- 341 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:19:27 ID:06BrbnEU0
しばらく、何も無い部屋で手持ち無沙汰にする時間が続いた。
その間、内藤はテレビのニュース番組を眺めていた。
それによると外の世界では相変わらず不景気で、若者は捻くれているらしい。
そしていま、日本列島には強烈な勢力の台風17号が接近しているそうだった。
眉毛が特徴的な予報士の天気予報によると、
三重から和歌山にかけてこれから所により強い雨が振るらしい。
洗濯物が面倒だな、と考えてから内藤は思い直した。
自分は今、家にいないんだった。
( ^ω^)「暇だお……」
外では内藤が名前を知らない虫が、りんりんと涼やかな声で歌っていた。
内藤は虫がそこから見えないものだろうかと窓から外を覗く。
だが、当然のことながら背の高い雑草と森しかそこにはなかった。
虫達は草の下に広がる暗い地面の上で、
内藤一人を聴衆にして匿名的な歌声を響かせていた。
内藤はテレビを消音に設定して、しばしその歌声に耳を傾けた。
久しぶりに訪れた、静謐な時間だった。
- 342 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:23:30 ID:06BrbnEU0
- ブーンと円のようです
第九話
「少年時代と不条理探検隊」
- 343 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:24:21 ID:06BrbnEU0
ゲジゲジ眉毛の予報士が引っ込んでしばらくすると、部屋の戸がノックされた。
それまで横になっていたベッドから起き上がると、内藤はドアのところへいざりよった。
ドアを開けると、そこにいたのはシューだった。
いつの間に着替えたのか、今の彼女は真っ白なツナギを着ている。
lw´‐ _‐ノv「やあやあ、仕事だぜよ。
キリキリ働いてきたまえ」
( ^ω^)「……それは何口調なんだお?」
lw´‐ _‐ノv「私口調」
土佐弁とも紳士口調ともつかない調子でそう言うと、シューは内藤にワンピースを突き出した。
洗濯も終わり、襟もきちんと付いたようだった。どうもこの館には乾燥機もあるらしい。
これで台風が来ても、安心して洗濯機を回せるというものだ。内藤は心の中で自嘲的に笑う。
内藤がワンピースを受け取ってそれをよく見てみると、不思議なことに生地の状態は非常に良く、
まるで昨日仕立てられたばかりのように見えた。ふんわりと洗剤の香りが鼻をくすぐる。
その香りは、アタックでもブルーダイヤでもシャボン玉石鹸の香りでもなく……。
( ^ω^)「お!ファーファじゃないかお!
僕の家もこれなんだお」
lw´‐ _‐ノv「ほう……趣味が合うね。
私も断然ファーファ党だ」
- 344 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:25:12 ID:06BrbnEU0
内藤と彼女に出来た初めての共通点だった。
使っている洗剤が、二人ともファーファ。
ふと、内藤はその洗剤の包装を思い出して怖気がした。
入道雲のようにモコモコの泡の上に立つ、可愛らしいクマ……。
(;^ω^)「……」
lw´‐ _‐ノv「どうしたの」
(;^ω^)「いや、なんでもないお。
とにかく……」
( ^ω^)「ありがとうだお。
これであの子たちも喜んでくれると思うお」
lw´‐ _‐ノv「……ええ、きっとね」
彼女は、切れ長の目を少し細めて静かにそう言った。
流石に一日一緒にいると鈍い内藤にも、
少しずつシューの微妙な表情の差が分かるようになってきている。
今のはきっと、笑っていた。
思い込みかもしれなかったが、内藤は少しそれが嬉しかった。
lw´‐ _‐ノv「梯子はもうおりてる、暗いから足元に気をつけてね」
( ^ω^)「……お、じゃあ行ってくるお」
- 345 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:25:54 ID:06BrbnEU0
シューはそのまま部屋に戻っていった。
これから、記憶を再生している内藤をモニターするのだろう。
内藤はその後姿を見送ってから、梯子の前に立った。
(;^ω^)(しかし……毎回この梯子を登らなきゃいけないのかお?)
長い梯子に気力を奪われながら、内藤は二階にたどり着いた。
入り口の鉄扉を見る頃には、もうどっと疲れていた。
(;^ω^)「よいしょっと」
ドアを開けると、やはりそこには真っ白な世界が広がっていた。
白いタイルに蛍光灯、もう少しやりようはなかったものか、と内藤は思う。
せめて、タイルは花柄とか青系にするとか。
ここを作った人智を超えた存在に、そういうセンスを求めても仕方なかったが。
( ^ω^)(さて、どうしたもんかお)
今朝のように、適当なところを開けると苦労しそうだった。
なるべく穏便に済みそうな記憶を選びたいところだ。
例えば消しゴムのように無害で、ペットボトルのようにありふれた形のものがいい。
とにかく、目の前にあるキャビネットを開けないと話にならない。
内藤はつかつかとキャビネットまで歩いて行くと、一番上の段を引っ張り出した。
その引き出しには、どす黒く汚れた手斧が入っていた。
- 346 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:26:34 ID:06BrbnEU0
( ^ω^)「……」
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
内藤は、見なかったことにした。
とかく、こうだったらいいな。という人間のささやかな願いは無視されがちである。
しかし何事もうまくいかない時でも、気分を変えてもう一度トライすればきっと成功する。
セ・ラ・ヴィ、それが人生。
仕切りなおして内藤がその下の段を開けると、どす黒く汚れた手斧が入っていた。
さらにその下の段を開けると、そこにもどす黒く汚れた手斧が入っていた。
隣のキャビネットに移動してその一番上を開けると、そこにもどす黒く汚れた手斧が入っていた。
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)カラカラ…ピシャ
( ^ω^)「……」
- 347 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:27:14 ID:06BrbnEU0
(;゚ω゚)「ちょwwwふざけんなお!!!!なんだおこれは!!!!!」
内藤はそのときに開いていた引き出しを叩きつけるように閉め、その場から大きく後ずさった。
いま開いた引き出しに入っていたのは、タールでも塗りたくったように真っ黒な斧ばかりだった。
どう考えても、まともな死に方をした人間の記憶ではない。
( ゚ω゚)「落ち着け、落ち着け……」
内藤は、斧が入っていたキャビネットから遠いところにある引き出しを開こうと考えた。
そうだ、きっと今のは何かの間違いなのだ。
そう、あの斧たちはたまたまあそこに集めていれられていただけなのだ。
あそこは多分、泉に落とした鉄の手斧を女神様に金の手斧だと嘘を付いた愚かな樵たちの集合墓なのだ。
少し離れたところに行けば、なんか無難な形をした記憶が置いてあるはずだ。
そう思っていた内藤の甘い認識は、目についた引き出しを数センチ開いたところで打ち砕かれた。
( ゚ω゚)カラカ…
そこに入っていたのはやはり、どす黒く汚れた手斧だった。
(;゚ω゚)「oh...」
万事休すだった。
念の為にその下の段を開けると、やはり中身は斧だった。
二つの引き出しの中身を見比べると、刃の錆具合や柄のシミの形から言って、
これらは全く同じ斧であると簡単に分かった。
- 348 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:27:59 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)「……まさかな」
内藤には確かめたいことがあった。
引き出しの中から斧をつまみあげてみる。
もともと、白木であったであろうその柄は真っ黒だった上に妙に油染みていた。
よくみると、刃と柄の接合部分には動物の毛のようなものが挟まっている。
――内藤は、その斧から濃厚な「死臭」を感じた。
(;^ω^)「うー……ばっちいお」
それをとりあえず床に置くと、
内藤は二つ隣に置いてあったキャビネットの引き出しを開けた。
中身は空だった。その下の段も、さらにその下の段も。
どのキャビネットの引き出しにも、何も入ってはいない。
つまり、今回はこの斧しか選択肢がないのだ。
ちょっと、絶望的な状況だった。
(;'ω`)「冗談じゃないお……」
ヒートの時にだいぶ精神的に消耗していたから、内藤は今回で楽をしておきたかった。
しかし、どうしてもそういう訳にはいきそうになかった。
この斧は、どう見たってB級映画の殺人鬼がメインウエポンに使っている物のようにしか見えない。
記憶の中に入った途端に内臓ドロドロ脳みそべチャリ、
生皮バリバリ!やめて!とかいうことが起こるのが容易に想像できた。
- 349 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:28:57 ID:06BrbnEU0
シューのところに助けを求めに行こうと一瞬考えたが、
彼女の部屋の扉を開けた瞬間大量の斧が吹き出してくるのを想像してやめた。
……今回はこの斧を「再生」するほかない。
このままだとどこまでも追いかけてきそうだった。
(;^ω^)(ええい、ままよぉ!)
