ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:31:25.29 ID:oCjU2XHB0

 ドクオが流石兄弟に接触し、戦闘が開始された同時刻。

 階下ではまた別の激闘が繰り広げられていた。

 迫るは剛堅なる筋肉の巨弾、『キャノン・ボール』のクックル・ドゥドゥドゥ。
 対するは、静かなる柔拳の使い手、『津波殺し』の素直クール。

 クーがクックルを引き留める際、勇ましく言い放った『五分以内の撃破宣言』。
 強く激しい彼女の前にかかれば、いかな強敵とはいえ実現してしまいそうな大言。
 しかし、予想を反してそれは為されなかった。

 既に、二人が戦闘を開始して十分に至る。

 その様相は、激烈を極めていた。

5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:34:14.45 ID:oCjU2XHB0


ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです

第二十二話『勝利者の資格』


6 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:36:37.76 ID:oCjU2XHB0


川 ゚ -゚)「ふんっ!」


 自らの脚よりも太い剛腕を絡め取り、流れるように歩を継ぐ。
 おおよそ二倍近くの体重差をものともせず、クーの投擲は軽やかに決まった。

( ゚∋゚)「ふぉぉおっ!?」

 空中に放り出される巨体が、次の瞬間には真っ逆さまに大地へと叩きこまれた。
 まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターが、廊下にぽっかりと出来上がる。
 そこに頭から突き刺さるクックルは、野太い呻き声を上げた。

 しかし、それでも終わりは見えない。

8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:39:04.85 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「ぬっがぁああああああ!!」

 腹の底まで震えあがるような雄叫びと共に、立ち上がる。

 出し抜けに打ち込まれた拳――岩石の如きそれが、容赦なくクーへと喰らい付いた。

川;゚ -゚)「まったく!」

 受け止めるも、一瞬だけ押し切られそうになる。
 相手を調子づかせない為にも、休憩している暇などはない。

川 ゚ -゚)「君はまるでダルマだな!」

 両手に掴んだその拳ごと、クックルの全身を振り回す。
 直線で迫ってくるパワーを受け流し、手首を返し、体勢を崩し、下方へと誘う。

9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:42:11.92 ID:oCjU2XHB0

 暖簾に腕押し、という言葉が相応しい。

 クックルは殴りかかった体勢のまま、再び地面に叩き込まれる。

( ゚∋゚)「ぐぅっ!?」

 つんのめったかのような状態で、それでも再び起き上がろうとする。
 不屈の闘志。ガッツに溢れる、その心。

 厄介である、と判断したからには、クーもまた容赦するわけにもいかない。

 立ち上がろうとするクックルへ、すかさず肉薄。
 滑り込むと共に右腕を捉えた。振り払われるより速く、極められる関節が悲鳴を上げる。
 明後日の方向に捻じり曲げられる右腕により、クックルの膝が再び地についた。

10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:44:36.69 ID:oCjU2XHB0

(; ゚∋゚)「くぅうああぁあ――っ!」

川 ゚ -゚)「そのまま眠っていろ!」

 彼の前のめりとなった後頭部へ。


 渾身の掌打が、炸裂。


(  ∋ )「――――ッ?!」

 声にならない叫び。

 彼の顔面は勢いよく廊下へと叩き付けられた。
 コンクリートを砕き散らし、粉塵が舞い上がる。凄まじき衝撃。
 クックルの拳が硬い岩石ならば、クーのそれは岩をも砕く鋼鉄なのか。

12 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:48:06.45 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚) (やったか……?)

 打ち込んだ左手を引きつつも、関節は極めたままに様子を探る。
 握る手首の先、クックルの右手が軽くと痙攣を起こしていた。

 悪くはない手応え。
 
 少なくとも、戦闘不能は間違いない当たりだと確信する。
 それもこれも今までの数分、がむしゃらにブチかましてくるクックルを、投げ続けるのはかなり応えた。
 最初から全力だ。クーは手を抜いていない。

 投げの軌道、極める関節、叩き込む打撃は全てクリティカル。

 常人なら十数回は目を回し、気絶するほど投げ続けていた。

14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:50:35.60 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚) (だがどうしたものか……。この男は想像以上に堅く、タフだ)

 もう一度左腕を引き付け、力を溜める。
 ダメ押しの一撃――それは決して過ぎたる用心ではないはず。

川 ゚ -゚) (動けないうちにとどめを刺すッ!)

 再び構えられる掌打が、クックルを襲おうとせん一瞬。


 脱力していた彼の手が、握りしめられた。


( ゚∋゚)「ぅぅぅぅうう――っ……!」

川;゚ -゚)「なッ!?」

16 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:53:13.20 ID:oCjU2XHB0

 完全に極まっていた右腕に、弾けるばかりの膂力が蘇る。
 とどめを刺すことに意識が回っていたせいか、僅かに崩れるクーの極め。

川 ゚ -゚) (逃がすか……!)

