- 2 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:19:11.71 ID:t0pKUIpv0
ひしめく人の息遣い、体温。
川 ゚ -゚)「――笑えん話だ」
生徒会棟一階、多目的ホール。
軽く百人は収まりそうなほどの面積。並大抵の人数が集まろうとも一杯とまではいかないだろう。
だというのにだ。ちょうど六日前、ここにはすし詰めになるほどの人が集まっていた。
全ての始まり、武喝道についての説明が行われた日。
学園に存在する百二十四の部活・研究会・同好会。
その代表格たる部長が全て集まり、生徒会の語る戦いのルール説明へ、耳を傾けていたのだ。
- 3 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:21:39.24 ID:t0pKUIpv0
それがどうしたことだろうか。
今日までのたった数日で数は激減している。
きちんと並べられたパイプ椅子の群れに、空いた隙間は小さいものではない。
川 ゚ -゚)「ざっと見ただけでも半数以上が撃破されている」
腰かけたその一脚の上で。
長い黒髪をさらりと流し、きちんと着こなす制服姿もまた見目麗しい少女。
合気道部部長。『津波殺し』の異名を持つ強者。素直クール。
彼女はすっと伸びた鼻筋に似合わぬ、厳しい険を眉間に寄せていた。
- 5 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:24:31.29 ID:t0pKUIpv0
('Aメ)「つっても大方のバッジは俺らが持ってるんだけどな」
川 ゚ -゚)「まぁな。それが余計に他の参加者を焚き付けるやもしれん。これに加えて――」
('Aメ)「『聖斗指導部』の介入。混戦ここに極まれりって奴だな」
彼女の隣で、同じく不安そうな陰を顔に落とす少年。
剣道部部長。いま学園で最も注目を集める剣士。鬱田ドクオ。
無造作に伸びた髪は、墨を落としたような黒。
鬱陶しそうに掻き上げる様子は、落ち着きの無いことを示しているのか。
ズボンでも隠せないほどに痩せ細った足も、かたかたと頻りに床を叩く。
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:27:08.66 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)「貧乏ゆすり、やめれ!」
(;'Aメ)「あいたっ」
そんな彼の背を横合いからはっ叩く少女。
空手部部長。学園の内外にその悪名を轟かす喧嘩屋。素直ヒート。
重苦しい空気もものとせず、元気溌剌を体現するかのように椅子の上で飛び跳ねている。
その度に詰めたスカートの裾と、尻尾のように伸びた真紅のポニーテールがひらひらと舞った。
('Aメ)「お前こそやめれ」
ノパ听)「イイんだよ! 私のは武者震いだからな! ぼいんぼいん!」
('Aメ)「落ち着いてないってんなら同じだろ」
- 8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:29:49.18 ID:t0pKUIpv0
ミ,,-Д-彡「まぁ、いいだろう。この中で心穏やかにいられる奴なんて一握りだ」
膝の上で組んだ手に顎を乗せながら、ヒートの隣でぼそりと呟く巨漢。
料理部部長。文化部ながらも最前線で戦い続ける男。フサギコ。
小山のように盛り上がる筋肉も剥き出しに、服を剥いだ上半身にエプロンを被っている。
異様な姿だが、それも料理人としての彼のスタイルなら頷けるだろう。
使い込まれた証といわんばかりに、その布地は汚れていた。
武喝道の激戦の中、恐らく誰もが注目しているであろうチーム。
異色にして強靭なる集い、『ヒート軍団』。
- 9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:32:06.50 ID:t0pKUIpv0
しかし、隆盛を誇るこの集まりに、今はどこか足りないものがある。
それもそのはず。五人チームであるはずの彼らが今は四人。欠員がいるのだ。
チームのブレインにして、技術担当。科学部部長、ハインリッヒ高岡だ。
彼女の姿は、いまは影すら見当たらない。
ノパ听)「そういえばよー、ハインはどこ行ってんだ?」
誰もが気付いていてはいたのだが、口に出したのは彼女が初めてだ。
騒ぐ自分を、ドクオと一緒になって諌めるのはハインの仕事。
だからこそ、そのどこか物足りない空気が気になって気になって――。
首を伸ばしてあちこちを見回わす。
ハインの目立つ銀髪を探そうとも、まるで見つからない。
両の壁際も、入口付近も、目につくのは見知らぬライバルたちの姿のみ。
傾げる首と相まって、ポニーテールが大仰に揺れ動いていた。
- 11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:34:31.88 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)「生徒会の召集だってーのに。あいつがすっぽかすなんて珍しい」
('Aメ)「……そういや、単に遅刻してるだけかと思ったんだが」
貧乏ゆすりを止めるドクオも、一緒になって首を傾ける。
('Aメ)「フサギコは何か知ってるか?」
ミ,,゚Д゚彡「…………っ」
自分に振られるとは思ってなかったのか、彼は一瞬言葉を失くす。
失くして、だからといってそれは拾い上げるべきものなのやら。
当然、知らないわけではない。
しかし閉じた瞼の内で、映るのは夕日に彩られた光景。
少女の涙と、別れの言葉。信じていたはずの関係が、壊れた瞬間。
それらは鋭い棘のように彼の心臓へ突き刺さり、執拗に彼を苛む。
- 13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:37:14.34 ID:t0pKUIpv0
胸がつかえて、苦しい。
言えることなんて、無いに等しい。
('Aメ)「フサギコ?」
仲間として伝えるべきなのかもしれないが、どうしても喉の奥で言葉が錆び付いてしまう。
ミ,,-Д-彡「……何も、知らん」
結果、口をつくのは差し障りの無い返事だけ。
ドクオも彼の態度に一抹の疑問を覚えるが、今は追求しない。
何だかんだ言いつつも、この四人の内で彼女と最も親しい(とドクオが思っている)のはフサギコだ。
