ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

2 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:19:08.22 ID:WigS7Lgr0

 渡辺は心底驚いていた。

 朝、小鳥のさえずりが爽やかなこの時間帯。
 彼女の住んでいるアパートにやって来る、ゴミ収集車は随分とせっかちなのだ。
 慌てた渡辺が階段を駆け降りている時には、青い収集車のボディーが塀の向こうへと消えてしまう。
 残された彼女は、パジャマにゴミ袋片手という珍妙な格好でいつも泣きを見るのが常。
 今朝とて、それは変わらなかったはずだった。

 通り過ぎて行った収集車と、行き違いでやってくるリムジンの存在以外は。

3 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:22:10.39 ID:WigS7Lgr0

从;'ー'从「ふわぁ〜、長いなぁ……」

 しっかりとアパート前に駐車されたそれは、スモークガラスで中の様子も窺えない。
 寝癖も直っていないふわふわ頭を困ったように掻き、渡辺はリムジンと小さくなっていく収集車を見比べる。
 とりあえずゴミを何とかするべきか。
 それとも『ここは駐禁ですよ』と、リムジンの運転手に教えてやるべきなのか。

 ぐるぐると考えているうちに、助手席のドアが開かれる。

 そこから現れたのは、随分と華奢な少年。
 甘いマスクを持っていながら無表情。きっちりと整った髪型に、詰襟が良く似合う。
 肩の腕章の皺を伸ばすと、彼は無表情から突如やんわりと微笑む。その可愛らしいこと。
 老若男女、誰もがついつい振り返ってしまうほど可憐な笑顔だった。

5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:25:04.14 ID:WigS7Lgr0

 しかし、それはどこか機械的にも感じて。

( ∵)「朝早くから不躾な現れ方をしてすみません。僕はVIP学園風紀委員筆頭の一年、ビコーズです。
 所用があってお訪ねさせて頂いたのですが、園芸部部長の渡辺さん――で間違いないでしょうか?」

从;'ー'从「え? え? あ、はい! そうです〜」

 深々とお辞儀をしながら尋ねてくる少年に対し、彼女もまたつられてお辞儀をする。

从'ー'从「あ、あの、もしかして武喝道のことですか? それって私はもう……」

( ∵)「確かにそのことについてもお話ししたいことがありますが、本件は別にあります」

从'ー'从「別のこと……?」

6 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:28:05.82 ID:WigS7Lgr0

 ビコーズが指を鳴らす。
 途端に運転席から出てきた風紀委員が一名、抱えた赤い絨毯を手際良く広げる。
 ころころと転がって来るそれは、渡辺の足元できちんと止まった。

 伸びるのは、リムジンへの短い花道。


( ∵)「VIP学園生徒会長、杉浦ロマネスク様があなたにお会いしたいとの旨です」


 呆気にとられる渡辺は、持っていたゴミ袋をいつの間にか取り落としていた。


8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:31:21.82 ID:WigS7Lgr0

ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第十六話『魔王』

9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:34:31.29 ID:WigS7Lgr0

 * * *

 普段はごった返す人の波で溢れている食堂。
 しかし今日――土曜日には、さすがに喧騒もどこか遠い話だ。

 そんな中、テーブルの一脚には随分と豪勢な光景が広がっていた。

 山のように料理を盛られた皿、皿、皿。林立するジュースのボトルたち。
 鎮座する、中華から洋食・和食のフルコース。いっぱいいっぱいの卓上は今にも溢れ返りそうで。

 臨む赤髪の少女は愉快そうに、座った椅子の上で跳ね回る。

ノハ*゚听)「おおお、すげー!! とても昼飯とは思えない豪華っぷり!」

11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:37:03.84 ID:WigS7Lgr0

 きらきら艶々と輝くご馳走たちを前に、彼女は我慢も出来ずに手を付けようとする。
 その意地汚い手を諌める、ひょろっと痩せた隻眼の少年。

('Aメ)「コラ、行儀悪いぞ。それにクーがまだ来ていないんだ。我慢しなさい」

ノハ;゚听)「えー! 何で何で! 今日はこのために朝飯抜いてきたのにそりゃねーよー!」

('Aメ)「とにかくダメー。大人しく待ってな」

ノハ#゚听)「ケェェエエエチィイイ!!」 

 フォークを片手にドクオへと襲いかかろうとするヒートを、中華鍋が遮る。
 テーブルにあった最後の空皿に、傾けられた鍋からたっぷりと酢豚が注ぎ出された。
 鼻腔を誘惑する香り。怒り狂うヒートも釘付けになってしまう。

13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:40:18.45 ID:WigS7Lgr0

ミ,,゚Д゚彡「ドクオの言う通りだぞ。それにいま我慢すれば、後でより美味しく食べれるもんだ」

ノパ听)そ 「マジで! よし、じゃあクー姉ぇを待つ!」

 先程まで駄々をこねていたのが嘘のように、ヒートはじっと目を閉じ胡坐をかく。
 本人は我慢しているつもりらしいが、度々ぴくぴくと鼻が動いている。
 目の前の酢豚は、彼女の我慢にとってかなりの強敵なのだろう。

