ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:11:27.03 ID:s76zvw/c0


 フサギコは小走りに廊下を行く。


ミ,,゚Д゚彡「ふっ、ふっ、ふっ……もうこんな時間とはな。遅刻は免れんかもしれん」

 大きな背中に背負ったのは黒いケース。竹刀等を入れるための物だ。
 彼が大股で一歩を踏み出す度に、中に納められた『何か』がガチャガチャと騒ぎ出す。
 託されたのは、この謎の発明品とハインの言葉。

 これを間違いなくドクオに託せ、との。


6 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:14:09.49 ID:s76zvw/c0

 ――オレはこれから渡辺を家に送って行く。バッチが無いんじゃ一分一秒でもここにいるのは危険だ。

 ――大丈夫か? 家の場所さえ教えてくれるなら俺も一緒に……。

 ――いや、いい。少なくとも校外は安全だと思うしな。それよりお前にはやってもらいたいことがある。

 ――これは……入っていたのはやっぱり竹刀なのか。にしてもこいつは……何というかすごいな。

 ――オレ様は最高の天才にして、優秀な技術者なんだぜ? 特製の新武装、こいつをドクオに渡してやってくれ。

 ――ドクオにか。お前があいつを気にかけるのは珍しいな。

 ――もう三日目、戦いは激化していくはずだ。リーダーに潰れられちゃ情けないんでね。そんだけだぞ?
 とにかく頼んだ。機能とか言伝とかはこの付属の噛みに綴っといた。間違いなく渡せよ、それも出来るだけ早く!

 ――おう、任された。お前も道中気を付けろよ。渡辺さんも元気でな。

 ――う、うん。ありがとうフサギコさん。

8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:17:08.92 ID:s76zvw/c0

ミ,,゚Д゚彡「やっぱり、ハインの奴も少しずつ打ち解けてきているみたいだな」

 最初に出会った時、やたらとツンケンとされたことから考えれば大した躍進だろう。
 フサギコたちのことを勝つための道具と言い放った彼女が、今は少しでも全員の勝利のために尽力している。
 いや、もしかしたらそれも全て自分の利益のためなのかもしれない。
 しかし大きな一歩だろう。短い時間の、短い距離でも。

ミ,,゚Д゚彡「とにかく、今はドクオ達を探そう。出来るなら昼より、この間に会えたらいいんだが――」

 えっさほいさと廊下を駆けていく。
 そんな折に、ふっと曲がった角の向こうで人影が二つ。何ともタイミングのいいことだ。
 何やら神妙な面持ちだが、そこに立ち尽くしていたのはドクオとヒートには間違いない。

ミ,,゚Д゚彡「おぉ! いたいた、おーい! お前たちー!」

 フサギコは元気よく声を上げると、ジッと携帯電話を見つめたまま目を離さない二人へと近づいていった。

9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:19:03.03 ID:s76zvw/c0

ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第十四話『The Rumbling Star 〜 Rise 〜』

11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:22:13.09 ID:s76zvw/c0

 * * *

('A`)「フサギコ……」

ノパ听)「お、おぅ……」

ミ,,゚Д゚彡「?」

 いつも優しく強く明るいフサギコ。彼を見れば自然と朗らかな気持ちになるものだった。
 しかし、今朝の二人はそんな気持ちになれない。

 むっつりと黙りこくっていると、さすがに異変を感じたらしい。フサギコは声を潜めて尋ねてくる。

ミ,,゚Д゚彡「何か……あったのか?」

ノパ听)「それは、その……」

('A`)「いい、ヒート。俺が言う、俺の問題だしな」

ノハ--)「…………」

12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:25:40.82 ID:s76zvw/c0

 状況がよく掴めずに首を傾げるフサギコの鼻先に、ドクオは携帯電話をつき付けた。

ミ;,,゚Д゚彡そ 「こ、これは……?!」

 そこに映る惨状、『しょぼん』という呪われたワード。
 思わず息を呑み、目を反らす。だがヒートと同じく、それだけで大体のことを悟ってくれたらしい。
 振り返った彼の眼は、戦士のそれとなっていた。

ミ,,゚Д゚彡「こいつが誰かは知らないが、間違いなく『凶星』の誘いってことなんだな? なら俺も同行しよう。場所は屋上か」

('A`)「それはいいんだ。俺一人でいい」

ミ;,,゚Д゚彡「お前、悪いがそれは少し……」

 不安どころじゃあないだろう。

15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:30:08.10 ID:s76zvw/c0

 まず間違いなく敗色濃厚の戦い。それは実際に剣を交えたフサギコだからこそ、より分かる。
 ドクオとフサギコの二人掛かりで、退けることに精いっぱいだった踊り場の戦い。それをドクオ単騎で勝負する、と。
 無謀は無謀、この場にいる全員が理解していることだった。

 フサギコはヒートに目を移す。彼を一人で行かせるべきではないと、同意を求めて欲しかったのだろう。
 しかし、目を伏せ唇を噛み締める彼女に容易に言葉はかけられなかった。まるで砕ける寸前の石のようで。
 握った拳は震えている。いま、この場で一番もどかしい思いをしているのはヒートなのだ。

ミ,,゚Д゚彡「……俺やヒート共々全滅するの防ぐために、一人で犠牲になる気か」

('A`)「いや、違う。俺は勝つつもりだ。間違いなく、この一戦でショボンを下す気でいる」

ミ,,-Д-彡「それでも、迂闊に誘いへ乗ることはないんじゃあないか?」

('A`)「でも俺はこいつを……デミタスのことを見捨ててはいけない」

 もう一度、液晶に映った無残な少年を見つめる。
 彼は友達じゃあない。部員だが、最も部員として恥ずべき者だ。厄介者の、疫病神。疎まれた存在。
 だからと言って、見捨てられるわけがない。