傍から見ても、彼らの間には信頼がある。仲間として一際強い絆がある。
- 14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:39:31.83 ID:t0pKUIpv0
そんなフサギコが知らないと言うのだ。
なら今ハインがいないことにも、特別な理由があるのだろうと踏む。
そうして行き場を失くした目線が、あっちへこっちへ。
結局、彼に出来ることは空になった段上を見つめるのみだ。
('Aメ)「そうか。じゃあ、どうしたんだろうな。アイツ」
川 ゚ -゚)「何か事情があるんだろう」
さすがと言うべきか。クーは動じない。
不動の精神と肉体を培ってきた彼女に相応しい、威厳と風格。
それらを漂わせながら、じっと見つめるのはドクオと同じ地点だ。
川 ゚ -゚)「ハインはハインの、そして私たちは私たちのやるべきことをやるだけだ」
細くしなやかなラインを描く顎が、前をしゃくる。
- 15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:42:03.40 ID:t0pKUIpv0
そう。ヒート軍団を含め、今日まで生き残ってきた武喝道の参加者たち。
彼らがこの部屋に集められた理由は一つ。生徒会からの招集メールがかかったからだ。
良い知らせにしろ、悪い知らせにしろ。
それがこれからの四日間の戦いに関し、重要な意味合いを持つのは確か。
故に皆、固唾を呑んで待っていた。早朝から集められた文句など、誰一人漏らさず。
いずれ死力を尽くした戦いを繰り広げるであろう、強敵たちと同じ空気を吸いながら。
じっと、じっと生徒会の現れを待っていた。
_
( ゚∀゚)「よーぉ、諸君! いい朝だな」
そんな部屋の静寂をブチ壊す、賑やかな一声。
- 17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:44:41.79 ID:t0pKUIpv0
はち切れそうな緊張の中、ホールの段上へ進み出でる者が在る。
立派な眉毛と目に痛い金髪を引っ提げた、生徒会のナンバーツー。ジョルジュ長岡。
両脇に、相も変わらずの固い表情である都村トソンと、対照的に脳天気な笑みを浮かべたミセリを連れている。
さも堂々と、開けっ広げに。
特有の尊大な笑みを、彼は浮かべていた。
お気楽が過ぎるようで、しかし決して好意的な印象は持てない笑み。
彼の笑いには友好的な色合いが少ない。もっと卑俗で、人を嘲る類のものだ。
_
( ゚∀゚)「色々聞きたい事はあるだろうがまずはご静聴してもらおう。今日は特別ゲストも呼んでるんでね!」
称賛を浴びる演説家のように。
オーバーアクション気味の彼は大手を振り、高らかな靴音を上げる。
この胃が痛くなるような沈黙の中、馬鹿なのか肝が据わっているのか。
- 18 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:47:27.63 ID:t0pKUIpv0
集められた誰もが、彼の本質を掴めずにいる。
いや、ジョルジュ長岡の本質を知れる者など、この場に限らず僅かしかいないだろう。
_
( ゚∀゚)「もういいかい? なら始めるぜ。お楽しみ、武喝道の中間報告だ!」
ぱちんと弾かれる指に合わせ、軋みながらも天井からスクリーンが降りて来た。
- 19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:49:36.33 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第三十一話『掃除ロッカーの魔女』
- 20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:52:39.03 ID:t0pKUIpv0
* * *
映し出されたのは、簡素な図表。
並んだ細かいマス目の中には、一つ一つ文字が打たれていた。
細かなフォントが示すのは、野球、陸上、水泳、軽音楽、文芸――どれもこれも部活動の名前。
無論、空手部や剣道部もきちんと並んで示されていた。
説明するまでもなく、皆悟る。
このマス目は参加者を表しているのだ、と。
_
( ゚∀゚)「トソン! 説明頼む!」
(゚、゚トソン「かしこまりました」
- 21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:55:19.74 ID:t0pKUIpv0
一歩身を退くジョルジュと入れ替わりに、トソンが壇上に立った。
彼女の落ち付いた身なりと小奇麗な顔は、見た目からも優等生という空気を纏っている。
しかし声色は物腰の柔らかさに欠け、ぱきぱきとした少々取っ付きにくい感じだ。
周囲の目線に怖気づくことなど一切ない。
フチ無し眼鏡をくいと押し上げ、レーザーポインタの光をスクリーンにかざす。
彼女の説明が始まった。
(゚、゚トソン「現在、生徒会特別企画『武喝道』は期間の半分を終えました。
こちらに示されているのは、学園に登録されている――と同時に武喝道に参加した全ての部活の簡易表です」
慣れた手つきで、デスク上のノートパソコンを操作。
- 22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 21:57:44.38 ID:t0pKUIpv0
途端に図表に変化が起こる。
一つのマスが赤く変色したかと思うと、連鎖的にその他も変色していく。
会場のどよめきが治まらない内に、図表はほとんどの面積を真紅に染め上げていった。
その意味とは。
(゚、゚トソン「マス目の色が赤になったのは脱落した部活。白いままのものは生存した部活――つまりあなた方です」
レーザーの電源を切りながら述べるトソンの言葉は、どこか機械的で冷たい。
改めて、明確な視覚情報として迫ってくる戦闘激化の印。それがこの図だ。
案の定、参加者たちの動揺はなかなかに静まらない。
ある者は自分が生き残った幸運に胸を撫で下ろし、またある者は強敵の生存に肝を冷やす。
受け取り方は様々。しかし、生徒会の説明はそれに構わずまとめへ入る。
(゚、゚トソン「開始時、百二十四あった部活はただ今の時点で四十二。
各部の累計撃破数および獲得バッジ数については、新聞部提供の各広報にてご確認ください」
- 23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:00:08.24 ID:t0pKUIpv0
