- 5 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:31:56.11 ID:wSQ/QS9vO
- 諸君。唯物の世界に棲む諸君!
ようこそ}g@ア>eAの世界へ!
唐突だが私は諸君に対して質問をしてみようと思う。
諸君はこういった体験をしたことはないだろうか。
ある日。
道を歩いている時、或いは星空を眺めている時、或いは恋人と過ごしている時に、諸君はふとこう思うのだ。
『自分はひょっとしたら昨日までの自分ではないかもしれない』と。
正解。それは正解。
その感覚を大事にして諸君には日々を過ごしてもらいたい。
さて……冒頭から話しが逸れたが、諸君にはこれからある男の語りを聞いてもらおうと思う。
男は数年前に私の屋敷を訪れ、とある数奇な実体験を語ってくれた。
彼が年齢のわりに老いているように見受けられたのは、その逸話故なのかもしれない。
それぐらい彼が語った物語は凄惨に満ちていたのだ。
- 6 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:33:55.11 ID:wSQ/QS9vO
- さあ、彼は一度しか語らない。
だから耳をよくそばたてて。
決して油断しないよう。
君の近くに人はいないか?
窓越しに、扉の隙間に、襖隔てた向こう側に、君を凝視している者はいないか?
いない? よろしい。
それでは語り手のバトンを彼に譲るとしよう。
彼の名はギコ ヤストラ。
彼はこの物語の主人公。
そして、この悲喜劇の唯一の観測者だ。
(,,゚Д゚)オトギリソウの散る頃に”繭”のようです 〜その壱〜
- 7 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:35:11.58 ID:wSQ/QS9vO
- ■19+}年 8月
世に生きるたいていの若者。
特に地方に住まう学生は都会への憧れを無条件に抱くことが多い。
本州を北上したとある村に生まれた俺こと木鼓 靖虎もその例に洩れず、大学受験という機会を利用して名古屋の地へ発ったクチだ。
だが、これは人間の持つ懐古性と言う奴だろうか。
五分に一本やって来る地下鉄。
旬の映画を大スクリーンで堪能させてくれる映画館。
デートにも生活備品の供給にも困らない大型ショッピングモール……。
金さえあればこの上なく快適な生活を送れる町に住んでいるにも関わらず。時折、ふと故郷に帰りたくなることがある。
- 8 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:37:38.63 ID:wSQ/QS9vO
- もはや帰省本能と表しても差し支えないかもしれない。
田畑が醸し出すあの特有の匂いが懐かしくなり、二時間に一本しかバスがやって来ない不便な世界に帰りたいと思うのだ。
(,,゚Д゚)「電車とバスを乗り継ぐこと八時間。ようやく辿り着いたか」
山形県は鶴岡市。
その郊外のさらに山奥の、忘れたかのように設置されているのが矢峠(ヤトウゲ)村だ。
周囲は山に囲まれ。鬱蒼と繁る森とちょっとした湖がある人口二百人足らずの過疎集落。
(;-Д-)「避暑地の部類とは言え、日影に入らないと都心とさほど変わらない暑さだなこりゃ……」
新潟や秋田と同様に山形も典型的な日本海気候の影響下にある。
冬は極寒。夏は猛暑。
特別豪雪地帯が県全域の九割近くを占めているにも関わらず、夏ともなればフェーン現象の恩恵を受けて猛暑日が何日も続くという鬼畜ぶり。
まあ、たいがいの山村はどこも似たり寄ったりかもしれないが……。
- 10 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:39:46.66 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「おかげで名古屋の気候が生温く感じてしかたなかったけどな」
隣接する岐阜県に日本最高気温を毎年叩き出している多治見市があるからかも分からないが、名古屋も暑い時は暑い。
無論、そういった時の避暑地候補はレストランやデパートの中になる。
ギンギンに冷やされた建物から蒸し暑い外に放り出された時のあの独特な感覚が俺は好きだ。
