( ^ω^)ブーンと円のようです

44 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:40:58 ID:kBq5hNZE0
          
           「( ^ω^)ブーンと円のようです」

             第三話「夢の門」

46 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:48:56 ID:kBq5hNZE0

内藤は座っていたソファを離れて北側の廊下の窓の方へと近寄った。
いま、内藤のいるロッジは南北に長く、中央にあるホールを中心に廊下がやはり南北に伸びている。
廊下の西側には等間隔に扉が並び、東側は等身大ぐらいのサッシがならんでいて外のデッキに出られるようになっている。

外には、月明かりに照らされてぼんやりとセイタカアワダチソウの姿が浮かび上がっている。
この季節多くの人にアレルギーを起こさせる、その黄色い花も貧弱な光の下では、薄汚れた埃の塊のように見えた。

内藤はしばらく、なにか変化するのではないかと期待して窓の外に目を凝らしていたが、成果はなにもなかった。
それどころか猿や鹿、狐、犬の鳴き声もなし、カエルも鳴かなければ、虫の音さえない。
ただ、ガラスを挟んで外には根源的な静寂のみがあった。
人間が生まれる前、無から有に意識のチャンネルが切り替わる直前に耳にする音だ。

しばらくそうして窓の近くに立って外を見ていると、内藤は尿意を催しそうな気がした。
こんなところで、尿意など催したくはなかった。
第一、内藤はここのトイレの位置さえ知らない。

たとえトイレの位置を知っていても、内藤はそこで用たしなどしなかっただろう。
トイレに閉じ込められたら、こうして歩きまわることすら出来なくなってしまう。
内藤はとっととホールに戻ることにした。

相変わらず、ドクオとは連絡が取れなかった。約束の時間から、もう一時間も経っている。
その後も内藤は、ドクオの携帯電話に掛け続け、きっちり十回留守番電話サービスセンターの女性を呼び出した。
内藤はそのまま携帯電話をポケットにねじ込み、ソファの背にもたれてぐっ、と伸びをした。

( ^ω^)「んーっ!」

慌てても仕方がないこと、慌てれば慌てるほどに解決は遠くなる。急がば回れだ。
内藤はもう一度携帯を取り出して、今度は自宅にかけてみることにした。
ロマネスクに余計な心配をかけたくなかったので今まで避けていたが、もう午後九時になっている。

47 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:50:34 ID:kBq5hNZE0

( ФωФ)『ホライゾン…今何時だと思ってるんだ……』

(;^ω^)「いや、トーチャンそれどころじゃないんだお!
       山の中から出れなくなっちゃってて……。
       ドクオは来てないかお?来てくれるように頼んだんだけど……」

( ФωФ)『ドクオくん?ああ、おれの隣で寝てるよ』

( ゚ω゚)「」

( ФωФ)『いやいや、そういう意味でなくて。
       まぁとにかく、今日はもう遅いからドクオくんには泊まってってもらう。
       お前の方もなんていうか、がんばれよ』

(;゚ω゚)「え…、僕はどうするんだお」

( ФωФ)『だから頑張れって、あ、寝る所か?
       どっかにベッドか布団のある部屋があるからそこで寝るといい』

(;゚ω゚)「えっ!僕ここに泊るのかお?
      トーチャンはここを知ってるのかお!?」

48 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:51:26 ID:kBq5hNZE0

( ФωФ)『まあな、そんなに悪いところじゃないぞ?そこは。
       三食飯つき、帰りには土産まで持たせてくれる』

(;゚ω゚)「なんでもいいお!とにかくドクオをはやくここに寄こしてくれお!」

( ФωФ)『無理だ』

とロマネスクはきっぱりと言った。
そして内藤が疑問をさしはさむ合間を与えずになぜか突然、電話口で怒鳴った。

(#ФωФ)『ホライゾン、お前で一人で何とかするしかないのだ!
       なんとかできなきゃ、一生そこからは出られん!
       とにかくお前一人の力でそこからでてこい!わかったな!』

(;^ω^)「ちょ」

そして、唐突に電話は切られた。
そのあとも、なんども自宅にかけなおしたがロマネスクが電話に出ることはなかった。
父は何を知っているのか、なぜ自分一人で解決しなくてはいけないのか。