ミセ*゚з゚)リ「この報告に対して、何か質問・疑問点がある人は挙手してー!」
いつの間にかトソンのすぐ傍にまで駆け寄っていたミセリが、マイクをもぎ取り叫ぶ。
きんきんとした叫び声が反響を帯び、なんともうるさいことこの上ない。
面をしかめた者がほとんどだ。トソンもまた渋い顔をする。
ともあれ、質問の方はどうかといえば。
やはり、聞かれて即座に手を挙げる者は少ない。
が、全くいないということもないらしい。数秒置いた後、ぽつぽつと挙手をする者がいた。
トソンの邪魔をするなという小言を無視し、ミセリは勝手に質問者を選ぶ。
ミセ*゚ー゚)リ「はーい! じゃあそこの……華道部部長さん! 一応お名前をドゾー!」
指名されたらしい少女は、立ち上がると一礼。
- 24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:02:40.26 ID:t0pKUIpv0
<(' _'<人ノ「華道部部長、三年の高崎美和でございます」
着物姿の大和撫子だ。
艶々と眩しい黒髪はきちんと結い上げられ、所作に合わせて細かに揺れている。
<(' _'<人ノ「既に伝え聞いている方も多いでしょうが、この御祭の勝敗についてです。
仮に複数の参加者が生き残った場合、やはりバッジ数が最後の評価基準なのですか?」
(゚、゚トソン「御察しの通りです」
トソンは即答。
(゚、゚トソン「これは我々の説明不足の点もあり、深く反省しています。
ですが確かに、バッジは最終的な勝敗の判定基準にも繋がります。大切に保管して下さい」
<(' _'<人ノ「……そうですの。では、私からは以上です」
再びしなりと一礼し、美和は腰を落とす。
- 25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:05:38.95 ID:t0pKUIpv0
ミセ*゚д゚)リ「えっとー! そしたら次はそこのぽっちゃりした人ー! 水泳部かな?」
彼女の着席と同時に、にょきにょきと挙手の数が増え始める。
トソンに文句を言わせる間もない。ミセリは次の質問者を選び出している最中だ。
立ち上がる姿は、今度は対照的にどっしりとした男のもの。
だが丸いシルエットはどこか愛嬌に富み、顔つきもとろんとした柔和な感じだ。
ぷくぷくと林檎色に膨らんだ頬が、中学生のような幼さを醸し出してもいる。
しかしてマイクも無しに良く通るその声は、見た目とは裏腹に随分とハキハキとしたものだった。
( ^ω^)「水泳部部長三年、内藤ホライゾンですお」
名乗り終わった彼は咳払いを一つ、質問を始める。
( ^ω^)「脱落した参加者は現在どうなっているんだお?」
(゚、゚トソン「負傷者は我々が保護し、その必要のない方は自主的に自宅待機して貰っています」
- 26 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:08:04.41 ID:t0pKUIpv0
( ^ω^)「自宅待機は絶対に必要な事ですかお? その間、欠席することになる授業の単位は保障してくれるのですかお?」
(゚、゚トソン「自宅待機は、脱落者を戦闘に巻き込まない為の必要な措置です。
単位の点も問題ありません。我々が学校側に掛け合い、公欠という扱いにしてもらう予定です」
( ^ω^)「…………」
答えに一から十まで応じられたわけだが、男が腰を下ろす様子はない。
( ^ω^)「――ひとつ、気になる噂を聞いたお」
声のトーンが一段階落ちる。低く、何か非難めいたものを漂わせる発言。
キナ臭いものを感じたのか、応対するトソンの後方で、ジョルジュは眉毛を盛大にひん曲げた。
( ^ω^)「脱落者は各地で何者かに誘拐されて、その事件には生徒会が関与しているっていう話だお」
- 27 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:11:03.91 ID:t0pKUIpv0
ざわり、と。
群衆の動揺は目に見えそうなほど明確に現われた。
幾数十の目が男を注視。こいつは何を言っているんだ、という疑問に満ちたものもある。
だが、彼は怯まない。最初の質問よりも、むしろこっちの方が本題らしい。
注目を再び壇上に戻す。
今度の咳払いはトソンのだ。
(゚、゚トソン「……申し訳ありませんが、そのようなお話と我々は一切関係ありません」
ミセ;゚ー゚)リ「脱落者はちゃーんとこっちで保護してるってぇ! 根も葉もない噂ですよぉ?」
( ^ω^)「ですが、そちらが脱落者をきちんと保護している、という確たる証拠もないですお」
度重なる、男の質問とも言えぬ詰問。
- 29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:14:03.78 ID:t0pKUIpv0
ジョルジュもさすがに黙っていられなかったらしい。
顔を見合わせる二人の間に割って入ると、ミセリからむしり取ったマイクで語調を荒げる。
_
( ゚∀゚)「なぁ、内藤さんだっけか? アンタ結局何が言いたいんだい?」
( ^ω^)「…………」
_
( ゚∀゚)「企画を問題なく進行させるために身を粉にして働いてる俺らが、誘拐犯だってか?」
( ^ω^)「僕はただそういう噂を耳に挟んで、実際はどうなのか確かめたいだけだお」
睨みつける。互いを。
言葉には浮かび上がってこない、相手の心情を読もうとする探り合い。
ブーンという男も、ジョルジュも、ただの一回すら視線を反らさない。
真っ向から、ぶつかる。
- 30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:16:41.79 ID:t0pKUIpv0
先に均衡を破ったのはジョルジュだ。
深い溜め息と、相も変わらずのおちゃらけた仕草。
こうやって彼は他人を煙に巻く。まともに相手をせず、自身の根底をひた隠すのだ。
_
( ゚∀゚)「ならよー、噂は噂ってことだ。それじゃあ納得しちゃくれないのかい?」
( ^ω^)「少なくとも信用はできないお」
_
( ゚∀゚)「厳しいねぇ! でもよ、俺たちだって証拠もなく疑われちゃ話にならん。そこんところは分かって欲しいねぇ」
( ^ω^)「…………」
ξ゚听)ξ「ブーン」
立ちつくし、真一文字に結んだ唇を振るわせる彼の袖を、隣から連れらしい少女が引く。