しかし、この矢峠村の体温冷却の主戦力はもっぱら扇風機が担っている。
エアコンとか……たぶん村役場ぐらいにしか無いんじゃないだろうか。
(,,゚Д゚)】「あ、符逆さん? 俺です。ギコです……はい、今着きました。はい、お願いします」
小学校にストーブはあってもクーラーが無い理由がよく分かる。
人間も動物も昆虫も、寒さには弱いが暑さには以外と耐性を持っているのだ。
これは個人的な経験だが、水と豆腐と扇風機さえあれば人間は夏の1クール程度ならば余裕で乗り切れる。
とはいえ、水道設備が普及していなかった大昔は水不足で死ぬ人達も多かったらしいので、一概に冬より夏が良いというわけでもないだろう。
- 12 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:41:31.25 ID:wSQ/QS9vO
(,,゚Д゚)「ふぃー」
文字通り、雲ひとつない青空を見上げてみる。
今年で二十歳を迎える冴えない大学二年生は、希少なひと夏の半分ほどをこの村で過ごすのだ。
(,,゚Д゚)「オサムやシャキンには悪いことしちまったなあ……」
大学で知り合った学友達の魅力ある誘いを断って、残り少ないモラトリアムをこの田舎に注ぎ込んだのには、もちろん理由がある。
<プップー
(,,゚Д゚)「あ、もう来た」
白塗りの軽トラが最低限の舗装のみ施されたアスファルトの道伝いにやって来た。
運転席には懐かしい顔がひとつ。
俺の叔父。符逆(プギャ)さんだ。
- 13 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:45:39.37 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「お久しぶりです符逆さん。わざわざ迎えに来てもらっちゃってスミマセン」
( ^Д^)「いいってことよ。来てくれって頼んだのは俺の方だからな。まあ乗ってくれや」
決して軽くない荷物を軽トラの荷台に載せ、俺は不精髭を生やした叔父の隣席に座り込んだ。
ガコガコとマニュアル操作が行われ、年代物のトラックは元気よく走りだす。
( ^Д^)「悪いなあギコちゃん。今が一番遊び盛りだってのに、こんなこと押し付けちまって」
(,,゚Д゚)「いえ。叔父さんにはいつも世話になっているんで、お役に立てて嬉しいっすよ」
( ^Д^)「そう言ってもらえると助かるよ」
符逆さんはこの村にある唯一の学校で教師をやっている。
鞭を振るう学び屋は小・中・高校生をまとめて扱っている小規模な所だそうだ。
俺の出身校も似たり寄ったりの境遇なので、どういう雰囲気なのかはある程度察しがつく。
- 14 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:46:51.76 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「高校生を教えることを前提としていいんすよね?」
( ^Д^)「ああ。今、一番頭数が多いのは高校生だからな。それでもたった四人だが」
(,,゚Д゚)「あ、それと御結婚おめでとうございます。間に合ったようで安心しました」
(;^Д^)「間に合うって……まあ、俺も今年で四十六だからな。ぎりぎりセーフってのは否めないか」
人柄が良く、切符も良い符逆さんが身を落ち着けたのは今年の春になってからだ。
五年前から付き合っていた女性と生涯を共にする決意をして、今年の七月に入籍した。
ただ、相手側の都合もあった為に結婚式は疎か、未だハネムーンにすらも行っておらず、
互いの都合がついた八月に両イベントを消化してしまおうという話になったらしい。
- 16 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:49:03.22 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「二週間と少しの長期旅行。行き先はヨーロッパでしたっけ」
( ^Д^)「おう。カミさんがバイリンガルだからな。俺は後ろから着いていくだけで楽しめるって寸法よ」
旅行へ行く前に符逆さんは一つだけ消化しなくてはならない問題があった。
