- 4 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:17:48.15 ID:hZloAibs0
迫る、鉄球の連弾。
(;'A`)「う、うおおおお!!」
間一髪、廊下のL字カーブに身を隠すドクオ。
襟足を掠めていった鉄球たちは轟音を立て、壁にクレーターを作る。
まともに受ければ、骨折かそれ以上のダメージは免れない。
(;'A`)「はぁ、はぁ、ちくしょう! いつまで追っかけてくんだよ!」
この逃走劇はすでに数十分続いていた。
- 6 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:21:35.56 ID:hZloAibs0
武道場で遭遇した危険人物――ショボンと名乗った彼はしつこく追跡してくる。
ドクオは着の身着のまま、靴も忘れて裸足で逃げている。摺り足で鍛えられた足の裏も、さすがに擦り減って血が滲んでいた。
道着もあちこちが破れている。背後から撃ちこまれる鉄球の嵐を避けるのは、そう簡単なことではなかったのだ。
理解できなかった。
限りなく全力疾走で逃げているし、それに何度か撒いたかと思える時もあった。
それなのに、ショボンは追跡を止めない。
例えどこに逃げようと隠れようと、必ず追いついて見つけてくる。
今もそうだった。
もう、曲がり角の向こうには彼がいる。
- 7 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:25:28.74 ID:hZloAibs0
ノパ听)と('A`)は部活動に勤しむようです
第六話『蠢』
- 8 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:28:19.15 ID:hZloAibs0
(´・ω・`)「すごいねぇ。逃げる奴は何度も見たから飽き飽きだけど、君は何というか……勘がイイね」
ゴン、ゴン、ゴン。
鉄球がラケット上を跳ねる音が聞こえる。
(´・ω・`)「さっきから何度も見失ったし、何より鉄球が当たらない。
後ろから打ち込んでるのに……まるで背中に目があるみたいじゃあないか。ねぇ?」
(;'A`)「てめ、知るかよ! ハァ……ハァ、何で、そこまで追ってくる……んだ!」
(´・ω・`)「言ったじゃないか。もう他の雑魚をイヂめるのも飽きたしさ、もっとスリリングな勝負がしたいんだよ!」
ぬぅっと曲がり角から姿を現す死神。
彼の顔は相変わらずの笑みで引きつり、鮫の牙はガチガチと喝采のように打ち鳴らされる。
ドクオは恐怖を覚えた。
体力、腕力、異常性――それら諸々が常人の域でないこの者に、彼は底知れぬ恐れを抱いたのだ。
- 9 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:31:37.66 ID:hZloAibs0
(´゚ω゚`)「僕は楽しい! 君みたいな歯応えのある玩具を見つけれて、すごく嬉しいんだ!
いいよ、追いかけっこはまだまだ終わってない。早く行きなよ、十秒だけ待ってあげるよ、ホラホラァ!」
(;'A`)「――――ッ!」
全てがショボンの思う通りに動いているのが、ドクオには耐えられなかった。
だが、だからと言って逃げることを止めたら終わりだろう。
バッチを持たぬ自分は一体何をされるのだろうか。ドクオの脳裏に、先程のフォックスの姿が浮かんだ。
痛みと疲労に軋む体に鞭を打ち、立ち上がる。
出来るだけ遠くに、そして今度こそ追いつかない場所まで逃げるしかなかった。
(;'A`)「うおおおおお、ちくしょおおおお!!!!」
- 10 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:35:04.55 ID:hZloAibs0
手にする竹刀が重かった。もう捨ててしまえば良かったのかもしれない。
だが、これを手放すことは本当の意味で最後の命綱を失うことになる。
もし今度追いつかれたら? その時、もう走る体力さえ残っていなかったら?
