- 2 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:40:08.63 ID:y5czdyp00
武道場に猛々しい叫びが二つ木霊した。
二日目、ここはミリタリー研究会によって畳から壁に窓ガラス、その他色々な物を破壊されていた。
それがどうしたことだろう。割れたガラスの破片など、抉れた畳の跡など、どこにも見当たらない。
まるでいつもと変わりなく、戦いがあったことさえ嘘のような光景。
風紀委員の修復と隠蔽の賜物なのだろう。
ノパ听)「うおぉおお!!」
('A`)「どりゃあああ!」
その新品同様な畳へと踏み込み、吼える二名は左右から一斉に向かって行く。
ヒートは右から、ドクオは左から。各々拳と剣を振るい、戦闘態勢へと入った。
川 ゚ -゚)「…………っ」
- 4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:43:05.41 ID:y5czdyp00
両者に挟まれるのは素直クール。
立ち向かう全てを粉砕する武芸の申し子にして、一本の刀のように美しく凛とした可憐な少女。
彼女は構える。右手は徒手空拳、左手には竹刀。それぞれが突撃してくる二人に対応して、受け止めようと唸る。
速度に物を言わせるのはさすがというか。まず、彼女の間合いへと飛び込んだのはヒート。
ノパ听)「ふっ! はっ! りゃああああああ!!」
正拳突きから風を切る裏拳、その回転の勢いに任せた後方からの回し蹴り。
鉄も叩き割らんばかりのパワーを秘めた彼女の三段攻撃。
川 ゚ -゚)「――ふむっ」
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:46:08.69 ID:y5czdyp00
しかし、それはクーの払う右手に翻弄される。
拳は流され、打ち込まれる蹴りはガシリと受け止められた。
身軽な女とは言え、剛力のヒートが充分に体重を乗せた回し蹴りだ。直撃はなくとも、受け止めれば反動で吹っ飛ぶはず。
だが微動だにしない。岩石のように、はたまた大樹のように。
畳を絞るように踏み締めるクーの力は、ヒートのそれに匹敵――いや圧倒するものなのだ。
川 ゚ -゚)「やはり力任せだぞ。もっと機転を利かせろ」
ノハ;゚听)「あいだだだだだだ!」
くるりと組んだ手を腕に絡ませられると、あっと言う間に手首が捻り上げられヒートは跪く。
しかし、まだその瞳に敗北の色は映っていない。そこにあるのは消えない闘志だ。
- 10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:49:03.17 ID:y5czdyp00
見降ろしていたクーの背後を、殺気が走り抜ける。
ノパ听)「行け! ドクオ!!」
('A`)「おおおおぉおおおおぉおお!!!」
ドクオの叫びが反響した。
- 11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:51:03.80 ID:y5czdyp00
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第十三話『坐して君を待つ』
- 12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:54:12.25 ID:y5czdyp00
そう、ヒートが敢えて先んじたのはこの隙を作るため。
いつもは張り切りすぎて突っ込みすぎる彼女だが、挟み撃ちというこの形ならそれは悪くはない。
クーは強い。そして勘もいい。
もし二人同時に攻撃を仕掛けるならば、受け流される互いの攻撃で同士討ち――ということも充分にあり得る。
力の流れは、彼女の前では容易にコントロールされてしまう。ならば、わざと時間差を作るのだ。
その代わりに、ヒートは全力で捨て駒になる必要がある。
彼女は全速力で、全闘力を込めて、全神経を張り巡らせ、クーに打ち込んだ。
ヒートの渾身の攻撃。それはいかなクーとて、同じくとまではいかずとも相当に集中しなければ受けれない。
仮にそこでヒートの拳が受け流されようと問題はない。間違ってもそれがドクオに及ぶことはないのだ。
挟み撃ちの利点である『同時攻撃』を捨てた、敢えての『時間差攻撃』。
その付け焼刃の作戦は、確かにドクオがクーの背後を取る隙を作りだした。
- 13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 22:57:04.08 ID:y5czdyp00
だが、所詮は浅知恵か。
川 ゚ -゚)「悪くはないが――反応が遅い!」
機敏な動きで体勢をドクオへと直すクー。その頭頂部へと放たれた面打ちを、彼女は片腕一本で受け止めた。
右手はヒートの手首を極めて、拘束しているというのに。その腕力、女離れの仕方は相当だ。
現に構えられた竹刀を、ドクオは組み伏せることができなかった。
全力で押し込もうとビクともしない。壁と鍔迫り合っている気分にでもなりそうになる。
(;'A`)「ぬぅ……! ぐぉ、おぉぉおおお……っ!」
川 ゚ -゚)「――終いだ」
ふっ、とかかっていた力が消える。同時にクーの姿もドクオの視界からアウトしていた。
勢い余り、つんのめりそうになった彼と竹刀。地に付いたそれが、脇からぐんと伸びてきたストンプに押し潰される。
袴履きの足は、ドクオの腕をもぎ取るようなパワーで竹刀を真っ二つに踏み折った。
- 15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:00:04.86 ID:y5czdyp00
あまりの超スピードに目を白黒させているうちに、地面へと組み伏せられる。
( A )「痛ぇ!」
強かに、ドクオは頭をぶつけた。
火花が飛び交う視界に映るのは、膝立ちで自身を押し倒している素直クールの姿。
首にひやりとした感覚があるのは、彼女の押しつけてきた竹刀のせいだった。
(;'A`)「いつつつ、ひでぇなクー。勢いで部の備品をブッ壊さないでくれよ……」
川 ゚ -゚)「悪いな。しかし、剣はお前の武器であり弱点だ。ここを狙われるのは至極当然のことと思えよ」
立ち上がるクーは代わりと言うばかりに、自身の持っていた竹刀をドクオに投げて寄こす。
彼女の向こう側では、先の瞬間移動の際に投げられたのだろう――ヒートが同じく、痛々しそうに頭を擦っていた。
- 16 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:03:12.36 ID:y5czdyp00
ノハ;゚听)「いちち、クソ。二人掛かりでもやっぱダメなのか。クー姉ぇはホント容赦ねー強さだわ」
('A`)「全くだぜ。確実に隙を突いたと思ったのに、返り討ちだからな」
川 ゚ -゚)「敵わなくて結構、そうでなければわざわざ朝連をしてやる甲斐もない」
