( ^ω^)ブーンと円のようです

175 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:11:46 ID:M.nW9uD.0
ブーンと円のようです

    第六話
 
    「あいのこ」

176 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:12:40 ID:M.nW9uD.0

女の子と夕暮れの海を眺める。
残念なことにロマンチックな雰囲気ではない。
目の前には濁りきった海、そしてこの上なく生臭い潮風。

僕はいい加減正常な世界に戻りたくなってきていた。

(;^ω^)(それにしても嫌な匂いだお。
       生臭いというか獣臭いというか、なんの匂いなんだお…?)

ノパ听)「あなたはこの匂いを知っているはずだよ」

(;^ω^)「…やっと口を聞いてくれたおね」
       っていうか待てお、まだ僕はなにも言ってないお?」

ノパ听)「あなたの考えていることは私にも分かる。
    ここで、私に隠し事はできないよ」

(;^ω^)「ああそうかお…じゃあ」

ノパ听)「あなたが何をしに来たかも、もちろん知ってる。
     私を…私の記憶を紡ぐ…貴方には意味はわかってないみたいだけど」

(; ^ω^)「君には分かるのかお?」

ノパ听)「分かる、でもまだ教えられない」

そう言うと彼女は、僕がここに来て初めてこちらを向いた。
そして僕の薄汚れた姿を見ると、ふっと薄く笑う。
さすがにここまでボロボロだと、僕としても気恥ずかしいものがある。

177 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:17:45 ID:M.nW9uD.0
ノパ听)「あちこち引きずり回して悪かったね…おじさん、生傷だらけだ。
      でも、おじさんがあそこまでとろいとは思わなかったよ。
     こんなに強引に誘導しないといけないなんてね……」

(;^ω^)「なんなんだお、誘導ってどういう事だお」

ノパ听)「…おじさんがここに来て初めて感じた地震、そして大きな水の塊…。
     あれはすべて私が作ったものだよ、おじさんをここまで首尾よく連れてくるためにね」

(;^ω^)「君があれを?」

それまで僕はなるべく落ち着いたトーンで話そうと努めていたが、とうとう声が裏返った。
僕がさっきから味わっている天災尽くしはこの子が起こしていたのか?

ノパ听)「そう、すべては私の手のひらの上というわけね」

女の子はそういうと水面を見つめ、
何か思いついたように右手の人差し指をすっ、と上げる。
すると、女の子が見つめていた所から球状になった水が浮かび上がってきた。

(;^ω^)「おおお…」

最初、糸で吊られたガラス玉のようにふわふわと浮かんでいたが
女の子が人差し指を戻すとパシャッと音をたてて元の水面に戻った。

178 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:18:28 ID:M.nW9uD.0

ノパ听)「……さらに言えば、さっきまであなたが会っていた『私』は、
     過去の私のレプリカ、私という記憶の核はいまここにいる【私】」

どこか得意げに話す女の子を見ていると、突然脱力感が僕を襲った。
要は、いままで僕はこの子のお人形さんごっこに付き合わされていたのだ。
そのために駆けずり回ったり、玄関をこじ開けるために体を傷だらけにしたりした。

……僕は、分類としては『動けるデブ』だが無駄な運動は嫌いだ。

( ^ω^)「君は…さっきから僕を弄んでいたんだおね…」

ノパ听)「そうじゃないよ、私は助けて欲しかっただけ」

( ^ω^)「助ける?」

ノパ听)「ここは円の内側……この深淵の世界から私は一人では逃れられない。
     だから、あなたの助けが必要なの。
     私をこの場所から連れ出して欲しいのよ」

(;^ω^)「悪いけど、何を言ってるのかサッパリだお」

助けてほしいというのは分かったが、円の内側?深淵の世界?
最近、破滅的に意味不明な事ばかり言う人間にしか会わない。
だれか、一人でもまともな神経の通った人に出会いたい。

179 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:19:36 ID:M.nW9uD.0

ノパ听)「大丈夫、まあ分からなくても成りゆきでなんとかなる。
     ここに来る前に、彼女にもそんなことを言われたでしょ?」

( ^ω^)「…そうだったおね」

そうは言ったが、成り行きに任せるつもりなど毛頭ない。
あのログハウスに近寄ってから今にいたるまで、ずっと成り行きまかせだった。
そろそろ自分の意見も何か一つ通してみたいというものだ。

( ^ω^)「じゃあ、僕は何をすればいいんだお?」

ノパ听)「…あなたに私が求めてるのはそういうことじゃない。
     ただ、私の話を聞いて欲しいだけ。私を知ってほしいのよ」

(; ^ω^)「じゃあ他には…?」

ノパ听)「何も無い、強いて言えば余計な茶々を入れてほしくない。
     ここで重要なのはあなたの意志や意見ではなくて、あなたが私を知ることなの」

では、僕はただの傍観者だというのか。
そう思うと、本当に僕は自分があの荒巻とか言うエキセントリックな老人や、
この女の子にいいように使われる孫の手にでもなったような気がした。

僕は彼らにとって、都合のいい形をした木片ほどの存在でしかないのだろう。
だからこそ僕を拘束までしたくせに、
大したことを要求しないし肝心なところを話してくれないのだ。

180 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:20:54 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「じゃあ、せめて教えてくれお。
       いったいここは何なんだお」

ノパ听)「終点だよ、私の物語の。
    私は1946年、私の誕生日の三日前に発生した津波に飲まれて死んだ。
     私は……結局見つけてもらえなかった。
     私の姉が津波の直前に縫っていたこのワンピースが出てきただけだった」

あらためて僕は彼女の着ているワンピースをまじまじと見た。
黄色の地に、華やかに白い花が咲いている。
しかしよく見ると、襟がまだ半分しか付いていない。

ヒートは、僕の視線を気にも留めず話し続ける。

ノパ听)「…その生涯を端的に表したのが、この風景というわけ。
     全ては泥水の下に覆い隠され、忘れ去られた」

ノパ听)「姉の死によって完全に」

彼女の声は震えても、涙でふやけてもいない――完全に乾いていた。

言い終わると彼女はふたたび正確に5°視線を上げ、僕を視界の外に追いやる。
そうすると、彼女はどこか遠くを見ている風になる。

でも、僕には分かる。

彼女の瞳はもう何も映してはいない。
燃えるような夕日も、夕日に照らされた海も。
彼女の目からは、もう生気が感じられないのだ。

181 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:22:07 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「きみは…本当にヒートちゃんなのかお?」

ノパ听)「そうだなぁ、六十年とちょっと前まではね」

( ^ω^)「…生きていれば僕の父の一回り上かお」

ノパ听)「そうだね」

( ^ω^)「『中にいる人はみんな死んでいる』というのはやはりこういう事かお」

ノパ听)「よく知らないけどたぶん、そうだね」

気まずい沈黙が屋根の上に流れる。僕は脳内で自嘲した。
たとえ相手がどんな姿でも、女性に年を聞いたりするべきじゃない。
しばらくして、僕は静かに聞いた。

( ^ω^)「僕が…君を助けようとしたのはすべて無駄だったのかお?」

ノパ听)「そうね、でもそれを知ってて助けてくれようとしたんじゃないの?」

( ^ω^)「いや完全には無駄だと思ってなかったけど…まあ、そうだおね」

ノパー゚)「うれしいよ、本当にありがとう」

( ^ω^)「…そういうのは偽善じゃないかお?」

ノパー゚)「…実はつぶさにあなたの様子をみてたんだけど、
     あれ、走ってる前後とかなんか考えてたの?」

(;^ω^)(見てたのかお……)