彼の真意を探らんとする行為に助け船を出す――というわけではないらしい。
その語調は少し苛立ちを示したものだ。
- 31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:20:03.36 ID:t0pKUIpv0
ξ゚听)ξ「もうそのぐらいにしときなさいよ」
( ^ω^)、「……わかったお」
彼女の言葉に、ようやっと諦める気になったらしい彼は、どっすんと重々しく腰を落とす。
当然だが納得はしていないようだ。ふっくらとした表情はそれに似合わず、厳しく固まっている。
少しもせず、会場へ戻ってくる雑多な話声の波。
生徒会とブーンとの掛け合いを見せつけられて、先程挙手していた者たちも質問する気を失ったか。
あるいは彼と同じような事を問いただそうとしたのかは、窺い知れない。
だが、これをとりあえずの一段落と見るや否や、ジョルジュは声のトーンを張り上げた。
_
( ゚∀゚)「ちょっとばっかし話に拍車がかかっちまったな。時間も押している。これで終いにしよう」
彼が集いの終了を告げると同時に、何名かが席を立とうとした。
この身の潰れそうな重い空気に嫌気がさしている者は、きっと予想以上に多いのだろう。
- 32 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:22:55.88 ID:t0pKUIpv0
- _
( ゚∀゚)「おっとっと、待ちなよ。中間報告は終わったがまだ話すことはあるんだぜ?」
その上がりかけた腰を折るように中断。
やれなんだと不満気味の彼らが壇上を仰げば、ジョルジュでもトソンでもミセリでもない者が登り上がる最中。
あまり見なれぬ風貌は、しかして圧倒的な存在感を放つ。
_
( ゚∀゚)「特別ゲストを呼んでる、って言ったろう?」
瞬く間に、会場は彼の気迫に飲み込まれる。
( ФωФ)「諸君、わざわざ朝早くからご苦労であった」
杉浦ロマネスク。
VIP学園の生徒を統括する、君臨者。
- 33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:26:43.50 ID:t0pKUIpv0
そのオールバックの髪も。
目の眩むほどに白い詰襟も。
猫科の猛獣のような切れ長の瞳も。
遥か彼方から轟くような深いビブラートも。
全てが、全てが大きい。彼方の壇上から、眼前に立たれたかのような圧力で迫ってくる。
誰一人、息を呑まぬ者などいない。個々の震えは空気を揺らし、得体の知れぬ共鳴を生み出す。
( ФωФ)「苛烈ながらも、今日までの戦いはどれも素晴らしいものだったと聞く。
企画に付き合い、ここまで生き抜いてきた諸君らの労をねぎらいたいと思い、今日は馳せ参じたのだ」
慣れた風の演説口調は、何とも不思議な魅力を孕み。
無意識に、と言っても過言ではないほどに、会場全体の意識が彼の言葉へと吸い寄せられる。
よもやその視線を外せる者など居ようものか。
( ФωФ)「このまま最終日まで問題なく武喝道が行われれば良いのだが、如何せん問題もいくつか発生しているらしい」
- 36 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:29:10.36 ID:t0pKUIpv0
獣の猛々しさを静かに秘めた眼が、横に反れる。
隣にぴったりと付き従っていたトソンは頷き、再びパソコンを操作した。
スクリーン上が、赤と白に彩られていた図表から一転、顔写真の羅列に変わる。
枚数は四。くっきりと映り込んだそれは、何気ない証明写真らしきもの。
だが、映っている人物たちに問題がある。先程から驚きとざわめきに包まれてばかりの会場も、
この時ばかりは、水を打ったばかりに静まり返る。
_、_
『( ,_ノ` )』
『川д川』
『(-@∀@)』
『/ ゚、。 /』
- 39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:32:20.61 ID:t0pKUIpv0
驚きと、困惑。
ある者は授業で、ある者は部活で、ある者は職員室で、ある者は廊下で。
話したり、教えを乞うたり、注意を受けたり、すれ違ったりと。出会い方の違いは多々ある。
共通しているのは彼らが『何者であるか』を、当然の如く皆が知っていることだ。
そう、誰だって理解している。
彼らは教師。
我らが尊敬すべき、指導者。
( ФωФ)「言いたいことは多々あるだろうが、話を聞く前にこれだけは肝に銘じて欲しい」
ロマネスクの不可思議な色香を漂わせる声が、冷たく言い放つ。
容赦なく、鋭利な刃物のようにぐっさりと。
( ФωФ)「彼らは既に親しき師ではない。排撃するべき敵なのだ」
- 40 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:35:00.30 ID:t0pKUIpv0
* * *
始業の鐘に誘われて、ばらばらと八方へ駆けていく生徒たち。
教室へ、理科室へ、体育館へ。
煩わしさに文句を垂れたり、友と予習内容を賑やかに確認し合ったり。
慌ただしく、だが平凡で平和な学徒の絵姿だ。
ヒートたちの本業も、また学生。
生徒会棟を後にした今は、各々の教室へと向かう道中である。
しかし、そこに明るい顔は少ない。
川 - _-)「これで参加者全てが、『聖斗指導部』の存在を知ったというわけか」
黒髪をたっぷりと揺らして先頭を歩く、クーの口調はどこか他人事のように聞こえる。
だが、彼女とて心穏やかでないのは確かだ。
先の集会では、色々と驚くことが多かった故に。
- 41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:37:36.26 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「おまけに、彼らに賞金をかけるとは……憎いことをしてくれる」
ロマネスクの口から直々に伝えられた、生徒会の最終決定。
その旨を簡潔に言えばこうなる。
『聖斗指導部』とは学園側が放った武喝道阻止のための刺客。
事を大きくしたくない学園が、一部の教師に命じ、秘密裏に参加者を始末しているという。
このままでは参加者の身の安全は保障できない。だが今さら武喝道の凍結は望めない。
そこで生徒会は、判明している『聖斗指導部』のメンバー四人に、一人頭バッジ五十枚分の賞金をかけたのだ。
