ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

3 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:41:15.25 ID:I5nn/Z6YO


川;゚ -゚)「……くそっ、油断したな」


 顔をしかめ、痛みを耐える少女。
 震える右の腕には突き刺さるカーボンの矢。痛々しい。
 流れる血の量は多くはないが、ドクオは息を呑まざるを得ない。

(;'Aメ)「クー、しっかりしろ。幸い東校舎だ、保健室がある」

 歩けないわけではないが、ドクオは彼女を抱えたまま走る。
 暗い中、普段の地理感覚で廊下を進んだ。今、優先するべきはクーの治療。

川;゚ -゚)「ドクオ、いい。降ろしてくれ。腕以外は無傷だ。私も走れる」

4 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:43:30.09 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「揺れると痛いだろ。いいよ、このままで」

川 - )「……すまない」

 ドクオの腕の中で力なく項垂れる。

 彼女の心を締め付けるのは、情けなさの一手。
 敵の奇襲に対する仕方なしの対処とはいえ、自ら味方を分断する形になってしまった。
 その上、逃げ遅れて負傷し、味方の足を引っ張っている。

川 - ) (普段は偉そうなことを抜かしておいて、情けない。ドクオの方がもっとしっかりしている……)

 歯痒い思い。

5 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:46:14.24 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「――あった。保健室、間違いない」

 自身の記憶と、暗がりの中で見える表札の文字を見比べて、ドクオは安堵の息を洩らす。

('Aメ)「ラッキーだ。伊藤先生、鍵を閉め忘れてる」

 クーをそっと床に座らせ、中を窺う。
 薬品独特の香りと、立ち込める暗闇。人の気配はない。伏兵はいなさそうだ。

('Aメ)「入ろう、クー。まずは傷を手当てしなきゃな」

川 ゚ -゚)「あぁ……わかった」

 自ら立ち上がろうとするクーを補助しながら、ドクオも共に保健室へと滑り込んだ。

6 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:48:53.77 ID:I5nn/Z6YO

ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第十九話『少女英雄譚』

8 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:51:35.07 ID:I5nn/Z6YO

 * * *

ノパ听)「クー姉ぇ……ドクオ……っ」

 ヒートは終始落ち着かない様子だ。

 正面玄関をブチ破って侵入した後も、フサギコが周囲を警戒している間も。
 ぶつくさと二人の名を繰り返しては、爪を噛む。

ノハ--)「くそーっ……厄介なことにー……!」

ミ,,゚Д゚彡「ヒート、少しは落ち着け」

 傍から見れば随分と焦っているように見えたらしい。
 一先ず敵の気配はないと見たフサギコは、気を落ち着けさせるためにも一発、軽く彼女の背を叩く。
 食って掛かる少女の瞳は、珍しく動揺に揺れていた。

10 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:54:14.36 ID:I5nn/Z6YO

ノパ听)、「落ち着いていられるかよ。見ていなかったのか!? クー姉ぇ、矢が刺さって――」

ミ,,-Д-彡「分かっている。だが二人が逃げ込んだのは東校舎だ。保健室もある。ある程度なら手当ても出来るだろう」

ノパ听)、「……でもっ」

ミ,,゚Д゚彡「それより今は分断されていることを心配するべきだ。ドクオは怪我をしたクーがいるし、ハインは完全に孤立している。
 今まともに動けるのは俺達だけだ。あいつらと何とかして接触しなくっちゃあ、敵の思う壺になる。それだけはマズイ」

ノハ--)「――くそっ!」

 一思いに下駄箱を蹴りつける。
 背の高いスチール製の箱が、ぐらりと歪んだかと思うと埃を巻き上げて倒壊した。

 二、三度深呼吸を繰り返し、不満不服を飲み込むヒート。

11 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:56:30.77 ID:I5nn/Z6YO

ノハ--)「これも作戦、なんだろうな」

ミ,,゚Д゚彡「最初っからな。バラけた俺達を各個撃破――ムカつくが、確かに効果的だ」

 学園は広い。

 一言に仲間と接触すると言っても、決してドア一枚なんて距離ではない。かなりある。
 そうなれば間違いなく、その途上で敵は待ちかまえているだろう。
 いや、待っているなんて考えは甘いのかもしれない。
 もしかしたら今まさに、この場所へと向かって来ているかもしれないのだ。

ミ,,゚Д゚彡「何より心配なのがハインだ。戦う術もないあいつじゃあ、敵と遭遇すれば即やられちまう」

ノパ听)「行くのか?」

ミ,,-Д-彡「あぁ、すまんな。お前はドクオ達と合流できるか?」

12 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 00:59:23.23 ID:I5nn/Z6YO

ノパ听)「……あぁ、うん」

 ちらり。

 一瞬だけ、ヒートの視線が明後日の方向に向けられる。
 釣られて見るフサギコ。しかし、そこは階段の踊り場、月明かりも無いそこは完全な闇。

ミ,,゚Д゚彡「…………?」

ノパ听)「……分かった。フサは西校舎、私はこのまま東校舎に向かう。それでオッケー?」

ミ,,゚Д゚彡「あ、あぁ。分かった」

ノパ听)「じゃあ早く行こうぜ。モタモタしていたらハインたちがヤバい」

13 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:01:37.65 ID:I5nn/Z6YO

 追い立てるように。
 ヒートはフサギコの大きな背中をぐいぐい押すと、西校舎の渡り廊下方向へと進ませる。
 フサギコはその行為に一抹の疑念を覚えた。

 普段は我先にと走り出す暴走気味の彼女が、他人を先に行かせるなんて。

ミ;,,゚Д゚彡「…………ヒート?」

 眉根を潜め、彼女の表情を窺う。
 既に、焦燥は消えていた。その代わりに浮かぶのは、闘志に満ちる勇ましき面持ち。

ノパ听)「フサ、すまん。確かにお前の言う通り、ちょっと冷静になるべきだったわ。
 クー姉ぇは怪我してるけどドクオがいる。まだ安心だ。でもハインは弱っちいし、今一人ぼっちなのは余計マズイ」