ピシリと襟を正すクーは、相も変わらず見目麗しい。
朝のほのかな陽光を反射する黒髪、早朝と言うのに眠さなど微塵にも感じさせないキリリとした釣り目、欠伸一つしない小さめの唇。
これでもっと温和で優しい女性なら、どれだけ良かったかとドクオは心中で溜め息をつく。
いや、今でも決して鬼のように厳しいというわけでもない。優しいところもあるだろう。
ただ力の入れどころがちょっとばかりズレているのだ。
川 ゚ -゚)「さぁ、次に進むぞ。ヒートは一旦休憩して、ドクオは竹刀を置いてそこに立て」
('A`)「置いて?」
川 ゚ -゚)「そうだ。ほらほら、口より足を動かせ」
- 17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:06:11.57 ID:y5czdyp00
パンパンと手拍子で仕切り直すクーは、ちょうど五メートルほど先の場所を指し示している。
導かれるままにヒートはその場で畳に座りこみ、ドクオは示された地点に移動する。
竹刀が無いと落ち着かないのか、彼はもどかしそうな空の手を前へと構えた。
もちろん、徒手の格闘など齧ったこともないためお粗末な構えだったが。
準備完了を確認すると、クーは道着の懐に手を差し入れ中から黒い包みを取り出す。
引っ繰り返されたその中から、彼女の手の平に転がり出たのは色とりどりの小さな球。どうやらスーパーボールのようだ。
川 ゚ -゚)「私の右手には五つのスーパーボールがある。今からこれをお前に向かって投げようと思うのだが……」
('A`)「俺は何をすればいいんだ?」
川 ゚ -゚)「わざと当てない球と、当てる球の二種類の球種を投げる。お前は自分が『当たる』と見極めた球だけ受け止めろ」
彼女の女らしいほっそりとした手の上で、五つの色球がポンポンと跳ねる。
例え剛腕のクーの投擲でも、ゴム製のスーパーボール――これならさすがに危険はないだろう。
- 19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:09:44.97 ID:y5czdyp00
ノパ听)「反射神経とか動体視力とか、そういう訓練?」
川 ゚ -゚)「訓練、と言うより少し試してみたいんだ。ドクオがどれだけの動きに反応できるか――ってな」
('A`)「……なるほど、何となく分かった」
グッと力強く身を固める。
クーもまた軽く頷くのを合図に、握った右手を大きく振り上げた。黒い銀糸の髪がふわりと空を舞う。
川 ゚ -゚)「行くぞっ、少し速いからよく見ろ!」
投擲。
風を切り裂く軽やかな音と共に、軌跡が色の帯となって伸びていく。
クーの腕の動きは高速。残像を帯びるそれは、スーパーボールに危険はない――なんて安直な考えを吹き飛ばす。
平行線を描き迫るそれらは弾丸のように、少年へと迫った。
- 20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:12:16.40 ID:y5czdyp00
('A`)「――――ッ!」
とっさにドクオは両腕を交差し、顔面をガードする。
ほぼ同時。彼の背後に広がる武道場の壁に、立て続けに五回の衝突音が高鳴った。
四方に弾けるスーパーボール、その数は五つ。間違いなく、偽りなく、五つだ。
脇で目を凝らしていたヒートは素っ頓狂な面になり、思わず声を上げた。
ノパ听)「何だ何だ? フェイント掛けて、実は五発全弾外れ?」
川 ゚ -゚)「…………」
クーは口を噤み、どこか探るような目つきでガードを解かないドクオを見つめる。
やがて、彼はゆっくりと交差していた腕を解いた。固く握られていた拳も、同じく緩やかに開かれてゆく。
- 21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:15:05.97 ID:y5czdyp00
('A`)「いやヒート、違う。球は全部で七つだ」
両手の平からこぼれ落ちるのはスーパーボール。左右に一つずつ、それらが畳の上を軽く飛び跳ねた。
ノハ;゚听)そ 「え? 何で、クー姉ぇが投げたのは全部壁に――っていうか最初に五つって……」
川 ゚ -゚)「私は『右手の平には五つ球がある』と言っただけだぞ。何も、左手に球を持っていないとは言ってはいない」
どこかからかうように薄く微笑みながら、彼女はヒートの目の前で左手首を上げ下げする。
川 ゚ー゚)「お前たちの死角になる位置から、左手で暗投した。しかし予想以上――中々いい動体視力だ。
最初に強く五つと印象付けた上にかなり本気で投げたつもりだが、頭よりも身体の方が先に反応してくれたらしいな」
('A`)「…………」
- 22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:18:06.71 ID:y5czdyp00
珍しくクーが褒めてくることも驚きだったが、それ以上にドクオは自身の反応速度への驚きを隠せない。
確かに、彼の視界には七つのボールが映った。
動揺もしたが、やはり身体の方が先に動く。眼前に迫る二つの軌道を受け止めるのは、そう難しくはなかった。
しかし、あのヒートが目で追えなかった動きを自分が捉えていた。今まで意識できなかった動体視力の高さ。
その事実が、どこかで彼に興奮にも似たような感覚を喚起させる。
川 ゚ -゚)「ドクオ、言い方は乱暴かもしれんが、人間が手っ取り早く成長するのに必要なことは何だと思う?」
('A`)「……いや、ちょっとわかんねーかも」
川 ゚ -゚)「それは『長所』だ。他人と比べずに、己の中の秀でた部分を見据え伸ばす――そういう人間の成長は早い。
また真に強き者はそこから己の『短所』すら伸ばすが、そんなことが出来るのは極一握りだ。お前はまず長所を生かせ」
('A`)「長所……」
- 25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:21:14.65 ID:y5czdyp00
川 ゚ー゚)「実感が無いか? 仕方ないだろう、だが大切なのは疑問を持たないことだ。少なくとも私は評価している。
お前の『眼』は、恐らくもっと新しい世界を見ることができる『眼』だ。己を知ることから、人の成長は始まるんだぞ」
ドキドキしていた。
恋をするように、胸が高鳴る。全身に熱い血潮の流れを感じた。
ドクオの立つ、行く先も知れない暗い夜道に一つの灯りが灯る感覚。
川 ゚ -゚)「忘れるな。己を閃け、己を知れ。進化を諦めるな。その時、お前は更なる段階へと至る」
クーは強く言い放つと、今度は話についていけないらしいヒートへと向かう。
川 ゚ -゚)「――さて、逆にお前は長所が突き抜けすぎている、というところだろうな」
ノパ听)「え? そうなのか?」
川 ゚ -゚)「速く、強い。確かに今でも普通なら申し分ない――が、欲を言えばそのパワーに振り回されている感もあるな」
