- 132 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:30:35 ID:M.nW9uD.0
ブーンと円のようです
第五話「のみこまれる」
- 133 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:31:16 ID:M.nW9uD.0
丹生束県教育委員会 中学生用教材「美府南海地震の記憶」
その津波は地震後、10分も間を置かずにやってきた。
…震源を和歌山県串本沖とするこの地震による被害は、近畿〜関西地方沿岸の大部分におよんだ。
その被害は、午後6時24分に起きた本震で発生した津波によるものがほとんどであった。
特に被害の大きかったのは丹生束県(ニュウソクケン)の美府町だ。
この津波で民家は138件が全壊し、海に近かった派出所が流されてしまった。
他に美府灯台(現 丹生束県有形文化財)が倒壊している。※1972年に再建
人的被害も極めて大きく四県にまたがって推定200人が死亡、行方不明者500人以上を出した。
―ミセ*゚ー゚)リフィールドワークコーナーv(‐_ ‐`wl―
この地震についてインターネットなどをつかって…(省略)
- 134 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:32:07 ID:M.nW9uD.0
丹生束新聞朝刊1947年1月14日抜粋
先の地震とそれにともなって発生した津波で猛烈な↓
→被害を受けた丹生束県美府町では、順調に復興活動が進んでいる。
しかしながら死者の数は今後も増えるものと思われ、住民は未だ不安に包まれている。
そんな中、落ち着きを取り戻した被害者たちから、
津波発生当時の貴重な話が聞けるようになってきた。
以下は、偶然にも船に乗っていて助かったフィレンクト.Mさんの話だ。
「あの時、私はたまたま小船にのって釣りに出ていました。
結局何も釣れず、帰ろうとしたときはすでに辺りは真っ暗でした。
ですが、懐中電灯を当てて分かったんです。海の色がおかしい。
なんというんでしょうか…とにかく真っ茶色なんですよ。
なんだなんだ、と思っていると船の舵が急に言う事を聞かなくなって…。
気がついたら町の方へどんどん流されてしまっておりました。
どうでしょうね…結局、小学校の辺りまで流されたと思います」
小学校は美府町のほぼ中心に位置していて、浜からは75mほど離れている。
このときフィレンクト.Mさんは湾の真ん中のあたりにいたというから↓
→実に200mは流されたことになる。
- 135 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:32:53 ID:M.nW9uD.0
*―――――*
目の前の緑一色の景色がどんどん後ろにすっ飛んでいく。
築山を隙間なく覆う木々の合間を縫って、僕は年甲斐も無く全力で走っていた。
「いますぐ、海を見なくては、間に合わないかもしれない」
その思いだけが頭の中を駆け巡り、足が何度ももつれそうになる。
そうやって築山とは名ばかりの雑木林からまろび出ると、目の前が一気にひらけた。
それを認めると同時に、足がくるぶし辺りまでずぶりと地面にめり込むのを感じる。
気がつけば、僕は赤い畑土が剥き出しの農地に立っていた。
(; ω )「クソッ!」
これじゃ走るどころか、歩くのもままならない。
そう思った僕は、それでもどうすることもできずに、
ジリジリと畑を横断して向こう岸の農道へとたどり着いた。
そして、僕は一心地つく間もなく海の方へ猛然と駆け出していた。
この先には消防用の火の見櫓がある、そこまで行けば、海が見える。
(;゚ω゚)「ハァ…ハア…ゲホッゲホ…あ゙ー畜生おおお!!」
櫓までたどり着いた僕は、あちこちをぶつけながらハシゴをむちゃくちゃに駆け上がる。
最後はよじ登るようにして櫓の上に立った。
- 136 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:33:36 ID:M.nW9uD.0
(;゚ω゚)「…」
僕は櫓の上からぐるりと周囲を見渡した。
すでに夕闇の帳が瓦葺きの屋根の上に降りている。
そんな事はどうでもいい、海は…海は…。
(;^ω^)「…あれ?」
そこにあったのは、僕もよく知っているいつもの海だった。
浜には白い波が打ち寄せ、そのちょっと右側には八頭岩とイチノ岩の夫婦岩。
遠くには、湾の対岸にある布羅須(ぷらす)の街並みが広がっている。
(;^ω^)「どういうことだお…」
心臓発作寸前の心臓を左手で押さえつけ、
僕は海の向こうの水平線のあたりに目を凝らした。
だがときおり波頭が彼方で砕けるのが見えるだけで、津波の影も形もない。
(;^ω^)(でも確かに揺れみたいなものを感じて…。
あれがあの地震なら津波がとっくに…いや)
(;^ω^)「もしかして…気のせいかお?」
そう言ってから、僕は鈍い痛みを脛のあたりに感じてその場に座り込んだ。
ズボンの裾をめくってみると紫色のアザがいくつもできている。
どうもハシゴを登るとき、知らぬ間にぶつけていたようだ。
- 137 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:34:40 ID:M.nW9uD.0
( ^ω^)(あー…これは何日か取れないおね…)
そう思い、天を仰ごうとした僕の後頭部に櫓の柱の一部がガツンと当たった。
(;^ω^)「いでっ!」
「あーーーっ!そこにいるのかあああああ!?」
(;^ω^)(げっ…あの子のこと忘れてたお)
下から無駄に大きな声がして、僕は櫓の下をひょいと覗き込んだ。
いつの間に追いついたのか、ここに来てヒートちゃんがこちらを見上げている。
そしてサルみたいな身軽さでハシゴを登り、あっという間に櫓の上にまで上がってきた。
ノハ*゚听)「おいいい!!いきなり走りだすからビックリしたじゃないかあああ!!1!」
彼女が何の脈絡もなく馬鹿でかい声でどなると、
吊られていた鐘に反響してくおーんと大きな子犬みたいな音を立てた。
まったくとんでもない子だ。
(;^ω^)「声デカすぎるだろ!ちょっと自重しろお!!」
ノハ*゚听)「わかったあ!じじゅうするううう!!」
(;^ω^)(全然分かってないだろ!この子…まあいいか)
とりあえず、ここにいれば安全だ。
この櫓は現代の美府町につい最近まで残っていた。子供の頃はよく忍び込んだものだ。
いますぐ首を吊ったり、飛び降りたりしない限りは死ぬことはできないだろう。
- 138 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:35:40 ID:M.nW9uD.0
( ^ω^)「…」
死ぬ…。ツナギ女の言うことを鵜呑みにするのならば、
僕がここでどんな目に会おうと現実の僕は安全なはずだ。
でも、本当に?
