ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:42:34.89 ID:h4bSednjO
 いつだってこの世は弱肉強食、そんなことは誰よりも一番分かっている。

 分かってはいるのだが、そう上手く思惑通りには生きてはいけない。
 結局のところ無い袖は触れず、長いものに巻かれ、身の丈に合った生き方を強要されるのが人間というもの。
 もちろんそれが一番安全で安寧で、そして退屈な正しい生き方なのだ。
 出る杭は黙って打たれる、致し方無い。

 でも、知っている。

 社会に見せ掛けだけの権力を擁護するための下らない制度があることや、無能な屑が有能な者を踏みつけるための腐った慣習が根付いてることを知っている。
 そんな『現実』という名の汚泥を思う度に、私の心は煮えたぎりはち切れそうになるのだ。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:44:27.85 ID:h4bSednjO
 このどうしようもない怒りをどこにぶつけたらいい?
 この身を引き裂くような憎悪をどこに吐き出せばいい?

 私は悟った。すべての原因は『大人』――旧世代の塵芥どもにあると。

 己の心を蝕んでいた者の正体を知ったと共に、私は強く誓った。力の限りを尽くし、数多の軍勢と才能を掻き集めることを。
 過去の異物たちに崩壊を招く、優秀な戦士たちを私の下に呼び寄せる事を。
 何千何万もの同志たちの先頭に立ち、彼らと共に為す大いなる『革命』を夢見る私は、きっと子供のように無邪気な笑みを浮かべているだろう。

 そして私はこの胸を熱くする思いに満ち溢れるまま、偉大なる一歩を踏み出したのだ。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:46:12.29 ID:h4bSednjO

ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第一話『変動日常』

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:48:27.43 ID:h4bSednjO

(#チдン)「喰らっとけやあああァああ!!」

 眩しい春の麗らかな朝。だというのに、陰湿なほどに薄暗い路地裏。そこで事は既に始まっていた。
 制服を不細工に着崩し、頭髪もゴテゴテと染め上げた――要するにどこにでもいそうななりのチンピラ。
 彼は大声を上げ、技術もへったくれもないただの大きく振りかぶったパンチを一人の少女に向ける。
 脅しでも何でもない、相手を殴りつけ昏倒させんとする本気の一撃である。
 だが拳は受け止められる。まるでキャッチボールのように、硬く硬く握った男の拳骨が少女の手の平へ吸い込まれるようにして収まった。同時に、グイッとチンピラの身体が引き寄せられる。
 勢いに負けて前につんのめり、地面に手を突く――そうするや否やだった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:51:26.38 ID:h4bSednjO
ノハ#゚听)「っしゃぁぁあああああーーーっ!!!」

 怒喝一声。
 先程のチンピラのそれとは比べ物にならないほどの轟音と共に、少女の小さな拳が敵の腹を貫く。
 深く、鋭く、重く、練り込められた腕力を叩き込む。

(チдン)「おっぼぁあ?!」

 チンピラの体は宙を舞い、綺麗なアーチを描くと傍にあったゴミ箱に頭から突っ込む。
 勢いの殺されないままに彼の体はそのマヌケな姿のまま地面を跳ね、壁に突っ込んだ。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:53:28.01 ID:h4bSednjO

(ピзラ)「兄貴ぃ!? ちっくしょぉおお、よくもてめー!!」

(`ェ´)「許さんピャー! ちなみに俺、佐藤裕也。ピャー!」

 二人の大立ち回りを取り囲んでいた別の不良たちが、一方の撃沈を合図に一斉に襲い掛かってくる。
 各々がメリケンサック、鉄パイプなどの物騒な武器を手に突っ込んだ。
 少女は新たな敵に向き直る。頭上に迫った鉄パイプの一振りを回避。すかさず顎に右フック。
 反撃や防御の隙すらない。少女はチェックのスカートをひらりと舞い躍らせ構え直す。
 間髪入れず崩れ落ちる仲間を飛び越えて掴みかかってくる者をハイキック、両脇から殴りかかってくる二人には肘撃とアッパーで迎撃。
 彼女の動きに合わせ真っ赤なポニーテールがなびく。圧倒的だった。確実に一人一撃でノックダウンさせられていた。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:56:11.91 ID:h4bSednjO