振らなければならない。懐に結んだ最後の一槍を。
(´・ω・`)「まだまだ元気だね、安心したよ。それじゃあ行く――」
ショボンが腰を深く落とし、走りだそうとしたその時。
突如、サイレンが両者の耳を貫く。
(´・ω・`)「……これは?」
('A`)「か、火災警報?!」
- 11 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:40:38.35 ID:hZloAibs0
続いて始まる放水。
普段なかなか動くこともないのだろう。スプリンクラーは二、三度詰まりながら水を吐き出す。
廊下は人口の雨に覆われた。あまりの勢いに、視界は非常に悪くなる。
そして響くアナウンス。
【火事です、火事です。火災が発生しました。西校舎二階、科学教室から火災が発生しました。生徒の皆さんは――】
(´・ω・`)「下の階か……。危ないねぇ、放課後だっていうのに火遊びした奴でもいるのかな?」
('A`)「…………!!」
走り出した。
濡れた前髪が顔に張り付き、目がまともに開けられない。
道着が水を吸い、鉛のように身体にのしかかる。
だが走った。
確かに何が原因の火事かは分からないが、千載一遇のチャンスには違いない。
- 13 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:46:02.15 ID:hZloAibs0
(´゚ω゚`)「――――ッ―――ッ―――!!」
よくは聞こえなかったが、洪水の向こうでショボンが何かを叫んだ気もした。
だが振り向いたり立ち止まる余裕はない。ただひたすらにこの場を離脱する。それがドクオに残された生還の道。
再び鉄球が数発、周りの床や壁を砕く。破片が飛び散り、顔を掠めた。
だが分かる。明らかに命中精度が落ちていた。
(;'A`)「今しかないぞ俺! 逃げろ、逃げろ! 逃げるんだ!!!」
水浸しで滑りやすくなり、おぼつかない足元。
ドクオはそれを一心に蹴り、階段のある校舎端まで疾走した。
- 14 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:51:14.95 ID:hZloAibs0
* * *
ノパ听)「でもどうするんだ、この警報」
从 ゚∀从「知るかよ、どうせ小火に終わったんだから問題ねーだろ」
は瀬川、シャーミンを撃破した二人は、互いにそれぞれからバッチをむしり取りながら話す。
その間も教室には廊下からサイレンの音が漏れ聞こえてくる。
ノパ听)「って、ちょい待て! お前が何でバッチ取ってんだよ。倒したのは私だから二個とも私のだぞ」
从 ゚∀从「馬鹿ここに極まれり、だな。ドレッドを倒したのは実質オレだろ。
テメーは一個貰えるだけでもありがたいんだぜ? この天才、ハインリッヒ様に感謝しろよ」
ノパ听)「ヤロウ……う、ぶしっ! ぶしょっ! くそ、びしょ濡れだよ……!
えぇい、風邪ひいちまう。ブラまで透けてるし……制服返せバカ! それは私んだぞ!」
从;゚∀从「自分でカッコつけて着せといてそれかよ……、マジで頭悪いな。風邪ひかねーから安心しろ」
- 15 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/09(木) 23:55:57.62 ID:hZloAibs0
ヒートに半ば無理やりブレザーをふんだくられると、仕方なしにハインは元着ていた白衣を拾い、肩にかける。
从 ゚∀从「それはそうと、これからどうするつもりだ? このままここにいたら、何言われるか分かったもんじゃねーぞ」
ノハ;゚听)「仮にも敵だろ、お前。なんでそんな奴と仲良く作戦会議しなきゃならないんだよ!