 パワーで引き剥がそうとするのなら、より強いパワーで。
 クーは一瞬の油断も冷静に対処する。
 掌打を行おうとしていた左手で、クックルの右腕を抑え付けた。

 腕力なら彼女とて自信はある。

 不安定な体勢、且つ後ろ手に極められた状態で、クックルが彼女のホールドを弾き返すのは難しい。

 彼もそれに気付いたらしい。
 そして無理矢理腕を引き剥がすより、もっと別の方法を取ることに決めたのだ。

18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:55:39.79 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「天井に――」

 途端、クックルの巨体が浮かび上がる。
 背中でクーごと押し上げるように、ほんの僅かな屈伸から真上に跳躍。
 体重差が悲しい。水平方向に突撃してくるならば受け流せよう。

( ゚∋゚)「ブチかます!!」


 しかし真下から押し上げられれば、手が出ない。


川  - )「ぐぁっ?!」

 天井とクックルに挟まれるようにして、激突。
 両方向からの逃げようのない衝撃が、クーの細身を駆け巡った。

19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 22:58:05.54 ID:oCjU2XHB0

 元来、クーは打たれ強い方ではない。
 あらゆる攻撃を受け流し、無効化する彼女にとって頑丈さは必要のないもの。
 しかし、それ故に受け流しようのない攻撃をされた時は、一発一発が危険な威力となってしまう。


( ゚∋゚)「RUUUUUUUUUUSH!!」


 クックルに、クーを休ませる気はない。

 着地と共にすかさず、体勢を乱したクーへと乱打を叩き込む。
 重さと腕力に任せた滅茶苦茶なラッシュ。破壊力は十分、生半可な防御は紙屑同然。
 ならばどうするか。

 受け流すしかない。

20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:00:42.84 ID:oCjU2XHB0

川;゚ -゚)「ぬぅっ!」

 己が顔面を砕こうとする、その暴力の嵐へとクーは向かった。
 右から左から、上から下から、真正面から向かってくる。まさに激流だ。
 両碗をフルに駆使し、迫る剛腕を押し退けるも過酷。

川 ゚ -゚) (並外れたパワー!!)

 そして底無しの体力。

川 ゚ -゚) (長期戦に持ち込みたくはない! 小手返しで体勢を崩す!)

 一発の拳が、危うく頬を掠めた。
 クーはここぞと、攻めに転ずる。

 熊のような巨大な右手を、手首で捉えると共に捻り上げた。

21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:03:17.32 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「くくぉ!」

 捩じられる腕を解放するためにも、クックルは左腕で殴りかかろうとする。
 しかし届かない。間合いの外――ちょうど、クックルの右方向の位置にクーはいる。
 腕を取られた瞬間に、彼女は死角へ移動していた。これでは打ち込めない。

 これが『入身』。

 まず直線的な踏み込みにより攻撃を流し、死角に滑り込む。
 さらには水平方向への身体の回転により、相手と同じ攻撃のベクトルに入る。
 そうすることで、相手の打撃を最大限に無力化するのだ。

 クックルの攻撃も、動きも完全に見切られている。

川 ゚ -゚)「悪いが、また寝っ転がってもらうぞ」

22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:06:41.17 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「!!」

 右手首が後方へと、そして下方へと引き寄せられる。
 捻られた腕が、後ろへ後ろへと引っ張られるのだ。こらえきれず、背中から地面に倒されるだろう。
 もちろんクーもそうするためにやっていた。

 狙うのは再びの追い打ち。

 ただ投げ落とすのみでは足りない。
 怒涛のように攻め立てなければ、クックルを気絶――もとい戦闘不能にするのは不可能と判断したからだ。

 しかし、誤算が生じる。


(# ゚∋゚)「投げられない……! 耐え、る……!!」


 彼が踏ん張ったのだ。

23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:09:28.26 ID:oCjU2XHB0

 普通なら、常人ならまず無理だ。一連の流れに振り回され、不様に倒れる。
 しかし、クックルは滅茶苦茶にその常識を跳ね返した。
 クーが渾身の力で引こうとも、彼は手首を捻り上げられたままに動かない。

川;゚ -゚)「馬鹿な……っ」

 クックルは地に踏ん張り、自由な左手を床に食い込ませてまで小手返しを耐える。
 捩じられる腕の痛みと、関節の限界的にも倒れるのが当たり前。小手返しは、そういう技なのだ。
 堪えていること自体に、そもそも無理がある。弊害はすぐに現われた。

 みしりと、クックルの腕が悲鳴を上げる。

川;゚ -゚) (これ以上やれば骨が……!)