僕は、立ち上がって櫓の手すりの部分に寄りかかった。
そこから見える海は、相変わらず湾内独特の静けさを湛えている。
ノハ*゚听)「ねぇー!どうしてこんなところに来たの?」
女の子が何も言わない僕に背後から質問を浴びせてくる。
(;^ω^)「ああ、久しぶりに帰って来たから風景がいろいろ変わっててね。
上のほうから見てみたいな〜なんて思ったんだお」
ノハ*゚听)「へぇぇー!そんなにここ変わってるの?」
( ^ω^)「まあ、全体的に僕の知ってる美府町とは違うおね…」
ノハ*゚听)「ふうん…そうなんだぁ…」
女の子は一人でうんうんとうなずいて見せる。
まあ僕の言った意味は、この子の考えている事のまったく逆なのだが。
- 139 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:36:35 ID:M.nW9uD.0
(;^ω^)(しかし…これからどうするんだお?)
僕は、この子の記憶の中に新たな登場人物として出現したわけだ。
それはいいが、これから何をすればいいのか僕にはさっぱり分からなかった。
( ^ω^)(登場人物としてこの子の記憶に潜り込む…。
この子と一緒にいて様子を見てればいいってことかお?)
僕は目の前にいる女の子を見やった。
年の頃は七、八才くらい。きれいな顔立ちの子だ。
ドラマなら、主人公の娘の友達役の一人くらいにキャストされるような…。
( ^ω^)(そういえばこの子はなんで一人で築山なんかに…)
僕がここに来たとき、この女の子は人気の無い雑木林の中に一人でいたのだ。
しかももう暗くなりかけている。ただ遊んでいたわけじゃあるまい。
( ^ω^)「ところで、どうして君は一人であそこにいたんだお?」
ノハ*゚听)「お姉ちゃんが勉強してて…邪魔になるといけないから…」
(;^ω^)「でも…流石にあんな所にいることはないんじゃ…」
ノハ*゚听)「へーきさっ!この時間だといつもなんだぁ〜。
お姉ちゃんは大学に行って…先生になるんだ!
そのためだったら、ちょっと家から出てるくらいは…」
- 140 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:37:26 ID:M.nW9uD.0
( ^ω^)「…そうか、君はお姉ちゃん思いだおね」
ノハ*゚听)「うん!そうやってよく言われる!」
( ^ω^)「…そうか」
ノハ*゚听)「どうしたの?」
(;^ω^)「あ、いや…何でもないお。
それはいいけど、もう暗いし家まで送っていくお。
遠いし、一人じゃ危ないお?」
ノハ*゚听)「ありがとう!もうそろそろいい頃だし…。
…実はいつもちょっと怖いから たすかる!」
僕は…娘、デレのことを思い出していた。
そのときは店の源泉徴収票などの書類整理に追われいて、
話がしたくてまとわりついてきたデレを構ってやれなかった。
いや、正確に言えば気を引こうとしてふざけはじめた彼女を怒鳴ってしまったのだ。
しばらくして作業が一段落したとき、家の中にデレを探したがどこにも姿がなかった。
まさかと思って外に出ると、あの子はおもちゃを持って玄関の外にいて…。
「どうしてこんなところにいるんだ」と言おうとした僕に、あの子はこう言った。
『ここならパパの邪魔にならないでしょ。
終わるまでここで遊んでるから…おしごと頑張ってね』
捉え方によっては、イヤミにも聞こえるかもしれない。
確かにあの年頃の子供というものは、
そういう事をどこからか覚えてきてたまらなく憎たらしい時がある。
- 141 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:38:18 ID:M.nW9uD.0
だが、デレは間違ってもそんなことを言う子ではない。
デレの、その澄んだ目には少しの負の感情も感じられなかった。
そこにあったのは強い意志と、ただ一分のさみしさだけだった。
あれはたしかデレとツンが死ぬほんの二ヶ月ほど前のことだ。
( ^ω^)(………デレ)
娘にしたことで、あんなに後悔したことはない。
きっとこの子もさみしい思いをしているに違いなかった。
…そして、そんな自分を誰にも見られたくなかったのだろう。
だからこの子は林の奥に人目を避けるようにして、一人で…。
ノハ*゚听)「ねえねえ!先に行くよぉ!」
(;^ω^)「…あ、ああ分かったおっ!