内藤の抱いた数々の疑問は風の日の雲のように、
ちぎれてどこまでもどこまでも吹き流されていった。

(;-ω-)「はぁ〜もう何が何だか…どいつもこいつもおかしくなったのかお…?」

それからしばらくは内藤は動く気もせず、正面に見えているサイドボードを眺めていた。
きれいに掃除されていたし、サイドボード自体の作りも悪くなかった。
ガラス扉のなかには内藤の知らない銘柄の、古めかしいデザインのウイスキーボトルが並べられている。
そこだけ見ればそのあたりの小金持ちの家にあるサイドボードと何ら変わりない。

いろいろな物がその上に無秩序に置いてある、というほかは。

49 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:52:37 ID:kBq5hNZE0
ガラスのブイ…花瓶…蓄音器…状差し…白い、何かの角か骨でできた縦笛…黒光りするタイプライター。

とにかく雑多に、色々な物があまり大きくもないサイドボードの天板の上に散乱していた。
よく見ると状差しは最近の物だし、花瓶もガラス張り合わせの安物のようだった。

蓄音器はプレーヤーとも言えないような原始的な代物だったし、
縦笛は相当使い込まれているのか、手垢を吸って黄色く変色していた。

そんなガラクタの中で、内藤の興味を惹いたのはタイプライターだった。

( ^ω^)「…本物かお?」

内藤はサイドボードに近付いてタイプライターをよく見て見ることにした。
そしてそれは、用紙までちゃんとついているところからして、たしかに本物のようだった。
試しにwキーを押してみると、キーは案外重く、押し切ると若干かすれていたが「w」がしっかり印字された。

(*^ω^)「すげえお、なんか感動するおね…」

(*^ω^)「うはwwwwセーブポイントktkrwwww」

おもちゃを得た内藤は完全に調子にのっていた。
この男、子供のころから面白そうなものを見つけると片っぱしからいじる癖があった。
小学校に上がる前にはよく警報器などを鳴らしまくって、近所のデパートからは出入り禁止までくらった。

しかし三十を目前にして、その傾向が未だに治らないというのは問題だった。

50 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:53:42 ID:kBq5hNZE0

(*^ω^)「超連打だお!」

ガガガガガガガ チーン

(;^ω^)「あれっ、これ以上打てないお…」

「ほら、そこで改行しないと、手前のレバーを引いてごらん」

(*^ω^)「あ、どうもだお!…っていうか引くってどうすれば」

(;^ω^)「って……え……?」

いつのまにか内藤の後ろには、女性が一人立っていた。
内藤はまったくその接近に気がつかなかった。
女はなぜか紺のツナギを着ていた。

lw´‐ _‐ノv 「いやー、いささか古いタイプのものだからね、操作が込み入ってるんだ。
       それはもともとある有名作家の持ち物だったものなんだ」

lw´‐ _‐ノv「もっとも、彼は鉛筆派だったからほとんど使われていなかったんだけどね」

lw´‐ _‐ノv「あなたは鉛筆派?それともお米派?」

内藤より、だいぶ若い女だった。
きれいだ、と内藤は思った。
面差しが、誰かに似ているような気がする。

そうだ、結ばれた口元の辺りがツンとよく似て……。

51 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:55:33 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)(じゃなくて!)

彼女が言ったことが半分も理解できなかったのに気がつくと、内藤はぞっとした。

なんなんだ、この女は。

女がなにか言っている間、内藤は不自然でない程度に後ずさりをしていた。
見たところ女は丸腰だったが、何があるか分からない。
突然手刀で腹を突き刺されるなんてことはないだろうが、
こんなところだ、用心に越したことはない。


(;^ω^)「すみませんお、勝手に触ったりして…」

lw´‐ _‐ノv「あぁ?別に私はかまわないよ、それは私のものじゃない」

(;^ω^)「ここの方ではないんですかお?」

lw´‐ _‐ノv「確かにここに住んではいる。でもこの土地を所有しているわけでもないし
       誰かに許可を得て、ここにいるわけでもない」

lw´‐ _‐ノv「そういう点では君と同じだ。安心してくれたまえ」

ここまで聞いて内藤は若干、警戒を解いた。
とりあえず、事情を話しても大丈夫だろう。
この人、もしかするとここからの脱出方法を知っているかもしれないし。

そう思ったのが運のつきだった。

52 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:56:44 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)「黙って上がり込んでおいて、しかもいきなりでまったく申し訳ないんですが
       ちょっとお伺いしたいことがありますお…どうもこの山からでられなk」

lw´‐ _‐ノv「あーわかってるわかってる、もーぜんっぶわかってるから。
       とにかく、わたしについてきなよ
       …実を言うと、今来たのも君を迎えにきたんだ。あんまり遅いもんでね」