('Aメ)「自分たちは一歩も動かず、むしろ標的の俺たちに全員始末させる腹積もりとはな……」
彼女の背を追いながらも、ドクオは不安に満ちた声で呟く。
- 42 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:41:02.87 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「しかし参加者たちには吉報だ。ここまで戦いが煮詰まってくると、普通に戦っての優勝は遠い。
何か一獲千金のチャンスでもなければ――と誰しも考えている時期だ。飛び付かぬ者は少ないだろう」
ノハ;゚听)「でもよー! 分かってんのか? 相手は渋澤達なんだぞ!」
ヒートが食って掛かるのも、ここにいる誰しもが分かっていることだろう。
実際にその強さを目の当たりにして、生半可な者が挑める相手ではないと感じた。
何の情報もなく彼らへ突っ込んでいく無謀さは、想像するだに恐ろしい。
('Aメ)「俺達は分かっている。だが他の連中は分かっていない。そこが生徒会の狙い目なんだ」
ノハ;゚听)「ひでぇ……」
川 - _-)「どちらにせよ、武喝道が凍結されなかったことは幸運だ」
川 ゚ -゚)「今後は渋澤たちを相手にすると同時に、他の参加者と戦わなければならんことを覚悟しておけ」
- 43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:43:36.17 ID:t0pKUIpv0
過酷の一言だ。
これから戦いはより一層燃え上がる。
最終日までに何とかしてバッジを掻き集めようと、誰もが躍起になるだろう。
そこに現れた絶好の標的、もとい狩人――『聖斗指導部』。
混戦の一途を辿るのは、馬鹿でも想像できる。
川 ゚ -゚)「さらに驚いたのは……ロマネスクが衆目に姿を晒したことだな」
考え込むクーの表情は芳しくない。
('Aメ)「そんなに変な事か?」
川 ゚ -゚)「確かに大したことではないのかもしれん。
ただ、今まで徹底したかのように姿を現さなかった男が、この時点で表に出ることに意味があるのかと思ってな」
('Aメ)「まぁ……会長なんて言いつつ、入学して今日までほとんど実物を見たことなかったけど。選挙も信任だったし」
- 44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:46:08.85 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「前に出て声をあげたくなるほどに、彼も『聖斗指導部』への対策を重く見ているということか……」
それが杉浦ロマネスク流の覚悟というものなのか。
ノパ听)「あいつが会長ってことは――」
二人がううむと唸っている最中、また彼女は別の思惑を生徒会長に対して浮かべていたらしい。
それも随分とベクトルの違う考えを。
ノパ听)「つまりあいつがこの学校で一番強いってことだよな!!」
('Aメ)「お馬鹿」
沸き立つヒートに対し、すかさず入るドクオの突っ込み。
('Aメ)「生徒会長ってのはそういうもんじゃあないの。もっと頭がいいとか、信用があるとかってのが重要なんだ」
- 45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:48:39.11 ID:t0pKUIpv0
ノハ#゚听)「学園のトップに立ってんだろお? じゃあ一番強い奴が会長に相応しいだろ、普通!」
('Aメ)「お前の普通が俺には分からん」
川 ゚ -゚)「ならお前が彼を倒せば、次の日からヒート会長と呼ばねばならんわけだな」
ノハ*゚听)「うーん、なんかそれも悪くないな!」
ドクオの呆れ顔もクーのからかいも、ヒートは意味を理解していないらしい。
賑やかさを徐々に取り戻しながら、四人並んで歩いて行く校舎への小道。
空を仰げばいつの間にか曇り空だ。鳶か何かのシルエットも、酷く低空を飛んでいる。
これはひと雨来るかもしれない。
ミ,,゚Д゚彡「……なぁ、すまないが」
今の今までむっつりと黙りこんでいたフサギコが、重い口を開ける。
- 47 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:51:19.09 ID:t0pKUIpv0
('Aメ)「どした?」
ミ,,-Д-彡「俺はこれから食堂の方に行くことにするよ。だからここで」
川 ゚ -゚)「授業は休むのか?」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、ちょっとそんな気分じゃあないんだ。すまない」
ノパ听)「もしかしてハインを捜しに行ったりするのか!」
ハイン、という名が出るや否や、彼の表情は一層重苦しく沈む。
当のヒートが何か悪いことを言っただろうかと、柄にもなく焦っているくらいだ。
いつも頼りがいがあり、むしろ落ち込む者を励ましてくれるような彼には珍しい。
同じ男として、何か感じ取れるものがあったのか。
ドクオは彼の逞しい肩を、軽く叩いてやる。
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:53:36.44 ID:t0pKUIpv0
('Aメ)「今日、会った時から元気ないよな。何か相談があるなら聞くぜ?」
ノパ听)+「私も聞くぜ!!」
('Aメ)「いや、こういうのは男同士の方がいいんだよ」
ノハ;凵G)「何でじゃー!?」
微笑ましい掛け合いを見つめるフサギコの笑みは、しかして薄い。
ミ,,゚Д゚彡「いいんだ。すまない。大したことじゃあないしな」
('Aメ)「そうなのか? まぁ……話したくなったらいつでも言ってくれよ」
俺たちは仲間なんだからなと、念を押してから。
手を振り別れを告げ、先を行くクーとヒートの背中を追いかけていくドクオ。
彼のひょろ長いシルエットを、フサギコは細めた眼で見つめる。
- 49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:56:13.44 ID:t0pKUIpv0
ミ,,-Д-彡「…………」
結局、口に出来なかった。
何より、未だ自分もハインの別れを受け入れられない故に。
整理がつかない。言葉に出来ない。伝えたとしてどうすればいいのか。
追いかけるのか、あの泣き濡れた少女の背中を?
今のドクオのシルエットより、もっともっとか細くなってしまった彼女の背中を?
