- 5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 21:52:03.52 ID:bemF0OPG0
( ・∀・)「俺が昨日の夜、見知ったことは以上だ」
広々とした生徒会長室。
カーテンの開かれた窓から覗く、真昼の太陽。
暗褐色の絨毯を焦がすそれは、五月の季節に相応しい晴れ晴れとしたもの。
( ФωФ)
(゚、゚トソン
_
( ゚∀゚)
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 21:54:29.37 ID:bemF0OPG0
そんな陽光を背に目一杯受けて、ロマネスクは椅子にゆったりと背を預け。
彼の両脇に付くよう、副会長ジョルジュと書記トソンは佇む。
逆光で彼らの表情は悟り辛いが、とても友好的な態度には見えない。
いや、ロマネスクを除けば、二人にはこの人物への親愛など存在しないのだろう。
初めから信用していないのだ。
( ・∀・)「何か他に話さなくちゃならないことはあるかい?」
深い沈黙の内、三者の視線は部屋の中央――モララーの眠たげな顔へ。
_
( ゚∀゚)「あるね」
痺れを切らすかのように。苛立ちを含めた声はジョルジュのものだ。
- 9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 21:56:59.97 ID:bemF0OPG0
- _
( ゚∀゚)「そもそも何故、お前は昨日の夜に学校へ来た?」
( ・∀・)「私用さ」
_
( ゚∀゚)「私用? 間の抜けた答えだなぁ。飼い犬が自分の都合でうろついても問題ないって?」
( ・∀・)「飼い慣らせない方に問題があるんだろう」
_
( ゚∀゚)「それとも飼い主に言えないような『私用』だったわけか? あ?」
( -∀-)「…………」
言い返さない。
- 10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 21:59:31.31 ID:bemF0OPG0
彼の私用とは、ギコに関わることだった。
己の過去の清算、決着。それは自身の問題。
他人にベラベラ喋ることではない――そう、彼は見切りを付けている。
そして話したからと言って、ジョルジュが自分を信用するわけはないから。
故に口を閉じて、冷やかな視線を送る彼を睨み返す。
_
( ゚∀゚)「これは困ったもんだな。兵隊は忠実だから兵隊なんだよ、わかるか?
お前はこの先、兵隊としてしか生きていけないからこそ、ここに置いてもらえてるんだぜ」
( ・∀・)「俺は確かにロマネスクの兵隊だが、あんたの兵隊じゃあない」
_
( ゚∀゚)「てめぇよぉ……」
(-、-トソン「…………」
- 11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:02:02.03 ID:bemF0OPG0
( ФωФ)「もういい、やめろジョルジュ」
あくまで姿勢を崩さずに、だが腹の底まで響く凛とした声をロマネスクは放つ。
( ФωФ)「モララーにはある程度、学園を自由に動いて構わないと言っている。
全ては私の判断からだ。お前がそこまで口出しする必要はない。放っておけ」
_
(; ゚∀゚)「だからって……ちょいとこいつを優遇しすぎじゃねえか?」
( ФωФ)「それも必要な事なのだ」
(゚、゚トソン「――恐れながら」
今の今まで沈黙を守っていたトソンが、突然ずいと前に出る。
ちょうどロマネスクとモララーの間に割って入るように、だ。
- 13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:04:30.13 ID:bemF0OPG0
(゚、゚トソン「私もこればかりはジョルジュに同意します。
モララーが計画に必要であるということは分かりますが、些か度が過ぎるのでは?」
_
( ゚∀゚)「トーソーンー! お前もたまにはイイこと言うじゃねえか!」
(-、-トソン「私は私の考えを述べているだけ。あなたの擁護ではありません」
_
( ゚∀゚)「……つれねぇ奴だな」
不満げに口を尖らせるジョルジュを無視し、トソンは再びロマネスクを臨んだ。
普段は一歩退き、ロマネスクの言動に付き従う彼女が苦言を呈している。
よほどモララーの存在が気に喰わないのだろう。
- 15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:07:04.91 ID:bemF0OPG0
彼に向けた背中からは、物言わぬ拒絶の意志がありありと漂っていた。
そんな彼女の只ならぬ雰囲気を少しは感じ取っているのか、ロマネスクも口調を和らげる。
( ФωФ)「トソン。何度も言うが、これは必要な事なのだ」
(゚、゚トソン「我々生徒会幹部よりも、末席ですらないモララーの意志を優先することがですか?」
( ФωФ)「モララーは十二分に働いている。力さえ持ち合わせるのなら、階級や役職など関係はない」
(゚、゚トソン「ならば名前ばかりの幹部など不必要と仰るのですね」
( ФωФ)「……お前にしては珍しく口応えが多いな」
(-、-トソン「不快に思われたのなら申し訳ございません」
- 17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:09:32.46 ID:bemF0OPG0
下げる頭は深々と。先の言葉も、決して反抗の意志からではない。
(゚、゚トソン「私はただ純粋に、計画と会長の身を案じているだけですので」
ズレた眼鏡をキチッと押し上げて。
それ以上は問い詰めることも、謝ることもない。
下がる彼女のしっとりとした濃い影が、絨毯の上へ鮮明に写り込んでいた。
( -∀-)「…………」
_
( ゚∀゚)「…………」
静寂の只中へとこぼれる溜め息は、ロマネスクのもの。
( +ω+)「いや、いい」
机の上で組んでいた指を、彼はゆったりと解く。
- 18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:12:06.14 ID:bemF0OPG0
( ФωФ)「ただ理解はしてくれ。決してお前たちを軽んじているわけではないことを。
モララーに可能な限りの自由を許しているのは、あくまで役割のためだけだ」
切れ長の瞳が灯すのは揺らぎない光。
確かな意志と確固たる威厳を持って、それはトソン達に訴えかけて来る。
彼にそこまで言われては、彼らもまた口を酸っぱくすることも出来ない。
_
( -∀-)「ったくよー……」
(-、-トソン「……分かりました」
仕方なし、とでも言うばかりに。
側近二人は口を噤み、俯く。偏に、ロマネスクに大きな信頼を抱くがため。
彼が必要と言うのなら、それは確かに不可欠なものなのだろう。
- 19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:14:31.02 ID:bemF0OPG0
( -∀-)「やれやれだね」
一人残されるモララーは退屈そうに欠伸を噛み殺し、デスクへ歩み寄ると飾られた花瓶に触れる。
誰かが生けたのだろうか。色とりどりの花は、季節のものを集めた華やかな意匠。
( ・∀・)「もういいのか、ロマネスク。俺は昼寝に戻りたいんだけどね」
( ФωФ)「あぁ、構わん。ご苦労だったな。下がってくれ」
( -∀-)「ありがとよ。また何かあったら呼んでくれ。すぐ顔を見せる」
用が無いと分かれば、モララーはちゃっちゃと歩を進め、部屋を後にする。
途中ふらりと足元が揺れるのも、深夜を戦いに徹したせいなのか。
気ままな風は振り返りもせずに去っていった。
- 20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:17:01.58 ID:bemF0OPG0
彼の背中が見えなくなって、数秒。
ロマネスクは張っていた気をほんの少し緩め、ぐっと椅子にもたれかかる。
疲れでも出たのだろうか。皮手袋に包まれた甲を額に寄せ、またも浅い溜め息をついた。
一歩退いていたトソンがすかさず駆け寄り、彼の肩を支える。
相も変わらず逞しく厚い肩だが、今は少し力ないようで。
(゚、゚;トソン「お加減が優れませんか? 別室でお休みになられては……」
( +ω+)「いい……少しめまいがしただけだ。問題はない」
(゚、゚トソン「最近はまともに睡眠もとられていないでしょう?