17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:33:08.26 ID:s76zvw/c0

 手の届く所で助けを求めている者を、どうしてもドクオは見逃せないのだ。

('A`)「俺が一人でやらなくちゃいけない気がするんだ。だから――」

ミ#,,゚Д゚彡「――いい加減にしろっ!!」


 拳が炸裂した。


( A )「ぐっ!」

 岩石のような握り拳が、ドクオの貧相な横っ面に打ち込まれる。腰の入った、フサギコの渾身のパンチ
 しかし、気絶するかのような衝撃をもろに受けてなお、それを根性と気合で耐える。
 ドクオは倒れない。意志を秘めた眼で、グッとフサギコを睨む。
 思わず気圧される。本当ならここでドクオを殴り倒してでも、彼は止める気でいた。

ミ;,,゚Д゚彡「お前……」

 それでも、その愚直なまでに真っ直ぐな瞳の前では、もう振りかぶった手に力が入らない。

18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:36:03.09 ID:s76zvw/c0

 心底悔しそうに、言葉を漏らす。

ミ,,-Д-彡「くそ……馬鹿野郎。少しは頼ってくれてもいいだろうが……」

 喉からそう絞り出すとフサギコは拳を下ろした。大きな溜め息。無理矢理にでもドクオを止められない、自分の甘さに落胆する。
 だが、託すべき物は託そう。送り出すなら全力で。それが戦場に赴く友へ、唯一してやれること。
 その目は答えを返すとばかりに、しっかりとドクオに向けられていた。

ミ,,゚Д゚彡「わかった、今の一発でチャラだ。やりたきゃ存分にやれ! その代わり――」

 彼は背負っていたケースを勢いよく取り上げ、ジッパーを開放する。
 中から立ち込める異様な空気と共に、それはドクオの眼前へと差し出された。


ミ,,゚Д゚彡「ハインの餞別だ。こいつを持ってけ」


 竹刀というよりは、むしろ日本刀の外観だった。

20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:39:10.60 ID:s76zvw/c0

 メタリックシルバーの鞘は光沢を放ち、ちょうど拳銃の引き金のような物が備えられている。
 全長は一メートル弱、抜いて確かめる刃渡りはおおよそ八十センチ。かなり大きいもので、大太刀くらいはある。
 もちろん刀身は真剣ではない。カーボン素材なのか、アイボリーホワイトの刃は丸みを帯びていた。
 『斬る』よりは、『叩く』という使い方が正しいのだろう。

('A`)「こいつは……居合刀なのか?」

ミ,,゚Д゚彡「空圧式居合刀・『JET竹刀』。柄にマガジンが内蔵されていて、引き金を引くと刀身から圧縮空気が噴出。
 鞘内部で行き場を失った空圧が刀身を射出、通常より何倍もの剣速で居合が打てる仕組みらしい。
 念のためにチェーンは腕に付けといた方がいい。勢いでブッ飛ぶのを防ぐための物だそうだ」

 言われて、ドクオは柄から伸びたチェーンを手に取る。
 その先に取り付けられたのは革のベルトだ。サイズから判断して、恐らく手首に巻くのだろう。

('A`)「居合か。齧ったことはあるから、出来ないわけじゃないけど……」

ミ,,゚Д゚彡「あと気を付けるのは残弾だ。マガジンの装填数は三発、替えも今はない。
 普通に竹刀としても使えないことはないが、圧縮空気を使えるのはそれっきり。強力だが使いどころを間違えるなよ」

21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:42:10.72 ID:s76zvw/c0

 新たな武装。
 聞く限りでは、少なくとも普通の竹刀で戦うよりは心強そうだ。
 フサギコと、そしてハインの心遣いに深く感謝の念を抱き、ドクオはしっかりとJET竹刀を握り締める。

('A`)「フサギコ、ありがとう。ハインにもよろしく言っといてくれよ」

ミ,,゚Д゚彡「何言ってるんだ、仲間だろ。それにハインへの礼なら、帰って来てから自分で言え」

 ガツンと胸を叩く、その大きな手が心強い。
 武器だけではない。フサギコはドクオに確かな勇気を奮え起こさせてくれた。
 一言の礼だけでは表し切れない程の、熱い思いが溢れ返る。

ミ,,゚Д゚彡「絶対に……勝てよ」

('A`)「もちろんだよ。これだけしてもらって、負けるわけにはいかねーよな」

ミ,,^Д^彡「ハハ、よく言うぜ。戻ってきたら、美味い昼飯たらふく食わせてやるよ」

('∀`)「そいつは楽しみだ」

22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:45:12.97 ID:s76zvw/c0

 とても笑えるような状況ではないのに、二人は無意識に頬を緩めていた。
 そして、握手。帰還と再会――その二つを果たすための約束。


ノパ听)「…………」


 少女はそんな楽しそうな二人を、どこか遠くから眺めるように見つめていた。
 所在なさげにしていた彼女を目ざとく見つけ、フサギコは振り返る。

ミ,,゚Д゚彡「……ヒート、お前は何か言うことはないのか?」

ノハ--)「そんなの、ない」

('A`)「…………」

 つんと明後日の方を向き、組んだ腕を城壁のようにするヒートはそれっきり黙ってしまう。
 ドクオはそれでも構わなかった。JET竹刀をベルトに挟みこみ、踵を返す。

('A`)「じゃあ、行って来る」

24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:48:50.82 ID:s76zvw/c0

 返事も待たずに駆けだした。すれ違うヒートの髪が風に流され、紅い軌跡を走らせる。
 ハッとして伸ばした腕は、戦いに向かう少年の背中へ。それはもう届くことはない。
 行き場を失った細く小さな手は、グッと握り締められる。