ミ,,-Д-彡「……すまん」
一体それが、何に対する謝罪なのかも分からないまま。
フサギコはその場を離れる。行き先は、少なくとも食堂ではなかった。
- 50 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 22:58:35.02 ID:t0pKUIpv0
* * *
時は巡り、高らかに学園を包む終業のベル。
それが鳴り終わらぬうちにヒートとドクオは教室を飛び出した。
休み時間はそれほど長くはない。済ませる用事は早めに済ませたいのだろう。
行き先はクーの教室前。授業中、彼女から二人にメールがあったのだ。
昨日のヒートの頼みごとについて、話したい事があるという。
川 ゚ -゚)「遅かったな」
- 51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:01:13.01 ID:t0pKUIpv0
やれ、受験戦争真っただ中とはいえ、未だ陽春の半ば。
それほど空気もぴりぴりとはしていないが、三年生でごった返すフロアはどこか静かな印象。
上級生なりの風格を、皆少なからず持つようになるのか。
ノパ听)「チャイム鳴ってすぐ来たのにかよ!」
川 ゚ -゚)「色々と朝に話しそびれたことがあるんだよ。長くなる」
二人が駆けつけた時には、既にクーは廊下で待ちぼうけの最中だ。
腕を軽く組み、静謐な空気を漂わせながら佇む彼女は、やはり美麗の一言。
そこにいるだけで、常人とは一風違ったオーラを纏っている。
だが、そんな美女がついさっきまで物憂げに見つめていたのは、何故か一台の掃除ロッカーだ。
無骨な作りであちこちが凹み、歪み、傷に塗れている。
廊下用の掃除道具が詰まっているのだろう。
教室に面するよう設置されたそれは、普通の物より少しばかり大きい。
- 53 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:03:41.61 ID:t0pKUIpv0
見目麗しい彼女には似つかわしくないそのオブジェに、僅かに気を取られつつも話を始める。
('Aメ)「それで、話ってのはヒートの特訓についてだよな」
川 ゚ -゚)「うむ、柔拳の極意を教えろ――ということだったな」
ノパ听)「おう!」
川 ゚ -゚)「まず、渋澤に相対することを覚悟した上で、どうしてそう思ったのかを聞いておきたい」
美しくも鋭いその眼差しに気圧されることなく、ヒートは勇んだ。
ノパ听)「前の特訓で言ってたよな! 私はパワーばっかりに頼って、色んなところが足りていないって!」
川 ゚ -゚)「金曜の朝練だな。確かにそう言った」
- 54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:06:04.47 ID:t0pKUIpv0
('Aメ)「一番足りていないのは頭でござります」
ノハ#゚听)「うっせ!」
ドクオを蹴っ飛ばしつつも、彼女は続ける。
ノパ听)「渋澤は強い。今のままでも全く歯が立たなかった。だから強くなりたい。少しでも!」
川 ゚ -゚)「うむ」
ノパ听)「そのためには今まで試さなかったようなやり方でも、自分を鍛えるべきだと思った!
んでクー姉ぇが言っていた意味を私なりに考えた結果、柔拳を教えてもらうことが切っ掛けになるんじゃないかなって!」
川 ゚ -゚)「……なるほど。お馬鹿なお前にしては、良い着眼点だ」
妹の溢れんばかりの期待と熱き思いを受け、クーは深く頷く。
- 55 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:08:40.09 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「お前のファイトスタイルはまさに剛の拳。溢れんばかりの力とスピードで敵を攻め、打ち砕く」
川 ゚ -゚)「逆に私の使う合気――柔の拳は受けの技。冷静さと正確さ、そして技術を持ってして敵の力を飲み込むものだ」
('Aメ)「俺は剣士だけど、どっちか分類できるか?」
川 ゚ -゚)「無理に剛と柔にカテゴライズする必要はないが、お前はどちらかというと柔寄りだろう。言わば柔の剣だな」
川 ゚ -゚)「『新世界(ニュー・ワールド)』は敵の動きと気配を読み、死角へと滑り入る。深い観察と沈着からくる柔の技だ」
('Aメ)「なるほど、ね」
川 - _-)「問題は渋澤だな」
瞼を閉じる彼女の脳裏には、きっとあの夜の戦闘が蘇っているのだろう。
苦い敗北を叩き込まれた、屈辱の夜が。
- 56 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:11:03.74 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「空手を扱うというし、彼はてっきり剛拳の使い手と見ていた。
しかし実際に相対してみて分かったが、彼のスタイルはむしろ柔拳。それもトップクラスのだ」
ノハ;゚听)「クー姉ぇよりすごいのか、あの技?」
川 - _-)「凄い。あのカウンターを避けることも受けることも出来なかった」
川 ゚ -゚)「しかしだ。確かに柔の気配を持つが、彼の拳にはどこか異質なものも感じれる」
('Aメ)「どういうことだ?」
川 ゚ -゚)「つまりあれが全力ではないということだ。まだ奥の手がある」
この三人を同時に相手にして、たった一人で圧勝した男。
彼の持つ実力が、あれだけでまだ全力全開ではない。
そんな恐ろしいことをクーは言っている。
川 ゚ -゚)「仮に考えるとしたら、彼は剛と柔の二つの拳を操れるのかもしれん」
- 57 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:13:36.04 ID:t0pKUIpv0
ノハ;゚听)「げっ?!」
('Aメ)「剛拳と柔拳のハイブリッド……って、言うからにそれはかなりヤバいんだよな?」
川 ゚ -゚)「あくまで予想の範疇に過ぎないが、事実だとしたらかなりの脅威となる」
ヒートとドクオの喉が、飲み込んだ生唾でごくりと隆起した。
川 - _-)「まぁ、彼への推察はこれくらいにしよう。高すぎる壁は見ていても気分が悪くなる」
川 ゚ -゚)「しかし絶対に乗り越えられる。それだけは確かだ」
これだけ脅すようなことを言っていて白々しいかもしれないが、彼女の言葉は正しい。
敵は強大で、恐ろしい。だが同じ人間である以上、実力に違いは在ろうと絶対的な勝敗は無い。
これからヒートがどれだけ強くなるかによっては、彼を圧倒することは充分に可能なのだ。
川 ゚ -゚)「改めてだ、ヒート。柔拳を学びたいという発想は評価する」
- 58 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:16:07.02 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)「お、おう!」
川 ゚ -゚)「敵を剛と柔の二重拳の使い手と見るならば、柔拳への理解を深めることは勝機に繋がるだろう」