 クーの脳裏に動揺が走った。

25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:12:05.33 ID:oCjU2XHB0

 このまま二人が押し合い、ほんの少しでも均衡が崩れた時――クックルの手首は砕けるだろう。
 しかし、ここで放すわけにはいかない。自由になったクックルに追い打ちをかけられてしまう。
 迷いながらも、クーは右手首は固めたまま。力を入れることも、緩めることもできない。

川  - ) (いや……何を躊躇う。敵も覚悟の上、弓矢などを使ってくるような相手だ)

 右腕の傷が、まるで目を覚ませというかのように、痛む。。
 クックルばかりではない。クーも、この膠着をいつまでも続けられる訳ではなかった。
 消耗戦は、端から眼中にない。

 ならば選ぶ方法は一つだ。冷静に、冷徹に。

 強大な敵に対しては、こちらも相応の敵らしく。

26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:14:39.28 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚)「許せっ!!」

 上半身から発するエネルギーが、下半身を流れて末端まで行き届く。
 惜しみなく、容赦なく。クーはありったけの力でクックルを押し返した。


 ――ばぎり。


(  ∋ )「うおおおおおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛――――ッ!!」


 太い木の枝が、砕け折れるかのような豪快な音。

 それと共に上がる、クックルの獣のような叫びがクーの聴覚を震わす。

28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:17:07.83 ID:oCjU2XHB0

 途端に抵抗の無くなった彼の右腕を引き、クーは投撃。
 込められた力の反動で、クックルはより遠くに吹き飛ばされる。これでは追い打ちは叶わない。
 むしろ、叩くよりなお大きいダメージを与えたのかもしれないが。

川 ゚ -゚) (嫌な感触だ)

 自分の掴んでいる腕が、急に抵抗と力を無くしていくその感覚。
 気分が良いものではないだろう。投げられた先で、骨折の痛みにのたうつクックルの姿を見れば尚更だ。

(  ∋ )「ぬふうぅうう! ぬふぅうああ! うぐうう、うぐぅうあああぁあ!」

 激痛は彼の身体を蹂躙する。

 間違いなく手首は破壊され、肩も外れているだろう。力無く垂れる様子がその証拠。
 普通なら、気絶してもおかしくない重傷だ。戦闘不能の一歩手前。

29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:19:36.54 ID:oCjU2XHB0

 しかし、クックルは諦めてはいない。


(# ゚∋゚)「ぬぅうああああああああ! こんな痛みなどぉおおおぉおおぉおお!!」


 何故その怪我をもってして、なお立ち上がれるのか。

 膝をつき、左腕で肩を庇いながら、眼は爛々と燃え盛る炎のよう。
 一切、闘志を失ってはいない。むしろ大ダメージを受けた今こそ、彼の心は熱く煮えたぎり始めている。
 間違いなくクックルは高揚していた。溢れ返らんばかりの闘争心が生まれていた。

 その矛先は真っ直ぐに、素直クールへ。

 手負いの獣は高らかに笑い声を上げた。

( ゚∋゚)「面白いぞ! 愉快だぞ! クックルはこんな敵に会えたことを嬉しく思う!」

30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:22:06.90 ID:oCjU2XHB0

 脂汗を額にたっぷりとかいてもなお、西欧人特有の彫りの深い顔は、笑みを浮かべる。
 引きつり、張り裂けそうな笑いだ。見るも痛々しい。
 しかし、強がりにも見えない。

( ゚∋゚)「故国ではこんなバトルは味わったことがない! 愉快、痛快!」

( ゚∋゚)「素直ヒートに、クール! そしてミルナ! この国は強い奴らがたくさんいる!」

( ゚∋゚)「クックルがジャパンに来たのは、間違いじゃあなかった!」

 心底嬉しそうに、語る。

 彼はヒートと似たような性質の者なのか。強き者との戦いに、無上の喜びを感じるという。
 それは、ショボンのように暴力に狂うドス黒いものとは違った、清々しき闘者の気概。
 どちらにせよ、厄介なことに変わりはないが。

31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:24:37.01 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚)「嬉しそうなのは結構なことだが――」

 クーは固く構えつつも答える。

川 ゚ -゚)「もう降参しろ。その怪我は今までのように、勢いや気合いなどでどうにかなるものじゃない。
     戦闘不能だ。片腕の君を相手に、私は手加減することも敗北することもない。諦めた方がいい」

 半分は情けから。

 もう半分は、クックルという男の性質を警戒して。

 腕が折れることさえ厭わずに戦うような、破天荒な男。
 今までに戦ったことのないタイプであった。
 少なくとも、ルールや常識に凝り固まった日々の中では、一度とさえ見えたことのない相手。

32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:27:16.95 ID:oCjU2XHB0

 言葉の通り、クーに敗北する気はない。

 しかしだ。己が傷つくことを恐れずに向かってくる者――言わば死兵。
 そんな者を相手に、快勝することは難しい。手傷を負うことは、決して否めない。
 こんな威嚇で戦意喪失するような相手とは思わないが、それでもクーは膝をつけと諭す。

( ゚∋゚)「諦めろ――だと?」

 その言葉に対する、クックルの反応はまた以外。


( ゚∋゚)「くく、ふは、HAHAHAHAHAHAHA!」


 怒りでもたじろぎでもない、狂喜。

 白い歯をカッと光らせながら、大仰に彼は笑い続ける。

34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:29:36.67 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「こんな楽しい戦いを前に降参など、あり得ない。
     それにクックルの怪我はアクシデントじゃあない。わざと、クックルは手首を差し出した!」