ミ,,゚Д゚彡「…………」

15 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:04:10.25 ID:I5nn/Z6YO

 ヒートの全身に緊張が走っているのが、不思議と見た目からでも分かった。
 今何か起きようとも、すぐさま対応出来るくらいに神経を張り詰めている。空気を震わせる威圧感。

ミ,,゚Д゚彡「既に……いるのか、ここに?」

 ヒートは問いに頷かない。

 ただ、強く言い放つのみ。

ノパ听)「行ってくれ! 『ここ』は私に任せて、早く!」

 フサギコはもう一度踊り場に目をやる。
 確かに、彼はそこに何者の気配も感じ取れはしなかった。
 だが、真っ直ぐに投げかけてくるヒートの目には嘘はない。

17 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:06:24.50 ID:I5nn/Z6YO

ミ,,-Д-彡「……無茶はするなよっ」


 振り返らずに走り出す。


ノパ听)「私に無茶するなって……そりゃ息するなって言ってるようなもんだろ」

 彼が真っ直ぐ走って行くのを見送り、自嘲めいた笑みを洩らすヒート。

(   )「貴様の選択は利口ではないな」

 次いでホールに響いた、狼のように鋭く重い声。
 ヒートの背後、中央階段踊り場、フサギコが目を凝らしていた場所。
 そこには、いつの間にか人影がある。
 闇を人型に切り抜いたかのように、誰かが存在している。

20 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:09:28.68 ID:I5nn/Z6YO

ノパ听)「普段から頭良く生きてきたつもりはないんだけどな」

(   )「いつから気付いていた?」

ノパ听)「話している最中。フサは最後まで気付かなかったみたいだけど」

(   )「……なるほど。完全に気配を殺したつもりだったのだが……まだまだ未熟ということか」

 暗闇で微かな光を反射する額。さっぱりと見事なスキンヘッドだ。
 傍らの槍は凶悪に、そのシルエットを落とす。


( ゚д゚ )


 槍術部部長、『壱の槍』ミルナ。


 ヒートは振り返らずに、声に覇気を漂わせながら答えた。


22 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:12:10.74 ID:I5nn/Z6YO


ノパ听)「変な奴だな。私とフサの二人を足止めすれば、各個撃破の作戦的には花マルなんじゃねーの?」

( ゚д゚ )「確かに奴を逃したのは失態かもしれん。が、貴様ら二人を相手に快勝できるとも過信していない」


 かつん。

 一歩、階段を降りる。


( ゚д゚ )「それに依然、問題はない。貴様を倒して後を追えば事足りる。他のメンバーも間もなく追撃に入るだろう」

ノパ听)「ムカつく。私を倒せるなんて思ってたら大間違いだぞ。過信どころか、勘違い甚だしいな」

( ゚д゚ )「安心しろ、『熱血喧嘩屋』。俺は充分に貴様を危険視している。セントジョーンズは違うらしいがな」


23 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:14:27.28 ID:I5nn/Z6YO


 かつん、かつん、かつん。


( ゚д゚ )「貴様の相手は俺自らが志願した。他では役不足になる。故に全力だ。全力で排除する」

ノパ听)「何だか買ってくれているのは嬉しいんだけどよー」


 だらりと下げた腕。しかし、拳はギリギリと握り締められている。


ノパ听)「……お喋りはそれまでにしようぜ、『壱の槍』」


 言ったと同時に階段を降りる音が消える。

 ミルナが降り切ったのだ。


25 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:17:08.33 ID:I5nn/Z6YO


( ゚д゚ )「こっちを見るな、素直ヒート」


 今、ヒートの背後に彼はいる。すぐそば。息もかかる距離。振り向いたそこに。


( ゚д゚ )「こっちを見れば、貴様は苦しみ抜いて敗北することになるぞ」


 彼女は振り返った。

 構えるは鉄の拳、携えるは炎の魂。


ノハ#゚听)「がぁあああおおおおお――っ!!」

(#゚д゚ )「じゃああああああああああああ!!」


 拳撃と槍撃が絡み合う。

 戦が始まった。


27 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:19:46.15 ID:I5nn/Z6YO

 * * *


从;゚∀从「はぁ……はぁ……はぁ……、くそ、くそ、やられた……!」


 息を切らし、平たい胸を上下させ、頬を紅潮させ、崩れ落ちる。

 西校舎一階、こじ開けた玄関。そこにあった掃除ロッカーの影。
 彼女は腰を下ろし、消耗した体力の回復を図っていた。同時に考えてもいる。

 今の自分が、どれほど絶望的な状況にあるかということを。

从;-∀从 (装備も無い、味方ともすぐには合流できねえ。どうする……このままじゃすぐにやられるっ!)