 鍋を片付けてきたフサギコは、首にかけたタオルで汗を拭きつつ卓に戻る。
 これで料理は全て出来上がったらしい。一仕事終えた彼は席に腰掛けると、身を乗り出す。

ミ,,゚Д゚彡「ドクオ、結局怪我の方はどうなんだ? 骨が折れてないのは良かったが、左目は結構キツそうだな」

('Aメ)「医者の見立てじゃ全治三週間程度ってよ。瞼の上が派手に切れただけだから、失明なんてことはないらしい」

14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:43:11.25 ID:WigS7Lgr0

ミ,,゚Д゚彡「そうか……それなら良かった。あの人質になっていた奴はどうしている?」

('Aメ)「あいつはちょっと大変らしい。まずしばらくは退院出来そうにはないってさ……」

 哀れな被害者、デミタス。
 あちこちの骨折が酷く、そう簡単には治らないのが現状だ。
 当分の間、彼は学校に足を踏み入れることも、ベッドから起き上がることも不可能だろう。
 ドクオには苦い結果に終わった。結局、彼はデミタスを救うことは出来なくて。

 それでも、彼にはその苦渋を引き摺る余裕もないのだ。

从 ゚∀从「ま、そいつは災難だったが、こっちとしちゃお前がそうならなくて助かったってところだぜ。
 とことんコキ使わなきゃもったいねーからな。今後も大怪我はしない程度に死ぬ気で頑張ってくれよ」

('Aメ)「なんだ、そのとことん矛盾した要望は」

17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:46:30.04 ID:WigS7Lgr0

 フサギコの隣で、ちんまりとしたその身を揺らすのはハイン。
 彼女の手の内に転がっているのは、銀の光沢が眩しい武喝道バッチの小山。
 その小さな手の平から溢れそうなほどの量だ。

从*゚∀从「これでも感謝してるんだぜ? 現段階で最高位ランカーの『凶星』を倒したんだ。大金星だよ」

('Aメ)「そりゃどーも」

ノハ-听)「結局、ショボンの集めてたのも合わせて、私たちはどんくらいのバッチを持ってるんだ?」

 無想状態を解除するヒート。口の端に涎の帯が走っている。
 片や聞かれるハインは、じゃらじゃらとバッチたちを膝の上に振り落とした。
 チェックのスカートの上で、それらは軽快に跳ねる跳ねる。

18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:49:32.35 ID:WigS7Lgr0

从 ゚∀从「テメーの持ち分も合わせりゃ、お前三つ、オレ二つ、フサが三つにクーが一つ。んでドクオが十五個だ」

ミ;,,゚Д゚彡「……改めて、『凶星』の恐ろしさを再確認させられる数字だな」

从 -∀从「死人に口なしさ。死んじゃいないがな。とにかく総数は二十四、間違いなくぶっちぎりのトップだ!」

('Aメ)「参加している部活の二割を倒したことになるな。確かにすごい」

ノパ听)、「でも、クー姉ぇが一個だけってのは勿体ないな」

 チームで持ち寄った数なので多いのは当然だが、これはいずれ一人の成績となるもの。
 だとすれば、その数値は馬鹿に出来ない。少なくとも、大概の雑魚には追いつけもしない量の撃破数だろう。

从 ゚∀从「気になるのは別のチームだ。あくまで予想だが、それは必ず存在するだろうしな。
 『凶星』を倒せたのは大戦果だが、何もバッチをたらふく集めてるのは奴だけじゃない。
 他の奴らの戦況がどうなってるか、詳細が分かればいいんだけどな……」

20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:52:04.53 ID:WigS7Lgr0

ノパ听)「それならこの後、新聞部に聞きに行こう! 一応、顔見知りだし教えてくれるはずだ」

('Aメ)「メルマガに載せてないようなことまで教えてくれるのか?」

ノパ听)+「そこは腕っ節と勢いでだな……」

('Aメ)「おやめなさい」

 賑やかな団欒。
 そんな折、ヒートを突っ込むドクオの頭を、誰かが軽くぽんと叩く。

川 ゚ -゚)「随分と楽しそうだな」

 たっぷりと流れる黒髪。見目麗しく、佇まいにも威厳と風格を携えた少女――素直クールだ。

23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:55:09.13 ID:WigS7Lgr0

ノパ听)「おー! クー姉ぇ、遅かったな! もしかして寝坊でもしていたのか?」

川 ゚ -゚)「違うよ。今日は朝から補習があってな。受験生は二年と比べられんほど忙しいんだ」

('Aメ)「クーって補習漬けになるほど頭悪かったのか?」

川 ゚ -゚)「人並みには出来るつもりだが、それで満足するのも勿体ない話だしな。出来ることは何でもやってる」

从 ゚∀从「甲斐甲斐しいねぇ。ところでもう一人の受験生さんよ、お前の塩梅はどうなんだ?」

 気まずく咳払いをする、フサギコもこればっかりはどうしようもない。
 小さく縮こまる彼は口籠ってしまう。

ミ;,,-Д-彡「う……耳が痛いな。すっかり忘れてたよ」

24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 22:58:24.98 ID:WigS7Lgr0

从 -∀从「ったくよ、大丈夫なのか? 一生に一回こっきりなんだから、少しは頑張れよ」

('Aメ)「大丈夫だぜ、フサギコ。少しくらい浪人しても大学受験なんて大丈夫さ。留年はまずいけど」

ノパ听)「アレだ、いっそ料理で頑張れよ! ほら、料理人とか食品衛生士? よくわかんねーけどイケるって!」

川 ゚ -゚)「行き詰ったり分からない所は何でも聞いていいぞ? 同じ受験生だ。協力するよ」

ミ;,,゚Д゚彡そ 「どーして俺を全力で慰める流れになってるんだ!?」

 笑い声。
 日々の厳しい戦いの中で、生まれた絆と一時の休息。
 彼らは成り行きと偶然で出会ったかもしれない。その中には損得勘定もあっただろう。
 それでも今、仲間の生還を祝うために開かれた宴――それを囲む彼らに、存在するのは確かな信頼と安息。

