- 4 名前: ◆q2DBIOsk9ijb[相変わらず酉がおかしいな…] 投稿日:2009/08/09(日) 00:01:11.90 ID:66Xu8zLeO
階段を駆け上がると共に、夜闇の湿った空気に足音が木霊した。
('Aメ)「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
もはや、気配を殺して忍び歩く余裕もなくなった。
全てが一斉に動き出している。
今、躊躇し足を止めることは全ての崩壊に繋がる。五人全員の敗北へと繋がっていくのみ。
クーが追手を喰い止め、ハインが危機に陥り、ヒートとフサギコも極限状態を強いられているであろう。
ならば、自分は何をするべきか。この行く先も、敵の気配も分からぬ闇の中で。
鬱田ドクオは何をするべきなのか。
- 5 名前: ◆q2DBIOsk9ijb 投稿日:2009/08/09(日) 00:03:55.63 ID:lFRadhlrO
('Aメ)「戦うだけだ!」
吼える。
('Aメ)「俺は俺の全力を持って、戦う! 流石兄弟を押さえるのみ!」
七星連合(ビッグディッパー)の一角。
そして現在の、この危機的状況を見事なまでに演出する張本人たち。
『双死双翼』の流石兄弟。
彼らを倒すことが――戦場を席巻する弓使い達を沈黙させることが、第一の目標。
ヒート軍団の起死回生を図るのであれば、今ドクオに出来る最善とはそれであろう。
故に彼は走る。音を立て、声を上げ、目指す上階。
握るJET竹刀の柄に、汗が滲んだ。
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:06:46.80 ID:lFRadhlrO
('Aメ)「……二階っ!」
昇り切る。
東校舎二階中腹、階段の踊り場。
竹刀を構えつつ壁際から飛び出す。振り返る左右、長い廊下の遥か先。
濃い闇は相変わらずだ。だが――
('Aメ)「いない……」
流石兄者か弟者か、あるいは両者か。
窓辺から戦場を狙撃しているであろう、彼らの存在はそこにない。皆無。
その光景が表す意味は、一つ。
- 9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:09:25.50 ID:lFRadhlrO
三階だ。
狙撃手が移動している、ということは考えにくい。
間違いなく三階にいる。
ある意味いい度胸をしている、と言えるだろう。
何故なら三階に渡り廊下はない。
階段はこの廊下中腹と、突き当たりの二か所に設置されてはいる。形としては二階にいるよりも逃走経路が少ない。
逃げ道を一つ減らす危険を犯してもなお、より高い位置で狙撃の視野を広げることを選んだのだろう。
('Aメ) (それだけクックルの実力を信用している――ってことか)
- 10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:12:05.11 ID:lFRadhlrO
ほんの少しの不安。
それだけ大きな期待を寄せられるほどの敵を、クー一人に任せて良かったのか。
('Aメ) (いや、同じだ。俺だってクーの力を信じている。俺が出来る最善はクーを助けることじゃない)
彼女には彼女の、ドクオにはドクオの闘いがある。
それを再確認すると共に、振り返った。目指すは三階、そこに叩くべき敵がいる。
しかし背後に向き直る瞬間、ゾッとするほどの鋭い敵意。
同時に頬を何かが掠めていく。
窓ガラスが破砕した。
- 11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:14:36.09 ID:lFRadhlrO
(;'Aメ)そ「――――っ!」
噴き出る額の冷や汗と、頬の血液。
敵は既に気付いていた。ドクオの気配に、迫る彼の存在に。
濃厚な闇の中、三階への階段の中程。そこにに立つ者は、腰の矢筒から新たな矢を取った。
長さは七十センチ強、尾の部分に三枚の羽根が取り付けられたカーボン製の矢。
構える弓はコンパクトで、しかして複雑な部品の組み合わせからなるコンパウンドボウ。
(´<_` )「よう」
流石弟者。
『双死双翼』の片割れが、不敵な笑みを浮かべた。
- 14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:17:18.23 ID:lFRadhlrO
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第二十話『漢たち 前編』
- 18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:20:21.99 ID:lFRadhlrO
* * *
(´<_` )「不思議だよな、弓道ってよ」
('Aメ)「あ?」
突然の語りかけ。
しかし構える弓は降ろさず、ドクオの動き一つで再び弦が弾かれかねん状態だ。
(´<_` )「アーチェリーってのはな、すごく金が掛かる競技なんだ。何でっかってー言うと道具に費用が嵩む」
彼の調子はあくまで平淡。
まるで、知り合いと四方山話を交わしている程度の声色。
- 20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:22:34.75 ID:lFRadhlrO
(´<_` )「ハンドル、リム、サイト、スコープ、スタビライザー、プランジャーにクリッカー。
一通り揃えても十万二十万は当たり前。もちろん、それ以上にチューンナップや整備で更に金がかかる。ボンボンの道楽だよな」
(´<_` )「俺たちは大量の道具に頼ってやっとだ。なのに、弓道は弓と弦があればそれで最高――問題無しさ」
(´<_` )「洋弓と変わらない距離で、変わらない大きさの的で、変わらずに的中させる。肉眼でだ」
そこまで言葉を吐き切って、ふぅと溜め息。
(´<_` )「全く感服させられるよ。同じアーチャーとは思えないよな」
痺れを切らしたドクオが、竹刀を正眼に構えたまま答えた。
('Aメ)「弓道の凄さを教えてくれて、どうもアリガトヨ」
皮肉を込めて、吐き捨てる。