(`ェ´)「ピャ―――ッ!!」

 最後に残った一人が奇声を上げ、コンクリートブロックを投げつけた。
 飛来する凶器、無論その重量と速度は当たれば重傷を負わせるに充分である。

ノハ#゚听)「――フンッ!!」
 
 迷うことなく、恐れることなく突き出されたパンチはブロックを打つ。バカリ、と音を立て砕けるのは彼女の拳ではない。ブロックだ。

(;`ェ´)「ば、化け物だピャ――!! 相手にならんピャ――!!!!」

 慄き、最後の生き残りは諸手を上げて逃走した。フンと鼻息を荒くする少女はそれを追わない。
 この喧嘩は彼女が仕掛けたものではないからだ。一方的に吹っ掛けられたイチャモン、それに応じただけである。
 最後の一人まで執拗に痛めつける――なんてことは少女の頭には最初っから無い。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/24(火) 23:59:11.70 ID:h4bSednjO

 そして数分前まで荒々しい怒号に包まれていた路地裏には、少女の息遣いのみが響いていた。

ノハ;゚听)「あいたたた、くそー……。オンナノコに向かって化け物だなんて失礼な奴だな」

 少女はとりあえずなんとかなったことを確認すると、やれやれといった表情で拳をさする。
 さすがに勢いとは言え、コンクリートを素手で壊すのには彼女も応えたようだ。
 しかしそれにも増して壮絶である。
 大の男を数人、それも身の丈百五十センチ程の小柄な少女がそれらを殴り倒す光景は、恐らく見る者がいれば唖然とするだろう。
 現にチンピラたちにはもう立ち上がる気力も体力も――あるいは先の一撃で意識さえも飛んで無くなっているのかもしれない。
 その証拠にあちこちでグッタリと地面に突っ伏す彼らはピクリとも動かなかった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:01:39.42 ID:SNyc/Cw2O

ノパ听)「まったくうう!! 私に喧嘩を売ったのが間違いだったな! コレに懲りたら二度と通学途中は襲ってくんなよ!」

 少女は傍らの地べたに置いておいた通学鞄をヒョイと拾い上げるとバケツマン御一行にそう言い聞かせ、足早に路地裏から走り去る。
 彼女の小振りで目鼻の通った顔には恐怖や、興奮なんてものは浮かんではいない。
 まるで先程の乱闘など、道すがらに犬猫の喧嘩を見たかのような扱いである。

ノハ;゚听)「マズいぞおおおお! このままじゃまた遅刻するうううう!!!」

 スニーカーの地を蹴る音も軽やかに、朝の陽光に満ち溢れる町を駆け抜ける彼女の名は素直ヒート。

 VIP学園二年E組。誰が呼んだか巷じゃ噂の――

(チдン)「うぐ……『熱血喧嘩屋』……さすがに噂以上だ、ちくしょう……」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:03:51.27 ID:SNyc/Cw2O

 * * *

 ヒートの日常は単純明快である。

 起きて、群がる塵芥を殴り飛ばし、キャッキャウフフと学園生活を満喫して、帰り道にまた不良共を殴り、家で眠る。それだけだ。
 彼女だってそれがとても楽しい。
 もちろん見ず知らずの男たちに因縁を掛けられて毎度喧嘩に明け暮れる――乙女としてそれが正しい生き方なのか彼女は知らないが、それはそれでいいのだ。
 いつの間にか付いてしまった通り名を返上なんて出来ないし、ただ単にかかる火の粉を鬱陶しいから振り払っているにすぎないのだから大したことはない。ヒートはそう思っている。
 ただ彼女には満たされぬ一つの欲求があり、それは――