182 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:22:48 ID:M.nW9uD.0

僕は自分の考えていたことを思い返してみる。
ワンピースのこと、彼女を助けて意味があるのか…。

(;^ω^)「いや、まとまったことは何も考えてないお。
        何もかも走ったあとで罪悪感みたいな…」

ノパ听)「なら、偽善とかそんなんじゃないよ、だって何も考えてなかったんだから」

( ^ω^)「…すまないお」

ノパ听)「あやまる必要なんかない。
     すべては巻き込んだ私に責任があるの」

( ^ω^)「…難しい言い回しを知ってるおね」

彼女の言葉は、彼女の見かけとは合っていなかった。
少なくとも、小学生の話し言葉ではない。

ノパ听)「…ときどきこの屋根の上に本が流れ着くの、あれを見てみて」

女の子が指さした先に本の山があった。
ひどく汚れていて、一見すると盛り上がった泥の塊のようにしか見えない。

ノパ听)「ここでの長い時間を私は本を読んで過ごしてきた。
     私と同じ、寄る辺のない物語たち…」

僕は彼女がこの屋根の上で本を読んでいる風景を想像した。
永遠に暮れない夕日の下で、ゴミ同然になった本を抱えるようにして読んでいる彼女…。
黙示録的だな、と僕は思った。

183 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:32:46 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「君がもう死んでるなんて…いまでも信じられないお」

ノパ听)「でも、実際に肉体も、魂も、すべて腐って消えてしまった……。
     記憶だけを置き去りにしてね。
     今の私はかつて存在していた私の影でしかない」

( ^ω^)「…」

ふたたび静寂が訪れる。

仕方なく、僕は海の遥か彼方に目を凝らす。
幻想的に感じられたこの光景も慣れてきたせいか、
僕にはひどく歪んで見えはじめていた。

広大な海の上に浮かぶ屋根、そこに佇む二人。
まるで、子供の描いた絵をそのまま現実に持ってきたような。

( ^ω^)「お…?」

ぼおっと水平線の辺りを見ていると、そこで何かがきらめくのが見える。
僕の見ている前で、緩慢に海の上を進んでいく。
遠目の利く僕には、その形がちいさな船に見えた。

ノパ听)「私の父はその船に乗ってやってきたの」

( ^ω^)「…え?」

ノパ听)「その船は朝鮮からの貨物船なの、私は海で船を見るたびに、
     きっとあの船が父の乗ってきた船なんだと思って大声で叫んでた。
     お父さんのお父さん…おじいちゃんによろしくねって」

184 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:33:43 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「きみは…」

ノパ听)「私は朝鮮人と日本人の混血なんだ。
     姉は母の連れ子だったから純日本人なんだけどね」

彼女ははじめて、屋根の斜面に腰を下ろした。
僕はその後ろに立って、遠くに浮かぶ白く輝く点を見つめる。

( ^ω^)

僕は女の子の背に目を落とした。
小さく、痩せた背中だった。
デレのほうがもっと小さかったはずなのに、
なんで彼女の背中がこんなにも小さく感じるのだろうか?

ノパ听)「私はこの生まれのせいでどちらのコミュニティにも…。
     日本人のコミュニティにも、
     朝鮮人のコミュニティにも受け入れられなかった」

ノパ听)「父が南方で戦死して…そのすぐ後に戦争が終わって…。
     それからあいつらは私を裏切り者の朝鮮人として迫害した。 
     部落の人達は、部落の中でも殊更いじめられていた私を避けた」

( ^ω^)「…」

羅宇字集落、そこは僕達の中でエッタと呼ばれていた人たちと、
朝鮮からやってきた労働者たちが住んでいた地域だと聞いたことがある。

そういえば近所に住んでいた、ありとあらゆる偏見に満ちた男がよく言っていた。
「あの辺で四(よつ)とかいうなよ、一斉に人が集まってきてどこかに連れていかれるぞ」と。

185 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:34:23 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「…ひどい話だお」

ノパ听)「そう、ひどい話。
     しかも結末は…この有様だよ」

そういうと、彼女は手近にあった小石を海に放った。
小石は波紋を立てることなく、水音さえ立てずに海に消えていった。

ノパ听)「さて、話題も尽きたし次に移ろうか」

(;^ω^)「なんだお、次って」

ノパ听)「…私の事をさらに知ってもらうのよ。
     じゃないと、私を紡げないからね」

そう言うと、彼女は立ち上がって足元の屋根瓦を何枚か引き剥がした。
そして剥がした瓦を無造作に海に投げ込むと、そこの土と埃を払う。
僕が彼女の前に回りこむと、そこに小さな落とし戸がついているのが見えた。

( ^ω^)(おお…そんなところに隠し戸かお)

ノパ听)「今作ったのよ、いいからあとについてきて」

僕の脳内を一瞥してそう言うと、彼女はさっさと梯子を降りていった。
なんだかさっきから梯子を登ったり下ったりしてばかりだ。
僕はわざとらしく溜息をついたが、ヒートには聞こえなかったらしく反応はなかった。

186 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:35:33 ID:M.nW9uD.0

幼女に指図されるのは実に複雑な気分だったが、しょうがない。
僕は女の子のあとを追って、屋根に開いた入り口を覗き込む。
穴の辺縁が夕日を受けているだけで、それより先は真の闇だった。
どうもかなりの深さがあるようだ。

( ^ω^)「今更、嫌だなんていってもしょうがないかお」

恐る恐る穴の中に全身を入れ、一段一段確かめるように降りる。
一段、二段、三段…十段…三十七段…百三段。
そこから先は数えなかった。

(;^ω^)(いい加減にしてくれお…これどこまで続いてるんだお)

そこからさらに三分ほど降りると、予想に反して乾いた地面に足がついた。
周りは鼻をつままれても分からないくらいの暗闇だ。

(;^ω^)「なにも見えないお…」

僕は何かあっても引き返せるように、木梯子に手をかけたままでいた。
これならとりあえず安全だ、そう思っていた。

(;^ω^)「!」

だが、僕の見通しは極めて甘かった。
地面に足をつけて三十秒と経たないうちに急に梯子が倒れた。

闇の中、手探りで地面に倒れた梯子を調べてみると、
そこにあったのは1メートル半ほどの長さしか無い、ごく普通の木梯子だった。
僕は手掛かりを失い、一人で闇の中に取り残される。

187 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:36:17 ID:M.nW9uD.0

(;^ω^)「ヒートちゃん!どこにいるんだお?」

彼女を呼んだが、返事は帰ってこなかった。
が、代わりに声が暗闇に吸い込まれるのと同時にパッと視界が明るくなる。
目の前には小さなカマドと、生活雑貨がきれいに整頓されて置いてあった。

そこはどこかの家の土間だった。

柱には小さな時計が紐で吊られており、三時くらいを指していた。
午後の三時だ―――障子から、陽の光がふんわりと入ってきていた。
目の前のカマドには、まだ昼の残り火が小さくくすぶっている。

背後からの物音に振り返ると、戸が薄く開いているのが見えた。
そこにはヒートちゃんと夫婦らしき二人、
そしてヒートちゃんより年上の女の子が一人。

間違いなく、ヒートちゃんの家族だった。

<ヽ`∀´>『とうとう…とうとう来たニカ…』

川д川『…はい』

('、`*川『…』

ノハ*゚听)『お父さん…』

中年の女性…おそらく女の子の母親が、
卓のうえに置かれた淡い桃色の紙を手に取って父親に渡した。
歴史の教科書でよく見る紙――赤紙、召集令状。
しかし、それからの父親の反応は僕にとって意外なものだった。