- 21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:25:05.59 ID:lFRadhlrO
その眼は既に闘者のそれとなっていた。
彼には、下らない与太話に付き合うつもりはさらさら無い。
今すぐにでも弟者に飛びかからんと、頭の中は闘争心で満たされている。
('Aメ)「だがそれがどうした? 今の俺達に関係あるのか?」
(´<_` )「あるさ。その凄い弓道を嗜むウチの兄者は、その中でも飛び抜けて凄いってことだよ」
('Aメ)「自慢の兄貴ってか」
(´<_` )「全くね。三十、六十なんて距離なんか目じゃない。肉眼で百メートル先の的をも捉えられる、本物の『鷹の眼』さ」
('Aメ)「……そいつも化け物かよ」
(´<_` )「弓道以外は至って普通なんだがな」
- 24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:27:33.23 ID:lFRadhlrO
一歩、弟者が階段を降りる。
(´<_` )「ともかく、この戦いで兄者は無くてはならない存在だ。だから俺はお前らを兄者に近付けさせはしない」
張り詰める空気。息をするのも躊躇ってしまうほどの緊張。
弟者とドクオの視線が絡み合い、火花を上げる。既に、両者ともいつ戦闘が始まってもおかしくない状態だ。
だが、番えられた矢をこちらに向いている。
肉を穿ち骨を砕く、その強烈な一撃が今まさに自分に狙いを付けている。
そのプレッシャーと言えば、相当なもの。
(´<_` )「兄者を護る、それが俺の仕事さ」
そして、一際鋭さを増す視線が合図のように。
弦が弾け、風切る閃光が嘶いた。
- 26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:30:06.06 ID:lFRadhlrO
('Aメ)「――くぁっ!!」
思いっ切り振り回す竹刀で、矢を弾き返す。
斬り伏せられた矢が床を跳ねるのも束の間、すかさず前進。
低めに構えを取り、数メートルの距離を一瞬で詰め寄る。
上段に位置する弟者へと、下方から斬り上げるように竹刀を叩き込んだ。
新しい矢が番えられる瞬間、無防備なこの隙を逃さずに。
繰り出す軌跡は、相手を袈裟に断たんとする一閃。
(´<_` )「随分と早漏だな、鬱田ドクオ!」
('Aメ)「どっちがだ!」
- 28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:32:34.14 ID:lFRadhlrO
だが敵も決して無能ではない。
語る兄の武勇伝に負けず劣らず、彼もまた一種の化け物なのか。
その矢を取り出し、番えるスピードの速さ。
まさに神速。残像を帯びるほどだ。
('Aメ) (速い!)
おまけに量も多い。今度は三本。
気付いた時には弦は引き絞られ、無暗に突っ込んでいくドクオの額へと照準は向けられている。
背筋を悪寒が走る暇さえ与えてはくれない。
('Aメ)「がぁっ、ああ!!」
呻き声を絞り出し、筋肉を捩る。
- 30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:35:05.02 ID:lFRadhlrO
振り切りそうになる剣を無理矢理引き寄せ、急遽横薙ぎに払った。
弓の先端、重心を安定させるために取り付けられている、スタビライザーというステンレス製の棒。
ドクオの竹刀の切っ先は、それに引っ掛かる。
(´<_` ) (照準を反らすか!)
気付いた時にはもう遅い。
弟者から見て右方向に反らされた弓は、虚しく階段の壁へと三連射を叩き込む。
再び超スピードの装填。しかし、ドクオは既にバックステップで距離を取っている。
飛び道具使いを相手に距離を取り直すのは、得策とは言えない。
しかし、弟者の矢を番えるスピードの異常さはイレギュラー。
本来、隙になるはずのこの動きに全く隙が無い。
- 33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:37:33.37 ID:lFRadhlrO
仕方なしの仕切り直しだ。
('Aメ) (あいつのスピードは尋常じゃねえ! 打ち込めない!)
身を隠すのは壁際。ちょうど段上からの死角に入る場所。
(´<_` )「やるじゃないか……だが、甘いんだよ! 隠れればそれで終わりと思うな!」
今度は彼が前に出る。
身を低く、獣のように俊敏な動きで階段を数段飛ばしで飛び降り、着地。
前に出る勢いを殺すことなく、転がり出る。その間も弓は引き絞ったまま。
(;'Aメ)「うお!?」
- 35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:40:05.35 ID:lFRadhlrO
仰ぐのは目を見開いたドクオ。弟者はしゃがんだままの姿勢で、その眉間に照準を合わせている。
予想以上の機敏な動き。走り、転がり、ベストポジションにて射撃に転ずるスタイル。
(´<_` )「発射(シュート)ッ!!」
再びの三発同時射撃。
(;'Aメ)「くっそ、がぁ!!」
その場で膝を降り、回避。頭上を掠めていく矢の感覚に肝を冷やす。
意表を突く動きにどうしても翻弄されてしまっていた。判断が遅れればそれすなわち敗北。
一撃でも受ければ戦闘不能は確実だ。
反撃に転じ、ドクオは眼前を一文字に切り付ける。
- 38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:42:35.24 ID:lFRadhlrO
だが剣は空を薙いだ。
見れば弟者は、狭い廊下で軽業師のように華麗なバク転を披露している最中。
着地と共に再び、一回、二回、三回転。
追いすがろうとするドクオと彼の間にあっと言う間、数メートルの距離が広がり、
(´<_` )「おらっ!!」
空中からの二連撃。
意表を突くタイミング、迫る凶弾を危うく見落としかける。
紙一重の距離、縦に一閃と返しの太刀がそれらを跳ね返した。
- 40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:45:15.91 ID:lFRadhlrO
(;'Aメ) (重い……!!)