 そんな彼女の背中を、フサギコが優しく叩いた。

ミ,,゚Д゚彡「良かったのか?」

ノハ--)「……本当はムカつく。普段はあんなんじゃないのに。いっつも私と一緒に戦ってきたのに」

ノパ听)「でもきっと、私が何言っても聞いてくれなかったと思う。何で――どうしてそんな直向きなんだろう?」

ミ,,-Д-彡「男だからな」

 たった一言。たったそれだけの理由。
 だがフサギコには理解できる。誰かのために、何かのために。
 戦う時に理由の大小は問題じゃあないのだと。

ノパ听)「カッコ、つけてんのかな。バカだなぁ……そんなの――」

25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:52:11.66 ID:s76zvw/c0


 ――もう一度、あいつと笑って会うことは出来るのかな。


ノハ--)「そんなの今更必要ないのに……」


 ヒートは見えなくなった背中を、いつまでも廊下の先に見つけようとしていた。
 いつまでも、フサギコと共に長い間。

26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:55:11.01 ID:s76zvw/c0

 * * *

 頬を撫でる風。

 VIP学園東校舎屋上。昼は食事や休息を取りに来た生徒たちで賑わう、憩いの場所。
 そのサビ付いて随分と古くなったドアを、半ば体当たりするかのようにドクオは開く。目を刺す光と共に、青空は展開した。


('A`)「ショボンっ!」


 その名前、忌々しい言葉を腹からの声で吹き飛ばす。
 待ち人は微笑んだ。打ちっぱなしのコンクリート上、崩れてしまいそうなほどボロボロになったデミタスの上に腰掛けて。
 鮫の牙が喝采を上げた。


(´・ω・`)「やあ」


 片手を上げて軽く挨拶。
 まるで、ふと友人に会ったかのような軽さで彼は朗らかに笑う。
 足元から隙間風のように、ヒューヒューと掠れるデミタスの呼吸がその不気味さを引き立てた。

30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 00:58:09.05 ID:s76zvw/c0

(´・ω・`)「あぁ、会いたかった。君が来るまでこいつの指を折って待っていたんだ。もう人差し指しか残ってなくてね」

(´;_ゝ;`)「あぐっぅぅああ! どくおおお、どくおおお、たず、たずけ――」

 涙と鼻水と血液でぐちゃぐちゃになった顔を、ドクオに向けるや否や彼は懸命に叫ぶ。
 予想以上に酷い有様。歯の折り尽くされた口からはまともに聞きとれる言葉は少ない。
 無残に捻じれ、ひん曲がった四肢を虫のようにバタつかせる。
 思わず目を反らしたくなるような光景だ。
 そんな彼の最後の指が、バキリと音を立て踏み潰される。

 呆気ないことこの上なく、乾いた音はデミタスの悲鳴を誘った。

(´;_ゝ;`)「いぎゃああああああああああ!!!!」

 耳をつんざく大絶叫。怒りに顔をしかめるドクオ。
 そんな二人を見比べてはカッカと笑い、ショボンは立ち上がる。右腕を大きく回して柔軟、一回、二回、三回。
 ペロリと伸びた舌が蛇のように踊る。

32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:01:05.33 ID:s76zvw/c0

('A`)「狂ってる……何でこんなことを! デミタスは無関係だろ!」

(´・ω・`)「狂ってるだって? どこが、どこが狂ってるって言うのさ。僕は正常だ。ネジ一本緩んでいない」

 ショボンに悪いことをしたという感覚は一切なかった。
 ただしたいことをしただけ。ドクオを誘い出すための餌となったデミタスを、執拗に痛めつけたことはその一環でしかない。
 彼が求めるのは、ボロ屑となったデミタスの前で絶望するドクオの表情のみ。
 幼子が虫の羽をもいで戯れるように、ショボンもまた戦いを遊んでいるのだ。

 理解不能の領域に立つ狂人。彼に、ドクオの常識は通用しない。

('A`)「……もういい、お前の話はうんざりだ。デミタスを離せ。勝負したいならまずはそれからだ」

(´・ω・`)「ふーん……」

 ショボンはつまらなさそうに口を尖らせると、唾を吐く。
 もはや呻き声しか出せないデミタスの襟首を掴み、軽々と持ち上げるとゴミのように投げ捨てた。
 低く悲鳴を上げてコンクリート上を跳ねる。ドクオは駆け寄り、彼を助け起こした。
 そこに浮かんでいた表情は、助けが来たことへの安堵でも恐怖に怯えるものでもない。

33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:04:07.96 ID:s76zvw/c0

 憎悪。

 彼は潰れたトマトのように真っ赤な顔を、ぐしゃぐしゃと皺寄せ憎しみに染める。

(#´;_ゝ;`)「どうじて……どうじてぇ俺あ、こんなべに……こんなべに。ぢぐ、ぢぐじょお、痛ぇえ、ううくぐ」

('A`)「デミタス……」

(#´;_ゝ;`)「おばえのせいだ、ぜんぶ、ぜんぶ! 俺あ、ぶちょうに、ぶちょうになっでればこんな、ことにば……!」

( A )「…………」

 面影もなくなったかつての友――そして今は疎ましき者。
 ドクオは彼の哀れな姿に、胸を締め付けられた。理不尽の棘が良心に食い込む。

 もちろん、全てドクオのせいであるわけがない。
 デミタスが言っていることは、ただ自分に降りかかった不幸を誰かのせいにしたいだけだ。
 彼には、ドクオが今まで耐えてきた重圧の程は分からない。
 上級生たちの期待を裏切り、下級生と同期の非難の的となること。言ってしまえば、全てはデミタスのせいであったはず。