あきらめて、内藤は斧を手に取ると目を閉じて念じる。
今回も少しずつ、内藤の周りの世界が回り始めた。
グルグルと目眩を催すほどに、うまく立っていられないほどに。
――内藤の意識は、過去の記憶へと溶けていった。
- 350 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:29:37 ID:06BrbnEU0
――――――――――――――――――
―――――――――
―――――
――
…
そして瞼の裏の闇に、石に刻んだような白い文字が浮かんできた。
同時に、野性的な表情を浮かべた男の顔が一瞬現れて消えた。
……どうやらこれからもこうして、記憶の持ち主の顔とタイトルらしきものが見えるらしい。
(,,゚Д゚)ギコと木霊の歌のようです
( ^ω^)(男かお)
男か、こいつがこのおぞましい斧の持ち主なのだろうなと思うと、
僕はうっすらと気が重くなった。せめてキレイな女性なら少しは気が楽だったのに。
ため息をつくと、僕の隣で誰かの声がした。
- 351 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:30:21 ID:06BrbnEU0
聞き覚えのある声。小学生くらいの男の子の声だ。
もう再生が始まっているのだろうか?
目眩は依然として続いていたが、僕は目を開けてみることにした。
幸い、ヒートの時のように体はしびれているというわけではない。
再生が始まっていないとしても、白い部屋で目が覚めるだけだ。
むしろその方が僕としては嬉しい。
( ^ω^)「……おお?」
目を開けた僕の前にあったのは、安っぽいジャージを着た誰かの背中だった。
このジャージの柄、どこかで見たことがある。
ああ、そうだ。これは僕の小学校の……。
(;><)「ブーンくん!起きるんです!」
(;^ω^)「え?誰?何?」
(;><)「何言ってるんですか……」
- 352 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:31:05 ID:06BrbnEU0
混乱して訳のわからないことを口走ってしまう。
声の主の方を向くと、そこには慌てた顔をした男の子がいた。
なんだか分からないうちに、ワッと笑い声が周囲で起こった。
慌てて周りを見渡すと、そこが自分がかつて通っていた小学校であることにようやく気がついた。
( ,'3 )「内藤くん?居眠りですか?
まったく……じゃあ、ガナーさん。
代わりに、ここの六段落目から読んでちょうだい」
( '∀')「はぁい、『小さなその羽根を最大限に空へと広げ、
風を受けた翼をはためかせながら悠々と中空を渡るその姿は、
浮世にひしめく人間の後悔など振り切るかのごとくしなやかに…』」
(;><)「もう……」
(;^ω^)(小学校に飛ばされたのかお?今どんな状態なんだお)
僕は、どうやら自分の席にすわっているようだった。
机の上には国語の教科書が乗っていて、その横にキャラ物の鉛筆が転がっていた。
ぼくが子供の頃に流行った、ヒーロー物の絵がプリントされている。
……他人の記憶に触れて、どうして僕のいた小学校に飛ばされたのだろうか。
しかも、当時の僕の教室に。
その意味は分からなかったが、とにかく懐かしかった。
僕はその懐かしさにかられて、鉛筆に手を伸ばす。
- 353 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:33:15 ID:06BrbnEU0
闇から生まれた出来損ないのヒーローもどきが、
仲間たちとともに戦う中で真のヒーローになるまでの物語。
そう、あの頃のことを思い出しているとだんだん子供の頃に帰っていくような気が……。
ってあれ?
(;^ω^)そガタッ「おおおおお!?」
(;><)「どうしたんです!?」
(#,'3 )イライラ「……さっきからなんなのよ」
鉛筆に伸ばした僕の手は、どう見ても子どもの手だった。
毛は産毛みたいに細く、指先は何かの新芽のようにぷっくりと膨らんでいる。
どこにも労働の跡がなく、力をいれれば簡単に折れてしまうだろう頼りない指。
その手を持ち上げて、僕の顔に持ってくる。
ぺたぺたと、顔を触った。
返ってくる感触はいつものでこぼことした骨ばったものではなく、
まるで桃のような傷つきやすく繊細なものへと変わっていた。
- 354 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:34:04 ID:06BrbnEU0
- (;゚ω゚)「なにこれ!なんなんだおこれ!!!!」
(#,'3 )「いいかげんにしなさい!」
中島バルケン先生。僕が小学三年の時の担任の先生だった。
彼女は僕が五年生の頃、突然「妊娠した」と言って退職してしまった。
後になって神経質な若い女性が、どうして人生のそのタイミングで妊娠したのだろうか。
と、疑問に思ったのを思い出した。
その人が、自分でも気付かないうちに立ち上がっていた僕に向かって大声を張り上げた。
(#,'3 )「さっきからなんなのよ内藤くん!
突然立ち上がって奇声上げたりして!」
虫の居所が悪かったのか、彼女はいままで見たこともない位激怒している。
それを見ると、非現実的な驚きがみるみるうちにしぼんでいくのを僕は感じた。
それに代わって、僕の中にあったのは「何とかしてとりなさなくては」というごく平凡な焦りだった。
- 355 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:34:46 ID:06BrbnEU0
自分のとった態度から考えられる妥当な言い訳と、それを言うにふさわしいしおらしい態度。
これらを自分の中で組み上げているうちに、僕はすこし冷静になり始めていた。
にもかかわらず、口から出たでまかせは自分でも驚くぐらい拙いものだった。
僕は心まで子どもに戻ってしまったのだろうか。
(;^ω^)「すみません、ちょっと背中に虫がですね……」
(#,'3 )「何よその態度、急に大人びた言い方して。
暑さで頭でもおかしく………」
中島先生が教師として非常にまずい発言をしそうになったとき。
ちょうど、教壇側の扉が開いてそこから男の声が聞こえてきた。
隣のクラスから中島先生の声を聞きつけてやってきたのだろう。
……よく聞くとその声は、僕のよく知る人の声だった。
「中島先生、どうしたのであるか?」
(;,'3 )「あっ、内藤先生」
( ФωФ)「む?我輩を呼んだのではないのか」
(;^ω^)(トーチャン!)
( ФωФ)「ホライゾン……なんでそこでつっ立ってるのだ?」
教室の中に顔だけ出して様子を伺っていたのは、父だった。
この当時、父はこの小学校に勤務していたのを僕はいまさらのように思い出した。
友達と廊下で歩いているときに、父とすれ違うのがとても気まずかったのをよく覚えている。
- 356 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:35:28 ID:06BrbnEU0
(;,'3 )「いや、えっ……ホライゾン君がちょっと騒いじゃって」
(;ФωФ)「ああ……」
中島先生がそう言うと父はなんとなく理解したのか、中島先生に深く頭を下げた。
(;ФωФ)「いやはや申し訳ない。
家でよく言って聞かせるのである……。
じゃあ、また職員室の方で」
(;,'3 )「あ、はい」
頭がおかしい、というフレーズを聞かれていなかったことにほっとしたのだろう。
中島先生は、照れ隠しみたいにしてシャツの胸元のあたりをパタパタとあおいだ。
父はそれに目を向けることもなく、僕の方を睨んだ。
_, ,_
( ФωФ)ジトッ「ホライゾン、家に帰ったら覚悟しておけ。
……今日は早めに帰ってきなさい」
(;^ω^)「は、はいお」
(;,'3 )「……」
( ФωФ)「……では失礼した」
(;,'3 )「すみません」
- 357 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:36:13 ID:06BrbnEU0
父に怒られたのは久しぶりだった。なんて懐かしいんだろう。
若い頃の、まだ血気盛んだった父は鬼教師として恐れられていた。
美府小の大魔王。僕の一つ下の学年の連中がそんなあだ名を付けている。
校内に入ってきた不審者をパンチ一発で病院送りにしたとか、
立木を回し蹴りで粉微塵にしたとか、どういうわけか荒唐無稽な噂が絶えなかった。
家では穏やかな父のそんな噂を耳にするたびに、そんなバカなと思っていた。
たまに怒鳴り声が隣の教室から聞こえてきてはいたのだが、
それも常識的な範囲内の声量だったし、生徒に手を上げたことはあまり無いと聞いている。
今思えば、どうしてそこまで生徒たちに恐れられていたのだろうか?