188 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:37:19 ID:M.nW9uD.0

<ヽ`∀´>『これでお国にようやく奉公出来ると言うものニダ。
      喜べ!お前たち!これでウリも本当の日本人になれるニダ!』

父親の日本語にはかなり強い訛りがある。
だがそれでいて、この地方には珍しく極めて標準語に近い形だった。

川д川『あなた…』

('、`*川『…』

ノハ*゚听)『お父さん!頑張ってきてね!』

女の子が「頑張って」と言った瞬間、母親が女の子をはたと睨みつけた。
前に垂れた黒髪の奥で、母親の瞳が細かく震えている。

川#д川『ヒート、お前分かってるのかい?
     お父さんはしんじまうかもしれないんだよ?』

川#д川『それでも、お前は頑張って言ってこいなんて言えるの?
     だとしたらお前は大馬鹿もんだよ!』

<ヽ#`∀´>『貞子ォ!』

父親が、農夫らしく盛り上がった肩を怒らせて母親を怒鳴りつける。
しかしそれに怯むことなく、彼女は怒りの形相もそのままに夫を睨み返す。
彼女の顔は小さな頃に見た般若の面によく似ていた。

川#д川『あなた、私はあなたがそんなに馬鹿だとは知りませんでした』

<ヽ#`∀´>『どういう事ニカ?』

189 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:38:20 ID:M.nW9uD.0

川#д川『本当にあなたは出征すれば、よその人に私達家族が認めてもらえると思ってるの?
       …そんな事は絶対に有り得ない、生きて帰れたとしても…きっと』

<ヽ`∀´>『…』

父親は黙りこむと、卓の上に置いた赤紙をじっと睨んだ。

<ヽ`∀´>『それでも、ウリは行かねばならんニダ』

川#д川『当然です。あなたが逃げればあとに残るかぞ…』

<ヽ#`∀´>『そういう事じゃない!なぜ分からんのだ!
       ウリは…この国のために血を流して働きたいニダ!』

父親は歯を食いしばり、一文字一文字を搾り出すように言った。

<ヽ#`∀´>『生まれた国は朝鮮でも!ウリの祖国は日本ニダ!
       鼻くそみたいなこそ泥だったウリに…。
       ウリにこの国はお前たち家族、田畑、
       そして日本人であるという誇りを与えてくれたニダ!』

<ヽ#`∀´>『その国に恩を返すためならば!そしてお前たちを守るためなら!
       ウリは喜んで命を捧げる!死んで護国の鬼になるニダ!』

母親はそこまで聞くと、気分が悪くなったのか畳に手をついた。

川;д川『あなた…もう…もうやめて私、気分が…』

<ヽ;`∀´>『どうしたニカ?』

190 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:39:08 ID:M.nW9uD.0

母親のようすがおかしい。
気がついた父親があわてて母親の隣に座り肩を抱いた。
母親は、そのまま夫の腕の中でぐったりとする。

川;д川『う……』

<ヽ;`∀´>『大丈夫ニカ?貞子…おい!
       ペニサス!誰か人を呼んでくるニダ!』

('、`;川『う、うん!』

ペニサスと呼ばれた女の子は立ち上がると、
僕のいる戸の方へ真っ直ぐ歩いてきた。

(;^ω^)(やばい!)

僕は咄嗟に逃げ出そうと、勝手口の戸に手をかける。
でも僕は反射的に手を引っ込めてしまった。
障子の向こうで突然、大勢の歓声が爆発したのだ。

(;^ω^)(何の騒ぎだお!?)

障子紙がビリビリと震え、気のせいか戸までも揺れた。
歓声の大きさに、僕は思わずその場で固まってしまう。

「「バンザーイ…バンザーイ…バンザーイ」」

(;^ω^)「…?」

191 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:39:51 ID:M.nW9uD.0

よくよく聞いてみると、歓声は万歳三唱の声だった。

おそるおそる障子を開けると、庭先にはかなりの人だかりが出来ている。
そこでは、さきほどの父親と見たことのない初老の男性が、
軍服を着こみあつまった人達に挨拶をしているところだった。

(;^ω^)(…いつの間に?)

さっきまで薄く開いていたはずの居間の戸は、ぴったりと閉じられている。
目を庭に戻してみると、ペニサスと母親が父親の後ろに控えているのが見えた。

最初、これが何を意味するのか分からなかったが、
壁に掛かっている時計が目に入ってようやく分かった。
時計は十一時を指していた。考えるまでもなく昼の十一時だろう。

いつの間にか、ヒートが見せたい場面まで早送りしたらしい。

( ^ω^)(それにしても、なんか妙な感じだおね)

目の前の集会の様子はなんとも言えない奇天烈なものだった。
ヒートの家の狭い庭は、溢れんばかりの人でごった返していた。
おそらく、50人は集まっている。

(;^ω^)( 出征前の見送り……?それにしては人が多いお)

しばらく様子を見ていると、やがて先程まで喋っていた初老の男性が、
父親に『お金』『食べ物』『千人針』などと大書きされた麻袋を手渡す。
……妙に黒ぐろとした筆跡が、なんとなく引っかかった。

192 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:41:32 ID:M.nW9uD.0

(;^ω^)(そんな学芸会の小道具みたいなもので、
       出征する父親を送り出すのかお……?)

とにかく袋を厳かに受け取った彼は振り返った瞬間には、
ヒートの父はすでに集まった人々に対して声を張り上げていた。

<ヽ#`∀´>『この金田ニダー!生還は期せず!
       全力で御国に奉公してまいります!』

(#‘_L’)『よくいった金田君!
      では金田ニダー君の武運長久を願って…バンザァァァーイ!!』

それを合図に集まった人々から再び万歳三唱が起こった。
まるで、終戦記念日が近づいた頃にやるスペシャルドラマのようだった。
そして歓声が止むと、父親はすぐそこにあった駅舎に走りこんだ。

(;^ω^)「…えっ?」

それから数秒で列車が出発し、町の方へ走っていった。
そこのたんぼのど真ん中に……駅舎?

(;^ω^)(いったいなんなんだお…?)

そのとき、後ろの戸からそっとヒートが出てきた。
そしてそのまま、僕の方へと歩いてくる。

ノパ听)『…』

(;^ω^)「あ…ヒートちゃん…」

193 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:42:29 ID:M.nW9uD.0

なんと声をかけていいか分からなかった。
父親が出征していく家族にかける言葉など、僕が知っているはずもなかった。

ノパ听)『……』

ヒートは僕を無視して開けっぱなし戸の前に来ると、
父の乗った列車の向かった方向をじっと見つめる。

ノパ听)『おとうさん…』

僕はそこで初めて気がついた。
この子は、最初にあった時のようなモンペを着ている。

( ^ω^)(まさか…)

僕は試しに彼女の前で手を二、三度振ってみたが、
予想どおり反応はなかった。
彼女は相変わらず、駅舎の方を見たままだ。

ノハ ;;)「…おとうさん」

(;^ω^)(君は……)

どうやら、彼女は僕が見せられている「過去」の一部であるらしい。
おそらく、いま僕は彼女は何一つ干渉できないのだろう。

( ^ω^)(多分触ろうとしてもすり抜けるんだろうけど……)

僕がヒートに触れようとしてもう一歩前に足を踏み出すと、突然足が地面に深々とめり込んだ

194 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:44:07 ID:M.nW9uD.0

(;^ω^)「!??」

続いて、下半身が何か生暖かい物に包まれているのを感じた。
ベトベトした液体の感触と猛烈な臭い。
僕はこの感触と臭いを知っていた。

(;^ω^) (糞溜めだお!)

いつのまにか僕は外にいて、肥溜めに太ももまで浸かっていた。
継ぎ足されたばかりなのか足元の泥濘には無数の蝿がたかり、うまそうに汁をすすっていた。
未消化の何かをそこに見たような気がして、僕はそこから目を逸らす。

(;゚ω゚)(くせええええええ!!)