ノパ听)「よぉし! クー姉ぇも到着したし始めようぜ! ドクオ、音頭取りやがれぃ!」

25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:01:03.04 ID:WigS7Lgr0

('Aメ)「え、俺がやっていいのか?」

川 ゚ -゚)「主役はお前だからな。だがやるなら早くした方がいい。このままじゃヒートが手を付けられんぞ?」

ノパ听)「全くです! 急げ!」

 無理矢理急き立てられるドクオは、申し訳なさげに立ち上がる。
 オレンジジュースを注いだ紙コップを軽く掲げ、もそもそと演説し始めた。

('Aメ)「えーと、とりあえず俺のためにこんな宴席を開いてくれて、すごく嬉しいです。ありがとう」

ノパ听)「…………」

('Aメ)「みんなの協力や応援が無かったら、今頃俺はショボンには勝てなかったと思う。
 だからこの勝利は、その……何て言うか俺一人のものじゃなくて、全員で勝ち取った物でもあると……」

ノハ#゚听)「…………っ」

('Aメ)「とにかく、何だ、これからも武喝道は続いていくわけだし五人で頑張って――」

29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:04:03.14 ID:WigS7Lgr0

川 ゚ -゚)「ドクオ」

 クーが顎でヒートをしゃくる。
 空腹と我慢の限界に達しているらしい彼女は、真っ赤な髪を逆立て食い入るようにドクオを睨んでいる。
 身震いしながら、ドクオは一つ咳払い。

('Aメ)「――じゃ、長い話はパスにして、乾杯するか!」


 『乾杯!』と、五色の声が響き渡る。


 戦士たちに与えられた、ほんの僅かな安らぎの時間。
 それは本当に短く、儚いものだった。

31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:07:09.22 ID:WigS7Lgr0

 * * *

 暗い部屋の中。

 渡辺はしきりに髪を押さえ付ける。慌てて飛び出したものだから、用意もままならなかったのだ。

从;'ー'从 (大丈夫かな? 髪の毛はねているかも。タイは歪んでいないかな?)

 片手に抱いた花の束を危なっかしげに揺らしながら、服装のあちこちを確かめる。
 暗がりでよくは見えない。彼女は心底、疑問に思う。

从'ー'从 (暗い所が好きな人なのかな……生徒会長さんって)

 生徒会長室。

 招かれた部屋は、生徒会棟の最上階。
 とても広い部屋だった。教室が一つ、すっぽりと納まってしまいそうなほどのサイズ。
 厚手のカーテンに塞がれた窓からは、ほんの僅かな光しか注ぎこまれない。

33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:09:03.25 ID:WigS7Lgr0

 部屋の中央に据え置かれた、向かい合うソファーの片側。
 彼女は腰も落ち着かない状態でそこに座らされ、きょろきょろと辺りを見回すしかすることがない。
 窓に臨むように設置された、大きめのデスクは空席。この部屋の主は、ただいま留守中なのだ。

从'ー'从「あの……」

( ∵)「はい、何でしょう?」

 傍らにきちんと直立しているのは、風紀委員筆頭のビコーズ。

从'ー'从「一応、温室からお花はいくつか持ってきましたけど……本当に私でいいんですか?」

( ∵)「えぇ。先程もお話しした通り、会長はデスクが寂しいので飾る花を生けて欲しいとご所望です。
 情けないことながら、僕たちはその手のことに詳しくなく、それであなたに御依頼させてもらいました」

 渡辺は申し訳なさそうに、目を反らしながら返した。

34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:12:08.07 ID:WigS7Lgr0

从'ー'从「確かに生け花は嗜みます……でもその、それなら華道部の人とかに頼んだ方がいいと思うんです。
 私なんてお花が好きで育ててるだけの素人なんだし、会長さんをガッカリさせたら申し訳ないなぁ……って」

 ビコーズはにこやかに笑う。

( ∵)「えぇ、そうですね……。本来は伏せておくべきなのですが、実はこの話にはハインリッヒ高岡さんの口添えがあるんです」

从;'ー'从「えっ? ハインちゃ――じゃなくて、高岡さんの?」

( ∵)「会長と高岡さんは古くから交流があり、以前から渡辺さんのことはお耳に挟んでいらっしゃいました。
 失礼なことを質問してしまいますが、噂では園芸部の活動している温室――かなり運営が厳しいとか?」

从;'ー'从「は、はい、そうです。やっぱり今の部費じゃ、そろそろ難しいところも出てきて……」

( ∵)「心中お察しします。高岡さんも苦心なさっていたようで、度々会長にご相談をしていらっしゃいました」

从;ー;从「ハインちゃん……」

36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:15:04.63 ID:WigS7Lgr0

 渡辺は涙ぐむ。
 自分の知らない所で、ハインがそんなことまでしてくれていたことに、心から感動を覚えたのだ。

( ∵)「しかし生徒会としても、目立った活動がない部にいきなり部費の賃上げを施しては、他に示しが付きません。
 そこで高岡さんが提案した案は、園芸部の活動をもっと校内で広げることは出来ないだろうか――というものです」