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:06:12.48 ID:SNyc/Cw2O

('A`)「おい、ヒ−ト。起きろよ」

ノハ-听)「むにゃ……、なに、何だよぉ」

 涎で水溜りの出来た机でヒートは目を覚ました。ゴシゴシと乱暴に口元を拭い、まだ開ききっていない目を瞬かせる。
 まだいまいち自分がどこにいるのかを思い出せないようだった。
 隣でやれやれと肩をすくめる鬱田ドクオは、そんな彼女の覚醒しきっていない頭をシャーペンでコンコンと叩く。

('A`)「起きてますかーヒートさん?
 ただいま一時限目は絶賛自習中ですけど、御宅の机に涎のナイアガラが完成しそうだったので警告しときますよー」

ノハ;゚听)「……ぅぐぐ!? 何だよドクオ、それなら早く言え!」

 自分の惨状に気付いたらしいヒートは大慌てし、ポケットから取り出したティッシュを紙吹雪のように机へと投下した。
 あっと言う間に空になるポケティの袋を放り投げ、一端の女子高生には相応しくない有様になってしまった机を拭く。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:09:05.20 ID:SNyc/Cw2O

ノパ听)「そうかそうか……そういえば自習になったんだっけなぁ。お陰で遅刻せずに済んだんだった」

('A`)「何を今さら。机に着いた途端に居眠り始めといてよく言うぜ」

 ワイワイガヤガヤ、と教室は雑然としていた。
 真面目に復習・予習・宿題・自学に取り組む者、プリントを紙飛行機にして遊ぶ者、仲良しグループで今年のファッションの流行についておしゃべりする者、etc、etc……。
 そんな中二人は一番後ろの窓側の席を陣取っており、そしてやはりこの退屈な時間が過ぎるのを待っている身であった。
 と、思い出したかのようにドクオはポケットに片手を突っ込む。ボサボサの頭を掻き毟り、取り出した携帯の液晶をヒートに見せ付けた。

('A`)「ヒート、そういやお前携帯持ってなかったよな?」

ノパ听)「ないない全然ない」

('A`)「じゃ一応教えとくか。ついさっきこんなメールが来たんだよ。多分、お前にも関係あるぞ」

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:11:33.95 ID:SNyc/Cw2O
 液晶に映っているのはメール画面。タイトルには『生徒会広報メール』と打たれている。

ノパ听)「生徒会のメールマガジンか? そんなのがあるのか」

('A`)「あぁ、行事だとか秘密のイベントだとか――結構面白い情報も手に入るらしいし登録しておいたんだ」

ノパ听)「それが何で私に関係があるんだよぅ?」

('A`)「まぁちょっと見てみ」

 ドクオが送るページにはズラリと文字が並ぶ。
 学食のメニュー、一ヵ月後に迫る夏休みについてのインタビュー結果、近場でオススメのファーストフードショップの紹介などなど。
 その一番下にある文字に、ヒートの目は留まった。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:13:21.91 ID:SNyc/Cw2O

ノパ听)「【緊急連絡! 各部活動、同好会、研究会、クラブの部長・主将・会長職の人は本日放課後に生徒会棟一階ホールに集合のこと】……?」

('A`)「お前、空手道部の主将だろ? まぁ実際一人しかいないから自動的に決まった主将だが」

ノハ#゚听)「そ、それを言うなら剣道部も幽霊部員ばっかでお前一人ぼっちだろうがああ! 自動的に決まったのはそっちも一緒だ!!」

(;'A`)「俺は一応選出で主将になったんだよ! 強いんだよ、一応!」

ノパ听)「ふふん、まぁ私だって同世代の空手家には負けない自信はあるけどなっ!」

('A`)「そんなこと言って、不良と喧嘩して連戦連勝なだけだろ。大体お前のは空手と言うよりただの喧嘩殺法」

 そこまで言ってドクオは、ヒートがこれ見よがしに照れた顔を浮かべるのに気付く。

ノハ*゚听)「おいおい、そんな褒めても何もでないぞ。連戦連勝だなんて」

('A`)「生粋のバカですかあなたは」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:15:57.74 ID:SNyc/Cw2O