今日は公務もありません。一度お休みになられた方が宜しいです」
- 21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:19:40.21 ID:bemF0OPG0
( ФωФ)「今は大事な時期だ。休んでいるわけにはいかん」
_
( ゚∀゚)「バカヤロウ、お前が倒れたらそれこそ全部おじゃんだろうが」
広い手がばしんと、力強く彼の肩を叩く。
トソンの厳しい目線もどこの話、ジョルジュはロマネスクを軽快に諌めた。
_
( ゚∀゚)「休め、ロマネスク。それこそ週明けからは忙しくなる。
くだらねー事務処理やらなんやらは、全部トソンに任せちまえよ」
(-、-#トソン「あなたも働きなさい、ジョルジュ。ですが……」
(゚、゚トソン「彼の言う通りです。些末な仕事なら私たちに任せて、明日に備えて下さい」
( +ω+)「…………」
- 23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:22:00.91 ID:bemF0OPG0
固く瞑った瞼の裏には何が過るのか。
二人の言葉に染み入るように、彼は静かにうなずいた。
( ФωФ)「分かった。少し休むことにする。だが何かあった時はすぐに呼べ」
立ち上がるロマネスクは踵を返し、席を後にする。
彼の闊歩は雄々しい。溜まっているであろう疲労の陰など、おくびにも出さない。
だが部屋の向こう、暗がりへと進んでいく彼の姿はどこか儚くて。
そのまま闇の中でぽつんと消えてしまいそうだと、トソンは胸を締め付けられる。
(-、-トソン「ロマネスク様……」
見ていられない。
いつ倒れてしまうかもわからない彼の、気丈な姿をただ眺めるしかない辛さ。
- 25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:24:34.10 ID:bemF0OPG0
- _
( ゚∀゚)「あいつ、相当ガタがきているよな」
まるで他人事のように――とは言っても、確かに他人事だが。
ジョルジュは隣室に消えたロマネスクの残像を追って、薄暗がりに目を細める。
_
( ゚∀゚)「それでも誰よりも働いて、誰よりも強く在ろうとしてやがる」
(-、-トソン「ええ」
_
( -∀-)「馬鹿だよなぁ。でも、馬鹿だからこそ助けてやらねえとなぁ」
(-、-トソン「分かり切っていることを言わないでください」
生真面目なトソンと、おちゃらけたジョルジュ。
一見、行動を共にするだけの接点も共感も感じられない二人。
彼らを繋ぐものはたった一つ。ロマネスクの存在だけだ。
- 26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:27:01.53 ID:bemF0OPG0
その強烈で強固なファクターが、全く性質を違える二人をただ唯一の目的のために走らせる。
それほどのカリスマ。
それほどの存在感。
_
( ゚∀゚)「でもよぉ、それならあのイケすかねえモララーだけじゃなく、例のセンコーどもも厄介だよなぁ」
(゚、゚トソン「『聖斗指導部』、ですか」
_
( -∀-)「闘いたくねえなぁ……でも誰かがヤらなくちゃあなぁ……困っちゃうぜ」
(゚、゚トソン「何を言います。歳ばかり取った大人相手に、私たちが後れをとると?」
_
( ゚∀゚)「ぜってぇ違うんだよぉ。俺はこういうことに関しちゃ鼻が利くんだ。
その『聖斗指導部』って奴らはタダモンじゃねえ。当然、その背後にいる奴もよぉ」
- 27 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:29:29.71 ID:bemF0OPG0
トソンは最後の言葉に、ピクリと眉根を跳ね上げる。
如何にも、思いもしなかったと言わんばかりの反応だ。
(゚、゚トソン「何者かがバックに付いていると?」
_
( -∀-)「ビコーズ達の完璧な隠蔽工作に漏れがあって、センコーにバレたのか?