(;^ω^)「ほぇ?」


内藤は耳を疑った。
わかっている…そして、迎えにきた?
内藤はすぐこの場から逃げなかったことを後悔した。

女は、どうやらこのロッジに関わりがあるようだ。
どうやら、自分の判断力はかなりまずいレベルまで落ちてきているらしい、と内藤は思った。
じゃなきゃこんな怪しげな現れ方をする人間を、一時的にでも信用しようとしたりはしない。


lw´‐ _‐ノv「ほえ、とか今時の萌キャラでもいわねぇよ
       いいからわたしと一緒に納屋まで来なさい」

といって、女は内藤の手を掴んだ。

有無をいわせないしっかりとしたグリップだった。
なにか、スポーツでもしていたのかもしれない、
と内藤は想像したが何かしっくりこなかった。

53 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 20:58:33 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)「え、ちょ…」

lw´‐ _‐ノv「いいから照れなくても」

(;^ω^)「そうじゃなくて!
      あ〜もういったい何なんだお…」

そのまま内藤は保健所に連れてこられた雑種の犬のように、
無遠慮に外へと引きずられていった。質問する暇さえなかった。

今日は、きっと質問に答えてもらえない日なのだと内藤は思うことにした。
きっとみんなが示し合わせて、僕の話を遮り、話の腰をへし折ることにしたのだ。
こうやって、自分の中で物事を歪曲して済ましてしまうのは、まったくストレスのたまることだった。

そして、ロッジに入ったときと同様、内藤は自分の腰のあたりまで伸びた雑草を踏みながら納屋まで歩いた。
だが、真っ暗だったせいで非常に歩きにくかったのと、
女がたびたび立ち止まろうとする内藤を無理に引きずったせいで、何度か内藤は転びかけた。
そうしながらも、なんとか納屋の扉の前までやってきた。

( ^ω^)「勘弁してくれお…」

lw´‐ _‐ノv「勘弁してくれ?本当につらいのはここからだよ…」

(;^ω^)「へい?」

lw´‐ _‐ノv「いいから入って、さっさとしないと蚊にくわれるよ」

そう言いながら、女は内藤を納屋のほうに押しやった。
内藤には、もうなにがなんだかわからなくなっていた。

54 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:03:57 ID:kBq5hNZE0
なぜ、僕はこんな山の中で女と歩いているのだろうか?
なぜ、夜の八時にすきっ腹をかかえて、よくわからない納屋に押し込まれなければならないのか?
どうせ答えなど返ってこない。だが、一応聞いてみることにした。

(;^ω^)「この中には何があるんだお」

lw´‐ _‐ノv「……たぶん、貴方の過去」

(;^ω^)「過去?僕の?」

lw´‐ _‐ノv「もう行ったほうがいいよ、待ってるから」

(;^ω^)「……」

内藤は黙って納屋の中に入った。
質問したって、わけの分からないことが増えるだけだった。

なら、質問しないのが賢明というものだろう。

55 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:04:53 ID:kBq5hNZE0

*―――――*

 納屋のなかには、芝刈り機やクワ、鎌などの農具がおかれていた。
床はむき出しの地面だが、固く引き締まっているせいか、外にあれだけ生えていた雑草の影も形もない。
そしていくつかある棚には、燃料か、溶剤の一斗缶がぎっしり詰まっている。
…特に何ということはないごく普通の納屋だった。

だが、ここはただの納屋ではないはずだと内藤は思った。
ここに、あの女を迎えに来させた人がいるのだろう。
じゃなければ、どうしてあの女は僕をこんな所に引っ張ってきたんだ?
それ以外の要因を内藤は想像しようとしたが、内藤は頭が痛くなりそうだったのでやめた。