- 27 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:24:09.89 ID:y5czdyp00
ノパ听)「それが私の持ち分なんだからいいだろ! 戦いなんて腕っ節でどうにかなるもんだって!」
川 ゚ -゚)「馬鹿者」
胡坐をかいたままピョンピョンと、器用に飛び跳ねるヒートの頭をクーは叩く。
川 ゚ -゚)「ならば聞きたいのだが、お前は今のまま私を倒せる自信があるのか?」
ノハ;゚听)そ 「うっ…………!」
急所を突いた一言。蛙のように楽しげに跳ねていた彼女も、途端にしおらしくなる。
川 ゚ -゚)「自尊かもしれんが無理だろう。何故だと思う? 私とお前、案外腕力や速度は大差無いかもしれんというのに」
ノハ;゚听)「そ、それはクー姉ぇが子供の時から合気道をやっていたから……」
川 ゚ -゚)「なら、お前も合気道をやっていたら勝てたか? 違うな。技術の問題じゃあない。
要はバランスが取れていないんだ。パワーとスピードが膨れ上がり、正確さや冷静さを犠牲にしている――それがお前だよ」
- 28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:27:15.08 ID:y5czdyp00
ノパ听)「じゃあクー姉ぇは、そのバランスとやらが取れているっていうのかよ?」
川 ゚ -゚)「無論だ。私は己を、先程言った『極一握りの人間』なのだと自負しているからな」
ノハ;゚听)「な、何という自信満々っぷり……」
さも当然のように。自信に充ち溢れる彼女は、一切の退け目なく言い放つ。
長所と短所を同じレベルにまで引き上げて、言わば完全なる自己を形成できる者。
確かに、彼女の桁違いの強さからはそれも嘘ではあるまい。
川 ゚ -゚)「そして私はお前にもそれを求めたい」
ノパ听)「……それって短所も伸ばせってこと?」
川 ゚ -゚)「そうだ」
見る見るうちにヒートの表情が芳しくなくなる。
- 29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:30:18.58 ID:y5czdyp00
ノハ;゚听)「無理無理! そんなの絶対無理だし! それじゃあ、今までのやり方が全否定になっちゃうし!」
川 ゚ -゚)「何も長所を疎かにしろとは言っていない。短所を伸ばすと共に、長所もまた練磨するんだ。くどいがな、大切なのはバランスなんだ」
ノハ;--)「えぇぇぇぇ……マジかよぉぉ……無理だってぇ」
川 ゚ -゚)「行動を起こす前に出来ない出来ない、などと抜かすな。さぁ、さっそく始める――」
クーが逃げようとするヒートを捕まえたその時、チャイムが高らかに響く。
三人が一斉に壁掛け時計を見上げた。時刻は八時五分前。
つまりこのチャイムは、授業開始の直前に鳴る予鈴。本来ならもう、学生たちは教室の座席に付いていて当然の時間である。
- 32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:33:17.82 ID:y5czdyp00
川 ゚ -゚)「おっと、少し根を詰め過ぎたようだな。今日はここで終わりとしよう」
(;'A`)「いやいやいや! 滅茶苦茶ギリギリじゃねーかよ! やばいって!」
ノパ听)「ははん。ドクオ、お前たかが授業くらいで焦りすぎだっての。まぁ、クー姉ぇのシゴキを逃げる口実にはなるかな」
川 ゚ -゚)「お前までそんな事を言うか。サボり癖は良くないぞ」
('A`)「いや、お前ら二人が落ち着き過ぎだから! とにかく早く行くぞ!」
ドクオは未だ胸の鼓動が治まらぬままに、脳天気に佇むヒートの手を取った。
足早に駆けていく彼らの背中を、一人残されたクーは静かに見送る。
川 ゚ -゚)「ドクオ……諦めるなよ」
呟いた独り言は、朝の静謐な空気の中へと溶けていった。
- 33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:36:20.72 ID:y5czdyp00
* * *
从;ー;从「う、うぅ……うぅぅ……」
まず、温室に踏み込んだハインが確認したのは三人の姿。
地に崩れ落ちてすすり泣く渡辺、その周りで訳の分からないことを喚いている二人組。
この温室に自分と渡辺以外が訪れること自体、かなり特異なことだが今特筆すべきことではない。
彼女にとって重要なのは、渡辺が泣いているということだ。
それは問答無用に、ハインの胸の内に怒りの炎を灯す。
从#゚∀从「てめえら!! 何やってやがる!!」
理由やら経緯やら、そんなものを考えることも煩わしかった。
ハインは、状況を飲み込めずに立ち尽くすフサギコを置いて、白衣の懐に手を突っ込みながら二人組へと近づいていく。
取り出したるは大きめのパチンコ――スリングショットだ。決して玩具ではない、実戦でも充分な威力を発揮する立派な武器。
同時に引っ張り出したピン球ほどの黒い球を添えると、引き絞って照準を合わせる。
- 34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:39:08.20 ID:y5czdyp00
<;ヽ`∀´>「ちょちょちょ、ちょっと待つニダ! この子が泣いているのとウリたちは関係が――」
(;`ハ´)「アイヤー! 本当アルよ、私たち悪いことなんて何もしてないアルよ!」
从#゚∀从「うっせーぞボケ! てめえらの話なんざ聞いてやるつもりはない!」
それは何の因果か、二人組の正体はニダー・シナーの小悪党コンビ。
二人は突然の来訪者が向けてくる敵意に対し、すっかり動揺しているようだ。額に向けられたパチンコの前に、全く舌も回らない。
途端に彼らは不様に両手を上げ、バタバタと渡辺から遠ざかる。
チビッ子とはいえ、ハインの剣幕にすっかり縮み上がっていた。確かに、彼女の怒りは凄まじい。
そんな状態でふと、キョロキョロしていたシナーとフサギコの視線が重なり合う。
( `ハ´)「あれ、そっちのデカいのは確か……」
- 36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:42:16.33 ID:y5czdyp00
双方、わずかな合間を置いてほぼ同時に叫んだ。
ミ,,゚Д゚彡「……お前ら、よく見たら一昨日の学食荒らしじゃねーか!」
(;`ハ´)「アイヤ――――っ!! ななな何でお前がこんなとこにいるヨ!?」
ミ#,,゚Д゚彡「それはこっちのセリフだ! お前たちこそ、ここで渡辺さんに何をしていた!」
从#゚∀从「……知り合いか?」
ミ#,,゚Д゚彡「馬鹿言え。だが、ちょっと因縁のある奴らでな。敵には変わりない」
フサギコは逞しい腕を力強く構え、ハインの隣へと馳せ参じる。間違いなく彼らを敵として対峙する眼つきだった。