川 ゚ -゚)「わざと、だと?」

( ゚∋゚)「素直クール、お前も右腕を怪我しているだろう!」

川 ゚ -゚)「…………!」

 無意識に、クーは道着の上から傷口を押さえる。

 袖に隠れて巻いた包帯は見えないはず。だが、クーの動きから悟ったのだろう。
 できるだけ、右腕に負荷をかけないよう戦っているのを。
 
( ゚∋゚)「クックルは馬鹿じゃない。お前が右腕を庇いながら戦っていたことはバレている!」

川 ゚ -゚)「……隠すつもりもなかったんだがな」

36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:32:20.66 ID:oCjU2XHB0

(# ゚∋゚)「ふざけるなっ!!」

 会話の腰を折るように怒声を浴びせ掛ける。
 一瞬だが、クーも身を竦めてしまうほどだった。それほどに純粋な、怒り。

( ゚∋゚)「もしクックルが気付かなかったら、クックルは全力の素直クールと戦ったことにはならなかった!
     それは正しい戦いではない! 間違っている! 戦いとは常に全力であるべきだ!」

川 ゚ -゚)「…………」

( ゚∋゚)「クックルは危うく大恥をかく所だった。
     もしこのまま素直クールを倒していたら、クックルはハンデを付けられて勝ったことになっていただろう……」

 だからこそ、と付け加え、クックルは左腕を掲げる。
 真っ直ぐに突き立てられた人差し指が、遥かな天を指差した。

( ゚∋゚)「クックルは右腕を差し出した。これでイーブン! 全力ではなくともハンデはなしだ」

37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:34:38.00 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚)「自らの勝つ確率を下げてまで、君は公平な勝負を望むのか?」

 無論、と大男は言い放つ。
 一切の迷いもなく、ハッキリとだ。それが本心であるが故に。

( ゚∋゚)「拾った勝利などに意味はない! 勝利とは、道端に転がっているクズ石にあらず!」

 そう、天高く掲げられた指先。
 それはクックルが望む勝利の姿を指し示している。


( ゚∋゚)「勝利とは頭上に輝くものだッ!!」


 高らかに叫んだ。


38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:37:05.69 ID:oCjU2XHB0

 情けのハンデなどいらない。それが望まぬ怪我でも、許容しない。
 ただ等しい条件の中で、己らの全力の限り戦い勝利する。
 クックルが望むのはそれだ。

 負けるかもしれない、などという恐れは必要ない。
 あるのはただただ前進すること。敵に立ち向かうこと。その果てにある結果のみ。
 最初から敗北を恐れて、どうして栄光ある勝利を勝ち取れようか。

 初め、クーはクックルをヒートに似ていると思い込んでいた。
 だが違う。彼は、ヒートやショボンとはまた別のタイプの人間だ。
 似ているようで、また別種の性質を持つ。

 それぞれが望むもの。
 ヒートならば強敵との戦い、ショボンならば戦いそのものの愉悦。
 ではクックルは何を望むのか。その答えは一つだ。

40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:39:39.43 ID:oCjU2XHB0

 勝利。

 ただそれを追い求める。戦うだけのことに意味はない。
 戦うならば勝たなければならない。それも、単に勝つことのみを優先した汚いやり方では意味が無いだろう。
 やるからには真っ向から、小細工なしで、一切のハンデ無しのガチンコ勝負。

 追及するのは、高潔な勝利だ。

川 ゚ -゚) (なるほど。粗野な見た目、荒々しい気性やファイトスタイルとは対象に――)

 クックルの演説を前に、立ち尽くすクーは僅かに頬を緩めた。

川 ゚ー゚) (この男の心は、騎士の如き清廉さと実直さを兼ね備えているわけか)

41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:42:06.06 ID:oCjU2XHB0

 面白い、と。

 少女はらしくもなく、破顔する。
 戦いの中、極限状態を強いられてるのにそんな事を思うのが可笑しい。
 熊のような見た目の男に向かい、騎士などと比喩をするのもまた滑稽だった。

川 ゚ -゚)「本当に、君は面白いな」

( ゚∋゚)「ぬぅ……?」

 クックルに、彼女の言葉の意味は図れない。

川 ゚ー゚)「敵として出会わなければ、あるいはもっと好意的な関係を持てたかもしれん」

( ゚∋゚)「…………?」

川 ゚ -゚)「だが、やはりそういうわけにもいかない。今の君は、間違いなく私の敵だ」

43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:44:52.13 ID:oCjU2XHB0

 地を震わす一歩。

 呼吸を整え、戦闘態勢を作り直す。
 甘えるな。己を律しろ。ここは戦場だ――と。
 前にある者、立ち向かう者は全て敵。打ち倒さなければならない者たち。


川 ゚ -゚)「敵として、障害として、私の前に立ち塞がることの後悔をさせてやろう」


 クックルが全力の闘争を望むのなら、その願いに応えてやる。
 それがせめてもの――対する者としての礼儀なのか。

( ゚∋゚)「……それがいい。お前のような強い奴と、敵として会えたことの方がクックルは幸運だ!」

 クックルもまた語りを閉ざし、深呼吸から全身に酸素を循環させる。
 その身のこなしは、獲物を前にする大型の肉食獣の如し。
 身を沈みこませると共に、ギラつく眼がクーを射抜いた。

44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:47:20.24 ID:oCjU2XHB0

 スタートダッシュの構え。 

 木の幹のような太い両脚から、信じられない加速を生み出すであろうクックルのダッシュ。
 恐らく、スピードに任せるまま突進を繰り出してくるだろう。
 その威力は苛烈の一言。

 風を追い越し、壁を砕き、まともに受ければ轢き潰される。
 まさに人間機関車。止めることはまず不可領域。

川 ゚ -゚) (肉を叩き、骨を砕いても立ち上がってくる。私に彼を投げ倒すことは無理なのか?)