棚の陰から、ぬうっと老人が現れたのはそのすぐ後だった。


/ ,' 3「こんばんは、内藤ホライゾンさん、お待ちしておりました」


 老人は車イスに乗って内藤の前にすすみ、かちっと正確に、内藤の正面を向いた。
老人が着ているバスローブから、なんとなく病的な感じがする、痩せた胸と白い胸毛が見えていた。
内藤にはそれがたまらなく嫌だった、どうしてだかは説明できない。
人間には、何だかよくわからないが嫌な物があるものだ。

56 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:05:42 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)「なんで僕の名前をしってるんだお?」

/ ,' 3   「知っていますとも、あなたは『円の紡ぎ手』に選ばれたのですからね
       知らないわけにはいきません…」
  _, ,_
(;^ω^)「はあ?」


内藤はだんだん腹が立ってきた。

なにもかもよく分からない中で今まで耐えてきたが、
また何かよく分からないものが出てきた。
そろそろ怒ってもいい頃合いだった。

(#^ω^)「いい加減にしてほしいお、さっきからなんなんだお!
       熊だの、結界だの、変な小道具とかおかしな言動で、僕をどうにかしようとしてもそうはいかないお!
       お前らの言い分は聞かない!さっさとここから帰してくれお!
       いますぐ通報することだって出来るお。足を折って動けなくなったとでもいえばいつだって人が来るお!
       しかもそれで国有林にこんなでっかい違法建築を建てているのがバレれば、間をおかずここは取り壊されるお!
       それがいやなら…」

そこで老人が突然口をはさんだ。
ちかちかと白熱灯が点滅し、老人に奇妙な陰影をあたえる。
内藤は、老人の姿が一瞬奇妙に歪んだように見えた。
すこし、寒気がした。

/ ,' 3   「…あなたはここと外の区別がまだつかないのですか?」

(;^ω^)「…?」

57 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:07:13 ID:kBq5hNZE0

/ ,' 3   「あなたのいう『結界』が現在の技術でつくれますか?
       熊を完璧に手なずけて、あなたの番をさせられるような人間がここにいるように見えますか?
       そして本当に…」

老人は死にかけの鳥のように背をそらせて息継ぎをした。
きっと長台詞に慣れていないのだ。

/ ,' 3   「呼べば人がここに来る。そうお思いですか?」

内藤を逆なでするようなセリフを吐くと、老人は少し咳き込んだ。
いや、咳ではない。老人は笑っていた。

(#^ω^)「来ないとでも?」

/ ,' 3   「来ませんとも」

(#^ω^)「でたらめを、いうなお」

/ ,' 3   「でたらめではありません、ここでは外で通用しているルールは通用しません」

(#^ω^)「じゃあこの素晴らしい『内』っていうのはあれかお?
       なにしたって平気ってわけかお?」

/ ,' 3   「『内』ではなく『円』です」

と、飽くまで丁寧に老人は訂正した。

58 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:08:15 ID:kBq5hNZE0

( ^ω^)「はぁ…。」

内藤はもう怒りを通り越して、がっくりと疲れていた。
気に障る訂正に反応する気力さえ、もうなかった。

( ^ω^)「そんなことはどうでもいいお。
       どうしたらここから解放してくれるんだお?」

/ ,' 3   「よくぞ聞いて下さった。
       先ほどまで多少、本題からずれておったのをよく修正してくださった。」

( ^ω^)「いいからはなしてくださいお」

/ ,' 3   「もちろんいいですとも…まずはおとなしくここで円を紡ぐことです。
       まずはこちらの指示に従っていただき、少しの間簡単な作業を行ってもらいます。
       そののちにあなたはしかるべき手順を踏んで、ここから出る」

(#^ω^)「だから、僕にはその言葉の意味がまったく理解できないんだお。
       円って言うのはここのことかお?それを紡ぐとはどういうことだお?
       もっと筋道立てて、物事をはなしてくれお」

/ ,' 3   「私の言う円とは、人間の記憶です。
       ここも円形をしていますが、
       それはここが基本的に円としての性質をもつ人間の記憶にあわせてのことです。
       そして円を紡ぐとは、人の記憶と記憶を撚(よ)り合わせること…」

(;^ω^)「はぁ?」

59 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:08:58 ID:kBq5hNZE0

/ ,' 3   「…生き物の記憶というのは撚り合わせれば、自然に一つの循環を成すのです。
       親と子…愛し合う恋人同士…人と人とが心通わせたとき、そこに循環が生まれます。
       そうした循環が、よりおおきな循環に取り込まれてもっと大きな循環の輪ができる。
       