まぁ私も鬼じゃないし、この場でとっちめて今のドレッドのも諸共バッチ奪う――なんてことしねーけど」
从 ゚∀从「そうか? 少なくともオレの方は、もうお前にそれほど敵意を持っちゃいないぜ」
ノパ听)「それってどういう――」
ハインはニヤリと不敵に笑う。
从 ゚∀从「オレと手を組めよ、素直ヒート。チームで戦うんだ」
- 17 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:00:12.21 ID:0F2dVzah0
ノパ听)「んなっ……」
从 ゚∀从「もちろんお前だけとは言わない。あのビビりも入れてやったっていい。ある程度なら、数は多いに越したことはないからな。
とにかく、初日だからって勇み足な話じゃない。むしろ初日だからこそだ。今なら有力そうな奴を引き込み易い」
ノパ听)「これはサバイバルだぞ? 結局イイ目に遭えるのは最後に生き残った奴だけだ!」
从 ゚∀从「いいや、違うね。これは『生き残りゲーム』じゃない。あえて言うなら『点取り合戦』だ」
ノパ听)「意味が分からん!」
从;゚∀从「もう一度ルールを考え直してみろ。このゲームにはタイムリミットがある。一週間ってな。
もし本当に数十の部活動で『最後の一人までサバイバル』をさせるつもりなら、時間制限なんて最初からつけないはずだ」
ノハ;゚听)「…………一週間じゃ決着がつかない?」
- 19 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:05:32.67 ID:0F2dVzah0
从 ゚∀从「無い頭でもそれは分かるな? つまりこの戦い、最後の一人になって勝つ――なんてのはよっぽどのアクシデントがなきゃ無理だ。
じゃあ一週間後、優勝者は一体どうやって決める? 延長戦か? いや違う――撃破数だ。勝ち星の一番多い奴が優勝に決まってる」
ノパ听)「あ……」
从 ゚∀从「そのためのバッチだ。ただの目印じゃねえ、勝敗を分ける『ポイント』なんだよ。だからどいつも雑魚探しに躍起になっているのさ。
卑怯にもオレみたいなひ弱な乙女や、文化部のモヤシからブン取った一勝も、重要な『一ポイント』には違いないんだしな」
ほぅ、とついつい息が漏れるヒートである。
ただ勝ち進めばいいと考えていた自分とは、着眼点からして全く違う考えだった。
だが一つ引っ掛かる点もないことはない。
ノパ听)「うんん? 仮にその話がマジだとして、なぁんでそんな大事なことを生徒会は言わなかったんだ?」
この質問は意外と核心を突いたらしい。ハインも先程までの自信満々の表情から、少し眉根を潜める。
从 ‐∀从「わからんな。どうせ気付くと思っていたから……な訳はないし、どちらかと言うと戦闘の激化を狙っているのか?
そりゃあ初めにそんなこと言ってちゃあ狙われるのは雑魚ばかりで、あとは小康状態になっちまうからな。雑魚を一番潰した奴が優勝になっちまう」
- 20 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:09:59.07 ID:0F2dVzah0
確かに、生徒会の意図はハインにすらよく分からなかった。
彼女の予想通りなら、何故彼らは戦闘の加熱を図るのか。
もしかしたら、本当に最後の一人になるまで戦わせるつもりなのか。だが何のために?
加えて風紀委員のこともあった。
今はまだハッキリしないことだらけで、やたらめったに口外するのは避けた方が良いと彼女は口を噤む。
从 ゚∀从「いや、いい。とにかくだ、チームを組めばその分バッチの回収率も上がる。
そして最後に、一人が全員分のバッチを自分の戦績として優勝ちまえばいい。
一週間後にはみんなで仲良く賞金を山分けってことだよ。お前にも悪くない話のはずだ」
ノパ听)「…………」
从 ゚∀从「悪い扱いはしないぜ? お前の力とオレの頭脳があれば向かうところ敵なしさ」
ハインには確信があった。
今ここでヒートを手駒にさえすれば、自分にも優勝の可能性は充分に見えてくる――と。
第一印象からして、ヒートが頭の切れる人間だとは彼女も思わなかったし、それは強ち間違ってはいなかった。
ならば、理詰めにして引き込める確率は高い。
晴れて、行方知れずとなったブームの代わりができる。そういう魂胆だった。
- 21 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:13:42.75 ID:0F2dVzah0
ノパ听)「――だが、断る!!!!」
それも全て、空しい皮算用に過ぎなかったわけだが。
从;゚∀从「はぁ?」
ノパ听)「金を山分けとか、そういうの興味ない! 私はただ強い奴と思いっきり戦えればそれで十分だ!」
从;゚∀从「お前、本気で言ってるのか? 賞金は一千万だぞ。四、五人で分けても十分な額だ。それを――」
ノパ听)「だからどうでもいいっつってんだろ! 金儲けが目的なら他の奴探せよ! 私はもう行くからな」
从;゚∀从「っちょ、ちょっと待てよ!!」
- 22 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:18:01.54 ID:0F2dVzah0