36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:07:12.48 ID:s76zvw/c0

 それでも、彼は謝らずにはいられなかった。

('A`)「……すまない」

 色めき立つデミタスをゆっくりと床に寝かせ、ドクオはJET竹刀に手をかけた。
 銀の煌めきが微かに震える。

( A )「ショボンを倒したら、すぐに保健室行って病院に連れてってもらおう。だからちょっと待っててくれ」

 地面に突っ伏すデミタスは、もう返事も返さない。
 だがそれで良かった。言葉にして何とも己の業の深さを思い知らされる。グッと奥歯を噛みしめた。
 ドクオはただ前に進むだけ、ただショボンとの因縁に決着を付けるだけ。

 JET竹刀を引き抜いて、白い切っ先を笑う死神へと向ける。

 彼の瞳には確かな闘志が宿っていた。

 武喝道初日、追いすがってくるショボンの前にただ怯え逃げ惑っていた時とは違う。
 闘争から逃げずにそれを肯定し、先に広がっているであろう無限の未来を見据える眼。

37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:10:13.86 ID:s76zvw/c0

(´・ω・`)「なんだか思ったより反応が薄いねぇ。あの時女どもを叩き潰してやった時の方が、まだいい顔をしていたよ」

('A`)「黙れよ」

(´゚ω゚`)「……ふふぐふ、まぁいいか。どっちにしろ、君と思う存分戦えることには変わりないんだしね」

 ショボンはゆらりと構えを取る。その手にはシェイクハンドラケット。
 鉄板厚重ね、打たれれば骨も肉も砕ける五キロの鉄塊。それを軽々と片手で扱う。

(´゚ω゚`)「君のそれは新しいおもちゃなのかな? いいねぇ、カッコイイじゃないか銀ピカで」

 気付いたらしい。顎でJET竹刀をしゃくってくる。
 ショボンは子供のような無邪気さで、突き出された竹刀を興味津々に眺め回す。

('A`)「お前を倒すために、仲間が預けてくれた武器だ。約束したんだよ、これでお前をブッ飛ばすってな」

(´゚ω゚`)「くだらないねぇ。ナカマナカマ、ナカマがそんなにいいものかい? 僕には分からないね」

38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:13:09.63 ID:s76zvw/c0

 嘲笑。
 ドクオが今唯一支えとしているものを、彼は全否定する。
 仲間のために戦うドクオと、己のために戦うショボン。

 まるで正反対の二人。

('A`)「そりゃあわからないだろうさ、ずっと一人だったお前にはな」

(´゚ω゚`)「…………」

 ただ一人で全てを壊し、歩んできたであろうショボン。
 彼には理解できない。共に支え合い、共に背を守り合い、共に笑い合える心強き仲間たちの存在は。

 ドクオは落ち着いている。恐ろしい『凶星』を前にして滾ってはいるが、心中は酷く穏やかだった。
 そう思えるのは、背中に感じる温かさ。

 フサギコ、ハイン、クー、そして――ヒート。

 仲間たちの手が今もなお、しっかりと自分の背を押してくれている感覚。

39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:16:13.69 ID:s76zvw/c0

('A`)「明けない夜はない。星は落ちる。お前の暴走もここで終わりだ――『凶星』ショボンっ!」

 語気を強め、一歩踏み出す。

('A`)「俺はお前を倒して、仲間たちのところへ帰るんだっ!!」


 飛び出した。


 斜に構えた剣と共に、ガチガチと牙を鳴らす怪物へ突撃。
 相手も臨戦態勢に入った。マッシュルームカットを乱しながら、ラケットを振り上げる。逆の手に握られた鉄球が邪悪に黒光る。
 高らかな笑い声が世界を蹂躙した。

(´゚ω゚`)「いいよ、それでいい! 君が全力で向かってくるなら、僕はそれで構わないさあああ!!」

 打ち下ろされるラケットと、突き込まれる剣が激突する。

 ドクオの運命を決める戦いの火蓋が、切って落とされた。

41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:19:05.72 ID:s76zvw/c0

 * * *


('A`)「うおおおおおおお!!」


 先手必勝、突撃を止められるや否やドクオは立て続けに剣を打ち込む。
 面打ちの三連打。何なくそれも防御されるが、相手に休ませるつもりはゼロだ。薙ぎ払うように胴を打たんとする。

 激突。

 カーボンの刃はショボンの土手っ腹を捉えられなかった。
 面打ちを防御していたはずのラケットは、衝撃にびりびりと共鳴しながらもJET竹刀を防いでいる。
 驚くべき反応速度。最初から胴打ちが来ると分かっていなければ、常人ではとても意識が追い付かない。
 それを、彼は感覚で反応する。

(´゚ω゚`)「速いね、でも僕はもっと速いよ? 付いて来れるのかな?」

(;'A`)「くっ……!」

44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:22:06.11 ID:s76zvw/c0

 攻守交代。

 先制攻撃を下され、出鼻を挫かれるドクオにショボンは襲いかかる。
 弾けるような回転と共に竹刀を押し返す。体勢もままならないドクオの懐に、彼は切り込んだ。

(´゚ω゚`)「ふひゃぁああはははは!」

 独楽のような転回。重量のあるラケットの遠心力を生かし、横薙ぎの連打を打ちまくる。
 超接近戦でのヘビーな回転撃。竹刀はリーチがある――しかしインファイトでは威力も半減だ。防御に回る他ない。

 受けに転じるドクオを吹き飛ばさんと、竜巻となったショボンは加速していく。

 正眼に構えたJET竹刀を、ラケットは叩く、叩く、叩く、叩く。気を抜けばそのまま剣が弾かれてしまうだろう。

(;'A`) (重い……金棒で殴られてるみてーだ!)