( ,'3 )「……じゃあ、内藤くん。
座ってちょうだい、もう騒がないでね」
( ^ω^)「……はいお」
中島先生が抑揚のない声で僕に言った。なんとも冷たい表情だった。
不美人がそういう表情をしているのを見ると、僕は無性に腹がたつ。
僕も含めて、器量に恵まれない人間はいかなる時もニコニコと笑っている方がいい。
その努力をしない不細工というのは、大抵爪弾きにされる。
……この女も本当は、そういうことで退職したのかもしれない。
ため息を吐いてから、ぼんやりと視線を隣の席に移してみると、
さっきの色の白い男の子が僕のことを怯えたような目をしてみていた。
- 358 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:36:55 ID:06BrbnEU0
(;><)
( ^ω^)(お?)
そういえば、この子は誰だったっけ。
彼の名札に目をやると、「稚菜」と母親が書いたらしい丸文字で書かれていた。
「わかな」か「ちな」と読むのだろうか。いずれにしろ僕には全く覚えがない名前だった。
こんな子もいたのか。
案外、小学校時代の記憶が曖昧であったことに気付かされる。
中島先生のことも今まで忘れていたぐらいだ。
あまり話さなかったクラスメートのことなど、簡単に忘れてしまうものなのかもしれない。
( ,'3 )「……」
(;^ω^)(やべっ)
稚菜くんの観察を続けていると、中島先生がちらっと僕を見た。
これ以上授業に非協力的な態度を取り続けると、厄介なことになるぞとその目が言っている。
仕方なく、僕は周りにならって小学三年生の漢字をノートに写し始めた。
その前の方には、子供時代の僕のとった汚い板書がノートの上をのたくっていた。
時計を見ると授業時間はまる三十分は残っている。
やれやれ、と僕は内心大きく肩を落とした。
こういう、無意味な単純作業というのが人間一番疲れるのだ。
( ,'3 )「来週の漢字テストに出るところだからしっかり覚えてね〜」
- 359 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:37:38 ID:06BrbnEU0
明日は漢字テスト、一瞬げっそりした気持ちになったがすぐに思い直した。
僕はいい年こいた大人なのだ。一般的な漢字は全部かけるし、「瑕疵」なんて難字もかけてしまう。
それに……。
( ^ω^)φカリカリ(まあ、多分その『来週』には僕はいないんだけどね)
(;^ω^)φカリカリカッリカカリカリ(それにしても……『観』って画数多いおね)
僕は「観」という字を20回書いてから、鉛筆を置いた。
そうして、自分の書いた字をとっくり見ているとちょっとした発見があった。
子供時代の自分の字と、今書いた「観」を見比べるとそんなに差がないのだ。
( ^ω^)「ほう」
体が子供だと字も子供のものに近づくらしい。
それは恐らく知性とかそういう問題ではなく生理的、身体的問題なのだろう。
手の構造や肩の位置など、そういうものの影響が出ているのか。
これはなかなか興味深かった。
体が縮んでしまった探偵にも、こういう現象が起こっていたに違いない。
そんな事を考えていると、僕は少し楽しくなってきた。
( ^ω^)(物は考えようだお。ギコとかいうのを紡ぐまでに、
子供っていう立場を存分に楽しんでから帰ってやるお)
- 360 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:38:47 ID:06BrbnEU0
少年時代に帰りたい。
そう、誰しもが願う望みを他人の記憶の中ではあったが叶えてもらえたのだ。
まだ、このころの美府町には僕の親戚や友達がたくさんいたはず。
また彼らの顔を見ることが出来る。
そう思うと、僕のニヤケ顔がさらにほころんでいく。
案外、あの斧を手に取ったのは間違いではなかったのかもしれない。
この次の瞬間、飛び出してきた斧男に頭をかち割られてもそう言えるかどうかは怪しかったが。
*――――――*
( ,'3 )「じゃあ、今日はここまで。
次はネーノ君が読んでくれた八段落から始めるからね。
……内藤くん、頼むからもう騒がないでね」
( ^ω^)「はいお」
授業が終わると、中島先生が僕にしつこく嫌な感じの視線を送ってきた。
こうしてみると、本当にこの女は不細工である。性格的にも、顔面も。
……もともと子供時代の思い出の中にいた彼女は、そんなに嫌な人ではなかったのに。
( ^ω^)(それはそれとして……これからどうしようか)
今回は、どこに行ったらいいか全く見当がつかない。
ヒートの時は、本人が目の前にいたから良かったものの、
いま僕は、ギコとは多分全く関係の無い小学校にいる。
……いや、関係はあるのかもしれない。
ぼくが知らなかっただけで、彼はここの用務員だったのかもしれない。
それか、学校に出入りしていた何かの業者か。
- 361 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:39:28 ID:06BrbnEU0
とにかく、二十代前半くらいの引き締まった顔をした男ということしか、
僕のところには情報がない。それとギコという名前か。
僕と同じ(父も祖父もそうだが)ヴィップ様式の名前だ。
この集落か、近隣の村の出身に間違いない。
父に聞けば、あるいは何か分かるかもしれない。
( ^ω^)(トーチャンも僕に用があるし、うちに帰るお。
……ハイパーお説教タイムか)
僕は、とりあえず家に帰ることにした。
なんだか妙な気分だ、すごく普通の感じしかしない。
山の上から下の町に買出しに行って帰ってくるときの、あのいつもの感覚。
( ^ω^)
校門を出て、すぐそこにある坂を登る。
そのまままっすぐ登っていけば、十分くらいで僕の家に着く。
下りはその半分の時間で済む。
子供の頃はよく遅刻しそうになって、ドクオと猛ダッシュで坂を駆け下りたものだ。
ある時、三分くらいで学校についてしまったことがある。
あの時は気分がよかったなあ。
(;'A`)「ちょ!ブーン!はええよお前!」
(;^ω^)「うぇ!?」
思いでの小道を散歩していると、急に後ろから走ってきたドクオに背中をどつかれた。
- 362 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:40:09 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)「おま!いきなりなんだお!」
('A`)「いや、なんだじゃなくて。
いつもいっしょに帰ってるのに置いてくおまえがわるい」
(;^ω^)「ああ」
ついつい忘れていた。そうだったな。
この頃は、まだドクオが家に住んでいたんだった。
('A`)「ったくよー、どうしたんだ今日は?