ヒートは湿って重くなったブレザーを肩に引っ掛け、悠々と化学教室を後にする。
ハインとしては飛んだ誤算だった。ここで素直ヒートを手札に加えなければ、彼女の描くシナリオに支障を来す。
何としても、何を使っても仲間にしなくては。
そう思い、躍起になってヒートの背中を追う。
二人が廊下に飛び出したその時、廊下の向こうを横ぎる影があった。
( ∵)「――――っ」
ヒートには見覚えのある者だった。名をビコーズ、風紀委員筆頭である。
ビコーズはこちらには気づいてはいないらしい。
何か指示を出しながら数名の黒尽くめの集団を引き連れ、足早にT字路を横ぎっていく。
火災警報の鳴り響くこの状況で、非難もせずにどこへ向かおうというのだろうか。
- 23 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:21:51.51 ID:0F2dVzah0
ハインも気づいたらしい。顔を覗かせると害虫でも見つけたかのようなしかめっ面をする。
从 ゚∀从「あん? ありゃ風紀委員の奴らか。生徒会の犬がこんな時に何してやがんだ?」
ノパ听)「――気になるな」
水飛沫を上げ、走り出す。無論風紀委員を追跡するためだ。
気になることがあれば追いかけ、強い奴がいれば倒す。こうやって、ヒートはいつも騒動に巻き込まれる。
アクシデントに首を突っ込むことにかけては、彼女は天才的なのだ。
从;゚∀从「ちょっ、アホかお前! 余計なことしてんじゃねーよ!」
怒鳴り散らしながら追走するハインの言葉など、ヒートにはどこ吹く風だった。
- 24 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:26:12.26 ID:0F2dVzah0
* * *
('A`)「はぁ……はぁ……ゲホッ、ゲホッ」
ドクオはむせ返る。
校内とは言え、かなりの距離を走り回っていた。
心臓が握り潰されているかのように苦しい上、脚はくたくたに疲労している。
('A`)「こんなに走ったのは一年の走り込み以来だな……はぁ、はぁ」
だが、何はともあれ階段までは辿り着いた。
廊下の向こう側には人影は見えない。どうやら、今度こそショボンも彼を見失ったようだ。
逃げ切ったのである。
('A`)「下……だったよな、出火場所は……」
恐る恐る階段の踊り場を覗きこむ。
廊下と同じく、そこも放水で既に水浸しとなっていた。
だが、煙が上がってきたり焦げ臭いにおいも無い。少なくとも、階段の近辺に火災の危険はないと判断する。
- 25 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:30:33.69 ID:0F2dVzah0
ここでやっと安堵の溜め息をつき、ドクオは手摺りに寄りかかるようにして階段を降り始めた。
( ∵)「――――失礼」
そんな折、踊り場にひょいと少年が一人現れる。
さっきまで足音や人の気配を感じなかった。あまりにもいきなりだったので思わず転倒しそうになる。
見覚えのある顔つきだった。
低身長に落ち着いた髪形、真面目そうな顔つきの少年。
ドクオが彼を、風紀委員のビコーズだと思い出すのにさほど時間はかからなかった。
('A`)「ちょ、何だお前かよ! びっくりすんじゃねーか……」
バランスを崩した身体を、手摺りを頼りに引き起こす。
( ∵)「すみませんね、何分急ぎの事情でして」
何の感情もなく、あくまで事務的に淡々とそう述べるとビコーズは背後に手で何か合図を送る。
- 28 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:34:34.19 ID:0F2dVzah0
途端、彼の背後から数名の黒尽くめの集団が湧き出る。
皆々一様に白い仮面を被り、そこには大きく黒い『風』の文字が刻まれている。
ドクオにも初めてお目にかかる者たちだった。
風紀委員の役員――と言えるのだろうか。あまりにも怪しい風体の輩。
その内の二人が、ドクオを拘束するように両脇に肉薄してくる。
(;'A`)「う、おい、何の真似だこれは?!」
両者とも、その問いには無反応だった。
代わりにドクオの制服のポケットに手を突っ込んだり、内側を覗きこんだりしている。
携帯、ハンカチ、ティッシュ……持ち物を次々と引っ手繰ると、その度互いに首を横に振りながら地面へと投げ捨てた。
どうにも、何かを探してるように見える仕草であった。
(風)「ビコーズさん、どうやら信号は間違いないようです。この男、持っていません」
男とも女とも取れない、不可思議な声。
- 29 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:38:55.21 ID:0F2dVzah0
( ∵)「そうですか。いや、意外と早かったですね、鬱田ドクオ。『熱血喧嘩屋』の連れが初日でリタイアですか」
(;'A`)「バッチのことか? 何でだ、ヒートたち以外はこの事を知らないはず――」
