止むことはなかった。
- 15 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:10:01.95 ID:+0gWhi7vO
- そして、中でも最も僕の親しい、所謂親友の二人が、否定の声の中で、気味の悪い笑みを浮かべながら言った。
ξ゚∀゚)ξ「じゃあ、それは何?」
('∀`)「その手は何だ? そもそも、それは手か?」
その声に合わせるように、皆がある場所を指差した。
その先を見れば、僕の左腕は、僕の腕ではなく、蠢く蔓の触手と化していた。
(;゚ω゚)「う、うわあああ!」
ξ゚∀゚)ξ「クスクス、どうしたの? それもあなたじゃない」
「あはは……」
「あはははは……」
(;゚ω゚)「や、やめるお! 笑うなお!」
「あはははははははははははははははははは」
- 17 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:10:54.86 ID:+0gWhi7vO
- (;゚ω゚)「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
笑いゴエのなカデ 何カ ヒビ割レた オトがしタ
- 18 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:12:15.78 ID:+0gWhi7vO
「ブーンさん!」
その時だ、後ろに聞き慣れた叫び声がしたのは。
その声は、僕の心を安らげるだけでなく、僕の後ろから辺りを照らし出した。
そしてその光は、照らす先にいたクラスメイトを、黒の粒子へと消していった。
ああ、その声は……。
- 20 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:13:50.18 ID:+0gWhi7vO
- ( ^ω^)「……お」
「精霊神の使い様! お気付きになりましたか!」
目を覚ますと、眼前には舵を取りながら僕の顔を覗き込む船頭さんの姿があった。
( ^ω^)「あれ、僕は……確か?」
上体だけを起こして、周りを見た。
僕は船から落ちたはず。
それは間違い無いはずなのに、一体何故?
「いやはや、この儂も肝を冷やしましたぞ。
腕から出てた蔓がなかったら今頃どうなっていたやら……」
その言葉に反射するように左腕を見た。
全く記憶に無い。そんなことをやったということすら。
- 22 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:15:14.20 ID:+0gWhi7vO
「ブーンさん!」
ふと、あの声を思い出した。
まさか……デレ、君なのか?
そう呟くように、彼女に問い掛けても何の反応も無く、腕輪の宝石の輝きは失われたままだった。
何にせよよかったと、剛毅な笑い声を上げながら船頭さんは舵を取り続ける。
揺れに耐えながら立ち上がり、船の先をみると、少し先にはもう青空が広がっていた。
じきに、嵐を抜けるだろう。
- 23 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:17:09.79 ID:+0gWhi7vO
- 嵐を抜けて、船の揺れも、頬に当たる強烈な風雨も止み、一息つけると、そう思った時だ。
突如、近くでいくつかの水柱が上がった。
その衝撃でまた船が揺れ、僕は尻餅をついた。
今度は何だと、慌てて辺りを見回す。
見つけた。
まだ多少ながら距離があるが、船の西側に巨大な船があった。
その側面には、先程の水柱の原因であろう、数門の大砲が連なっていた。
どうして僕がここにいるか、そんなこと知る由もない。
が、大体は分かる。ほぼ間違いなくあれは追っ手だ。
その証拠に向こうの船の帆には、VIPの国旗である紋章がここからでもはっきりと見えた。
きっと僕の国外逃走を恐れてるのだろう。
その軍船は僕達の行く手を遮るように回り込んで、停船した。
- 24 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:18:10.75 ID:+0gWhi7vO
- (’e’)「そこの船、止まりなさい」
軍船の上から、一人の男が現れた。
派手な軍服を着込んでる。
僕にも分かる。いかにも自己顕示欲の強そうな人間だ。
(’e’)「王女様はどこですか? 正直に言えば命だけは助けてあげましょう」
( ^ω^)「さあ? 何のことやらサッパリだお」
実際知らないし、濡れ衣だし、こちらとしてはいい迷惑である。
(’e’)「口を慎みなさい。
あなたはこの私の前にいるのですよ。
それとも、国賊となると礼儀も知らないのですか?」
- 25 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:19:14.46 ID:+0gWhi7vO
- _,
( ^ω^)「……」
ここまで言われると、流石にカチンときた。
勝手に国賊扱いされた上に、ここまで言われるとは、酷い話だ。
というか、誰だよあんた。
(’e’)「まぁ、いいでしょう。
あなたは、私の栄光のためにも、ここで死んでいただきますので」
こっちの言い分も聞かず、彼は勝手に喋って勝手に決め付けた。