ちょっと待ってくれお…」
ついつい女の子につられて、僕も大きな声で返事をする。
小さな子と触れ合うのは久しぶりで、さっぱり要領がわからなくなっていた。
たとえ、その子が記憶のなかの存在でしかなかったとしてもだ。
( ^ω^)(困ったもんだお…)
…とにかく、ここで風景を眺めている場合ではない。
僕は先に降りていった女の子を見失う前に追いかけようと、
さっきの猛ダッシュでガタガタになってしまった足腰に鞭打って、
僕は調子の悪い野良犬みたいな格好でハシゴを降りていった。
- 142 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:39:29 ID:M.nW9uD.0
- ―――――――――
―――――
――
…
lw´‐ _‐ノv「…」
あの人が食べた後の汚れた食器を片付けると自室へと帰った。
と言っても、私の仕事は部屋に戻ったあともまだまだ残っている。
あの人の監視である。
私は、仕事用のラップトップPCを部屋の隅にあるズタ袋
(昔ここで働いていた人の袋で、 ラップトップのほかは、
年代物の玩具と大量のお菓子が詰まっている)から取り出す。
それから電源を入れ、「めもりぃ☆ぶらうざ」を起ち上げる。
星を入れたのは私の趣味ではない、あくまで前任者のセンスだ。
lw´‐ _‐ノv(さてと…)
まずはあの人がどの書庫の何番目の記憶を選んだかを特定し、
監視カメラで彼の様子を確認する。
00176番保管庫、彼はその前で仰向けにぶっ倒れていた。
そして、その胸に大事そうに「記憶」を抱えている。
( ×ω×)
lw´‐ _‐ノv「あらあらうふふ」
- 143 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:40:25 ID:M.nW9uD.0
とりあえず、私はカメラの映像に写った彼の頭をダブルクリックして中の様子を確認する。
うん、悪くない。全体の稼働率は現在77〜82%で推移している。
脳細胞の一つ一つが通常より大きく息をすって実に活き活きしていた。
それから、今度は彼のパーソナルデータをダウンロードしておく。
lw´‐ _‐ノv(…)
元コンビニ経営者。
それを数年前に辞めてこっちに里帰りしてきたらしい。
聖ザツニ病院精神科への通院歴からすると、やめた理由は妻子の夭死と見て間違いない。
昨夜荒巻とモニターしていたあの悪夢が脳裏に蘇ってきそうだった。
私は鼻からふーっと息を吐いて、不快感を追い出そうとする。
それでも効果が無かったので、目を閉じて眉間を手首で押さえる。
質の悪いコーヒーをがぶ飲みしたあとのように胸がムカムカした。
まったく…こういうハードな過去を持った人間を連れてこられると困るなぁ。
こっちの気が滅入っちまう。
/ ,' 3「ええまったくですね、お疲れ様です」
lw´‐ _‐ノv「…いきなり背後に現れるのやめてって言ってるよね」
/ ,' 3「はい?いまなんて…」
いつの間にか荒巻が背後に立ってディスプレイをのぞき込んでいた。
今朝はブラウンのスリーピース=スーツ…。
しかも、アリスのウサギみたいにチョッキに時計鎖まで垂らしている。
- 144 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:41:13 ID:M.nW9uD.0
lw´‐ _‐ノv「都合のイイ時だけ老人ぶるのはやめろチンポ野郎」
/ ,' 3「あふぁはあふぃふぁふぃあふ」
lw´‐ _‐ノv「なにそれ?」
/ ,' 3「入れ歯の外れた老人語で“あなたが何を言ってるのか分かりかねます”」
lw´‐ _‐ノv「まったく、マイノリティ言語が堪能な上司がいて助かりますよ…」
/ ,' 3「どうも…ところで彼はどういう状況ですか?」
lw´‐ _‐ノv「脳の稼働率は平均80%程度、中の様子を見る?」
/ ,' 3「ええ、お願いします」
私は「現在までの視覚・聴覚のダウンロード」を選択した。
するとカメラの向こうの彼がカッと目を開き、ガタガタと震え始める。
『((((( ゚ω゚))))』
/ ,' 3「くやしい…でも記憶、抜き出されちゃう!ビクッビクッ」
lw´‐ _‐ノv「興奮すると血圧上がるよ」
ダウンロードの間、私はヒマだったのでズタ袋からポン菓子を取り出して食べた。
じつに美味しい。きっと米はいつか世界を救うだろう。
だが、半分も食わないうちに「デュン!」という警告音が鳴る。
ダウンロード完了である。
- 145 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:42:36 ID:M.nW9uD.0
lw´‐ _‐ノv「終わった、三十分程度だね」
/ ,' 3「どうも…まだ四分の一以下ですか…。
そういえば彼の案内に時間がかかっていたようですが…?」
lw´‐ _‐ノv「…ちょっとね、どうでもいいけどここで見るの?」
/ ,' 3「いえ、持ち帰って私の部屋で見てきます。
ありがとうございました、失礼します」
と、私から映像の入ったフロッピーディスク(笑)を受け取るだけ受け取って、
さっさと部屋を出ていこうとする荒巻を私は呼び止めた。
lw´‐ _‐ノv「ねぇ荒巻、彼は本当に大丈夫なの?