 クーは考える。

 如何にして、この猛獣を打ち倒せばいいのか。
 物理的なダメージを、受けながらも全て無視するクックルはもはや無敵。

46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:50:47.21 ID:oCjU2XHB0

川 ゚ -゚) (頭部にダメージを集中させれば――)

 それも望みが薄いか。
 今の今までの投撃も全て、ほぼ確実に頭部から地へと叩き落としている。
 それでも尚、足元をふらつかせる素振りすら見せない。

川 ゚ -゚) (いや、やるしかない。再び全投撃、全打撃を集中し落とすのみだ)

 小細工を使って来ない相手に対し、こちらもまた力技で立ち向かう。
 その困難さは並大抵のものではない。

 しかし、やらねばならぬのだ。

川  - ) (いいだろう。彼が無敵の肉体と、不屈の闘志で挑むというのなら――)

47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:53:07.22 ID:oCjU2XHB0

 思うが早く、クーは構えを解き、その場に膝を折った。
 脚を畳み、背筋はしゃんと伸び切ったうえ、腿の上に軽く両手を乗せる。
 一目見れば誰でも分かる。それこそ、日本の作法を知らぬクックルでさえだ。


川 ゚ -゚) (私はそれすらも凌駕してみせる!)


 その姿勢は、正座。

 突如としてクーは正座となり、覚悟を決めた瞳でクックルを見つめるのだった。


48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:55:40.26 ID:oCjU2XHB0

( ゚∋゚)「ッ?!」

 クックルには訳が分からない。
 先程まで、自分を倒してやると勇ましく宣言した強き少女が、今は床の上に腰を下ろしている。
 意味など図ることも出来ない。逆に、訳の分からない行為に対し沸々と怒りが込み上げてくる。

 真剣な勝負の場で、彼女の行為が余りにも不自然であるが故に。

 クックルは己を馬鹿にされていると思い込んだのだ。

(# ゚∋゚)「素直クール! 何のつもりだ?! クックルを馬鹿にしているのか!?」

川 ゚ -゚)「――馬鹿に?」

49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/08/31(月) 23:58:27.31 ID:oCjU2XHB0

 むしろ逆さ、と。

 静かに首を振り、彼女はその言葉を否定した。

川 ゚ -゚)「クックル、君に格闘技と武道の違いが分かるか?」

 そして、突然の問いかけ。
 凛とした声は、闇の中でも変わらずに良く響く。

( ゚∋゚)「格闘技と……ブドウの違い?」

川 ゚ -゚)「分からないか? ならば教えよう」

 自論に過ぎないが、と小声で付け足しながら続ける。


川 ゚ -゚)「それは礼の心――相手を敬う心があるかどうかだ」


50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:01:47.32 ID:Cyk7gj7c0

 言うや否や、クーは背を折り体ごと顔を伏せる。
 両手は冷たい廊下にぴたりと付け、深々と頭を下げた。

川 - _-)「よろしく、お願いします」

( ゚∋゚)「ぬぅッ?!」

 その所作のしなやかさと力強さに、クックルは言葉が出ない。
 クーは滑らかな動きで元の姿勢へと戻る。涼やかな眼差しは変わらずにクックルへ。

川 ゚ -゚)「ボクシングやK-1とは違う。挑発や相手を煽るようなことを、決してやってはいけない。
     何故なら武道にはどんな時であれ、戦う相手、戦った相手に対し尊敬の念をもって接するからだ」