授業中はへんな声だすし、俺をムシして帰ろうとするし」
( ^ω^)「……おっお、すまないおね」
('A`)「なんだそれ、すまないって。
お前がそんなこと言うとなんかびみょーにかっこいいな。
ギャップっていうんだっけ?」
(;^ω^)「褒めてんのかけなしてんのかどっちだお」
('∀`)「わかんないwwwwでもなんか大人っぽくていいんじゃないか?」
( ^ω^)「……大人っぽいかな」
ドクオが、こんな純粋に笑うのを久しぶりに見た。
この子どもが、将来ひねた笑い方をするようになると思うと残念な気分になる。
- 363 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:41:01 ID:06BrbnEU0
('∀`)「っていうことがあったんだ。エロかったな〜」
( ^ω^)「ちょwそれはどうかとww」
ドクオと、とりとめのないお喋りをしながら家に帰る。
内容などないに等しい。アニメについて、明日の漢字テストについて。
おっぱいの大きい女の子について。エロ本がなぜかたくさん落ちている林について。
そこで遊んでいたとき、マララーくんのちんちんが大きくなっていたこと。
ドクオよ、なんかセクシャルな内容が多いような気がするぞ。
そうしているうちに、うちの前についた。ああ、僕は帰ってきた。
……これが誰かの記憶の中の話じゃなかったら嬉しかったのにな。
('A`)「ただいまー!」
( ^ω^)「……ただいま、だお」
玄関にランドセルを置いて、家に上がる。
お線香の臭いが、正面にある仏間から漂っていた。
でも、現在ほどその匂いは強くない。
- 364 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:41:44 ID:06BrbnEU0
僕の家は、「現在」は本当に静かになってしまった。
父の咳き込む声が家の反対側にいても聞こえるくらいに。
たった数年で、家族がどんどんいなくなっていった。
そしていま、家には父がひとり。
むなしいものだ。
小学三年の頃に思い描いていた僕の家庭像とは似ても似つかない「家庭」。
父と二人の世帯を、家庭と呼べるかどうかは微妙なところだった。
( ^ω^)(でも今この家には、みんなが揃ってるお。
ドクオも、トーチャンもカーチャンも。くるうだっている)
( ^ω^)(でも、いずれみんないなくなる。
僕の人生から出ていってしまうお)
( ^ω^)(……なにもかもがむなしいお)
人生の中で、もっとも幸福だった時代を見るのはひどく苦痛だった。
線香の匂い、花柄の壁紙、棚の上の日本人形。
そのすべてが、暁光のように僕の思い出を残酷に照らしだす。
あまりにもそれらは、今の僕にとっては眩すぎる。
(;^ω^)(気持ちが、悪いお)
家に入ったばかりだが、外に出ないと家の空気に窒息させられそうだった。
物干し場にでも出て、休んでいれば気分も落ち着くかもしれない。
そう思って玄関の戸に手をかけた僕は、磨りガラスの向こうで動くものを見つけた。
それが、母のシビックであることに気づくまでにそう時間はかからなかった。
- 365 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:42:32 ID:06BrbnEU0
( ^ω^)「……カーチャン」
紺の、おんぼろシビック。
僕が幼稚園の時に買って、高校の頃までかろうじて生き延びていた。
いろんな馬鹿をあの車でしでかしたものだ。
不注意で飲み物をこぼしたり、発煙筒を中で点火して怒られたり。
そのたびに父にどやされ、母に慰められた。
母自身がすごく気に入っていて大事にしていた車だったのに。
僕が成人してからの話だ。
廃車にして休耕田に放置してあるシビックを、母が撫でているのを見たことがある。
どうしてそんな事をするのかと聞くと、彼女はこんな事を言った。
「たまにここを通るときに、シビちゃんと会って話してるのよ。
昔あったこととか、最近のこととかをね」
――それは少し変なんじゃないかお?
「そうね、変かもしれないね。
でも何ていうか、お前やくるうやドクオ君を乗っけて走った車だからね」
「ついつい、懐かしくなっちゃってねえ」
僕は、そんな母が大好きだった。
- 366 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:43:13 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)「カーチャン!!」
僕は、堪らない気持ちになって外に飛び出した。
母に会いたい。
摺りガラス越しに見たシビックの影を見た瞬間に、
鬱々とした気持ちや無気力が全てそれに置き換わった。
記憶でも、幻でも、夢でも何でもいい。
生きている、母のぬくもりを感じたかった。
……母は、すでに車から降りて玄関へと歩いているところだった。
(; ω )「かーちゃん……」
从'ー'从「ん〜?どうしたの?」
母は買い物袋を手に下げていた。
買い物帰りだったのだ。
長ネギが、漫画みたいに袋から飛び出していた。
それを見た瞬間に、なぜだか涙があふれた。
( ;ω;)「カーチャン!カーチャン!!」
从;'ー'从「ひゃあ!」
驚いて荷物を落とすのもかまわず、僕は母にしがみついた。
あたたかい涙が、母の着ているものに吸い込まれる。
こうして、自分以外の人間の体に顔を押し付けて泣くのは何年ぶりだろうか。
- 367 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:43:56 ID:06BrbnEU0
从;'ー'从「大丈夫?」
( ;ω;)「あ"いたかったお、ずっとずっと会いたかったんだお!」
从;'ー'从「何言ってるの?毎日一緒にいるじゃない」
( ;ω;)「ひっぐ、ゲホッ……があちゃん」
僕は、母になにか言おうとした。でも何も言えなかった。
母は、そんな僕を大して怒ることもなく抱き返してくれる。
ああ、そうだった。
母は、いつもこうだった。
从;'ー'从「……しょうがない子ね〜」
( ;ω;)エグッエグッヒック
从;'ー'从「なんか嫌なことあったの?」
( ;ω;)「ちが、うお、いやなことじゃ、ないお」
从;'ー'从「じゃあ、どうして泣いてるのよ……」
(;ФωФ)「……何をしてるのだ?」
と、少しして砂利を踏む音が聞こえた。
父が学校から帰ってきたようだった。
顔を母の腿の辺りに押し付けていたから、その姿は見えなかったが。
- 368 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:44:56 ID:06BrbnEU0
从;'ー'从「あなた、この子が急に泣き出しちゃって」
(;ФωФ)「ううむ?なんでだ?」
从;'ー'从「それは私が聞きたいよ。
なんか、学校であったの?」
( ФωФ)「授業中に騒いだとか中島さんが言ってたのだが、
我輩にもさっぱり理由がわからん。
普段、この子がそんな事をするわけがない」
从;'ー'从「じゃあ、どうして?」
( ФωФ)「……とにかく、中で話そう。
ホライゾン、おいで」
( ;ω;)「おん!」
僕は父に手を引かれて家に戻った。
現在の父のかさかさした薄い手ではなく、厚みのある温かい手だった。
それは、僕の見せられている幻覚なのかもしれない。
だがどんな形であれここには家族がいる。
今は、そのことだけを考えていたかった。
- 369 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:45:46 ID:06BrbnEU0
*――――――*
団欒の時間になっても、両親は僕をあまり深く追求しなかった。
突然激しく泣き出すなんて、普段の、子供の頃の僕にはありえないことだった。
だから今日のところはそっとしておいてやろう、という事なのだろう。
僕としても、泣いたことについてどうにも説明ができなかったから助かった。
(*ФωФ)「―――――――――」
川*゚ 々゚)「――――――――」
从*^ー^从「―――――――――」
('∀`)「――――――――!」
( ^ω^)(久しぶりに家族が揃ってんのみるおね)
その後は、お決まりのコースだ。
みんなでごはんを食べる。
テレビを見て母が笑い、父が感動のシーンで涙目になる。
父はそれをいろんな理由でごまかす。
醤油が目にはねただの、あげく花粉症だのと。
くるうがそれを本気にして大丈夫?と父の目を心配する。
ドクオは何回もおかわりをして、
母がニコニコしながら炊飯器とテーブルの間を行ったり来たりする。
僕は、半分泣きそうになりながらそれを眺めていた。
- 370 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:46:35 ID:06BrbnEU0
川*゚ 々゚)「お兄ちゃんどうしたの?」
(;^ω^)「ん?いや何でもないお」
川*゚ 々゚)「もしかして、お兄ちゃんも目にお醤油はねた?」
('A`)「おい、ブーン。
もしかしてお前、感動してんのか?」
('∀`)「ドラえもんでww」
テレビでは青いネコ型ロボットが未来に帰るとか、
帰らないとか、そういう話が流れていた。
家族の顔を見ていた僕は、それをろくに見ていなかった。
( ^ω^)「だから違うってwww
僕はもうそんな年じゃねえwwww」
从'ー'从「大人ぶっちゃって〜。
そういう素直じゃないとこ、本当にお父さん似ねえ」
(;ФωФ)「いや!これ本当に花粉だって!
ドラえもんで泣く訳ないじゃないか」
从'ー'从「はいはい」
- 371 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:47:18 ID:06BrbnEU0
……穏やかに夕餉の時間は過ぎていった。
おかずにしてもご飯にしても、母が作った物というだけで美味しく感じる。
自分で作った食事をモソモソ食べるというのは、やはりわびしいものだったんだな。
そのことに、いまさらながら気付かされた。
食事が終わると、ドクオがお風呂を洗いに行った。
厄介になっているという意識があるのだろう。
僕の仕事だった風呂洗いを、彼はこの家に来てからずっと率先してやっていた。
それが八時位のことで、僕はくるうとテーブルに残って二人でテレビを見ていた。
川*゚ 々゚)「ねえ、お兄ちゃん元気ないけどどうしたの?」
(;^ω^)「お!そ、そんな事ないお。
僕は至って平常運行だお」
_,
川 ゚ 々゚)「へいじょううんこ?下ネタ?