シナーは額に汗をダラダラと流していた。傍目から見ても、この状況は彼らに取って宜しくはないだろう。
一瞬ニダーと顔を見合わせて、彼は落ち着きを取り戻そうと咳払いをする。
(;`ハ´)「あ、あの時のことはとりあえず置いといて、話を聞いてほしいアル。
誓って言うけど、私たちこの女の子には何もしていないアルよ。だから見逃して欲しいアル!」
- 38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:45:06.29 ID:y5czdyp00
ミ#,,゚Д゚彡「何を今更。お前らみたいな悪党の言うことなんぞ信用できるか!」
从#゚∀从「下らねー言い訳ごねるより、テメーの念仏でも唱えてたらどうだ!? このカス野郎どもが!」
<#ヽ`д´>「な! いい加減にするニダ! こっちが下手に出てるってのにそんな言い方――」
从#゚∀从「黙りやがれ!!」
ついにハインが痺れを切らす。
構えられていたスリングショットが嘶き、手元から放たれる黒い塊。
流星のように駆けるそれは寸分狂わず、ズカズカと前に出たニダーの額へと狙いを定められていた。
そして――爆発。
黒い球は目も眩むような閃光と共に、爆音を轟かす。
<;ヽ ∀ >「あ、アイゴォォォオオオ――――っ?!」
(;`ハ´)「アイヤアアアア?!」
- 39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:48:03.87 ID:y5czdyp00
爆風にシナーもろとも吹き飛ばされた。小規模な爆発だが、見た目から判断できる威力はとても冗談じゃ済まないレベルだ。
黒焦げになって煙の帯を引くニダーは、放物線を描いて植木鉢の群れに突っ込む。
頭からチューリップの鉢植えを被った彼は、口から黒煙を吐き出しながら眼を回していた。
(;`ハ´)「な、ななな何てことするアル! 私たちは何もしてないって言ってるヨ!」
从#゚∀从「黙れって言うのが分からねーみたいだな! 今度はテメーが黒焦げになるか、ラーメン頭!」
ミ;,,゚Д゚彡「お、おい待てハイン! さすがにやりすぎじゃないか?」
从#゚∀从「お前も黙れ!!」
彼女は前が見えていなかった。自分と渡辺以外、この場にいる者全てに当たり散らす抜き身の剣。まさにそれだ。
興奮で身を震わせながらも、再び黒い球を手に取る。恐らく爆薬なのだろう。照準はシナーに向けられた。
- 40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:51:08.16 ID:y5czdyp00
一方のシナー自身も、怒りに顔を真っ赤にさせていた。
当然だろう。彼らは本当に何もしていない。それなのに問答無用で連れを攻撃されて、黙ってるわけにもいかないだろう。
羽ばたく荒鷲のように両腕を天高く掲げ、一息に前へと突き出す。踏ん張った両足は不動。
先程練習をしていた気功の構えだ。
(#`ハ´)「も、もう堪忍ならんアル! そもそも、敵であるお前らに理解を求めた方が間違いだったヨ!
こうなったらニダーの敵討ちに、お前らを倒して未完成の気功法を完璧にしてやるアル! 覚悟――っ!!」
シナーの深く重い呼吸が始まり、竜巻のように辺りの空気を引き寄せ出した。
筋肉が鋼鉄のように爆ぜ、血管が暴れ回る。対峙する二人もまた、見えない力に引っ張られるような感覚を覚えた。
だが、憤怒で獣のように滾るハインに多少の事では動揺は走らない。
しっかとシナーを見据え、スリングショットを下ろそうとはしなかった。
双方のボルテージが限界にまで達そうとしたその時――
- 42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:54:15.74 ID:y5czdyp00
从;ー;从「は、ハインちゃん……もうやめて……」
腰砕けとなった渡辺が懸命に地を這い、間に割って入った。
泥に塗れた身を目一杯に広げ、ハインへと向かう。
だがふらつく足は心許ない。うっかりと自分の足を引っ掛けた彼女は、弱々しくつんのめった。
(;`ハ´)「――――っ!?」
从;゚∀从「わ、渡辺っ!」
ハインはやっと正気に戻る。
スリングショットを投げ捨て、崩れ落ちた渡辺の真下に滑り込んだ。
身体の小さな彼女に、渡辺は上手く支え切れない。それでも膝立ちで震えながら、のしかかってくる友を懸命に抱く。
当の渡辺は大粒の涙を溢しながら、嗚咽交じりに声を絞った。
从;ー;从「も、もうやめよう。私、ハインちゃんが人に暴力振るったり、振るわれたりするところを見たくない」
从;゚∀从「でも、こいつらはお前に酷いことを……」
- 44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/16(土) 23:57:50.90 ID:y5czdyp00
从;ー;从「してないよ、何もしてない。私、勝手に泣いていただけなの。この人達は偶然居合わせただけ」
从;゚∀从「…………っ」
ハインの表情が歪む。悔しさのような、悲しさのような。
真一文字に結んだ唇を噛む彼女に代わり、既に戦闘態勢を解いたフサギコは慎重な声で尋ねた。
ミ,,゚Д゚彡「……本当だったのか?」
尋ねられた相手もまた、苦虫を噛み潰したような表情をする。
(;`ハ´)「だから! 初めからそう言ってるネ! ひどい奴らアル、人の話を全然聞いて――」
从;ー;从「ごめんなさい」
ハインの手を借りながら、立ち上がる渡辺は深く頭を下げる。
頬を伝っていた涙の粒が、その拍子に小さな水滴となって空を舞った。朝日を反射するそれは、キラキラと小さな星のように輝く。
- 45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:00:11.12 ID:gVVTdWpA0
从;ー;从「私が悪いんです。私が誤解を生むようなことをしていたから……でもお願いします、ハインちゃんを許してあげて下さい」
从;゚∀从「おい馬鹿! お前が謝る必要なんて――」
从;ー;从「ハインちゃんに悪気はなかったの! だから、お願い……します」
ハインを制し、シナーへと謝罪を続ける渡辺。
普段の穏やかで大人しい姿が嘘のような、その必死の行いは彼にも幾分か伝わったのだろうか。
(;´ハ`)「…………」
いつの間にか、シナーは気功の構えを解いていた。
( `ハ´)「わかったアル。ここはこの娘さんに免じて一旦退くアルよ。
でもニダーを黒焦げにされたことや、食堂のことは別件アル! いつか仕返ししてやるアル!」
ミ;,,゚Д゚彡「おい! さっきのは誤解だが、食堂の件はお前らが悪かったんだろうが」
- 47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:03:11.18 ID:gVVTdWpA0
( `ハ´)「うるさいヨ! 所詮は敵、やっぱりお前たちはいけすかないネ!