つまり…精神的に今回の仕事に耐えられるの?」
/ ,' 3「なぜそんなことを?」
lw´‐ _‐ノv「いや調べたら精神科に通院歴があって…」
おずおずと質問すると荒巻は顔に意外そうな表情を浮かべて見せる。
わかっている癖に、イヤミなやつだ。
/ ,' 3「やはり気になりますか…?」
lw´‐ _‐ノv「いいから…彼をこまかく分析したあなたなら、
親よりも彼のことが分かるはず…どうなの」
言いにくいのか、彼は立ち止まってこちらをチラッと見るとすぐ足元に視線を移す。
lw´‐ _‐ノv「まさか、厳しいの?」
- 146 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:43:36 ID:M.nW9uD.0
では、と彼は近くの壁に寄りかかってこちらを見ずに話しだす。
深刻な話をするときの彼のおきまりだ。
/ ,' 3「シュー…あなたは大怪我をした事があったということですが」
lw´‐ _‐ノv「六歳の頃、両手首と肋骨数本、
それに首の骨を同時に折ったよ。自動車事故で」
/ ,' 3「…しばらく動けなかったでしょう?」
lw´‐ _‐ノv「身じろぎさえできなかったわよ、そりゃあね。
で、それが何の関係があるの?」
/ ,' 3「あなたはそのケガをしてベッドに横になっているとき、辛かったでしょうね?」
lw´‐ _‐ノv「そんなもんじゃない、誰も見舞いに来ないし看護婦はみーんなイヤな奴だった。
長いこと耐えて耐えて耐えぬいて…」
今でもたまに病院の真っ白い天井が夢に出てくる。
シャツやシーツの白さじゃない、ホルマリン漬けにされて脱色した生物標本の白だ。
私はいつの間にか天井を見上げている。
そこにあるのはしっかりした木目と親しみ深いいくつかの染みだ。
ホルマリンの瓶もなし、なかに入っている青ざめたカエルもなし。
私はフッと無理矢理に笑って、今も自分のなかに残るわだかまりを誤魔化した。
- 147 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:44:25 ID:M.nW9uD.0
lw´‐ _‐ノv「治ったら真っ先にナースステーションに駆け込んだよ。
そいでもって、私の担当だった看護婦のスカートを降ろしてやった。
そしたら…彼女ったら何も履いてなくて、しかも…」
私は言い終わる前までに、取っておき笑顔を浮かべての荒巻の方を見る。
でも…そのとき荒巻は笑っていなかった。
/ ,' 3「内藤さんは、あなたがその時受けたのと同等のストレスを受けていました」
lw´‐ _‐ノv「…」
/ ,' 3「彼はやはりあなたのように、一人でその負荷に耐え続けました。
仕事の引継ぎの関係で、すぐに職場を辞めることができずにいたんです。
彼は、しばらくの間働き続けなくてはなりませんでした。
それまで、家族のために必死で働いてきた彼がどういう気持ちで職場に立ち続けたか。
………あなたに理解できますか?」
lw´‐ _‐ノv「…いいえ」
/ ,' 3「そして時間が経った今、彼の受けたダメージは多少回復してはいます。
しかし彼は、あなたのように傷が治った時のようなカタルシスを味わっていません。」
唸るようにそういった彼は、ちょっと間を置いてからあとを続ける。
/ ,' 3「もしかすると一生、彼の精神は浄化されないままかもしれません。
それどころか今回私たちは、彼のトラウマを刺激してしまいました。
我々が取り扱いに失敗すればここにいる間に“爆発”してしまうかもしれない」
lw´‐ _‐ノv「…巻き込まれたくはないわね、その爆発に」
- 148 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:45:59 ID:M.nW9uD.0
/ ,' 3「まったくです……ではそろそろ失礼します」
lw´‐ _‐ノv「ええ、お疲れ様」
荒巻が出て行くと部屋はとても静かだ。
ちょっと画面の中の彼を見る気にもなれず、窓の外を見る。
外の緑は夏の頃と比べると、その色合いはくすんでいて…
その微妙な色の変化は私の心に小さな波紋をつくる。
lw´‐ _‐ノv「ふぅ…」
私はポン菓子の袋をズタ袋に押し込むと、
背筋を伸ばしてラップトップに向き直る。
とにかく彼の爆発を防げるのは私だけなのだ。
だってわたしはかれの…。
でも、彼は私を受け入れてくれるだろうか?
……目を閉じると、私は小さくため息を吐いた。
- 149 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:46:39 ID:M.nW9uD.0
*―――――*
( ^ω^)「君のお姉ちゃんってどんな人なんだお?」
ノハ*゚听)「すごおく綺麗で頭が良くって…お裁縫もとくいなんだよぉ!」
( ^ω^)「ほー、いいお嫁さんになれるおね〜」
ノハ;゚听)「…!!おっ、お前のとこにはいかせないぞおおお!!」
(;^ω^)「いや、そんなことは一切言ってないお」
僕と女の子は、女の子の暮らしている羅宇字集落の田んぼ道を歩いていた。
女の子は踊るような足取りで僕の前を飛んだり跳ねたりして進む。
( ^ω^)(まるで現実そのものだお…。
ここって本当にこの子の記憶の中なのかお…?)
僕はさりげなく道の端の方に歩み寄って、段々畑の石組みに指を這わせてみた。
そこに生えていた乾いたコケが、僕の指と石組みの間を茶色いゴミとなってパラパラ落ちる。
指についたコケのかけらが手にかいた汗で水気を取り戻し、たちまち人差し指がぬめってきた。
少年時代に田んぼで遊んだころ、幾度となく体験した感覚がそこにある。
(;^ω^)(臭いは…まあ確かめなくてもいいおね…?)