下ネタ言う芸人は『ばんしにあたいする』ってお父さんが言ってたよ?
ちょんぎるよ?」
(;^ω^)「うんこう、だお。
あと、暴力とか刃物とかはやめてくれお」
川 ゚ 々゚)「冗談だよ」
子供時代の妹はなんというか、現在の妹にまして凶暴な気がする。
川*゚ 々゚)「お兄ちゃんが元気ないとつまんないんだもん」
( ^ω^)「……すまんお」
- 372 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:47:58 ID:06BrbnEU0
そこに、仏壇の世話を終えた母がやってきた。
線香の匂いがツンと鼻をつき、僕は少し顔を歪めた。
……昼間のことを思い出してしまいそうだ。
从'ー'从「あれれ?ドックンは?」
( ^ω^)「ん?ああ、風呂洗いに行ったお」
川*゚ 々゚)「どっくんいつもいつもえらいよねー」
くるうの一言を聞いた母の表情が曇った。
このころの母はドクオの問題になると少しナーバスな感じだった。
あんな事があったら無理もない。
从' -'从「もう、ドクオ君ばっかりに洗わせちゃダメよ?
お手伝いしたいって言ってるのはドクオくんだけど、
毎日はかわいそうだからね」
( ^ω^)「うん、わかってるお……明日は僕が洗うお」
从' -'从「あの子もあの子なりに、恩返ししようとしてるんだろうけど。
……遠慮とかしなくても、別にいいのになぁ」
- 373 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:48:51 ID:06BrbnEU0
( ^ω^)「大丈夫だお。
ドクオももう少ししたら慣れるはずだから」
从'ー'从「え?」
(;^ω^)「いや、多分そろそろ慣れるんじゃないかなって」
これからドクオが、元から家にいたみたいに図々しくなっていくのを、僕は知っている。
僕と二人でミカンの木を丸裸にしたり、5m下の段々畑に自転車でダイブしたり。
馬鹿なことばかりしたもんだ。
从'ー'从「まあ、なんだか分かんないけど風呂溜まったら
お父さんを呼んで入ってもらってね」
( ^ω^)「分かったお」
川*゚ 々゚)「はぁーい」
从'ー'从「ふう、ようやくゆっくりできるよ」
母がよっこいしょ、と食卓テーブルの自分の席に着くとリモコンに手を伸ばす。
母は、風呂前の時間にこうしていつも何かのドラマを見ていた。
恋愛ものの時もあったし、時にはサスペンスものも見た。
- 374 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:49:36 ID:06BrbnEU0
……こんなありふれた思い出でも、目の前に現前すると感慨深いものがあった。
それはこの家に入った瞬間からずっと続いていたことだった。
初めは恐ろしかった。家の中の何もかもが僕を責めているような気がした。
でも今は、それらから温かみのようなものを感じ取れるようになってきている。
たしか、この頃やっていたアニメの最終回で言ってたっけな。
「僕はここにいていいんだ!」とかなんとか。
いま、僕はまさにそういう心境だった。
( ^ω^)「ここは、とにかく僕の家なんだおね」
川*゚ 々゚)「何言ってるの?」
( ^ω^)「……なんでもないお」
この幸せな夜がいつまでも続いていけばいい。
そんなことはありえないというのは分かりきっていた。
所詮、ここは誰かの(あるいは僕の)思い出の中に過ぎないのだ。
だがその夜布団に潜り込んだときに僕は、ついそう願ってしまった。
明日も明後日も、その先もこの幸せな記憶の中で暮らしていけたら、
どんなにいいだろうか、と。
- 375 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:50:19 ID:06BrbnEU0
*――――――*
川 ゚〜゚)ムグムグ
( ФωФ)モッチャモッチャ「おい、醤油とってくれ」
( ^ω^)「はいお」
( ФωФ)モッチャモッチャ「ん」
从'ー'从「あなた……口は閉じて食べて」
よく朝、目が覚めた僕は心底ほっとした。
目が覚めたらあの白い部屋に戻されるのではないかと怖かったが……。
それも心配には及ばなかったようだ。
おかげで、こうしてまた母の作った朝ごはんを食べられた。
やはり、ギコという奴を見つけるまでここからは出られないのだろう。
その方が、僕としてもありがたいところだった。
そこに、青い顔をしたドクオが起きてきた。
いくら低血圧とはいえ、あまりにひどい顔色だった。
(||;'A`)「おはようございます」
从'ー'从「あら、お寝坊さんね〜。
夜更かししてた?」
(||;'A`)「ちょっと、嫌な夢見て」
- 376 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:51:09 ID:06BrbnEU0
顔に、涙の跡がうっすらと残っている。
よほど嫌な夢だったのだろう。
僕にはその内容がなんとなく見当がついた。
( ФωФ)「そうか」
从' -'从「……大丈夫?」
(||;'A`)「うん、もう少ししたら落ち着くかな」
( ^ω^)「無理はすんなお」
(||;'A`)「わかってるよ」
多分、家族の夢を見ていたのだ。
この家族ではなく、ドクオの元々の家族の夢を。
ドクオは結局朝ごはんにはほとんど手をつけず、
そのすぐ後にトイレで戻していた。
だが、昼近くになるとだいぶ良くなってきたのか、
友達のところへ遊びにいくと言って、自転車に乗って出かけていった。
やはり子供というのは、大人の予想を超えて逞しい生き物だ。
- 377 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:51:57 ID:06BrbnEU0
どこへ行くとは行っていなかったが、ショボンのところにでも行くんだろう。
僕も誘われたが、適当にごまかして家に残ることにした。
ギコも探しに行かなくちゃならないし。
しかし、そう考えつつも春の(今は3月だった)陽気に誘われて、
僕は縁側のところでごろごろしていた。
お日様が当たって、やもすれば寝てしまいそうだった。
我ながら、なんとも呑気な話だ。
( ^ω^)(いい陽気だお…)
ホトトギスはこの辺にはいなかったが、
代わりに鳶が盛んに鳴いていた。
ここは標高が高い。
農作業中に上を見上げると、よく頭上を旋回している彼らを見かける。
そう言えば、子供の頃に鳶とカラスが喧嘩しているのを見たことがあった。
ある時期、この辺でカラスが妙に増えたことがあった。
たしか、その頃に見たんだったっけか?
- 378 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:52:42 ID:06BrbnEU0
ピーンポーン
( ^ω^)「ん?」
昼さがりの静寂をチャイムの音が破った。
それに、子どもがじゃれあってるような声も聞こえる。
だれか、遊びに来たようだ。
玄関に行くと、三人の人影がそこにあった。
僕の影もあちらから見えたらしく、玄関の引き戸が向こうから開けられた。
( <●><●>)「こんにちは、ここがブーンの家だというのはわかってました」
(*'ω' *) 「ぽ!」
(;><)「こ、こんにちわ」
( ^ω^)「おっお、こんちわだお。
どうしたんだお」
そこにいたのはクラスで一緒だった子達だった。
たしか、善部…ワカッテマスくんと椿さん、それに昨日の稚菜くん。
椿さんは確か法子とかいう名前で、
ちんぽうちゃんとか呼ばれて男子にからかわれていた。
だけど僕にはあまり印象のない子達だ。
いつだったか三人揃って転校してしまって、あんまり遊んだことがない。
稚菜くんにいたっては、彼のことを昨日まで忘れていたくらいだ。
- 379 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:53:55 ID:06BrbnEU0
( <●><●>)「遊びに来たんですよ。
稚菜くんの教育も兼ねてね」
(;><)「うう」
( ^ω^)「教育?」
( <●><●>)「そうです、ここでの遊びに慣れてない都会っ子の彼に、
山での遊び方を教えてあげるんですよ」
そう言って、善部は肘で稚菜くんの脇を小突いた。
……ああ、確かこいつはこんな奴だったな。
勉強もスポーツも出来る万能人。そしてとてつもなく性格が悪い。
僕の見る限り、稚菜くんはひどく怯えていた。
きっと無理に連れてこられたのだろう。
(;><)「痛いんです」
( <●><●>)「この程度で痛がるなんて……。
やっぱり都会のもやしっ子ですね」
(#><)「……」
( <●><●>)「なにか言いたそうですね」
(#><)「なんでもないんです」
稚菜くんは憎々しげに善部を睨みつけたが、彼は善部に大きく体格的に負けていた。
善部が本気を出せば、一捻りにされてしまうだろう。
- 380 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:54:35 ID:06BrbnEU0
( <●><●>)「で、ブーン、頼みがあるんですが。
君はこの辺の山に詳しいでしょう?」
( ^ω^)「お、まあね」
ドクオと日々かけずり回ってきた山だ。
知らないことはないとは言わないまでもそこそこは知識がある。
( <●><●>)「……じゃあ、最近森に不審者が出るのは知っていますね?」
(*'ω' *) 「聞いたことないっぽ?いきなり森の中に入って、
どこへともなく消える変な奴がいるって話」
( <●><●>)「僕たちはそいつを捕まえるために、こうして探検隊を組んだんですよ。
それで今回、案内を君にお願いしたい。おもしろそうでしょう?」
(;^ω^)「よくわかんないけど、それは危なくないかお?」
( <●><●>)「汚らしい痩せた男だというし、僕がやっつけてみせますよ。
なのに大人たちはその男を見て見ぬふりをしている。
ですから、この事件を解決出来るのは僕達しかいません」
聞いたことのない話だ。森に現れる不審人物?