どれだけ退けようが、我ら『東方双虎』は不滅アル! 次に会う時まで、首を洗って待ってるアルよ!」
気絶していたニダーに駆け寄ると、彼を抱え上げそそくさと温室のドアに向かう。
憎まれ口を叩きつつも、ふと一瞬振り返る表情はどこか複雑だ。シナーは声をかける間も与えず、その場を立ち去っていった。
残された三人。
その内の一人。渡辺は慣れないことをしたせいか、あるいは緊張の糸が切れたせいか、再びぐらりと倒れ込む。
今度は代わりに、フサギコがしっかりと彼女の肩を支えた。
支えられた本人は、ハインに向かい弱々しく頬笑みを浮かべる。その儚さときたら、春を迎える霜のようだ。
从'ー'从「えへへ……私、珍しく大声出したから、身体がびっくりしちゃった」
从 ゚∀从「渡辺……馬鹿野郎、お前本当にバカだ。あんな雑魚相手に頭なんか下げてんじゃねーよ」
从'ー'从「だって、嫌だよ。お互いの勘違いのせいで、傷つけ合ったりするなんて。
みんな同じ学校の、同じ生徒なんだよ? 友達なんだよ? やっぱり、喧嘩なんて良くないよ」
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:06:04.03 ID:gVVTdWpA0
同じ学び舎の、同じ生徒。出会い方が違えば、確かに友となっていたかもしれない者たち。
そんな彼らと、己が欲望のため死力を尽くし、戦うことの愚かさ。
彼女の言葉は武喝道そのものを否定する、全うで正常で当たり前のこと。
それが当たり前でなくなっている恐ろしさ。戦いに身を置くことで、ハインたちの心は麻痺してしまっているのだろうか。
誰しも、初めは渡辺のように考えていたはずなのに。
学園とは、友と文武に励む良き場所と。
从 -∀从「――オレの友達はお前だけだよ。後にも先にも、な」
从'ー'从「フサギコさんは?」
从 ゚∀从「こいつは下僕」
ミ;,,-Д-彡「おいっ」
- 50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:11:02.65 ID:gVVTdWpA0
鳥の囀るような心地良い笑い声。渡辺の涙の跡は渇き、笑顔が還って来ていた。
だが同時に神妙な面持ちにもなる。そう、彼女は伝えなければならない。
今、自分の身に起きている危機的状況を。
从;'ー'从「そう、そうだハインちゃん、フサギコさん。私、またドジやっちゃったの。かなり大変なくらいの」
ミ,,゚Д゚彡「ドジ?」
从 ゚∀从「マズイことか? 構わねーから話してくれ」
从;'ー'从「うん、あのね――」
時刻は八時五分前。
空をゆるりゆるりと昇る太陽は、朝靄の中で生き物のように歪み、うねる。
それが差す光は痛いほどに眩しく強く、そして作られる影もまた深く濃いものだった。
- 51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:14:36.62 ID:gVVTdWpA0
* * *
彼は恐れる。
(´;_ゝ;`)「う、うぉおああ、うあああああああ」
鼻水と涙でグシャグシャになった顔を歪め、デミタスは獣のように呻き声を上げた。
自分がこんな目に遭ってる理由も、道理も、原因も何一つ分からなかった。
ただ恐ろしかった。
彼は今まで、下手な面倒事にはかかわらないようにしてきた。
眼を付けられない程度に好き勝手をやり、遊び、即物的な欲求に身を委ねる。愉快だった。全て思い通りだった。
空白だった胸の中を、薄っぺらな快楽で補う。それが彼の生き方。
故に、剣道をしている時以外で他人に暴力を振るわれたことなど始めてだった。
あまりにも理不尽な、スポーツや試合などの言葉で片付けられないドス黒い力。
それは、今まで感じたこともない絶望と恐怖を心に刻み込む。
- 53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:17:28.83 ID:gVVTdWpA0
(´;_ゝ;`)「う、ど、どうじて……どうじて俺がこんな、こんな」
動かすたびに、口腔内に激しい痛みが走る。中途半端に折れて、歯茎からぶら下がる前歯の感触が気持ち悪い。
息をするのも辛かった。深呼吸をする度に、肺が潰れているかのようにキリキリと悲鳴を上げる。
掠れた吐息が、木枯らしのようにヒューヒューと音を立てた。
(´;_ゝ;`)「痛ぇ、痛ぇよ、助げて、うげ……げぅ、うぶ」
足は動かなかった。膝の皿辺りに、火箸でも当てられてるかのような激痛が灯っている。
芋虫のように地をはいずり回り、混濁しそうな意識の中で救いを求めた。
早く、早くここから逃げなくては。その一心でコンクリートを掻き毟る。指の先が裂け、爪が割れる痛みに苦悶の表情を浮かべながら。
唐突に、その手が踏み潰された。
(´;_ゝ;`)「ぎゃあああっ!」
思いっきり靴底に潰された指は、見るも痛々しくヘシ曲がる。
一際甲高く泣き声を上げ、デミタスは腕を掻き抱くと涎を撒き散らして苦痛に悶えた。
- 55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:20:11.87 ID:gVVTdWpA0
(´・ω・`)「――ふふっ」
豚のような叫びを聞くと、踏み潰した張本人はニヤリと微笑む。
逆光に暗い影を落としハッキリとしない表情だが、白く反射する鮫のような牙がカチカチと鳴っているのは笑っている証拠だ。
(´・ω・`)「逃げちゃあダメだ。これからもっと楽しいことが起こるのに、それを最前線で見物できるんだよ?」
(´;_ゝ;`)「やめてぐれよぉお、痛い、痛いんだよお! 俺が何を……した……んだああ」
(´・ω・`)「何もしていないさ、君は。ただ彼に、とびっきりの苦悶と絶望を与えるために必要なだけ」
(´;_ゝ;`)「かれ……?」
(´゚ω゚`)「そう、彼だ。鬱田ドクオ――僕に感じたこともないような快感を与えてくれる男……」
- 57 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:23:14.77 ID:gVVTdWpA0
うっとりと恍惚に浸るショボン。
不気味な笑みへとひん曲がった口の端から、糸を引いて唾液が垂れる。そして舌舐めずり、餌を待つ獣のように。
履いた簡素な半ズボンでは、股間の部分が異様に膨らんでいた。くっきりと影を起こすそこは勃起している。
デミタスは恐怖のあまり吐き気を催しそうになった。
(´゚ω゚`)「でもまだ足りない」
勢いよく突き出された右足が、ボロ雑巾のようになったデミタスの顔を打つ。
(´゚ω゚`)「足りない、足りない、足りないなあああああ」
何回も何回も何回も何回も。
踏み付けて、踏み躙って、踏み潰して、踏み荒らして、踏み折って、踏み砕く。
ボトボトと音を立て、地面に真っ赤な血反吐がばら撒かれる。デミタスは声も出ない。
恐怖に喉が凍りついて、叫ぶことすらできない。
- 59 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:26:15.63 ID:gVVTdWpA0
白い歯が弾け飛んでいって、鼻は不様に潰れていった。かつての面影も見られないような、酷い有様。
潰れかけた瞼から滴るのは、もう涙なのか血液なのか分からない。
ぐたりとうな垂れた彼の金髪を鷲掴み、ショボンは興奮しながら吐息を吹きかける。
(´゚ω゚`)「最高のシチュエーションで、最高の状態で、彼を打ち負かす。たまらない! どん底に落ちる彼はどんな顔をするのかな?」
(´;_ゝ;`)「げっぶ、おべ……おぶ、ぶぅ、ぶ、おぇえ」
(´゚ω゚`)「君はまだ序の口だ。もっと楽しくなるさ。彼を負かした後、目の前であの気に食わない女どもを痛めつけてやる。
邪魔をしてくれたあのデカイ奴もだ。二度と立てないぐらいに捻り潰してやるよ。そして最後に彼にとどめを刺すんだ」
(´;_ゝ;`)「うぶぅ、うぶぶ、ぶぶ、ぶぅう……」
喉を鳴らす程度の声しか出すことができない。
血反吐で顎から下が真っ赤に染まったデミタスは、恐れるままにその場で洩らした。
- 60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:29:08.44 ID:gVVTdWpA0