だが、と。
付け加えられた言葉の色合いはどこか暗い。
川 - _-)「……はっきり言って、私に柔拳の極意を教えてやることはできない」
ノハ;゚听)そ 「な!!」
ここまで来てそれは無いだろう、と顔に書いているかのようだ。
身を乗り出してクーに喰ってかかる彼女は、喚き散らして止まらない。
ノハ;゚听)「何でそんなこと言うんだよぅ! 私、死ぬ気で特訓するし!」
- 59 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:18:31.63 ID:t0pKUIpv0
川 ゚ -゚)「そもそも……私ですら極意なんて大それたもの、理解していない。
数年この身を技を磨いてきても、高みは遥か彼方。教えてやれることなどないんだ」
ノハ;゚听)「えぇぇええぇえぇぇ……そんな、マジかよ」
川 - _-)「仮に私が持ち得る、半端な技術と知識をお前に教え込んでも、所詮付け焼刃。役に立たん」
('Aメ)、「じゃあ、柔の技を会得して渋澤に挑むっていう作戦は駄目なのか」
川 ゚ -゚)「現実的ではないな」
ノハ´凵M)、「いい考えだと思ったんだけどなぁ……」
落ち込む二人。
やはり、渋澤の脅威に身をすくませながらも、この作戦に希望を幾ばくか見出していたのだ。
でなければ、こうして戦い続けることを覚悟できなかっただろう。
しかし、望んだ僅かな希望も潰えた今、どうしろというのだろうか。
- 60 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:21:35.92 ID:t0pKUIpv0
クーも沈む妹分たちを前にして、哀れみを感じたか。
しゃがみ込み、地面にぺったりと尻を付けうな垂れるヒートの肩を、優しく叩く。
川 ゚ -゚)、「期待を裏切るような言い方をして悪かったな。ただ話はまだ終わっていない」
ノパ听)「え?」
('Aメ)「もしかして柔拳以外にも、渋澤に対抗できる方法があるのか?」
見上げるヒート。面を返すドクオ。
二人の見つめるクーの瞳には、どこか意味ありげな期待が映り込む。
川 ゚ -゚)「あるかもしれない。それを確かめることこそが、お前たちをここに呼んだもう一つの理由だ」
('Aメ)「ここで?」
ノハ;゚听)「確かめる?」
- 62 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:24:12.36 ID:t0pKUIpv0
聞く限りでは、この場所が重要なのか。
しかし見回そうとも、ここは何一つ平素と変わらぬただの廊下。
三年生のクラスが集まるフロアで、特筆するならそれだけだ。
ここにはヒートを鍛えてくれる達人も、道具も、技のヒントも落ちてはいないはず。
川 ゚ -゚)「正確には、『こいつ』に教えてもらう」
歩み出る彼女が近付くのは、先程まで眺めていた掃除ロッカーだ。
見た目は汚く大きいが、他に奇妙な点は無い。至って普通の、どこにでもありそうな物。
その両開きの戸へ、細腕を伸ばしたクーはノックを二回。
こん。
こん。
傍から見れば不思議な光景だ。
- 63 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:27:03.43 ID:t0pKUIpv0
-
それではまるで、中に誰かがいるみたいではないか、と。
訝しげに彼女の挙動を見つめる二人がそう思った矢先、変化が起きる。
がちん、という音と共に開き戸が開いてゆくのだ。
それも一人でにだ。ノックをしたクーは既に一歩後ろへ。
彼女の仕業ではない。別の『誰か』が、ロッカーの中にいるということだ。
驚きに目を丸くする両者をほったらかしに、全開となる扉。
そこからむせ返るような熱気と、どこかねっとりとした女性の声が溢れ出て来る。
lw´‐ _‐ノv「ぴったり時間通りだ。初めまして、諸君」
不可思議な女性は笑う。
この上ないほどに奇妙な匂いを、辺りに撒き散らしながら。
- 64 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:30:03.34 ID:t0pKUIpv0
* * *
被った、すみれ色の薄いベール。
そこから窺える顔立ちは、なかなかに整っている。
筆で書いたかのようなくっきりとした眉に、眠たげな瞼を縁取るこれまた長い睫毛。
すっと高い鼻はどこか日本人離れした印象を与えてくる。それもそのはず、瞳は翡翠色だ。
ミステリアスかつエキゾチックな風貌の彼女は、全身を黒いローブですっぽりと覆っていて。
そのダブついた袖から覗く細腕は、磨いた大理石のように真っ白く映える。
ローブと同じくらい黒い長髪は、まるで夜空を編み込んだかの如く煌めいていた。
この姿を見て浮かぶ第一印象は限られているだろう。
ヒートは真っ先に声を上げる。
- 66 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:33:22.14 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)「占い師だ!!」
lw´‐ _‐ノv「ご明察、だ。子猫ちゃん」
湧き立つヒートへ、しなやかに指を差し。
薄紅色の唇が浮かべるのは蟲惑的な微笑み。
川 ゚ -゚)「何が時間通りだ。約束した覚えはないぞ」
lw´‐ _‐ノv「君がお客を連れて来ることは、何となく分かっていたさ。だから時間通り」
それでも、ロッカーから現れたこの珍人物に驚くこともなく。
クーは随分と親しそうに話しかけている最中だ。少々、不満そうだが。
ノパ听)「外人? てかクー姉ぇ、誰だこの人?」
川 ゚ -゚)「須尚シュール。占い研究会会長の三年だ。ハーフだから顔はあまり日本人には見えないだろう」
- 67 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:36:03.78 ID:t0pKUIpv0
lw´‐ _‐ノv「シューとお呼びよ。ちなみに留年しているからクーよりも年上さ」
('Aメ)「スナオ、ってことはヒートやクーの親戚?」
くすくすと含み笑い。
lw´‐ _‐ノv「字が違うよ。君は初対面の男が鬱田と名乗ると、生き別れた兄弟とでも思うのかい?」
(;'Aメ)「いや、そんなことは別に……」
('Aメ)「ってか、俺の名前を知ってるんですか?」
lw´‐ _‐ノv「知ってるさ。この学園で君たちの名前を知らない奴は、今やそういないよ」
シュー、と名乗る彼女は順繰りに三人を指差しては名前を述べる。
lw´‐ _‐ノv「鬱田ドクオ、素直ヒートに素直クール。『天才(ジーニアス)』と『野獣コック』さんは見当たらないね」
- 68 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:38:47.11 ID:t0pKUIpv0
ノハ*゚听)「スゲー! 私ら有名人かよ!」
('Aメ)「決して良い意味ではない方の有名人な」
和気あいあいと言った様子の会話を遮るように、咳払い。