また、忘れているだけか?
だがそんな訳はない。
そんな事があったら、ドクオと僕とで必ず話題になるし、
心配性な父と母は僕を遊びには行かせなくなる。
それを憶えていないわけがない。
- 381 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:55:20 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)(まさかな)
前回、ヒートはモタモタしていた僕を自分のところにおびき寄せた。
彼女の記憶の中にあった津波を作り出し、
それを見せて僕を彼女の家に誘導したのだ。
そして今の、記憶にない「事件」は恐らくギコによる誘導だ。
( ^ω^)(痺れを切らしたというところかお。せっかちな男はもてないお?)
僕は、僕の頭の中を読んでいるだろうギコに向けてそうつぶやいた。
( <●><●>)「……ではブーンくん、来てくれますね?」
( ^ω^)「お、じゃあついてってあげるお」
(*<●><●>)「よろしい」
善部は「クールな自分」を装っていたがそこは子供。
僕が従って見せると、いままでピクリともしなかった頬がだらっと緩んだ。
名前通り、分かりやすい奴だ。
( <●><●>)「では、早速出発しましょう。
あいつが出るっていうのは、この近くにあるお地蔵さんの裏の山です。
あそこは知ってますよね?」
(;'ω' ) 「ぽー…あそこは昼でも嫌な感じがするっぽ」
( ^ω^)「……杉林で見通しの悪いところだったおね。
でも、あそこには近くの農家がしいたけを作ってる場所があるお。
そこは割とひらけてるはずだから、そこから山の中に入れると思うお」
- 382 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:57:36 ID:06BrbnEU0
( <●><●>)「決まりですね、さあ行きましょう」
(;><)「ちょっと待ってなんです!
お母さんに遊びにいってくるって言ってないんです……」
( <●><●>)「それが?」
( ><)「え?」
( <●><●>)「いまどきマザコンですか?
だから転校してきてまだ友達も出来ないんですよ?
あれからもう二月は経ってるでしょう」
(;><)「……う」
( ^ω^)(転校生かお)
道理で印象が薄かったわけだ。
他のところから転校してきて(善部は都会と言っていた)すぐにまた学校を移っていた。
だから僕の記憶の中の彼の存在は、限り無く薄いものになっていたのだろう。
でも、なんで善部と椿さんも一緒に転校していったんだ?
たしかこの二人は地元出身者のはずだったんだけど。
とにかく、彼ら三人がいつの間にかいなくなったことだけは薄く記憶にのこっている。
ここの小学校から転校していく生徒なんて、数年に一人というぐらいだ。
すこし、珍しいことだった。
- 383 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:58:25 ID:06BrbnEU0
( ^ω^)(いや……)
本当に転校していったのか?こいつらは?
僕の記憶に、彼らのお別れ会の風景は残っていない。
中島先生が「転校した」とだけみんなに言って、それで終わりだったような。
……もう、何十年も前の記憶なので、はっきりと断言はできない。
だが、ギコの件も考え合わせるとなにか不穏なものを感じる。
ふと、あの黒い斧のことが頭をよぎった。
( ^ω^)「ちょっといいかお?」
( <●><●>)「はい?」
(;><)ホッ
善部が稚菜くんを責めているところを割って入った。
稚菜くんはほっとしたような顔でそんな僕の顔をみている。
よせやい、そんなつもりはないよ。
( ^ω^)「まず、僕が様子を見に行ってくるお。
そいつがいるのを確認したらみんなを呼ぶお。
もし苦労して探しに行っても、いなかったら拍子抜けだお?」
( <●><●>)「その点は心配ご無用。
あいつはこの時間はいつもあそこにいます」
- 384 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:59:16 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)「は?」
( <●><●>)「……ちょっとこっちに来てください」
善部は僕を引っ張って他の二人から遠ざかった。
そして、僕の耳元でぼそぼそと話しだす。
( <●><●>)『なあ、ブーンいつまでしらばっくれてんだよ』
( ^ω^)『……何のことだお』
善部は三人の前で話していた標準語から、美府弁に口調を切り替える。
やっぱり、こいつはイライラする奴だ。
( <●><●>)『知ってんだろ?あの二人を連れてくところにいるのは、
"不審者"じゃねえ。ほら、埴谷って家の息子だよ』
( ^ω^)『埴谷?あの酒屋の?』
( <●><●>)『ああそうだよ、で最近そこの息子がどこからか帰ってきたらしいんだよ。
頭が変になってるって話だ。あそこのおやじはそれをひた隠しにしてるけどな』
まさかな、その人がギコ?
そんなバカなとは思いつつも、僕は善部に聞いた。
( ^ω^)『……ギコっていう人かお?その人』
(*<●><●>)『へへ、やっぱり知ってんじゃねえか。
でよ、そいつがどうも最近山に入っては血まみれで帰ってくるんだと。
稚菜にその様子見せたらどうなると思う?ちびっちゃうんじゃねえかな』
- 385 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 00:59:56 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)『かわいそうなことすんなお』
( <●><●>)『かわいそう?何いってんだ?
お前も稚菜のこと嫌いだって言ってたじゃん』
(;^ω^)『僕が?』
(;<●><●>)『お前、頭変になったのか?
未だに東京弁話してるし、気取った奴だって言ってただろ。
昨日といい、お前大丈夫か?』
そんな、僕がそんな事を?でも、全く身に覚えがない。
きっとこれもギコの誘導なんだ。
一度はそう思いかけたが、こういうことについての嫌な例が思い浮かんだ。
「いじめた側は、いじめた事を大抵覚えていない。
それどころか、遊んであげた。と美化しさえする」
僕ももしかしたら、そうなのかも……。
( <●><●>)『とにかく、この山にそいつが来てるのは確かだ。
そろそろ、そいつが目撃されてる時間だ。
早く行かねえとすれ違いになって見れなくなる』
(;^ω^)『見れなくなるって?』
( <●><●>)『……そいつが何を森の中でやってるか、だよ。
まだ、誰も知らねえんだ。
何をしてそいつが血まみれになってるかって事をよ』
- 386 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:00:43 ID:06BrbnEU0
僕も彼が森の奥で何をしているかは知らない。
だが、一つ知っていることがある。
彼はその何かをするとき、人を殺すのに手頃そうな手斧を使っている。
色々と、僕は縮みあがっていくのを感じた。
(;^ω^)『やっぱり危険だお、遠くから見る程度にしないかお?』
(#<●><●>)『なんだよ、意気地ねえな。
……まあ、稚菜がビビれば俺はそれでいいけど。
そのかわり、あいつをビビらせるのには協力しろよ?』
(;^ω^)『はぁ、わかったお』
善部は僕も耳元で大きく舌打ちして、二人のところへ戻って行く。
僕も、仕方なくその後を追った。
( <●><●>)「終わりました、じゃあ早速行きましょう」
(*'ω' *) 「何話してたんだっぽ?」
( <●><●>)「あの場所の詳しい説明です。
それはいいから、さ、行きましょう椿さん」
(*'ω' *) 「……なんかワクワクするっぽね。探検隊って」
クラスの中でも人気者の、表面上は人気の善部に誘われて嬉しいのか、椿さんはとても楽しそうだった。
どうせズッコケ三人組的なものを思い描いているのだろう。
……ろくなことにならんぞ、これは。
- 387 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:01:24 ID:06BrbnEU0
( ^ω^)「……」
( <●><●>)「はっは!そうでしょう!