…本当はこんな事をしなくても、僕は分かっていた。
僕が体験しているこの世界は、本物か、それに限りなく近いものだ。
触覚や視覚だけではない、いまこうして女の子と歩いていて、
自然に耳に入る木のざわめきや鳥の声などにも不自然さはまったく無い。
- 150 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:47:39 ID:M.nW9uD.0
( ^ω^)(他人の記憶に入り込んで、景色を眺めながらその人と並んで歩く…。
今更だけど、僕はとんでもないことしてるんだおね…)
感慨にひたっていると、急に女の子が立ち止まった。
どうやら、いつの間にか目的地についていたらしい。
「あれだよ!」と指さした方を見ると、瓦屋根が見えた。
( ^ω^)「おっお、いいおうちだおね」
ノハ*゚听)ノシ「じゃあここでっ!」
( ^ω^)「…お」
女の子はペコッと頭を下げると足早に玄関に駆けていく。
とっぷりと暮れた夕日、その最後のきらめきが女の子の背中に降りかかった。
その一瞬だけ、女の子の髪が赤く燃え上がる。
…その輝きが目に入った瞬間、僕は反射的に彼女を呼び止めていた。
( ^ω^)「なあ!ヒートちゃん!」
ノハ*゚听)「なんだ!」
( ^ω^)「うまく言えないけど…。
お姉ちゃんの勉強の時間の度に家から出る必要はないお!」
ノハ;゚听)「え…?」
- 151 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:48:20 ID:M.nW9uD.0
(;^ω^)「なんというか…お姉ちゃんだって、本当は君がいないと寂しいはずだお。
僕にも同じぐらいの娘がいるんだ、だから分かるんだお!」
ノハ;゚听)「でも…」
( ^ω^)「…君たちは子供だお。
兄弟姉妹が一緒にいられるのは今だけなんだお」
ノハ;゚听)「…」
女の子は何も言わず、僕の顔を見つめている。
この年の子供には難しい話だろうか…。
だが、これだけは言っておきたかった。
(;^ω^)「だから一緒にいられるうちに…いつでも言いたいことをいうんだお。
言わなきゃいけないことがあったら、さっきの君みたいに叫んだっていい!
それがたとえ、お姉さんの邪魔になったとしても!」
それだけいうと、僕は女の子の目をじっと見つめた。
彼女の澄んだ瞳の底には、僕には読み取れない複雑な何かが渦巻いている。
(;^ω^)「じゃあ、それだけ…急にすまなかったおね」
ノハ )「…」
僕は、そういうと踵を返して山の方へと歩き出した。
なんだか急にこっぱずかしくなってきた…。
会ったばかりの幼女に何を言っているんだ僕は…。
- 152 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:49:12 ID:M.nW9uD.0
ノパ听)「…ありがとう」
( ^ω^)「いや、気にしないでくれお!送ったぐらいのことで…」
ノハ*゚听)「いや…えっと」
( ^ω^)「?」
その時、海からひゅうと風が吹いた。
12月の冷たい浜風だ。二ヶ月も早く味わうことになろうとは…。
(;^ω^)「う〜寒いお…じゃあそろそろ僕もおじさんの家に挨拶してくるお」
ノハ*゚听)「…わかった、じゃあねおじさん!」
( ^ω^)ノシ「うん…また、だお!」
僕は上着の前をあわせて、小走りに山の上にある実家の方へ向かった。
そんな僕を女の子は玄関の前に立って僕を見送ってくれる。
ノハ*゚听)「気をつけてねー!」
…でも、僕はなんとなく釈然としなかった。
( ^ω^)(こんなんでよかったのかな…)
時間はかなり過ぎたが、一向に現実に帰れる気配がない。
…いつの間にか、太陽はもう山の向こう側にその姿を隠していた。
その山の彼方に見える空には、早々と夜がやってきている。
- 153 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:49:55 ID:M.nW9uD.0
坂を登っていると、湾と山の全景が見渡せた。
隣県の三重県から丹生束県にかけてはありふれたリアス式海岸の風景だ。
( ^ω^)「…?」
今まで気がつかなかったが湾の向こうに見える山の上に、巨大なドーム状の建物があった。
昔はあんなところに、あんなものが建っていたのか。
そう思った僕は、その建物がどういう用途のものか見極めようとしたが、
逆光のせいで何が何だか分からない。
目の錯覚か、表面が大きく波打っているようにも見える。
それに…徐々に大きく…。
( ^ω^)「おお?」
おおきくなる…いや、あれは…。
(;^ω^)(近づいてるのかお?いやそんな…あほな)
そんな、ばかな。
(;゚ω゚)「なんだおあれは!?」
その球体は、山の上に建っていたのではなかった。
いまや山の上を通り越し、こちらに目がけてゆっくりと飛んできているのがはっきり分かる。
…球体が近くに来るにつれて、奇妙な凹凸のある輪郭が遠くからでも明瞭に浮かび上がってきていた。
僕が見ている間に球体の真下、山の中腹あたりにその一部が崩れて落ちていく。
その塊は、荒れた黒い岩肌にぶつかって粉々になり、その周囲に白く塗装された部品達がばらまかれる。
- 154 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:50:55 ID:M.nW9uD.0
僕にはそれがなんであるか分からなかった。
一瞬で見てとるには、あまりに遠くにあったからだ。
しかし目を凝らしてじっと見ていると、大きな赤い烏賊の甲のようなものが、
その岩の下のほうに引っかかっているのが見えた。
それを見つけた僕は確信した。
あれは漁船の船底だ。
でも、なぜ?
なんでそんなものが?
そんなものがなんであそこから落ちてくるんだ?
(;゚ω゚)(やばい…なんかやばいお)
立ちすくむ僕に向かって、球体は今も着実に前進を続けていた。
自転車より気持ち早いくらいの速度だ。今の僕の足では逃げ切れるとは思えない。
いや…そもそもあれは僕のところに向かっているのか?
僕は脇役、主役は…。
しまった。
(;゚ω゚)(まさか…ヒートちゃんのところに…!?)
足の痛みも忘れて半ばまで登りかけた坂を駆け下りる。
なぜ、こんな簡単なことに気がつかなかったのか。
- 155 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:51:40 ID:M.nW9uD.0
( ゚ω゚)(これはヒートちゃんの記憶だお…。
家の中にいて、津波の瞬間を見ていないとしたら?
きっと突然、水に飲み込まれたようにしか感じないお。
そして今、あのデカイ塊があらわれた…だとしたら!)
(;゚ω゚)(あれは大きな水の塊だお!!)