从'ー'从「広げる?」

( ∵)「学園は広いですし、中には手付かずになっている花壇や芝生が多い。その管理をお願いできないか、ということです。
 校内の見栄えも良くなり、緑化にも繋がります。確かに活動領域が広がれば、費用もまた嵩んでしまうでしょう。
 ですが引き受けて頂き結果が出るようなら、会長も加算分を見込み、温室の運営に充分な部費を出したいと仰っています」

从*'ー'从「ほ、本当ですか!」

( ∵)「ですので今回お呼び立てしたのは、その件についてお話するのが本来の目的なんですよ」

38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:18:04.35 ID:WigS7Lgr0

 渡辺は頬を上気させ喜んだ。
 花を育てることは好きだ。草を世話するのは楽しい。
 校内に自分の手でいっぱいの花を植えられるなど、思いもよらなかった喜ばしいこと。
 部費を工面してくれるなら是非とも。あわよくば、この活動で園芸部にも人気が増えるかもしれない。

 これで、自分とハインの大切な居場所を守ることが出来る。

 気付いた時には勢いよく立ち上がっていた。

从*'ー'从「お引き受けします! ぜひやらせて下さい! お願いします!」

( ∵)「それはこちらとしても嬉しいのですが、お話は会長がいらっしゃってからしましょう。急かしてしまって申し訳ありません」

从*'ー'从「あ、はい! わかりました!」

39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:21:13.30 ID:WigS7Lgr0

 深々と渡辺がお辞儀を返す、その時だった。

 部屋の扉が開かれる。光を背負って現れたのは、三つのシルエット。

 先立ってやってくる二つの影は、男と女。

  _
( ゚∀゚)「よーよー、ビコーズ。お勤めご苦労さまさまだな」

(゚、゚トソン「問題ないようですね。こちらも会長の公務が片付きました」


 男――ジョルジュ長岡は立派な眉毛を携えた金髪で、ニヤリとした頬笑みがどこか怪しい匂いを漂わせている。

 女――都村トソンはすらっと伸びた背とスタイルが美しく、簡単にまとめた髪とおとなしめの眼鏡が似合っている美人だ。


40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:24:03.93 ID:WigS7Lgr0

 そして最後に部屋へと踏み入ってくる者。
 オールバックに白い学ラン。背が高く、肉食獣のような鋭く精悍な面持ち。
 渡辺は見ているだけで、身震いがするほどだ。


( ФωФ)「ビコーズ、ご苦労」


 うっとりするような重くビブラートした声。
 杉浦ロマネスクは忠実な部下へ、淡々と礼を述べた。

( ∵)「勿体ないお言葉です」

 労を値切られたビコーズは恭しく一礼し、少女の傍らから一歩下がる。
 いきなり一人ぼっちにされた渡辺は、相変わらず暗い室内で大きな目を凝らし、現れた生徒会長をまじまじと見つめた。
 薄闇の中で、何故か彼の瞳だけがぼんやりと光を帯びているような錯覚。

41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:27:04.44 ID:WigS7Lgr0

(゚、゚トソン「ちょっとそこのあなた。断りも無しに人様をジロジロと見て、少し失礼ではないですか?
 ましてやこのお方は、VIP学園を束ねる生徒会長たる人。客人とはいえ、まずはそちらから挨拶をするのが道理のはず」

从;'ー'从「あ、ご、ごごめんなさ――い、いや、すみません!」

 落ち着いた声色だが、酷く棘の利いた言葉。レンズ越しにキツい視線が、渡辺をじろりと狙い撃ちにしていた。
 ねめつけられた渡辺が急いで頭を下げる最中、突然肩に手がかかる。
  _
( ゚∀゚)「まーまー、いいだろトソン? まだ一年生なんだ、緊張してるんだよ」

 いつの間に近づいていたのだろう。
 しっかりとして大きい、その手の持ち主はジョルジュ。
 渡辺が焦って言葉もままならないうちに、抱き寄せられるように腕が首を回る。

43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:30:03.65 ID:WigS7Lgr0

从;'ー'从「ひゃっ!」

 体格の割には太く、長い腕。渡辺は思わず声を上げた。
  _
( ゚∀゚)「渡辺ちゃんだっけ? 可愛いねえ。たった一人で健気に園芸部を切り盛りしているとか?」

从;'ー'从「え、えと……そうですけど」
  _
( ゚∀゚)「結構スタイルも良さそうだな。周りの男が放っておかないだろうに。付き合ってる人とかいるかい?」

从;ー;从「ふぇ……えと、その……私……」

(゚、゚#トソン「おやめなさい、ジョルジュ!」

44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:33:04.19 ID:WigS7Lgr0

 初対面だと言うのに、図々しい上に無礼な物言い。
 涙目になる渡辺を見かねたトソンが、無理矢理に襟首を掴みジョルジュを引き剥がした。

(゚、゚#トソン「生徒会の品位を疑われるようなことは慎みなさい。あなたは会長の顔に泥を塗るつもりですか!」
  _
( ゚∀゚)「おー怖い怖い。ヒステリックな書記様は、口を開けば『会長、会長』と来てら」

