- 3 名前:投下開始します 投稿日:2009/08/21(金) 00:40:25.84 ID:u5Tc1SZaO
- かつ、かつ、かつ。
靴の音を廊下に響かせ、『彼』は走る。
かつ、かつ、かつ。
純白の豪奢なドレスを汚さないように裾を指で摘み、一心不乱に『彼』は長い廊下を進んでいく。
『彼』以外に廊下には人気はなく、高い天井とよく磨かれた床、細かい装飾の付いた家具や絵画が飾られている。
『彼』の格好からしても、そこは明らかに一般家庭ではないことが伺えた。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:41:24.43 ID:u5Tc1SZaO
- かつ、かつ、かつ。
廊下の先には、両開きの扉が見える。
軍服を纏った男が二人、その扉の両脇に立ち、走ってくる『彼』を驚いたように見つめた。
「みんなここにいるか?」
「はい、王様も妃様も姫様もいらっしゃいます」
「そうか、分かった」
兵士の返答に頷き、『彼』は息を整えてからゆっくりと両開きの扉を開けた。
その顔は凛々しく、どこか気品が漂っている。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:42:52.85 ID:u5Tc1SZaO
- 『彼』に話しかけられた兵士二人は未だに驚いたような顔を浮かべたまま、『彼』が消えた扉を見つめた。
「めっずらしい……」
「珍しいな…」
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:44:05.40 ID:u5Tc1SZaO
- 第十一話「男装の麗人と疫病神」
VIP王国第23番目の王女は、妹とは違って少々性格に難がある。
それは、『自分は男だ』と言って聞かないこと。
いくら家来の者や王が「お前は女だ」と諭しても、『彼』は首を振ってそれを否定し続けた。
だからドレスなんて華々しいものは絶対に着ないし、言葉遣いも淑やかには程遠い。
食事のマナーは最低限守っても、フォークやナイフの順番なんてめちゃくちゃ。
知識として知っていても、それを行動には移さない。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:45:20.40 ID:u5Tc1SZaO
- 『彼』がそのうちVIPを治めていくなんて誰も想像できないような。そんな人間だ。
それが分かっているからこそ、『彼』も、王女として振舞うことはしない。
自分は男だと信じて育ってきた。
しかし成長と共に、やはり体つきは女のものに変わっていく。
丸みを帯びた肩や膨らんでいく胸。
『彼』は、鏡を見るたびに変わっていくその微妙な変化が嫌で嫌で仕方がなかった。
いつかVIP女王として、民を治めなければならないという重圧も、『彼』には耐え難い苦痛だった。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:46:22.63 ID:u5Tc1SZaO
- 『彼』は、絵本や旅人から見て、聞かされてきた外の世界に強い憧れを抱くようになっていたのだ。
『彼』の意識はいつも城の外にあり、国の外に向けられている。
「僕もいつかあの旅人のように自由になりたい」
城から出てはいけないと厳しく言われていた為、『彼』の世界は狭く細い。
城という監獄の中から見る外の景色は、『彼』にはあまりにも遠すぎる。
城の中でしか世界を知らない『彼』は、各地をさすらう旅人が羨ましくて仕方がない。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:47:43.27 ID:u5Tc1SZaO
- あの行商人が鞄につめているものは一体何だろう。
彼は一体どこから来て、どこへ行くのだろう。
あそこで遊んでいる娘が持っているものは何だろう。
あの門の向こうには、何があるのだろう。
あの大きくて真っ白な犬は、これからどこへ行くのだろう。
その隣にいるひとは、この国の人だろうか。
彼らの行くその先には?そのもっと先には…「王女様、そろそろ先生がお見えになります」
そんな些細な現実逃避でさえ、申し訳なさそうに頭を下げるメイドに邪魔されるのだが。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:49:02.00 ID:u5Tc1SZaO
- ―――退屈な毎日を忘れるのに、運動というのはとても役に立つ。
『彼』は、刀を振りながら少し笑ってみせた。
体を動かしていれば、少なくとも退屈ではなくなる。
考える必要もなく、ほとんど実戦に近い命のやりとりを感じながら、『彼』は思い切り刀を振るった。
相手は城に住み込みで働いているメイドや牢番、時には戦争で敵の頭を討ち取った英雄。
時には『殺し』、時には『殺される』。
しかし本物の武器を使っているとはいえ、さすがに本当に命を奪うことは出来ない。
なので代わりに、勝者は敗者の体のどこかにうっすら傷を付けることで生死の数をその身に刻むのだ。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:49:56.11 ID:u5Tc1SZaO
- もちろん、本物の武器を使うことに関して『彼』は猛反対を受けた。
時期VIP王国の女王になるような者が、そんな危険に身を晒す必要はない。
王族を守り、民を護る為にVIP軍が存在しているのだから、王女自ら武器を手にする必要はどこにもないのだと。
その度に、『彼』は根気よく説明してみせた。
護身のため。誰かを護るため。いつか来るかもしれない戦争に備えて。
全て本心から来る言葉だったが、実は『彼』の本音はそんなことではなかった。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:51:30.99 ID:u5Tc1SZaO
- いつか絵本で見た世界に、いつか旅人に聞いた世界に出る準備を。
せめて自分の身を護れるように、何かを護るために、『彼』は必死だった。
初めて出る世界を少しでも知ろうと、彼は書物を読み漁った。
書物だけでは足りない知識もあるはずだと、『彼』はそれなりの覚悟も持っていた。
何故『彼』はそこまでして国を出て行きたいのか。
その理由は、十年以上前にある。
十年以上前、のある日。
夜中寝付けずに城の中を散歩していた『彼』が聞いた両親の密談。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:53:00.05 ID:u5Tc1SZaO
- 「―――しぃはあんなによく出来た娘なのに…トソンは……」
トソンの性格を、王はとても嫌っていた。
トソンもそれを知っていたから、極力王には話しかけないように振舞っていた。
そしてその夜、トソンは両親の嘆きを聞いた。
だから『彼』は強くなってこの城を抜け出そうと決めたのだ。
確かに自分は国を治めるには向いていない。
妹の方がそういうことには向いているに決まっている。
政治にも関心があり、自分がちゃんと女だと胸を張って言える彼女の方が女王に相応しい。
『彼』はそう呟いて、やっと肩の荷が降りたような気分になった。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:54:19.27 ID:u5Tc1SZaO
- だから―――
『彼』は城を出て行くタイミングを見計らっているのだ。
門番や城周りの警備が交代する時間。
この国と外の世界を繋ぐ門の番人がうたた寝する時間。
寝室の窓から外に出る準備も所要時間も念入りに調べ上げ、計算済み。
持っていくべきものはちゃんと纏めてベッドの下に隠してある。
『彼』が何をするつもりなのかを知る人も、恐らくいない。
あとはタイミングと、チャンスを待つのみだ。
『幸い今夜はしぃの誕生日パーティーがある…。その隙に』
『彼』の頭の中は目まぐるしく色んな計算と計画が渦巻いている。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:55:27.81 ID:u5Tc1SZaO
- 妹の誕生パーティーが終わり、警備も疲れている頃に出て行けば逃げられる。
『彼』はそう結論付けて、自室の窓から外を見た。
今までは眺めるだけだった外の世界。
今夜全てが上手くいけば、この手で外を感じられる。
城の中なんてもうごめんだ。
『彼』の視線が窓から外れ、大きなベッドの上に広げて置いてある純白のドレスに移る。
『服を用意した。それを着るのならパーティーに参加することを許すが、前のように汚い格好で着たらお前を牢にしばらく閉じ込める』
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:56:18.82 ID:u5Tc1SZaO
- 数日前の夕食の時に王に言われた台詞を思い出す。
素直に「来るな」と言えばいいのではないのか。
『彼』はぼんやりとそう思った。
だって、今までスカートを履くことを頑なに拒んできた『彼』がドレスを着るなんてありえないのだから。
王だってそれを知って、あえて言ったのだろう。
でも。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:57:57.14 ID:u5Tc1SZaO
- 「最後だからな」
計画が成功すれば、『彼』がこの城に戻ってくることはないだろう。
城で過ごす最後の夜になるかもしれない。
それに今日は妹の誕生日だ。
『兄』として祝福の言葉ひとつもかけてやらないのは、良くない。
「…………」
『彼』の手が、純白のドレスに伸びた。
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- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 00:59:39.25 ID:u5Tc1SZaO