(´・ω・`)「……でも、まずは招待状だね。パーティ会場に主賓が来なくちゃ話にならない。君の携帯を借りるよ」
ちろりろりん。
どこか間抜けさを孕んだそれは、携帯のカメラのシャッター音。
ショボンが構えたそれは、叩き潰されたデミタスの姿をきっちりと液晶に映し出している。
(´・ω・`)「これを添付してメールを送信。いやぁ、便利だね。後は待つだけだなんて」
笑う、笑う、心底楽しそうに彼は笑う。
無邪気ささえ孕むそれは、底無しの狂気でドクオを飲み込もうとしている。
ショボンはデミタスの顔を地に叩きつけ、仰向けに身悶えする彼の上に座りこんだ。
ゆっくりと伸ばされた足の踵が、こつんと折れていない手の指に当たる。
(´゚ω゚`)「さぁ、君の指が何本折れる頃に彼は来るのかな?」
(´;_ゝ;`)「んぶ、うぶう! うぶぁああああああ――っ!!」
悲痛な叫びが、蒼い空に木霊した。
- 62 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:32:14.12 ID:gVVTdWpA0
* * *
('A`)そ 「――――っ?」
ノハ;><)「うおっぷ!?」
ドクオは突然立ち止まった。
もうすぐ教室に着くか否かというところで、何故か突然立ち尽くしたのだ。
本人も良く分からない感覚だった。何故か遠くで、誰かが自分を呼ぶような――虫の報せとでも言うのか。
手を引かれていたヒートは、思わず彼の背中に顔から突っ込む。
鼻を真っ赤にした彼女は少し涙目にもなりながら、軽く背中を小突き文句を言った。
ノパ听)「どうしたんだよいきなり立ち止まって! 授業に遅れちゃマズイっつってたのお前だろ!」
('A`)「え、あぁ……いやゴメン。なんか誰かに呼ばれたような気がして」
ノパ听)「?」
自分で言って実感が湧かないらしい。
ドクオは辺りをキョロキョロと見回しては、納得がいかないような表情で腕を組む。
- 64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:35:08.53 ID:gVVTdWpA0
ノハ*゚听)「ほほぅ、分かったぞ。何か良く分かんないこと言って、実は授業がめんどくさくなったな?
うんうん分かる分かる、分かるぞ。そういう時は無理して机に向かうより、屋上で昼寝でもするに限るぜ!」
('A`)「別にそういう意味では……」
言いかけて気付く。ポケットでけたたましく携帯電話が鳴っていることに。
おもむろに取り出したそれはメールの着信。それに、送信相手は意外な人物だった。
デミタスだ。
普段からメールなど滅多にしない相手。部活の連絡網を回した時でさえ、返事一つすら寄こさない。
そんな彼からのメール。しかもこんな朝早くにだ。意外――というより少し異変すら感じる。
('A`) (また、どうせ下らない内容の――)
ヒートに一言断りを入れ、鬱陶しげに彼はメールを開く。
真っ先に目が行ったのは添えられていた画像だった。その時、ドクオは胃がひっくり返ったような感覚を覚える。
- 66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:38:10.22 ID:gVVTdWpA0
まず『それ』が何か理解できなかった。
青空とコンクリートの地面、その背景の中で血塗れになったボロ屑が蹲っていた。
動物か、あるいは何かの手の込んだ悪戯かと疑う。しかし違う。濁った色で助けを求めるように向けられる、それは眼だ。ヒトの眼だ。
そう判断すると、次々と嫌な考えしか浮かばなくなった。
この節々が折れ滅茶苦茶な方向に伸びたのは手足なのか?
このトマトが潰れたような酷い有様のものは顔なのか?
眼に痛いくらいの金髪は見覚えがある。間違いない、液晶の向こうで半殺しにされているのはデミタスだ。
(;'A`)「……何だよ、これ?」
震える指でメールの本文をスクロールした。そこには簡素な言葉で、たった一行。
【はやくしないとおともだちをころしちゃうよ しょぼん】
- 67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:41:10.46 ID:gVVTdWpA0
ノハ;゚听)「ドクオ? どうした、迷惑メールか?」
只ならぬ雰囲気を感じ取ったヒートは、止める間もなく肩口から携帯を覗き込んだ。
途端、一瞬身を引くと口に手を当てる。見開かれた眼は震えていた。さすがの彼女も、この画像はショッキングだったのだろうか。
だが、それでも概ねの意味は悟れたらしい。
ノパ听)「……こいつ、お前の部活の」
('A`)「あぁ。部員だ」
『友達』と言わなかったのは故意でも何でもない。自然と口をついただけのこと。
しかし、いま重要なのは彼が『凶星』の手にかかったことではない。それはこのメールがドクオに送られてきたということだ。
誘っているのだろう、決着の舞台へと。
ついに来たのだ。来るべき時が。
第十三話・終
- 70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:49:04.81 ID:gVVTdWpA0
君がいなければ僕は幸せになれたのでしょう。
でも僕は君に会えたことを後悔しない。
僕を本当に理解してくれるのは君一人だけなのだから。
- 71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:51:08.46 ID:gVVTdWpA0
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
ドクオ外伝『('A`)は剣道部の部長になるようです』
- 73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:53:10.75 ID:gVVTdWpA0
(´・_ゝ・`)「なぁなぁ、君って鬱田ドクオ君?」
('A`)「えっ?」
桜がちらりちらりと、雨のように世界を覆い尽くす。
ドクオは窓際で、そんな幻想的な光景をボーっと眺めていた。
顎に頬杖の跡がくっきりと残っている。随分と長いことそうしていたからだ。
授業も始まったばかり、大した内容も無いものが続く。入学してからの一週間は、彼は心底暇を持て余していた。
開いた窓から少し冷たい風が頬を打つ。くるくるとダンスを踊りながら、桜の花弁が机に着地した。
(´・_ゝ・`)「俺、盛岡デミタス! 剣道部の特待生なんだ、よろしく! よろしくな!」
('A`)「あぁ……」
- 75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:55:20.71 ID:gVVTdWpA0
そんな折にやってきた、見知らぬ少年は随分と賑やかだった。
スポーツ少年らしく短くした黒い髪。痩せているが、健康的な笑顔はそれを補って明るいものだ。
('A`)「えっと、その――盛岡君は俺のこと知ってるんだ?」
(´・_ゝ・`)「デミタスでいいよ! 友達はみんなそう呼ぶ。君、確か剣道やってなかったかい?」
('A`)「まぁ、やぶさかではないけど」
(´・_ゝ・`)「やっぱりね!」
右の手でグイッと親指を突き立てる。
えらくテンションの高い男だった。ドクオには少し付いていきにくいノリだ。
(´・_ゝ・`)「君の名前、中学の総体で見た覚えがあったんだよ! 『何だこの変な名前』ってね、ハハ!」
('A`)「はぁ」
- 77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:57:12.51 ID:gVVTdWpA0
(´・_ゝ・`)「あ、いやいやごめんね? 気ぃ悪くしたなら謝るよ! 本題はそんなことじゃないんだ。
今さ、剣道部の部員を集めているんだ。出来れば経験者欲しいし、どう? 興味ある?」
('A`)「…………」
手元の花弁を弄びながら、ドクオは考えてみる。
もちろん興味が無いわけでもなかった。
しかし、言ってしまえばわざわざ部活でやる必要もないのでは――という思いもある。