肌に太陽の焼けつくような日差しを感じる。

季節は夏なのだろう。
温められた人糞の発する重く、まとわりつくような臭い。
刺激臭とまではいかなかったが、今にも息が詰まりそうだった。

いったい僕に何の恨みがあって、彼女は僕を肥溜めなんかに放り込むのだろう。

(;^ω^)(とにかくひでえ臭いだお…)

とにかく、ここから這い出さなくては。
そう思って、なにか掴まるものがないかと辺りを見渡した時だった。
僕のすぐ後ろに、頭から肥えをかぶった小さな女の子が立っていた。

195 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:45:10 ID:M.nW9uD.0

ノハ )『…』

(;^ω^)(な…)

彼女に声を掛けようとした僕の目前を、こぶし大の何かがかすめた。
その何かはヒートの頭に当たって砕け散り、彼女は大きくのけぞる。

(;^ω^)(え!?)

飛んできた方向を見ると、
そこには三人の子供が土の塊を手に立っていた。

一人は、こちらを指さしてげらげらと笑っている。
命中! とでも言わんばかりに、ばたばたと手を振り回しながら。

(#^ω^)「………!………!」

(;^ω^)「?……!?」

何をしてるんだお!
そう叫んだつもりだったが、なぜだか声が出なかった。
というよりも、僕の周囲の音が完全に消えていた。

(;^ω^)

子供たちは笑っているような、怒っているような妙な表情を浮かべていた。
こちらを見ながら、盛んに口を動かしているのを見ると、ヒートに何事か言っているらしい。
ヒートの方はといえば、黙ってされるがままになっている。

196 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:45:54 ID:M.nW9uD.0

子供たちの口の動きを見ていた僕は、
彼らがひとつの単語を繰り返していることに気がついた。

( ^ω^)(あ、い、の、こ…?)

一瞬、何のことだか分からなかった。
この言葉も死語になって久しい。
あいのこ。混血児。


(;^ω^)(そういう事かお…)

おそらくヒートの受けたいじめの様子なのだろう。
なぜヒートは抵抗しないんだ?
なぜ、急に音が聞こえず声も出せないようになったんだ?

僕は訳がわからないまま、その場を動けずにいた。

(;^ω^)(さっきからむちゃくちゃだお………。
       妙な集会に肥溜め、それに急に耳が聞こえなくなって……)

反応を期待して彼女を見たものの、彼女はなにも言わなかった。
相変わらず、足元に広がる人糞の成れの果てをじっと見つめるばかりだ。

ノパ听)『!』

ヒートが何かに気がついたように突然顔を上げる。

197 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:47:25 ID:M.nW9uD.0

彼女に土を投げていた子供たちが、遠くの方を見て身を固くするのが分かった。
そちらには先端に大きな刃物がついた、長い棒状の物を手に近づいてくる人物がいる。
ヒートの姉、ペニサスだった。

('、`#川『くそがきどもがぁぁあああああ!!!』

彼女の叫び声とともに、音が戻ってくる。
さっきまでにやついていた子供たちは、一転して真っ青になった。
その内のひとりが怯えた声を上げる。

『うわっ!ペニサスだ!』

『おい…なんでマサカリなんか…』

『いいから逃げろ!なにされるか分かんねえぞ!』

『うわああああ!』

子供たちの姿が消えるのを確認すると、ペニサスは小走りにこちらにやってきた。
彼女は肥溜めの端まで降りてくると、農具の柄をヒートに向かって突き出しながら言った。

('、`;川『ほら、ひーちゃん掴まって』

ノハ*゚听)『おねえちゃん!』

('、`*川『いいから早く!』

ヒートがやっとのことで人糞の沼から這い出すと、ペニサスは間髪無く彼女に平手打ちを食らわせる。
鈍い音が、離れたところにいる僕のところにまで響いた。

198 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:48:10 ID:M.nW9uD.0

('、`#川『なんで一人で帰ろうとしたの!
      学校帰りは危ないから一緒に帰ろうって言ったでしょ!』

ノハ;゚听)『ごめんなさい…でも私と一緒にいるとおねえちゃんも…』

('、`#川『そんなの関係ない!』

ヒートのそばにかがむと、ペニサスは小さな体を抱き寄せる。
そして、静かな口調で言った。

('、`*川『私は何されようが、何を言われようが平気。
     でも、ひーちゃんがあんなことされるのは耐えられないの』

ノハ;゚听)『…うん』

('、`*川『二度とお姉ちゃんの言うことを無視しないで。
     約束しなさい。』
     
ノパ听)『…わかりました』

('、`*川『よし!じゃあ、帰りましょうか。服、洗ったげるからね』
     
ノハ;゚听) 『…』

('、`*川 『なによ』

ノパ听) 「あ…ありがとう、ねえちゃん」

  ('、`*川 『…いいのよ、ほら行くよ』

199 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:48:57 ID:M.nW9uD.0

ペニサスは服が汚れるのもかまわずにヒートをおぶると、
ゆっくりと羅宇字のほうへ歩いて行く。
僕は肥溜めにはまった状態で、彼女たちの後ろ姿を見送った。

( ^ω^)「…」

仲の良い姉妹だ。
だが彼女たちもあと少しで引き離されることになる。
そう思うと、どうにもやりきれなかった。

( ^ω^)(……これを全部黙って見てろっていうのかお)

紡げだとか癒せだとか、よく分からないことを言われてここにやってきた。
でもそのやり方が分からないし、癒すべき本人にさえ「何もするな」と言われてしまった。

僕は、仕方なく部屋の隅に行って背中を壁に預けた。
こういう時は新しい展開があるまで大人しくしているのが……。

(;^ω^)「って、いつの間にまた…」

今度はどこかの部屋にいる。
今もその前も、僕は場面が変わった事にまったく気がつかなかった。
      
慌てて周囲を確認すると、僕がいるのはどうも物置部屋らしかった。
布団やら、行李などが部屋の隅に雑多に積み上げられている。

(;^ω^)(自分の感覚があやふやになるって言うのは、
       なんとも不気味なもんだお…む?)

不意に部屋の戸が開き、ペニサスとヒートが雪崩れ込んできた。
彼女たちは急いで戸を閉めると、ひそひそと何事かを話し始める。

200 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:49:40 ID:M.nW9uD.0

('、`;川 『ふー、母さんに見られなかった?』

ノハ*゚听)『だいじょぶだと思う、庭に出てたから』

('、`*川 『よし…じゃあ出して』

ノハ*゚听)『うん!』

ペニサスが服の中から布を、そしてヒートがマッチ箱を取り出す。
ペニサスの持ってきた布を見ると、ヒートは嬉しそうに大きく目を見開いた。

( ^ω^)(あれは……)