学校の夏期講習だ。
矢峠村の学校には大学受験を控えた学生が二人いる。
なかなかの秀才ということで、符逆さんもかなり力を入れて指導しているらしい。
( ^Д^)「夏期講習は毎年やっている恒例行事だ。あいつらにとっても一番大事な時期だし、教師として野放しにはできん」
(,,゚Д゚)「で、俺に白羽の矢が立ったと」
( ^Д^)「学歴が高けりゃ頭が良いってわけじゃねーが、少なくともギコちゃんはしっかり者だからな」
( ^Д^)「そもそも、理系教科を教えられる教師が俺しかいないってのも問題なんだが……」
- 17 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:51:39.63 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「しかたないっすよ。俺のいた村もこの村もよそ者には頭が固いっすから」
( ^Д^)「時代が変われば人も変わる。この村もいつかは市と合併するんだろうな……っと着いたぞ」
もうじき夕方。
都心では考えられない立派な日本家屋の中へ軽トラは進入した。
符逆さん曰く、百年以上も前から建っている由緒正しき御家らしい。
餓鬼の頃に何度か遊びに来たことがあるが、内装に関しては改築と補修を重ねた近代的な仕様となっているので、特別、生活に苦労することはない筈だ。
この家が向こう一ヶ月間俺の生活拠点となる。
(,,゚Д゚)「相変わらずデカイ家だなあ」
( ^Д^)「一人暮らしにゃ手が余る物件だわ。カミさんが入っても使い切れん」
ミセ*゚ー゚)リ'「あら、あなた。おかりなさい」
- 18 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:54:49.71 ID:wSQ/QS9vO
- トラックのエンジン音に気付いたからだろう。引き戸を開けて家の中から人が出て来た。
綺麗な女性だ。おまけに若い。間違いなく符逆さんの奥さんだろう。
ううむ。美人だとは聞いていたが……一体どんな手を使って彼女を捕まえたのだろう。
軽くお辞儀をする俺に女性は美瀬里(ミセリ)と名乗った。
外国人みたいで変な名前よね。と笑いながら、美瀬里さんは荷物を降ろし終えた俺と符逆さんを屋敷へと案内する。
(,,゚Д゚)「お邪魔しまーす」
( ^Д^)「明日からは『ただいま』になるけどな」
ミセ*^ー^)リ「名古屋から来たんですって? 長旅で疲れたでしょう。少し早いけど御飯にする? それともお風呂に入る?」
(*゚Д゚)(*^Д^)「「晩飯で」」
ミセ*゚ー゚)リ「OK。ギコ君は奥で休んでいてね」
(*゚Д゚)「(符逆さん。ゴハンとオフロの台詞ってマジに実在したんすね。俺、なんかドキっとしちゃいましたよ)」
( ^Д^)「(おいおい。人の妻を色目で見るなよ。でも、まあ美瀬里は確かに美人だからしかたないか。
遠くから見るだけなら許してやるwwww遠くからだけなwww)」
- 20 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:57:55.60 ID:wSQ/QS9vO
- ミセ*゚ー゚)リ「あなた。運ぶの手伝って」
( ^Д^)「ほいほーい」
※※ ※※ ※※
(,,゚Д゚)「ご馳走様でした」
( ^Д^)「いゃあ。美味かった」
ミセ*゚ー゚)リ「お粗末様。ふたりとも、まだ何か飲むでしょ?」
( ^Д^)「ああ。何か適当なのを頼むよ」
美瀬里さんの豪華な手料理に舌鼓を打った俺と符逆さん。
結婚はやはり料理の腕が決め手ですかと聞くと、符逆さんはニヤニヤと笑いながら小さく頷いた。
まったく、この幸せ者め。
- 23 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 21:59:18.09 ID:wSQ/QS9vO
- ( ^Д^)「恋人って言えばよ、ギコちゃん。君はイイ人いないのかよ」
(,,゚Д゚)「いやぁ。まあ、いるっちゃいるんすけど」
残り少ない瓶ビールの中身をコップに注ぎながら、符逆さんは興味深いねと机越しに身を乗り出してくる。
恋人。
俺だって健全な日本男児だ。
それこそ同年代の人間が沢山集まる大学に行けば、気になる異性の一人や二人は出てくる。