中学時にやれるところまではやれたと、ドクオも自覚していた。今更、県大会などの大仰なものを目指す気にもならない。
ただ、最近は部活に関して少し驚くこともあった。
- 78 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 00:59:11.83 ID:gVVTdWpA0
あのヒートが部活動に入ったという話だ。
どこだと聞いてみれば、空手部とのこと。確かに、腕っ節に任せ喧嘩ばかりやってきた彼女にはいい経験になるのかもしれない。
中学まで勉強もスポーツもまともに向かい合わず、町を邁進しては不良を叩き潰す。それが中学時のヒートだった。
今も変わらない所はある。だが入部したと教えてくれた時の彼女の顔付きは、かつてのものとはほんの少し違う気もした。
感化されて――というわけでもないが、いい機会なのかもしれない。
気付いた時には、ドクオはのろのろと首を縦に振っていた。
('A`)「じゃあ、数合わせくらいには――」
(´・_ゝ・`)「マジで? サンキューサンキュー! ありがとう、これからは仲間だな! さっそく部室に行こうぜ!」
(;'A`)「お、おい……」
- 79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:01:18.43 ID:gVVTdWpA0
破顔するデミタスは無理矢理にドクオの腕を掴み、意気揚々と廊下へと引っ張り出す。
どうにも乱暴だが、明るくてなかなかいい奴ではないか。久しぶりに、竹刀に触れるのも少し楽しみだ。
ふと、そうドクオは思った。バタバタと合わなかった歩幅も、徐々に彼と重なる。
まだ少年たちが無知で愚かでまっさらな、そんな四月のことだった。
- 80 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:03:22.18 ID:gVVTdWpA0
* * *
大げさな言い方をすれば、『異変』が起きたのは確かにこの頃だったのだろう。
秋。十月の冷やかな風の吹く中、少年たちは稽古に打ち込んでいた。
( ^Д^)「――いぁああああああ!」
大喝一声。
背の高くガッチリとしたその少年は、武道場の畳へ力強く踏み込む。
大上段から振り下ろす面打ちは速い。残像を帯びた一刀は力強い軌跡を描き、眼前の敵を打ち倒そうとする。
('A`)「えぇええぃんっ!」
- 83 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:05:32.59 ID:gVVTdWpA0
だがその立ち向かわれた者――ドクオも懸命に声を張り上げる。
同じく大上段からの打ち下ろし。代わりに、対する少年よりも一歩前へ。竹刀と竹刀の中腹が絡み合う。
鍔迫り合いだ。
( ^Д^)「ぬぬぅぅ……」
防具の隙間から窺える顔は、笑っているが真剣そのものだ。
勇猛果敢にドクオへと威圧をする。組み合った状態から彼を押し返そうと、踏ん張った両足に万力のような力を込めた。
( ^Д^)「はぁあっ!」
('A`)「――――っ!」
もう一声、獅子のように高らかな雄叫びを上げると一気に前進する。
なかなか互いに動けない故、小康状態だと油断していたのか。ドクオは突進に吹き飛ばされ尻餅を突いた。
- 84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:07:36.03 ID:gVVTdWpA0
対戦相手の爆発力は凄まじかった。粘り勝ち――ドクオは長い鍔迫り合いの中で一瞬の隙を突かれたのだ。
( ^Д^)「……ふぅ、惜しかったな。面っ――と」
('A`)「あいてっ」
間抜けに引っくり返っていたドクオの頭を、容赦なく竹刀が叩く。
大きな溜め息と共に、大の字になる彼は面を脱ぎ棄て汗にまみれた額を拭った。
('A`)「くっそ、やっぱプギャー部長は強ぇな。いっつもいいところで逆転されちまう」
( ^Д^)「甘い甘い、一年のひよっこには俺の首は取らせんぞ。もちろん、二年になったからって取らせるわけじゃないけどな」
('A`)「部長の引退までには絶対リベンジさせてもらいますよ」
- 85 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:09:33.70 ID:gVVTdWpA0
( ^Д^)9m「負け惜しみプギャーwwwww」
(;'A`)「っちょ! 何ですかマジで、からかわないで下さいよ。俺、一応本気ですからっ」
プギャーと呼ばれた――そう、VIP学園剣道部部長の彼はニヤニヤとドクオをからかい、笑う。
他の部員たちも複数、乱取りで高らかに声を上げる中でも彼の声はよく通る。
それでも、内心は少しハラハラしていたのは事実だ。
( ^Д^) (ふぅー……ったく。本当は、ひよっこが俺と剣を交えてる時点で驚きだってのにな)
ドクオは強い。それこそ、入部したばかりの新米たちでは飛び抜けていた。
さらに言えば伸び白がすごい。半年で、当初とは数段実力も上がっている。
もはや二年ですら、相手になるのはプギャー一人だけだ。まさに大型新人、部内ではすっかり期待の星。
もちろん未熟な点もある。それを指摘し、彼をより高みへと導くのは自分の役目だとプギャーも自覚していた。
( ^Д^) (ドクオは伸びる――それこそ俺なんかとは比べられない。他人の成長が楽しみになるなんてな。年も取ったなぁ)
- 86 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:11:38.87 ID:gVVTdWpA0
トントンと肩を叩く。
来年からは受験も控えているのだ。加えて、剣道部の最後の試合は四月に終わってしまう。
新一年生の顔をまともに覚えられぬままに去ることになるだろう。プギャー達がこの面子で汗を流せるのも、あと六ヶ月ほど。
長いようで短い。だからこそ精いっぱい、後輩たちを指導せねばと気を引き締める。
( ^Д^)「お? ドクオ、そう言えばデミタスはどこに行ったんだ? 乱取りはやってないみたいだが……トイレか?」
('A`)「え、デミタス……ですか?」
一瞬ドクオは表情を曇らせる。プギャーは目ざとくそれを見据えていた。
ドクオの考えを悟ったらしく、声色も少しトーンダウンする。
( ^Д^)「……あいつ、またサボりか」
(;'A`)「いや、別にデミタスはサボりッてわけじゃ……その、補修とか課題とか」
- 87 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:13:28.20 ID:gVVTdWpA0
( ^Д^)「別に庇わなくてもいい、ドクオ。俺だって馬鹿じゃない。最近のあいつ、よくサボるようになっちまったな」
('A`)「…………」
デミタスは、確かに練習に来なくなっていた。
それはいつ頃からだったかは分からない。だが毎日毎日、朝連も欠かさずに竹刀を振っていた彼の姿は、今はもう珍しい。
ドクオが話に聞く限りでは、どうもよくない輩とつるんでいるらしい。情けない話だ。
( ^Д^)「全くだ、中学総体三位の名が泣いてるだろうに。せっかくの特待生が部活に来なくてどうするんだ」
('A`)「きっとデミタスも伸び悩んでいる時期なんですよ。だから気の迷いとか、憂さ晴らしとか……」
( ^Д^)「それじゃあ毎日真面目に練習しているお前や、他の奴らに失礼だろう。一度、あいつともちゃんと話さないとな」
言ってプギャーは、どこか元気のないドクオを励まそうと肩を組む。
- 89 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:15:39.34 ID:gVVTdWpA0
( ^Д^)「ま、俺としてはお前が特待生じゃなかったのが不思議だけどなっ。今じゃ、デミタスよりお前の方が飛びぬけて強いと思うぞ」
('∀`)「ハハハ、いやいや。そんなことないですよ」
('A`)「ないと……思うんですけどね」
デミタスがいつ頃から歪み始めたのかは分からない。
だが、その理由の『種』になるようなことなら彼には心当たりがある。
('A`) (俺に勝てなくなったから……なのか?)