川 - _-)「私が教えてやったんだろう。白々しい」
それは、ずかずかとロッカーへと踏み込むクーのものだ。
シューは強引な彼女の入室を、眉根の一つも動かさずに快く受け入れる。
外装からは考えられないほどに、その内部は手の込んだ作りとなっていた。
無論、掃除道具など一つもない。
箒もちり取りも取り払われた壁面は暗褐色の垂れ幕で覆われ、怪しげな立方体や乾燥した蜥蜴がぶら下がっている。
中央には脚高のテーブルが一台と椅子が二脚。台上に飾られたのは、吸い込まれそうな輝きを放つ水晶玉だ。
- 69 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:41:05.62 ID:t0pKUIpv0
まるでロッカーの中だけが、占い屋敷の一室と化しているようで。
そこに鎮座し、妖艶な笑みを浮かべて指を弄ぶシューは、魔女か何かにも見える。
川 ゚ -゚)「お前のことだ。概ね話も分かっているだろう」
対面に腰掛けるクーの表情は真剣そのものだ。
川 ゚ -゚)「この二人を――特にヒートの方を見てやって欲しい」
lw´‐ _‐ノv「……なるほど」
二人に一体どういう意志の疎通があったのかは、窺い知れない。
だが、彼女たちにとってはそれだけで十分だったらしい。
エメラルドの瞳は、眠そうな眼つきと裏腹に良く動き、ヒートを上から下まで品定めする。
そして満足そうに頷くと、クーへと目配せ。
- 70 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:44:08.35 ID:t0pKUIpv0
軽やかに席を立つと、彼女はヒートを手招きする。
川 ゚ -゚)「ヒート、来い」
ノハ;゚听)「お、おう!」
未知の領域へ踏み込む、覚悟と勇気を振り絞り。
ヒートはクーと入れ替わる。
屈みこんでロッカーに入った途端、甘ったるい香炉の香りが鼻を包む。
むせながらも椅子へと腰をおろし、両手はしっかりと膝の上。
自然と背筋が伸び、緊張に身がぴりぴりと震えた。
何故だか、この不思議な女性を前にすると感覚が研ぎ澄まされる。
lw´‐ _‐ノv「さて、これからは二人っきりの時間だ。戸を閉じるよ」
- 72 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:46:46.24 ID:t0pKUIpv0
ノハ;゚听)「え、き、聞かれちゃやっぱダメなのか? 占いって」
lw´‐ _‐ノv「まぁ雰囲気作りみたいなものだから、それほど大きな意味はないさ」
有無を言わさず、観音開きの戸を閉じる。
隙間から見えるドクオとクーの姿が細くなったかと思うと、ぱたり。
押し潰されそうなほどの闇に包まれる、狭いロッカー内。
そこは、すぐに灯ったオレンジ色の光に照らし出される。
いつの間にかシューが持っていたらしい、蝋燭に点いた火だ。
細かな細工の入った鈍色の燭台。その表面にゆらりゆらりと、二人の影が怪しく差し込む。
lw´‐ _‐ノv「では始めようか」
ノハ;゚听)「な、何を占ってくれるんだ?!」
lw´‐ _‐ノv「何も、あるいは何でも」
- 73 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:49:49.53 ID:t0pKUIpv0
ノハ#゚听)「茶化さないでくれよお! こっちはいろいろと大変なんだ!」
lw´‐ _‐ノv「君の事情はボクの事情にはならない。でもあのクーの頼みだし、一応見てはあげるさ」
なでり、なでりと水晶に指を這わせ。
灯を怪しく反射する表面を何度も何度も撫で回しては、それ越しに碧眼をヒートに据える。
先程まで噛み付いていたヒートも、今はただ大人しく見守るだけだ。
どうやら、占いとやらは始まったとみて間違いないらしい。
lw´‐ _‐ノv「君は占いを信じているかい?」
ノパ听)「?」
突然の質問。
ノパ听)「し、信じてるともさ!」
lw´‐ _‐ノv「正直にお言いよ。実はそんなに期待はしていないんだろう」
- 74 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:52:00.63 ID:t0pKUIpv0
ノハ;゚听)「…………!」
顔は笑っているが、言っていることは鋭い。
まさに図星だ。実のところを言えば、ヒートはこの行為に半信半疑という心持ちでいる。
ノハ;゚听)「う、確かにあんまし信じてないかも」
lw´‐ _‐ノv「そうだね。でも信用していないものにすがらなきゃならないほどに、君は深く迷っているらしい」
ノパ听)「わかるのか? それも水晶玉に映ってたりする?」
lw´‐ _‐ノv「水晶は必要ないよ。顔を見てれば何となく見える」
と同時に、と付け加える彼女はおもむろに水晶を抱え上げる。
そのままゆっくりと足元へ。ごとん、という重い音が足元に響いた。
lw´‐ _‐ノv「君に必要な事を教えるにあたっても、水晶を眺めることはあまり意味がない」
- 75 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:54:43.97 ID:t0pKUIpv0
ノパ听)「えー! じゃ、さっきまでなでなでしてたのは何だったんだよ!」
lw´‐ _‐ノv「アレを撫でていると気分が落ち着くんだ。雰囲気作りだよ、雰囲気」
ノハ;゚听)「???」
何事もなかったかのように空の台上に頬杖を突き、楽しそうにこちらを眺めてくるシュー。
ヒートからすれば、何とも掴みようのない印象を受けるばかり。
こんな良く分からない奴に助言を仰いで大丈夫なのか、と心配が募りっぱなしだ。
lw´‐ _‐ノv「まず、君に助言を与えるにあたって理解して欲しい事柄がある」
しかしシューは、そんなヒートの不安も余所に話を続ける
lw´‐ _‐ノv「占い研究会なんて名乗ってるが、ボクのは占いじゃあないんだ。もっと適当」
ノパ听)、「はぁ」
- 78 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2010/01/26(火) 23:59:03.76 ID:t0pKUIpv0
lw´‐ _‐ノv「占いとは学問でね。古くは天文学であり、またその多くは統計学でもある。
また手相人相においては人体に通じ、その他も常に文化の最先端を研究し続けてこそ形になる」
lw´‐ _‐ノv「数学のように、きちんとした過程と結果があるんだ。それでも尚、占いが絶対ということもまたあり得ない」
lw´‐ _‐ノv「でもね、ボクはそんな小難しい過程とやらをすべて否定してしまう」
すっと伸ばされた手が、ヒートの頬を撫でた。
指もほっそりとして爪の整った綺麗な手だが、どうしてかとても冷たい。
lw´‐ _‐ノv「見えるんだ。こうして向かい合うだけで、その人の運命が何となく」
何故だろうか。
ヒートは一瞬だけ、彼女の笑みの中に寂しさに似た影が過った。
そのような錯覚を覚えるのだ。
第三十一話・終
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