 礼に始まり、礼に終わる。それが武道の心得。

川 ゚ -゚)「私は君を一角の武人と認め、改めてその強さに敬意を払いたいと思った」

( ゚∋゚)「ブジン……」

52 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:04:15.72 ID:Cyk7gj7c0

川 ゚ -゚)「故に、ここからの闘いはただの喧嘩ではない」


川 ゚ -゚)「誇りある『決闘』だ!」


 高らかな宣言は響き渡り、後に静寂を連れてくる。
 ひんやりとした夜の空気の中、クックルはその胸中に何を思うのか。

( ゚∋゚)「…………」

 そして気が付いた時には、彼は自然とスタートダッシュの構えを解き、膝を折る。
 太く逞しい両脚が畳まれ、地響きを鳴らして腰を落とす。

 見よう見まねに、左手だけを膝の前に突いた。

53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:06:44.00 ID:Cyk7gj7c0

( ゚∋゚)「クックルは本当に幸せ者だな」

 その意味を噛みしめるように。

( ゚∋゚)「この国には、戦いに対する気高い精神と美しい伝統がある」

( ゚∋゚)「残念ながらクックルの故国にはないものだ。クックルはお前たちが羨ましい」

( ゚∋゚)「だから今だけ――今この戦いの間だけは、クックルはジャパンの伝統に則って戦いたい!」

 モヒカンを頂く頭が、スッと下げられていく。


( ゚∋゚)「ヨロシク、オネガイシマス」


 礼。


54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:09:25.74 ID:Cyk7gj7c0

 二人は今、膝を突いて向き合っている。
 可憐な少女と無骨な大男がきちんと正座し、相対するその光景は奇妙の一言。
 しかし、どこか美しくも見える。

 生まれた国も、扱う流派も違う二人の戦士たちは――

 今この時だけは、互いにただ一人の武人としてぶつかり合う。


川 ゚ -゚)「…………」

( ゚∋゚)「――――ッ」


 そして何の合図も無しに、ほぼ両者同時に踏み出す。
 次の瞬間には最大まで加速し、拳を振り上げた。


55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:12:24.07 ID:Cyk7gj7c0

( ゚∋゚)「RUSH! RUSH! RUSH! RUUUUUUUUUUSH――ッ!!」

 先手はクックル。

 右腕を大怪我しているというのに、その動揺や苦痛を少しも見せない。
 左腕一本で繰り出される、突進により加速されたラッシュがその証拠。
 恐れも、躊躇もない乱撃。

川 ゚ -゚)「はぁっ!!」

 片腕でも、両碗のラッシュに決して引け目を取らない威力だ。
 クーはその拳を的確に、そして冷静に受け流す。身を砕かんとする暴力の嵐を、受け流し、避け続ける。
 一発一発が大きいクックル相手には、一撃も被弾することは許されない。

 反撃に、クックルの伸び切った左腕を掠めるように前進。
 超接近戦の間合いへ踏み込むと同時に、喉笛に手刀を打ち込む。

56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:15:24.45 ID:Cyk7gj7c0

( ゚∋゚)「く、ぐぉ……!」

 ふら付く足元を、捉える腕で振り回す。
 見えない糸に引かれていくかの如く、クックルの身体は容易く宙を舞い、落ちる。
 狙い通り、頭からだ。

( ゚∋゚)「効いていない、ぞ!」

川 ゚ -゚)「口を閉じておけ、舌を噛むぞ!」

 間髪入れず、クーの跳躍。

 床に投げ出されたクックルの土手っ腹に、飛来する踵が迫った。
 無論、彼も追撃は承知の上。すかさず前転でその場から回避。

 背後でクーの蹴りが、床板を叩き砕く音が炸裂する。

57 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:18:10.61 ID:Cyk7gj7c0

( ゚∋゚)「――しばあああああ!」

 着地と同時に回転。

 振りかぶった左腕に、遠心力で更なる加速を図る。
 締め上げられる筋肉に、浮かび上がる太い血管。剛腕は、嵐の如き苛烈さを孕んでいた。
 全てを薙ぎ払う一撃が、クーに迫る。

川 ゚ -゚)「――ひゅッ!」

 放たれるラリアットを前に、彼女は冷静に対処するのみ。
 激突の寸前にすかさず膝を折り、身を伏せる。
 頭上をジェット機が飛んで行ったかのような、鼓膜を劈く轟音が唸った。

 そして、反撃の時間。


 クーの左の掌打が、無防備となったクックルの脇へと叩き込まれる。


58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:20:58.18 ID:Cyk7gj7c0

(  ∋ )「か、くぁあ!」

 クックルの肺から一斉に空気が排出された。

 剥き出しの左脇上部――肋骨へのダイレクトな衝撃。
 それは彼の内臓を揺らし、肺を痛めつけ、呼吸を妨げんほどのダメージを与えた。


 脇腹は、広背筋という筋肉に覆われている部位だ。
 そこはどうしても鍛えにくく、筋肉も付きにくい場所でもある。
 格闘技経験者にも、この位置の肋骨を骨折する者は少なくない。


 そして、それはクックルとて同じ。

 どれほど全身が頑強な筋肉に包まれていても、弱所はある。
 そこに岩をも砕く渾身の打撃を受けたのだ。並大抵の苦痛ではない。

59 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:23:34.01 ID:Cyk7gj7c0

(  ∋ )「くぐ、お……!」

 しかし、彼の不屈さもまた並大抵ではなかった。

(# ゚∋゚)「……うっしゃあああああ――ッ!」

 左腕を一文字に振り払い、クーを弾こうとする。
 次いで滅茶苦茶に振り回されるそれを前に、常人ならいとも容易く吹き飛ばされるであろう。
 退くのが得策。しかし、クーは前へと踏み出す。

川 ゚ -゚) (この男を倒すというのなら、後退などしている暇はない!)

 ぶつかってくる棍棒のような腕を払い、押し退け、かわす。
 クックルを倒すには、短時間でありったけの攻撃を加えなければならないだろう。
 回復の暇を与えない、という意味でもある。

 同時にクーは、彼の闘志を捩じ伏せたかった。

61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:26:41.58 ID:Cyk7gj7c0

川 ゚ -゚) (追いつけないほど速く! 堪え切れないほど激しく! 攻め立てる、それが勝機!)