(゚、゚#トソン「……っ! いい加減に悪ふざけは――」


( ФωФ)「よい、二人ともそれまでにしろ。今は客を招いているのだ」


 遥か彼方から轟く、遠雷のように。
 デスクに手をかけ佇むロマネスクは、静かだが重く二人をたしなめた。

45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:36:16.77 ID:WigS7Lgr0

(゚、゚;トソン「も、申し訳ございません……」
  _
( ゚∀゚)「はいはいっと。ったくよー、トソンもロマも頭が固いぜ」

(゚、゚#トソン「ジョルジュ!」

 噛み付くトソンを尻目に、おどけるジョルジュ。
 そんな二人を視線の端に捉えながら、ロマネスクはゆったりとした足取りでソファーに向かう。
 音もなく腰が沈みこみ、組んだ手に顎を乗せる彼はじっと渡辺を凝視した。
 その視線に、どこか居心地の悪いものを感じる。

 まるで胸の内を見透かされているような。

 陽炎漂う瞳は、下から上まで渡辺の様子を見つめている。まるで品定めでもされているかのようだ。

( ФωФ)「今日はわざわざ出向いてもらい、すまなかった」

47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:39:28.68 ID:WigS7Lgr0

 そんな折の突然の声。図らずとも、驚きに肩が震えた。

从;'ー'从「え、はい、その……別にいいです。こっちこそお招きいただいて――」

 渡辺は一抹の不安を抱く。

 自身が想像していた、生徒会長のイメージ。
 全生徒の代表者になるような人物なのだ。明るく、気さくで、それでいて真面目な優等生。
 ビコーズの話から考えても、そんな姿が思い浮かぶのも仕方のないことだった。

 ところが、どうしたことだろう。
 見るだけで身震いしてしまう雰囲気なのに、眼を離すことが出来ない怪しい色香。
 渡辺の眉間を貫いて放さない、発光する瞳。
 底知れぬ何かをその身に宿す彼は、抱いたイメージを容易く吹き飛ばしてしまう。

 眼前で圧倒的存在感を放つ、彼は決して生徒会長などという器には収まらない。

 まるで魔王だ。

49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:42:02.45 ID:WigS7Lgr0

( ФωФ)「既にビコーズから話は聞いているだろうか?」

 そんな彼女の不安も余所に、ロマネスクは続ける。

从'ー'从「あ、はい! 聞いています! 学園の花壇と芝生のお世話を――……」

( ФωФ)「……ふむ」

 ちらり、と。
 ロマネスクの切れ長の眼が反れ、一瞬ビコーズに向けられる。
 当のビコーズはまるで石像。口を開くことも身動き一つとることもしない。
 まるで先の笑顔が嘘のようだ。
 やがて視線を渡辺へと戻すと同時に、ロマネスクは彼女をデスクの方へと誘う。

50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:45:03.93 ID:WigS7Lgr0

( ФωФ)「その話は後にしよう。まずはその花を、デスクに飾ってはもらえないだろうか?」

从'ー'从「わかりました! ちょっと待ってて下さいね」

 渡辺は意気揚々と立ち上がり、デスクへと駆け寄る。
 彼女は無理矢理に納得した。そう、考えていたイメージと実際の生徒会長が違うからといって、何も不安がることはない。
 今は彼に期待に応え――ハインと自分の居場所を守る努力をする。
 それが今の己に出来る、精一杯のこと。

从'ー'从「ふんふんふーん♪ ふんふーん、ふーん……」

 浮かれ過ぎだろうか。ついつい鼻歌まで漏れてしまう次第だ。
 抱えた花束も楽しそうに揺れている。

 だが、そんな楽しげな気分の中、あることに気付いた。

51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:48:17.80 ID:WigS7Lgr0

 スッキリとして物も少ないデスク。書類一枚、ペン一つ転がっていない。
 そう、何も無いのだ。花を生けるはずの花瓶すらない。

从'ー'从「あれ……おかしいな、花瓶がな――」

  _
( ゚∀゚)「はいはい、茶番はここまでーってね」


 異変に勘づいた彼女の口を、手が覆う。

从;'ー'从「んん!? ん――んっ、んー!!」

 広い手の平、長い指が顔を包み込み、塞ぐ。
 一瞬息が止まり、原因の分からない恐怖がせり上がって来る。
 もがこうとも離れられない。もたついている間に、両腕が器用に絡め取られ固められる。

 動揺の内に、花束を取り落としてしまっていた。

53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:51:07.46 ID:WigS7Lgr0

从;ー;从「んんんん! んんん! んー!!」
  _
( ゚∀゚)「おーっとっと、あんま暴れんなよ。女の子を殴るのは好きじゃない」

 暴虐の主、ジョルジュは暴れる渡辺を力づくで抑えつける。
  _
( -∀-)「ったく、バッチ失くした時に拉致ってりゃあ、こんな手間取ることもなかったんだよ」

从;ー;从「んんんっ?!」

 ふらふらと頼りない足元を引っ掛けられ、無理矢理に柔らかい絨毯へと押し倒される。
 まるで何が起こっているのか彼女には理解できない。どうして、どうして自分がこんな目に。
 気付いた時には、既に口を塞ぐ手が離れている。しかし、ジョルジュは次に制服の襟に手をかけていた。
 叫びが漏れる前に、怖気が背中を走る。