 物陰から首を伸ばし、辺りを窺う。
 重苦しい闇の中で、耳に出来るのは自分の息遣いのみ。人の気配は、とりあえずは無いらしい。
 とりあえずは、だ。

29 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:22:09.39 ID:I5nn/Z6YO

从;゚∀从 (やってくれるぜ、セントジョーンズ。まずはオレを叩き潰して、統率を崩すのが目的か)

 まずは司令塔の撃破――常套手段だろう。

从;-∀从 (まぁ……オレでも、同じ立場ならそうするだろうな。しかし連絡手段も無いんじゃあ、どっちにしろ分断された時点でアウトだ)

 呼吸が落ち着いてきた所で、そっと這い出る。
 出来るだけ姿勢を低く、音を立てずに、物陰から物陰へと。
 明かりは少ない。足元、背後、前方と様々な場所を警戒する。

从;゚∀从 (一番近いのはフサギコたちだ。このまま校舎を抜けて、渡り廊下まで行けば何とかなる。だが少し遠い……)

 一番良い状況は、自分が中央校舎に向かっているのと同時に、フサギコかヒートのどちらかも合流を図ろうとしていること。
 実際はフサギコがこちらへと向かっているので、この行動は吉と出ている。
 だが、敵のインターセプトは否めない。

30 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:24:27.50 ID:I5nn/Z6YO

 故に彼女は、移動に細心の注意を払っているのだ。

 物音一つが命取りになる、極限状態。

从;゚∀从「…………」

 曲がり角に至る。
 背後を頻りに気にしながら、息を殺し、そっと顔を覗かせる。
 長い廊下の向こう。水を打ったように静まり返ったそこに、人影はない。

 ここはまだ安全――そう思った矢先だ。

 ぬぅっと、這い出る影。

从;゚∀从そ 「――――っ!」

 驚きに息が止まりそうになる。
 口から飛び出しかける心臓を抑え付け、首を引っ込める。

32 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:27:08.85 ID:I5nn/Z6YO

 冷や汗に額を濡らしながら、もう一度角から様子を窺った。
 廊下の向こうに死角があったらしい。のっそりのっそりと、こちらに向かってくるシルエット。
 そのずんぐりとした体躯は見覚えがあった。


( ´∀`)「どこにいるモナー? ハインリッヒ高岡ー!!」


 芯まで震える大声。
 柔道部部長、『考える柔術家』モナーはのしのしと夜の空間を闊歩していた。
 教室の窓ガラスを叩いては中を検め、声を張り上げて威圧する。

 闇の中、発光するようにボゥッと浮かび上がる、白い柔道着は不気味の一言。

( ´∀`)「モナモナモナ、いるのは分かっているモナ。痛い目に会いたくなければさっさと出てくるモナ!」

34 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:29:32.38 ID:I5nn/Z6YO

 彼は追っ手。
 ハインを捕まえ――あるいは痛め付けるために放たれた刺客。
 格闘系の部活において、おそらくかなり優秀の部類にあたるであろう、柔道部部長の肩書き。

 飛び道具も無い彼女には、最悪の相手だ。

从 -∀从 (んなこと言われて誰が出ていくかよ、ボケッ!)

 胸の内で悪態を吐きながらも、辺りを見回す。
 探しているのは武器の代わりになる物。無論見つけた所で、モナーを倒せるとは彼女自身も思ってはいない。
 しかし生き残るためには、馬鹿のように突っ立っている訳にもいかないのだ。

从;゚∀从 (相手は柔道部、リーチは短い。必要なのは隙を作ることだ……)

36 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:32:09.17 ID:I5nn/Z6YO

 このままこの場に留まっても、いずれ見つかる。完全に身を隠せる場所はない。
 かと言って今来た道を戻ることもできない。

 突破し、渡り廊下へ向かうしかないだろう

 咄嗟に目に映った消火器を手に取る。覚悟は決めた。
 今更、躊躇や恐れは無用のもの。深呼吸を繰り返し、繰り返し。

 そして出来るだけ大きな声で、吼える。


从 ゚∀从「どけ――っ! デブ野郎ぉ――!!」


 白衣をはためかせ、飛び出た。


38 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:34:34.12 ID:I5nn/Z6YO

( ´∀`)そ 「モナっ!」

 予想通り、一瞬だが敵は動揺してくれた。

 モナーにとっては意外な行動だ。
 彼としては、どこかに隠れ、怯えている彼女を追いかけてやろうという腹積もり。故に視線が追うのは、自然と物影や死角。
 それがまさかの真正面。勇猛果敢にもハインが突撃してくるなど、思いもよらなかったことだった。

 しかし、あくまで油断はない。

( ´∀`)「いい度胸だモナ! 捻り潰してやるモナ!」

 廊下のド真ん中に陣取り、太い腕を目いっぱい広げる。
 例え、どこに突っ込もうと組み止められるだろう広々とした構え。熊手のように、全てを絡め取ろうとする。

40 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:37:15.63 ID:I5nn/Z6YO

从#゚∀从「うぉおおぉぉおおおっ!!」

 ハインは安全ピンを投げ捨て、ノズルを前方へ。
 減速も無しに真っ向から突撃。同時に白煙をブチまける。

 漆黒の闇に、濁った白色が拡散した。

(; ´∀`)「モナ?!」

从 ゚∀从「…………っ!」

 視界がアウトになるのは互いに同じ。
 条件が良いとするならば、次の一手を既に考え付いていたハインだ。
 両者の間に吹き荒れる消火剤の濃霧。

 その中へ飛び込むと同時に、左足元へ空となった消火器を投げつける。

 派手な金属音を立て、床を跳ねた。

42 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:39:32.62 ID:I5nn/Z6YO

( ´∀`)「そこかモナっ!」

 完全なホワイトアウト状態で、視覚は頼りにならない。
 反射的に、音のした方へと意識が向く。素早いステップに、彼が伸ばすのは右腕。

 しかし、大きな手が押し潰し、捉えたのは『はずれくじ』。

( ´∀`) (これは消火器!)