- :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
純白のドレスを翻し、『彼』は部屋の中の鏡を見た。
男だと言い張る『彼』に、そのドレスは皮肉なことにとてもよく似合う。
宝石のついたネックレスを首にかけ、『彼』は顔をしかめた。
「足が寒い…」
いつもズボンで守られている足に、遠慮容赦なく風が入りこむ。
慣れないその感覚もさることながら、メイドに飾ってもらった髪やアクセサリーが邪魔なのだ。
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:00:35.33 ID:u5Tc1SZaO
- パーティー参加すると決めたことを少しだけ後悔し、仕方なく『彼』は自室から出て廊下を走る。
向かう先は城の南にあるホールだ。
慣れないヒールの靴に何度か転びそうになりながら、驚いたように目を丸くさせた兵士の横を通り過ぎて『彼』は、ホールの扉を開けた。
煌びやかな照明。
とてもおいしそうな匂い。
『彼』を見た途端に、外にいた兵士と同じように目を丸くさせる客人たち。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:01:55.52 ID:u5Tc1SZaO
- ホールの中央奥には、
「トソン!?」
「姉様!?」
細かな細工が施された椅子に座る、この国の王の姿とその家族。
トソンと呼ばれた彼女の、父親とその家族。
(゚、゚トソン「少々遅れてしまいました。申し訳ありません」
「か、構わん。し、食事は?夕飯は食べたかね?」
うろたえる王。
驚き、言葉も出ない妃と姫。
そんな彼らを尻目に、トソンは首を横に振った。
ホールの中は騒然となり、呼ばれた客人たちのヒソヒソ声がトソンの耳には不快に聞こえる。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:03:22.34 ID:u5Tc1SZaO
- 「な、なら食べるといい。腕によりをかけてコックたちが作ったものだ、きっとおいしいだろう」
(゚、゚トソン「いただきますわ。それでは、失礼致します」
トソンは軽く一礼すると踵を返す。
二歩歩いたところで、彼女は足を止めた。
(゚、゚トソン「そうそう、しぃ―――誕生日、おめでとう。祝福の言葉しか授けられない私を許してくださるかしら?」
(;*゚ー゚)「あ…は、はい…。ありがとうございます…」
(゚、゚トソン「どう致しまして。パーティーを楽しんで、色んなお方と仲よくなるといいわ。あなたなら私の代わりにVIPを引っ張っていけるから…」
(*゚ー゚)「え?ね、姉様……?」
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:04:35.91 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「食事、いただいてきます」
しぃの言葉を遮り、トソンは優雅に微笑むと人ごみの中へと消える。
残されたしぃは、なんとなく姉の姿が遠くなるように感じた。
そして、思う。
明日の朝にはもう姉はいない――――。
だから今日、あんなに嫌がっていたドレスを着て来てくれたのだ、と。
(*;ー;)「姉様……」
そう呟くしぃの頬に、ぽろぽろと涙が零れた。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:05:57.20 ID:u5Tc1SZaO
- ―――――
自分の事を男だと言う以外は、良い姉だった。
あまりトソンと話すな、と王に止められていたけれど、会う度に彼女はいつも微笑んで髪を撫でてくれたから。
勉強が大変だという愚痴を、にっこりと笑って聞いてくれていたから。
何よりも、私の姉なのだから。
悪い人であるはずがない。
でも彼女の心はもう外に向いて、ここへは戻って来ないのだろう。
いつか彼女が城から出ていくということ、会う度会う度の雰囲気で分かっていた。
そして今日がそのときだというのも、彼女があんなに嫌がっていたドレスを着てやってきた事で推測だった考えは確信に変わった。
―――――
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:07:47.60 ID:u5Tc1SZaO
- (*゚ー゚)「…………」
しぃは、もう見えなくなったトソンの後姿を見て心に決めた。
城を去ろうとするトソンが言った言葉。
それを、彼女は受け入れようと決めたのだ。
年老いた王に代わり、城を出て行くトソンの代わりに、VIP王国の頭となろうと。
(*゚ー゚)「姉様、頑張ります。外に出るあなたの耳にも届くくらい、私がもっともっと大きな国にしてみせます」
ひとり呟く彼女の声は、誰にも聞こえることなく雑音に消えた。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:08:55.92 ID:u5Tc1SZaO
- ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「食事をしてきます」
そう言って王たちの前から立ち去ったトソンは、豪華な食べ物に目もくれずにホールから立ち去った。
兵士二人の敬礼に見送られながら早足で『彼』は自室に向かう。
その道すがら、頭や腕につけられたアクセサリーを外す。
ドレスを脱ぎたくて仕方がなかった。
ヒールのある靴を脱ぎたくて仕方がなかった。
外へ出たくて仕方がなかった。
(゚、゚トソン「ふう」
だから、誰もいない自室に辿り着いて色んなものをベッドに放り投げた時はなんとも言えぬ安心を感じた。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:09:47.70 ID:u5Tc1SZaO
- あられもない姿のまま、『彼』は窓に近づいて空を見上げる。
月が厚い雲に隠されている以外に、普段見ている光景とほとんど変わらない。
トソンはそこで大きく息を吐いて、城から抜け出す最終準備に取り掛かる。
程なくして準備もチェックも終わり、あとはタイミングを待つのみとなった。
時計の針が真上に登るころにパーティーは終わる予定らしい。
一気に帰る客人に紛れて城の門から出れば、あとはもう自由だ。
もうすぐそこにある自由を思うと、トソンは歓喜の叫びを挙げたくなる。
しかしそれはしばらくお預けのようだった。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:10:56.89 ID:u5Tc1SZaO
- 何故なら、普段メイド以外誰も訪ねてくることのないトソンの部屋のドアが叩かれたから。
今メイドはパーティーの手伝いで全員ホールにいる。
警戒し、ベッドの上の刀を手にトソンはドアの向こうにいる人物に声をかけた。
(゚、゚トソン「誰だ?」
「………………」
返事はなかった。
トソンはドアの近くまで近寄る。
鞘からいつでも刀を抜けるようにしておいた。
(゚、゚トソン「誰だ?」
「…………あの」
やっと返ってきたその声に、思わずトソンは拍子抜けした。
途中まで抜いた刀も鞘に収める。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:12:19.45 ID:u5Tc1SZaO
- ドアを開けて恐る恐る入ってきたのは、しぃだった。
(゚、゚トソン「しぃか?!どうしてここに?」
(*゚ー゚)「あ、あの…。明朝に姉様がどこかに行っちゃうのだとしたら、今が姉様に会える最後だと思って…。
きっと引き止めても無駄なんでしょう?だから、私の宝物を持ってきたの。
いつ、どこにいても太陽神の加護がありますようにと、私毎日祈るから!だから…これ、持って行って!」
しぃの手には、淡い光を放つ大きな宝石がついたネックレスが握られていた。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:13:32.30 ID:u5Tc1SZaO
- 今の時間、ホールではまだパーティーをやっているはずだ。
今日の宴の主役はしぃ。
それでもしぃは、トソンに会いに来てくれたのだ。
(゚、゚トソン「でもこれはお前の大切なものだろう?」
(*゚ー゚)「いいの!もしも路銀に困ったら、売ってしまっても構わない。姉様の旅を援助できるならそれでいい」
(゚、゚トソン「…………。分かった。でも今日はお前の誕生日だ。だから、僕もこれをお前にあげよう」
トソンは、窓際に置かれていた鞄から小瓶を取り出してしぃに向けて放った。
危なっかしい手つきでそれを受け取ると、しぃは小瓶の中身を見て首を傾げる。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:15:44.78 ID:u5Tc1SZaO
- (*゚ー゚)「姉様、これは?」
(゚、゚トソン「僕の16歳の誕生日の日に、母様がくれたんだ。でもきっとこれは僕が持つよりも、お前が持ってた方がいい。
僕からは何もあげられなくて、本当にごめん。旅の途中で何か珍しいものがあったら、それをお前にあげよう。約束する」
(*゚ー゚)「約束」
(゚、゚トソン「約束だ」
(*゚ー゚)「……分かった。約束よ、姉様!絶対に帰って、私にたくさんプレゼントをください!」
しぃが笑う。
トソンは微笑んで、しぃの髪を撫でてやる。
心地よさそうにしぃは目を閉じ、
12時を告げる鐘がVIPの街に鳴り響いた。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:16:39.65 ID:u5Tc1SZaO
- (* ー )「………………」
しぃは目を開けなかった。
何も言わなかった。
トソンも何も言わなかった。
最後に一度しぃの髪を撫で、鞄を手に窓から縄を伝って下へ降りていく。
その気配をしぃは察していたが、ここで目を開けたら泣いてしまいそうだった。
(* ー )
(*゚ー゚)
トソンが出ていった窓が開けっぱなしで、カーテンがばさばさと風を受けてはためく。