布の柄に、見覚えがあった。

ノハ*゚听)『うわあ…すごくいい色…』

('、`*川『渡辺さんとこのおばあちゃんが余ったのをくれたのよ。
     新宮で服屋をやってる親戚が、急にたくさん送ってきたとかでね』
     
ノハ*゚听)『きれいね〜本当につくってくれるの?』

('、`;川『あんた何回その質問すんのよ…やったげるって言ってるでしょ』

ただし、と彼女は付け加える。

('、`*川『やり方は教えてあげるから手伝って。
     お手玉はもう作れるわね?』
     
ノハ*゚听)『うん…たぶんね!』

201 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:50:27 ID:M.nW9uD.0

('、`;川『自信ありげに多分とか言わないでよ…まあいいか。
      まずはお裁縫道具みせて』     
     
ノハ*゚听)『うん!』     
      
ヒートがマッチ箱を開けてみせると、その中には糸と数本の針が入っていた。
大方、母親の裁縫箱からくすねてきたのだろう。
古ぼけた針には、薄く錆が浮いている。

ノハ*゚听)『お母さんが使ってない方のお裁縫道具から借りてきた!』

('、`*川『どれどれ……針は、これとこれがあればなんとか。
     ハサミは私のがあるし、当面はこれだけでも大丈夫ね』
     
ノハ*゚听)『ちゃんと出来るかな…』

('、`*川 『あ、そうだ。
      服って言っても何がいいの?』
                  
ノハ*゚听)『え?』

('、`;川『え?ってまさかあんた、なんにも考えてなかったの?
      あのね〜…あんたのお誕生日のプレゼントなんだよ?』

ノハ*゚听)『じ、じゃあワンピースがいい!』

('、`;川『じゃあって…もう適当なんだから』

呆れたように首を傾げるペニサスだったが、
やがてケラケラ笑っているヒートを見てつられるように微笑んだ。

202 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:51:11 ID:M.nW9uD.0

('ー`*川 『でも、悪くないよ。
      ワンピースなら比較的簡単だし、
      きっと誕生日にも間に合うわね』
     
ノハ*゚听)『うおおおおおぉおおおおお!!!
      お姉ちゃんありがとおおおおおおお!!!』  
      
('、`;川『こらっ!声が大きい!』

ヒートが叫ぶと、近くから床が大きく軋む音がした。
……誰かが来る。

ノハ*゚听) 『あ…』

('、`;川 『やば…持ってるの隠して!』

ノハ;゚听)『うん!』

二人が積まれていた座布団の間に持ち物を隠すと同時に、
部屋の襖が開き、そこからぬっと母親の首が突き出された。

川д川『ふたりとも…なにしてるの?』

('、`;川『あー。
      二人で話してたの、今日の学校でセントジョーンズ君がバギm』
     
川д川『そんな事はいいから、ペニサスは勉強しなくていいの?』

('、`*川『あ…うん』

203 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:51:51 ID:M.nW9uD.0

川д川『…』

ノハ;゚听)『…』

母親はヒートに冷たく一瞥をくれると、そのまま黙って襖を閉めた。 
彼女が歩き去っていくのを待ってから、ペニサスがヒートの額を指で軽く弾く。

ノハ><)『いたっ』

('、`*川『もう…なにやってんのよ。
     もう少しで取り上げられるところだったじゃない』
     
ノハ;゚听) 『…ごめんなさい』

('、`*川『じゃあ、明日から始めるから。
     母さんが野良仕事してる間にやりましょ』
                  
ノハ*゚听) 『わかった!ところでさ…』

('、`*川 『うん?』

ノハ*゚听) 『ワンピースってどんな服なの?』

('、`*川 『…え?』        

(;^ω^)「え…?」

思わず、声が出た。
そりゃないよ、ヒートちゃん。

204 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:53:02 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)(でもまあ、こんな山奥でしかも戦後間もなくだから…。
       知らなくても不思議じゃないおね)

きっと、どこかで聞いてきた名前の響きだけで、
「ワンピース」と言ったのだろう。

それに思わず吹き出しそうになった僕のかかとの辺りに、何かがコツンと当たった。
水面から拾い上げるとそれは小さな木の表札で、表に楷書で「山村貞子」と書かれている。
貞子、姉妹の母親がそう呼ばれていた気がする。

(;^ω^)「……あれ?」

今度は僕は海の上に、しかも水面に立っていた。
ヌルヌルした砂の上に立っているような感触が靴越しに伝わってくる。

(;^ω^)「おお…またいきなりなんて所に……」

周囲にはばらばらになった何かの破片や木の葉が、
下品なモザイク画みたいにして浮かんでいた。
そのまんなかには自分と…何か、白い塊が浮いている。

( ゚ω゚)(あれは……?)

――僕はなぜだか、それがヒートだとおもった。

ノハ  )

ヒートの面影は、ほとんど残されていなかった。
着衣はほとんど脱げ、腹が妊婦のように大きく盛り上がっている。
というよりも、全身が元の何倍にも膨れ上がって……。

205 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:53:50 ID:M.nW9uD.0

(;゚ω゚)(……!)

かなり前だが、浜に水死体が打ち上げられたことがある。
目の前の彼女はそのときの死体によく似ている。

(;゚ω゚)「ヒートちゃん…」

ノハ  )

多分これは、津波のあと流されて行ったヒートの体。
こんな物をなぜ彼女は僕に……。

その時だった。
水の中に沈んでいた彼女の頭のあたりから、
ごぼり、と泡がたった。


(;゚ω゚)「!?」

生きているのか?
とにかく、彼女を助けなくては。

途中、ちいさな波に足を取られながらも、
僕はヒートの所へと向かった。

そうだ、こういう時はまずどうするんだったか。
声を掛けて意識の有無を確認して、それから。
―――かつて受けた講習の記憶ははひどくぼんやりしている。

206 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:54:44 ID:M.nW9uD.0

( ゚ω゚)「おい!だいじょぶかお!?」

ノハ  )

彼女の腰と、頭を支点にして水面上に持ち上げる。

( ゚ω゚)「なんだ…?」

左腕に抱いたヒートの頭は、妙にぬめっていた。
見ると、彼女の頭皮は僕の触れたところでズルリと剥けている。

ノハ )

側頭部には何かに激しくぶつかった痕があり、
あるべき皮膚と、耳のほとんどが失われていた。
赤みを失った腐りかけの肉のかけらのみが、そこにぶら下がっている。

(;^ω^)(いや、でもさっき息が…)

そうだ、さっき泡が水面に上がってきたじゃないか。
僕は、彼女の手首を掴んで脈を取る。
だが緊張しているせいで自分の脈なのか、彼女の脈なのか判然としない。

(;^ω^)(分かんねーお…どうしたら…)

(;^ω^)(!……じゃあ呼吸のほうは!?)

呼気を確かめようと、彼女の顔に手を伸ばした。
しかし、その顔を再び見た僕の手は途中でピタリと止まった。

207 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:55:31 ID:M.nW9uD.0

ノハ )

死人の口の端からくぴくぴと耳慣れない音と共に、
黄色く濁った体液のようなものが流れだしていた。

(;^ω^)(あ…)

僕がすこし体を動かすたび、その量は増えていくようだった。
とても、嫌な臭いがした。ほかに類えようのない、死者の匂い。

たしかにヒートの言ったとおり、この匂いを僕は知っていた。

(; ω )(こんな事って…こんな…こんな事が…)

もはや、疑う余地はなかった。
自分の腕の中にあるのは、遺骸でしかない。
そう感じると同時に、腕に込めていた力が抜け落ちていった。

また、救うことができなかった。

(  ω )「…」

ヒートから手を放すと、彼女は水面下に沈んでいった。
彼女がいなくなると、僕は見知らぬ海の上でひとりになる。

(  ω )「…これでいいのかお?」

立っている気力さえ、もう僕には残されていなかった。
その場で横になると、揺れる波間に体を預けた。

208 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:56:15 ID:M.nW9uD.0

(  ω )「君の見せたいものはこれだけかお?
      じゃあ、君を紡げるわけだおね?どうやるか知らないけど」
      
意味もなく、右腕を水面に叩きつける。

(  ω )「さあ、もういいんじゃないかお?」

場面は、もういくら待っても切り替わらなかった。
まあ当然だ。主人公の死のシーンの後に、何が残っているというのだろうか。

( ^ω^)「……空が綺麗だお」

空だけは、きれいに晴れ上がっている。
死ぬんだったらこんな天気の日がいいな。
ふと、僕はそう思った。

(  ω )「眠いおね」

突然の眠気に目を閉じるその刹那。
僕は遠くから、霧笛のような音を聞いたような気がした。

209 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:56:57 ID:M.nW9uD.0

―――――――――
―――――
――


内藤は頭に感じる冷たい感触で目を覚ました。
手に握りしめたままのワンピースを目にすると、
自分の周りに現実が戻ってくるのを感じた。

( ^ω^)「…生きてるのかお」

ぼやくようにしてそう言うと、内藤は体をゆっくりと起こした。
周囲を見渡すと、相変わらずスチールの筐体が果てしなく列を作り、
蛍光灯は切れ間なくその間の通路を素っ気なく照らしている。