違うねぇ! もっとシンプルだ。向こうにいるだろう『祭』に関わる人間が教えたのさ」
_
( ゚∀゚)「そいつがこの騒動のキモだよ。超曲者だ。ヤバい」
(゚、゚トソン「つまり……内通者の可能性も捨てられないということですか?」
トソンの問いかけが挟まると、唐突にジョルジュは弁舌を濁す。
本人も答えを上手くまとめられていないようだ。
_
( -∀-)「んん〜……かもしれんが、何だかそれも的を外してる気がすんだよなぁ」
(゚、゚トソン「?」
- 28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:32:04.46 ID:bemF0OPG0
- _
( ゚∀゚)「んまぁ、何にせよ俺らが直接出張ってヤる必要は無いってことだな。
この件に関しちゃ、あるいはロマネスクも何か知っているかもしれん。聞いてみるか」
分からないことは分からない。
ならば今やるべきことをやるだけだと、ジョルジュは動き出す。
背中越しに飛んでくる指示の的確さは、やはりロマネスクの最も信任厚き男であるが故か。
_
( ゚∀゚)「仕事だ、トソン。ビコーズ達を使って『聖斗指導部』の情報を洗えるだけ洗え。
出身、経歴、家族構成からパンツの色まで何でもいい。勘付かれないレベルで徹底的にやれ」
(-、-トソン「了承しました、副会長」
先程までの、悪態を吐き合うような二人の面影はどこにもない。
きちんと腰を折った礼を最後に、足早に駆け出すトソンのスカートがひらりと舞った。
- 29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:34:01.15 ID:bemF0OPG0
男はこれからの動乱の予感を胸に、身を震わす。
未知なる敵への、恐怖とも武者震いともとれる反応。
_
( ゚∀゚)「さぁて、忙しくなりやがるぜ」
しかして張り付けられた笑顔は、相も変わらず不敵な印象を帯びていた。
- 31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:36:11.34 ID:bemF0OPG0
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第三十話『抗う子供たち』
- 32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:38:34.76 ID:bemF0OPG0
* * *
ノハ--)「…………」
街の雑踏が耳に染み入って。
鬱陶しいからと目をつぶっても、その騒がしい音の濁流は相変わらず。
ならばと耳を塞げば、どくんどくんと脈打つ己の血潮を感じれる。
これほど熱く滾っていても、心には火の気がない。
ぷすぷすと燻ぶって、それがもどかしくてしょうがなかった。
- 35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:41:02.00 ID:bemF0OPG0
ノハ´凵M)「はー……」
溜め息を吐いてみたり。
ノハ#゚皿゚)そ 「うぎっ!!」
歯を剥いてイライラを表してみたり。
ノパ听)「…………」
唐突に呆けてみたりする。
ノハ--)「ふー」
だが何も変わりはしない。心も体も、自分を取り巻く状況も。
思いつきで一人顔芸をやってみようと、周囲の視線が痛いだけだ。
- 36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:43:31.95 ID:bemF0OPG0
町の中心部。腰かけた噴水から跳ね上がる雫が、手の甲をぴたぴたと叩いた。
ドクオの部屋を飛び出してから、数分走り回って落ち付いたのがこの場所。
別に体力が尽きたからではない。ただ、ひたすらに走り続けていても悩みは解消されないと気付いたらしい。
縁の上で器用に膝を抱える。
スパッツ履きの両脚へ顔を押し付けて、水と緑と人の匂いを鼻孔へ溜めた。
ノパ听) (私はどうすればいいんだ……)
己の身の振り様。
変化していく戦場の中で、自分はどうするべきなのか。
ヒートは思い悩む。渋澤に受けた敗北や、ドクオの言葉、フサギコの叱咤にぐるぐると頭を掻き回される故に。
何も考えないことは楽だ。これまではそうやって切り抜けて来られた。
- 37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:46:03.68 ID:bemF0OPG0
ただ、今ばかりは彼女にも考えることを強要されている。
ノハ--) (わかんねぇよぅ……)
これからの戦いには、『聖斗指導部』の影が付きまとう。
さらには武喝道その物が消えるかもしれない状況で、ドクオはそれでも付いてくると言った。
嬉しいし、頼もしい。昔とは比べようが無いほどに成長したと、素直に喜びたい。
だが、その勇気が今度は彼を殺すかもしれないのだ。
簡単な答えは二つある。
ヒートが戦うことをやめるか、あるいは渋澤達など軽くのせるくらいに強くなることだ。
ノパ听)、(嫌だ。戦うことをやめるなんて出来ない。それは絶対に無理だ)
- 38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:48:31.96 ID:bemF0OPG0
確かに戦いそのものから身を引けば、ヒートにもドクオにも実害はない。
またかつての生活に戻っていくだけだろう。それで終わり。何も失うようなものは無い。
無いはずだった。
ノハ;--) (だって、だって私はもっと戦いたい! 今まで以上に強い奴らと!)
もう体が言うことを聞かないのだ。
武喝道に参加してはや四日が立とうとしている。その最中、出会った者たちはみな強力な敵だった。
ショボン、ミルナ、クックル――きっと、これ以上の猛者が学園にはいる。
今までに経験したことの無いような激闘が、待っている。
- 39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:51:01.57 ID:bemF0OPG0
ノパ听) (これは私のワガママなんだろうけど……やっぱり)
ならば、二つ目の答えを取るのか。
ノハ;゚听) (…………)
それは余計に困難だろう。
実際に対峙して、その圧倒的な実力を見せつけられて。
軽々しく強くなってやるぞ、などと言えるのだろうか。言えるわけがない。
渋澤はそれほどに恐ろしかった。強い、という言葉では表現するのにも頼りない。
超越的存在。
まさかまさか、そんな男が自分の身近にいたなどとは。
- 41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:53:33.25 ID:bemF0OPG0
ヒートが鈍かったのではない。巧妙に、渋澤は実力を隠し通してきたのだ。
一介の部活動監督レベルの能力しか露わにせず、己が本性を隠し続けてきた。
それが今、解放された。異常事態だ。
クーでさえあっさりと撃退するレベルの男が、自由を得る。
武喝道に起きる波乱は、ヒートの考えも及ばない規模になるだろう。
ノハ;--) (そんな奴を相手に……強くなれるのか?)