ドクオの声を遮るようにして、いつの間にか上の階に上っていた別の風紀委員が声を上げる。
(風)「ビコーズさん! います、この階に! 『凶星』のショボンです!」
( ∵)「可能な限り時間稼ぎして、後退して下さい。怪我人が出てはこちらが面白くありません」
上階の風紀委員は一声、了解と叫ぶと廊下の向こうへと駆けていく。
('A`)「ショボン――のことまで? どうして……どうして知ってるんだ?」
( ∵)「貴方には知る由もないことですよ。……この男を拘束しなさい」
(風)「了解しました」
ビコーズが背を向け、階段を足早に降りて行った――刹那。
- 30 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:42:27.87 ID:0F2dVzah0
ドクオの腹部に鈍い痛みが走る。
( A )「ぐぅっ……!?」
尻餅を突く形で崩れ落ちた。見上げれば、両脇の風紀委員たちが警棒のような物を振り上げている。
凶悪に黒光るそれは、わずかだが先端から青白い電撃を迸らせる。
(風)「安心しろ、少し気絶してもらうだけだ」
〈風〉「抵抗すると痛い目に遭うぞ」
ゆっくりと、頭上に警棒が近づいてくる。
振り払おうとするその手が軽い。
- 31 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:46:43.76 ID:0F2dVzah0
気付くのが遅かった。竹刀は捕まった時に取り落とし、既に階下の手の届かない所にある。
ドクオの脳裏を『絶対絶命』という四文字が掠める。
('A`)「うぁ――――」
眼前を電撃がチラつく、その時だった。
ノパ听)「うりゃああああああああ――――ッ!!!」
聴き慣れた雄叫びが聞こえた。不意に、ドクオはその声に懐かしさを覚える。
まだ別れて数時間だけだというのに、ひどく長い間離れ離れになっていた気分だった。
- 33 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:53:17.60 ID:0F2dVzah0
* * *
ヒートが判断できたのは二つだけ。
一つは追っかけてみた風紀委員が、ゴチャゴチャと階段の踊り場に集まっていること。
もう一つは彼らにドクオが取り囲まれていること。
それらは、彼女がハインの制止を振り切り、風紀委員たちへとがむしゃらに突っ込んでいくのに十分な理由となった。
ノハ#゚听)「ドクオを放せぇぇぇえええええ!!!」
まず手近にいた二人を続け様に殴り倒し、膝を突いた片方の肩を土台に跳躍。
一息に踊り場へと飛び込むと同時に、ドクオを押さえつけていた者にハイキックを打ち込む。
「うぁああ」
最後に残った一人が情けない声を上げた。
だが、ヒートは容赦や情けという言葉を完全に忘却している。
ただ風紀員がドクオへ危害を加えようとしている――この事実が渾身の一撃の燃料となった。
- 34 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 00:57:09.37 ID:0F2dVzah0
ノハ#゚听)「ぶろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
仮面の『風』の文字が砕け散る。
めり込んだ拳が、そのまま貫通しそうな勢いで風紀委員を弾き飛ばした。
壊れそうなほど壁に叩きつけられると、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。ピクリとも動かない。
踊り場はわずか数秒で、水を打ったような静寂に包まれた。
ヒートは周りに敵がいないことを確認すると、ドクオへと駆け寄る。
ノハ;゚听)「ドクオ! ドクオ! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
('A`)「う、くそ……ヒートか。お前何でここに?」
ノハ;゚听)「成り行き! ってかやられてんじゃねーよ、バカ!」
('A`)「面目ない――ってお前こそ、もう俺は関係なかったんじゃ、ねえのかよ……?」
ノハ‐凵])「十年来の付き合いだろーが! んなことで絶交するか!」
('A`)「はは、それもそーか」
- 35 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:01:33.06 ID:0F2dVzah0
ヒートは力なく笑うドクオに、ひどく己の情けなさを感じた。
自分が彼を一方的な感情で突き放した結果――それがこれなのではないか、と。
ノパ听)「ドクオ……私、お前に謝らなくちゃって思った。確かに、お前に裏切られた気がしたのは事実だ。
だからって、私も勢いに任せて言いすぎちゃったところもある。私って、自分から見ても怒りやすいから……。
あの時無理にでも――いや、正直になって引き留めていたら、こうはならなかったんじゃないかって思うし」
('A`)「ヒート……」
ノハ‐凵])「ごめん! だから、これは返す。
ドクオはビビりで戦うのとか嫌なのは分かってるけど、やっぱり私は受け取れない!