(´゚ω゚`)「ほぉらほら、どうしたあああああ?!」

 靴と地面の摩擦が起こす甲高い音が一際高く鳴り、出し抜けにミドルキック。

45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:25:18.15 ID:s76zvw/c0

( A )「ぐぅっ?!」

 一蹴はドクオの鳩尾を的確に突き刺す。
 ラケットの打撃にばかり目がいっていたせいか、まともに受け止めることもままならない。完全に『入った』一撃。
 吹っ飛ぶ彼は落下防止のフェンスにブチ込まれる。人一人分の体重が思いっきりぶつかり、それは無残にへしゃげた。

(;'A`)「げほっ、げほっ、ちく、しょ……!」

 急所への痛烈な蹴りに、息も乱れる。肺が不規則に暴れ、深呼吸をさせてくれない。

(´゚ω゚`)「まだだ! まだ座ってんじゃあない!!」

 飛び上るショボンの追撃。
 両腕が交差すると同時に直線の軌跡が走る。打ち込まれた三発の鉄球が、流星のようにドクオの頭上を狙っていた。

('A`)「う、うぉぉぉおおおおお!!」

46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:28:04.89 ID:s76zvw/c0

 思い返す。

 クーとの朝練。スーパーボールたちの軌道。高速で向かってくる飛来物たち。
 ドクオは確かにあの時、その動きを支配していた。

 眼だ。まず見なければ反応できない。

('A`) (見るんだ、目をつぶるな、恐れるな、前に出る、下がらない――下がらずに、怖がらずに前へ!!)

 今こそ、恐れるべからざる時。
 立ち上がる。剣を取る。頭上に迫る鉄球と飛び散る汗。見開かれた眼。笑うショボン。蒼い空。



('A`)「前に、前にぃぃぃいいいいっ!!」



 ドクオは刹那を支配する。



48 名前: ◆b5QBMirrJE[ペース上げた方がいいですかね?] 投稿日:2009/05/24(日) 01:31:14.75 ID:s76zvw/c0

('A`) (これは……)

 まるでスローモーションの世界に迷い込んだかのように。
 辺りがひどくゆっくりと、そして鮮明に映し出される。

 そんな中、稲光のように地を走る軌跡。光の道標。
 ドクオの足元、粗雑なコンクリートの地面には輝く道が見えていた。
 折れ曲がり、ドクオを誘うその光の到達点は一つ――空中で踊るショボンの真下。彼の浮かび上がる影。

('A`)「――――ッ!!」

 迷わず飛び出す。獣のように鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が訴える。道を往け、光の道標の先へ。

 一歩が大地を叩いた。鉄球が掠める。

 また一歩先へ行く。鉄球は当たらない。

 軌跡はドクオを導いていた。一体どういう現象なのか、彼にも分からない。
 だがこの道が鉄球の軌道をすり抜け、ショボンに肉薄するためのものであることは漠然と悟れた。
 目に見える光景を疑う前に、己の六感を信じる。
 鳥のように、無人の空を切り裂くかのように。

50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:33:35.74 ID:s76zvw/c0

 回避。

 ラストに大きく、左前方へと転がり出るドクオ。共に、轟音を立ててコンクリートに墜落した鉄球たち。
 たったの一撃も当たらなかった。
 気が付けば光は途絶えている。幻のように、不確かな感覚――だが確かに彼はショボンを間合いの内に捉えていた。
 千載一遇のチャンス。

 躊躇する余裕はなかった。

 地を鳴らし足を踏ん張り、落下してくるショボンを仰ぐ。

(´゚ω゚`)「ひゃあっははははははあああああ!!」

 凶なる星もまた、空中で体勢を入れ替えラケットを振りかぶる。
 落下の勢いに乗せて打ち込む腹積もりだろう。

 上空の敵を迎撃。不利は元々、ドクオも承知の上だ。
 しかしてこの時でなければ、ショボンに回避の暇を与えずに攻撃する時はない。
 ショボンの打撃か、ドクオの斬撃か。衝突は必須、お互いに避けられない。
 パワー負けした方がダメージを受ける。それでも、ここで打ち勝つイメージをドクオは捨てようとはしなかった。

51 名前: ◆b5QBMirrJE[2分30秒でいきます] 投稿日:2009/05/24(日) 01:36:02.43 ID:s76zvw/c0

 脳裏に過ぎる仲間たちの顔。

 力が湧いてくる。

( A )「鬱圓明流――……」

 深く腰を落とし、剣を鞘に納める。鍔がチンと音を立てると共に、手元の引き金を引いた。
 柄を握る右腕に走った衝撃。鞘の中に生まれる圧力。


('A`)「『JET・竜胆(りんどう)』ぉぉぉおおお――っ!!」


 ラケットの重撃がドクオを打つよりも遥かに速く――白磁の軌跡は半月を描いた。


(´゚ω゚`)「――づぶぅっ!?」


54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:38:32.48 ID:s76zvw/c0

 炸裂する真空波は空を震わせる。

 弧を描く竹刀はショボンの顔面、正中線上にめり込んだ。
 圧縮空気により速度と威力を加速されたそれは、振り抜くままにショボンを狙い撃つ。その一撃の重さは、かつてのドクオの比ではない。
 ミシリミシリと音を立てる、ショボンの顔面。