       親子の循環が家庭の循環に取り込まれる、そして家庭の循環が地域社会のもつ循環作用に呑まれる…。
       そしてゆくゆくは、人々の記憶は個人個人の間にありながらも世界の循環に巻き込まれてゆくのですよ…」
      

/ ,' 3   「…あるデザインやメロディを、はじめて見たり聞いたりするのになんだか懐かしい…。
       これまでの人生でそんなことがあったでしょう?そうしたデジャヴュは、先ほどの記憶の循環がもたらすものなのです。
       このデジャヴュは今のデザインやメロディの例だけでなく、人間の知的活動のすべてに影響をあたえておるのです」
        
       
/ ,' 3   「そういう意味ではこの世は、巨大な記憶の集合体であり
       その記憶の一つ一つの震えが生む力がこの世界を動かしていると言えましょう。       
       だがしかし、継承されない記憶、失われてしまったものは記憶の循環に加わることができません。
       
       だれとも心通わすことなく、孤独のうちに消えていった人の記憶…。      
       非業の最期を遂げた人…母の胎の中で失われた命の記憶…。
       その全てが虚空に消え去るとしたら、この世はなんと残酷な世界なのでしょうか…」

/ ,' 3   「ここは、そうした孤独な記憶が集まるところ…。
       つまり、記憶の循環の輪に生じたよどみなのです」

/ ,' 3   「そしてあなたには、ここに集う記憶の一部を継承してもらいます。
       ただ継承するだけでなく、記憶同士をつなぎ合わせてもらう。
       そうしてその記憶があなたのいる循環に加わることで、消えていった者たちは本当の意味で救われるのです。
       あらゆるごまかしや嘘と、離れたところで…」

60 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:09:46 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)「いったい何の話をしてるんだお……?」

内藤はこの老人に完全に気圧されていた。
老人はいつのまにか内藤の目を、ぐっとみすえている。
不思議な色をした目だった。

何色かは内藤には言い表せない。
最初に見たときは青いように見えた、が今は緑がかって見える。

/ ;' 3   「ではもう一度言います。
       あなたには、このよどみを少しでも解消するという役割があたえられた。
       あなたにはこれから少しの間ここで働いてもらいます。」

(;^ω^)「…。」

/ ,' 3   「まあ、ここで四の五のいっておっても仕方がない。
       説明はこのぐらいにして、お食事にしましょうか。
       あとは明日に…」

(;^ω^)「ちょっと待てお」

内藤は慌てていた。
何だかよくわからないうちに妙な宗教に入信させられようとしている時と同じだ。

相手がまあ食事でもしようじゃないか、
というのは本格的にこちらをあちら側に引き込もうとする前触れである。
内藤は長い社会人生活からそれを学んでいた。

61 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:11:11 ID:kBq5hNZE0

(;^ω^)「いまのが全部ほんとだとして、
      なにか具体的に何か僕にそれを証明できるものはあるのかお?」

/ ,' 3   「ほう?」

まったくの苦し紛れだった。相手が何を言っているのか全く分からなかったが
とにかく話を引き伸ばすことで、内藤は至急、態勢を整えなくてはならなかった。
正直、一方的なまくし立てのせいで内藤の調子は完全に狂ってしまった。

/ ,' 3   「信じておられないか…。まあ無理もないが」
   
老人は内藤の言葉を聞き、無表情にそういった。

/ 。゚ 3     「では、あなたに証拠をお目にかけよう」

と老人がいうが早いか、老人は突然立ち上がって内藤に駆け寄ると
内藤の右の眼窩に中指をつきさした。

回避どころか、動くこともできなかった。
なにが起こったか分析しようとする内藤の脳に、老人の指先が遠慮なく侵入した。
内藤はグラリと周囲の様子が揺れるのを感じた。そして内藤を奇妙な脱力感が包んだ。
内藤は、その感覚がが小学生のころ体験した失神によく似ていることに気がついた。

そうだ、僕は気絶するのだ。

そう思った内藤は
気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ
気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ
気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ気絶気絶き絶気ぜつき、きぜきぜつききぜつ

62 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:12:01 ID:kBq5hNZE0














.