それも限られた時間で。
無理、無駄――なんて言葉が飛び交うのも、仕方のないことだ。
ヒートにとっては正真正銘の敗北。完膚なきまでの負け戦。
戸惑い、踏み出せないのは当然だろう。
- 42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:56:02.64 ID:bemF0OPG0
何よりも彼を――。
ノパ听)、(ドクオを巻き込みたくない……)
それはショボンとの戦いから思い続けてきたこと。
あの時、倒れ伏し目を覚まさない彼を前に、ヒートの世界は絶望に飲まれかけた。
もうあんな思いはしたくない。もうあんな目にドクオを遭わせたくはない。
ならば諦めるか、それでも強くなるか。二つに一つ。
結局、問題は最後の最後で始まりに戻ってしまった。
埒が明かないと悩むことを止め、両耳を覆っていた手を取り払う。
- 43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 22:58:33.26 ID:bemF0OPG0
還ってくる人のざわめき、南中する太陽に焦げる大地の音、自分の深い溜め息。
その中でヒートは何とちっぽけな事か。
音の濁流の中で、彼女は孤独だった。
大声でも出さなければ、誰も彼女に気が付きもしないだろう。
そして仮に一声吼えた所で、彼女の叫びは世界に飲み込まれて、次の瞬間には皆忘れてしまう。
その程度なのだ。ヒートの出来る抵抗など。
ノパ听) (悔しい……)
何も出来ないことが、何も選べないことが。
いっそこの晴れぬ思いを乗せて、本当に大声の一つでも上げてみればあるいは――。
そんな馬鹿げた考えが浮かんでは、沈んで。
- 46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:02:01.49 ID:bemF0OPG0
だが赤毛のポニーテールに撫でられる耳は、雑踏の中にその声を確かに聞き取った。
( )「ちょっと! あなたたち、いい加減になさい!」
年上の女性の声。酷く上ずったそれは、どうやら恐怖と怒りの混ざった声。
何の気なしに声のした方へ首を向ける。灰色の街の中、女性の叫びはどうやら路地裏から聞こえるようだ。
周りの人間は気に留める様子もない。気が付いたのは自分くらいなのか。
考える必要もない。ヒートは駆け出していた。
横断歩道を一足飛びに渡り、人の間を猫のようにするする走る。
助けを求める者を救おうとすることを、思い悩む者などいない。
- 47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:04:34.10 ID:bemF0OPG0
体は自然と動く。
自分の悩みもこれだけ簡単に解決してくれれば、どんなにいいだろうか。
踏み込む彼女は路地の暗さと同じくらいに、表情を曇らせる。
そんなふてくされ顔が見たのは、見知った顔が一つ二つ、三つに四つだ。
('、`;川「ちょっと! 本当に知らないわよ! 警察呼ぶからね!」
(チдン)「くくく、そんな脅しがこの街一番のワルであるよぉお! 俺に通じるかよぉお!」
(ピзラ)「さすが兄貴ぃ!! 根拠のない自信にかけちゃあ最高だぜ!」
(`ェ´)「ボインピャー!!」
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:06:30.77 ID:bemF0OPG0
それほど昔に会ったわけでもないはずだが。
何故か、ヒートは彼らにひどく久しぶりな印象を覚えたのだった。
- 49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:09:01.69 ID:bemF0OPG0
* * *
('、`*川「いやぁ、ホントに助かっちゃったわぁ」
満面の笑みを湛えながら、ペニサスは目の前に置かれたアイスコーヒーをぐるぐるとかき回す。
その隣には、ハーフサイズのパスタが食べかけのままにされてあった。
バジルとオリーブオイルの香りが食欲をかき立てる。
('、`*川「あの悪ガキ達、なかなか振り切れなくって困っていたのよ。
ヒートちゃんって喧嘩の腕っ節ならオリンピック級ね。まぁ、あんまり褒めてもなんだけど」
ノパ听)「う、うん」
それでも、対面に座るヒートの腹はうんともすんとも鳴ってはくれない。
- 51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:12:00.40 ID:bemF0OPG0
週末のランチタイムにしては、少し客足の少ないファミリーレストラン。
ボックス席を陣取った彼女たちは、それぞれパスタセットとパフェを頼んでいた。
('、`*川「あら、食べないの? 遠慮しなくていいのよ、奢ってあげるし」
彼女の目の前のグラスでは、チョコとバニラのアイスクリームが表面にマーブル模様を描いている。
盛られたフルーツは色とりどり。艶々と表面は輝き、早く食べてくれと言わんばかり。
ノハ--)「ん……」
だがヒートの握るスプーンは動かなかった。
美味しそうなスイーツを昼時に前にして、大食いの彼女がピクリとも反応しない。
ヒートの人となりを知っている者から見れば奇妙な光景だ。
ペニサスもあからさまに変に思ったらしい。
- 53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:14:31.90 ID:bemF0OPG0
次の瞬間にはテーブルに身を乗り出し、俯くヒートの額に手を当てる。
ノハ;゚听)「う? な、何さペニたん?」
('、`*川「ふむ、至って平温。耳たぶも冷たいし」
むにむにと耳たぶを触って、納得したのか席に戻るペニサス。
彼女は頬杖を突きながら、コーヒーをかき回す作業に戻った。よほど手元が寂しいのだろうか。
('、`*川「いやいや、熱があるのかと思って。それなら保健医として見過ごせないじゃない?」
ノパ听)、「ね、熱なんかないし」
('、`*川「ヒートちゃんが目の前のご飯に飛びつかないなんて、ちょっと変だなーって思ったの。
まさかあなた、ダイエットなんて言わないでよ? うー、考えただけでも頭が痛くなるわ」
- 54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:17:03.67 ID:bemF0OPG0
ノハ;゚听)「ダイエットじゃないけど……その」
ノハ--)「お腹減らない……ってか、気分が乗らない」
('、`*川「ふぅん」
ハイネックのセーターに浮き上がる豊満な胸が、テーブルに更なる重みを加える。