そして、それはヒートちゃんの家の真上に落ちるだろう。
彼女の記憶の中の大津波を再現するために。
いまや水塊は美府湾とは名ばかりの小さな入江の、その真ん中にまで飛んできていた。
今はその途方もない巨大さがはっきり分かる。
周囲の山から目算すると直径は100メートルはあるだろう。
( ゚ω゚)(冗談じゃない、あんなのが落ちてきたらただじゃ済まないお!!)
足が、激しく回転しているのを他人事のようにかんじる。
なんどもつんのめってぶっ倒れそうになる。
(;゚ω゚)(くそぉ!!間に合うかお!?)
走っている間、僕の中ではぐるぐると
とりとめのない事柄が浮かんできては、その意味を失って無意識の底に沈んで行く。
(;^ω^)(これは…いくらリアルだと言っても記憶に過ぎないお。
ヒートちゃんを助けることができても、それで何の意味が……)
- 156 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:52:28 ID:M.nW9uD.0
それにここに来る前に見た泥だらけのワンピース。
あれを着て死んだ…?
バカな、この時期にそんなものを着るものか。
それに彼女はさっきまでモンペみたいのものを着ていたじゃないか。
そんな事を考えていた時だった。
(; ω )「ぶべらっ!」
僕はその場でつんのめって、コンクリートに顔をしたたか打ち付けた。
手をついたが間に合わなかった…指が痛い…骨が折れてるかもしれない。
だが、立ち止まっている猶予は無い。
水塊は、もう300メートル先にまで迫っていた。
曲がり角を一つ過ぎると、ようやく彼女の家が見えてくる。
(;メ^ω^)「だれか!出てきてくれお!」
家の窓に見える人影に向かって叫んだ。
だが、反応はない。
…人影は机に向かって黙々と何かを続けている。
きっと毎日ヒートに耳元で叫ばれてつんぼになっているのだ。
いくら声をかけても埒があかないので、僕は玄関に向かった。
鍵がかかっていたとしても流石に扉をガタガタさせれば気がつくはずだ。
家の正面にまわった僕は、すぐさま玄関のガラス戸に手をかけた。
(;メ^ω^)「ヒートちゃん!僕だお!出てきてくれお!!」
鍵が、かかっている。
- 157 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:53:37 ID:M.nW9uD.0
昔はこんな糞田舎にも鍵を掛ける習慣があったのか?
バカな。
(;メ^ω^)「ここを開けてくれお!津波が!」
水塊が無慈悲にも夕日を遮り、影が集落にのしかかる。
とても暗い。もう、なにも見えない。
(;メ゚ω゚)「お…あ…」
水塊がぶるんと揺れ、辺りに水煙がただよう。
水はそのおざなりな球形を、せっかちにも崩し始めていた。
(;メ゚ω゚)「出てこい!早くここから出ろぉ!!」
僕はもう遠慮しなかった。
引き戸を前足で思い切り蹴りつけ、ぶち破ろうとした。
…まるで映画のワンシーンのようだ。
頭の隅でそんな事を考えている自分を僕は信じられなかった。
一発、二発、三発。
蹴りを入れる度にガラス戸が、
滝壷に放り込んだトタン板みたいに耳障りな音を立てる。
(;メ゚ω゚)(割れろ、クソッ!なんで割れないんだお!)
引き戸はあくまで強情だった。
体重80キロを超える大の男の蹴りを跳ね返してなお、ヒビ一つ入らない。
- 158 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:54:20 ID:M.nW9uD.0
僕は、攻撃をタックルに切り替える。
(;メ゚ω゚)「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
体を繰り返し、繰り返し、戸に叩きつける。
ガツン、ガツン、ガツン、ガツン。
そのとき不意に肩から力が抜けて行った。
安心からではない…情けないことに、肩が外れたのだ。
(;メ゚ω゚)「うああああああああぁぁ!!」
痛切な痛みだった。
体がこれ以上動くことを拒絶する。
(;メ゚ω゚)(ここまできて負けてたまるかお!)
諦めるわけにはいかない、なんとしてでもここを開けるのだ。
外れた肩とは反対側の肩を、全力を以て戸に叩きつけることにした。
(;メ゚ω゚)「うおおぉおおおおおぉお!!!!」
数歩の助走をつけ、たたらを踏みながらも、僕は引き戸に突進した。
インパクトの瞬間、ごっつい衝撃が肩を中心にして体中に伝わる。
足が勝手に二、三歩下がって…僕は思わず後ろ向きに尻餅をついた。
目がかすみ、目の前の状況さえうまく飲み込めない。
引き戸は破れたのか?
(;メ゚ω゚)「お…おお…」
- 159 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:55:07 ID:M.nW9uD.0
ガラス戸はビクともしていなかった。
薄汚れたガラスに、僕の汗とも唾ともつかない液体が点々と付着しているのみだ。
顔が、かあっと熱くなるのを感じる。それに続いて痛みから涙が溢れる。
(;メ゚ω゚)「……うく…ぐ…」
立ち上がろうとしたそばから、
ヘナヘナと膝から体が崩れ落ちていく。
だめだ、体がうごかない。
(;メ゚ω゚)(まさか…こ、腰が…ぬけたのかお…?)
何度も立ち上がろうと試みたが、すべて不首尾に終わった。
…きっと最高に間抜けに見えたことだろう。
仰向けざまにぶっ倒れ、女の子の家の軒下で空を眺める僕の姿は。
(;メ゚ω゚)「ああ…」
空といっても、そこには濁った水の黒さしか無かった。
脱力感が、全身の感覚を濃い霧の向こうへと連れ去っていく。
間に合わなかったのだ。
(;メ^ω^)「……だめかお」
空の、グニャリと変形するのを見た僕は、踏み石の一つに頭を預ける。
石の、冷たくそっけない感触がして寒気がした。
ギロチンにかけられた人たちもこんな感じだったのだろうか?