じゃあ、ブーンくんを先頭にして出発進行です!」
(;><)「はぁ」
本当はこんな事には絶対協力しないのだが、まあ今のところは仕方ない。
ギコがあちらからアプローチをかけてきているのだ。行かないわけにはいかなかった。
時刻は、もう午後2時前くらいだっただろうか。
こうして内部で嫌な感じの人物関係が進行している我らが探検隊は、
一路、酒屋のキチガイ息子が現れるという山中へ分け入る運びとなった。
隊は、僕を先頭にして500mほど離れた地蔵さんのところへと向かった。
そこまでに、隊の中では会話らしい会話はなかった。当然の帰結だった。
- 388 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:02:04 ID:06BrbnEU0
*――――――*
地蔵さんの前まで着くと、
僕たちはそこから山と平地の境目に沿ってしばらく歩いた。
20mほど歩いたころ山の斜面を見ていた僕は、
なかば草に埋もれた小さなコンクリ製の階段があるのを見つけた。
この上に、しいたけを作っている畑がある。
畑とはいっても、椎茸の元を埋め込んだ木が、
ネットで囲われているだけだ。
頻繁に人の往来があるわけではないし、
僕達もスムーズに山に侵入できるだろう。
(*'ω' *) 「勝手に入っていいの?」
( ^ω^)「大丈夫だお、人はめったに来ないから」
( <●><●>)「ほお、よく見つけましたね」
( ^ω^)「昔取った杵柄って奴だお」
(;<●><●>)「?」
( ><)「若い頃に得た経験ってことですよ」
(#<●><●>)「……あなたには聞いてません」チッ
(;^ω^)「どおどお」
- 389 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:03:00 ID:06BrbnEU0
- とりあえず僕たちはその粗末な階段を上り、しいたけ畑にたどり着いた。
二月ごろに木にしいたけの元を接種するから、しばらく誰もここへは来ないはずだ。
だが、僕はたんぽぽがつい今しがた踏まれたように潰れているのを見つけた。
この辺は獣も多いが、たんぽぽをここまで潰すほどの体重のある奴はいないはずだ。
いたとしても熊か、だが人間がここに来ているという方が信ぴょう性がある。
その人間というのは。
( <●><●>)「ブーン君、なにしてるんです?早くしてください」
(;^ω^)「お、すまんおね」
善部のイライラした声で現実に引き戻される。
正確には、これは現実ではないのだが。
山側に少し歩くと、山と里の境目である石塁が見えてきた。
山への入り口だった扉は、外れて草つきの中に転がっている。
その向こうに見える山には、獣道のような細い道が上へと続いているのが見えた。
(;><)「ホントに行くんですか?」
( <●><●>)「ここまできて何を言うんです?
さあ、行きますよ」
- 390 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:03:41 ID:06BrbnEU0
道の脇には、雨か山水が溜まったかしてできた水溜りができている。
道は、しばらく上り坂が続いた。
……辺りには轟々と風が木を揺らす音だけが響いている。
( ^ω^)(頻繁にここに人が来てるおね。
下草を刈ってるところまである。
ギコは一体ここで何を……)
どのくらい登ってきただろうか。
ここに来て道はさらに悪くなった。
木の根に足を取られ、折れた杉の枝に躓く。
(;<●><●>)「ふう、ちょっときついですね」
(;><)「はあ、はあ」
(;^ω^)「……これは足にくるおぉ」
(*'ω' *) 「がんばれっぽ!
男の子でしょ!」
( ><)「!」
その時、いつの間にか先頭を歩いていた稚菜君があっと声を上げる。
見ると、朽木が道を横切るようにして倒れていた。
- 391 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:04:23 ID:06BrbnEU0
(;><)「こ、これじゃあ通れないんです」
( <●><●>)「この前風の吹いた日に倒れたんでしょう。
迂回できるところをさがしましょう」
( ^ω^)「だめだお、道から外れると確実に迷うお」
( <●><●>)「じゃあ、どうするんです?」
( ^ω^)「このまま乗り越えられないこともないお。
服が汚れるかもしれないけど」
(;><)「ええ!こんな苔だらけの木を触りたくないんです!」
( <●><●>)「……わがままを言わないでくださいよ、稚菜くん。
嫌なら置いて行きますよ」
(;><)「……分かったんです」
稚菜くんはしぶしぶ朽木に手をかけ、慎重に木を跨ぎ越した。
善部が、それを見て自分もあとに続く。
それにしても。
( ^ω^)(……わざと倒したおね)
朽木とはいえ、まだ根元の方はしっかりしている木だ。
折れている部分を見ると、ナタか斧を振り下ろした跡があった。
人を近づけないためにギコが倒したのだろう。
- 392 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:05:13 ID:06BrbnEU0
……道のすぐ脇には深い沢が流れている。
そこと道とを隔てるものはなにもない。
この急斜面から沢に滑り落ちれば、大怪我どころでは済まない。
(*‘ω‘*)「よいしょ」
( ^ω^)「よし、行くかお」
最後尾の椿さんが倒木を越えると、僕たちはさらに前進した。
下に流れる沢に沿って、石塁が延々と続いている。
どのくらい前のものなのだろうか。かなり風化しているように見えるが。
それをぼーっと見ていると、水のながれているすぐ脇に動くものが見えた。
うり坊だ。
(*‘ω‘ *) 「あ!あれを見てっぽ!かわいいね〜」
(*><)「おお!かわいいんです……」
(;^ω^)「うわあ」
そんな事を言っている場合ではない。
うり坊がいる、ということは近くに親がいるのだ。
沢の底までは10m近く落差があったが、危険なことに変わりない。
善部もうり坊をみて、顔色をなくしていた。
- 393 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:05:57 ID:06BrbnEU0
(;<○><○>)「見とれてる場合じゃないですよ!ふたりとも早く!」
(;^ω^)「猪が出る前にとにかく急いで抜けるお!」
(;><)「???」
(;‘ω‘ ) 「!」
僕達は急いでそこから離れた。
わざとバキバキと枝を踏み折って大きな音を立てる。
あいつらもなるべく人には近づきたくないはず。
そう信じるしかなかった。
(;^ω^)(……しんどいお)
(;<○><○>)「はあっ、はあっ」
夢中で山道を駆け上っていると、だんだんと視界が明るくなってきた。
少し木の密度が低くなってこもれびが下草の上に降り注いでいる。
そして上り坂はここで終わり、今度は道は下へと続いていた。
あまりにも急で、不気味な変化だった。
- 394 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:07:10 ID:06BrbnEU0
(;><)「はぇ…はぇ…キツイんです」
(;<○><○>)「根性、無し、め」
(*‘ω‘ *) 「危なかったっぽ……?」
荒い息をつきながら善部が稚菜くんを睨みつけた。
稚菜くんはよほど疲れているのか、それに気がつかない。
その二人に比べ、椿さんは元気そうに見えた。
(;^ω^)(女の子は強しか)
(*‘ω‘ *) 「ねえ、少し休憩しないっぽ?