しぃはその窓から下を覗き込んだ。
もうトソンの姿は見えず、綺麗に整備されたバラが見えるばかりだった。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:17:45.29 ID:u5Tc1SZaO
- 主を失った部屋の中、しぃはゆっくりと目を伏せる。
遠くの方からしぃを呼ぶ声が聞こえた。
パーティーをこっそり抜け出したので、きっと両親やメイドたちが探しているのだろう。
しぃを。
彼らの探すものの中に、きっとトソンは入っていないのだ。
『厄介者』が出て行ってくれたと、きっと誰かは喜ぶのだろう。
もとよりトソンの居場所なんて、ここにはなかったのかもしれない。
だから『彼』は自由を求めたのかもしれない。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:19:01.77 ID:u5Tc1SZaO
- (*゚ー゚)「………」
(*゚ー゚)「見てて、姉様。私がやってみせるから。もっとVIPを大きくして、この大陸一にしてみせるから」
(*;ー;)「姉様の帰る場所、私が作って待ってるから」
―――――
その夜、VIPに新しい指導者が生まれることになる。
16の誕生日を迎えた『姫』が、公の場で次期王になることを宣告したのだ。
あまりにも突然の事に、誰もが驚いた。
あまりにも若すぎる、と国民からは厳しい声が挙がった。
何かあった時に責任を取れるほど成長していないのでは、と。
しかし、しぃは毅然とした態度で懸命に理解してもらえるよう国中を説いて回る。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:20:04.79 ID:u5Tc1SZaO
- トソンがいなくなったと知った王は、しぃの突然の行動に何も言わなかった。
ただただ項垂れ、トソンの名を呟きながら呪いの言葉を吐くのみ。
「わたしの教育が間違っていたのか」
「何故トソンはあんな風になってしまったのか」
「何故姉がトソンで、しぃが妹なのか」
「…………」
「兵士を国に散らばせ、トソンを見つけたら半殺しにしてでも連れ帰って来い。絶対に殺すな」
そう命令を下したきり、彼は黙った。
妃は一頻り涙を流してから、しぃを全面的に応援する旨を伝えた。
トソンについては何も言わなかった。
誰も誰も、トソンが出て行ったことに関して嘆き悲しむ者はいなかった。
―――――
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:22:00.47 ID:u5Tc1SZaO
- :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
(゜、゜トソン「………これが外…」
しぃと別れ、数分。
自室の窓から城の外へ降りたトソンは、振り返ることもせずにとある酒屋の軒下まで走って、そこでしゃがみ込んでいた。
ここから国の外へ出るにはこの国唯一の門をくぐらなければならないのだが、門番が転寝を始めるまでに少々まだ時間があるのだ。
計画を立てた当初からこうなることは予想済みで、トソンは門の関所が見える適当な場所で初めて見る外の世界を興味深げに眺めていた。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:23:45.60 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「凄い、本で見たものばかりだ」
(゚、゚トソン「土ってこんなにザラザラしてるのか、風ってこんなに気持ちいいものなのか、雲ってあんなにふかふかしてそうなものなのか」
(゚、゚トソン「初めて見て、初めて触るものばかりだ。この生き物は一体何だろう。犬や猫や馬やラクダの類のものじゃないな。危険なのだろうか」
(゚、゚トソン「あぁ、月をちゃんと外で見てみたかった。何故今日だけ雲がかかっているんだ」
独り言を呟くトソン。
その視線の先には、開きっぱなしの門がある。
門の関所にいる番人が眠ってくれないとトソンはVIP王国から出ていけないのだ。
入国にも出国にも許可が必要だと、とても面倒だとトソンは思う。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:26:58.10 ID:u5Tc1SZaO
- ぼんやりと待っていると、ようやく門番がうつらうつらと夢の世界への舟を漕ぎだした。
もう少し熟睡するのを待ち、トソンは注意深く関所を覗く。
しかし、なんと最悪なタイミングだろうか。
トソンがそろそろ国から抜け出そうと腰を上げたと同時に、砂漠からやって来たであろう数人の人影が、関所の門番を起こしてしまったのだ。
(゚、゚;トソン「!!そんな」
立ち上がったトソンの頬に、冷たい雫が落ちてきた。
トソンはその雫に驚き、反射的に腰の刀を抜いて構える。
(゚、゚;トソン「!?」
ぽつ、ぽつ。
だんだんと空からの雫は量を増やし、最終的には目の前を霞ませるほどに激しく降る。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:28:03.42 ID:u5Tc1SZaO
- それが雨だと気付いた時、トソンはやっと構えを解いて刀をしまった。
(゚、゚トソン「…………」
関所にいた入国者たちは門番に一礼すると、城の方面へと向かって歩いて行ったようだ。
すぐにトソンの視界からその影が外れる。
計画失敗の予感に、空から降る水。
雲から生まれる水。
トソンは雨宿りすらせず、じっと雨に打たれながら空を見上げていた。
夜が更けて、雲が更に厚くなって雨が更に酷くなっても。
トソンは顔に当たる水をものともせず、ただじっと空を見上げて、計画を練り直していた。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:30:16.04 ID:u5Tc1SZaO
- 「あのー、もしもし」
(゚、゚トソン「!!?」
誰もいなかったはずの暗闇の中から話しかけられて、トソンは驚いて声の方角を見た。
「風邪ひくぞ、雨に打たれてたら」
(゚、゚トソン「あ…。そ、そうか、でも…」
「門の方気にしてたみたいだけど、誰か待ってるの?」
(゚、゚トソン「い、いやそういうんじゃなくて僕は国の外に…」
「国の外?あぁ、止めたほうがいい。なんか変な化け物がいるし、まだ夜だ」
(゚、゚トソン「で、でも……」
「なんか訳ありみたいだな」
(゚、゚トソン「………」
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:31:56.49 ID:u5Tc1SZaO
- 「?」
(゚、゚トソン「……『計画は思うようにはいかない』、か…」
「え?」
(゚、゚トソン「あの、あなたはVIPの人ですか?」
「あー、俺か。俺は違う、東の方から来たんだ。それより、ちょっと聞きたいんだけど」
(゚、゚トソン「何を?」
「俺にそっくりな顔の『弟者』って奴、この国で見かけなかったか?」
トソンに話しかけてきた男は、自分を指差した。
それすらもなんとなく気配で分かる程度なので、顔なんて見えるはずがない。
(゚、゚トソン「……見えない」
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:34:09.92 ID:u5Tc1SZaO
- 「あ、そうか。…なぁ、こんな土砂降りの中ずっと立ち話も何だからどっか入んない?俺、この国入って間もないから色々聞きたいことがあるし」
目の前の男が、城の方向を指差す。
つられてトソンがそっちに目をやると、暗がりに大勢の人影が見えた。
何かを探して民家の戸を叩くその様子からすると、トソンがいなくなったことに気付いた城の兵士たちだろう。
慌ててトソンは彼らから隠れるように、物陰に身を潜める。
(゚、゚トソン「わっ悪いが無理だ!僕はちょっと今…」
「なんか訳ありなんだな」
(゚、゚トソン「そ、そう!そうなんだ!」
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:36:00.55 ID:u5Tc1SZaO
- 「ふーん…。………」
「…………」
「分かった、あんたあの城の王女様だ」
(゚、゚;トソン「!?なっ」
「え、図星?冗談で言ったのに…。…さっき城の前通りかかったら、沢山の人が中から出てきたんだ。それに、王女の手配書が色んな所に貼られてた。
そんなとこに隠れてたら、『自分が王女です』って言ってるようなもんだぞ。」
(゚、゚;トソン「……!」
バレバレだったのか。
トソンは拳を握り締めた。
民家の戸を叩く音がすぐそこから聞こえる。
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:37:33.12 ID:u5Tc1SZaO
- 『彼』に話しかけてきた男が、城の者たちに自分のことを聞かれるのも時間の問題だろう。
あんなにかっこつけて出てきたのに、脱走開始から数時間で城に連れ戻されたら―――
―――笑われるだろうな。
(゚、゚トソン
(゚ー゚トソン
(゚ー゚トソン「もし、そこの君」
自虐的に笑い、トソンは男に話しかけた。
「何?」
(゚、゚トソン「とばっちりを喰らいたくなければ、君はここから早々に立ち去るといい」
「へ?」
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:39:43.75 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「僕はこの10年以上、ずっと外に憧れて暮らしてきた。外に出れるのなら悪魔に魂を売り渡しても構わないと思った。
10年がけの僕の覚悟が、一国の警備如きに敗れるようなら―――」
(゚、゚トソン「―――僕の覚悟なんて、そんなものだったってことだ」
―――僕の腰にさがっているものはなんだ?