 引き裂かれる胸元。

55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:54:15.27 ID:WigS7Lgr0


从;ー;从「いやあああぁぁぁ!!」


 甲高い悲鳴が弾けた。

 何もかもが分からない。混乱と恐怖でぐるぐると渦巻く頭では、もうまともな考えは浮かばなかった。
 ただがむしゃらに手を前へと突き出し、声の限り叫ぶことしかできない。
 こじ開けられたブレザーのボタンは千切れ飛び、破られたシャツからはピンク色の下着が覗く。
 髪に括ったチャームポイントの赤いリボンも、今は無残に解けるばかりだ。乱れた髪が痛々しい。

从;ー;从「やめ、て、やめてください、何で、何で! 私は何も、何で、どうして? う、うぇ、う……」

 言葉もまともに紡げない。舌がもつれる。
 両手で胸元を隠し、涙でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませる彼女は訴える。
 ビコーズ、トソン、ジョルジュ、そしてロマネスクは、その様子をただ黙って見つめているだけ。
 彼らの眼には明確な感情が浮かんでいない。それが何より恐ろしい。

56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/08(月) 23:57:02.90 ID:WigS7Lgr0

从;ー;从「いや、どうして……どうしてこんなことを……?」
  _
( -∀-)「可哀相にね。恨むならハインリッヒ高岡を恨むんだな。巻き込んだ張本人は奴に違いない」

从;ー;从「ふぇっ?!」

 馬乗りになって彼女を押さえ付けていたジョルジュが、おもむろに立ち上がる。
 つまらなさそうな顔をぶら下げる彼と入れ替わりに、今度はロマネスクは近づいてきた。
 ずいと乗り出されたその顔は、渡辺の泣き濡れるそれに肉薄する。

 眼が、光っている。

 頭の回らなくなった彼女に、分かるのはそれだけ。
 皮手袋に包まれた手が、顎を捉える。動けない、物理的にも精神的にも。

58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:00:08.98 ID:jFpuLWzL0

( ФωФ)「――怖いか?」

从;ー;从「い、いや……お願いします、このことは誰にも……」

( ФωФ)「発汗し、動悸の音が速くなり、視線が泳ぎ、全身が震えている。汗の臭いも変わった」

从;ー;从「あ、あぁあ、あぅ、あ……」

( ФωФ)「お前は今、間違いなく『恐怖』している」


 優しく頬を撫でられた。


( ФωФ)「救われたければ私の眼を見ろ。お前に出来るのはそれだけだ」


60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:03:24.48 ID:jFpuLWzL0

 ロマネスクの瞳が波立つ。

 水面に雫が落ちたかのように、小さな波紋が瞳の中を震わせていた。
 やがて波紋は大きな波になり、流れになり、無限の海へと拡散していく。渡辺は目を離せない。
 包まれる。大きな――遥かに大きな存在に自身が取り込まれていく。
 身体も、心も、精神も魂も全て。

从 ー 从「あ、あぁあ、あ、あ――……」

 崩壊の感覚。
 自身の中にある全てのものが、砂の城のように崩れて行く。
 彼女に出来るのは、ただ哀れな呻き声を上げることだけだった。

( ФωФ)「抗うな。受け入れろ」

61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:06:09.72 ID:jFpuLWzL0

 最後の一言を耳元で呟かれた瞬間、渡辺の意識はブラックアウトした。
 深い深い闇の中へと、墜ちて行ったのだ。

 少女は力なく崩れ落ちる。

 脱力した身体は、絨毯の上で音もなく横たわった。
 手折られた花が無残にも、大地へと投げ捨てられるように。その姿は儚い。

( ФωФ)「ビコーズ、運び出せ」

( ∵)「承知しました」

 三人が入室してから石のように黙りこくっていたビコーズが、初めて反応を示す。
 まるで声がかけられるのを知っていたかのようだ。

( ФωФ)「それと、随分と大掛かりな法螺を吹いたようだな。心は痛まなかったのか?」

( ∵)「……悪い御冗談です、会長」

62 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:09:03.23 ID:jFpuLWzL0

 そう、全ては嘘。

 彼女はまんまとこの場所におびき出された、哀れな獲物だった。
 無論、彼に罪悪感など存在していない。あくまで、命令に従い動くまで。それがビコーズの理論。

 やがて彼は、ぱちんと指を鳴らす。
 程なくして扉が開かれ、再びの光。それを背に現れたのは二名の風紀委員。
 相変わらずの仮面が不気味な連中である。気配も、感情も、そこから感じ取ることは一切できない。

( ∵)「運び出しなさい。ただし女性です、あくまで丁重に」

( 風)「了解しました」

 丁寧に一礼。
 するすると音もなく渡辺に近づき、抱え上げる。
 気絶しているとはいえ、彼女に二人掛かりもいらないらしい。一人が彼女を運び出し、もう一人が付き従う。
 開け放たれた扉の前で振り返り、再び頭を下げた。