- 160 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:56:03 ID:M.nW9uD.0
(;メ-ω-)「…」
ああ、僕はどこかに運び去られていくんだ。
僕は訳も無く、そう思った。
- 161 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:57:01 ID:M.nW9uD.0
.
- 162 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:57:45 ID:M.nW9uD.0
体がどこかに流されて行く視界など無い
辺りは真っ暗だ水が来たときにはもう六時を過ぎていた無理もない
痛いなんだこれは?尖ったものが体に当たった
木片か何かだろうか体に突き刺さっている
きっと自分はここで死んでしまうのだろう
残してきた親は大丈夫だろうか
でもまああの人ならきっと大丈夫だろう
でもお姉ちゃんは
その時私の頭に何か大きなものが当たって私は意識を失った
- 163 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:58:26 ID:M.nW9uD.0
……波の音がする。
それに合わせてカチャカチャと言う硬質な音が…。
僕は生きてるのか?
(;メ-ω-)「うう…」
目を開けるとそこには空があった。
くものない空だ。綺麗に晴れ上がっている。
どうやら僕は仰向けに横たわっているらしい。
それに気づいた僕は、今まで置かれていた状態を思い出して、
ガバっと体を起こして自分の周囲を見回した。
ノパ听)「…」
彼女は、僕のすぐとなりに立っていた。
淡い黄色い花柄のワンピースを着て、海の方を向いている。
その視線は斜め上5°ぐらいで固定されていた。
ノパ听)「こんにちは、インドのおじさん」
( メ^ω^)「…僕はインド人じゃないお」
- 164 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 20:59:44 ID:M.nW9uD.0
周囲は、すべて泥水に覆われていた。
さっきまでどこでも見えた美府の海岸線は消え、
山もよく遊んだ浅く澄んだ川も水底に沈んでいる。
どこまでもどこまでも、泥とも潮ともつかない奇妙な臭いのする茶色い海が広がっていた。
用途の分からないネジのように、僕たちの立っている屋根だけが、
その上に居心地が悪そうにポツンと浮かんでいる。
たまに打ち寄せる小さな波が、瓦にぶつかりカタカタと音を立てた。
ただ夕日のみが、海と空の間にあって鮮やかな橙色の光をそこに投げかけている。
(;メ^ω^)「ここはどこなんだお?」
ノパ听)「…」
女の子はなにも言わなかった。
しかし、とにかく現実に戻ってきてはいないことは分かった。
なんなのだここは、この女の子が体験した出来事とは思えない。
津波は町内を引っ掻き回しはしたが、完全に沈めてしまったわけではない。
だがこの状態を見る限り、見渡せる限りのところは泥の海に沈んでしまっている。
(;メ^ω^)「たのむから答えてくれお、ここは…?」
女の子は、黙ったままなにも言わなかった。
まるで、僕がいないかのようにただ海を見ていた。
僕も女の子が眺めている方を見る。
そうして、しばらく茶色い水平線を見ていると虚無的な気分になってきた。
- 165 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:01:00 ID:M.nW9uD.0
( メ^ω^)「まるで、僕の人生だおね…ここは」
何もかもなくして、実家に帰って家業を手伝う。
そういうくだらない男の人生。
濁ったただっぴろい海そのものだ、そう思った。
ノパ听)「ちがう」
(;メ^ω^)「へ?」
いきなり女の子は口を開いた。
そして、余所事のようにつぶやく。
ノパ听)「ここは…私の人生なの」
女の子は、茫洋とした口調でそういったきり黙り込んだ。
僕もそれ以上、なにも言わなかった。
それからしばらくただ黙って、ふたりで海をみていた。
- 166 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:01:49 ID:M.nW9uD.0
*―――――*
ドクオはまだ半信半疑だった。白黒グレーで言えばグレー。
だがたった今、ドクオは自分はからかわれているのだと明確に悟った。
('A`;)「おじさん…これがその…ナニですか」
( ФωФ)「そう…ナニだ」
ロマネスクがドクオを仏間に呼び、座布団に座らせるまでは、
ドクオにも「まさかもしかして」というのがあった。
だが、次の瞬間ロマネスクが仏壇と壁の隙間から、
夢のネズミ王国の菓子缶を引っ張り出した瞬間に期待は幻滅に変じた。
…あの「チョコクランチ」が入っているあの缶だった。
('A`;)(oh...)
( ФωФ)「…」
ちゃぶ台の上におごそかに置かれた缶は、切れかけた蛍光灯の光を受け、
ホコリを被ったように白茶けてみえる。なんともお粗末な宝箱だった。
('A`)(…まあこんなもんか)
ドクオの中の「まさかもしかして」は「HAHAHA!…FUCK」にとって変わられ、
それと同時に笑いがこみ上げてくるのを感じた。
ロマネスクの前でなければドクオは思わずにやついていただろう。
ドクオが笑いを堪えているところに、
ロマネスクがちゃぶ台越しに身を乗り出してきた。
- 167 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:02:31 ID:M.nW9uD.0
( ФωФ)「いいかドクオくん」
そういうとロマネスクは囁くような声で言った。
( ФωФ)「ここで見たことはなるべく内密にしてくれ。
そしてあまり深く考えないで欲しい」
('A`;)「…はい」
('A`;)(ふかくかんがえるな?それだけのものがこのチープな缶の中にあるのか?)