('、`*川「ヒートちゃんが悩み事?」
ノパ听)「まぁ、ちょっとね」
('、`*川「普段から悩みとは無縁のようにも思っていたんだけど、意外ねぇ」
ぶーっと膨れるヒートのむくれっ面。
しっとりと流れる黒いストレートヘアーを揺らすペニサスは、心配に顔を曇らせるどころか笑っていた。
- 55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:19:35.87 ID:bemF0OPG0
ノハ;゚听)「なんで笑うんだよ! 人が困ってるのに!」
('、`*川「いやぁ、いいことじゃない。あなたが人並みに悩むってことは、少し大人になった証かもね」
ノパ听)「お、大人はいつもこんなに悩んでいるのか?」
くすくすと含み笑い。
('、`*川「悩むわねぇ。仕事、友人関係、恋愛、政治、ローン……いくらでもあるわよ?」
('、`*川「今日日、悩まないことの方が難しいんじゃないかな」
少し垂れ気味の目は、ヒートを通り抜けてどこか遠くを見つめるよう。
長い睫毛に縁取られた瞼を下ろし、それでも随分と愉快そうな彼女は質問を続ける。
- 57 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:22:03.70 ID:bemF0OPG0
('、`*川「相談に乗れる話なら聞いてあげるわよ。保健医の仕事なんて、半ばそんなもんなんだし」
ノパ听)、「それは……」
実際に言ったところで。
ペニサスにこの気持ちを分かって貰えるだろうか。
分かった上で、それを綺麗さっぱり取り払えるような解決策を示してもらえるだろうか。
難しいだろう。
何故ならこれは、ヒートが一人で決めなければならない選択。
この苦悩も、この歯痒さも。自分でなければ真には分からないのだ。
ノハ--) (――でも)
- 58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:24:38.48 ID:bemF0OPG0
さんざん一人で悩んだ挙句、なにも解決しなかった。
それならば、ほんの少し手を借りるという意味でなら。
例え全てを明かさずとも、彼女になにか助言を仰げないだろうかと。
気が付けば、ヒートの乾いた唇は自然と動いていた。
ノハ--)「喧嘩で……」
('、`*川「ん? なになに?」
やっと胸の内を晒してくれようとする教え子を前に、ペニサスは今一度身を乗り出す。
ノハ--)「喧嘩で負けたんだ。その、完膚なきまで」
- 60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:27:07.81 ID:bemF0OPG0
('、`*川「へぇ〜、ヒートちゃんが負けることなんてあるんだ? 驚きねぇ、熊とでも喧嘩したの?」
ノハ;゚听)「いや、別にそんなんじゃないけど」
卓の上で組んだ手を、もじもじと玩びながらヒートは続ける。
ノハ--)「ただ負けるより性質が悪くて……ドクオも、巻き込まれちゃって」
('、`*川「ふんふん」
ノパ听)「私、一回負けたからって諦めるなんて絶対したくないし、悔しい。
絶対そいつにリベンジしてやりたいけど、今のままじゃ全然そいつに敵わない」
改めて、口に出して自分の弱さを告白することは案外辛い。
言ってみてヒートは一度、強く唇を噛んだ。
- 61 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:30:01.58 ID:bemF0OPG0
ノハ--)「それに、またドクオが巻き込まれるかもしれない。
私……尻尾巻いて逃げるのは嫌だけど、ドクオが酷い目に遭うのは同じくらい嫌なんだ」
('、`*川「その……喧嘩? それにはドクオ君は関係あるの? 絶対に関わっちゃうの?」
ノパ听)「うん、すごく関係がある。私が再戦するなら、ドクオも絶対付いて来る」
ノハ--)「だから、もうどうすればいいのか分からなくて。逃げるべきなのか、強くなって戦うべきなのか……」
('、`*川「ふむ」
ずずっと一口、コーヒーで唇を湿らせるペニサス。
('、`*川「私は喧嘩の道理とか仕組みなんて、良く分からないけど」
('、`*川「聞いた限りなら、ヒートちゃんが強くなってその人をやっつけて、ドクオ君を守ればいいんじゃない?」
- 63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:32:31.89 ID:bemF0OPG0
ノハ--)、「それは……」
それが出来れば苦労は無いのだ。
だが限られた短い時間で、圧倒的な差がある相手に追いつくことは難しい。
いや、それも渋澤相手には不可能と思うのが普通だ。
ノパ听)「きっと無理。出来ないよ。そんな簡単に強くなれない」
('、`*川「そうなの? いっぱいトレーニングとか場数踏むとか、そういうのじゃ駄目なのかな」
ノハ--)「いや、時間が無いし、それに……」
なんだか叱られてるような気分で。
伏し目がちにペニサスを見てみれば、何故か彼女もしかめっ面。
- 64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:35:02.89 ID:bemF0OPG0
だが、怒っているようには見えなかった。
('、`*川「ねぇ、ヒートちゃん。さっき自分で言った手前、すぐに撤回するのは良くないかもだけど」
うぅん、と唸りながら。
ペニサスは長く細い指をピッと立てて、ヒートの鼻っ面に持っていく。
('、`*川「あなた、やっぱり悩んじゃ駄目だわ」
ノパ听)「え……?」
('、`;川「だって、あなたの口から『無理』とか『出来ない』なんて言葉が出るのって変よ! むしろ不気味だわ」
('、`*川「そういう煩わしい問題なんて、今までは勢いと力任せで何とかしてきたんでしょ?」
- 67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:38:02.25 ID:bemF0OPG0
ノハ;゚听)「で、でも、これからはそんなやり方じゃ!」
('、`*川「ヒートちゃんがやる前から諦めるなんて、らしくないわよ」
そうなのか。そうだったのか。
そうなのかもしれない。でも、自分らしさを貫いて、それでいいのか。
渦巻く疑問を前に、それでもペニサスは続ける。
('、`*川「ヒートちゃんはもっと自由気ままにやればいいの。
我武者羅に走って、何でもかんでも巻き込んで――今までだってそうだったでしょ」
ノパ听)「…………」
('、`*川「確かに今は少し立ち止まる時なのかもしれないけど、あなた自身は変わらないわ。