 感触は鉄の塊。
 刹那、左脇腹を掠めていく布の感触。白衣だ、ハインの白衣。 

( ´∀`)「逃がさないモ――」

 伸ばす左腕。
 長く太い腕は、相手を掴めばそう簡単には逃がさない。触れられたらその時点でアウト。
 しかし、一瞬の差がハインを救う。モナーが音に反応し、右へと半歩進んでいた故。
 ほんの僅かだが、彼女は敵の間合いの外を走っている。

43 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:42:27.25 ID:I5nn/Z6YO

(#´∀`)「モナァァアアア!!」


 指先を白衣がスリ抜けていった。


从;゚∀从「へっ! 案外何とかなるもんだな!」

 軽くガッツポーズ。

 短い歩幅を目一杯に広げ、白煙から飛び出るや否や加速する。
 距離は稼げた。文化部の己に期待できる運動量でも、渡り廊下まで逃げきることは充分に可能。

从 ゚∀从 (オレ一人に、追手を二人も寄こすとは思えねえ。トロい柔道部に追いつかれなきゃあ生き延びれる!)

 廊下に足音を木霊させ、駆ける。
 あとは真っ直ぐに走るのみ。

45 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:45:12.01 ID:I5nn/Z6YO

( ´∀`)「…………」

 しかし、何かがおかしい。

从;゚∀从「――――っ?!」

 背後、一瞬振り返るそこでモナーは歩いている。悠然とだ。
 追いかけようとする素振りがまるで見られない。ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めるのみ。
 怪しい――という言葉では片付けられない。異常。

 戦場において、彼の行為は余りに突飛。

 そのお陰だろうか。
 一瞬の不安を覚えた彼女が気を散らし、白衣の裾を踏み付ける。

从;゚∀从「うわっ、と!」

47 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:47:58.30 ID:I5nn/Z6YO

 派手にすっ転ぶ。
 横転しながら、突如として走る膝の痛みに気付いた。
 壁にぶつかり止まった頃には、抱える膝の皿が真っ赤に擦り剥けている。
 鈍痛がしくしくと神経を消耗させた。迂闊の一言。

从;-∀从「くっ……くそ!」

 本日何度目か分からない悪態を吐いた、その時だった。


 窓ガラスが吹き飛ぶ。


从;゚∀从そ 「――――っ!」

 余りの突発的な事態に声も出せず、咄嗟に腕で頭を庇う。
 華奢な腕の上を、細かいガラス片がさらさらと打った。
 辺りを見回せば、反対側の壁に跳ね返るのは矢。竹製の表面が凶悪に、その身を照り映えさせる。
 仰ぐ窓ガラスは砕け散っており、向こうには濃厚な闇が広がっていた。

49 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:50:56.85 ID:I5nn/Z6YO

 敵がどこにいるのかは定かではないが、矢の種類から正体だけは知れる。

从;゚∀从「流石兄者……っ!」


 狙撃だ。


 矢の飛んできた方向から見て、対面の東校舎から狙ったのだろう。
 しかし東と西校舎、そこに何メートルの距離があると思っているのか。
 五十や六十なんてものではない。軽く二百かそれ以上はある。この闇の中、目視では人影の片鱗すら確認できない。
 だというのに、屋外から僅かな光も無い室内へ狙撃。想像だにできない、恐ろしい視力。
 偶然につんのめっていなかったら、危うく大怪我をしていただろう。

从;゚∀从 (デブが深追いしなかった理由はコレか……)

50 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:53:36.40 ID:I5nn/Z6YO

 痛む足を引きずり、出来るだけ窓の死角を這い進む。

( ´∀`)

 背後を見れば、モナーもすこしずつ前進を始めていた。
 さすがに、彼が窓辺を移動している時は兄者も狙撃はしてこないだろう。
 しかし、退路を断たれたのは事実。

从;-∀从 (これ以上前に進めない……! 渡り廊下への道は敵に狙撃される! 残った道は――……)

 懸命に這って這って、辿り着いたのは廊下中腹にある階段。
 ちょうど窓の死角に入った場所だ。上階に逃げることだけが、今のハインに開かれた道。

从;゚∀从 (だがジリ貧! 二階の渡り廊下も使えない上、デブの追跡で後戻りもできねぇ!)