決して柔な威力ではない。しっかりとした間合いとタイミングでなければ竹刀ごと持っていかれそうになる。
間違いなく必殺。
それも速く軽い弟者のフットワークにより、判断が追い付かない。
ドクオが躍起になって迫ろうとも、猫のようにひょいひょいと中空を跳び回り、間隙を縫って矢を撃ち込んでくる。
彼は普通よくあるであろう、大地に両足をしっかりと根差して狙いを澄ましてくる射ち手ではない。
縦横無尽に空間を駆け巡る、機動型アーチャー。
(´<_` )「やるじゃないか、鬱田ドクオ。並みの奴なら今のでやられている」
しれっとそう述べ、弟者は空中から地に降り立った。
- 42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:47:42.82 ID:lFRadhlrO
同時に抜け目なく、構えられる弓と番えられる矢。
対するドクオは防戦一方。弟者の鍛え上げられた高速リロードと、軽業の前に為す術がない。
(´<_` )「諦めな。お前と俺じゃ相性が悪い。元々勝てない勝負なんだよ」
('Aメ)「勝てない、だと?」
(´<_` )「間合いが命の剣道じゃあ、押して押して接近戦に持ち込むのが常套手段。
だが飛び道具相手じゃそれも難しい。それにお前のスピードじゃあ、俺のフットワークには付いて来れない」
確かに正論。
近距離で幅を利かせる剣道が、どうやって飛び道具に対抗できるだろうか。
完璧な封じ手。弟者は計算し尽くされた上での配役なのだ。
- 44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:50:17.79 ID:lFRadhlrO
(´<_` )「セントジョーンズは勝てない戦いはしない。お前たちがこの校舎に分断させられたのも、そういう理由があるのさ」
('Aメ)「…………」
(´<_` )「まぁ、本当ならクックルの奴が二人まとめて始末してくれてるはずだったんだがな」
きりり、と。
引き絞られた弦が軋む。同時に弟者の口元も、緩い曲線を描いた。
微笑み。ドクオを圧倒する、余裕故に生まれる嘲り。
その笑いに呼応するかのように、暗闇で不気味に光るカーボン矢。
('Aメ)「その矢……、もしかしてさっきクーを――素直クールを狙撃したのはお前か?」
目ざとく反応する。
先の治療の際、自分がクーの腕から抜き、捨てた矢だ。憎き敵の凶弾。
- 46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:52:33.38 ID:lFRadhlrO
弟者も質問の意味を理解したらしい。さらに笑みを深めながら答える。
(´<_` )「あぁ、そうだな。何せ、あんな距離と暗さで矢を撃った経験なんか無くてね。命中出来て僥倖の極みさ」
('Aメ)「僥倖、だと?」
(´<_` )「俺達にとっては素直クールは脅威の対象だ。
まず間違いなく、お前らの中でトップクラスの実力者。リタイアとまでは行かずとも、ダメージを与えたのは戦果だろ」
言ってみて、彼はドクオの意図に気付く。
(´<_` )「それとも何か、女相手に大人げないとでも?」
ドクオの脳裏に、傷が残るかも――と寂しげに語る彼女の顔が思い起こされた。
彼にとっては許容しがたいことだ。だが感情のままに、吠えたてていいことでもない。
その問題が、クーの覚悟へと対する故に。
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:55:06.96 ID:lFRadhlrO
弟者は呆れ返って溜め息を吐く。
(´<_` )「戦場(ここ)では少々甘すぎる考えだな。戦いに臨む以上、無傷でいられる保障はない。
素直クールだって覚悟の上じゃないのか? お前のその上っ面だけの優しさってのは、正直言って迷惑千万だろうよ」
('Aメ)「黙れよ」
遮る。
('Aメ)「そんなの分かってるんだ。俺がいくら止めたってクーは止まらない。ヒートだって戦っている。
もう女だからだとかそういう言い訳は通じない。それくらいは俺だって理解しているんだよ」
でも、と継ぎ足す。
同時に竹刀を握る手に更なる力がこもった。
- 50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 00:57:36.15 ID:lFRadhlrO
('Aメ)「それでも、仲間を傷付ける奴は許さない。今、俺が考えているのはそれだけだ」
(´<_` )「結構なことだな」
('Aメ)「気が変わったよ。最悪、あんたを振り切ってでも流石兄者を倒そうと思っていたんだが……」
心にわだかまりがある。
下らないプライドや、心情に従ったものかもしれない。それでも、今は優先したい。
何より仲間のために、クーの傷に一矢報いるために。
('Aメ)「ここで倒していく。その方が早く、流石兄者に対面できそうだからな」
打倒宣言。
- 52 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:00:30.72 ID:lFRadhlrO
迫る弟者を振り切って三階に行くよりも、今ここで確実に彼を潰してから兄者を倒す。
ドクオの選んだ道は、過酷だ。そしてそれが正しいのか誤っているのかは、彼には分からない。
それでも、前進するのみだ。
(´<_` )「……なるほど、そうかい」
どこか納得したように目を伏せる弟者。
(´<_` )「甘ちゃんなんて言って悪かったな。嫌いじゃないぜ、俺はお前みたいな奴」
('Aメ)「冗談だろ」
(´<_` )「いーやマジさ。人は自分のために戦うより、誰かのために戦える方が強い。そう俺は思うんでね」
- 54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:03:06.39 ID:lFRadhlrO
再びの笑み。しかし、今度はまた別種のものだ。
決して嘲りではない。心から生まれた、一瞬の微笑み。
(´<_` )「だからさ、兄者のために戦ってやろうっていう俺の気持ちも――」
(´<_` #)「お前には負けていない!!」
弾かれる弦の音と共に、再び必殺撃は放たれた。
('Aメ) (来る……!)