自分を、誰かを、何かを守るための武器だろう。
今守るべきものは、僕の覚悟だ。
(゚、゚トソン「このVIP王国第23代目王女トソン!覚悟だけはずっと守って暮らしてきた!それを守るために強くなってきた!
僕の覚悟を邪魔するのなら、ずっと同じ時を過ごしてきた者だとしても敵だ!」
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:41:09.31 ID:u5Tc1SZaO
- 刀を抜いた。
威嚇、打ち合いとして抜いてきた刀身だが、今はただ己の思いを込めて、攻撃するために抜いた。
それを見た男は驚いたようにトソンに近づいて、なんとか『彼』をなだめようとする。
(゚、゚#トソン「邪魔するなッ!お前も斬るぞ!」
「いやそれは困る。そ、そうじゃなくて!あんた絶対武器振り回す場所間違えてるって!なんで城の人を殺そうとするんだよ!
そんなことしたらあんた、国から出れたとしても二度とここへは帰れないぞ!」
(゚、゚#トソン「帰るつもりは―――」
ない。
そう言おうとしたトソンの脳裏に、しぃの顔が浮かんだ。
誕生日のプレゼントをあげる約束。
もうすでにおざなりにするところだったのだ。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:43:23.91 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「………」
「なっ!?ここは一回逃げよう!そうしよう!」
男がトソンの腕を掴んで走る。
すっかり闘気を無くしてしまったトソンは、ただなすがままに雨の中足を動かした。
鞘にしまっていない刀身が、虚しく空を斬る。
(゚、゚トソン「(計画は全て失敗だな…。これからどうしよう…。)」
「あぁ、そういえばトソン、あんたに聞きたいことが色々あったんだよ」
VIP王国唯一の出入り口から遠ざかったころ、やっとトソンの腕を引いて走っていた男が足を止めた。
二人の前には、まだ煌々と灯りを周囲に放つ店が建っている。
お世辞にも栄えているとは思えず、窓から見える店内には中年の男がひとりでコップを磨いているのが見えた。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:45:04.65 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「僕に分かることなら。でも僕は今まで外に出た事がないから、あまり君の役には立てないぞ」
返事をせず、すぐ傍に立つ男は店の扉を開ける。
建て付けの悪そうな、嫌な音を響かせながら扉は開いた。
「はいどうぞ」
(゚、゚トソン「ありがとう」
トソンは恐る恐る店の中へ足を踏み入れる。
埃っぽい匂いのする店内は、案外綺麗に掃除されていた。
カウンターの奥には色とりどりの瓶が並び、その前に店主らしき男がトソンたちを見て目を丸くさせる。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:46:35.72 ID:u5Tc1SZaO
- 客が入ってくる事自体が珍しいのだろう。
この店の位置や佇まいではそれも無理はない。
(`・ω・´)「いらっしゃい、珍しいね、こんな時間に二人も人が来るなんて。兄者くんは昼間来てくれたけど」
( ´_ゝ`)「訳ありのお嬢さんが雨に打たれてたから、絶対人が来なさそうなここに連れてきたんだ。タオルかなんか、この人にあげてくれないか?」
(゚、゚トソン「僕は大丈夫です。それに僕はお嬢さんじゃない」
( ´_ゝ`)「初めて外に出てきた人が全身びしょ濡れで風邪を引かないとでも?俺なら引く自信があるな」
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:48:50.32 ID:u5Tc1SZaO
- 店主は店の奥に引っ込み、ほどなくして店に戻って来た。
その手には大きなタオルが二枚抱えられており、トソンと兄者に手渡す。
(`.ω.´) 「埃っぽいかもしれないな。悪いね、あまり人が来ないものだからそこまで手が回らなかったんだ」
(゚、゚トソン「いえ。感謝します」
(`・ω・´)「ふたり共何か飲むかい?酒なら何でも揃ってるよ」
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:50:35.89 ID:u5Tc1SZaO
- おどけたように、棚に並ぶ酒を手で撫でる店主。
トソンは微かに笑い、そして丁重に断った。
店主から渡されたタオルで髪を乱暴に拭いていた男も、酒はいらないと断る。
(`・ω・´)「そう言うと思ったよ。ぬかりはない、ちゃんとお茶とかコーヒーとかは用意してあるんだ。さぁ、二人とも座って座って」
(゚、゚トソン「あの、実は僕…(`・ω・´)「そこのお人はVIP城の王女様だね。口に合うか分からないけど、こんなもので良ければどうぞ」
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:52:39.51 ID:u5Tc1SZaO
- 丸テーブルに備え付けられた椅子に座ったトソンの言葉を遮り、店主は『彼』の前に湯気の立つココアを置いた。
甘い香りが『彼』の鼻をくすぐる。
あまりゆっくりと寛いでいられないという事も忘れ、『お嬢さん』の言葉を訂正する事も忘れ、トソンはココアの入ったコップを口につけた。
(゚、゚トソン「……おいしい…」
(;`・ω・´)「え、マジで?…ははは、そう言ってくれると嬉しいよ。兄者くんは何がいい?」
( ´_ゝ`)「何でもいいや。でも頼むから普通のものを出してくれよ。昼間出したみたいな、コーヒーにイチゴジャム入れたやつなんて出すなよ?」
(`・ω・´)「把握した」
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:53:46.89 ID:u5Tc1SZaO
- ( ´_ゝ`)「ところでシャキンさん、トソンのココアに何入れた?」
(`・ω・´)「え?遠い南の国から手に入れた『サイダァ』ってやつだけど」
( ´_ゝ`)「それアウトじゃね」
(゚、゚トソン「でもおいしいです」
(;´_ゝ`)「マジで?」
トソンの破壊された味覚に兄者は引く。
そして、シャキンが楽しそうに持ってきたコップを見つめて胡散臭そうに匂いを嗅いでみた。
ココアの匂いしかしない。
それが逆に不安を煽り、兄者は隣に座るシャキンを見た。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:54:55.67 ID:u5Tc1SZaO
- (;´_ゝ`)「何入ってる?」
(`・ω・´)「………」
(;´_ゝ`)「………」
(゚、゚トソン「………」
シャキンとトソン、ふたりの視線に耐え切れなくなった兄者はそっとコップを持ち上げた。
重さも特におかしくはない。
そっと舌先でココアを舐めてみる。
( ´_ゝ`)「………」
(`・ω・´)「どうだい?」
( ´_ゝ`)「……何を入れた」
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 01:56:20.03 ID:u5Tc1SZaO
- 兄者の声が低くなる。
トソンは顔には出さないが、かなり興味津々でシャキンの言葉を待っている。
(`・ω・´)「……塩を大さじ5杯ほど(;´_ゝ`)「それアウトオオオオオオオオオオオ!!!しょっぱぁああああああ!!!