 * * *

 VIP学園はマンモス校だ。

 千人を超える在籍生徒数と一つの街であるかのような広い敷地面積は、県内でも有数の目玉となるに相応しいスケールである。
 加えて、スポーツ・文化活動など各方面の優秀者に対して充実した特待生制度を設けているため、地方からも編入者が多い。寮を初めとし、各種施設も充実しているのもそれ故。
 ヒートとドクオも寮生である。もっとも実家は地元にあるし絶対的に寮に入る理由などなかった二人だが――少なくともヒートの場合、彼女の寝起きがとてもルーズだからだ。
 それなら学園に程近い寮なら問題はないと思っていたらしいのだが、結局一人暮らしで誰も起こしてくれる人がいないという事実は距離の問題を軽く凌駕してしまったらしい。
 それが今日の――いや毎朝の結果である。
 おまけに寮と学校の短い道すがらにさえ、不良共が関係なく湧いてくるのが究め付けの原因だった。

 反してドクオは分かりやすい。単純な話、一人暮らしに憧れた結果の末だからだ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:19:10.81 ID:SNyc/Cw2O
 さて、先も述べたようにこの学校で最も特筆すべきなのは活発なクラブ活動である。
 その特徴こそ『志と顧問さえあればたった一人でも』というなんとも大胆な方針。
 それに相まって、小さなものまで加えると部活動の総数は百に至りそうなまでの規模なのだ。

('A`)「大体おかしいだろ、部の連中を一人残らず病院送りにしたせいで一人ぼっちの主将になるとか」

ノパ听)「そんなこと言ったって仕方ないだろぉ! ウチの部じゃもう私の相手になる奴なんか居なかったって事なんだから。強さを認められたんだよ!」

 二人は渡り廊下の段差に並んで腰掛け食事を取っていた。時刻は十二時、昼休み真っ只中である。
 呆れた表情を浮かべるドクオを尻目に、モシモシと購買部の焼きそばパンを齧るヒートの言葉には悪気なんて一切ない。殊更に全く。

('A`)「それは責任を追及されての結果じゃないのか?」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:21:38.37 ID:SNyc/Cw2O
 片やドクオは自販機の黒酢豆乳にチビチビと口をつける。
 と、気になるのか額にかかる無造作に伸びた黒髪をつまみ、グリグリと弄りだした。
 彼の雰囲気が周りから暗く見えてしまうのも、偏にその鬱陶しい髪型のせいなのだろう。
 ビニールまで飲み込むような勢いでパンを平らげるヒートは彼の仕草をふいっと見る。彼女はわかっているのだ。頭さえ小ざっぱりとすればドクオだって少しは見れる顔付きにはなるのだと。
 なんてことはない、長年の付き合いでそう確認しているからだ。

 そう、二人は幼馴染なのである。

 同じ小学校、中学校を経た長年の付き合いだ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:24:26.96 ID:SNyc/Cw2O

('A`)「えーっと何の話だっけ? ……そうそう、放課後の集まりだ。行くか?」

 ドクオが振り返ると同時に、今まで眺められていた事をバレないようにヒートは目を背けた。

ノパ听)「本当のところ、めんどくせええええーなああああーオイ!って思っている」

(;'A`)「おいおい。だってあれだぞ、一応生徒会からの届出なんだし」

ノハ#゚听)「なら言ったれ! ちょっとは携帯を持たぬ者にも考慮して連絡しろとなああ!!」

('A`)「今時携帯も持ってないお前にも別の意味で問題はあると思うが。それにメルマガじゃなくても一応掲示板とかにも貼り出されてたぞ」

ノハ;゚听)「なん……だと……?」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:27:04.87 ID:SNyc/Cw2O

 しかし、ドクオは別の意味でも気になっていた。

 例えば体育祭が近づけば運動部を集めるだろう。文化祭が近づけば無論文化部をだ。
 そのどちらとも取れない微妙なシーズンである今、わざわざ数十もの部活動を一堂に会させ何をするのだろうか?