例え弾いて肉薄しようとも、その矢を番えるスピードの前では接近は危険行為。
だが遠距離からの攻撃が出来ないドクオは、近付かなければ戦うことすらできない。
間違いなく最悪の相性。剣道の弱点を突く、まさに天敵。
- 56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:05:41.25 ID:lFRadhlrO
しかし、八方塞がりと言うわけではなかった。
('Aメ) (でもこっちだって……見えてきている!)
ここまでの戦闘に数分。
暗闇の中、初めての弓使いとの闘い、おまけに弟者の類稀ないフットワークの軽さ。
何分、全てがイレギュラーだった。頭で思い描くよりも尚、この戦いは過酷。
それでも、彼は学習し看破する。
弟者の動きを、弟者の呼吸を、弟者の視線を、弟者の戦略を。
音が、画が、ドクオの大脳を刺激し、無限の領域をそこに展開していく。
研ぎ澄まされていく五感。その感覚は、先日の激闘のものと何ら変わりない。
- 58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:08:35.04 ID:lFRadhlrO
パワー、スピード、耐久力。
接近戦はもとい、遠距離からの鉄球攻撃をも操るオールレンジファイター。
全てにおいて最強クラスであった男、『凶星』ショボン。
('Aメ) (あいつとの戦いに比べれば、多少の飛び道具なんて不利に入らない!!)
ドクオは彼を倒したのだ。
それは確かな経験値となって、その身に染み付いている。
放たれた矢が、外れた。
- 60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:11:11.64 ID:lFRadhlrO
(´<_` ;)「何っ!?」
驚いたのは弟者だ。
無論、彼に今の一撃を外して撃ったつもりはない。間違いなく、ドクオを串刺しにする軌道で弦を弾いた。
なのにだ。まるで最初から何も無い空間に向けて撃ってしまったかのように、矢の行く先は虚空。
(´<_` #)「な、何をした!? 鬱田ドクオ!!」
一瞬の躊躇を振り払い、高速で矢筒から矢をリロード。
今度は確実に当てる。躍起になった彼が握り締める、矢の本数は五。
番え、引き、放つ。その間は僅か三秒足らず。本物の早射ち。
放射線状に拡散した五発の凶弾は、確実にドクオをその歯牙に掛けるはずだった。
- 61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:13:33.86 ID:lFRadhlrO
だが、
('Aメ)「――――っ」
回避。
(´<_` ;)「どうなって、やがる……?」
撃たれた矢の、ほんの僅かに出来た隙間。
ドクオがゆったりと歩を進めたのは、まさにそこだ。矢の方から彼を避けていくように、するりと。
外れた矢が背後で窓ガラスを砕き、壁に突き立とうとドクオは歩みを止めない。
無人の野を行くが如し。
- 63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:16:06.84 ID:lFRadhlrO
弟者は本能的に恐怖を覚えた。
先程まで、あれだけ軽やかに動き回っていた足も今は地に着いたまま。動かない。
額に嫌な汗が流れる。理解不能の光景がそこにある故。
(´<_` ;) (どうして当たらない!? 奴の動きが特別速くなったわけじゃない。間違いなく!)
ゆっくりと、だが確実に歩を進めるドクオはJET竹刀に手をかける。
反撃が来る。間合いに踏み込んで一撃必倒の太刀を放つ腹積もり。
弟者は下がるべきだった。だが両脚は動かない。動くわけにはいかない。
ここで下がろうという意志は彼に生まれなかった。
(´<_` ) (退くわけにはいかない。俺が退けば兄者に危険が迫る!)