63 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:12:43 ID:kBq5hNZE0

*―――――*

 僕はいつしか、自宅の前にいる。
今日は妻と娘が「どうしても早く帰ってきてほしい」というので、
今日はさっさと仕事を終わらせて夕方五時に店をでたのだ。
店には優秀な社員の人もいたし、オーナーの自分が離れても問題はないはずだった。

家の前に立ったが、中からは物音一つしない、内心で娘の出迎えを期待していた僕は心底がっかりした。 
娘は幼稚園からまだ帰って来ていないようだった。
妻もこの時間だと、そのお迎えに行ったのだろう。

僕はこういう、誰もいない家に帰るのは嫌いだ。
小さなころから、今日あったことを帰ってきてすぐ家族に報告しないと気が済まない性格なのだ。


( 'ω`)「タダイマダオ…」

 郷里で役場勤めをしている友人のように、力の抜けた顔をして家に入った。
この顔をすると娘はとても楽しそうに笑う。というか笑い転げる。
一度ドクオにそのことを話したが、何故か激怒されたのはなぜだったんだろう。

( ^ω^)「おや…?」

夏の盛りだったが、誰もいないはずの家は妙に涼しかった。
まあ、ついさっき出て行ったのだろう。
とにかくほてった体にはありがたいことだった。

64 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:13:42 ID:kBq5hNZE0

リビングに入った僕は、なにやら破裂音がしたので反射的に目を閉じた。
目をあけると色とりどりの紙ひもが僕の顔にかかっていた。
そしてその向こうには、妻が娘と二人でクラッカーを手にして立っていた。






ξ*゚听)ξ「おかえりなさい、パパ!おたんじょうびおめでとう!」ζ(゚ー゚*ζ





サプライズ、まったくのサプライズだった。




( ^ω^)

65 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:15:03 ID:kBq5hNZE0

ζ(゚ー゚;ζ「あれ、パパ?」

ξ;゚听)ξ「ちょっと、固まらないでよ!
       嬉しくないの?」


( ^ω^)プルプル


ξ゚听)ξ「プルプルじゃなくて…ほら、なんとかいいなさいよ」

と、妻が僕にチラッと目くばせした。
デレになんとか言ってやれというのだろう。
でも何と言えっていうのだ、こんなにびっくりすると言葉なんて出ない。

そんな金縛りにあったような様子の僕を、デレは不安そうに見つめている。

66 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:16:37 ID:kBq5hNZE0

ζ(゚ー゚;ζ「パパ、ごめんねびっくりした?」



( ^ω^)



( ^ω^)「」



( ;ω;)ブワッ


ビクッ買ト(゚ー゚;ζ


( ;ω;)「そんなことないお!めちゃくちゃ嬉しいお!

67 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:17:21 ID:kBq5hNZE0

僕は床に膝をついてデレを抱きしめた。
鼻腔にデレの髪の香りが入ってくる。
親になったものしか知らない、甘く、独特な子供の香りだ。

僕はその香りがひどく懐かしかった。
なんでだろう?僕は家族で風呂に入る時に毎日その匂いを嗅いでいるのに。

僕はそのままデレの手にひかれてダイニングテーブルの席に着いた。
テーブルの上にはあたたかい料理が並んでいる。
どれも僕の好物ばかりだった…グラタンなんて手のかかるものを、料理下手のツンがよく作れたものだ。
きっと、昼に仕事から帰ってきてからずっと準備を続けていたに違いない。


( ;ω;)「ありがとう…ほんとうに…僕は…ぼかぁ幸せもんだお…」

ξ;--)ξ「まったく…このぐらいのことで泣かないでよ…」

(#;ω;)「なにいってんだお!
       奥さんと娘がこんなごちそうを用意してくれたんだお! 
       泣かない男なんていないお!」

ξ゚听)ξ 「…いいから食べちゃいましょうよ、ケーキが悪くなっちゃう」

( ;ω;)「…そうだおね。よーしパパ今日はたっぷり食べちゃうお!」

ξ゚ー゚)ξ 「ふふっ…」

68 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:19:49 ID:kBq5hNZE0

それからの食事は間違いなく僕の人生最良のものだった。
食卓には笑顔があふれていた。
最近はいそがしいこともあってあまり一緒に食事をしていなかったから、デレも楽しそうだ。

デレは僕が新しいものに箸をつけるたびにおいしいかどうか聞いて、
僕がおいしいと答えるとそれをいちいち母親に報告した。
いつもの僕ならちょっとうるさく思ったかもしれないが、今日はまったくそう思わなかった。