でも、その代わりってーと変だけど……一緒に戦おう! 一緒に!
心配しなくても大丈夫だ。私はお前を守るし、お前にも私を助けて欲しいから!」
ヒートの手は、女にしてはゴツゴツとしてマメだらけだった。
毎日と言っていいほどの、絶え間無い喧嘩の中でこんなにも傷ついてしまった手。
差し出されたその上には、ドクオが手放した剣道部バッチが輝いている。
- 37 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:06:54.18 ID:0F2dVzah0
('A`)「……プッ」
ノハ;゚听)「ちょ、何笑ってんだお前ぇ!」
('A`)「いや、なんかやっぱり、お前らしいっていうか」
ドクオも、今まで雁字搦めになっていた様々な葛藤から、ほんの少しだけ楽になれた気がした。
今このバッチをもう一度手にすることは、戦いの渦中に身を投じるということだ。
誰かを傷つけ、傷つけられ、裏切り裏切られるかもしれない。そして、その誰かが己の身近な人になるかもしれない。
先のショボン――あのような危険な者も少なからずまた現れるだろう。
彼らに立ち向かうこととは、今まで見たこともないような大きな脅威になる。
- 38 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:10:10.07 ID:0F2dVzah0
だがそんな日々の中、自分がボロボロになった時でも、ドクオには一つ絶対に耐えられないことがある。
それは自分の手の届く範囲にいる人を、守れないこと。
今はそう――ヒートが傷つくことだ。
これまでは自分が彼女に守られてきた。
幼い日々も今も、それは変わらない。ボロボロになり、ベソをかく自分を彼女は何時だって助け起こしてくれる
そしてまた彼女は自分を守ろうと――身を削ろうとしている。
それではダメなのだ。
心に一つの道が広がった。
賞金も名誉も必要ないドクオに、全く無かったように見えた武喝道を戦う意義。
それが今、明確に分かったのだった。
- 39 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:14:07.34 ID:0F2dVzah0
('A`)「いいぜ、もう嫌って言っても聞かないんだろ? すげー怖いけど、手伝うよ」
ヒートの手毎握るように、バッチを受け取る。
('A`)「決めたよ、お前が戦うなら俺はその背中を守る。今度は……俺が守るんだ」
体はボロボロ、まともに立てそうもない疲労に包まれてはいたが、その両眼はしっかりと開いていた。
('A`)「俺はお前を武喝道で優勝させるために戦う。どこまでも付いていってお前を導いてやるよ」
ノパ听)「ドクオ……あぁ! よろしく頼むぜ相棒ぉ!!」
今まで見たどれよりも眩しい、そんな満面の笑みでヒートはドクオの手を握り返した。
- 40 名前: ◆b5QBMirrJE[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 01:18:07.36 ID:0F2dVzah0
从 ゚∀从「……熱い友情を交わしている最中のようだが、もういいかい?」
二人はびくりと身を震わせる。
いつからそこにいたのだろうか、ハインがすぐそばの階段に腰掛けて肩をすくめていた。
ノパ听)「すまん、お前のことを忘れてたわ」
从;゚∀从「イカレてるぜ、いきなり風紀委員どもに襲いかかるなんて。どうなっても知らねーぞ?」
('A`)「え? なんで朝の科学部の奴がここに……ってお前ら知り合いだったのか?」
从 ゚∀从「ご託はいい、鬱田ドクオ。聞きたいことがある。お前……風紀委員の奴らに何をされた?」
('A`)「何って……いきなり捕まえられて、ビコーズの奴になんか言われて、物色されて殴られた。それだけだぞ」
チッと舌打ちし、ハインは足元にグッタリと転がっている風紀委員の頭を蹴っ飛ばす。
- 41 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:22:53.12 ID:0F2dVzah0