また全力疾走すればいいのよ。それでも登り坂が辛くて、走るのが辛くなってきた時は――」
- 68 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:40:30.86 ID:bemF0OPG0
唐突に、彼女はヒートの手を取った。
そしてぎゅうっと強く握る。細くてすべすべして、それでも温かい手。
('、`*川「子供なんだから、誰かに助けてもらいなさい」
ノパ听)
- 70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:43:12.00 ID:bemF0OPG0
がつん、と。
後頭部から金槌で殴られたような、衝撃。
目が覚める。深い靄で濁っていた思考が復活する。
急に広がっていく視界。鮮明さを取り戻す景色。
見える、見えてくる。
('、`*川「ドクオ君を守ってあげたいって思う気持ちは、とても大切な事だわ。立派よ」
('、`*川「でもね、きっと同じくらいドクオ君もあなたを助けてあげたいって思っている」
('、`*川「彼はあなたに巻き込まれたんじゃない。望んであなたに付いて来ているの」
- 72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:45:32.35 ID:bemF0OPG0
蘇ってくる言葉は、ほんの数日前に聞いたばかりのもの。
お前を優勝させてやる、と決意したドクオの声。傷だらけの相棒の宣言。
思えば、そうだ。彼はあの時から覚悟を決めていたのだ。
傷付いても、挫けそうになっても、ヒートと共に戦うという覚悟を。
('、`*川「さっきと言ってること逆だけどね、無理して大人ぶらなくていいのよ。
あなたはまだ未成熟で未完成で、誰かに助けて貰わなくちゃいけない年頃なんだから」
('、`*川「だから何でも一人で悩まないで、みんなと一緒に悩みなさい」
('、`*川「だってその方が辛くないでしょ?」
- 74 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:48:09.76 ID:bemF0OPG0
ペニサスはそこまで言い切ると、アイスコーヒーを一気に飲み干す。
豪快な一気飲みを終え、たんと高らかに音を立ててコップを置いた。
満足げな顔である。そして期待もしている顔だ。
きっと、ヒートの答えを待っている。
ノハ )「私は……私は……」
間違っていたのかもしれない。
- 75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:50:34.06 ID:bemF0OPG0
これは確かに自分自身の問題だが、全て一人で解決する必要はないのだ。
そもそも、そんなことは出来ない。誰かに助けてもらって、人は初めて前に進める。
彼女は忘れていた。自分が何者なのかを。
ノパ听)「私は素直ヒートだ! 『熱血喧嘩屋』!」
馬鹿で、勢いに任せてばかり。
だが挫けない。一度ぶつかって跳ね返されたなら、もう一度――いや何度でもぶつかるまで。
それが彼女。それが素直ヒート。
ノハ#゚听)「そうだ! 悩むことなんてない! 強くなってやるんだ、渋澤よりもずっと!」
- 77 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:53:12.09 ID:bemF0OPG0
いてもたっても居られなかった。
急に現実へと引き戻され、空腹を思い出す。
目の前にパフェは惜しいが、今はそれどころではないのだ。
逃げたり、時間稼ぎのために走るのはもうやめだ。
これからは勝つため、強くなるために走る。
それも一人でなく、ドクオと――仲間たちとだ。
ノパ听)「ペニたん! あんがとぉ!!」
ばっしんと、テーブルを両手で叩きながらも豪快に頭を下げる。
起き上がった時には、その両眼に眩しいほどの炎が灯っていた。
さっきまで燻ぶり、ぶすぶすと音を立てていたのが嘘のようにだ。
- 79 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:56:01.60 ID:bemF0OPG0
ノパ听)「私、もう行くよ! 少しでも時間が欲しいんだ! 強くなる時間が!」
('、`*川「うんうん。蘇ったみたいね。お行きなさいな」
ちょいちょいと手を振り、ヒートを促してやるペニサス。
彼女に向かって笑顔で頷き、ヒートは軽やかに席を飛び立った。
店内のウェイトレスを弾き飛ばしそうになりながらも走る彼女は、やはりまだ未成熟な子供。
それでも、颯爽と駆けていく後ろ姿には、思わず期待で胸が膨らんでしまう。
('、`*川「走れ走れ、若人よ。青春は一瞬だぞ」
何とも年寄り臭い台詞だと苦笑しながら、さて自分も店を出ようかとペニサスは伝票を手に取る。
そんな折、ふとヒートの言葉が思い出されて。
- 80 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/20(日) 23:58:31.12 ID:bemF0OPG0
('、`*川「そう言えばヒートちゃん、なんか渋澤ーって言ってたけど……」
まずその名から思いつく人物と言えば、ヒートの担任かつ顧問であり、また自分の同僚である男性のみ。
至って普通の、少し年のいった国語科の先生。それだけだ。
('、`*川「いや、聞き間違いか。もしくは同姓の別人よね」
あっけらかんと、浮かび上がった疑問を放り出し。
彼女はハンドバックを手に下げると、運ばれた時のままのパフェを見捨て、店を後にした。
- 82 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:01:16.78 ID:gZiZ4jbm0
* * *
暮れなずむ町の中、大柄な影が道へと長く伸びていく。
ミ,,゚Д゚彡 (どこに行っちまったんだ……ハインの奴)
ドクオとクーと別れてから。
軽く二時間近くは歩き通しだったが、フサギコは疲れを口に出しはしなかった。
むしろこれだけ街を練り歩こうとも、ハインの姿が見当たらないことに首を傾げるばかりである。
無論、無人の街で人捜しと言うわけではない。
- 84 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:03:43.58 ID:gZiZ4jbm0
日曜の昼間と言えば、それは人通りも多い。
ただ、ハインは体格も見た目も目立つ。
他人より頭一つ飛び抜けてデカいフサギコなら、割と簡単に見つけられてもおかしくない。