もうこれ甘さを引き立たせるとかそんなレヴェルじゃねえええええ!!!!」
(゚、゚トソン「(wwwwwwwwwwww)」
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:00:31.78 ID:u5Tc1SZaO
- (`・ω・´)「新たな新天地を築こうかと」
(;´_ゝ`)「うん!気付いて!これ逆効果!塩多い!もうドジっ子のレベル遥かに凌駕してる!お前は凄い!でもこれ飲み干したら死ぬ!
なんでココア飲むのに命賭けなきゃならんの!?」
叫ぶ兄者に、笑うトソン。
満足そうに微笑むシャキン。
店の中はとても和やかだ。
しかし、扉を叩く音でそのふいんき(ry)は脆くも崩れ去った。
こんな夜中にここを訪れる者は絶対にいない。
それでも今日は話が違う。
(゚、゚;トソン「僕を探しに来たんだ!」
(`・ω・´)「え、何それ」
( ´_ゝ`)「事情は後だ!」
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:03:05.90 ID:u5Tc1SZaO
- よく分かっていないながらもシャキンは、おろおろとうろたえるトソンの背中を押して店の奥の扉を開けた。
真っ暗なその部屋に、彼はその老いた姿からは想像もつかぬほどに機敏な動きでトソンと兄者を押し込んで外から鍵をかける。
(゚、゚トソン「うわっ!」
(;´_ゝ`)「いてててて…」
(゚、゚トソン「鍵をかけられた…!あ、灯りもない!」
ドアノブを押しても引いても扉は開かない。
せめてシャキンの様子だけでも知りたいと、トソンは扉に耳を押し付けた。
(゚、゚トソン「ダメだ、何も聞こえない…」
( ´_ゝ`)「シャキンさんなら平気じゃないかな」
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:04:58.78 ID:u5Tc1SZaO
- 暗闇に包まれた部屋の中で、兄者は呑気な声でトソンを宥めた。
(゚、゚トソン「どうしてそんなことが言える?」
( ´_ゝ`)「だってあの人、昔東で起きた戦争の英雄だから」
(゚、゚トソン「……あれが?」
( ´_ゝ`)「あれが」
(゚、゚トソン「どうして君がそんな事を知ってるんだ?」
( ´_ゝ`)b「東から来たからな。あの人の武勇伝は聞いてる」
(゚、゚トソン「……」
( ´_ゝ`)「今度はこっちが質問していいか?」
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:06:43.64 ID:u5Tc1SZaO
- 暗闇の中、がさごそと音が聞こえる。
兄者が何かを探しているようだ。
トソンはしばらく黙った後、了承した。
( ´_ゝ`)「まず、俺に似た人を見なかったか?俺の弟なんだ」
その質問と同時に、暗闇から光が生まれる。
兄者が手探りで蝋燭とマッチを探し当てたらしい。
なんとも頼りない灯が、兄者の顔を照らす。
(゚、゚トソン「いや、見てないな」
( ´_ゝ`)「そうか…。じゃあ、真っ白でめちゃくちゃ大きな犬は?」
(゚、゚トソン「それも見……」
兄者の二つ目の質問。
心当たりはない、そう言おうと口を開いたトソンに、城の窓から見た光景がフラッシュバックした。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:08:08.59 ID:u5Tc1SZaO
- 昨日の昼…。
城の窓から見えた、行商人や娘たち…。
その人ごみの中で、やけに目だった大きな犬…。
(゚、゚トソン「……見た、な」
( ´_ゝ`)そ「どこでだ!?」
(゚、゚トソン「僕が城の外を眺めていたときだ。だから…。…南。南に向かってその犬は歩いていった」
( ´_ゝ`)「南…。その犬は一匹だったか?」
(゚、゚トソン「いや、男の人と一緒だった。…君のペットか何かか?」
( ´_ゝ`)「いや、そういうんじゃないんだが…。隣を歩いていた男ってのは、どういう人だった?」
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:09:32.14 ID:u5Tc1SZaO
- トソンは目を閉じて記憶を呼び覚ます。
ボロボロの服を着て、ちらりと見えた横顔からは陰気な印象。
あとは…
(゚、゚トソン「…陰気な感じの男だった。この世の不幸を一身に背負ったみたいな顔だったな」
(;´_ゝ`)「(誰だ?)…そうか、じゃあ、黒いワンピース着た女の子とか生意気そうな顔をした男の子は?」
(゚、゚トソン「……分からない。すまない」
( ´_ゝ`)「そうか…。そうだよな…」
それきり黙りこんでしまった兄者。
蝋燭の明かりに照らされ、埃っぽく湿っぽい部屋に乱雑に置かれた箱や酒の瓶が不気味に光る。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:10:46.78 ID:u5Tc1SZaO
- 扉の向こうにいるであろうVIP城の兵士を相手にするシャキンを気にしつつ、トソンは息を吐いた。
綿密に立てていた計画が全て水の泡だ。
日が昇らないうちに国から脱出する予定だったのに。
計画失敗は誰のせいでもないので、こみ上げる怒りを誰にもぶつけられない。
沈黙と薄い暗闇に包まれた部屋でトソンは酒の瓶がたくさんつまった箱に腰かけた。
兄者は何かを深く考え込んだまま微動だにしない。
全く変わらない状況に飽き、トソンは手近にあった鏡に視線を落とした。
(゚、゚トソン「………」
そこには少し疲れたような表情を浮かべた『女』が映っている。
鏡に映る彼女を、トソンは睨みつけた。
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:12:26.59 ID:u5Tc1SZaO
- 鏡の中の彼女も負けじとトソンを睨んでくる。
(゚、゚トソン「……僕は男だ」
自分にすら聞こえないくらいの小声でトソンは鏡の中の彼女に言い放つ。
そして、それきり鏡に目を向けることはしなくなった。
( ´_ゝ`)「何で城から抜け出してきたんだ?」
部屋に閉じ込められ、兄者が喋らなくなってからしばらく経った後。
不意に兄者がぽつりとそんな事を聞いてきた。
(゚、゚トソン「何に代えたとしても、自由が欲しかったからだ。城から一歩も外へ出たこともなく、僕の世界は書物と時々城に招待される旅人の話の中にしかなかった。
こんな性格の僕を父も母も疎んでいたし、きっとメイドや使用人たちも疎んでいたと思う。
唯一僕に懐いてくれていた妹も、僕と一緒にいると悪影響だと父に言われてあまり近づいては来なかった。
そもそも僕に向いてないんだよ、国を治めて率いるなんて。そういうのは妹の方が得意だ。王位を継承しない役立たずの長子は、城にいる意味がない。
だから国から出て行く、と決めたわけじゃないけど…。
それが一番大きな理由かな。嫌われてまで王位を継ぐ理由もないし、何より僕は自由になりたかった」
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:14:06.05 ID:u5Tc1SZaO
- 短い質問にトソンは即答でつらつらと長い理由を答えた。
その声に後悔の色は一切ないし、むしろ晴れ晴れとした様子が窺えて。
兄者は「そうか」と短く返すしかなかった。
( ´_ゝ`)「じゃあ、あんたは城を出てどこへ行くつもりだったんだ?」
(゚、゚トソン「行くあては決めてない…。この19年、城の冷たい景色しか見てこなかったから、ぶらりぶらりと歩いて19年分の景色を取り戻そうと思って」
( ´_ゝ`)「なるほど……」
(゚、゚トソン「君は?VIPに移住するつもりで来たのか?」
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:15:36.52 ID:u5Tc1SZaO
- ( ´_ゝ`)「俺は…。……仲間の姿を取り戻す手伝いをするためにVIPに来たんだ。仲間が全員揃ったら、多分また旅に出ると思う」
(゚、゚トソン「?」
不思議そうに首を傾げたトソンに、兄者はゆっくりと事の次第を説明する。
蝋燭の蝋が溶け、もうじきに火が潰れてしまいそうになった頃になってやっと長い話が終わった。
人間が犬になったということに対し、トソンはなんの感想も漏らさなかった。
(゚、゚トソン「大変そうだな…」
あまりにも現実的ではないその話に、トソンはそう呟くことしか出来ず。
( ´_ゝ`)「だよな。大体見てきた俺もまだ信じられない」