 そして、撃墜。

(´゚ω゚`)「うばあああああ! っが、っぶ!」

 頭から地面に激突し、もんどり打つショボン。一回、二回、三回とバウンドして身を投げだされる。
 その壮絶な吹き飛び方。居合の速度の前に受け身を取れなかったのだろう。
 獣並みの反応速度を持つ彼にも、空中とはいえ追いつけなかった攻撃。それは確かにショボンにダメージを与えている。

 ようやっと、両手でブレーキをかけるも間に合わない。彼は反対側のフェンスへと突っ込んだ。
 顔面を網目に食い込ませて呻く。
 頭部への強打は、さすがのショボンも効いたらしい。
 何とか立ち上がろうとするも、その平衡感覚は完全に崩れ去っていた。

56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:41:02.44 ID:s76zvw/c0

(´ ω `)「んぐ……ぐぉ……っ」

 手負いの獣の如き低い唸り声。無敵の彼が重そうに頭を項垂れる姿は、まさに驚きの一言。


(-A-)「――しゅぅっ」


 片やショボンの足元もおぼつかない様子を見届けると、ドクオは刀身を鞘へと再び納めた。
 鋭い呼気と共に精神統一を図る。
 火のついた興奮はなかなか冷めない。胸に灯る昂りに似たものが、ビリビリと身体を芯から震わせていた。

 確信する。今、自分は更なる強さの段階に足をかけたことを。

 JET竹刀のパワーとスピード。そして、原因は理解できそうにないが、あの不思議な感覚。
 敵の急所、攻撃の流れを見切った動き。それを誘う道標が見えたこと。これこそが、クーの言っていた『新しい世界』なのか。

 ドクオはいま、全てを見つめていた。眼で、敵を――世界を支配する。その感覚。

 今の自分になら、化け物に敗北を与えることも可能だと、勇気と共に希望が湧き上がった。

60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:43:32.05 ID:s76zvw/c0

(´゚ω゚`)「ぶっぷ……あれ、おかし、いな。鼻血、出てない? ねぇ、出てるよね?」

 しかし、そう易々とダウンはしてくれないらしい。
 ふらつきながらも、決してショボンは膝を突かない。へしゃげた鼻を擦り、血の帯が走る手を見返しては不気味に笑う。

 搾取者として、今まで武喝道を混乱に陥れただけのことはある。
 鼻腔からボトボトと血液を溢しながらも、粉塵の中で彼は再び前進を始めた。
 折れない闘争心と底の無い狂気が、無限のエネルギーとなってショボンを駆り立てているのだ。

 ドクオも驚かなかった。
 どれだけJET竹刀が強力で、目覚めた能力がそれを後押ししても、ショボンが怪物であることに何ら変わりはない。
 不撓不屈の戦闘狂。彼はどれだけ打たれても向かってくる。

(´゚ω゚`)「くく、ぶふ、く、くは、くははばばはは、すごい、すごいすごい!! すごい、すごぉおい!!」

 ひん曲がった鼻を無理矢理に整形しながら、ひくつく笑顔で彼はさらなる嬌声をあげた。
 歓喜、狂喜、執着、欲情、興奮――駆け巡る戦闘の享楽。

 今、純粋にドクオの成長を喜んでいるのだ。

62 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:46:02.65 ID:s76zvw/c0

 ドクオは再び腰を落とす。柄頭に添えられた左手。油断はない。
 さらに戦いがヒートアップしていけば、それだけ彼の感情も吹き零れんばかりに昂る。それこそ、必殺の間合いで放った居合を受けて尚だ。
 彼はより興奮する。動きは洗練され筋肉は温まっていく。先のような隙は生まれにくい。

 その状況で、残り二発のJET居合を当てる困難さ。

('A`) (難しい……それに、全弾当てたからってあいつが倒れる確証もない。必要なのは――)

 『新世界(ニュー・ワールド)』

 勝利への道標、光の軌跡。敵の死角へとドクオを導くもの。
 反応速度と反射神経の境地。それによって確実に間合いに飛び込み、近接から居合をブチ込む。それが勝利の手。
 故に無駄撃ちは出来ない。粘り強く、忍耐強く、ショボンの隙を誘うのみ。
 まだ不確定な要素だが、賭ける価値はあるはず。


('A`)「だりゃあああああああ!!」


 ならば掴まなければならない。己の中で雲のように、形を伴わないその感覚を。

64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:48:32.24 ID:s76zvw/c0

 叫びと共に再び踏み込む。待つのは止めだ。先んじ、ドクオはショボンへと打ちかかる。
 自ら敵の隙を作るために。

 口角を耳に届くほど上げた、裂けるような笑顔を浮かべるショボン。
 彼は軽く構えると、抜け目なくラケットで剣撃を防御。フットワークは先ほどよりもさらに軽い。
 足技を警戒しながら、ドクオはさらに数合打ち込む。

('A`)「りゃあ、りゃあ、りゃああああ!」

 面を打ち、袈裟に返し、右方へと鋭く薙ぎ払い。
 ラケットとステップで軽やかにかわすショボン。彼の前髪を切っ先が掠める。見事な見切りだ。
 ドクオは追撃に突きを放つ。喉を抉り、当たれば呼吸を奪い去る螺旋撃。