ミ;,,゚Д゚彡 (これだけ探して見当たらんとなると、少し心配だな)
だが、既に夕日が地平線へと沈みこんでいる。
赤銅色の光が街を彩り、徐々に人の足も家の帰路へ向かう時間。
なかなか彼女の姿は、見つからない。
コンビニ、交差点、駅前、念を押して学園の周辺まで。隈なく歩き、捜索した。
- 85 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:06:29.78 ID:gZiZ4jbm0
ちょうど校門を通りがかった時、その向こうに人だかりと壊れた校舎を彼は見た。
ごっそりと壁と天井を抉られた中央校舎は、数台のクレーン車と黄色いメットの人影に囲まれていて。
明るみの内で見るその崩壊の程は、やはり改めて恐ろしいと感じた。
そんな激戦の跡に、身を震わせたのも既に数十分も前。
大の男といえど、歩き通しで捜索と言うのも辛かろう。
さすがにフサギコの心も折れ始め、もう帰ろうかと思った矢先である。
ミ,,゚Д゚彡「あれは……」
街の大通りを跨ぐ、古びた歩道橋の上。
从 ∀从
その慣れ親しんだ姿。赤く染まる景色の中で、異様に映える白衣の白。
フサギコは、ハインを見つけた。
- 87 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:09:13.57 ID:gZiZ4jbm0
ミ,,゚Д゚彡「ハイン!!」
先程まで、重たくて仕方がなかった足取りも少しは元気を取り戻し。
駆け出す彼は巨体でぐらぐらと足元を揺らしながら、階段を三段飛ばしに登り詰める。
切らした息を大きな溜め息で整えながら、立ち止まるハインの小さな肩を叩いた。
ミ,,-Д-彡「一体どこをほっつき歩いていたんだ? 心配したんだぞ……」
彼としては、ハインから「うるせーボケ!」ぐらいの返事を予想していた。
何てことの無い悪態。いつも通りの、変わらぬ掛け合いを。
それこそが、今まで彼が町を探し回ってきたもの。
しかし、帰って来た反応はその真逆で。
从 ∀从「あぁ……すまなかったな」
- 88 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:11:34.92 ID:gZiZ4jbm0
静かで、重く。
水底から聞こえてくるかのような、微かな声。
いつもの甲高く、早口な喋り方とは打って変わった沈んだ返事。
フサギコは一瞬たじろぐ。
ミ;,,゚Д゚彡「ど、どうした? 何か良くないことでもあったのか?」
思わず声が上ずってしまうほど。
質問された当のハインは、しばらく無反応の態度を取ってから振り返る。
ゆっくりとこちらを向いた彼女の表情は、欠けた夕日を背にしたせいかよく見えない。
だが逆光の中、影を落とす彼女の顔の上で、眼だけが爛々と輝いている。
- 90 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:14:04.25 ID:gZiZ4jbm0
それはどこか悲しげで、身を震わせる狂気を孕んだ眼。
从 ∀从「何もねーよ。いや、何もかんも無くなっちまっただけか」
ミ;,,゚Д゚彡「どういう、ことだ?」
从 ∀从「どーでもいいんだよ。それよりお前に言っておくべきことがある」
とりつく島もないのはいつものことだが、今日は何かおかしい。
その言い知れぬ不安に苛まれるフサギコを置き去りにし、ハインは囁く。
冷たい棘に、じわっと心臓を刺されたかのような悪寒が彼の背を走った。
从 ∀从「オレは降りる。今日限りで『ヒート軍団』とはオサラバだ」
- 91 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:16:35.79 ID:gZiZ4jbm0
ミ,,゚Д゚彡「なっ、に?」
その意味が、一瞬分からない。
突然の事態に焦った彼は、馬鹿のように口を開け言葉を失う。
ようやく絞り出せたのは、なんともありきたりな台詞。
ミ;,,゚Д゚彡「何を、言っているんだ! お前!」
从 ∀从「聞こえなかったか? もうオレはお前たちと無関係になる、って言ったんだよ」
ミ#,,゚Д゚彡「だ、だから! 何でそんなことを言うのか聞いてるんだ!!」
思わず張り上げた声。睨み返してくるハインの瞳。
何故か後ろめたさを感じてしまうほどの、痛々しく鋭い眼だ。
- 92 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:19:09.87 ID:gZiZ4jbm0
从 ∀从「簡単だよ。『聖斗指導部』みてーな化け物たちが現れて、このままじゃ生き残るのは難しい。
それも目立っているお前らとツルんでいれば、あいつらに狙われる可能性が増える。当然の選択だ」
ミ;,,゚Д゚彡「お、俺たちを見捨てて、自分だけ生き残ればいいっていうのか?」
从 ∀从「そうさ。より生き残る可能性を取るんだ」
ミ;,,-Д-彡「……っ。それじゃあ……昨日の言葉は……!」
ヒート軍団の皆を友と、仲間と。
守り、守り合い、共に戦っていくかけがえのない人間だと。
決して使い捨て、利用するだけの駒じゃないことを彼女は言った。
あれは全て、その場で出た嘘に過ぎなかったのか。
- 93 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:21:58.10 ID:gZiZ4jbm0
从 ∀从「仲間とか友達とか馬鹿じゃねえの。これはサバイバルなんだよ。生き残りは一人だ」
ミ;,,゚Д゚彡「どうしてだ! どうして、今さら……!」
从 ∀从「うるせえよ。とにかく、もうお前らとはこれっきりだ。
今後は二度とオレに関わるな。ツラ見せた時は容赦しねえ。敵として迎える」
白衣の袖から覗く小さな手が、乱暴にフサギコを押し退ける。
小柄な彼女に押されて、巨体のフサギコは微動だにすることすらないはずなのに。
彼はよろめいた。そのまま呆気なく道を開けてしまう。
ミ;,,゚Д゚彡「ま、待て、待ってくれハイン! どうしたって言うんだ? 何があった?!」
だが、放っておけなかった。
- 94 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:24:42.20 ID:gZiZ4jbm0
ハインは馬鹿ではない。彼女なりの理論に基づいて行動する。
そこには必ず理由がある。意味の無い行為など、彼女はしない。
何かがあったからこそ、昨夜の決意を反故にするような言葉を吐いたのだと。
フサギコはそう思い、だからこそこのまま行かせるわけにはいかなかった。
掴んだ二の腕は細くて脆くて、強く握れば容易くつぶれてしまいそうで。