ドクオ自身も気付いていた。
- 90 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:17:25.39 ID:gVVTdWpA0
入部した時から、中学時代に築き上げた名声と実力でデミタスは奢っていた。
VIP学園剣道部の今年の特待生はデミタス一人だけ。ならば新入生勢の中で、筆頭になるべきなのは自然と彼だ。
本人もそう自覚していたのだろう。しかし一つの誤算によってそれは崩れた。
言うまでもない、ドクオの存在によって。
デミタスはドクオには勝てなくなった。
皮肉なものだった。ドクオをこの部活に誘ったのは彼自身だというのに。
最初は五分五分の実力、しかし後にその差は圧倒的。
何が違うのか。メニューをこなした量か、単純な身体能力の差か。それは彼らにもハッキリとしなかった。
ただ確かなのは、お互いの距離がどんどんと広がっていくことのみ。
故に、ドクオは意味の無い罪悪感をデミタスへと抱いたのだ。
自分が強くなったことに、負い目を感じるという愚かな感情に。
- 91 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:20:07.49 ID:gVVTdWpA0
* * *
少年はうなだれる。
('A`)「はぁ…………」
時は巡り、再び春の日。
ドクオは人気のない部室で一人、壁に掛けられた団旗を眺めていた。
黄色い縁取りに紺の布地、大きく中心に描かれたVIP学園の校章。雄々しく飾られた、剣士たちの希望の旗。
それは薄暗く湿った部屋の中で、どこか寂しげに揺れる。
壁掛け時計に目を移す。時刻は六時前。そろそろ下校時間だ。
('A`)「今日も……誰も来なかったな……」
- 106 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:46:40.86 ID:gVVTdWpA0
('A`)「デミタス……」
ドクオはロッカーを漁るデミタスの背中に語りかける。
言いたいことはあった。もう辞めてくれないか、迷惑なんだ、空気を読めよ――挙げていくと切りがない。
それでも、胸に込み上げてくる気持ちはまた別だった。
怒りではない、もっと淀んで気持ちの悪いもの。
下らない、罪悪感。
('A`)「ごめん……」
(´・_ゝ・`)「……何で謝るよ?」
('A`)「お前が部活を真剣に出来なくなった理由は、その……俺にあると、思うから……」
(´・_ゝ・`)「…………」
- 107 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:49:59.11 ID:gVVTdWpA0
デミタスはロッカー漁りを止めない。代わりに背中を向けたまま、吐き捨てるように返した。
(´・_ゝ・`)「自惚れてんなって」
(;'A`)「――――っ!」
(´・_ゝ・`)「俺には俺の考えや感情があって、それで竹刀を捨てたんだよ。『あ〜ぁ、めんどくさ』ってな。そんだけ、そんだけだよ」
('A`)「それは……」
(´・_ゝ・`)「もしかして、お前に勝てなくなったから辞めたと思ってんの? だとしたら相当自惚れてるよね」
言葉も返せない。図星だ。
ドクオは腰掛けたパイプ椅子の上でブルブルと震えた。握った拳は爪が食い込む。
悔しくて、悲しくて、こうも簡単に見透かされる己が情けない。
目的の物を見つけたのか、デミタスは黒い革財布を頭上でひらひらとさせる。
- 108 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:52:25.72 ID:gVVTdWpA0
(´・_ゝ・`)「でも悪くないよ今の生活。俺、ドクオが部長になってくれてよかったと思うよ。こうして俺が遊んでも黙っててくれるしね」
( A )「なっ!?」
(´・_ゝ・`)「だからまあ、今後も頑張ってね。適当に部が潰れない程度に活動してさ、部費とか部室とか工面よろしくっ!」
さっきまでの嫌味ったらしい空気はどこの話、意気揚々とデミタスはドアへと向かう。
ノブを回しながら振り返る彼の眼には、小さくうずくまるドクオの姿が映っていた。
ニヤリと微笑み、呟く。
(´・_ゝ・`)「ざまぁみろ、だよ」
無慈悲なまでに無機質に、扉は閉じられた。
同時に崩れ落ちるドクオ。我慢していたものが、溢れだす。
ドクオの心の容量を超えたそれは、一斉に瞼の内から熱く迸った。
- 109 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:55:39.54 ID:gVVTdWpA0
(;A;)「うぅぅう、うぅうう、ううぅあああああ、ああああああああ……」
自分でも情けないと感じていた。しかし泣かずには居られなかった。
辛いのだ。自分は悪気が無いのに、全てがダメな方向へと転がっていってしまう。
もうどうしようも出来ない。自分一人のちっぽけな力じゃ、もうどうにも。
あの日、あの時、心地よかった時間はもう還らない。
プギャーや仲間たちと練習に打ち込んだ日々は。
デミタスに初めて会った日の思い出は。
もう二度と、彼の手には戻らない幻。
- 112 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/17(日) 01:57:37.48 ID:gVVTdWpA0
(;A;)「うぅぅぅううううああああ、うぁあああああああああ、あああああああああ……」
一人ぼっちの暗い部屋の隅。
ドクオは心が枯れ果てるまで、涙を流し続けていた。
ドクオ外伝・終
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