そんな中で出会ったのが『椎名 ゆい(シイナ ユイ)』という女性だった。
同い年で共通した趣味を持っていたということもあり、俺としぃ(彼女の愛称だ)の間柄が友人から恋人へ発展するのにそれ程の時間はかからなかった。
ミセ*゚ー゚)リ「へぇ。ギコ君を捕まえるくらいなら、よほどの美人さんなんだろうね」
- 25 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:03:28.89 ID:wSQ/QS9vO
- お酒を追加してくれた美瀬里さんが、いつの間にか俺の惚気話しに耳を傾けている。
大のオトナ相手に自分の恋愛事情を語るのは何だか複雑な気分だ。
先程から符逆さんが目でスリーサイズを教えろとアプローチしてきているが、我が恋人の名誉の為にもここは黙秘を貫こうと思う。
(*゚Д゚)「そりゃ……まあ、可愛いっすよ……」
ミセ*゚ー゚)リ「美人よりも可愛いタイプが好みなんだ。ちょっと意外かも」
( ^Д^)「ギコちゃん。気を速くするなよ。夜の付き合いはちゃんと計画的にな」
(;゚Д゚)「あ、当たり前です。まだ学生ですよ俺は」
ミセ*゚ー゚)リ「私達は気が遅すぎるような気もするけど」
(;^Д^)「ぐ……分かってるよ」
- 26 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:04:59.71 ID:wSQ/QS9vO
- しぃは優しい子だ。
面倒見もいいし、男心もちゃんと理解してくれている。
若い俺が言うのもおかしな話だが最近の子には少ない、夫を立ててくれるようなタイプだ。
( ^Д^)「ああ……所謂、前へ立たせて尾尻を掴む人ね。影の立役者みたいな」
ミセ*゚ー゚)リ「あら、それが良妻の絶対条件よ。男だけに家庭を任せていたら一晩で崩壊しちゃうわ。ちゃんと裏でコントロールしないと」
(;^Д^)「うへぇ」
恋人としての文句など何一つない椎奈だが、あまりよくない噂を耳にしたこともある。
彼女は男癖が悪いと言うのだ。
曰く、大学入学以前から取っ替え引っ替え何人もの男と付き合っていたとのことで、それが悪意ある者が吹聴した出鱈目なのか、はたまた真実なのか俺には分からない。
そんな逸話があるだなんて今の椎奈からは絶対に想像できなかった。
少なくとも、交際を始めて一年と半年続く今の彼女にそういった兆候は見受けられないし、俺自身、彼女に対してなんら不満も持っていない。
彼女の過去なんてどうだっていいじゃないか。
俺は今のしぃが好きなんだから。
- 28 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:06:36.65 ID:wSQ/QS9vO
- ( ^Д^)「でもよお。一ヶ月も会えないわけだし、その子もこっちに連れてこれば良かったじゃねーか」
(,,゚Д゚)「最初は俺も本人もそのつもりだったんすよ」
( ^Д^)「?」
(,,゚Д゚)「ただ、しぃ……椎名の奴に急用が入ってしまって」
ミセ*゚ー゚)リ「あらあ。それは残念ね」
(,,゚Д゚)「まあ、電話とメールがあるんで問題ないっすよ」
- 30 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:09:57.72 ID:wSQ/QS9vO
- こんな案配でその日の夜は更けていった。
代理教師としての仕事の打ち合わせも完了し、歓迎会もお開きに。
リフォームしたと思われる立派なバスルームで一風呂を浴びて旅の疲れを癒した。
( ^Д^)「寝室? その辺の開いてる部屋を使っていいぞ。有り余ってるから」
ミセ*゚ー゚)リ「何かあったら上の部屋に来てね」
符逆邸の造りは二階立ての典型的な日本家屋だ。
家族が使う基本的な空間は一階に集約させ、個々人の部屋は一階と二階にそれぞれ振り分けてある。
符逆さんと美瀬里さんの寝室は二階にあるようなので、空気を読んだ俺は一階隅の部屋を陣取ることにした。
深夜に変な音とか聞こえないといいんだが……まさか客人がいるときにまで行為に更けることはないだろう。