(´゚ω゚`)「おぉっと、危ない!」

 外した。

 刀身は僅かにもみあげを掠るのみ。ニヤリと、ショボンはほくそ笑む。
 同時に素手でフン掴まれる切っ先。

66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:51:30.41 ID:s76zvw/c0

('A`)「くっ!」

(´゚ω゚`)「デジャヴ〜ってやつかなぁ? 前にもこぉーんな光景あったよねぇ?」

 嫌な予感が走る。

 二日前。初めて対峙した時、奪われた竹刀は叩き折られた。もう二度と振るうこともできないような、無残な姿。
 剣を失ったあの時、己の無力さと屈辱の程は忘れ難い。
 だが、だからこそ同じ轍は踏まない。


 ――剣はお前の武器であり弱点だ。ここを狙われるのは至極当然のことと思えよ。


(-A-) (礼を言うよ、クー姉ちゃん。あんたのおかげで――)

 ドクオはおもむろに柄から左手を離す。
 無理矢理にでも、力及ばずとも、剣を取り返そうと力を込めなければならない時に。
 敢えて、敢えて彼はその片手を離すのだ。

67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 01:54:08.79 ID:s76zvw/c0

('A`)「――俺は勇気を以って戦える!!」


 銀の閃光が走る。


(´゚ω゚`)「――――っ!?」

 こめかみを強かに打たれるショボン
 右の肩口で刃を止めていた彼の横っ面には、ドクオが逆手に振るう鞘がめり込んでいた。
 予想外の攻撃は、命中。
 軽い上にメッキ張りだが、殴って十分に硬いものらしい。その奇襲はショボンの動揺を誘い、竹刀を拘束から解き放つ。
 後ずさった彼の全体を視界に収める。狙いは充分、決して外さない必殺の距離感。

 切っ先を、鞘に納めた。

('A`)「カチ割れぇぇぇええ!! 『JET・唐竹割り』ッッ!!」


 第二撃。


70 名前: ◆b5QBMirrJE[] 投稿日:2009/05/24(日) 01:59:04.39 ID:s76zvw/c0

(´ ω `)「ぶぅああっ――!?」

 引き金が鳴ると共に、炸裂する一刀は直撃。

 大地を割らんが如き、一刀両断の太刀筋。隙を突かれたショボンの額――その芯を間違いなく打った。
 ぐるりと明後日の方に弾ける瞳。見開かれた血走る眼は、位置を留まらない。
 骨を砕き肉を打つ、必殺居合を二太刀も受けたのだ。丈夫な彼にとっても、そう軽々しい攻撃ではなかった。

 抱える頭の重心が崩れる。

(´゚ω゚`) (ま、ずい、意識が――……)

 剥き出しの膝が床を突く。肩の力が脱力し、手元からラケットが滑り落ちた。
 眼前をフラッシュが明滅し、やがて暗転。弾け飛びそうな意識の中、ショボンは――

72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:01:32.75 ID:s76zvw/c0

 * * *


(´ ω `) (たお、れるんじゃない! 立ちあがれ! 勿体ない、こんな闘い、気絶する、なんて、もったいないいいい!)


 それは負けるのが許せないから耐えるのではなく。


(´-ω-`) (こんなところで倒れていたら、もう、二度と、彼のような男には、会え、ない!! 今……しかない!)


 身を守るために立ち上がろうとするのでもなく。


(´・ω・`) (僕が今まで、いくつもの屑どもを、踏み潰してきたのは、彼に会うためだったんだ。僕の人生は――)


 勝つべき理由が意識を後押しするわけでもない。


73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:04:08.17 ID:s76zvw/c0



(´゚ω゚`) (彼と戦うためにあるんだあああああああああああああ!!!)



 ただ、ドクオと戦いたいという思いのために。

 無垢な狂気のために。

 彼は混沌から蘇る。



75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:06:32.10 ID:s76zvw/c0

 * * *

 倒れない。

(;'A`)「――――っ!」

 その脚は地を打ち抜かんままに叩き付けられる。立ち上がる。前を見る。

(´゚ω゚`)「うばらああああああああああああああああ!!」

 ドクオの顎関節に激しい振動が走った。

 呂律も回らないショボンは滅茶苦茶に、振り回したラケットで彼を打つ。

( A )「ぶっ、ごぉっ?!」

 嵐のような暴虐の一手。

77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:09:02.65 ID:s76zvw/c0

 吹き飛ぶ唾には血が混じる。油断していた。
 リーチの短いラケットが幸いしたか、インパクトの瞬間咄嗟にのけ反ったおかげで直撃ではない。そうでなければドクオの顎骨は砕け散っている。
 しかし勢いに任せ、充分な重量と速度の付いた一撃が顎にヒットしたのだ。

(;'A`)「かっ……くっ、ぁ……」

 距離を取ろうと後ずさるまま、膝が崩れ尻餅を突く。
 頭の中が、掻き混ぜられるスープ鍋のようにぐわんぐわんと渦を描く。
 視界が揺らいだ。危うく頭から地に突っ伏しそうになるのを、竹刀を杖にどうにか踏ん張った。

 揺らされた脳はすぐには回復してくれない。顎に残る鈍痛と、靄の中にいるかのような思考。


(´゚ω゚`)「まだだ、まだ……ドクオ! ドクオ! ドクオ! ドクオドクオドクオおおおお!!」


 彼は狂い、叫ぶ。

78 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:11:45.29 ID:s76zvw/c0

(;'A`) (クソ! まだ倒れねえのかよ! 二発もモロ喰らいしといて……化け物め!)