……そうか。そっちがその気なら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらおう。
本当は、やりたくは無かったのだが。相手があれじゃ仕方ない。
(’e’)「あの人には、そうですね……王女様はお救い申し上げようとしたが、あなたが火を放ち、その船が炎上した。
結局、王女の御身も、海に消えたという話にしましょう」
- 26 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:20:35.98 ID:+0gWhi7vO
- こいつ……王女もいるかも分からないのにまとめて殺す魂胆か。
よし、決めた。もう彼に容赦をする必要はないし、する気も失せた。
( ^ω^)「船頭。火を頼むお」
「へ、へいっ!」
出来るだけ、威厳を持たせてそう言った。
それを見て、船頭さんは僕を恐れるかのような視線を送って、中に走り込んだ。
今は、その対応が逆に有り難かった。
(’e’)「? あなた、何をする気です?」
( ^ω^)「黙れ下郎」
彼の言葉をバッサリと切り捨てた。
ここからが正念場だ。
僕の力はもちろん、演技力が試される。
絶対に失敗は出来ない。
- 27 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:22:02.06 ID:+0gWhi7vO
- (’e’)「なっ、私に対して、下郎……?」
( ^ω^)「精霊神様の使いであるこの私に、先程からの無礼な振る舞いに続きその不埒な考え、万死に値するお」
そう言いながら、イメージを膨らませる。
複雑な形だ。出来るだけ、出来るだけ鮮明に。
( ^ω^)「よって、この場において、精霊神様の名の元に貴様を処断するお」
「精霊神の使い様……どうぞ、こちらになります」
丁度その時、船頭さんが松明を恭しく差し出してきた。
それを受け取って、そいつを睨み付ける。
- 28 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:23:26.47 ID:+0gWhi7vO
- 「あの、セントジョーズ様……。儂から申し上げますと、今の内に謝られた方が……」
(’e’#)「お黙りなさい。この私にそれだけ言うとは、いい度胸です。
さあ、その松明で何が出来るのか、楽しみですよ」
彼の言葉には明らかな怒気が含まれていた。
だけど、こっちだって相当頭にきてるんだ。
すぐにそう言ったことを後悔させてやる。
船首に立ち左手を突き上げる。
この後のためにも、少し軍船に向けて傾けるのも忘れない。
( ^ω^)「覚悟するお」
松明を左手に当てる。
肉が焼ける匂いと、身を燃やす熱さが僕を襲うが、それに必死に耐える。
大丈夫。今だけだ。
だから、絶対に辛そうな顔はするなよ、僕。
- 30 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:24:28.07 ID:+0gWhi7vO
- そして、イメージを具現化する。
イメージしたのは、巨大な扇だ。
蔓を骨、蔦を紙代わりにしたそれは、僕の左腕からあっという間に全体に燃え広がり、緑の扇はすぐに炎の壁と化した。
( ^ω^)「燃え尽きろ」
そう言い放って、腕を振り下ろす。
炎の壁は、初めはゆっくりと。しかし、やがては重力に従った勢いを持ち、軍船を包み込んだ。
向こうの船も、木で出来ててよかったよ。
じゃなかったら、ちゃんと燃えなかったもの。
( ^ω^)「……」
前から聞こえる幾つもの悲鳴と断末魔を耳にしながら腕の炎を消した。
あえて見てはいないが、後ろからは、さっき以上の視線を感じる。
だけど、その視線は正しいのかもしれない。
だって今のこの気持ちは、正にそれに相応しいもの。
僕は、化け物だ。
- 31 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:26:31.84 ID:+0gWhi7vO
- 炎に包まれたそれは、しばらくの間燃え続けた後、水中に沈んだ。
果たして向こうの船の生き残りはいるだろうか。
だとしたら、彼以外には罪はないし、見殺しにするつもりもない。
僕は、船頭さんに付近を見回る様頼んだ。
彼は強張った声だが、了解してくれた。
自業自得だが、当初と違うその反応には軽く傷ついた。
そして、居づらい。
多分だが、二人きりが嫌なだけなのかもしれない。
その考えに行き着くと、自分の身勝手さに自己嫌悪を覚えた。
結論を簡潔に言うと、一回りしてみたが、結局生存者は見付からなかった。
仕方ないが、ここにとどまってももう意味がないだろう。
それに、また新手が来ないとも限らない。
僕は、船頭さんに先に行って貰うよう頼んだ。
- 32 名前: ◆F3K21PdX56 投稿日:2009/06/01(月) 01:29:17.24 ID:+0gWhi7vO
- 本当はこれでよかったのか?
実はもっといい方法があったのかもしれない。
そう考えれば考える程、頭は混乱した。
今の僕には分からない。何が正しくて、何が間違っていたのか。
腕輪にも、海にもその疑問を問い掛けてみたが、当然答えは帰って来なかった。
第十一話――己の罪――
完
第一二話に続く→
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