('A`) (ちょっとばかし気になるんだがなぁ……)

 耳を傾ければ、ヒートはもはや放課後の集まりなどに行く気はないらしい。
 『ゲーセンだ! ゲーセンに行ってパンチングマシーンの記録を打ち破りに行くぞおおお!』と喚きたてている。
 そんな彼女の姿を見ているうちに、ドクオは自分の疑問が取るに足らぬものなのだという結果に至った。

('A`)「まぁ、いいか。どうせ――」

 大したことじゃない。

 そう心に決め付けると腹に力を込め、パックに残っていた黒酢豆乳を飲み干した。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:29:08.69 ID:SNyc/Cw2O

 * * *

 翌日である。

 清々しい朝に助けられたのか、念の為と立ち寄ってくれたドクオに感謝すべきなのか、ヒートは珍しく寝過ごさずに目覚めた。
 意気揚々とドクオと連れ立つ彼女はご機嫌で、今にもスキップで飛び上がり月にタッチでもしそうな様子だった。
 ドクオ自身は昨日散々と付き合わされたゲームセンター巡りに疲れ果てているのだが、むしろヒートが疲れを微塵すら感じさせない振る舞いである事に舌を巻くばかりである。

ノハ*゚听)「いいなあ! 早朝起床! 遅刻を気にせずランランルー! やっぱり寮で暮らしてよかったぁ!」

('A`)「甲斐甲斐しく朝起こしに来てやった幼馴染に、労いの言葉は一つも無しですか?」

ノパ听)「あぁ、えーと……どうも」

(;'A`)「何その『コレで満足か?』って表情は!?」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:31:08.37 ID:SNyc/Cw2O

 嘆くドクオをいなし、町を闊歩するヒートはまだ眠りについている街を見渡した。
 静まり返った辺りからは風に乗って、ほのかな草の香りが漂う。まだ五月も始まったばかり。ポカポカとした陽気が心地よい。
 と、同時にそんな春の穏やかさの中でむずむずとくすぶっている自分の心。平和な光景に反して血が滾るような、己の心の反動。

 今朝はいつもと打って変わり、どうにも悪漢たちも襲い掛かってくる様子も無い。ヒートだって、いつもいつもチンピラ相手に大乱闘なんてしたいわけではない。
 ただ、退屈なのだ。
 自分の心の奥底にある闘志。それを昂ぶらせるような闘いをしたいという欲求は、町の不良相手には満たされない。
 ヒートは求めているのだ。いつも心の奥底で、燃え上がるような熱い勝負を行えることを。

ノパ听) (我ながら、この感情ばっかりはなんともしがたいなぁ……)

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:33:48.95 ID:SNyc/Cw2O

 * * *

 校内はシンと静まり返っていた。
 上履きに履きかえるドクオを待ちつつ、ヒートは吹き抜けの玄関ホールをウロウロと歩き回る。
 ホールの天上に備え付けられた天蓋窓からは、まだ角度が悪いせいか朝日は見えない。

('A`)「心配した割りにはちょっと早く来すぎたかもな」

 準備を終えたドクオにポンと背を叩かれ、気が抜けていたのかヒートはハッとした。

ノパ听)「おー……そうだな。何だか、ガヤガヤと騒がしいこの学校にもこんな一面があるのかって思ってた」

('A`)「新たな発見だな。よし、とっとと教室に行く――」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:36:21.88 ID:SNyc/Cw2O
 そこまで言ってドクオは口を紡いだ。唐突に彼の視線が固まる。廊下のずっと先、曲がり角となったその場所に。
 突然のことに首を傾げるヒートはドクオの視線の先を見定める。そしてドクオが固まった意味に彼女は気付いた。

 まだ仄暗い廊下の向こうから、ヌゥッと大きな影が這い出でたのを見てしまったからだ。

 でかい。
 それは人のシルエットをしているが明らかに巨大だった。
 頭を天上に擦り付けるかのようにしてノシノシとこちら側に前進してくる影は、こちらをジッと見据えている。
 全身の毛が逆立った。背中を汗が走った。
 予想もしなかった事態。先程までの平和な世界が、この異形の存在によって何か別のものに変容していく感覚。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:38:39.75 ID:SNyc/Cw2O