从 ∀从「離せよ……」
ミ;,,゚Д゚彡「理由も聞けないまま離せるか! 本当は何があったんだ!」
从 ∀从「理由なんてさっき言ったろうが」
ミ;,,゚Д゚彡「信じられん! お前がそんな――」
- 95 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:27:08.96 ID:gZiZ4jbm0
言いきる前に、襟首を掴まれて。
ぱん、と。
濃紺と紅の入り混じる空に、高らかと響く。
階下を走り去っていく車の群れも、どこか遠くでエンジンを鳴らすよう。
フサギコの顎に走る痛み。
それは小さく、微かなものでしかない。だというのに、
胸の奥底へじんと染み入り、どんな鈍器で殴られるよりも痛いのは何故なのだろう。
从 ;∀从「お前に何が分かる?」
- 97 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:29:28.47 ID:gZiZ4jbm0
振り返った彼女の頬は、涙に濡れていた。
ミ;,,゚Д゚彡「え……?」
从 ;∀从「お前に何が分かるって言うんだよ!!」
払った平手はそのまま。端正な顔には苦渋の皺を幾筋も。
逆光の中、彼女の瞳が陽炎のように見えたのはこのせいだ。
濡れて、ゆらゆら揺れて、痛々しいほどに赤く充血していたから。
从 ;∀从「何もない、なくなっちまった。こんな気持ちはもうたくさんだ。
奪われるくらいなら全部自分で捨ててやる。もう関わるな、オレに関わるな!!」
ミ,,゚Д゚彡「ハ――」
- 99 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:32:00.29 ID:gZiZ4jbm0
从 ;∀从「終わりだよ。一人が正しかった。馴れ合えば最後は……最後は傷付くだけだったんだ!!」
叫ぶ。血を吐き散らすが如く。
怒りを、悲しみを、剥き出しにして吠える。
そして掴んだ手を乱暴にすり抜けていく腕。
揺れて散る銀髪。目の縁から涙の粒をいくつも振り落として。
ハインは走り去る。行ってしまう。フサギコの目の前から、消えていってしまう。
今ここで走り出せば、追い付ける。
ミ,,゚Д゚彡「――――」
- 100 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:34:26.64 ID:gZiZ4jbm0
それでも、フサギコは動けない。
足が地に張り付けられたように、一歩も前へは進んでくれなかった。
彼女の背中に追いすがることが、できない。
遠く、遠くへ。ハインはもう、手の届かない場所へ。
ミ,,゚Д゚彡「ハイン……」
空虚に震える声は、しかして木霊することもなく。
頬に残る熱い痛みだけが、心をじりじりと焼き焦がしていた。
- 101 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:37:04.47 ID:gZiZ4jbm0
* * *
ノハ#゚听)「ドクオおおお!! クー姉ぇえええん!!」
ドアを蹴破って、ドクオ宅へと侵入。
(;'Aメ)そ 「うひゃ!? ななな、何じゃ?!」
台所で片付けをしていた部屋の主は、危うくティーポットを取り落としそうになる。
('Aメ)「ちょ! お前今までどこに……」
ノハ#゚听)「そんなことはどーでもいいんですよおおお!!」
(;'Aメ)「何か異常にテンション高くね?!」
- 103 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:39:37.64 ID:gZiZ4jbm0
爪先で器用にぽいぽいと、つっかけ履きにしていたローファを放り脱ぎ。
困惑するエプロン姿のドクオへ接近。襟首を掴むとがっつんと頭突きを喰らわせる。
(゚Aメ)「痛ってぇ!」
ノハ#゚听)「痛いか!? よし、なら覚悟しろよ! これからはもっと痛いこと続きだ!!」
(;'Aメ)「やめろよ! 一体どうしたっつーんだ! 突然飛び出したり、帰ってきたら頭突きだし……」
文句をこぼすドクオの鼻先に、ずいとヒートの鼻がくっつく。
ぱっちりと大きな瞳がすぐそこ、息もかかる距離にある。
思わず生唾を飲み込んでしまった。ドギマギする心臓に翻弄されながら、ドクオはもぞもぞと言葉を濁す。
- 104 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:42:04.62 ID:gZiZ4jbm0
(;'Aメ)「ちょ、ちょっと近いです。近いですよー、ヒートさん?」
ノパー゚)「もっかい言うけど、覚悟しろよ」
ヒートは満面の笑みだ。何が嬉しいのか、ドクオにはさっぱりだというのに。
ノパー゚)「私に付いて来るってことは、今の頭突きよりもぉっと痛い目に遭うってことだからな」
(;'Aメ)「あ、あぁ? まぁ……そんなもんだわな」
ノパ听)「分かんないならそれも良し!! 身をもって感じろ!!」
次の瞬間には、薄い胸板を両手でひと押し。
- 105 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 00:44:35.80 ID:gZiZ4jbm0
(゚Aメ)「まっぷぉ!?」
突き飛ばされたドクオは、もんどり打ちながら台所へ逆戻り。
どすんどすんと家財道具やら鍋の類が崩れ落ち、あっと言う間にドクオがその山に飲まれた。
押し潰されそうになりながらも、覗かせた貧相な顔は随分と恨めしそうだ。
川 ゚ -゚)「二人でお楽しみのところ、すまんな」
居間に入ると、ちゃぶ台で優雅にマグカップを傾けている最中のクーがいた。
川 ゚ -゚)「怪我人のお姉ちゃんは邪魔者だったかな?」
ノパ听)「全然! クーこそ元気みたいでナニヨリだぜ!」
- 107 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/12/21(月) 01:00:03.95 ID:gZiZ4jbm0
対面に腰を下ろすヒートの眼。
そこに、今までとはまた違った何かを感じ取ったらしい。
クーの笑みは朗らかだ。
川 ゚ー゚)「何かイイことがあったらしいな。私に手伝ってやれることは?」
ノパ听)「ある! クー姉ぇにしか頼めないことがな!!」
ちゃぶ台を揺らして身を乗り出す彼女は、まず第一歩を踏み出した。
ノパ听)「私に柔拳の極意を教えてくれ!!」
勇気ある再戦への、大きな第一歩を。
第三十話・終
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