恐怖と焦りを、無理矢理にでも守護者の勇気へと変化させる。
ぐっと身を屈める彼は、さながら陸上の短距離選手の如し。左手に弓を、右手に矢束を握り締めた。
退けない、退きたくない。プライドが許さないし、何よりここで駄目だと決め付けることはしたくなかった。
弟者が諦めることは、兄者の危機へと繋がっていく。
- 66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:18:52.52 ID:lFRadhlrO
護ると決めたからには、意地でも敵を排撃するしかない。
(´<_` #)「うおおおおお!!」
咆哮。
同時に駆け出す。一歩目が地を踏み締める瞬間に、敵の足元へ一射。
続いて、ドクオの間合いギリギリの所にまで踏み込み、超接近からの二射。
横っ跳びに壁へと向かい、足をかける。三角飛びの要領で宙を踊りながら、三射。
天井すれすれの所まで飛び上り、身を捩りながら横回転し、四射。
ドクオの頭上を飛び越えながら、翻るままにとどめの五射。
五方向からの、超スピードによるほぼ同時攻撃。
その身の軽さと早射ちの技術がもたらした、回避不能の必殺連射。
- 70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:21:34.31 ID:lFRadhlrO
(´<_` #)「全方位捉えた!! お前はここでリタイアだっ!!」
正面、下方、右方、左方、後方。迫る五連の矢。
避ける隙間さえ見当たらぬ攻撃。常人なら間違いなく串刺し。
だが弟者には、ドクオの見据える光景が見えなかった。
( A )「――しゅぅっ」
鋭い呼気が轟く。
ドクオの足元。
暗闇だというのに、目も眩むような光量で走る稲光。
それは生き物のようにうねり、なびき、硬い廊下の表面を滑らかに舞い踊る。
やがてそれは固まり、一つの道を標す。ドクオはただそれに従えばいい。ただ、その道を往くだけ。
- 72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:24:08.11 ID:lFRadhlrO
例えどの包囲から攻撃されようと、どれだけ意表を突いた奇襲でも関係ない。
それは絶対なる勝利の道標。
('Aメ)「『新世界(ニュー・ワールド)』ッ!!」
弟者の視界から、ドクオの姿が掻き消えた。
(´<_` ;) (な、何が――)
空中で身を躍らせる弟者は、その刹那の光景に目を見張る。
比喩でも過剰な言い回しでも何でもない。間違いなく、ドクオが消えた。
闇に溶け込むようにして消失。同時に、標的を失った五発の凶弾は空虚な空間を穿いていく。
理解を超えた現象。意識の追い付かない敵の能力。
- 74 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:26:32.62 ID:lFRadhlrO
(´<_` ;) (違う、消えたなんてことはあり得ない! どこかに、どこかにいる!)
弟者の判断は正しい。
そう、消えるなんてことはあり得ない。マジックやオカルトではないのだ。ドクオは確かにここにいる。
しかし、彼にはその姿を見ることは出来ない。動く気配すら感じ取れはしない。
何故ならそれこそがドクオの『新世界』。天性の感覚から敵の気配、動きを読み取り、絶対的な死角に滑り込む。
弟者がドクオの気配を感じ取れる瞬間があるならば、それは一つだけ。
( A )「JET――……」
ドクオが弟者を攻撃するために、明確な敵意を見せる時のみだ。
- 79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:32:29.32 ID:lFRadhlrO
(´<_` ;)そ 「ば――」
馬鹿な、とでも言うつもりだったのか。
弟者が空中から着地しようと身を捩った瞬間、ドクオは既に最高の構えで、最高の間合いで、最高の一撃を放つ準備が出来ていた。
背後から立ち上る巨大な敵意と、嘶くJET竹刀の爆音で、初めて彼はドクオを知覚する。
時既に遅し、だが。
(#'Aメ)「『竜胆(りんどう)』おおぉ――っ!!!」
唸る。
- 81 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:35:11.76 ID:lFRadhlrO
( <_ ;)「ぐおおぉっ?!」
僅かに振り返った右脇腹、めり込む白刃は余すことなく衝撃を叩き込む。
威力は絶大にして、速度は閃光。くの字に身を折る弟者の全身へと、その威力は拡散していく。
常人相手なら間違いなく一撃必殺。弟者に『凶星』のような驚異の耐久力があるとも思われない。
決着――そうドクオは確信する。
('Aメ)そ 「これはっ?」
だが、僅かに違和感。
刃から伝わり、柄を震わせ、握り締めた右手へと走る感覚は異様。
肉を叩き砕いた感触の中で、どこか硬質な当たり。
- 83 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:37:34.46 ID:lFRadhlrO
吹っ飛んでいく弟者の手には、ひしゃげた矢の束がある。
それで悟る。防御された。
一瞬、僅差でドクオの殺気に勘付いた彼が、思いつくまま腰の矢束から抜き放った束。
十本まとめて握り締められたそれが、阻んだ。脇腹への一刀を。
('Aメ) (芯まで入っていない――外された!)
まだ決着は着いていないのだ。
速い。ドクオの反応速度に匹敵するとはかなりの物。
しかし、後悔の間もない。竹刀を鞘へ納め、今度はこちらから前に出る。
- 84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:39:57.05 ID:lFRadhlrO
また、弟者も既に反撃の準備に入っていた。
防御されようとも十分な衝撃だ。逃がし切れなかった威力に吹き飛ばされるまま、弟者は廊下上を滑空。
脇から全身に響く激痛は、恐らく骨が破砕される一歩手前である。
それでも弓は取り落とさない。
体勢をドクオへと臨みながら、犠牲になった矢束を投げ捨てる。
(´<_` ;) (危なかった……この威力でモロはヤバい! もう少し反応が遅れてたら再起不能!)