ノハ;゚听)「何だ……あれ?」

(;'A`)「分からん、分からんがあれがヤバそうな奴だってことくらいは分かる」

 近づくと共に二人の目に明らかになっていく姿。
 丸太のような手足、岩石のように盛り上がった胸板、おおよそ人のそれとは思えないような筋肉の鎧に身を包んだ大男である。
 思わず身構える。何者なのか、一体ここで何をしているのか。二人の思考が巡りに巡る。

 ドクオはもちろんこの場を離れるべきだと思った。
 何やらよく分からない不審者がそこに居るのだ。背中を向けて走り去りたいと思うのが普通である。
 しかし、いざ振り返った瞬間この男が肉食獣のように自分へと襲いかかってくる光景を容易に想像できてしまい、足がすくんでしまうのだ。

 ヒートは対照的に立ち向かう事ばかり考えていた。
 あと何歩男が歩けば自分の射程に入るか、または相手の射程に入ってしまうか。あのとてつもない筋肉から放たれる攻撃は、自分には防ぎきれるものなのか。
 焦りと共に興奮も覚える。久々に骨のありそうな奴が目の前に現れてくれたものだと、心の内ではほくそ笑む。
まるで先の自分の気持ちを誰かが汲み取ってくれたかのような、恰好の状況。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:41:46.07 ID:SNyc/Cw2O
 そんな最中、ついに男がその太い腕を伸ばせば二人の身体に届きそうなほどの距離にまで接近してきた。ドクオは背後ににじり寄り、ヒートは再び身構え男を睨みつける。
 互いの吐息を感じれるほどの間合い、そしてどういう形であれ『闘うこと』になったのなら必殺の間合い。大男はそこにずしんと踏み込む。
 ふっと、三者が一斉に大きく息を吸い込んだ。

 最初に動いたのは? ドクオ、ヒート? ――答えは大男だった。

|  ^o^ | わたしです

 ぺこりと、挨拶。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:44:11.91 ID:SNyc/Cw2O

ノパ听)('A`)「「――――ッ!!?」」

 あまりにも突然の出来事に二人は当惑する。
 そのなりから彼が尋常ではない者であることは一目で分かる。尋常じゃあない奴がやる事なんて、到底良いものではないという事も誰だって分かる。
 ただ襲い掛かってくるとか、何か物騒な物を持ち歩いてるとかなら二人も幾分反応は出来ただろう。
 しかし男が馬鹿丁寧に挨拶をしてくる、そんなことは思ってもみなかったし、加えて今度は男が凶器ではなくコーヒーポットを取り出してくるなんてどう足掻いても行き着かない考えだった。

|  ^o^ | これはこれは おはやうございます もーにんぐこーひーはいかがですかな?

 のっぺりと特徴のない顔、なぜかしら棒読みな口調、そしてこの体躯という異常な男は、上半身裸のくせにどこからかポットとカップを取り出すとコーヒーらしき液体を注ぎだす。
 呆気に取られるヒートとドクオの前に、モウモウと湯気を立てるカップが差し出された。

|  ^o^ | えんりょせず

ノハ;゚听)「え? ちょ……これ――」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:46:38.98 ID:SNyc/Cw2O

 ヒートは迷った。一発ぶち込むべきか、否か。

 もちろんそんな怪しい容器を受け取りたくはなかった。ただこの男が思っているほどに危険ではないんじゃあないか、なんて考えが一瞬だけよぎったから、らしくもなく迷う。
 そうなるともう反射では殴れない。思考で殴るしかなくなる。
 人が人を考えて殴る時はいつだって、ドロドロ、ノロノロ、愚鈍に考えるのだ。
 ヒートだってそうだ。ヤバイ奴、立ち向かってくる奴は殴ってもいい。ただ敵意や悪意のない者、そういう者だけは殴ってはいけないと彼女だって分かっている。
 カップを目の前にヒートは目を白黒させる。良心と闘争心の狭間で足が動かなくなってしまった彼女は思わず、ドクオを見て、男を見て、またドクオを見る。
 そしてもう一度男に振り返った時、あることに気付いた。