善部くんと稚菜くん、しんどそう」
(;><)(;<○><○>)
二人とも椿さんの言葉に無言でうなづくと、
葉っぱが付くのもかまわずその場に座り込んだ。
そうしてしばらく息を整えたあと、
善部が何も言わずに立ち上がり、獣道を下へ向かって歩き出した。
その後を、全員が黙ってついていく。
探検隊の中に、嫌な空気が流れ始めていた。
たぶん、全員が「こんなはずではなかった」と思い始めている頃だ。
「そもそもこんな事になったのは善部の思いつきのせいだ」とも。
善部の後ろには、椿さんと稚菜くんが続いていたのだが、
その背中を見る目は、二人とも鋭かった。
- 395 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:08:46 ID:06BrbnEU0
そんな時だった。
山の中に、木に何かを打ち付けるような音が響いた。
( ^ω^)「……来たおね」
(;<●><●>)「何の音でしょう?」
(;><)「……怖いんです」
(*‘ω‘ *) 「木こりさんかな?」
( ^ω^)「……ここはそういうところじゃないお」
ここは林業者が来るようなところではない。
歩いた距離的に、そろそろ茂名谷のあたりだ。
ここは昔、石切場のあったあたりでここで事故死した者が多い。
林業をしてる友達が言っていたのだが、
ここを忌んでいる人は多く、近寄る同業者はいないと言うことだった。
周りを見渡すと、大きな岩がごろごろしている。
件の石切場は、この近くにあるのだろう。
そして、ギコもここからそう遠くないところにいる。
この子たちを危険な目には合わせたくない。例え本当はここに存在していなくとも。
僕は、一人でギコに会いに行くことにした。最初からそのつもりだった。
この子達がどんな役目で出てきたのかは知らないが、
目的である僕の誘導は終わっているはずだ。
ここに置いていっても問題はないはずだった。
- 396 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:09:26 ID:06BrbnEU0
( <●><●>)「ということは、奴が……」
( ^ω^)「たぶんね、じゃあ僕が様子を見てくるお」
(;<●><●>)「は?」
(;‘ω‘ ) 「ブーン君一人で?だいじょうぶ?」
(;><)「危ないんです……」
( ^ω^)「なんとかなるお、じゃあ……」
(#<●><●>)「ちょっと待ちなさい」
( ^ω^)「なんだお?」
善部は僕の腕を掴むと、二人から引き離した。
ああ、また密談か。
もううんざりなんだけどなぁ。
( <●><●>)『話が違うだろ?』
( ^ω^)『なにがだお』
(#<●><●>)『とぼけんじゃねえ!稚菜の奴をビビらせるって約束だろうが!
あいつを先に立ててギコがなんかしてるのを見せなきゃ意味ねえんだよ!』
( ^ω^)『そうなのかお?』
(#<●><●>)『そうなんだよ!いいからあいつを先頭にしてこのまま進め!』
- 397 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:13:29 ID:06BrbnEU0
ボロボロになっても、まだこいつは稚菜くんを怖がらせようとしている。
たぶん田舎者の自分に比べて容姿も良く、
学力も高い稚菜くんに嫉妬しているのだろうが、それにしてもすこし様子が変だった。
……たぶん、一緒に連れてきた椿さんに理由があるのだろう。
( ^ω^)『……どうなっても知らねえお?』
(#<●><●>)『分かったら戻れ!』
( ^ω^)『はいはいお』
善部は、僕を軽く突き飛ばすと鼻息荒く稚菜くんに迫った。
目が、もう正気ではなかった。
( <●><●>)「稚菜くん、先頭に行ってください」
(;><)「ええ!?なんでですか?」
(#<●><●>)「いいから行けって言ってるでしょう!」
(;‘ω‘ )「ひっ」
(;><)「うう……わかったんです」
( ^ω^)「……」
- 398 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:14:11 ID:06BrbnEU0
善部は甲高い声で稚菜くんを怒鳴りつける。
それを見て、椿さんが小さな悲鳴を上げた。
それと同時に、いままで断続して鳴っていた鈍い音が止んだ。
( ^ω^)(気づいたおね)
そのことに、僕以外は三人は気がついていなかった。
(#<●><●>)「……」
(;><)「……」
(;‘ω‘ ) 「……」
(;^ω^)「……」
しばらく、無言の行軍が続いた。
何かを言える空気ではなかった。
下り坂を降りる稚菜くんが根っこに足を取られるたびに、
後ろにいる善部が無理やり立たせてどんどんと先へ進む。
転んでは立たせ、転んでは立たせ……。
後ろから見ていると、何かの拷問のようだった。
- 399 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:15:02 ID:06BrbnEU0
(;><)「あ、なんか広場みたいなのが見えてきたんです!」
(*‘ω‘ *) 「おお!ほんとだっぽ!」
稚菜くんが前を指さす。
目の前には森を丸く切り開いた窪地があり、
そこだけ下草ではなく、落ち葉が敷き詰められていた。
そしていつの間にか、周囲には何かが腐ったような臭いが立ち込めている。
生ごみとかの臭いではない。これはもっと、獣臭をはらんだような……。
(;<●><●>)「くさい……」
(;‘ω‘ ) 「……うええ」
(;^ω^)「……ひどい臭いだお」
(;><)「もう嫌なんです……」
稚菜くんがボソリとそう漏らしたとたん、
善部がその背中をドンと押した。
- 400 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:16:28 ID:06BrbnEU0
( <●><●>)「行きなさい」
(;><)「……くそお」
( <●><●>)「いま、なにか言いましたか?」
(;><)「……くっ」
(;><)「なにも、言ってないんです」
( <●><●>)「……それでよろしい、さあ進みなさい」
( ^ω^)「……」
そこから、枯葉の上を窪地の底に向かって歩いた。
下に行くにつれ、悪臭は一段と強さを増していった。
四人が、真っ青な顔でひたすら前だけを見て進んでいく。
はたから見たら、何の集団に見えただろう?
少なくとも、夢と希望に満ちた少年探検隊には見えないだろう。
そんな事を考えていると、急に前を歩いていた善部が立ち止まった。
稚菜くんが、なにか見つけたようだった。
- 401 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:18:34 ID:06BrbnEU0
(;><)「なんです……これ」
( <●><●>)「ん?どうしまし――――」
(;<○><○>)「うわ」
(;‘ω‘ ) 「ひい!」
( ^ω^)「なんだお?」
(;‘ω‘ ) 「ブーン君!上見て!」
椿さんの指さしているのは、一本の木だった。
善部の背中を見ていてその木の存在に気がつかなかった。
木は窪地ののまんなかに一本だけポツンと立っていた。
( ^ω^)(でかい木だおね)
胴回りがかなり太く、背の高い木だ。その樹皮は妙に黒ずんでいた。
だけど僕の後ろで椿さんが指さしているのは、幹ではなく梢の方だった。
- 402 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:19:14 ID:06BrbnEU0
(;^ω^)「なんだあれ……」
高いところにある枝に、ロープのようなものがたくさん垂れ下がっていた。
そして、大きなゴミのようなものがロープの数だけ吊り下げられている。
いや、ゴミではない。
あれは、動物の死体だ。
(;゚ω゚)「これは……」
よく見ると、枝ぶりが大きくしなっている。
吊られているものの重みによるものだろう。
その数は尋常ではない。
50を超える数の死骸が、悪趣味なオーナメントのようにぶら下げられている。
その場を不気味な静寂が覆っていた。
そこには、吊るされたばかりの死骸から滴ってくる血が枯葉を打つ音のみが響いていた。
だが突然その静寂を破って、稚菜くんが頭を抱えて金切り声を上げた。
- 403 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:19:56 ID:06BrbnEU0
(;><)「やっぱりこんな所に来るんじゃなかったんです!
はやく逃げないと……」
(#<●><●>)「てめえでかい声出すんじゃねえ!
もし気づかれたらどうすんだよ!」
(;゚ω゚)「お前ら落ち着けお!」
……そこにいる全員が、10m前後はあろうかという木の梢を見ていた。
だから、気付くのが遅れたのだろう。
(* ゚ω゚*) 「ぎっ」
僕の後ろで、鈍い音がした。
それに続いて、枯葉の上に重いものが倒れる音。
僕は、その音に反応して反射的に振り返った。
一瞬、倒れた椿さんと黒い影がそこに見えた。
- 404 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:20:52 ID:06BrbnEU0
(,, Д )
( ゚ω゚)「なん――――」
風を切る音がして、次の瞬間には僕の頭部に焼けつくような痛みが走る。
気がつくと、僕も地面に倒れこんでいた。
なんだ?何が起きた?
痛い。
とにかく痛い。
(;゚ω゚)(ギコ、かお……?)
僕は無意識に頭に手をやっていた。
ヌルヌルしている。血か?
考えられたのはそこまでだった。
視界の端に男が手にぶら下げた斧が見え、気が遠くなった。
僕は薄れゆく意識の底で、稚菜くんと善部の叫び声を聞いた気がした
- 405 名前: ◆9i63q3L3BI 投稿日:2012/01/01(日) 01:21:43 ID:06BrbnEU0
九話 終わり
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