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:17:01.63 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「でも(`・ω・´)「やあ、待たせたね。そして話は全部聞かせてもらったよ」
トソンの言葉を遮り、シャキンが扉を開けて部屋に入ってきた。
埃っぽい空気が少し薄まり、明るい光に目を細めつつトソンと兄者はシャキンに促されて店に戻る。
(゚、゚トソン「あの、彼らは?」
(`・ω・´)「心配しなくていいよ、とっても優しく諭して全員城に帰らせたから」
シャキンが微笑む。
トソンは安堵したように息を吐いた。
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:19:08.07 ID:u5Tc1SZaO
- (;´_ゝ`)「え、じゃあここに重なってる人達は(`・ω・´)「じゃあ、兄者くんの言ってたブーンって人は間違い無く僕を探してるね」
すっかり冷めてしまったココア(塩入り)を口に含んでいた兄者が思い切り噴出す。
それを思い切り浴びたトソンは眉を顰め、兄者を見た。
(;´_ゝ`)「な、何で?」
(`・ω・´)「ブーンくんにVIPに行けと言ったのは、僕のいとこなんだ。ちょっと前に連絡があってね。
『真っ白で大きな犬がVIPに行ったら、それは僕の村の住人で困っているから助けてあげてくれ』って手紙が来たんだよ」
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:20:58.32 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「………」
(;´_ゝ`)「何でよりにもよってアンタなんだ?」
(`・ω・´)「何が?」
(;´_ゝ`)「あぁ、じゃあブーンを探さなきゃならないのか。それにまだVIPに来てないやつらもいるかもしれない…。
くそ、俺は一体何をどうすればいいんだ?!」
頭を抱え、テーブルに突っ伏す兄者を見てトソンはシャキンに視線を移した。
(゚、゜トソン「(この人が東の方では英雄で…。兄者たちがVIPを訪ねる理由になった人で、寂れた酒屋の店長で…。……欲張りだな)」
(゚、゚トソン「兄者、僕が『ブーン』という人を探して来よう」
(;´_ゝ`)そ「え?」
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:23:19.50 ID:u5Tc1SZaO
- (゚、゚トソン「昼に一度見て、覚えているから大丈夫だ。これでも記憶力はいいほうだと自負している。それに兵士も警備も城に帰ったというしな。
腕っぷしもそれなりに。だから君は心置きなくこれから自分がやるべきことを考えるといい」
飲み干したココア(サイダァ入り)をテーブルに置き、トソンは立ち上がる。
(`・ω・´)「トソンさん、夜明けまでに見つからなかったら戻っておいで。昼間はあまり出歩かない方がいいだろう。それと、顔は隠した方がいい」
(゚、゚トソン「分かりました。では行ってきます」
(;´_ゝ`)「え?え?え?」
(゚、゚トソン「兄者、出来れば君の仲間の特徴を教えてほしい。最近入国した人の特徴と照らし合わせてくるから」
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:25:09.22 ID:u5Tc1SZaO
- (;´_ゝ`)「あ、はい。えっと―――」
思わぬ行動力を見せたトソンの言うままに、兄者は仲間の特徴を伝える。
最終的に、会う人会う人に「兄者という人を知っているか?」と聞けば間違いはないという結論に達し、トソンは酒屋を後にした。
(`・ω・´)「いやいや、トソンさんも随分と行動派だ」
( ´_ゝ`)「確かに。てかぶっちゃけ俺何すればいいんだ?」
(`・ω・´)「さぁ。でも、トソンさんに全て任せるのはどうかと思うよ、男として」
( ´_ゝ`)「ですよねー。俺も行ってきます」
(`・ω・´)「気をつけてね。夜明けにはとりあえずここへ」
シャキンの言葉に、兄者は右手を振る事で答えた。
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:26:52.91 ID:u5Tc1SZaO
- 古めかしい音を立て、閉じた扉。
寂れた酒屋の主人は兄者が残して行ったココアを眺める。
(`・ω・´)「………」
(`・ω・´)「これはこれでアリだと思うんだけどなぁ…」
どうして客が来ないのか、理由が歴然とした酒屋である。
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- 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:28:10.95 ID:u5Tc1SZaO
- :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
兄者たちが雨の降りしきる外へ出て行った時から、時間は昼間に遡る。
(∪ ^w^)「……」
人で溢れ返った通りの端で、ブーンはひとり困り果てていた。
背中に背負っている鞄の中に、会いに来た人の名前や住所が書かれたメモが入っているのだが、よくよく考えたらこの体では背中に手が届かないのだ。
誰かに話しかけるにも、この国の中ではブーンは普通の犬の振りをしているのでそんな事は出来ない。
不気味に思われ、国外追放になんてなったら本末転倒だ。
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:30:15.38 ID:u5Tc1SZaO
- ブーンの事情を知っているハインたちは兄者を探しに行ってしまったし、どうしようもなくなってしまった。
(∪ ^w^)「うおおおおおおおお!」
さっきから体を色々と捻ってみてはいるのだが、無理なものは無理なのだ。
(∪;^w^)「………」
途方に暮れ、ブーンはその場に座りこむ。
行く人来る人が好奇の視線でブーンを見ていく。
犬にしてはでかい、体の大きさがここにきて恨めしく思えた。
(∪;^w^)「(くそおおおおおお、どうしようもないお!)」
「鞄の中から、なんか取りたいものでもあるのか?」
(∪ ^w^)「!?」
- 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:31:30.94 ID:u5Tc1SZaO
- 突然背後から声をかけられ、ブーンは振り返った。
そこに立っていたのは、不幸を一身に背負ったような顔の男。
ボロボロになった服を身に纏い、さながら死神や貧乏神のような印象を受ける。
ぶっちゃけ、この街のふいんき(ry)には似つかわない男だった。
('A`)「?」
(∪;^w^)「………わ…わんわんお!」
犬のように吠えてみせたブーンを見て、彼は首を傾げた。
('A`)「喋れるだろ?」
(∪;^w^)「お…」
男はブーンの後ろで腰を下ろし、鞄を下ろしてやる。
- 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:32:59.67 ID:u5Tc1SZaO
- そのまま彼は、ブーンの許可もなしに鞄を開けて「何を探してたんだ?」と訊ねた。
ブーンが話せること前提の行動に、ブーンは驚いたように目を丸くさせるしかなく、
('A`)「あれ、もう末k(∪ ^w^)「な、何で?」
思わず漏れた、人の言葉を聞いて男はにんまりと笑う。
お世辞にも似合っているとは言えないが、まぁそんなことはどうでも良かった。
(∪ ^w^)「な、何で僕が喋れるって―――('A`)「まぁまぁ、ここは人目が多すぎる。話は人気のない場所でしよう」
ブーンの鞄を持ったまま、男は『着いて来い』というジェスチャーをして通りを歩き出した。
あっという間のその行動に、ただブーンは黙って男に着いて行くしかなかった。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:34:01.87 ID:u5Tc1SZaO
- 細い路地を何度か曲がり、男は全く人気のないレストランの前で立ち止まる。
店が開いているかも分からないくらいに寂れたそのレストランに男は迷わず入り、
誰もいないように思える厨房の奥に向かって酒を二本持ってくるように頼んで手慣れたように手近にあった椅子を引いてブーンを座らせた。
一連の動作に無駄がない。
ブーンは少しだけ感心する。
('A`)「あー、俺はドクオだ。よろしく。で、何だったっけ?」
(∪ ^w^)「僕はブーン。よろしくですお。何で僕が喋れるって分かったんですかお?」
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 02:35:03.61 ID:u5Tc1SZaO