- 32 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:11:21.41 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「さてと」
持ち込んだ荷物の整理は後日に回し、敷布団の上に寝転んだ俺は携帯のアドレス帳を開いた。
グループ選択は『恋人』
勿論、フォルダの中に掲載されているのは椎奈 ゆいただひとりだ。
『もしもし』
何回かのコール音の後、透き通った声が鼓膜に響いた。
(,,゚Д゚)】「あ、しぃか?」
『ギコくん。写メありがとうね。無事に着いたようで安心したよ』
(,,^Д^)】「はは。交通事故なんて無縁の場所だからな。何かに轢かれるとしたら、牛の行列くらいさ」
『え〜。なにそれww』
- 35 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:14:44.14 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)】「いやいや。ホントなんだって。牛が道路の真ん中で寝てるんだよ」
『へ〜凄いなあ。でもゴメンね。本当は私も行きたかったんだけど……』
(,,゚Д゚)】「法事なんだろ。しょうがないさ。世話になった人なら、尚更優先させなきゃ」
『うん……通夜は何とか終わったけど、人手が足りないらしくて事後処理とか含めたら二週間は動けないかもしれない』
二週間か。
やっぱり長いな。
少し寂しくなる気持ちを抑えて、俺は椎名に自分のことを優先するように念を押しておいた。
- 36 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:16:21.54 ID:wSQ/QS9vO
- 責任感の強い彼女のことだ。
俺の都合に合わせようと無理なスケジュールを組むかもしれない。
身体が弱いというわけでもないが、俺の我が儘で椎名に負担をかける必要などないだろう。
『うん……じゃあ、またメールするね』
(,,゚Д゚)】「おう。夜ならゆっくり電話できるし、またかけ直すよ」
『ありがとう。おやすみギコくん』
(,,゚Д゚)】「おやすみ」
溜め息と共に、回線が途絶えた携帯を布団の上に放る。
一人暮らしで慣れたフローリングはこの家にはない。
もっとも、床が柔軟な畳でなければ敷布団なんて使えたものではないが。
(,,゚Д゚)「おっと。明日の準備だけしておくか」
- 37 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:20:20.02 ID:wSQ/QS9vO
- 実を言うと、この矢峠村は俺の故郷ではなかった。
矢峠村から十数キロほど北上した矢継(ヤツギ)村こそ、木鼓 靖虎が生まれ育った場所なのだ。
今、矢継村に人はいない。
あらゆる思い出は水の中。
全て、ダムに埋没している。
その昔、日本政府のお墨付きで矢継村ダム開発計画が発動した。
この建設案の目標が自分達の住み処に定められたと知った矢継の人々は、意外にもすんなりとその案を受け入れた。
もともと、酷い過疎で骨と皮だけの老人達しかいなかった村だ。
ここで反抗しようと何れは消えゆく運命だと悟っていたのかもしれない。
当時、中学一年生だった俺は政府が紹介した新転地たる鶴岡市に引っ越すると親に聞かさて随分と喜んだものだ。
これで二時間かけてゲームセンターに行く必要がなくなった、と。
- 38 名前: ◆LLLzw1dMIQ 投稿日:2009/09/04(金) 22:23:02.31 ID:wSQ/QS9vO
- (,,゚Д゚)「スーツよし。参考書は……いや、まだこれはいらないな」
村人の全会一致で決まった矢継村の放棄。
数少ない住人達は思い々いの場所へと散って行ったらしい。
誰が何処に居を構えたなど俺には知る由もない。
(,,゚Д゚)「うし。今日はもう寝るか」
ひょっとしたら、姉妹村であるこの矢峠村に引っ越した人がいるかもしれない。
当時から何気に交流のあった村だし、別段おかしなことではないだろう。
明日、符逆さんに聞いてみようと頭の片隅にメモしつつ俺はゆっくりと瞼を閉じた。
オトギリソウの散る頃に”繭” 〜その壱〜 完
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