水平に構えた弓を突き出す。番えた矢を目一杯引き絞った。
- 86 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:42:33.25 ID:lFRadhlrO
(´<_` #)「だが、舐めるなああああああ!!」
放つ。そして矢を取り、再び番え撃つ。
吹っ飛びながらも空中から迎撃。連射される矢の群れは、廊下を疾駆するドクオへと迫った。
('Aメ)「シッ――!!」
躱す、躱す、躱す。
『新世界』をフルに発露し、雨のように降り注ぐ矢を避け続ける。
無駄な動きなど一切ない。最速のルートを走り、最高のタイミングで攻撃を躱す。
弟者の目には、その動きが異様に見えただろう。
まるで途中のテープが擦り切れたビデオ映像のように、ドクオの姿が消えては別の場所に現れる光景。
(´<_` ;)「ははっ、お前が一番の化け物だな!」
- 89 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:45:07.46 ID:lFRadhlrO
苦し紛れにそう吐き捨てながら、地面着地スレスレに最後の掃射。
三本同時に放たれる凶弾。風を切り、闇夜に響く。軌道は迫るドクオへ。
かなりの低位置の狙い。迂闊に前へと踏み出せば、脛から甲までが串刺しになるであろう。
無論、ドクオがその程度の射撃に恐れを為すことは、
('Aメ)「ふぉおああああっ!」
無い。
- 92 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:47:29.98 ID:lFRadhlrO
ここ一番、前方へと思いっ切り飛び出る。
追走により加速の付いた跳躍は十分な距離をもち、矢を飛び越えて空中の弟者に接近。
強引に間合いに飛び込んだ、その瞬間に両者の視線が絡み合う。
ドクオの闘志に燃えた瞳と、弟者の不屈に滾る瞳が。
互いに思う、『今度こそ仕留めん』という意志の強さが顕になる。
ぶつかり合い、火花を上げるのは覚悟の強さ。
- 95 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:50:10.52 ID:lFRadhlrO
('Aメ)「JET――ッ!!」
納めた鞘から爆音を上げて炸裂する、超加速の居合。
(´<_` )「『シングル・アロー』ッ!!」
渾身の力で限界まで引き絞られた、電光石火の射撃。
(#'Aメ)「『唐竹割り』ぃぃぃいいい――っ!!」 「発射ォォォオオオ――っ!!」(´<_` #)
両者、激突する。
- 97 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:52:32.18 ID:lFRadhlrO
* * *
ミ;,,゚Д゚彡「うぉおおおおおお!?」
弾かれた。
立っているのもやっとな風圧だ。
フサギコの巨体を難なく吹き飛ばす、それはまさに鎌鼬(かまいたち)。
ミ;,,-Д-彡「ぐぅ……!」
受け止めた右腕がぱっくりと割れていた。
鮮血が零れる。痛みを意に介す暇もないというのに、敵は簡単に通してはくれない。
巻き上げる風の中で、追跡者は鋭い視線を投げかけてきた。
- 99 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:55:35.87 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「ゴラァ……!」
二年サッカー部部長、ギコ。
彼は立ち塞がる。その背中へと続くのは渡り廊下。フサギコの目的はさらに先の西校舎だ。
急がねばハインが危ない。
彼女へ今すぐにでも救援が必要であろうこの時に限って、敵は強烈。
ミ;,,゚Д゚彡 (歯が……立たん、のか……!)
エプロンのポケットからナプキンを引っ張り出し、傷口を縛る。
応急処置だ。それほど深い傷ではないが、出血が続くとマズイ。
固く固く結び目を作り、迸る血潮を押さえ付けながら彼は立ち上がった。止まってはいられない。
- 100 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 01:58:07.47 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「立ってんじゃねえ。お前はそこで座ってな」
無論、ギコがそれを許してくれる道理もなかった。
ミ,,゚Д゚彡「悪いがそういうわけにはいかない。西校舎に助けを待っている奴がいるんだ」
(,,゚Д゚)「だから言ってんだろうが。お前は、そこで、座ってろ。
直にそいつもリタイアにされるんだ。お前が行っても行かなくても変わらん。もう遅い」
ミ#,,゚Д゚彡「いいや、まだだ! まだハインは負けていない、戦っているはずだ!」
確証など無い。
それでも、諦めるわけにはいかないのだ。信じて助けに向かうだけ、それがフサギコに出来ること。
きっとハインも戦っている。武器もなく、戦う力などほとんど無いのにもかかわらず。
- 102 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:00:34.21 ID:lFRadhlrO
ミ,,゚Д゚彡「皆、戦っているんだ。俺一人が諦めてどうする!」
ぐっと背中に手を伸ばす。
背負った調理道具の山から、一際大きい中華鍋を取り出した。
ミ#,,゚Д゚彡「意地でもまかり通る! そこをどけ!」
それを両手に振りかぶり、燃えたぎる闘志も顕にギコへと臨む。
対するギコはやれやれと首を横に振っていた。
フサギコの荒ぶる姿を前にしても、この余裕。一つ年下とは思えない。
完全に、フサギコを飲み込む気迫を擁している。
- 105 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:03:10.51 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「さっきの一撃でも、まだ懲りていないみたいだな。お前なんかじゃあ、俺の相手は務まらん」