 踏み込んだ、間合いの内側。
 すかさず、上方に浮かんでいるクックルの顎を打ち上げた。
 固く固く作られた掌が、骨太の顎関節へと叩き込まれる。

(  ∋ )「ぐ、ん!?」

 のけ反る巨体を、ラガーシャツを鷲掴みにして引き寄せる。
 跳ね返ってくる瞬間を逃さず、喉元、鳩尾、下腹部へ貫手を三連打。
 槍とも剣ともとれる、その連撃はクックルを覆う筋肉の壁へと突き刺さった。

 微量の鮮血を吐く。激しすぎる乱打の嵐。

 それは顔面への一撃を以って終幕した。

62 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:29:20.02 ID:Cyk7gj7c0

(  ∋ )「くはぁっ!」

 もはや打たれるまま、打ち返すことも出来ない。

 全身に青痣を作り、食い縛った口の端から血を滲ませる。
 こんなにまで打たれようとも、クックルは倒れない。踏ん張る。立ち続ける。
 クーの打撃は重い。それはもう、女とは思えないほどの速度と威力を伴う重さだ。

 急所を狙い撃ち、さらには顎に一撃までもらっている。

 クックルは立っているのもやっとのはずだ。


(# ゚∋゚)「くか……! こんな、ライトなぁあ、パンチなどぉ、おお……!!」


 それでも、倒れない。


63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:32:25.84 ID:Cyk7gj7c0

 打ち込まれたクーの掌打が、頬にめり込んでいても。
 その闘志に満ちた眼は一切、輝きを失っていない。負けなど眼中にない。
 見るのはただ勝利の道のみ。

川 ゚ -゚)「…………っ!」

 クーが彼の姿に、一瞬圧倒される。
 そこを逃さず、クックルは彼女の左手首を取った。細くて脆そうな、その手首を。
 振り払う隙も与えない。クーを拘束したまま、全身を前へと投げ出す。


 体当たり。


 瞬発力、体重、スピード、申し分なし。威力は上々。
 その証拠といわんばかりに、クックルはクーを巻き込みながら保健室の壁をブチ破った。

64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:36:57.23 ID:Cyk7gj7c0

 あっさりと、砕け散ったコンクリートの壁。
 よっぽどのことが無ければ、そうそう壊れるものでもないだろう。
 それだけのパワーに、クーは真正面から飲み込まれてしまった。

(# ゚∋゚)「ふぉー! ふぉぉお! ふぅう、ふぅううう――……!」

 砕けた瓦礫の上に足をつき、壁に突っ込んだその身を引き剥がす。
 シャツは破け、体中にも切り傷。

 しかし、彼は身の砕けそうな痛みと共に、クーを押し潰した確かな手応えを感じていた。

( ゚∋゚) (間違いない! 今の体当たりで確実に素直クールを潰して――)

 しかして、舞い上がる粉塵が徐々に晴れてきた中、


 ノックアウトされたはずの素直クールは、見当たらない。


65 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:39:55.37 ID:Cyk7gj7c0

 少なくとも、クックルの懐でぺしゃんこになった彼女はいなかった。

( ゚∋゚)「ば、馬鹿な――」


川 ゚ -゚)「――少し」


( ゚∋゚)「ッ!!」

 声がした。

 左側面だった。
 振り返る間もなく、脱力していた左腕が強い力で絞り上げられる。
 肉も骨も握り砕く圧倒的握力を前に、クックルの左手首はただ悲鳴を上げるのみ。

川 ゚ -゚)「焦ったよ。まさに捨て身の一撃だ」

66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:42:41.84 ID:Cyk7gj7c0


 額から一筋の血を流す彼女は、心の底からの感心の念を、その面持ちに現わす。


 クックルの見ている景色が、素早く横へとブレた。
 まるでジェットコースターに振り回されるかのように、遠心力に全身の血液が引っ張られていく。
 抵抗できない。跳ね返せない。

 全てが彼女に――クーの力に巻き込まれていく。

 静かで、それでいて恐ろしいほどの力を秘めていて。
 ほんの少し腕っ節が強い、筋力があるなんてことは、この流れの前では意味を為さない。

 大きな大きな、逆らえない流動の中へと飲み込まれていく感覚。

68 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:45:31.83 ID:Cyk7gj7c0


( ゚∋゚)「おおおぉぉおっぉおおっぉおおおおぉおおおおおおお!!」


 ただ叫ぶことしかできなかった。


 途端に重力が自分の身体を縛る。引っ張り出す。
 渦のように全てを飲み込まんとしていたクーが、逆に全てを拒絶していく。
 遠くへ、彼方へ。強くて速い、拒絶の力がクックルを吹き飛ばす。