从 ゚∀从「バッチだな。バッチが無かったからお前は襲われたんだよ。やっぱりな」
('A`)「おいおい、分かるように言ってくれよ」
从 ゚∀从「場所を変えた方がいい。お前、その傷の大半は別の奴にやられたんだろ。
単に殴られただけで、そこまでクソッカスにやられるわけないしな。別の襲撃者が近くにいる……だな?」
(;'A`)「そ、そうだ! さっきからショボンとかいうイカレた奴に追っかけられてたんだ! ここは逃げた方が――」
ノパ听)「おいっ!? ドクオ、それって『凶星』のショボンのことか?!」
ヒートは興奮気味にドクオに呼びかけた。
ドクオはその理由は分かっていないが、言われてみてふとフォックスの言葉が思い起こされる。
('A`)「あ、あぁ確かそんな風に呼ばれてはいたな……。でも何でお前が知ってんだ?」
- 43 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:26:08.45 ID:0F2dVzah0
ノパ听)「……ちょっと小耳に挟んでな。それより、その話がマジなら私はここに残る。
ハイン、行きずりの結果になっちゃったけど、ドクオのことをよろしく頼んだ。保健室まで連れてってやってくれ!」
从;゚∀从「あぁん? 何言ってんだよ!」
('A`)「そうだぞヒート、あいつはやばい。何と言うかレベルが違う! お前でも無傷で相手になれるか――」
ノパ听)「元々そいつは殴るつもりだったんだ。ドクオをとっちめてくれた張本人なら都合がいい! ここでブッ飛ばす!」
ヒートの目は爛々と燃え上がっていた。
彼女の踏みしめられた両足を動かすことは、恐らく梃子でも不可能だろう。
ドクオは悪い予感を募らせる。
今のヒートは怒りで前が見えていない。このままショボンに向かっていって本当に全力を出せるのだろうか。
その時は、彼女の敗北は免れない。
先の誓いを試すかのように、今ドクオに選択が迫られていた。ヒートを守るか、守られて逃げだすか。
だが、彼は迷わない。答えは分かっている。
- 44 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:30:24.80 ID:0F2dVzah0
並び立つ、その手には固く握られた竹刀。
ノパ听)「ドクオ……お前」
('A`)「ちょっと休んだら元気になったし、俺も付き合うよ。元々俺が買った喧嘩だしな」
ノパ听)「……ったく、やるんなら全力出せよ?」
('A`)「お前こそカッコつけて手加減なんかするなよ」
ノパ听)「私は生まれてこの方、手加減したことなんか一度もない!」
無論、本当に体力が回復したわけではない。
だがそれ以上に意志は固く、今ならばどんな嵐の中でも進んで行けそうだとドクオは思う。
彼女の背を見ているのではなく、隣に立つことでここまで心強い気持ちになれるとは。
从;゚∀从「…………」
そして、迷っていたのはむしろもう一人だった。
- 45 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:34:16.59 ID:0F2dVzah0
ノパ听)「ハイン! お前は無関係だ、とっとと行け! 巻き込まれるぞ!」
从;゚∀从「オレは……くそっ!」
明らかにリスクの多い戦いだった。
ハインにショボンの実力のほどは全く分からない。
だがドクオの姿を見れば、いやでも彼の恐ろしさの片鱗が垣間見える。
数の利はある。だが、正直自分は力にはなれない。
満身創痍と化しているドクオと、興奮で前が見えなくなっているヒート。
この二人で未知の怪物に渡り合うことは可能なのだろうか。
少なくともここは一度退いて、もう一度万全を期して挑むのがセオリーのはずだろう。
ハインはそう思う――思ってはいたのだ。
- 46 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:37:14.22 ID:0F2dVzah0
从;゚∀从「素直ヒート! さっきの話忘れちゃいねーだろうな!?