 大男の後ろから何者かが追随していた事に。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:49:07.93 ID:SNyc/Cw2O
 今まで大男がでかすぎて分からなかったのだ。
 大の大人が三人くらいすっぽりと納まりそうな大きな影に隠れるようにして、じっと立っていたその人物はヒートと目が合うとニヤリと口を歪ませた。

从 ゚∀从「やめとけ、それはコーヒーじゃない。醤油だ」

 それは小柄なヒートよりもさらに背が低い少女。
 クセの強い銀髪はあちこちに跳ね上がっており、制服の上から袖を通さずに白衣を羽織る彼女は白くてほっそりとした腕をヒラヒラと振るう。
 長い睫毛に縁取られた瞳は尊大さと威厳に満ち溢れていた。パッと見は確かに可愛らしいが、その目だけは彼女の本質を物語っている。

|  ^o^ | Oh ぶちょーではありませんか

从#゚∀从「ブーム!! お前いい加減に醤油とコーヒーを間違えるクセを直しやがれ!」

|  ^o^ | これはこれは

 鬱陶しそうに少女が大男の太い足に蹴りを入れる。それが効いているのか効いてないのか、ブームと呼ばれた彼はヘコヘコと少女に頭を下げた。
 ふっと、心なしかヒートとドクオの間に走っていた緊張の糸がほつれる。
 よく分からない。が、この少女が出現した事で何か二人の中で体のいい『納得』が生まれたからだ。あぁ、今はそんなに異常な状況でもないのだ、と。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:51:44.92 ID:SNyc/Cw2O

(;'A`)「お、おいちょっと何なんだよ。あんたら一体何者なんだ? ココの生徒なのか?」

 余裕が出たせいか、今の今まで後ろに下がっていたドクオが声を上げヒートを庇うように前に出る。ヒートもとりあえず構えを解き、フゥと溜め息をついた。
 一方の少女はドクオの質問に気付くと、高慢そうにフフンと鼻を鳴らす。

从 ゚∀从「マヌケな発言だな、剣道部主将・鬱田ドクオ、そして空手道部主将・素直ヒート。自分たちが標的にならないとでも思っていたのか?」

(;'A`)「はぁ? 標的って何だよ。大体あんたこそ誰なんだ? 何で俺たちの名前を知っている? つか後ろの筋肉野郎は何?」

从 ゚∀从「オレは化学部部長・ハインリッヒ高岡。そしてこいつは助手のブーム。ココまで言えばわかるだろ?
 こっちも文化部だからって舐められるわけにはいかないんだ。潰せそうなとこからとっとと潰して、早いとこ勝ち星を挙げよーってな」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:54:28.53 ID:SNyc/Cw2O

ノハ#゚听)「おいおいおい! こっちにももっと分かるように話して――」

 痺れを切らしたヒートはハインに掴みかかる。小さな身体がヒートの手に吊り上げられるようにされた、その時だった。

从#゚∀从「ったくめんどくせえ。ブーム、叩き潰せ」

|  ^o^ | らじゃーであります


 ――突き抜ける鈍重な衝撃。


ノハ;゚听)「うごぁあッッッ?!」

 一瞬、まさに一瞬で均衡は破られた。
 意味もない納得に裏づけされていた『通常』は叩き砕かれた。
 ドクオが、そしてヒート自身が気付いた時にはもう遅い。
 ブームによって打ち込まれたドッチボール大の拳がヒートの腹をジャストミートする。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/03/25(水) 00:57:44.61 ID:SNyc/Cw2O

 幾重にも捻れる。

 足の先から頭のてっぺんまで唸る。
 
 そして――弾けた。

ノハ; )「ぐぅあああああああああああああああ――――ッ!!!」

 ヒートの身体が毬球か何かのように容易く吹き飛び、ホールの下駄箱に向かって思いっきり叩き込まれた。

 日常が砕け散った瞬間である。


第一話・終



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