64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:12:07.83 ID:jFpuLWzL0

 意識を失った渡辺が運び出され、一時の静寂が戻った生徒会長室。

 真っ先にそれを破ったのはトソンだった。

(゚、゚トソン「しかし解せません。ここまでする必要はあったのでしょうか」

 あからさまに不機嫌、不服の態度を現わした目。

(-、-トソン「車だってタダではないんです。それをたかが文化部一人の回収に使って……、またミセリが泣きますよ」
  _
( ゚∀゚)「仕方ねーだろ。アクシデントさ。ハインリッヒ高岡があそこまで的確に動くなんて、予想もしてなかったことだ。
 直接自宅に踏み込みでもしてみろよ。事態が露呈して、俺達の計画はその時点でおじゃんだ。慎重になって損はねーさ」

(゚、゚トソン「なら放置しておけば良かったものを……。こうも邪魔をされて、まだ『ヒート軍団』を野放しにするおつもりですか?」

65 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:15:57.55 ID:jFpuLWzL0

 彼女はデスクに悠然と腰掛けるロマネスクへ、意見を仰いだ。
 だが彼はあくまで静かに、落ち着いた声で返すだけ。一切の焦りも動揺も、そこには存在しない。

( ФωФ)「確かに、余計な手間を取らされたのは気に食わない。が、我々が動くわけにもいかん」

(゚、゚トソン「ではモララーに全員処理させれば……」

( ФωФ)「トソン、勘違いをするなよ。モララーの役割は篩(ふるい)だ。より良き餞別のための、な。
 それに結構ではないか。直接刃向かって来なければどうということはない。戦いたいだけ戦わせてやろう」

 こつ、こつ――と。
 机上を一定の感覚で叩く、長い指。
 革の手袋に覆われたそれは、しなやかな動きでリズムをとり続ける。

( ФωФ)「要は、最後に一人だけ生き残ればいい。先の娘はそのためにも、後々必要となるカードだ」

66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:19:19.87 ID:jFpuLWzL0

(-、-トソン「……承知しました。出過ぎた物言いをして、申し訳ございません」

 深々と頭を下げるトソン。
 だが、その表情には本当の意味での納得は浮かんでいない。

 静まり返った場の空気を変えようとでもしたのか。
 ジョルジュは無理に明るい声を作り、ビコーズへと振り返る。
  _
( ゚∀゚)「おう、そういやぁ話題にも上がっているそろばん係は今何してるんだ? 姿が見えねーけど」

( ∵)「ミセリさんならゼアフォーの活動に付き合って、隣のラウンジ市まで遠征中です」
  _
( -∀-)「たぁーっ。またレストラン潰しかよ。ウチの予算を締め付けてんのは、実際ゼアフォーの食費が主なんじゃねーの?」

( ∵)「部費に加え、生徒会の援助もあってやっと足りるものですから。一応言い聞かせてますが、本人は満足しないでしょうね」

68 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:22:03.12 ID:jFpuLWzL0

 ジョルジュの溜め息が漏れる中、ロマネスクは立ち上がり、デスクの背後の窓に臨む。
 するすると音もなくカーテンが開かれ、眩しい陽光が舞い込んできた。

( ФωФ)「ともかくだ」

 振り返る彼が浮かべる怪しい笑み。逆光の中でも爛々と輝く瞳。

( ФωФ)「武喝道も既に中盤に差し掛かった。だが計画に揺るぎは在ってならないもの」

 ――これからも各自、尽力してくれ。

 静かにビブラートする魔性の声は、淡々とそう述べる。
 居並ぶ者たちもまたあくまで静かに聞き入っていた。
 そうして三者三様に、彼らはこの魔王に付き従う覚悟を改めて確認するのだった。

71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:25:44.26 ID:jFpuLWzL0

 * * *


(;゚ー゚)「えー? 今現在で、チームを組んでる連中がどれだけいるか教えろって?」


 相変わらずの白いセーターがチャームポイント。活発そうな明るい茶髪のショートカット。
 二年、新聞部部長しぃは素っ頓狂な声を上げる。人気もない廊下に、声はよく響いた。
 彼女に対面するのは、両手を合わせてヘッドバンキングの真っ最中であるヒートだ。
 その他、祝勝会を終えたヒート軍団の面々もまた揃っている。

ノパ听)人「頼むよぉおお! この前スリーサイズまで教えてあげたじゃん! ギブミー!」

('Aメ)「スリーサイズって。お前、随分恥知らずなことしてるな」

(;゚ー゚)「いやねー、ヒートちゃん。あれは上位ランカーの情報とか、『凶星』の顔写真とかで帳消しよ」

ノハ;゚听)そ 「ひでぇ! そりゃねーよお!」

73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:28:16.57 ID:jFpuLWzL0

(*゚ー゚)「お生憎さまー。それとさ、ウチの妹のでぃちゃんを知らない? 朝から姿が見えなくってさ」

ノハ;--)「そんなの知らねーよおお……」

 しなしなと落胆するヒートの尻を踏ん付け、後ろでふんぞり返るのはハイン。

从 ゚∀从「現金な話だが、ギブアンドテイクの考えは当然ちゃあ当然だ。だが、それなら話は早いぜ。
 こちとら『凶星』をブッ潰して大躍進中――その鬱田ドクオが率いるヒート軍団だ。ネタはたっぷりある」