スパイクが鳴り、ゆっくりと上げられる右脚は静かに風を孕む。
そこに漂うのは異様な気配だ。嵐の前の静けさのような、どこか荒々しさを隠した静寂。
二本の脚。これらこそ、ギコの最大にして唯一の武器だ。
彼の蹴りは何者であろうと圧倒する。
(,,゚Д゚)「俺の蹴りは烈風。近付くことも、防ぐことも許しはしない!」
ゆらり。
ミ;,,゚Д゚彡「――――っ?!」
構えられていた右の脚。それが僅かに歪んで見えた。
- 107 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:05:57.13 ID:lFRadhlrO
途端、辺りを席巻する風が噛み付いてくる。
暴虐の嵐。全てを吹き飛ばさんとする、疾風の一蹴り。
ミ#,,゚Д゚彡「うおおおおお!! 今度こそおお――っ!!」
吼えるフサギコは恐れずに走る。
対面するだけで恐れを成してしまいそうな、その迫る風圧に微塵の恐怖も見せない。
あるのは勇気だけ。敵を倒し、仲間を救おうとせん勇ましき心。
しかして、敵も柔ではなかった。
それは一握りの勇気では、簡単に突破できぬ壁。
ミ,, Д 彡「ぬがぁっ!?」
- 108 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:08:33.77 ID:lFRadhlrO
あと数メートルで鍋を叩き込める間合いだったというのに、フサギコは虚しく吹き飛ぶ。
受け身も取れぬまま、背中から強かに地面へと叩き付けられた。
固いコンクリートの床が、苦い痛みを走らせる。
ミ;,,-Д-彡「ぐぅう、く、くそ……近付けん! あと、少しなのに……!」
苦痛に悲鳴を上げる身体を、鍋を杖に起こそうとする。
だが、がくりと重心が崩れた。
ミ;,,゚Д゚彡「鍋が……!」
手元を見れば、先程まで両手にしっかと握り締めていた中華鍋――それが真っ二つになっている。
ちょうど底を横切るように、一文字に切断。いや、強引にカチ割られたのか。
その光景は、ギコの蹴りが如何に恐ろしいものなのかを語っている。
- 110 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:11:22.61 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「鍋が無きゃあ、今頃お前はブッた斬られていたな。運の良い奴だゴラァ」
不動。
一歩たらずともギコは動いていない。
先程と同じ場所で、先程と同じように佇み、先程と同じように辛辣な言葉を投げ付けてくる。
あの一瞬、僅かに間合いの手前まで踏み込んだ時も、ギコは下がる素振りすら見えなかった。
ただの蹴り一発。
それさえあれば、まるで敵の攻撃を避けることすらも必要無いと豪語するかのように。
(,,゚Д゚)「そろそろ本気で諦めろ。お前はバッチを置いて、座り込み、『負けました』と頭を下げればいい」
- 111 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:13:34.16 ID:lFRadhlrO
ミ#,,゚Д゚彡「……何をっ!」
(,,゚Д゚)「そうすれば楽に気絶させてやる。これ以上向かって来ても、傷が増える一方だぞ?」
ミ#,, Д 彡「…………っ!!」
屈辱などというレベルではない。
プライド的にも、状況的にもフサギコはそんなことをしたくはない。
それでも、ギコは強大だ。明らかに、現在のフサギコを凌駕する実力を持っている。
彼の言っていることは事実だろう。このまま我武者羅に突撃を続けても、蹴りを打ち込まれ、切り刻まれるだけ。
そしてボロボロになるまで弄られた後、敗北させられる。
- 112 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:16:09.71 ID:lFRadhlrO
ドン詰まりだ。打開策が無い。フサギコだって敵との実力差が分からないわけじゃない。
このままでは負ける。それこそ、奇跡のような出来事の一つでも起こらなければ、突破することすらできない。
では、敵が勧めるように諦めるか。
痛みを恐れ、仲間と誇りを捨て去るのか。
ミ#,,゚Д゚彡「――下らないっっ!!」
夜闇に轟く、雷鳴の如き一喝。
一瞬、ギコも身を震わせた。
だが本当に一瞬だ。次の瞬間には、ウルフカットの髪を掻き上げ元の表情へ。
- 114 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:18:40.48 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「どうやら相当の馬鹿らしいな」
ミ#,,゚Д゚彡「馬鹿で結構だ!」
使用不可となった鍋を振りかぶり、ギコに向かって思いっ切り投げ付ける。
剛腕から放られると共に、激しい回転で迫っていく。その断面は鋭利。当たれば馬鹿にできないダメージ。
彼はそれを悪足掻きと取ったのだろう。ふん、と鼻息と共に脚をもたげる。
(,,゚Д゚)「ゴラァア!!」
繰り出されるハイキック。
無残にも、投擲された鍋の残骸は再び割られる。今度こそ、本当に武器としては使えない。
弾け飛んだ鉄の塊が、派手な音を立てて地を跳ねた。
- 115 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:21:35.44 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「いいだろう。その諦めの悪い性格、今ここで矯正してやるしかないようだな」
ミ#,,゚Д゚彡「ほざいていろ! 俺は絶対に諦めない! 腕を斬り飛ばされようと、脚を折られようと――」
新たな武器を取り出すフサギコ。