 予想を外された、まさかの二人掛かり。

51 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:55:05.96 ID:I5nn/Z6YO

 追い詰められ、追い詰められ、結局は追いつかれる。
 流石兄者はあくまで牽制役。実際問題、敵の視界に収まらないよう移動するのは意外と可能だ。
 先の狙撃は、『捨て鉢になって渡り廊下を突っ走れば、お前の身の保証はない』という脅し。

从 ∀从 (今日ばっかりは予想だにしねーことばっかりだぜ……ちくしょうがっ)

 ハインを仕留めるのは、あくまでモナーの役目なのだ。

 片足立ちで階段を飛び上っていく彼女の背後へ、追跡者が吼える。

( ´∀`)「モナモナモナ、もう分かったモナ? お前に逃げ場はない、おとなしく潰されるモナ!」

从;゚∀从「…………っ」

52 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 01:57:40.89 ID:I5nn/Z6YO

 今はどうすることもできない。
 ただ逃げるしかないのだ。ひたすらに、追い詰められるまま。

 悔しさのあまり歯ぎしり。
 耐えられぬ、他人の手の上で踊るしかないという屈辱。

从 ∀从「セントジョーンズ――……」


 ――覚悟しておけ。


 その言葉を奥深くにまで飲み込み、ハインは逃走へと意識を集中した。

54 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:00:08.65 ID:I5nn/Z6YO

 * * *

('Aメ)「クー、痛くないか?」

 掲げられた細腕。
 ドクオは丁寧に包帯を巻き、結ぶ。まるで陶器を扱うようにそっと、慈しみながら。

川 ゚ -゚)「痛いか痛くないかで言えば痛いだろうさ」

('Aメ)「そりゃそうか、すまん」

 保健室のベッドに腰かける彼女は、どこか上の空。
 敵に見つかると厄介なので、電気は点けられない。故に暗闇の中での、手探りの治療だ。
 幸い、それほど手こずる大怪我でもなかったらしい。
 器用に応急処置を済ませると、緊張が解けたのかドクオは一息吐く。

56 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:02:33.29 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「でも骨を貫通してなくてよかった。芯は外れているし、出血もそれほど酷くない」

 彼女の腕を検めながら呟く。

川 ゚ -゚)「……傷は残るかもな」

('Aメ)「ごめん……俺達が暢気にしていたせいでクーに迷惑をかけたんだよな。謝るよ」

川 ゚ -゚)「いや、いいんだ。今更、生傷が一つ二つ増えた所で気にしないよ」

 クー自身も、治療の施された右腕を曲げたり伸ばしたりしている。
 しかし傷口が突っ張ったのか、二三度曲げると苦悶の表情を浮かべた。
 包帯の白地に、滲む赤。

('Aメ)、「無理するなよ」

川; - )「……いい。動かす分には大丈夫だ。もう二度とあんな遅れは取らない」

57 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:05:05.33 ID:I5nn/Z6YO

 言ってみて違和感が募る。
 不自然に頬が緩んだ。無論、良い意味での笑みではない。

 自嘲の笑みだ。

 クーは自身の力に誇りを持っている。
 それは確かなもので、己と言わず他人にも実しやかに認められる事実だ。
 素直クールは強い女。この武喝道の中においても、トップクラスの実力を持っているのだろう。

 しかしだ。
 彼女は人間で、焦りもすれば恐れもする。
 恐怖に身がすくむこともあれば、怒りで前が見えなくなることですらあるだろう。
 彼女は決して数値化された戦闘力の塊ではない。人間だ。
 人間である以上、様々な要素に影響される。

 強さなどという言葉自体、非常に移ろい易いもの。

59 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:07:29.94 ID:I5nn/Z6YO

 現に彼女は撃たれた。
 仲間を助ける形で、自身が身代わりとなったから。
 それはそう、決してクー自身に向けられた凶弾ではない。当たるはずの無い軌道だったのだ。

 だが撃たれてしまった。

 その事実が彼女にとって重大なのだ。

川 ゚ -゚) (間抜けなものだ。集中していれば避けられる速度だったというのに)

川 - ) (所詮小娘、まだまだ粗があるというわけか……)

 求めるのは際限なき練磨。
 自他共に認めるトップクラスの肩書きも、満足には値しない。
 彼女の目的はそれこそ、永遠に終わりの無い成長の世界を歩み続けることのみ。

61 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:10:08.59 ID:I5nn/Z6YO

 しかし、鋭く尖っていくにつれ、脆さもまた増すことを彼女は知っている。

 一つ一つ強さの段階を上がる度、代わりに何かが薄く、弱くなる。
 それは腕力、脚力、瞬発力、膂力――どれとも違う。筋肉ではない。体力でもない。

 もっともっと深くにある、さしずめ『心』の奥底にあるものだ。

 それは確かに擦り減っていっている。

川 - ) (強く在り続けなければならない。どんなに辛く、険しい道でも)

 自分のためではない。彼女が己を鍛え続ける理由、それは偏に――

62 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:12:39.75 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「クー……」

 ドクオは肌で感じる。
 ショボンと戦った時、ヒートが強敵を前にした時。同様に感じる、これは狂気なのか。
 クーの全身から噴き上がるようなそれも、彼らと酷く似ている。だが、また違ってもいた。

 静かな震え。

川 ゚ -゚)「どうした? もう行くぞ、敵は待ってくれない」

('Aメ)「え、あ、ちょっと――」

 クーはいそいそと歩み出し、既にドアにまで手をかけていた。
 どこか語気も荒い。咎められる時と似た声色。
 彼女にしては珍しいことだった。あの冷静沈着なクーが、どこかで焦りを発している。