とりあえず、帰って来れたようだ。
内藤はほっと胸をなでおろした。

( ^ω^)(だけど…)

安心感とともに胸に押し寄せてきたのは、無力感だった。
自分はまたしても見ているだけしかできなかった。
内藤はそれが悔しくて仕方なかった。

(  ω )「くそぉ…」

なぜ、姉思いの女の子があんな無残な死に方をしなくてないけなかったのか。
自分の誕生日を目前に控え、姉からのプレゼントを心待ちにしていた小さな女の子が。
そして自分はまた……。

210 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:58:56 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「いや……」

しかし、まだだと内藤は思い直す。
自分の仕事はまだ終っていない。

( ^ω^)「巡りあわせる……かお」

ツナギの女はそう言っていた。
巡りあわせるべき人がヒートにはいるのだ。
そして内藤は、それが誰か知っている。

ヒートの事を常に気に掛け、暖かく包みこんであげていた人。

その人の事を思い浮かべた内藤は、
手にしていたワンピースが強く熱を持つのを感じて思わず手を離す。

(;^ω^)「!」

突然、ワンピースが透明な誰かが着たみたいにして内側から膨らんだ。
そして床から少し離れた高さに浮かび、その場でくるくると回る。
まるで踊っているようにくるくる、くるくる。

内藤は、その動きに強い既視感を覚える。

(;^ω^)「まさか…?」

内藤が洩らした疑問に答えるように、回転が止まる。
すると次の瞬間、出し抜けにワンピースがどこかへ向かって走り去っていく。
内藤はふらつきながら、その後を追った。

211 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 21:59:44 ID:M.nW9uD.0

(;^ω^)「待ってくれお!」

十メートルほど走っただろうか。
彼女は箱の一つの前に立っていた。

内藤が箱の中から取り出したときは泥まみれだったが、
不思議なことに今の彼女にはシミひとつ付いていなかった。

( ^ω^)「ここにいるのかお?」

言葉少ない質問に、彼女は箱についている引き出しの三段目を叩くことで答える。
内藤がそこを開くと内藤と、彼女の目当てのものがあった。

( ^ω^)「…」

大きな引き出しの中には、薄汚れた小さな布が入っている。
元は白かっただろうそれを、内藤は静かに取り出した。
そして、手のひらに乗せて彼女に差し出してみせる。

内藤は、彼女が笑っているのが見えた気がした。

( ^ω^)「…当ててみせてくれないかお?」

見えない手が、内藤の手から布を受け取った。
そして、長らく自分に欠けていたその布を仮にあてがって見せる。

ワンピースの襟のもう片方。
半世紀を超えて出会ったにもかかわらず、
首もとにしっくりとなじんでいるのを見て、内藤は微笑んでみせた。

212 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:00:26 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「……よく似合ってるお」

ノハ*゚ー゚)「…ありがとう」

ワンピースの持ち主が、ふっと現れる。
あたかも初めからそこにいたかのように。

そしてヒートはふんわりと笑うと、内藤にくるりと一回転してみせた。
夏の太陽の光のような明るい黄色が、その笑顔に実際よく似合っていた。
  

ノハ*゚ー゚)「じゃあ、いこっか!」

(;^ω^)「はい?」

どこに?と内藤が聞く前に、
ヒートは内藤の手を引いて駆け出していた。
まったく、強引な子だ。

そう思った内藤だったが、抵抗することはしなかった。

ノハ*゚听)「ぬおおおおおおおおおおお!」

(;^ω^)「ちょ、全力ダッシュはやめるお!
       まじ転ぶっておっさんの衰えた平衡感覚なめんま!!!」
       
それからわずか数メートルで、内藤は無様に転んだ。
だが、頬に当たったのは冷たいタイルではなく、
燃えるように熱い石の塊のようなものだった。

213 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:01:27 ID:M.nW9uD.0

冷たいのか熱いのか、
どちらか分からない僕は混乱しながらひょいと飛び上がる。

(;゚ω゚)「あqsうぇdfrtgyふじこlp;@:」

(;゚ω゚)「って…あれ?」

慣れたつもりだったが、
突然の周囲の風景の変化にやはり戸惑ってしまう。
……僕達は、美府町の街中にいた。

頬をなでると、めり込んだアスファルトの一部がパラパラと落ちていく。

ノハ*゚听)「ほら!立ち止まってる暇ないぞぉ!
      走れ内藤!いざ…」
     
ノハ*゚听)「お姉ちゃんのところへ!」

どこまでも広がる夏空の下。
果たしてどこまで連れまわされるのだろうか。
そんな事を思っている間もなく、僕はヒートに引きずられていく。

214 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:02:29 ID:M.nW9uD.0
―――――――――
―――――
――

      
      
ヒートに手を引かれて付いた先は、どこにでもありそうな民家の庭先だった。
庭先と行っても、そこには手入れの行き届かない庭木くらいしかない。
表札には、「伊藤」とだけ書かれている。

( ^ω^)「お姉ちゃんはここかお?」

ノハ*゚听)「そうだぞ、間違いない」

「じゃあ、おばあちゃん。あたしそろそろ行くね〜」

(;^ω^)ノハ;゚听)「!」

家の中から明るい女の声が聞こえて、僕とヒートは思わず塀の後ろに隠れた。

ミセ*゚益゚)リ「〜♪」

(;^ω^)(うわ、えれえブサイクだお…)