右手には太く長い麺棒を、左手にレ―ドルを構える。
今やギコの前で、全ての武器はただ破壊されるだけの物かもしれない。
それでもフサギコは武器を取り、立ち向かう。
ミ#,,゚Д゚彡「俺は戦うんだ! 仲間のために、誇りのために!!」
彼が本当に携えているのは武器ではないのだ。
それは覚悟。
どんな相手でも、どんな窮地でも戦うという覚悟である。
- 117 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:24:10.78 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚)「…………」
ギコも悟る。
フサギコは今まで遭ってきたような、脅せば降伏するような相手ではないのだ。
恐らく本当に、彼は動けなくなるまで戦い続けるであろう。
肉を断たれ、血を流し、骨が折れてもなお。
(,,-Д-) (そういう奴が一番厄介だ……)
自分だって人間だ。
不屈の闘志で向かってくる相手を前に、絶対の勝利を確信は出来ない。
だからこそ、彼は考えを改める。フサギコは並みの者ではないと。
実力云々でなく、精神が剛健なのだ。
- 118 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:26:32.85 ID:lFRadhlrO
(,,゚Д゚) (心が強い奴は、無条件で強い)
故に、ここで始末する。
後々の憂いとなりそうな者は排除しなければ、彼ら七星連合に勝利は無い。
戦闘のボルテージを上げていく。
剥き出しのテンションで向かってくるフサギコを、確実に倒すため。
ミ#,,゚Д゚彡
(,,゚Д゚)
両者が睨み合う、一触即発の空気の中。
- 119 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:29:09.11 ID:lFRadhlrO
一体誰が予期したであろう、この出来事。全てが、某かの意志の上を滑って落ちていくが如く。
ともかく、それはフサギコにとっては幸運だった。間違いなく、このまま戦えば彼は負けていたからだ。
現れたのは敵か味方か。
或いはそのどちらでもない者か。
( ・∀・)「やぁ」
本当に、誰一人気がつかなかった。
夜闇に溶けず、存在感を撒き散らす白髪。
彼は渡り廊下の柱の一つ――そこにもたれかかっていた。随分と気だるげな表情で。
モララー。気紛れな風はそこに現れた。
- 120 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:31:43.68 ID:lFRadhlrO
ミ;,,゚Д゚彡そ「なっ!?」
フサギコもようやっとその存在を知覚する。
モララーが声をかけなければ、気付くことが出来たか否か。
( ・∀・)「本当に君たちは仲間って言葉が大好きなんだな。鬱田ドクオ然り、か」
ゆらゆらと芯の入っていない歩き方で、彼はフサギコへと近づいて行く。
フサギコも、ヒートとドクオから話は聞いていた。
件の帰宅部。無敵の白髪男。武喝道の陰で動き、生徒会といくらかの繋がりを持ってるらしき男。
この戦いに、謎と脅威を振り撒く疾風。
彼は十分な警戒をもって、モララーに尋ねる。
- 122 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:34:04.84 ID:lFRadhlrO
ミ,,゚Д゚彡「お前が例の……『旋風』のモララーか?」
( ・∀・)「おやおや、もうすっかり有名人か。嬉しいね」
ミ,,゚Д゚彡「茶化すな!」
フサギコはレ―ドルを突き付け、ギコと彼を見比べる。
ミ#,,゚Д゚彡「お前は敵なのか!? 奴ら『七星連合』の仲間なのか!? 返答次第では容赦しない!」
( ・∀・)「血気盛んだね、『野獣コック』さん。でも見た所、君は随分と不利な戦いをしているようじゃないか。
勇ましいのはいいことだと思うけどね。しかしだ、やっぱり人間出来ることと出来ないことがあるんじゃないかな」
ミ;,,゚Д゚彡「何を……!」
- 123 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:37:09.98 ID:lFRadhlrO
看破されている。
見ただけで、ギコとフサギコの実力差を。
それもフサギコ自身が自覚している以上、閉口せざるを得ない。
( ・∀・)「まぁいいさ。君に会いに来たのは本件じゃないからね。俺の目的は――」
くしゃりと白髪を掻き、振り向く。
( ・∀・)「彼さ」
釣られてフサギコが同じ方を見た時、心臓が飛び上がる。あまりの驚きに、だ。
- 124 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:39:34.17 ID:lFRadhlrO
そこは既に異常な空気に満ち満ちていた。
濃い闇の中でも明確に存在を現わさんとするように、震え、滾り、燃えている。
しかし、真っ赤にではない。真っ黒にだ。
フサギコが肌で感じる不快感。
それは憎悪だ。
(#,,゚Д゚)「モララー……、お前は!!」
涼やかにフサギコを追い詰めていた様子が、嘘のように。
額に血管を浮かび上げ、握った拳は痙攣し、爛々とする瞳は一直線にモララーを射抜いていた。
憎しみだ。憎しみがギコを取り巻いている。とてつもない、憎悪の渦が空間を支配する。
- 125 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/09(日) 02:42:04.84 ID:lFRadhlrO
気当たりされてしまいそうなプレッシャーの中、モララーは柔らかく微笑んだ。
それはどこか優しく、儚く、哀しく、脆い。
( ・∀・)「久しぶりだな、ギコ」
――かつての友よ。
彼はそう、小さく付け加えた。
第二十話・終
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