 爆発だ。

 まるでクーを中心として、見えない爆弾が爆発したかのようだった。


川 ゚ -゚)「『四方投げ』っ!!」


 投撃炸裂。


69 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:48:52.70 ID:Cyk7gj7c0


(  ∋ )「ふおおおおおお――ッッッ?!」


 投げられるクックルの巨体が、廊下の壁へと激突する。
 保健室の壁の反対側、校庭に面した方の壁――それを突き破るということ。

 並大抵の力や勢いでは無理だろう。

 夜闇に飛び出る後も、クックルは一回、二回、三回と地を跳ねた。
 大男が毬のように軽々とだ。壮絶な光景である。
 それでも彼は何度ももんどり打ち、地に叩きつけられた。

 抗えぬ、その圧倒的な力の前に為す術はない。

70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:51:49.12 ID:Cyk7gj7c0

 そして数十メートルの距離を吹っ飛んだ後、動きが止まる。
 そのまま校庭を、向かいの校舎まで横断しかねない勢いであった。

(; ゚∋゚)「おぉご、おぐ、ぐぐお……っ、く」

 夜の天蓋を仰ぐ彼は、大の字になったまま動かない。
 いや、もはや動けなかった。本当の意味で、もう体が言うことを聞いてはくれない。

 体力になら自信があった。誰にだって負けないガッツも、持ち合わせていると思っていた

 しかし、もう疲労困憊を通り越し、肉体は沈黙している。
 叩き込まれた攻撃の数々は、激しく重いものだった。しっかりと、蓄積はされていたのだ。
 それこそ、精神力では押し切れないほどに。


( ゚∋゚) (クックルは……負けたのか……?)


71 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:54:21.50 ID:Cyk7gj7c0

 経験したことのない感覚。

 胸にすっぽりと穴が開いて、そこから体中のエネルギーが漏れ出ていくかのようだ。

 彼は真の意味で負け無しだった。
 母国での喧嘩や試合では、向かうところ敵なしの毎日。
 それに飽いてやって来た日本でも、戦う相手戦う相手をことごとく蹴散らしていった。

( ゚∋゚) (負けはしなかった……。唯一の、ミルナとのドローを含んでも……一度だって)

 彼と戦い、少なくとも勝利を与えなかったことの出来た男。
 槍術部部長、ミルナでさえ、クックルを完全に沈黙させることは不可能だった。
 戦いの末、両者認めあった上での引き分け。

 それでも今、クックルは立ち上がることも出来ないほどに打ちのめされている。

 ただ一人の少女によって、だ。

72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:57:15.80 ID:Cyk7gj7c0


川 ゚ -゚)「私の勝ちだ」


 気が付けば、傍で悠然と立ち尽くすクーがいた。

 仰いだ姿は夜風に長髪をなびかせ、まるで幻想のような絵姿。
 何と儚く可憐であることか。こんな少女が、一騎当千の化身とは。

 クックルは未だ、その実感を持てないままだった。


( ゚∋゚)「……クックルが、負けた……」

川 ゚ -゚)「だが見事な戦いだった。
     私以外の誰かが君と戦っていれば、勝つことは不可能だったかもしれん」

73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 00:59:59.18 ID:Cyk7gj7c0

( ゚∋゚)「これが、負けるということなのか……」

川 ゚ -゚)「そうだ。君にとっては、たった一回の負けに過ぎないだろうがな」

 溜め息を一つ吐きつつも、クーはその場で再び膝を折る。
 直に地面の上で座ろうとも、彼女のその振る舞いのしなやかさ、美しさは変わらない。

川 - _-)「ありがとうございました」

 首を垂れる。

川 ゚ -゚)「君はもっと負けた方がいい」

( ゚∋゚)「……何?」

川 ゚ -゚)「負けて学ぶことも多い。
     質のある勝利にこだわるのは良いことだが、たまには敗北することも悪くはない」

75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 01:02:48.02 ID:Cyk7gj7c0

 立ち上がり、クックルの胸ポケットに付けられていたものと、懐のバッジを奪う。
 そして意味深な笑みをほんの一瞬、ふっと浮かべて彼女は背を向けた。


川 ゚ー゚)「また負けたくなったら会いに来るといい。相手をしてやろう」


 去っていく。

 後に残される者は一人。クックルだ。
 その脳裏には、不思議な感情が渦巻いていた。
 敗北を認めたくないと思う心と、それに反しどこかすっきりとした心。

( ゚∋゚)「…………」

 クーの言葉に感化されたのか、今の彼は思ったほど荒ぶってはいなかった。

76 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/09/01(火) 01:05:57.06 ID:Cyk7gj7c0

 見上げる夜空は広大。雲の隙間で輝く星は、彼の目指す勝利の形。
 それは遠く小さく、手を伸ばしただけでは掴むことも、その距離を測ることも出来ない。

 こうして大地に倒れ、仰ぎ見ることで初めて、勝利の偉大さと高潔さが分かる。

( ゚∋゚)「敗北を知り、その上で勝利というものの大きさを知ることのができる。
     それこそが、本当の意味での――クックルが目指す『勝利者の資格』……なのか」


( -∋-)「……完全に、負けたっ!」


 確かに、敗北ではあった。

 それでもクックルはまた一歩、己が望む勝利へと近付くことが出来たのかもしれない。


第二十二話・終


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