お前はオレの勝利のためには絶対に必要なんだ! こんなとこで潰されちゃ困るんだよ!」
しかし、踏みだす。
全てがいきなりすぎて準備もままならない。それでも退く訳にはいかなかった。
今逃げだすことは、ヒートを諦めること。それだけは、絶対に避けたい事態。
一度断られてしまったからこそ、今一度己の覚悟をヒートに見せつけなければならない時なのだ。
从;゚∀从「悪いけどよ、オレは自分が危なくなったら逃げるからな! 何よりまず自分が生き残んなきゃ意味がねえ!」
ノパ听)「上等だ!」
('A`)「…………っ!! 来るぞ!!」
三者三様に腹を括ったその時。
空気が変わった。
- 48 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:40:46.40 ID:0F2dVzah0
ねっとりと渦巻く、深い深い闇のように、そこに佇むだけで周りに不快感を与えるオーラ。
(´・ω・`)「やぁ、やっと見つけた」
その手には、風紀委員らしき者の脚が見えた。
先程の立ち向かっていった者たちを叩き潰し、ここまで引きずってきたのか。三人は息を呑む。
彼がその手を放すと、どしゃりと重々しい音を立て風紀委員の残骸は床に墜落した。
(´・ω・`)「もう逃げないんだね、剣道部くん。でも何だか数が増えてるけど、どうしたのかな?」
('A`)「うるせぇ、もう鬼ごっこは終りなんだよ! お前みたいなイカレた奴はここでリタイアしろ!!」
(´・ω・`)「おぉぉ、強気じゃないか。それって、隣にいるオンナノコたちにカッコつけてるの?」
ヘラヘラ、ガチガチ、ヘラヘラ、ガチガチ。
ショボンの歪んだ笑みと共に、鮫の牙も楽しそうに音を立てる。
- 49 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:46:04.94 ID:0F2dVzah0
ノパ听)「……『凶星』のショボンだな? 現時点で撃破数一位らしいな。
いきなりで悪いんだけど、とにかく理由はいろいろある。お前は今からここでブッ飛ばされるんだけど、問題無いな?」
ヒートの目は怒りに燃え、階上で悠々としているショボンに向けられている。
まさに一触即発――何が彼女という爆弾に火を点けるか分からない状況だ。
从;゚∀从「お、おい……」
ノパ听)「首を縦に振れよ、なあ?」
(´・ω・`)「うぉぉおお怖いね怖いね、でもすごく強そうだ。君は彼よりも強いのかな、ねぇ――」
ヒートの身が獣のようにしなり、空中に躍り上がる。
ノパ听)「振れって言ってんだろおおおおおがあああああ――――ッ!!!」
- 51 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:50:09.55 ID:0F2dVzah0
先のブーム戦のように、無茶な体勢から強引に身を捩る。
階段を丸々跳び越える驚異の跳躍力に加え、この滅茶苦茶だが恐ろしいパワーを秘めた溜め。
ここから繰り出される一撃は、まさにヘビィの一言に尽きる。
振りかぶり、拳が唸った。
ラケットが横薙ぎにブン回される。
ノハ )「がぶぅうっ!?」
拳がショボンの顎に激突するよりも速く、力強く、そして逆にヒートの顎を捉えた一撃。
みしりみしりと深く食い込んだラケットは、真っ赤なラバーを彼女の鼻血でより赤く染める。
(´゚ω゚`)「ふは、ふあはははははははははは!!!! 邪魔だよおお!!!」
- 52 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:53:54.02 ID:0F2dVzah0
振り抜かれる。吹き飛ばされたヒートは踊り場の壁に打ち付けられ、受け身もままならぬまま地面へと墜落した。
(;'A`)「ヒート!?」
(´゚ω゚`)「お前も邪魔ぁあああああ!!!」
从;゚∀从「うっ――――」
息もつかせぬスピードとはこのことだった。
いつの間にかハインの目の前に飛び降りていたショボンは、そのまま無造作に彼女を薙ぎ払う。
从 ∀从「はぐぅうっ?!」
避ける隙もない。
横っ腹にラケットを打ち込まれ、ヒートと同じく壁に吹き飛んだ。
小柄な彼女が宙を飛んでいく姿は、まるで子供に投げ捨てられた人形のようだった。
- 54 名前: ◆b5QBMirrJE 投稿日:2009/04/10(金) 01:57:54.82 ID:0F2dVzah0
ノハ )「――――」
ヒートも。
从 ∀从「――――」
ハインも目覚めない。
(´゚ω゚`)「ふひひひはははは、これで二人きりだ! 遊ぼうよ、僕と遊ぼおおおうよおおおお!!!」
( A )「――――――ッ!!」
希望は絶望へと変貌する。
弱虫の、たった一人の戦いが始まった。
第六話・終
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