ドクオは笑いを通り越して当惑していた。
こんなロマネスクは見たことが無かった。
何かに怯えるような、何かをそこなうのを恐れるような…。
(;ФωФ)「あけるぞ」
('A`;)「…」
一瞬の間をおいて、缶の中身がちゃぶ台の上にあけられた。
(;ФωФ)「…」
(;'A`)「…」
ドクオは息を呑んだ。
鈴、さびた鉄釘、ボロボロの黒い棒、古い百円硬貨。
そして小さなフォールディングナイフが一本と、茶色いゴミのようなもの。
ガラクタばかりだった。
- 168 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:03:13 ID:M.nW9uD.0
居心地の悪い沈黙が仏間にのしかかる。
それからしばらくして鈴が転がってチリンと間抜けな音を立てた。
(;'A`)(釘とナイフと鈴、あと百円はまあ何かは分かる。
だがあの棒と茶色いフンみたいなのは完全な…)
( ФωФ)「きっと君は今思っているだろうな、
『なんだよガラクタとゴミだけじゃないか』と」
ロマネスクがのんびりとした声で、沈黙を破る。
('A`;)「う…」
図星を突かれて思わずドクオの目が泳ぐ。
そこにロマネスクは追い打ちをかけた。
( ФωФ)「じゃあ試しにその釘を持ってみなさい」
( ФωФ)「…面白いものが見られるぞ」
('A`;)「え?ええ…」
ドクオは言われるがまま、鉄釘を手の平にのせ軽く握った。
鉄釘はひどく錆びていた。手の中で転がしていると、
あっという間に赤錆で手は真っ茶色になる。
ただそれだけだった。
('A`)(…なにも見えないじゃないか)
- 169 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:03:54 ID:M.nW9uD.0
ぐるりと部屋を見渡しても、まさかと思って上を見てみても、
なにも変化がなかった。
錆の臭いが、ムッと鼻をつくだけだ。
('A`)「おじさん、これはなんかの…」
「ね〜え?あなた〜?どこにいるの〜?」
その時だった、廊下から女性の声がした。
「あなた」を探す女性の声は玄関の方から足音とともに近づいてくる。
('A`)(…?)
なんだなんだ、親戚でも来たのか?
ドクオはそう思ったがすぐ思い直した。
誰か来るなら、昨日のうちにロマネスクが何か言うはずだ。
そのうち開いていた食堂側の引き戸から、その人が入ってきた。
「あなた、食器が出しっぱなしよ?食べたらお茶碗は水に漬けなきゃ…」
(;'A`)「え…」
ドクオが久しぶりに見る顔だった。
その顔を最後に見たのは、大きな木箱についた覗き窓を通してだった。
「あら…」
そういってはにかんだ彼女は、ロマネスクの後ろに腰を下ろした。
周囲の人達が今まで散々見てきたように。
- 170 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:04:51 ID:M.nW9uD.0
J( 'ー`)し「どっくん来てたのね〜お久しぶり。元気だった?」
(;'A`)「ええ…げ、元気です」
初めて幽霊を目にしたドクオが最初に口にしたのは、
気の抜けた普通の挨拶だった。
(;ФωФ)「おいおまえ、ドクオくんはこういうの初めてだから」
J( 'ー`)し「ああ…ごめんなさいねぇ、びっくりした?」
(;'A`)「ええ、まあ…」
J( 'ー`)し「こんな状態だから複雑だろうけど…。
久しぶりにゆっくり話しましょうよ。
いいでしょう?あなた」
( ФωФ)「ん」
(;'A`)「あー…」
おばさん、元気そうだな。
血色はすこぶるいいし、前にあった時より太ってる。
そうおもったドクオは盛大に頭を振って思い直した。
彼女は数年前にすでに肝がんで亡くなっているのだ。
- 171 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:05:31 ID:M.nW9uD.0
(;'A`)「どういう事なんですか…?」
J( 'ー`)し「どうもこうもねぇ…。
うまく説明できないけど幽霊っていう風に考えると自然ね。
私もいまだに慣れてない状態ではあるけれど」
J( 'ー`)し「ひとつ言えるのは、死んでからも私はずっとこの家にいたし、
もうしばらくはこうしてここにいるってことね。
これも、さっきこの人があなたに話した特別な場所のおかげね」
そういうと、彼女は前に落ちた髪を指先で耳の後ろに戻す。
その彼女を見て、ロマネスクは小さく微笑んだ。
( ФωФ)「これでドクオ君の前で、
お前に話しかけても不審がられん」
そういった深く頷いたロマネスクに補足するように、ドクオに彼女はささやいた。
J( 'ー`)し「私が見えない、聞こえない人がいる時、
特に二人で料理してる時ってほんとに一苦労なの。
このまえホライゾンが台所にいたときもそうなんだけど、
この人ったら私が指で2ってサインだしたら、
小さじ二杯入れるところを大さじ二杯も入れちゃって…」
(;ФωФ)「あんまりそれを言わんでくれ」
- 172 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:06:14 ID:M.nW9uD.0
(;'A`)「でも、おじさんしか聞こえないんでしょ?
だったら口で言えば…」
J(*'ー`)し「だめなのよ〜。
この人私が話しかけたらどうしても口で返事しちゃうの」
(;ФωФ)「だって、しょうがないだろう!
だいたい私は何か言われて返事しない奴が大嫌いなんだよ!」
(;'∀`)「ははは…」
ドクオはあまりのことに力なく笑うしかなかった。
ちゃぶ台のうえに目を落とすと、
否応なく先程までゴミだと思っていたものが目に入る。
まだこんなのがいくつもあるというのだろうか。
まったくとんでもないことになった。
そんな気の利かないセリフが、ドクオの中を右往左往していた。
- 173 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:07:03 ID:M.nW9uD.0
第五話 終わり
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