- ドクオは、目の前に座るブーンを眺めた。
真っ白な毛に、普通の犬にしては大きすぎる体。
彼の脳裏に、昔の思い出が過ぎる。
('A`)「………」
(∪;^w^)「………」
('A`)「昔…。お前さんと全く同じ姿になった奴がいたんだ。俺にとっちゃ大切な人だった」
ドクオはそれだけを呟くと、ずっと持っていたブーンの鞄を机の上に置いた。
呟いた口調には、苦々しいものが混ざっていた。
だからきっと、触れてほしくないものがあるのだろう。
色々と聞けるかもしれないと淡い期待を寄せていたブーンは、詳細を聞くのを早々に諦めた。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:14:35.48 ID:u5Tc1SZaO
- てすと
- 96 名前:さるさんくらってました。[再開します] 投稿日:2009/08/21(金) 03:15:25.63 ID:u5Tc1SZaO
- ('A`)「で、さっき何探そうとしてたんだ?」
何事もなかったかのようにドクオはブーンの鞄を開ける。
中には非常食や水が少々、薬や包帯が入っていた。
金目のものは何もなく、必要最低限のものしか入っていないように見える。
(∪ ^w^)「メモがどこかに入っていると思うんですお」
('A`)「メモね、メモメモ、と…。……あぁこれか?」
鞄の中のポケットに、メモらしき紙を発見したドクオはブーンの前にそれを置いた。
その紙には殴り書きしたような乱暴な筆跡で、誰かの名前と住所らしきものが書かれている。
- 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:16:49.58 ID:u5Tc1SZaO
- (∪ ^w^)「そうみたいですお、ありがとうお!」
('A`)「ああ気にすんな。…それよりも、注文したのに遅いな」
ドクオはひとつ舌打ちをすると、厨房に向かって指を鳴らした。
風を切って物凄い勢いでこちらに向けて飛んできたのは、瓶が二本とコップひとつ。
それを器用に受け取ると、ドクオは瓶の栓を開けてコップに中身をあけた。
('A`)「安酒で全然酔えないけど、まぁ飲んでいけよ」
(∪;^w^)「ありがとうございますお」
まるで奇妙な手品を見せられたようだ。
ブーンはドクオを見つめた。
今のは一体どういうことなのだろうか。
魔法、としか言えないような滑らかな動きだった。
酒とコップがひとりでに飛んでくるような仕掛けが施されているとも到底思えない。
- 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:18:38.25 ID:u5Tc1SZaO
- この男、油断ならない。
ブーンは一応警戒して、ドクオが勧める酒をゆっくりと舐め始めた。
そして、二人が酒を飲み始めて数分後。
警戒したことをブーンは早くも後悔していた。
(∪;^w^)「………」
(*'∀`*)「んでぇー?ブーンはどこに行くんだっけぇ?」
人気のないレストラン。
厨房近くの席で、ドクオは顔を赤くさせてブーンの前のメモを取ってそこに書いてある字を読んだ。
泥酔しているのは誰の目から見ても明らかだ。
(∪ ^w^)「(くせぇwwwキメェwww)」
(*'∀`*)「えええええええっと?お、あいつんとこか!あいつと俺はマブダチだからさ!最近全然会ってないけど!ブーン、行くぞぉ!」
(∪;^w^)「(この酔いどれも来んのかよ)了解」
(*'∀`*)「しゅっぱーつおしっこ!」
- 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:19:58.90 ID:u5Tc1SZaO
- 盛大に叫ぶドクオ。
その後ろ姿に、ブーンは今まで持っていた疑問をぶつけてみることにした。
(∪ ^w^)「ドクオさん」
(*'∀`*)「いやねぇ、アナタとワタシの仲じゃない!ドクオって呼んで…?」
(∪ ^w^)「(何で全然酔えないって言った奴がこんなべろんべろんに酔っ払ってんだよ、つーか気持ち悪い)ドクオ、ドクオは魔法でも使えるのかお?」
さりげなく聞いてみたブーン。
今まで上機嫌だったドクオは、覚束ない足を不意に止めた。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと、にわかにブーンが後悔始めた時。
- 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:20:46.75 ID:u5Tc1SZaO
- ('A`)「ブーン、お前は聞いたことはあるか?」
それまでの明るい声とは裏腹に、ドクオは低く話しだす。
('A`)「人では魔法を使えない。でも、一つだけ魔法を使えるようになれるとっておきの方法があるんだ」
(∪;^w^)「…………」
('A`)「……俺も、何度か魔法を使うために必要なものを捨てようとした。でも、何度も俺はその誘惑に耐えた」
(∪;^w^)「ゴクリ…」
('A`)「それは…」
- 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:22:35.82 ID:u5Tc1SZaO
- d(A`)「30まで童貞を貫くことッ!さあ行くぞブーンよ!」
次の瞬間、決して広いとは言えない店にドクオの悲鳴が轟いた。
「何かもっと凄いのかと期待させやがって!」
「ただ単に呪われた装備を捨てる機会がなかっただけじゃねーか!」
店の中からは、そんな怒声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
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- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:24:17.91 ID:u5Tc1SZaO
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(メメメ;A;(####)「メモの場所はここです!よしブーン、入ろう!」
顔に傷を作ったドクオに連れられ、ブーンはとある家の前までやってきていた。
コンクリートで固められた無機質な家。
人がいるような気配はないのだが、全く意に介さずドクオはノックせずにその家に入って行くのでブーンもその後を追う。
('A`)「おおおおおいいるか!シャキン!!」
大声でずかずかと家の中を進むドクオの後ろに着いて行きながら、ブーンは部屋の中を見渡す。
決して片付いてはいない。
むしろ荒らされたような部屋もある。
それに、人の気配すらない。
- 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:25:33.80 ID:u5Tc1SZaO
- 若干の不安を感じながら、ブーンは一番奥の部屋まで進んでいった。
(∪ ^w^)「!」
「だ、誰じゃ君達は!」
一番奥の部屋には、年老いた男が寝転がって寛いでいた。
この部屋だけは生活感が溢れんばかりに滲み出ている。
('A`)「それはこっちのセリフだ。誰だアンタ」
「す、すいません、わし齢78にして家を追い出されて!適当に歩いていたら、丁度いい廃屋を見つけたんです!追い出さないで!」
(∪ ^w^)「ここに前まで住んでいた人は?」
「し、知らないです!」
ブーンとドクオは顔を見合わせた。
老人はシャキンじゃない。
失望がありありと窺える。
ふたりは、元シャキンの家から出た。
- 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 03:26:46.31 ID:u5Tc1SZaO
- (∪ ^w^)「もう途方に暮れてるお」
('A`)「俺もだよ」
(∪ ^w^)「シャキンさんが行きそうなところってなんか思い当たらないかお?」
('A`)「……」
('A`)「そういえば、あいつ確か酒屋を開きたいって言ってたような…」
ドクオが顎に手をやって記憶を探る。
その姿はぶっちゃけ気持ち悪い、の一言に尽きるのだが、ブーンは何も言わずに黙っていた。
('A`)「多分、どこかで酒屋かなんか開いてると思う」
(∪ ^w^)「分かったお!」
('A`)「でもこの国から酒屋見つけるのって大変だぞ」
(∪ ^w^)「どうしてだお?」
('A`)「めっちゃくちゃ沢山あるからなぁ、酒屋。この国の八割は多分酒屋だと思うぞ」
(∪ w ) ゜ ゜
- 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:00:17.60 ID:u5Tc1SZaO