 このままなのは良くない。
 何が原因なのかははっきりしないが、クーが冷静さを欠いているのは異常事態だ。

64 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:15:36.15 ID:I5nn/Z6YO

 ドクオは意を決し、腹に空気を溜めこむと、彼女の言葉を遮るようにして呼び掛けた。


(;'Aメ)「お、おい、クー……クー姉ちゃん!」


川 ゚ -゚)「――――っ」

 クーが手を止めた。
 半開きになったドアの向こうには、変わらずに濃い闇が漂っている。
 やがて、それはそっと閉じられた。音も無く、ゆっくりと。

川 - )「何だ、ドクオ?」

 背中越しの問いかけ。

('Aメ)「……ちょっと落ち着こうぜ。よくわかんねーけど、焦るのは良くないと思う」

66 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:17:32.37 ID:I5nn/Z6YO

川 - )「私が焦っていると?」

('Aメ)「そうだよ。さっきから何か変だぜ。クーらしくもない」

川 ゚ -゚)「…………」

 後戻り。

 どこか疲れたような足取りの彼女は、ベッドに腰かける。
 表情は芳しくない。怒っているわけでもなさそうだが、決して穏やかなものではない。

川 ゚ -゚)「らしくない――か」

 言葉の意味を噛みしめるように。

川 ゚ -゚)「よく分からんな。私らしさとは一体何だ?」

('Aメ)「え?」

67 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:20:24.00 ID:I5nn/Z6YO

川 ゚ -゚)「ドクオはどう思う? 素直クールらしさとは何なのかを」

('Aメ)「クー……らしさ?」

 ドクオは意味が分からなかった。
 彼女が質問をする理由も、質問自体の意味も。

('Aメ)「クーはクーだろ。頭良くて、強くて、真面目で」

('∀メ)、「それに……び、美人だしな。弱点も無い完璧超人、みたいな」

川 ゚ -゚)「そうか……うむ、他人から見ればそうなるのか」

('Aメ)「……違うのか?」

川 - )「分からないから聞いているっ」

69 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:22:34.83 ID:I5nn/Z6YO

 どこか突き放すような口調。

川 ゚ -゚)「確かに誰よりも合気道に打ち込んでいるし、勉学も日々怠らずに続けている。
 人付き合いだって狭くはない。お洒落だって気にする。これでもファッション雑誌の一二冊は読むんだ」

川 - )「だが分からないよ。『それ』が私なのか? 完璧超人なんて肩書きが、私の全てなのか?」

川 - )「他人から見た外側だけの存在、まるでそれが全てみたいだ。私だって人間なのに、色々考えるのに……」

('Aメ)、「そ、そんな意味で言ったわけじゃ……」

川 - )「他人の評価はいつだって身勝手で、残酷だ。対して考えもせず、私のことを『完璧だ』などとのたまって……」

川 ゚ -゚)「素直クールは最高で、いつだって正解しか選ばない? 間違ったことは一つだってしたことがない?」

川#゚ -゚)「ふざけるな! 私だって人間なんだ。分からないことや間違いだってたくさんあるんだ!」

72 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:25:12.30 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「…………」

川 - )「…………」

 興奮気味にまくし立てた後、ベッドの上で小さく膝を抱える。
 いつも自信と威厳に満ちた彼女が嘘のように、闇の中でうずくまった姿は儚い。

川 - )「……すまない、嫌味を言うつもりじゃなかったんだ」

('Aメ)「クー……」

川 - )「少し、気持ちが乱れた。時間をくれないか。すぐ……すぐ元に戻す」

 グッと膝の頭に顔をうずめ、それっきり口を閉ざす。
 突然の出来事に、ドクオはただ戸惑うばかりだった。少し、ほんの少し彼女の空気を変えるだけのつもりだったのに。

73 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:27:33.00 ID:I5nn/Z6YO

 彼女が抱えているものは、重い。

 優秀であるが故の、周囲からのプレッシャー。衆目に対するコンプレックス。
 おそらく先の狙撃が切っ掛けになり、溜めこんでいた感情が爆発したのだろう。彼女に非は無いというのに。
 そんな混沌の中では、自分は何者なのか分からない。
 その怒りと悲しみは、あまりにも理不尽で哀れなものだ。

('Aメ)「…………」

 ドクオは彼女の隣に腰掛ける。
 深い沈黙の中、彼が語り出すのにそう時間はかからなかった。

('Aメ)「いつだっけな……俺らが小二の時だったか、ちょっと上級生と派手に喧嘩した時があったよな」

川 - )「…………っ?」

75 名前: ◆q2DBIOsk9ijb[>>70 指摘あんがと] 投稿日:2009/06/30(火) 02:30:13.11 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「六年生が十人くらい、俺とヒートを取り囲んで石投げたりとか、棒で突いて来てさ。
 あれは酷かったなー。俺はベソかいてヒートの背中に齧り付いてたし、ヒートはヒートで相手が多すぎてどうしようもなくてさ」

 そんな時だったよな、と続ける。

('Aメ)「颯爽とクーが現れて、手近な奴からポイポイ投げ飛ばしてくれて。覚えてるか? あれは凄かったなー」

川 ゚ -゚)「…………」

('Aメ)「俺もヒートも目が点だったよ。見上げるような背の高い奴まで、人形みたいに放り投げられてたし」

川 ゚ -゚)「……あぁ、あった。確かにあった」

('∀メ)「んで、最後に残ったリーダー格の奴に近づいて行ってさ、デッカい音がする平手打ち決めちゃって」

川 ゚ー゚)「あった、そうだったな、うん。決めてやったよ。そして最後に――」

76 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:32:35.93 ID:I5nn/Z6YO


('Aメ)「『この、にんげんのくず!』」 (゚- ゚ 川


 途端に二人して大笑い。

 ドクオは大口を開けて、クーは小さな唇を歪ませて。
 膝を打ち、手を叩き、笑う。今の窮地がまるでどこか別の世界の話のように。
 敵がすぐそばにいるのかもしれない。だがそんなこともお構いなしに、二人は笑みを溢す。