 キラリと瞳を輝かせるしぃ。まさにこの言葉を待っていたらしい。
 すかさず手提げからマイクを引っ張り出し、ずいずいとドクオの横っ面にそれを押し付ける。

(*゚ー゚)「お! さっすが高岡さんね、話が分かる! というわけで交換条件、鬱田君のインタビューを所望するわ!」

(;'Aメ)「ちょ、痛いんですけど……」

(*゚ー゚)「で、すっかりヒーロー兼みんなの標的になった今のお気持ちは? 闘いを制したものはやっぱり愛? 勇気?
 今まで無名も同然だったものね、有名になって戸惑う気持ちも分かるわ。それも思いっきり吐き出して頂戴、さあ!」

75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:31:11.82 ID:jFpuLWzL0

 止まらないマシンガントーク。
 怒涛のように押し寄せる質問の嵐に、ドクオは質量負けしている。
 これでは、ショボンの繰り出してきた鉄球の方がマシな気もしてくるだろう。

(;'Aメ)「え、えぇと、その……」

从 ゚∀从「バッカ、素直に答えてどーする?」

 しどろもどろになるドクオの襟首を引っ掴み、無理矢理にしぃから引き剥がすハイン。
 どうやら彼女には、最初から仲間の情報を易々と明け渡すつもりはないらしい。

(;゚ー゚)「ちょっとー! 話が違うわ。取材の邪魔しないでったら!」

从 ゚∀从「甘いぜ新聞部。こいつの四方山話を聞きたきゃ、まずは先にそっちの持ってる情報を寄こしな。
 別段急いでいるわけじゃねーが、いつまでも長ったらしい質問攻めを待つつもりはないんでね。さぁ早く!」

77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:34:02.08 ID:jFpuLWzL0

(;゚ー゚)「ひどーい! 何がギブアンドテイクよ! それならこっちだって、インタビューさせてくれるまで情報提供はしないんだから!」

从#゚∀从「いい根性してるじゃねーか、パパラッチ。お前はさっさと知っていること全部、吐きゃあそれでいーんだよ! コラ!」

ノハ;゚听)「何かお前、さっきの私より酷いこと抜かしてるぞ……」

('Aメ)「鬼畜この上ないな」


 ハインとしぃが面を突き合わせて口論している最中。


川 ゚ -゚)「――――っ」

 クー、そして――

ミ,,゚Д゚彡「ん…………?」

 フサギコの二人だけは鋭敏にその気配を感じ取っていた。

79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:37:14.21 ID:jFpuLWzL0

 東校舎二階、二年の教室が集中するフロア、その廊下の途中。
 L字型の構造のため、廊下の向こう側は死角となる。とは言え、廊下には窓があるのだ。
 内側へと向いたそれらは、昼ならば曲がり角の向こうにいる人影も易々と見えるもの。

 影が見えたのだ。三人。背丈から見ても全員、男。

 クーは音もなく近づくと、フサギコに耳打ちをする。


川 ゚ -゚) (フサギコ、お前は気付いているようだな)

ミ,,゚Д゚彡 (うむ、あれは敵か? ヒートはまだ気付いていないようだが)

川 ゚ -゚) (お喋りに夢中で気が散っている。直に気付くだろうが……少しマズイな)


81 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:40:07.14 ID:jFpuLWzL0

 加えて土曜日――今日は授業がない。
 それはまた武喝道も同じ。週末を除いた七日間、ルールではそれが設定された期間なのだ。
 言わば今日と明日は、期間の半分まで生き延びた者たちへ提供された休息の時。週明けに再開するであろう、激闘のための骨休め。

 ならば、そんな時に校舎をうろついている人間とは何者なのか。

 教師がわざわざ無人の学び舎を闊歩する必要はない。仕事や作業は職員室で事足りる。
 一般の生徒が学内にいたとしても、確かにおかしなことはないだろう。しかし、このタイミングは異常。

 何故なら逆方向――廊下の突き当たりにある階段の踊り場。

 そこから複数の足音を感じ取れたからだ。


川 ゚ -゚) (反対側からも敵が来ている。挟まれたようだ)

ミ;,,゚Д゚彡そ (――何っ!?)


82 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:43:03.57 ID:jFpuLWzL0

 言うや否やだ。
 窓側の敵の一人が走り出す。
 同時に階段の足音も早まった。示し合わせたかのような、同タイミングのスタートダッシュ。

ノパ听)そ 「……おい? 何か、近づいて来ないか?」

(*゚ー゚)「へ?」

 やっと気付いてくれたらしい。ヒートが眉根をぴんと跳ね上げ、周囲を見回す。
 だが彼女の動きはワンテンポ遅かった。
 既に窓側にはフサギコ、階段側にはクーが立ち塞がり、固く構えている。

川 ゚ -゚)「遅いぞヒート、敵襲だ。だが逃げ場もない、ここで迎え撃つ!」

('Aメ)そ 「マジかよ!?」

ミ,,゚Д゚彡「来るぞ!」

 戦闘態勢に入った両名が、今か今かと筋肉を絞り上げ、飛び出すタイミングを待つ。
 まさにほぼ同時、二人の敵は対極から飛び出してきた。

85 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/06/09(火) 00:46:04.04 ID:jFpuLWzL0


( ゚∋゚)「HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


(,,゚Д゚)「ゴラァアアアアアアアアアアアアア!!!」


 雄叫び。

 安息の時を打ち破る、それは高々と廊下へ響き渡った。

第十六話・終


戻る 次へ

inserted by FC2 system