- テスト
- 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:01:08.19 ID:u5Tc1SZaO
- ドクオは笑ってブーンの頭を乱暴に撫でる。
白く整った毛が、ぼさぼさになった。
('A`)「冗談だけどな」
(∪ ^w^)「よ、良かったお…」
('A`)「(七割くらいだったかな)」
先を歩くブーンの後ろにつきながら、ドクオはVIPの街並みを見渡す。
食料を売る店に紛れ、結構な頻度で酒の文字が書かれている看板があることにまだブーンは気付かない。
そしてそれが、この国全域に広がっていることも。
ドクオはひとり、苦笑いを浮かべるしかなかった。
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- 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:02:11.46 ID:u5Tc1SZaO
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(∪;^w^)「どこにもいないお…」
シャキンを探して6時間以上経過している。
もうすっかり空は真っ暗で、ブーンとドクオは息を荒げながら地面に座りこんでいた。
人気のなくなった通りにいるのは、恐らくこの二人だけだろう。
ブーンは息を整えながら空を見上げた。
厚い雲が空を覆い、いつもよりも夜が暗い印象を受ける。
まだまだ探していない店がたくさんあるのだ。
こんなところで休んでいる暇もない、まだVIPに来ていない仲間がいることも気にかかる。
- 111 名前:おはよう 投稿日:2009/08/21(金) 04:04:27.86 ID:u5Tc1SZaO
- ('A`)「ブーン、そういえばお前仲間はいないのか?」
背中合わせの状態で、ブーンの後ろにいるドクオが不意に話しかけてきた。
図ったようなタイミングのよさに、ブーンは少し驚いてから首を振る。
(∪ ^w^)「いるお。でも、ここに来るまでに全員バラバラになって…。まだここに来てない人が、四人いるんだお」
('A`)「探さなくていいのかよ?」
(∪ ^w^)「全員、目指してるのはVIPだってことは知ってるし、今日までに全員入国してなかったら明日探しにいくことになってるお」
('A`)「なるほどね。…なぁ、ちょっと門の方に行ってみないか?」
ドクオの提案にブーンは少し首を傾げた。
('A`)「シャキンは門番の奴と仲良かったから、もしかしたら門番がシャキンの居場所を知ってるかもしれない。
それに、お前の仲間のうちの誰かが入国してるかもしれない」
(∪ ^w^)「……お、分かったお」
- 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:06:07.57 ID:u5Tc1SZaO
- 闇雲に酒屋を回っても無駄だ。
ブーンは大人しくその提案を飲んだ。
これでなんの手がかりも得られなかったら、また酒屋を巡る時間だけが過ぎる。
それはブーンとしても遠慮したいことだ。
ドクオの後を追いながら、ブーンは頭に渦巻く不吉な考えを打ち伏せる。
ぽつり。
空から一滴の雨が降り、ブーンの鼻に当たった。
昼間にブーンたちがくぐってきた門の近くにある関所にたどりついたのは、雨が土砂降りになってから。
関所の中で眠たい目をこする門番は、突然訪れた男に驚いてすっかり目が醒めた。
('A`)「ちょっと聞きたいんだけどさ、昨日今日で入国した人の名前教えてくれないか?」
(∪ ^w^)「わんわんお!」
「あ、は、はい」
門番が、関所に備え付けられた棚から書類を引き出す。
恐らくそれに出入国の記録が書かれているのだろう。
書かれている文字を目で追いながら、門番は一人ひとり名前を読み上げていった。
- 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:08:09.71 ID:u5Tc1SZaO
- 兄者、宗男、シラヒーゲ、ハイン、レモナ、ツン、ギコ、狐娘、シーン、ラクダが4頭
「以上です。普段入国する人というのはあまりいないので、間違いありません」
門番が敬礼する。
それを聞いたドクオは、足元にいるブーンに「全員か?」と小声で尋ねた。
ブーンは首を振る。
弟者がいないのだ。
(∪ ^w^)「ひとり足りないお…」
ブーンは不安そうに門の向こう側を見た。
土砂降りの中、人の姿は当然のように見受けられない。
たったひとりで砂漠を歩くというのは、きっととても不安だろう。
('A`)「―――そうか。じゃあ、ちょっと行ってみるわ。ありがとう」
不安そうに砂漠を見渡すブーンの耳に、ドクオの陰気な声が降ってきた。
シャキンの居場所について特定でも出来たのだろうか。
- 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:10:15.92 ID:u5Tc1SZaO
- (∪ ^w^)「どうだったお?」
('A`)「ちょっとは有力な情報だ。でもそこにいるかは分からねぇ」
少しだけブーンの尻尾が下に傾く。
弟者に関しても、シャキンに関しても、不確定で不安なことが多すぎる。
落ち込み、雨ですっかりびしょ濡れになったブーンの目に二人分の人影が映った。
(∪ ^w^)「お?」
「ブウウウウウウウウウウウウウウン!!!!!」
その人影のうち、ひとりが物凄い雄たけびをあげてこちらに近づいてくる。
暗闇で顔は見えないが、声からしてその人影の招待は―――
(∪ ^w^)「兄者ァアアアアアアアア!!!!」
('A`;)
(;´_ゝ`)「お前っお前っ、今までどこにいたんだよ!?」
(∪;^w^)「今日一日中ここにいたお!兄者こそ、今までどこに!?」
( ´_ゝ`)「俺は宗男とシラヒーゲの移住許可もらったり宿屋に泊まらせたりで忙しかった!それより弟者は!?他の奴らは!?」
ブーンの頭を鷲掴みにし、思い切り振っていた兄者。
頭をシェイクされながら受け答えしていたブーンは、弟者の行方を聞かれた途端に何も言えなくなってしまった。
- 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:12:14.18 ID:u5Tc1SZaO
- ('A`)「後ひとり、その弟者って奴だけがまだ入国してないんだそうだ」
ブーンの代わりにドクオが答える。
兄者はブーンの頭を振るのを止めた。
( ´_ゝ`)「……」
(∪;^w^)「ご、ごめんお…」
( ´_ゝ`)「…いや、お前が謝る事じゃないし、あいつは絶対に来る。俺の弟を舐めるなよ。それより、お前なんか疫病神に取り憑かれてるぞ。
お祓いしに行け、お祓いしに」
('A`)「ねぇそれって俺のこと?」
「本当に犬が喋ってる…。兄者、こんな所で立ち話するのも良くないだろう。シャキンさんの店に戻ろう」
( ´_ゝ`)「あぁ、そうだな」
兄者の隣にいた人影がやっと発言する。
ブーンには聞き覚えのない中性的な声だったので、VIPに入ってから知り合った人なのだろうと仮定した。
しかしそんなことよりも、その人影が言った言葉。
一日中ずっと探していた人の名前が出て、ブーンは思わず叫ぶ。
- 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:14:12.77 ID:u5Tc1SZaO
- (∪;^w^)「シャキン!?シャキンさんの店って言ったかお!?」
「あ、あぁ。僕たちはシャキンさんの店から来たんだ。シャキンさんが待ってる。一緒に行こう」
そう言うと、兄者たちが先導する。
その後に着いて、ドクオたちも歩き出した。
程なくしてブーンたちは一軒だけ煌々と明かりが灯る店の前に辿り着いた。
窓から見える店内には、真面目そうな中年の男がコップを磨いている。
( ´_ゝ`)「行こう」
兄者が店の扉を開けた。
明るい光がブーンたちを優しく包む。
そして、寂れた酒屋の店主が柔和に微笑んだ。
(`・ω・´)「やあ。お帰り。待ってたよ。久しぶりだねドクオ。そして、君がブーンくんだね」
- 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/21(金) 04:15:48.87 ID:u5Tc1SZaO
- (∪ ^w^)「初めまして、こんばんは。色々な質問の答えを聞きに来ました」
(`・ω・´)「うん、ショボンから連絡は受けてるよ。さぁみんな体を拭いて、座って。温かい飲み物を用意しよう」
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