出てきたのは、妙に醜悪な顔をした女だった。
鼻フックした山田花子。それが一番近い。

215 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:03:42 ID:M.nW9uD.0

ノハ*^竸)「wwwwwなんだあいつwww豚みたいな顔してたなwwwww」

(;^ω^)「ほら、いいから行くお!」

女の後ろ姿を指さして笑うヒートを引きずって、僕は玄関の呼び鈴を鳴らした。
しかし、反応は無い。さっきの女の様子では、少なくともおばあちゃんはいるはずなのだが。

ノハ*゚听)「いいから入っちゃおうよ!」

( ^ω^)「いや、でもさすがに…」

ノハ#゚听)「うるせぇ!さっきみたく…ぶちやぶれぇええええええぇ!」

(;゚ω゚)「こらこらこらこらこら!」

玄関ドアのガラスに飛び蹴りを食らわそうと構えたヒートを、
何とか押しとどめて試しにドアを開けてみることにした。

幸運にも、さっきのブサイクは鍵をかけ忘れていってくれたらしい。
ドアを開けると線香の香りがむわっと顔にかかった。

ノハ*゚听)「おお!あいてたかぁ!」

(;^ω^)「頼むからいきなし飛び蹴りはやめるお…」

ノハ*゚听)「しょうがないな…わかったよ」

( ^ω^)「うん…で、お姉ちゃんは?」

ノハ*゚听)「ああ、臭いからすると…奥にいるみたいだな」

216 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:04:31 ID:M.nW9uD.0

(;^ω^)「匂いって…」

ノハ*゚听)「…おじさんは自分の家族の匂いも分からないの?」

(;^ω^)「いや…」

ヒートは履いていたサンダルを乱暴に脱ぎ捨てると、
近くにあった窓に駆け寄って外の様子を眺め始める。

ノハ*゚听)「おー!スゲー!!!建物がすごく増えてる!」

(;^ω^)「…ふー」

僕はいきなり炎天下に晒されて、どろどろに汗をかいていた。
ひとまず、僕も框に腰を掛けて一息いれることにする。
ややあって汗も引いた頃に、僕は彼女に声を掛けた。

( ^ω^)「これで良かったのかお?」

「なにが?」

( ^ω^)「君をこうしてお姉さんの所に連れてきて、
       僕の仕事はそれで終わりなのかお?」
       
「…まだ、やることはあるよ」

顔を窓の外に出しているために、彼女の表情は分からない。
しかし声の調子は、屋根の上にいたヒートより弾んでいる。

217 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:05:45 ID:M.nW9uD.0

僕は思い切ってさっきのことを聞いてみることにした。

(;^ω^)「さっきの……海の上で」

「やめて」

さっきまでの明るい声はどこかへ消し飛び、
代わりに凍るように冷たい拒絶が返ってくる。

―――僕は、彼女が「何それ?」と言ってくれるのをどこかで期待していた。

だが、やはり彼女は彼女だったようだ。
あの、屋根の上にいた表情のない少女。


( ^ω^)「…いい天気だおね」

「そうね」

( ^ω^)「…」

そうしてしばらく彼女は外を見ていたが、やがてこちらを振り返った。
その顔は、先程までみせていた屈託の無い子供の顔だった。

ノハ*゚听)「じゃあ、そろそろいこうか!」

( ^ω^)「お」       

ゆっくり立ち上がると、ヒートの後についていく。
彼女は一枚のドアの前に立つと、急に立ち止まって僕を見る。

218 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:06:27 ID:M.nW9uD.0

ノハ;゚听)「おじさん」

( ^ω^)「どうしたんだお?」

ノハ;゚听)「こういう時ってどう言えばいいんだ?
      ごめんなさい?それともひさしぶり?」

(;^ω^)「えっと」

どう言えばいいかなんて僕にも分からない。
でも……。


( ^ω^)「そばにいてやるだけでいいと思うお」


ノハ;゚听)  「うん…」


それが短い時間だったとはいえ、彼女たちは姉妹として暮らしてきたのだ。
だから言葉を連ねるより、そっと寄り添ってあげるのがいいだろう。

ノハ*゚听)「じゃあ……」

( ^ω^)「さあ、いってあげるお」

ノハ*゚听)「うん!」

219 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:08:11 ID:M.nW9uD.0

ヒートがドアの向こうに消えると、僕は玄関まで戻った。
途中、ヒートがそこから外を覗いていた窓が目に入る。
見えるのは、僕にとっては馴染み深い美府町の風景だ。

遠くに見えるパチンコ屋の看板を見た僕は、
だいたいここは99年前後だろうと当たりをつけた。
あの店は、確かそのくらいまで残っていたはずだ。


( ^ω^)「……」


津波など無かったかのように町はそこにある。
ヒートは、この光景を見て何を思っただろう。

自分を置き去りにして生き続ける町。
かつて彼女を迫害し、無視した人間の子供達の住む街。
彼女は彼らを許したのだろうか―――それとも。

それから窓の外を眺めるのに飽きた僕は家の内装を観察したり、
靴箱の上に置いてあった小物をいじくったりして時間を潰していた。
しかし、待てど暮らせどヒートがここに戻ってくる気配はない。

(;^ω^)(遅いおね)

三十分、一時間、と待ち続けたがまだ来ない。
僕はそっとドアのところへ行って様子を伺うことにした。

(;^ω^)(まあ、心配はいらないんだろうけど……念のためだお)

220 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:08:54 ID:M.nW9uD.0

静かにドアに耳をつけてみるが、中では物音ひとつしない。
僕はそのままなにか聞こえるまで待っていたが、何も聞こえないまま時間が過ぎていく。

( ^ω^)(ほんとに大丈夫かお?)

ドアノブに手をかけようとしたその時、小さな音が僕の耳朶を打った。
その音は、僕がさっきから聞かされ続けて飽き飽きしていた音だった。

( ^ω^)(……波の音?)

ここは海から近いとは言え、流石にここまで聞こえてくる筈がない。
僕は思い切ってドアを開け、中に入った。

(;^ω^)(なんで誰もいないんだお?)

部屋の中はもぬけの殻だった。
そこには介護用のリクライニングベッドがあり、その脇のカラーボックスには、
老人用おむつやタオルなどが綺麗に整頓され収まっている。

部屋に一つしかない窓のカーテンが、
風に吹かれている以外に動くものは無い。
――波の音もそこから聞こえているようだった。

( ^ω^)(なんなんだお……?)

窓の外を覗いてみると、そこには砂浜が広がっていた。
ここから浜までは少なくとも十分は歩くはずなのだが。
……ともあれ僕はそこに寄り添うようにして立つ、女の子たちの姿を見つけた。

221 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:09:50 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「……会えたんだね」