 やがて笑いがおさまったドクオが、咳払いをする。

('Aメ)「ホント、カッコ良かったぜ。あの時も、そして今もな。俺達に取っちゃ、クーは――姉ちゃんはヒーローなんだ」

79 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:35:11.28 ID:I5nn/Z6YO

 その言葉で、ハッとしたように彼を見返すクー。

川 ゚ -゚)「ドクオ、お前……」

('Aメ)「自分が何者なのかって、確かに誰しもぶつかる疑問だし、特にクーなんかは周りの目があるから余計に迷うと思う。
 でも、そういうのって簡単には答えが出ないんだ。ましてや俺達の十年二十年の人生で、分かるって方が変だよ。きっと」

 だから、

('Aメ)「とりあえず、今の自分が型にハマってる。そう思えばいいんじゃないか? 間違ったり失敗したりする、それが今のベストだって。
 まだ何も分からない事だらけで時々迷うけど、それも含めた未熟な『自分』が今の姿じゃねーのかな。そう思えばきっと――」

 誰だって生まれた意味がある。やるべきことがある。
 だけど、子供にそんなことは分からない。大人になっても分からないかもしれない。
 人生の目的――それを見つけるのは至難の業。

80 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:38:07.73 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「少しは楽になれる」

 だから、今を大切にする。

 無知な現在を、確かな自分だと認識する。

('Aメ)「姉ちゃんは姉ちゃんだ。強くて綺麗でカッコいい。今はそれでいいんだよ、きっと」

('∀メ)「俺達の頼りになるヒーロー、かけがえのない仲間、でも普通に女の子――それが俺の素直クールだ」

 にへら、と慣れない笑顔を作る。彼なりのカッコつけたスマイルだ。
 しかし頬の筋肉が痙攣している。
 その表情があまりに不自然だったので、じっと話に聞き入っていたクーはまたくすくすと笑みを溢した。

 花のような笑い声だ。

82 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:41:07.43 ID:I5nn/Z6YO

(;'Aメ)「え、あれ、今のは笑う所なんだろーか?」

川 ゚ー゚)「いや、ふふっ、すまん。しかしだな、女に向かってヒーローか?」

('Aメ)「あ、ヒロインか、この場合?」

川 ゚ー゚)「ふふふ、まぁいいよ、ふふっ、本当に――面白い奴だ、お前は」

(;'Aメ)「???」

 止まらない笑いの中、凍っていた心が融け出してくる。
 愉快そうに身を揺らしながら、彼女は晴れやかな表情を作った。もう、迷いは見えない。

川 ゚ -゚) (しかし、そうか……あの時のことをちゃんと覚えていたんだな、お前は)

川 ー ) (それなら……あの言葉も――)

84 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:43:42.31 ID:I5nn/Z6YO

 ――泣いちゃダメだ、ドクオ。男の子は強くないといけないんだ。

 ――弱虫な奴は、お姉ちゃん嫌いだ。だから頑張って強くなれ。

 ――ドクオが強くなるなら、お姉ちゃんも強くなる。一緒に頑張るんだ。

 ――もし二人が同じくらい強い大人なれたら、その時はお姉ちゃんと……

 それは約束だ。

 素直クールが戦い続け、己を磨き続けるための理由。忘れない、絶対に忘れたくない記憶。
 辛く理不尽なこの世の中で、自分が何者なのかもわからないような世界の中で。
 唯一確かな形で、自分を導いてくれるもの。

 かけがえのない、彼との絆。

 彼女の全て。

85 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:46:08.73 ID:I5nn/Z6YO

川 ゚ -゚)「よし」

 クーは勢い良く立ち上がる。
 きりりと引き締まる顔つき。道着の襟を正し、袴の腰紐をしっかりと結び直す。

川 - _-)「悪かったな。必要以上に時間を取らせてしまった。でももう吹っ切れた。迷わない」

川 ゚ -゚)「行こう。今度こそ、全力全開の素直クールだ」

 彼女の心を覆っていた、一枚の氷壁。
 それが今、音を立てて崩れていった。もう、彼女を阻むものはない。

('Aメ)「あぁ、行こうぜクー!」

 ドクオもその声に応え、JET竹刀を片手に立ち上がった。

88 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:49:13.44 ID:I5nn/Z6YO

 * * *

 音が立つのを気をつけながら、するするとドアを開き、辺りを窺う。
 ドクオの瞳が左右に振れる。闇の中で動くものの気配を探ろうとする、片方だけの慧眼。
 右、左、右、左。一息吐いて、もう一度右。

 気配はない。

('Aメ)「よしっ……」

 後ろ手に待機するクーに親指で合図。
 彼女が頷くと同時に飛び出した。音も無く床に受け身を取り、すかさず抜き放ったJET竹刀を構える。
 念には念を押して再び辺りを警戒。剣の切っ先が差す方に、敵の存在は感じ取れなかった。

 その刹那、二人の耳に不可思議な音が入り込む。

 ぱしんぱしんぱしん、と続け様に。

90 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:51:33.83 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)そ 「……敵襲っ?」