 不死身――そんな下らない言葉が、ドクオの揺れる脳内を掠めた。
 こちらは苦し紛れの一撃がかすっただけでも、ここまでダメージを受けている。
 ところが思いっきり直撃を受けたショボンの、不屈この上なし。まだ立ち上がってくるというのか。
 汗と砂埃にまみれ、きっちりとしていたマッシュルームカットは乱れている。額は切れて血が滲んでいた。
 鼻血も止まらない。息が乱れているのは疲労なのか興奮なのか。

 それでもショボンは闘争を止めない。一様に測り難い、規格外の存在。

 漏れるのは、途切れ途切れな恍惚の吐息。

(´゚ω゚`)「まだ、僕は負けてない……立っている、戦える! さぁ、来いよ。もっと楽しもうよドクオおおおおお!」

(;'A`)「……んの、クソ野郎が……」

79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:14:19.40 ID:s76zvw/c0

 ゆらりゆらり。
 ショボンの身体は蜃気楼の如く。本当に本人の足元がおぼつかないのか、ドクオの眼がまともに働かなくなっているのか。
 前者ならまだ希望が見えるが、後者ならばかなりまずい状況である。
 そんな中でも、確実に悟れた身動きは一つ。

(´゚ω゚`)「今度は……こっちのサービスだ。しっかり、受け止めて、味わってよ。ドクオぉぉお!」

 腰溜めの構え。

 息も絶え絶えに、体側となってドクオへと向かう。長く骨張った左腕が掲げるのは鉄球。
 爛々と燃え盛っていた目がしゅっと細まる。鉄球だ、鉄球を注視している。
 彼の身体が上方向に伸び切ると同時に、三つの黒い星が空に上がった。昇った太陽の光が、大地に三点の影を落とす。


(´゚ω゚`)「カット、カット、カットぉぉぉおお!!」


 雄叫びと共に繰り出される、残像の走るラケットさばき。空を切り裂く三連星。
 凶悪に回転し、大気を焦がす弾丸の如きサーブ。それらはドクオの額を狙撃せんと向かってくる。

82 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:17:11.73 ID:s76zvw/c0

 ドクオは踏ん張り、前に出た。眼はしっかりと鉄球たちの軌道へと釘付けにして。

('A`) (見えろ! もう一度、あの感覚を――……)

 モーターのように静かに、唸りを上げる鉄球は迫る。
 ドクオは捜していた。先のように、この飛び道具たちをすり抜けてショボンへと肉薄する道を。
 光り輝く勝利の感覚――その僅かな手掛かりを。

 だが、

(;'A`) (見え、ない……?!)

 光は現れない。
 粗末なコンクリートの床は相変わらず。先の稲光は、その尾っぽすら現われてはくれない。

 やはりあれはただの幻覚――ドクオの窮地に、神が一度だけ垂れた憐憫だったのか。
 それとも脳を揺らされ、視覚が正常に働かない今では発揮できない能力なのか。

83 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:19:32.14 ID:s76zvw/c0

 いずれにせよ、予想だにしなかったことは間違いない。
 その思いもかけない事態に頭が真っ白になったドクオ。鉄球はすぐそこまで迫っている。
 足が動かなかった。這って避けようにも、身体が言うことを聞いてくれない。

(;'A`)「うわあああああ!!」

 杖にしていた竹刀を防御に回す、その時間もなかった。

 直撃だ。


( A )「はっぐ、うっ――ごっ?!」


 走る激痛。

 寸分狂わず叩き込まれた、三発の剛速球はドクオの全身を砕く。
 右の肩と脇腹、そして鳩尾に抉られるかのような痛み。
 喉の奥から込み上げる熱い液体。地に両手を突くと共に、口からそれが溢れ出た。コンクリートに広がる血反吐の水溜り。
 むせ返りながらも、震える手で痛みの原因を引き剥がす。制服を破り肉に食い込む鉄球が、重々しい音と共に床に落ちた。

84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:22:05.95 ID:s76zvw/c0

 ショボンは掠れた喉で高笑いする。

(´゚ω゚`)「ふへ、ふへへへ……避けないの? いや、避けられなかったのかな。もう、膝立ちがやっと……みたいだし、ね」

(;'A`)「かっく、くぁ……げほっ、げほっ!」

 胸を押さえるドクオは悶えた。息が出来ない。
 体中が悲鳴を上げ、もはや戦うことなどままならないと訴えている。肩は軋み、喉は委縮し、視界は揺らいで膝が震えた。

 窮地だ。この上ない窮地だ。

 何ということだろう。JET居合を二発当て、ショボンを気絶寸前まで追い込んだというのに。
 僅かな、ほんの僅かな油断で全てが崩れ去ってしまった。

(´゚ω゚`)「さぁ、どうしたんだよ? 僕は、僕はまだ戦える。君も戦えるはずだ! 僕のライバルに、ふさわしい、君なら!」

(;'A`)「かく、げふ、げほっ……くそ、ちくしょう……がはっ!」

85 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:24:49.93 ID:s76zvw/c0

 今の彼には、返答することすら難しい。
 口に広がる血の味を味わいながら、手を伸ばした先は取り落としたJET竹刀。

( A )「ぐっ――げほっ! げほっ! がふぁ! かっ……かはっ!」

 だが、届かなかった。

(´・ω・`)「……そんな。よしてくれよ。まだ立てるだろう? 僕が立てるんだ、君が立てないわけがない」

 その光景を見つめていたショボンは、額を拭うと狂喜の表情を失った。
 どこか寂しそうな、哀愁の漂う面持ち。

 やがてそれは、真っ赤に燃えあがった憤怒へと変わる。


(´゚ω゚`)「ちくしょう、ちくしょおおおおおおおおおおおおおお!!」


86 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/05/24(日) 02:27:17.76 ID:s76zvw/c0


 ラケットは太陽光を存分に受ける。

 振り下ろされるそれは寸分狂わず、ドクオの脳天を叩き砕いた。


第十四話・終


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