デレの仕草の一つ一つが愛らしく、愛しかった。
僕とツンが苦労して買った公団住宅のダイニングの物は、すべてがバラ色に輝いていた。
そして、あらかたの皿を空にしてぼーっとしているとツンはケーキの箱を持ってきた。


ξ゚ー゚)ξ「さーて、食事はすませたな?神様にお祈りは?今からケーキを出すけど心の準備はOK?」


(*^ω^)「「 お k !」」ζ(゚ー゚*ζ


そして、手回しよくツンがロウソクを立てて火をつける。
電気が消されると、ダイニングに集まった家族の顔だけがぼんやりと浮かび上がった。
間違いなく、僕は人生のなかでも最高の瞬間を迎えていた。

それなのに、僕は違和感を感じていた。
なんだか、変な気分だ…橙色に染まった部屋…そこにいる家族…
どこかでみたような…?

69 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:20:47 ID:kBq5hNZE0


ξ゚ー゚)ξ「どうしたの?また固まっちゃって?」


( ^ω^)「いや…」

そのとき、ちょうちょが一匹ケーキの上に飛んできた。
僕が驚いてつまみあげると手の中で蝶は崩れた。
それはちょうちょではなかった。
一片の灰だった。

( ゚ω゚)「うわっ!」

僕がぱっと手から灰を払うと、それが合図であったかのように
上の方からたくさんの灰がケーキと僕の上に降り注いだ。

ロウソクの火は、もう僕の目の前で燃えてはいなかった。
公団の六階にある自分の家ごと、家族もろともに燃えていた。
それを僕は遠くから見ていた。

ただ火の熱だけが僕の所に届いている。

70 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:21:30 ID:kBq5hNZE0

( ゚ω゚)「あ…あああああ…」

僕はすべてを思い出した。
それは、僕の26歳の誕生日から一週間後の記憶だった。

自宅の公団住宅の一室が焼け、妻と娘が死んだ。後には何も残らなかった。
娘のデレがロウソクをいたずらして、その火がカーペットに燃え移ったのだ。
僕の誕生日にロウソクをつけていた母親にあこがれたのかもしれない。

僕は、燃え上がる自分の部屋に集まった野次馬の人垣の後ろで、その様子をつぶさにみていた。
正面に見える公団のベランダに追い詰められた妻子。
植えられていた木々のせいではしご車が入ることができず、そこで煙を吸い込んで窒息死した娘。
そして、熱さに耐えかねて飛び降りた妻。
目をそらすことは、できなかった。

(;゚ω゚)「やめてくれ…もう……耐えられそうにない…
      なんで……こんな……」

こんなことを、おもいだしたくなどなかった。
この僕が数年をかけて、忘れようとしてきた忌まわしい記憶だった。

なのに、なぜこの情景が自分の前に生々しく展開されているのか…。
それに思いあたった僕は、納屋でのことをはっきりと思い出した。
このことをきっかけに、ぼんやりしていた記憶の輪郭が徐々につかめるようになってきた。

そしてまずよみがえってきた感情は、例えようのない激しい怒りだった。

自分をこんな目にあわせているのは、間違いなくあの老人であると、僕は確信していた。
そしてきっと物陰から、こちらの様子を見てせせら笑っているに違いない。

71 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:22:23 ID:kBq5hNZE0

ややあって、夜空を赤く照らす炎を背に僕は天に叫んだ。

(#゚ω゚)「なぜだお!なんでこんなことをするんだお!
      僕がこんなことをされて協力する気になるとでも思ってるのかお!」

(#゚ω゚)「僕があの人たちをどれほど愛していたのかお前に分かるかお!
      記憶だとかなんだとかはどうでもいいお!
      もうこれ以上、思い出させないでくれお!
      この苦しみが、この悲しみがお前にわかるかお!
      少しでもわかるなら……………」

( ω) 「これ以上は…」

そのあとは、僕は自分で何を言っているのか分からなかった。
たぶん、訳のわからないことを喚き散らしていたと思う。
いつのまにか、僕はその場に崩れ落ちて体を丸め、そのままただあふれるまま涙を流していた。

妻と子を失った、その日そのままに。

72 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2011/12/13(火) 21:23:18 ID:kBq5hNZE0

三話 終わり


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