川 ゚ -゚)「待てドクオ、近いが恐らく上階だ」

 低く姿勢を保ったまま、同じく転がり出るクーは校庭側の壁を背に、耳をそばだてた。
 再び、ぱしんぱしんぱしん。
 鞭で何かを叩くような乾いた音。だがそれほど大きな音でもない。

川 ゚ -゚)「……弦の音だ。上にいるのか、弓使いが?」

('Aメ)「流石兄弟の片割れか。二人ともいるのか?」

川 ゚ -゚)「わからん。とりあえず今は、一本の弦の音しか聞こえてこない。もう一人の気配までは悟れんな。しかし……」

93 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:54:08.84 ID:I5nn/Z6YO

 顔を少し窓から覗かせてみれば、なるほど確かに上階から音と共に矢が放たれている。
 流星雨のように降り注ぐそれらは、寸分狂わず反対の西校舎へと伸びていった。
 その光景の、意味。

川 ゚ -゚)「どうやらハインが狙われているな……。狙撃で彼女を仕留めるつもりか」

('Aメ)「どうする?」

川 ゚ -゚)「叩くしかあるまい。彼女だけでなく、常に狙撃手が立っているのは他の仲間にも不利な状況になる」


 「行かせると思うのか?」


95 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:56:40.34 ID:I5nn/Z6YO

 轟音。

 咄嗟に飛び退く二人の頭上が、前触れもなく粉砕する。
 まるで爆弾でも仕掛けてあったのか、見上げる天井にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
 埃が視界を覆い尽くし、呼吸もままならない粉塵の嵐。

 そこに追手はいた。


( ゚∋゚)「いい夜だ、チーム・ヒート!」


 立ち上がる剛健なる巨体。
 真紅のシャツと漆黒のスパイク。天を突き、異様な存在感を放つモヒカン。
 ブルーの眼が、岩石のように高質な影を落とす顔の上で輝いていた。

 光も無い、闇の中だというのに。

98 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 02:59:38.09 ID:I5nn/Z6YO

('Aメ)「『キャノンボール』のクックル……お前が」

川 ゚ -゚)「私たちの相手というわけか」

 全身を覆うプロテクターのシルエットが異様だ。まるで、サイボーグのような容姿。

( ゚∋゚)「クックルは言われた。素直クールと鬱田ドクオを釘付けにしろと!」

 崩れ落ちた瓦礫を紙屑のように踏み潰し、追撃の徒は接近してくる。

( ゚∋゚)「上にいる流石ブラザーズの役割は重要。クックルは奴らの邪魔者を排除する!
 クックルは全力だ! 油断しない。お前ら二人を、ここでミンチにしてもかまわないと言われた!」

 片言の日本語を唸り声のように吐き出し吐き出し、


( ゚∋゚)「クックルは強いぞ! お前たちは強いのか……?! 答えろ!」


 猛獣は頬をニヤリと歪めた。


100 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 03:02:38.24 ID:I5nn/Z6YO

(;'Aメ)「くそ……厄介な相手だ!」
 
 片や、その存在感にドクオは早くも呑みこまれている。
 ショボンとの激戦を勝し、成長した彼にも一抹の恐れを抱かせる。クックルは驚異的だ。
 正眼に構える竹刀の切っ先は、どこかブレている。戦場では一瞬の迷いが敗北に繋がるというのに。

川 ゚ -゚)「そうだな、確かに私たちも強い。どれだけ強いかと言えば……」

 そんな彼をそっと押し下げるように、前進するクーは言い放つ。


川 ゚ -゚)「お前程度なら私一人であり余るくらい強い、ということだ」


( ゚∋゚)「ぬぅう……!?」

('Aメ)そ 「クー!?」

102 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 03:05:07.19 ID:I5nn/Z6YO

川 ゚ -゚)「ドクオ、こいつは私に任せて先に行け! 今は流石兄弟を押さえるのが先決だ」

 背中は雄々しい。女であることが勿体ないほどに。
 それをただ見つめるばかりのドクオは、歯痒い想いに胸を苛まれる。動くべきだが、動きたくない。
 足が固まってしまう。

 そんな彼の心情を最初から分かり切っていたかのようだ。

 振り返る彼女は、普段は見せないようなとびっきりの笑顔を浮かべる。


川 ^ー^)「そんな顔をするな。少しはお姉ちゃんを信用しろ」


 その行動は、勇気に溢れていた。


106 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 03:07:57.38 ID:I5nn/Z6YO

( A )「…………っ!」

 そしてそれは確かにドクオへと伝わった。

('Aメ)「必ず戻る! ……それまで絶対負けんなよ!」

 振り返り走り出す。全速力でその場を離脱。
 彼女のために、みんなのために。

( ゚∋゚)「っ! 行かせ――」

川 ゚ -゚)「遅いっ!!」

 ドクオの後を追おうとしたクックルの、丸太のような腕を取る。
 瞬間、巨体が独楽のように空中で捩れ、地面へと叩きつけられた。

107 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/06/30(火) 03:10:22.78 ID:I5nn/Z6YO

(; ゚∋゚)「ぬぅ!」

 ひび割れ、砕き散らされる床の破片。


川 ゚ -゚)「悪いが、お前に構っている暇はない! 五分で片付けさせてもらうぞ!!」


 少女の咆哮が闇に木霊する。

 勇気の闘いが幕を開けた。

第十九話・終

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