窓枠を乗り越えて砂浜の上に着地する。
夏の日差しに晒された砂が、靴下しか履いていない僕の足裏を焼いた。

(;゚ω゚)「熱っつう!なにこれあっつうううううう!!!」

('、`*川「?」

ノハ*゚听)「あっおじさん!」

('、`*川「あらひーちゃんも知ってるの?」

(;^ω^)「ええ、僕がこの子をここまで……って熱い!熱い!!!」

僕は二人のところまで走っていき、
靴下をその場に放り捨てて波に足をつける。
足の裏から冷たい砂がしゅるしゅると熱を奪っていく。

(*^ω^)「ふおぉぉぉぉ…」

('、`*川「あらあら…」

ノハ*^竸)「wwwwおじさんもしかしてバカ?wwwww」

(;^ω^)「その笑い方かなりむかつくからやめるお!」

何とか落ち着いた僕は、二人に向き直った。
彼女たちはなんとも言えない顔でこちらを見ている。

222 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:10:43 ID:M.nW9uD.0

('、`*川「…やっぱり面白い子ね」

ノハ*゚听)「それにやさしいんだぞ!」

( ^ω^)「それはどうもだお」

('、`*川「ヒートがお世話になったみたいですね
     …どうもすみませんでした」

( ^ω^)「いやまあ、気にしなくてもいいお。
       ところで…」

これで僕は二人を巡りあわせてあげたことになる。
ここで僕の役目は終わりのはずだ。

しかしとりあえず本人たちに確認を取りたかったし、
なにより僕は元いたところへ帰る方法を知らなかった。

('、`*川「分かっています。
     あなたのおかげで、こうしてまた私もヒートに会うことが出来ました。
     本当にありがとうございました」

そういうとペニサスは深々と頭を下げた。

('、`*川「ところで…気が付きませんか?」

( ^ω^)「なににだお?」

('、`*川「まあ、覚えてないのも仕方ないけど…。
     小学校の頃の校長先生はおぼえてる?」

223 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:11:28 ID:M.nW9uD.0

( ^ω^)「もちろんだお」

小学校の校長だったのは伊藤先生だ。
そこで僕ははっと気がついた。

(;^ω^)「もしかして、伊藤先生のご家族かお?」

('、`*川「…いえ、私が伊藤です」

(;^ω^)「はい?」

目の前にいる女の子は、十代前半にしか見えない。
この子が伊藤先生?
幼い頃の思い出の中にいる伊藤先生と、彼女が上手く結びつかない。

('、`*川「まあ、分からなくてもしょうがないね。
     もうあの頃わたしはもうおばあちゃんだったから」

それを聞いた僕は、
さっきの部屋にあった介護用のベッドとオムツのことを思い出す。
まさかあの部屋の主は。

('、`*川「そうよ、あの部屋にいたのは私。
     死ぬ何年か前に卒中で倒れて寝たきり生活になっちゃった」

(;^ω^)「そうだったんですかお…」

全然知らなかった。
まさか、そんな事になっていたとは。

224 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:12:10 ID:M.nW9uD.0

('、`*川「バカな孫にはほっとかれるし、もう散々だったわよ。
     死ねたときは本当にせいせいしたわ」

(;^ω^)「おお…」

('、`*川「で、唯一の心残りがこれよ」

伊藤先生は横にいるヒートの襟元を指さす。

('、`*川「ひーちゃんにこれを縫ってあげられなかった…。
     それだけがくやしくてねえ…」

(;^ω^)「…はあ」

('ー`*川「そうそう内藤くん、気楽に話してちょうだい。
      私もその方が楽だから」

(;^ω^)「すみませんお」

…いつのまにか敬語になっている自分が恥ずかしかった。

ノハ*゚听)「じゃあお姉ちゃん、先生になれたんだ」

('、`*川「まあね、でもやろうと思ってたことは何もできなかった」


('、`*川「…ヒートみたいな子を救いたいと思ったのに。
     教員になっても教頭になっても、校長になっても…。
     校内で差別は無くならなかったし、見えないところでいじめが起きてた」

225 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:13:05 ID:M.nW9uD.0

('、`*川「努力したつもりだったんだけどね…」

ノハ*゚听)「でも、お姉ちゃんはいじめられてる子を助けてあげたんでしょ?」

('、`*川「助けられたのはほんの一握りよ。
     あとの子は…」

ノハ#゚听)「だあああああああああああああああああ!
       もういいよお姉ちゃん!」

('、`;川「……ひーちゃん?」

ノハ#゚听)「お姉ちゃんは出来る限りいじめをなくそうとしたんでしょ?
      もう、それだけで十分だよ!」

('、`*川「でも…」

ノハ#゚听)「でももかかしもあるかあああああああぁあああああああああああ!」

頬がびりびりするほどの咆哮だった。
僕が彼女にあって以来、もっとも大きな叫び声だろう。
そのままの調子で彼女は続ける。

ノハ#゚听)「たとえ、当人たちを救えなくても!
      お姉ちゃんがいじめを止める姿を見て!
      周りの人達がいじめはやっぱり良くないって感じれば!
      絶対に少しずつ良くなってくんだよ!」

226 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:15:07 ID:M.nW9uD.0
ノハ#゚听)「あなたの行為は決してその場限りのものじゃない!
      あなたの意志や善意は共感した誰かに必ず受け継がれていく!」

ノハ#゚听)「先生なのになんでそんな事もわかんねえんだよおおおおおぉおおおおおおお!!!」

(;^ω^)(……うおっ!)

烈帛の気合を込めて放たれた言葉は、凄まじい風を巻き起こした。
巻き上がった砂が目に入りそうになって、僕は思わず目を覆った。

風が収まる。
それと同時に、肩にぺたぺたと何かが当たるのを感じた。
目をおそるおそる開けると、空から無数の何かがひらひらと落ちてきているのが見えた。

(;^ω^)「これは……花?」

ヒートのワンピースに描かれているのと似た、透き通るように白い花びら。
それが、時期はずれの雪のように砂浜に降り注いでいる。
すぐに浜も、海さえも白く塗りつぶされた。

  代わりに白い花びらの海が、どんどん広がっていく。
  現実では見たこともない、清らかで輝かしい光景だった。

('、`*川「…そうね。
     なんでいままで分かんなかったのかしらね」

ノハ*゚听)「そうだよ!お姉ちゃんらしくもない!」

227 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:15:48 ID:M.nW9uD.0

('、`*川「でも私の意志なんて…受け継いでくれた人なんて本当にいるのかしら」

ノハ*゚听)「きっといるぞ!何人かは分からないけど必ず!」

('ー`*川「…そうだといいわね」

伊藤先生はそう言うと、また小さくおじぎをする。

('、`*川「内藤くん、いろいろありがとうね。
     あなたのおかげでやっと私たちも帰れるわ」

( ^ω^)「……どこにだお?」

('、`*川「どこって、私たちの故郷によ」

(;^ω^)「それはどういう…」

('、`*川「これで私たちはあなたに紡がれたのよ。
     あなたという一本の糸にね。
     私たちは、あなたの記憶の一部になる」

ノハ*゚听)「おじさんの一部になれば、私たちは美府町に帰れるだろ?」

(;^ω^)「なにを…」

ノハ*゚听)「ほら、荒巻が言ってたでしょう?
     私たちはあなたを介して、大きな循環に戻っていくんだよ!」

(;^ω^)「ちょっと待てお!じゃあ、もう」

228 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:16:33 ID:M.nW9uD.0

ノハ*゚听)「安心しな!私たちにはいつでもまた会える!」

('、`*川「私たちの事をあなたがおぼえているかぎりね」

ノハ*゚听)「じゃあ、またね!おじさん!」

(;^ω^)「……何が何だか、ちょ、待ってくれお!」

ヒートがこちらに手を振った瞬間、二人の体は花びらに変じる。
二人の体だった花びらは風に吹かれると、その形を一瞬で崩した。
まるで砂山が、波に飲み込まれて消えるみたいに。

(;^ω^)「……ヒートちゃん、伊藤先生!」

あっけに取られていると、さっきヒートが叫んだ時とおなじか、
それよりも強い風が僕に向かって吹きつけてくる。
花びらが吹雪のように、僕の体のあらゆるところを打った。
  
  あっという間に視界が真っ白に染まる。 
それどころか顔一面に細い花びらを吹きつけられ、息ができない。

(; ω )「………!」

そしてその数秒後には僕を体ごと吹き飛ばしてしまいそうな風が吹き、
僕は飛ばされまいとして足を踏ん張った。

229 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:17:47 ID:M.nW9uD.0

―――――――――
―――――
――


(; ω )「むぐっ!」

風が、通りすぎていく。

顔をかばっていた腕をどけ、
目を開けると内藤はもといたあの広い部屋に立っている。
砂浜も、夏の太陽も、そして花びらもいつの間にかかき消えていた。

帰ってきた。
内藤は思わずその場に膝から崩折れる。
「仕事」は終わったのだ。

(;^ω^)「………お」

いままで体験していたことが嘘のように、
部屋の中は静まり返っていた。
足元に落ちている古ぼけたワンピースと内藤だけが、
先程までの出来事を覚えていた。

( ^ω^)(よくわかんないけど……)

あの二人が自分の中にいる。
内藤は、なぜだか強くそう感じていた。
そして無言のまま、ワンピースを拾い上げる。

230 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:19:17 ID:M.nW9uD.0
突然熱を持つことも、浮かび上がることもなかった。
もうただの、未完成な一枚のワンピースに過ぎない。
それを証明するように、襟のところからはらりと一枚、布が落ちた。

( ^ω^)「……」

落ちた布をポケットにしまうと、内藤は入ってきたドアに向かって歩き出した。

二人の姉妹の別れと邂逅。
それを見届けた内藤は心にうすい霧がかかっているような、奇妙な状態にあった。
今までの自分なら、涙くらい出てもおかしくないはずなのに……と、内藤は思う。

( ^ω^)「覚えている限り、また会える……かお。
       もう忘れられるわけ、ないじゃないかお」

( ^ω^)「……じゃあ、またいつかだお」

それから、手にしているワンピースに目を落とす。
さて、このワンピースはどうしたものかな。
内藤はぼおっとそう思った。

231 名前: ◆9i63q3L3BI[sage] 投稿日:2011/12/20(火) 22:20:01 ID:M.nW9uD.0
六話 おわり


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